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関連審決 審判1999-39018
無効2001-35001
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10137審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10319審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ347審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10211審決取消当事者参加事件 判例 特許
平成20ワ25354特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 改良発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  慣用技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 487号 審決取消請求事件
原告 松下電器産業株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
訴訟代理人弁理士 森下賢樹
同 坂口智康
同 小野康英
被告 ホシデン株式会社
訴訟代理人弁護士 松本司
同 井上裕史
同 赫高規
訴訟代理人弁理士 北村 修一郎
同 橋本薫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が,無効2001-35001号事件について,平成13年9月26日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「エレクトレツトコンデンサマイクロホン」とする発明(特許第2000905号,昭和60年5月20日出願(以下「本件出願」という。),平成7年12月20日設定登録,発明の数は1,請求項の数は3である(請求項2及び3は,請求項1の従属項)。以下,請求項1に係る発明を「本件発明」といい,本件発明に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成12年12月28日,本件特許を無効にすることについて,審判を請求した。特許庁は,これを,無効2001-35001号審判事件として審理し,その結果,平成13年9月26日,「特許第2000905号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本を,平成13年10月9日,原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲(別紙図面1参照) 本件発明に係る特許請求の範囲は,平成11年6月5日,平成11年審判第39018号をもって,訂正された。
この訂正後の特許請求の範囲・請求項1は,「天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記筒状金属ケース内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と,前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触をおこなう能動素子とを備えるエレクトレットコンデンサマイクロホン」である。
3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,本件発明は,米国特許4249043号公報(審判甲第1号証・本訴甲第3号証,以下「甲3公報」といい,これに記載された発明のうち,トランスジューサを「引用発明」という。主として検討されているのは,Fig.4(図4)のものである。また,後記認定のとおり,引用発明がFET(Field Effect Transistor,電界効果トランジスタ)を備えたコンデンサマイクロホンではなく,トランスジューサであることを明記するため,「引用発明のトランスジューサ」,「甲3公報のトランスジューサ」,などということもある。別紙図面2参照)に記載された発明並びに,特開昭57-53200号公報(審判甲第2号証・本訴甲第4号証,(以下「甲4公報」という。),実開昭53-110122号公報(審判甲第3号証・本訴甲第5号証,以下「甲5公報」という。),実開昭56-140299号公報(審判甲第4号証・本訴甲第6号証,以下「甲6公報」という。),実開昭53-94118号公報(審判甲第7号証・本訴甲第9号証),実開昭55-159699号公報(審判甲第8号証・本訴甲第10号証),「新版 絵で見るオーディオガイド(小川茂男 誠文堂新光社,昭和57年2月15日第2刷発行)」(審判甲第9号証・本訴甲第11号証,以下「甲11文献」という。),特開昭58-114600号公報(審判甲第11号証・本訴甲第12号証)及び「図解電子回路入門シリーズ 増幅回路の基礎」(時田元昭著 オーム社 昭和58年7月20日発行)(審判甲第11号証・本訴甲第13号証)に記載された周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項に違反してなされたものである,とするものである。
4 審決が認定した,引用発明の内容,本件発明と引用発明との一致点・相違点 (1) 引用発明 「天面を有する筒状導電性プラスチック製のバックプレートの前記天面を固定電極とし,前記筒状導電性プラスチック製のバックプレート内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器」(審決書7頁19行目〜22行目) (2) 本件発明と引用発明との一致点 「天面を有する筒状導電体の前記天面を固定電極とし,前記筒状導電体内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器」(審決書7頁25行目〜27行目)である点。
(3) 本件発明と引用発明との相違点 「(1) 前記「音響電気変換器」に,本件発明においては,「筒状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子」が備えられているのに対して,甲第1号証(判決注・甲3公報)に記載された発明においては,能動素子が備えられていない点。
(2) 前記「音響電気変換器」が,本件発明においては,「エレクトレットマイクロホン」であるのに対して,甲第1号証に記載された発明においては,「エレクトレットトランスジューサ」である点。
(3) 前記「筒状導電体」が,本件発明においては,「筒状金属ケース」であるのに対して,甲第1号証に記載された発明においては,「筒状導導電性(判決注・「筒状導電性」の誤記と認める。)プラスチック製のバックプレート」で,「ケース」と表現していない点。」(審決書7頁29行目〜38行目) (以下,それぞれ「相違点(1)」,「相違点(2)」,「相違点(3)」という。)
原告の主張の要点
審決は,引用発明の認定を誤り,その結果,本件発明と引用発明との一致点・相違点の認定を誤って,相違点を看過し,自らが認定した相違点についての判断を誤ったものであり,これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 前提としての引用発明の理解 (1) 引用発明は,「前記トランスジューサのケーシングを,バックプレートによって形成することができる。これによってトランスジューサの製造が単純化される。」(甲3公報2欄19行目〜21行目,訳文4頁11行目〜12行目)との記載及び図4から明らかなとおり,バックプレートに導電性プラスチックを使用することにより,これをトランスジューサのケースとし,そのケースの内側に振動膜を取り付けることができる,としたものである。
引用発明は,これをマイクロホン本体のケースに内蔵することによって,コンデンサマイクロホンが完成する。
(2) 甲3公報のエレクトレット・トランスジューサをマイクロホンとして使用する場合には,当該エレクトレット・トランスジューサは,更に,これをマイクロホン本体に内蔵して用いることになる。換言すると,甲3公報のエレクトレット・トランスジューサのケースは,あくまでもマイクロホンの構成部材であるトランスジューサのケースなのであり,マイクロホン本体のケースとは,別の構成部材である。
甲3公報の図4では,トランスジューサのケースから外に伸びている31,32のリード線が,FETに接続するためのリード線であり,これにFETが接続されることになる。したがって,FETは,甲3公報のトランスジューサの外側に配置されることになる。
FETを含め,インピーダンスの高い部分を金属ケースに内包してシールド(電磁波の遮蔽)を施し,雑音の混入を防ぐ必要があることは技術常識である(甲第12号証2頁右上欄20行〜左下欄12行目参照)。ところが,引用発明の導電性プラスチックには,十分なシールド性能がない。したがって,甲3公報のトランスジューサは,その外側にあるFETを含めて,金属ケースに内包して雑音混入を防止しないと,マイクロホンとして使用できないことになる。
引用発明では,トランスジューサのケースを覆う,マイクロホン本体の金属ケースが必要となることは,明らかである(別紙図面3参照)。
(3) 甲3公報の1欄6行目の「Microphones incorporating electret transducers」は「エレクトレット・トランスジューサを「内蔵した」マイクロホン」と訳される。
トランスジューサーのほかに,これを内蔵するマイクロホン本体のケースがあることは,このことからも明らかである。
(4) 被告は,引用発明のトランスジューサを更に金属ケースに入れることは無意味であると主張する。しかし,被告の主張する,この二重構造否定論は,甲3公報の開示内容を無視し,あるいは意図的にゆがめたものにほかならず,失当である。
被告は,上記主張の根拠として,引用発明のトランスジューサの中にFETを配置することができ,そうすれば,引用発明を更に金属ケースで覆う必要はなくなることを挙げる。
しかし,甲3公報で,トランスジューサをケース化して,その内側に振動膜を取り付けるのは,振動膜を不意の損傷から保護するためである。この振動膜は,厚さ数μないしせいぜい数十μと,極めて薄く,容易に傷ついてしまうものであるから,引用発明のトランスジューサのケースの中にFETを配置しようとすると,その際,振動膜が傷ついてしまう可能性が高い。それでは,振動膜を不意の損傷から保護するという目的が達成できなくなる。
被告が,FETをトランスジューサに内蔵している例として挙げる発明では,すべて,振動膜の背後に,スペーサーを介して,固定電極が配置されている(いわゆる順構造)。この順構造では,トランスジューサの内部にFETを配置しても,振動膜を傷つけるおそれがない。本件発明の,逆構造(固定電極を兼ねた天板の背後に振動膜が配置されている。)のものとは異なる。
引用発明では,FETをトランスジューサの外側に配置する必要があり,これらを更に金属ケースで覆うことには,電磁波のシールドという技術的な意味がある。二重構造を,被告のいうように,屋上屋を重ねる無意味なもの,とすることはできない。
(5) 被告は,そもそも,本件発明では,FETを配置する位置は限定されていない,と主張する。
このような解釈は,審決の認定そのものに反するものである。そのことはしばらくおくとしても,本件発明では,FETの配置位置は特定されている。
本件発明を特定する特許請求の範囲は,「天面を有する筒状金属ケースの前記天面を固定電極とし,前記筒状金属ケース内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と,前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触をおこなう能動素子とを備えるエレクトレットコンデンサマイクロホン」というものである。「前記筒状金属ケース内に配置され」という要件は,振動膜だけでなく,能動素子すなわちFETにもかかっている。
被告は,「・・・配置され」の文言が,振動膜のみを形容する,とする。
しかし,そうであれば,「前記箇状金属ケース内に配置され前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜と,前記固定電極と導電性部材を介して電気的接触をおこなう能動素子」というように,「配置され」の後に,読点が打たれない表現になるはずである。
しかも,本件発明のエレクトレットコンデンサマイクロホン内にFETも内蔵されることは,本件出願の願書に添付された明細書(以下,添付の図面と併せて「本件明細書」という。)の記載からも,明確に読み取ることができる。すなわち,本件発明は,「部品点数が少なくなり組立が簡略化されるとともに材料費の低減が可能である。又,自動組立機も簡単な構成でできるので設備費が減少でき,稼働率の向上も可能となるので大量生産に適し,安価なエレクトレットコンデンサマイクロホンとすることができる効果を有する。」としているのである(甲第2号証4欄29行目〜34行目)。
FETが筒状金属ケースの外側に位置するとすると,FETをシールドするマイクロホン本体を別途導入しない限り,マイクロホンとして機能せず,そうすると,部品点数の減少,組立の簡略化という効果も達成することはできないことになる(甲第25号証)。それでは,本件発明の目的を達成することができないのである。
2 引用発明の認定の誤り 審決は,「両発明は,エレクトレット,固定電極及び振動膜からなるエレクトレットコンデンサを備えて音圧を電気(音声)信号に変換する音響電気変換器で共通する。」(審決書7頁16行目〜18行目),と認定している。
しかし,引用発明は,前記のとおり,エレクトレット・トランスジューサであり,コンデンサそのものであるから,「エレクトレットコンデンサを備えて音圧を電気(音声)信号に変換する音響電気変換器」ではない。
すなわち,引用発明のエレクトレット・トランスジューサは,マイクロホンそのものではなく,その一構成部材(振動板と固定電極とで構成されるそのコンデンサ部分)に該当するものであるにすぎない。
審決自身,「甲第1号証(判決注・甲3公報)には,エレクトレットトランスジューサがマイクロホンに組み込まれる…との記載がある。」(審決書8頁25行目〜27行目)として,このことを明確に認めている。
3 相違点の看過 (1) 審決は,「甲第1号証(判決注・甲3公報)に記載された発明における「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」は,カップ形状の上部(天面)を多孔としたエレクトレットトランスジューサの一方の電極(固定電極)とするから,本件発明における「天面を固定電極とした筒状金属」に対応し・・・」(審決書7頁9行目から12行目),として,甲3公報の「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」と本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」が一致するとしている。
しかし,前記のとおり,本件発明における天面はマイクロホン本体のケースの天面であり,これに対し,引用発明の天面は,あくまでマイクロホンに組み込まれたエレクトレット・トランスジューサのケースの天面であるから,両者は,明らかに相違している。
(2) 甲3公報の「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」は,トランスデューサとして音響上の妨害を最小にすべく,振動膜前面をなるべく露出させることが好ましいという技術思想に基づくものである。
これに対して,本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」は,マイクロホンとしてシールド性能を維持しつつ必要な程度の音孔が開いていれば足りる(したがって,多孔性として構成されることはあり得ない。)という技術思想に基づくものである。
このように,上記両者は,全く正反対の技術思想に基づいて構成されたものである。技術思想の点からみても,これらが一致しているということはあり得ない。
(3) 実際にも,甲3公報のトランスジューサは,導電性樹脂であり,その天面が多孔性であり,電磁波のシールド性について問題がある。また,天面の直下に振動膜があり,ノイズの影響を受けやすい。したがって,マイクロホン本体のケースとして用いることは,全く不可能である。
したがって,甲3公報の「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」を,本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」に対応するものとすることはできない。
(4) 審決の上記認定は,一致点・相違点の認定を誤り,相違点を看過している。
4 相違点(1)についての判断の誤り (1) 審決は,相違点(1)に関して,「甲第3号証(判決注・甲5公報),甲第4号証(判決注・甲6公報)には,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極又は振動板電極)と筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリード線とを導電性部材としての導電性ケースを介して接続することが記載されている。」(審決書8頁10行目〜13行目)と認定した上で,「甲第1号証に記載された発明に,甲第3,4号証及び甲第9号証に記載されたことを適用して,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」の中に,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極),導電性部材としての金属ケース及びヘッド・アンプ(能動素子)のリード線を介してノイズを拾わないように最短距離でヘッド・アンプ(能動素子)を接続して組み込むことは,当業者であれば,適宜なし得ることである。」(審決書8頁14行目〜20行目),としている。
(2) 甲5公報にも甲6公報にも,固定電極と,筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子(FET)のリード線とを,導電性部材としての導電性ケースを介して接続することは記載されていない。審決は,甲5公報及び甲6公報の理解を誤っている。
したがって,引用発明に,甲5公報,甲6公報及び甲11文献に記載された事項を適用しても,「筒状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子」を備えさせることはできない。上記適用により上記能動素子を備えさせることは,当業者であれば,適宜なし得ることであるとする,審決の判断(審決書8頁21行目〜23行目)は誤りである。
(3) 甲3公報のトランスジューサは,「熱軟化性プラスチック材から形成されることを特徴とする。」(甲3公報の訳文2頁15行目〜16行目)ものである。
FETを,このトランスジューサの内部に設置することは,技術的に困難である。
甲3公報のトランスジューサの内部にFETを配置しても,その底部はシールドされていない。この問題を解決するためには,トランスジューサの底部に基板を装着し,その上にFETを置く必要がある。通常,基板はかしめて装着するものである。しかし,導電性プラスチックは,金属のようにかしめることができない。
リード線を接続するために,半田付けをしようとしても,熱を加えると,トランスジューサのケース自体が軟化してしまうので,できない。そうすると,アースすることは,他の方法で実現せざるを得なくなる。しかし,代替手段を見つけ出すことは容易ではなく,結局,技術的にみて,引用発明の中にFETを内蔵することは極めて困難である。
(4) 前記1(4)(引用発明の認定)において述べたとおり,甲3公報のトランスジューサの中にFETを設けることは,振動膜を傷つけるおそれが高い。
(5) 審決は,相違点(1)について,甲3公報に記載されたエレクトレット・トランスジューサの中に,固定電極,金属ケース,能動素子(FET)のリード線を組み込むとしている。しかし,これによると,組み込まれた固定電極とエレクトレット・トランスジューサがもともと有している固定電極とで,固定電極が2枚になり,エレクトレット・トランスジューサのケースの中に,金属ケースが組み込まれ,更に,能動素子のリード線まで引かれる,ということになる。このような構成を本件発明と同一の構成ということは,およそ不可能である。
5 相違点(2)についての判断の誤り (1) 審決は,相違点(2)に関して,「エレクトレットトランスジューサをマイクロホンとして使用する際には,固定電極と振動膜電極で構成されるコンデンサの両極間に生じる音声信号を,ヘッド・アンプ(能動素子)を用いてインピーダンス変換して出力することは,甲第9号証(判決注・甲11公報)にあるように,当業者において周知事項である。」(8頁27行目〜31行目)として,周知事項を認定した上で,「甲第1号証(判決注・甲3公報)には,甲第9号証に記載された周知事項を考慮すると,バックプレート(固定電極)と振動膜で構成されるコンデンサに能動素子を接続して音声信号を出力するマイクロホンが示唆されている」(8頁32行目〜34行目),「甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は音圧を音声信号に変換するものであり,本件発明における「エレクトレットマイクロホン」も音圧を音声信号に変換するものである。したがって,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は「エレクトレットマイクロホン」ともいえる。」,とする(審決書8頁36行目〜9頁3行目)。
(2) 甲11公報に開示された周知技術は,「エレクトレットマイクロホンとして,エレクトレット振動膜電極及び固定電極とからなるエレクトレットコンデンサの両極間に生じる音声信号を,インピーダンス変換して出力するために,エレクトレットコンデンサに最短距離でヘッドアンプ(能動素子)を接続すること及びこのヘッド・アンプ(能動素子)は,ノイズを拾わないようにマイク本体の中に組み込まれること…が記載されている。」(審決書8頁3行目〜9行目),というものである。
そうすると,甲3公報に開示されたエレクトレット・トランスジューサに,甲11公報に記載された周知技術を適用すると,当該エレクトレット・トランスジューサに能動素子をつなぎ,マイク本体に組み込んではじめてマイクロホンとなるはずである。
「甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は「エレクトレットマイクロホン」ともいえる。」との審決の判断は,明らかに誤まっている。
6 相違点(3)についての判断の誤り (1) 審決は,相違点(3)について, 「甲第1号証(判決注・甲3文献)には,金属製のバックプレートを使用すれば,そのバックプレートをかなり高い精度で製造しなければならないことから,プラスチック製のバックプレートの製造に比較してその製造はより困難になる旨の記載があるが,これは金属製のバックプレートの製造が,多孔性・導電性プラスチックのバックプレートの製造と比較して困難であることを述べたに過ぎず,金属製のバックプレートの製造が不可能とは述べておらず,甲第1号証に記載されたトランスジューサの多孔性・導電性プラスチックのバックプレートを金属で構成することを排斥するものではない。」(審決書9頁7行目〜14行目) とした上で, 「なお,甲第2号証(判決注・甲4公報)には,「静電形電気音響変換器の対抗電極として用いられるアタッチメントは,金属製であるか又は,例えば金属蒸着とか電気メッキにより,導電性にしなければならない。また,例えば,導電プラスチックから射出工程で製作することもできる。」との記載,すなわち,音響電気変換器において,その天面が対抗電極として用いられるアタッチメント(筒状の部材)を,金属,導電プラスチック等の導電材で構成する旨の記載がある。
したがって,甲第1号証に記載された発明における「筒状導導電性プラスチック製のバックプレート」を「筒状金属」とすることは,当業者であれば,必要に応じて適宜なし得ることである。」(審決書9頁15行目〜23行目) とする。
(2) しかし,甲3公報は,「エレクトレットトランスジューサ」につき,審決も認定するとおり,金属製のバックプレートを使用すればかなり高い精度で製造しなければならないことに着眼し,プラスチック製のバックプレートを採用したことによってその困難が回避される,ということが記載されている。このことは,同公報に,「金属製バックプレートの場合も導電金属コーティングを備えたプラスチック製バックプレートの場合のいずれにおいても,バックプレートの製造には困難があった。本発明の課題は,そのような困難を,少なくともその一部を,軽減するように構成されたエレクトレット・トランスジューサ用バックプレートを提供することにある。」(甲3公報1欄27行目〜33行目,訳文2頁9行目〜13行目)とあることからも明らかである。
すなわち,甲3公報は,バックプレートを金属製とすることを明確に否定し,その上で,例えば,「当業者にとって,エレクトレット・トランスジューサ用バックプレートにこのような導電性プラスチック材料を使用することは二つの点に於いて一見不適切に映るかもしれない。」(甲3公報1欄38行目41行目,訳文2頁17行目〜18行目)と述べて,導電性プラスチックを採用する必要性を打ち出している。
甲3公報に記載されているバックプレートに甲4公報に記載されている金属材料を適用することは,上記のとおり,金属でバックプレートを製作することを回避させようとする,引用発明の目的に明らかに反する。したがって,引用発明と甲4公報記載の発明とを組み合わせることは,当業者の容易に想到し得るところではない。
(3) 被告は,天面を固定電極とする筒状ケースを備えたエレクトレットトランスジューサの,その筒状ケースを,金属で構成するか導電性樹脂で構成するかは,製造精度の違いはあるものの,当業者がその製造精度に応じて適宜選択することが可能な,設計的事項にすぎない,と主張する。
しかし,引用発明を構成する導電性樹脂を金属に換えてバックプレートが製造できるかどうかについて,甲3公報には何らの示唆もなく,それどころか,バックプレートを金属で製造する場合の困難性が指摘されている。このことからすれば,導電性樹脂を使用するか,金属を使用するかを,当業者が適宜選択することが可能な設計的事項にすぎない,とすることはできないというべきである。しかも,甲3公報の図4のバックプレートは,複雑な形状をしており,その製造は相当困難なものであると認められる。
導電性プラスチックは,シールド性・機械的強度に劣るものであり,工作も難しい(甲第29号証,第35号証,第39号証,第42号証)。引用発明は,それにもかかわらず,あえて導電性プラスチックを用いることにしているのである。引用発明において,導電性プラスチックを金属の代わりに用いることが,適宜選択することが可能な設計事項などではないことは,この点からも明らかである。
7 相違点についての判断の誤りのまとめ (1) 審決は,原告が,エレクトレットコンデンサマイクロホン本体の金属ケースに固定電極の役割を果たさせることに想到することは極めて困難である,と主張したのに対して,@甲3公報の「筒状導電性プラスチック製のバックプレート」は,相違点(3)に関して検討したように「振動膜」を保護するケースといい得る,Aエレクトレット・トランスジューサのケースと能動素子を備えたマイクロホンのケースとを兼用させることは,当業者において周知技術である,B甲3公報の固定電極であるエレクトレット・トランスジューサのカップ形状のケーシング内に能動素子を備えさせることは,相違点(1)に関して検討したように容易になし得る,という3点から,これを排斥している(審決書10頁28行目〜11頁4行目参照)。
(2) 甲3公報の「筒状導電性プラスチック製のバックプレート」を,「振動膜」を保護するケースということはできるとしても,このバックプレートを,コンデンサマイクロホンのケースとして使用することは,甲3公報には記載も示唆もない。
エレクトレット・トランスジューサをマイクロホンとして構成するには,FETを含めてインピーダンスの高い部分をシールドすることが必須である。振動膜を保護するケースが開示されていたとしても,それがマイクロホン本体のケースとなることまで示唆されている,とすることはできない。
被告は,エレクトレット・トランスジューサのケースと能動素子を備えたマイクロホンのケースとを兼用させることは,周知技術であるとする。しかし,逆構造のものについては,そもそもこのような周知技術は存在しない。被告が挙げる例は,すべで順構造に関するものである。
(3) 前記のとおり,相違点(1)についての審決の判断には明白な誤りがあり,甲3公報の固定電極であるエレクトレット・トランスジューサのカップ形状のケーシング内に能動素子を備えさせることは,容易になし得るものではない。
したがって,審決が原告の上記主張を排斥したのは明らかに不当である。
8 相違点についての判断の誤りを全般的に裏付ける資料(本件発明の独創性等) (1) 審決は,「上記各相違点からみて,本件発明は,甲第1号証(判決注・本訴甲3公報)に記載された発明からは予測できない格別顕著な効果を奏するものとも認められない。」と認定,判断する。
(2) 甲3公報の1欄6行目の”Microphones incorporating electret transducers”(訳:エレクトレット・トランスジューサを「内蔵した」マイクロホン)との記載等によれば,甲3公報の発明を利用してエレクトレットコンデンサマイクロホンを構成しようとすれば,振動膜,固定電極,能動素子(FET),マイクロホン本体の金属ケース,エレクトレットというエレクトレットコンデンサマイクロホンの構成部材がすべて必要となる。
これでは,エレクトレットコンデンサマイクロホンの必須の構成部材の部品点数を減少して,エレクトレットコンデンサマイクロホンの構成・組立を簡単化するという本件発明の作用効果は得られない。
本件発明は,「部品点数を減少できるのみならず,固定電極がないので,この板厚分はエレクトレットコンデンサマイクロホンの全高を低く構成することができる。又,全高が同一ならば,背気室を大きくできるので高感度とすることができる。従って,全高の低い薄型のエレクトレットコンデンサマイクロホンを得るのにも適する」(甲第2号証2頁4欄20行目〜26行目)という作用効果をも奏する。引用発明は,このような作用効果を奏するものではない。そもそも,甲3公報には,このような課題の認識すら示されていない。
(3) このような本件発明の顕著な効果は,被告自身が採用し,かつ,賞賛しているものである(甲第6号証,第16号証,第17号証)。
本件発明の効果は,単に,従来のマイクロホンと比較して優れた効果を奏するだけではなく,甲3公報からみても,予測し得ない顕著な効果であり,このような顕著な効果を看過した審決は違法である。
(4) 本件発明の特徴である,マイクロホン本体の金属ケースに固定電極の役割を持たせ,これとは別に固定電極を設ける必要をなくすという,エレクトレットコンデンサマイクロホン全体の基本構造を変更する技術思想に想到することは,容易ではない。この技術思想自体,極めて創造性の高いものである。
遅くとも昭和51年ころから,エレクトレットコンデンサマイクロホンの部品点数の減少・製造の簡略化が技術的課題として意識されてきた。それにもかかわらず,本件出願時(昭和60年5月20日)直後に至っても,本件発明の構成に着想する技術はなかった。
本件発明が,極めて独創的なものであり,これに想到することが容易でなかったことは,この点からも明らかである。
(甲第5号証,第6号証,第8号証,第9号証,第10号証,第12号証)
被告の反論の要点
1 原告の主張1(引用発明の理解)に対して (1) 原告は,引用発明であるトランスジューサは,コンデンサマイクロホンの構成部品であり,前者は後者に「内蔵」されるものであるから,引用発明をマイクロホンにしようとすると,二重構造になる(別紙図面3参照),と主張している。
(2) トランスジューサとは,エレクトレットコンデンサマイクロホンから能動素子であるFETを除いた音響電気変換部のことである。このようなトランスジューサのケースの外側に,更にマイクロホンのケースを設けるという,屋上屋を架すような構成は,当業者でなくても採用しないことが明白である。このことは,昭和51年当時から,エレクトレットコンデンサマイクロホンの中心的課題は部品点数の減少による製造の容易化であったとする,原告自身の主張からも明らかである。
本件明細書において従来例として紹介されているマイクロホンの構成(別紙図面4参照)においても,トランスジューサとマイクロホン全体のケースは二重には設けられておらず,両者のケースが兼用されている。
本件出願日前から,マイクロホンのケースとトランスジューサのケース,特に天面は兼用されるのが当業者の常識であり,周知・慣用技術であった(乙第1号証,第2号証)。
FETをシールドするためのケースが,マイクロホンの天面部分まで覆う必要のないことも,乙第4号証ないし第6号証に記載されている。
(3) 導電性プラスチックを用いた引用発明のトランスジューサの内部に,FETを設けることについて,シールドの観点においても技術的な支障はない。
引用発明のトランスジューサのケーシングも導電性プラスチックであるから,その内部はシールドされ,FET等をそこに配置しても何らの問題もない(乙第20号証ないし第25号証,第35号証,第36号証)。
(4) 引用発明の主たる目的は,バックプレートとケーシングの天面を兼用する構成を採用することにより,部品点数を少なくし,組立てを容易にする効果を奏することである。振動膜をバックプレート(固定電極)の内側に配置したことで,ケーシングを兼ねたバックプレートにより,振動膜を,外部から物が当たったりして生じる不意の損傷から保護することもできる,という効果もある。しかし,これは,副次的なものにすぎない。甲3公報は,引用発明につき,FETを内蔵する際に振動膜が傷つくことに対して保護するなどとは説明していない。また,同じ構成を採用している本件発明に係る明細書(本件明細書)にも,そのような問題点は指摘されていない。
そもそも,本件発明において,FETの配置場所は,筒状金属ケース内に限定されていない。引用発明のトランスジューサでは,その内部にFETを配置することに対する阻害事由がある,とする原告の主張は,意味がないものである。
(5) 以上のとおり,想定される引用発明の実際の使用態様を考慮すると,原告の,引用発明のエレクトレット・トランスジューサのケースとマイクホン本体のケースとは別物であるとの主張や,両者(本件発明と引用発明)の天面は異なるとする主張など,いわば二重構造論を前提としての主張は,いずれも誤っている。
2 原告の主張2(引用発明の認定の誤り)に対して (1) 原告は,引用発明は,エレクトレット・トランスジューサであり,コンデンサそのものであるから,これを「エレクトレットコンデンサを備えて音圧を電気(音声)信号に変換する音響電気変換器」ということはできない,本件発明はエレクトレットコンデンサマイクロホンであるのに対し,引用発明はその一構成部材であるエレクトレット・トランスジューサにすぎないから,この点についても一致しない,と主張する。
(2) トランスジューサはコンデンサそのものではない。コンデンサのほかケース等の導電性部材の構成をも備えたものをトランスジューサ(音響電気変換器)というのである。換言すれば,ケース等の導電性部材,コンデンサ及びFETとで構成されるコンデンサマイクロホンから,FETだけを除いたものがトランスジューサである。逆に,トランスジューサの方からいえば,トランスジューサにFETだけを接続したものが,コンデンサマイクロホンということになる。
引用発明と本件発明とは,トランスジューサ,すなわち,音響電気変換器である点で一致しているとした,審決の認定に誤りはない。
3 原告の主張3(相違点の看過)に対して 前記1のとおり,引用発明においても,これを更にマイクロホン本体のケースの中に収容する必要はなく,バックプレートの前に,更に天面を配置する必要もない。
したがって,甲3公報の「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」と本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」とが一致するとした審決の一致点の認定に,何ら誤りはない。
4 原告の主張4(相違点(1)についての判断の誤り)に対して (1) 原告は,甲5公報にも甲6公報にも,固定電極と筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリード線とが,導電性部材としての導電性ケースを介して接続されていることは,一切記載されていない,と主張する。
(2) 審決は 「また,甲第3号証,甲第4号証(判決注・甲5公報,甲6公報)には,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極又は振動板電極)と筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリード線とを導電性部材としての導電性ケースを介して接続することが記載されている。
したがって,甲第1号証(判決注・甲3公報)に記載された発明に,甲第3,4号証及び甲第9号証(判決注・甲11文献)に記載されたことを適用して,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」の中に,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極),導電性部材としての金属ケース及びヘッド・アンプ(能動素子)のリード線を介してノイズを拾わないように最短距離でヘッド・アンプ(能動素子)を接続して組み込むことは,当業者であれば,適宜なし得ることである。
よって,「音響電気変換器」に,「筒状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子」を備えさせることは,当業者であれば,適宜なし得ることである。」(審決書8頁10行目〜23行目) と認定している。すなわち,審決は,決して,甲5公報,甲6公報に,エレクトレットコンデンサの「固定電極」と「能動素子のリード線」とを「導電性部材としての導電性ケースを介して接続する」構成が記載されていると認定しているものではない。
審決は,「・・・甲第2号証ないし甲第4号証及び甲第7号証ないし甲第11号証に記載された周知事項を適用することで・・・」(審決書11頁31行目〜32行目)として,甲5公報及び甲6公報を周知技術認定の証拠としていることからも明らかなように,甲5公報及び甲6公報には,エレクトレットコンデンサの固定電極,振動板電極の二つの電極のうちの「一方の電極」と「能動素子のリード線」とを「導電性部材としての導電性ケースを介して接続する」という周知技術が開示されていると認定し,更に,能動素子のリード線と接続する電極を「固定電極」とするか,「振動板電極」とするかは,ノイズを拾わないように最短距離で能動素子と接続するという当業者の常識により,適宜なし得る設計事項である,と判断しているのである(甲11文献)。
この判断に何ら誤りはない。
(3) そもそも,本件明細書には,導電性部材とは何か,固定電極と能動素子はどのように電気的接触を行うかについての,詳細な説明はない。
本件明細書では, 「第8図は従来のエレクトレットコンデンサマイクロホンの断面図である。第8図において,・・・6は固定電極,7は凹状の絶縁体,8はFET,8aは入力リード,8bは出力リード,9はプリント基板,……。尚,出力リード8bはハンダ付部9aによりプリント基板9に固定されている。」(甲第2号証1頁2欄4行目〜14行目) として,従来技術につき,能動素子であるFET8の入力リード8aは固定電極6に接続されていることが示され,固定電極とFET8が電気的に接続されているとされている。
本件発明の実施例の記載でも,FETと固定電極との電気的接触については, 「第1図は本発明の一実施例を示す断面図であり,第8図と同一部分は同一番号にて示している。第1図において,第8図との相違点は固定電極6がなく,金属ケース2の天面が固定電極2bの役割をはたし,振動膜4が背気室11側に構成されている点である。又,FET8の入力リード8aは膜リング3と絶縁体7の間にはさみ込み,接触等により導通を可能としている。」(甲第2号証2頁3欄30行目〜36行目) と記載されているにすぎない。
本件明細書の以上の記載状況からも,筒状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子を備えさせる程度のことは,当業者であれば,適宜なし得ることが明らかである。
(4) 原告は,トランスジューサの中にFETを内蔵することは,技術的に困難である,と主張する。
しかし,トランスジューサの内部にFETを組み込むことを,振動膜を傷つける可能性の高い作業ということはできない。もし,これが困難な作業であるというのであれば,固定電極を振動膜に近接して配置することも,また困難であるはずである。
機械的強度の高い導電性プラスチックも,低温で実施することの可能な半田も,共に存在しており,どのような材料を用いるかは,設計事項にすぎない(乙第21号証,第22号証,第25号証)。これらの材料を用いれば,トランスジューサの底部に,基板を取り付けることは可能である。
(5) 原告は,審決の認定では,引用発明の中に固定電極,金属ケース,能動素子のリード線を組み込むことになり,固定電極や金属ケースが二重になってしまい,本件発明の構成にはならない,と主張する。
しかし,1で述べたとおり,当業者であれば,そのような構成を採用することはない。原告の主張は,本件発明の金属ケースと引用発明のケースとが別の構成部材であることを前提とする議論(二重構造論)であり,これが相当でない理由は,既に述べたとおりである。
5 原告の主張5(相違点(2)についての判断の誤り)に対して (1) トランスジューサにFETを組み合わせることに,阻害要因や困難性は全くない。むしろ,これらは,当然に組み合わされることが予定されている(乙第2号証,第3号証)。
例えば,乙第2号証において,従来例のマイクロホンとして示された第1図には,インピーダンス変換のための能動素子が構成として示されていないにもかかわらず,発明の詳細な説明では「・・・エレクトレット型あるいはコンデンサー型の静電型電気音響変換器に関するものである。第1図に従来のコンデンサマイクロホンを示し,以後マイクロホンについて説明する。」(1欄25行目〜26行目)として,トランスジューサとマイクロホンとが同じであるかのように説明されている。技術的には「トランスジューサ」と「マイクロホン」(トランスジューサに能動素子が接続されたもの)とは明確に区別されるにもかかわらず,このように,当業者は両者を同義の語として使用しているのである。
乙第3号証ないし第7号証,第9号証ないし第12号証にも,当業者が,能動素子(FET)はトランスジューサに当然接続されるものである,と認識していることが示されている。
(2) したがって,審決の「甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は「エレクトレットマイクロホン」ともいえる。」との認定,判断に誤りはない。
6 原告の主張6(相違点(3)についての判断の誤り)に対して (1) 原告は,引用発明は,バックプレートに多孔性・導電性プラスチックを使用することに意義があり,金属製のバックプレートを採用することを排斥しているから,これに,金属製のバックプレートを用いている甲3公報及び甲4公報記載の発明を組み合わせることには,阻害事由がある,と主張している。
(2) しかし,引用発明のバックプレートに金属を採用することについて,何ら阻害事由はない。
引用発明は,多孔性・導電性プラスチックをバックプレートにすることにより,従来の金属製又はプラスチック製のバックプレートと比較して,バックプレートの製造を容易にした発明である,と理解することができる。バックプレートに多孔性・導電性プラスチックを使用することにより,初めて,バックプレートの内側に振動膜を取り付けること,すなわち,天面に固定電極を設けることを可能にした,というものではない。
このことは,甲3公報の第1図及び第2図に示される天面に固定電極を設けない構成の実施例(本件発明にいう従来技術の構成)でも,バックプレート(固定電極)は多孔性・導電性プラスチックとされていることからも明らかである。
甲3公報では,従来の金属製のバックプレートは製造が困難である,とされている。しかし,これは,多孔性・導電性プラスチックと比較してのことである。金属製のバックプレートは製造が不可能であるとして,これを排斥しているものではない。
(3) 甲4公報には,「アタツチメントの外面が静電形電気音響変換器の対抗電極として用いられる。(このために,アタツチメントは金属製であるか又は,例えば金属蒸着とか電気めつきにより,導電性にしなければならない。またアタツチメント2は,例えば導電プラスチツクから射出工程で製作することもできる。」(2頁右下欄14行目〜20行目),「アタツチメントは金属で製作してよい,しかしそれを非金属の,但し,導電材から製作する方が都合がよいしまた製作上有利でもある。アタツチメントを導電プラスチツクを射出成形して製作するのが特に有利である。」(2頁右上欄17行目〜左下欄1行目)と記載されている。
すなわち,天面を固定電極とする筒状ケースを備えたエレクトレットトランスジューサにおける,その筒状ケースを,金属で構成するか導電性樹脂で構成するかは,製造精度の違いはあっても,当業者が適宜選択することが可能な設計的事項にすぎない。
(4) 原告は,引用発明において,乙第1号証の第1図のような天面を覆わないマイクロホンケースを使用する場合は,シールドの観点からマイクロホン本体のケースとマイクロホンのカプセル部を機械的に圧力を加えて密着させる必要があるのに,引用発明の材質は導電性プラスチックであるから,強度が足りず,この方法は採用できない,とも主張する。
本件出願前の文献である乙第21号証や第22号証には,強度の強い導電性プラスチックが紹介されている。また,マイクロホン本体のケースとマイクロホンのカプセル部とを結合させる方法として,機械的に圧力を加えて密着させるものしか考えられないわけではない。例えば,導電性接着剤により接着する方法や,超音波溶着の方法もある(乙第25号証)。
上記の材質の強度の問題は,設計事項であり,適当な強度を有する導電性プラスチックを選択すればよいのである。このことは,金属を用いる際にも,金属には種々の種類があり,機械的に圧力を加える場合,それに適した強度の金属を適宜選択するのと,同様である。
7 原告の主張7及び8(相違点についての判断の誤りのまとめ,相違点についての判断の誤りを全般的に裏付ける資料(本件発明の独創性等))に対して (1) 原告の主張は,引用発明のトランスジューサを使用したマイクロホンの場合は,トランスジューサのケースの外側に,更に,マイクロホンのケースを設ける構成となる,ということを前提としている。
そのような前提自体が誤っていることは,既に述べたとおりである。
(2) 原告は,本件発明が,部品点数を減少できるのみならず,固定電極がないので,この板厚分はエレクトレットコンデンサマイクロホンの全高を低く構成することができ,あるいは,全高が同一ならば,背気室を大きくできるので高感度とすることができる,との作用効果をも奏する,甲3公報には,このような作用効果に対応する記載は一切示されていない,と主張する。
しかし,記載がないからといって,引用発明に,上記作用効果がないということにはならない。引用発明の構成も,天面と固定電極とを兼用する構成である以上,上記の本件発明と同様の作用効果を奏することは明らかである。
(3) トランスジューサの内部に,FETを収容するという構成は,本件出願当時周知であった(乙第1号証,第4号証ないし第6号証,第16号証ないし第18号証)。
この点でも,本件発明に独創性はない。
(4) 引用発明は,いわば,金属ケースを用いた本件発明の改良発明,とでもいうべきものである。本件発明に進歩性はない。
当裁判所の判断
1 原告の主張1ないし3(引用発明の理解の誤り,引用発明の認定の誤り,相違点の看過)について (1) 原告の主張1ないし3は,要するに,引用発明のエレクトレット・トランスジューサは,コンデンサマイクロホンのコンデンサ部分に該当するものであり,マイクロホンの一構成部材にすぎず,シールドの問題やFETの内蔵の問題を考慮すると,引用発明は,これを更にマイクロホン本体のケースに内蔵することが当然に要求されている,ということに基づくものである。
(2)ア 本件発明は,その名称を「エレクトレットコンデンサマイクロホン」としており,本件明細書では,実施例として,第1図,第3図,第5図等で,固定電極,振動膜及びFETを同一の筐体に収納し一体化している構成を示している。本件発明は,それ自体完成した単体のマイクロホンとして,理解されるものである。
イ もっとも,本件発明は,エレクトレットコンデンサマイクロホンの構造に関するものであって,本件明細書には,実際の製品における使用態様は規定されていない。
ウ 甲3公報は,そこに開示された発明のその名称を,”ELECTRET TRANSDUCER BACKPLATE, ELECTRET TRANSDUCER AND METHOD OF MAKING AN ELECTRET TRANSDUCER”(「エレクトクレットトランスジューサーのバックプレート,エレクトレットトランスジューサ及びその製造方法」)としている。
その図4においては,FETを接続するリード線31及び32は,いずれも引用発明の外側に引き出されており,外側にFETを接続すべきことが示されている。
(エレクトレット)コンデンサマイクロホンにおいて,インピーダンスの高い部分をシールドすること,FETはこのシールドすべき部分に含まれることは,当業者の常識である(甲11文献等)から,引用発明をマイクロホンとして用いるためには,FETを接続し,この接続は,トランスジューサの外側でなされ,FETをシールドするためのケースが別途必要となるはずである。甲3公報に接した当業者がこのように理解することは当然である,と認められる。
原告は,導電性プラスチックのシールド性能が十分でないことをも論拠として,引用発明をマイクロホンに用いるには,これを更に覆うマイクロホン本体のケースが必要になる,と主張する。しかし,そのような点を考慮するまでもなく,引用発明が,FET等インピーダンスの高い部分をシールドするケースに収納されて用いられるべきものであることは,明らかである。
エ もっとも,甲3公報の5欄1行〜2行には,「An electret transducer embodying the invention may for example be incorporated in a telephone.」(訳:甲3公報の訳文10頁9行〜10行「本発明を実施するエレクトレット・トランスジューサは,たとえば,電話機に組み込むことができる。」)と記載され,甲3公報のエレクトレット・トランスジューサが,電話機に組み込まれて電話機のマイクロホンの構成要素として使用されることが記載されている。FETを接続することは当然としても,この電話機の筐体が,シールド性能を持っていれば,引用発明のトランスジューサを,必ずしも,マイクロホンとしてのケースの中に収納する必要はない。すなわち,甲3公報には,引用発明の実施品が,本件発明のそれと同じ態様で用いられることもあり得ることが開示されている。
(3) 以上のとおりであるから,引用発明は,あくまで,エレクトレットコンデンサマイクロホンの一部品であるエレクトレットトランスジューサであり,マイクロホン本体をそれとするか否かはともかく,別途これを組み込むケースの存在を前提としている。この点で,本件発明と根本的に異なる。このことは,一致点・相違点の認定において明確に意識すべき点であり,原告の主張は,このことを指摘する限りにおいて正しい,と認められる。
(4) 審決は,引用発明の認定及び一致点の認定について, 「 本件発明と甲第1号証(判決注・甲第3号証)に記載された発明(判決注・引用発明)とを対比する。 まず,甲第1号証に記載された発明における「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」は,カップ形状の上部(天面)を多孔としたエレクトレットトランスジューサの一方の電極(固定電極)とするから,本件発明における「天面を固定電極とした筒状金属」に対応し,また,甲第1号証に記載された発明における「振動膜」は,カップ形状のバックプレートの内側上部(天面)に対向して,小突起によって一定間隔をとっているから,本件発明の「振動膜」に相当する。 更に,両発明は,エレクトレット,固定電極及び振動膜からなるエレクトレットコンデンサを備えて音圧を電気(音声)信号に変換する音響電気変換器で共通する。
したがって,甲第1号証には,「天面を有する筒状導電性プラスチック製のバックプレートの前記天面を固定電極とし,前記筒状導電性プラスチック製のバックプレート内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器」の発明が記載されている。
そうすると,両発明は, 「天面を有する筒状導電体の前記天面を固定電極とし,前記筒状導電体内に配置され,前記天面に対向して一定間隔をとる振動膜を備えるエレクトレットコンデンサを備える音響電気変換器」である点で一致し・・・」(審決書7頁8行目〜27行目) と認定した上で,相違点の認定として, 「(1) 前記「音響電気変換器」に,本件発明においては,「筒状導電体内に配置され,固定電極と導電性部材(筒状導電体)を介して電気的接触を行う能動素子」が備えられているのに対して,甲第1号証に記載された発明においては,能動素子が備えられていない点。 (2) 前記「音響電気変換器」が,本件発明においては,「エレクトレットマイクロホン」であるのに対して,甲第1号証に記載された発明においては,「エレクトレットトランスジューサ」である点。 (3) 前記「筒状導電体」が,本件発明においては,「筒状金属ケース」であるのに対して,甲第1号証に記載された発明においては,「筒状導導電性プラスチック製のバックプレート」で「ケース」と表現していない点。 」(審決書7頁29行目〜38行目) と認定した。
すなわち,審決は,本件発明がマイクロホンであるのに対し,引用発明がトランスジューサであることを,相違点の認定において摘示している。この点について,審決に相違点の看過はない。
(5) 原告は,相違点の看過の主張に関して,引用発明の「カップ形状の多孔性・導電性プラスチック製のバックプレート」が,本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」に対応する,との審決の認定を争っている。
前記のとおり,トランスジューサは,コンデンサマイクロホンの一部品であるから,前者の天面と後者の天面は等しいものではない。しかし,審決も,これらが「一致する」といっているものではなく,「対応する」といっているにとどまる。
その上で,審決は,(4)で述べたとおり,引用発明がトランスジューサであり,本件発明がコンデンサマイクロホンであることについては,相違点(2)の認定で明確に摘示し,加えて,相違点の一つ(相違点(3))で,本件発明の「筒状電導体」が,「筒状金属ケース」であるのに対し,引用発明のバックプレートは,「筒状導電性のプラスチック製のバックプレート」であって「ケース」と表現されていないことを認定し,相違点(3)についての判断において, 「甲第1号証に記載された発明における「筒状導導電性プラスチック製のバックプレート」を「筒状金属」とすることは,当業者であれば,必要に応じて適宜なし得ることである。 更に,甲第1号証に記載された発明における「筒状導導電性プラスチック製のバックプレート」の内側上部(天面)に対向して,小突起によって一定間隔をとる「振動膜」が備えられているから,「筒状導導電性プラスチック製のバックプレート」は「振動膜」を保護するケースともいえる。」(審決書9頁21行目〜27行目) と認定し,これ(正確には,引用発明の導電性プラスチックを金属にしたもの)が,マイクロホンのケースとなり得ることを説示している。
すなわち,審決は,引用発明の「バックプレート」と本件発明の「天面を固定電極とした筒状金属」とが「対応する」との限度で事実を認定し,これらが異なる部材であること,前者を後者とすることに,同業者が容易に想到し得るかを検討しているのである。この認定の当否はおくとして,その認定判断の構造それ自体を,誤りとすることはできない。
(6) 原告は,審決が,引用発明がエレクトレットコンデンサを備えていること,本件発明と引用発明を共に「音響電気変換器」と認定したことを,誤りであると主張する。
ア エレクトレットコンデンサが,エレトクレットトランスジューサそのものであると認めるに足りる証拠はない。しかし,エレクトレットコンデンサとは,エレクトレットを用いたコンデンサのことであり,これは,厳密には,固定電極と振動膜とだけで構成され,トランスジューサとは,これをケースに収納したもののことであるとされているものである,と認められる(甲3公報,甲11文献)。これによれば,エレクトレットトランスジューサである引用発明は,当然に,エレクトレットコンデンサを備えていることになる。
イ 審決は,「両発明(判決注・本件発明と引用発明を指す。)は,エレクトレット,固定電極及び振動膜からなるエレクトレットコンデンサを備えて音圧を電気(音声)信号に変換する音響電気変換器で共通する。」(7頁16行目〜18行目)と認定している。
エレクトレットコンデンサマイクロホンも,エレクトレットトランスジューサも,音圧を電気に変換するものであることは明らかである(乙第31号証参照)。そして,審決が,本件発明と引用発明とが「音響電気変換器」である点で共通するとしたのは,音圧を電気に変換する機器,を表現する用語として「音響電気変換器」を採用した上で,両発明が音圧を電圧に変換する機器である点で共通することを述べただけのことであることは,審決の説示自体で明らかである。したがって,本件発明と引用発明を,共に音響電気変換器であると認定した審決の判断に,誤りはない。
(7) 以上のとおりであるから,審決には,原告の主張するような,引用発明の認定の誤り,相違点の看過は存在しない。
2 相違点についての判断について (1) 原告が,本件発明の価値,創造性の高さとして強調する点は,マイクロホン本体のケース(金属)に固定電極の役割を果たさせること,すなわち,マイクロホンのケースと固定電極とを兼用することにある。そして,これにより,長年技術的課題とされてきた,部品点数の減少による製造の容易化,あるいは,より薄い型のエレクトレットコンデンサマイクロホンの製造が可能になった,ということである。
(2) およそ,工業製品の製造において,品質・性能の向上と並んで,部品点数の減少・製造工程の簡易化(これは,コストの減少と歩留まりの向上をもたらし得るものである。)が基本的な課題であることは明らかである。そして,後者の方法として,要求される性能を確保できるという条件の下で,省くことのできる部品を省き,兼用できるものは兼用する,ということがあることは,当業者が常に念頭に置いていることであることも,また明らかである。この点については,原告も,昭和51年ころから,エレクトレットコンデンサマイクロホンの部品点数の減少・製造の簡略化が技術的課題として意識されてきた,と主張しているところである。
本件は,以上のような技術思想の存在を前提として判断する必要がある。
(3) 相違点(1)についての判断について ア 原告は,甲5公報及び甲6公報には,固定電極と筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリード線とを導電性部材としての導電性ケースを介して接続されることは一切記載されていないから,審決が「甲第3号証(判決注・甲5公報),甲第4号証(判決注・甲6公報)には,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極又は振動板電極)と筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリード線とを導電性部材としての導電性ケースを介して接続することが記載されている。」(審決書8頁10行目〜13行目)と認定したのは,甲5公報,甲6公報の開示内容を誤解したものである,と主張する。
イ 甲5公報及び甲6公報のいずれも,FETのリード線の一方を,固定電極と直接接触させて電気的に接続させ,もう一つのリード線を,導電性のケースを介して振動膜と接続する構成を開示しているにとどまる。固定電極と能動素子のリード線の双方を導電性ケースを介して接続する構成が示されているものではない。
「(固定電極又は振動板電極)」との表現は,上記構成が記載されているとの認定をしたと理解することが可能である。審決には,少なくともその表現に不相当な点がある。
ウ しかし,甲5公報及び甲6公報には,固定電極及び振動板電極から成るエレクトレットコンデンサの「一方の電極」と,筒状導電性ケース内に組み込まれた能動素子のリードとを,導電性部材としての導電性ケースを介して接続することが記載されているとの,審決の認定自体は,正しいものである。
順構造のトランスジューサにおいては,固定電極がFETにより近い位置にあり,振動膜とFETとの間には,固定電極が存在するから,振動膜とFETとを直接接続することは,不可能である(仮に不可能ではないにしても,少なくとも困難ではある)ので,振動膜を導電性ケースを介してFETに接続する,という構成は,周知技術であったと認められる。そうすると,固定電極と振動膜の位置関係が逆になり,固定電極とFETとの間に振動膜が存在する逆構造のトランスジューサにおいては,固定電極を,導電性ケースを介してFETに接続する構成をとることは,当業者が容易に想到できることである,と認められる。引用発明についても,甲3公報の図4において,周壁22を備えて形成されたバックプレート21が,その周壁22にリード線31を接続した構成を備えているのである。
審決の,「甲第1号証(判決注・甲3公報)に記載された発明に,甲第3,4号証(判決注・甲5公報,甲6公報)及び甲第9号証(判決注・甲11文献)に記載されたことを適用して,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」の中に,エレクトレットコンデンサの一方の電極(固定電極),導電性部材としての金属ケース及びヘッド・アンプ(能動素子)のリード線を介してノイズを拾わないように最短距離でヘッド・アンプ(能動素子)を接続して組み込むことは,当業者であれば,適宜なし得ることである。」(審決書8頁14行目〜20行目)との説示も,そのことをいっていると理解することができる。
イで述べたとおり,審決の認定,少なくともその表現には不相当な点がある。しかし,これにより,固定電極とFETとを導電性ケースを介して接続することの容易想到性の判断に誤りを来したと認めることはできない。
エ 原告は,ウで摘示した審決の説示では,甲3公報に記載されたエレクトレット・トランスジューサの中に,更に,固定電極,金属ケース,能動素子のリード線を組み込むとしており,これによると,組み込まれた固定電極とエレクトレット・トランスジューサがもともと有している固定電極とで,固定電極が2枚になり,エレクトレット・トランスジューサのケースの中に,金属ケースが組み込まれ,更に,能動素子のリード線まで引かれることになると主張する。
しかし,審決は,相違点(1)についての検討において,まず,甲11文献に,エレクトレットコンデンサに最短距離でヘッドアンプ(能動素子・FET)を接続すること,この能動素子をマイクロホン本体の中に組み入れることが記載されていることを認定した上で,前記のとおり,エレクトレットコンデンサの一方の電極を,導電性ケースを介してFETのリード線に接続する構成が甲5公報及び甲6公報に開示されていると認定し,ウで摘示した説示で結んでいる。このような説示の流れと,説示の文言からは,審決は,エレクトレットトランスジューサの中に「FET」を内蔵し,それと,エレクトレットコンデンサの一方の電極とを,導電性のケース,FETのリード線を介して接続する構成が,容易想到であるといっていると解すべきである。原告の主張は,採用できない。
オ 引用発明のトランスジューサの内部に,FETを組み込むことの容易推考性について判断する。
引用発明は,その中に,FETを内蔵する構成を採用していない。むしろ,図4に開示されているとおり,FETに接続するリード線は,ケース外部に引かれており,FETは外部に接続することを念頭に置いている。
他方,順構造のトランスジューサに関してであるものの,FETをトランスジューサの中に内蔵することは,本件出願当時,周知技術であったと認められる(乙第1号証,第4号証ないし第6号証,第16号証ないし第18号証)。
このうち,例えば,乙第4号証には,「従来のコンデンサマイクロホンは,インピーダンス変換器(1)を,マイクロホン本体(2)と別体に設けたプリント基板(3)を配設するので,この変換器を有するプリント基板(3)を配設する空間が必要となつて十分な小型化がはかれない。又部品点数も多く組立が煩雑である。
本発明は,かかる欠点を回避したコンデンサマイクロホンを提供せんとするものである。
即ち,本発明に於ては,マイクロホン本体に接続すべき電界効果トランジスタのゲート電極をマイクロホン本体の背極に兼ねさせる。」(2頁左上欄2行目〜12行目)との記載が,乙第5号証には,「従来のコンデンサマイクロホンは,インピーダンス変換器1を,マイクロホン本体1と別体に設けたプリント基板3に配設するので,この変換器1を配置する空間が必要となつて十分な小型化がはかれない。又,変換器1よりの端子導出,リード線6の接続等の手間を必要とし,組立製造が煩雑であり,又,信頼性に劣るという欠点がある。
本考案は,かかる欠点を回避したコンデンサマイクロホンを提供せんとするものである。」(1頁2欄21行目〜30行目)等の記載がある。
すなわち,トランスジューサの外部にFETを設けることには,小型化や製造上のコストの点等で問題があること,FETをトランスジューサに内蔵することによりこれが解決されることが,周知となっていたのである。
このような技術思想を,逆構造ではあるものの,トランスジューサである引用発明に適用して,その内部にFETを配設しようとすることは,当業者が容易に推考できたことというべきである。
カ 原告は,引用発明のエレクトレット・トランスジューサの中にFETを配置すると,振動膜が損傷する可能性が高くなり,引用発明の発明の目的に反する方向での改良となる,と主張する。
(ア) 甲3公報には,「前記バックプレートを多孔性とし,前記振動膜を,このバックプレートの内側に取り付けることができる。これによって,振動膜を不意の損傷から保護することができる。」(甲3公報の訳文4頁9行目〜10行目)と記載されている。この記載からみる限り,引用発明が想定しているのは,バックプレートの外部からの衝撃や力により振動膜が損傷することを防止しようとしていることであることが明らかである。甲3公報全体をみても,原告が主張するような目的を読み取ることはできない。
(イ)そもそも,引用発明において,能動素子をトランスジューサの中に配置する際に,振動膜に損傷を与える危険性が大きいとか,仮に危険性が大きいとして,それに対処することが格別困難なことであるとかということを認めることはできない。
確かに,本件明細書の第8図や,甲5公報,甲6公報,乙第1号証からは,固定電極が,直接FETのリード線を接続できるほどの強度を持ったものであるのに対し,振動膜は,はるかに薄く損傷に弱い部材であると認められるから,振動膜とFETとの間に,このような固定電極がある順構造のトランスジューサに比較して,振動膜とFETが直接接し得る逆構造のトランスジューサの方が,製造においてより多くの注意を要することは,原告の主張するとおりであろう。
しかし,順構造のトランスジューサにおいても,振動膜にごく近接した下方の位置に,固定電極を設置する必要があるのであり,このことと,振動膜に近接した位置にFETを設置することの困難に,有意的な差があるとは認められない。
引用発明のトランスジューサにおいて,FETを接続すべきリード線は,下方にある程度の距離を持って伸びているから,順構造のトランスジューサにおける固定電極と振動膜との間の距離より,大きい距離をおいて,振動膜の下方にFETを取り付けることも可能であると認められる。そうすると,引用発明のトランスジューサの中に,FETを配置することに,特段技術的困難があると認めることはできない。
(ウ) 本件明細書には,実施例として,FETのリード線を,膜リングを介して振動膜に接続する構成が開示されている(1図)。すなわち本件発明においても,FET本体は,振動膜から距離をおいて設置しつつ,リード線は振動膜の至近距離まで導き,これを膜リングを解して接続しているのである。そして,この構成が格別のものであることは何ら記載されていない。本件明細書自体が,実施例としてこのようなものを挙げ,しかも,これについて格別の説明もしていない以上,本件発明自体,逆構造のトランスジューサの内部にFETを内蔵することが困難でないことを当然の前提とするものであるというべきである。
そして,甲3公報の図4にも,真鍮リング23を介して,振動膜にFETのリード線を接続する構成が開示されており,これは,本件発明の上記接続態様と,振動膜の損傷の危険性の観点からみて,格別異なるところはないと認められる。そうすると,前者において技術的に可能であるものが,後者においては困難であると認めることはできない。
キ 原告は,引用発明のトランスデューサは,導電性プラスチック製であり,シールド性能が十分でなく,また,そのため,その底部に,電磁波に対するシールド性を補うための基板を取り付ける必要があるにもかかわらず,機械的強度が十分でないからそれもできない,と主張する。
しかし,原告の主張を全面的に認めるとしても,引用発明のトランスジューサを金属で製造すれば,そもそもシールド性能を問題にする必要はなく,その底部に基板を取り付けることにも何ら困難はない。そして,後記(相違点(3)についての判断)のとおり,引用発明を金属製とすることは,当業者が容易に想到できることであると認められる。
したがって,この点についての原告の主張は採用できない。
(4) 相違点(2)についての判断について ア 相違点(2)について,審決は, 「甲第1号証(判決注・甲3公報)には,エレクトレットトランスジューサがマイクロホンに組み込まれるものであり,また,エレクトレットトランスジューサは電話機に組み込むことができるとの記載がある。更に,エレクトレットトランスジューサをマイクロホンとして使用する際には,固定電極と振動膜電極で構成されるコンデンサの両極間に生じる音声信号を,ヘッド・アンプ(能動素子)を用いてインピーダンス変換して出力することは,甲第9号証にあるように,当業者において周知事項である。
そうすると,甲第1号証には,甲第9号証に記載された周知事項を考慮すると,バックプレート(固定電極)と振動膜で構成されるコンデンサに能動素子を接続して音声信号を出力するマイクロホンが示唆されているといえる。 また,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は音圧を音声信号に変換するものであり,本件発明における「エレクトレットマイクロホン」も音圧を音声信号に変換するものである。 したがって,甲第1号証に記載された「エレクトレットトランスジューサ」は「エレクトレットマイクロホン」ともいえる。
よって,「音響電気変換器」を「エレクトレットマイクロホン」と表現することは,当業者であれば,適宜表現し得ることである。」(審決書8頁25行目〜9頁5行目) と説示している。
イ 審決が,本件発明と引用発明とが,「音響電気変換器」である点で一致する,とした認定には,前記のとおり誤りがない。本件発明がエレクトレットコンデンサマイクロホンであり,引用発明がエレクトレットトランスジューサである点で相違するということも,そのとおりである。この相違点において,検討すべきことは,@引用発明のトランスジューサにFETを内蔵させること,A導電性プラスチック製である引用発明を,金属製とすること,B引用発明を,別途マイクロホンのケースに収納せず,そのままマイクロホンの完成品とすること,の3点の容易推考性であり,審決は,@については相違点(1)の判断において,A及びBについては相違点(3)の判断において,それぞれ検討している。本判決においても,前記の「相違点(1)の判断について」及び次項の「相違点(3)の判断について」で,上記@ないしBの点について判断するものである。
審決は,相違点(2)の判断において,「音響電気変換器」を,「エレクトレットマイクロホン」と表現することが容易であるとの判断をしている。しかし,そのことは,本件発明の進歩性を検討するについて,全く意味のないことである。
相違点(2)についての審決の上記判断が,正しくても誤っていても,結論には何ら影響しないことが明らかであるからである。
(5) 相違点(3)の判断について ア 相違点(3)について問題となるのは,@引用発明を,別途ケースに入れたりせず,そのままエレクトレットコンデンサマイクロホンとして使用すること,A引用発明の導電性ケースを,金属に置換すること,それぞれを推考することが容易か否かである(審決も,「8.被請求人の主張の検討」(10頁)において,この2点について説示している。)。
イ @の点について 前記のとおり,およそ工業生産において,必要な性能水準を確保できる限り,部品点数を減らし,製造工程を簡略化することは,製造コストの低減,信頼性の向上,小型化等の理由から,当業者が常に希求することである,と認められる。このことは,前記の,FETのトランスジューサへの内蔵に係る乙第4号証,第5号証においても述べられている。
トランスジューサのケースの一部をそのまま露出し,マイクロホン本体のケースとすることについても,例えば天面をそのようにすることについて,乙第16号証の第1図の従来型のコンデンサマイクロホンとして開示されている。
そうすると,必要な性能を維持できるのであれば,トランスジューサの一部だけでなく,そのすべてを露出し,もって別途マイクロホン本体のケースに収容する構成を取らないこともまた,当業者が容易に推考できることである,と認められる。
ウ Aの点について 引用発明は,従来のトランスジューサが,金属製のバックプレートを用いていること,金属を用いることの製造上の困難を指摘し,他方プラスチックでは,金属メッキを形成する工程が必要となり,製造コストが増すこと等を指摘して,導電性プラスチックの使用を推奨している。すなわち,甲3公報の前記記載が正しいとしても,なお,金属で,バックプレート及びこれと一体となった周壁を製造することは,従来技術で可能であったことが前提となっているのである。
そうすると,引用発明のトランスジューサにおいて,この内部にFETを内蔵して,そのままマイクロホンとすることについて,電磁波に対するシールド性能の不足,それを補強するための加工に対する機械的強度の不足,という問題があるのであれば,その材質を導電性プラスチックから,従来技術である金属に変更する程度のことは,当業者が容易に推考できることである,と認められる。
確かに,引用発明は導電性プラスチックの使用を推奨している。しかし,その外側にFETを接続し,それらを更に別途ケースに収納して製品とするのと,前記のような周知技術ないし公知の技術思想・動機(製造工程の簡略化)から,導電性プラスチックの使用をやめて金属製として,FETを内蔵させて,即完成品のマイクロホンとすることとを比較して,後者の方が,仮に製造上の困難があるとしても,全体として製造コストの削減・歩留まりの向上・小型化等の諸点で有利であれば,当業者は,導電性プラスチックの使用を推奨する甲3公報の記載にかかわらず,当然に引用発明を金属製とすることを選択する,ということができる。
そして,小型化や部品点数の削減については,後者の方が有利であることが明らかである。製造コストや製造の難易について,一概にはいえないものの,明らかに前者の方が有利であるとまでは認められない。
また,甲3公報を始めとして,本件全証拠によっても,甲3公報に接した当業者が,引用発明の逆構造のトランスジューサは,導電性プラスチックの使用により初めて可能となった,と理解すると認めることはできない。この点においても,引用発明のバックプレート兼側壁の材料を,金属製とすることに阻害理由があるとは認められない。
エ 以上のとおりであるから,引用発明の筒状導電体を,筒状金属とし,かつ,ケースとすることは,当業者にとって容易に想到し得ることであったと認められる。審決の判断に,誤りはない (6) 顕著な効果について 原告は,審決が,エレクトレットコンデンサマイクロホンの必須の構成部材の部品点数を減少して,エレクトレットコンデンサマイクロホンの構成・組立を簡単化し,あるいは小型化を図るという,本件発明の顕著な効果を見落としている,とする。
しかし,以上のような効果は,トランスジューサのケースを同時にマイクロホンのケースとし,かつこのケースの天面を固定電極と兼ねさせるという,容易想到であると認められる本件発明の構成に,当然伴われるものである。上記効果の存在は,進歩性の判断を左右するものではない。
3 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久