運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2002-35531
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  実施 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (行ケ) 339号 審決取消請求事件
原告B
訴訟代理人弁理士 杉本勝徳
同 高橋洋江
被告 日本コパック株式会社
訴訟代理人弁護士 増田利昭
訴訟代理人弁理士 佐藤英昭
同 斎藤栄一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が無効2002-35531号事件について平成15年6月19日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「合成樹脂製クリップ」とする特許第2956956号(平成7年2月3日に特許出願(以下「本件出願」といい,願書に添付した明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)。平成11年7月23日に設定登録。請求項の数は1である。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。被告は,平成14年12月16日,本件特許を無効にすることにつき審判を請求した。特許庁は,これを無効2002-35531号事件として審理し,その結果,平成15年6月19日,「特許第2956956号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,同年6月30日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】 一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対峙させ,両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネを装着し,該合成樹脂製バネの弾性力により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなる合成樹脂製クリップにおいて,合成樹脂製バネの先端内面部分に掛合部を形成し,該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに,受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成したことを特徴とする合成樹脂製クリップ。」 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,実願昭63-98154号(実開平2-19359号)のマイクロフィルム(審判甲第1号証。本訴甲第4号証。以下「甲4文献」という。)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)及び米国特許第4701983号明細書(審判甲第3号証。本訴甲第5号証。以下「甲5文献」という。)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に該当し特許を受けることができない,とするものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と甲4発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) 「一端に挟着部を形成したクリップ片を向かい合わせに対峙させ,両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成されたバネを装着し,該バネの弾性力により両クリップ片の挟着部同士が圧接する方向に弾性付勢してなるクリップにおいて,バネの先端内面部分に掛合部を形成し,該掛合部が掛合する受け止め部と,受け止め部より折り返えし部側のバネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設けるとともに,受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成したことを特徴とするクリップ。」 (相違点) a「本件発明が,「合成樹脂製バネ」を採用した「合成樹脂製クリップ」であるのに対し,甲第1号証に記載の発明(判決注・甲4発明)は,バネ及びクリップの材質が明確にされていない点。」(以下「相違点a」という。) b「本件発明が,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」た構成を有しているのに対し,甲第1号証に記載の発明(判決注・甲4発明)は,「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成となっている点。」(以下「相違点b」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件発明と甲4発明との対比において,一致点・相違点の認定を誤って相違点を看過し,自らが認定した相違点についての判断を誤ったものであり,これらの誤りが,それぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 相違点の看過-1 審決は,甲4発明の屈曲板バネ4につき,「両クリップ片2aに亙って“U”字形に折り返されて形成され」(審決書3頁30行〜31行)ていると認定した上で,本件発明と甲4発明とは,「両クリップ片に亙って“U”字形に折り返されて形成されたバネを装着し」た点において一致する,と認定した。しかし,上記認定は誤りである。
本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載並びに図面(別紙図面1参照。特に図2)によれば,本件発明における「U字形」のばね(以下「バネ」と表現する。)とは,直線部分が平行になっているものをいい,馬蹄形のバネや両端が広がるバネや両端部が狭まるバネを含まないことが明らかである。
甲4発明の屈曲バネ4は,甲4文献の第2,3図(別紙図面2参照)からみて,馬蹄形をしていると認められる。
このように,本件発明と甲4発明とは,バネの形状を異にしており,この相違点により,クリップの構成および作用効果において大きな差異を生じる。
本件発明における「U字形」のバネは,バネ先端3bが空間(受け止め部の先端部分と,これと金型の摺動方向において対面する飛散防止部の先端部分との問に形成されたU字形合成樹脂製バネ挿入用の空間)においてクリップの飛散防止部8と平行に収納されるため,受け止め部6の飛散防止部側先端部と飛散防止部8の受け止め部側先端とを金型の摺動ぎりぎりの間隙まで近接させることが可能であり,バネの大部分を被うことができるため,その飛散防止効果は絶大である。これに対し,甲4発明における馬蹄形のバネ4は,クリップの中央にくり抜かれた窓状穴にまで張り出し,クリップ片の上端縁10の下方部分を延長すると,延長部分と衝突する位置に装着されてしまうため,クリップ片の上端縁10の下方部分を下方に延出できず,その部分によってはほとんどバネを覆うことができない,という致命的欠陥を有する。
審決は,甲4発明のクリップの形状についての認定を誤った結果,本件発明と甲4発明とのバネの形状の相違を看過したものである。
2 相違点の看過-2 (1) 審決は,「後者(判決注・甲4発明)における「屈曲板バネ4の折り返えし部近傍のバネ部分」は,バネ受け6(受け止め部)よりも折り返えし部側のバネ部分であるといえるから,前者(判決注・本件発明)の「受け止め部より折り返えし部側のバネ部分」に相当し,後者における「上端縁10の下方部」は,仮に,バネ4が折れた場合には,折れた箇所あるいは飛散する方向によっては,その破片が上端縁10の下方部に衝突して,飛散防止の効果が得られると考えられるところから,前者における「飛散防止部」に相当する。」(審決書4頁30行〜36行)と認定した。しかし,この認定は誤りである。
甲4発明における「上端縁10の下方部」には,バネの飛散防止機能はない。甲4発明においては,「上端縁10の下方部」を延長すると,バネに衝突してしまうため,「上端縁10の下方部」を,それ以上,下方に延出することができない。このため,甲4発明の「上端縁10の下方部」が覆うのは,バネが通常折損する位置と略同位置かそれより屈曲部寄りかだけとなり,バネのほとんどの部分は,「上端縁10の下方部」からはみ出し,窓状穴から露出する。バネは,一般に,屈曲部から直線部分に変わる位置に押力が集中的に掛かるため,U字形の屈曲部で破損する事は少なく,ほとんどの場合は屈曲部から直線部分に変わる位置で破損する。甲4発明における「上端縁10の下方部」は,この破損部をほとんど覆うことができず,バネ片の飛散防止部としての機能を有しない。
これに対し,本件発明においては,飛散防止部はバネの大部分を覆っており,バネを完全に飛散防止部の内側に封じ込めているため,バネが破損してもバネが外部に飛び出すことはない。
審決は,上記相違点を看過した。
(2) 被告は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「受け止め部より折り返し部側の合成樹脂バネ部分を被う飛散防止部をクリップ片に設ける」とあるだけで,本件発明において,飛散防止部によりバネ部分がどのくらい覆われるのか不明である,と主張する。しかし,本件明細書には,「上記飛散防止部8は,クリップ片2の操作部から合成樹脂製バネ3の係合部4の近傍位置まで延出されたもので」(段落【0015】)との記載がある。これが,本件発明において,バネがほとんど飛散防止部によって覆われていることを示すことは,明らかである。本件発明において受け止め部6からバネの折り返し部3aに至るまでバネの大部分が覆われていることは,本件明細書の図2(別紙図面1参照)からも明らかである。
3 相違点についての判断の誤り (1) 審決は,本件発明と甲4発明との相違点の一つ(相違点b・本件発明が,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」た構成を有しているのに対し,甲第1号証に記載の発明(判決注・甲4発明)は,「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成となっている点)について,甲4発明の「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成は,本件発明の,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」た構成に相当すると認定し,相違点bは実質的な相違点であるとはいえないと判断した。しかし,この判断は誤りである。
(2) 本件発明における「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に設けた空間」は,飛散防止部の先端部分でなく,先端「側」部分に設けられたものであり,飛散防止部の先端側部分8aと受け止め部6aとが対面する間の空間(別紙図面3のA部分)を意味する。すなわち,本件発明における上記「空間」は,U字形バネの両バネ片がそれぞれ入る,金型の摺動方向である]-]方向(クリップ片の巾方向)に形成された空間のことである。本件発明においては,この「空間」により,U字形のバネが飛散防止部の内側に挿入されることとなり,バネは,屈曲部近傍で破損しても,飛散防止部の内側に止まって外部に飛び出ることはない。
これに対し,甲4発明の「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスぺ-スを提供する窓状穴」は,甲4文献の第2図(別紙図面2参照)から明らかなように,上端縁10の下方部の先端側部分とバネ受け6(受け止め部)との間に垂直方向(Y-Y方向)に形成されたものであることから,本件発明の巾方向に形成された「空間」とは,構成も作用効果も全く異なる。甲4発明においては,「窓状穴」にバネが挿入されるから,破損したときは直ちにバネ片が外部に飛び出す。
審決は,本件発明における「空間」の理解を誤った結果,相違点bについての判断を誤ったものである。
被告の反論の要点
審決の認定,判断は正当であり,審決に,取消事由となるべき誤りはない。
1 原告の主張1(相違点の看過-1)について 原告は,本件発明における「U字形」バネは,直線部分である2本のバネ足部分が平行に延びている構造のものであって,馬蹄形のバネや両端が広がるバネや両端が狭まるバネなどを含まない,と主張する。
しかし,本件明細書の特許請求の範囲には,本件発明におけるバネのバネ足部分が平行なU字形バネであるとの記載はない。すなわち,本件発明において用いられるバネの形状を特定するものとして,上記特許請求の範囲に記載されているのは,「“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ」だけである。したがって,本件発明で用いられるバネには,U字形に折り返されているものであれば,バネ足部分が平行なU字形バネのほか,馬蹄形のバネも,両端が広がるバネも含まれる。
審決に,原告主張の相違点の看過はない。
2 原告の主張2(相違点の看過-2)について 原告は,バネは,一般に,U字形の屈曲部で被損することは少なく,屈曲部から直線部分に変わる位置で破損するから,甲4発明のように飛散防止部が極めて短いと,屈曲バネのほとんどが窓状穴から露出し,U字形バネが破損した際の飛散を防止することができないのに対し,本件発明においては,飛散防止部は,バネの大部分を覆うとともに,バネを完全に飛散防止部の内側に封じ込めているから,バネが破損しても外部に飛び出すことはない,審決が甲4発明における「上端縁10の下方部」が本件発明における「飛散防止部」に相当するとしたのは誤りであり,審決は上記相違点を看過した,と主張する。
しかし,本件明細書の特許請求の範囲には,飛散防止部について,「受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う」と記載されているだけであり,飛散防止部が合成樹脂バネ部分を覆う程度については特定されていない。本件発明における飛散防止部が,原告が主張するような,バネの大部分を覆うとともにバネを完全に飛散防止部の内側に封じ込めている,態様に限られていると解釈することはできない。
甲4文献には,「クリップ片2aにおける上端縁10の下方部が屈曲板バネ4の折り返えし部近傍のバネ部分を被っている」構造が記載されており,この構造は,本件明細書の特許請求の範囲に記載された飛散防止部の内容と同じである。
原告は,甲4発明の上端縁10の下方部は飛散防止部としての機能を果たすことが期待ができないと主張する。しかし,甲4発明において,屈曲板バネ4が折れた場合,上端縁10の下方部に折れたバネが衝突するため,クリップ片2aの外側にバネが飛散することはない。
審決に,原告主張の相違点の看過はない。
3 原告の主張3(相違点についての判断の誤り)について 原告は,本件発明における「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に設けた空間」は,飛散防止部の先端部分でなく,先端「側」部分に設けられたものであり,飛散防止部の先端側部分8aと受け止め部6aとが対面する間の空間(別紙図面3のA部分),すなわち,U字形バネの両バネ片がそれぞれ入る,金型の摺動方向である]-]方向(クリップ片の巾方向)に形成された空間であるのに対し,甲4発明の「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスぺ-スを提供する窓状穴」は,上端縁10の下方部の先端側部分とバネ受け6(受け止め部)との間に垂直方向(Y-Y方向)に形成されたものであるとして,審決が,甲4発明の「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成が,本件発明の,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」た構成に相当する,と判断したのは誤りである,と主張する。
しかし,本件明細書の特許請求の範囲には,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」と記載されているにすぎない。この記載だけでは,この「空間」がバネ挿入用の空間であるということはできない。
本件明細書の特許請求の範囲には,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,」が,「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交した方向で重なり合わないように形成した」の前段に記載されている。この文脈からすると,上記特許請求の範囲の記載は,「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように,受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成した」と解釈するのが自然である。この解釈によれば,上記「空間」は金型の摺動方向に直交する方向に存在するものである。
本件明細書中には,この「空間」がバネ挿入用の空間であることについての記載も,その作用効果についての記載も全くない。本件明細書の発明の詳細な説明中で,上記特許請求の範囲の「空間」に対応するのは,「金型(図示せず)の摺動方向]に直交する方向Yで重なり合わないように隙間を持たせてある」(段落【0015】,【0019】)との記載だけであり,この記載中の「隙間」が唯一,上記「空間」に対応している。本件明細書のこれらの記載内容に照らすと,上記「空間」は,本件明細書の図3(別紙図面1参照)に示された,金型の摺動方向に直交する隙間Y-Yであることが明白である。
原告は,本件の審査段階において,拒絶理由通知を受け(乙第5号証),「請求項1には「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成した」と記載されているが,請求項1全体の記載において,クリップ片と飛散防止部との関係,及びクリップ片と受け止め部との関係が明確に記載されていないため,特許を受けようとする発明の構成が明確に把握できない。」との指摘を受けたため,特許請求の範囲に「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,」との記載を追加補正したものである。上記拒絶理由は,受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とが重なり合わないようにするための手段あるいは構成が不明であるとするものであり,上記補正は,重なり合わないようにするための手段として「空間」を形成することを明らかにしたものである。上記補正の経過に照らすと,上記「空間」は,飛散防止部の長さ方向の延長線上(すなわち,金型の摺動方向に直交する方向)に存在するものであると解すべきであり,U字形バネの両バネ片がそれぞれ入る空間であると解することはできない。
上に述べたところによれば,本件発明における「空間」とは,乙第6号証の説明図(別紙図面5参照)に記載したA部分のことである,と解すべきであり,拡大解釈したとしても,(A+B)部分のことであると解すべきである。「対面」とは,「向かい合うこと」を意味する語である(広辞苑参照)から,本件発明において,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」とは,「飛散防止部の先端側部分の空間」(別紙図面5のA又はA+B)と「受け止め部」(別紙図面5の6及び6a)とが,両者の間に空間Cを介して向かい合うことを意味する,と解すべきである。
相違点bについての審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 原告の主張1(相違点の看過-1)について 原告は,本件発明における「U字形」のバネとは,直線部分が平行になっているもののことであり,馬蹄形のバネや両端が広がるバネや両端部が狭まるバネを含まない,と主張する。
しかしながら,本件明細書(甲第2号証はその内容を示す公報である。)の特許請求の範囲には,本件発明におけるバネの形状については,「“U”字形に折り返されて形成された合成樹脂製バネ」と記載されているだけで,「“U”字形」バネに関して,「U字形」であること以上に,その形状を具体的に規定する記載は見当たらない。また,本件明細書の発明の詳細な説明中にも,「“U”字形」バネの語を直線部分が平行になっているバネを意味するものとして使用していることを示す記載はない。
本件明細書の図2(別紙図面1参照)には,クリップ片に装着された状態において直線部分が一見平行になっている合成樹脂製バネが記載されている。しかし,同図は本件発明の実施例を示すものにすぎない。同実施例についてみても,本件明細書の発明の詳細な説明中には,同実施例中の合成樹脂製バネの形状については,「合成樹脂製バネ3は,高密度カーボネイト樹脂を主体とする複合材料製の合成樹脂で折り返し部分3aが厚く先端3bになるほど徐々に薄くなる“U”形に形成するとともに,先端部分の内面に鉤形に突出させた掛合部4が形成されている。」(甲第2号証・段落【0012】)と記載されているだけであって,「“U”字形」の語が直線部分が平行になっていることを意味すことを示す記載はない。
そうである以上,本件発明の特許請求の範囲における「“U”字形」の用語については,その有する普通の意味で使用されているものと解釈すべきである。
甲4文献の第5図(別紙図面2参照)に示された折り返し構造のバネの直線部分は,平行でない。同文献には,このバネに関し,「従来,この種のハンガーの代表的な例を第4図,第5図に示す。図において,・・・該一対のクリップ片31a,31aを∩状バネ33で開閉可能に連結した構造になっている。」(甲第4号証2頁12行〜3頁4行)との記載がある。すなわち,同文献は,このようなバネについても「∩状」すなわち「U字状」バネと称している。
甲5文献の第2図(別紙図面4参照)に示された折り返し構造のバネの直線部分は,平行でない。同文献にはこのバネに関し,「クリップ組立部品10は,一対の顎部材12と,顎部材12に取付けるためのU字バネ14と,からなることが示されている。」(2欄65行〜3欄1行。訳文の内容については当事者間に争いがない。)との記載がある。すなわち,甲5文献は,このようなバネについても,「U字状」と称している。
上に認定した甲4,5文献の記載に照らすと,ハンガーの技術分野においては,直線部分が平行であるものに限らず,折り返し構造を有するバネ一般を,「U字状」バネと称しているということができる。本件全資料を検討しても,「U字状」バネが,普通の意味において,専ら,直線部分が平行なバネをさす用語として用いられていることを認めるに足る証拠はない。
甲4発明において使用される屈曲板バネ4は,折り返し構造を有するものであるから,「U字状」バネに当たるというべきである。本件発明と甲4発明とで,使用するバネの形状が相違するということはできない。
原告の主張は採用することができない。
原告の主張1は理由がない。
2 原告の主張2(相違点の看過-2)について 原告は,甲4発明の「上端縁10の下方部」には,バネの飛散防止機能はないから,審決が,甲4発明の「上端縁10の下方部」について,本件発明における「飛散防止部」に相当する,と認定したのは誤りである,と主張する。
(1) 本件発明における「飛散防止部」について,本件明細書の特許請求の範囲には,「受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う飛散防止部とをクリップ片に設ける」と記載されている。この記載によれば,本件発明における「飛散防止部」とは,クリップ片に設けられるもので,バネの「受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を被う」ように設けられる部分をいうことが明らかである。
本件明細書の発明の詳細な説明中には,「合成樹脂製クリップの繰り返しの使用で合成樹脂製バネがその折り返し部分で折れることがあるが,折れた合成樹脂製バネはその反動で飛散しようとするがこれを飛散防止部が受け止める」(甲第2号証・段落【0010】)との記載がある。この記載によれば,本件発明における「飛散防止部」は,折り返し部分(別紙図面1の図2の3aで示された部分)で折れた合成樹脂製バネの飛散を防止するように機能するものであると認めることができる。
甲第4号証の第2図(別紙図面2参照)には,甲4発明について,両クリップ片2aにわたってU字形に折り返された屈曲板バネ4が装着され,クリップ片2aの上端縁10が,屈曲板バネ4の折返し部を越える位置までバネの末端4a方向へ延長形成されていることが示されている。同図によれば,甲4発明において,屈曲板バネ4の折り返し部近傍のバネ部分は,上端縁10の下方部によって覆われていることが明らかである。
本件発明においてU字状バネが折返し部分で折れるとされていることは上記のとおりであり,本件発明においてそうであるならば,甲4発明においても,屈曲板バネ4は,U字状バネである以上,折り返し部分で折れるものと認めるのが相当である。甲4発明において,上端縁10の下方部は,屈曲板バネ4の折返し部近傍のバネ部分を覆っているのであるから,屈曲板バネ4が,その折返し部分で折れたとしても,折れた部分の先端は,上端縁10の下方部に当たるため,飛散しないことが明らかである。
そうである以上,甲4発明の「上端縁10の下方部」は,その配設箇所においても,機能においても,本件発明の「飛散防止部」と相違しない,というべきである。
甲4発明の「上端縁10の下方部」が本件発明における「飛散防止部」に相当する,とした審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は,本件発明におけるU字状バネにあっては,U字形の屈曲部で破損することは少なく,屈曲部から直線部分に変わる位置に押力が集中的にかかるため,ほとんどの場合は屈曲部から直線部分に変わる位置で破損する,と主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,U字状バネが折返し部分で折れるとの本件明細書の上記記載に反すること,前記のとおり本件発明において使用されるU字状バネが屈曲部と直線部分を有するものに限定されないことから,採用することができない。
原告は,本件発明と甲4発明とでは,バネを覆う部分の大きさに大小の差があると主張する。しかしながら,本件明細書の特許請求の範囲には,「受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分」を覆うと記載されているだけで,受け止め部より折り返えし部側の合成樹脂製バネ部分を覆う範囲については記載されていない。本件発明と甲4発明とで,バネを覆う部分に大小の差があるということはできない。原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであるというほかなく,採用することができない。
(3) 原告の主張2も理由がない。
3 原告の主張3(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明における「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に設けた空間」は,飛散防止部の先端側部分8aと受け止め部6aとが対面する間の空間(別紙図面3のA部分),すなわち金型の摺動方向であるX-X方向(クリップ片の巾方向)に形成された空間を意味するのに対し,甲4発明における「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成は,上端縁10の下方部の先端側部分とバネ受け6(受け止め部)との間に垂直方向(Y-Y方向)に形成されたものであるから,本件発明の巾方向に形成された空間とは異なる,と主張する。そして,主張されている上記事項を根拠として,審決が,本件発明と甲4発明との相違点の一つ(相違点b)について,甲4発明の「上端縁10の下方部(飛散防止部)の先端側部分にクリップ片2aの厚み方向に貫通し且つバネ受け6(受け止め部)の表面部にスペースを提供する窓状穴を形成し」た構成は,本件発明の,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」た構成に相当するから相違点bは実質的な相違点であるとはいえない,と判断したのは誤りである,と主張する。
(2) 本件明細書の特許請求の範囲には,本件発明における飛散防止部の先端側部分について,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し,受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成した」と記載されている。
上記特許請求の範囲の記載は,その文脈からみて,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成することによって,」「受け止め部の飛散防止部側先端部と飛散防止部の受け止め部側先端部とがクリップ片を成形する金型の摺動方向に直交する方向で重なり合わないように形成した」との趣旨であるとみるのが合理的である。そうである以上,本件発明において,飛散防止部の先端側部分に空間を形成する目的は,受け止め部側の先端部と飛散防止部の先端部とが金型の摺動方向(別紙図面1の図2のX-X方向)と直交する方向に重なり合わないようにするためであるから,本件発明における飛散防止部の先端側部分の空間とは,飛散防止部の先端の,金型の摺動方向に直交する方向(別紙図面1の図2のYーY方向)に設けられた空間のことである,と解するのが合理的である。本件明細書中には,本件発明における「空間」について,上記解釈と異なる解釈を採るべき根拠となる記載は見当たらない。
むしろ,逆に,本件明細書の発明の詳細な説明中には,「また,上記飛散防止部8は,クリップ片2の操作部から合成樹脂製バネ3の掛合部4の近傍位置まで延出されたもので,図3に示すように飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとはこのクリップ片2を成形する金型(図示せず)の摺動方向Xに直交する方向Yで重なり合わないように隙間をもたせてある。このように,飛散防止部8の先端8aと受け止め部6の先端6aとが方向Yで重なり合わないようにすると金型が互いに干渉しないことから,クリップ片2を形成する成形金型が一対で済ませられるのである。」(段落【0015】)と記載されており,金型の摺動方向に直交する方向の先端に「隙間」すなわち「空間」を設ける必要性が示されている。
原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものというほかなく,採用することができない。
(3) 原告は,本件発明は,飛散防止部の内側にバネを組み込み,バネの破損時にもバネの飛び出しを防止しようとすることを技術思想とするものであり,この技術思想によれば,本件発明における上記「空間」は,受け止め部先端6aと,これと対面する飛散防止部の先端側部分8aとの間の空間であると解釈すべきである,と主張する。
しかしながら,原告上記主張は,本件発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであって採用することができないことは,(1)で説示したところから明らかである。
(4) 仮に,本件発明における上記「空間」が,原告の主張するとおり,受け止め部先端6aと,これと対面する飛散防止部の先端側部分8aとの間の空間であるとしても,本件明細書の特許請求の範囲には,直線部分が平行になっているU字形バネを用いることも,飛散防止部が受け止め部より折り返し部側の合成樹脂性バネ部分をすべて覆うことも記載されていない。この空間部内にバネが組み込まれるかどうかは,特許請求の範囲の記載からは明らかでないというべきである。この点において,本件発明と甲4発明との間に相違は生じない。
審決の「被請求人(判決注・本訴原告)の「飛散防止部の内側にバネが収まる」との主張は,クリップ片の厚み方向において,飛散防止部の厚み領域よりも内側にバネが収まるということを述べたものと認められるが,このような状態は,バネ,クリップ片及び飛散防止部の各厚み,あるいは,掛合部及び受け止め部の形状等の条件が特定されて初めて実現され得るものというべきであり,「受け止め部に対面する飛散防止部の先端側部分に空間を形成し」たとの構成だけで,直ちに上記の状態が得られるとは認められないから,上記の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものといわざるをえない。」(審決書6頁下から6行〜7頁2行)との判断に誤りはない。
(5) 原告の主張3も理由がない。
結論
以上のとおりであるから,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久