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関連審決 異議2001-72168
関連ワード 容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 115号 特許取消決定取消請求事件
原告 ファツアー・アーゲー
訴訟代理人弁理士 江藤聡明
同 佐竹和子
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 田中弘満
同 長島和子
同 涌井幸一
同 高橋泰史
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/03/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2001−72168号事件について平成14年11月8日にした決定中「特許第3131566号の請求項1,3,4に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「落石等を受け止め,その高運動エネルギーを吸収する防護装置」とする特許第3131566号の特許(平成8年8月30日特許出願,平成12年11月17日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は4である。)の特許権者である。
本件特許に対し,請求項1ないし4につき,特許異議の申立てがあり,その申立ては,異議2001-72168号事件として審理された。原告は,この審理の過程で,平成14年9月24日,本件特許の出願に係る願書に添付された明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年11月8日,「訂正を認める。特許第3131566号の請求項1,3,4に係る特許を取り消す。 同請求項2に係る特許を維持する。」との決定をし,同年12月2日その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正による訂正後のもの。これにより特定される発明をまとめて「本件訂正発明」といい,【請求項1】,【請求項3】及び【請求項4】記載の発明をそれぞれ「本件訂正発明1」,「本件訂正発明3」及び「本件訂正発明4」という。別紙図面A参照) 「【請求項1】防護の必要な傾斜箇所の所要の長さ範囲に亘って所要の間隔で立設され,基部が地山に固定された支柱の列を有し, 前記各支柱の上部と支柱列山側の地山部との間には控えロープが張られており, 前記支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体が設けてあり, この網状体が多数のリング部材を,それぞれ隣り合うリング部材の内周側が接触するように相互に連結することによって構成されており, 前記各支柱の基部がヒンジを介して地山に固定されており, 前記網状体を構成するリング部材が,線材を複数回巻き,周方向の数箇所を締結手段によって線材を束ねて固定することによって構成されており, 前記支柱間に張り渡された保持ロープの中途及び地山と支柱との間に張られた控えロープの中途にそれらロープに及んでくる衝撃エネルギーを吸収するためのブレーキ装置が設けてあり, このブレーキ装置が,重ね合わされた両端部を緊締部材によって固定したループ管を有しており,当該ロープがこのループ管の重ね合わされた両端部の内の一方端部の管口から入り,ループ管内を通り,他方端部の管口から出て延びていることを特徴とする 落石を受け止めその高運動エネルギーを吸収する防護装置。 【請求項2】線材が一定の間隔置きに拡径部を有する異形の線材であることを特徴とする,請求項1に記載の防護装置。 【請求項3】控えロープの地山への定着箇所が,防護装置の正面から見て,支柱の延長線から外れた箇所に設置されていることを特徴とする,請求項1または2に記載の防護装置。 【請求項4】控えロープの地山への定着部に設けたアンカー頭部が首振り可能に設けてあることを特徴とする,請求項1〜3のいずれか1つに記載の防護装置。」 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,@本件訂正発明1は,特開平5-295713号公報(甲第5号証(異議甲第1号証),以下,決定と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。別紙図面B参照。),特開平8-53814号公報(甲第6号証(異議甲第2号証),以下,決定と同じく「刊行物2」という。)に記載された発明,実願昭59-114359号(実開昭61-32209号)のマイクロフィルム(甲第7号証(異議甲第3号証),以下,決定と同じく「刊行物3」という。)に記載された発明(以下「引用発明3」という。別紙図面C参照),及び,米国特許第5207302号明細書(甲第8号証(異議甲第4号証),以下,決定と同じく「刊行物4」という。)に記載された発明から容易に発明をすることができたものである,A本件訂正発明3は,刊行物1ないし刊行物4に記載された上記各発明及び特開平7-42118号公報(甲第9号証(異議甲第5号証),以下,決定と同じく「刊行物5」という。)に記載された発明から容易に発明をすることができたものである,B本件訂正発明4は,刊行物1ないし刊行物4に記載された上記各発明及び米国特許第5321922号明細書(甲第10号証(異議甲第6号証),以下,決定と同じく「刊行物6」という。)に記載された発明から容易に発明をすることができたものである,と認定判断するものである。
決定が,上記結論を導くに当たり,本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「防護の必要な傾斜箇所の所要の長さ範囲に亘って所要の間隔で立設され,基部が地山に固定された支柱の列を有し, 前記各支柱の上部と支柱列山側の地山部との間には控えロープが張られており, 前記支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱間において支柱の上部と下部に張り渡された保持ロープによって保持された網状体が設けてあり, 前記各支柱の基部が地山に固定されており, 前記地山と支柱との間に張られた控えロープの中途にそれらロープに及んでくる衝撃エネルギーを吸収するためのブレーキ装置が設けてある, 落石を受け止めその高運動エネルギーを吸収する防護装置。」 相違点 「相違点1:本件訂正発明1の網状体は支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持されているのに対し,刊行物1記載の発明では,網状体は支柱本体間において平行に張り渡された複数本のワイヤに保持されている点, 相違点2:本件訂正発明1では,網状体が多数のリング部材を,それぞれ隣り合うリング部材の内周側が接触するように相互に連結することによって構成され,かつ,網状体を構成するリング部材が,線材を複数回巻き,周方向の数箇所を締結手段によって線材を束ねて固定することによって構成されているのに対し,刊行物1記載の発明では,網体が,線材を六角形の網目に形成して伸縮性を有するように構成されている点, 相違点3:本件訂正発明1では,各支柱の基部がヒンジを介して地山に固定されているのに対し,刊行物1記載の発明では,各支柱本体の基部が弾性復元力を有する支持脚部を介して地面に固定されている点, 相違点4:本件訂正発明1のブレーキ装置は,支柱間に張り渡された保持ロープの中途及び地山と支柱との間に張られた控えロープの中途に設けられているのに対し,刊行物1記載の発明では,ブレーキ装置は,支柱間に張り渡された保持ロープの中途には設けられていない点, 相違点5:本件訂正発明1では,ブレーキ装置が,重ね合わされた両端部を緊締部材によって固定したループ管を有しており,当該ロープがこのループ管の重ね合わされた両端部の内の一方端部の管口から入り,ループ管内を通り,他方端部の管口から出て延びているのに対し,刊行物1記載の発明では,ブレーキ装置が,支持用線材の要部を輪状のループに形成して重複部を形成し,この重複部を2個の締付部材により間隔を置いて緊締し固定したものである点。」(以下,決定と同じく,順に,「相違点1」,「相違点2」・・・「相違点5」という。)
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,相違点1及び4についての判断及び相違点1ないし5全体についての判断を誤ったものであり(取消事由1ないし3),これらの誤りが,請求項1,3及び4のいずれについても,決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定中上記各請求項に係る部分は,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1( 相違点1についての判断の誤り) 決定は,「本件訂正発明1の相違点1のように,落石防止柵において,落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持するようにすることは,刊行物3(第2頁第2〜13行及び第5,6図参照)にも記載されているように本件特許出願前に周知の事項にすぎない。したがって,本件訂正発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できた事項にすぎない。そして,刊行物1記載の発明の網状体の保持態様にかえて上記周知の保持態様とすれば,意見書において本件訂正発明1の作用効果と主張する,網状体は落石の衝突により谷側に大きく張り出し落石による衝撃エネルギーを吸収することが可能となるという作用効果を奏すると考えられる。」(決定書10頁2段,3段)と判断した。しかし,決定のこの判断は誤りである。
(1) 引用発明3の金網5は,その一端縁側は確かに支柱3の上部に張られた横ロープ4によって保持されている。しかし,その他端縁側は,斜面の終了する平地若しくは平地近傍に張られた横ロープ4によって保持されている。支柱3の下部には,金網5を保持するための横ロープは存在しない(甲第7号証図5,図6)。そもそも,引用発明3は,斜面の終端部で,石を捕集するものであり,山の斜面において,支柱3の部分で落石を受け止めるものではない。
決定は,上記のとおり,引用発明1の網体とワイヤを,引用発明3の上下のロープにより支持された金網5に換えれば,「網状体は落石の衝突により谷側に大きく張り出し落石による衝撃エネルギーを吸収することが可能となる」と判断した。しかし,引用発明1の網体とワイヤを,引用発明3の金網5に換えた場合,落石があったときに,落石を支えきれず,その下端縁から落石が飛び出していくことは必至である。本件訂正発明1では,網状体の下部を支柱の下部に張り渡された保持ロープで保持しているからこそ,斜面の途中で落石を食い止められるものであるのに対し,引用発明3の金網5が落石を捕捉できるのは,その下端を保持する横ロープ4が平地若しくは平地近傍に設置され,落石が平地に衝突し,そこにとどまるからである。
決定の周知技術の認定及び相違点1についての判断は誤りである。
(2) 本件訂正発明1の「網状体」は,大きな落石の衝撃を吸収すべく設置され,実際にそのように機能するものであるのに対して,引用発明1の網体6は,ワイヤ7,8をすり抜けるような小さい石を受け止めるために張られる網に相当するものである。すなわち,引用発明1における網体6は,支柱に対して谷側に設けられているものの,ワイヤ7,8でほぼ完全に谷側から支持されており,谷側に自由に伸張できるように設けられているものではない。引用発明1の網体6は,ワイヤ7,8をすり抜けるような小さい落石を対象とするものであり,主たる衝撃吸収部材ではないことが明らかである。引用発明1において,本件訂正発明1の「網状体」に相当する部材,すなわち,落石を受け止めるものは,網体6ではなく,ワイヤ7,8であり,このワイヤ7,8及び網体6により防止網1を形成しているのである。
決定は,このように,引用発明1における,このような補助的な役割しか果たさない網体6を,本件訂正発明1における,大きな落石の衝撃を基本的に受け止める,最も重要な役割を果たす「網状体」に対応させて,両者を同質のものとしてみて,相違点1について判断している。このこと自体,決定の判断が,単に文言だけを見て技術の本質を無視したものであることを物語っている。このような判断は,誤りである。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り) 決定は,「刊行物1記載の発明においては,落石の衝撃力によって支柱本体は傾くようになっていることから,水平方向に張られたワイヤ(線材)にも当然に大きな引っ張り力が作用すると考えられ,同じように線材に及んでくる衝撃力すなわち運動エネルギーを吸収するための装置であるブレーキ装置を,支柱間の線材の中途にも設けることは当業者が必要により適宜できることであって,本件訂正発明1の相違点4に係る構成は当業者が容易に想到できた事項にすぎない。(なお,衝撃を吸収する柵において,支柱や水平に張られた線材に及んでくる衝撃力すなわち運動エネルギーを吸収するための装置を設けることは,例えば特開平6-336709号公報にも記載されているように,本件特許出願前に公知の技術的事項である。)」(決定書11頁3段)と判断した。
しかし,引用発明1は,支柱列の部分で落石を止め,そこに加えられる衝撃力を控えロープで吸収する,との基本的発想に基づくものである。そのようなものにおいて,支柱間の保持ロープにブレーキ装置を設けるということを,当然にできることということはできない。
決定で括弧書きで示された特開平6-336709号公報(甲第11号証)は,横ロープ材そのもので落石のエネルギーを吸収する方式であり,また,「ブレーキ装置」による拡張は各支柱間ごとで生じるのみであるから,本件訂正発明1の「保持ロープ」とは,基本的に異なる機能を有する。
したがって,「ブレーキ装置」の設けられた「横ロープ材」という構成が公知であったとしても,そこから本件訂正発明1の構成に容易に想到しうるものではない。決定における相違点4についての判断は誤りである。
3 取消事由3(本件訂正発明1の全体の構成についての判断及び作用効果の相違の判断の誤り) 決定は,本件訂正発明1を各構成要素ごとに分け,引用発明1と対比し,引用発明1に存在しない構成について他の刊行物に記載された発明を引用して,引用発明1にこれらの発明を適用することが容易であると判断しているのみである。本件訂正発明1の全体の構成と引用発明1との相違,及び,これによる作用効果の相違の分析検討はなされていない。
本件訂正発明1のように斜面の途中位置に支柱を設置し,その支柱により「網状体」を保持する形式の装置において,その「網状体」を上下の「保持ロープ」のみで(中間部分のワイヤによる保持なしで)保持するようにした構成は,刊行物1にも刊行物2ないし刊行物6にも記載されていない技術である。本件訂正発明1では,「網状体」を保持する「保持ロープ」が「谷側に」張られていること,すなわち,「網状体」が「保持ロープ」に保持されて支柱の「谷側に」張られた状態となっていることにより,上下の縁部以外では支柱によってその拡張,変形が阻害されることがなく,支柱の近傍でも大きく「谷側に」張り出すことができるのである。本件訂正発明1のこのような特徴的な構成と作用は,引用発明1と刊行物2ないし刊行物6に記載された各技術とを組み合わせても想到し得ないものである。
被告の反論
1 取消事由1( 相違点1についての判断の誤り)について (1) 刊行物3の記載事項について 原告は,引用発明3の金網5の他端縁側は,斜面の終了する平地若しくは平地近傍に張られた横ロープ4によって保持されているものであり,支柱3の下部には,金網5を保持するための横ロープは存在しない,と主張する。
しかし,決定は,刊行物3を,落石防止柵において,落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持することが,本件特許出願前に周知の事項であったことの例示として挙げているにすぎない。
落石を防止する柵等の装置において,相違点1に係る本件訂正発明1の構成のように,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体を設けることは,実公昭37-11833号公報(乙第1号証,以下「乙1文献」という。),実公昭44-20652号公報(乙第2号証,以下「乙2文献」という。),実公昭44-21873号公報(乙第3号証,以下「乙3文献」という。),特開平6-173221号公報(乙第4号証,以下「乙4文献」という。)に記載されているように,本件特許出願前に周知となっていた技術的事項にすぎない。引用発明1の網体6の保持形態として,これら周知の技術的事項を採用して本件訂正発明1のように構成することは,当業者にとって何らの困難性もないことである。
(2) 原告は,本件訂正発明1では,網状体の下部を支柱の下部に張り渡された保持ロープで保持しているからこそ,斜面の途中で落石を食い止められるものである,と主張する。
しかしながら,引用発明1は,刊行物1の図5ないし図8に示された第2実施例(したがって第3実施例も同様である。)を参照すると,谷側に張られた伸縮性を有する網体6に弛み部6Aを設け(甲第5号証2欄41行〜44行),また,支柱本体2の変形によって落石の運動エネルギーを吸収するものであって,本件訂正発明1と,谷側に張られた伸縮性を有する網状体の変形によって落石の運動エネルギーを吸収する点において共通する。引用発明1においても,網体6,支柱本体2,支持用線材9が一体となって斜面の途中の落石を食い止める作用をすることは明らかである。
引用発明1においては,支柱本体には伸縮性を有する網体6が全面に張設され,さらに,支柱本体2,2間には,補強用の複数本のワイヤ7が平行に張設されるとともに,隣り合う支柱本体2,2間にX状にワイヤ8が張設されている。しかし,網体6の強度が十分であれば,上部と下部以外の補強用のワイヤ7やX状に張設されたワイヤ8は不要となるのである。
上記のように,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体を設けることは,本件特許出願前に周知となっていた技術的事項である。引用発明1の網体の保持形態として,当該周知の技術的事項を適用することは,当業者が容易に想到することができた事項にすぎない。
(3) 原告は,本件訂正発明1の「網状体」は,大きな落石の衝撃を吸収すべく設置され,実際にそのように機能するものであるのに対して,引用発明1の網体6は,ワイヤ7,8をすり抜けるような小さい石を受け止めるために張られる網である,と主張する。
しかし,本件訂正発明1における「網状体」については,その大きさは何ら限定されていないのであるから,原告の主張はその前提において誤っている。
引用発明1において,ワイヤ7,8は網体6を保持するものであるけれども,「網状」とはなっていないのであるから,これらワイヤ7,8は,本件訂正発明1の「網状体」には相当しない。
2 取消事由2(相違点4についての判断の誤り)について 引用発明1において,落石の大きな衝撃が加わると,その衝撃力が支柱間に平行に張り渡されたワイヤ7に作用し,ワイヤには大きな引っ張り力が作用することは,技術常識であるから,引用発明1には,水平方向に張られたワイヤにも,落石の衝撃力を吸収するためのブレーキ装置を設けようとする動機付けは内在していた。
原告は,甲11文献に示された技術は,横ロープ材そのもので落石のエネルギーを吸収する方式であり,また,「ブレーキ装置」による拡張は各支柱間ごとで生じるのみであるから,本件訂正発明1の「保持ロープ」とは,基本的に異なる機能を有する,と主張する。
しかし,甲11文献の横ロープ材に設けられた把持具等(ブレーキ装置)も,落石のエネルギーを吸収する機能を発揮するためのものであることにおいては,本件訂正発明1のブレーキ装置と同じであり,これによる拡張は各支柱間ごとで生じるものであることも,本件訂正発明1におけるのと同様である。
3 取消事由3(本件訂正発明1の全体の構成についての判断及び作用効果の相違の判断の誤り)について 原告は,本件訂正発明1のように斜面の途中位置に支柱を設置し,その支柱により「網状体」を保持する形式の装置において,その「網状体」を上下の「保持ロープ」のみで(中間部分のワイヤによる保持なしで)保持するようにした構成は,刊行物1にも刊行物2ないし刊行物6にも記載されていない技術である,本件訂正発明1では,「網状体」を保持する「保持ロープ」が「谷側に」張られていること,すなわち,「網状体」が「保持ロープ」に保持されて支柱の「谷側に」張られた状態となっていることにより,上下の縁部以外では支柱によってその拡張,変形が阻害されることがなく,支柱の近傍でも大きく「谷側」に張り出すことができる,本件訂正発明1のこのような特徴的な構成と作用は,引用発明1と刊行物2ないし刊行物6に記載された技術を組み合わせても想到し得ないものである,と主張する。
しかしながら,原告が主張する,本件訂正発明1の特徴的構成(特に上記構成)としたことによる作用効果は,本件明細書に記載されていない作用効果である。決定がこれを検討していないのは当然である。
しかも,本件訂正発明1が原告主張の作用効果を奏するとしても,そのような作用効果は,引用発明1に決定が引用した周知の技術的事項や公知の技術的事項を適用することによって当然に生じる作用効果にすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1( 相違点1についての判断の誤り)について (1) 本件訂正発明1について 本件訂正発明は,「落石,雪崩などを受け止め,道路や線路の安全を確保するための防護装置に係り,殊に落石等の高運動エネルギーを吸収することのできる防護装置に関する。」(甲第2号証【0001】)。
本件訂正発明1は,請求項1記載の構成,特に,その中の「前記支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体が設けてあり,この網状体が多数のリング部材を,それぞれ隣り合うリング部材の内周側が接触するように相互に連結することによって構成されており,・・・前記網状体を構成するリング部材が,線材を複数回巻き,周方向の数箇所を締結手段によって線材を束ねて固定することによって構成されており」との構成により,「上記のリング部材13aを連結して構成された網状体13,即ちリングネットが落石による衝撃を受けたとき,図3のように衝撃力が衝撃中心部からリング部材を伝達し外方へ均一に拡がっていき,その際に各リング部材が他のリング部材との連結箇所で外方へ引張られ,各リング部材の受ける引張力に応じて変形し,リングネットが図5のように谷側へ張り出した状態になり,その結果エネルギーが吸収される。リング部材13aが最も大きく変形した場合が図5に示されているが,受ける力の大きさによって,また力の掛かり具合によって,変形の度合は異なり,また変形形状も異なる。このような多数のリング部材13aの変形によって極めて大きなエネルギーの吸収が達成される。前述のように,リング部材の構成によって,リングネットにより吸収されるエネルギー量は任意に変更することができる。」(同【0024】)ものであり,また,「前記支柱間に張り渡された保持ロープの中途及び地山と支柱との間に張られた控えロープの中途にそれらロープに及んでくる衝撃エネルギーを吸収するためのブレーキ装置が設けてあり」との構成により,「上下の保持ロープ11,12及び控えロープ5にブレーキ装置6を設けることにより,防護装置におけるエネルギー吸収能力が更に増大する。」(同【0025】)ものである。
本件訂正発明1は,上記のとおり,網状体を保持する保持ロープにつき,「前記支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープ」と規定しつつ,他方,落石が網状体に受け止められた場合の網状体の谷側への変形を規制しないこと(請求項1から明らかである。)によって,落石をその大小にかかわらず網状体のみで受け止め,その図5に示されるように,網状体が谷側に張り出し,変形するときに生じるリング部材の変形によるエネルギー吸収によって,落石の衝突による運動エネルギーを吸収するものである。
(2) 引用発明1について 引用発明1が,「傾斜箇所に間隔を置いて配設され,基部が地面に固定された支柱本体の列を有し,各支柱本体の上部と支柱本体列山側の地面部との間には,アンカーにより地面に定着された支持用線材が張られており,また,支柱本体列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱本体間において平行に張り渡された複数本のワイヤによって保持された網体が設けてあり,この網体が,線材を六角形の網目に形成して伸縮性を有するように構成されており,前記各支柱本体の基部が弾性復元力を有する支持脚部を介して地面に固定されており,上記地面と支柱本体との間に張られた支持用線材の中途にそれら線材に及んでくる衝撃力すなわち運動エネルギーを吸収するための装置が設けてあり・・・,落石の衝撃力を吸収する落石防止体」(決定書6頁23行〜34行)であることは,当事者間に争いはない。
したがって,引用発明1の網体6は,「支柱本体列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱本体間において平行に張り渡された複数本のワイヤによって保持された」ものであり,支柱の上部と下部に張り渡されたワイヤのみによって保持されているのではなく,支柱間に平行に張設され,網体6の谷側に配置されている複数本のワイヤによっても保持されているものである(甲第5号証図1,図5)。
そのため,引用発明1においては,支柱間に平行に張設されたワイヤの間隔よりも大きな径の落石は,ワイヤにより受け止められるのであるから,その運動エネルギーは,支柱間に平行に張設された複数本のワイヤから,支柱と支柱を支持するロープ(支持用線材)に伝えられ,弾性復元力を有する支柱脚部及び支持用ロープの中途に設けられた衝撃力(運動エネルギー)を吸収するための装置により吸収されることになる。
また,支柱に平行に張設されたワイヤの間隔よりも小さな径の落石は,上記ワイヤに衝突するか,あるいは,上記ワイヤをすり抜けて網体6によって受け止められるか,することになる。後者の場合,その運動エネルギーは,まず,網体6によって吸収される。しかし,網体6は,その谷側に配置され,支柱間に平行に張設された複数本のワイヤによって保持されているため,網体6が完全に拡張,変形して落石の運動エネルギーを吸収する前に,その谷側への張り出しがワイヤにより規制され,落石の運動エネルギーは上記ワイヤに伝えられ,このワイヤから,前同様に,支柱と支柱を支持するロープに伝えられ,弾性復元力を有する支柱脚部及び支持用ロープの中途に設けられた衝撃力(運動エネルギー)を吸収するための装置により吸収される。
このように,引用発明1における網体6は,高運動エネルギーを有する落石,例えば径が大きかったり,小さくても速度の速い落石を受け止めてその高運動エネルギーを吸収する際には,補助的な役割を果たすにすぎない。
(3) 相違点1について 決定は,本件訂正発明1と引用発明1との間に,上記のような相違点があることから,「本件訂正発明1の網状体は支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持されているのに対し,刊行物1記載の発明では,網状体は支柱本体間において平行に張り渡された複数本のワイヤに保持されている点」を両発明の相違点の一つ(相違点1)として認定し,これについて,「本件訂正発明1の相違点1のように,落石防止柵において,落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持するようにすることは,刊行物3(第2頁第2〜13行及び第5,6図参照)にも記載されているように本件特許出願前に周知の事項にすぎない。したがって,本件訂正発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できた事項にすぎない。」(決定書10頁2段)と判断したものである。
しかし,決定がいうところの「落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持するようにすること」が,刊行物3にも記載されているとしても,同刊行物には,支柱に支持された上下2本のロープにより保持された網体は記載されていないのであり,引用発明1の網体と複数本のワイヤを引用発明3の網体に置き換えて,本件訂正発明1の構成のものにすることを,想到の容易なこととすることはできない。
(ア) 刊行物3には,「例えば道路沿いに切立つ傾斜面に設けて落石による事故の発生を未然に防止する落石防止柵に関する。」(甲第7号証1頁18行〜20行),「傾斜面の上部から複数本の縦ロープを並列して吊下し,傾斜面の中間部に複数本の支持杆を突出状態に設け,これら支持杆の先端で上記各縦ロープの中間部を支持し,縦ロープの中間部および下部の相互間にそれぞれ横ロープを張設し,これら横ロープの相互間に金網を布設し,この金網の内側でポケット部を構成し,このポケット部で傾斜面の上部からの落石を受止めるようにしたもの」(同4頁4行〜12行)との記載がある。刊行物3のこの記載と第5,6図とからすれば,引用発明3は,上下の2本の横ロープの相互間に金網を布設するものではあるものの,支持杆は,あくまでも上方の横ロープのみを支持するものであって,下方の横ロープを支持するものではなく,金網の下端縁は,支持杆によっては支持されていないこと,したがって,この金網は,斜面の途中で,大きな運動エネルギーをもった落石を止めるほどの強度を有しておらず,基本的には,斜面の終端部に設けられ,平坦部と傾斜面との間に溜まる落石を受止めるポケット部を構成するにすぎないものであることが認められる。
以上からすれば,引用発明1の網体6と複数本のワイヤに換えて,引用発明3の金網の構成のもの,すなわち,上下2本のロープで支持されてはいるものの,下のロープは支柱と結び付いておらず,下端部が支柱により支持されていない金網,とを組み合わせることにより,本件訂正発明1の構成のものに想到することは困難であることが明らかである。
(イ) 被告は,決定においては,刊行物3は,落石防止柵において,落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持することが,本件特許出願前に周知の事項であったことの例示として挙げられているにすぎない,と主張する。
しかし,決定の相違点1についての判断の趣旨が,引用発明1の構成から,複数の水平のワイヤを取り除き,上下のワイヤと網状体を残した構成のものが,刊行物3に記載された周知技術から容易に想到し得るとの趣旨であるとしても,そのように認めることはできない。引用発明3は,上記のとおり,いずれもが支柱により支持された上下のロープにより保持された網状体との構成ではないのであるから,引用発明1のものに,引用発明3を適用しても,少なくともそのままでは本件訂正発明1の構成にならないだけでなく,そもそも,引用発明1のものに,引用発明3の網状体の構成を適用すべき動機付けも見いだすことができないからである。
(ウ) 被告は,相違点1に係る本件訂正発明1の構成のように,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体を設けることは,乙1文献,乙2文献,乙3文献及び乙4文献に記載されているように,本件特許出願前に周知の技術的事項にすぎない,と主張する。しかし,引用発明1に乙1ないし乙4文献に記載された技術を適用することにより,本件訂正発明1の相違点1に係る構成に想到し得る,ということはできない。
(a) 乙1文献に記載された落石防止柵用金網については,金網を張設するワイヤー4,5を杭6に取り付けることが明記されており,杭6は図面上,木製のものとして示され,上下位置で張られたワイヤー4,5の杭6への取付が,一方の面にコ字状の釘で打ち付けることでなされていると認められる。この場合,仮に,金網が杭の6の谷側に設置されるものであるとすると,落石の衝撃でワイヤー4,5は簡単に杭6から離脱してしまうと考えられるため,乙1文献では,このワイヤ4,5及び金網が杭6の山側に張設されるものであることは明らかである。(乙第1号証) (b) 乙2文献に記載された落石防止金網は,杭1の上下端にワイヤーロープ5が懸架され,それに菱形金網6が張装されている。その第2図において,落石の衝撃が加えられる方向は,矢印b方向であるから,その第2図の記載からして,ワイヤーロープ5及び菱形金網6は杭1の山側に張設されるものであり,菱形金網6は杭1の谷側に設置されるとすると,落石の衝撃で簡単に杭1から離脱するものであることが明らかである(乙第2号証)。
(c) 乙3文献に記載された落石防止金網は,杭1の上下端へ鋼板2を介して取り付けたワイヤーロープ7に金網6を張装したものであり,落石の衝撃に対して直角になるように鋼板2を設置することでワイヤーロープ7に掛かる衝撃を緩衝するものである。この落石防止金網においても落石の方向は,第2図の矢印方向であるから,この第2図の記載からして,金網6及びワイヤーロープ7は杭1の山側に張設されるものであり,金網6が杭1の谷側に設置されるとすると,落石の衝撃で簡単に杭1から離脱するものであることが明らかである。(乙第3号証) (d) 乙4文献に記載された衝撃吸収柵は,支柱1の上下に水平ロープ2をスライドを許容した状態で懸架し,この上下の水平ロープ間にワイヤネット3を張設している。また,必要に応じて金網4がワイヤネット3に部分的に取り付けられて使用される。この衝撃吸収柵において,水平ロープ2は支柱1の中央に配置される。その図2に記載された地山の傾斜からして,ワイヤネット3は,支柱1の山側にあり,更にその山側に金網4が配置されるものであり,金網4が支柱1の谷側に設置されるとすると,落石の衝撃で簡単に支柱1から離脱するものであることが明らかである。(乙第4号証) (e) 以上によれば,乙1文献ないし乙4文献には,決定がいうところの「落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持するようにすること」(決定書10頁2段)は開示されているものの,いずれの刊行物においても,その網状体は,支柱の山側に張設されており,本件訂正発明1のもののように,「支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ」たロープに保持され,支柱列の谷側に張設されるものではないことが明らかである。すなわち,乙1ないし乙4文献には,網状体を支柱の上部と下部にのみ張り渡されたロープに保持する点からすれば,相違点1に係る本件訂正発明1の技術事項が示されているといえるものの,当該技術事項は,あくまでも,支柱の山側に網状体を設置するものであり,支柱の谷側に網状体を設置すれば網状体は落石の衝撃により簡単に支柱から離脱する,との構成であるから,本件訂正発明1の「前記支柱列全体に亘ってその谷側に張り巡らされ,支柱間において支柱の上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープである保持ロープによってその上下のみで保持された網状体が設けてあり」との構成,すなわち,網状体が支柱の谷側に設けられ,この網状体が落石を受け止め,本件明細書の図5に示されるように,網状体が谷側に張り出し,変形することによって,落石の衝突による運動エネルギーを吸収するとの構成とは,異質の技術であることが明らかである。
引用発明1の網体6とワイヤは,乙1文献ないし乙4文献に記載されたものとは異なり,支柱の谷側に設けられているものである。しかし,この引用発明1に,乙1ないし乙4文献に記載された,上下のロープにより支柱の山側に保持された網状体との構成を適用することには,そもそもその動機付けがない。また,仮に,引用発明1に,乙1文献ないし乙4文献記載の技術を適用したとしても,これらの技術が相違点1に係る本件訂正発明1の構成とは異質の技術であることは,上記のとおりである以上,本件訂正発明1の構成が得られるものではないことが明らかである。
(4) 刊行物3及び乙1ないし乙4文献からすれば,落石防止装置においては,支柱の山側に設置された網状体,あるいは,斜面の終端部に設置されるもので,支柱の谷側に設置されてはいるものの,下部の保持ロープが,支柱には支持されていないため,支柱と離れて設置されている網状体が公知の技術であり,特に前者の技術は周知の技術といってもよいことが認められる。しかし,支柱の谷側に,支柱によって支持された上下の保持ロープのみによって保持された網状体の存在は,本件全証拠によっても認めることができない。したがって,決定が,「落石を受け止める網状体を,その上部と下部にのみそれぞれ張り渡されたロープによってその上下で保持するようにすることは,刊行物3(第2頁第2〜13行及び第5,6図参照)にも記載されているように本件特許出願前に周知の事項にすぎない。」(決定書10頁2段)と認定した趣旨が,支柱の谷側に,支柱によって支持された上下の保持ロープによって保持される網状体も含めて,周知の事項である,ということであれば,誤りであることが明らかである。また,乙1ないし乙4文献のように,上下の保持ロープにより,支柱の山側に網状体を保持することが,周知の技術事項であると認定したのであれば,この認定は誤りではないものの,このような技術事項あるいは引用発明3を引用発明1に適用しようと考える動機付けはなく,また,引用発明1にこれらの技術を適用したとしても,本件訂正発明1の構成に至るものではないことは,上記のとおりである。
以上からすれば,決定の「本件訂正発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できた事項にすぎない。」との上記判断,及び,決定の「刊行物1記載の発明の網状体の保持態様にかえて上記周知の保持態様とすれば,意見書において本件訂正発明1の作用効果と主張する,網状体は落石の衝突により谷側に大きく張り出し落石による衝撃エネルギーを吸収することが可能となるという作用効果を奏すると考えられる。」(決定書10頁3段)とした判断が誤りであることは明らかである。
2 結語 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がある。そこで,原告の請求を認容することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 瀬順久