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関連審決 不服2000-11492
関連ワード 創作性(創作) /  製造方法 /  加工方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  周知技術 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  対価 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 495号 審決取消請求事件
原告 中央発條株式会社
訴訟代理人弁理士 大川宏
同 森岡正往
同 丹羽純二
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 高山芳之
同 高木進
同 西川恵雄
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-11492号事件について平成14年8月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「止め輪の製造方法」とする発明について,平成8年2月14日に特許出願(特願平8-52389号。以下「本件出願」という。)をし,平成12年3月3日に,発明の名称を「C形止め輪の製造方法」とし,特許請求の範囲変更することなどを内容とする手続補正を行ったが,同年6月27日に拒絶査定を受けたので,同年7月26日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2000-11492号として審理した。原告は,この手続の過程で,平成12年8月25日付け手続補正書により特許請求の範囲変更する手続補正を行った。特許庁は,審理の結果,平成14年8月20日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年8月30日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲(平成12年8月25日付け手続補正書による補正後の請求項1) 「パテンテイング処理した硬鋼線材を矩形断面に圧延し,Cリング形に回曲してC形素材を形成した後,該C形素材の両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成し,回曲後に熱処理を行わないようにしたC形止め輪の製造方法。」(以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平5-302611号公報(甲第1号証。以下,審決と同じく「引用例1」という。)に記載された発明(以下,「引用発明1」という。),並びに,実公昭57-7854号公報(甲第2号証。以下,審決と同じく「引用例2」という。),特開昭61-232032号公報(甲第3号証。以下,審決と同じく「引用例3」という。),「冷間鍛造」(西山卯二郎,山本博一著,昭和44年12月30日,日刊工業新聞社発行166頁16行〜17行)(甲第4号証。以下,審決と同じく「引用例4」という。),特開昭60-49828号公報(甲第5号証。以下,審決と同じく「引用例5」という。)及び特開昭61-242740公報(甲第6号証。以下,審決と同じく「引用例6」という。)に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものである,としたものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本願発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) パテンテイング処理した硬鋼線材を矩形断面に圧延し,Cリング形に回曲してC形素材を形成した後,回曲後に熱処理を行わないようにしたC形止め輪の製造方法
(相違点) 本願発明では,C形止め輪の両端部に冷間鍛造により突出部と工具差込孔を形成しているのに対し,引用発明1では,そうしていない点。
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と引用発明1との相違点を看過し(取消事由1),自らが認定した本願発明と引用発明1との相違点についての判断を誤り(取消事由2),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消事由3),これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願発明と引用発明1との相違点の看過) 審決は,引用発明1は「回曲後に熱処理を行わないようにした」C形止め輪の製造方法である,と認定した上,この点において本願発明と引用発明1とは一致している,と認定した。
しかし,本願発明の「回曲後に熱処理を行わないようにした」との構成は,「該C形素材の両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成し」との構成と一体的に結合しており,それによって初めて意味を持つ構成である。引用発明1は,硬鋼線材のC形回曲後の加工を考慮していないため,回曲後の熱処理についても,当然のことながら,考慮していない。引用発明1は,この意味において,「回曲後に熱処理を行わないようにした」との構成を有していないというべきであり,この点において,本願発明と相違する。審決は,この相違点を看過した。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) 審決は,自らが認定した本願発明と引用発明1との相違点について,「両端部に突出部と工具差込孔が形成されたC形止め輪は,引用例2に記載されているように周知のものであり,一つのC形止め輪の端部構造の別のC形止め輪への適用を試みることは当業者が通常行う創作能力の発揮であることから,引用例1記載の発明において,C形止め輪の両端部に突出部と工具差込孔を形成することは,当業者であれば容易に想到したことである。また,その際に,成形方法として冷間鍛造を採用することも,冷間鍛造が他の成形方法より精度が高く経済性に優れた成形方法であること及び冷間鍛造を部材の必要箇所のみ,即ち,端部付近のみに施すことが,引用例3〜6に記載されているように,何れも周知であることから,当業者であれば容易に想到したことである。」(審決書4頁15行〜24行)と判断した。
しかし,この判断は,誤りである。
(1) 本件出願前において,C形止め輪の製造方法には,大別して,板材からC形状の素材を打ち抜き,焼入れ,焼戻し等の熱処理を施す方法(以下,「板材打抜法」という。)と,断面形状や硬度等が既に調整された異形(矩形等)の硬鋼線材をコイリング成形,切断等してC形止め輪(主にC形同心止め輪)とする方法(以下,「線材成形法」という。)とがあった。
板材打抜法は,打抜き前の板材が比較的柔らかいため,形状自由度が大きいという長所がある。他方,同法には,板材の歩留りが悪いこと,その後に複数の熱処理を施す必要があること,熱処理後の歪除去等も必要であることから,非常にコストが掛かり,C形止め輪の製造において低コスト化を図ることが難しい,との短所がある。
線材成形法は,あらかじめ断面形状や硬度などが調整された異形の硬鋼線材をコイリング成形するなどしてC形止め輪を製造するため,その後の熱処理を大幅に削減することができ,材料の無駄がなく歩留りに優れていることから,C形止め輪の製造において低コスト化を図ることができる,という長所がある。他方,同法には,高硬度の線材を用いるため,形状自由度が少なく,端部に突出部や工具差込み孔を設けるようなことは実質的に不可能であるとの短所がある。
このため,本件出願前においては,端部に突出部を持つC形止め輪の製造には,コスト高を承知で形状自由度の大きな板材打抜法が用いられており,線材成形法は用いられていなかった。線材成形法は,端部に突出部を持たないC形止め輪の製造に用いられていた。すなわち,従来,C形止め輪の形状とその製造方法との間にはほぼ一義的な関係があり,端部に突出部などを持つようなC形止め輪を線材成形法で製造することは,全く考えられていなかった。
端部に突出部などを持つようなC形止め輪を低コストで効率よく生産することのできる現実的な方法は,本件出願前には存在しなかったのが実情である。
上記のような,C形止め輪の業界における本件出願前における技術常識に照らすと,パテンティング処理などによって高硬度とされた硬鋼線材を回曲したC形素材の両端部に冷間鍛造によって突出部や工具差込み孔を形成することに想到することが,容易であるなどということは,およそあり得るところではない。当業者は,回曲後の高硬度の硬鋼線材へ冷間鍛造による強加工を施すと,それが端部だけの加工であったとしても,そこにはクラックなどが発生すると考えるのが通常である。C形止め輪に関する技術を熟知した当業者であればあるほど,本件発明のC形止め輪の製造方法に想到することが難しいはずである。
両端部に突出部と工具差込み孔が形成されたC形止め輪の形状自体が周知であるからといって,その形状を付与するための工程を選択したり組み合わせたりすることが容易であるとすることはできない。
(2) 種々の成形方法の一つとして冷間鍛造があることは,引用例3ないし6を挙げるまでもなく当然のことである。精度や経済性に優れることを,冷間鍛造の一般的な効果として挙げることができることも確かである。しかし,従来,回曲後の高硬度の硬鋼線材へ冷間鍛造を直接施せば,割れ等が発生して製品にならないか歩留まりが悪化することが容易に予想されたため,冷間鍛造を施す素材は比較的柔らかい素材に限定されていた。このような状況の下で,非常に硬いC形素材の両端部に,突出部と工具差込み孔を形成する際の成形方法として冷間鍛造を採用することは,当業者といえども容易に想到し得ることではない。
引用例5,6から部材の端部のみに冷間鍛造を施すことが周知であったといい得るとしても,その前提となる素材は柔らかい素材である。本願発明のように非常に硬質なC形素材の端部付近のみに冷間鍛造を施すことが周知であったわけではない。
引用例3,5ないし6に記載された技術は,いずれも,本願発明のC形止め輪とは技術分野を異にしている。
C形止め輪の当業者といえども,これらの引用例に記載された技術に基づいて本願発明に容易に想到することはできない。
本願発明は,従来の考え方から発想を大きく転換し,高硬度の硬鋼線材から成るC形素材であっても,両端部のみであれば冷間鍛造による成形が可能となり得ること,突出部は他の部分と同じ厚さである必要はないことに気付き,試行錯誤の末にようやく完成されたものである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) 本願発明は,C形素材の両端部付近のみを冷間鍛造するだけであるため,成形圧力等が少なくてすみ,大がかりな装置を必要とせず,鍛造型の寿命等を確保することができ,突出部を含めてC形止め輪全体の精度の確保が容易となる,との効果を奏する。
本願発明は,線材成形法を基本としているため,材料歩留りに優れ,非常に低コストである,との効果を奏する。
本願発明のC形止め輪の突出部は,元々高硬度のC形素材に冷間鍛造を施して成形されている上,その突出部自体のみならずその付け根部分等は加工硬化によって硬度がさらに増し,その分強度も向上している。
本願発明は,冷間鍛造で成形されるため,その加工部分が鋼材の金属組織が微細化して,ファイバーフロー(繊維状組織)が連なった状態となる結果,単なる強度向上のみならず,耐疲労性や靱性等にも優れている。
審決は,本願発明の上記の顕著な作用効果を看過した。
被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告は,引用例1には,回曲後に熱処理を行わないようにした,との構成が記載されていない,と主張する。
しかし,引用例1には,曲げ加工後に積極的に熱処理を行う旨の記載はなく,あらかじめパテンテイング処理により硬度等を調整されているのであるから,回曲後の熱処理を不要としているものである。引用例1には,回曲後に熱処理を行わないようにしたC形止め輪の製造方法が記載されている。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,C形止め輪の形状が周知だからといって,その形状を付与するための工程を自由に選択したり組み合わせたりすることが容易なわけではない,と主張する。
しかし,その成型方法としていかなる加工方法を採用するかは別にして,引用例1に記載されたC形止め輪においても,その取り付け取り外し作業を容易にすることを目的として,従来周知の形状である両端部に突出部や工具差込み孔を形成しようとすること自体は,当業者が容易に想到し得ることである。
原告は,引用例1に記載されたC形止め輪のように,硬い素材に対して熱処理も行わずに冷間鍛造を施せば,割れ等が発生して製品にならないか歩留まりが悪化することが容易に予想されるから,引用例1に記載されたC形素材の両端部に,突出部と工具差込み孔を形成する際の成形方法として冷間鍛造を採用することは,当業者が容易に想到し得ることではない旨主張する。
しかし,冷間鍛造という成形方法は,極めてよく知られた成形方法であり,また,部材の端部付近にのみ施すことも従来周知の事項であるから,引用例1に記載されたC形止め輪の両端部の加工に際して,冷間鍛造の採用を試みること自体は,当業者が容易になし得たことである。
(2) 本願発明の冷間鍛造は,その明細書の記載からみて,特段の創意工夫を加えたものではなく,従来周知の一般的な冷間鍛造であると解される。
引用例1に記載されたC形素材に,当業者が格別の困難性もなく工夫し得る程度の加工条件を設定した熱処理を伴わない冷間鍛造の適用を試みることは,当業者が通常行う創作能力の発揮であるにすぎない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告主張の本願発明の効果は,両端部付近に突出部および工具差込み孔を備えたこと,及び,線材成形法と冷間鍛造を採用したこと,に基づいて生じるそれぞれの効果を足し合わせた程度のものにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について 原告は,審決が引用発明1を「回曲後に熱処理を行わないようにした」C形止め輪の製造方法である,と認定したのは誤りであり,この誤った認定を前提として「回曲後に熱処理を行わないようにした」点を本願発明と引用発明1との一致点と認定したのは誤りである,審決は,この点を本願発明と引用発明1との相違点と認定すべきであるのに,この相違点を看過した,と主張する。
引用発明1は,パテンティング処理した硬鋼線材をC形に回曲するC形止め輪の製造方法であり,C形に回曲した後の加工工程を有しない(甲第1号証,弁論の全趣旨)。このため,引用発明1においては,硬鋼線材をC形に回曲した後に熱処理をするか否かは全く考慮の対象とされていないことが明らかである。
しかしながら,本願発明において「回曲後に熱処理を行わないようにした」との構成は,その後の加工工程である冷間鍛造との関係でみれば,硬鋼線材をC形に回曲した後に熱処理を行わないで冷間鍛造を行う,との構成であると言い換えることができる。引用発明1において,熱処理の工程が考慮の対象とされていないとしても,引用発明1が回曲後に熱処理を行っていないことは,客観的な事実である。この点をとらえて,「回曲後に熱処理を行わないようにした」点を,本願発明と引用発明との一致点として認定したことを誤りとすることはできない。
原告は,本願発明の「回曲後に熱処理を行わないようにした」との構成は,「該C形素材の両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成し」との構成と一体的に結合しており,それによって初めて意味を持つ構成であるから,引用発明1が上記の両構成を有しない点を相違点とすべきである旨主張する。
しかしながら,仮に,原告の主張のとおりに相違点を認定するのが正しいとしても,審決は,相違点に対する判断において,C形に回曲した後に熱処理を行っていない硬鋼線材に対し,その両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成することの想到容易性について判断していることは審決の記載から明らかである。審決の一致点及び相違点の認定に原告主張の誤りがあるとしても,そのことだけでは,審決の結論に影響を及ぼす誤りがあるということはできない。
原告の主張は採用することができない。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について (1) 審決は,本願発明と引用発明1との相違点(本願発明では,C形止め輪の両端部に冷間鍛造により突出部と工具差込み孔を形成しているのに対し,引用発明1ではそうしていない点)について,@両端部に突出部と工具差込み孔が形成されたC形止め輪は,引用例2に記載されているように周知のものであり,一つのC形止め輪の端部構造の別のC形止め輪への適用を試みることは当業者が通常行う創作能力の発揮であることから,引用発明1において,C形止め輪の両端部に突出部と工具差込み孔を形成することは,当業者であれば容易に想到し得たことである,A冷間鍛造は,他の成形方法より精度が高く経済性に優れた成形方法であること,冷間鍛造を部材の必要箇所のみ,すなわち端部付近のみに施すことが,引用例3ないし6に記載されているように,いずれも周知であることから,C形止め輪の両端部に突出部と工具差込み孔を形成する際に,成形方法として冷間鍛造を採用することも,当業者であれば容易に想到し得たことである,と判断した。
(2) 平成12年3月3日付け及び同年8月25日付け手続補正による補正後の明細書及び図面(甲第8ないし第10号証参照。以下「本件明細書」という。)には,次のとおりの記載がある。
ア「パテンティング処理した硬鋼線材を矩形断面に圧延し,Cリング形に回曲してC形素材を形成した後,該C型素材の両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成し,回曲後に熱処理を行わないようにしたC形止め輪の製造方法。」(特許請求の範囲請求項1) イ「【発明の詳細な説明】 【発明の属する技術分野】本発明はC形止め輪を硬鋼線材から製造する方法に関する。
【従来の技術】従来,C形止め輪は,一定厚さに圧延した硬鋼帯板をプレスにより所定の形状に打ち抜き,焼き入れ,焼き戻しを施して製造していたため,材料の歩留まりが著しく,また,熱処理による歪の除去に手間がかかっていた。
【発明が解決しようとする課題】本発明が解決しようとする課題は,従来のC形止め輪の製造方法は材料の歩留まりが悪いということである。」(段落【0001】〜【0003】) ウ「【課題を解決するための手段,作用及び効果】本発明は上記課題を解決するための手段として,パテンティング処理した硬鋼線材を矩形断面に圧延し,Cリング形に回曲した後,両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成するようにしたものであって,工具差し込み孔が打ち抜き屑となるだけであって,材料の歩留まりはほぼ100%となり,また,熱処理による歪の除去が不要となって製造コストが低減される効果がある。」(段落【0004】) エ「【発明の実施の形態】以下,本発明の実施の形態を添付図面(判決注・別紙図面参照)に基づいて説明する。
図1は本発明を穴用C形止め輪の製造に適用した実施の形態を示し,図において,1はパテンティング処理した硬鋼線材であって,これを圧延して厚さaに対する幅bの比が約2の矩形断面の線材2を形成し,これを幅bが平面となるように回曲してC形の素材3を形成した後,主体5の対応する両端に内向きの突出部6と工具差し込み孔7を冷間鍛造により成形した製品4を形成する。
突出部6は,図2に示すように,主体5の先端部を内側が次第に薄くなるように冷間鍛造して形成し,工具差し込み孔7を打ち抜く。
軸用C形止め輪の場合は図3に示すように突出部6を外側に向けて先が次第に薄くなるように形成する。
穴用C形止め輪の場合,図4に示すように,主体5の先端部の内側部分のみを段部8をつけて冷間鍛造することにより突出部6を形成してもよく,図6に示すように,主体5の先端から少し離れた位置に同様に形成してもよい。
また,軸用C形止め輪の場合には,突出部6を図5,図7に示すように段部8をつけて形成してもよい。
図8はC形の主体10の中央部と両端部の内周に突出部11が形成されたEリングの製品9を示し,この製品9は図1の素材3の外周を拘束して内周が次第に薄くなるように全体を冷間鍛造することにより成形される。」(段落【0005】〜【0011】) 上に認定した本件明細書の記載によれば,本願発明は,一定厚さに圧延した硬鋼帯板をプレスにより所定の形状に打ち抜き,焼き入れ,焼き戻しを施すC形止め輪の製造方法(原告のいう「板材打抜法」)を従来技術とし,材料の歩留まりが悪く,熱処理による歪みの除去に手間がかかるという板材打抜法の欠点を発明の解決すべき課題とし,この課題を解決するため,パテンティング処理した硬鋼線材を矩形断面に圧延し,Cリング形に回曲した後,両端部付近に冷間鍛造を施して突出部と工具差込み孔を形成するとの構成を採用したものであり,この構成によって,工具差込み孔が打ち抜き屑となるだけとなって材料の歩留まりが良くなり,熱処理による歪の除去も不要となって製造コストが低減されるという作用効果を奏するものである,ということができる。
(3) 原告は,本件出願当時の技術常識に照らすと,当業者は,パテンティング処理などによって高硬度とされた硬鋼線材を回曲したC形素材の両端部に熱処理を施すことなく冷間鍛造による強加工を施すと,ひび割れなどが発生すると考えるのが通常であり,熱処理を施さない硬鋼線材に,冷間鍛造によって突出部や工具差込み孔を形成することに想到することは困難である,と主張する。
しかしながら,本件出願の願書に添付した明細書及び図面(以下「本願明細書」という。その内容は甲第8ないし第10号証により認められる。)中には,原告の主張する,熱処理を施さない硬鋼線材に冷間鍛造による強加工を施すことの困難性自体,全く記載がなく,本願発明においてその困難性がどのように克服されているかについての記載も全くない。本願発明の特許請求の範囲には,単に硬鋼線材に熱処理を行うことなく冷間鍛造を施すとの発想そのものが記載されているだけである。発明の詳細な説明中にも,板材打抜法を従来技術として挙げ,板材打抜法の欠点を,上記の構成を採用することにより解決したことが記載されているにすぎず,硬鋼線材に冷間鍛造による強加工を施すことによるひび割れなどの問題点の記載も,このような問題点を克服する手段についての記載もない。
上に述べた本願明細書の記載状況の下では,本件において,原告主張のひび割れなどの問題点の克服自体を問題にする余地はない。本願明細書の上記記載状況の下では,本願発明と引用発明1との相違点についての判断において問題となるのは,単に,Cリング形に回曲した硬鋼線材の両端部に熱処理を行うことなく冷間鍛造を施すことによって突出部と工具差込み孔を形成する,との発想自体に想到することが容易であるかのみである。本願発明の製造方法を採用することによって,製品にひび割れが生じることがあったとしても,そのようなことは,本願発明の考慮の対象外であるというほかない。
@両端部に突出部と工具差込み孔が形成されたC形止め輪が周知であること,A冷間鍛造が他の成形方法より精度が高く経済性に優れた成形方法であり,冷間鍛造を部材の必要箇所のみ,すなわち端部のみに施すことが周知であることが認められることは審決の述べるとおりである(甲第2ないし第6号証,弁論の全趣旨。原告は,引用例3,5ないし6は,いずれも,本件発明のC形止め輪とは技術分野を異にすると主張する。しかしながら,甲第3,第5,第6号証によれば,上記引用例はいずれも,金属材料に冷間鍛造を施すものであることが認められるから,これらにより上記Aの周知技術を優に認定することができるものであるというべきである。)。
これらの周知の事項に照らすと,引用発明1の熱処理を施していないC型止め輪の両端部に突出部及び工具差込み孔を形成すること,その際に成形方法として冷間鍛造を施すとの発想自体に想到することは,当業者において容易になし得ることというべきである。
硬鋼線材に熱処理を施すことなく冷間鍛造による強加工を施すとひび割れなどが発生することが予想されるとしても,そのことは,当業者が冷間鍛造を施すとの発想自体に想到することを妨げるものではない,というべきである。上記方法にはひび割れなどの欠点があると認識されたとしても,この認識は,上記欠点にどのように対処するかを決定しなければならない(欠点を除去する方法を工夫する,欠点を甘受して利点を生かす,あるいは欠点のゆえに採用を中止する,など)との認識を生み出す力を有するものではあっても,上記発想自体を技術的に困難なものとするだけの力は持たない,と認めることができるからである。他に,上記想到容易性の判断を覆すに足りる資料は,本件全資料を検討しても,見いだすことができない。
原告は,上記ひび割れ等を防止するための具体的な方法についてではなく,単に冷間鍛造を用いるという発想自体について特許権を取得しようとしているのであるから,本願発明の進歩性の判断に当たっては,上記のとおり判断するのが相当である。このように判断しないと,原告は,特許の対価としての情報は何ら開示しないでおいて,特許だけを取得し,しかも,同じ目的を達成するための他の方法をも自らの特許の範囲に取り込むことになる。このような結果が特許法の許すところでないことは,論ずるまでもないことである。
原告の主張は採用することができない。
取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について 原告は,審決が本願発明の顕著な作用効果を看過したと主張する。
しかしながら,原告の主張する本願発明の作用効果は,本願発明の構成を採用したことによる当然の作用効果にすぎない。このような作用効果を特許性の根拠となる顕著な作用効果であるとすることはできない。
取消事由3は理由がない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決の認定判断にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久