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関連審決 無効2019-800098
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
令和3ワ3816 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 判例 特許
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 判例 特許
平成29ワ24598 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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事件 令和 2年 (ネ) 10059号 特許権侵害差止請求控訴事件

控訴人(一審原告) 大塚製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 城山康文 林康司 山内真之
同訴訟復代理人弁護士 村上遼
被控訴人(一審被告) 株式会社アドバンスト・メディカル・ケア (以下「被控訴人AMC」という。)
同訴訟代理人弁護士 水野晃 丹羽厚太郎 中田裕人
同訴訟代理人弁理士 関根宣夫
被控訴人(一審被告) 株式会社ダイセル (以下「被控訴人ダイセル」という。)
同訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫川田篤 1
同訴訟代理人弁理士 紺野昭男 井波実
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/02/09
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決中控訴人の主位的請求を棄却した部分を取り消す。
2 被控訴人AMCは,別紙被控訴人製品目録記載の製品を生産し,譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しの申出をし,又は輸出してはならない。
3 被控訴人AMCは,別紙被控訴人製品目録記載の製品を廃棄せよ。
4 被控訴人ダイセルは,別紙被控訴人原料目録記載の原料を生産してはならない。
5 被控訴人ダイセルは,別紙被控訴人原料目録記載の原料を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しの申出をし,又は輸出してはならない。
6 被控訴人ダイセルは,別紙被控訴人原料目録記載の原料を廃棄せよ。
7 訴訟費用は,第1審,第2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
8 この判決は,2,4,5項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 主文1項と同旨 2(主位的請求) 主文2項と同旨 (予備的請求) (1) 被控訴人AMCは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法により生産さ れた別紙被控訴人原料目録記載の原料を使用してはならない。
(2) 被控訴人AMCは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法により生産さ れた別紙被控訴人原料目録記載の原料を使用した別紙被控訴人製品目録記載の製 品を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡しの申出をし,又は輸出してはならな い。
3(主位的請求) 主文3項と同旨 (予備的請求) 被控訴人AMCは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法により生産され た別紙被控訴人原料目録記載の原料を使用した別紙被控訴人製品目録記載の 製品を廃棄せよ。
4(主位的請求) 主文4項と同旨 (予備的請求) 被控訴人ダイセルは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法を使用しては ならない。
5(主位的請求) 主文5項と同旨 (予備的請求) 3 被控訴人ダイセルは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法により生産し た別紙被控訴人原料目録記載の原料を譲渡し,貸し渡し,譲渡若しくは貸渡 しの申出をし,又は輸出してはならない。
6(主位的請求) 主文6項と同旨 (予備的請求) 被控訴人ダイセルは,原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法により生産し た別紙被控訴人原料目録記載の原料を廃棄せよ。
7 訴訟費用は,第1審,第2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
8 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は,発明の名称を「エクオール含有抽出物及びその製造方法,エクオール抽出方法,並びにエクオールを含む食品」とする物の製造方法の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)に係る特許権者である控訴人が,被控訴人ダイセルが実施している原判決別紙被控訴人方法目録記載の方法(被控訴人方法)は,本件特許に係る特許発明技術的範囲に属するものであるところ,@被控訴人ダイセルが,被控訴人方法を用いて別紙被控訴人原料目録記載の原料(被控訴人原料)を生産し,これを譲渡するなどすることは,本件特許権を侵害し,A被控訴人AMCが,被控訴人原料を用いて別紙被控訴人製品目録記載の製品(以下「被控訴人製品」という。)を生産し,かつ,被控訴人原料を含む被控訴人製品を譲渡等することは本件特許権を侵害すると主張し,被控訴人らに対し,特許法100条1項及び同条2項に基づき,以下の各請求をする事案である。
(1) 被控訴人AMCに対し ア 被控訴人製品の生産並びに譲渡,貸渡し,譲渡若しくは貸渡しの申出,又は輸出(以下併せて「譲渡等」という。)の差止め(主位的請求)又は被控訴人方法により生産された被控訴人原料の使用の差止め(予備的請求)及び被控訴人方法によ 4 り生産された被控訴人原料を使用した被控訴人製品の譲渡等の差止め(予備的請求) イ 被控訴人製品の廃棄(主位的請求)又は被控訴人方法により生産された被控訴人原料を使用した被控訴人製品の廃棄(予備的請求) (2) 被控訴人ダイセルに対し ア 被控訴人原料の生産の差止め(主位的請求)又は被控訴人方法の使用差止め(予備的請求) イ 被控訴人原料の譲渡等の差止め(主位的請求)又は被控訴人方法により生産された被控訴人原料の譲渡等の差止め(予備的請求) ウ 被控訴人原料の廃棄(主位的請求)又は被控訴人方法により生産した被控訴人原料の廃棄(予備的請求) 2 原判決は,本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)においては,アルギニンはダイゼイン類と共に発酵原料を調製する段階で既に発酵原料の中に含まれていなければならないと解されるところ,被控訴人方法においてアルギニンは,発酵原料を調製する段階ではなく,その後の発酵処理工程で初めて混合されるものであるから,被控訴人方法は,本件発明の技術的範囲に属するものではない等と判断して控訴人の請求をいずれも棄却し,これに対し,控訴人が控訴を提起した。
なお,後記3(4)のとおり,本件控訴後の令和3年5月20日,本件訂正を認める審決が確定したことから,控訴人は,当審においては,本件訂正発明に基づく請求のみを請求原因として主張している。
3 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,関係する当事者間に争いがない。なお,枝番号の記載を省略したものは,枝番号を含む(以下同様) 。
) 以下のとおり補正するほかは原判決4頁1行目から7頁6行目に記載のとおりであるからこれを引用する。
(1) 原判決4頁3行目の「特許権」を「本件特許権」と改め,4行目から5行目の「以下,請求項1に係る特許を「本件特許」という。」を削る。
5 (2) 原判決4頁5行目の「原告は,」から6行目の「設定登録を受けた。」までを「控訴人は,平成20年6月13日(以下「本件原出願日」という。,発明の名称 )を「エクオール含有抽出物及びその製造方法,エクオール抽出方法,並びにエクオールを含む食品」とする発明について,特許出願(特願2009-519326号(以下「本件原出願」という。,優先権主張:平成19年6月13日(以下「本件 )優先日」という。,日本国)をした後,本件原出願の一部を特願2013-108 )439号として分割出願し,その一部を特願2016-156372号として分割出願し,さらにその一部を特願2017-125880号として分割出願し(以下「本件出願」という。,平成30年1月19日,特許第6275313号として本 )件特許権の設定登録を受けた(本件特許権に係る明細書及び図面(甲2)を「本件明細書」といい,本件明細書の段落を単に【0001】などと表す。。
)」と改める。
(3) 原判決4頁8行目から11行目までを「ア 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである。」と改める。
(4) 原判決5頁6行目の「その訂正を「本件訂正」という。。 を )」 「その訂正を「本件訂正」という。なお,本件訂正において,明細書及び図面の訂正はない。。
)」と改める。
(5) 原判決5頁8行目「なお,」から12行目末尾までを以下のとおり改める。
「なお,本件無効審判に対しては,令和元年7月19日付けで,本件訂正を認め,請求は成り立たない旨の審決(乙B31。以下「本件特許維持審決」という。)がされたところ,これに対して,被控訴人ダイセルが審決取消訴訟を提起し(当庁令和元年(行ケ)第10112号),被控訴人AMCが同訴訟に補助参加したが,令和2年10月21日,被控訴人ダイセルの請求を棄却するとの判決(甲41。以下「本件特許維持判決」という。)がされ,これに対し,被控訴人らが上告受理の申立てをしたが,いずれも上告不受理決定がされ,同判決は,令和3年5月20日,確定した。(甲61,62)」 (6) 原判決5頁23行目の「また,」から26行目の「という。」までを削る。
6 (7) 原判決6頁11行目の末尾に改行して, 「エ 被控訴人ダイセルは,本件特許について,令和元年11月19日付けで特許無効審判を請求し(無効2019-800098号。以下「本件無効審判2」という。,控訴人は,令和2年2月7日付 )けで本件訂正と同じ内容の訂正請求をした。特許庁は,同年11月25日,訂正を認めた上で無効審判請求を成り立たないとの審決(以下「本件特許維持審決2」という。)を下した(甲55)」を挿入する。

(8) 原判決6頁15行目から17行目を次のとおり改める。
「イ 被控訴人AMCは,被控訴人ダイセルから購入した被控訴人原料を用いて別紙被控訴人製品目録記載の製品を製造し,令和3年7月26日まで販売していた。
(乙A2)」 (9) 原判決6頁26行目の末尾に「(ただし,控訴人は,原判決における本件訂正発明に係るクレーム解釈に基づく場合には,被控訴人方法のα3につき,更に具体的かつ詳細にするものとして,後記5(1)(控訴人の主張)アのα3―1及びα3―2のとおり認定されるべきであると主張する。」を挿入する。
) 4 争点 前記2及び3(4)のとおり,本件訂正を認める審決が確定したことを受け,控訴人は,本件発明に基づく請求を撤回し,本件訂正発明に基づく請求のみをすることとして,従前の本件発明に係る主張を援用した。そのため,原審における争点3「本件発明についての訂正の対抗主張の成否」は問題とならない。また,当審において,控訴人は,均等侵害の主張を追加し,被控訴人らは,無効の抗弁として,無効理由8〜10を追加したが,無効の抗弁のうち,本件訂正についての訂正要件違反を内容とする無効理由9は,その主張の前提を失った。また,被控訴人AMCは被控訴人製品の製造・販売を取りやめたことから差止等の必要性がないとの主張を追加した。そこで,本件における争点は次のとおりである。
(1) 被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属するか否か(争点1) ア 被控訴人原料は,特許法104条により,本件訂正発明の方法により生産し 7 たものと推定されるか(争点1-1) イ 被控訴人方法において「選択」された「ダイゼイン類」は,ダイゼイン配糖体か(構成要件A’,B’-1,B’-2の充足性)(争点1-2) ウ 構成要件A’の「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」は,大豆胚軸に限定されるか(構成要件A’の充足性)(争点1-3) エ 構成要件B’-2の「微生物」は,ラクトコッカス20-92株に限定されるか(構成要件B’ -2の充足性)(争点1-4) オ 構成要件B’ -2の「微生物」は,糖を切断する能力を有する微生物に限定されるか(構成要件B’-2の充足性)(争点1-5) カ 被控訴人方法におけるアルギニンを含む培養液は,「アルギニンを含む発酵原料」に当たるものといえるか(構成要件B’-1の充足性)(争点1-6) キ 本件訂正発明についての均等侵害の成否(争点1-7) (2) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか(争点2) ア 無効理由1(優先権の主張ができないことを前提とする乙B3に基づく新規性欠如)の有無(争点2-1) イ 無効理由2(本件訂正発明の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」に関するサポート要件違反・実施可能要件違反)の有無(争点2-2) ウ 無効理由3(乙B4に基づく新規性欠如 乙B4を主引例とする進歩性欠如) ・の有無(争点2-3) エ 無効理由4(乙B16に基づく新規性欠如・乙B16を主引例とする進歩性欠如)の有無(争点2-4) オ 無効理由5(乙B19の1に基づく新規性欠如・乙B19の1を主引例とする進歩性欠如)の有無(争点2-5) カ 無効理由6(乙B24に基づく新規性欠如・乙B24を主引例とする進歩性 8 欠如)の有無(争点2-6) キ 無効理由7(本件特許に係る特許出願の分割要件違反を前提とする乙B2による新規性進歩性欠如)の有無(争点2-7) ク 無効理由8(本件明細書について,委任省令要件違反)の有無(争点2-8) ケ 争点2-9は欠番(無効理由9(本件訂正についての訂正要件違反)の有無) コ 無効理由10(特許法39条2項後段)の有無(争点2-10) (3) 争点3は欠番(本件発明についての訂正の対抗主張の成否) (4) 被控訴人AMCについて差止・廃棄請求の必要性(争点4) 5 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1-1(被控訴人原料は,特許法104条により,本件訂正発明の方法により生産したものと推定されるか)について(控訴人の主張) ア 被控訴人方法の構成 仮に原判決における本件訂正発明に係るクレーム解釈に基づく場合,被控訴人方法の本件訂正発明の技術的範囲への属否を検討するために被控訴人方法との対比をするに当たっては,被控訴人方法の構成は,以下のとおりに認定されるべきである。
すなわち,その場合には,原判決6頁20行目〜7頁6行目記載の「被控訴人方法」のうちα3は,α3-1及びα3-2とより具体化・詳細化されたものに変更した上で対比に供されるべきである。
α1 ダイゼイン配糖体であるダイジン(50重量%程度)と少量(1重量%程度)のダイゼインとを含むイソフラボンを, α2 酵素処理することにより,ダイゼイン配糖体であるダイジンの糖を切断してダイゼインとなし, α3-1 前記酵素処理工程を経て得られたダイゼインを,アルギニンを含むその他の成分と混合して培地とした上,これを滅菌処理して滅菌済培地とし, α3-2 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●を同滅菌 9 済培地に植菌して発酵処理をし, α4 オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって, α5 前記発酵処理により,1gあたり18.40mg以上のオルニチン,100g 当たり約6.6g(lg当たり66mg)のエクオールを生成し,及び α6 前記発酵物が食品素材として用いられるものである,前記製造方法
イ 特許法104条の適用について 特許法104条は,物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定する旨規定する。
本件訂正発明の方法によって生産される物(以下「本件訂正発明生産物」という。)は, 「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」であり,被控訴人原料はこれに当たるところ,本件訂正発明生産物は,本件優先日当時, 「公然知られた物でない」から,同条による推定が認められ,被控訴人原料は,本件訂正発明の方法により生産したものと推定される。
なお,被控訴人らは,明示的に認否の機会を与えられたにもかかわらず,被控訴人原料が本件訂正発明生産物に当たるか否かについて認否をしていないが,この点について争うことを明らかにせず,また,争ったと認めるべき事情もないから,これを認めたというべきである。
優先権の主張について 本件特許についての優先権基礎出願(乙B1の1〜3。出願日平成19年6月13日)には,発酵原料として「ダイゼイン類」の場合が記載されており 【0013】 (【0015】【0018】【0020】,本件特許について優先権の主張が認められ )るから,本件訂正発明生産物が「公然知られた物」に当たるか否かを判断する基準日は,本件優先日(平成19年6月13日)となる。優先権の主張が認められるこ 10 とは,本件特許維持判決においても是認されており,同判決は確定している。原判決は,優先権基礎出願の明細書(乙B1の1〜3)記載の表面的な文言のみに基づいて優先権の主張を認めず,親出願日である平成20年6月13日を本件特許の特許出願日であると認定したが,優先権基礎出願の明細書等における全体の記載から総合的に把握される技術的事項に基づけば,大豆胚軸以外のダイゼイン類を発酵原料とすることができることは当業者にとって自明であり,大豆胚軸を発酵原料とする場合に限らず本件訂正発明の全範囲において優先権の主張ができるから,原判決の本件特許の特許出願日の認定は誤りである。
そうすると,基準日は平成19年6月13日であるから,本件訂正発明生産物が「公然知られた物」に当たるか検討するに当たり,乙B3(国際公開公報第2007/066655号。国際公開日2007(平成19)年6月14日)を考慮することはできない。
エ 「公然知られた物でない」に当たることについて 被控訴人は,@乙B16(国際公開第2005/000042号。国際公開日2005(平成17)年1月6日),A乙B24(国際公開第99/07392号。国際公開日1999(平成11)年2月18日),又はB乙B24及び乙B67(国際公開第2006/051940号。国際公開日2006(平成18)年5月18日)の記載により,本件訂正発明生産物は公然知られた物に当たると主張するが,次のとおり,当業者は,これらの記載から本件訂正発明生産物の手がかりを得ることはできない。
(ア) 乙B16について BHI培地は,一般に,主として試験研究用に用いられる培地であって,原料としてウシやブタの脳・心臓に由来する栄養成分を含むものであるため食品用途として用いることは想定されていない材料であるというのが技術常識である(甲28)。
したがって,乙B16の試験例1の記載は,食品素材として用いられる物を製造する手がかりになる記載ではない。
11 また,被控訴人が審査過程において「アルギニンが含まれる培地で嫌気性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えません。 と述べていたよう 」に(甲9の3),実際に実験してみなければ,本件訂正発明の所定量のオルニチン及びエクオールを含有する発酵物を製造する手がかりを得ることはできない。乙B16には,アルギニンが「ラクトコッカス20-92株」によりオルニチンに変換されるとの記載も,オルニチンを発酵生成物として得ることを目的として,アルギニンを発酵原料に含むことの記載も何らなく, 「ラクトコッカス20-92株」がオルニチン産生能力を有することも,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物を得るということも,何ら開示も示唆もされていなかったから,本件優先日時点において,当業者が「ラクトコッカス20-92株」がエクオール産生能力に加えてオルニチン産生能力をも有することは認識できなかった。
仮に一般論として,BHI培地にアルギニンが含まれ得るとしても,乙B16の試験例1は,用いたBHI培地のメーカーやアルギニン量について記載はなく,実際に発酵処理によってオルニチンが生成・蓄積するのか,するとしてどの程度の量であるか不明であり,再現実験の結果(甲15,34)も本件訂正発明の特定量を満たしていない。被控訴人らは,エクオールの濃度を増やしたければダイゼインの量を増加すればよいと主張するが,乙B16には,エクオールやオルニチンの濃度を増やすために原料や発酵条件を設定する手がかりとなる記載は存在しない。
そうすると,乙B16の記載に接した当業者が,本件訂正発明の所定量のオルニチン及びエクオールを含有する発酵物を製造する手がかりを得ることはできない。
(イ) 乙B24について 乙B24では変法GAM培地が用いられているところ,変法GAM培地は,食品添加物指定のない成分である「チオグリコール酸ナトリウム」を含むものであり(乙B45) 主として試験研究用に用いられる培地であって, , 食品用途として用いることは想定されていない材料であるから,乙B24の記載も,食品素材として用いられる物を製造する手がかりになる記載ではない。
12 アルギニンが含まれる培地で嫌気性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えないのであるから(甲9の3),実際に実験してみなければ,本件訂正発明の所定量のオルニチン及びエクオールを含有する発酵物を製造する手がかりを得ることはできない。乙B24にも,アルギニンがオルニチンに変換されるとの記載も,オルニチンを発酵生成物として得ることを目的として,アルギニンを発酵原料に含むことの記載も何らなく, 「ストレプトコッカスA6G-225」がオルニチン産生能力を有することも,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物を得るということも,何ら開示も示唆もされていなかったから,本件優先日時点において,当業者が「ストレプトコッカスA6G-225」がエクオールに加えてオルニチンを産生する能力を有することは認識できなかった。
仮に一般論として,豆乳にアルギニンが含まれ得るとしても,乙B24の実施例3において用いられている「豆乳」についてアルギニン含有量の記載はなく,実際に,発酵処理によってオルニチンが生成し得る程度の量であるか不明である。控訴人は乙B24の実施例3(明細書32頁7行〜12行)で用いられている「豆乳100g」の一部を,乙B24の28頁に記載の変法GAM培地に置き換え(豆乳:変法GAMブイヨン=55:45又は70:30),ストレプトコッカスA6G-225を用いて,乙B24の実施例3と同様の発酵処理を行った結果,オルニチンの産生量は本件訂正発明に規定される「8mg以上」には遠く及ばなかった。被控訴人らは,これについても,本件訂正発明の数値についてはそれらの方法の原材料を増加することで充足されると主張するが,乙B24は,そもそもオルニチン産生能について知られていないあくまでエクオール産生菌を用いてエクオールを製造する方法に関するものであって,エクオールとオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではなく,オルニチン自体に関する言及は全くされていないし,エクオールやオルニチンの濃度を増やすために原料や発酵条件を設定する手がかりとなる記載は存在しない。
そうすると,乙B24の記載に接した当業者が,本件訂正発明の所定量のオルニ 13 チン及びエクオールを含有する発酵物を製造する手がかりを得ることはできない。
(ウ) 乙B16及び乙B67について 被控訴人らは,乙B16で得られるエクオール含有発酵物に,乙B67で得られるL-オルニチンの結晶を本件訂正発明の所定量添加することで本件訂正発明により生産される物を製造する手がかりを得ることができると主張するが,上記(ア)のとおり,乙B16は食品素材として用いられる物を製造する手がかりになるものではないし,本件訂正発明生産物においてオルニチンは生成された物であって,後から添加されたものではない。乙B16にはオルニチンに関する記載は一切ない。
被控訴人らは,イソフラボンにオルニチンを添加した食品「アサヒさらり」 (乙B32)を挙げて,本件特許の基準日当時,オルニチンを栄養強化のために添加することも一般的にされていたなどと述べるが, 「アサヒさらり」はイソフラボンとオルニチンの組合せであって,本件訂正発明のエクオールとオルニチンの組合せとは明らかに異なる。本件特許の基準日当時,エクオール及びオルニチンのいずれも含む物質が,エクオールが,更年期女性におけるホルモンバランスを改善し,疲労感等の更年期症状の改善の効果を有するとともに,肝臓を標的としたホルモンバランスを改善し,肝臓の機能を高めて疲労感の改善の効果を有する一方,オルニチンは肝臓における代謝に関与して疲労感の改善の効果を有することから,同時に複数の側面から,更年期の女性の疲労感の改善効果を訴求できるという効果を有する,有用性の高い物質である(甲23,24)ということは知られておらず,健康に有利な活性作用を有する成分は無数に存在する中で,あえてエクオールとオルニチンという組合せを選択し,本件訂正発明の所定量を満たすような量を含有させるという製造の手がかりが存在するとは言えない。
そうすると,乙B16及び乙B67の記載に接した当業者が,本件訂正発明の所定量のオルニチン及びエクオールを含有する発酵物を製造する手がかりを得ることはできない。
オ 自白について 14 被控訴人らは,被控訴人方法に係る自白の拘束力により,被控訴人原料は,原審で当事者間に争いがないものとされた被控訴人方法(α1〜α6によるものであって,α3をα3-1及びα3-2に変更しないもの)により生産したものと認定されるべきと主張する。
しかし,特許法104条の要件を満たす以上,生産方法の推定が働き,その効果が及ぶので,被控訴人方法が本件訂正発明の構成要件を充足しないことについて被控訴人らが立証責任を負い,その点について被控訴人らが更に主張立証を行わない限り,被控訴人方法は本件訂正発明の構成要件を充足することになる。
また,被控訴人らが主張する「自白の拘束力」について,原審において主張されていなかった被控訴人方法の詳細について自白が成立しているものではない。控訴人が具体的かつ詳細な被控訴人方法の主張を行ったのは,原判決が判決において初めて示した「アルギニンを含む発酵原料」の解釈との関係であって,それまでの事実主張を翻し,異なる事実を主張したのではない。このような補充的主張も自白の拘束力により遮断されるのであれば,控訴審において原判決の構成要件該当性に関する判断を争うことが著しく困難になりかねず,被控訴人の主張は不当である。なお,万が一,詳細部分まで含めて原審で自白が成立しているとしても,錯誤による自白の撤回が認められる。
被控訴人らは,自白の拘束力に従い認定されるべき被控訴人方法が生産方法の推定に優先すべきであると主張するが,@特許法104条の推定を前提とする請求原因と,A当該推定を前提としない(直接被控訴人方法を主張立証することを前提とする)請求原因は,別個の請求原因であって,これらは別個独立に判断されるべきものであるから,Aにかかわらず,@が成り立てば請求は認められる。
したがって,特許法104条の推定の効力が否定されることはない。
カ 推定の覆滅について (ア) 自白の拘束力により特許法104条の推定が破られることがないことは前記オのとおりである。
15 (イ) 後記(6)(控訴人の主張)のとおり,構成要件B-1’の正しいクレーム解釈によれば,被控訴人方法のα3がこれを満たすことは明らかである。仮に原判決のクレーム解釈に依ったとしても,被控訴人方法は構成要件B-1’を満たす。これに対し,被控訴人らは,何ら事実の主張立証を行わない。したがって,被控訴人らは,少なくとも,上記の点に関し,被控訴人方法が本件訂正発明の構成要件に該当しないことを立証するには至っておらず,特許法104条の推定は覆滅されていない。
(ウ) 被控訴人らは,構成要件A’「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロ (ダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること」)について,出発原料としてのダイゼイン配糖体,ダイゼイン又はジヒドロダイゼインにアルギニンを添加する形態に限定され,被控訴人方法はそれと異なる旨主張するが,構成要件A’にそのような限定はないし,構成要件A’が直接発酵に供する発酵原料を準備する段階の「出発原料」なるものに着目した要件と解すべき理由もない。
(エ) 被控訴人ダイセルは,本件訂正発明の微生物はラクトコッカス20-92株に限定されるべきであり,被控訴人方法は本件訂正発明と異なるとの主張をしているが,本件訂正発明のクレーム上そのような限定は一切存在せず,本件明細書では,公知のスクリーニング方法で該当する微生物を特定できることは明らかにされている。したがって,これらの点においても,特許法104条の推定は覆滅されていない。
(被控訴人らの主張) ア 被控訴人方法の構成について 控訴人のα3の否認及び新たなα3-1,α3-2に関する主張は,自白の撤回として許されない。
イ 特許法104条の適用について 被控訴人方法により生産されたものが,控訴人の主張する本件訂正発明生産物に当たるか否かについては,認否できない。控訴人が主張する「本件訂正発明の方法 16 により生産される物」 「8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが は,生成され」というように,「生成」という「方法」的な要素が混在しており,「物」として定められるべき特許法104条にいう「物を生産する方法の発明」の「その物」には当たり得ないからである。
もっとも, 「生成」という経時的な用語を含まない,本件訂正発明の方法を用いた結果についての客観的な状態を示す, 「粉末状の発酵物であって,その乾燥重量1g当たりに8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが混在し,食品素材として用いられる物」(以下「本件エクオール・オルニチン混在物」という。)というのであれば,理解は可能であるので,以下,本件訂正発明生産物が「本件エクオール・オルニチン混在物」であると理解されることを前提として主張する。
優先権の主張について 優先権の根拠として本件各基礎出願の当初明細書等に記載されている発明であるか否かは,当初明細書等に明示的に記載のある事項,あるいは,当初明細書等の記載から当業者が当然に記載があると認識できる程度に自明な事項であるか否かによって判断され,技術常識・技術水準は当初明細書等の記載を理解するために補助的に参酌されるにすぎず,技術常識・技術水準から基礎出願明細書に記載されていない技術を取り込んではならないものと解すべきであり,その基準日を本件原出願日(平成20年6月13日)とした原判決は妥当である。
そうすると,本件特許出願は,大豆胚軸以外のダイゼイン類を用いる方法については優先権主張の効果が及ばず,乙B3(国際公開第2007/066655号)によって公然知られた物であるから,被控訴人方法は,本件訂正発明の方法により生産されたものとは推定されない。
エ 「公然知られた物でない」とはいえないことについて 特許法104条における「日本国内において公然知られた物でない」に当たるかどうかは,いわゆる消極的要件であり,特許法29条1項1号の「公然知られた発明」に当たるかどうかという積極的要件における判断とは異なり, 「公然知られた物 17 があるかどうか分からない」状態では,「日本国内において公然知られた物でない」とはいえないというべきである。
(ア) 乙B16について a 乙B16の「試験例1」においては,本件明細書にも記載された微生物と同一の微生物である「ラクトコッカス20-92株」株を「ダイゼイン含有基礎培地(BHIブロスにダイゼインを10μg/mlとなる量で添加したもの)」において培養し,エクオールを得る方法を開示している。BHI培地にはオルニチンも含まれ,かつ,発酵によってオルニチンに変換されるアルギニンも含まれていることから,上記試験例による発酵後には,相当量のオルニチンが必然的に含まれる。そして,エクオールの濃度を増やすには,培地に入れるダイゼインの量を増やせば足りる。例えば,乙B16の明細書(以下「乙B16明細書」という。)には, 「ダイゼイン換算量として約80μg/ml」の「豆乳」を発酵させた結果, 「57.0μg/ml」のエクオールが生成したことが記載されている。また,オルニチンの量を増やすためには,アルギニンの含量の高い培地を用いるなど,アルギニンの量を増やせば足りる。
このように乙B16により「本件エクオール・オルニチン混在物」を製造する手がかりが得られており,本件訂正発明生産物が「日本国内において公然知られた物でない」とはいえないというべきである。
b 控訴人は,BHI培地は試験研究用の培地であり,食品を得るための手がかりにはならない旨を主張するが,乙B16においてBHIブロスを用いた研究は,まさに食品形態又は医薬品形態としてエクオールを製造するための研究に係るものである。
控訴人は,乙B16では当業者は「ラクトコッカス20-92株」がオルニチン産生能力を有するか認識できなかったなどと主張するが,乙B16明細書には, 「ラクトコッカス20-92株」株の「生化学的性質」として,(13)アルギニンジ 「ヒドラーゼ: +」(同明細書4頁20行)と記載され,「アルギニンジヒドラーゼ 18 活性」があることが開示されており,オルニチン産生能力を有することの手がかりとしては十分である。同様に, 「BHIブロス」にオルニチンもアルギニンも含まれていることは技術常識であり,当業者であれば,乙B16に「BHIブロス」を用いて発酵した旨の記載があれば, 「BHIブロス」に含まれるアルギニンから「オルニチン」も生成していることを認識するための手がかりとしては十分である。
そして,アルギニンの含有量の少ない「栄研化学」製の「BHI培地」を用いた追試(甲34)においても,各ロットにおいて,それぞれ「7.60mg」「7. ,91mg」というように,有効数字を一桁とすれば「8mg」のオルニチンが混在している。控訴人の追試(甲15)は,本培養においてはBHIブロスを用いておらず,かつ, 「ダイゼイン換算量として約80μg/ml」の「豆乳」を用いたものでもなく,乙B16の「試験例1」の追試とは到底いえない。
控訴人は,エクオールを増やせばよいという手がかりを得ることはない旨を主張するが,このような主張は,進歩性の議論における「動機付け」と, 「その物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実も存しない」かどうかという議論とを混同した議論である。当業者は,乙B16の「ダイゼイン換算量として約80μg/ml」の「豆乳」を用いた「試験例1」の記載から,ダイゼインを増やせばエクオールの生成量を増やすことができると当然に認識することができる。
(イ) 乙B24について a 乙B24は,本件明細書の【0032】に記載された「ストレプトコッカスA6G225(FERM BP-6437号)」を用いて,「アルギニン」を多量に含む変法GAM培地(乙B45)において, 「ダイゼイン」を発酵処理することが記載されており,これらの記載を踏まえれば,「本件エクオール・オルニチン混在物」について,「当該技術分野における通常の知識を有する者においてその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実も存しない」とはいえない。
b 控訴人は,変法GAM培地には,食品添加物指定のない成分を含んでおり,試験研究用の培地であり,食品を得るための手がかりにはならない旨を主張するが, 19 乙B24において変法GAM培地を用いた研究は,まさに食品形態又は医薬品形態としてエクオールを製造するための研究に係るものである。
被控訴人は,乙B24にはオルニチンの生成についての明示の記載がないことから手がかりにはなり得ないかのような主張をするが,乙B24には,アルギニンを強化した変法GAM培地を用いて発酵がされたとの記載があり,その繁殖に「アルギニンジヒドラーゼ活性」が作用したものと想定されることから,当該記載は,当該菌株がオルニチン産生能力を有し得ると認識するための手がかりとして十分である。
控訴人は,乙B24で生成されるオルニチン量が明らかではなく,また,控訴人の追試(甲60)においても,本件訂正発明により生産されるべきオルニチンの量を下回る量しか生成していない旨主張するが,控訴人の追試は乙B24の「実施例」自体の追試ではなく,嫌気的条件等の追試の条件の詳細が明らかではないし,アルギニンからの返還率が「100%」としても,オルニチンが「5.5mg/g」 (豆乳「飲む大豆」 :変法GAM=55:45の場合)又は「5.9mg/g」 (豆乳「特選調整豆乳」 :変法GAM=70:30の場合)しか生成しない条件をあえて設定しているから,本件訂正発明により生成されるべきオルニチンの量の下限値である「8mg/g」を下回るのは当然である。他方で控訴人は,本件訂正発明に係る実施可能要件を満たすことを主張するために提出した実験報告書(乙B80)では,上記追試と同じ「ストレプトコッカスA6G-225」を用いながら, 「13.0mg/g」又は「14.2mg/g」のオルニチンが生成するような条件を設定しているのであるから,控訴人の実験条件は,控訴人の都合により恣意的な設定がされているといわざるを得ず,控訴人の追試は信用性も証明力も欠くものであり,同追試に基づく控訴人の主張は,乙B24が「本件エクオール・オルニチン混在物」を得るための手がかりとなることを否定するに足りない。
控訴人は,乙B24には,オルニチンの濃度を増やそうとする記載はなく,そのための手がかりは得られないかのような旨を主張するが,これは,進歩性の議論に 20 おける「動機付け」と, 「その物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実も存しない」かどうかの議論とを混同した議論である。当業者は,乙B24においてアルギニンを強化した変法GAM培地を用いていることから「アルギニンジヒドラーゼ活性」により繁殖しているものと想定される「ストレプトコッカスA6G-225」により,アルギニンを更に添加すれば,オルニチンの生成量を増やすことができると認識できる。
(ウ) 乙B16及び乙B67について 「本件エクオール・オルニチン混在物」は,粉末状の発酵物に「乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」が混在した物を食品素材に用いるというだけのものであり,これは,乙B16の「実施例1」の「乾燥重量1g当たり,1mg-3mgのエクオールが生成」している発酵物「992mg」に栄養強化添加物である「97.48%」の純度のオルニチン(乙B67の国際公開公報(WO2006/051940))を「8mg」加えたものであるにすぎない。
控訴人は,後から添加されたものは発酵物に含有されるものではないかのような主張をするが,後から添加されたものでも発酵物中に含有され, 「混在」することにもなるのであり,控訴人の主張には理由がない。また,控訴人は,乙B16には,エクオールにオルニチンを含有させる旨の記載はなく,エクオールやオルニチンの効果などは,本件特許の基準時当時知られていないかのような旨を主張するが,これは,進歩性の議論における「動機付け」と, 「その物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実も存しない」かどうかの議論とを混同した議論である。
乙B16及び乙B67の記載により「本件エクオール・オルニチン混在物」を製造するための少なくとも手がかりは得られるのである。
オ 自白について 被控訴人方法については,当事者間に自白が成立しており,その拘束力が及んでいる。そして,私人間の争いにすぎない民事訴訟においては,当事者間の私的自治 21 が尊重されるべきであるという弁論主義の原則に従い,当事者間に争いのない自白された事実を裁判の基礎として優先すべきであるから,自白がされた被控訴人方法による認定が特許法104条生産方法の推定の規定に優先されるべきである。
控訴人は, 「アルギニンを含む培養液と共に混合して発酵処理をし」という自白された被控訴人方法においても,本件訂正発明の構成要件A’にいう「ダイゼイン類にアルギニンを添加する」ことに該当し得るとの見込みの下に被控訴人方法の特定に同意したところ,その見込みが外れたからといって,被控訴人方法について「詳細」と称する新たな主張をして,その点について自白が成立していないと主張すること自体,原審における必要にして十分な被控訴人方法の特定に係る自白の拘束力に抵触するものである。また,前述した見込みが外れたからといって,自白の撤回を主張することもまた,訴訟上の信義に反する。
カ 推定の覆滅について 特許法104条の推定は次のとおり破られている。
(ア) 前記オのとおり自白が成立している被控訴人方法により,特許法104条の推定は覆滅されている。
(イ) 原判決は,@発酵原料を調製する工程と,A発酵処理工程とを分けた上で,被控訴人方法においては,@の発酵原料を調製する工程に当たるα2においてアルギニンが添加されていないと認定しているのであるから,Aの発酵処理工程に当たるα3を細分化しなくとも,@の工程においてアルギニンが添加されていないことには変わりがない。したがって,Aの発酵処理工程を細分化する必要性はない。
(ウ) 被控訴人方法において,アルギニンがα2の発酵原料の調製工程においては添加されていないことから,被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属するものではないことは明らかであり,本件訂正発明の構成要件A’を充足せず,ひいては構成要件B’-1及びB’-2をも満たさないことが主張立証されているのであるから,被控訴人方法が本件訂正発明とは異なることが明らかである。
(エ) 本件訂正発明の構成要件B’の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能 22 力を有する微生物で発酵処理することを含む」における「微生物」は,本件明細書に開示された微生物である「ラクトコッカス20-92株」に限定して解釈されるべきであるところ,被控訴人方法において用いられている微生物は, 「ラクトコッカス20-92株」ではないから,被控訴人方法は本件訂正発明とは異なる。
(2) 争点1-2(被控訴人方法において「選択」された「ダイゼイン類」は,ダイゼイン配糖体か(構成要件A’,B’-1,B’-2の充足性))について(控訴人の主張) 被控訴人方法において,構成要件A’の「選択」された「ダイゼイン類」に相当するのは,構成α3の「ダイゼイン」である。
特許請求の範囲の文言からすれば,本件訂正発明においては,「ダイゼイン配糖体」「ダイゼイン」「ジヒドロダイゼイン」の3種のダイゼイン類の中から少なく , ,とも1種が発酵原料に含まれていれば足りる。そして,これを被控訴人方法の構成α3と対比すれば,被控訴人方法には, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」に「アルギニン」を含むようにして「発酵原料」を得る工程が存在しているといえる。また,特許請求の範囲の文言からすれば,本件訂正発明の微生物は,構成要件A’のダイゼイン類3種のうち少なくとも1種をエクオールに変換する能力を有していれば足り,ダイゼイン配糖体からエクオールを産生する能力があることが必須の要件ではないから,これを被控訴人方法の構成α3と対比すれば,被控訴人方法には「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」との文言に相当する工程が存在しているといえる。
(被控訴人らの主張) 被控訴人方法において,構成要件A’の「選択」された「ダイゼイン類」は,ダイゼイン配糖体(構成α1)というべきであり,これを前提とすると,被控訴人方法は,構成要件A’,B’-1,B’-2を充足しない。
すなわち,被控訴人方法の構成α1(「ダイゼイン配糖体であるダイジン(50重 23 量%程度)と少量(1重量%程度)のダイゼインとを含むイソフラボンを」)によれば,被控訴人方法において選択されているダイゼイン類は,ダイゼイン配糖体であるダイジンであるところ,被控訴人方法においては,そのダイジンとアルギニンとを含ませて発酵原料を得る工程は存在しない。被控訴人方法でアルギニンが含まれるのは,原料調製工程ではなく,発酵処理工程であり,培養液として発酵処理液に存在するからであるにすぎない。また,被控訴人方法における微生物は,ダイゼイン配糖体から発酵によってエクオールを産生する能力がないため,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」との文言に相当する工程も存在しない。
(3) 争点1-3(構成要件A’の「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」は,大豆胚軸に限定されるか(構成要件A’の充足性))について(控訴人の主張) 被控訴人方法は,大豆胚軸を用いていないが,そのことにより構成要件A’の充足性は左右されない。
構成要件A’の文言は,ダイゼイン類」 「 を大豆胚軸に限定していないものであり,本件明細書(【0031】 【0033】 【0038】 【0093】)をみても,ダイゼイン類を含む発酵原料が開示されている。本件明細書の【発明が解決しようとする課題】 【実施例】等において,大豆胚軸を取り上げているからといって,上記「ダイゼイン類」が大豆胚軸に限定されることにはならない。
(被控訴人らの主張) 被控訴人方法は,大豆胚軸を用いていないものであるところ,構成要件A’ 「ダ のイゼイン類」は大豆胚軸に限定されるものであるから,被控訴人方法は構成要件A’を充足しない。
控訴人が指摘する本件明細書の【0093】の記載は,優先権基礎出願の明細書に記載されておらず,また,本件明細書においては,【技術分野】【発明が解決しよ 24 うとする課題】【発明の効果】【図面】【発明を実施するための形態】【実施例】の全てにおいて,本件訂正発明の対象は大豆胚軸発酵物であり,製造方法は,大豆胚軸発酵物からエクオールを含む有用成分を効率的に抽出する方法であることを示している。
(4) 争点1-4(構成要件B’-2の「微生物」は,ラクトコッカス20-92株に限定されるか(構成要件B’ -2の充足性))について(控訴人の主張) 構成要件B’ -2は,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」というものであり,ラクトコッカス20-92株に限定していないものであるから,被控訴人方法における微生物(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●) 構成要件B’-2を充足する。
は,(被控訴人らの主張) 構成要件B’ -2の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」とは,いわゆる機能的クレームとして広範な微生物を包含する記載であるのに対し,本件明細書には,ラクトコッカス20-92株を適切なものとして発見した点に基本的な技術思想があることが記載され,あらゆる微生物を含むものとして記載されていない。また,控訴人のホームページ(乙B11)をみても,ラクトコッカス20-92株以外の上記微生物を見出すためには過度の試行錯誤を有するというべきである。これらによれば,構成要件B’ -2の「微生物」は,ラクトコッカス20-92株に限定して解釈されるべきであるから,被控訴人方法における微生物(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)は,構成要件B’ -2を充足しない。
(5) 争点1-5(構成要件B’ -2の「微生物」は,糖を切断する能力を有する微生物に限定されるか(構成要件B’-2の充足性))について(控訴人の主張) 構成要件B’ -2は,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微 25 生物で発酵処理することを含む」というものであり, 「微生物」を,配糖体から糖を切断する能力を有する微生物に限定していないから,被控訴人方法における微生物(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●) 構成要件B’ も,-2を充足する。被控訴人らが指摘する意見書(乙B7の2)は,ダイゼイン配糖体を発酵に供する原料とする場合は,その微生物は糖を切断する必要があると述べるにとどまり,原料がダイゼイン配糖体以外のダイゼイン類である場合について言及するものではない。
(被控訴人らの主張) 本件特許の関連の分割出願における控訴人の意見書(乙B7の2)によれば,本件訂正発明の「微生物」は,ダイゼイン配糖体から糖を切断する能力を有する微生物であると理解すべきである。しかして,被控訴人方法における微生物(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)は,そのような能力を有しておらず,別途,糖を切断する工程を必要とするから,被控訴人方法は,構成要件B’-2を充足しない。
(6) 争点1-6(被控訴人方法におけるアルギニンを含む培養液は, 「アルギニンを含む発酵原料」に当たるものといえるか(構成要件B’-1の充足性))について(控訴人の主張) ア 被控訴人方法において,培養液に含まれるアルギニンも,ダイゼインを含む処理液と共に混合して発酵処理されるから, 「発酵原料」に含まれるものであるといえ,被控訴人方法は,構成要件B’-1を充足する。このことは,本件特許請求の範囲の記載及び本件明細書の【0036】【0222】【0225】の記載からも裏付けられる。すなわち,本件特許請求の範囲の記載からは,アルギニンは,発酵原料にダイゼイン類と共に含まれていれば足りるものであるところ,本件明細書には,「大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として, (中略)アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換 26 する能力を有するもの(中略)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。( 」【0036】, )「粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して」【0 (222】, )「粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液」【0225】 ( )などと記載されており,培地や培養液のように栄養成分として用いるアルギニンであっても,発酵原料と特段区別されていない。
イ 原判決の解釈の誤り 本件訂正発明の構成要件B’-1の「アルギニンを含む発酵原料」は,本件発明の構成要件A-2,A-3の「アルギニンを含む発酵原料」と同様に解されるところ, 「アルギニンを含む発酵原料」は,微生物による発酵に供される一切の物質であってアルギニンという成分を含むものを意味し,微生物による発酵に供されて当該アルギニンがオルニチンに代謝されるのであればアルギニンという成分が発酵原料を構成する他の成分と混合されるタイミングや目的は問わないと解釈されるべきである。ところが,原判決は,本件発明の方法を「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」に二分したうえで,本件発明の構成要件A-2及びA-3における「アルギニンを含む発酵原料」の意義について, 「アルギニン」は「発酵原料を調製する段階」において既にその発酵原料に含まれる必要がある,と解釈し,被控訴人方法が本件発明の構成要件A-2,A-3を充足しないと判断した。原判決の解釈は,以下のとおり誤りである。
(ア) 特許請求の範囲の記載に基づかないこと 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の文言は「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法。」であり,当該方法を「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」とに二分する記載は存在しない。
27 原判決の解釈は, 「栄養成分として用いられるアルギニン」と「発酵原料に存するアルギニン」とが区別されるべきとの理解に基づいているものと推察されるが,特許請求の範囲には, 「栄養成分」「培地」「培養液」といった,発酵原料との区別を , ,示唆するような文言は一切使われていないし, 「アルギニン」は物質名で特定されているだけで,それを含ませる目的について何ら限定はない。
特許請求の範囲の記載において用いられている「発酵原料」という語の意義については,本件明細書において「発酵原料(発酵に供される原料)( 」【0091】)と記載されているとおり,単に微生物の発酵に供される原料を意味しており,栄養成分と排他的な概念ではない。すなわち,発酵に供されて代謝される物質であること(発酵原料であること)は,発酵の過程で得られるエネルギーが放出されて微生物の生育・増殖に利用されること(栄養成分であること)とは,両立するものである。
(イ) 技術常識に照らし不合理であること 仮に,原判決が述べるような「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」を観念したとして,アルギニンを「発酵原料を調製する段階」で添加してから「その後の工程である発酵処理工程」に供した場合と, 「その後の工程である発酵処理工程」で混合される培地にアルギニンを添加して発酵に供した場合とでは,混合の順番が異なるだけであり,そのような順番の違いは技術的に意味をなさない。いずれにしてもアルギニンが発酵に供されて,微生物によりこれが代謝されたオルニチンが得られるということは同一であり,技術的に同一である。
「発酵原料」と「栄養成分」はいずれも,微生物による発酵に供され,微生物が代謝可能な成分については代謝され,代謝物が最終生成物に含有されるのであって,これらを技術的に区別することは不可能であり不合理である。
発酵に関する基本的な文献においても,工業生産に用いる培地を組成する炭素源について,「炭素源は生合成の原料であると同時にエネルギー生産に用いられる。」(甲42。P.F.Stanbury・A.Whitaker「発酵工学の基礎」学会出版センター,2004年)と述べられており,培地を組成する栄養成分についても,微生物により代 28 謝される成分が存在し,それは当業者に原料とも認識されている。
したがって,当業者にとって,本件発明のアルギニンを添加するタイミングについて「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」を区別する意味はなく,これを恣意的に区別して,一方を技術的範囲内,他方を範囲外とする原判決のクレーム解釈は不合理である。
(ウ) 原判決のクレーム解釈が本件特許維持判決において否定されていること 本件特許に対する無効審判請求を不成立とした本件特許維持審決(乙B31)に対する本件特許維持判決は,本件訂正発明で生成されるオルニチンがどこに含まれるアルギニンに由来するかを問わないと認定している。
また,アルギニンをエクオール産生菌の前培養のために,菌の成長に必要なエネルギーを得る目的で培地に添加してエクオ―ルを得ている乙B4と,本件訂正発明の相違点を認定するに当たって,仮に,原判決のように, 「発酵原料」 「栄養成分」 ととを排他的な別のものであるとすると,アルギニンを栄養成分としている乙B4について,その点も相違点になるはずであるが,審決取消訴訟判決は,アルギニンが「発酵原料」であるのか,それとも「栄養成分」であるのかという点を,相違点として認定しておらず,ここからしても原判決の解釈は,本件特許維持判決において否定されているといえる。
(エ) 原判決のクレーム解釈が本件明細書の記載に反すること 本件明細書の記載も発酵原料と栄養成分が排他的ではないことを裏付けている。
本件明細書の【0228】 【表3】では,発酵原料である大豆胚軸に含まれる各成分の項目を一括して「栄養成分」と位置付けており,成分項目のうち, 「水分」から「食物繊維」までを合計すると100g(発酵原料である大豆胚軸の全量)となることから, 「発酵原料」であるダイゼイン類も下記「栄養成分」に含まれている(具体的には「糖質」の項目に含まれている。。
) また,本件明細書の【0222】及び【0225】には,大豆胚軸にアルギニン等を加えて調製された溶液にラクトコッカス20-92株を植菌し,培養を行うと 29 の記載しかなく,調製された溶液を更に他の培地や培養液と混合するという記載はないから,原判決のいうとおり,上記調製された溶液が培地や培養液と区別される発酵原料であるという根拠とはならない。上記の溶液に混合されたアルギニンは,発酵によりオルニチンに代謝されると同時に,オルニチン・エクオール産生菌の栄養成分となり,その増殖を促すという機能も果たしている。すなわち,上記アルギニンは,発酵原料であるとともに栄養成分に該当するのであって,発酵原料と栄養成分とを区別する根拠にはならない。
ウ 控訴人主張のクレーム解釈に基づくと被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属すること 本件訂正発明のクレームを正しく解釈すると,アルギニンを含む発酵原料」 「 とは,混合されるタイミング及びその用途は問わず,アルギニンという成分が,微生物の発酵に供され,発酵過程によりオルニチンに代謝されることを意味する。被控訴人方法では, 「ダイゼインを含む処理液」と「アルギニンを含む培養液」を混合して得られる液を, 「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」により発酵させ, 「アルギニンを含む培養液」中のアルギニンが発酵の結果オルニチンに代謝されているから, 「ダイゼインを含む処理液」と「アルギニンを含む培養液」を混合して得られる液が「アルギニンを含む発酵原料」に該当する。
なお,被控訴人らは,アルギニンを菌の成長のため,栄養成分としてのみ添加するものと主張するが,被控訴人ダイセルが行った,乙B4と同じ菌を用いた実験(乙B6)では,アルギニンの添加によってエクオールの生成量が変わらないという結果も出ている。このようにアルギニンの添加によってエクオールの生成効率が変わらないことも,アルギニンがオルニチンに代謝される発酵原料として添加されていることを裏付ける。
したがって,被控訴人方法は,α3の「ダイゼインを含む処理液」が「ダイゼイン類」に該当し,これと「アルギニンを含む培養液」を混合して得られる液が「アルギニンを含む発酵原料」に該当するから,構成要件B’-1を充足する。
30 なお,本件訂正発明の特許請求の範囲には, 「アルギニンを添加すること,及び,」(構成要件A’)との文言が含まれるものの,「及び」という語は,接続する2つの要素を単に並列するもので,経時的であることを意味せず,原判決の認定にある,「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」を経時的に区別することの根拠とはならない。構成要件A’の「アルギニンを添加すること,及び,」は,例えば,訂正前の構成要件Aであれば,ダイゼイン類として大豆胚軸を利用する際に,大豆胚軸に含まれるアルギニンのみを含むということもあり得たが,本件訂正発明では,ダイゼイン類にアルギニンという成分を外部から加えることを要するということを意味する。したがって,本件訂正発明の構成要件B-1’ 「ア のルギニンを含む発酵原料」は,訂正前の本件発明と同様にクレーム解釈される。
エ 原判決のクレーム解釈でも被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属すること (ア) 仮に原判決のクレーム解釈に基づいて,被控訴人方法の本件訂正発明の技術的範囲への属否を検討するために被控訴人方法との対比をするに当たっては,前記(1)(控訴人の主張)アのとおり,被控訴人方法の構成のうちα3は,α3-1とα3-2に分けて認定されるべきである。
(イ) 被控訴人ダイセルの出願した特許第6005453号公報(甲9の1)の実施例1(【0052】【0053】 , )の記載やその他の証拠(甲45〜54)から分かるとおり,当業者としては,仮にアルギニンを栄養成分として用いるとしても,「エクオール生産培地」に「種培養液」を植菌して培養する際に,微生物の栄養が不足しないよう,アルギニンを添加して「エクオール生産培地」とし,そのようなイソフラボン,アルギニン及びその他の成分を含む培地を滅菌処理して植菌するのが通常であり,あえて種培養液にのみアルギニンを添加しない。
そうすると,被控訴人方法においても,イソフラボンを酵素処理して得られたダイゼインとアルギニンその他の成分を混合した上で培地とし,これを滅菌処理したものに●●●●●●●●●●●●●●●●●●を植菌して発酵処理をしたこと,す 31 なわち,上記α3-1及びα3-2の構成を有していることが強く推認される。
(ウ) 原判決は, 「発酵原料を調製する段階」において含まれる成分のみが「発酵原料」に該当するとのクレーム解釈に基づき,被控訴人方法においては「ダイゼインを含む処理液」が「発酵原料」に該当するところ,この「ダイゼインを含む処理液」にはアルギニンが含まれていないという事実認定に基づき,被控訴人方法が「アルギニンを含む発酵原料」との構成要件を充足しないと判断したが,上記(イ)のとおり,被控訴人方法でも「発酵原料」に相当する減菌済培地にアルギニンが含まれていて, 「発酵原料の調製段階」でアルギニンが混合されているから,被控訴人方法は「アルギニンを含む発酵原料」との構成要件を充足する。
よって,原判決のクレーム解釈に基づいたとしても,被控訴人方法は,本件訂正発明の技術的範囲に属する。
(被控訴人らの主張) ア 被控訴人方法におけるアルギニンは, 「発酵原料」には含まれず,被控訴人方法は,構成要件B’-1を充足しない。すなわち,本件訂正発明は物を生産する方法の発明であり,各構成要件は,経時的な工程(ステップ)を意味しているところ,構成要件A’及びB’-1は,発酵工程の前に,ダイゼイン類にアルギニンを添加しダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を作る工程であることが明らかである。
しかして,被控訴人方法におけるアルギニンは,培養液として発酵処理液に存在するものであり,発酵処理工程に含まれるものであって,発酵原料を作る工程においては存在していないものである。
イ 原判決の解釈が正しいこと 本件特許の特許請求の範囲には, 「アルギニンを含む発酵原料」と明確に記載されており, 「アルギニン」は「発酵原料」に含まれるべきものであることは明らかである。また,本件明細書の【0033】【0036】【0222】【0225】によ , , ,ると,本件発明における「アルギニンを含む発酵原料」とは,@発酵原料を調製する段階のものであり,A栄養成分とは区別され,その添加する目的も異なるもので 32 ある。原判決の解釈は,以下のとおり正しい。
(ア) 本件発明に係る特許請求の範囲の文言は, 「アルギニンを含む発酵原料」と明確に記載されており, 「アルギニン」は「発酵原料」に含まれるべきものであることは明らかである。
(イ) 微生物による発酵には,微生物の増殖のための培地が必要であり,例えば,BHI培地(ブレイン・ハート・インフュージョン・ブロス)とよばれるものは,文字どおり動物の脳や心臓などの抽出液であり種々のアミノ酸等が栄養成分として含まれ,その中にはアルギニンが存在していることは周知であり,オルニチン生成技術においても,微生物の発酵促進のための栄養成分としてアルギニンが添加されていて,それによりオルニチンが生成することも周知慣用技術であった(乙B4)。
アルギニンを添加するタイミングや目的を問わないとする控訴人の主張によると,栄養成分としてアルギニンを添加する上記従来技術との間に差異がないことになってしまう。本件訂正発明が「方法の発明」として有効であるとすると,従来技術において培地に含まれていたり,微生物を活性化するための栄養成分としてのアルギニンではなく,オルニチンを生成する目的で,発酵工程に先立つ発酵原料を調製する段階でアルギニンを添加する,という工程に特徴があると言わざるを得ない。本件特許の請求項の「アルギニン」は,オルニチン生成を目的として加えられるものと理解せざるを得ず,従来公知の発酵効率促進のために培養液等に存在する「栄養成分」としての「アルギニン」とは区別して理解されなければならない。
(ウ) 控訴人は,本件特許維持審決(乙B31)及び同審決に係る審決取消訴訟の本件特許維持判決(甲41)が,本件訂正発明について優先権主張の効果を享受することができると判断したことを援用するが,本件特許維持判決における先の出願の当初明細書等に記載されている発明か否かの判断において,「基礎出願の記載に必ずしもとらわれることなく」技術常識を考慮することができるとした同判決の法令解釈は誤りである。
(エ) 控訴人が挙げる栄養成分についての本件明細書の【表3】の記載は,基礎出 33 願の発明が,微生物を生育させるための栄養成分を別に加えなくとも,大豆胚軸中の「栄養成分」を微生物の栄養成分として利用することによって発酵することができるという技術思想であったことから,大豆胚軸に含まれる栄養成分について記載しているもので,そこに記載されているアルギニンがオルニチンを生成する目的で別途加えられたものでないことは明らかである。
本件明細書の【0036】の記載は, 「栄養成分」について「発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として」「必要に応じて」添加されるものとされていると ,おり,微生物の生育促進のためのものであるのに対し,同じ段落の後半で記載されている「アルギニンを添加」は, 「オルニチンを含有」させるために発酵原料に加えられるものであるから,培養液等に含まれる栄養成分としてのアルギニンとは区別され,オルニチン生成のために別途加えられるアルギニンを意味している。
本件明細書の【0095】などは,基礎出願に記載がなく,後に追加された記載であるが, 「ダイゼイン類を含む発酵原料」に「必要に応じて」更に栄養成分を添加することが記載されているが,これは当該段落に記載されているとおり, 「ダイゼイン類を含む発酵原料」にポリペプトン,アミノ酸などの「栄養成分」 (アルギニンも含まれる)を添加する記載であり,これらの追加された記載でも「発酵原料」と「栄養成分」は明らかに区別されている。
本件明細書の【0225】が,本件発明の実施例であるとしても,同実施例では,「ダイゼイン類」がほぼ「ダイゼイン配糖体」 (ダイジン)として含まれている大豆胚軸にアルギニンを含ませて,ダイゼイン配糖体の配糖体を切断してエクオールを生産することができるラクトコッカス20-92株を用いており,本件発明の構成要件A-1で選択された「ダイゼイン配糖体」に,構成要件A-2の「アルギニン」を含ませて,構成要件A-3の「発酵原料」を調製していることになる。
ウ 被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属さないことについて (ア) 「被控訴人方法」の構成が原判決認定のとおりであることは争いのない事実であり,これを否認しようとする控訴人の主張は,自白の撤回として許されない。
34 (イ) 本件訂正発明の構成要件A’,B’-1及びB’-2は,発酵原料を調製する工程(ステップ)としか理解できない。被控訴人方法において「アルギニン」が含まれるのは,構成α3における発酵処理工程においてであり,細菌の培養液としてその発酵処理液中に存在するからである。したがって,被控訴人方法においてアルギニンは,本件訂正発明の構成要件B’-2に相当する工程において存在することになるので,被控訴人方法は本件訂正発明の方法と異なる。
(ウ) 本件訂正発明の構成要件A’はアルギニンを添加することが追加された要件であり,訂正請求書(乙B22)によると,控訴人は,本件訂正により,本件訂正発明の構成要件A’が, 「ダイゼイン類にアルギニンを別途添加する」工程を含むことによって「ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料が得られる」ことを特定する工程,すなわち,これが発酵工程に先立つ「発酵原料」を得る工程を意味するものであることを自ら明らかにしている。控訴人の主張は,訂正請求書における自らの主張と矛盾している。
(7) 争点1-7(本件訂正発明についての均等侵害の成否)について(控訴人の主張) 仮に,本件訂正発明の特許請求の範囲が, 「発酵原料を調製する段階」と「その後の工程である発酵処理工程」とを経時的に区別し,被控訴人方法においては「アルギニンを含む発酵原料」が認められないと解された場合であっても,被控訴人方法は,それと均等な構成を有しているから,本件訂正発明の技術的範囲に属すると解されるべきである。
ア 本件訂正発明と被控訴人方法の相違点 本件訂正発明と被控訴人方法の相違点は,前者では発酵原料の調製の段階でアルギニンが含まれるのに対し,後者はアルギニンを培養液に含む点にある(以下「相違点」という。。
) イ 第1要件について 本件訂正発明の,従来技術に見られない特有の技術的思想とは,エクオール産生 35 能力に加えてオルニチン産生能力を有する微生物を用いて,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することにより,エクオール及びオルニチンという二つの有用な物質を含有する発酵物を得ることができる点である。
そして,上記技術的思想を構成する部分として本質的な要素とは,ダイゼイン類とアルギニンにエクオール及びオルニチンを産生する微生物を作用させることによってエクオール及びオルニチンを含有する発酵物が得られることであり,アルギニンが,発酵原料の調製の段階で含まれる場合のみならず,栄養成分として培地や培養液に含まれる場合でも,培地や培養液に十分な量のアルギニンが存在すると,これが代謝されたオルニチンが発酵物に含有されることとなる。したがって,アルギニンが発酵原料の調製の段階で含まれても,栄養成分である培地・培養液等に含まれても,いずれであっても十分な量のアルギニンが発酵に供されると,それが発酵過程により代謝されてオルニチンが発酵物に含まれることには変わりがなく,上記技術的思想が実現されるから,相違点は本件訂正発明の本質的部分ではない。
ウ 第2要件について 本件訂正発明の作用効果は,更年期の女性の疲労感の改善効果を複数の側面から訴求できるエクオール及びオルニチンという二つの有用成分を含む発酵物を得ることである(本件明細書【0036】【0042】等参照) , 。
相違点について,被控訴人方法における構成に置き換える,すなわち,発酵原料ではなく,培養液にアルギニンを含めたとしても,エクオールのみならず,発酵に供されたアルギニンがオルニチン産生菌により代謝されてオルニチンが生成され,上記のエクオール及びオルニチンという二つの有用成分を含む発酵物を得ることができるから,第2要件は満たされる。
エ 第3要件について 本件明細書の【0036】によると,発酵原料には栄養成分を添加してよく,添加する栄養成分の具体例として,アルギニンが記載されていると解され,アルギニンを栄養成分として,培地や培養液に添加することで含めることへの強い示唆があ 36 る。
したがって,本件訂正発明の構成を被控訴人方法の構成に置き換えることは,当業者が,被控訴人方法の実施時点において容易に想到することができたものである。
オ 第4要件について 被控訴人方法も,アルギニンを発酵に供することで発酵物にエクオールとオルニチンを含有するものであるところ,当事者が提出した証拠中,オルニチン及びエクオールを同時に含有する有用性の高い発酵物を得る方法について記載した文献は一つもなく,そのような発酵物を得る方法は知られていなかったし,優れた生理活性を示す成分としてエクオールとオルニチンの組合せを選択する動機となり得る事項も開示されていなかった。したがって,本件原出願日当時,そのような発酵物を得る方法を当業者が容易に推考できたものでもない。
カ 第5要件について 本件特許の特許請求の範囲の記載は「アルギニンを含む発酵原料」であり,本件明細書の記載を見ても,培地や培養液にアルギニンを含めることを本件発明や本件発明から除外すると認識させる記載はない。また,この点に関する出願過程における補正等も存在しない。したがって,当業者に対し,本件訂正発明からアルギニンを培地や培養液に含めることを除外すると明確に認識させる事情はない。
(被控訴人らの主張) 本件訂正発明と被控訴人方法の相違点が,控訴人の主張のとおりであることは認めるが,以下のとおり均等侵害は成立しない。
ア 第1要件について 本件訂正発明は「方法の発明」であり,その特徴は,オルニチンの発生を目的として用意されるアルギニンを,発酵の前段階における「発酵原料を調製する段階」で添加する点にある。被控訴人方法は,発酵処理の段階で微生物の栄養成分としてアルギニンを含む培養液を用いるものであり,オルニチンを生成することを目的とするものではなく,本件訂正発明の特徴を備えるものではない。したがって,相違 37 点は,本件訂正発明の本質的部分に係るものであり,第1要件を満たさない。
イ 第2要件について 本件訂正発明の作用効果は,方法の発明として,単にオルニチン及びエクオールを得ることのみならず,オルニチンが生成するに足りるアルギニンを発酵原料として用いることにより,オルニチンを生成させ,粉末状の発酵物において含有させるという点にもある。被控訴人方法は,オルニチンの生成やオルニチンを得ることを目的としておらず,多様な栄養成分からなる培養液中の栄養成分の一つにすぎないアルギニンからオルニチンが生成し,粉末状の発酵物において含有するとは限らないし,含有することがあるとしても,それは本件訂正発明が意図する作用効果とは異なるものである。したがって,本件訂正発明の作用効果は,被控訴人方法により得られるものではなく,第2要件を満たさない。
ウ 第3要件について 被控訴人方法は,微生物を繁殖させるための培養液中にアルギニンが含まれているものであり,発酵物中にオルニチンを含有させることを目的としているものではないから,本件明細書の【0036】の記載から示唆を受けて被控訴人方法を容易に想到するものとはいえず,第3要件を満たさない。
エ 第4要件について 被控訴人方法は,微生物を繁殖するための培養液にアルギニンが含まれているものであるが,このような方法は,本件原出願時において公然知られていた乙B16の「試験例1」における発酵処理と同じ構成を備えており,被控訴人方法は公知技術と同一のものであり,当業者がそれを容易に推考することができた。したがって,第4要件を満たさない。
オ 第5要件について 証拠(乙B16)にあるように,控訴人は,本件明細書の【0036】に記載されているような,発酵物にオルニチンを含有させることを目的としてアルギニンを発酵原料に含ませる構成を本件発明として出願の分割をして,特許の査定を得たも 38 のである。したがって,被控訴人方法のように,発酵物にオルニチンを含有させることを目的として発酵原料にアルギニンを含ませたわけではないようなものは,当然に意識的に除外されているというべきである。したがって,被控訴人方法は,いわゆる意識的除外の抗弁の要件を満たすものであり,第5要件を満たさない。
(8) 争点2-1(無効理由1(優先権の主張ができないことを前提とする乙B3に基づく新規性欠如)の有無)について(被控訴人らの主張) 本件訂正発明には,優先権の主張ができない。すなわち,本件訂正発明の優先権主張に係る基礎出願(乙B1の1〜3。出願日平成19年6月13日)には,発酵原料が「大豆胚軸」の場合についてのみ記載されているところ,その後,発酵原料が「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類」の場合に拡張され,以前のものとは質的に異なるものとして,一体不可分の本件訂正発明を構成するものとなった。また,上記基礎出願には,「少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加すること,「少なくとも1種のダイゼイン類」を原料としたものから「発酵物」が得られること, 「発酵物」中に特定の量の範囲のエクオール及びオルニチンが含まれることについて一切記載がない。
そうすると,本件訂正発明全体について優先権の主張をすることができず,本件訂正発明のうち発酵原料を「大豆胚軸」とする部分について,いわゆる部分優先権を主張することもできない。また,上記基礎出願の明細書(乙B1の1〜3)においては,本件明細書(【0036】)記載の「公知のスクリーニング方法」について一切記載がないから,上記基礎出願には微生物としてラクトコッカス20-92株が記載されているのみということとなる。この点からしても,本件訂正発明について,優先権の主張をすることができないというべきである。
そうすると,本件訂正発明につき新規性進歩性を判断する基準日は,本件特許の優先日(平成19年6月13日)ではなく,親出願の出願日(平成20年6月13日)となる。そして,乙B3(公開日平成19年6月14日)には,本件訂正発 39 明の全ての構成要件に相当する事項を開示しているから,本件訂正発明には,乙B3により,新規性欠如の無効理由がある。
(控訴人の主張) 被控訴人らの上記主張は,争う。前記(1)(控訴人の主張)ウのとおり,本件訂正発明については,優先権を主張することができるから,本件優先日に後れる乙B3(公開日平成19年6月14日)が公知文献となることはなく,本件訂正発明に,乙B3に基づく新規性欠如の無効理由はない。
(9) 争点2-2(無効理由2(本件訂正発明の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」に関するサポート要件違反・実施可能要件違反)の有無)について(被控訴人らの主張) 本件特許請求の範囲には,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」とあるのに対し,本件明細書には, 「ラクトコッカス20-92株」しか開示されておらず,本件明細書の記載をみても,スクリーニングすべき対象の範囲も不明であり,スクリーニング方法も特定されておらず,スクリーニングによって本件特許請求の範囲に記載の機能 作用を有する微生物が得られるかも不明である。
・ また,本件明細書に具体的に開示された微生物(ラクトコッカス20-92株)以外の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を見いだすためには,当業者において期待し得る程度を超える試行錯誤を必要とする。
さらに,本件明細書には,オルニチン8mg以上,エクオール1mg以上であれば上限がないことは記載されていないし,本件明細書の記載から,乾燥重量1g当たり「8mg以上」の全ての高濃度のオルニチン, 「1mg以上」の全ての高濃度のエクオールの製造方法を理解することはできない。すなわち,本件明細書の【0042】には,エクオール1〜20mgと記載されているが,上記20mgを超えた値をどのように得るのか,どのような原料,微生物,発酵処理でこれを達成できるのか開示されていない。また,本件訂正発明では,発酵原料であるダイゼイン類の 40 量についての構成はなく,その量が大豆胚軸に含まれる量とはかけ離れる場合もあり得るところ,本件明細書においてはその場合の製造条件について開示がなく,当業者が所定量のエクオールを得られる保証はない。これらのことは,オルニチン含有量についても,同様である。
そうすると,本件特許には,サポート要件違反・実施可能要件違反の無効理由(特許法123条1項4号)が存することとなる。
(控訴人の主張) 被控訴人らの主張は,争う。当業者は,本件明細書の記載及び出願当時の技術常識によれば,エクオール産生能力を有する微生物を対象として,これらの中から,さらに,アルギニンからオルニチンへの変換能力を有するものを,公知のスクリーニング方法で特定し,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を取得できると十分理解でき,このような微生物を用いることにより,本件明細書の実施例に記載されたラクトコッカス20-92株と同様に,本件発明の課題を解決し得ると認識できる。
また,当業者は,本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,通常の試行錯誤の範囲内でスクリーニングを行い得る。
本件訂正発明におけるオルニチン及びエクオールの生成量の範囲は,これらが有用生理作用を有する成分であるという観点から規定されたものである(本件明細書の【0042】, 【0050】 ところ, ) このような目的に照らすと,その生成量の「下限」のみを示せば十分である。
本件明細書の実施例には,発酵工程における培養条件が具体的に記載されており(【0221】〜【0230】,特に, ) 【表2】には,原料中(発酵前)のダイゼイン類の含有量とそれによるエクオールの生成量(発酵後)が記載されており,表3】 【には,原料中の遊離アルギニンの含有量とそれによるオルニチンの生成量が記載されている。当業者は,これらの表に示される結果を見て,どの程度の量のダイゼイン類とアルギニンを原料として用いると,その発酵生成物としてどの程度のエクオ 41 ールとオルニチンが得られるかを理解することできる。
したがって,本件訂正発明にサポート要件違反及び実施可能要件違反の無効理由はない。
(10) 争点2-3(無効理由3(乙B4に基づく新規性欠如・乙B4を主引例とする進歩性欠如)の有無)について(被控訴人らの主張) ア 乙B4には,次の発明が記載されている(以下,乙B4に記載された発明を「乙B4発明」という。。
) a-1 ダイゼイン,及び a-2 アルギニン a-3 を含む発酵原料を b エクオール産生能力を有する微生物であるグラム陽性菌do03株で c 発酵処理することを含む, d エクオールを含有する発酵物を製造する方法。
イ 乙B4発明と本件訂正発明は,次の点で一応相違するが,後記ウ〜オのとおり,いずれも乙B4に記載されているか,乙B4の記載から当業者が容易に想到できるから,本件訂正発明は新規性又は進歩性が欠如し,本件訂正特許には,特許法29条1項3号,2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)がある。
相違点@:本件訂正発明は「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を用いるのに対し,乙B4発明のdo03株は,オルニチン産生能力を有するか不明である点。
相違点A:本件訂正発明は「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物」が得られるのに対し,乙B4発明の発酵物は粉末状ではなく,オルニチンを含有するかも不明である点。
相違点B:本件訂正発明は「前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成」するのに対し, 42 乙B4発明は,発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンとエクオールの生成量が不明である点。
相違点C:本件訂正発明は, 「発酵物が食品素材として用いられるものである」のに対し,乙B4発明は,発酵物の用途が不明である点。
ウ 相違点@,Aについて 相違点@,Aは,次に照らせば,乙B4に記載されているに等しい事項であるか(新規性欠如),技術常識(アルギニンジヒドロラーゼ経路)を適用して,当業者が容易に想到することができた事項である(進歩性欠如)。
(ア) 乙B4には,do03株が成長のためにアルギニンを用いており,アルギニンジヒドロラーゼ経路を用いてエネルギーを得ること,アルギニンの菌代謝によりNH3が産生されることが記載されているところ,乙B5には,アルギニンジヒドロラーゼ経路を介して,アルギニンからオルニチンとNH3が産生することが記載されている。そして,かかるアルギニンジヒドロラーゼ経路は,本件特許の特許出願時,技術常識となっていた(乙B15の1〜3)。そうすると,当業者であれば,本件特許の特許出願時,乙B4記載のdo03株が,アルギニンからアルギニンジヒドロラーゼ経路を用いてエネルギーを得る過程においてオルニチンを産生していること(相違点@),乙B4の発酵物が,オルニチンを含有していること(相違点A)は,容易に理解することができた事項である。
(イ) 乙B4の再現実験(乙B6)においては,アルギニンを培地に添加するか否かにかかわらず,ほぼ等量のエクオールが生成したところ,アルギニンを添加した培地ではオルニチンが生成し,アルギニンを添加しない培地でも少量のオルニチンが生成した。そうすると,乙B4に接した当業者が,再現実験をすれば,乙B4記載のdo03株がオルニチン産生能力を有し(相違点@) 乙B4の発酵物にはオル ,ニチンが含まれること(相違点A)は,容易に確認することができる事項である。
なお,乙B4には,検体を振盪したかどうかが記載されていないことからすれば,静置培養と振盪培養があり得るところ,再現実験(乙B6)では振盪培養を選択し 43 ている。しかし,静置培養か振盪培養かでは,エクオール変換率に差異があるというだけであり,エクオールを産生する点,オルニチンを産生する点の確認には,影響がないものである。
(ウ) 粉末状とするかどうか(例えば,粉末状ではなく液状とするかどうか)は設計事項であり,当業者であれば,保存性,取扱いの利便性などの観点から,粉末状とするのは当然である(乙B28の2)。
エ 相違点Bについて 乙B4の再現実験(乙B29)において,ダイゼイン濃度を変化させてオルニチンとエクオールの産生量を確認したところ,オルニチン産生量は8mg以上であったから,8mg以上」 「 について乙B4に開示されているに等しいといえる。そして,エクオール産生量は,0.62mg又は0.75mgであるが,本件明細書の【0042】には,「エクオール量」は,「エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,さらに好ましくは5〜8mg」とmg単位であるため,上記結果もmg単位とすると1mgとなるから, 「1mg以上」である点も,乙B4に開示されているに等しい事項である。
仮にそうでないとしても,乙B4は,エクオールを産生することを目的とした論文であり,本件特許に係る特許出願時,エクオールを産生することを見出した当業者であれば,その産生量をなるべく多くすることは,当然なし得ることである。
オ 相違点Cについて エクオールは,本件特許の出願当時,食品として用いられるものであることが公知となっており(乙B16,19),発酵物を「食品素材」として用いることは,当業者が当然に行う事項である。
(控訴人の主張) 本件訂正発明は,乙B4発明と対比して,少なくとも前記(被控訴人らの主張)イの相違点@〜Cを有するが,次のイ〜エに照らせば,上記相違点@〜Cが当業者にとり容易に理解できた事項であるとはいえないから,新規性は欠如しておらず, 44 また,上記相違点@〜Cが乙B4発明に基づいて容易に想到することができたものであるともいえないから,進歩性も欠如していない。したがって,本件特許に,特許法29条1項3号,2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)はない。
イ 相違点@,Aについて (ア) 乙B4には, アルギニンの菌代謝により,NH3が産生され,それらによって培養ブロスpHが増加したこと, アルギニン追加によりOD 600(600nmにおける吸光度)が増加し,それによって,株do03株が成長のためにアルギニンを用いている,との記載がされている。
しかし,上記 については,乙B4の表1には,pHの測定値が記載されているものの,かかるpHの増加がNH3に由来するものかどうかについて確認されておらず,仮にNH3に由来するものであるとしても,アルギニンジヒドロラーゼ経路におけるシトルリンまでで反応が止まっている可能性もあり,オルニチンが生成されていることの確認にはならない。また,上記 については,OD600の増加がなぜアルギニンの菌代謝を示すのかについて何ら説明されていない。
(イ) 被控訴人らが,アルギニンジヒドロラーゼ経路が技術常識であったことの根拠とする乙B15の1〜3に関しても,単にアルギニンジヒドロラーゼ経路についての説明があるのみであって,乙B4で用いられているグラム陽性菌であるdo03株において,かかるアルギニンジヒドロラーゼ経路が現に機能することについて何ら言及していない。
(ウ) 被控訴人ダイセルによる再現実験(乙B6)は,乙B4の再現実験とは到底いえない。乙B4では,ダイゼインの供給源として, 「フジッコ社製」フジフラボンP10を用いているが,上記再現実験では,「LC Laboratories製」(Lot DA-121)を用いており,発酵原料がそもそも相違するし,前培養の条件も異なっている。また,得られた実験結果についても,乙B4の場合は,Table1によれば,アルギニンを培地に添加することによりエクオールの産生量が約4倍に増加する結果となっているのに対し,再現実験(乙B6)の場合は,培 45 地へのアルギニンの無添加,添加のいずれの場合も,エクオール濃度は39.6mg/Lであり,アルギニンの添加にかかわらず,ほぼ等量のエクオールが生成する結果となっており,このことからすれば,両者の結果は明らかに乖離している。
(エ) 相違点Aの「粉末状」については,乙B4においては,学術的な観点からエクオールの産生機構を解明することが主眼とされており,本件訂正発明のように,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物を機能性食品素材として用いる際に好適な粉末状とすることは何ら想定されておらず,当業者において,これを「粉末状」とする動機付けはない。
ウ 相違点Bについて 乙B4においては,学術的な観点からエクオールの産生機構を解明することが主眼とされており,発酵物を食品素材として用いることは何ら想定されておらず,オルニチン及びエクオールが生理活性物質であることにも着目されていないから,乙B4発明において,これらの成分の含有量を特定の範囲とする動機付けとなるものはない。
また,被控訴人らは,再現実験(乙B29。以下「乙B29実験」という。)を行ったとするが,前記のとおり,被控訴人らが主張する再現実験(乙B6)は,乙B4の再現実験とは到底いえないものである以上,これと同様である乙B29実験も,再現実験とはいえない。
さらに,乙B29実験で,ダイゼイン濃度を増加させることでエクオール生成量が本件訂正発明の数値範囲内になり得るとしても,そもそも乙B4において,エクオール生成量を増加させる動機付けが存在しない以上,乙B29実験の結果は意味がないものである。
エ 相違点Cについて 乙B4は,発酵物を食品素材として用いることは想定していない。このことは,乙B4のdo03株がラット由来であることからも裏付けられる。
(11) 争点2-4(無効理由4(乙B16に基づく新規性欠如・乙B16を主引例 46 とする進歩性欠如)の有無)について(被控訴人らの主張) ア 相違点について 乙B16記載の発明(以下「乙B16発明」という。)は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳を含むダイゼイン含有基礎培地など)を,エクオール産生能力を有する微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製造する方法」である。本件訂正発明と乙B16発明は,次の点で一応相違する。
相違点A1:微生物がオルニチン産生能力を有すること 相違点A2:発酵原料にアルギニンを添加すること 相違点A3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること 相違点A4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であること 相違点A5:製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられること イ 新規性進歩性を有しないこと 以下に述べるとおり,相違点A1及びA3〜A5は,いずれも「刊行物に記載されているに等しい事項」であって,相違点とはならない(後記ウ)。仮に,相違点A1及びA3〜A5が相違点であると認定されたとしても,これらの相違点に係る構成については,乙B16発明及び周知技術から,容易に想到することができる(後記エ) 相違点A2に係る構成については, 。 控訴人の主張を前提とすると相違点とはならないし,そうでないとしても,乙B16発明及び周知技術から,容易に想到することができる(後記オ)。
以上のとおり,本件訂正発明は,乙B16に記載されているに等しいから,特許法29条1項3号所定の「刊行物」たる乙B16に「記載された発明」に当たり, 47 新規性を有しないか,そうでないとしても,乙B16発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,同条2項の場合に当たり,進歩性を有しない。
ウ 相違点A1及びA3〜A5は相違点ではないこと (ア) 相違点A1 乙B16は,「ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)」を「エクオール産生能力」を有する微生物として明示している(乙B16・3頁11〜15行及び26〜27行)。また,乙B16(3頁28行)では,「以下,この乳酸菌の菌学的性質につき詳述する。」とした上で,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)「この乳酸 (菌」 が「 ) (13)アルギニンジヒドラーゼ: +」であるとして,この生化学的性質を有することを開示している(乙B16・4頁20行)。
そして,@「アルギニンジヒドロラーゼ」を有する微生物はアルギニンを分解してオルニチンを生成できること,及びAラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)の属する「ラクトコッカス・ガルビエ」も「アルギニンジヒドロラーゼ」活性を有しオルニチン産生能力があることは,技術常識であった。
したがって,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)がオルニチン産生能力を有することは,刊行物たる乙B16に記載されている事項に当該技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点A1(微生物がオルニチン産生能力を有すること)は,乙B16に記載されているに等しい事項である。
なお,控訴人の主張は,ある菌株がアルギニンジヒドロラーゼ活性(ADH活性)を有していたとしても,「必ずしもオルニチンが蓄積した発酵物を得られるとは限らない」という話であって,オルニチンが蓄積しないことを示さない。生成されたオルニチンは,乳酸菌にとっては利用価値のないものであるため,菌体外へ排出され,蓄積されるところ(乙B83・3頁),菌体外に蓄積されたオルニチンが,生きた菌体内の酵素に起因するオルニチン脱炭酸能により分解されることは物理的に不 48 可能であることは技術常識である。
ところで,新規性要件及び進歩性要件は,特許発明技術的範囲に包含されている物・方法について特許権を付与して独占を与えて良いか否かを判断するものであるところ,実施者の認識によって特許権侵害の有無が変わるわけではないことを踏まえると,引用発明との相違点の認定に当たっては,専ら客観的・内在的に物・方法が同一か否かにより判断すべきである(以下,便宜上,「内在同一論」と呼ぶ。。
) (イ) 相違点A3 乙B16発明は,試験例1(乙B16明細書23頁22行以下)に記載されたとおり発酵原料を微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)を用いてBHI(Bact Brain Heart Infusion)ブロスで発酵処理を行っている。
そして,上記(ア)のとおり,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)がアルギニンジヒドロラーゼの生物学的性質を有していることは乙B16明細書に明示されており,アルギニンジヒドロラーゼはアルギニンからオルニチンを生成するオルニチン生成能力があることを示していることは技術常識であった。
また,BHIブロスなどの栄養培地に「アルギニン」が含まれていることは技術常識である(乙B30の1〜3)。
よって,発酵原料を微生物であるラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)を用いてBHIブロスで発酵処理することによって,オルニチンを含有する発酵物が生成されていることは,刊行物たる乙B16に記載されている事項に技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができるから,相違点A3は,乙B16に記載されているに等しい事項である。
(ウ) 相違点A4 a オルニチンについて 乙B16の試験例1に用いられている「ラクトコッカス20-92株」は,本件明細書の参考例1-1〜1-3(【221】〜【224】)及び参考例1-4(【225】〜【228】)に用いられている「ラクトコッカス20-92株(FERM B 49 P-10036号)」と同一であるところ,本件明細書の【228】【表3】では,「発酵前」に存在していた「遊離アルギニン」881mg(5.06mmol)が,「発酵後」には12mg に減少し,他方で, 「発酵前」は検出されなかった「遊離オルニチン」が1.06g(8.02mmol)検出されたことが記載されており,アルギニンからオルニチンへと100%(変換率約159%)を優に超える変換がなされている。
上記変換率を踏まえ,乙B16の試験例1において産出されるオルニチンの量を算出する。まず, 「BHIブロス」に含まれる「遊離アルギニン」の量は「1.20%」であるから(乙B30の1)「BHIブロス」37g/L(乙B30の2の5枚目 ,赤枠部分)に含まれる「アルギニン」の量は,0.444g/Lである。アルギニンからオルニチンへの変換率を100%とすると,0.444g/Lの「アルギニン」から0.337g/Lの「オルニチン」が産生される。BHIブロス1L中の固形分約37gがあり,0.337gのオルニチンが新たに産生されたというのであるから,発酵物の乾燥重量1g当たりの産生される「オルニチン」量は9.10mg となる。なお, 「BHIブロス」には元来「オルニチン」が234mg/100g含まれている(乙B30の1)ため,最終的な発酵物1g当たりの「オルニチン」の量は,発酵物の乾燥重量1g当たり11.4mg である。
被控訴人ダイセルが行った乙B16の図3(1)の再現実験(乙B56の1)において, 「ダイゼイン10mg/L」の場合,オルニチン産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり13.7mg であった。また,乙B16も培地として開示している「GAMブイヨン」及び「変法GAMブイヨン」に含まれる量のアルギニンからでも, 「8mg」を超える程度の「オルニチン」を生成し得ることもまた当業者は十分に理解し得た(乙B63)。
したがって,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成されることは,刊行物たる乙B16に記載されている事項に技術常識参酌することにより,当業者が導き出すことができる事項である。
50 b エクオールについて 乙B16の25頁15〜24行には,「ダイゼイン換算量として約80μg/mL」の「豆乳」を用いて発酵させた結果, 「57.0μg/mL」のエクオールが生成したことが記載されている(なお,図3(2)参照)。そして,控訴人が本件無効審判の答弁書(乙B66)16頁において主張しているとおり,乙B16(本件無効審判の甲1)の「図3(1)」に関するエクオール産生量「10μg/mL」を乾燥重量1g当たりに換算すると「0.27〜0.28mg 程度」となるのであれば,乙B16の「図3(2)」において「57.0μg/mL のエクオール」が生成された場合には,乾燥重量1g当たり1.5〜1.6mg のエクオールが生成していることになる。
なお,被控訴人ダイセルが行った乙B16の図3(2)の再現実験(乙B56の1)において, 「ダイゼイン80mg/L」の場合,エクオール産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり1.33mg であった。
乙B4のFIG.1に代表されるように,エクオール1mol は,ダイゼイン1molから形成されることが,本件優先日ないし本件訂正発明の出願日に周知であったし,乙B16発明の試験例1の具体的なエクオール生成量については,上記のとおり試験例1の再現実験を行い,その生成物を当業者が技術常識又は周知技術を用いて任意の方法で調べれば明らかとなる事柄である。
したがって,乙B16の図3(2)では発酵物の乾燥重量1g当たり1.5〜1.6mg のエクオールが生成されることになるから,発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上のエクオールが生成されることは,刊行物たる乙B16に記載されている事項に技術常識参酌することにより,当業者が導き出すことができる。
c よって,相違点A4は,乙B16に記載されているに等しい事項である。
(エ) 相違点A5 乙B16には,(3-4)食品形態」 「 (13頁7行目)「本発明エクオ一ル産生乳 ,酸菌含有組成物は,一般には,前記特定の乳酸菌を必須成分として,適当な可食性担体と共に含む食品形態に調製される。(13頁8〜9行)「固形食品形態には, 」 , 51 顆粒,粉末(発酵乳凍結乾燥粉末などを含む),錠剤,発泡製剤,ガム,グミ,プディングなどの形態が含まれる。(13頁23〜25行)など,製造される発酵物が 」粉末であっても良いこと,食品形態に調製し得ることについて明記されている。
したがって,当業者であれば,刊行物たる乙B16に記載されている事項に技術常識参酌することにより,任意の方法で粉末状の発酵物を調製し,当該発酵物を食品の素材として用いることができ,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられることは,当業者が導き出すことができるから,相違点A5は,乙B16に記載されているに等しい事項である。
エ 相違点A1及びA3〜A5は容易に想到できること 仮に相違点A1及びA3〜A5に係る構成が,一応の相違点となると認定される場合であっても,当業者は,前記ウ(ア)の技術常識を踏まえて,乙B16発明及び周知技術からこれらの相違点に係る構成に容易に想到することができることは明らかである。
そもそも,ダイゼイン類を発酵原料とするアルギニンの存在下における微生物を用いた発酵であれば,当該発酵処理によりオルニチンが不可避的に生成されることは技術常識であり,このような形でオルニチンを生成することは周知技術であった。
また,本件訂正発明が規定するオルニチン「8mg/g」という程度の微量では,およそ有意な作用を奏しないのであって,このことは,本件訂正発明が「発酵物の乾燥重量1g当たり」「8mg 以上のオルチニン」及び「1mg 以上のエクオール」について規定しているにもかかわらず,それに対応する課題についても効果についても本件明細書に全く記載がないことからも明らかである。
したがって,仮に,相違点A1及びA3〜A5が相違点であると認定されたとしても,相違点A1及びA3〜A5に係る構成については,乙B16発明及び周知技術から,容易に想到することができる。そもそも,これらの構成については技術常識,周知技術及び何ら有意な作用を奏しない無意味な構成の組合せにすぎないから,上記相違点が相違点と認定されたとしても,進歩性の判断に影響を与えない。
52 この点,控訴人は,エクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物を得られるようにする積極的な動機付けは存在しないなどと主張するが,早晩公衆に利用可能となる物・方法については,実施する際の意図に違いがあったとしても,独占権を認めてまで創作のインセンティブを与える必要はないから,本件訂正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられる必要はなく,物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することが動機付けられれば十分である。進歩性要件の趣旨は,公知の技術から容易に創作可能な技術に対する独占を否定することにあり,抽象的な技術思想には容易に想到できない場合であったとしても,具体的な技術が容易に得られるものであったのであれば,それに対する独占権を認める必要はないのであって,本件訂正発明の技術思想に容易に想到することができることまで求めることは不要であり,構成要件を充足する製造方法容易に想到することができれば,それだけで進歩性は否定されると解すべきである。
オ 相違点A2は相違点ではないか,又は,容易に想到できること (ア) 相違点ではないこと 控訴人は,相違点A2に関する本件訂正発明の「アルギニンを添加する」の解釈に関し,『アルギニンを添加する』とは,その文言上,発酵原料に含まれるアルギ 「ニンが,ダイゼイン類を供給する物質中に含まれているアルギニンではなく,別途添加したものであることを意味するのであり,当該アルギニンを培地/培養液中に含めて添加することを排除するものではない。」と主張した(原告第5準備書面・6頁)。
上記主張を前提とすると,乙B16には,発酵処理において発酵原料と共に用いる栄養培地や発酵促進物質にアルギニンが含まれていることが開示されているところ,アルギニンが含まれた培地や発酵促進物質を添加することも本件訂正発明の「アルギニンを添加する」に該当することになる。
したがって,控訴人の上記主張を前提とすると,本件訂正発明は,特許法29条1項3号所定の「刊行物」たる乙B16に「記載された発明」に当たり,新規性を 53 有しない。
(イ) 容易に想到できること 「添加」とは,「ある物に何かをつけ加えること。そえ加えること。」である(新村出編「広辞苑第7版」。
) 乙B16では,微生物培養のための栄養培地について「BHI,EG,BL,GAM培地」 (10頁19〜20行)を挙げ,実施形態では「液体培地(MRS)(2 」3頁1行),試験例1では「BHIブロス(増殖用液体培地(基礎培地)(23頁2 」5〜26行)「GAM寒天培地」 , (24頁10行),試験例2では「BHIブロス」(26頁4行),試験例3では「増殖用液体培地(基礎培地)(26頁26行) 」 ,試験例4では「BHIブロス」(28頁2行),実施例2では「嫌気性菌培養用のGAM培地」 (32頁3〜4行)が用いられている。これらの栄養培地は,微生物の栄養源であり,生体由来の様々な成分を多く含んでいるところ,アルギニンは,たんぱく質を構成するアミノ酸であるから,上記の栄養培地の生体由来の成分中に多く含まれている。上記「BHIブロス」が脳や心臓の生体成分を含み,それらにアルギニンが含まれることが当業者には周知であり(乙B30の1〜3) BHIブロス」 , 「は,栄研化学株式会社により,遅くとも昭和34年以降,一般に販売されている。
「GAMブイヨン」及び「変法GAMブイヨン」についても,遊離アルギニンが含まれていることも技術常識である(乙B63)。また,乙B16には,培地に付け加えることができる発酵促進物質の一例として,酵母エキス,ペプトンなどが挙げられているが(15頁1〜2行),これらにもアルギニンが含まれている。これらはいずれも,栄養培地や発酵促進物質にアルギニンが含まれていることを開示するものであり,発酵原料にアルギニンが付け加えられているものではない。
しかしながら,発酵処理において発酵原料と共に用いる栄養培地にアルギニンが含まれているのであるから,当業者は,発酵原料自体にアルギニンを付け加えることができることを認識し,本件訂正発明の開示する構成に容易に想到することができる。
54 したがって,相違点A2に係る構成については,乙B16発明及び周知技術から,容易に想到することができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない。
(控訴人の主張) ア 新規性進歩性を欠くとはいえないこと 以下に述べるとおり,相違点A1〜A5は,いずれも実質的な相違点であるし(後記イ),これらの相違点に係る構成については,乙B16発明及び周知技術から,容易に想到することができない(後記ウ)。
そうすると,本件訂正発明は,新規性又は進歩性を欠くとはいえないから,被控訴人らの主張する無効理由4には理由がない。
イ 相違点A1〜A5は相違点であること (ア) 相違点A1 乙B16には,「ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)」が,エクオール産生能に加えて,オルニチン産生能をも有する微生物であることは何ら開示も示唆もされていない。乙B16(4頁)の「アルギニンジヒドラーゼ:+」との記載は,菌の性状から菌種を判定する目的で用いられる同定キットの判定結果を示しているにすぎず,オルニチンの生成については何ら確認できない。
被控訴人らがいうアルギニンジヒドロラーゼ活性が,一般論として,菌がアルギニンジヒドロラーゼ経路を用いてアルギニンからエネルギーを得ること,及びその過程でオルニチンが産生し得ることを示すものであるとしても,実際の培養系においては,例えば,シトルリンまでで反応が止まっている可能性もあり,また,オルニチンが乳酸菌等のオルニチン脱炭酸能により分解して更に代謝するものも存在することから(甲7,8),仮に一時的にオルニチンが生成し得たとしても,分解されて発酵物には残存しない,すなわち,発酵物中には必ずしも蓄積されるわけではないと理解することが,当業者の常識であったといえる。
本件優先日の時点において,当業者が仮に乙B16に接したとしても,乙B16の記載から,「ラクトコッカス20-92株」がエクオール産生能力に加えてオル 55 ニチン産生能力をも有する微生物であり,実際にオルニチンが生成・蓄積していることを認識できたとはいえないから,乙B16にこれらの事項が記載されているに等しいとはいえない。
被控訴人ダイセル自身も,自らの別件特許(甲9の1)の審査過程における拒絶理由通知(甲9の2)に対する意見書(甲9の3)において, 「アルギニンが含まれる培地で嫌気性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えません。L-オルニチンが得られるためには,嫌気性微生物が,アルギニンをL-オルニチンに変換するための酵素を有することが必要です。しかしながら,DSM 19450株がそのような酵素を有するオルニチン産生菌であることは引用文献1および2には開示されておらず,示唆もされないと考えます。」等と述べているが,アルギニンの代謝経路が文献上で明らかになっていないという意味では,乙B16における「ラクトコッカス20-92株」は,「DSM 19450株」と同じである。
また,被控訴人らは,被控訴人ダイセルが「ラクトコッカス20-92株」を入手して行った乙B56の1〜3の実験結果によって,オルニチンの生成を確認したと主張するが,そもそも,被控訴人ダイセルの再現実験は,本件優先日後になされたものであるから,それをもって本件優先日当時に乙B16に接した当業者の認識を裏付けるものとはいえない。
ところで,被控訴人らは,内在同一論によれば,乙B16発明は,本件訂正発明の構成要件を客観的・内在的に充足していると主張するが,本件訂正発明のような「生産方法の発明」については,被控訴人らの主張する内在同一論を適用して新規性を否定することは妥当ではない。万が一,本件訂正発明と各引用発明の対比について,被控訴人らの主張する内在同一論に基づいたとしても,乙B16に本件訂正発明が開示されているとはいえない。
(イ) 相違点A2 被控訴人らは,原告第5準備書面における控訴人の主張を引用し,これを前提とすれば,アルギニンの添加に関する相違点A2は乙B16に記載されているに等し 56 いということができると主張する。
しかしながら,乙B16には,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は開示されていないし,BHIブロス等にアルギニンが含まれることも具体的には記載されていない。上記被控訴人らの主張は理由がない。
(ウ) 相違点A3 乙B16にはエクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることは何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載は一切なされていないし,上記(ア)で述べたとおり,「アルギニンジヒドロラーゼ活性」についての記載の有無はオルニチンが実際に生成するか否かとは直接関連するものではない。被控訴人ダイセルが別件特許の審査過程で主張していたように,培地にアルギニンが含まれているからといってオルニチンが蓄積した発酵物が常に得られるわけではない(甲9の3)。
乙B16の試験例1で用いられている「BHIブロス」は,一般に,主として試験研究用に用いられる培地であって,原料としてウシやブタの脳・心臓に由来する栄養成分を含むものであるため食品用途として用いることは想定されていない材料であるというのが技術常識である(甲28)。そうすると,BHIブロスを用いた乙B16の試験例及びその結果は,そもそも,得られた発酵物を食品素材として用いることを前提とする本件訂正発明との関係で用いることが想定されない栄養培地であるから,BHIブロス中に含まれるアルギニンを考慮する余地はない。
したがって,相違点A3が乙B16に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
(エ) 相違点A4 a オルニチンについて 上記(ウ)で述べたように,乙B16に「オルニチンを含有する発酵物が生成(蓄積)されること」は記載されていないのであるから,発酵物中のオルニチンの量に関する相違点A4も乙B16に記載されているに等しい事項ということはできないこと 57 は明白である。
被控訴人らは,本件明細書の記載を根拠に換算しているが,本件優先日時点では,本件明細書は公開されていなかったから,本件明細書の記載を前提に乙B16の開示の内容を認定することはできない。
被控訴人らは,被控訴人ダイセルが行った乙B16の試験例1の再現実験(乙B56の1)によれば,オルニチン産生量が13.7mgであったとも述べるが,同再現実験は,本件優先日後になされたものであるから,それをもって,本件優先日当時に乙B16に接した当業者の認識を裏付けるものとはいえない。乙B16の出願人である控訴人自身が行った再現実験である甲34によってオルニチンの生成量は「8mg以上」の範囲外となることが実証されている。
b エクオールについて 被控訴人らは, 「オルニチン量」に関しては,乙B16の試験例1のうちBHIブロスを用いる「ダイゼイン含有基礎培地」に関する実施態様に基づいた主張をしておきながら, 「エクオール量」についてこれとは異なる実施態様である「豆乳」を発酵原料として用いる実施態様による当てはめを行っている点で,誤りである。
仮に, 「豆乳を発酵原料として用いる実施態様」を考慮したとしても,控訴人が行った試験例1の再現実験により,発酵原料として豆乳を用いた場合には,エクオールの生成量が「1mg以上」を下回るものであったことが実証されている(甲34)。
c したがって,相違点A4が乙B16に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
(オ) 相違点A5 乙B16の試験例1では,得られた発酵物が粉末状のものであり,食品素材として用いられるものであるとの記載は何らなされていないのであるから,乙B16の試験例1の実施態様を乙B16発明と認定しているとの前提に基づけば,相違点A5が乙B16に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
ウ 相違点A1〜5は容易に想到できないこと 58 乙B16発明は,あくまでエクオール産生能を有する乳酸菌を用いてエクオールを製造する方法に関するものであって,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではない。乙B16には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという具体的な技術的思想は開示されていなし,オルニチンを得るためにアルギニンを発酵原料に含むことも何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載は一切なされていない。乙B16発明において,エクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつ,エクオールやオルニチンの産生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの積極的な動機付けは存在しない。
加えて,本件訂正発明が奏する「同時に複数の側面から,更年期の女性の疲労感の改善効果を訴求できる」という上記の効果は,乙B16には何ら記載も示唆もされておらず,乙B16を含む従来技術からは予測し得ない顕著な効果である。
したがって,本件訂正発明は乙B16に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。
なお,被控訴人らは,相違点に係る構成について,技術常識,周知技術及び何ら有意な作用を奏しない無意味な構成の組合せにすぎないとか,本件訂正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられる必要はないなどと主張するが,本件訂正発明に規定されるオルニチン量は「何ら技術的意義のない構成」ではない。
百歩譲って,ある種の微生物ではアルギニンからオルニチンを生成し得ることが技術常識ないし周知技術という余地があったとしても,引用発明との相違点に係る構成についての技術的思想の開示や適用する動機付けが不要となるわけではなく,そのことだけでただちに相違点に容易に想到し得たといえるわけではない。
(12) 争点2-5(無効理由5(乙B19の1に基づく新規性欠如・乙B19の1を主引例とする進歩性欠如)の有無)について 59 (被控訴人らの主張) ア 相違点について 乙B19の1記載の発明(以下「乙B19発明」という。)は,「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳をエクオール産生能力を有する微生物である,BIFIDOBACTERIUM LACTIS , LACTOBACILLUS ACIDOPHILUS ,LACTOCOCCUS LACTIS ,ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,及び,LACTOBACILLUS SALIVARIUS を含む「混合培養物」で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製造する方法。」というものであるが,本件訂正発明と乙B19発明は,次の点で一応相違する。
相違点B1:微生物がオルニチン産生能力を有すること 相違点B2:発酵原料にアルギニンを添加すること 相違点B3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること 相違点B4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であること 相違点B5:製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられること イ 新規性進歩性について 相違点B1〜B5は,いずれも乙B19の1に記載されているに等しい(後記ウ)。
仮に,相違点B1〜B5が実質的な相違点であるとしても,これらの相違点に係る構成については,乙B19発明及び周知技術から,容易に想到することができる(後記エ)。
以上のとおり,本件訂正発明は,乙B19の1に記載されているに等しいから,特許法29条1項3号所定の「刊行物」たる乙B19の1に「記載された発明」に当たり,新規性を有しないか,そうでないとしても,乙B19発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,同条2項の場合に当たり,進歩性を有しない。
60 ウ 相違点B1〜B5は相違点ではないこと (ア) 相違点B1 乙B19の1は,「エクオール産生能力」を有する微生物として,「BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOPHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUSFAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,およびLACTOBACILLUS SALIVARIUS」 「混合培養物」 の (乙B19の2・段落【0070】及び【0071】参照)を開示している。
そして,上記「混合培養物」のうち,「LACTOCOCCUS LACTIS」がアルギニンデイミナーゼ経路(アルギニンジヒロドラーゼ経路と同義)を介してアルギニンを代謝し,オルニチンを産生するという「オルニチン産生能力」を有していることは技術常識であった(乙B20・1024頁,乙B78)。
そうすると,ラクトコッカス・ラクチスが,エクオール産生能力だけでなくオルニチン産生能力を有する微生物であることは,刊行物たる乙B19の1に記載されている事項に当該技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点B1は,乙B19の1に記載されているに等しい事項である。
(イ)相違点B2 豆乳は,アルギニンとダイゼイン類を含むから,乙B19発明の豆乳は,ダイゼイン類にアルギニンを添加した状態を開示している。そうすると,相違点B2は,乙B19の1に記載されているに等しい事項である。
(ウ) 相違点B3 上記(ア)のとおり,乙B19の1において開示された微生物であるラクトコッカス・ラクチスが,アルギニンを代謝してオルニチンを産生するという「アルギニンデイミナーゼ経路」を有していることは技術常識であった。
そして,乙B19の1は,発酵原料として「ほぼ20mg/lのダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳」(乙B19の2・段落【0152】)を用いることを開示して 61 いるところ,乙B17の1の「Table4」 (保存中の無菌豆乳の遊離アミノ酸への貯蔵温度の影響)は, 「豆乳」が「アルギニン」を含むことを開示しており,このことは技術常識であった。
したがって,乙B19発明においてオルニチンを含有する発酵物が生成されることは,刊行物たる乙B19の1に記載されている事項に技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点B3は,乙B19の1に記載されているに等しい事項である。
(エ) 相違点B4 エクオールとオルニチンの生成量に係る相違点B4については,発酵原料を多くすれば構成要件D’の範囲内となるものであり,構成要件D’に臨界的意義もないから,相違点B4は実質的には相違点とはいえない。
(オ) 相違点B5 乙B19の1の国内移行に伴う和文の公表特許公報である乙B19の2の段落【0032】には「S-エクオールを含有する組成物 本発明の組成は,S-エクオールを含み,典型的には主にS-エクオールからなる。その組成は市販品を作ることに使われる。その組成物,或いはそこから作られる製品は経口で消費したり,局部に塗布したりし得る。」と記載されており,同段落【0044】には「経口投与に適した組成物は,……粉末……のような個々の形で提供できる。 と記載されてい 」る。また,乙B19の2の段落【0065】には「従来の食品技術を利用して,S-エクオールはバルクで製造することができ,また種々の食品においては現場で製造できる。ダイゼインやダイゼインを誘導できる他のイソフラボン誘導体を含むベース培養液,食物製品または植物抽出物を提供できる。ダイゼインまたは他のイソフラボンは,標準的なバクテリア性または酵素発酵プロセスによってS-エクオールに変換でき,Sエクオールを含有するバルク溶液や食物製品,または植物抽出物を提供できる。」と記載されている。
以上の記載からすると,乙B19の1において製造される発酵物を粉末状にし, 62 食品素材として用いることについては,刊行物たる乙B19の1に記載されている事項に当該技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点B5は,乙B19の1に記載されているに等しい事項である。
エ 相違点B1〜B5は容易に想到できること (ア) 相違点B2 乙B19発明は,発酵原料として「ほぼ20mg/lのダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳」 (乙B19の2・段落【0152】)を用いることを開示しており, 「豆乳」が「アルギニン」を含むことは技術常識であった。そして,乙B19発明において用いられる発酵原料にアルギニンが含まれている以上,当業者は,発酵原料にアルギニンを付け加えるという形で発酵原料にアルギニンを含めることにも容易に想到することができる。
したがって,乙B19発明及び周知技術から,当業者は,相違点B2に係る構成を容易に想到することができる。
仮に,控訴人の主張(「アルギニンを添加する」の文言は,アルギニンを培地/培養液中に含めて添加することを排除するものではない。 を前提としたとしても, ) 乙B16などの周知技術から,当業者が相違点B2に係る構成を容易に想到することができることは明らかである。
(イ) 相違点B4 乙B19の1には,発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であることについて,明示的な記載はない。
しかしながら,生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であるという数値限定は,何ら技術的意義のない構成である。このような構成について,通常は明示的な記載がなく,技術思想やそのような構成を採用する動機付けは存在しない以上,文献に記載や示唆もないことはむしろ当然といえる。このような技術的意味のない構成に 63 関して,技術思想への想到を求めることは,進歩性要件が設けられた趣旨を没却するものである。
そして,乙B19発明にはダイゼインもアルギニンも含まれているのであるから,当業者は,これらの量を適宜追加することによって,オルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上という生成量を実現することができる。
したがって,乙B19の1の記載から,当業者は相違点B4に係る構成を適宜実現することができ,容易に本件訂正発明の開示する構成を想到する。
(ウ) 相違点B1,B3及びB5 仮に相違点B1,B3及びB5に係る構成について,乙B19の1に記載されているに等しいとまではいえず,一応の相違点となると認定された場合であっても,当業者は,既に述べた技術常識を踏まえて,乙B19発明及び周知技術からこれらの相違点に係る構成に容易に想到することができることが明らかである。
(控訴人の主張) ア 新規性進歩性を欠くとはいえないこと 以下に述べるとおり,相違点B1〜B5は,いずれも実質的な相違点であるし(後記イ),これらの相違点に係る構成については,乙B19発明及び周知技術から,容易に想到することができない(後記ウ)。
そうすると,本件訂正発明は,新規性又は進歩性を欠くとはいえないから,被控訴人らの主張する無効理由5には理由がない。
イ 相違点B1〜B5は相違点であること (ア) 相違点B1,B3について 乙B19の1には,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることは何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載がない。また,乙B19の1には,アグリコンをエクオールに変換するバクテリア菌種によって,アルギニンがオルニチンに変換されるとの記載はないし,オルニチンを発酵生成物 64 として得ることを目的として,アルギニンを発酵原料に含むことの開示もない。すなわち,乙B19の1には,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することによって,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物を得ることが,具体的な技術的思想として開示されていない。
これに対し,被控訴人らは,アルギニンデイミナーゼ経路が技術常識であり,ラクトコッカス・ラチルスがオルニチン産生能を有することも技術常識であったことを挙げ,相違点B1及びB3は乙B19の1に記載されているに等しいと述べる。
しかしながら,ある種の微生物がアルギニンを代謝に使用してエネルギーを得ているとしても,そのことと「オルニチンが蓄積した発酵物が得られること」とは同義ではないところ,単にラクトコッカス・ラチルスがアルギニンデイミナーゼ経路を有することが知られていたとしても,当業者は一旦生成されたオルニチンが必ず蓄積されるわけではないとの認識を有していたのであるから,そのことだけで乙B19の1の発酵物がオルニチンを含むことが開示されているとはいえない。また,仮に「ラクトコッカス・ラクチス」のなかにオルニチンを産生し得るものが存在するとしても,当該ラクトコッカス・ラクチス以外にも複数の微生物を含む乙B19の1の「混合培養物」において実際にオルニチンが生成・蓄積することが具体的に確認されていない以上,乙B19の1の実施例5において,アルギニンデイミナーゼ経路によりオルニチンが生成・蓄積していることを認識できない。
(イ) 相違点B2について 乙B19の1には,発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は開示されていない。
(ウ) 相違点B4について 乙B19の1には,オルニチンとエクオールの含有量を発酵物の乾燥重量1g当たり「8mg 以上」及び「1mg 以上」という特定量とすることは何ら開示も示唆もされていない。
65 (エ) 相違点B5について 乙B19発明の対象とされた乙B19の1の実施例5の実施態様では,得られた発酵物を粉末状とすることは何ら開示されていない。
(オ) したがって,相違点B1〜B5は,いずれも乙B19の1に記載されているに等しい事項とはいえない。
ウ 相違点B1〜B5は容易に想到できないこと (ア) 相違点B1及びB3〜B5 被控訴人らは,相違点B1及びB3〜B5が容易に想到することができることの理由として,オルニチンが発酵処理により「不可避的」に生成されることは技術常識であることや,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上」というオルニチン量は何ら技術的意義のない構成であり動機付け等は不要であること等を挙げるが,誤りである。ラクトコッカス・ラチルスがアルギニンデイミナーゼ経路を有することが知られていたとしても、当業者は一旦生成されたオルニチンが必ず蓄積されるわけではないとの認識を有していたのであるから、そのことだけで乙B19の1の発酵物がオルニチンを含むことが開示されているとはいえない。そして,オルニチンが様々な機能を有し,健康に有利な作用を持つ物質であることが知られていたところ(乙B37),当該技術分野における専門家の意見書(甲23,24,36)により,本件訂正発明に規定されるオルニチン量により有利な健康効果が生じることが示されている。
乙B19発明は,あくまで鏡像異性のエクオールを製造することを課題とするものであって,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではない。そして,乙B19の1には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという技術的思想は具体的に開示されていなし,オルニチンを得るためにアルギニンを発酵原料に含むことも何ら開示されていないし,そもそもオルニチン自体に関する記載がない。さらに,乙B19の1には,オルニチンとエクオールの含有量 66 を発酵物の乾燥重量1g当たり「8mg 以上」及び「1mg 以上」という特定量とするという技術的思想は何ら具体的に開示も示唆もなされていない。
してみると,鏡像異性のエクオールを製造することを課題とする乙B19発明において,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを加えて,特定量のエクオールとオルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつエクオールやオルニチンの産生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの積極的な動機付けは存在しない。被控訴人らは,ダイゼインやアルギニンを適宜追加することによって,上記エクオールとオルニチンの生成量を実現することができるなどとも述べているが,それだけで動機付けとなるものではない。
したがって,相違点B1及びB3〜B5は,当業者が容易に想到し得たものではない。
(イ) 相違点B2 乙B19の1には,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は,開示されていない。乙B19発明においてエクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物を得るという動機付けがないのであるから,かかる発酵物を得るために, 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」によってオルニチンに変換されるアルギニンを発酵原料に添加する積極的な動機付けもまた存在しない。仮に乙B19の1の実施例5において発酵原料として用いられている「ダイゼイン強化豆乳」なるものにアルギニンが含まれているとしても,これにさらに別途アルギニンを添加することは,特定量のオルニチンを含有する発酵物を得るという目的がない限り行い得ることではない。
(13) 争点2-6(無効理由6(乙B24に基づく新規性欠如・乙B24を主引例とする進歩性欠如)の有無)について(被控訴人らの主張) ア 相違点について 67 乙B24記載の発明(以下「乙B24発明」という。)は,「基質としてダイゼイン,例えば豆乳を含む発酵原料を変法GAM培地でエクオール産生能力を有する微生物であるストレプトコッカス インターメディアス菌,特にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)で発酵処理することを含む,エクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,粉末状の発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg〜3mgのエクオールを生成し,前記発酵物が,例えば飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等の食品形態として用いられる,製造方法。」というものであるが,本件訂正発明と乙B24発明は,次の点で一応相違する。
相違点C1:微生物がオルニチン産生能力を有すること 相違点C2:発酵原料にアルギニンを添加すること 相違点C3:オルニチンを含有する発酵物が生成されること 相違点C4:発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であること イ 新規性進歩性について 以下に述べるとおり,上記相違点C1〜C4は,いずれも「刊行物に記載されているに等しい事項」であって,相違点とはならない(後記ウ)。仮に,相違点C1〜C4が相違点であると認定されたとしても,これらの相違点に係る構成については,乙B24発明及び周知技術から,容易に想到することができるものであって,本件訂正発明は進歩性を有しない(後記エ)。
以上のとおり,本件訂正発明は,乙B24に記載されているに等しいから,特許法29条1項3号所定の「刊行物」たる乙B24に「記載された発明」に当たり,新規性を有しないか,そうでないとしても,乙B24発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであるから,同条2項の場合に当たり,進歩性を有しない。
ウ 相違点C1〜C4は相違点ではないこと 68 (ア) 相違点C1 乙B24発明は,ストレプトコッカス・インターメディアス菌,とりわけ,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)を開示しているところ,これは,本件明細書の【0032】記載のものと完全に一致するから,本件明細書の【0032】のエクオール産生微生物が「オルニチン産生能力」を有するならば,乙B24発明の「ストレプトコッカス・インターメディアス菌」,特に「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」も当然に「オルニチン産生能力」を有することになる。このことは,特許権者である控訴人が,甲18を提出し,「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」が「オルニチン産生能力」を有することを示したことからも明らかである。
そして,「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」がオルニチン産生能力を有することは,本件優先日及び出願日当時に技術常識であった(乙B77)。また,微生物が,客観的にオルニチン産生能力を有しているのであればアルギニンデイミナーゼの作用により,オルニチンが生成されていると考えるのが通常である。生成されたオルニチンは,乳酸菌にとっては利用価値のないものであるため,菌体外へ排出され,蓄積されるところ(乙B83・3頁),菌体外に蓄積されたオルニチンが,生きた菌体内の酵素に起因するオルニチン脱炭酸能により分解されることは物理的に不可能であることは技術常識である。
したがって,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)がエクオール産生能力だけでなく,オルニチン産生能力を有することは,刊行物たる乙B24に記載されている事項に技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点C1は,乙B24に記載されているに等しい事項である。
(イ) 相違点C2 控訴人の主張(「アルギニンを添加する」の文言は,アルギニンを培地/培養液中に含めて添加することを排除するものではない。 を前提とすると, ) アルギニンが含 69 まれた培地や発酵促進物質を添加することも本件訂正発明の「アルギニンを添加する」に該当するから,相違点C2は,乙B24に記載されているに等しいといえる。
よって,相違点C2は,乙B24に記載されているに等しい事項である。
(ウ) 相違点C3 ?「変法GAM培地」がアルギニンを含んでいること(乙B45,63),?発酵原料として乙B24に明示されている「豆乳」がアルギニンを含むこと(乙B17の1)及び?ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)が,オルニチン産生能力を有すること(乙B77)はいずれも技術常識である。
控訴人は,乙B24にオルニチンに係る記載がないことを指摘して相違点C3が実質的な相違点である旨主張するが,新規性進歩性判断の前提として引用発明との相違点を認定するに当たっては,専ら物・方法としての客観的・内在的な同一性を基準に判断すべきであり,認識されていた技術的思想の差異は問題とならない。
そして,乙B77において,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437号)自体の名称が記載されていなくとも,同じストレプトコッカス属であるストレプトコッカス・ラクティスについてアルギニンデイミナーゼ経路を有している旨の記載が存在する以上,同様にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437号)についてもアルギニンデイミナーゼ経路を有していると当業者は考えるのが通常であり,アルギニンデイミナーゼ経路を有していれば,オルニチン産生能力を有していることは客観的に明らかであって,当該微生物を反応に用いればオルニチンが生成されることは至極当然の事象であると当業者は認識する。
したがって,乙B24においてオルニチンを含有する発酵物が生成されていることは,刊行物たる乙B24に記載されている事項に技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点C3は,乙B24に記載されているに等しい事項である。
(エ) 相違点C4 70 a オルニチンについて 乙B24には,ストレプトコッカス・インターメディアス菌及び嫌気性菌増殖用の変法GAM培地(Modified Gifu Anaerobic Medium)を用いたエクオールの製造方法が開示されている。
乙B24に開示される変法GAM培地は,乙B45における「変法GAMブイヨン」に相当する。当該変法GAMブイヨンは,41.7g中にL-アルギニンが1.0g添加されているが(1.0g/41.7g=2.40g/100g),他の成分に由来するアルギニンと併せた総遊離アルギニン量を測定したところ,固形分100g中遊離L-アルギニンは「3.35%」含まれていた(乙B50)。変法GAM培地は,変法GAMブイヨン41.7gを1Lの水に溶解して調製する(乙B45)。
乙B24によれば,基質となるダイゼインは,「0.01〜0.5mg/mL」(=0.01g〜0.5g/L)溶解するが,これは上記変法GAMブイヨンの1%程度なので,最終的に得られる発酵物の乾燥重量として,ダイゼイン由来のものは無視できる。そして,嫌気性菌の培養の前後で,培地の固形分(41.7g)は実質的に変化しないと考えられるので,培養前の変法GAM培地1L中に含まれるアルギニンの量は,1.40g(=41.7g×3.35%)となる。
培養によって,このアルギニンがすべてオルニチンに変換された(変換率:100%)とすると,1.40g×132.16(オルニチンの分子量)/174.20(アルギニンの分子量)の式により1.06gのオルニチンが生成されることになる。
そうすると,最終的に得られる発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチン量は,最終的に得られる発酵物の固形分の濃度41.7g/Lから,1.06g/L×1000(mg 換算のため1000倍)/(41.7g/L)の式により25.4mg/gである。
したがって,乙B24が開示する「変法GAM培地」を用い,アルギニンがすべてオルニチンに変換された(変換率:100%)とすると,得られる発酵物の乾燥 71 重量1g当たりのオルニチン量は,25.4mg であり,本件訂正発明における乾燥重量1g当たりのオルニチン産生量「8mg 以上」を満たしている。なお,甲18が示すとおり,ストレプトコッカスA6G-225の「オルニチン産生・変換率」が「122%」であるならば,変法GAM培地を用いたオルニチンの産生量はさらに増え,発酵物の乾燥重量1g当たり31.0mg となる。
b エクオールについて 乙B24発明は, 「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg〜3mg のエクオールを生成」するものであるのに対し,本件訂正発明は,「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオールを生成」するものであるため,エクオール生成量の上限について差異がある。しかしながら,無効理由6と同じ無効理由が主張された本件無効審判2についての本件特許維持審決2は, 「通常,微生物は代謝産物を必要な程度の量を生産するという技術常識に照らせば,本件特許発明にオルニチン上限値が特定されていないからといって,下限値をはるかに超えるような生成量である場合まで含むものとは解されないところ,オルニチンの上限については,本件特許明細書の段落【0050】の記載も参酌すれば,当業者であればある程度理解できるから,上限値を特定しないことが新規事項の追加であるとはいえない。 審決11頁27〜32行) 」 (と判断し,上限値が厳密に特定されている必要性はないことを前提としている。この判断に照らし,上限値の差異は相違点を構成しないものと解するべきである。
c 控訴人の主張に対する反論 控訴人は乙B24にオルニチンに関する記載がないことを指摘するが,引用文献の記載に従った結果,生成した発酵物の成分含量が本件訂正発明の構成要件を充足しているならば相違点とはならないし,引用文献中にオルニチンが生成されることに対する認識を窺わせる記載が全くなかったとしても,また生成されるエクオールやオルニチンの量について正確な認識を示す記載が欠けていたとしても,そのことは相違点を構成する理由とはならない。
控訴人は,乙B24には,実施例3に「変法GAM培地」が用いられたとは具体 72 的に記載されていないことから,実施例3に「変法GAM培地」を組み合わせて乙B24発明を認定することは許されない旨主張しているところ,乙B24の実施例3では,前培養に関して特に言及することなく,豆乳をストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437号)で発酵させたことが記載されているものの,前培養を行うことは,当業者にとっては当然のことである。そして,乙B24の実施例3の箇所に前培養の方法についての記載がなかったとしても,乙B24の明細書の一般的記載部分において(28頁),変法GAM培地であらかじめ培養(前培養)して増殖させた上で,ダイゼインを溶解させた変法GAM培地に接種し好気的条件下で静置培養(本培養)することが記載されているのであるから,実施例3も当然に変法GAM培地を用いて前培養していると考えるのが,むしろ当然である。
また,控訴人は,変法GAM培地は,主として試験研究用に用いられる培地であって食品用途として用いることは想定されていないとして,乙B24・28頁の「変法GAM培地」に係る記載は,本件訂正発明の比較対象とはならない旨主張するが,乙B24は,食品形態を主たる用途の一つとして想定したものであり(24頁17〜20行),その中でより好ましい例として変法GAM培地を用いた前培養が記載されているのであるから,食品用途に用いられることを前提としたものである。そもそも,変法GAM培地が食品用途で用いられる場合の培地として想定されている材料か否かは,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437号)を用いて変法GAM培地で発酵処理することによって,オルニチンを含有する発酵物が生成されているのかどうかという点に何ら影響を及ぼさない。仮に控訴人の主張を前提としても,発酵後に精製過程を経て,変法GAM培地由来の成分を除けば良い。
控訴人は,実験報告書(甲60)を根拠に乙B24におけるオルニチン生成量が8mg/gに及ばないなどと主張するが,甲60記載の実験結果は,控訴人が行った過去の実験報告書(乙B80)記載の実験結果と明らかに矛盾しており,およそ信用できない。乙B80記載の実験結果によれば,ストレプトコッカスA6G-22 73 5(FERM BP-6437号)を用いた発酵処理の結果,培養前は14.5mg/gあったアルギニンを変換して,培養前は0.8mg/gしかなかったオルニチンが15.0mg/gまで増加しており,オルニチンの生成量は14.2mg/gであった。
控訴人は,被控訴人ダイセルが乙B24の実施例3で用いられているA6G-225の分譲を受けたにもかかわらず再現実験を提出していないことが,本件訂正発明の新規性を否定し得るような結果が出なかったことを推認させるものであると主張する。しかし,被控訴人ダイセルがNITEから分譲を受けた菌株は,そもそも乙B24記載株とは別の菌株であることが明らかとなったことから,被控訴人ダイセルは分譲を受けた菌株を用いた試験の結果を提出していないだけであり,控訴人の上記主張は何らの根拠もない憶測である。
d したがって,乙B24において,発酵処理によって生成したオルニチンが発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上であり,エクオールが発酵物の乾燥重量1g当たり1mg 以上であることは,刊行物たる乙B24に記載されている事項に技術常識参酌することにより当業者が導き出すことができる。
よって,相違点C4は,乙B24に記載されているに等しい事項である。
エ 相違点C1〜C4は容易に想到できること (ア) 相違点C2 乙B24発明は,変法GAM培地」 「 で発酵処理することを開示している。そして,「変法GAM培地」がアルギニンを含んでいること(乙B45,63)及び乙B24発明の発酵原料の「豆乳」がアルギニンを含むこと(乙B17の1)は,本件優先日又は出願日よりも前から技術常識であった。
そして,発酵処理において発酵原料にアルギニンが含まれている以上,当業者は,発酵原料にアルギニンを付け加えることもまた可能であることを認識し,本件訂正発明の開示する構成に容易に想到することができる。
したがって,相違点C2に係る構成については,乙B24発明及び周知技術から, 74 容易に想到することができる。
(イ) 相違点C1,C3及びC4 ダイゼイン類を発酵原料とするアルギニンの存在下における微生物を用いた発酵であれば,当該発酵処理によりオルニチンが不可避的に生成されることは技術常識であり,このような形でオルニチンを生成することは周知技術であった。また,本件訂正発明が規定するオルニチン「8mg/g」という程度の微量では,およそ有意な作用を奏しないのであって,このことは後述するとおり本件訂正発明は「発酵物の乾燥重量1g当たり」「8mg 以上のオルチニン」及び「1mg 以上のエクオール」について規定しているにもかかわらず,それに対応する課題についても効果についても本件明細書に全く記載がないことからも明らかである。
したがって,仮に,相違点C1,C3及びC4が相違点であると認定されたとしても,これらの相違点に係る構成については,乙B24発明及び周知技術から,容易に想到することができる上,そもそもこれらの構成については技術常識,周知技術及び何ら有意な作用を奏しない無意味な構成の組合せにすぎないのであり,上記相違点が相違点と認定されたとしても,進歩性の判断に影響を与えない。
(控訴人の主張) ア 新規性進歩性を欠くとはいえないこと 以下に述べるとおり,相違点C1〜C4は,いずれも実質的な相違点であるし(後記イ),これらの相違点に係る構成については,乙B24発明及び周知技術から,容易に想到することができない(後記ウ)。
そうすると,本件訂正発明は,新規性又は進歩性を欠くとはいえないから,被控訴人らの主張する無効理由6には理由がない。
イ 相違点C1〜C4は相違点であること (ア) 相違点C1 乙B24には, 「ストレプトコッカスA6G-225」によりアルギニンがオルニチンに変換されるとの記載は全くないし,そもそもオルニチン自体に関する記載は 75 一切なされていないのであるから,本件明細書中の記載や甲18を根拠とする被控訴人らの主張は「後知恵」というほかない。「ストレプトコッカスA6G-225」がエクオールに加えてオルニチンを産生する能力を有することは,当業者が本件明細書を見て初めて理解できることであり,本件優先日時点では,本件明細書は公開されておらず,当業者は本件明細書に接することができなかったのであるから,本件明細書の記載を根拠とすることは許されない。また,甲18の実験結果は,あくまで本件明細書の記載を前提として, 【0032】に例示されている菌が実際にエクオール・オルニチン産生能を有することを示すためのものであるから,本件優先日前の先行技術である乙B24発明の認定に用いることはできない。
被控訴人らは,乙B77により「ストレプトコッカスA6G-225」がオルニチン生産能力を有することは本件優先日当時に技術常識になっていたなどと述べるが,乙B77には「ストレプトコッカス・ラクティス」がアルギニンをアルギニンデイミナーゼ経路により代謝することが記載されているだけであり,ある種の微生物がアルギニンを代謝に使用してエネルギーを得ているとしても,そのことと「オルニチンが蓄積した発酵物が得られること」とは同義ではない。単にストレプトコッカス・ラクティスがアルギニンデイミナーゼ経路を有することが知られていたとしても,本件優先日当時,当業者は一旦生成されたオルニチンが必ず蓄積されるわけではないとの認識を有していたから,乙B24の発酵物がオルニチンを含むことが開示されているとはいえない。
したがって,相違点C1が乙B24に記載されているに等しい事項とはいえない。
(イ) 相違点C2 被控訴人らは,原告第5準備書面における控訴人の主張を前提とすれば,アルギニンの添加に関する相違点C2は乙B24に記載されるに等しいなどと主張する。
しかしながら,乙B24には,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを別途添加する工程は具体的に開示されていないし,豆乳や変法GAM培地等にアルギニンが含まれることも具体的には記載されていない。
76 したがって,相違点C2が乙B24に記載されているに等しい事項とはいえない。
(ウ) 相違点C3 単にストレプトコッカス・ラクティスがアルギニンデイミナーゼ経路を有することが知られていたとしても,必ずしもオルニチンが蓄積した発酵物を得られるとは限らないのであり,オルニチンが生成及び蓄積されていることを実際に測定しなければ,その点を認識できたとまではいえないところ,乙B24ではそのような実験を行ってオルニチンの生成及び蓄積が何ら確認されていないのであるから,乙B24発明において,エクオールに加えてオルニチンを含有する発酵物が実際に生成したことが記載されているに等しいなどとはいえない。
被控訴人らは,乙B45や乙B17の1を引用し,「変法GAM培地」や「豆乳」にアルギニンが含まれていることが技術常識であったと述べるが,これらの文献には変法GAM培地や豆乳の成分が記載されているのみであって,エクオールとオルニチンを含有する発酵物やその製造方法に関する開示や示唆はされていない。そして,被控訴人ダイセルが自ら述べていたように,培地にアルギニンが含まれているからといってオルニチンが蓄積した発酵物が常に得られるわけではない(甲9の3)。
したがって,相違点C3が乙B24に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
(エ) 相違点C4 乙B24には, 「オルニチンを含有する発酵物が生成(蓄積)されること」は記載されておらず,具体的な技術的思想としてエクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることは記載されていない。
被控訴人らは,乙B24の28頁に記載されている「変法GAM培地」を用いた場合には,あたかも本件訂正発明に規定される「8mg 以上」のオルニチンが生成すると推算されるなどと主張するが,乙B24発明は実施例3の実施態様に基づくものであるところ,実施例3では,乙B24の28頁に記載されている「変法GAM培地」が用いられたとは具体的に記載されていない。乙B24において別個に記載 77 されている異なる実施態様を組み合わせて一つの引用発明を認定することは許されない。また,乙B24の28頁における変法GAM培地中での培養に関する記載と,乙B24の実施例3における豆乳の発酵に関する記載とを混同したり組み合わせて理解したりすることは許されない。
そもそも,乙B24の28頁で用いられている「変法GAM培地」は,食品添加物指定のない成分である「チオグリコール酸ナトリウム」を含むものであり(乙B45),主として試験研究用に用いられる培地であって食品用途として用いることは想定されていない材料であるから,かかる変法GAM培地を用いた乙B24の28頁の記載は,得られた発酵物を食品素材として用いることを前提とする本件訂正発明との関係で比較対象とはならない。
被控訴人らは,乙B24発明において「8mg 以上」のオルニチンが生成するとの推算の根拠として種々の計算式を示しているが,このような推算を行ったところで,実際に「変法GAM培地」を用いて発酵した場合にオルニチンが生成するかどうかは実験を行ってみなければ確認できない。培地中にアルギニンが含まれるからと言って常にオルニチンが産生するかどうかすら分からないのであるから,その産生量についてはなおさらその具体的な値が換算値どおりになるとは限らない。
控訴人は,乙B24の実施例3で用いられている「豆乳100g」の一部を,乙B24の28頁に記載の変法GAM培地に置き換え(豆乳:変法GAMブイヨン=55:45又は70:30),ストレプトコッカスA6G-225を用いて,乙B24発明である実施例3と同様の発酵処理を行ったが,その結果,オルニチンの産生量は本件訂正発明に規定される「8mg 以上」には遠く及ばなかった(甲60)。なお,被控訴人ダイセルは,乙B24の実施例3で用いられているA6G-225の分譲を受けたにもかかわらず(甲63の1・2),再現実験を提出していない。このことは,実験を行ったが,本件訂正発明の新規性を否定し得るような結果が出なかったことを推認させるものである。
したがって,具体的な技術的思想として,相違点C4が乙B24に記載されてい 78 るに等しい事項であるとはいえない。
ウ 相違点C1〜C4は容易に想到できないこと 相違点C1〜C4が容易に想到することができることの理由として被控訴人らが挙げるのは,オルニチンが発酵処理により「不可避的」に生成されることは技術常識であることや,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上」というオルニチン量は何ら技術的意義のない構成であり動機付け等は不要であること等にすぎず,これらの点が誤りであることは前記(12) 控訴人の主張) ( ウ(ア)で述べたとおりであって,本件訂正発明が容易に想到し得たものであることの根拠となるものではない。
本件訂正発明は,優れた生理活性を有するエクオールを含む発酵物の機能性食品素材として用途に着目し,食品として女性の健康増進に好適なエクオールとオルニチンを含有する発酵物の製造方法を提供することを目的とするものである。本件訂正発明により製造される発酵物は,エクオールにより更年期女性のホルモンバランス異常による肝機能の低下を改善し,かつ,オルニチンにより肝機能を改善することで,脂質代謝異常をも改善し,女性の健康増進が期待できる(甲23,24)。
これに対し,乙B24発明は,あくまでエクオールを産生する能力を有する微生物自体を含有する組成物,又はエクオールを含有する組成物に関するものであって,エクオールとともにオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではない。
そして,乙B24には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという具体的な技術的思想は開示されていないし,オルニチンを得るためにアルギニンを発酵原料に含むことや別途添加することについて何ら開示されておらず,そもそもオルニチン自体に関する記載は一切なされていない。さらに,乙B24には,オルニチンとエクオールの含有量を発酵物の乾燥重量1g当たり「8mg 以上」及び「1mg 以上」という特定量とするという技術的思想は何ら具体的に開示も示唆もなされていない。
また,乙B45や乙B17の1も,変法GAM培地や豆乳の成分が開示されてい 79 るのみであり,エクオールとオルニチンを含有する発酵物やその製造方法に関する開示や示唆はない。
してみると,発酵生成物としてのオルニチンに全く着目していない乙B24発明において,エクオールを得るための発酵原料にアルギニンを添加して,特定量のエクオールとオルニチンを含有する発酵物が得られるようにし,かつ,エクオールやオルニチンの産生量を「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオール」という範囲内となるように原料や発酵条件を設定することの積極的な動機付けは存在しない。被控訴人らは,審判段階においても,訴訟段階においても,そのような積極的な動機付けの存在については何ら具体的に示すことができていない。
したがって,相違点C1〜C4は,当業者が容易に想到し得たものではないから,本件訂正発明が乙B24に基づいて当業者が容易になし得たものとはいえない。
(14) 争点2-7(無効理由7(本件特許に係る特許出願の分割要件違反を前提とする乙B2による新規性進歩性欠如)の有無)について(被控訴人らの主張) ア 分割要件違反に当たること (ア) 本件訂正発明は, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも 1 種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること」という構成を有するところ,当該事項は,分割出願直前の出願当初の明細書等(乙B47。特願2016-156372(特開2017-18120)。以下「当初明細書」という。)に明示されておらず,当該記載から自明な事項でもなく,新たな技術的事項を導入するものであるから,新規事項の追加に該当し,分割要件を満たさない。
(イ) 当初明細書には,発酵原料として「大豆胚軸」を用いる発明が開示されており,エクオールが生成されることが示されているところ,A実験報告書(乙B33)のとおり,本件訂正発明の採用する「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロ 80 ダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いた場合,エクオールは生成されないというのであるから,本件訂正発明は,分割出願直前の出願の範囲をおよそ超えて,エクオールが生成されない方法まで包含されてしまっていることは明らかである。
したがって,「前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法」とする本件訂正発明は,当初明細書に明示的に記載された事項でも当該記載から自明な事項でもなく,新たな技術的事項を導入するものであるから,新規事項の追加に該当し,分割要件を満たさない。
(ウ) 「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg 以上のオルニチン」を生成するとの構成は,新たな技術的事項を追加するものであり,当初明細書の記載に明示的に記載された事項でも当該記載から自明な事項でもなく,新たな技術的事項を導入するものであるから分割要件を満たさない。
(エ) 以上のとおり,本件訂正発明は,当初明細書(乙B47)の開示を超えた新たな技術的事項を規定したもので,分割要件を具備しないから,分割出願遡及効を得ることができず,本件訂正発明の進歩性の判断は,分割出願の現実の出願日である平成29年6月28日よりも前の文献や周知技術に基づいてされることになる。
そこで,以下,平成29年6月28日よりも前の平成20年12月18日に国際公開されたWO2008/153158号公報(乙B2)に記載された発明(以下「乙B2発明」という。)に基づいて主張する。
イ 乙B2に基づく新規性進歩性違反について 本件訂正発明と乙B2発明を対比すると,本件訂正発明が「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加して発酵原料としているのに対して,乙B2発明では, 「大豆胚軸」にアルギニンを添加して発酵原料としている点(相違点D1)で 81 相違し,その余の点で一致している。
そして,乙B2の記載から,大豆胚軸に含まれているダイゼイン類がエクオールを産生していることは,当業者であれば容易に理解することができる。そこから,当業者は,乙B2における「大豆胚軸」を「ダイゼイン類」に置換することを容易に想到することができる。
そうすると,本件訂正発明は,乙B2に実質的に開示されているか,又は示唆されているため新規性を欠くか,乙B2及び周知技術に基づき当業者が容易に発明できたものであり,進歩性を欠くという無効理由を有する。
(控訴人の主張) ア 分割要件を満たすこと (ア) 本件訂正発明が少なくとも基礎出願のうち乙B1の1・2に記載されていたか,記載されていたに等しく,優先権主張の効果を享受できることは,本件特許維持判決において認められているところ,基礎出願のうち特願2007-156822(乙B1の1)の段落【0013】【0014】【0018】【0020】【0 , , , ,103】〜【0106】に記載された事項は,それぞれ,当初明細書(乙B47)の段落【0031】【0032】【0036】【0038】【0225】〜【02 , , , ,28】に記載されている。したがって,本件訂正発明は,少なくとも分割出願直前の出願の明細書に記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明が分割要件を満たすことは明白であり,乙B2を引用文献とすることはできない。
(イ) 当初明細書には, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料とすることが明確に記載されているし(段落【0091】【0093】等) , ,大豆胚軸は,あくまで「ダイゼイン類を含む発酵原料」の一例(或いは代表例)として記載されているのであって,発酵原料においてエクオール産生のために微生物が資化するのは「ダイゼイン類」であることが説明されている。
82 被控訴人らは,A実験報告書(乙B33)によれば大豆胚軸以外の場合には発酵が進まないと述べるが,当初明細書の記載に基づけば,適宜栄養成分を補ったり,適切な発酵条件等を用いることができるし,また,乙B33と同様の実験を行った控訴人の再現実験(甲35)では,栄養素を別途添加することなくダイゼインのみ(ダイゼイン,水,及びアルギニン)を発酵原料とした場合でも発酵が進み,イソフラボンを発酵原料とした場合でも発酵が進み,乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオールが産生することが示されている。したがって,乙B33に基づく被控訴人らの主張は失当である。
(ウ) オルニチンとエクオールの含有量の数値範囲は,当初明細書の段落【0042】及び【0050】に好ましい範囲が記載されているのであるから,何ら新規事項ではない。
(エ) 本件訂正発明の構成は,当業者が当初明細書の全ての記載を総合することによって導かれる事項,すなわち「当初明細書等に記載した事項」に該当するものであって新規事項に該当しないことは明らかである。
イ 乙B2に基づく進歩性違反の主張について 上記アのとおり,乙B2は先行文献に当たらないので,被控訴人らの主張する無効理由7には理由がない。
(15) 争点2-8(無効理由8(本件明細書について,委任省令要件違反)の有無)について(被控訴人らの主張) 本件訂正発明は,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法に係るものであるにもかかわらず,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】【00 ,10】において, 「オルニチン」という用語は,一度たりとも使用されていない。加えて,本件明細書のオルニチンの文言が用いられている箇所を見ても,オルニチンを用いた本件訂正発明が,どのような課題をどのように解決したかは,全く明らかでない。また, 「発酵物の乾燥重量1g当たり」 「8mg 以上のオルチニン」という数 83 値限定について,それに対応する課題も効果も,本件明細書に何ら記載がない。
したがって,本件明細書には,本件訂正発明がどのような技術的貢献をもたらすものであるかが理解でき,また審査及び調査に役立つように,発明が解決しようとする課題,その解決手段などの, 「当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」が,発明の詳細な説明に記載されておらず,たとえ「本件明細書の全体の記載及び技術常識を踏まえ」たとしても,当業者において本件訂正発明の課題やその解決手段を認識することはできない。
よって,本件明細書について,特許法36条4項1号において委任する経済産業省令(特許法施行規則24条の2)の要件を満たしておらず,委任省令違反の無効理由がある。
(控訴人の主張) エクオールとオルニチンを同時に含有する点については,本件明細書の【0164】及び【0165】に,本件訂正発明の発酵物が「エクオールを初めとして,種々の有用生理活性物質を含有しているので様々な生理活性や薬理活性を発現することができる」ことが記載されおり,これらの効果は,発酵物中に含有されるエクオールだけでなく,オルニチンを含む「種々の生理活性物質」によってもたらされることが明確に説明されている。
本件訂正発明に規定されるエクオールとオルニチンの含有量については,本件明細書の【0042】及び【0050】に説明されている。また,前記(12)(控訴人の主張)ウ(ア)のとおり,本件訂正発明に規定されるオルニチン量により有利な健康効果が生じることが十分に理解し得る。
被控訴人らは,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】欄(【0010】)に,その表面上はオルニチンに関する記載がないなどとも述べるが,知財高裁平成21年7月29日判決に「特許法施行規則24条の2の求める事項は,発明の詳細な説明中の『課題及びその解決手段』に記載される必要もなく,当業者が発明の技術上の意義を当然に理解できれば足りるのであって,明示的な記載は必要ない。 と 」 84 判示されているように,必ずしも【発明が解決しようとする課題】欄に記載されている必要はなく,あくまで明細書等の全体の記載及び出願時の技術常識に基づき,発明の技術上の意義が理解できれば足りる。
したがって,本件明細書の全体の記載及び出願時の技術常識に基づけば,当業者であれば本件訂正発明の技術上の意義を理解することができ,本件明細書は「当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」が記載されているといえるから,委任省令要件違反の無効理由はない。
(16) 争点2-10(無効理由10(特許法39条2項後段)の有無)につて(被控訴人らの主張) ア 控訴人は,優先権主張の基礎出願が本件特許と同一であることから優先日が本件特許と同日となる,令和3年6月1日を登録日とし,同年6月23日を特許公報の発行日とする新たな特許権(特許第6892972号)を取得した(乙B88)。後記イで述べるとおり,同特許権の特許請求の範囲請求項1及び4に記載の各発明(以下「分割発明1」及び「分割発明4」という。)は,本件訂正発明と実質的に同一である。そして,特許法39条は一発明一特許の原則を明らかにし,「同一の発明」について重ねて特許を付与しないとする ,重複特許(ダブルパテント)を排除している。ここで, 「同一の発明」には,対象となる発明との間に相違点があっても ,発明が技術的思想において実質的に同一の範囲に止まる場合も含まれる。技術的思想において実質的に同一の発明について重ねて権利が付与されると,第三者は同一の実施行為について同一権利による複数回の権利行使を実質受けることになりかねず,さらに分割出願として当初は同一人に帰属していた特許権であっても ,別人に譲渡され権利者が異なるものとなったときには,権利関係をさらに複雑なものとするからである。
そして,本件訂正発明と分割発明1及び4について,それぞれに既に特許が付与されているから,現時点においては「協議をすることができないとき」に該当し,特許法39条2項後段の規定によりいずれの発明も特許を受けること 85 ができない。そうすると,本件訂正発明に係る特許は,無効とされるべきである(特許法123条1項2号)。
イ 本件訂正発明と分割発明1及び4が実質的に同一であること (ア) 相違点について 本件訂正発明は,次の相違点E1〜E3が付加されている点において分割発明1と一応相違し,次の相違点E1及びE2が付加されている点において分割発明4と一応相違するが,下記(イ)及び(ウ)のとおりいずれも実質的な相違点には当たらないので,本件訂正発明と分割発明1及び4は実質的に同一である。
相違点E1:ダイゼイン類にアルギニンを添加すること 相違点E2:オルニチン及びエクオールを含有する発酵物が「粉末状」であること 相違点E3:発酵物が食品素材として用いられるものであるとされていること (イ) 相違点E1 この要件は,分割発明1の「ダイゼイン類及びアルギニンを,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含み」とする構成要件を具体化する手段として, 「ダイゼイン類にアルギニンを添加する」との単純な操作を規定したにすぎず,これにより新たな効果が奏されるような構成ではない。
(ウ) 相違点E2及びE3 微生物の発酵物が粉末状とされること,さらに微生物の発酵物を食品素材とすることは,周知・慣用の技術であり,これも新たな効果を生むものではない。
ウ 控訴人の主張に対する反論 (ア) 控訴人は,無効理由10に係る主張が時機後れであると主張するが,重複特許の状態が生じたことが公にされたのが 令和3年6月23日であるから,同年9月10日付けの準備書面における無効理由10の主張は時機に後れたものでもなければ,被控訴人の故意又は重大な過失によるものでもない。また, 86 これまで十分に議論が尽くされた本件訂正発明と対比して ,当該分割発明1及び分割発明4とが実質的に同一と見られることを主張しているのみであり ,訴訟の完結を遅延させるものでもない。
(イ) 控訴人が主張する後記(控訴人の主張)イの「確立した実務」とは,特許庁特許実用新案審査基準に従った運用・判断と思われるが,当該審査基準3.2.2「他の出願が同日出願である場合」における同一の判断は, 「上記3.2.1でいう「同一」を意味する。」とされ,該「同一」とは,3.2.1の(A)の「両者が実質同一である場合」(A-1)課題解決のための具体化手段における微差(周知技術,慣用技術 「の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないものである場合)」を「実質同一」と判断する,との規定を排除するものではない。
また当該審査基準が規定する上位概念,下位概念の関係は,本件訂正発明と分割発明1との間には見いだせない。
(控訴人の主張) ア 無効理由10の主張が時機に後れていること 本件訴訟は,令和3年9月16日の書面による準備手続の協議日を以て主張整理の終了を予定していたにもかかわらず,被控訴人ダイセルは,同月10日に至り準備書面(被控訴人ダイセルその7)における無効理由10の主張を提出し,乙B88号の証拠申出をしたが,それまでの被控訴人らの態度に照らしても,これは故意又は重大な過失に基づく時機に後れた防御方法であって,訴訟の完結を遅延させるものであることが明らかであるから,民事訴訟法157条1項の規定に基づき,却下されるべきである。
実質的に同一な発明ではないこと 特許法39条2項の規定については,比較対象となる発明をそれぞれ発明Aと発明Bとした場合に,(i) 発明Aを先願とし,発明Bを後願と仮定したときと,(ii)発明Bを先願とし,発明Aを後願と仮定したときのいずれの場合も同一であると認められるときに「同一」と判断されることがこれまで確立した実務となっている。
87 そして,発明AとBの同一性の判断においては,それらの相違点が上位概念下位概念との関係にあるときには,下位概念」 「 で表現された発明を先願とした場合に,後願に係る「上位概念」で表現された発明は認定できるものの,一方,「上位概念」で表現された発明を先願とした場合に,後願に係る「下位概念」で表現された発明は認定できないとされている。
相違点E1について,分割発明1では,単に「ダイゼイン類及びアルギニン」を発酵処理することを規定しているのみであり,アルギニンが当初から発酵原料に含まれているものであるか,あるいは別途外部から添加されたものであるかは何ら問わない規定となっているのであるから, 「ダイゼイン類にアルギニンを添加する」ことを規定する本件訂正発明に対して,分割発明1が「上位概念」に該当するものである。そうすると,分割発明1を先願とした場合には,下位概念である本件訂正発明を認定することができないから,これらは「同一の発明」には該当しない。
また,相違点E2についても,本件訂正発明では,当該製造方法から得られる発酵物の態様が「粉末状」であることが特定されているのに対し,分割発明1では,必ずしも「粉末状」には限定されず,例えば,その他の固形形状のものや液状のものも含み得る点で,分割発明1は本件訂正発明に対して「上位概念」に該当するものである。そうすると,分割発明1を先願とした場合には,下位概念である本件訂正発明を認定することができないから,これらは「同一の発明」には該当しない。
よって,本件訂正発明と分割発明1は,分割発明1を先願とし,本件訂正発明を後願とした場合には,同一ということができない。分割発明4についても同様である。そうすると,特許法39条2項(同日出願)の規定における「同一の発明」には該当しないことは明らかである。
(17) 争点4(被控訴人AMCについて差止・廃棄請求の必要性)について(控訴人の主張) ア 本件訴訟の審理経過に照らすと,被控訴人AMCの被控訴人製品の製造・販売を取りやめた旨の主張(被控訴人第1準備書面における主張)並びに乙A1及び 88 乙A2の証拠申出は時機に後れているから却下すべきである。
イ 被控訴人AMCは,原料の変更後に製品名を変更しておらず,製品のリニューアルを市場又は一般消費者に対して告知していないし,広告の内容も変更せず,被控訴人原料を使用した被控訴人製品を摂取することで更年期症状や生活習慣病リスク等の改善効果がみられた旨の吉形医師の学会発表の記事を掲載し続けている(甲69〜71) そうすると, 。 被控訴人AMCが被控訴人原料を用いた被控訴人製品の販売を続けている可能性は十分にある。
また,被控訴人AMCの主張の真偽にかかわらず,被控訴人AMCは被控訴人製品の販売を再開するおそれがある。被控訴人AMCは,原料の変更後に製品名を変更しておらず,製品のリニューアルを市場又は一般消費者に対して告知していないから,ラベルさえ元に戻せば,消費者に対する説明等を要することなく,いつでも被控訴人原料を用いた被控訴人製品の製造販売等が可能である。
したがって,被控訴人AMCは特許法100条1項に定める「特許権…を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に該当するから,控訴人の主位的請求は認容されるべきである。
(被控訴人AMCの主張) 被控訴人AMCは,使用する原料を被控訴人原料から別の原料(以下, 「AMC新原料」という。)に変更し,令和3年6月10日から被控訴人原料を使用していない製品の販売を開始し,同年7月27日以降は被控訴人製品を販売していない。
被控訴人製品の残余在庫は同月26日までにすべて売り切ったので,同月27日以降に販売された製品はすべてAMC新原料を用いた製品であり,被控訴人製品の在庫は被控訴人AMCの手元にも,流通過程にも,店頭にもない。控訴人は,被控訴人が被控訴人製品の生産及び譲渡が再開されるおそれがあると主張するが,乙A2にあるとおり,被控訴人は既に被控訴人製品を全て売り切っていて在庫を保有していないし,被控訴人AMCは,新製品の販売に当たりパッケージの変更を行っており,これを元のパッケージに戻すことは容易ではないから,被控訴人が被控訴人 89 製品の生産及び譲渡を再開するおそれはない。
したがって,本件控訴は速やかに棄却されるべきである。
当裁判所の判断
1 本件訂正発明について (1) 本件明細書(甲2)には次の記載がある。
【技術分野】 【0001】 本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物から有用成分が抽出されたエクオール含有抽出物,及びその製造方法に関する。また,本発明は,エクオール含有物から高純度のエクオールを効率的に精製する方法に関する。更に,本発明は,エクオール含有食品素材,及びエクオール含有食品に関する。
【背景技術】 【0002】 大豆中に含まれるイソフラボン(大豆イソフラボン;ダイゼイン,ゲニステイン,グリシテイン)はエストラジオールと構造が類似しており,エストロゲンレセプター(以下,ER と表記する)への結合に伴う抗エストロゲン作用及びエストロゲン様作用を有している。これまでの大豆イソフラボンの疫学研究や介入研究からは,抗エストロゲン作用による乳癌,前立腺癌等のホルモン依存性の癌の予防効果や,エストロゲン様作用による更年期障害,閉経後の骨粗鬆症,高脂血症の改善効果が示唆されている。
【0003】 近年,これら大豆イソフラボンの生理作用の活性本体がダイゼインの代謝物のエクオールである可能性が指摘されている。即ち,エクオールは大豆イソフラボンと比較して ER との結合能(特に,Eβ との結合)が強く,乳房や前立腺組織などの標的臓器への移行性が顕著に高いことが報告されている(非特許文献1-4参照) ま 。
た,患者-対照研究では,乳癌,前立腺癌患者でエクオール産生者が有意に少ない 90 ことが報告され,閉経後の骨密度,脂質代謝に対する大豆イソフラボンの改善効果をエクオール産生者と非産生者に分けて解析するとエクオール産生者で有意に改善されたことも報告されている。
【0004】エクオールは,ダイゼインより腸内細菌の代謝を経て産生されるが,エクオール産生能には個人差があり,日本人のエクオール産生者の割合は,約50%と報告されている。つまり,日本人の約50% がエクオールを産生できないヒト( エクオール非産生者)であり,このようなヒトにおいては,大豆や大豆加工食品を摂取しても,エクオールの作用に基づく有用生理効果が享受できない。従って,エクオール非産生者に,エクオールの作用に基づく有用生理効果を発現させるには,エクオール自体を摂取させることが有効であると考えられる。
【発明が解決しようとする課題】【0006】これまでに,本発明者等は,エクオールを含有する食品素材として,大豆胚軸をエクオール産生微生物で発酵させることにより得られる大豆胚軸発酵物を見出した。
当該大豆胚軸発酵物には,エクオールのみならず,イソフラボンやサポニン等の大豆由来の有用成分を含み,これによって有用生理効果を発現できるので,機能性素材として有用であることが明らかにされている。更に,当該大豆胚軸発酵物は,大豆胚軸由来のアレルゲンが低減されており,低アレルゲン素材としても有用であることが確認されている。このように,本発明者等が見出した上記大豆胚軸発酵物は,含有成分に基づく有用生理活性を示し,低アレルギー性であるので,機能性食品素材として有用であることが分かっている。
【0007】一方,上記大豆胚軸発酵物中のエクオールの含有量は,製造に使用した大豆胚軸の種類,エクオール産生微生物の種類等によって異なるが,1重量%程度であることが多い。そこで,エクオール含有割合をより高めた素材が提供できれば,食品形 91 態の多様化等に対応でき,様々なタイプのエクオール含有食品を容易に提供することが可能になる。しかしながら,これまでに,上記大豆胚軸発酵物自体,公知でなく,また上記大豆胚軸発酵物から効率的にエクオールを含む有用成分を抽出するには如何なる手法が有効であるかについても,明らかにされていない。
【0008】また,上記大豆胚軸発酵物のような発酵法により得られるエクオール含有物は,化学的合成方法に比べて安全性が高く,工業的製造に適しているという利点がある。
しかしながら,発酵法によって得られるエクオール含有物には,エクオール以外の代謝産物も含まれ,更には原料由来の多種の成分も残存する。また,発酵に使用した原料の種類によっては,発酵法によって得られるエクオール含有物には,アレルゲンとなり得る物質が混在している場合もある。そこで,エクオールを食品や医薬品に使用される添加剤として応用するには,エクオールを製造する技術のみならず,エクオールを高純度で精製する技術の開発も不可欠である。しかしながら,従来,エクオールを精製する方法に関しては殆ど報告がないため,工業的な応用が可能で,効率的且つ簡便にエクオールを高純度に精製できる技術の確立が望まれている。
【0010】そこで,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物から,エクオールを含む有用成分が抽出された抽出物,及びこれを製造する方法を提供することを目的とする。
また,本発明は,エクオール含有物から高純度のエクオールを効率的に精製する方法を提供することを目的とする。更に,本発明は,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含み,その風味が改善されている食品素材を提供することを目的とする。また,本発明は,当該エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,良好な風味を呈する食品(特に,焼き菓子)を提供することを目的とする。そして更に,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品を提供することを目的とする。
92 【発明の効果】【0023】本発明のエクオール含有抽出物の製造方法によれば,エクオール含有大豆胚軸発酵物から,エクオールを含む有用成分を効率的に抽出して,機能性食品素材として有用なエクオール含有抽出物を製造することができる。また,エクオール含有大豆胚軸発酵物に対して,エタノール水溶液を用いた抽出処理及びエタノールを用いた抽出処理を順次実施することによって,エクオール及びグリシテインを高濃度で含みながら,不快味の原因となるサポニンが低減されているエクオール含有抽出物が得られる。従って,当該エクオール含有抽出物には,呈味に悪影響を及ぼすことなく,食品に配合できるという利点がある。
【0024】また,本発明の精製方法によれば,エクオール含有物から,簡便且つ効率的に高純度のエクオールを得ることが可能になる。特に,本発明の精製方法は,エクオール含有物に, エクオールと構造が類似するイソフラボンが混在していても,これらのイソフラボンを除去して,エクオールを高純度に精製することができる。それ故,本発明の精製方法は,イソフラボンを多く含むエクオール含有発酵物から,エクオールを精製するために好適に使用できる。
【0025】更に,エクオール含有大豆胚軸発酵又はその抽出物がカカオマスに分散されてなる本発明の食品素材は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含みながら,苦味が抑制されており,良好な風味を有している。・・・【0026】そして更に,本発明の各種形態の食品によれば,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物に基づく有用生理作用を享受することができる。
【発明を実施するための形態】 【0029】 93 以下,本発明について説明する。
1.エクオール含有抽出物の製造方法 ・・・以下,本発明の製造方法において原料として使用されるエクオール含有大豆胚軸発酵物,並びに第 I 法及び第 II 法の具体的内容について詳述する。
エクオール含有大豆胚軸発酵物・・・ 【0030】 エクオール含有大豆胚軸発酵物とは,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られる大豆胚軸発酵物である。
【0031】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造に使用されるエクオール産生微生物としては,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物が使用される。・・・ 【0032】 上記エクオール産生微生物としては,食品衛生上許容され,上記能力を有する限り特に制限されず,従来公知のもの,或いは通常の方法でスクリーニングしたものを使用できる。例えば,ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)等のラクトコッカス属に属する微生物;ストレプトコッカス・インターメディアス( Streptococcus intermedius ) ス ト レ プ ト コ ッ カ ス ・ コ ン ス テ ラ ー タ ス ,(Streptococcus constellatus)等のストレプトコッカス属に属する微生物;バクテロイデス・オバタス(Bacteroides ovatus)等のバクテロイデス属に属する微生物の中にエクオール産生能を有する微生物が存在していることが分かっている。エクオール産生微生物の中で,好ましくは,ラクトコッカス属,及びストレプトコッカス属等の乳酸菌であり,更に好ましくはラクトコッカス属に属する乳酸菌であり,特に好ましくはラクトコッカス ガルビエが挙げられる。
・ エクオール産生微生物は,例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することがで 94 きる。上記エクオール産生微生物については,本発明者等により,ヒト糞便から単離同定された菌,即ち,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号),ストレプトコッカス E-23-17 FERM ( BP-6436 号)ストレプトコッカス A6G225 FERM , ( BP-6437 号),及びバクテロイデス E-23-15(FERM BP-6435 号)が寄託されており,本発明ではこれらの寄託菌を使用できる。これらの寄託菌の中でも,ラクトコッカス 20-92 が好適に使用される。
【0033】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵原料として大豆胚軸を用いて製造される。大豆胚軸とは,大豆の発芽時に幼芽,幼根となる部分であり,ダイゼイン配糖体やダイゼイン等のダイゼイン類が多く含まれていることが知られている。本発明に使用される大豆胚軸は,含有されているダイゼイン類が著しく損失されていないことを限度として,大豆の産地や加工の有無については制限されない。例えば,生の状態のもの;加熱処理,乾燥処理,蒸煮処理等に供された大豆から分離したもの;未加工の大豆から分離した胚軸を加熱処理,乾燥処理又は蒸煮処理等に供したもの等のいずれであってもよい。また,使用される大豆胚軸は,脱脂処理や脱タンパク処理に供したものであってもよい。また,使用される大豆胚軸の形状については,特に制限されるものではなく,粉末状であっても,粉砕又は破砕された粒状又は塊状であってもよい。より効率的にエクオールを生成させるという観点からは,粉末状の大豆胚軸を使用することが望ましい。
【0034】 大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。
【0036】 また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩, 95 硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下, 「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5〜3重量部程度が例示される。なお,オルニチン・エクオール産生微生物としては,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法により得ることができる。オルニチン・エクオール産生微生物は,例えばラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,その具体例としてラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)が挙げられる。
【0038】 また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。
【0039】 大豆胚軸の発酵は,使用するエクオール産生微生物の生育特性に応じた環境条件下で実施される。例えば,上記で具体的に列挙したエクオール産生微生物を使用する場合であれば,大豆胚軸の発酵は嫌気性条件下で行われる。
【0040】 また,発酵温度としては,エクオール産生微生物の生育に好適な条件であればよく,例えば,20〜40℃,好ましくは35〜40℃,更に好ましくは36〜38℃が挙げられる。
【0041】 発酵時間については,エクオールの生成量,ダイゼイン類の残存量,エクオール 96 産生微生物の種類等に応じて適宜設定できるが,通常1〜10日間,好ましくは2〜7日間,更に好ましくは3〜5日間とすることができる。
【0042】 ・・・大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合) エクオールが1〜20mg, , 好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg 含まれている。
【0049】 更に,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆胚軸に由来するサポニンをも有している。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のサポニンは,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,サポニンが10〜80mg,好ましくは20〜50mg,更に好ましくは30〜40mg 含まれている。
【0050】 また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアルギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg 程度が例示される。
【0089】 エクオール含有物 本発明の精製方法において,精製処理に供されるエクオール含有物は,エクオールを含有する限り,特に制限されるものではなく,化学合成法によってエクオールが合成された反応産物であっても,また発酵法によってエクオールが産生された発酵物であってもよい。
・・・本発明の精製方法に供されるエクオール含有物の好ましい一例として,エクオールを含有する発酵物が挙げられる。
97 【0090】以下,エクオールを含有する発酵物について説明する。
【0091】エクオールを含む発酵物は,エクオール産生微生物を用いて公知の方法に従って発酵することにより製造される。具体的には,エクオール産生微生物を,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵に供される原料)に接種し,該微生物の生育環境下で発酵(培養)させることにより,エクオールを含む発酵物を得ることができる。
【0092】 上記エクオール産生微生物としては,前記「1.エクオール含有抽出物の製造方法」の「エクオール含有大豆胚軸発酵物」の欄に記載するエクオール産生微生物が使用される。
【0093】また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクローブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい 。
【0094】また,ダイゼイン類を含む発酵原料には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能に 98 なる。
【0095】更に,ダイゼイン類を含む発酵原料には,必要に応じて,発酵効率の促進等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。
【0096】エクオールを含む発酵物の製造において,発酵原料の水分量,醗酵時間,発酵温度,発酵雰囲気等の発酵条件については,エクオール産生微生物の種類,発酵原料の種類,エクオールの産生量,ダイゼイン類の残存量等に応じて適宜設定すればよい。
【0097】本発明の精製方法において使用されるエクオール含有物としては・・・エクオール含有大豆胚軸発酵物が好適である。
【0142】3.食品素材更に,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物が,カカオマスに分散されている食品素材を提供する。以下,本発明の食品素材について,含有成分等に分けて説明する。
【0144】エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵後の状態のまま,本発明の食品素材に使用してもよく,また,必要に応じて乾燥処理に供して乾燥固形物状にして本発明の食品素材に使用することもできる。
・・・また,加熱乾燥処理されたエクオール含有大豆胚軸発酵物は,必要に応じて粉末化処理に供して,粉末状にしてもよい。
【0157】上記食品素材の用途 99 本発明の上記食品素材は,エクオール含有食品の製造原料,或いは食品添加剤として使用され,様々な食品に配合される。即ち,本発明は,更に,上記食品素材を含有するエクオール含有食品を提供する。
【0162】 当該エクオール含有食品に含まれる本発明の食品素材の配合割合については,特に制限されず,本発明の食品素材中のエクオール含量,当該エクオール含有食品の形態等に応じて適宜設定される。一例として,当該エクオール含有食品の原料の総量当たり,本発明の 食品素材が 3〜30 重量%,好ましくは 5〜20 重量%,更に好ましくは 5〜8 重量%となる割合が例示される。また,当該エクオール含有食品に含まれるエクオールの割合としては,当該エクオール含有食品の原料の総量当たり,エクオールが 0.002〜0.1 重量%,好ましくは 0.004〜0.05 重量%,更に好ましくは0.005〜0.03 重量%となる範囲が例示される。このような割合で,本発明の食品素材を含有することにより,エクオール含有食品の良好な風味を保持しながら,エクオール含有大豆胚軸発酵物に基づく有用生理活性を有効に享受させることができる。
【0163】 当該エクオール含有食品は,本発明の食品素材と共に,該食品の他の原料を所定量混合し,該食品の種類に応じて,成形,焼成,冷却等の工程に適宜供することによって製造される。
【0164】 当該エクオール含有食品は,エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,エクオールを初めとして,種々の有用生理活性物質を含有しているので様々な生理活性や薬理活性を発現することができる。それ故,当該エクオール含有食品は,一般の食品の他,特定保健用食品 ,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品等として使用できる。
特に,本発明の大豆胚軸発酵物を含有する食品は,栄養補助食品として栄養補助食品として有用である。
【0165】 100 例えば,当該エクオール含有食品は,更年期障害,骨粗鬆症,前立腺肥大,メタボリックシンドローム等の疾患や症状の予防乃至改善,血中コレステロール値の低減,美白,にきびの改善,整腸,肥満改善,利尿等に有用である。中でも,当該エクオール含有食品は ,特に,中高年女性における不定愁訴乃至閉経に伴う症状(例えば,骨粗鬆症,更年期障害等)の予防乃至改善に有用である。
実施例】 【0221】 以下に,参考例,実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0222】 参考例 1-1〜1-3 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 表1に示す組成となるように,粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して,大豆胚軸溶液(原料)を調製した。この大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92 株(FERM BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0223】 表1に,培養96時間後の培養液における生菌数及びpH,粉末状の大豆胚軸発酵物の取得量,及び粉末状の大豆胚軸発酵物中のエクオール濃度を示す。・・・ 101 【0224】 【表1】 【0225】 参考例 1-4 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92 株(FERM BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0226】 原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3 102 に示す。この結果からも,ラクトコッカス 20?92 株によって大豆胚軸を発酵させることにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認された。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が同程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
【0227】 【表2】 103 【0228】 【表3】 【0229】 参考例 1-5〜1-11 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 上記参考例 1-3 とは異なる7種のロットの粉末状大豆胚軸を使用すること以外は,上記参考例 1-3 と同様の条件で,粉末状の大豆胚軸発酵物(参考例 1-5〜1-11)を製造した。・・・ 104 【0230】 【表4】 【0231】 参考試験例1 アレルゲンの確認試験 大豆胚軸には,Gym4,Gm30K,Gm28K,7Sグロブリンmix(β-コングリシン) オレオシン, , トリプシンインヒビター等のアレルゲンが含まれていることが分かっている。そこで,上記参考例 1-1 で製造したエクオール含有大豆胚軸発酵物中にアレルゲンの存否を以下の試験により判定した。
【0233】 結果を図1〜3に示す。図1には,総タンパク質の検出結果を;図2には,Gym4,Gm30K,及びGm28Kの検出結果を;図3には,7Sグロブリンmix,オレオシン,及びトリプシンインヒビターの検出結果を,それぞれ示す。
105 【0234】 この結果から,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆又は大豆胚軸に含まれる主要アレルゲンが低減していることが確認された。
(2) 本件訂正発明の概要 前記第2の3で引用する原判決5頁13〜20行目記載の本件訂正発明及び前記(1)によれば,本件訂正発明について,以下のとおり認定することができる。
本件訂正発明は,オルニチン及び更年期障害等の改善効果が示唆されるエクオールを含有する食品素材として用いられる粉末状の発酵物の製造方法に関するものであり(【請求項1】【0002】【0003】,アルギニンを添加したダイゼイン配 , , )糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含むものを発酵原料とし,それをオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することにより,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチン及び1mg 以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を製造するというものである 【請求項1】 ( , 【0001】【0036】【0042】【0050】【0091】〜【0096】 【022 , , , , ,2】〜【0227】【0229】。
, ) そして,本件訂正発明により製造された発酵物を食品素材に用いたエクオール及びオルニチンを含有する食品は,エクオールによる中高年女性における不定愁訴や閉経に伴う症状(骨粗鬆症,更年期障害等)の予防又は改善をはじめとした様々な生理活性や薬理活性を発現し,一般の食品の他,特定保健用食品,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品等として使用できる 【0144】 ( , 【0157】, 【0162】〜【0165】。
) 2 争点1(被控訴人方法が本件訂正発明の技術的範囲に属するか否か)について (1) 争点1-1(被控訴人原料は,特許法104条により,本件訂正発明の方法により生産したものと推定されるか)について 106 ア 特許法104条の適用について 特許法104条は,物を生産する方法の発明について特許がされている場合において,その物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その物と同一の物は,その方法により生産したものと推定すると規定する。
本件特許請求の範囲は, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し,及び前記発酵物が食品素材として用いられるものである,前記製造方法。」というものであり,本件特許は,「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」という物(本件訂正発明生産物)を生産する方法について特許がされている場合に当たる。
ここで被控訴人原料が,上記本件訂正発明生産物に当たることについては,被控訴人らが認否しておらず,その事実を明らかにしないから,被控訴人らは,被控訴人原料が,上記本件訂正発明生産物に当たる事実を自白したものとみなすこととする(民事訴訟法159条1項)。そうすると,本件訂正発明生産物が本件特許の特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,被控訴人原料は,本件訂正発明の方法により生産されたものと推定されることとなる。なお,被控訴人らが被控訴人原料の生産方法であると主張する被控訴人方法に照らしても,被控訴人原料が上記本件訂正発明生産物に当たることが認められる。
イ 次に,本件訂正発明に関し,特許法104条における「本件特許の特許出願」日とは具体的にはいつのことを指すかについて検討する。
107 (ア) 本件特許の優先権主張の基礎出願(乙B1の1〜3。出願日平成19年6月13日。以下,優先権主張の基礎となる出願及び同出願に係る出願書類について,乙B1の1を「基礎出願A」,乙B1の2を「基礎出願B」,乙B1の3を「基礎出願C」といい,これらを併せて「基礎出願」という。)には,次の記載がある。
a 基礎出願A(乙B1の1) 【発明の名称】 エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む食品 【請求項1】 エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含有する,飲料。
【請求項3】 エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含有する,クリーム状食品。
【技術分野】 【0001】 本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品に関する。
【発明が解決しようとする課題】 【0005】 これまでに,本発明者等は,エクオールを含有する食品素材として,大豆胚軸をエクオール産生微生物で発酵させることにより得られる大豆胚軸発酵物を見出した。
当該大豆胚軸発酵物には,エクオールのみならず,イソフラボンやサポニン等の大豆由来の有用成分を含み,これによって有用生理効果を発現できるので,機能性素材として有用であることが明らかにされている。更に,当該大豆胚軸発酵物は,大豆胚軸由来のアレルゲンが低減されており,低アレルゲン素材としても有用であることが確認されている。・・・ 【0006】 更に,上記大豆胚軸発酵物からエクオールを含む有用成分を溶媒抽出することに 108 より得られる抽出物についても,機能性食品素材として有用であることが分かっている。
【0007】 そこで,本発明の目的は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品を提供することである。
【発明を実施するための最良の形態】 【0012】 エクオール含有大豆胚軸発酵物 本発明の食品素材に用いられるエクオール含有大豆胚軸発酵物とは,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られる大豆胚軸発酵物である。
【0013】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造は,エクオール産生微生物としては,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物が使用される。ここで,ダイゼイン配糖体としては,具体的には,ダイジン,マロニルダイジン,アセチルダイジン等が挙げられる。
【0014】 上記エクオール産生微生物としては,食品衛生上許容され,上記能力を有する限り特に制限されない。例えば,ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)等のラクトコッカス属に属する微生物;ストレプトコッカス・インターメディアス( Streptococcus intermedius ) ス ト レ プ ト コ ッ カ ス ・ コ ン ス テ ラ ー タ ス ,(Streptococcus constellatus)等のストレプトコッカス属に属する微生物;バクテロイデス・オバタス(Bacteroides ovatus)等のバクテロイデス属に属する微生物の中に上記能力を有する微生物が存在していることが分かっている。エクオール産生微生物の中で,好ましくは,ラクトコッカス属,及びストレプトコッカス属等の乳酸菌であり,更に好ましくはラクトコッカス属に属する乳酸菌であり,特に好 109 ましくはラクトコッカス・ガルビエが挙げられる。エクオール産生微生物は,例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することができる。
上記エクオール産生微生物については,本発明者等により,ヒト糞便から単離同定された菌,即ち,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号),ストレプトコッカスE-23-17(FERM BP-6436 号),ストレプトコッカス A6G225(FERM BP-6437 号),及びバクテロイデス E-23-15(FERM BP-6435 号)が寄託されており,本発明ではこれらの寄託菌を使用できる。これらの寄託菌の中でも,ラクトコッカス 20-92 が好適に使用される。
【0015】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵原料として大豆胚軸を用いて製造される。大豆胚軸とは,大豆の発芽時に幼芽,幼根となる部分であり,ダイゼイン配糖体やダイゼイン等のダイゼイン類が多く含まれていることが知られている。本発明に使用される大豆胚軸は,含有されているダイゼイン類が著しく損失されていないことを限度として,大豆の産地や加工の有無については制限されない。例えば,生の状態のもの;加熱処理,乾燥処理,蒸煮処理等に供された大豆から分離したもの;未加工の大豆から分離した胚軸を加熱処理,乾燥処理又は蒸煮処理等に供したもの等のいずれであってもよい。また,使用される大豆胚軸は,脱脂処理や脱タンパク処理に供したものであってもよい。また,使用される大豆胚軸の形状については,特に制限されるものではなく,粉末状であっても,粉砕又は破砕された粒状又は塊状であってもよい。より効率的にエクオールを生成させるという観点からは,粉末状の大豆胚軸を使用することが望ましい。
【0016】 大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。
【0017】 大豆胚軸に添加される水の量は,使用するエクオール産生微生物の種類や発酵槽 110 の種類等によって応じて適宜設定される。通常,発酵開始時に,大豆胚軸と水が以下の割合で共存していればよい:大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,水が400〜4000重量部,好ましくは500〜2000重量部,更に好ましくは600〜1000重量部。
【0018】 また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下, 「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5〜3重量部程度が例示される。なお,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するエクオール産生微生物としては,具体的には,ラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,具体的には,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)が挙げられる。
【0019】 更に,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)のpHについては,エクオール産生微生物が生育可能である限り特に制限されないが,エクオール産生微生物を良好に増殖させるという観点からは,発酵原料のpHを6〜7程度,好ましくは6.3〜6.8程度に調整しておくことが望ましい。
【0020】 また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別 111 途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。
【0024】 ・・・大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合) エクオールが1〜20mg, , 好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれている。
【0025】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物には,エクオール以外に,ダイジン,マロニルダイジン,アセチルダイジン,ダイゼイン,ジハイドロダイゼイン等のダイゼイン類(以下,これらの成分を「ダイゼイン類」と表記する) ;ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類(以下,これらの成分を「ゲニステイン類」と表記する)等の各種イソフラボンも含まれており,これらのイソフラボンの有用生理活性をも発現することができる。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のイソフラボン(エクオールを含む)含有量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,イソフラボンが5〜20mg,好ましくは5〜15mg,更に好ましくは8〜15mg程度が例示される。
【0031】 更に,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆胚軸に由来するサポニンをも有している。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のサポニンは,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,サポニンが10〜80mg,好ましくは20〜50mg,更に好ましくは30〜40mg含まれている。
【0032】 また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアル 112 ギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。
【0100】 以下に,参考例,実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれらによって限定されるものではない。
参考例1-1〜1-3 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 表1に示す組成となるように,粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して,大豆胚軸溶液(原料)を調製した。この大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92 株(FERM BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0101】 表1に,培養96時間後の培養液における生菌数及びpH,粉末状の大豆胚軸発酵物の取得量,及び粉末状の大豆胚軸発酵物中のエクオール濃度を示す。この結果から,エクオール産生菌を用いて粉末状大豆胚軸を発酵させることにより,高効率でエクオールが生成されることが確認された。
113 【0102】 【0103】 参考例1-4 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92 株(FERM BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0104】 原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3に示す。この結果からも,ラクトコッカス 20-92 株によって大豆胚軸を発酵させることにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認さ 114 れた・・・一方,アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
【0105】 【表2】 115 【0106】 b 基礎出願B(乙B1の2) 基礎出願Bの出願書類の段落【0015】〜【0020】 【0026】【002 , ,7】【0033】【0034】【0070】〜【0077】には,基礎出願Aの出 , , ,願書類の段落【0013】〜【0018】【0024】【0025】【0031】 , , , ,【0032】【0100】〜【0106】に対応する記載がある。また,基礎出願 ,Bの出願書類には,次の記載がある。
【発明の名称】エクオール含有食品素材,及びこれを用いた食品【請求項1】 (A)エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物が(B)カカオマスに分散されてなる,食品素材。
c 基礎出願C(乙B1の3) 基礎出願Cの出願書類の段落【0014】〜【0021】【0025】【002 , ,6】【0032】【0033】【0056】〜【0059】には,基礎出願Aの段 , , , 116 落【0013】 【0020】【0024】 〜 , , 【0025】【0031】【0032】 , , ,【0100】〜【0102】に対応する記載がある。また,基礎出願Cの出願書類には,次の記載がある。
【発明の名称】エクオール含有抽出物,及びその製造方法 【請求項1】 エクオール含有大豆胚軸発酵物を抽出溶媒としてエタノール水溶液を用いて抽出処理し,抽出液を回収する第1工程を含む,エクオール含有抽出物の製造方法 (イ) 本件原出願(乙B2)において追加された記載 「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とすることを明示する本件明細書の【0093】や「ダイゼイン類」に適宜の栄養成分を添加することを明示する本件明細書の【0095】に相当する記載は,基礎出願には存在せず,本件原出願において初めて付け加えられたものである(本件原出願の段落【0091】【0093】。
, ) また,公知のスクリーニング方法に関する本件明細書の【0032】に相当する記載及び【0036】の「エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法」により「オルニチン・エクオール産生微生物」を得ることに係る記載についても,基礎出願には存在せず,本件原出願において初めて付け加えられたものである(本件原出願の段落【0030】【003 ,4】。
) (ウ) 優先権主張の可否について 前記(ア)(イ)のとおり,基礎出願に明示的に発酵原料として記載されているのは「大豆胚軸」だけであり, 「大豆胚軸」以外のものを発酵原料とできることを明示する記載が追加されたのは,本件原出願以降である。
しかし,基礎出願では, 「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を使用するとされている上,基礎出願の実施例で使用されているラクトコッカス20-92株がそのような微生物の一例として記載されている(基礎出 117 願Aの段落【0013】【0014】 , ,基礎出願Bの段落【0015】【0016】 , ,基礎出願Cの段落【0014】【0015】。また,基礎出願では, , ) 「・・・大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,・・・栄養成分を添加してもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】,基礎出願において, ) 「水」と「アルギニン」以外の栄養成分を添加することは排除されていない。さらに,基礎出願では, 「また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0020】,基礎出願Bの段落【0022】,基礎出願Cの段落【0021】, )「ダイゼイン類」を含むイソフラボンを発酵原料とすることが想定されているということができる。
そして,前記(ア)a,bのとおり,基礎出願A,Bに記載された実施例においては,「大豆胚軸」にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより, 「大豆胚軸」に含まれるダイジンが代謝されてエクオールが生成するとともに,同株によりアルギニンがオルニチンに変換されて,粉末状の発酵物が得られることが,具体的な実験結果と共に記載されている(基礎出願Aの段落【0103】〜【0106】,基礎出願Bの段落【0074】〜【0077】。また,基礎出 )願には, 「通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれている。「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニ 」チンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。 との記載があり 」 (基礎出願Aの段落【0024】, 【0032】,基礎出願Bの段落【0026】【0034】 , ,基礎出願Cの段落【0025】【00 ,33】,発酵物の乾燥重量1g当たり,1〜20mgのエクオールが通常含まれて )いる旨及び8〜15mg のオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があり,こ 118 れらの下限値が本件訂正発明において特定されているということができる。そして,基礎出願A及びBの発明により得られる発酵物が食品素材であることはそれぞれの請求項の記載から明らかである。
ところで,証拠(乙B4(JOURNAL OF BIOSCIENCE AND BIOENGINEERING, Vol.102,No.3, 247-250. 2006),16(国際公開第2005/000042号))によると,本件優先日当時,ダイゼインからエクオールが産生されること,ラクトコッカス20-92株がダイゼイン配糖体(例えばダイジン),ダイゼイン,ジヒドロダイゼインを含むダイゼイン類を資化してエクオールを産生すること,ダイジンの場合は,資化されてダイゼインを遊離し,遊離したダイゼインが更に資化されてジヒドロダイゼインとなり,最終的にエクオールが産生されることは,技術常識となっていたと認められる。そうすると,当業者は,基礎出願において,実質的に代謝されるのが「大豆胚軸」中のダイジンなどの「ダイゼイン類」であることを認識していたと認められる。
以上によると,基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,上記本件優先日当時の技術常識とを考え併せ, 「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を生成することが可能であると認識することができたというべきであるから,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。
したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。
そうすると,本件特許は,特許法104条の規定の適用については,本件優先日 119 である平成19年6月13日に出願されたものとみなされるから,本件訂正発明生産物が同条の特許出願前に日本国内において「公然知られた物でない」か否かを検討するに当たり,本件優先日以降に公開された乙B3(国際公開第2007/066655号。国際公開日2007(平成19)年6月14日)を考慮することはできない。
ウ 「公然知られた物でない」に当たるか その物が特許法104条の「公然知られた」物に当たるといえるには,基準時において,少なくとも当業者がその物を製造する手がかりが得られる程度に知られた事実が存することを有するというべきところ,本件訂正発明生産物が,本件優先日当時に公知であった乙B16,乙B24に記載されていたとはいえず,また,乙B16又は乙B24から本件訂正発明を容易に想到することができないことは後記3(4),(6)のとおりである。そうすると,本件優先日時点において,乙B16又は乙B24に触れた当業者が本件訂正発明生産物を製造する手がかりが得られたということはできない。
また,被控訴人らは,本件訂正発明生産物は,乙B16の「実施例1」の「乾燥重量1g当たり,1mg-3mgのエクオールが生成」している発酵物「992mg」に栄養強化添加物である「97.48%」の純度のオルニチン(乙B67の国際公開公報(WO2006/051940))を「8mg」加えたものであるにすぎないから, 「公然知られた物」であると主張するが,前記アのとおり,本件訂正発明生産物は, 「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物であって,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成され,食品素材として用いられる物」であるから,乙B16に乙B67を組み合わせたとしても, 「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールが生成された」物に当たらないから,上記被控訴人らの主張は採用できない。
なお,被控訴人らは,本件発明による生産物について,乙B4により公然知られ 120 た物に当たる旨の主張をしていたので念のため検討するに,乙B4に本件訂正発明が記載されていたとはいえず,また,乙B4から本件訂正発明を容易に想到できたものではないことは後記3(3)のとおりであり,乙B4によっても当業者が本件訂正発明生産物を製造する手がかりが得られたということはできない。
したがって,本件訂正発明生産物は,本件優先日当時,「公然知られた物でない」といえる。
エ 被控訴人方法の構成について 被控訴人らは,被控訴人原料の生産方法が原判決別紙「被告方法目録」記載の被控訴人方法であることについて自白が成立しているから,特許法104条の推定は働かないと主張する。そして,令和元年6月7日の原審第4回弁論準備手続期日において,当事者双方が,被控訴人方法の構成について原判決別紙「被告方法目録」記載のとおりである旨陳述している(当裁判所に顕著)。
原審において当事者間に争いがないものとされた被控訴人方法と,当審で控訴人が主張する被控訴人方法とでは,前者における「α3 前記酵素処理工程を経て得られたダイゼインを含む処理液と,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●をアルギニンを含む培養液と共に混合して発酵処理をし,」との構成部分を,後者では「α3-1 前記酵素処理工程を経て得られたダイゼインを,アルギニンを含むその他の成分と混合して培地とした上,これを滅菌処理して滅菌済培地とし,」と「α3-2 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●を同滅菌済培地に植菌して発酵処理をし,」との構成に変更するというものであるところ,同α3-1及びα3-2の内容は,α3の内容を更に具体化・詳細化しようとするものであり,また,控訴人は,原判決における本件訂正発明に係るクレーム解釈に基づく場合の構成としてα3-1及びα3-2とすべきと主張しているものであるから,まずは,原審において当事者間に争いがないものとされた被控訴人方法(α1〜6によるものであって,α3をα3-1及びα3-2に変更しないもの)の構成について検討を進めることとする。
121 オ 推定の覆滅について 被控訴人らは,被控訴人原料の生産方法が被控訴人方法であり,これが本件訂正発明の方法とは異なるから,本件訂正発明の方法を使用していないとの主張立証をしているものと解されるから,以下,被控訴人方法(まずは,α1〜6によるものであって,α3をα3-1及びα3-2に変更しないもの)が本件訂正発明の方法とは異なるものであるか検討する。
(ア) アルギニンの添加について a 被控訴人らは,被控訴人方法においては,構成要件A’で選択されたダイゼイン類は,構成α1の「ダイゼイン配糖体」であり,ダイゼイン配糖体にアルギニンを添加する工程がないから,構成要件A’,B’-1,B’-2を充足しないことが立証されていると主張する。
b 被控訴人らは,被控訴人方法にはアルギニンを添加する工程がないと主張するところ,被控訴人方法においては,構成α3において,ダイゼインを含む処理液と,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●をアルギニンを含む培養液と共に混合して発酵処理をしているから,この工程が「アルギニンを添加」(構成要件 A’)に当たるといえるか問題となる。
特許請求の範囲の記載のうち構成要件 A’は, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加する」というものであるが,被控訴人方法の構成α3においては,ダイゼインを含む処理液を,アルギニンを含む培養液と混合しているから,これによってダイゼインにアルギニンを添加しているということができる。被控訴人らは,構成α1の「ダイゼイン配糖体」が,構成要件A’の「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」に当たるところ,被控訴人方法においてはダイゼイン配糖体にアルギニンを添加しているものではないから,構成要件A’の「アルギニンを添加する」を充足しないと主張しているものの,特許請求の範囲の記載は上記のとおり「ダイゼイン 122 配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加するというものであって,ダイゼイン類をダイゼイン配糖体に限定する理由はない。そして,構成α3において,上記ダイゼイン類の一つである「ダイゼイン」を含む処理液と「アルギニン」を含む培養液が混合されているから,被控訴人方法においては,ダイゼイン類であるダイゼインにアルギニンが添加されているというべきである。そうすると,被控訴人方法は構成要件A’を充足する。
c 原判決は,構成α3の「アルギニンを含む培養液」は,本件発明の構成要件A-2,A-3の「アルギニンを含む発酵原料」に当たらず,被控訴人方法は本件発明のA-2,A-3を充足しないと判断したが,本件訂正発明においても,構成要件B’-1に「アルギニンを含む発酵原料」とあるので,α3の「アルギニンを含む培養液」が構成要件B’-1の「アルギニンを含む発酵原料」に当たるか検討する。
構成要件B’-1は, 「前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料を」というものであるが,これは,構成要件A’においてダイゼイン類にアルギニンを添加したものを指すと解するのが自然である。そして,上記bのとおり,被控訴人方法の構成α3においては, 「ダイゼイン」を含む処理液と「アルギニン」を含む培養液を,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●と共に混合して発酵処理をしているところ, 「ダイゼイン」を含む処理液と「アルギニン」を含む培養液の混合物を, 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」である●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●で「発酵処理」しているから,上記混合物は発酵原料に当たるというべきである。そうすると,同混合物は, 「前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料」に当たるから,被控訴人らの主張する被控訴人方法を前提としても,被控訴人原料の生産方法は,本件訂正発明の構成要件B’-1を充足し,構成要件B’-1の発酵原料を微生物で発酵処理することを内容とする構成要件B’-2も充足する。
123 この点,原判決は,本件発明について,アルギニンは,発酵処理をする前の発酵原料の調製をする段階において発酵原料に含まれているものであり,構成α3の「ダイゼインを含む処理液」が発酵原料に当たり, 「アルギニンを含む培養液」は発酵原料ではなく,発酵効率の促進等を目的とする栄養成分に当たるものと解した上で,被控訴人方法は発酵処理段階においてアルギニンが初めて現れるから本件発明の構成要件を充足しないと判断した。
しかしながら,本件特許請求の範囲及び本件明細書をみても,ダイゼイン類にアルギニンを添加した後に微生物を加えることと,ダイゼイン類とアルギニンと微生物を同時に混合することとの間に何らかの差異があることをうかがわせる記載はない。また,本件明細書をみると, 【0091】に「発酵原料(発酵に供される原料)」との記載があるものの,【0093】には「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではない」と発酵原料に特段の制限がないものとされており,そのほかには発酵原料を定義付ける記載はない。前記1(2)のとおり,本件訂正発明においてオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物による発酵に供されるのは, 「ダイゼイン類」と「アルギニン」であり,ダイゼイン類にアルギニンが添加されたのちに微生物が添加されたとしても,ダイゼイン類に,アルギニンと微生物が同時に添加されたとしても,アルギニンが発酵に供されることに変わりがない。そうすると,被控訴人方法におけるアルギニンが,発酵原料ではないというべき理由がない。
原判決は,本件明細書の【0033】 「当該エクオール含有大豆胚軸発酵物は, の発酵原料として大豆胚軸を用いて製造される」との記載及び【0036】の「大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(中略)を 124 使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5〜3重量部程度が例示される。」と発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進等を目的とする栄養成分を添加してもよいと記載されていることから,発酵効率の促進等を目的とする栄養成分は,発酵原料とは別の成分として扱われていると認定したが,ダイゼイン類を含む「大豆胚軸」が発酵原料に当たることと,ダイゼイン類を含む処理液とアルギニンを含む培養液のいずれもが発酵原料に当たると考えることは何ら矛盾するものではない。また,0036】 【の記載も,大豆胚軸にアルギニンを添加したものを発酵原料とみなすことと矛盾するものではない。したがって,原判決の判断には誤りがあるというほかない。
そうすると,α3の「アルギニンを含む培養液」は,構成要件B’-1の「アルギニンを含む発酵原料」に当たると認めるのが相当であるから,被控訴人方法が構成要件A’,B’-1,B’-2を充足しないことが立証されているとはいえない。
(イ) 微生物の種類について a 構成要件B’-2は, 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」というものであり,「微生物」は,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有するものである必要はあるが,特定の微生物に限定されているものではない。そして,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,【実施例】において,「微生物」としてはラクトコッカス20-92株のみが挙げられているものの,他方, 【0032】には,本件特許の特許出願時,エクオールを産生する能力のある微生物がいくつか知られていたことが記載され,【0036】には,その中から,オルニチン産生能力を有する微生物を公知のスクリーニング方法により得ることができることが記載されている。
そうすると,本件特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者においては,公知のスクリーニング方法を用いて,通常の試行錯誤の範 125 囲内において,ラクトコッカス20-92株以外についても「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有する微生物を見出すことができると理解するというべきであるから,構成要件B’-2の「微生物」は,ラクトコッカス20-92株に限定されるものではないというべきであって,被控訴人方法における腸内細菌(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)も,上記「微生物」との文言を充足するというべきである。
b 被控訴人らは,構成要件B’-2の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む」とは,いわゆる機能的クレームとして広範な微生物を包含する記載であるのに対し,本件明細書には,ラクトコッカス20-92株を適切なものとして発見した点に基本的な技術思想があることが記載され,あらゆる微生物を含むものとして記載されておらず,また,控訴人のホームページ(乙B11)をみても,ラクトコッカス20-92株以外の上記微生物を見出すためには過度の試行錯誤を有するというべきであることなどを指摘して,構成要件B’-2の「微生物」は,ラクトコッカス20-92株に限定して解釈されるべきである旨主張する。
しかし,構成要件B’-2の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有する微生物という文言に,広範な微生物を包含してしまうことについての合理的根拠はなく,上記aに説示したとおり,本件明細書の記載等に接した当業者においては,公知のスクリーニング方法を用いて,通常の試行錯誤の範囲内において,ラクトコッカス20-92株以外についても「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有する微生物を見出し得る旨理解するというべきであるから,本件明細書において,ラクトコッカス20-92株を適切なものとして発見した点のみに基本的な技術思想があることが記載されているとはいえない。さらに,控訴人のホームページ(乙B11)をみても,実際に市販できる程度に優れた微生物を見出すことには困難が伴うとしても,構成要件B’-2の「微生物」は,本件特許請求の範囲及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載に照らし,実際に市販できる程度に優 126 れた微生物である必要はなく,ある程度, 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有する微生物であれば足りるというべきであるから,当業者に過度の試行錯誤を課することにもならない。
また,本件訂正発明の構成要件A’の「ダイゼイン類」は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,ジヒドロダイゼイン」の3種のダイゼイン類のうち少なくとも1種であればよいものであって,「ダイゼイン配糖体」でなければならないものではなく,構成要件B’‐2の「微生物」は,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力」を有するものである必要はあるが,特許請求の範囲の記載及び本件明細書をみても,上記「微生物」が糖を切断する能力を有するものである必要がある旨の記載はない。
本件明細書の【実施例】における「微生物」として,糖を切断する能力を有する微生物であるラクトコッカス20-92株のみが挙げられているものの,構成要件B’‐2の「微生物」がラクトコッカス20-92株に限定されるものではない。そうすると,構成要件B’‐2の「微生物」が糖を切断する能力を有するものである必要はない。
以上によれば,α3の「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」は,構成要件B’-2の「微生物」に当たると認めるのが相当であるから,被控訴人方法が構成要件B’-2を充足しないことが立証されているとはいえない。
(ウ) 以上のとおり,被控訴人原料の生産に本件訂正発明の方法を使用していないことが立証されているとはいえないから,特許法104条の推定が覆滅されたと認めることはできない。
(2) 争点1についての結論 前記(1)のとおり,被控訴人原料は,本件訂正発明の方法により生産されたものと推定されるから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人方法は本件訂正発明の技術的範囲に属する。
3 争点2(本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか)について 127 (1) 争点2-1(無効理由1(優先権の主張ができないことを前提とする乙B3に基づく新規性欠如)の有無)について 前記2(1)イ(ウ)のとおり,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できる。
したがって,被控訴人らの無効理由1の主張は前提を欠き,理由がない。
(2) 争点2-2(無効理由2(本件訂正発明の「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」に関するサポート要件違反・実施可能要件違反)の有無)について ア サポート要件について (ア) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(イ) 本件明細書(甲2)には, 「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物が複数挙げられるとともに,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法により,オルニチン・エクオール産生微生物を得ることができると記載されている(【0032】【0 ,036】。また,本件明細書には, ) 「大豆胚軸」以外の大豆胚軸抽出物等の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料として使用可能であること(【0093】)や「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」の発酵物について,粉末状の食品素材として使用できることが記載されている(【0144】。そして, ) 「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加したものを発酵原料として,ラクトコッカス20-92株を用い,本件訂正発明に規定する量のエクオ 128 ール及びオルニチンを含有する粉末状の大豆胚軸発酵物を製造する実施例が記載され(【0225】〜【0228】,同発酵物を利用した様々な食品の例が記載されて )いる(【0271】〜【0616】。
) 以上の本件明細書の記載に,前記2(1)イ(ウ)のとおり, 「ダイゼイン類」や「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」をエクオール産生微生物で発酵処理してエクオールを産生するのは,本件原出願日当時において技術常識であったことを総合すると,本件明細書では, 「大豆胚軸」のみならず,特許請求の範囲に記載された「ダイゼイン類を含む原料」についてサポートされているということができる。よって, 「大豆胚軸」のみサポートされているとする被控訴人らの主張を採用することはできない。
(ウ) 次に,実施例に記載されているラクトコッカス20-92株以外のオルニチン・エクオール産生微生物が,スクリーニング方法との関係でサポートされているかについて検討する。
a 証拠(乙B4,10,24)によると,本件優先日当時までにヒトの糞便やラットの盲腸内容物等から,do03株,SNU-Julong株,バクロイデスE-23-15,ストレプトコッカスE-23-17,ストレプトコッカスA6G-225のようなエクオール産生微生物が複数,単離・同定されていたことが認められる。そうすると,エクオール産生能を有する微生物は,本件原出願日時点までにラクトコッカス20-92株以外にも複数発見されていたのであるから,それら既知のエクオール産生能を有する微生物を対象にして,当該微生物のオルニチン産生能を検討するという方法でも,オルニチン・エクオール産生微生物を得ることができる。このように既知のエクオール産生微生物を対象にオルニチン産生能を指標にしてオルニチン・エクオール産生微生物を得ることについて,格別の困難性はないといえる。
b 次に,本件原出願日時点において,いまだ発見されていないオルニチン・エクオール産生微生物について検討するに,本件明細書には, 【0036】に「公知の 129 スクリーニング方法」によりオルニチン・エクオール産生微生物を得ることができると記載されている。そして,証拠(甲16(福井三郎監修「バイオテクノロジーシリーズ スクリーニング技術-微生物の潜在機能をさぐる」講談社,昭和60年),甲17(新井守ほか「微生物のスクリーニング法I」化学と生物5巻5号294〜303頁,昭和42年))によれば,本件原出願日当時,特定の性質を有する微生物をスクリーニングにより探索する一般的な手法は技術常識になっていたものと認められる。また,証拠(甲19(特開2006-242602号公報),甲20(特開2008-61584号公報) 乙B10 , (腸内細菌学雑誌21巻3号217-220頁,2007))によれば,本件原出願日当時,エクオール産生微生物をスクリーニングする方法が知られていたこと及び当該方法は上記の特定の性質を有する微生物をスクリーニングにより探索する一般的な方法と特段異なるものではないことが認められる。
c そして,本件明細書(甲2)の【0224】【0225】や証拠(甲19, ,20,乙B4,10,16,24)には,ラクトコッカス20-92株やdo03株をはじめとする各種エクオール産生微生物の培養条件が記載されているところ,そこに記載された培養条件が,菌株ごとに特殊な条件が設定されているとは認められないので,培養条件の設定に困難を要したとはいえないし,当業者は,上記スクリーニングを実施するに当たって,上記各証拠に記載された培養条件を手掛かりにすることができたと認められる。
そうすると,エクオール産生微生物の探索に過度の試行錯誤が必要とされるということはできない。
d 以上の検討からすると,本件原出願日時点において,いまだ発見されていないオルニチン・エクオール産生微生物について,具体的なスクリーニングの方法などが実施例で開示されていないからといって,本件訂正発明が,本件明細書の記載によりサポートされていないということはできない。
したがって,本件訂正発明が,ラクトコッカス20-92株以外のオルニチン・ 130 エクオール産生微生物に対するスクリーニング方法との関係でもサポートされているというべきである。
(エ) さらに,本件訂正発明のエクオール及びオルニチンの量について検討する。
a エクオールの量について,本件明細書(甲2)の【0036】【0038】 , ,【0094】〜【0096】には,エクオール含量や発酵効率の促進等の目的のために,適宜,発酵原料となるイソフラボンを追加したり,栄養成分を添加したりしてもよく,微生物の種類等に応じて適宜発酵条件を設定すべきと記載されているし,本件明細書の【0224】【表1】によると,同1条件下で,「大豆胚軸」の量を3倍に増やした場合,エクオールの生成量が増大していることが分かる。
そうすると,当業者は,実施例にあるラクトコッカス20-92株以外の菌を用いる場合でも,本件明細書の上記記載や発酵に関する技術常識を踏まえ, 「ダイゼイン類」を増量したり,栄養成分を添加したり,発酵条件を適宜調節したりすることで,本件訂正発明に規定された量のエクオールを得られると認識するといえる。
b オルニチンについても,当業者が,原料となるアルギニンの量を増やしたり,発酵条件を適宜調整したりして,本件訂正発明に規定するような量でオルニチンを生成することが,格別の創意や工夫を要するような困難なものであったとはいえない。そして,このことは,本件訂正発明のオルニチンの上限値がないことによって左右されるとはいえない。したがって,当業者は,ラクトコッカス20-92株以外を用いる場合でも,本件訂正発明に規定された量でオルニチンが得られることを認識するといえる。
c 本件明細書の【0042】【0050】には,有用生理作用を有する成分と ,いう観点からオルニチン及びエクオールの生成量が記載されているものであることからすると,本件訂正発明において,その生成量の下限のみを規定していることに問題があるということもできない。
(オ) 以上の検討からすると,本件訂正発明はサポート要件に違反するものではないと認められる。
131 イ 実施可能要件について 前記アで検討したところからすると,当業者は,過度の試行錯誤を要することなく, 「大豆胚軸」以外のアルギニンが添加された「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とし,ラクトコッカス20-92株以外の菌株を用いて,本件訂正発明が規定する量のエクオール及びオルニチンを含有する食品素材として使用可能な粉末状の発酵物を得られるといえるから,本件訂正発明は,実施可能要件に違反するものではないと認められる。
被控訴人らは,本件訂正発明の微生物には, 「大豆胚軸」に含まれるダイジンから所定量のエクオールを産生する能力も備えていないものがあり,ダイジンとの関係において実施可能要件を満たさない部分を含んでいると主張する。
しかし,本件明細書には,ラクトコッカス20-92株が,ダイジンからエクオールを生成できる菌であることが記載されている(【0227】【表2】。また,本 )件訂正発明の「ダイゼイン類」の中には,ダイゼインやジヒドロダイゼインも含まれており,そのようなダイジン以外の「ダイゼイン類」とアルギニンからエクオールとオルニチンを規定量生成できるものも,本件訂正発明にいう微生物に該当し,ラクトコッカス20-92株以外の微生物についても,必ずダイジンからエクオールの産生能を備えていないと実施可能要件違反になるとはいえないから,被控訴人らの上記主張は採用できない。
ウ 無効理由2についての結論 よって,被控訴人らが主張する無効理由2は理由がない。
(3) 争点2-3(無効理由3(乙B4に基づく新規性欠如・乙B4を主引例とする進歩性欠如)の有無)について ア 乙B4発明について (ア) 乙B4には,次の記載がある。
「エクオール産生菌を単離後,37℃で28時間,前培養した,1%L-アルギニンを含むGAMブロスを,定量測定のため,蒸留水1リットルあたりGAMブロ 132 ス59g及びダイゼイン(最終濃度:200μM)を含むエクオールアッセイ培地へ添加した。その後,培地を37℃,嫌気下でインキュベートして,抽出し,以下のとおりHPLCで分析した。(248頁左欄23行〜29行) 」 「エクオール産生能力を有する嫌気性グラム陽性ロッド状株をラット盲腸内容物から単離した。この株をグラム陽性菌do03株 (AB266102)という。」 (248頁右欄8行〜11行) 「do03株は,37℃,嫌気下,4日間で200μMダイゼインをエクオールに変換した。(248頁右欄25行〜26行) 」 「アルギニンを含む培地において,エクオール比率は,OD600および培地ブロスpHの増加と共に,0.67±0.01まで増加した。(248頁右欄38行〜 」40行)「さらに, lentum のようなある菌の成長のために, E. アルギニンは必要である。
なぜなら,それらの菌は,成長のために,アルギニンジヒドロラーゼ経路を用いて,エネルギーを得るからである(19)。アルギニンの菌代謝により,NH3 が産生され,それらによって,培地ブロスpHが増加した。アルギニン追加により,OD600が増加し,それによって,do03株が成長のためにアルギニンを用いている。したがって,エクオール比の増加は,do03株の菌数の増加に起因する可能性がある。酢酸及びアルギニンの添加は,エクオール比を約10%減少させた。培養液のpHがコントロールのpHよりも上昇したため,do03株は,アルギニンを利用したと思われるが,OD600は増加しなかった。酢酸添加はOD600の減少を引き起こした。酢酸添加によって促進されるエクオール産生メカニズムは,まだ報告されていない。アンタゴニスト作用は,酢酸及びアルギニンの添加によって起こると思われる。(248頁右欄45行〜60行及び250頁1行) 」 (イ) 乙B4発明の認定 上記(ア)のとおり,乙B4には,do03株によるダイゼインからのエクオールの生成については記載されているものの,発酵物1g当たり1mg以上のエクオール 133 が得られること,発酵物を粉末状にすること,食品用素材として用いることについての記載はなく,オルニチンについても全く記載がない。
そこで,乙B4には,次の乙B4発明が記載されていると認定できる。
「エクオール産生能力を有する微生物であるグラム陽性菌do03株及びアルギニンを,ダイゼインを含む培地に添加して培養し,ダイゼインからエクオールを得る方法」 イ 本件訂正発明と乙B4発明の対比 前記第2の3で引用する原判決5頁13〜20行目記載の本件訂正発明と前記ア(イ)の乙B4発明を比較すると,本件訂正発明と乙B4発明は,次の点で相違すると認められる。
(本件相違点1)本件訂正発明では微生物が「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」であり,微生物により発酵原料の発酵処理によって「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」が生成して,発酵物が「オルニチン及びエクオールを含有する」ものであるのに対して,乙B4発明では微生物が「エクオール産生能力を有する微生物」であり,発酵物が「エクオールを含有する」ものである点 (本件相違点2)本件訂正発明では,得られるものが食品素材として用いられる粉末状の発酵物であるのに対し,乙B4ではそのような特定がされていない点という相違点 ウ 本件相違点1について (ア) 前記ア(イ)のとおり,乙B4には発酵物におけるエクオールの量は記載されておらず,オルニチンについての記載はない。
もっとも,乙B4に参考文献として引用されている乙B5には,E.lentum により,アルギニンジヒドロラーゼ経路でアルギニンがオルニチンに変換され,NH3とATPが産生されることが記載されており,乙B4には,do03株が,E.lentumと同様に,アルギニンの代謝を行い,NH3が産生されたとの記載がある。
134 しかし,乙B4において,do03株のアルギニン代謝経路の詳細な分析はされていない。また,乙B4の執筆者の一人であるB教授は,意見書(甲32)において,do03株について,オルニチンの生成や蓄積について,気にしていた記憶はなく,乙B4の他の著者とも話をした記憶がないとしている。同じく乙B4の執筆者の一人であるC教授も,陳述書(乙B34,52)において,do03株について,オルニチンの蓄積量は分からない(乙B34),微生物がオルニチンを生産する量は安定しない傾向があると述べており(乙B52),これらは,乙B4において,オルニチンの蓄積量が不明であるとする点で相互に一致している。
(イ) 被控訴人ダイセルは,乙B4の再現実験を行ったとしてその結果を提出するが(乙B6,29,64),これらは,乙B4の実験条件を忠実に再現したものであるまではいえない。
(ウ) 以上からすると,乙B4発明において,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンが生成することが開示されているとまでいうことはできない。そうすると,少なくとも本件相違点1は実質的な相違点といえるから,本件訂正発明が乙B4発明との関係で新規性を欠くとはいえない。
(エ) そして,乙B4には, 「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」を生成することについては記載も示唆ないから,本件相違点1は容易想到であるとはいえない。
エ 本件相違点2について 本件相違点2について検討するに,乙B4にはエクオールを得る方法が記載されているにとどまり,エクオールとオルニチンを含む培養物を,粉末状の発酵物とし,食品素材として用いることについての記載も示唆もないから,本件訂正発明が,乙B4との関係で新規性を欠くとはいうことはできず,容易想到であるということもできない。
オ 無効理由3についての結論 よって,被控訴人らが主張する無効理由3は理由がない。
135 (4) 争点2-4(無効理由4(乙B16に基づく新規性欠如・乙B16を主引例とする進歩性欠如)の有無)について ア 乙B16発明について (ア) 乙B16明細書及び図面には次の記載がある(頁数は乙B16明細書中の頁数である。。
) 「技術分野 本発明は,エクオール産生能を有する乳酸菌,該乳酸菌を含有する組成物および該乳酸菌を利用してエクオールを製造する方法に関する。(1頁3〜5行) 」 「背景技術」(1頁6行) 「本発明者らは,上記の着想から研究を重ねた結果,先に,抗エストロゲン効果,エストロゲン様効果などを発揮させるためのエクオール産生菌として,ヒ卜の糞便からバクテロイデス E-23-15(FERM BP-6435 号),ストレプトコッカス E-23-17(FERMBP-6436 号)およびストレプトコッカス A6G225(FERM BP-6437 号)の3菌株を新たに単離・同定し,これらのエクオ一ル産生菌およびその利用に係る発明を特許出願した(国際公開 WO99/07392)。
発明の開示 本発明者らは,引き続き研究を重ねた結果,先に単離・同定した微生物とは本質的に異なる新しい菌として,ダイゼイン配糖体,ダイゼインあるいはジヒドロダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を単離・同定するに成功した。本発明はこの乳酸菌の単離・同定を基礎として更に研究を重ねた結果,完成されたものである。(2頁13〜24行) 」 」 「本発明は,下記項1-13に記載の要旨の発明を提供する。
項1.ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を必須成分として含有することを待徴とするエクオール産生乳酸菌含有組成物。(2頁25〜29行) 」 136 「項9.ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることを特徴とするエクオールの製造方法
項10. ラ ク トコッ カス属に 属す る乳酸 菌が,ラ クト コッカ ス・ガル ビエ(Lactococcus garvieae)である項9に記載の方法。(3頁11〜15行) 」 「U.生化学的性質 ・・・ (13) アルギニンジヒドラーゼ: +」(4頁7〜20行) 「(2) ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質 本菌株ラクトコッカス 20-92 が資化するダイゼイン類には,ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインが含まれる。ダイゼイン配糖体の具体例としては,例えばダイジンを例示することができる。該ダイジンは,アグリコンとしてダイゼインを有するイソフラボン配糖体(ダイゼイン配糖体)である。該ダイジンの場合は,上記微生物により資化されて,ダイゼインを遊離し,該ダイゼインが更に資化されてジヒドロダイゼインとなり,それから最終的にエクオールが産生される。
本発明においては上記ダイゼイン類を基質として利用する。また,該基質としてはダイゼイン類に限らず,これを含有する各種の物質を利用することができる。該ダイゼイン類を含有する物質(ダイゼイン類含有物質)の代表例としては,大豆イソフラボンを例示することができる。大豆イソフラボンは,既に市販されており,本発明ではこのような市販品,例えばフジッコ社製「フジフラボンP10」 (登録商標)などを利用することもできる。また,大豆イソフラボンに限らず,例えば葛,葛根,レッドクローブ,アルファルファなどの植物自体およびこれらを起源とするイソフラボン誘導体もまた,ダイゼイン類含有物質に含まれる。
更に,ダイゼイン類を含有する物質の他の具体例としては,上述した大豆,葛,葛根,レッドグローブ,アルファルファなどの食素材自体に加えて,それらの加工 137 品,例えば大豆粉,煮大豆,豆腐,油揚げ,豆乳,大豆胚軸抽出物など,およびそれらの発酵調製物,例えば納豆,醤油,味噌,テンペ,発酵大豆飲料などを挙げることができる。これらはいずれもダイゼイン類を含有している。また,これらは,ダイゼイン類の他に,エストロゲン様作用を有するイソフラボン類,例えばゲニステインとその配糖体(ゲニスチンなど) ;グリシテインとその配糖体(グリシチンなど);ダイゼインおよびゲニステインの一部がメチル化された前駆体であるバイオチェインA(Biochain A)およびフォルモネチン(Formonetin)などを含有しており,本発明に好適に利用できる。(9頁3〜28行) 」 「(3-1)エクオール産生乳酸菌含有組成物」(10頁1行) 「本発明組成物は,上記有効成分としての微生物(菌体など)を含んでいればよく,他に特に必要ではないが,所望により,上記有効成分としての微生物の維持(もしくは増殖)に適した栄養成分を含有させることもできる。該栄養成分の具体例としては,前述したように各微生物の培養のための栄養培地,例えば BHI,EG,BL,GAM培地などを挙げることができる。
(中略) 上記本発明組成物はその摂取によって,摂取者の体内で所望のエクオール産生能を発揮する。(10頁16〜26行) 」 「(3-3)エクオール含有本発明組成物 本発明組成物は,更にエクオールを含むこともできる。
(中略) エクオ一ル含有本発明組成物の好ましい一具体例としては,大豆イソフラボンまたはこれを含有する食素材を適当な培地に添加し,該培地中で本発明微生物,好ましくはラクトコッカス 20-92 を発酵させて得られる発酵産物を挙げることができる。
ここで,発酵は,より詳しくは,例えば基質を溶液状態にして滅菌した後,本発明微生物の生育可能な栄養培地,例えば BHI,EG,BL,GAM 培地など,もしくは食品として利用可能な牛乳,豆乳,野菜ジュースなどに所定量の本発明微生物を添加して, 138 37°C 下に,嫌気状態あるいは好気的静置状態で,48-96 時間程度発酵 (必要に応じて pH 調節剤,還元物質 (例えば酵母エキス,ビタミン K1 など)を添加できる)させることにより実施できる。上記において基質量は 0.01-0.5mg/mL 程度とすることができ,微生物の接種量は約 1-5%の範囲から選択することができる。
(中略) 得られる本発明組成物がエクオールを含むことは,例えば,後述する試験例1に示す方法により確認することができる。(11頁25行〜13頁1行) 」 「実施例1 (1) 発酵豆乳飲料の調製 下記処方の各成分を秤量混合して,発酵豆乳飲料形態の本発明組成物を調製した。
水溶性大豆蛋白の発酵培養物 100mL ビタミン・ミネラル 適量 香料 適量 水 適量 全量 150mL 上記水溶性大豆蛋白の発酵培養物は,水溶性大豆蛋白 13g を水 10OmL に溶解したものに,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を 108-109 個加えて,37℃で 24-48時間発酵させたものである。尚,利用した水溶性大豆蛋白はその 1g 中にダイゼイン類をダイゼイン換算量で 1-2mg 程度含んでいる。
(2) 発酵乳の調製 下記処方の各成分を秤量混合して,発酵乳形態の本発明組成物を調製した。
ラクトコッカス 20-92 発酵乳 100mL ビタミン・ミネラル 適量 香料 適量 水 適量 全量 150mL 139 尚,ラクトコッカス 20-92 発酵乳は,牛乳 1L(無脂乳固形分 8.5%以上,乳脂肪分3.8%以上)にラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を 108-109 個を加えて,37°Cで 24-48 時間発酵させたものである。
(3) 発酵豆乳凍結乾燥粉末の調製 ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)約 109 個を用いて,豆乳(大豆固形分含量10%,ダイゼイン含量:ダイゼイン換算量として 10-15mg)100g を 37°C で 72-96 時間乳酸発酵させて,エクオールを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末中のエクオール含量は,HPLC 測定の結果 0.1-0.3 重量%であった。
上記粉末を用いて,下記処方の各成分を秤量混合して,粉末形態の本発明組成物(食品形態および医薬品形態)を調製した。
発酵豆乳凍結乾燥粉末 2.2g (エクオール 0.005g 含有) 賦形剤(コーンス夕一チ) 17g ビタミン・ミネラル 適量 香料 適量 全量 20g」(21頁14行〜22頁20行) 「試験例1 増殖性とエクオール産生能(活性)および生成量試験 (1) 試験方法 ラクトコッカス 20-92 株(107-109/g)を BHI ブロス(増殖用液体培地(基礎培地))5mL 中で嫌気的条件下,37℃で 24 時間培養した後,基礎培地で 102 および104に希釈して希釈液を調製した。
培養終了後の培養液およびその各希釈液のそれぞれ 0.2mL ずつを,ダイゼイン含有基礎培地(BHI ブロスにダイゼインを 10μg/mL となる量で添加したもの),牛乳および豆乳の各 5mL と混合し,嫌気的条件下,37℃で培養した。培養時間は 10μg/mLダイゼイン含有基礎培地および豆乳では,8 時間,24 時間,48 時間,72 時間および 140 96 時間とし,牛乳では 8 時間,24 時間および 48 時間とした。
培養開始前と各培養終了時点で,培養液 0.1mL および 0.2mL をサンプリングし,それぞれ菌数測定およびエクオール産生能(活性)測定に供した。更に,10μg/mLダイゼイン含有基礎培地および豆乳については,培養開始前と各培養終了時点で培養液 0.5mL をサンプリングして,該液中のエクオール産生量を測定した。
菌数測定は次の通り行った。即ち,各サンプル 0.1mL を PBS(-)溶液(ニッスイ社製)で希釈して 104,105,106および 107希釈液を作成し,これら各希釈液の 0.1mLを GAM 寒天培地に塗布して,好気的条件下に 37℃で 24 時間培養し,培地上に生育してくるコロニー数を計測して菌数とした。
エクオール産生能(活性)の測定は次の通り行った。即ち,各サンプル 0.2mL をダイゼイン含有基礎培地 5mL(各3本)と混合し,96 時間,嫌気的条件下,37℃で培養し,培養終了後に各培養液 0.5mL をサンプリングして,酢酸エチル 5mL で 2 回抽出後,抽出液中のダイゼイン,ジヒドロダイゼイン(中間体)およびエクオールを HPLC で測定し,また,それらの総量からエクオールの占める割合を算出した。得られた結果を下記5段階でスコア化し,3検体の平均スコアをエクオール産生能(活性)の指標とした。
4:90%以上エクオール, 3:エクオール生成,ダイゼインが 50%未満に減少(中間体あり), 2:エクオール生成,ダイゼイン 50%以上が残存(中間体あり), 1:中間体生成あり,エクオール生成なし 0:中間体およびエクオールの生成なし,ダイゼインの減少なし。
エクオール産生量測定は,次の通り行った。即ち各サンプル 0.5mL を酢酸エチル5mL で2回抽出し,抽出液中のダイゼイン,ジヒドロダイゼイン(中間体)およびエクオールをHPLCで測定した。各濃度を算出してエクオール産生量とした。
(2) 試験結果 (2-1) 菌数(増殖性)を調べた結果を図1に示す。
141 図中,(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)は豆乳を利用した場合の結果であり,(3)は牛乳を利用した場合の結果である。各図において横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸は生菌数(Log cfu/ml)を示す。
各図に示す結果より,本菌株の増殖性は良好であり,ダイゼイン含有基礎培地,豆乳および牛乳のいずれでも接種量の如何に関わらず培養8時間で定常状態に達した。菌数は,ダイゼイン含有基礎培地で 109.1-9.4 個/mL を維持し,豆乳では 108.5-8.7個/mL,牛乳では 108.0-8.4 個/mL を維持することが判った。
(2-2) エクオール産生能(活性)を求めた結果を図2に示す。
図2において,(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)は豆乳を利用した場合の結果であり,(3)は牛乳を利用した場合の結果である。各図において横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸はスコアを示す。
該図に示される結果から,ダイゼイン含有基礎培地,豆乳および牛乳のいずれにおいてもエクオール産生能(活性)は経時的に増加する傾向が確認された。しかも,牛乳および豆乳を利用した場合でも,本菌株のエクオール産生能(活性)は維持されることが確認された。
(2-3) エクオール産生量測定結果 ダイゼイン含有基礎培地および豆乳(ダイゼイン換算量として約 80μg/mL)中に産生されるエクオール量を測定した結果は,図3に示すとおりである。
図3において(1)はダイゼイン含有基礎培地を利用した場合の結果であり,(2)は豆乳を利用した場合の結果である。各図において横軸は培養時間(hr)を示し,縦軸はエクオール濃度(μg/ml)を示す。
両培地とも,培養開始後 48 時間目以降からエクオール産生を認めた。豆乳を利用した場合では,接種量の変化によるエクオール生成量の違いが観察され,特に 4.00%接種によって培養 96 時間で 57.0μg/mL の著量のエクオール生成が認められた。
豆乳中にはエクオールの基質となるダイゼインが 90%以上配糖体(グルコースが結合した状態)で存在しているが,測定したクロマトグラム上には該配糖体のピー 142 クは消失していることから,本菌株は配糖体を分解し(β-グルコシダーゼ活性)てダイゼインを生成した後,該ダイゼインをエクオールに代謝するものと考えられる。(23頁22行〜25頁最終行) 」「図面の簡単な説明(中略)図3は,試験例1に示す方法に従い求められた培養時間とエクオール産出量との関連を示すグラフである。(20頁24行〜21頁1行) 」【図3】 (イ) 乙B16発明の認定 上記(ア)のとおり,乙B16には,ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることを特徴とするエクオールの製造方法実施例1として開示され,上記乳酸菌の具体例として,ラ 143 クトコッカス 20-92(FERM BP-10036)が示され,試験例1として,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)をダイゼイン含有基礎培地や豆乳と混合して培養した結果,【図3】のとおりエクオールが産生されたことが記載されている。
そこで,乙B16には,次の乙B16発明が記載されていると認定できる。
「ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳,ダイゼイン含有基礎培地など)を,エクオール産生能力を有する微生物であるラクトコッカス 20-92(FERMBP-10036)で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製造する方法。」 イ 本件訂正発明と乙B16発明の対比 前記第2の3で引用する原判決5頁13〜20行目記載の本件訂正発明と上記ア(イ)の乙B16発明を比較すると,本件訂正発明と乙B16発明は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の製造方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点A1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことが特定されているのに対して,乙B16発明では微生物が「ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)」であることが特定されているものの, 「オルニチン産生能力を有する」ことは特定されていない点 (相違点A2)本件訂正発明では, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定されているのに対して,乙B16発明では,発酵原料が豆乳,ダイゼイン含有基礎培地などであることが特定されているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点 144 (相違点A3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成することが特定されているのに対して,乙B16発明ではこの点が特定されていない点 (相違点A4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,乙B16発明ではこの点が特定されていない点 (相違点A5)本件訂正発明は,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられるものであることが特定されているのに対して,乙B16発明ではこの点が特定されていない点 ウ 相違点A4について 所論に照らし,相違点A4(本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,乙B16発明ではこの点が特定されていない点)について検討する。
(ア) 新規性について 前記アのとおり,乙B16明細書(22頁)には,実施例1に係る記載として「ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)約 109 個を用いて, (大豆固形分含量 10%, 豆乳ダイゼイン含量:ダイゼイン換算量として 10-15mg)100g を 37°C で 72-96 時間乳酸発酵させて,エクオールを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末中のエクオール含量は,HPLC 測定の結果 0.1-0.3 重量%であった。」との記載がある。
これによると,乙B16発明では,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を用いて豆乳を発酵させてエクオールを生成し,冷凍乾燥して粉末を得ており,当該粉末中のエクオール含有量は 0.1-0.3 重量%であったとのことであるが,これは, 「発酵処理により乾燥重量1g当たり1〜3mg のエクオールが生成された」ことを意味する。
しかしながら,乙B16には発酵処理によりオルニチンが生成されることは記載されておらず,実施例1により生成されるオルニチンの量の記載はない。また,実施例1では豆乳 100g が用いられているところ,乙B17の1(「保存中の無菌調製 145 豆乳の品質評価指標について」日本食品工業学会誌1985年32巻7号457〜462頁の Table 4)によると,豆乳1ml 中の遊離アルギニンの量は0.7μmol未満であるから,仮に豆乳に含まれるアルギニンがすべてオルニチンに変換されたとしても,豆乳1ml 当たり0.1mg にも満たない量(0.7μmol×132.16(オルニチンの分子量)≒0.09mg)のオルニチンが生成されるのみであるから,上記乙B16の記載のとおり,豆乳の大豆固形分含量が10%であることや発酵後に乾燥して粉末にすることを考慮しても,実施例1において,乾燥重量1gあたり8mg 以上のオルニチンが生成されていると認めることはできない。
そして,前記アを含め,乙B16には,その試験例の記載をみてもオルニチンの生成についての示唆はなく,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を用いて,豆乳を発酵原料として,乙B16の試験例1の条件に従って行われた実験結果(甲15)をみても,オルニチンの生成量は乾燥重量1g当たり8mg 未満であった。
そうすると,相違点A4が乙B16に記載されているに等しいということはできない。
(ウ) 進歩性について 乙B16のその余の記載を検討しても,ラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036)を用いて,ダイゼイン配糖体,ダイゼインおよびジヒドロダイゼインからなる群から選ばれる少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料(豆乳,ダイゼイン含有基礎培地など)を発酵処理することにより,乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンを生成することを示唆する記載はない。
そもそも乙B16には「オルニチン」に関する記載が全く存在しないから,乙B16発明においてオルニチンの生成量を一定以上とするために,発酵原料の組成や培養条件等を設定しようとする動機付けがあったということもできない。
そうすると,相違点A4について,乙B16発明に基づいて当業者が容易に想到することができたということはできない。
(エ) 被控訴人らの主張について 146 a 被控訴人らは,乙B16の試験例1において産生されるオルニチンの量について,発酵物の乾燥重量1g当たり11.4mg と計算される旨主張する。
被控訴人らの主張は,本件明細書の【表3】においてアルギニンからオルニチンへと100%(変換率約159%)を優に超える変換がなされていることを前提とするものであるところ,本件明細書の【表3】は,粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス 20-92株(FERM BP-10036 号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った結果を示したものであるのに対し(本件明細書の【0225】,乙B16の試験例では,ラクトコッカス 20-92 株(107-109/g)をBH )Iブロス(増殖用液体培地(基礎培地))5mL 中で嫌気的条件下,37℃で24時間培養した後,基礎培地で希釈し,ダイゼイン含有基礎培地(BHIブロスにダイゼインを 10μg/mL となる量で添加したもの),牛乳および豆乳の各 5mL と混合して培養しており,発酵原料及び発酵条件が異なる。そして,発酵原料や培地中の固形成分の含有量により発酵物の乾燥重量が大きく変化し得るので,発酵原料が変わると乾燥重量1g当たりのオルニチンの量も変化するから,発酵原料として大豆胚軸溶液を用いた場合と豆乳を用いた場合で発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンの産生量は大きく変化し得る。また培養条件が異なるとアルギニンからオルニチンへの変換率も異なり得る。
そうすると,乙B16の試験例におけるオルニチンの産生量を推定するに当たって,本件明細書の【表3】を前提とすることが相当であるということはできない。
b また,被控訴人らは,乙B16の図3(1)の再現実験(乙B56の1)において, 「ダイゼイン10mg/L」の場合,オルニチン産生量は,発酵物の乾燥重量1g当たり13.7mg であったから,乙B16発明のオルニチン生産量は発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上である旨主張する。しかし,控訴人が行った再現実験(甲15)では,オルニチンの産生量は発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 未満であり,これについては,両実験における培養前の培地中のアルギニンとオルニチンの 147 量が相違することによる影響も考えられ,これらの実験について,どちらか一方のみに信用性を疑わせる事情があるものではないところ,乙B16の試験例では培地とするBHIブロスの組成が特定されていない以上,乙B16発明においては,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが産生されるとは限らないというほかない。
そうすると,乙B16発明は「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンを産生するもの」であるということはできない。
c さらに,被控訴人らは,乳酸菌においては,生育不良等が生じないようにするために,アルギニンを添加することによってpHの低下を防ぐことは,本件優先日よりも前から当業者にはよく知られた事実であったとも主張する。しかしながら,証拠(乙B83)によると,アルギニンの添加によってpHの低下を防ぐというのは,乳酸菌がアルギニンからオルニチンとアンモニアを遊離させることから,アンモニアの遊離によりpHを上昇させることを機序とするものと認められるところ,証拠(甲56(「レンサ球菌の分類と病原性」魚病研究 17(1), 1982, p.1-10,)・表5,甲57(FEMS Microbiology Letters 144, 1996, p.135-140)・Table2)によると,乳酸菌が必ずしもアルギニンジヒドロラーゼ活性(ADH)を有する,すなわち,アルギニンからオルニチンとアンモニアを遊離させるものということはできないから,一般的に,乳酸菌にアルギニンを添加してpH低下による生育不良等を防止することが技術常識であると認めることはできない。
d 被控訴人らは,早晩公衆に利用可能となる物・方法については,実施する際の意図に違いがあったとしても,独占権を認めてまで創作のインセンティブを与える必要はないから,本件訂正発明と全く同一の技術的思想に想到することが動機付けられる必要はなく,物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することが動機付けられれば十分であるとも主張する。
そこで検討するに,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明することができたかどうかを判断する場合には,@主引用発明又は副引用 148 発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,A適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断するのが相当であるところ(知的財産高等裁判所平成28年(行ケ)第10182号・第10184号同30年4月13日判決参照),これは,引用発明に周知技術を適用して本願発明を容易に発明することができたかどうかを判断する場合にも妥当する。そして,進歩性の有無は,基準日時点での容易想到性により判断すべきであって,動機付けの有無を検討するに当たり,早晩公衆に利用可能となるか否かというような不確実かつ技術的内容には関係のない事情をもって,特許権を付与して保護を与えるか否かの判断に影響を与えるべきとはいえない。
また,仮に被控訴人らの主張を前提としても,本件においては,乙B16にはそもそもオルニチンについての記載や示唆もないから,物又は方法の面において客観的に同一といえる技術に想到することの動機付けもないと言わざるを得ず,相違点A4について当業者が容易に想到できないとの判断を左右しない。
エ 無効理由4についての結論 したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明が乙B16に記載されているに等しいと認めることはできず,また,乙B16発明に基づいて当業者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできない。
よって,被控訴人らの主張する無効理由4は理由がない。
(5) 争点2-5(無効理由5(乙B19の1に基づく新規性欠如・乙B19の1を主引例とする進歩性欠如)の有無)について ア 乙B19発明について (ア) 乙B19の1には次の記載がある(なお,訳文は乙B19の1の翻訳に相当する乙B19の2によった。以下,乙B19の2記載の表現による乙B19の1を単に「乙B19」という。。
) 149 【0001】 本発明は,鏡像異性のエクオール化合物,すなわち,S-エクオールおよび R-エクオールの製造および単離,および哺乳類およびヒトの疾患や体の異常の治療に用いる鏡像異性のエクオール化合物を含む食品および医薬組成物に関する。
【0065】 S-エクオールの生合成 従来の食品技術を利用して,S-エクオールはバルクで製造することができ,また種々の食品においては現場で製造できる。ダイゼインやダイゼインを誘導できる他のイソフラボン誘導体を含むベース培養液,食物製品または植物抽出物を提供できる。ダイゼインまたは他のイソフラボンは,標準的なバクテリア性または酵素発酵プロセスによって S-エクオールに変換でき,S-エクオールを含有するバルク溶液や食物製品,または植物抽出物を提供できる。
【0066】 食物製品としての S-エクオールの製造は,ダイズイン,ダイゼイン,ホルモノネチンまたはプエラリンまたはそれらの共役物または混合物等の充分なスタート物質を含む食物に繁殖するバクテリアの代謝活動を利用することによって達成できる。
図 2 に示すように,ダイゼインのエクオールへの変換は,3 つの主なステップを含む:1) グルコシド共役基の加水分解;2)イソフラボンアグリコンのジヒドロ中間体への変換;および 3)ジヒドロ中間体のエクオールへの変換。3 つのステップの各々に必要な代謝経路および酵素は,必ずしも 1 つのバクテリアに現れるわけではない。ヒトの研究事例ではこれらの反応を行うことに関連して作用するひとつかそれ以上のバクテリアがしばしば存在するということが示唆される。これらの研究では,エクオールは,少量であるかほとんど検出されないかも知れないが,ジヒドロダイゼインは,しばしば大量に血漿および尿に存在するという事実が証明された。
エクオールは単一の微生物によってダイゼインから製造されるかも知れないが,それぞれに固有の代謝の特徴を持つバクテリア種の混合物を使う時,よりよいまたは 150 更に効率的な変換を達成することができると思われる。S-エクオールへの効果的な変換をするための重要な条件には,バクテリア微生物または微生物の混合物,培養温度および微生物が利用できる酸素の量の選択などが含まれる。これらの状態は,当業界に精通した人々によく知られている技術によって最適化できる。この反応を遂行するために使う微生物は,食品工業で使用される標準的な技術によって不活性化でき,またはその製品において活性状態であり続けることが可能である。
【0067】 ダイゼインおよび/または他の構造的に S-エクオールに関係するイソフラボン,または中間複合物を変換する過程で有用なバクテリアは,バクテリアの菌種や「エクオール産生者」であるヒトやウマ,齧歯類,または他の哺乳類の胃腸管にコロニーを作ることが見出されたバクテリアの菌種を含むことができる。哺乳類の腸内バクテリアは,糞便で見出されるので,エクオール産生バクテリアもまたエクオール産生哺乳類の糞便中に見出せる。
【0068】 発酵過程で有用な典型的なバクテリアは,最適変換速度およびエクオールの生合成を効率的に行うことを示すべきである。
【0069】 典型的にはダイゼイン(または他の関連イソフラボン)を中間体を通じて S-エクオールへ変換するために,一つ以上のバクテリア菌種が必要である。その反応は,一般に 3 つの主な反応のうちの 1 つ以上を含む:イソフラボングリコンからアグリコンイソフラボンへの変換;アグリコンイソフラボンからジヒドロイソフラボンへの変換 およびジヒドロイソフラボンから産物エクオールへの変換である。
; 例えば,ウマの糞尿から単離した微生物の混合培養液および「エクオール産生者」として知られるヒトの胃腸管から単離した混合培養液は,インビボで行うようにグリコンダイセインを最終生成物である S-エクオールに変換することができる。
【0070】 151 グリコンをアグリコンに変換できる(例えばダイズインをダイゼインに)典型的なバクテリア菌種は,ENTEROCOCCUS FAECALIS,LACTOBACILLUS PLANTARUM,LISTERIAWELSHIMERI, 「エクオール産生者」の哺乳類の腸管から単離された微生物の混合培養物 , BACTERIODES FRAGILIS , BIFIDOBACTERIUM LACTIS , EUBACTRIA LIMOSUM ,LACTOBACILLUS CASEI,LACTOBACILLUS ACIDOpHILOUS,LACTOBACILLUS DELBRUECKII,LACTOBACILLUS PARACASEI , LISTERIA MONOCYTOGENES , MICROCOCCUS LUTEUS ,PROPRIONOBACTERIUM FREUDENREICHII および SACHAROMYCES BOULARDII,およびそれらの混合物を含む。
【0071】 アグリコンをエクオールに(例えばダイゼインをエクオールに)変換できる典型的 なバ ク テ リ ア 菌種 は PROPRIONOBACTERIA FREUNDENREICHII , BIFIDOBACTERIUMLACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS, LACTOCOCCUS LACTIS, ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI および LACTOBACILLUS SALIVARIUS,および「エクオール産生者」の哺乳類の胃腸管から単離された微生物の混合培養物を含む。
実施例5】 【0152】 食品中におけるダイゼインのエクオールへのバクテリア変換 還元環境下でダイゼインを代謝させることができるバクテリアまたはバクテリアの組み合わせを見出す実験において,ほぼ 20 mg/l のダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳の諸試料に,異なるバクテリア単独またはいくつかの微生物の組み合わせを植え付けた。微生物を植えつけた豆乳を 37℃で 42 時間まで嫌気状態で培養した。
実験期間の全体にわたってある時間間隔で試料を抜出し,イソフラボン含有量,特にダイゼイン含有量を分析した。ダイゼインのエクオールへの変換は,時間と共に当該反応物中のダイゼインレベルの低下を伴い,変わりに水素化産物,即ちエクオールが現れる。ダイゼインレベル以外で,イソフラボン含有量の著しい変化は微生物を植えつけた試料のいずれにも見当たらず,このことはイソフラボン(適当な代 152 謝バクテリアが存在しないか不活性である時のダイゼインを含む)の安定性を明示している。結果を表 D に示す。調べた 7 種の微生物を植えつけた試料のうち,4種は全培養期間中ダイゼイン濃度に変化を示さなかった。微生物を植えつけた試料のうちの3種は,水素化化合物の濃度変化に伴ってダイゼインレベルの実質的な低下を示した。この変化に作用した微生物は PROPRIONOBACTERIA FREUNDENREICHII,以下を含む混合培養物:BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS , ENTEROCOCCUS FAECIUM , LACTOBACILLUS CASEI , お よ びLACTOBACILLUS SALIVARIUS,およびウマの糞便から単離した混合培養物であった。
初期レベルのほぼ 50%のダイゼイン減失は,ウマの糞便混合培養物では 15 時間未満で生じ,そして他の2種の培養物では 25 時間までかかった。
【0153】 【表4】 (イ) 乙B19発明の認定 153 上記(ア)のとおり,乙B19の【実施例5】には,「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳」に,「以下を含む混合培養物:BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUSACIDOpHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,および LACTOBACILLUS SALIVARIUS」を植え付けて培養したところ,エクオールが産生したことが記載されている。
そこで,乙B19には,次の乙B19発明が記載されていると認定できる。
「ダイゼインを含むダイゼイン強化豆乳をエクオール産生能力を有する微生物である,BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOpHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,及び,LACTOBACILLUS SALIVARIUS を含む「混合培養物」で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物を製造する方法。」 イ 本件訂正発明と乙B19発明の対比 前記第2の3で引用する原判決5頁13〜20行目記載の本件訂正発明と上記ア(イ)の乙B19発明を比較すると,本件訂正発明と乙B19発明は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する発酵物の製造方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点B1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことが特定されているのに対して,乙B19発明では微生物として「LACTOCOCCUSLACTIS」を含むことが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことは特定されていない点 (相違点B2)本件訂正発明では, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定されているのに対して,乙B19発明では,発酵原料が豆乳を含むダイゼイン含有 154 基礎培地などであることが特定されているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点 (相違点B3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成されることが特定されているのに対して,乙B19発明ではこの点が特定されていない点 (相違点B4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,乙B19発明ではこの点が特定されていない点 (相違点B5)本件訂正発明では,製造される発酵物が粉末状であり,食品素材として用いられるものであることが特定されているのに対して,乙B19発明ではこの点が特定されていない点 ウ 相違点B1について 相違点B1(本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことが特定されているのに対して,乙B19発明では微生物として「LACTOCOCCUS LACTIS」を含むことが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことは特定されていない点)について検討する。
(ア) 乙B19には, エクオール産生能力」を有する微生物として, 「「BIFIDOBACTERIUM LACTIS,LACTOBACILLUS ACIDOPHILUS,LACTOCOCCUS LACTIS,ENTEROCOCCUS FAECIUM,LACTOBACILLUS CASEI,および LACTOBACILLUS SALIVARIUS」の「混合培養物」が開示されているものの,これらのいずれかの微生物がオルニチン産生能力を有することは記載されていない。
この点について被控訴人らは, 「LACTOCOCCUS LACTIS」がアルギニンデイミナーゼ経路を介してアルギニンを代謝し,オルニチンを産生するという「オルニチン産生能力」を有していることは技術常識であったと主張する。ここで,LACTOCOCCUSLACTIS は,かつて,ストレプトコッカス ラクティス(又はラクチス)と呼ばれていたものであるところ(乙B21),乙B20(Journal of Bacteriology, Vol.150,No.3, 1982, p.1024-1032)には,「ストレプトコッカス・ラクティスは,アルギニ 155 ンデイミナーゼ経路を介して,アルギニンを代謝し,オルニチン,アンモニア,二酸化炭素及びATPを産生する」との記載がある。また,乙B78(Journal of DailyResearch, vol.65, 1998, p.101-107)には,「アルギニンの利用促進とシトルリンとオルニチンの放出から,対数増殖後期におけるアルギニンデイミナーゼ経路の活性上昇が推測された」との記載がある。
しかしながら,甲56の表5にあるように,ストレプトコッカス・ラクティスの中にもアルギニンデイミナーゼ経路の活性を有する菌株と有さない菌株があることから(YIT-2003 は ADH+であるが,M-29C は ADH‐である。,ストレプトコッカス・ )ラクティスであることから直ちにオルニチン産生能力を有するものと認めることはできない。
そうすると,乙B19の LACTOCOCCUS LACTIS が,オルニチン産生能力を有する微生物であるか否かは明らかではないというほかない。また,乙B19発明のその余の微生物についても,乙B19にはオルニチン産生能力を有するとの記載はなく,また,本件優先日当時,その旨の技術常識があったと認めるに足りる証拠もない。
したがって,相違点B1について,乙B19に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
(イ) 上記(ア)のとおり,相違点B1は実質的な相違点であるところ,本件優先日当時,当業者は,乙B19の記載から,乙B19記載の微生物のいずれかがオルニチン産生能力を有することを導き出すことはできなかった。
そして,乙B19発明は,鏡像異性のエクオール化合物,すなわち,S-エクオールおよび R-エクオールの製造および単離,および哺乳類およびヒトの疾患や体の異常の治療に用いる鏡像異性のエクオール化合物を含む食品および医薬組成物に関するものであって(乙B19の段落【0001】,乙B19には,オルニチンに関す )る記載は全くなく,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得ること等のオルニチンの産出を示唆する記載もない。
156 そうすると,本件優先日当時,当業者は,乙B19発明から,相違点B1を容易に想到することができたということはできない。
エ 無効理由5についての結論 したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,乙B19発明に基づいて当業者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできないから,本件訂正発明について,乙B19に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとは認められない。
よって,被控訴人らの主張する無効理由5は理由がない。
(6) 争点2-6(無効理由6(乙B24に基づく新規性欠如・乙B24を主引例とする進歩性欠如)の有無)について ア 乙B24発明について (ア) 乙B24の明細書(乙B24の3枚目以降。 「乙B24明細書」 以下 という。)には次の記載がある。
「これらの知見をもとに,本発明者らは更に鋭意研究を重ねた結果,ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物と,ダイゼイン又はこれを含む適当な素材とを組合せた新しい組成物,及び上記微生物にてダイゼインを資化させて得られるエクオールを含む新しい組成物の開発に成功すると共に,それらの摂取が中高年女性の不定愁訴の予防及び緩和に有効であるという事実を発見した。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。(6頁18行〜7 」頁4行) 「本発明によれば,次に,ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオールを含有する,食品形態又は医薬品形態の組成物(以下「エクオール含有組成物」という)が提供される。(7頁11〜15行) 」 「(3)ストレプトコッカス A6G-225 (Streptococcus A6G-225,FERM BP-6437) 157 I.培地上での発育状態 (略) II.生理学的性質 (中略) 以上,菌の形状,生化学的性質,糖資化性及び有機酸産生の各点から,本菌株は,グラム陽性球菌であるストレプトコッカス インターメディアスに分類されるが,その基準株とは,L-ラムノース,D-トレハロースの同化性の点で異なっている。
従って,本発明者は本菌株をストレプトコッカス A6G-225(StreptococcusA6G-225)と命名し,平成9年7月7日に,工業技術院生命工学工業技術研究所に,微工研菌寄第P-16314号として寄託した。尚,このものは,平成10年7月22日に,原寄託よりブタペスト条約に基づく寄託に移管されており,その受託番号は,FERM BP-6437 である。(19頁7行〜23頁5行) 」 「本発明エクオール含有組成物は,上記ダイゼイン含有物,好ましくは大豆イソフラボン又はこれを含有する食素材を基質として利用して,一般的な発酵方法に従い,上記微生物を培養することによって調製できる。
この方法は,より詳しくは,例えば基質を溶液状態にして滅菌した後,これに所定の微生物を添加して,37℃下に,嫌気状態あるいは好気的静置状態で,48〜96時間程度発酵(必要に応じてpH調節剤,還元物質(例えば酵母エキス,ビタミンK1等)を添加できる)させることにより実施できる。
上記培養は,例えばストレプトコッカス インターメディアス菌の場合は,より好ま し くは次の如くして実施できる。即ち,嫌気性菌増殖用の変法GAM 培 地(Modified Gifu Anaerobic Medium)に,基質としてダイゼインを0.01〜0.5mg/mlの範囲で溶解する。予め,変法GAM培地で14時間程度前培養して増殖させた微生物の培養液を,ダイゼインを溶解させた変法GAM培地に接種する。
接種量は培地の1/100容量とする。好気的条件下に,37℃で,48〜96時間静置培養する。
158 本発明は,かかる微生物を利用したエクオールの製造方法をも提供するものである。
上記発酵系内には,更に好ましくは上記微生物の維持,増殖に特に適した栄養成分を含有させることができる。該栄養成分としては,例えば乳果オリゴ糖,大豆オリゴ糖,ラクチュロース,ラクチトール,フラクトオリゴ糖,ガラクトオリゴ糖等のオリゴ糖を例示できる。これらの配合量は,特に限定されるものではないが,通常本発明組成物中に1〜3重量%程度配合される量範囲から選ばれるのが好ましい。
かくして,所望のエクオール含有培養物が得られる。(27頁21行〜29頁7 」行) 「本発明のエクオール含有組成物は,上記の如くして得られるエクオール含有培養物又は単離されたエクオールを利用して,これを更に必要に応じて適当な他の食素材等を適宜配合して,適当な食品形態乃至医薬品形態に調製することができる。
上記食品形態としては,例えば飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等を例示できる。(29頁13〜19行) 」 「実施例3 発酵豆乳凍結乾燥粉末の調製 ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)約107個/mlの1mlを用いて,豆乳100gを37℃で24時間乳酸発酵させて,エクオールを生成させた。これを凍結乾燥して粉末とした。粉末中のエクオール含量は,0.1〜0.3重量%であった。
上記粉末を用いて,下記処方の各成分を秤量混合して,発酵豆乳凍結乾燥粉末形態の本発明組成物を調製した。
発酵豆乳凍結乾燥粉末 2.2g賦形剤 適量ビタミン・ミネラル 適量香料 適量全量 20g 159 尚,賦形剤としては,コーンスターチ17gを用いた。(32頁7行〜20行) 」 (イ) 乙B24発明の認定 上記(ア)のとおり,乙B24には,「ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオールを含有する,食品形態又は医薬品形態の組成物(エクオール含有組成物)が提供される。」こと(乙B24明細書の7頁11〜15行),上記微生物の培養は,「変法GAM培地」を用いで実施することが好ましいこと(27頁21行〜29頁7行),食品形態の例としては, 「飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等」があげられること(29頁13〜19行),実施例3として,「ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」を用いて,「豆乳」を乳酸発酵させて,「エクオールを生成」させ,「凍結乾燥して粉末とした」ところ,「粉末中のエクオール含量は,0.1〜0.3重量%」すなわち,乾燥重量1g当たり1〜3mg であったこと(32頁7〜20行)が記載されている。
以上の各記載からすると,乙B24には,次の乙B24発明が記載されていると認定できる。
「基質としてダイゼイン,例えば豆乳を含む発酵原料を変法GAM培地でエクオール産生能力を有する微生物であるストレプトコッカス インターメディアス菌,特にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)で発酵処理することを含む,エクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,粉末状の発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg〜3mg のエクオールを生成し,前記発酵物が,例えば飲料,乳製品,発酵乳,バー,顆粒,粉末,カプセル,錠剤等の食品形態として用いられる,製造方法。」 イ 本件訂正発明と乙B24発明の対比 前記第2の3で引用する原判決5頁13〜20行目記載の本件訂正発明と上記ア(イ)の乙B24発明を比較すると,本件訂正発明と乙B24発明は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1 160 種のダイゼイン類を含む発酵原料をエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,エクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって,該発酵物が食品素材として用いられるものである製造方法。 である点で一致し, 」 次の点で相違すると認められる。
(相違点C1)本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことが特定されているのに対して,乙B24発明では微生物が「ストレプトコッカスインターメディアス菌,特にストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)」であることが特定されているものの,当該微生物が「オルニチン産生能力を有する」ことは特定されていない点 (相違点C2)本件訂正発明では, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」にアルギニンを添加し,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することが特定されているのに対して,乙B24発明では,変法GAM培地で発酵することが特定されているものの,ダイゼイン類にアルギニンを添加し発酵原料がアルギニンを含むものであることは特定されていない点 (相違点C3)本件訂正発明では,オルニチンを含有する発酵物が生成することが特定されているのに対して,乙B24発明ではこの点が特定されていない点 (相違点C4)本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,乙B24発明ではこの点が特定されていない点。
ウ 相違点 C4について 所論に照らし,相違点C4(本件訂正発明では,発酵処理により乾燥重量1g当たり1mg 以上のエクオール及び8mg 以上のオルニチンが生成されることが特定されているのに対して,乙B24発明ではこの点が特定されていない点)について検討する。
(ア) 新規性について 161 乙B24発明では,本件明細書の【0032】に記載されている微生物ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)が用いられているものの,乙B24には,同微生物を用いた発酵処理によりオルニチンが得られることやその産生量についての記載がない。
被控訴人らは,乙B24の開示するストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)及び変法GAM培地を用いて培養を行うことで得られる発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチン量は,25.4mg であるから,相違点C4は乙B24に記載されているに等しいと主張するが,被控訴人らは,ダイゼインを発酵原料として変法GAM培地を用いて本培養を行い,培地中のアルギニンが100%オルニチンに変換されることを前提として上記オルニチンの量を算出しているのに対し,乙B24においては,乙B24発明の前提となる実施例3としてストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)を用いた培養が記載されているところ(乙B24の明細書32頁7〜20行),同実施例においては,ストレプトコッカスA6G-225(FERM BP-6437)約107個/mlの1mlを用いて,豆乳100gを37℃で24時間乳酸発酵させて,エクオールを生成させ,これを凍結乾燥して粉末としており,ダイゼインを発酵原料とするものではなくまた本培養に変法GAM培地が用いられているものではないから,上記被控訴人らの算出は,その前提とする条件が同実施例とは異なる。そして,同実施例において,仮に前培養に変法GAM培地が用いられており,これを含むストレプトコッカスA6G-225の1mlと豆乳100gが発酵されており,前培養で用いられた変法GAM培地に含まれるアルギニンが変換されてオルニチンが産生されていたとしても,豆乳の量に比べて,前培養における変法GAM培地に由来する量が少ないことや乾燥後の粉末に含まれる豆乳由来の固形物の量を考慮すれば,同実施例とは発酵原料や培地等が異なる条件を前提とした被控訴人らの上記算出をもって,同実施例により生成される発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチン産生量が8mg以上になると認めることはできない。
162 そして,控訴人が乙B24の実施例3に基づいて行ったとされる実験の結果(甲60・実験報告書。もっとも同実験では,本培養に豆乳及び変法GAMブイヨンを混合して使用しており,実施例3とは本培養の培地が異なる。)によると,オルニチンの生成は認められたものの,その量は乾燥重量1g当たり約0.15〜0.16mg であったことからしても,実施例3により,乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成されていると認めることはできない。
また,乙B24には,ストレプトコッカス インターメディアス菌を用い,変法GAM培地に基質としてダイゼインを0.01〜0.5mg/mlの範囲で溶解し,予め変法GAM培地で14時間程度前培養して増殖させた微生物の培養液を,ダイゼインを溶解させた変法GAM培地に接種し,好気的条件下に,37℃で,48〜96時間静置培養する旨の記載もあるが(27頁21行〜29頁7行) 同培養方法に ,ついては,アルギニンからオルニチンへの変換率や具体的な培養条件が必ずしも明らかではなく,被控訴人らの上記算出の前提に沿った条件であるということはできないから,同記載をもって,同培養方法により乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成されることが記載されているということはできない。
そうすると,相違点C4が乙B24に記載されているに等しいということはできない。
(イ) 進歩性について 上記(ア)のとおり,乙B24には,発酵処理により乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成されることの記載がない(記載されているに等しいということもできない)が,加えて,乙B24発明が,ダイゼインを資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を,ダイゼイン含有物に作用させて得られるエクオール含有組成物を提供する(乙B24明細書7頁11〜15行)ものであって,乙B24にはオルニチンに関する記載が全くなく,何らの示唆もないことからすると,当業者が,乙B24発明において,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg 以上のオルニチンが生成するように培養条件等を変更しようとすることを想起したということはでき 163 ない。
そうすると,相違点C4について,乙B24発明に基づいて当業者が容易に想到することができたということはできない。
エ 無効理由6についての結論 したがって,その余の相違点について検討するまでもなく,本件訂正発明が乙B24に記載されているに等しいと認めることはできず,また,乙B24発明に基づいて当業者が本件訂正発明を容易に想到することができたと認めることもできない。
よって,被控訴人らの主張する無効理由6は理由がない。
(7) 争点2-7(無効理由7(本件特許に係る特許出願の分割要件違反を前提とする乙B2による新規性進歩性欠如)の有無)について ア 被控訴人らは,本件訂正発明の採用する@「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いる構成,A「アルギニンを添加する」という構成,B「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン」を生成するとの構成は,いずれも分割出願直前の出願当初の明細書等である当初明細書に記載がなく,特許法44条1項の「2以上の発明を包含する特許出願の一部を1又は2以上の新たな特許出願とする」の要件を満たさないと主張する。そこで,本件訂正発明の上記@〜Bの構成が,当初明細書に記載された事項の範囲内であるか検討する。
イ 当初明細書(乙B47)には,次の記載がある。
【0036】 また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下, 「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には, 164 大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5〜3重量部程度が例示される。なお,オルニチン・エクオール産生微生物としては,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法により得ることができる。オルニチン・エクオール産生微生物は,例えばラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,その具体例としてラクトコッカス 20-92(FERM BP-10036 号)が挙げられる。
【0050】 また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアルギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg 程度が例示される。
【0091】 エクオールを含む発酵物は,エクオール産生微生物を用いて公知の方法に従って発酵することにより製造される。具体的には,エクオール産生微生物を,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵に供される原料)に接種し,該微生物の生育環境下で発酵(培養)させることにより,エクオールを含む発酵物を得ることができる。
【0093】 また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが 165 好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクローブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい。
【0226】 原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3に示す。この結果からも,ラクトコッカス 20-92 株によって大豆胚軸を発酵させることにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認された。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が同程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
166 【0228】 【表3】 ウ @「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いる構成について 前記イのとおり,当初明細書の段落【0091】には,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物」との記載,段落【0093】には,「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではない」との記載があるから,当初明細書において,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料として用いる構成が記載されているということができるから,上記@の構成は当初明細書に記載された事項の範囲内にあると認められる。
167 エ A「アルギニンを添加する」という構成について 前記イのとおり,当初明細書の段落【0036】には,「特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下,「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。」との記載があり,段落【0226】には「大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。」との記載がある。これらからすると,当初明細書には,発酵原料にアルギニンを添加することが記載されているといえるから,上記Aの構成は,当初明細書に記載された事項の範囲内にあると認められる。
オ B「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン」を生成するとの構成について 前記イのとおり,当初明細書の段落【0050】には, 「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg 程度が例示される。」との記載があり,発酵物の乾燥重量1g当たり8〜15mg のオルニチンが含まれることが好ましい旨の記載があるところ,上記Bの構成は,当初明細書に例示された「8〜15mg」のうちの下限値により特定したものということができる。
そして,段落【0093】に「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが好適である。「大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んで 」いるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい。との記載があることから, 」大豆胚軸は「ダイゼイン類を含む原料」の一例に当たると認められるところ,上記段落【0050】は, 「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用い 168 た場合のオルニチンの含有量について記載したものであると解される。
そうすると,上記Bの構成は,当初明細書に記載された事項の範囲内のものということができる。
カ 無効理由7についての結論 したがって,@〜Bの構成はいずれも当初明細書に記載された事項の範囲内にある。そして,前記イの各記載は本件原出願の再公表広報(乙B2)における【発明の詳細な説明】の段落【0034】 【0048】 【0089】 【0091】 【0224】【0226】 【表3】の各記載と同一であるから,@〜Bの構成は,本件原出願の明細書等に記載された事項の範囲内にあるといえ,さらには,本件原出願から分割出願した特願2013-108439号,さらにその一部を分割出願した特願2016-156372号の各明細書等に記載された事項の範囲内にあると推認できる。
そうすると,本件出願は,適法に分割されたものと認められるから,本件原出願の出願日である平成20年6月13日に出願したものとみなされる。
ところで,乙B2は上記出願日よりも後の同年12月18日に国際公開された文献であるから,乙B2を根拠として本件訂正発明について新規性進歩性要件違反であるとすることはできない。
よって,被控訴人らの主張する無効理由7は理由がない。
(8) 争点2-8(無効理由8(本件明細書について,委任省令要件違反)の有無)について ア 委任省令要件について 特許法36条4項1号の委任する特許法施行規則24条の2は,発明の詳細な説明の記載について,「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない」と規定するところ,被控訴人らは,本件明細書からはオルニチンを用いた本件訂正発明が,どのような課題をどのように解決したか明らかでないこと,「発酵物の乾燥重量1g当 169 たり」「8mg 以上のオルチニン」という数値限定に対応する課題も効果も,本件明細書に記載がなく,当業者において本件訂正発明の課題やその解決手段を認識することはできないから,上記委任省令要件違反である旨主張する。
イ 本件明細書の記載について そこで検討するに,前記1(1)のとおり,本件明細書の【0226】には,「アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス 20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。」との記載があり, 【0228】 【表3】にも,発酵により,アルギニンからオルニチンが生成することが示されている。また,【0050】には,「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用いた場合のオルニチンの含有量について,「エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg 程度が例示される。」と記載されており,当業者は,本件訂正発明は,この好ましい量の下限を採用したものであると理解できる。
これらからすると,当業者は,本件訂正発明の技術上の意義は,ラクトコッカス20-92 株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることを明らかにし,エクオール及びオルニチンを含有する発酵物(オルニチンの含有量は乾燥重量1g当たり8mg 以上)の製造方法を提供したことにあること及び発酵処理によりこれを解決することが理解できるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載には,当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているということができる。
ウ 被控訴人らの主張について 被控訴人らは,本件明細書の【発明が解決しようとする課題】の【0010】においてオルニチンに係る記載がないことを指摘するが,上記のとおり,特許法施行規則24条の2は,「発明の詳細な説明の記載」に係る規定であるから,本件明細 170 書全体の記載から理解できれば足り,必ずしも,発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が「発明が解決しようとする課題」の項目に記載されている必要はない。
エ 無効理由8についての結論 以上のとおり,本件明細書は,特許法36条4項1号において委任する経済産業省令(特許法施行規則24条の2)の要件を満たしているといえる。
よって,被控訴人らの主張する無効理由8は理由がない。
(9) 争点2-10(無効理由10(特許法39条2項後段)の有無)について ア 分割発明1及び4について 控訴人は,令和3年3月8日,特願2018-147514の分割出願(特願2021-36323。優先権主張の基礎出願は本件特許と同じ。)をし,同出願は,同年6月1日,特許第6892972号(請求項の数は6)として登録された。
同特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項4には次の記載がある。(乙B88)【請求項1】オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法であって ,ダイゼイン類及びアルギニンを,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含み,前記発酵物は,その乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有し,前記ダイゼイン類が,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種を含む ,前記製造方法
【請求項4】前記発酵物が,食品素材として用いられるものである ,請求項1〜3のいずれか1に記載の製造方法
171 イ 本件訂正発明と分割発明4の対比 本件訂正発明と上記特許の特許請求の範囲請求項4記載の発明(分割発明4)を比較すると,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種ダイゼイン類 とアルギニンを含む発酵原 料 をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発 酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法であって,前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有し,及び,前記発酵物が食品素材として用いられるものである, 前記製造方法。」である点で一致し,次の点で相違すると認められる。
(相違点E1)本件訂正発明では「少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること」が規定されているのに対し,分割発明 4ではそのような特定がないこと (相違点E2)本件訂正発明は「粉末状の発酵物」であることが規定されているのに対し,分割発明4ではそのような特定がないこと ウ 相違点E1について 一般に,同日に,2つの発明についてそれぞれ出願がされた場合に,一方の発明の他方に対する相違点が,周知技術,慣用技術の付加,削除,転換等を施したものに相当し,かつ,新たな効果を奏するものでない場合には,両発明 は特許法39条2項の「同一の発明」に当たる。
本件についてみると,本件訂正発明においては,ダイゼイン類にアルギニンを添加することが規定されているところ,本件明細書の【0226】にあるように,本件訂正発明の発酵処理によりアルギニンがオルニチンに変換されるから,アルギニンを添加することにより,オルニチンの生成量が増加するという新たな効果を奏するということができる。
そうすると,その余の点につき検討するまでもなく,本件訂正発明 と分割発 172 明4は同一の発明ということはできない。また,分割発明1についても 相違点E1が存在するから,その余につき検討するまでもなく,本件訂正発明 と分割発明1は同一の発明ということはできない。
エ 無効理由10についての結論 よって,被控訴人らの主張する無効理由10は理由がない。
なお,控訴人は,被控訴人ダイセル無効理由10の主張及び乙B88号の証拠申出は時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきであると主張するが,訴訟の経過に照らし,被控訴人ダイセルの当該主張及び証拠の申出により訴訟の完結を遅延させるとは認められないから,上記控訴人の時機後れに係る主張は採用できない。
4 争点4(被控訴人AMCについて差止・廃棄請求の必要性)について 被控訴人AMCは被控訴人原料を使用した被控訴人製品は在庫も含めて全て売却しており,今後,製造・販売するおそれはないから,控訴人の被控訴人AMCに対する請求は棄却するべきであると主張する。
しかしながら,被控訴人AMCが上記主張の根拠として提出した証拠は,被控訴人従業員の作成した陳述書(乙A2)に尽き,現時点において在庫が存在しないことを的確に認めるに足りる証拠はない。そして,少なくとも,令和3年7月以前に被控訴人AMCが被控訴人製品を製造・販売していたことについては関係する当事者間に争いがないことに照らすと,被控訴人AMCが被控訴人製品を全く所持していないと認めるに足りない。さらに,被控訴人AMCが製品の名称を変更せず,また,広告内容を変更していないと認められること(控訴人と被控訴人AMC間で争いのない事実)などに照らすと,被控訴人AMCが,今後,被控訴人製品を製造・販売するおそれがないとまではいうことができない。
したがって,被控訴人AMCに対する主位的請求である差止・廃棄請求については理由があるというべきである。
なお,控訴人は,被控訴人AMCの被控訴人第1準備書面における主張並びに乙A1及び乙A2の証拠申出は時機に後れているから却下すべきであると主張するが, 173 被控訴人AMCの当該主張及び証拠の申出により訴訟の完結を遅延させるとは認められないから,上記控訴人の時機後れに係る主張は採用できない。
5 結論 よって,控訴人の主位的請求はいずれも理由があるから認容すべきところ,原判決中主位的請求を棄却した部分は失当であり,本件控訴には理由があるから,原判決中控訴人の主位的請求を棄却した部分を取り消してこれを全部認容することとし,仮執行宣言については,被控訴人製品の廃棄にこれを付すのは相当でないから,被控訴人製品の譲渡等の限度でこれを付することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 勝又来未子