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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  時効 /  ライセンス /  出願経過 /  参酌 /  均等 /  置換 /  置換可能性 /  同一の作用効果 /  置換容易性 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  権原 /  加工 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  発明の範囲 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (ワ) 16268号 特許権侵害差止等請求事件
原告 オーリン・コーポレーション
訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 内田公志
同 鮫島正洋
同 安立欣司
補佐人弁理士 加藤朝道
同 内田潔人
同 三宅俊男
被告 古河電気工業株式会社
訴訟代理人弁護士 田中成志
同 平出貴和
同 長尾二郎
同 板井典子
補佐人弁理士 飯田敏三
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,電気コネクタ用銅基合金(品番EFTEC-97)を製造し,使用し,販売し,又は販売の申し出をしてはならない。
2 被告は,原告に対し,金4000万円及びこれに対する平成14年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が被告に対し,被告の製造,販売する電気コネクタ用銅基合金(品番EFTEC-97。以下「被告製品」という。)が,原告の有する特許権を侵害するとして,製造等の差止めと損害賠償の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨により認められる事実) (1) 原告の有する特許権 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,請求項1の発明を「本件発明」という。)を有している。
(ア) 発明の名称 改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有する電気コネクタ用銅基合金 (イ) 出願日 昭和61年4月25日 (ウ) 登録日 平成8年10月24日 (エ) 特許番号 第2572042号 (オ) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。) (2) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A 実質的に,Ni:2〜4.8%,Si:0.2〜1.4%,Mg:0.05〜0.45%,Cu:残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする B 改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有し, C 安定化状態にある電気コネクタ用銅基合金 (3) 被告製品の構成 被告製品の構成は,以下のとおりである。
ニッケル(Ni)2.0〜2.8%,ケイ素(Si)0.45〜0.6%,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%及び残部が銅(Cu)(数字はいずれも重量%)からなるコネクタ用銅基合金。
(4) 被告の行為 被告は,業として,被告製品を製造販売している。
2 争点及び当事者の主張 (1) 被告製品は本件発明の構成要件を充足するか(主位的主張)。
構成要件Aの充足性 (原告の主張) (ア) 構成要件Aの解釈 a 特許請求の範囲構成要件Aに関する部分(以下「構成要件A」という。同様の表記を用いる。)は,成分元素の組合わせの比率を示すとともに,「実質的に」との修飾語が付されている。
そして,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「合金の性質に悪影響を及ぼすことのない,その他の元素および不純物を合金に含有させることができる。」(本件明細書10欄7ないし8行目)と,また,「その他の元素および不純物が存在してもよいが,それらは合金の性質に対し実質的に悪影響を及ぼさないものである。」(同8欄8ないし10行目)と,それぞれ記載されている。
b そうすると,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは,合金の性質に対して「実質的に悪影響を及ぼさないもの」である限り,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)以外の「元素および不純物」を含有させることを許容している趣旨と理解すべきである。 (イ) 対比 被告製品は,構成要件Aに記載された,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)の他に,スズ(Sn),亜鉛(Zn)を含有する。
しかし,これらの元素は,合金の極限引張強さ,電気伝導性,耐応力緩和性に影響を及ぼさないから,本件発明に係る,Ni-Si系の銅基合金に所定量のマグネシウム(Mg)を添加した銅基合金であることに変わりはないといえる。
したがって,被告製品は,構成要件Aを充足する。
(被告の反論) (ア) 構成要件Aの解釈 a 本件明細書の「特許請求の範囲」欄の記載によれば,本件発明の技術的範囲は,ニッケル(Ni)2〜4.8%,ケイ素(Si)0.2〜1.4%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.45%,銅(Cu)残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする銅基合金であり,その他の成分を実質的に含有するものを含まないと解すべきである。
一般に,他の金属をごく少量添加することにより,合金の特性が劇的に変化することがあり,少量成分の添加が,合金に対して,新たな物理的,化学的,機械的性質を与え,利用価値を高めるので,添加された後の合金は,基の合金と異なるものと解される。
b 原告は,本件明細書において,本件発明に係る合金について,マグネシウム(Mg)の代わりにスズ(Sn)を0.39%含有する合金と対比し(本件明細書21欄9ないし20行目,表7),また,平成6年11月22日付上申書において,亜鉛(Zn)を0.52%含有する合金2と対比している。上記によれば,本件特許の出願人である原告自らが,スズ(Sn)を0.39%含有する合金や亜鉛(Zn)を0.52%含有する合金について,別合金であることを前提としている。
したがって,これら元素を上記量程度含む場合は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」に含まれないことは明白である。
c 原告は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは,合金の性質に対して「実質的に悪影響を及ぼさないもの」である限り,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)以外の「元素および不純物」を含有させることを許容している趣旨と理解すべきであると主張する。
しかし,含有させることを許容している元素とは,本件明細書に記載されているとおり,ニッケル(Ni)の同等量と置換して存在するものとしての,クロム(Cr),コバルト(Co),鉄(Fe),チタン(Ti),ジルコニウム(Zr),ハフニウム(Hf),ニオブ(Nb),タンタル(Ta),ミッシュメタル(ランタニド)及びそれらの混合物のような珪化物(シリサイド)形成元素を有効量約1%以下,またリチウム(Li),カルシウム(Ca),マンガン(Mn),ミッシュメタルなどの脱酸元素及び脱硫元素を0.25重量%以下,含有させるような場合を指す(本件明細書10欄7ないし20行目)。
本件明細書及び意見書の記載を参酌すれば,Cu-Ni-Si基合金に添加されるべきマグネシウム(Mg)と同じような量の亜鉛(Zn)やスズ(Sn)を添加することは,電気伝導性などの特性を大きく劣化させ,合金の性質に対して実質的に悪影響を及ぼすものであって,構成要件Aに含まれると解することはできない。
(イ) 対比 被告製品は,ニッケル(Ni)2.0〜2.8%及びケイ素(Si)0.45〜0.6%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%とともに,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%及び銅(Cu)残部を含む。
被告製品における,亜鉛(Zn)及びスズ(Sn)は,それぞれの含有量だけみても,本件発明に係る合金のマグネシウム(Mg)の含有量よりも多く,これらは実質的に成分として含有させているといえる。これらを含有させることによって,耐応力緩和性等の合金の性質に影響を与えている。
よって,被告製品は構成要件Aを充足しない。
構成要件Bの充足性 (原告の主張) (ア) 構成要件Bには,「改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性を有し」と記載されている。したがって,これらの特性を備えていさえすれば足りるのであって,曲げ特性,めっき特性等その他の特性を併せて備えている場合を排除するものではない。
(イ) 被告製品は,本件発明の実施品相当品に対して,耐応力緩和性において約1.5%優れ(1000時間),電気伝導率において約1.3%IACS下回るが,「改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性」を具備するといえる。
以上のとおり,被告製品は,構成要件Bを充足する。
(被告の反論) 被告製品は,本件発明実施品相当品と比して,亜鉛(Zn),スズ(Sn),マグネシウム(Mg)の複合添加により,耐応力緩和性は著しく向上し,めっき性やはんだ性に優れているが,他方,電気伝導率は低下している。
被告製品は,高い電気伝導性を犠牲にして,上記特性を強化したものであり,構成要件Bにおける「電気伝導性」を有していない。
以上のとおり,被告製品は,構成要件Bを充足しない。
構成要件Cの充足性 (原告の主張) 構成要件Cの「安定化状態」とは,耐応力緩和性が向上している状態を指すと解すべきである。
被告製品の耐応力緩和性は,本件発明に係る合金の耐応力緩和性に匹敵するので,被告製品は,構成要件Cを充足する。
(被告の反論) 構成要件Cの「安定化状態」の意義は,本件明細書によって,必ずしも明確に説明されていない。
ところで,本件明細書には,「コネクタ用に対しては,その後に合金を,随意的に約200〜345℃,好ましくは約225〜約330℃の温度において焼鈍することによって安定化させる。」(本件明細書7欄40ないし42行目)と,「本発明の合金の耐応力緩和性は,約200〜345℃,好ましくは約225〜約330℃の温度において約0.5〜約8時間,好ましくは約1〜約2時間にわたる安定化焼鈍を利用することにより著しく改良される。」(本件明細書13欄37ないし40行目)と,「300℃の温度において1時間にわたり安定化焼鈍した。」(本件明細書16欄30ないし31行目)と,それぞれ記載されているから,構成要件Cの「安定化状態」は,上記「安定化処理」の方法によってもたらされる状態を指すと解すべきである。
これに対して,被告製品は,本件明細書に記載される上記のいずれの「安定化処理」も行っていないから,構成要件Cを充足しない。
(2) 被告製品における元素の組成は,構成要件Aと均等といえるか(構成要件Aについての予備的主張)。
(原告の主張) 以下のとおりの理由から,被告製品の構成「ニッケル(Ni)2.0〜2.8%,ケイ素(Si)0.45〜0.6%,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%及び残部が銅(Cu)」において,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%が添加された点は,構成要件Aと均等である。
ア 本件発明と被告製品との対比 (ア) 本質的な部分(均等要件@)について 被告製品と本件発明とを対比すると,極限引張強さ・電気伝導性の2点においては大きな相違はなく,耐応力緩和性の向上においては,マグネシウム(Mg)の効果が顕著であり,これに対してスズ(Sn),亜鉛(Zn)の効果は小さい。有用なコネクタ用銅基合金を得る上で,スズ(Sn),亜鉛(Zn)の有無の相違は,本質的な部分とはいえない。
(イ) 置換可能性(均等要件A)について 被告製品も本件発明も改善された組合せの極限引張強さ,電気伝導性及び耐応力緩和性を有するコネクタ用銅基合金であり,同一の作用効果を有しているので,本件発明における元素の組合せを被告製品における元素の組合せに置換することは可能である。
(ウ) 置換容易性(均等要件B)について 本件発明における元素の組合せを被告製品における元素の組合せに置換することは,被告が被告製品を製造する時点において容易に想到することができた。
(被告の反論) (ア) 本質的部分(均等要件@)について Cu-Ni-Si基合金に含有させることができる他の合金成分について,特定の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性が悪化する。本件特許の審査過程において,原告は,スズ(Sn)を0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして除外した。マグネシウム(Mg)以外の元素を含有させればそれだけ電気伝導率が下がる以上,電気伝導率を下げるスズ(Sn)その他の合金成分を含有するか否かは,本質的な内容である。
以上の経緯に照らすならば,Cu-Ni-Si基合金に対してマグネシウム(Mg)のみを0.05%〜0.45%以下を含有させるという点こそが,本件発明の本質的部分である。
(イ) 置換可能性(均等要件A)について 被告製品は,Cu-Ni-Si基合金に,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%を複合添加したもので,本件発明に係る合金と比較して,高い耐応力緩和性,優れためっき性,はんだ性を有するが,電気伝導率は低い。
以上のとおり,本件発明における元素の組合せを被告製品における元素の組合せに置換することにより,本件発明と同一の作用効果を奏することはないので,置換可能性がない。
(ウ) 置換容易性(均等要件B)について Cu-Ni-Si基合金に,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%を複合添加することは,被告製品の製造開始時点まで存在していなかったのであって,このような組合せは,当業者が容易に推考できるものとはいえない。
(エ) 意識的な除外(均等要件D)について a Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)を含有すると,高い疲労限度及び良好なばね性を有するため,電流を通す又は伝熱性のあるばね材として用いることができることについては,本件特許出願前の1939年において公知であり(英国特許第522,482号公報,乙10),また,耐応力緩和性が向上することについても公知であった。
そして,上記英国特許第522,482号公報には,Cu-Ni-Si基合金に,クロム(Cr)などの金属を含有させることが開示され,また,特開昭59-145746号(乙19の16)や特開昭58-124254号(乙11の1及び2,乙19の17の1及び2)記載の発明にも,Cu-Ni-Si基合金に複数の元素を添加する例が開示されている。
仮に,出願人である原告が,Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)を含有させたものに「Sn,Znを添加すること」を着想していたのであれば,上記英国特許第522,482号公報の発明や,特開昭59-145746号,特開昭58-124254号の出願の発明が,Cu-Ni-Si基に添加する金属元素を具体的に挙げていることに照らしても,本件明細書にスズ(Sn)や亜鉛(Zn)の添加を当然記載していたはずである。しかし,これを特許請求の範囲に記載しなかったのは,原告は,Cu-Ni-Si基合金にスズ(Sn)や亜鉛(Zn)を添加させることを全く意図していなかったからに他ならない。
のみならず,原告は,本件特許の出願過程において,スズ(Sn)を添加すると電気伝導率が低下するとして,Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)のみを添加し,それ以外の元素を含有することを,意図的に除外している。
b 上記の経緯に照らすならば,本件特許の出願過程において,出願人である原告において,合金の電気伝導率低下を招くスズ(Sn)のような元素を含有させることを,意図的に除外していることが明らかである。
(3) 本件特許に,明白な無効理由があるか。
(被告の主張) ア 特許法(以下「法」という。)29条1項3号,2項違反 (ア) 英国特許第522,482号公報(1940年6月19日明細書受理,乙10)による無効理由 a 英国特許第522,482号公報(以下「乙10公報」という。)の特許請求の範囲の請求項1には,クロム,コバルト又はニッケルと,ケイ素又はベリリウムとの金属間化合物のうち少なくとも1種の析出物の存在に起因し,マグネシウムを0.05%から3%含有するアルミニウム非含有硬化銅基合金が記載されている。そして,第3実施例として,ニッケル2.25%,ケイ素0.5%,マグネシウム0.5%及び銅を残部とする合金が,第4実施例として,ニッケル2.14%,ケイ素0.22%,マグネシウム0.55%及び銅を残部とする合金が示され,これらは良好なばね性を有し,これらの性質によって,電流を通す又は伝熱性のばね材に用いることができる旨が開示されている。
すなわち,乙10公報記載の発明に係る合金は,構成要件Aとほぼ同一の組成を有している(マグネシウムの量が,本件発明は0.05〜0.45%であるのに対して,乙10公報の合金は0.5ないし0.55%含有するという点が異なる。)。
b 乙10公報記載の発明に係る合金は,良好なばね性を有し,これらの性質によって,電流を通す又は伝熱性のばね材に用いることができるものであるから,構成要件Bと同一である。
乙10公報においては,耐応力緩和性についての説明がされていない。しかし,乙10公報記載の発明に係る合金が,ばね材に用いられるのであれば,同記載の発明に係る合金が耐応力緩和性を具備する点は自明である。
c 乙10公報においては,構成要件Cの「安定化状態にある」ことの記載がない。しかし,本件発明の構成要件Cの「安定化状態」をもたらす安定化処理の方法は,従来技術そのものである。さらに,ばね材として用いられる電気材料としての銅合金が,電気コネクタ用銅基合金として用いられることも自明である。
d 以上のとおり,本件発明と乙10公報記載の発明とは,含有する金属成分の組成,効果,用途において同一であり,両者は同一といえる。本件発明は,乙10公報により,新規性又は進歩性を欠くことが明らかである。
(イ) 特開昭58-124254号(乙11の1),及び昭和59年3月21日発行の補正公報(以下「乙11の2補正公報」という。)による無効理由 a 乙11の2補正公報は,導電性と強度(引張強さ)が高いリード材用銅基合金が記載され,第1表の実施例10には, Ni 2.48% Si 0.49% Mg 0.080% と 酸素0.0004%(以上,%は重量%)を含み, 残部がCu の組合せからなる銅基合金が記載されている。
上記合金の組成は,ニッケル(Ni):2.4〜4.8%,ケイ素(Si):0.2〜1.4%,マグネシウム(Mg):0.05〜0.45%,銅(Cu):残部から成ることを特徴とする本件発明の合金の組成と同一であるから,本件発明の構成要件Aを充足する。
b 上記合金は,十分な導電性とすぐれた耐熱性,強度,はんだ性及び耐食性を有するから,本件発明の構成要件Bを充足する。同補正公報においては,耐応力緩和性について十分な説明がされていないが,上記合金は,本件明細書中にも本件発明の対象として記載されているリード材用の合金であるから,本件発明と同種の用途に用いられる以上,耐応力緩和性を有することが明らかである。
c 上記合金が,電気コネクタ用銅基合金として用いられることは,明らかであるから,構成要件Cを充足する。
d 以上のとおり,本件発明と乙11の2補正公報記載の発明とは,含有する金属成分の組成,効果,用途において同一であり,両者は同一といえる。
イ 法36条3項及び4項違反 原告は,マグネシウム(Mg)による耐応力緩和性の向上は,公知技術であることを前提として,マグネシウム(Mg)の含有量が0.45%以下にするという臨界性を見いだした点が本件発明の特徴であると主張する。
しかし,マグネシウム(Mg)の含有量が0.45%以下にするという臨界性については本件明細書では何らの裏付けがされていない。
したがって,本件特許は,法36条3項及び4項に違反し,無効であることが明白である。
(原告の反論) ア 法29条1項3号,2項違反について (ア) 乙10公報による無効理由について a 被告が,本件発明と乙10公報記載の発明とが同一であるとする根拠は,単に,乙10公報記載の発明の請求項2が,クロム,ニッケル,コバルトのいずれかを第2の合金成分とし,ケイ素,ベリリウムのいずれかを第3の合金成分としているから,第2の合金成分からニッケルを,第3の合金成分からケイ素をそれぞれ選択すれば,本件発明の組成物の範囲と重複するというだけのことにすぎず,本件発明の組成が開示されているわけではない。
b 乙10公報の第3実施例及び第4実施例のいずれのマグネシウム(Mg)含有量も,本件発明が定めるマグネシウム(Mg)の含有量の範囲から外れている。よって,本件発明と第3実施例,第4実施例とは,本件発明の構成要件Aにおいて,相違する。
c 本件発明と第3実施例,第4実施例とは,本件発明の構成要件B(耐応力緩和性)及び構成要件C(安定化処理)において,相違する。
そして,@本件発明と乙10公報の第3実施例,第4実施例とは,前記のとおり組成において異なること,A本件発明は,マグネシウム(Mg)量について0.45%以下という低濃度領域であるのに対して,乙10公報の発明は,マグネシウム(Mg)量について0.5%以上という高濃度領域を推奨している点において異なり,基本的発想が全く相違することに照らすならば,乙10公報において「良好なばね性を有し,これらの性質によって,電流を流す又は電熱性のばね材に用いることができる」という記載から,本件発明の耐応力緩和性及び安定化処理とが当然に開示されていると解することはできない。
d 以上のとおり,本件発明は,乙10公報により,新規性又は進歩性を欠くとの被告の主張は理由がない。
(イ) 乙11の2補正公報による無効理由について a 本件発明と乙11の2補正公報の発明とは,「耐応力緩和性」(構成要件B)及び「コネクタ用銅合金」(構成要件C)の有無において相違する。
乙11の2補正公報の発明は,リード材(リードフレーム材)用合金に係るものである。これに対して,本件発明はコネクタ用合金である。リード材においては,耐応力緩和性が重視されないのに対し,コネクタ材においては,耐応力緩和性が重視される(甲22)。
リード材は,半導体チップ等が実装される部材にすぎないから,把持力の経時劣化の防止という課題は存しない。これに対して,コネクタは,雌コネクタ部に使用されるコネクタ材の,雄コネクタ部に対する把持力が経時的に低減すると,接触抵抗が増大したり,発熱したり,雄コネクタ部がコネクタ材から脱落したり,接続不良を発生したりするなどのトラブルを引き起こすため,耐応力緩和性が重視される。
リード材に関する乙11の2補正公報の発明では,耐応力緩和性(構成要件B)や(耐応力緩和性を向上させる処理としての)安定化処理(構成要件C)に関する解決課題が要求されることはないので,この種の記載が一切ない。
b 以上のとおり,乙11の2補正公報記載の発明は,コネクタ材に求められている耐応力緩和性や安定化処理に関する記載がない。したがって,本件発明は,乙11の2補正公報記載の発明により,新規性又は進歩性を欠くことが明らかであるとする被告の主張は理由がない。
イ 法36条3項及び4項違反について 本件発明において,マグネシウム(Mg)の上限を0.45重量%に規定したのは,本件公報第1図に示されているとおり,熱間加工性の限界に基づくものであり,本件明細書で裏付けが示されており,無効理由はない。
(4) 損害額はいくらか。
(原告の主張) ア 売上高 被告は本件特許に係るライセンス交渉において,原告に対し,製造販売予測を提示した(甲9の6)。それによれば,本件訴訟提起時までの過去分の売上げは平成13年分が300トン,平成14年の上半期分500トンの計800トンとなる。本件合金の売値は1トン当たり約100万円である。
これにより,上記期間の被告製品の売上高を計算すると,約8億円となる。
実施料率 原告は,本件特許に係る合金系とは別の銅基合金について,被告に対して特許ライセンスを行っているが,この際の実施料の取り決めは,売上高の約5%である。
ウ 結論 原告に支払われるべき特許実施料について,アの売上高にイの実施料率5%を乗じて算定すると4000万円となる, よって,原告は,被告に対し,上記金額を,法102条3項に基づき請求する。
(被告の反論) 上記原告の主張のうち,イは認め,その余は争う。
争点に対する判断
1 被告製品の構成要件Aの充足性について (1) 構成要件Aの解釈 原告は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」の意義について,合金の性質に対して実質的に悪影響を及ぼさないものであって,本件発明の作用効果を利用するものであれば,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)以外の元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきである旨主張する。
この点,当裁判所は,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」の意義について,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素のうち,明細書中に具体的な記載がある元素,及び明細書の具体的な記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素を含有させることを許容すべきであるが,その範囲を超えた,合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきではないと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
ア 本件明細書の記載 (ア) 本件発明に係る「特許請求の範囲」欄には,「実質的に,Ni:2〜4.8%,Si:0.2〜1.4%,Mg:0.05〜0.45%,Cu:残部(数字はいずれも重量%)から成ることを特徴とする」と記載されている。
(イ) 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,「本発明合金は析出硬化性Ni-Si青銅であり,ここにMgを添加して独特に改善された独特な性質の組合せが得られる。」(本件明細書5欄26ないし28行目)と,「本発明により極めて良好な強度特性と共に中程度から高度までの電気伝導性,および優れた耐応力緩和性を有する銅基合金が提供される。該合金は,それぞれの用途に対し種々の態様で加工して強度,曲げ加工性および電気伝導性の最良の組合せを提供することができる。」(本件明細書6欄38ないし42行目)と,「したがって,本発明により強度,伝導性,曲げ加工性および耐応力緩和性の独特の組合せを有する多目的銅基合金が提供され,この組合せにより該合金はコネクタ用およびリードフレーム用の材料として使用するのに適したものとなる。臨界的にMgを添加した本発明の合金はそれらの加工を適切に調整することにより上記の用途いずれかに容易に適合させ得ることが判った。」(本件明細書8欄25ないし32行目)と,「合金の性質に悪影響を及ぼすことのない,その他の元素および不純物を合金に含有させることができる。Cr,Co,Fe,Ti,Zr,Hf,Nb,Ta,ミッシュメタル(ランタニド)およびそれらの混合物のような珪化物(シリサイド)形成元素を,有効量約1%以下存在させることができる。このような元素が存在する場合,それら元素はNiの同等量と置換して存在すべきである。好ましくは,Crは約0.1%を超えない量に限定すべきである。本発明の合金は,Li,Ca,Mn,ミッシュメタルおよびそれらの混合物から選択される脱酸元素および(または)脱流元素の1種またはそれ以上を,脱酸素または脱流に対する有効量において約0.25重量%まで包含することもできる。」(本件明細書10欄7ないし20行目)と,それぞれ記載されている。
(ウ) また,実施例Wには,「表5のデータはまた該合金が,強度を犠牲にすることなく本発明の範囲内において,例えばCrやMnのような他の元素を包含することができるということをも示す。」と記載されている(本件明細書19欄35ないし37行目)。
(エ) 実施例Xには,「表6は更に,少量のCrおよび(または)Mnの添加が該合金の引張強さに対して有利であるが電気伝導性をやや減少させることを示す。」と記載されている(本件明細書19欄50行目,同20欄48ないし49行目)。
(オ) 実施例Yには,「表7は,NiおよびSiが本発明で定義された含有量範囲内にある銅基合金であって,本発明で定義された含有量範囲内のMg(0.18重量%)を含む銅基合金と,Mg以外の添加成分(Sn,Mn,Cr)をそれぞれ含む3種類の銅基合金の耐応力緩和性を,残留応力を測定することによって比較したものである」(本件明細書21欄1ないし6行目)と,「表7を見ると,本発明合金(Mg0.18重量%)は,その他の銅基合金に比して優れている。通常,Cu-Ni-Si基合金のような析出硬化型銅合金は,焼鈍(時効処理)された最高硬さ状態で販売されている。温度105℃,100000時間のシュミレーション結果によると,本発明合金(Mg0.18重量%)は,90%の残留応力を有している。その他の銅基合金の残留応力は,90%よりもかなり低く,本発明合金(Mg0.18重量%)に比して大幅に劣っている。以下に,その比較結果を示す:a)Sn添加の場合:本発明合金に比して11%低い。」(本件明細書21欄9ないし18行目)と,それぞれ記載されている。
イ 合金の一般的性質について (ア) 証拠(乙2,3)によれば,合金の一般的性質について,以下のとおり認められる。
a 合金とは,「2種以上の金属をそれぞれの融点以上の温度で混合したものを冷却して凝固させたもの。金属のほかに炭素,ケイ素などの非金属元素を少量に含むものもある。合金の組織状態には固溶体,共融混合物,または化合物(金属間化合物)をつくる場合,あるいはそれらの混合物をなす場合などがある。
たとえば銅とニッケル,金と白金などはすべての割合に均一に融和して固溶体をつくるが,アルミニウムと銅,銅とスズ,マグネシウムと銀などは混和の割合により固溶体,金属間化合物,あるいはそれらの混合物となる。合金の諸性質はこの組織状態により大いに異なる。したがってある金属に適当の成分を適当の割合に配合することにより各成分の金属の性質とは異なる物理的,化学的性質を与え,その実用価値を増進させることができる」(乙2。岩波理化学辞典 第3版)。
b 「2種以上の金属元素,あるいは金属元素と金属以外の元素から成り,金属的な性質を示す物質をいう。金属組織学的には,成分元素が原子オーダーで混り合った固溶体,成分元素同志の化合物(金属間化合物)とそれらの混合物から成り,成分元素がこれに加わることもある。組成が全く同じ合金でも,温度により合金を構成する相の量や形態が異なるので,熱処理の方法によって性質が大きく変わることが多い」(乙3。金属材料技術用語辞典)。
(イ) 上記によれば,合金は,合金を構成する成分元素や,組織のほか,熱処理の方法等によっても影響を受け,合金の成分元素やその添加量,熱処理の方法等を微妙に変えた場合に合金の性質にどのような影響を与えるかについては,一般的に予測可能性が極めて低い。
出願経過 (ア) 本件特許出願に対し,平成6年1月20日付の拒絶理由通知がされた(乙1の2)。
原告は,拒絶理由通知を受けて,平成6年8月8日付意見書(乙1の3)を提出して,以下のとおり述べた。すなわち,原告は, a 「引用例の教示に従って,Mn,SnまたはCrが,Cu-Ni-Si合金に添加されると,残留応力は以下のとおりである: a) Sn 添加の場合:本発明合金に比して11%低い。
b) Mn 添加の場合:本発明合金に比して21%低い。
c) Cr 添加の場合:本発明合金に比して30%低い。」(上記意見書3頁4ないし8行目)と,「各引用例では,耐応力緩和性の重要さが認識されておらず,Cu-Ni-Si基合金にMgが添加されたときに優れた耐応力緩和性が得られることが認識されていない。」(同頁13,14行目)と述べた。
b また,「表8のデータから明らかなように,Mgを含む本発明合金は,引用例の合金に比して優れている:a)Snについて:本発明合金の極限強さは,Snを含む引用例合金のそれよりも僅かに低いが,本発明合金の導電性は,劇的に(24%も)高い。」(同頁24ないし27行目)と,「表9のデータから明らかなように,本発明合金は,引用例のSn含有合金,およびFe含有合金に比して優れている:a)Snについて:本発明合金の極限強さは,Snを含む引用例合金のそれよりも僅かに低いが,本発明合金の導電性は,極めて(17%も)高い。」(同4頁12ないし15行目)と,「各引用例に開示された合金特性を見ても,Mgのみが,優れた耐応力緩和性をCu-Ni-Si基合金に付与する重要元素であることを認識していないことが明らかである。Mgのみが,高い極限強さと,高導電性の,優れた組合せをもたらすのである。各引用例中のリストから当業者が,Mgを選び出す必然性を示唆する記載はどこにもない。Mgは,予期せざる結果をもたらすのである。」(同頁25ないし29行目)と述べた。
c また,「本発明Cu-Ni-Si基合金は,公知合金と対比するとき,極限引張強さ,電気伝導性および耐応力緩和性の改善された組合せを有するとともに,前記特定量のMgによって,とりわけ優れた耐応力緩和性を有するものである。このような特性の改善は,引例1,2が存在しても当業者の予測範囲を超えており,本発明は,引例1,2の記載によって当業者が容易になし得るものではないと思料する。」(同5頁27ないし同6頁2行目)と,結論を述べた。
(イ) 原告は,平成6年11月22日付で上申書(乙1の5)を提出して,以下のとおり述べた。すなわち, 原告は,本件発明に係る合金と比較例合金2(ニッケル(Ni)を4.00%,ケイ素(Si)を0.99%及び亜鉛(Zn)を0.52%含有するもの。表1)とを対比して,極限引張強さについては,本発明例合金が118であるのに対して,比較例合金2が87であり(表2),応力緩和特性については,本発明例合金が69であるのに対して,比較例合金2が56であるとして(表4),「Mgを必須成分として含む本発明銅基合金は,引例対応合金である比較例合金試料に比して,降伏強さ,極限引張強さ,応力緩和特性に関し,顕著に優れていることが明らかであります。」(上申書4頁13ないし15行目)と述べた。
エ 小括 以上のとおり,@本件明細書には,特許請求の範囲に記載されている,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg),銅(Cu)の他に,構成元素として,同等量のニッケル(Ni)と置換して,Cr,Co,Fe,Ti,Zr,Hf,Nb,Ta,ミッシュメタル(ランタニド),それらの混合物のような珪化物(シリサイド)形成元素を有効量約1%以下存在させることができる旨,及び上記特許請求の範囲記載の元素に加え,Li,Ca,Mn,ミッシュメタル及びそれらの混合物から選択される脱酸元素及び(又は)脱流元素の1種又はそれ以上を,脱酸素又は脱流に対する有効量において約0.25重量%まで包含することもできる旨がそれぞれ記載されているが,その他の元素,特に,亜鉛(Zn),スズ(Sn)の添加について,これを示唆する記載はないこと,A一般的に,合金は,成分元素や添加量を変化させた場合に合金の性質に与える予測可能性が極めて低いこと,B原告は,本件特許の出願過程において,Cu-Ni-Si基合金に,他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性が悪化すると述べて,スズ(Sn)を0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして,本件発明の技術的範囲から除外すべきである旨述べていること等の事実に照らすならば,構成要件Aの「実質的に・・・から成る」とは,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)及び銅(Cu)以外の元素について,明細書中に具体的な記載がある元素,及び明細書の記載に基づいて当業者が容易に想到できる元素を含有させることを許容する趣旨と解すべきであるが,その範囲を超えた,合金の特性に影響を与える元素を含有させることを許容する趣旨と解することはできない。
(2) 被告製品との対比 ア 被告製品の構成及び耐応力緩和性等の属性について (ア) 被告製品の構成 被告製品の構成は,ニッケル(Ni)2.0〜2.8%,ケイ素(Si)0.45〜0.6%,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%及び残部が銅(Cu)からなり,ニッケル(Ni),ケイ素(Si),マグネシウム(Mg)とともに,亜鉛(Zn)とスズ(Sn)を含有する。
被告製品における亜鉛(Zn)の含有量は,0.4〜0.55%,スズ(Sn)の含有量が0.1〜0.25%であって,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%と比較して,その含有量は多い。
(イ) 被告製品の耐応力緩和性について 証拠(各認定事実の末尾に摘示した。)によれば,被告製品の耐応力緩和性について,以下の事実が認められる。
a Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品(原告製,商品番号C7025。なお,原告も本件発明の実施品であるとして,被告製品との対比を行っている。甲13。)と,被告製品とについて,耐応力緩和性を比較した場合,被告製品の方が耐応力緩和性において優れているという結果が得られた(乙16の2,16の8,22)。
b Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品と,被告製品,亜鉛(Zn)のみを添加したもの,スズ(Sn)のみを添加したもの,亜鉛(Zn),スズ(Sn)双方を添加したものの耐応力緩和性を比較した場合,本件発明の実施品相当品よりも,スズ(Sn)を添加したものが優れ,さらに亜鉛(Zn),スズ(Sn)双方を添加したものが優れ,さらに被告製品の方が耐応力緩和性において優れているという結果が得られた(乙16の4)。
(ウ) 被告製品の電気伝導性について Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)0.09%を含有させた本件発明の実施品相当品と,被告製品とを比べると,電気伝導率において,被告製品の方が低いという結果が得られた(乙16の1)。
この結果は,亜鉛(Zn),スズ(Sn),マグネシウム(Mg)は,いずれも銅(Cu)の結晶格子に入って格子に歪みを与え,電子の金属格子の通りを妨げるので,被告製品において電気伝導率が低下したと考えられる(乙22,7頁)。
イ 対比についての判断 上記アによれば,被告製品に含有されている亜鉛(Zn)とスズ(Sn)は,構成要件A所定のマグネシウム(Mg)と比較して,含有量においてこれをしのぐものであり,合金の特性において,耐応力緩和性を向上させる一方,電気伝導性を低下させるという差異をもたらしている。
そうすると,亜鉛(Zn)とスズ(Sn)を含有する被告製品は,構成要件Aを充足しない。
2 均等の主張について 被告製品において「ニッケル(Ni)2.0〜2.8%,ケイ素(Si)0.45〜0.6%,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%及び残部が銅(Cu)」との組合せは,構成要件Aの組合せと均等であると主張する。
しかし,前記1(1)のとおり,本件発明は,Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)を規定量添加することにより,良好な強度特性,高い電気伝導性,耐応力緩和性を有する銅基合金を提供することを目的としているのに対して,亜鉛(Zn)とスズ(Sn)をマグネシウム(Mg)と比肩すべき量を添加することは,合金の電気伝導率の低下を来たし,合金の特性に影響を及ぼすこと,原告は,本件特許の出願過程において,Cu-Ni-Si基合金に,他の元素を増加させると電気伝導率や曲げ特性を悪化させ,特にスズSnを0.39%含有する合金は電気伝導率が下がるので採用し得ないとして排除していること等の経緯に照らすならば,@Cu-Ni-Si基合金に,亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%,マグネシウム(Mg)0.05〜0.2%を複合添加することと,Cu-Ni-Si基合金にマグネシウム(Mg)のみを0.05〜0.45%を含有させることとの間の相違点は,本件発明の本質的部分に関するというべきであること,A本件発明の元素の組合せを被告製品の元素の組合せに置換することにより,本件発明と同一の作用効果を奏することはないので,置換可能性及び置換容易性がないこと,B原告において,スズ(Sn)のような元素を含有することにより電気伝導率が低下する合金を,除外すべきである旨述べていることから,被告製品のような亜鉛(Zn)0.4〜0.55%,スズ(Sn)0.1〜0.25%を複合添加した合金を意図的に除外していると解されること等の理由により,原告の主張は採用できない。
結論
よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 今井弘晃
裁判官 武智克典