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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ25576特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成19ワ4544特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成20ワ12516損害賠償請求事件 判例 特許
平成15ワ18472特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成16ワ20636特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  技術的特徴 /  択一的 /  実施料相当額 /  原出願日 /  出願経過 /  技術的意義 /  均等 /  置き換え /  同一の作用効果 /  容易に想到(容易想到性) /  意識的除外(意識的に除外) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  同意 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (ワ) 4204号 特許権侵害差止等請求事件
原告 有限会社かわら技研
訴訟代理人弁護士 谷口由記 田村展靖 冨田典良
訴訟代理人弁理士 渡邉三彦
被告 株式会社鶴弥
訴訟代理人弁護士 後藤昌弘 川岸弘樹
訴訟代理人弁理士 松原等
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2005/12/15
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
1 被告は,別紙物件目録(1)ないし(3)記載の防災平板瓦を製造し,販売してはならない。
2 被告は,原告に対し,4100万円及びこれに対する平成17年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第1項及び第2項につき仮執行宣言
事案の概要
本件は,後記特許権を有する原告が,被告の製造販売する瓦は同特許権に係る特許発明技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,@同特許権に基づき,その製造販売の差止め,A同特許権侵害不法行為に基づき,原告が被った合計4100万円の損害賠償及びこれに対する平成17年5月19日(本件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
1 前提事実(争いがないか弁論の全趣旨により認められる。) (1) 原告は,下記の特許権の特許権者である。
(以下,この特許権を「本件特許権」といい,同特許権に係る特許発明を「本件発明」という。また,本件発明の特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。) 発明の名称 係止耐風厚平形瓦 出願日 平成14年9月25日 出願番号 特願2002-278992 分割の表示 特願平6-226339の分割 原出願日 平成6年9月21日 公開日 平成15年4月9日 公開番号 特開2003-105926 登録日 平成16年10月22日 特許番号 特許第3608054号 特許請求の範囲 桟覆部と差込受部との同段葺き合わせ部分がほぼ瓦1枚の厚さに納まる葺き合わせ構造をとる厚平形系瓦において,差込受部の頭部側端に水返しにより導水帯と分離され,かつ瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部を形成し,尻部側の中央付近に尻切欠部を形成してこの上面部分に瓦表面より高い裏面部分を有する係止突起を形成してなる瓦であって,葺き合わせたとき斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止することを特徴とする係止耐風厚平形瓦。
(2) 本件発明は,次のとおり分説される。
A 桟覆部と差込受部との同段葺き合わせ部分がほぼ瓦1枚の厚さに納まる葺き合わせ構造をとる厚平形系瓦において, B 差込受部の頭部側端に水返しにより導水帯と分離され,かつ瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部を形成し, C 尻部側の中央付近に尻切欠部を形成してこの上面部分に瓦表面より高い裏面部分を有する係止突起を形成してなる瓦であって, D 葺き合わせたとき斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止する E ことを特徴とする係止耐風厚平形瓦。
(3) 被告は,商品名を「スーパートライ110タイプT」,「スーパートライ110タイプU」,「スーパートライ110タイプV」という3種類の瓦を製造販売している(以下順に「イ号物件」,「ロ号物件」,「ハ号物件」といい,これらを総称して「被告物件」という。)。
被告物件はいずれも本件発明の構成要件A及びEを充足する。
2 争点 (1) 被告物件の構成 (2) 被告物件は本件発明の技術的範囲に属するか。
構成要件Bの (ア) 「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成」との要件について (イ) 「瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部」との要件について イ 構成要件Cの「尻切欠部」との要件について ウ 構成要件Dの「葺き合わせたとき斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止する」との要件について (3) 本件特許権に係る特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(特許法104条の3の抗弁) (4) 損害額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告物件の構成)について 【原告の主張】 被告物件の構成は,別紙物件目録(1)ないし(3)(以下,「原告物件目録」と総称する。)記載のとおりである。
【被告の主張】 被告物件の構成は,別紙イ号物件目録(被告提出),同ロ号物件目録(被告提出),同ハ号物件目録(被告提出)(以下,「被告物件目録」と総称する。)記載のとおりである。
2 争点(2)ア(ア)(構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成」との要件)について 【原告の主張】 (1) 本件発明の係止受部の位置について,特許請求の範囲には差込受部の「頭部側端」と記載されてはいるが,ここにいう「頭部側端」の意義は,厳密に瓦の頭部のラインの側端を意味するものではなく,それより若干尻側に寄った位置を含む概念である。すなわち,本件発明においては,斜め上段側瓦Z1の係止受部2cが斜め下段側瓦Zの尻切欠部8内の係止突起3c下方に装入され,同係止突起3cが斜め上段側瓦Z1の係止受部2cを抑止することから,構造上必然的に上段側瓦Z1と下段側瓦Zとの重なり部分ができる。そして,この重なり部分を広くとると,すなわち係止受部が尻部側に寄りすぎると,上段側瓦と下段側瓦の重なり部分が多くなって,結果的には多くの瓦が必要となり不経済となって好ましくなくなり,逆に頭部側に寄りすぎると瓦の重なり部分が狭くなって,瓦の使用枚数が少なくなるものの,雨水が瓦の重ね部分から屋根裏へ漏れる恐れが生ずることになり,瓦の機能を果たさなくなる。したがって,本件発明では,このバランスを上手にとるようにして,係止受部の位置が頭部側端から頭尻側方向へ最適の位置にくるように設けられている。このために構造上必然的に係止受部は厳密に瓦頭部ラインより若干尻側に寄った部分に位置することになるが,本件発明においてはそれを「頭部側端」と記載しているのである。
被告物件では,原告物件目録のとおり,差込受部の頭部側端より少し尻側の側方に係止受部を形成しているが,上記観点からすれば,本件発明の係止受部2cと同じ実質的に同じ位置にあるといえ,構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成し」との要件を充足する。
(2) これに対し被告は,被告物件の係止受部は,3方の水返しによって導水帯と分離され,したがって,一側方と上方の2方向にのみ開口した係止受部であるので,本件発明のような3方向に開口した係止受部とは異なり,後方からの差込みによっては係止しないと主張する。
しかしまず,被告物件のこの3方の水返しによって導水帯と分離されて2方向にのみ開口した係止差込部は,特開昭63-130849公報(甲7の補3)に記載されている公知の技術であり,被告が生み出した技術ではない。
また,本件発明は,係止突起を係止受部に差し込む時に,尻部側から頭部側方向への差込みのみならず,横方向からの差込みが可能となり,瓦施工時の作業範囲が拡大し,作業能率が向上する利点を有しているのに対して,被告物件は,係止突起を係止受部に差し込む時に,一側方からの差込みによってのみ係止し,後方からの差込みによっては係止し得ないとしても,抑止及び振れ止めという効果を奏する点において変わりはないから,被告物件は本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。
(3) 仮に被告物件が構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成」との要件を文言上充足しないとしても,均等が成立する。
ア 本件発明特有の解決手段を基礎付ける技術思想の中核をなす特徴的部分は,上段瓦の係止受部が下段瓦の係止突起によって係止されることであり,係止受部を導水帯と区分する水返しが2方か3方かの違いは上記課題解決の技術的特徴とは直接関係がなく,したがって,その相違部分は特許発明の非本質的部分である。
イ 本件発明は水返しが2方であるが,これを3方のものに置き換えたとしても,本件発明の目的である上段瓦の係止受部を下段瓦の係止突起により係止させるという目的を達成することができ,同一の作用効果を奏する。
ウ 被告物件の3方の水返しによって導水帯と分離されて2方向にのみ開口した係止受部は,前記特開昭63-130849公報(甲7の補3)に記載されている公知の技術にほかならず,当業者であれば,被告物件の製造等の時点において,容易に想到できた。
エ 被告物件は,本件発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではない。
オ 被告物件の前記構成が本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はない。
【被告の主張】 (1) 本件発明にいう「頭部側端」は文字どおり頭部の側端であり,前側端(エンド)の位置を意味している。これに対し被告物件では,被告物件目録記載のとおり,係合差込部が設けられているのは「頭部側端を残してそれよりも尻側に位置する途中部」であり,より具体的には,頭部の側端よりも尻側へ,イ号物件で約4p,ロ号物件で約1.5p,ハ号物件で約3.5pの各範囲には係合差込部のない一般の差込部を設け,さらにその尻側に位置する途中部に係合差込部を形成している。したがって,被告物件は,本件発明の構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成し」との要件を文言上充足しない。
(2) また,本件発明の係止受部は,「頭部側端」に形成されることから,2方の水返しにより導水帯と分離され,したがって前方と一側方と上方の3方向に開口した係止受部である。そして,このことから本件発明では,係止受部が,係止突起に対して,一側方からの差込みによる係止と,後方からの差込みによる係止との両方が可能である。
これに対して被告物件の係合差込部は,「途中部」に形成した係合差込部であることから,3方の水返しにより導水帯と分離され,したがって一側方と上方の2方向にのみ開口した係止受部である(前方には開口していない)。このため,被告物件では,係合差込部が係合凸部に対して一側方からの差込みによってのみ係合でき,後方からの差込みによっては係合できない。
したがって,本件発明と被告物件とは作用効果上の相違があり,この点からも被告物件は,本件発明の構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成」との要件を文言上充足しない。
(3) 原告は均等の主張をするが,次のとおり均等は成立しない。
ア 本件発明では,本件明細書の【0010】の記載に照らし,「頭部側端に形成」された係止受部2cが振れ止め係止に重要な部分であるから,被告物件の「途中部に形成」との相違点が本件発明の本質的部分ではないとはいえない。
イ 本件発明と被告物件とでは,上記(2)記載の作用効果上の相違があるから,本件発明の「頭部側端に形成」を,被告物件の「途中部に形成」と置き換えても特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏するとはいえない。
3 争点(2)ア(イ)(構成要件Bの「瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部」との要件)について 【原告の主張】 被告物件は,原告物件目録の〔A-A断面図〕に示すとおり,瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部を具備している。また,被告物件目録の図面においても,ロ号物件とハ号物件の【A-A断面図】は,瓦裏面とほぼ同レベルの表面を有する係合差込部(係止受部)を具備していることを示している。イ号物件の【A-A断面図】は,ロ号物件及びハ号物件に比較すると,レベルの一致度合いがよくないものの,同様にほぼ同じレベルの範囲内に収まっている。
したがって,被告物件は,本件発明の構成要件Bの「瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部」との要件を充足する。
【被告の主張】 被告物件目録の【A-A断面図】,【上記のA-A断面図の部分拡大図】に補助線を付して示したとおり,被告物件の係合差込部の表面のレベル(図中の赤線)は,いずれも瓦裏面のレベルとは異なる。したがって,被告物件は,本件発明の構成要件Bの「瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部」との要件を充足しない。
4 争点(2)イ(構成要件Cの「尻切欠部」との要件)について 【原告の主張】 (1) 「切欠」とは,「広辞苑」によれば,「@部材接合のため切り取った部分。A水量測定のため,堰板から切り取った長方形または三角形の部分。ノッチ。
B材料力学において,材料の縁(へり)に局部的にできたへこみ部。ノッチ。」の3通りの意味が記載されている。そして,ノッチ(notch)とは,「岩波新英和辞典」によれば「@V字形の切込み(くぼみ)。A刻み目。B隘路,峽谷。C階段,程度。」の4通りの意味が記載されている。これらからみて,本件発明の「切欠」とは,その技術分野の技術常識に鑑みれば,部材接合のため切り取った部分ではないことが明白であり,「材料の縁(へり)に局部的にできたへこみ部」と解釈するのが適切である。
(2) また,本件明細書及び図面には,「尻切欠部」に関して,次の記載がある。
@ 「尻部側の中央付近に尻切欠部を形成してこの上面部分に瓦表面より高い裏面部分を有する係止突起を形成してなる瓦であって」(特許請求の範囲の前記構成要件C,【0010】) A 「係止受部2cは尻切欠部8内係止突起3c下方に装入され」(【0010】) B 【図10】ないし【図14】,特に【図13】及び【図14】 これらのうち,まず@の「尻切欠部を形成してこの上面部分」ということから,「尻切欠部」に上面部分があることになる。「尻切欠部」は空間であるので現実には物体との境界面である係止突起3cの裏面部分が上面部分に相当する。したがって,「尻切欠部」は係止突起3cの裏面部分より下側空間を指していることになる。
次に,Aは,「尻切欠部8内で且つ係止突起3c下方に係止受部2cが装入され」という意味であるから,「尻切欠部8」の内部には係止受部2cが装入される程度の空間がなければならないことになる。また,その係止受部2cが装入される程度の空間は,係止突起3c下方でなければならない。
さらに,【図10】,【図11】,【図12】,【図14】から明らかなように,「尻切欠部8」の引出線は,瓦の尻部側の中央付近表裏を貫通する部分と共に係止突起3cの裏面部分より下側空間をも示している。そして,【図13】,【図14】によく現れているように,瓦表面と該瓦表面より高い係止突起3cの裏面部分との間の尻切欠部8内に係止受部2cが装入されて斜め上方に位置する瓦Z1が係止されるのである。
以上のように,本件明細書及び図面全体を通じて体系的に解釈すれば,「尻切欠部」の意味は,別紙「尻切欠部概略図」(原告)の斜線で示すように,係止突起3cの裏面部分の下側空間を指すものであると解すべきである。
(3) このような「尻切欠部」は,係止突起を形成する瓦の製造工程において,型の原料であるやわらかい粘土を形崩れしないように維持しつつ係止突起を形成するために下方から支える型枠によって必然的に生ずる形状であり,型枠の形状によって,「へこみ部」が深くなれば本件発明の実施例のように表裏を貫通したものになり,「へこみ部」が浅ければ被告物件のように浅い凹部となるのであって,いずれも係止突起を形成する際に型枠によって必然的に生ずる形状である点において共通したものである。
(4) 以上によれば,被告物件の「尻切欠部」は,原告物件目録の背面図,斜視図及び〔B-B断面図〕によく表われているように,凹部となっているが,このような被告物件の尻切欠部は,「材料の縁(へり)に局部的にできたへこみ部」が浅く凹んだ形状になっただけのもので,本件発明の構成要件Cの「尻切欠部」の要件を充足する。
【被告の主張】 原告は,本件発明の特許出願手続中で提出した意見書(乙1)において,「本件発明の「尻切欠部8」は,瓦の製造時において,尻部側の中央付近に瓦表面より高い裏面部分を有する係止突起3Cを粘土の状態で形成する際にその裏面部分を支える型枠によって必然的に生ずる切欠部である。もし,この型枠がなければ,係止突起3Cは形状を維持できず形成されない。」と主張している。この主張に基づいて本件発明の係止突起の形成方法を図示すると,別紙「尻切欠部概略図」(被告)のようになる。すなわち,同図(a)のとおり,型枠が,瓦の尻端面よりも頭部側へ入り込んだ部位を,下から上へ貫通して係止突起の裏面部分を支えるものであるからこそ,同図(b)のように脱型する際にその型枠によって瓦に「必然的に生ずる」切欠こそが尻切欠部であるというのであるから,本件発明の「尻切欠部」は「尻端面から頭部側へ向かって切り欠かれて上下に貫通する」ものというべきである。
これに対し,被告物件は,上記のような,尻端面から頭部側へ向かって切り欠かれて上下に貫通する尻切欠部を具備していない。なお,被告物件には,別紙「尻切欠部概略図」(被告)の(c)に示すような浅い緩やかな凹みが見られるが,この凹みが上記のとおりの尻切欠部に当たらないことは明らかである。この浅い緩やかな凹みは,前後に駆動される丸棒状の押圧成形部によって係止凸部の差込空間が形成される際に,押圧成形部の下端湾曲面が瓦の上面を僅かに摺ってできたものにすぎず,この下端湾曲面による凹みがなければ係止凸部を形成することができないというものではない。
したがって,被告物件は,本件発明の構成要件Cの「尻切欠部」との要件を充足しない。
5 争点(2)ウ(構成要件Dの「葺き合わせたとき斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止する」との要件)について 【原告の主張】 (1) 本件発明において,葺き合わせたときの斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止する状態が本件明細書添付図面の【図12】及び【図13】に開示されており,原告物件目録の〔使用状態図〕に開示されているところを比較すると,両者は全く同一の構成である。
(2) 被告は,第1に,被告物件の係合差込部(係止受部)は2方向にのみ開口しているので,後方(尻部側)からの差込みによっては係止し得ないと主張する。
確かに,本件発明は3方向に開口しているので後方(尻側)からの差込みは可能である。このことは,被告物件のほうがその分だけ施工の制限を受けるデメリットを有しているだけのことであって,同じ係止であることに何ら変わりはない。
被告は,第2に,被告物件は3方の水返しがあるので前後方向(頭尻方向)のずれを防止できるのに対し,本件発明は2方だけの水返しであるので前方向(頭部側方向)のずれを防止できないと主張するが,水返しは水が係止受部に入らないように区切るために設けられたものであるから,係止受部の下流側(頭部側)に水返しを設けていない本件発明のような2方の水返しであっても,何ら不都合はないのである。また,仮に何らかのメリットがあったとしても,被告物件の3方の水返しは,先に原告の特許出願により公知となった技術と同じであり,本件発明との差異を主張できるものではない。 以上のことから,被告が主張する被告物件と本件発明の構成要件Dとの差異は何ら根拠がない。
【被告の主張】 (1) 本件発明の構成要件Dにいう「係止」とは,前記のとおり頭部側端で前方と一側方と上方の3方に開口した係止受部が,係止突起に対して,一側方向からの差込みによる係止と,後方からの差込みによる係止との両方が可能であることを意味する。
また,本件発明の構成要件Dにいう「振れ止め」とは,上記係止時の一側方向とは反対の他側方向へのずれ(振れ)を止めること,かつ,係止突起の後の端面が後方の水返しに当接して上段側瓦の前方向のずれ(又は相対的に見て下段側瓦の後方向のずれ)のみを止めるが,係止受部が前方に開口していることから,上段側瓦の後方向のずれ(又は相対的に見て下段側瓦の後方向のずれ)は止められないことを意味する。
(2) これに対し,被告物件における「係合」は,争点(2)ア(ア)における被告の主張のとおり,途中部で一側方と上方の2方にのみ開口した係合差込部が,係合凸部に対して,前記一側方からの差込みによってのみ係合するというものであって,後方からの差込みによっては係合し得ない。したがって,かかる「係合」は本件発明の構成要件Dの「係止」とは異なる。
また,被告物件における「振れ止め」は,前記係合時の一側方向とは反対の他側方向へのずれを止め,かつ係合凸部の前後2つの端面が前記3方のうちの前後2方の水返しに択一的に当接して前後両方向のずれを止めるというものである。
したがって,かかる前後両方向の「振れ止め」が,本件発明の構成要件Dの上段側瓦の前方向のずれ(又は相対的に見て下段側瓦の後方向のずれ)防止という片方向だけの「振れ止め」とは異なる。
したがって,被告物件は本件発明の構成要件Dの「葺き合わせたとき斜め下段側瓦の係止突起が斜め上段側瓦の係止受部を抑止し振れ止め係止する」の要件を充足しない。
6 争点(3)(特許無効)について 【被告の主張】 本件発明は,公知文献である特開昭63-255452号公報(乙11)及び特開昭63-130849号公報(乙12)に記載された発明に基づいて容易に発明することができたから,本件発明に係る特許は,特許法123条1項2号,29条2項により,特許無効審判において無効とされるべきものである。
【原告の主張】 被告の主張は争う。
乙第11号証には本件発明の構成要件B及びCが記載されていない。また,乙第12号証には本件発明の構成要件B,C及びDが記載されていない。そして,乙第11号証は並列葺きの瓦についての発明であり,乙第12号証は千鳥葺きの瓦についての発明であるから,両者を組み合わせることは実際上できない。また,仮に乙第11号証の発明を千鳥葺きの瓦に適用することができたとしても,乙第12号証は本件発明とは構成及び作用効果が異なることから,それらから本件発明を容易に発明することができたとはいえない。
7 争点(4)(損害額)について 【原告の主張】 (1) 被告は,平成16年10月22日から平成17年4月22日までの間,被告物件を合計1800万枚(月間製造販売枚数は各100万枚×3種類×6か月)を1枚当たり代金100円で販売した。
原告が本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額は少なくとも1枚当たり2円を下らないから,原告は,被告に対し,特許法102条3項に基づき,被告物件の販売について自己が受けた損害として,実施料相当額合計3600万円の賠償を請求する権利を有する。
(2) 原告は,被告に対する本件特許権侵害訴訟の追行を専門家である原告訴訟代理人らに委任したものであり,その着手金及び報酬は,被告の本件特許権侵害行為と相当因果関係にある損害であり,その額は合計500万円とするのが相当である。
【被告の主張】 争う。
当裁判所の判断
1 争点(2)ア(ア)(構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成」との要件)について (1) 原告は,原告物件目録における被告物件の「係止受部」が本件発明の「係止受部」に相当すると主張しているところ,同物件目録によれば,被告物件の「係止受部」は,頭尻方向に延びる差込受部の頭部側の端部から若干(被告の主張によれば約1.5pないし約4p)尻側に寄った位置に設けられており,この「係止受部」の更に頭部側に水返しと導水帯が設けられている。そして,この点は,被告物件目録における「係合差込部」についても同様である。
このような被告物件における「係止受部」ないし「係合差込部」が,本件発明の構成要件Bの「差込受部の頭部側端」に形成されたとの要件を充足するかを検討する。
(2) この点についてまず,本件発明の特許請求の範囲における「差込受部の頭部側端」との文言を見る限りでは,ここにいう「頭部側端」とは,A:差込受部の頭部端部分の側端の意味(これによれば,係止受部の更に頭部側には何も存在しないことになり,係止受部は頭部方,側方及び上方の3方向に開放されていることになる。)に理解することが自然ではある。しかし,「頭部」の意味の理解次第では,B:差込受部の頭部端を含む頭部側寄りの部分の側端の意味(これによれば,係止受部の更に頭部側に導水帯や水返しが設けられてもよく,係止受部は側方と上方の2方向に開放されていれば足りることになる。)にも理解することも可能ではある。
(3) そこで次に本件明細書(甲2)の記載を検討する。
本件明細書の「産業上の利用分野」の項では,「この発明は,瓦の差込受部の頭部側に抑止(注:係止の誤記と認める。)受部を,尻部側に係止突起を設けて,瓦のずれと浮きを防止する構造に関する。」(【0001】)とあって,係止受部の位置が抽象的に記載されているにすぎない。また,「実施例」の項では,「差込受部Uの頭部T側端に水返し6により導水帯1と分離して瓦裏面とほぼ同じレベルの表面を有する係止受部2cを形成し」(【0010】)とあるのみで詳しい記述はなく,【図10】では,係止受部が差込受部の最も頭部側寄りの部分の側端に設けられている例が示されている。そして,他に本件明細書において係止受部の位置について言及されている箇所は存しない。
これらの本件明細書の記載からすると,係止受部の位置として本件明細書で具体的に開示されているのは前記Aの態様のものに限られているから,上記特許請求の範囲の文言の自然な理解を併せ考慮すると,「頭部側端」の意義を前記Aのように理解するのが素直である。
(4) さらに,本件発明の出願経過の点から検討する。
ア 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 特許庁審査官は,平成15年11月14日,本件発明の特許出願に対し,2つの理由を示して拒絶理由通知をしたが,そのうちの理由Bは,本件発明は,出願当時の公知文献(乙11,12)から当業者が容易に発明することができたものであるというものであった(乙8)。
(イ) これに対し原告は,平成16年6月7日,意見書を提出し,前記理由Bについて意見を述べたが,その中に次のような記載がある(乙1)。
「引用文献2の凹欠部1は,第4図(3)によく現れているように,瓦の頭部-尻部方向に下向きに形成された欠切形状を有するため,これに嵌入する係止突起2aの先端の小突起3aは,尻部側から頭部側方向への一方向からの差し込みによってのみしか係合できない。
これに対して,本願発明の係止突起3Cは,〔図13〕〔図14〕によく現われているように,その裏面が瓦の表面より高い位置にあり,しかも,係止突起3Cの頭部から尻部側方向へは開放貫通し,しかも尻部側の一方向側も開放しているため,尻部側から頭部側方向への差し込みのみならず横方向からの差し込みが可能となるので,瓦施工時の作業範囲が拡大し,作業能率が向上する利点がある。」 (ウ) 本件発明は,この意見書の提出後に特許査定された。
イ 上記ア(イ)の意見書の記載は,直接には本件発明の「係止突起」の技術的意義について述べたものであり,本件発明においては,拒絶理由通知の引用文献2と異なり,係止突起が「その裏面が瓦の表面より高い位置にあり,しかも,係止突起3Cの頭部から尻部側方向へは開放貫通し,しかも尻部側の一方向側も開放している」という構成を有することから,「尻部側から頭部側方向への差し込みのみならず横方向からの差し込みが可能となる」という作用効果を奏すると述べたものである。しかし,本件発明では,「係止受部2cは尻切欠部8内係止突起3c下方に装入され」る(本件明細書【0010】)ものであるから,上記意見書で述べられた本件発明の作用効果のように,「尻部側から頭部側方向への差し込み」が可能となるためには,係止突起が前記のような構成であることに加え,係止受部の頭部側が開放されていることが必要であり,また「横方向からの差し込み」が可能となるためには,係止受部の側方が開放されていることが必要となる。このように,上記意見書の記載は,係止受部の位置が前記Aの態様のものであることを前提に,それと係止突起の構成を組み合わせることによって奏する作用効果を本件発明の作用効果として主張したものと認めるのが相当である。
(5) 以上の諸点を考慮すると,本件発明の構成要件Bの係止受部が「差込受部の頭部側端」に形成されているということの意味は,係止受部が差込受部の頭部端部分の側端に形成され,頭部方,側方及び上方の3方向に開放されていること(前記A)をいうと解するのが相当である。
この点について原告は,係止受部の位置については,上段瓦と下段瓦の重なり部分をバランスよくとるために,瓦の厳密な頭部ラインより若干尻側に寄った部分に位置するのが構造上の必然であり,瓦の厳密な頭部ラインに沿って設けられる必要はないと主張する。しかし,この主張は,係止受部の位置が瓦の流水面の頭部ラインに対する関係で若干尻側に寄るのが必然的であるとの限度では合理性を有するといえるが,係止受部が頭部方に開放されていなくともよいことを何ら理由づけるものではない。
また原告は,係止受部が側方と上方にしか開放されていない構成は甲第7号証の「補3」により「凹部7」として開示されており,公知技術であるから本件発明の技術的範囲に含まれると主張する。しかし,同文献中の「凹部7」が本件発明の「係止受部」に相当するものか否かの点を措くとしても,そもそもある構成が公知技術であることとそれが本件発明の技術的範囲に属するか否かとは別の問題であるから,原告の主張は採用できない。
そうすると,前記のような被告物件における「係止受部」ないし「係合差込部」は,原告の主張する被告物件の構成によっても,被告の主張する被告物件の構成によっても,本件発明の構成要件Bの「差込受部の頭部側端に…係止受部を形成し」との要件を文言上充足しないというべきである。
(6) また,この要件について原告は均等の主張もする。
しかし,被告物件では,係止受部の頭部方が開放されていないことから,原告が前記意見書で主張した「尻部側から頭部側方向への差し込みのみならず横方向からの差し込みが可能となる」との本件発明の作用効果を奏しない。したがって,本件では,作用効果の同一性がないため,原告の均等の主張は成り立たないというべきである。
この点について原告は,被告物件においても,上段瓦の係止受部を下段瓦の係止突起により係止させるという目的を達成することができるから,同一の作用効果を奏すると主張する。しかし,本件発明がこの作用効果に加え,上記のような「尻部側から頭部側方向への差し込みのみならず横方向からの差し込みが可能となる」との作用効果を奏するものであることは原告が前記意見書で主張したところであり,本件発明はその意見書の提出を受けて特許査定を受けたものであるから,本件発明と被告物件との構成の作用効果の同一性を検討するに当たり,同意見書記載の作用効果を無視することは許されないというべきである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
したがって,原告の均等の主張は理由がない。
(7) 以上より,被告物件は,その余の構成要件充足性について判断するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属しない。
2 よって,原告の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中俊次
裁判官 高松宏之
裁判官 西森みゆき