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関連審決 不服2021-1491
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事件 令和 3年 (行ケ) 10164号 審決取消請求事件

原告 ユナイテッド・プレシジョン ・テクノロジーズ株式会 社
同訴訟代理人弁理士 山内博明
被告特許庁長官
同 指定代理人濱野隆 岡田吉美 小島寛史 山田啓之 佐藤久則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/11/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2021−1491号事件について令和3年11月15日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
事案の概要
本件は、特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、進歩性欠如及びそれを理由とする独立特許要件違反(特許法17 条の2第6項、126条7項)の判断の誤りの有無並びに手続違背の有無である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は、発明の名称を「銅銀合金を用いた導電性部材、コンタクトピン及び装置」とする発明について、国際出願日を平成30年7月9日とする特許出願(特願2018-554604号(優先権主張 平成29年7月10日、日本国)。請求項の数は4。以下「本願」といい、本願の際に添付された明細書と図面を併せて「本願明細書」という。)をし、令和元年12月9日付け、令和2年3月19日付け及び同年8月19日付けでそれぞれ手続補正をした(いずれも特許請求の範囲のみを補正対象とするものであり、それらによる補正後の請求項の数は6となった。)が、同年10月22日付けで拒絶査定を受けた。(甲1、2、6、12、13) そこで、原告は、令和3年2月3日、同拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2021-1491号。以下「本件審判請求」といい、本件審判請求に係る審判手続を「本件審判手続」という。)をし、同日付けで手続補正(以下「本件補正」という。特許請求の範囲のみを補正対象とするものであり、本件補正後の請求項の数は5となった。)をした。(甲14、15) (2) 特許庁は、令和3年11月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月30日に原告に送達された。
2 本願に係る発明 (1) 本件補正前の本願の特許請求の範囲の請求項(令和2年8月19日付け手続補正書による補正の後の請求項)のうち請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。ただし、同請求項は令和元年12月9日付け手続補正書による補正の後は本件補正に至るまで補正されていない。)は、次のとおりである。(甲2) 【請求項1】 銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%であり、0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である銅銀合金体からなるコン タクトピン。
(2) 本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)は、次のとおりである。(甲15。下線部は、本件補正に係る補正部分である。) 【請求項1】 銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%であり、0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である、銅と銀のみからなる二元銅銀合金体からなるコンタクトピン。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件補正の内容について 本件補正は、請求項1において、本件補正前の「銅銀合金体」を「銅と銀のみからなる二元」の「銅銀合金体」に限定したものである。
そして、本件補正前の請求項1に記載された発明と、本件補正後の請求項1に記載される発明は、産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるので、
本件補正は、特許法17条の2第5項2号に規定する特許請求の範囲減縮を目的とするものに該当する。
(2) 独立特許要件について 本願補正発明が特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか否か(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否か)について検討する。
ア 甲8(国際公開第2016/159316号。本件審決における「引用文献1」)に記載された発明 甲8(引用文献1)には、次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「組成がCu85wt%、Ag10wt%、Ni5wt%である合金材料 [0038] ( 、
[表1])からなるコンタクトプローブ。 [0001]」 ( ) イ 甲16(特開2004-61265号公報。本件審決における「引用文献5」)に記載された発明等 (ア) 甲16(引用文献5)には、次の発明(以下「引用発明5」という。)が記載されていると認められる。
「金属の重量構成比がCu:Ag=95:5(【0040】)のCu-Ag合金からなるコンタクトプローブ(【0038】。
)」 (イ) 甲16(引用文献5)に記載された事項に例示されるように、
「コンタクトピンの材料として、銅銀二元合金を用いること。」は、周知の技術事項(以下「本件周知技術」という。)であると認められる。
技術常識 (ア) 甲17(特開2000-199042号公報。本件審決における「引用文献6」)に記載された事項に例示されるように、「Cuに対して、Agを含有する銅銀二元合金とすることにより、強度を高めること。 は、
技術常識(以下「技術常識A」という。)であると認められる。
(イ) 甲9(特開2016-142644号公報。本件審決における「引用文献2」)及び甲18(特開2010-286252号公報。本件審決における「引用文献7」)に記載された事項に例示されるように、
「集積回路の試験装置において、当接させるコンタクトプローブのオーバドライブ量を0.2mm程度、コンタクトプローブの荷重を4gf程度とすること。」は、技術常識(以下「技術常識B」という。)であると認められる。
(ウ) 甲19(特開2009-14480号公報。本件審決における「引用文献8」)に記載された事項に例示されるように、
「導電性を有する接触子自体の形状、厚さの調整によって、接触子がバネ性を有するようにすること。」は、技術常識(以下「技術常識C」という。)であると認められる。
エ 本願補正発明と引用発明1との対比及び判断 (ア) 対比 本願補正発明と引用発明1は、次の一致点で一致し、次の相違点で相違する。
(一致点) 銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%である、銅銀合金体からなるコンタクトピン。
(相違点1) 本願補正発明の合金体は「銅と銀のみからなる二元銅銀合金体」であるのに対し、
引用発明1の合金材料はNiを5wt%含むものである点。
(相違点2) 本願補正発明においては「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」とされているのに対し、引用発明1の変位量及び荷重は不明である点。
(本件審決14頁は、相違点2の内容の記載を欠くが、本件審決16頁及び18頁で相違点2と同一であると記載されている相違点3及び4の内容から、相違点2の内容は上記のとおりであると認められ、この点につき、当事者間に争いはない。) (イ) 判断 a 相違点1について 甲8(引用文献1)には、
「Cuに対する添加元素として銀(Ag)やニッケル(Ni)を添加することで、導電性、硬度、耐酸化性、スズ(Sn)耐食性の向上を図った。」との記載(段落[0017])があり、「Agは導電性・耐酸化性に優れており、
また、時効処理を行うことでCuに固溶していたAgが析出され硬度の上昇が期待できる。 同[0018]) NiはSn耐食性の向上 硬度上昇に効果がある。 同[0019]) 」 ( 、
「 ・ ( 」として、銅に対して銀を添加した場合の効果とニッケルを添加した場合の効果がそれぞれ別に記載されている。このことに、技術常識Aを踏まえると、銅に対して銀又はニッケルを添加することによる効果はそれぞれ独立したものであって、必ずしも銀及びニッケルを併せて添加する必要がないことは容易に理解し得る。
さらに、本件周知技術も考慮すると、引用発明1のコンタクトプローブを、Sn 耐食性が特に求められない検査対象(Snメッキ電極を使用しない回路など)へ用いる場合、ニッケルの添加を省略して「銅と銀のみからなる二元銅銀合金体」とすることは、当業者が容易に想到し得たものである。
b 相違点2について コンタクトピンにおいて、どの程度の荷重をかけたときに、どの程度変位するようにするかは、試験装置のサイズや試験対象の特性などから生じる制約に応じて適宜設定されるべき事項にすぎない。そして、技術常識B及びCを考慮すると、引用発明1において、コンタクトピンの形状などを調整して、荷重が4[gf]のときの変位量を0.2mm程度とすることは当業者が適宜なすべき設計事項にすぎず、
「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」という相違点2に係る事項は、格別なものではない。
c まとめ 以上のとおり、相違点1及び2は、格別のものではない。そして、本願補正発明の奏する作用効果には、引用発明1、本件周知技術及び技術常識A〜Cに基づいて予測される効果を超える格別顕著なものは認めることができない。
したがって、本願補正発明は、引用発明1、本件周知技術及び技術常識A〜Cに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
オ 本願補正発明と引用発明5との対比及び判断 (ア) 対比 本願補正発明と引用発明5は、次の一致点で一致し、次の相違点で相違する。
(一致点) 銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%である、銅と銀のみからなる二元銅銀合金体からなるコンタクトピン。
(相違点3) 本願補正発明においては「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」とされているのに対し、引用発明5の変位量及び荷重 は不明である点。
(イ) 判断 相違点3は前記エ(イ)bで検討した相違点2と同一であるから、同様の理由により、本願補正発明は、引用発明5、技術常識B及びCに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
カ 小括 以上検討のとおり、本願補正発明は、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。
よって、本件補正は、同法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するから、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
(3) 本願発明について ア 本願発明と引用発明1との対比 本願発明と引用発明1は、次の一致点において一致し、相違点において相違する。
(一致点) 銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%である、銅銀合金体からなるコンタクトピン。
(相違点4) 本願発明においては、
「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」とされているのに対し、引用発明1の変位量及び荷重は不明である点。
イ 判断 相違点4は前記(2)エ(イ)bで検討した相違点2と同一であるから、同様の理由により、本願発明は、引用発明1、技術常識B及びCに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
(4) むすび 以上検討のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
原告主張の取消事由
1 取消事由1(相違点の看過) (1) 引用発明1に係る後記(2)の点及び本願補正発明に係る後記(3)の点を踏まえると、本件審決は、本願補正発明と引用発明1の対比において、次の相違点を看過したというべきである。
「接触子が、本願補正発明では、ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える「一部品」から構成される「ピン」であるのに対し、引用発明1では、プランジャと、バレルと、バネとを備える「複数部品」、又は、プランジャと、バレル機能及び加圧機能を有するバネとを備える「複数部品」から構成される「プローブ」である点」 (2) 一般的なコンタクトプローブは、
「プランジャ」と「バレル」と「バネ」といった、複数部品を組み立てて構成される接触子のことをいう(甲21の1〜3)。もっとも、甲8(引用文献1)の[図3]においては、
「バレル」の機能を「コイルばね23」のうち「密着巻き部23a」に持たせることによって「バレル」を備えなくて済むようにした(段落[0029]参照)「バレル(パイプ部材) 、 」を備えていないタイプの半導体集積回路検査用のコンタクトプローブ2が例示されている一方で、
段落[0031]に「パイプ部材を備えるプローブ・・・でもよい」と明記されていることから明らかなとおり、引用発明1の「コンタクトプローブ」には、上記の一般的なものはもとより、それに限定されずに「バレル」を備えていないものも含まれる。
(3) 本願補正発明の「コンタクトピン」は、複数の部品から構成されるものではない。このことは、本願明細書の[図1]及び段落[0015]の記載から明らかであ る。なお、本願補正発明の「コンタクトピン」という用語については、
「コンタクト」が接触子であること及び「ピン」が針状をしたものであることは理解できるとしても、例えば、プランジャやバレルといった部品を含むものであるのか否かといったことは把握できず、その技術的意義を一義的に明確に理解することができないため、
本願明細書の記載を参酌することに問題はない。
(4) 以上の相違点の看過は、後記3の相違点2の判断の誤りを誘発しており、本件審決の結論に影響を及ぼす重大な誤りである。
(5) 被告の主張について ア 「コンタクトピン」の妥当な解釈に関して被告の指摘する事情は、いずれも、
「コンタクトピン」について、本願明細書の記載等を参酌してその意義を明らかにする必要があることを示すものにすぎない。なお、審査段階において、本願の特許請求の範囲の請求項1に「一部品」と記載することの動機付けとなる事項は示されておらず、審判段階では補正の機会すら与えられていなかった。また、請求項に「一部品」という記載があるか否かということと、
「一部品」を「複数部品」に置換した接触子を第三者が製造販売した場合に特許権侵害を構成するか否かということとは直接関係せず、一般に、第三者においては他人の特許権を侵害することのないよう、
特許請求の範囲のみならず、明細書の記載や図面を参酌したり、出願経過参酌したり、均等侵害の成否について検討したりして特許権の侵害可能性について判断するはずであるから、文言上「一部品」という限定がないことを理由に第三者の判断が困難になるものではない。
イ 引用発明1の「コンタクトプローブ」が「複数部品」から構成されていることの技術的意義は、それらの部品ごとに好適な材料を選定し得るということにある。
そのことは、例えば、引用発明1に係る特許出願人の一人である日本発条株式会社(日本発條株式会社。以下「日本発条」という。)による関連発明についての甲28(特開2007-178404号公報)の段落【0030】の記載からも読み取れる。
これに対し、本願補正発明の「コンタクトピン」が「一部品」から構成されていることの技術的意義は、
「複数物品」から構成されているとした場合に必要な構成部品間の物理面・電気面からの対策(物理面からの対策例としては、荷重が印加されたときに構成部品間が確実に接触状態となり、荷重が解放されたときに構成物品間が確実に非接触状態に戻るように設計すること、電気面からの対策例としては、複数の構成部品に不可避的に生じる製造ばらつきによって、構成部品間の接触面積が一定とならないインダクタンスの整合性を踏まえて電流経路を設計すること、がある。)が不要であること、が挙げられる。
被告が主張するように、本願補正発明の「コンタクトピン」と引用発明1の「コンタクトプローブ」がいずれも「電気的に接触させる細長い棒状の導電部材」であると理解した場合、上記の技術的意義の差異を看過することになるから、被告の主張は、引用発明1の「コンタクトプローブ」の意義を上位概念化して認定したことも含めて誤っている。
ウ 本願補正発明の進歩性は、引用発明1を出発点として判断すべきであるから、
甲8(引用文献1)の段落[0031]にいう「ワイヤープローブ」も、引用発明1を基準として判断すべきである。
同段落に記載されている「ワイヤを弓状に撓ませて荷重を得るワイヤープローブ」というような表現は、甲8に係る特許出願人の一人である日本発条が独自に用いているもので、同社を出願人とする明細書にしか現れておらず(甲29)、そのうち最古の特許公開公報である甲28にのみ、ワイヤープローブの具体的構成が開示されているところ、甲28の段落【0022】並びに【図1】及び【図2】を踏まえると、そこでの「ワイヤープローブ」は、「複数部品」によって構成されている。
したがって、引用発明1の「コンタクトプローブ」に乙18(特開2004-239667号公報)に示されているような「一部品」によって構成される「ワイヤープローブ」が含まれるという誤った解釈を前提とした被告の主張は、いずれも成り立たない。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り) (1) 相違点1に係る本願補正発明の課題は、導電率、強度に優れた材料を用いてコンタクトピンを製造、提供することであり(本願明細書の段落[0004] [0006]、
〜 )導電率や強度に特化していない元素が含まれることを明確に排除した、高導電率に特化した銅と高強度に特化した銀とからなる二元銅銀合金をコンタクトピンの材料として選定している。
これに対し、相違点1に係る引用発明1の課題は、被膜を有しないSn耐食性に優れた合金材料からなるコンタクトプローブを提供することであり(甲8の段落[0006]、銅に対して銀とともに所定の含有量で添加された場合にスズ(Sn)耐 )食性の向上・硬度上昇に効果があるニッケルを含む、銅銀ニッケル合金を選定している。
そうすると、両発明の相違点1に係る課題は異なっているから、本件周知技術の有無にかかわらず、引用発明1の「合金」を「銅銀ニッケル合金」に代えてニッケルの添加を省略した「二元銅銀合金」にしようとする動機付けはない。また、甲8の記載全体をみても、銅に対するニッケルの添加を省略しようとすることを動機付けるような記載も示唆もない。
(2) むしろ、相違点1に係る引用発明1の課題は、ニッケルを添加することによって被膜を有しないSn耐食性に優れた合金材料からなるコンタクトプローブを提供することにあるところ、ニッケルの添加を省略してしまうと、当該課題解決が実現できなくなる。そうすると、引用発明1における「銅銀ニッケル合金」からニッケルの添加を省略することには、阻害要因があるといえる。
(3) 本件審決は、ニッケルの添加を省略できる根拠として、
「Sn耐食性が特に求められない検査対象(Snメッキ電極を使用しない回路など)へ用いる場合」という前提条件を示したが、当該条件は、相違点1に係る引用発明1の課題から離れた恣意的なもので、事後的分析の思考によるものであるから、排除されるべきである。
(4) したがって、相違点1に係る本願補正発明の構成は、引用発明1に基づいて 容易想到なものではない。
(5) 被告の主張について ア 接触子を含む銅合金導電部材の要求特性は一意に定まるものではないこと (ア) 被告の主張は、銅合金導電部材を用いた電気・電子部品の全てが、すべからく高強度、高導電性を有するという趣旨であるかのようにうかがえる。
(イ) しかし、乙20(黒柳卓「電子材料としての銅および銅合金」軽金属Vol.37、No.4の313〜326頁、昭和62年)(315頁右欄の記載及び同頁左欄の図1)には、銅合金導電部材を用いた電気・電子部品の強度・導電性が、
「超低(LL)、
」「低(L)、
」「中」「高(H)、
、 」「超高(HH)」に分類できることが示されており、このことは銅合金導電部材を用いた電気・電子部品の全てが、すべからく高強度、高導電性を有しているわけではないことを前提としたものである。
(ウ) また、例えば、銅合金導電部材からなる自動車部品の「要求品質」 (被告がいう「要求特性」に相当する。)について、甲31(一般社団法人日本伸銅協会編「現場で生かす金属材料シリーズ 銅・銅合金」丸善出版株式会社、平成24年1月30日発行)の39頁)には、自動車部品のうち電気・電子部品ではない「キー」の「要求品質」には「強度」という記載がある一方、自動車部品のうち電気・電子部品である「リレー」「ヒューズ」「ランプ」「スイッチ」の「要求品質」には「強 、 、 、
度」という記載がなく、うち「ヒューズ」の「要求品質」に至っては「導電性」という記載すらない。
(エ) そうすると、銅合金導電部材を用いた電気・電子部品の強度・導電性は、高いものもあれば低いものもあり、電気・電子部品の用途などによって異なるものであって、一意に定まるものではないといえる。
これは、接触子にも当然に当てはまり、接触子の全てが高強度、高導電性を有しているわけではない。例えば、甲21の1(ウェブページ「コンタクトプローブの構造」https://以下省略)の「プローブの材質」の表に示されている銅合金には、
「ベリリウム銅」「リン青銅」「真鍮」があるところ、乙5(発表資料「高強度・ 、 、
高導電率銅合金の開発 低濃度のAg添加で世界一の強度 導電率バランスを実現」 ・独立行政法人物質・材料研究機構、平成17年12月5日)の図2によると、
「ベリリウム銅(Be-Cu)」は「高強度・中導電性」「リン青銅(Cu-Sn) 、 」は「低強度・高導電性」「真鍮(Cu-Zn) 、 」は「低強度・低導電性」にそれぞれ分類されると評価し得る。
したがって、銅合金導電部材を用いた接触子の強度・導電性も、高いものもあれば低いものもあり、接触子を用いて行う検査の対象などによって異なるものであって一意に定まるものではない。このことは、甲28の段落【0030】の記載にも符合する。
イ 本願補正発明の進歩性の判断に当たり一次・二次特性の分類を基準とすることができないこと (ア) 本願補正発明の進歩性は、引用発明1を出発点として判断すべきであるから、
その際に基準とすべきは、あくまで甲8(引用文献1)の記載事項であって、一次・二次特性の分類ではない。一次・二次特性の分類は、あくまで甲8の記載事項を基準とした上で、せいぜい技術常識に準じて多少考慮されるといった程度の事項にすぎない。
甲8において、課題を解決するためにニッケルの添加を必須としていることが記載されている一方で、銀及びニッケルのいずれについても代替材が開示されているわけでもなく、また、ニッケルの添加を省略することについての記載も示唆もない以上、引用発明1の銅銀ニッケル三元合金材料からニッケルを勝手に省略して、進歩性の判断をしてよいはずがない。
(イ) 仮に、被告の一次・二次特性に係る主張が妥当であるとしても、ニッケルは、
被告が一次特性に含まれるという「硬度」の向上にも寄与するもので(甲8の段落[0019]、しかもその硬度は銀の硬度よりも高いから(甲34(ウェブページ「金 )属及び合金の物性表(一例)」https://以下省略))、銅銀ニッケル三元合金からニッケルの添加を省略することは、被告が一次特性に含まれるという「硬度」を低下さ せることになる。したがって、被告の主張は、論理が一貫していない。
(ウ) また、耐食性は、銅・銅合金自体が腐食しにくい(錆びにくい)という一般的な特性である(乙21(甲31と同じ書籍の別の部分である。)の9頁参照)が、
甲8における「Sn耐食性」は、検査対象のSnがコンタクトプローブに付着し難いという、銅・銅合金自体の特性とは異なる特性である(甲8の段落[0003]、
[0036]等参照)。この点、耐食性に「Sn耐食性」が含まれ、耐食性に関することが「Sn耐食性」についても当てはまるといえることを支える証拠はない。そうすると、被告の「Sn耐食性」の理解には誤りがあり、それを前提に被告が述べていることも、
全て失当である。
(エ) 「コンタクトプローブ」の材料の選択設計の基本設計思想の認識として被告が主張する点も、技術常識Aを根拠として論理付けについての検討を省略するものであって誤っている。ニッケルの添加を省略しようとする動機がない以上、本件審決の判断に誤りがあるという結論に変わりはない。
ウ 甲8(引用文献1)の記載事項は「必ずしも銀及びニッケルを併せて添加する必要がない」という判断の理由にならないこと (ア) 次の表は、甲8の[表1]について、
「Ag」の添加量が「20wt%」であって他の組成(「Pd」等)を含まない実施例2、4及び5並びに比較例1の測定結果を、
「Ni添加量」に従って降順に並び替えるとともに、原告によるシミュレーション結果として、「Ni添加量」を更に減少させた場合に想定される「時効材硬度」等についての「換算値」を加えたものである。
「Ni添加量」が減少していくにつれて、甲8の段落[0019]に記載されているとおり、「時効材硬度」が低下する。そして、実施例4と比較例1との間には、「Ni添加量」が僅か[0.30wt%]減少しただけで、
時効材硬度」が大きく一気に減少していることがみてとれ、これらの間に「時効材硬度」のブレイクスルーがあることが分かる。
そして、原告によるシミュレーション結果によらずとも、仮に「比較例1」の「Ni」の添加を完全に省略してしまえば、その場合の「時効材硬度」は、「比較例1」の「時効材硬度」よりも更に低下する蓋然性が高いであろうことは十分にみてとれるが、原告によるシミュレーション結果によると、
「Ni添加量」 [0. を 10wt%]まで減少させると「時効材硬度」は[159Hv]にまで低下し、
「Ni添加量」を実質的にゼロまで減少させると 「時効材硬度」 ( に影響を及ぼす不可避的添加物が銅銀合金に残存することを考慮して、シミュレーションでは[0.05wt%]とした。)の「時効材硬度」は[145Hv]にまで低下する。
したがって、銀のみならずニッケルも併せて添加しなければ、「Sn耐食性」が「×」となるのみならず、被告が一次特性に含まれるという「硬度」も大きく低下してしまう蓋然性が高いといえる。
(イ) 被告は、甲8の段落[0003]の記載を踏まえると、引用発明1と本願補正発明との課題の間には共通点があると主張するが、いずれも接触子についての発明である以上、両発明の課題に何らかの共通点があることは当然である。また、それら に共通点があるか否かということは、ニッケルの添加を省略することができることの根拠にならない。
引用発明1の課題は、甲8の記載のとおり忠実に捉えるならば、高硬度、高導電性、Sn耐食性、耐酸化性という4つの特性を満足する、あくまで「被膜を有しないSn耐食性に優れた(Snが付着し難い)合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子を提供すること」であり(甲8の段落[0006]、他 )方で、本願補正発明の課題は、高硬度、高導電性の2つの特性を満足するコンタクトピンを提供することであり、Sn耐食性、耐酸化性という特性については不問である。両発明の課題には、共通点があるものの相違点があることに変わりはなく、
その相違点ゆえ、引用発明1の「合金」を「銅銀ニッケル合金」に代えてニッケルの添加を省略した「二元銅銀合金」にしようとする動機がないのである。
(ウ) 被告は、周知のSnメッキされていない電極を対象としたプローブとする際に、
「銀銅ニッケル合金」を「二元銀銅合金」に変更することには十分な動機があるというべきであるなどと主張するが、銅に対してニッケルを添加することは、引用発明1が課題とする前記4つの特性を満足するためには必須であり、ニッケルの添加を省略してしまうと、引用発明1の課題である高硬度・Sn耐食性という特性も有するコンタクトプローブを提供するという解決が実現できなくなる。
したがって、引用発明1の「合金」を「銅銀ニッケル合金」に代えてニッケルの添加を省略した「二元銅銀合金」に変更しようとすることには動機がないばかりでなく、そのような変更をすることには阻害要因がある。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り) (1) 技術常識Bの認定根拠である甲9(引用文献2)には、
「第1及び第2の弾性コイル122、124」の材料がいかなるものであるかについて開示が一切ないから、その材料については、当業者を基準として、甲9全体の記載や技術常識から合理的に解釈すべきところ、
「第1及び第2の弾性コイル122、124」の材料が特別なものであること、ましてや、本願補正発明のような特定の二元銅銀合金又はそ の導電率と同程度以上の導電率を有するものであることを甲9から読み取ることはできない。そうすると、その材料は、ピアノ線、SUS(ステンレス鋼) NAS 、 (ステンレス鋼)など、バネの材料として一般的なもの(甲21の1)であると解釈するのが合理的である。
本願補正発明に係るコンタクトピンの材料は、導電率と強度との双方が高い二元銅銀合金であるが、ピアノ線等は、本願補正発明に係る二元銅銀合金と対比すると、
導電率が著しく低い。例えば、本願明細書の段落[0046]に記載された図4に示す評価結果が前提としている条件(銅に対する銀の添加量が6wt%・二元銅銀合金体の厚さが0.2[mm])の場合、二元銅銀合金体の導電率が「73.5%IACS」である(本願明細書の[表1])である一方、ピアノ線の導電率は「9.5%IACS」しかない。SUSやNASの導電率は、それらの種類が豊富であるため一意に定まるものではないが、一般によく用いられるSUS304の導電率は「2%IACS」ないし「2.3%IACS」であって(甲22、23)、ピアノ線の導電率よりもっと低い。一般に、ピアノ線などのように導電率が低い材料をバネに用いるということは、バネを電流経路として機能させたくないということを意味し、このことは、甲8の段落[0029]の記載から理解される、加圧部分である「粗巻き部23b」を電流経路として機能させたくないということとも符合する。
(2) 技術常識Cの認定根拠である甲19(引用文献8)には、
「たとえば、接触子2は、ニッケル系銅合金等の銅系金属の薄板で形成されている。 という記載がある 」(甲19の段落【0021】。
) 上記記載において典型例とされている「ニッケル系銅合金」に含まれるニッケルの導電率は、
「23.8%IACS」しかなく、銅の導電率(100%IACS)や銀の導電率(106.4%IACS)に比して圧倒的に低い(甲23)。したがって、
「ニッケル系銅合金」が高導電率である「銀」を採用した「ニッケル銀銅合金」であるとしても、その導電率は、ニッケルが含有されている分だけ、本願補正発明のものに比して低くなる。
これに対し、
「銅系金属」という用語は、抽象的なものであるため、それにニッケルを有しない「二元銅銀合金」が含まれる余地はある。しかし、甲19に記載された発明は、
「電気接触子を精度良く配置する」ために「電気接触子が遊びのある状態で配置される配置孔が複数形成される配置部材を備える」といった、接触子の材料やその導電率などとは全く異なる技術事項に着目した発明であるから(甲19の段落【0007】及び【0008】、甲19の記載から、接触子2の材料が特別なも )のであること、ましてや、本願補正発明のような特定の二元銅銀合金又はその導電率と同程度以上の導電率を有するものであることを読み取ることはできない。
(3) 前記(1)の技術常識Bにおける導電率の低さを補う技術事項は、前記(2)のとおり技術常識Cを考慮しても見出せないから、結局、引用発明1に技術常識B及びCを考慮しても、相違点2に係る本願補正発明の構成には到達できない。したがって、当該構成が引用文献1に基づいて容易想到であるとはいえない。
(4) 被告の主張について 技術常識Bに基づいて、
「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」であるものを製造できる可能性を想定でき、さらに、技術常識Cに基づいて、
「接触子自体の形状、厚さの調整によって接触子がバネ性を有するようにすること」も想定できたとしても、そのことと、甲8(引用文献1)に接した当業者が、甲8の記載事項を出発点として、引用発明1において銅銀二元合金を採用した上で、さらに「形状、厚さの調整」をして「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」とする構成に容易に想到することができたかどうかは別問題であり、被告の主張は甲8の具体的な記載事項を踏まえたものではない。
4 取消事由4(手続の違背) (1) 甲16(引用文献5)は、令和2年1月14日に起案された拒絶理由通知書(甲3)、同年6月22日に起案された拒絶理由通知書(甲7)及び同年10月22日に起案された拒絶査定(甲13)のいずれにおいても示されていなかった。
しかるに、本件審決は、甲16の段落【0040】及び【0038】の記載に基づいて引用発明5を認定し、これを主引用発明として容易想到性の判断をし、原告に意見を述べる機会を与えることなく、進歩性が欠如しているとの判断をした。
なお、原告は、令和2年8月19日付け意見書(甲11)において、引用発明1は銅銀ニッケル合金というニッケルを含むもので、そうである以上、導電率(電気導電度)が2倍以上も異なり、引用発明1から出発しても本願補正発明に到達しないことを述べ、さらに、令和3年2月3日付け手続補正書(甲15)にて、ニッケルを含む合金が特許請求の範囲から明確に排除されるように「銅銀合金体」という用語を「二元銅銀合金体」と変更した上で、同手続補正書と同時に提出した審判請求書(甲14)において、本願補正発明が引用発明1等に基づいて容易想到ではない旨を改めて主張していたところである。
(2) 甲16(引用文献5)は、拒絶査定の理由とされず、本件審判手続において原告に示されなかったものであるにもかかわらず、本願補正発明を引用発明5と対比することにつき意見書を提出する機会を原告に与えることなくされた本件審決には、特許法159条2項で準用する同法50条に違反したという手続の違背があり、
これは本件審決の結論に影響を及ぼす重大なものである。
(3) 被告の主張について ア 被告は、甲8(引用文献1)を主引用文献とする独立特許要件の判断を述べた後に、甲16(引用文献5)を主引用文献として本願補正発明の容易想到性についても併せて言及したのは、本願の第1世代分割出願が存在するという事情などに鑑み、原告の便宜を考慮してのことであると主張する。しかし、被告の論理によると、仮に第1世代分割出願をしていなかったとしたら、本件審判手続にて拒絶理由が通知され、補正の機会が得られていたということになるが、そのような主張は容認できるものではない。仮に、そのようなことがまかり通るのであれば、典型的には、審査段階で拒絶理由が発見されない請求項と発見された請求項とが混在する拒絶理由が通知された場合に、手続面及び費用面の負担をかけて、拒絶理由が発見さ れない請求項に係る発明について早期に特許査定を得ようとして分割出願をしたときは、その結果、残りの拒絶理由が発見された請求項に係る発明については審判段階で拒絶理由が示されないことになり、更に手続面及び費用面の負担をかけて審決取消訴訟を提起せざるを得ないという状況が生じる。
本件では、@拒絶査定(甲13)で示された「出願人の主張1」を採用できない理由については、特許請求の範囲の請求項1の「銅銀合金」という記載を「二元銅銀合金」という記載ぶりに補正すれば解消すると客観的にみて十分に考えられたこと、A上記拒絶査定で示された「出願人の主張2」を採用できない理由は、原告が意見書(甲11)にて主張した初歩的な技術的事項(導電率の高低と優劣との関係)を審査官が把握できず(甲13) そのことに反論して更に審査を遅延させることは 、
得策でない一方で、上記補正によって「出願人の主張1」が採用されて拒絶理由が覆ると客観的にみて十分に考えられたこと、B進歩性欠如の本件審決の論理(銅銀ニッケル三元銅銀合金から銅銀二元銅銀合金とすることが容易であること)は、審査段階において示されたものとは全く異なることといった事実関係がある。これらの事情に鑑みると、本件補正につき、拒絶理由を通知することなく、甲16(引用文献5)について反論の機会を与えずに本件審決をしたことについては、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして、適正手続違反があるとせざるを得ない。
イ なお、原告の便宜のために甲16に基づく進歩性欠如の無効理由を示したという被告の主張は、全くもって的外れである。令和3年4月15日提出の第1世代分割出願の手続補正書(乙10)に記載された請求項1は、第1世代分割出願の上申書(甲35)に明記しているとおり、本件審決の送達日である令和3年11月30日よりも1年3か月も前である令和2年8月19日提出の手続補正書(甲12)に記載したとおりの内容であって、自発補正の必要はなく、実際に自発補正をしていない。
ウ また、被告は、第1世代分割出願に基づいて更に第2世代分割出願を行った りする際の一助となるであろうとの考えの下、原告の便宜を図る趣旨から、本件審決において甲16(引用文献5)を示したものであると主張するが、第2世代分割出願に対して、審査官が甲16を主引用文献として審査することは保証されておらず、実際にも、第2世代分割出願の請求項1は、甲16に係る「合金」の差別化を意図した内容とはなっていない。
5 取消事由5(引用発明5の認定の誤り) (1) 「合金」という用語の普通の意味は、
「ある金属に他の金属や非金属を溶かし合わせたもの。」と説明されている(甲24)。本願明細書の段落[0021]には、
「…銅と銀とを十分に溶解させることによって銅銀合金を鋳造する。」という記載があり、「合金」という用語が上記の普通の意味で使用されていることが分かる。
(2) これに対し、甲16(引用文献5)の「実施の形態5」に記載されている「合金」は、めっきによって形成された成膜(金属層)のことを意味すると解され、そうでなくとも本願補正発明の「合金」とは異なるものである。
すなわち、甲16の段落【0039】の記載から、引用発明5は電鋳によってコンタクトプローブを製造していることが分かる。電鋳とは、電気鋳造の略語であり、
「電気めっきを応用して、原型と同じ形状を複製する方法。」のことをいい(甲25)、電鋳によって形成された成膜は、「合金」の上記の普通の意味のように「…溶かし合わせたもの」ではない。
また、純銅に対していかなる元素(不純物)を添加して銅合金を製造した場合であっても、その銅合金の導電率は純銅のものに比して低いことが知られている(甲26、27)ところ、引用発明5において、銅と銀との構成比は95wt%:5wt%であるから、引用発明5のものが上記の普通の意味での「合金」であるとすれば、その導電率が100%IACSを超えることはない。しかるに、甲16の段落【0040】には、
「こうして得たコンタクトプローブの材料となっている金属の…電気抵抗率ρは1.7×10-8Ω・mであった。」という記載があり、この電気抵抗率を導電率に換算すると約101%IACSであって純銅の導電率もよりも高くな る(当該電気抵抗率と当該導電率との間には、
「当該導電率σが、純銅の電気抵抗率ρcを当該金属電気の抵抗率ρで除して100倍したものと等しい[σ=ρc/ρ×100]」という関係が成り立つ。純銅の電気抵抗率ρは「1.72×10 -8Ω・m」であるから、当該導電率は、
[純銅の電気抵抗率1.72×10 -8Ω・m] [当 /該金属電気の抵抗率1.7×10-8Ω・m]×100≒101.42%IACSである。。したがって、このことからも、引用発明5の「実施の形態5」における用 )語「合金」が、上記の普通の意味のものでないことが分かる。
(3) 以上のように、引用発明5における「合金」は、少なくとも本願補正発明における「合金」とは異なるものであるから、本件審決の引用発明5の認定には誤りがある。
(4) 被告の主張について ア 重要なことは、本願補正発明と引用発明5における「合金」の技術的意義が、
同じ基準をもって対比した場合に同一であるか否かであり、その基準を国語辞書の意味とすべきか、学術用語の意味とすべきかといった議論に実益はない。学術用語としての意味を基準としても、導電性・強度に相違があることから、両発明に係る「合金」の技術的意義は異なっており、このことを相違点として認定すべきである。
イ 導電率についての被告の主張も、本質的なことではなく議論の実益がない。
被告の計算による「98.526%IACS」を引用発明5の導電率として認定したとしても、それは、本願補正発明に係る最大導電率「86%IACS」 (本願明細書の[表1]参照)に比して非常に高い。そうすると、一般に合金において導電率と強度とがトレードオフの関係にあることからすると、引用発明5に係る硬度は本願補正発明に係る硬度に比して非常に低いということになる。そのため、相対的な視点によると、本願補正発明の接触子を「高導電率・高強度」と評価するならば、
引用発明5の接触子は「超高導電率・超低強度」のように評価し得るもので、導電率・強度のいずれもバランスよく「高」にしようとする本願補正発明と、導電率を「超高」とし硬度を「超低」にしようとする引用発明5とでは、技術思想がまるで 異なるといえる。
また、被告は、銅に対する銀の添加量以外に限定がないことや合金の組織構造がどのようなものであるかについて何ら特定されていないことなどを指摘するが、そのような点は、本願明細書と甲16とにおける記載を参酌して、本願補正発明と引用発明5とにおける「合金」という用語の技術的意義を明らかにした上で、技術的に意味のある解釈をするか否かということとは無関係である。
6 取消事由6(相違点3の判断の誤り) 相違点3が相違点2と同一であるならば、前記3と同様の理由により、相違点3の判断も誤っていることになるから、本件審決は取り消されるべきである。
被告の主張
1 取消事由1(相違点の看過)について (1) 相違点の看過がないこと ア 適切な「コンタクトピン」の解釈に基づくと相違点の看過はないこと (ア) 「コンタクトピン」の妥当な解釈 次のa〜dの点を踏まえると、
「コンタクトピン」は、それが一物品で構成されるものであるか、複数物品で構成されるものであるかとは無関係に、
「電気的に接触させる細長い棒状の導電部材」と理解すれば足りるというべきである。
a 本願明細書には、
「コンタクトピン」という用語を定義した記載はなく、ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える「一部品」から構成されるピン以外のものを排除するような記載もない。
b 乙13(財団法人日本規格協会編「JIS工業用語大辞典【第5版】 、平成 」13年3月30日発行)によると、「コンタクト」という用語には、「取り外し可能な電気回路の接合点に使用し、電流を流すもの。、
」「形状が板状、棒状及びパイプ状のもので(シェル部分を除く)、電気的に接触する金属部分(従来の接触子及び接触片などの総称)」「コネクタを接合したとき相互に電気的な接続をするための接触 。、
子。、
」「接点(電気回路の接続又は開閉する機能をもつ電気的接点。」などの意味が ) あり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載も参酌すると、
「コンタクトピン」における「コンタクト」は、物理的な「接触」ではなく、
「電気的接触をする」ことの意味を表すことが明らかである。
そして、同じく乙13によると、「ピン」には、「電極と外部回路との電気的接続を行うための金属製の細い棒。」の意味がある。
したがって、「コンタクトピン」が「電気的に接触させる細長い棒状の導電部材」の意味であることは、用語自体の意味から明らかである。なお、
「コンタクト」が電気的な接触を意味することを理解するためには明細書等の記載を参酌する必要があるものの、それ以上に明細書等の記載を参酌しなければ理解できないほどの不明確性はない。
c 二つの接触子を含む複数物品で構成されるものも「コンタクトピン」と称呼する例が多数ある(例えば、乙14(国際公開2014/156531)の段落[0025]及び[図1A] [図4] 乙15 〜 、 (特開2015-175844号公報)の段落【0011】並びに【図2A】及び【図2B】、乙16(特開2017-102073号公報)の段落【0039】及び【図4】、乙17(特開2004-152495号公報)の段落【0035】及び【図3】など)。
したがって、本願補正発明の「コンタクトピン」について、
「一部品」から構成されるものに限定して解する理由はなく、ましてや、ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える「一部品」から構成されるピンというように実施例に限定して解釈する理由もない。
d 「ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える『一部品』から構成されるピン」として請求項に記載することにより、そのような意味であることを明確にすることは、出願人において可能であった。実際、本願の第2世代分割出願は、本件審決の謄本送達後に「銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜10wt%であり、銅内に銀が析出された二元銅銀合金からなるコンタクトピンであって、ばね部、基部、上側コンタクト及び下側コンタクトを備える一部品から構 成されるコンタクトピン。」と補正されている(乙11)。
他方、
「コンタクトピン」と請求項に記載するだけで、明細書の参酌により「ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える『一部品』から構成されるピン」を意味するとみる場合、第三者においてはそのように理解することが困難で、そのように限定解釈することが確実であるとは評価できないから、当該製品の開発を行ったり、当該製品の市場に参入しようとする第三者に萎縮効果を与えかねず、不確実性に起因する不利益を与えてしまう。
(イ) 相違点の看過がないこと 甲8(引用文献1)の段落[0001]及び[0003]の記載から、引用発明1の「コンタクトプローブ」は、電気的に接触させる細長い棒状の導電部材であることが読み取れる。したがって、前記(ア)の「コンタクトピン」の解釈に基づくと、引用発明1と本願補正発明が「コンタクトピン」の点において一致するとした本件審決に誤りはない。
イ 原告の「コンタクトピン」の解釈に従っても相違点の看過はないこと (ア) 甲8(引用文献1)の段落[0025][0027]及び[0031]の記載によると、

引用発明1の「コンタクトプローブ」は、プランジャとコイルばねとで構成されるものに限らず、合金材料を用いて形成されたワイヤを弓状に撓ませて荷重を得るワイヤープローブでもよいとされている。そのようなワイヤープローブとしては、例えば、乙18の【図4】や【図6】に図示されたようなものが典型例である。
上記のワイヤープローブは、引用発明1の「コンタクトプローブ」に含まれるものであるところ、仮に、本願補正発明の「コンタクトピン」が、
「ばね部と、基部と、
上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える『一部品』から構成されるピン」であると仮定しても、ワイヤープローブのワイヤー中間部8は、弾性変形して撓み部8aや湾曲部9を生じるから、本願補正発明の「コンタクトピン」の具体的構造である「ばね部」に対応し、ワイヤー先端部6a及びワイヤー後端部7aが、本願補正発明の「コンタクトピン」の具体的構造である「上側コンタクト及び下側コンタ クト」に対応し、前保持部3及び後保持部4に保持されたワイヤー先部6及びワイヤー後部7が、本願補正発明の「コンタクトピン」の具体的構造である「基部」に対応する。
したがって、原告が主張するような相違点は生じない (イ) 原告は、上記のワイヤープローブに「一部品」によって構成されるものは含まれない旨を主張するが、乙36(特開2007-78371号公報。日本発条の公開特許公報である。)の段落【0011】【0022】【0028】【0036】 、 、 、 、
【0037】【図6】【図8】【図9】等では、
、 、 、 「一部品」によって構成されたワイヤープローブが開示されており、乙37(特開2001-337109号公報。乙36における先行特許文献である。)の【図1】等及び乙38(特開2001-50982号公報)の【図3】等にも「一部品」によって構成されたものが開示されており、原告の上記主張は失当である。
(2) 相違点2の判断において実質的に判断されていること ア 原告は「ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える『一部品』から構成されるピン」であると限定して解釈するところ、そのような限定解釈のうち、
「コンタクトピン」に「ばね性を有する部分」が含まれている点については、相違点2の判断において実質的に判断されている。本件審決が技術常識Cを認定して相違点2の容易想到性を判断していることからして、「コンタクトピン」に「ばね性を有する部分」が含まれている点について本件審決の判断に実質的な相違点の看過がないことは明らかである。
イ また、仮に、原告の主張する「コンタクトピン」の解釈が正しいとしても、
「ばね部と、基部と、上側コンタクト及び下側コンタクトとを備える『一部品』から構成されるピン」である点については、相違点2の判断において、技術常識B及びCを参照する際に実質的に判断されている。本件審決で指摘された甲19(引用文献8)の【図10】に例示された接触子の具体的構造をみると、上記の点が格別のものでないことは、当業者にとって自明であり、本件審決の説示内容から、上記 の点が容易想到であることは理解できる。したがって、結局、相違点の実質的看過はなく、本件審決に取り消すべき違法はない。
2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 銅合金導電部材の設計における基本的な考え方 ア 銅合金導電部材の要求特性 引用発明1の「コンタクトプローブ」は、銅を主成分とした合金材料からなる導電部材である。銅合金の導電部材は、高強度、高導電性を有し、リードフレームやコンタクト部品として電気・電子部品に広く使用されているところ、銅合金の物理的性質(電気的性質、磁気的性質)、機械的性質、化学的性質に対応して、銅合金の導電部材の特性も、技術開発の進歩に伴い様々なものが要求されている(乙19(黒柳卓「銅・銅合金」金属表面技術Vol.31、No.8の432〜444頁、昭和55年)。
) イ 一次特性と二次特性 (ア) 様々な要求特性を考慮しながら銅合金の導電部材を設計する場合の考え方を整理したもので、当然に技術者の念頭にある考え方として、材料の「一次特性」と「二次特性」という要求特性についての分類が広く知られている(乙20)。次のような一次特性及び二次特性という分類法は、電気・電子部品用銅合金材料全般に通用する考え方である(乙22(特開2010-248593号公報)の段落【0002】、乙23(特開2000-12762号公報)の段落【0006】参照)。
a 一次特性 設計に一義的に必要な物理的な性質(物性値)と機械的性質に関するもの。
b 二次特性 信頼性に関するもので、表面性状、物理化学的現象など。
(イ) 一次特性の具体例としては、物性値としての電気伝導度や、機械的性質としての引張り強さ、硬さ等が挙げられ、二次特性の具体例としては、耐食性が挙げられる(次の乙20の表8及び表10)。
【乙20の表8及び表10】 ウ 一次特性と合金材料の選択設計の基本的な考え方 (ア) 一次特性は、銅合金の導電部材の設計に「一義的に必要な」特性であるから、
技術者が合金材料の選択設計段階において考慮すべき要求特性のうち最も優先度が高いものであり、一次特性を全く考慮せずに銅合金の導電部材を設計することはあり得ない。
(イ) 他方、二次特性は、導電部材の信頼性に関するものであり、用途に合わせて考慮される特性であるから、設計に際して一次特性に優先することはないものの、
二次特性と一次特性の間にトレードオフの関係がある場合には、二次特性を向上させるために一次特性の仕様水準を下げることはある。しかし、二次特性が問題とならない用途においては、一次特性を犠牲にしてまで、二次特性を追求するような部材の材料の選択設計は行わない。
すなわち、銅合金の導電部材を設計する場面では、一次特性を満たす土台となるべき基本設計をまず行い、必要に応じて、その後、用途に応じて、一次特性(合金にすると一般に導電性は低下するため、一次特性のうち特に導電性)の低下が許容限度内に収まるように二次特性の工夫を施すという設計アプローチが採用されるのが通常である。
(ウ) 二次特性を考慮して設計された合金に接した技術者は、前記(ア)及び(イ)の基本的な考え方を踏まえて当該合金材料の設計思想を認識するから、二次特性の工夫を施す前の、一次特性を中心に考慮されたベース合金を念頭において、当該合金材料の設計思想を認識するといえる。
(エ) 以上のような一次特性と二次特性という分類法に基づいた選択設計について、その考え方の本質は技術者に広く共有された技術常識であり、当業者ならばこの考え方に基づいた合金材料の設計思想を認識するといえる。例えば、乙39(増子昇「小特集:腐食・防食 T.金属材料と腐食」電気学会雑誌102巻7号の567〜570頁、昭和57年7月)の記載からも、金属材料の使用技術において、
「材料選択の第一原理」は、価格又は強度(あるいは他の目的機能)であり、腐食 の問題は、重要性としては「絶えず二番目」に位置付けられることが読みとれる。
このうち価格は技術的要素ではなく、金属材料の要求特性(技術的要素)に絞ると、
銅合金導電部材のように導電性を目的機能とする場合の「材料選択の第一原理」は、
強度と導電性であって、腐食は、材料選択の場面で「二番目」に考慮される要素にすぎないことになる。
「材料選択の第一原理」とは、材料の選択設計段階において考慮すべき要求特性のうち最も優先度が高いものであることを意味するから、技術的要素に絞ると「一次特性」とほぼ同義であるということができ、腐食が「絶えず二番目」に重要な問題とされるということは、耐食性という二次特性が、電気伝導度や硬さという一次特性に優先することはないことを意味している。
(2) 銅合金の要求特性と添加元素の対応関係 銅合金は、要求される性質(要求特性)を満たすために種々の元素が添加されたものであるが、各特性を向上させるのにどのような元素が有効かについて、その対応関係が概ね知られていることは、技術常識である(次の乙19の図1。乙21の10頁も参照)。
【乙19の図1】 この点、銅合金として、「高導電・強度向上」(比較的高い導電性を維持しつつ強度を向上する)のためには、Ag、Zn、Cdを添加元素として加えればよく、
「耐食性向上」のためには、Ni、Fe、Al、Mgを添加元素として加えればよい。
実際、
「高導電・高強度」の導電材料のためにAgをCuの添加元素とした例として、甲17(引用文献6)がある。また、単体として銀と銅は、それぞれ導電率が1位と2位の金属であることもあり(乙1、乙20の8頁、甲23参照)、乙1〜6にも開示されているように、高強度かつ高導電性のCu-Ag二元合金は、導電材料として極めて周知のものである。
(3) 甲8(引用文献1)の「コンタクトプローブ」について ア 要求特性 前記の一次特性及び二次特性という考え方に即して、甲8の「コンタクトプローブ」の要求特性について検討するに、甲8の段落[0003]には、
「コンタクトプローブに用いられる材料には、繰り返し接触しても磨耗しづらい検査対象に比して高い硬度や、高い導電性や耐食性、良好な耐酸化性が要求される。」と記載されている。
ここで、
「高い硬度」及び「高い導電性」という要求特性は一次特性に分類され、
「耐食性」及び「耐酸化性」という要求特性は二次特性に分類されるから、上記記載において、硬度、導電性、耐食性、耐酸化性の4つの特性がコンタクトプローブの要求特性として順に並べて記載されていても、一次特性及び二次特性という分類法を熟知している通常の技術者(当業者)がこれを読めば、その意味するところは明白であって、前二者(硬度、導電性)は、コンタクトプローブの設計開発における最優先特性であるが、後二者(耐食性、耐酸化性)は、特定の用途に関連した要求特性であって、前二者の特性をベースとして、後二者の特性を考慮して材料設計されたことを認識できる。
そうすると、上記記載事項に接した当業者は、高導電性と高硬度という最優先の二大特性が最低限満たされたベース合金材料によるコンタクトプローブを意識するはずである。
イ 要求特性と添加元素の対応関係 前記(2)の要求特性と添加元素の対応関係についての技術常識も考慮しつつ、甲8の「コンタクトプローブ」の添加元素について検討するに、@添加元素について、
甲8の段落[0017]〜[0019]及び[0023]の記載を踏まえる一方で、A添加元素の導電率への影響について、銅に元素を添加すると、通常電気抵抗は上昇し、導電性は低下することが技術常識として知られている(乙19の図4。甲26も参照)とともに、銅に銀を添加した場合と銅にニッケルを添加した場合とでは、後者の方が電気抵抗の増大が大きくなり、導電性の低下が大きくなり、前者は、導電性の低下をあまり生じないことも技術常識として知られていることを基にすると、甲8の「コンタクトプローブ」材料については、一次特性及び二次特性の観点から次のとおり整理することができる。
ウ 「コンタクトプローブ」の材料の選択設計の基本設計思想の認識 (ア) Cu-Ag二元合金が基礎であること 前記アの要求特性(導電性、硬度、耐酸化性、Sn耐食性)のうち、導電性及び硬度は、一次特性であり、甲8の記載事項に接した当業者であれば、導電性と硬度という最優先の二大特性が最低限満たされたベース合金のコンタクトプローブも意識するはずである。
そうすると、前記イの表から明らかなように、Cu-Niの二元合金は一次特性の導電性において劣後するから、甲8の「コンタクトプローブ」は、Cu-Agの 二元合金を基礎としているもので、甲8の記載事項に接した当業者であれば、Cu-Agの二元合金が「コンタクトプローブ」の材料の選択設計のベースにあることを読み取ることができる。
(イ) 技術常識Aによる裏付け 前記(ア)は、技術常識Aを示す文献である甲17(引用文献6)に、高強度かつ高導電性のCu-Ag二元合金導体が開示されていることからも裏付けられる。甲17は、高強度かつ高導電性という一次特性を満たすためにはCu-Ag二元合金導体をベースに設計するのが当然であることを示しており、当該技術常識を有している技術者は、前記(ア)のとおり認識するものである。
(4) 原告の主張に対する反論 ア 課題の相違について 原告は、相違点1に係る本願補正発明の課題と引用発明1の課題が異なる旨主張するが、原告の主張は、甲8の段落[0003]の記載を無視したものであり、引用発明1の課題を正しく認定していない。前記(3)アのとおり、同段落の記載について、
「高い硬度」及び「高い導電性」は一次特性に分類され、
「耐食性」及び「耐酸化性」は二次特性に分類されるから、前二者(硬度、導電性)は、コンタクトプローブの設計における最優先特性であって、後二者(耐食性、耐酸化性)を検討する際の前提となるものである。それゆえ、引用発明1の課題は、高い硬度及び高い導電性を備えることを大前提とし、その上でさらに被膜を有しないSn耐食性に優れた合金材料からなるコンタクトプローブを提供することであると認定すべきである。
そうすると、相違点1に係る本願補正発明の課題と引用発明1の課題は、少なくとも導電率、強度に優れた材料を用いてコンタクトピンを提供するという点で共通するものであるといえる。
イ 動機付け及び阻害要因について 前記(3)ウのとおり、技術常識Aなどの技術常識を認識した技術者が甲8の記載事項に接した場合、
「Cu-Agの二元合金」がコンタクトプローブの材料の選択設 計のベース合金になっていることを読み取ることができる。
そして、半導体ウエハ上に構成された集積回路の電極パッドには、アルミパッドや金パッドなど、Snメッキされていない電極があり、検査対象である電極の材料に応じて、プローブピンの材料も使い分けることは、技術常識である(例えば、乙25(特開2005-233967号)の段落【0005】【0011】【002 、 、
1】及び【0024】、乙26(特開2002-270654号)の段落【0005】参照。それゆえ、本件審決にいう「Sn耐食性が特に求められない検査対象(Snメッキ電極を使用しない回路など)へ用いる場合」とは、ごくありふれた場合を指すものであって、特別な前提条件ではなく、恣意的なものや事後分析の思考によるものでもない。。
) そうすると、上記基本骨格をベースとして二次特性(Sn耐食性)を付加すると、
一次特性(特に高い導電性)が犠牲になることは、当業者が当然に理解できることであるから、上記周知のSnメッキされていない電極を対象としたプローブとする際に、Cu-Ag-Ni三元合金を用いる必要がなく、導電率が1位と2位の金属元素の合金であるCu-Ag二元合金に変更することには、十分な動機があるというべきである。逆にいうと、銅銀二元合金は、高い導電性及び高い強度の合金材料として技術常識である以上、それに想到することに阻害要因はない。
相違点1に係る原告の主張は、銅銀二元合金は高い導電性と高強度の合金材料であるという技術常識A、Snメッキされていない電極が検査対象としてありふれたものであること等の技術者が当然に有している基礎知識ともいうべき技術常識を踏まえず、さらに銅合金導電部材の技術者が設計の場面で常に意識する一次特性(高硬度及び高導電性)と二次特性(Sn耐食性)という概念を区別せずに論じたもので、技術常識を無視して甲8に記載された事項を表面的に捉え、かつ、当業者の技術理解能力・推論能力を過小評価した主張にすぎない。
ウ Sn耐食性が二次特性に分類されることについて 甲8(引用文献1)における「Sn耐食性」とは、プローブの構成金属元素とS nの間の「合金化」が生じてSnがプローブに付着した後にコンタクトプローブ表面におけるSnの「酸化」が生じることがないような性質を意味するところ、プローブの構成金属元素とSnの間の「合金化」が生じないような性質は、Snがコンタクトプローブの表面に付着することにより生じる物理化学的相互作用に抵抗する能力であるといえるから、この性質は耐食性に属するもので、
「Sn耐食性」は耐食性、少なくとも乙20の表10の分類で考えると「J.耐食性、その他」の概念に含まれる(後記(ア))。また、このような合金化を経て酸化が生じることのないような性質は、プローブの「表面性状や物理化学的現象」に関するものであるから、Sn耐食性が二次特性に分類されることは明らかである(後記(イ))。
(ア) 「Sn耐食性」が耐食性の概念に含まれること a 甲8の段落[0003]の記載から、甲8にいう「Sn耐食性」とは、コンタクトプローブ表面にSnメッキが付着し、抵抗値の変動が起きてしまうことがないような性質を意味しているといえる。
この点、甲8には、プローブ表面にSnメッキが付着すると、なぜ抵抗値の変動が起きてしまうのかについての仕組みの説明はされていないが、乙40(特開2009-258100号公報)の段落【0005】及び【0006】の記載によると、
プローブの構成金属元素とSnの間の「合金化」が生じてSnがプローブに付着すると強く結合し容易には除去できなくなり、さらにSnの「酸化」が生じること(酸化スズに導電性はないので抵抗が大きくなるということ)が、抵抗が変動する仕組みである(なお、乙40の段落【0006】の記載は、錫(Sn)と金(Au)の合金層について説明されたものであるが、同【0031】【0032】及び【00 、
41】の記載を参酌すると、Snと溶解する金属であってNiよりは溶解速度の大きい金属としてAuの他にCuも挙げられているから、同【0006】の記載は、
SnとCuの合金層についても同様に当てはまる。。そして、同【0031】【0 ) 、
032】及び【0041】の記載から、乙40におけるNi等の金属は、プローブの構成金属元素とSnの合金化による固着(強固に付着)を避ける役割を果たして いることが読みとれる。
b 他方、国際標準化機関(ISO)により、昭和61年にISO8044として発刊された「金属と合金の腐食-用語と定義」 (乙41)によると、
「耐食性」とは、
「金属が有する腐食に抵抗する能力」であり、「腐食」とは、「金属とその環境間の物理化学的相互作用であり、その結果として金属の性質を変化させ、金属の実用体系機能を損傷させること」を含むものである。したがって、
「金属とその環境間の物理化学的相互作用、又は、その結果として金属の性質を変化させ、金属の実用体系機能を損傷させること」に「抵抗する能力」が「耐食性」であるといえる。
c プローブ表面にSnが付着することにより生じるプローブの構成金属元素とSnの間の「合金化」は、プローブの構成金属元素とSnの間の物理化学的相互作用である。そして、
「Sn耐食性」とは、プローブの構成金属元素とSnの間での合金化が生じないような性質を含むから、この性質は、プローブの構成金属元素とSnの間の物理化学的相互作用に抵抗する能力を意味する。
そうすると、
「Sn耐食性」は、
「金属とその環境間の物理化学的相互作用、又は、
その結果として金属の性質を変化させ、金属の実用体系機能を損傷させること」に「抵抗する能力」という上記「耐食性」の概念に含まれることになる。
(イ) 「Sn耐食性」が二次特性に分類されること 前記(ア)aの技術常識も踏まえると、甲8の「Sn耐食性」とは、プローブの構成金属元素とSnの間の「合金化」 (強固な付着)を避けプローブ表面におけるSnの「酸化」による抵抗の変動が起きないようにすることを意味することが分かる。
このような合金化を経て酸化が生じることのないような性質は、プローブの「表面性状や物理化学的現象」に関するものであるといえるから、
「二次特性」が「信頼性に関するもので、表面性状、物理化学的現象など」であることを踏まえると、甲8の「Sn耐食性」が二次特性に分類されることは明らかである。乙20の表10の「J.耐食性、その他」の分類に含まれるか否かに関係なく、
「二次特性」の定義からして「Sn耐食性」は「二次特性」に分類される(もっとも、同表では、「J. 耐食性、その他」として特性が整理されているように、厳密には乙20における「耐食性」に分類されないような「その他」の特性も、耐食性に準じて二次特性として扱われているから、いずれにしてもSn耐食性が二次特性に分類されることに変わりはない。。
) エ 甲8の「時効材硬度」について 「ビッカース硬度150Hv以上」を目標として掲げた、銅に添加物を加えたコンタクトプローブの研究開発の事例があることからも分かるように(乙42) 硬度 、
の値が150Hv未満のものでもコンタクトプローブとして使えることは明らかである。したがって、時効材硬度に係る原告の主張は、引用発明1から本願補正発明が容易に想到できることの妨げとなるものではない。
また、本願補正発明には、硬度がどの程度の値であるかについての特定はなく、
Cu-Ag合金の製造方法を特定することによる間接的な硬度の特定も構成として含まれていない。したがって、甲8においてNi添加量を減少させた原告のシミュレーションにより時効材硬度が150Hv前後に低下したとしても、本願補正発明は、そのような値の時効材硬度のものも含むものであるから、引用発明1から容易想到であるとの判断の妨げにはならないというべきである。
(5) 本願補正発明の構成について ア(ア) 銅は、銀に次ぐ良好な導電率を示すため、導電材料として古くから使用されてきたが、導電率をあまり低下させることなく、耐熱性及び機械的特性を向上させるため、銅に銀を添加した「銅銀合金」が導電材料として実用化されてきた(乙1)。
一般に合金において導電性と強度はトレードオフの関係にあり、
「銅銀合金」においても、銅に加える銀の濃度を高くして強度を上げると導電率が下がり、銀濃度を低くして導電率を上げると強度が下がるというジレンマを抱えているため、高強度・高導電率の「銅銀合金」を得るには、熱処理と加工の条件によって合金の組織を制御して導電率と強度の最適化を図る研究・開発が進められてきた(乙2〜5)。
(イ) 本願明細書の段落[0017]〜[0020]においては、前記のような周知のトレードオフの関係にあるコンタクトピンの機械的特性(比較的高強度であること)と電気的特性(比較的高導電率であること)が所望の範囲となるよう、材料組成(銅に対する銀の添加量)の観点から特定がされている。
しかし、高強度・高導電率の「銅銀合金」を得るには、熱処理と加工の条件によって合金の組織を制御して導電率と強度の最適化を図る必要があるところ、本願の特許請求の範囲の請求項1には、
「二元銅銀合金体」がどのような組織構造の合金であるのかについて、製造方法の特定による合金の組織構造の間接的な特定も含め、
何ら特定がない。
この点、本願明細書の段落[0017]には、銅銀合金板の製造工程を工夫している旨の記載があり、同[0019]〜[0027]には、高強度かつ高導電率の銅銀合金板の製造方法が開示されているところ、関連する発表資料(乙5)の記載を参照すると、
高強度かつ高導電率の銅銀合金板を製造するための最大のポイントは、冷間加工工程中に、再結晶が生じる温度以上で比較的長時間、ただ1回の熱処理を行うことにより、Cuマトリックス中に固溶しているAgを最大限に析出させてマトリックスを100%再結晶化させることにある。すなわち、銅銀合金板が高強度かつ高導電率であるのは、その製造方法(冷間加工工程中の特別な熱処理)と、合金の組織構造(Cu基の固溶体からAgを析出させて再結晶化させた構造)に由来することが理解される。
しかるに、本願の特許請求の範囲の請求項1は、材料組成(銅に対する銀の添加量)を特定したものではあるが、コンタクトピンの機械的特性(高強度)と電気的特性(高導電率)を実現するための肝心なポイントである冷間加工工程中の特別な熱処理をしたものである点と、Cu基の固溶体からAgを析出させて再結晶化させた合金の組織構造の点については、何ら特定していない。
イ(ア) 半導体ウエハ検査装置において、コンタクトピンは、検査対象物に接触しても傷をつけることがないような十分に小さいばね定数を有する弾性部材(要する に「弱いばね(柔らかいばね))であることが一般的に要請されるが、本願補正発 」明では、そのために、コンタクトピンがばね部分及びその他の部分として具体的にどのような構造(形状、大きさ、太さ、巻き数等)を有するものであるかについて何ら限定をしていない。
本願補正発明の「二元銅銀合金体」が、ばね部分を有するコンタクトピンとして、
上記のような具体的な構造を備えるようにするためには、本願明細書の段落[0019]〜[0022]で開示された製造方法により製造された「銅銀合金板」をさらに加工する必要があり、その加工方法については、同[0028]〜[0045]に開示されているが、本願補正発明は、そのような製造方法をポイントとする発明ではない。
(イ) したがって、上記の点について、本願補正発明は、半導体ウエハ検査用のコンタクトピンとして要請される自明の仕様を特定しただけのものであり、発想の飛躍を要するような考慮要素を欠くものとなっている。
ウ 以上によると、本願補正発明は、要するに、(対象物に)電気的に接触させ 「る細長い棒状の導電部材」の材料としての特性である電気的特性(高導電率)及び機械的特性(ピン自体は高強度)と、部材としての機械的特性(ばね性は十分に柔らかい)を主題としたものであり、これらの特性を「材料組成」と「ばね定数」という2つの観点から特定したものである一方、上記材料としての特性である電気的特性や機械的特性を実現するための肝心なポイントである製造方法(熱処理) 合金 、
の組織構造については何ら特定しておらず、また、部材としての機械的特性についても、半導体ウエハ検査用のコンタクトピンとして要請される自明の仕様を特定しただけで、特定のばねの構造(コイル状なのかS字状なのかなどの形状・大きさ・太さ・巻き数、そのほかの特徴的な部品構造など)については何ら特定していない。
上記の点は、本願補正発明の容易想到性の判断において非常に重要である。すなわち、本願補正発明の進歩性の評価においては、合金の特定の組織構造の想到困難性や当該特定の組織構造の合金となるような熱処理を含む製造方法の想到困難性、
特定のばねの構造の想到困難性や当該特定のばねの構造とするための加工製造方法 の想到困難性などは考慮されるべき要素とはならず、あくまで、主引用発明において、導電材料として極めて周知で技術常識となっている二元銅銀合金を採用すること、及び、ばねを柔らかくするという周知の仕様を満たすように設計することの二点について、発想の飛躍を要するのか否かという点から評価されるべきである。
3 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について (1) 相違点2に係る本願補正発明の構成は、コンタクトピンが、半導体ウエハ検査装置において検査対象物に接触しても傷をつけることがないよう要請される程度の小さいばね定数を有する弾性部材(弱いばね)であることを特定したものである。
ここで、ばねが一般的な「コイルばね」であるとき、そのばね定数は、次のようにして計算できることが知られており、この知識は技術常識である(乙27、28)。
上記の式から、ばね定数kが、ばねの材料から定まる「ばね材料の横弾性係数G」という材料の物性値だけでなく、「ばねの線径d」「有効巻き数Na」及び「平均コ 、
イル径D」といった、ばねの形状、大きさ、太さ等に関する構造パラメータにも依存することが分かるように、ばね定数が物品としての性質である構造パラメータにも依存することは、技術常識である。
(2) 相違点2に係る「0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」という数値限定は、フックの法則によりばねの荷重が変位 量とともに線形に増大することからして、
「0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である」という数値限定と異ならないところ、このような数値限定は、ばね定数が0に極めて近い非常に弱いばね(非常に柔らかいばね)であることを含意している。
ばね定数は、ばねの構成材料が特定され、その材料の物性値が固定されているという条件の下でも、半導体ウエハ検査装置において要請される程度の小さい値に設定することが可能である。例えば、ばねがコイルばねである場合、ばね材料の横弾性係数Gが固定されても、前記(1)の式に従って、コイルのワイヤの線径を非常に小さく細いコイルにすれば、ばね定数の値を小さくできることが自明である。
したがって、本件審決が、相違点2について、技術常識B及びCを踏まえて、引用発明1において、コンタクトピンの形状などを調整して、荷重が4[gf]のときの変位量を0.2mm程度とすることは当業者が適宜なすべき設計事項にすぎない旨を判断したことに誤りはない。
(3) 原告は、材料の導電率の高低について論じ、技術常識B及びCを考慮しても相違点2に係る構成は埋まらない旨主張するが、前記(2)のとおり、ばね定数は、ばねの構成材料が特定され、その材料の物性値(材料の導電率等)が固定されているという条件の下でも、構造パラメータを適切に設計することにより、半導体ウエハ検査装置において要請される程度の小さい値に設定することが可能であるから、上記構成を電気的特性の観点から切り離し、ばねの形状、大きさ、太さ等に関する構造パラメータの問題に収束させて論じることができる。材料の物性値(材料の導電率等)を可変にしなくとも、ばね定数の値を小さく設計できるのであるから、原告の上記主張は失当である。
また、そもそも本件審決は、引用発明1の「コイルばね23」に代えて、甲9(引用文献2)、甲18(引用文献7)又は甲19(引用文献8)に記載されたものをそのまま置換して適用することにより容易想到であると判断したものでもない。
4 取消事由4(手続の違背)について (1) 本件審決は、本願補正発明が独立特許要件を満たさないという判断を示すに当たり、審査段階(甲7、13)において引用された甲8(引用文献1)を主引用文献とした容易想到性の理由を示している。
(2) 本件審決は、前記(1)の判断を示した後に、甲16(引用文献5)を主引用文献とした理由について、あくまで補足的に示したものにすぎない。当該理由は、独立特許要件の判断において、前記(1)の理由と並列的に示されたものであり、それ単独で独立特許要件を満たさないという理由として示されたものではないことが明らかである。
上記の補足的な理由は、本願の第1世代分割出願(特許出願2021-15535号、特許出願公開2021-99346号)が既に特許庁に係属しており(乙8)、
令和3年4月15日に出願審査請求がされている事情などに鑑み(乙12) 出願人 、
(本件審決に係る請求人)が当該第1世代分割出願の特許請求の範囲等について補正を行ったり、当該出願に基づいて更に第2世代分割出願を行ったりする際の一助となるであろうとの考えの下、出願人(請求人)の便宜を図る趣旨から示されたものである。実際、本件審決で甲16(引用文献5)が主引用文献として提示されたことにより、その内容に対応して、本願の第2世代分割出願である特許出願2021-206120号(乙9(特許出願公開2022-050442号公報)参照)の特許請求の範囲の請求項1について補正が行われた(乙11)。
上記のような請求人(出願人)の立場を慮る趣旨から示された補足的な説明があり、その点について反論の機会が与えられなかったとしても、甲8(引用文献1)を主引用文献とする独立特許要件違反の理由とは関係ないから、上記の点について本件審決を取り消すべき手続違背の違法はない。引用発明1を主引用発明とする進歩性欠如の理由が適法である限り、本件審決を取り消すべき違法性は存在しない。
5 取消事由5(引用発明5の認定の誤り)について (1) 「合金」の意味について 本願補正発明の「合金」及び引用発明5の「合金」は、技術用語であるから、学 術用語としての意味に基づくべきである(特許法施行規則24条及び24条の4
様式第29の2の備考7及び8参照)。
この点、
「岩波 理化学辞典 第4版」 (乙29)の417頁では、
「合金」について、
「2種類以上の金属を混合したもの。金属元素のほかに炭素、ケイ素などの非金属元素を含むものもある。合金の組織には固溶体、共晶(共融混合物)、化合物(金属間化合物)あるいはそれらが共存するものなどがある。」と説明されている。このように、「合金」は、「2種類以上の金属を混合したもの。」を含み、「異なる元素の原子が原子レベルで一様に混ざって溶け合ったもの」である「固溶体」に限られない(なお、固溶体、共晶、金属間化合物について、乙6、30も参照)。
(2) 本願補正発明の「二元銅銀合金」が銅内に銀が析出された二元銅銀合金を含むこと ア 本願明細書の段落[0022]には、
「その後、鋳造してインゴットとした銅銀合金に対して溶体化熱処理を施す。
・・・銅銀合金に対して溶体化熱処理を施した後には冷間圧延を行い、例えば、350℃〜550℃で析出熱処理を行う。」と記載されているところ、
「析出熱処理」の工程を経た後は、銅中に固溶している銀は析出し固溶体ではなくなるから(詳細は後記(ウ))、本願明細書に開示された「二元銅銀合金」の組織構造は「固溶体」ではなく、
「銅内に銀が析出された二元銅銀合金」であって、
本願補正発明の「二元銅銀合金」は、
「銅内に銀が析出された二元銅銀合金」を含むものである。
イ このことは、本願の第2世代分割出願の令和4年1月18日に補正された特許請求の範囲の請求項1が「銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜10wt%であり、銅内に銀が析出された二元銅銀合金からなるコンタクトピンであって・・・」と記載されていることからも裏付けられる(乙11)。また、本願補正発明に関連する資料(乙5)の「この熱処理で重要なことはCuマトリックス中に固溶しているAgを最大限に析出させることにあり、そのためには冷間加工途中において再結晶が生じる温度以上で比較的長時間保持し、マトリックスを100%再結晶化させる ことが肝心である。」という記載からも、本願補正発明の「二元銅銀合金」の組織構造が固溶体ではなく、
「銅内に銀が析出された二元銅銀合金」であることが裏付けられている。
技術常識に基づいてより詳細に検討しても、次の(ア)〜(ウ)のとおり、本願補正発明の「二元銅銀合金」は、銅内に銀が析出された二元銅銀合金を含むものである。
(ア) 本願補正発明は、「銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%であ[る]、銅と銀のみからなる二元銅銀合金」としているところ、これを銀の原子百分率に換算すると、0.1at%〜8.1at%であるから、この範囲を次の乙32(東北大学金属材料研究所編「金属材料の最前線 近未来を拓くキー・テクノロジー」株式会社講談社の66〜71頁、平成21年7月20日発行)の「図2-13銀-銅状態図」に対応させると、図の右側の銅が91.9%〜99.9%の領域に相当する。
【乙32の図2-13】 (イ) 本願明細書の段落[0022]には「溶体化熱処理を施す」とあるところ、
「溶体化熱処理」とは、
「熱処理合金を固溶限温度以上の適温に加熱し、合金成分を十分に固溶させた後、急冷させて過飽和固溶状態にする熱処理」という意味である(乙13)。本願補正発明においては、銅の原子が91.9%〜99.9%の領域であるところ、上記銀-銅状態図において、銅が91.9%のところには、固溶体であるβ相は存在しない。本願明細書の表1の例のうち最も銅の割合が低いものは、銅が95.5at%であるところ(銅に対する銀の添加量が8wt%)、これは均一なβ相だけになり得る。
(ウ) 以上の点を考慮すると、上記段落[0022]に「溶体化熱処理を施す」とあるのは、高温加熱をしてAgが完全にCuに固溶している均一固溶体状態であるβ相にした後、室温に急冷する熱処理を行うものと理解できる。このように急冷すると、
高温における平衡状態が室温まで持ち来され、得られた固溶体には室温における溶解度を超えた濃度のAgを含むことになる(過飽和固溶体)。
しかし、過飽和固溶体は、熱平衡状態を表す状態図には存在しない状態であり、
室温では不安定であるから、その後の熱処理により、過剰のAg原子が析出して平衡状態に移ろうとする。このようにしてAgが第2相として析出する。これが、上記段落[0022]の「析出熱処理」に相当する。
したがって、技術常識に基づいて上記段落[0022]の記載に沿って本願補正発明の「二元銅銀合金」の状態を詳細に検討すると、本願補正発明の「二元銅銀合金」は、「銅内に銀が析出された二元銅銀合金」を含むものである。
(3) 引用発明5の電鋳合金も「合金」であること ア 引用発明5の「Cu-Ag合金」は、引用文献5の段落【0039】の記載からみて、電鋳(電気分解による電着を利用して導電体の表面を金属の薄膜で被覆する技術である電気めっきを応用して、鋳型で鋳物をつくるように原形と同じものを精密に複製する方法)により形成されたものであり、
「合金めっき」とも称されるものである(乙33〜35参照)。
イ 合金めっきとしての「Cu-Ag合金」の組織構造について、Ag-Cuの合金電着では、平衡状態図ではみられない過飽和固溶体が析出すると報告されている(乙34)。他方、
「結晶中に過飽和に固溶されているものもあるかも知れないが、
むしろ結晶粒界にも多くの原子が偏析している可能性も考慮する必要があ」り(なお、偏析とは、結晶粒の境界に融点の低い合金又は金属結晶が集まり、不均一な分布のまま固体内に残存することをいう。、
)「共晶型、包晶型、偏晶型の合金系ではいずれもいわゆる共晶型の組織構造をとる」とするものもある(乙33)。また、「銀-銅合金メッキは、実験範囲の組成にわたって、銀と銅の結晶がそれぞれ共存していることが分った。」とするものもある(乙35)。
以上を踏まえると、合金めっきで製造された「Cu-Ag合金」は、固溶体として析出したもの、又はCu結晶とその粒界にAgが偏析したもの(共晶型の組織構造をとるもの)であるから、いずれにしても、学術用語における「合金」の概念に含まれるものである。
ウ したがって、本件審決の引用発明5の認定及び本願補正発明の「二元銅銀合金」と引用発明5の「Cu-Ag合金」が「二元銅銀合金」の点において一致するとの認定に誤りはない。
(4) 原告の主張について ア 導電率(%IACS)の算出値に基づく主張について 原告は、甲16(引用文献5)の段落【0040】の電気抵抗率ρは1.72×10-8Ω・mであった」との記載から、これを導電率に換算すると約101%IACSとなり、純銅の導電率より高いから、甲16の「合金」が普通の意味(「溶かし合わせたもの」)の「合金」ではないと主張する。
しかし、
「%IACS」は、導電率を表わす単位であり、焼鈍した軟銅の20℃における抵抗率(1.7241×10-8Ω・m)を100%IACS(InternationalAnnealed Copper Standard)として、材料の導電率をこれと比較して百分率で表わしたものである(甲23)ところ、原告は、
「純銅の電気抵抗率」が「1.72×1 0-8Ω・m」(有効数字3桁)であるとする一方、引用文献5の「電気抵抗率ρ」「1.7×10-8Ω・m」 (有効数字2桁)を用いて、
「%IACS」の数値を有効数字3桁で計算しており、計算方法において失当である。
この点、
「%IACS」の算出値を最も精密に議論するには、
「純銅の電気抵抗率」が1.7241×10-8Ω・m(有効数字5桁)であるとし、測定値も有効数字5 「1.7×10 -8Ω・m」は有効数字2桁の桁で測定して計算しなければならない。
測定値であって、これには、有効数字5桁の値として、最大で1.7499×10 Ω・mが含まれるところ、この最大値を用いて%IACSを計算すると、1.7241×10-8Ω・m/1.7499×10-8Ω・m=98.526(98.5256の6桁目を四捨五入)%IACSとなり、100%未満となり、不合理な点はないといえる。
「1.7×10-8Ω・m」という有効数字2桁の測定値を、有効数字3桁 原告は、
の「1.70×10-8Ω・m」であると曲解して、
「%IACS」として約101%IACSという有効数字3桁の値を計算しており、その点に大きな誤りがある。
イ 原告の主張を「合金の組織が異なっている」と解した場合について 原告の主張について、甲16(引用文献5)の「Cu-Ag合金」も「合金」ではあるが、その製造方法が本願補正発明の銅銀二元合金と異なっており、合金の組織が異なっているという旨の主張であると解したとしても、本願補正発明の「銅と銀のみからなる二元銅銀合金体」については、「銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%」であること以外に限定がなく、合金の組織構造がどのようなものであるかについて、それを間接的に特定する製造方法も含めて、何ら特定されていないから、特許請求の範囲の記載から離れた点をいうものにすぎない。
6 取消事由6(相違点3の判断の誤り) 相違点3は相違点2と同一であるから、前記3と同様の理由により、原告の主張は失当であって、本件審決の相違点3の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 本願発明及び本願補正発明について (1) 本願明細書の記載 本願明細書(甲1)には、次の記載がある。
ア 技術分野 [0001] 本発明は、銅銀合金を用いた導電性部材、コンタクトピン及び装置に関し、特に、
半導体ウエハ、PKGなどの検査に用いられる、銅銀合金を用いた導電性部材、コンタクトピン及び装置に関する。
イ 背景技術 [0002] 特許文献1には、電子デバイスのためのコンタクトが開示されており、このコンタクトは、所定の形状を有し、テストされるべき物体、すなわち集積回路のリードと接触するコンタクト部、2つの支持突出部、及び本体を含む上側コンタクトピンと、上側コンタクトピンに直交するように上側コンタクトピンに結合される下側コンタクトピンと、上側コンタクトピンと下側コンタクトピンとの間に所定のエリアにわたって嵌め込まれるばねとを有する。上側コンタクトピンと下側コンタクトピンは、棒状の銅合金材料を機械加工し、金めっきすることによって製造される。
ウ 発明の開示 (ア) 発明が解決しようとする課題 [0004] しかし、特許文献1に開示されているコンタクト(テスター)は、表面に金めっきが施されているが、金の導電率は、一般に、合金に比して劣るので、金めっきされた上側コンタクトピン及び下側コンタクトピンを用いた場合、導電率、強度の点では、必ずしも最適材料であるとはいえない。最先端の半導体デバイスは、ピッチがますます微細化していて、かつ、大電流を流す傾向にあることから、金めっきされたコンタクトピンでは、この後の半導体ウエハの検査を行うことが困難となりつ つある。
[0005] 本発明は、コンタクトピンを構成する材料およびその加工手法に着目して、特許文献1に開示されたものとは異なる材料及び加工手法によってコンタクトピンを製造することを課題とする。
(イ) 課題を解決するための手段 [0007] 上記課題を解決するために、本発明の導電性部材は、銅及び銀を含む銅銀合金に対して、少なくとも銅合金用エッチング液を用いてエッチング処理を行うことによって得られる。
[0008] 前記銅合金用エッチング液に対して銀用エッチング液が添加されていてもよい。
[0009] また、本発明のコンタクトピンは、上記導電性部材を用いて製造されている。
(ウ) 発明の実施の形態 [0013] 以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
[0014] 図1は、本発明の実施形態のコンタクトピン1000の模式図である。図1に示すコンタクトピン1000は、半導体ウエハに直接接触させて、半導体ウエハに所望の電流が流れるか否かを検査する検査装置などに用いられる。
[0015] コンタクトピン1000は、略S字のスネーク形状に形成されているばね部130と、コンタクトピン1000本体の強度をもたせるための基部114、124と、
基部114、124に隣接する上側コンタクト112及び下側コンタクト122とを備える。コンタクトピン1000は、銅銀合金を材料としており、ここでは、平 面的な形状のものを示しているが、円柱状のように立体的な形状のものとすることもできる。
[0016] コンタクトピン100の各部のサイズは、これらに限定されるものではないが、
以下のとおりとすることができる。
ばね部130:全体幅約1mm、線径:約0.2mm、全体長さ約8mm、
基部114::幅約1mm、長さ約3mm、
基部124::幅約1mm、長さ約4mm、
上側コンタクト112、下側コンタクト122:幅約0.5mm、長さ、約2mm。
[0017] ここで、銅合金は、一般的には、強度と導電率とがトレードオフの関係にあり、
高強度であれば低導電率であり、逆に高導電率であれば低強度であることが知られている。そこで、本実施形態では、銅銀合金板の製造工程を工夫して、高強度かつ高導電率の銅銀合金板を製造している。
[0018] また、エッチングにおいては、銅銀合金を構成する銀部分と銅部分とのエッチングレートは異なる。ここで、本実施形態に係る銅銀合金は、大半が銅から構成され、
銅に対する銀の添加量によって、その強度と導電率とが左右される。このため、最終的にコンタクトピン1000に必要な強度と導電率とを達成可能な条件で、銅銀合金板のエッチングを行っている。以下、
(1)銅銀合金板の製造工程と(2)銅銀合金板のエッチング工程との具体的手法について説明する。
[0019] (1)銅銀合金板の製造工程について まず、銅銀合金板を構成する銅及び銀をそれぞれ用意する。銅としては、例えば、
市販品である電気銅或いは無酸素銅を10mm×30mm×50mmの短冊状にし たものを用意する。銀としては、概形の一次直径が2mm〜3mm程度の粒状の銀を用意する。なお、無酸素銅は、例えば、10mm-30mm×10mm-30mm×2mm-5mmのような平板を用いてもよい。
[0020] 銅に対する銀の添加量は0.2wt%-15wt%の範囲、好ましくは、0.3wt%-10wt%の範囲、より好ましくは0.5wt%-6wt%の範囲としている。これは、銅銀合金板の製造コストの低廉化を考慮すると、銀の添加量は相対的に少ない方が好ましいといえるが、0.5wt%銀未満という少なさでは、コンタクトピン1000に要求される強度が得ることができないことによる。
[0021] つぎに、上記条件で銀を添加した銅を、タンマン炉を含む高周波又は低周波の真空溶解炉などの溶解炉に入れて、溶解炉をオンして例えば1200℃程度まで昇温させ、銅と銀とを十分に溶解させることによって銅銀合金を鋳造する。
[0022] その後、鋳造してインゴットとした銅銀合金に対して溶体化熱処理を施す。この際、大気中において銅銀合金を鋳造していた場合には、そのインゴットの表面は酸化しているため、その酸化部分を研削する。一方、銅銀合金は、窒素ガス、アルゴンガス等の不活性雰囲気において鋳造することもでき、この場合には、そのインゴットの表面研削処理は不要となる。銅銀合金に対して溶体化熱処理を施した後には冷間圧延を行い、例えば、350℃〜550℃で析出熱処理を行う。
[0023] 表1は、本発明の実施形態の銅銀合金板の強度、導電率の測定結果を示す表である。
[0024] [表1] [0025] 表1には、銅に対する銀の添加量を、それぞれ、2wt%、3wt%、6wt%、
8wt%と変更し、かつ、いずれの場合においても、銅銀合金板の板厚を、0.1mm、0.2mm、0.3mm、0.4mmと変更している。
[0026] 表1に示すように、銅に対する銀の添加量が増加するにつれて、引張強度は増加し、導電率は減少する傾向にあることがわかる。また、銅銀合金板の板厚も引張強度及び導電率に影響を及ぼしており、板厚が減少するにつれて、引張強度は増加し、
導電率は減少する傾向にあることがわかる。
[0027] したがって、銅銀合金を用いた導電性部材の用途に応じて、適宜、銅に対する銀の添加量及び銅銀合金板の板厚を決定すればよいということが言える。
[0046] 図4は、銅に対する銀の添加量が6wt%として製造した銅銀合金板を用いて製造したコンタクトピン1000の評価結果を示す図である。評価対象のコンタクトピン1000は、図1を用いて説明したサイズのものであり、全長が約20mm、
厚さが約0.2mmである。なお、図4に示す評価試験は、コンタクトピン1000の変位量を0.8[mm]とする回数を1万回実行した場合の平均値である。また、1万回実行しても、コンタクトピン1000には、機能及び性能の低下は見受けられなかった。
[0047] 図4(a)には、コンタクトピン1000の移動量と荷重との関係を示している。
なお、図4(a)では、横軸にコンタクトピン1000の変位量[mm]を示し、
縦軸にコンタクトピン1000の荷重[gf]を示している。図4(b)には、コンタクトピン1000の移動量と接触抵抗との関係を示している。なお、図4(b)では、横軸にコンタクトピン1000の変位量[mm]を示し、縦軸にコンタクトピン1000の導電率に係る接触抵抗値[mΩ]を示している。
[0048] また、図4(a)及び図4(b)に示す実線はコンタクトピン1000の変位量が0[mm]から0.8[mm]まで移行する場合の荷重及び接触抵抗値、破線は コンタクトピン1000の変位量が0.8[mm]から0[mm]まで移行する場合の荷重及び接触抵抗値を示している。
[0049] 図4(a)によれば、コンタクトピン1000の変位量が0[mm]から0.8[mm]まで移行する場合も、0.8[mm]から0[mm]まで移行する場合も、
荷重が10[gf]以下である。
[0050] 図4(b)によれば、コンタクトピン1000の変位量が0[mm]から0.8[mm]まで移行する場合には変位量が約0.25[mm]以上となると、接触抵抗値が100[mΩ]以下となり、0.8[mm]から0[mm]まで移行する場合には変位量が約0.1[mm]までは、接触抵抗値が100[mΩ]以下となることがわかる。
[0051] 図5は、銅に対する銀の添加量が10wt%として製造した銅銀合金板を用いて製造したコンタクトピン1000の評価結果を示す図である。評価対象のコンタクトピン1000は、図1を用いて説明したサイズのものであり、全長が約20mm、
厚さが約0.2mmである。なお、図5に示す評価試験は、コンタクトピン1000の変位量を0.8[mm]とする回数を1万回実行した場合の平均値である。また、1万回実行しても、コンタクトピン1000には、機能及び性能の低下は見受けられなかった。
[0052] 図5(a)には、コンタクトピン1000の移動量と荷重との関係を示している。
なお、図5(a)では、横軸にコンタクトピン1000の変位量[mm]を示し、
縦軸にコンタクトピン1000の荷重[gf]を示している。図5(b)には、コンタクトピン1000の移動量と接触抵抗との関係を示している。なお、図5(b)では、横軸にコンタクトピン1000の変位量[mm]を示し、縦軸にコンタクト ピン1000の導電率に係る接触抵抗値[mΩ]を示している。
[0053] 図5(a)によれば、コンタクトピン1000の変位量が0[mm]から0.8[mm]まで移行する場合も、0.8[mm]から0[mm]まで移行する場合も、
荷重が10[gf]以下であることがわかる。
[0054] 図5(b)によれば、コンタクトピン1000の変位量が0[mm]から0.8[mm]まで移行する場合には変位量が約0.35[mm]以上となると、接触抵抗値が100[mΩ]以下となり、0.8[mm]から0[mm]まで移行する場合には変位量が約0.1[mm]までは、接触抵抗値が100[mΩ]以下となることがわかる。
[0055] なお、近年、半導体ウエハ検査装置においては、コンタクトピンの変位量が0.1[mm]〜0.3[mm]程度であり、この場合に、荷重が約4[gf]以下であり、接触抵抗値が200[mΩ]以下であること、という要請があるが、コンタクトピン1000は、図4及び図5のいずれの評価結果からもわかるように、この要請を満たしている。
[0056] また、近年、ICパッケージ用のテストソケット装置においては、コンタクトピンの変位量が0.5[mm]程度であり、この場合に、荷重が約25[gf]以下であり、接触抵抗値が200[mΩ]以下であること、という要請があるが、コンタクトピン1000は、図4及び図5のいずれの評価結果からもわかるように、この要請を満たしている。
[0057] さらに、近年、プローブピン、チェッカーピンといった電子回路及びこれが搭載された基板においては、コンタクトピンの変位量が1.0[mm]程度であり、こ の場合に、荷重が約10[gf]〜20[gf]以下であり、接触抵抗値が200[mΩ]以下であること、という要請があるが、コンタクトピン1000は、図4及び図5のいずれの評価結果からもわかるように、この要請を満たしている。
[0058] さらにまた、近年、電池の検査装置においては、コンタクトピンの変位量が0.7[mm]程度であり、この場合に、荷重が約14[gf]以下であり、接触抵抗値が100[mΩ]以下であること、という要請があるが、コンタクトピン1000は、図4及び図5のいずれの評価結果からもわかるように、この要請を満たしている。
[0062] さらに、本実施形態では、銅銀合金板を製造する場合を例に説明したが、板材のみならず、例えば、用途に応じた直径の丸線材を製造してもよい。そうすると、既述のように、導電性材料を用いて最終的に得られる製品が円柱状である場合、或いは、上記例示のスプリング等には、銅銀合金板から切り出す手間が省けるので製造工程が簡素化できる。すなわち、本実施形態の導電性部材は、最終製品の形状に応じた形状の銅銀合金体を製造することもできる。
[図1] [図4] [図5](2) 本願発明及び本願補正発明の概要ア 技術分野本願発明及び本願補正発明は、銅銀合金を用いた導電性部材及びコンタクトピン 等に関し、特に半導体ウエハ等の検査に用いられるものに関する。
(本願明細書の段落[0001]) イ 背景技術及び発明が解決しようとする課題 (ア) 従来技術である電子デバイスのためのコンタクト(@集積回路のリードと接触するコンタクト部、2つの支持突出部及び本体を含む上側コンタクトピンと、A上側コンタクトピンに直交するように上側コンタクトピンに結合される下側コンタクトピンと、B上側コンタクトピンと下側コンタクトピンとの間に所定のエリアにわたって嵌め込まれるばねとを有する。 において、
) 上側コンタクトピンと下側コンタクトピンは、棒状の銅合金材料を機械加工し、金めっきすることによって製造されるが、金の導電率は一般に合金に比して劣るので、必ずしも最適材料であるとはいえず、最先端の半導体デバイスにおいてはピッチがますます微細化し、かつ、大電流を流す傾向にあることからして、金めっきされたコンタクトピンでは、半導体ウエハの検査を行うことが困難となりつつある。(同[0002]及び[0004]) (イ) 本願発明及び本願補正発明は、コンタクトピンを構成する材料及びその加工手法に着目して、従来のものとは異なる材料及び加工手法によってコンタクトピンを製造することを課題とする。(同[0005]) ウ 課題を解決するための手段 (ア) 本願発明及び本願補正発明のコンタクトピンは、銅及び銀を含む銅銀合金に対して、少なくとも銅合金用エッチング液を用いてエッチング処理を行うことによって得られる導電性部材を用いて製造されるものである。
(同[0007]及び[0009]) (イ) 本願発明は、銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%であり、0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である銅銀合金体からなるコンタクトピンである。(本件補正前の本願の特許請求の範囲の請求項1) (ウ) 本願補正発明は、銅に対する銀の添加量が0.2wt%〜15wt%であり、
0.1[mm]〜0.3[mm]の変位量の場合に荷重が4[gf]以下である、
銅と銀のみからなる二元銅銀合金体からなるコンタクトピンである。(本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1) エ 発明の効果 本願発明及び本願補正発明のコンタクトピンは、近年の半導体ウエハ検査装置等におけるコンタクトピンの要請を満たすものである。
(本願明細書の段落[0046]〜[0058]並びに[図4]及び[図5]) 2 引用発明について (1) 引用発明1について ア 平成28年10月6日に国際公開された甲8は、発明の名称を「合金材料、
コンタクトプローブおよび接続端子」とする発明に係るもので、甲8には次の記載がある。
(ア) 技術分野 [0001] 本発明は、例えば、合金材料に関するものであって、この合金材料からなり、半導体集積回路や液晶表示装置などの検査対象の導通状態検査または動作特性検査に用いられるコンタクトプローブや、電気接点同士を接続する接続端子に関するものである。
(イ) 背景技術 [0003] コンタクトプローブは、半導体集積回路や液晶表示装置などの検査対象物に繰り返し接触させて使用する。このとき、例えば繰り返しの使用によってコンタクトプローブが劣化すると、検査結果に影響を及ぼす。特にスズ(Sn)メッキ電極など検査対象が柔らかい場合、電極のSnメッキがコンタクトプローブ表面に付着しやすく、Snメッキの付着により抵抗値の変動が起きて、安定した検査が難しくなる。このため、コンタクトプローブに用いられる材料には、繰り返し接触しても磨耗しづらい検査対象に比して高い硬度や、高い導電性や耐食性、良好な耐酸化性が要求される。この要求に対し、Sn耐食性を向上させるため、例えば、コンタクトプローブピンの先端部に、炭素被膜をコーティングする技術やロジウム(R h)メッキを施す技術などが提案されている・・・。
(ウ) 発明の概要 a 発明が解決しようとする課題 [0005] しかしながら、上記の様なコ-ティング技術やメッキ技術では、検査対象との繰り返し接触によって被膜が剥がれ落ち、検査対象に異物として付着して導通不良を起こす場合がある。そのため、被膜が剥がれるおそれのないムク材でのコンタクトプローブピン作製が望まれている。
[0006] 本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、被膜を有しないSn耐食性に優れた合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子を提供することを目的とする。
b 発明の効果 [0014] 本発明によれば、Cuを主成分とし、Agを10〜30wt%、Niを0.5〜10wt%添加されるようにしたので、被膜を有さず、Sn耐食性に優れるとともに、コンタクトプローブや接続端子用として導電性・加工性・硬度に優れた合金材料を得ることができるという効果を奏する。
c 発明を実施するための形態 [0017] 本発明の実施の形態にかかる合金材料について説明する。本発明は銅(Cu)を主成分とした合金材料である。Cuは高い導電性を示すが、耐酸化性がやや劣り、硬度も低い。そこで、Cuに対する添加元素として銀(Ag)やニッケル(Ni)を添加することで、導電性、硬度、耐酸化性、スズ(Sn)耐食性の向上を図った。
[0018] Agは導電性・耐酸化性に優れており、また、時効処理を行うことでCuに固溶していたAgが析出され硬度の上昇が期待できる。時効析出硬化はAg添加量が少ないと起こりづらいため、Agを10wt%以上添加する事が望ましい。
ただし、30wt%を超えて添加するとSn耐食性が劣化する為、好ましくない。
[0019] さらに本実施の形態にかかる合金材料には、Niが0.5〜10w t%添加される。NiはSn耐食性の向上・硬度上昇に効果がある。0.5wt%未満だとSn耐食性が得られず、10wt%を超えると加工性が劣化し好ましくない。
[0023] 上述した実施の形態によれば、Cuを主成分とし、Agを10〜30wt%、Niを0.5〜10wt%添加されるようにしたので、コンタクトプローブとして導電性、硬度、耐酸化性、Sn耐食性に優れた合金材料を得ることができる。
d 実施例 [0033] 以下、この発明の合金材料の実施例および比較例について詳細に説明する。まず、本実施例にかかる合金材料の測定内容について説明する。
[0034] 硬度試験片は、溶体化処理および時効処理後、ビッカ-ス硬さ(時効材硬度)を測定した。
[0035] 電気伝導度用の試験片は、溶体化処理および時効処理により作製した。
その後、電気抵抗測定機を用いて、この電気伝導度用の試験片の抵抗値を測定し、
電気伝導度を求めた。
[0036] Sn耐食性評価用の試験片は、以下のようにして作製した。先に作製した電気伝導度用の試験片を先端径が0.1mmになるように切削加工を行った。
Snメッキプレ-トへ所定のばね力にて試験片を接触させ、試験片先端をSEMで観察した。Sn耐食性の評価は、SEM観察でSnの付着が無いものを〇とし、付着が見られたものを×とした。
[0037] 加工性は、先の電気伝導度用試験片作製時の圧延加工および、Sn耐食性評価用試験片作製時の切削加工時の加工の可否で評価した。評価基準は、圧延加工時に破断せず、かつピン形状に切削加工した際に、加工寸法公差内であれば〇、
公差外であれば×とした。
[0038] 次に、本実施例にかかる合金材料の各金属の重量比割合について説明する。表1は、実施例1〜13および比較例1〜7にかかる合金材料の重量比割合(組 成)と測定結果とを示すものである。実施例1〜13は、本実施の形態の範囲内の組成である。比較例1〜7は本実施の形態の範囲外の組成である。
[表1] [0046] 比較例7は、Cu、Ag、Pd、マンガン(Mn)およびIrからな る本実施の形態の範囲外の組成である。比較例7は、実施例1〜13に比べて、硬度は大きいが切削加工性に劣り、Sn耐食性も悪い。比較例7から、Snはんだ等低硬度材向けのコンタクトプロ-プ用途として好ましくないといえる。
e 産業上の利用可能性 [0047] 以上のように、本発明にかかる合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子は、導電性、硬度、耐酸化性、Sn耐食性の面で、
コンタクトプローブ用として有用である。
イ 前記アによると、甲8には、前記第2の3(2)アのとおり本件審決が認定した次の引用発明1が記載されていると認められる(なお、 )内は、甲8の記載にお (ける直接の認定の根拠となる箇所を示すものである。。
) 「組成がCu85wt%、Ag10wt%、Ni5wt%である合金材料[0038] ( 、
[表1])からなるコンタクトプローブ。 [0001]」 ( ) ウ(ア) その上で、本願補正発明と引用発明1を対比すると、それらの間には、少なくとも、前記第2の3(2)エ(ア)のように本件審決が認定した相違点1及び2が存在すると認められる。
(イ) 原告の主張(取消事由1関連)について a 原告は、本願補正発明の「コンタクトピン」は、
「一部品」から構成されるものであり、
「複数部品」から構成される引用発明1の「コンタクトプローブ」と相違する旨を主張する。
しかし、本願補正発明において、
「コンタクトピン」という語以外にそれが一部品から構成されるものか複数部品から構成されるものかを特定し得る記載はないところ、
「コンタクトピン」という語について、それが専ら一部品から構成されるものをいい、複数部品から構成されるものを含まないとの技術常識を認めるべき証拠はない。むしろ、被告が指摘するとおり、本願に係る優先日の前の文献において、複数部品で構成されるものを「コンタクトピン」と称している例が複数認められるところである(乙14の段落[0025]及び[図1A]〜[図4]、乙15の段落【001 1】並びに【図2A】及び【図2B】、乙16の段落【0018】【0037】及び 、
【0039】並びに【図4】、乙17の段落【0035】及び【図3】 。
) 他方、
「コンタクトプローブ」について、それが専ら複数部品から構成されるものをいい、一部品から構成されるものを含まないとの技術常識を認めるべき証拠もない。この点、原告がその根拠として提出する証拠(甲21の1〜3)には、
「コンタクトプローブ」が「プランジャ(可動部)」と「バレル(本体)」及び「ばね」で構成される旨の記載があるが、乙16の段落【0018】及び【0037】では、
「コンタクトピン」及び「コンタクトプローブ」がいずれも「プローブピン」と同義であることを前提とするとみられる記載があるほか、甲16(引用文献5)の段落【0021】及び【図7】等には、一部品から構成される「コンタクトプローブ」が記載されているとみられるところである(後記(2)ア参照)。
b 原告は、本願補正発明の「コンタクトピン」が一部品から構成されるものであることは、本願明細書の[図1]及び段落[0015]の記載から明らかである旨を主張するが、それらの記載は本願補正発明の一実施形態についてのものにすぎず、
それらの記載から直ちに本願補正発明における「コンタクトピン」という語を限定解釈すべきということはできない。この点、本願補正発明が解決しようとする課題(前記1(2)イ)に照らしても、「コンタクトピン」を一部品で構成するか複数部品で構成するかという構造によって本願補正発明を限定すべきものとはいえない。
原告が主張するその余の点も、いずれも前記(ア)の認定判断を左右するものではない。
(2) 引用発明5について ア 平成16年2月26日に公開された甲16は、発明の名称を「電気接点用微細部品およびその製造方法」とする発明に係るもので、甲16には次の記載がある。
発明の詳細な説明】 【0002】 【従来の技術】 電気接点用微細部品の一例として、コンタクトプローブがある。コンタクトプローブにおいては、導電性だけでなく、ばね部分の強度が求められるため、ニッケル、
コバルト、またはこれらの金属のいずれかを主成分とする合金が用いられていた。
たとえば、特開平11-44708号公報では、Ni-Mn合金の層と他の金属の層との組み合わせによってコンタクトプローブを形成することが開示されている。
特開2001-116765では、Ni-W合金を母材としてプローブカードピンを形成することが開示されている。特開2001-343397では、コンタクトプローブの材料としてニッケルまたはNi-Co、Ni-W、Ni-Mnなどのニッケル系合金を用いることが開示されている。なお、ニッケル系合金とは、ニッケルを主成分とする合金のことである。
【0003】 【発明が解決しようとする課題】 一般に、導電体からなる部材に高周波電流を流した場合、その部材の表面近傍にしか電流が流れなくなるという現象が知られており、この現象は「表皮効果」と呼ばれている。この場合、表面近傍の電流が流れる層の厚さを一般的に表皮厚さσ sと表す 【0004】 従来、コンタクトプローブをはじめとする電気接点用微細部品の材料として使用されているニッケルやコバルトは、強磁性体であり、比透磁率がきわめて高い。比透磁率が高いということは、高周波信号を流す際の表皮効果を考えた場合、σs= 1/2(ρ/πfμ) として表される表皮厚さσsが小さな値となってしまう。ただし、
ρは電気抵抗率、fは周波数、μは透磁率である。表皮厚さσsが小さな値になるということは、高周波信号を流す際の抵抗値が大きく上がってしまう。特にコンタクトプローブなどのように高周波信号を流して用いられる電気接点用微細部品においては、高周波信号入力時の抵抗値増大は発熱をもたらすため、問題となる。さらに、
抵抗値の増大は、数GHzというオーダーの高速でパルス信号を連続して入力した 場合に、各パルスの波形が鈍くなり、本来別個のパルスであった波形がつながってしまうなどして個々のパルスが区別できなくなるという問題をももたらす。
【0007】 そこで、本発明は、高周波電流に対しても抵抗値が増大しない電気接点用微細部品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0008】 【課題を解決するための手段】 上記目的を達成するため、本発明に基づく電気接点用微細部品の一つの局面では、
比透磁率が1以上10以下であって、透磁率をμ、電気抵抗率をρ、周波数をfとしたときに、100kHz≦f≦10GHzの範囲でσs=(ρ/πfμ)1/2として表される表皮厚さσsが0.2μm以上1mm以下となるような合金材料からなる。この構成を採用することにより、表皮効果によっても電流が流れる層の厚みが十分あるので、高周波信号を入力しても抵抗値が増大しない電気接点用微細部品とすることができる。
【0017】 【発明の実施の形態】 ・・・ 【0038】 (実施の形態5) (構成) 本発明に基づく実施の形態5における電気接点用微細部品として、実施の形態1で説明したのと同じ形状のコンタクトプローブを作成した。形状は図7に示したコンタクトプローブ100と同じであるが、材質は異なり、本実施の形態におけるコンタクトプローブはCu-Ag合金からなる。
【0039】 このような材質でコンタクトプローブを得るには、実施の形態1または2で説明 した電気接点用微細部品の製造方法において、電鋳の工程の条件を適宜変更すればよい。具体的には、めっき液を実施の形態1または2で示したものに代えて、硫酸銅、メタンスルホン酸銀、ピロリン酸、その他添加剤を適量混合しためっき液とすればよい。また、電鋳の工程での電流の流し方としては、電流密度が10cm2当たり5Aで行なう1秒間の通電と、2秒間の無通電とを1サイクルとして、このサイクルを電鋳生成物が所望の厚さになるまで繰り返して行なう。こうすることによって、結晶の大きさが20nm程度になるように金属層を生成させることができる。
【0040】 こうして得たコンタクトプローブの材料となっている金属の重量構成比はCu:Ag=95:5であり、比透磁率はほぼ1であった。また、電気抵抗率ρは1.7×10-8Ω・mであった。
【0052】 これまでの実施の形態では、電気接点用微細部品として、コンタクトプローブの例と、円柱群付き平板の例とを挙げたが、他の形状や他の用途の電気接点用微細部品に対しても本発明は適用可能である。
【図7】 イ 前記アによると、甲16には、前記第2の3(2)イ(ア)のとおり本件審決が認定した次の引用発明5が記載されていると認められる(なお、
( )内は、甲16の 記載における直接の認定の根拠となる箇所を示すものである。。
) 「金属の重量構成比がCu:Ag=95:5(【0040】)のCu-Ag合金からなるコンタクトプローブ(【0038】。
)」 ウ(ア) その上で、本願補正発明と引用発明5を対比すると、それらの間には、前記第2の3(2)オ(ア)のように本件審決が認定した一致点及び相違点3が存在すると認められる。
(イ) 原告の主張(取消事由5関連)について a 原告は、引用発明5の「合金」は、めっきによって形成された成膜(金属層)のことをいい、金属を「溶かし合わせたもの」ではないから、本願補正発明にいう「合金」とは異なるもので、引用発明5の認定には誤りがある旨を主張する。
原告の上記主張は、本願補正発明にいう「合金」が金属を「溶かし合わせたもの」であることを前提にするものと解されるが、特許請求の範囲の記載において、技術用語は学術用語を用いるとされるところ(特許法施行規則24条の4、様式第29の2の備考8参照)「合金」は、学術上、
、 「2種類以上の金属を混合したもの」で、
「合金の組織には固溶体、共晶(共融混合物)、化合物(金属間化合物)あるいはそれらが共存するものなどがある」ものと認められ(乙29)「異なる物質が互いに 、
均一に溶け合った固相」である「固溶体」 (乙29)に限られるものではない(乙6、
30参照)。そして、本願補正発明において、そこにいう「合金」が金属を「溶かし合わせたもの」に限定されるものと解すべき事情は認められない。
そうすると、引用発明5の「合金」が、めっきによって形成されるものであるとしても、そのことから、本願補正発明にいう「合金」と引用発明5にいう「合金」とが相違するということはできない。
上記のことは、証拠(乙33〜35)のほか、甲16の段落【0002】や甲16に記載された発明が解決しようとする課題等(同【0003】【0004】【0 、 、
007】及び【0008】)に照らし、当該発明の実施例の一つとして記載された引用発明5について上記の学術上の意味における「合金」と異なるものと解すべき事 情がないことからも、裏付けられるところである。
b 前記イ及びウ(ア)の認定判断に反する原告の主張は、いずれも採用することができない。
3 取消事由1(相違点の看過)について 前記2(1)ウで認定判断したとおりであり、取消事由1は認められない。
4 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 引用発明1を含む甲8に記載された発明は、特に、
「被膜を有しないSn耐食性に優れた合金材料、この合金材料からなるコンタクトプローブおよび接続端子を提供することを目的とする」ものである(甲8の段落[0006])ところ、銀の添加については「Sn耐食性」の向上については触れられていない(同[0018])一方で、
ニッケルの添加は「Sn耐食性の向上・硬度上昇に効果がある」ことが明記されている(同[0019]。
) そして、実施例においても、硬度等とともに「Sn耐食性」が独立の項目として評価され(同[0036]、甲8に係る発明の実施例には全てニッケルが添加され、い )ずれも「Sn耐食性」において「○」と評価されている(同[0038]及び[表1]。
なお、同[0003]及び[0047]等の記載のほか、同[0040]〜[0045]の比較例1〜6に対する評価に係る記載をみても、甲8に係る発明は、硬度とSn耐食性を含む複数の要請をいずれも満たすことを目的としたものであると認められる。。
) この点、比較例7のみにおいては、ニッケルの添加がされていないが、
「Sn耐食性」において「×」と評価され、かつ、
「Snはんだ等低硬度材向けのコンタクトプローブ用途として好ましくないといえる」と明記されている(同[0046]及び[表1]。
) 以上の点に照らすと、引用発明1においては、ニッケルの添加が課題解決のための必須の構成とされているというべきであり、引用発明1の「合金材料」について、
ニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることには、阻害要因があるというべきである。
そして、甲8の記載に照らしても、引用発明1の「合金材料」について、ニッケルの添加を省略して銅銀二元合金とすることの動機付けとなる記載は認められず、
他にそのようにすることが当業者において容易想到であるというべき技術常識等も認められない。
したがって、引用発明1に基づいて、相違点1に係る本願補正発明の構成とすることについて、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。
(2) 被告の主張について ア 被告は、一次特性と二次特性の区別を前提として、甲8の記載に接した当業者においては、導電性と硬度という最優先の二大特性が最低限満たされたベース合金のコンタクトプローブも意識するはずであるから、相違点1に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得る旨を主張する。
しかし、一次特性と二次特性についての被告の主張を前提としても、前記(1)で指摘した諸点に照らすと、甲8の記載に接した当業者においては、導電性と硬度という最優先の二大特性を最低限満たした銅銀二元合金に、ニッケルをどのような割合で添加すること等によって、
「Sn耐食性」を向上させ、それや硬度を含めたコンタクトプローブとしての要請をどのように実現させるかという観点から引用発明1をみるものといえるから、
「Sn耐食性」が専ら二次特性に係るものであるという理解を前提としても、そのことから直ちにニッケルの省略が動機付けられるものとはいえず、相違点1に係る本願補正発明の構成に容易に想到し得るとの被告の主張は採用できない。
イ また、前記(1)で指摘したとおり、ニッケルの添加は、「硬度上昇に効果がある」ともされているのであって、専ら二次特性に係るものであるとはいえない。
さらに、甲8の段落[0003]において、「Sn耐食性」の問題は、「Snメッキの付着により抵抗値の変動が起きて、安定した検査が難しくなる」ことにあると指摘されているから、
「コンタクトプローブ」の設計という観点からみた場合には、引用発明1において、ニッケルは導電性に影響するものとして添加されたものとみるこ とができる。
以上の点に照らしても、一次特性及び二次特性という一般的な性質を根拠として相違点1に係る本願補正発明の構成が容易想到であるとの被告の主張は採用できない。
ウ 被告が主張するその余の点は、いずれも前記(1)の判断を左右するものではない。
(3) まとめ 以上より、取消事由2は認められる。
5 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について (1) 前記4の認定判断によると、取消事由3について判断するまでもなく、引用発明1を主引用例とする本願補正発明の進歩性についての本件審決の判断には誤りがあるというべきであるが、特許庁において更なる審理判断がされることを考慮して、取消事由3についても判断する。
(2) 本願明細書の段落[0055]の記載等に照らすと、相違点2に係る本願補正発明の構成は、ある変位量に対してコンタクトピンとして要請される荷重となることのみを特定するものといえるところ、コンタクトピンにおいて、どの程度の荷重をかけたときに、どの程度変位するようにするかは、試験装置のサイズや試験対象の特性等から生じる制約に応じて適宜設定されるべき事項にすぎないというべきである。このことは、甲9(引用文献2)の段落【0064】の記載や甲18(引用文献7)の段落【0080】の記載からも裏付けられているといえる。この点、本件審決における甲9及び18に基づく技術常識Bの認定及び甲19に基づく技術常識Cの認定について、誤りがあるとも認められない。
したがって、相違点2に係る本願補正発明の構成は、当業者において容易に想到し得たものである。
(3) 原告の主張について 原告は、引用発明1から出発して、技術常識B及びCを考慮しても、相違点2に 係る本件補正発明の構成に到達できないと主張するが、本件審決における相違点2の判断及び前記(2)の判断は、引用発明1の構成の一部を技術常識B及びCにより置き換えたものではないから、そのことを前提とする原告の主張は、いずれも採用することができない。
(4) まとめ したがって、取消事由3は認められない。
6 取消事由4(手続の違背)について (1) 前記4の認定判断によると、引用発明1を主引用例とする本願補正発明の進歩性についての本件審決の判断には誤りがあるというべきであるところ、本件審決における本願補正発明の進歩性の判断に係る甲16(引用文献5)への言及の体裁や、引用発明5の認定を含むその記載内容に照らすと、他方で本願発明の進歩性の判断においては甲16(引用文献5)への言及がないこと等を踏まえても、本件審決は、引用発明5を追加の主引用例として、本願補正発明が進歩性を欠く旨を判断したとみるのが相当である。
上記について、被告は、本件審決はそれ単独で本願補正発明が独立特許要件を満たさないという理由として甲16(引用文献5)を示したものではないと主張するが、本件審決の記載内容等に照らして採用することができない。
したがって、前記4のとおり、引用発明1を主引用例とする本願補正発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りがある以上、引用発明5を主引用例として本願補正発明が進歩性を欠くものであるとの本件審決の上記判断に関する取消事由4について検討する必要があることになる。
(2) 特許法50条本文や同法17条の2第1項1号又は3号による出願人の防御の機会の保障の趣旨は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも及ぶものと解される(同法159条2項)。
また、同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。 において、
) 同法17条の2第1項3号による補正や審判請求時にされた補正が 独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定められ、同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。 において、
) 上記により補正の却下の決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは、平成5年法律第26号による特許法の改正によるものであるところ、同改正の際には、審判請求時にされた補正の判断に当たって審査段階における先行技術調査の結果を利用することが想定されていたものとみられるとともに、同改正の趣旨は、再度拒絶理由が通知されて審理が繰り返し行われることを回避する点にあったものと解される。
以上の点に加え、新たな引用文献に基づいて独立特許要件違反が判断される場合、
当該引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正については当該引用文献を示されて初めて検討が可能になる場合が少なくないとみられること等も考慮すると、
特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合であっても、特許出願に対する審査手続や審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには、拒絶理由通知をしないことが手続違背の違法と認められる場合もあり得るというべきである。
(3) 本件においては、次の各事情が認められる。
ア 証拠(甲3、7、13)及び弁論の全趣旨によると、甲16(引用文献5)については、審査段階で指摘されることはなく、本件審判手続に至っても予め指摘されることなく、本件審決で初めて指摘された文献であると認められる。
イ 本願の特許請求の範囲の請求項1については、進歩性に関し、@令和2年6月22日起案の拒絶理由通知書(甲7)において、甲8が引用文献として指摘され、
「銅銀合金を製造する上で、銅に対する銀の添加量をどのような値とするのかは、
当業者が適宜行う設計的事項にすぎない」という理解が示された上で、甲8に記載された発明と本願発明との相違点は一点(本件審決にいう相違点2に相当するもの)に限られることが指摘され、その相違点に係る本願発明の構成が容易想到である旨 が指摘されたこと、A原告は、同年8月19日付け意見書において、上記拒絶理由通知書における上記理解が誤りである旨を指摘し、甲8に記載された合金はニッケルを含むもので、甲8の銅銀ニッケル合金において銀の添加量を変更しても本願発明には至らないことなどを主張したこと(甲11) B同年10月22日付けで上記 、
拒絶理由通知書の記載に沿う拒絶査定がされたこと(甲13)、C原告は、令和3年2月3日付けで本件審判請求及び合金の組成に係る本件補正をしたこと(甲14、
15)、D令和元年12月9日付けの補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1においても、本願発明の合金は「銅銀合金体」と記載されており、それと上記Aの意見書における原告の主張を併せて考慮すると、本願発明の「銅銀合金体」がニッケルを含むものではないことを原告が前提としていることは、同意見書の提出の時点で理解できたことが認められるところであり、原告においては、上記のとおり審査段階において本願発明について進歩性欠如の根拠とされた唯一の文献である甲8に対し、合金の材料に係る他の相違点が存在するという点に専らその主張を集中させて争い、本件審判請求の際にもそれに沿う趣旨の本件補正をしたものである。
しかるに、前記2(1)及び(2)のほか、本願発明と引用発明1の対比によると、本願補正発明と引用発明5との相違点である相違点3は、本願補正発明と引用発明1の相違点2及び本願発明と引用発明1の相違点4と実質的に全く同一のものであると認められる一方、本願補正発明と引用発明1との相違点1は、本願補正発明と引用発明5の相違点としては認められないものである。それゆえ、拒絶理由通知をもって甲16(引用文献5)を示されていた場合には、原告においては、審査段階や審判段階において、引用発明5の認定並びに本願補正発明と引用発明5の一致点及び相違点について争ったり、相違点2及び相違点3をより重視した反論をしたり、
あるいは相違点3に係る本願発明の構成に関して補正することを検討するなどしていた可能性もあるものとみられ、原告の方針には重大な影響が生じていたものというべきである。
(4) 前記(2)を前提として、前記(3)の諸事情を踏まえた場合、相違点3と同一の 相違点2については審査段階で原告に反論の機会が与えられていたこと等を考慮しても、なお、引用発明5を主引用例として本願補正発明の進歩性を判断することは、
原告の手続保障の観点から許されないというべきである。
したがって、取消事由4には理由がある。
7 まとめ 以上によると、原告主張の取消事由のうち、引用発明1を主引用例とする判断に係るものについて、取消事由1及び3には理由がないが、取消事由2には理由があり、引用発明5を主引用例とする判断に係るものについて、少なくとも取消事由4には理由がある。
結論
以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由があるから、本件審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 中島朋宏
裁判官 勝又来未子