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事件 平成 14年 (行ケ) 458号 審決取消請求事件
原告 東芝テック株式会社
訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 飯塚暁夫
訴訟代理人弁理士 鈴江武彦
同 峰隆司
被告 ファミリー株式会社
訴訟代理人弁理士 角田嘉宏
同 高石郷
同 西谷俊男
同 幅慶司
同 古川安航
同 内山泉
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/03/23
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2001-35508号事件について,平成14年7月31日にした審決中,「特許第3012780号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「エアーマッサージ機」とする特許第3012780号の特許(平成6年7月29日にした出願に基づく国内優先権を主張して,平成7年3月23日出願(以下「本件出願」といい,同出願に係る願書に添付された明細書と図面を併せて「本件明細書」という。甲第2号証は,登録時におけるその内容を示す特許公報である。後記のとおり,本件明細書の訂正がなされているものの,これは,請求項3の文言に係る訂正であり,請求項1を問題とする本件には関係がない。),平成11年12月10日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は4である。)の特許権者である。
被告は,平成13年11月16日,本件特許をすべての請求項に関して無効にすることについて,審判を請求した。特許庁は,これを,無効2001-35508号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,本件明細書の訂正を請求した(以下,この訂正を「本件訂正」という。)。特許庁は,審理の結果,平成14年7月31日,「訂正を認める。特許第3012780号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。特許第3012780号の請求項2乃至4に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」との審決(以下単に「審決」という。)をし,その謄本を,平成14年8月12日,原告に送達した。
2 特許請求の範囲(請求項1)(別紙1参照) 座部及び背凭れ部を有した椅子本体と,前記座部前側に配置して前記椅子本体に取付けられ,かつ,両側壁及び中間壁を有し,これら側壁と中間壁との間に上面及び前後両端を開放して前記椅子本体に座った使用者の下肢を収容し得る一対の施療凹部が形成され,前記中間壁の両側面に脚用空気袋が夫々取付けられるとともに,前記両側壁の内側面にも脚用空気袋が夫々取付けられた脚載置部と, 前記各脚用空気袋に連通して設けられこれら脚用空気袋に対してエアーを給排気するエアー給排気装置と, を具備した椅子式のエアーマッサージ機。(以下,審決と同じく「本件発明1」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写し記載のとおりである。請求項1に関する部分は,要するに,本件発明1は,意匠登録第296760号公報(審判甲第12号証・本訴甲第3号証,以下「甲3公報」という。)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)(別紙2,3参照)と周知技術とに基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,というものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した甲3発明の内容,本件発明1とこれとの一致点・相違点は,次のとおりである。
(1) 甲3発明の内容 「座部及び背凭れ部を有した椅子本体と,前記座部前側に配置して前記椅子本体に取付けられ,かつ,両側壁及び中間壁を有し,これら側壁と中間壁との間に上面及び前後両端を開放して前記椅子本体に座った使用者の下肢を収容し得る一対の凹部が形成され,前記側壁の内側面に出っ張り部分が現れている脚載置部と,を具備した指圧椅子」(甲第1号証7頁37行目〜8頁3行目) (2) 一致点 「座部及び背凭れ部を有した椅子本体と,前記座部前側に配置して前記椅子本体に取付けられ,かつ,両側壁及び中間壁を有し,これら側壁と中間壁との間に上面及び前後両端を開放して前記椅子本体に座った使用者の下肢を収容し得る一対の凹部が形成された脚載置部と,を具備した椅子式のマッサージ機である点」(甲第1号証9頁8行目〜12行目) (3) 相違点 ア 「凹部に関し,本件発明1が「施療凹部」としているのに対し,引用発明(判決注・甲3発明)では,それが明確にされていない点」(甲第1号証9頁13行目〜14行目) イ 「本件発明1が,「中間壁の両側面に脚用空気袋が夫々取付けられるとともに,両側壁の内側面にも脚用空気袋が夫々取付けられた」脚載置部と,「各脚用空気袋に連通して設けられこれら脚用空気袋に対してエアーを給排気するエアー給排気装置」を具備した「エアーマッサージ機」であるのに対し,引用発明では,「エアーマッサージ機」とするための該脚載置部等の構成を備えていない点」(甲第1号証6頁15行目〜20行目) (以下,審決と同様に,順番に「相違点1」,「相違点2」という。)
原告の主張の要点
審決は,甲3発明の理解を誤って,相違点1についての判断を誤り,周知技術の認定を誤って相違点2についての判断を誤っている。これらの誤りがそれぞれ結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取り消されるべきである。
1 本件発明1の構成・特徴 (1) 本件発明1を構成要件ごとに分節すると,以下のとおりとなる。
A 座部及び背凭れ部を有した椅子本体と, B 前記座部前側に配置して前記椅子本体に取付けられ,かつ,両側壁及び中間壁を有し,これら側壁と中間壁との間に上面及び前後両端を開放して前記椅子本体に座った使用者の下肢を収容し得る一対の施療凹部が形成され, C 前記中間壁の両側面に脚用空気袋が夫々取付けられるとともに,前記両側壁の内側面にも脚用空気袋が夫々取付けられた脚載置部と, D 前記各脚用空気袋に連通して設けられこれら脚用空気袋に対してエアーを給排気するエアー給排気装置と, E を具備した椅子式のエアーマッサージ機 (2) 本件発明1は,脚用空気袋の膨縮によって脚部のマッサージをする椅子式のエアーマッサージ機に関する発明である。
本件発明1は,椅子本体の座部前側に使用者の下肢を収容する一対の施療凹部を有し,その両側壁の内側面及び中間壁の両側面に脚用空気袋が取り付けられており,その膨縮によって,脚部を挟み付けるように押圧してマッサージ作用を行う。
2 甲3発明の認定の誤りの1 (1) 審決が甲3発明として直接認定したところは,上記第2の3(1)記載のとおりである。
このうち,甲3発明において,指圧椅子の脚載置部の側壁に,「出っ張り部分」が現れている,との認定は誤っている。
(2) 引用例が刊行物である場合,そこに記載された事項の認定は,あくまで,当該公刊物に示されている公知技術の認定であって,公然実施技術の認定ではないから,引用例に客観的かつ明確に記載された技術事項のみが認定されるべきである。例えば,事実としては,特別な構造を有する機械の写真が刊行物に掲載されていたとしても,写真が不鮮明で当該構造を認識できないような場合は,同写真の存在をもってその構造を有する機械が同刊行物に掲載されていると認定することは許されない。
甲3公報の写真に「出っ張り部分」が現れているからといって,甲3発明の脚載置部の側壁に,構造上出っ張り部分が存在することを,明確に認めることはできない。
(3) 原告が,別件の審判手続において,甲3発明の脚載置部に「出っ張り部分」があると認めたことはない。原告が認めたのは,甲3公報の底面図の写真で,脚載置部の側壁が直線状ではなく,やや出っ張った輪郭形状に見えるという,写真上視覚される事実にすぎない。この写真上視覚される事実の存在を認めたからといって,その「出っ張り部分」が,技術的に意味のある,甲3発明の構造の一部であると認めたことにはならない。
このことは,別件の審決が,原告の主張として,「被請求人は,平成14年5月24日に実施された口頭審理において,甲第1号証に記載された指圧椅子(判決注・甲3発明を指す。)の脚載置部に現れている「出っ張り部分」は,カバーの皺或いはリンク機構によるものと考えられる旨主張している。」(乙第29号証8頁35行目〜38行目)と摘示していることからも明らかである。
3 甲3発明の認定の誤りの2 (1) 審決は,相違点1についての検討において,甲3発明につき, 「引用発明(判決注・甲3発明)における「出っ張り部分」は,引用発明の対象が「指圧椅子」であること,その現れている位置が「脚載置部の側壁」であり,脚部を側方から圧迫し得る位置にあること,甲第14号証(判決注・甲第5号証,以下「甲5公報」といい,これに記載された発明を「甲5発明」という。)に見られるように,脚部を側方から圧迫する押圧部材(「指圧頭が固設された蛇腹式の指圧筒」が相当。)を設けた指圧装置が周知であること,引用発明(甲第12号証)に係る意匠の創作者は,甲第14号証に係る発明者と同一人であること,等を総合的に判断すれば,「押圧部材」であると捉えるのが相当である。
したがって,そのような「押圧部材」を備えた指圧椅子の脚載置部における「凹部」は,「施療凹部」と捉え得るものである。」(甲第1号証9頁24行目〜32行目) としている。
(2) 引用例の記載事項の認定において,同一人の他の出願,すなわち,当業者の知らない引用例の創作者の事情(これは当業者の有する技術常識ではない。)を参酌することは許されない。
被告は,そのような認定をした例がある,としている。しかし,被告が挙げる判決例は,特許侵害訴訟における特許発明技術的範囲の解釈に係るものである。
(3) 審決は,「出っ張り部分」が現れている位置が,脚載置部の側壁であり,脚部を側から圧迫し得る位置であることから,「出っ張り部分」が押圧部材であると認定している。これは,甲3発明が,脚部を側から圧迫し得る装置であることを暗黙の前提としているものである。しかし,甲3公報には,そのような記載はどこにもない。
(4) 被告は,甲3公報には電源コードや空気チューブが現れている,と主張する。しかし,そのようなものがあるとしても,それは,首や肩付近にあると推測される指圧手段のためのものと解されるにすぎない。
(5) 本件出願当時,甲3発明のような形態の脚載置部を有する装置や,脚載置部に押圧部材を設けた製品は実用化されておらず,存在しなかった。脚部を側から圧迫することは,当業者の常識ではなかった。
被告の挙げる実開昭59-100410号公報(甲第6号証,以下「甲6公報」という。)に記載されている発明(以下「甲6発明」という。)は,立ったまま使用する圧迫治療器である。特公昭44-13638号公報(乙第28号証)に記載された指圧装置には,甲3発明のような脚載置部は設けられていない。これらの証拠をもって,脚部を側方から圧迫する押圧部材が周知であった,と認定することはできない。
(6) 審決は,甲3発明の「出っ張り部分」が押圧部材であると認定するのみであって,それがどのようなものであるかは認定していない。これでは,押圧部材の存在が撮影されていない甲3公報の写真において,どのような押圧部材があると認定したのか,全く不明である。このような事実認定が妥当でないことは明らかである。
被告が挙げる乙第6号証ないし第12号証には,空気袋等により駆動される押圧子を介して,人体を点接触的に指圧を行う装置が開示されている。しかし,これらの文献に記載されているような押圧部材が,甲3公報に記載されている,という証拠はない。
4 相違点2についての判断の誤り (1) 審決は,相違点2についての判断において,「一般的に,マッサージ機として,指圧子を押圧部材として備えた指圧式のタイプ(例えば,甲第14号証(判決注・甲5公報)参照)や「空気袋」を押圧部材として備えたエアー式のタイプ(例えば,甲第5号証(判決注・本訴甲第6号証)参照。)があることは良く知られている」(10頁1行目〜4行目),としている。
甲6発明は,エアーバッグ式圧迫治療器に関する実用新案であり,マッサージ機の分野の当業者の周知技術を示すものではない。
空気袋を押圧部材として備えたエアー式マッサージ機が周知であったとする審決の周知技術の認定には,誤りがある。
被告は,乙第7号証,第13号証ないし第24号証を提出する。しかし,これらの証拠によっても,空気袋を脚載置部やその側壁に設けることが周知技術であったなどと認定することはできない。
(2)ア 被告は,空気袋と指圧子とは,目的・機能において本来異ならない,と主張する。しかし,指圧とマッサージは,本来異なる療法である。
イ 指圧子は,点接触的に人体部位と接触し,狭い範囲を押圧する。他方,エアーバッグは,広い面積で人体部位と接触し,広い範囲の筋肉に対し押圧による刺激を与えるものである。エアーバッグにより押圧する際,その範囲につぼが含まれていれば,そのつぼに対しても刺激が与えられることは当然である。しかし,それをもって,指圧子と同一の作用ということはできない。
指圧子とエアーバッグとが異なることは明らかである。
ウ 被告は,原告が,被告製品「チェアロ DX FAC-451」等について,その蛇腹式の指圧筒の先端に指圧頭(キャップ)が取り付けられたものが本件発明の空気袋に該当するとの前提に立ち,それが本件特許を侵害すると指摘したことをもって,指圧筒と指圧頭の組合せが空気袋に該当しないと原告が主張することは,信義側に反する,と主張する。
しかし,原告は,上記「チェアロ」を,侵害を主張する対象製品としていない。原告が侵害製品であるとしているのは,その後継品である「ハイブリッド」と「メディカルチェア i.1(アイワン)」である。これらは,空気袋を備えている。
被告の主張の要点
1 原告の主張2(甲3発明の認定の誤りの1)に対して (1)ア 原告は,甲3発明の脚載置部に,「出っ張り部分」があるとの審決の認定を争っている。
しかし,甲3公報に「出っ張り部分」があることは,原告自身,審判手続において認めている。
すなわち,別件の無効2001-35526号審判事件(請求人被告,被請求人原告)の第1回口頭審理調書には,同事件における甲第1号証(判決注・審判甲第12号証・本訴甲第3号証)の記載事項について,「「指圧子を配設した椅子本体としての身体支持台と,この身体支持台の前部に上下方向に回動自在に設けられ脚載置壁とこの脚載置壁の両側に形成した側壁とからなる溝状の脚載置部を一対として有する脚載置台と,少なくとも前記脚載置部の片側の外側壁に出っ張り部分が表れており,前記脚載置台を回動させて所定の位置に位置決めするようにした指圧椅子」が記載されていることについては,両当事者間に争いはない。」(乙第1号証2頁14行目〜21行目)と記載されているのである。
このような原告が,本訴において「出っ張り部分」の存在を否定することは,信義側に反し許されない。
イ 乙第2号証の1も,甲3発明に係る意匠公報の写しであり,ここに見られる写真は,より鮮明なものである。これによれば,脚載置部の側壁のカバーが,その裏から押圧部材で押し出され,そこに「出っ張り部分」が生じていることがよく分かる。
ウ 原告は,「出っ張り部分」が構造上存在していることを否定しているにすぎず,「出っ張り部分」が存在すること自体は特に否定していないと解される。 2 原告の主張3(甲3発明の認定の誤りの2)に対して (1) 原告は,審決が甲3発明の脚載置部の「出っ張り部分」を押圧部材であると認定したことを争っている。
しかし,審決の認定に何ら誤りはない。
ア 甲3公報は,「指圧椅子」の意匠に係るものである。
対象製品が指圧椅子である以上,そこに何らかの押圧部材が設けられていることは当然であり,脚載置部の「出っ張り部分」の形状から見て,そこに押圧部材が設けられていると認識することは,当業者であれば当然である。
イ 脚載置部が凹状であり,脚部を側方から圧迫し得る形状であることも,その「出っ張り部分」が押圧部材であると認定する有力な要因となる。
そもそも,脚載置部が,単に脚を載置するためだけのものであれば,これを凹状にする必要は全くない。むしろ,凹状にしない方が,製造コスト上有利であり,外観やデザインも向上し,使用者の脚の姿勢や動きを不必要に拘束せず,指圧椅子としての機能も向上する。
以上のデメリット(不利な点)にもかかわらず,わざわざ側壁部を設けて凹状としていることからは,当業者であれば,この側壁に何らかの押圧部材が設けられているものと認識する。
ウ 甲3公報の背面図には略直線状の白い部材が,底面図には複数の曲線状の白い部材が表示されている。
当業者は,背面図の略直線状の白い部材を電源コードと認識し,これより大径の,底面図の曲線状の白い部材は,空気を供給するためのチューブであると認識する。
以上から,当業者であれば,脚載置部の大きな「出っ張り部分」は,空気の供給によって膨縮する形式の指圧子によるものであると認識することが明らかである。
エ 竹内鉄工株式会社(その後,タケウチテクノ株式会社に商号を変更した。甲3公報の意匠の権利者である。その創設者Aは,甲3公報の意匠の創作者であり,意匠出願当時の代表者である。)は,昭和43年ころ,日本電気用品試験所に指圧椅子の認可試験品を提出している。
この認可試験品には,脚載置部の側壁の出っ張り部がはっきり現れており,そこに,指圧頭(半球状の部材)も設けられている。モーター,空気ポンプ,ロータリーバルブもあり,駆動させると上記指圧頭が空気により作動した。
甲3発明は,この認可試験品と同型のものではない。しかし,外観上共通部品が多いことから,同様の構造を採用したものと推認することができる(乙第4号証,第5号証)。
このことからも,甲3発明の「出っ張り部分」が指圧子であると審決の認定は裏付けられる。
オ 原告は,引用例の創作者と同一人の発明による他の特許出願を参酌して,引用例の記載事項の認定を行うことは許されない,と主張する。
しかし,そのようなことは一般的になされている(東京地判昭和57年(ワ)第1396号,大阪地判昭和58年(ワ)第7338号,第8570号等)。
カ 原告は,脚部を側方から押圧する押圧部材を設けた指圧装置は,周知ではなかった,と主張する。
しかし,脚部を側方から圧迫する押圧部材を設けた指圧装置は,例えば,甲6公報の5図(別紙4参照)や,乙第28号証(特公昭44-13638号公報)の1図ないし4図,9図(別紙5ないし9参照)に記載されている。
キ 原告は,甲3発明の指圧子が具体的にどのようなものであるかを審決が認定していないことを問題としている。
しかし,甲3発明の認定においては,指圧椅子に一般的に用いられる押圧部材を想定できれば十分である。
審決は,原告が引用するとおり,「引用発明(判決注・甲3発明)における「出っ張り部分」は,引用発明の対象が「指圧椅子」であること,その現れている位置が「脚載置部の側壁」であり,脚部を側方から圧迫し得る位置にあること,甲第14号証(判決注・甲5公報)に見られるように,脚部を側方から圧迫する押圧部材(「指圧頭が固設された蛇腹式の指圧筒」が相当。)を設けた指圧装置が周知であること,引用発明(甲第12号証)に係る意匠の創作者は,甲第14号証に係る発明者と同一人であること,等を総合的に判断すれば,「押圧部材」であると捉えるのが相当である。」(9頁24行目〜30行目),としている。要するに,審決は,同一人が創作・考案した甲3発明と甲5公報記載の発明(以下「甲5発明」という。)とを比較して,甲3発明の「出っ張り部分」が押圧部材である,と認定しているのである。
審決の認定がこのようなものである以上,甲3発明の押圧子として審決が認定したのは,甲5発明の押圧部材の概念のものである。と理解することができ,そのように理解すれば足りることである。
3 原告の主張4(相違点2についての判断の誤り)に対して (1) 原告は,指圧子を押圧部材として備えた指圧装置は周知ではない,と主張する。しかし,この主張は事実に反する。
甲5公報のほかにも,そのような指圧装置は多数存在する(乙第6号証ないし第12号証)。
また,甲6公報のほかにも,エアーバッグを備えた指圧装置を記載した文献があり,このような指圧装置もまた,周知であった(乙第7号証,第13号証ないし第24号証) (2)ア 原告は,指圧子とエアーバッグとは,適宜置換し得る関係にはない,と主張する。
しかし,指圧子は,つぼを刺激するのみならず筋肉のマッサージをも行うものであり,他方,エアーバッグ(空気袋)も,筋肉のマッサージだけでなくつぼの刺激をも行い得る。両者は,当業者であれば適宜置換することが可能である。
イ 指圧子でマッサージ効果が得られることについて,例えば,乙第7号証(実公昭61-39470号公報)には「以上のように本考案によれば,使用者の体形に適合した曲面上に仰臥した安楽な姿勢で肩の経絡(つぼ)を空気圧の膨縮運動により指圧部材1で押圧を繰り返し行なうため,所要押圧力のマツサージを効果的,且つ,安全に行なうことができる」(3頁5欄9行目〜13行目),と記載されている。この「指圧部材1」とは,空気袋の先端に取り付けられた指圧頭のことである。
甲5公報(特公昭52-28517号公報)には「指圧頭30,31,39,40はその伸縮方向と略直交する方向に往復移動することができる。したがつて大腿部にはもみ作用を与えながら指圧することができる。」(2頁4欄32行目〜35行目)と記載されている。この「もみ作用」とは,筋肉をもみほぐすようなマッサージ作用である。
ウ エアーバッグで,つぼに対する指圧作用を与えられることについて,例えば乙第20号証(特公昭61-16178号公報)には,「腰や背等に存在する経穴部に対してきわめて柔軟にかつ適確にマツサージ効果をもたらすことができるようにすることを目的として開発した椅子に関するもので,」(2頁3欄3行目〜6行目),と記載されている。腰や背の経穴部にマッサージ効果を与えるというのは,つぼを刺激することにほかならない。
乙第26号証(特許第3012127号公報)は,原告の出願に係る特許公報であり,本件出願の後に公開された(出願は約1年半前である。)ものであるものとはいえ,そこには,「【0022】空気袋23a,23bは人体の下肢部に位置するツボの承山(しょうざん)等に対応していて,対応する空気袋23a,23bの膨張によりこの承山近傍の下腿部を挾み付けることにより筋肉のマッサージ並びにツボへの刺激を行なう。」(3頁5欄29行目〜33行目)と記載されている。
同旨の記載は,乙第27号証(特許第3014572号公報。これも,本件出願後に公開された,原告の出願に係る特許公報である。)にもある。
エ 空気袋の構造について 空気袋は,気密性を有する布地から構成されている。この中に対し給排気が行われても,ゴム風船などと異なり,布地自体は伸縮しない。空気袋に高圧の空気が注入されると,空気袋は非常に固いものとなる。したがって,空気袋を膨張させた時は,その全体が柔らかく身体に接触するのではなく,膨張した先端部が局所的につぼを刺激し得るのである。
オ 以上のとおりであるから,指圧子と空気袋との間には置換性がある。
カ 原告は,被告を相手方として,本件特許の請求項3に基づく侵害訴訟を提起している。その訴訟提起に至る前,被告に対し文書(乙第30号証,第31号証)を送付し,被告製品「チェアロ DX FAC-451」等の蛇腹式の指圧筒の先端に指圧頭(キャップ)が取り付けられたものを指して,本件発明の空気袋であると指摘している。
指圧子とエアーバッグの置換性を否定するのは,信義側に反する。
当裁判所の判断
1 原告の主張2及び3(甲3発明の認定の誤り1及び2)について (1) 原告は,甲3発明についての,脚載置部の側壁に,構造上出っ張り部分があるとの審決の認定を争っている。原告が争う上記認定事実は,側壁に「出っ張り部分」があること,と,これが「押圧部材」に基づくものであること,との2点に分解することができる。
(2) 前者について,原告も,本件と当事者を共通にする無効2001-35526号事件の審判段階で,甲3公報の写真上,出っ張った部分が視認されることは認め,そして,それが,カバーの皺あるいはリンクの機構に基づくものと推測される旨述べている(乙第1号証,第29号証)。また,現実に,写真上「出っ張り部分」自体が存在することは,甲第3号証及び乙第2号証の1により認めることができる。
(3) 後者について,すなわち,上記「出っ張り部分」が構造上のものか,つまり何らかの押圧部材であるか否かについては,審決は,第2の3(1)で摘示したとおり,甲3発明の認定において,その一対の凹部の側壁に,「出っ張り部分」が存在することを認定しているものの,これが,押圧部材であるとまでは認定していない。また,一致点の認定においても,そのような構成は摘示していない。のみならず,相違点の一つ(相違点1)として,甲3発明の凹部が本件発明1の施療凹部であるか否か明確ではない点を摘示している。そうすると,審決は,本件発明1と甲3発明とを対比して両発明の一致点・相違点を認定するという段階までは,前者の脚載置部には押圧部材があるのに対し,後者の脚載置部にはこれがあるか否か分からないとしていたということができる。この段階でとらえる限り,審決は,甲3発明の脚載置部には押圧部材があるかないか分からない,との後記認定を前提にしても,正しい認定をしていたということができる。ところが,審決は,相違点1についての判断に至って,原告も引用するとおり,「・・・相違点1について 引用発明(判決注・甲3発明)における「出っ張り部分」は,・・・「押圧部材」と捉えるのが相当である。」(甲第1号証9頁23行目〜30行目)と説示している。
(4) 甲3公報は,指圧椅子の意匠に係る意匠公報である。したがって,これに示された椅子のどこかには押圧部材(指圧子)が存在することは,明らかである。しかしどのようなところに指圧子があるか,どのような機構により指圧を実現するかは,具体的には示されていない。そして,少なくとも,一対の凹状の脚載置部に関しては,そこに存在する「出っ張り部分」が指圧子によるものであるかどうかを明らかにする資料は,甲3公報自体の中には見いだすことができない。
(5) 被告は,審決の説示を引用して,甲3発明の対象が「指圧椅子」であること,「出っ張り部分」の現れている位置が「脚載置部の側壁」であり,脚部を側から圧迫し得る位置にあることを,そこに指圧子であることの根拠として挙げる。
しかし,甲3発明が「指圧椅子」であるからといって,それだけで,必ず指圧子が脚載置部に存在することになる,などということはない(甲第3号証,乙第2号証の1によれば,他の部分に指圧子があると明らかに認められる。)。単に指圧椅子であるというだけで,脚載置部の側壁にも指圧子があるということはできない。底面図から,甲3発明において,指圧のための機構が存在することが認められる,という事実についても同様である。
一対の凹状の脚載置部は,審決が認定するとおり,脚部の側面を圧迫し得る形状となっている。しかし,これについては,肘掛け部や首を収容する凹状受部と相まって,使用者に適切な位置・姿勢で椅子に腰掛けさせ,適切な部位に指圧をする,という効果も考えられる。すなわち,そこに指圧子を備えていなくても,上記形状のみに機能上の意味があり得る,と認められる。
(6) 審決は,甲5発明のような,脚部を側方から圧迫する押圧部材を備えた指圧装置が周知であり,かつ,甲5発明の発明者が甲3発明の創作者と同一の人物であることを,その認定の一つの根拠とする。
しかし,甲5発明は,昭和49年4月に出願され,昭和50年10月に公開されたものである。これにより,脚部を側方から圧迫する指圧装置が,本件出願日当時周知であった,と仮にいえるとしても,また,これに,甲3発明の創作者と甲5発明の発明者が同一人物であることを併せ考慮しても,それらのことが,甲5発明の出願の約7年も前に出願された,甲3発明の構造の認定に直接関係するとは到底認められない。
(7) 審決は,甲3発明の認定において用いてはいないものの,乙第28号証(特公昭44-13638号公報)を証拠として挙げている(指圧装置をマッサージ装置としてとらえることが通例である,との認定において用いている。)。これは,甲3発明の創作者が,甲3発明の出願の約1年半前に出願した特許に係る公報である。この乙第28号証には,椅子型の指圧装置が開示されており,この指圧装置は,脚載置部に両側壁を備え(両肘掛部4が相当。),その内側面に指圧子(伸縮筒27+指圧頭29が相当。)が設けられている。
また,被告は,乙第4号証及び第5号証を提出し,甲3発明の意匠権利者は,昭和43年ころ,日本電気用品試験所に指圧椅子の認可試験品を提出しており,これには,脚載置部の側壁の出っ張り部に,指圧頭(半球状の部材)も設けられ,これが,空気により作動するとの構成を有しているから,甲3発明も同様の構成を有していると認められる,との主張をする。
(8) 以上の事実からは,現実には,甲3公報の図面代用写真に写っている指圧椅子においても,その脚載置部の側壁の出っ張り部分に,何らかの押圧部材が存在する可能性は相当に高い,ということができる。
しかし,本件発明1の特許性(新規性ないし進歩性)を否定する根拠となるべき刊行物としての甲3公報の理解自体は,これに接した当業者がそれをどのように把握するか,という観点からなされるべき事柄であり,同公報に示されている写真の被写体が真実どのようなものであったか,という観点からなされるべき事柄ではない。したがって,後者の観点からどのように把握されようと,そのことは,本件における同公報の把握とは関係のないことである。ところが,審決が,後者の観点から同公報を把握していることは,その説示自体で明らかであり,この点において,審決の認定は既に誤っているという以外にない。
もっとも,甲3公報に接した当業者は,周知の事項を前提に,これを把握するものというべきであるから,この点からの検討が必要となる。
しかしながら,甲3発明の創作者が,その出願前に,脚載置部の両側壁に指圧部を有する指圧装置の出願をしていることや,そのような製品を実際に作っていたことは,そもそも当業者の技術常識ではない。また,上記証拠を含め,本件全証拠によっても,甲3公報の意匠の出願当時,一対の凹状の脚載置部を備えた指圧椅子において,その両側壁に指圧子を備えることが,当然であるとか,当業者の技術常識であった,と認めることもできない。
結局,甲3公報に現れた甲3発明の理解に関する限り,甲3公報の「出っ張り部」が「押圧部材」であるとの構成の存在を,認めることはできないのである。
(9) 以上のとおり,審決が,相違点1についての判断に至ってなした,甲3発明の脚載置部の側壁の「出っ張り部分」が,押圧部材であるとの認定は,誤りであり,これに基づく,相違点1についての判断自体には,問題があるという以外にない。審決は,本来,甲3発明の脚載置部に押圧部材があるかないか分からない,との前提に立って,判断を先に進めるべきであった,というべきである。
(10)しかし,審決が,甲3発明の凹部に押圧部材が設けられていると認定した誤りは,その結論に影響するものではないというべきである。
審決は,相違点2についての判断において, 「例えば甲第14号証(判決注・甲5公報)に見られるように,脚載置部における一対の施療凹部の両側壁に指圧子からなる押圧部材(「指圧頭が固設された蛇腹式の指圧筒」が相当。)を取付けることは,指圧式のマッサージ機(「指圧装置」が相当。)における周知技術であるから,引用発明において,押圧部材を両側壁に取付けるようにすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得る設計的事項である。」(甲第1号証9頁34行目〜39行目) と判断している。
審決の上記認定判断は,相違点1についての判断で認定した,甲3発明の脚載置部の側壁に押圧部材が設けられていることを前提としている。しかし,審決の上記認定判断は,甲3発明の脚載置部の側壁の内側面には押圧部材が設けられている,という前提に立った上でのものであるとはいえ,結局のところは,同発明の脚載置部の押圧部材の設置状況と本件発明1のそれとは異なることを認めた上で,溝状の脚載置部の両側壁に押圧部材が配設されたものは,(指圧式の)マッサージ装置における周知技術であることを根拠に,甲3発明において押圧部材を脚載置部の両側壁に設けるようにすることは,当業者が容易に想到し得る,とするものであり,審決のこの認定判断が,もし,それが正しいなら,審決が前提としたところ(甲3発明には,脚載置部の側壁には指圧子が設けられている)の真偽のいかんにかかわらず,甲3発明において押圧部材を両側壁に設けることは容易であることを保証するものであることは,事柄の性質上,明らかなことというべきである。審決認定の上記周知技術が真に周知技術であったなら,これを甲3発明に適用しようとすることに格別の困難があるとは考え難く,しかも,そのことは,上記前提に立つか否かとは関係のないことといってよいからである(後記(12)参照)。
結局のところ,審決が相違点2についての検討で行った周知技術の認定が正当であるならば,押圧装置の具備についての相違点1に係る本件発明1の構成は,甲3発明と上記周知技術とから容易に推考できることになり,審決は,この結論に至る判断過程において,一部無用の議論を行い,しかも,その点において誤ってはいるものの,最終的には正当な根拠によって正しい結論に達した,ということができるのである。そして,このように判断したとしても,原告が,直接的には,審決の甲3発明の認定に関してであるとはいえ,上記周知技術の存在を争っていることからすれば,原告の防御権を侵害することにはならない,というべきである。
(11)甲5公報には,脚部を抱持し得る凹状枠に,脚部の略両側面をはさんで押圧できる,略対向する一対の指圧子が開示されている(別紙10,11参照)。
乙第28号証(特公昭44-13638号公報)には,溝状の脚載置部を備え,その両側壁に押圧部材(エアーの給排気により動作する蛇腹状の伸縮筒と指圧頭の組合せ)があり,この押圧部材により,使用者の大腿部及び下腿部を押圧する椅子式マッサージ機が開示されている(第1図ないし第4図,第9図。別紙8参照)。
原告は,乙第28号証には,甲3発明のような脚載置部は設けられていない,と主張する。確かに,前者の脚載置部は,足を一本ずつ個別に 収納できるようなものではなく,また,上下方向に回動し得るものでもない。しかし,溝状の脚載置部を備え,その両側壁に押圧部材を備えていることは,前記のとおりであり,前記(10)で述べた周知技術を認定するためには,これらの構成が認められれば十分である。
(12)これらによれば,溝状の脚載置部を備え,その両側壁に押圧部材を設けた構成のマッサージ機は,本件出願当時,周知であった,ということができる(特許性の有無の検討において周知であるか否かが意味を有するとき,問題となるのは構成である。構成自体が周知となっている限り,当該構成のものが実用化されているか否かは,基本的には関係がない。)。そして,同じ溝状の脚載置部を備える甲3発明において,その脚載置部の両側壁と中間壁の各側面に,押圧部材を設けることを阻害する要因の存在は全く認められない(設けるための具体的方法に関して技術的な問題点があるであろうことは,推測することができる。しかし,仮にそうであるとしても,本件発明に係る特許請求の範囲は第2の2のとおりであり,同発明は,決して,実装の技術的問題点の解決手段に係る発明ではない。このような技術的問題について,その存在にせよ,その解決手段にせよ,本件明細書に開示されているわけでもない。)。
そうすると,本件出願当時,上記周知技術(これは,溝状の脚載置部の両側壁の内側面に,押圧部材を設ける,というものである。)の下で,甲3発明の脚載置部(これは,単に溝が並んで2本ある形状である。)両側壁の内側面に,下腿部の押圧を目的として,伸縮筒と指圧頭の組合せによる押圧部材を設けることそのものは,当業者が容易に推考し得ることであった,と優に認めることができる。
(13)原告は,審決が「押圧部材」が具体的にどのようなものであるか認定していない,と主張する。
しかしながら,審決が,甲3発明については,指圧椅子における「指圧子」に,本件発明1については「空気袋」に,それぞれ着目し,それらを,いずれも押圧作用に直接関係する部材であるという抽象度で把握した上,これを「押圧部材」という用語で表現したものであること,「押圧部材」としての具体的態様における相違は,相違点2として把握した上でこれについて検討していることは,審決の説示自体で明らかである。そして,本件発明1の特許性について判断する一段階として,本件発明1と甲3発明とを押圧部材において比較するに当たり,審決が採用した上記判断方法に格別問題はない。押圧部材をより具体的に認定しない限り,両発明の対比は適切になし得ない,とする原告の主張は,採用することかできない。
2 原告の主張4(相違点2についての判断の誤り)について (1) 審決の相違点2についての判断の前半部分(溝の両側壁の内側面に押圧部材を設けることの容易推考性)については,1で述べたとおり,溝の両側壁の内側面に押圧部材を設けることは,容易に推考できたことであると認められる。
(2) 次に,相違点2についての判断のうち,「一般的にマッサージ機として,指圧子を押圧部材として備えた指圧式のタイプ(例えば,甲第14号証(判決注・甲5公報)参照。)や「空気袋」を押圧部材として備えたエアー式のタイプ(例えば,甲第5号証参照。)後半部分(押圧部材として空気袋を採用することの容易推考性)について検討する。
ア 審決は,前記のとおり, 「一般的に、マッサージ機として、指圧子を押圧部材として備えた指圧式のタイプ(例えば、甲第14号証参照。)や「空気袋」を押圧部材として備えたエアー式のタイプ(例えば、甲第5号証参照。)があることは良く知られている」(甲第1号証10頁1行目〜4行目)としたうえで,「マッサージ機として、上記二つのタイプの内のいずれを採用するかは、当業者が必要に応じて適宜選定しうる事項である」(甲第1号証10頁7行目〜8行目)から,「引用発明の指圧式のマッサージ機において、脚載置部における一対の凹部の両側壁に、空気袋からなる押圧部材を取付け、各空気袋に対して連通してエアーを給排気するエアー給排気装置を備えさせることにより、エアーマッサージ機に改変することは、当業者であれば容易に想到し得る」(10頁9行目〜12行目) と判断した。
イ 空気圧を利用した指圧式のマッサージ機も,空気袋を利用したエアマッサージ機も,それ自体としては,本件出願以前に種々出願されており,いずれもそれ自体は周知のものであったことは,審決が認定するとおりである。
(乙第6号証ないし第24号証) 原告は,審決がエアー式のマッサージ機の例として挙げる甲6発明は,圧迫治療器であり,マッサージ機ではない,と主張する。しかし,甲6発明は,「・・・患部要所が圧迫される。このような動作が繰り返し行なわれることにより,肩部の肩甲骨内側縁や棘下窩等の要部が適度にもみほぐされ,血行を良くすると共に沈痛(判決注・「鎮痛」の誤記と認める。)効果が生じ,肩関節の筋腱等軟部組織の損傷を治癒することができる。」(6頁1行目〜6行目)としている。甲6発明が,マッサージの効果を持つことは,上記記載から明らかである。
このような周知技術が存在しないとして,容易推考性を否定する原告の主張は採用できない。
ウ 原告は,指圧子とエアーバッグは適宜置換できる関係にはない,と主張する。この主張の根拠の一つとして原告が挙げるのは,指圧とマッサージとが,療法として異なる(動作も効果も異なる),ということである。指圧とマッサージとが療法として異なる(動作も効果も異なる)ということは,一般論としては,正しいと認められる。
審決は,「指圧装置における指圧頭は,所定の接触面積を有するため,人体に点接触することはありえず,少なからず筋肉をも押圧するものであること,一方,エアマッサージ装置は,空気袋による押圧部位にツボが含まれること,また,両者はいずれも,押圧によりもみ作用を与えるものであること,等を総合的に勘案すれば,指圧装置とエアマッサージ装置とが目的・機能において格別に異なるものであるとは認められない。」(甲第1号証10頁35行目〜11頁3行目)と説示している。本件発明1について,本件明細書は,実施例の記載を除き,空気袋の大きさや,その膨張・人体への当接の態様等について具体的に特定しているものではなく,人体の圧迫の態様も様々なものが考えられるから,本件発明1は,指圧の効果も果たし得るものとして,構成することも可能である。したがって,本件発明1に関する限り,審決の上記説示が誤っているとはいえない。とはいえ,一般的には,指圧装置とマッサージ装置とは,その作用や効果において異なる,と理解すべきである。
エ しかし,原告の主張する前記前提に立っても,なお,指圧子とエアーバッグとの置換性は,肯定することができる。理由は以下のとおりである。
筋肉の緊張を解いて血行を良くする,神経を刺激するなどの目的で,人体に対し人が物理的な力を加える療法,すなわち,指先,あるいは手の平全体などを使って,人体をさすったり,たたいたり,もんだり,押したりする療法が,それらそれぞれが正確にはどのように呼ばれてきたかはともかく,古来存在したことは周知である。そして,これら人手によって行われた療法の中には,つぼと呼ばれる部位を押圧することに重点を置いて,狭い当接面積を押圧する,一般に指圧と呼ばれているもの,筋肉をもみほぐすものなど,種々の態様のものがあることも,よく知られたことである。この点については,例えば,審決も引用するとおり,乙第28号証(特公昭44-13638号公報)にも,「従来,わが国においては古来より按摩及びマツサージとして特別の技能と経験を有する技術者による手技の指圧療法が盛んに行われてきたものであつた・・・」(1頁1欄28行目〜31行目),と記載されているところである。 そうすると,これらを,人手でなく,機械により実現しようとする場合,技術的に可能である限り,人手による場合に倣って,狭い当接面積を押圧(指圧)するような部材を設けようとすることも,広い当接面積を押圧するような部材を設けようとすることも,極めて自然に出てくる発想であって(甲第5号証,第6号証,乙第6号証ないし第25号証,第28号証参照),このような発想を抱くこと自体に,特許に値する困難性を認めることは,およそ不可能であるという以外にない。そして,これらのうち,いずれを採用するか,いずれも採用するかなどが,当業者が,どのような効果を達成しようとするかに応じて,適宜選択し得ることであることも,明らかなことというべきである。当然のことながら,このような発想を抱くことの困難性と,当該発想を技術的に実現することの困難性は別であるから,このような発想を技術的に実現したものに特許権が認められることは,十分あり得る。しかし,それは,当該技術的困難をいかに解決したかを開示し,かつ,その開示に見合う範囲においてだけ特許を求める場合に限られる。本件発明がそのような場合に当たるものではないことは,明らかである。
オ したがって,指圧子とエアバッグとの二つの要素を,施療部位と施療効果に応じ,取捨選択し,組み合わせるなどして採用することそのものは,当業者であれば適宜選択できる設計事項であるということができる。人間の脚部には,筋肉もつぼも両方存在すると認められる(つぼにつき,乙第28号証8図参照)(別紙12参照)から,脚部についても,広い範囲のマッサージ効果をねらうか,つぼ刺激をねらうかで,押圧部材を適宜選択し得ることは当然である。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明1は,甲3発明に基づき,これに審決が摘示する甲第5号証及び乙第28号証により開示されている周知技術を適用して,容易に想到できるものと認められる。審決の,相違点2についての判断に誤りはない。
3 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久