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関連審決 不服2001-5627
関連ワード 容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  慣用技術 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 164号 審決取消請求事件
原告A
訴訟代理人弁理士 小林正治
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 木原裕
同 斎藤利久
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2001-5627号事件について平成15年3月3日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「河川の曲線部における水流制御構造」とする発明について,平成8年12月18日に特許出願(特願平8-338437号。以下「本件出願」という。)をしたが,平成13年3月2日に拒絶査定を受けたため,同年4月12日,これに対する不服の審判の請求をした。特許庁は,同請求を不服2001-5627号として審理し,その結果,平成15年3月3日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年3月25日に原告に送達した。
2 特許請求の範囲(平成13年5月14日付け手続補正書による補正後の請求項1) 「既存の河川(1)の曲線部(2)のうち,上流から流れてきた水が突き当たる凹岸(3)側を当該凹岸(3)よりも外側に広げて拡張凹岸(4)を形成して,上流から拡張凹岸(4)側に流れ込む水が当該拡張凹岸(4)側の水に当たって水勢が弱まるようにし,既存の河川(1)の曲線部(2)のうち,前記凹岸(3)と反対側の既存の凸岸(5)側に当該凸岸(5)よりも外側に広がる浅瀬(6)を設けて,下流に流れる水の勢いが浅瀬(6)で緩和されるようにし,前記拡張凹岸(4)側の堤防(7)の高さを浅瀬(6)側の堤防(8)の高さよりも高くして,拡張凹岸(4)側に流れ込む水が堤防(7)を越えにくくなるようにし,拡張凹岸(4)側の河床(9)を浅瀬(6)側の河床(10)よりも深くして,拡張凹岸(4)側に流れ込む水の勢いが当該拡張凹岸(4)側で緩和されて,拡張凹岸(4)側の堤防(7)に加わる水圧が緩和されるようにしたことを特徴とする河川の曲線部における水流制御構造。」(別紙図面1参照。以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平7-238523号公報(甲第3号証。以下,審決と同じく「刊行物」という。)に記載された発明(以下,「刊行物発明」という。)及び慣用の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,としたものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本願発明と刊行物発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「河川の曲線部のうち,上流から流れてきた水が突き当たる凹岸を形成して,上流から凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,河川の曲線部のうち,前記凹岸と反対側の凸岸側に浅瀬を設けて,下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにした」点 (相違点) (1)「本願発明が,既存の河川の曲線部のうち,凹岸側を当該凹岸よりも外側に広げて拡張凹岸を形成し,凸岸側に当該凸岸よりも外側に拡がる浅瀬を設けたのに対し,刊行物記載の発明が,既存の河川に適度な曲線部を作るとともに,凹岸及び浅瀬を形成した点」(以下,「相違点1」という。) (2)「本願発明が,拡張凹岸側の堤防の高さを浅瀬側の堤防の高さよりも高くして,拡張凹岸側に流れ込む水が堤防を越えにくくなるようにし,拡張凹岸側の河床を浅瀬側の河床よりも深くして,拡張凹岸側に流れ込む水の勢いが当該拡張凹岸側で緩和されて,拡張凹岸側の堤防に加わる水圧が緩和されるようにしたのに対し,刊行物記載の発明が,この点の構成を備えていない点」(以下「相違点2」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願発明と刊行物発明との一致点の認定を誤って相違点を看過し,自らが認定した本願発明と刊行物発明との相違点(相違点1,2)についての判断を誤ったものであり,これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本願発明と刊行物発明との一致点の認定の誤りによる相違点の看過 審決は,「本願発明と,刊行物記載の発明(判決注・刊行物発明)とを対比すると,刊行物記載の発明の「淵」及び「寄州」は,それぞれ本願発明の「凹岸」及び「浅瀬」に相当し,刊行物記載の発明も本願発明と同様に河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,凹岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにしたことは技術常識である」(審決書2頁20行〜25行)と認定し,この認定を前提に,両発明が「河川の曲線部のうち,上流から流れてきた水が突き当たる凹岸を形成して,上流から凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,河川の曲線部のうち,前記凹岸と反対側の凸岸側に浅瀬を設けて,下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにした」(審決書2頁25行〜29行)点で一致すると認定した。しかしながら,審決が一致点認定の前提とした上記認定はいずれも誤りであり,審決は,この誤りの結果,以下の相違点を看過するに至った。
(1) 本願発明の「凹岸」と刊行物発明の「淵」との相違 審決は,「刊行物記載の発明の「淵」・・・は,・・・本願発明の「凹岸」に相当」(審決書2頁20行〜21行)すると認定した。しかし,上記認定は,誤りである。
ア 「淵」とは,「水が淀んで深い所」のことである(広辞苑参照)。刊行物発明は,この「水が淀んで深い所」である「淵」をあらかじめ河川に作ったものである。これに対し,本願発明の「凹岸」とは,「へこんだ岸」のことである。すなわち,本願発明を特定する「凹岸」の語は,広がりを意味するものであって,「深さ」を意味するものではない。
刊行物発明の「淵」は,本願発明の「凹岸」に相当するものではない。
イ 本願発明の「凹岸」は,単なる「凹岸」ではない。既存の河川の「凹岸側」を外側(河川の中心の側を内側とした場合の外側である。以下,同じ)に広げて作った「拡張凹岸」である。
これに対し,刊行物発明の「淵」は,河川の凹岸を広げることなくそのままにして,河川の「凹岸」側の深さ(底)を深くしたものである。
刊行物発明の「淵」は,本願発明の「拡張凹岸」とは構造が全く異なり,本願発明の「凹岸」に相当するものではない。
(2) 本願発明の「浅瀬」と刊行物発明の「寄州」との相違 審決は,「刊行物記載の発明の・・・「寄州」は,・・・本願発明の・・・「浅瀬」に相当」(審決書2頁20行〜21行)すると認定した。しかし,上記認定は誤りである。
刊行物発明の「寄州」は,河川の「凸岸」側を外側に広げることなく,「凸岸」の内側に作ったものである(別紙図面2参照)。
これに対し,本願発明の「浅瀬」は既存の河川の「凸岸」側を既存の「凸岸」よりも外側に広げ,広げることによって形成された岸の内側に作った「浅瀬」である。すなわち,既存の河川の形状を変えた上で,その内側に作ったものである。
刊行物発明の「寄州」は,本願発明の「浅瀬」に相当するものではない。
(3) 本願発明が,「河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,凸岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにした」ものであるのに対し,刊行物発明はこのような構成を具備していないとの相違 審決は,本願発明の上記構成に対応する技術常識が存在するという。しかし,審決はそのように認定する根拠を示していない。このような技術常識は存在しない。
被告は,「長良川から見たニッポン」(乙第1号証。以下,「乙1文献」という。),「河川工學」(乙第2号証。以下「乙2文献」という。)を上記技術常識が存在することの根拠として挙げる。
しかし,乙1,2文献には,自然の流れにより,時が経てば浸食が起こるといったことや,土砂が沈殿して浅瀬が形成されるといった自然現象が開示されているにすぎない。本願発明は,時の経過によって自然現象で作られる形態を対象とするものではなく,自然現象で作られた既存の河川を改修して本願発明の形状,構造を人工的に作ることである。乙1,2文献には,本願発明の目的,構成,効果に対応することを対象とするものは何ら開示されていない。
2 相違点1についての判断の誤り 審決は,本願発明と刊行物発明との相違点の一つ(相違点1)について,「河川の改修において,河川の屈曲した河道における凹岸の洗掘,河岸の決壊等を防ぐために,河川の状態に応じて,掘削,浚渫等の手段により水深や河幅を増加させて河積を増加させることは,一般に,従来慣用の技術として広くおこなわれているから,刊行物記載の発明において,既存の河川に適度な曲線部を作る際に,凹岸及び凸岸をそれぞれ拡張し,相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得る程度のことである。」(審決書3頁3行〜8行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。
審決は,「河川の改修において,河川の屈曲した河道における凹岸の洗掘,河岸の決壊等を防ぐために,河川の状態に応じて,掘削,浚渫等の手段により水深や河幅を増加させて河積を増加させることは,一般に,従来慣用の技術として広くおこなわれている」との認定の根拠を示していない。
被告は,水深や河幅を増加させて河積を増加させることが慣用技術であることの根拠として,「土木工学ハンドブック」(乙第3号証。以下,「乙3文献」という。),「河川生態環境工学」(乙第4号証。以下「乙4文献」という。),「首都圏の水 その将来を考える」(乙第5号証。以下「乙5文献」という。)を挙げる。
しかし,本願発明は水深や河幅を増加させて河積を増加させることを目的とした発明ではない。本願発明においても,凹岸側と凸岸側の双方を拡張することにより,結果的には河積が増加するかもしれない。しかし,それは,本願発明の目的ではない。本願発明は既存の河川の曲線部のうち,上流から流れてきた水が突き当たる凹岸側を既存の凹岸よりも外側に広げて拡張凹岸を形成して,上流から拡張凹岸側に流れ込む水が当該拡張凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,既存の河川の曲線部のうち,前記凹岸と反対側の既存の凸岸側に当該凸岸よりも外側に広がる浅瀬を設けて,下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにし,それによって本願明細書に記載の効果が得られるようにしたものである。
乙3ないし5文献は,河積の拡大や引堤などについて断片的に紹介しているにすぎず,本願発明と同様の目的の下に,その目的達成のために本願発明と同様の構成とし,その構成により本願発明と同様の効果が得られるようにすることは開示していない。乙3ないし5文献のいずれにも,本願発明を導出する手がかりとなる技術思想は開示されていない。
刊行物発明と本願発明とは目的を全く異にする。
このように,本願発明とは目的を異にする刊行物発明や乙3ないし5文献から本願発明を想到することは困難である。
3 相違点2についての判断の誤り 審決は,本願発明と刊行物発明との相違点の一つ(相違点2)について,「河川の改修において,掘削,浚渫等の手段により河積を増加させることは慣用の技術であり,かつ背後地の重要性,計画高水流量,河状の変化の状態に応じて,河川の流水の氾濫を防ぐために堤防を適宜の高さで設けることは,従来慣用の技術として広く行なわれているから,相違点2に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到し得る程度のことである。」(審決3頁10〜15行)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(1) 本願発明は,単に堤防の高さを所望の高さにするだけではなく,次の@ないしCを総合した構成としたものである。
@ 河川の「凹岸側」を既存の凹岸よりも拡張して「拡張凹岸」を形成することにより,「拡張凹岸」の内側に多くの水を溜めて,その水に,河川を流れる水が当たって水勢が弱まるようにした。
A 既存の河川の「凸岸」側を外側に広げ,広げた後の新たな岸の内側に「浅瀬」を作ることにより,下流に流れる水の勢いが弱まるようにした。
B 拡張凹岸側の河床を浅瀬側の河床よりも深くして,拡張凹岸側に流れ込む水の勢いが当該拡張凹岸側で緩和されて,拡張凹岸側の堤防に加わる水圧が緩和されるようにした。
C @ないしBの構成を前提として,拡張凹岸側の堤防の高さを浅瀬側の堤防の高さよりも高くして,拡張凹岸側に流れ込む水が堤防を越えにくくなるようにした。
審決は,このような総合的な構成が,従来,慣用技術として広く行なわれていたという根拠を示していない。このような総合的な構成が従来,慣用技術として広く行なわれていたということはない。
(2) 被告は,自然の河川においては,彎曲部では凹岸側が深く,凸岸側が浅くなる,ということが古くから知られており,川の直線部に比べれば蛇行部分(曲線部)において水勢が緩和されることは明らかであるから,自然の河川性状にならうことにより,本願発明は当業者において容易に発明をすることができる,と主張する。
しかし,そもそも,本願発明は,自然の河川性状では河川の氾濫を防止できないからこそ,自然の河川性状(既存の河川形状)を改良して,自然の河川性状とは異なる構造にしたものなのである。自然の河川性状にならうことにより,本願発明の構成に容易に想到することができる,などということはあり得ない。
被告は,両岸の堤防の高さを異ならせることは乙4文献や「川(川からの贈り物)」(乙第7号証。以下「乙7文献」という。)に記載されているように慣用技術であるから,これらの構成を組み合わせることに何らの困難性はなく,組み合わせたことによる発明の作用,効果も予測し得る範囲内のものにすぎない,と主張する。
しかし,本願発明は単に両岸の堤防の高さを異ならせるだけではなく,前記のとおり,凹岸側を拡張して水の衝突により水の流れを緩め,凸岸側を拡張し,浅瀬を作ることにより水の流れを緩め,その上で,さらに,凹岸側の堤防の高さを浅瀬側の堤防の高さよりも高くするものであり,それによって,このようにしない場合とは異なる効果がもたらされるものである。このような構成に想到することが容易であるということはできない。
被告の反論の要点
審決の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
1 原告の主張1(一致点の認定の誤りによる相違点の看過)について 刊行物発明の「淵」及び「寄州」は,それぞれ本願発明の「凹岸」及び「浅瀬」に相当する,との審決の認定に誤りはない。
河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,凸岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにしたことは,技術常識である,との審決の認定に誤りはない。上記事項が技術常識であることは,乙1,2文献から明らかである。
2 原告の主張2(相違点1についての判断の誤り)について 河川の改修において,河川の屈曲した河道における凹岸の洗掘,河岸の決壊等を防ぐために,河川の状態に応じて,掘削,浚渫等の手段により,水深や河幅を増加させて河積を増加させることが,一般に,従来慣用の技術として広く行われていることは,乙3ないし5文献などから明らかである。
3 原告の主張3(相違点2についての判断の誤り)について 原告は,本願発明は,単に堤防の高さを所望の高さにするだけではなく,前記@ないしCを総合した構成としたものであって,前記@ないしBの構成にした上で,拡張凹岸側の堤防の高さを浅瀬側の堤防の高さよりも高くして,拡張凹岸側に流れ込む水が堤防を越えにくくなるようにしたものである,と主張する。
しかし,前記@ないしBの構成は,1で述べたとおり水勢の緩和が技術常識であること,2で述べたとおり河積を増加させることが従来慣用の技術であることを前提にすれば,当業者において容易に想到することができたというべきである。
前記Bの構成(拡張凹側の河床を浅瀬側の河床よりも深くすること)については,刊行物に,凹岸側に淵40(水深が大きい部分【0021】)を形成することが記載されていること(刊行物(甲第3号証)),自然の河川において,「彎曲部では凹岸深く,凸岸淺くなる。」(乙第2号証「河川工學」17頁5行〜6行)ことは古くからよく知られていること,川の直線部に比べれば蛇行部分(曲線部)において水の勢いが緩和されることが明らかであること(乙第1号証「長良川から見たニッポン」36頁5行〜7行)から,自然の河川の性状にならって,本願発明の上記Bのように拡張凹岸側の河床を浅瀬側の河床よりも深く構成することは,当業者であれば容易に想到することができたものである。
前記Cの構成については,河川において必要に応じて両岸の堤防の高さを異ならせたものも,「木曾の御囲堤」,「淀川の文禄堤」(乙第4号証「河川生態環境工学」136頁下から4行〜3行),「甲突川」(乙第7号証「川(川からの贈り物)」43頁2行〜7行「・・・記録のある1898年以降・・・」))のように従来慣用の技術であること,河川において「曲部では遠心力により凹岸の方が凸岸より水位が高い」ことは技術常識であること(乙第2号証「河川工學」17頁9行〜12行)から,凹岸側の堤防の高さを凸岸側(浅瀬側)の堤防の高さよりも高くしてみようとすることは,当業者であれば容易に思い付くことである。
以上の@ないしCの構成を組み合わせることに,何ら困難性はなく,組み合わせたことによる格別の作用効果も認められない。
当裁判所の判断
1 原告の主張1(一致点の認定の誤りによる相違点の看過)について (1) 原告は,審決が,刊行物発明の「淵」及び「寄州」は,それぞれ本願発明の「凹岸」及び「浅瀬」に相当する,と認定したのは誤りである,と主張する。
ア 原告は,刊行物発明における「淵」とは「水がよどんで深い所」のことであるのに対し,本願発明における「凹岸」とは「へこんだ岸」のことである,前者は「深さ」を意味するのに対し,後者は「広さ」を意味するから,両者は異なる,と主張する。
しかしながら,刊行物には,「図4(判決注・別紙図面2参照)は本発明による透水性植生護岸を河川に配置した例を示した河道計画図の一部である。同図に示したように河川に適度な曲線部を作るとともに,曲線部分にあらかじめ寄州30と淵40を形成することも可能で」(甲第3号証段落【0021】)との記載がある。同記載及び刊行物の図4によれば,刊行物発明においては,河川に曲線部が作られており,その曲線部のへこんだ方の岸の部に淵を設けていることが明らかである。刊行物発明においても,へこんだ岸と淵とは,厳密にいえば異なる。しかし,審決の説示全体をみれば,審決は,淵の設けられた個所のへこんだ岸をも含めて「淵」ととらえ,これが本願発明の「凹岸」に相当する,と認定したものとみるのが合理的であり,その認定に誤りはない。原告の主張は採用することができない。
原告は,本願発明における「凹岸」は「拡張凹岸」であるのに対し,刊行物発明における「淵」は河川の凹岸を広げるものではないから,刊行物発明の「淵」は,本願発明の「凹岸」に相当するものではない,と主張する。
しかしながら,審決は,「本願発明が,既存の河川の曲線部のうち,凹岸側を当該凹岸よりも外側に広げて拡張凹岸を形成し,凸岸側に当該凸岸よりも外側に拡がる浅瀬を設けたのに対し,刊行物記載の発明(判決注・刊行物発明)が,既存の河川に適度な曲線部を作るとともに,凹岸及び浅瀬を形成した点」を本願発明と刊行物発明との相違点の一つ(相違点1)として認定した上で,同相違点についての判断中で,刊行物発明において,既存の河川に適度な曲線部を作る際に,凹岸側及び凸岸側をそれぞれ拡張し,相違点1に係る本願発明の構成とすることの想到容易性について判断を加えている。
このような,審決の相違点の認定及びこれに対する判断内容に照らすと,審決は,刊行物発明の「淵」が本願発明の「拡張凹岸」と一致すると認定したものではないことが明らかである。審決は,原告主張の相違点については,相違点1として認定し,これについて判断を加えているのであるから,審決に原告主張の相違点の看過はない。原告の主張は採用することができない。
イ 原告は,本願発明の「浅瀬」は,既存の河川の「凸岸」側を既存の「凸岸」よりも外側に広げ,広げた後の岸の内側に作ったものであるのに対し,刊行物発明の「寄州」は,河川の「凸岸」側を外側に広げることなく,「凸岸」の内側に作ったものであるから,刊行物発明の「寄州」は本願発明の「浅瀬」に相当するものではない,と主張する。
上記認定の刊行物の記載及び図4(別紙図面2参照)によれば,刊行物発明は,河川の曲線部の凸岸側に寄州を設けていること,この「寄州」は,本来の凸岸の側を外側に広げ,広げた後の岸の内側に作られたものであることが認められ,この点において,本願発明の「浅瀬」と異なるところはないということができる。
仮に上記のように認めることができないとしても,審決は,原告主張の相違点である凸岸側に本来の凸岸よりも外側に広がる浅瀬を設けた点を,相違点1として認定し,これについて判断を加えていることは上記のとおりである。上記審決の相違点の認定及びこれに対する判断内容に照らすと,審決は,刊行物発明の「寄州」が本願発明の「浅瀬」と完全に一致すると認定したものではなく,河川の曲線部の凸岸側に設けられた浅瀬,という抽象化された限度において一致していると認定したにすぎないことが明らかである。そして,少なくとも,その限りにおいては,審決の一致点の認定に誤りはない。審決は,原告主張の相違点を認定し,これに対する判断を加えているから,仮に原告主張の相違点が真実の相違点であるとしても,相違点の看過はないことになる。仮に,この点についての審決の一致点の認定が,厳密な意味では正確といえないとしても,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は,河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,凸岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにすることを,技術常識であると認めることはできない,と主張する。
しかしながら,本件出願(平成8年)より前である平成5年に発行された乙1文献(「長良川から見たニッポン」)には,「自然に蛇行していた川をまっすぐにして速く流すという方法をとったために,河床が大きく変わってしまったのです。そこで今度は,ふたたび川の流れをゆったりしたものにしようとしているのです」(乙第1号証36頁5行〜7行)として,川をまっすぐにすれば川の水は速く流れ,蛇行させれば川の水の流れはゆったりするとの趣旨の記載がなされている。
昭和25年に発行された乙2文献(「河川工學」)には,河川において「凹岸には水流當りて浸蝕し,凸岸には沈澱を起して益屈曲の度を大ならしめ,所謂蛇行流となる」(15頁2行〜4行)との記載がある。「凹岸に水流當りて浸蝕し」とは,流れ込む水流が凹岸に当たってそこで浸蝕が起こるものの,これによって水勢が緩和されること(凹岸側が淵を形成している場合には,その淵に流れ込む水は,その淵内の水に当たって水勢が緩和されることは明らかである。)を意味する。「凸岸には沈殿を起こして」とは流れ込む水流の水勢が凸岸側において緩和されることを意味する。上記記載によれば,川の直線部に比べ,蛇行部分(曲線部)において水の勢いが緩和されることは明らかである。
乙1,2文献の上記記載内容,これらの文献の刊行時期,刊行物の前記記載及び図4などに照らすと,本件出願当時,「河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,凸岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにすること」は,技術常識であったということができる。
原告は,乙1,2文献は,自然現象を開示しているにすぎず,形状,構造を人工的に作る本願発明の目的,構成,効果に対応することは開示していない,と主張する。
しかしながら,乙1,2文献に記載された,河川の曲線部の凹岸,凸岸で生じる上記現象は,凹岸,凸岸が自然現象で形成されるか人工的に形成されるかにかかわらず,凹岸,凸岸と水流との相互作用によって当然引き起こされる現象であると認められる。上記技術常識に基づき,「河川の曲線部のうち,上流から流れてきた水が突き当たる凹岸を形成して,上流から凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにし,河川の曲線部のうち,前記凹岸と反対側の凸岸側に浅瀬を設けて,下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにした」点を一致点とした審決の認定に誤りはない。
原告は,刊行物発明の「淵」,「寄州」は本願発明の「拡張凹岸」,「浅瀬」とは異なるから,刊行物には,河川の曲線部の凹岸側に流れ込む水が当該凹岸側の水に当たって水勢が弱まるようにする技術や,凸岸側に浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにする技術は開示されていない,と主張する。しかしながら,審決は「拡張凹岸」,「凸岸よりも外側に広がる浅瀬」を相違点として認定しており,一致点として認定したものではないことは,前記説示のとおりである。そしてまた,上記の相違点が認められたからといって,上記技術常識に基づき上記一致点を認定することがそれによって妨げられるということはあり得ない。
原告の主張はいずれも採用することはできない。
(3) 原告の主張1は,理由がない。
2 原告の主張2(相違点1についての判断の誤り)について 原告は,審決が,本願発明と刊行物発明との相違点の一つ(相違点1。「本願発明が,既存の河川の曲線部のうち,凹岸側を当該凹岸よりも外側に広げて拡張凹岸を形成し,凸岸側に当該凸岸よりも外側に拡がる浅瀬を設けたのに対し,刊行物記載の発明が,既存の河川に適度な曲線部を作るとともに,凹岸及び浅瀬を形成した点」)について,「河川の改修において,河川の屈曲した河道における凹岸の洗掘,河岸の決壊等を防ぐために,河川の状態に応じて,掘削,浚渫等の手段により,水深や河幅を増加させて河積を増加させることは,一般に,従来慣用の技術として広く行われている」(審決書3頁3行〜6行)と認定したのは,誤りである,と主張する。
しかしながら,乙3文献(土木工学ハンドブック」下巻。1980年発行)には,「河川横断面中,流水が流下する面積を河積とよび,河積を増加させるためには,水深,川幅を増すことになる。」(乙第3号証2139頁左欄11行〜13行),「従来,河川工事の目的を大別して治水と利水に分け」(同2172頁右欄25行〜26行),「河川工事の主体をなすものとして,一般には現在の河道を生かし,これを掘削,浚渫,引堤などにより河積を拡大し,築堤,護岸などを施工することが多いが,これがいわゆる現川改修である。」(同2172頁右欄下から8行〜5行)との記載がある。
乙4文献(「河川生態環境工学」。1993年発行)には,掘削により淵を造成し河床を深くして水深を深くすることが記載されている(乙第4号証177頁1行〜2行参照)。乙5文献(「首都圏の水 その将来を考える」。1993年発行)には,堤防を幅方向に後退させて,川岸を幅方向に拡張させる「引堤」を用いた護岸工事についての記載がある(乙第5号証163頁の図6-4,164頁4行〜6行)。「長良川河口堰 自然破壊か節水か」(1991年発行。乙第6号証。
以下「乙6文献」という。)には,1975年(昭和50年)ころ大規模な引堤(堤防を付け替えて川幅を広げること)が凸岸側に設けられたことが記載されている(乙第6号証162頁) 乙3ないし6文献の発行時期などに照らすと,これらの文献に記載された上記技術事項は,いずれも周知慣用の技術であるということができる。
治水の目的に河岸の洗掘,決壊を防ぐことが含まれること,河川工事は河川の直線部のみならず曲線部においてもなされることは,当業者でない裁判所にも明らかなことである。
上に述べたところを総合すると,治水(河岸の洗掘,決壊の防止)を目的として,河川の曲線部に,乙3文献に示された掘削,浚渫などの手段により水深や川幅を増大させて河積を増加させることは,従来一般に広く行われている慣用の技術であるということができる。審決における上記慣用技術の認定に誤りはない。
原告は,刊行物発明や乙3ないし5文献などに記載された技術は,本願発明とその目的を異にする,と主張する。
しかしながら,異なる目的の下に同一の構成に至ることがあることは明らかである。発明の目的を異にすることは,それだけでは,同一の構成に至ることを妨げる理由とはなり得ない。
河川の凹岸側と凸岸側とを共に拡張すれば,川幅が広がり河積が増加することは明らかである。河川の凹岸と凸岸とを共に拡張するとの構成を採用するに至った動機が,「川幅を広げ河積を増加させること」にあるか,原告主張のように「上流から拡張凹岸側に流れ込む水が当該拡張凹岸側に水に当たって水勢が弱まるようにし,凸岸よりも外側に拡がる浅瀬を設けて下流に流れる水の勢いが浅瀬で緩和されるようにすること」にあるかによって,発明の構成が異なることになるわけのものでないことは明らかである。
原告の主張は,それ自体失当である。
このことはさておいても,刊行物発明も乙3ないし6文献も,いずれも河川の治水を目的とした技術である点において本願発明と目的を共通にすることは明らかである(甲第3号証,乙第3ないし第6号証)。刊行物発明と乙3ないし6文献に記載された周知慣用技術を組み合わせて本願発明の構成に至る動機付けは十分にあるということができる。
原告の主張は採用することができない。
原告の主張2も理由がない。
3 原告の主張3(相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,本願発明と刊行物発明との相違点の一つ(相違点2・本願発明が,拡張凹岸側の堤防の高さを浅瀬側の堤防の高さよりも高くして,拡張凹岸側に流れ込む水が堤防を越えにくくなるようにし,拡張凹岸側の河床を浅瀬側の河床よりも深くして,拡張凹岸側に流れ込む水の勢いが当該拡張凹岸側で緩和されて,拡張凹岸側の堤防に加わる水圧が緩和されるようにしたのに対し,刊行物記載の発明(判決注・刊行物発明)が,この点の構成を備えていない点。)について,「前記相違点1についてにおいて述べたとおり,河川の改修において,掘削,浚渫等の手段により河積を増加させることは慣用の技術であり,かつ背後地の重要性,計画高水流量,河状の変化の状態に応じて,河川の流水の氾濫を防ぐために堤防を適宜の高さで設けることは,従来慣用の技術として広く行なわれているから,相違点2に係る本願発明の構成は当業者が容易に想到し得る程度のことである。」(審決書3頁10行〜15行)と判断したのは誤りである,と旨主張する。
河川の改修において,掘削,浚渫などの手段により河積を増加させることが慣用の技術であることは,前記2で説示したとおりである。
乙2文献には,河川において「曲部では遠心力により凹岸の方が凸岸の方より水位が高い。」(乙第2号証17頁9行〜12行)との記載がある。同文献が本件出願より相当前に発行された技術文献であることに照らすと,このことは技術常識に属することであるということができる。凹岸側の水位が凸岸側より高くなるのは,凹岸側の水の流量が凸岸側の流量より多くなるためであることは自明のことである。乙4文献(「河川生態環境工学」)や乙7文献(「川(川からの贈り物)」には,河川において必要に応じて両岸の堤防の高さを異ならせる治水方式が近世初頭ころなど相当古くから行われていたことが記載されている(乙第4号証136頁下から4行〜3行,乙第7号証43頁2行〜7行)。これらの点を総合すると,背後地の重要性,計画高水流量,河状の変化の状態に応じて,河川の流水の氾濫を防ぐために堤防を適宜の高さで設けることは,従来慣用の技術として広く行われていたと認めることができる。
当業者がこれらの慣用技術を用いて,相違点2に係る本願発明の構成に想到することは容易であるというべきである。
(2) 原告は,本願発明は,単に堤防を高さを所望の高さにするだけではなく,原告の主張3(1)記載の@ないしCの事項を総合した構成としたものであり,このような,総合的な構成は従来,慣用技術として広く行なわれていなかった,と主張する。
しかしながら,河川の曲線部の河積を増加させて,増水時に河川の曲線部から水が溢れることを防ぐという観点からすれば,岸を拡張したり,河床を浚渫して深くしたり,堤防を高くしたりするという慣用技術を刊行物記載の河川の曲線部の凹岸,凸岸に適用することを妨げる理由はない。
仮に,原告主張の@ないしCの事項を総合した構成が従来,慣用技術として広く行われていなかったとしても,そのことは,刊行物発明と慣用技術とを組み合わせることによって本願発明の構成に想到することが容易であるとの前記判断を左右するものではない。
原告の主張は採用することができない。
原告の主張3は理由がない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決の認定判断にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸