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関連審決 無効2002-35389
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  公然知られ(29条1項1号) /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  参酌 /  信義則 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 343号 審決取消請求事件
原告 株式会社東洋精米機製作所
訴訟代理人弁理士 小原英一
被告 株式会社サタケ
訴訟代理人弁護士 牧野利秋
同 鈴木修
同 伊藤玲子
同 嶋田英樹
訴訟代理人弁理士 増井忠弐
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2002-35389号事件について平成15年6月24日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「精製米」とする特許第2897603号の特許(平成5年6月30日出願(以下「本件出願」という。同出願に係る願書に添付された明細書と図面とを併せて,「本件明細書」という。甲第2号証は,登録時におけるその内容を示す特許公報である。),平成11年3月12日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
被告は,平成14年9月17日,本件特許をいずれの請求項についても無効にすることについて,審判を請求した。特許庁は,これを,無効2002-35389号事件として審理し,その結果,平成15年6月24日,「特許第2897603号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本を,同年7月4日,原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 請求項1 精白した米粒表面における複数の縦方向筋状溝部分中の大条溝部分に米組織のセル隔壁表面端が露出し,顕微鏡等の観察によりセル隔壁側面の一部または全部が見える状態に精白並びに除糠をしてなる精製米。
(2) 請求項2 顕微鏡等の観察によりセル底面の一部または全部がみえる状態に精白並びに除糠をしてなる請求項1の精製米。
(以下,上記各発明を上記の順に「本件発明1」,「本件発明2」といい,まとめて呼ぶときは「本件発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書写し記載のとおりである。要するに,平成5年1月10日付け米穀新聞広告紙面(審判甲第5号証の2・本訴甲第5号証の2,以下「甲5の2新聞広告」という。),同年3月4日付け米穀新聞広告紙面(審判甲第5号証の3・本訴甲第5号証の3,以下「甲5の3新聞広告」という。),同年6月10日付け米穀新聞広告紙面(審判甲第5号証の4・本訴甲第5号証の4,以下「甲5の4新聞広告」という。),同年1月11日付け商経アドバイス紙広告紙面(審判甲第6号証・本訴甲第6号証,以下「甲6新聞広告」という。),同年3月4日付け商経アドバイス紙広告紙面(審判甲第6号証の2・本訴甲第6号証の2,以下「甲6の2新聞広告」という。),同年6月7日付け商経アドバイス紙広告紙面(審判甲第6号証の3・本訴甲第6号証の3,以下「甲6の3新聞広告」という。上記各新聞広告をまとめて「本件各新聞広告」という。)に記載された精製米と,本件発明1及び2とは実質的に同一のものであり,また,本件発明の精製米は市場に流通していたから,本件発明は,本件出願前に日本国内で頒布された刊行物に記載されたか,公然知られたかの発明となり,本件特許は特許法29条1項1号又は3号に違反して登録されたものである,とするものである。
原告の主張の要点
原告が,本件発明の構成の一部,すなわち,BG法(ブラン(bran,糠)でグライン(grind,削る)する方法の意味)と呼ばれる糠で糠を除去する方法により製造した無洗米の構成の一部を,断片的情報として,本件各新聞広告で公表したことは認める。しかし,本件発明の構成のすべてを上記刊行物に記載したものではない。また,本件特許の実施品を本件出願前に販売した事実はない。すなわち,本件発明を,公然知られる状態にしたことも,刊行物に記載したこともない。
審決は,この点の認定判断を誤ったものであるから,取り消されるべきである。
1 本件発明の特徴及びその開発の経緯等 (1) 原告は,縦方向筋状溝部分中の大条溝部分(以下単に「大条溝部分」ということもある。)の米組織の糠成分を取り除いてセル隔壁表面端を露出させ,請求項1あるいは請求項2に記載された状態にすると,無洗米として,食味等が従来にない良好なものとなる(セル隔壁が残存することにより,美味となる。)ことを発見して,本件発明に至ったものである。
従来,食味を向上させるためには,米粒表面の縦溝の糠を取り去るべきである,という限りでの,抽象的な認識は存在していた。しかし,そこで取り去る糠として考えられていたのは,果皮,種皮,糊粉層から成る糠層である。これらを取り去った後の更に下にも,澱粉貯蔵細胞のセル隔壁内に糠成分(原告が「肌糠」と命名した,粘性の高い糠)があり,これを取り,かつ,セル隔壁を残すことが,食味の向上に寄与する,ということは知られておらず,したがって,これをいかにして実現するかという課題も存在しなかった。原告は,糊粉層より更に奥の澱粉貯蔵細胞にも糠があること,セル隔壁の側部や底部を残すことが食味の向上に寄与することを発見した上で,本件発明に想到したものである。
本件発明は,要するに,大条溝部分の澱粉貯蔵細胞の天蓋のみを除去し,そのセル(細胞)隔壁を残しつつ,セル内の肌糠を除去した,全く新しい型の精白米(精製米)である。
(2) 平成元年,原告は,同年3月に出願した特許(水洗式無洗米)の実施品の製造を開始した。しかし,これは見本を出荷する程度のものであった。この無洗米は,本件発明と異なり,大条溝部分の米組織のセル隔壁表面端が露出し,そのセル隔壁の側面の一部又は全部がみえる状態にまでは,精白並びに除糠がなされていないものであった。
(3) その後,原告(厳密には,本件発明の発明者A(原告の代表取締役,以下「A」という。))は,上記水洗式無洗米を改良する過程で,平成3年,糠洗法(糠で洗った後,水で洗う方法)を開発し,これらを更に改良して,平成4年秋ころ,水洗式により本件発明を実現し,さらに,同年末ころ,BG法により本件発明を実現するに至った。そして,原告は,本件発明の構成の一部を本件各新聞広告で公表し,本件出願に至った。
本件発明の実施品の供給は,二本松市のプラント(トーヨーライスセンター)が操業を始めた,平成6年4月以降である(甲第19号証)。
2 本件発明1が特許法29条1項3号に該当するとの認定判断の誤り (1) 本件各新聞広告には,研いでも水が濁らないとする米肌の,1000倍の顕微鏡写真(3葉の写真のうち,いずれも最も紙面中央寄りのもの,以下「本件写真」という。)が公開されているだけである。これからは,本件写真に写っているのが,大条溝部分なのか,それ以外の部分の米肌なのか,あるいは,大条溝部分であるとして,その米組織のセル隔壁表面端であるのか全く分からない。どの部分がセル隔壁,糠成分,大条溝等に該当するかの説明もなされていない。これでは,本件発明1が開示されていることにはならない。
審決も,少なくとも,「前者は精白並びに除糠した後の精製米の状態を「精白した米粒表面における複数の縦方向筋状溝部分中の大条溝部分に米組織のセル隔壁表面端が露出し,顕微鏡等の観察によりセル隔壁側面の一部または全部が見える状態」と限定しているのに対して,後者には,この点が具体的に記載されていない点」(甲第1号証12頁4行目〜8行目)では,本件発明と,本件各新聞広告記載の精製米とは相違する,と説示している。
(2) 特許出願前の文献における開示内容の認定は,その頒布時における技術常識参酌して,記載してあるに等しい事項か否かにより判断される。また,広範囲な調査の後でのみ得られる情報は,一般知識とみなすことはできない。これらのことは,特許庁の審査基準においても認められているところである(甲第12号証)。
本件各新聞広告には,本件写真の被写体が,大条溝部分のものであることについても,その米組織のセル隔壁表面端が写っていることについても,これを明示する記載はもちろん,これを示唆する記載もない。
本件出願当時,縦溝部分の糠の残留状況を顕微鏡により観察することも,一般的ではなかった(乙第3号証の顕微鏡写真は,大条溝部分に関するものではない。その他,本件全証拠をみても,本件明細書及び本件写真以外で,大条溝部分を写したものは存在しない。)。
(3) 原告は,本件出願において,平成5年1月1日付け米穀新聞広告(甲第5号証)を添付して,特許法30条1項の適用を申し出た。しかし,審査官は,拒絶理由を通知し,その理由として,本件発明1の精製米と,甲第5号証に記載された精製米との同一性について疑義があるとしている。この審査官の判断は正当である。
このことからも,本件各新聞広告に本件発明1の構成のすべてが開示されているわけではないことは,明らかである(甲第9号証)。
(4) 上記拒絶理由通知に対する意見書(甲第10号証,以下「本件意見書」という。)において,原告は,甲第5号証の新聞広告に,本件発明が開示されていると主張した。審決が,本件各新聞広告に本件発明1の構成が開示されているとする根拠は,この甲第10号証だけである。
審決は,原告が,上記意見書において,甲第5号証に本件発明1の構成が開示されているとしながら,本件各新聞広告には開示されていないと主張するのは,信義則に反する,としている。
しかし,そもそも,上記意見書での原告の主張は採用されていない。また,本件は,特許法29条1項3号の先行引用刊行物の記載内容の認定の問題である。もともと記載されていない構成が,原告が記載されていると主張したことによって記載されていることになる,などということはあり得ない。
(5) 被告は,本件各新聞広告に開示されている内容を理解するに当たり考慮に入れるべき,当業者が有している技術常識を認定する証拠として,乙第1号証ないし第3号証を挙げる。
乙第1号証ないし第3号証に記載されているのは,精白度が本件出願時よりはるかに低かった時代のものである。精白度が低い場合だからこそ,除糠しにくい凹部の縦溝部の残糠が問題となるのである。精白度が高ければ,当然,縦溝部の除糠も行われることになる(もっとも,炊飯米に糠臭がするのは,縦溝部に糠が残っているためと考えられていた。)。したがって,精白度が高くなっていた本件出願時には,縦溝部の除糠が問題となる,とする技術思想は存在しなかった。
本件出願時には,除糠の対象は,無数で微細な陥没部や,洞穴状の胚芽の抜け跡と考えられていた(甲第34号証)。本件各新聞広告の写真を見た当業者は,それが,上記各部位を被写体とするものと理解するのである。
乙第2号証は,NMG染色法(水洗した精米を試薬に浸し,その色の変化により糠の剥離度を判定する。)について言及している。本件各新聞広告の写真はいずれも白黒写真であるから,NMG染色法の知見を有している当業者がこれをみても,糠の剥離度の判定はできない。
また,乙第2号証では,除去すべき糠層とは,糊粉層,種皮,果皮のことである,としている。これらをすべて取り除けば,必然的に,凹部の縦溝部も,それ以外の平坦部も,同じくセル組織などない平面的なものになるはずである(そのようになることについて,本件出願前の精白米の表面の顕微鏡写真を掲載する甲第32号証参照)。このような乙第2号証による知見のある当業者といえども,本件各新聞広告掲載の写真を見ただけで,それが大条溝部分であると認識することは不可能である。
(6) 被告が挙げる東京高判昭和53年11月22日の判決は,発明の全構成が開示されている事案である。本件とは事案が異なる (7) 原告は,本件特許の特許願(甲第7号証,以下「本件特許願」という。)に添付された図8の写真は,本件発明の精製米(ただし,BG法ではなく水洗式によるもの)の大条溝部分の写真であること,本件特許願の図3は,図8の写真を線画で模式的に表現して,各部位を明確に説明したものであること,甲第5号証等の新聞広告の3葉の写真のうち,紙面最も中央寄りの写真は,本件特許願の図8の写真と同一のものであることを認める。
3 本件発明1が特許法29条1項1号に該当するとの判断の誤り (1) そもそも,前記のとおり,本件各新聞広告に掲載されている無洗米と,本件発明とは同一でない。また,本件各新聞広告は,本件発明1の構成すべてを開示しているものでもない。
(2) 審決は,本件各新聞広告は,「広く消費者向けを意図して掲載されたものである」(9頁1行目),としている。
しかし,これらの広告を掲載している米穀新聞,商経アドバイスは,いずれも米穀業者(米の生産者,販売者)を対象とする業界紙である。審決の上記認定は誤っている。
(甲第15号証,第16号証) (3) 審決は,このような誤った認定を一つの根拠として,本件特許の実施品が,本件出願当時消費者に販売されていたとの結論に至っている。しかし,そのような事実はない。
1で述べたとおり,原告が,本件特許の実施品を流通に置いたのは,平成6年4月以降である。
甲第8号証(農林水産技術研究ジャーナル・平成14年2月1日発刊)には,原告(正確には,A)が平成3年にBG法を完成させた,との記載がある。しかし,前記のとおり,原告は平成3年以降も糠を用いる洗米法の研究改良を続け,その結果,本件出願時までに,本件発明1を完成させ,平成6年4月以降に生産を開始したのである。同じ「BG法」により精米されている無洗米といっても(平成6年より前に実施されていた方法は,厳密にはBG法ではなく「糠洗法」である。),平成6年4月以前のものは,本件発明の無洗米ではない。
平成6年4月まで,本件特許の精製米が大量生産されなかったのは,無洗米の品質に対する不信感と,平成5年の記録的な米の凶作との影響で,業界全般に新たな設備投資をしようという意欲が薄かったためである(原告は,基本的に,精製米そのものを製造販売する会社ではなく,精製米を製造する機械を製造販売する会社である。したがって,機械が売れなければ,本件特許の実施品が流通することもない。)。
(甲第18号証,第19号証,第23号証) (4) 審決は,本件各新聞広告の存在から,「一般に自社が生産,販売に係わる食料品を消費者向けに新聞紙面に広告を出す場合には,すでにその製品が生産,販売されていたか,あるいは,少なくとも広告掲載日からそれほど時を経ずしてその製品が販売されたと考えるのが社会常識であり,かつ,本件の場合,平成5年1月1日から本件特許の出願日である平成5年6月30日までの間に米穀新聞及び商経アドバイス紙に頻繁に広告を出していた事実からすれば,少なくとも本件特許の出願前に上記新聞広告の「トーヨーの無洗米」が消費者に販売され,公然に知られたものになっていたと認めるのが相当である。」(9頁2行目〜9行目),としている。
本件各新聞広告は,米穀業者に対し,原告の精米装置を宣伝するものである。一般に,このような宣伝がなされたからといって,その精米装置により製造された精製米が市場に流通していることになるものではない。しかも,本件発明1の場合,具体的事情として,前記のとおり,無洗米の品質の不評,凶作(及びそれに先立つその兆候)の影響で,業者の設備投資の意欲は低く,原告の精米装置は売れなかったことから,原告は,自社工場を完成させ,平成6年4月に至って操業を開始した,ということがあるのである。
審決は,無洗米の開発成功を宣伝しておきながら,その後1年以上実際の製品が販売されていないとするのは不自然である,としている。しかし,製品の開発の完了を新聞等で宣伝してから,実際の製品の市場への投入まで時間がかかっている例は珍しくない(甲第24号証ないし第27号証,第29号証ないし第31号証)。
(5) 被告は,本件出願前に,本件発明1の精製米が原告から出荷されたことについて,これを証明する証拠(原告の機械により生産された精製米の顕微鏡写真等,本件発明1との同一性を証する証拠)を提出していない。
4 本件発明2について 本件発明2は,本件発明1を引用するものである。本件発明1につき,本件出願時に,公然知られていたとも,刊行物に記載されていたとも認めることができない以上,本件発明2についても,本件出願時に,公然知られていたとも,刊行物に記載されていたとも認めることはできない。
本件発明2にも,特許法29条1項1号又は3号に係る無効理由はない。
被告の主張の要点
1 原告の主張1(本件発明の特徴等)に対して (1) 原告は,本件発明の精製米の特徴,精製方法の改良過程について縷々述べている。
しかし,本件明細書には,セル隔壁を残すことが米の食味を向上させるなどとは,どこにも記載されていない。本件明細書には,糠の除去を徹底させることが述べられているのである。セル隔壁への言及も,「セル隔壁側面の一部または全部が見える状態に精白並びに除糠をしてなる精製米」(請求項1)等,それ(糠の除去の徹底)との関連においてなされているにすぎない。事実としても,セル隔壁が,米の食味に影響するということはない。澱粉貯蔵細胞中に,何らかの糠成分が存在する,ということもない。
(乙第5号証,第6号証,第9号証ないし第10号証) 本件発明は物の発明である。どのような方法により精製された精製米でも,本件発明の特許請求の範囲に記載された構成を備える限り,それは,本件発明と同一である。
(2) 日常,家庭で洗米された後の精白米表面は,本件発明の精製米のそれと同様の状態になっていることを付言する(乙第4号証)。
2 原告の主張2(本件発明1が特許法29条1項3項に該当するとの認定判断の誤り)に対して (1) 特許法29条1項3号の適用があるとするためには,ある文献に当該技術思想の内容,すなわちその構成が記載されていれば足りる。その目的,作用効果等についてまで記載されていることは要しない(東京高判昭和53年11月22日参照・判例タイムズ383号145頁参照) 必要な開示の程度については,「特許出願前に頒布された刊行物にある技術的思想が記載されているというためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が刊行物をみるならば特別の思考を要することなく容易にその技術的思想実施しうる程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であると解される。・・・本願発明は物の発明であるから,物としての同一性を判断するに当たって,これと対比される刊行物の記載には物の構成が開示されておれば十分とすべきであって,さらに進んで,その物を製造する具体的な方法(あるいは,そのような具体的な方法を得る手掛かり)まで開示されている必要は必ずしもない」(東京高判平成3年10月1日・判例時報1403号104頁),と解すべきである。
(2) 本件各新聞広告の写真には,本件発明2の,精白米の大条溝部分が,米組織のセル隔壁表面端が露出した状態になっている構成,すなわち,顕微鏡等の観察によりセル底面の一部又は全部が見える状態まで除糠されている構成が開示されている。
本件発明2の構成が開示されている以上,本件発明1の構成も開示されていることは明らかである。
(3) 精米工程において,最も糠を取るのが困難な部分は,精白米の縦溝部分であること,完全精米の要件は,縦溝の糠層をほぼ完全に剥離すること,縦溝の中でも,米粒の側面の背部に近い溝が最も深く,ここが大条溝と呼ばれる溝であること,完全精米であるか否かの判定は,縦溝の糠の残り方に着目して行うことは,本件各新聞広告が掲載された当時における当業者の常識であった(乙第1号証ないし第3号証,第8号証)。
原告も,本件意見書において,同様のことを述べている。そのことが,本件各新聞広告掲載当時の当業者の技術常識を認定する一つの根拠となり得ることは当然である。これは,信義則の問題などとは関係のないことである。
(4) 本件各新聞広告には,写真の説明として,「米肌の顕微鏡写真」,「1000倍」との記載も付されている。米肌を顕微鏡で観察することは,本件出願当時周知の技術である(乙第3号証)。
以上のとおりであるから,当業者が,本件各新聞広告の写真が,大条溝部分のものであると容易に認識できたことは明らかである。
3 原告の主張3(本件発明1が特許法29条1項1号に該当するとの認定判断の誤り)に対して (1) 前記のとおり,本件各新聞広告により,本件発明の構成は,公然と知られるに至った。本件発明の実施品が市場に出回っていたか否かは,そもそも問題にならない。
(2) しかし,あえてこの点に目を向けると,実際には,本件発明の実施品は,本件出願当時市場において流通していた。
甲第8号証は,原告自身が作成したものである。そこには,無洗米の生産量が,平成3年の100トンから,平成5年の4900トンへと,順調に増えていることが記載されている。原告は,平成5年に米不足があり,そのため本件発明の実施品の製造販売が平成6年4月までずれ込んだと主張する。しかし,そのようなことは甲第8号証に記載されていない。
以上のように,原告の無洗米は,平成3年から着実にその流通量を増しており,本件各新聞広告がなされた時点においても,市場で販売されていた。本件発明の実施品も,その中に含まれ流通していた,というべきである。
(3) 原告は,平成4年10月29日以前に,本件各新聞広告記載の精製米と同程度に除糠された精製米を公開している(乙第7号証)。
当裁判所の判断
1 特許法29条1項1号・3号該当性の判断(本件各新聞広告の開示内容)について (1) 本件明細書の図8の写真(及びそれを線画により表現した図3。甲第7号証参照)が,現実には,米粒の大条溝の部分のものであること,それらには,米組織のセル隔壁表面端が露出し,顕微鏡等の観察によりセル隔壁側面の一部又は全部が見える状態に精白及び除糠がされている状態が現れていること,この図8の写真は,本件各新聞広告の中央寄りに掲載されている写真と同一であることについては,当事者間に争いがない。
証拠上も,図8の写真が,本件発明の構成を開示していることについては,本件明細書中の,「【図3】大条溝にセル隔壁が表面に露出し,セル隔壁の側面と底面がみえる状態となした本精製米の表面拡大図」(6頁右欄15行目〜16行目),「【図8】本精製米粒子の表面形態を表す倍率1000倍の走査電子顕微鏡写真」(7頁4行目〜5行目),という記載から明らかである。図8の写真と,本件各新聞広告掲載の紙面中央寄りの写真とが同一のものであることについても,これらの写真の比較から明らかである。
図3には,糠成分が3として図示され,セル底面が6として図示されている。セル底面6のいずれをとってみても,これが糠成分3によって全部覆われているということはなく,底面が少なくとも一部露出している。したがって,事実としては,図3及びこれの元となる図8の写真には,本件発明1だけでなく,本件発明2の構成も開示されていることが明らかである。
(2) 原告は,本件各新聞広告掲載の紙面中央寄りの写真をみただけでは,当業者は,それが大条溝部分が写っているものとは理解できない,そこに開示されているのは,本件発明の構成の一部だけであり,そのすべてではない,と主張する。
(3) 原告の上記主張の当否を判断する前提として,本件発明をどのようなものとして理解すべきかについてみる。
ア 本件明細書には,次のような記載がある。
(ア) 「【従来の技術】従来,精白した米では炊飯時に洗浄を必要とせず,そのまま適当時間浸漬した後,炊飯することのできる所謂無洗米なるものが最近市販されている。」(甲第2号証1頁右欄4行目〜6行目) (イ) 「・・・この無洗米は劣化することがあり,更にまた炊飯に際して,ある程度の洗米をしなければならないという問題点を有している。・・・」(2頁左欄2行目〜4行目) (ウ) 「【0004】これらの原因は,単に精米工程を得た(判決注・「経た」の誤記と認める。)精製米では,確かに玄米等の米粒表面を除去しているという点においては,従来と同様な精米がなされているわけであるが,この精米時には米粒表面の長さ方向に保有する,即ち縦方向に保有する複数の筋状溝部分に対しては,山の部分では均一に除去されるものの,谷の部分である該筋状溝部分では,ほとんど精白除去されていないことが多くあり,このような米を水洗等で無洗米化しても,なおこの溝部分中の糠成分が除去されていない場合がある。
(エ) 「【0005】更に,精白による表面層の除去がある程度なされ,この溝部分中の糠成分,つまりその表面層の除去がされている場合においても,溝表面には糠成分を保有するセル隔壁表面端が一部露出した状態であるものの,更にこの表面端に糠成分の組織が二次元的または三次元的に絡み合って固着された状態であることから,該糠組織がセル隔壁内部に保有する糠成分の除去を阻害して,結果,糠成分がこの縦方向筋状溝部分のセル内並びにセル隔壁表面端上に結合して残留し,これらが米全体に品質劣化の原因を与えたり,また着色並びに味の変化の原因を与えいるのである。
【0006】とりわけこの複数の縦方向筋状溝部分中の大条溝と称される筋状の溝部分,米粒の胚芽を除去した状態の最長径部分の長さ方向に渡って存在する大条溝は,他の筋状溝部分よりもその深さは深く,米粒表面を単に精米機で精米しただけでは,この大条溝のセル隔壁表面端が露出しない状態であったり,または露出しても前記のような状況がより明確に出た状態となる。・・・」(2頁左欄11行目〜38行目) (オ) 「【0007】本発明は,このような状況のもとで,該米粒における大条溝部分の米組織でセル隔壁表面端が露出し,しかも顕微鏡や拡大鏡等の観察によるある状態のものが,所謂無洗米としての精製米が従来のものにない良好なものとして提供されることを知見し,本発明に至ったものである。」(2頁右欄1行目〜6行目) 以上のとおり,本件発明は,米粒のうち,大条溝部分は,その深さが大きく,精白しても糠成分が残りやすいという知見に基づき,この部分の糠が除去されているか否かに着目して想到されたものであると認めることができる。
イ 原告は,本件発明の「セル」に関し,大条溝部分の澱粉貯蔵細胞の天蓋のみを除去し,そのセル(細胞)隔壁を残しつつ,セル内の肌糠を除去した精製米である,と主張する。
そこで,この「セル」の意味について検討する。
(ア) 本件明細書の特許請求の範囲(第1項)には,「精白した米粒表面における複数の縦方向筋状溝部分中の大条溝部分に米組織のセル隔壁表面端が露出し,顕微鏡等の観察によりセル隔壁側面の一部または全部が見える状態に精白並びに除糠をしてなる精製米」との記載がある。したがって,このセルとは,(米粒表面の)大条溝部分の米組織に係るものである,と理解することができる。これ以上にこのセルについて特定する記載は,本件明細書中にない。また,本件明細書中には,「澱粉貯蔵細胞」という言葉は記載されておらず,したがってまた,その中に糠成分が含まれていることを明示している記載もない。
前記のとおり,本件明細書には,従来の精製米の欠点として,「表面層の除去がある程度なされ,つまりその表面層の除去がなされている場合においても,溝表面には糠成分を保有するセル隔壁表面端が一部露出した状態であるものの,・・・」との記載がある。本件明細書は,この表面層を定義していない。しかし,この記載からは,本件発明にいう「セル」とは,本件明細書でいう表面層の下部にあり,糠成分を保有するものと理解することができる。
(イ) 本件明細書の「【発明の詳細な説明】」中には,以下のような記載がある。
「【0012】ここでセル隔壁表面端4が露出するとは,前記精米機で米粒を精白することで,米粒の大条溝2における赤糠を削りとった状態であり,この赤糠には,油脂分やタンパク質,酵素等の変質しやすい成分が多く含まれており,これらは温度や湿度の変化によって変質しやすく,悪臭を生じまた粘着性を帯びている。本発明におけるセル隔壁表面端4が露出させた状態は,まさにこの赤糠層を除去し,更にその下底のセル隔壁表面端4が露出した状況である。
【0013】当然,精米工程では,原料米の,削り取り作業で表皮や中果皮,更にはアリューロン層(判決注・「aleurone」,これは,後記の糊粉層に該当すると認められる。乙第5号証(稲学大成 第一巻 形態編 平成2年11月10日発行 発行者社団法人農山漁村文化協会))といった表面部分が除去されるわけである。このときに所謂前記糠成分3が除去されるものの,この工程中では場合により,その除去された糠成分3が露出している大条溝2のセル隔壁表面端4で囲まれるセル中に再度埋め込まれる場合もあり,結果的に,大条溝2のセル隔壁表面端4上には,削り取ってもなお二次元的並びに三次元的に結合している糠成分3や,セル中に元来保有している糠成分3並びに精白工程で再びセル中へ充填された糠成分3等が大条溝2の谷間の中に残留し,これらが劣化変質する原因を与えている。」(3頁8行目〜28行目) 本件明細書の以上の記載からは,本件特許にいう「セル」とは,その隔壁表面端に糊粉層(アリューロン層)を除去する際に生じる糠成分が,付着するものであり,かつ,それ自体,糠成分を含むものである,と認めることができる。
(ウ) 米の組織は,外側から順に,果皮(表皮,中果皮,横細胞,管細胞),種皮(種皮,外胚乳),胚乳(糊粉層(aleurone layer),澱粉層(澱粉貯蔵柔細胞組織 starch storage parenchyma))となっている。さらに,澱粉層の最外層,すなわち,澱粉層のうち,糊粉層に内接する細胞層は,亜糊粉層(subaleurone layer,形がやや糊粉細胞に近く,貯蔵物質も澱粉の含量は最も少なく,そのかわりタンパク質などが多い,とされている。)とも呼ばれている。
このうち,糊粉層は,「糊粉細胞(aleurone cell)からなり,粒(胚乳)の腹側では1〜2層,粒側部で1層(品種・登熟環境によって部分的に2層),背部では4〜6層並んで」おり(乙第5号証66頁右欄12行目〜15行目),糊粉細胞は「小型の,ほぼ立方形の,細胞壁が厚い細胞で,タンパク質の糊粉粒「aleurone grain)や脂肪性の顆粒が蓄積され」ている(乙第5号証66頁右欄19行目〜21行目)。
(乙第1号証,第2号証,第5号証)。
これらのことと,前記本件明細書の記載とを併せ考慮すると,本件発明にいう「セル」とは,糊粉層の更に下にある澱粉貯蔵細胞を指すとの意味に解する余地も全くないというわけではない。しかし,本件明細書の図4及び図6が,糠成分3しか図示されていない(しかも,稠密に詰まっている。)セルの模式図となっており,糠以外の成分の存在が含まれていることが明示されていない(澱粉貯蔵細胞にも糠成分が含まれ,これをも除去するのが新規な事実であるのであれば,図3及び図4も,そのことを明確に反映する記載となるべきである)ことからは,このセルとは,糊粉細胞それ自体を指している,と解するのがより自然である。そうすると,前記【0013】の記載は,糊粉層を削り取っても,なお糊粉細胞の隔壁表面端等に糠成分が残存することを意味している,と解するべきである。
(エ) 仮に,本件発明にいうセルが澱粉貯蔵細胞であるとすると,本件発明は,これを除去する範囲・深さ等について何ら具体的に規定していないから(前記認定の事実からは,専ら亜糊粉層を対象とすると推測する余地もある。しかし,原告はそのような主張はしていない。本件明細書にも具体的な記載はない。),本件発明には,事実上可食部が皆無になるほど澱粉貯蔵細胞を除去する態様も含まれ得ることになる。セルを澱粉貯蔵細胞と解することは,この点でも合理性を欠く。
(オ) したがって,仮に,糊粉層の下部の澱粉貯蔵細胞が糠成分を含んでおり,その除去が米の食味に好影響を与えるとの知見が正しいとしても,そのような構成が本件明細書に開示されているとも,ましてや本件発明の構成になっているとも,認めることはできない。
ウ 原告は,本件明細書に,セル隔壁を残すことが,米の食味の向上に寄与するとの構成が開示されている,と主張する。しかし,例えば「・・・本発明の精製米では,米表面の大条溝2部分に着眼し,米粒表面から一般的な精米工程で表面を切除すると同時に,大条溝2部分を前記の如くセル隔壁表面端4が露出し,そしてその隔壁の側面5が見えたり,またはその底面6が見える状態まで,精白並びに除糠をしたものは,その精白並びに除糠をする工程または方法がどのようなものであれ,その米が本来持つ味をひき出すことができ品質劣化の防止をすることができたのである。」(本件明細書3頁右欄18行目〜25行目)とあることにも示されているように,本件明細書では,セル隔壁が残存することは,あくまで除糠の程度を示す目安としての意義しか有していない(ただし,意見書(甲第10号証)には,原告主張が主張する内容の記載がある。)。
加えて,仮に,事実としては,セル隔壁を残すことが食味に好影響を与えるとしても,これは,セル隔壁を残すとの構成から生じる効果であるにすぎないから,特許法29条1項1・3号該当性の判断に当たり,そのような構成が開示されていることに加えて,このこと(食味への好影響)が本件各新聞広告に開示されていることが必要となると解することはできない。
この点についての原告の主張も失当である。
エ 以上のとおりであるから,本件発明にいうセルとは,糠成分を含んでいると広く理解されている,糊粉層までの細胞を意味していると解すべきである。
(4) 本件各新聞広告には,「右は米肌の顕微鏡写真(1000倍)」との注記がされて,本件写真が掲載され,また,「無洗米は米肌のプラス物質を残し,マイナス物質を取り去ることが可能な為」,「3.加工時に薬物を使用したり汚泥糠や汚水を排出しないこと。」との記載がある。そうすると,当業者は,これをみて,本件写真は,糠を含んでいることが周知である細胞(前記のとおり,これはとりもなおさず,本件発明にいうところの「セル」であると認められる。)から,糠を取り除いた状態を示したものと,自然に理解することができる。
米粒の表面を顕微鏡で観察することも,細胞壁だけが残っている写真を撮影することも周知であったから(乙第3号証(調理科学Vol.23 No.4,発行者日本調理科学会)の「洗米後の米粒表層部の状態を走査電子顕微鏡で観察した結果(図3)も,研いだ場合,細胞内の成分がぬけ落ち,細胞壁だけが残っている部分が多くあることが観察された。」(97頁左欄4行目〜7行目)との記載参照),当業者が,本件写真と,これについての説明文言とから,何らかの方法(本件発明は物の発明であるから,当業者が方法について知る必要はない。)で,細胞の内容物(糠)を除去し,かつ細胞の隔壁が残っている状態が写っていると認識できることは,何らの困難なくできることというほかはない。
(5) 次に,本件写真を見て,それが大条溝部に関するものであると当業者が理解するか否かについて判断する。
ア 当業者が本件各新聞広告を理解する際の前提となる,本件出願時における技術常識について検討する。
イ 原告は,意見書(甲第10号証)の中で,「米粒表面には,「大条溝や小条溝の複数の縦方向の筋状溝部分がある」ことは周知の事実である。セル隔壁の観察は,摩耗の大きい米粒の凸状部よりも摩耗の小さい凹状部,即ち溝部分の方が適していること,更にその溝部分の中でも大条溝部分がセル隔壁の観察に適していることは容易に理解されることである。従って,この写真が,大条溝部分の顕微鏡写真であることは容易に想定し得るのである。」(8頁3行目〜8行目),と述べている。
この意見書を,当業者の知見を認定する証拠として採用することは,信義則違反の有無などとは関係なく,当然認められるところである。そして,この意見書は,本件出願の5年後のものではあるとはいえ,除糠の観察において,上記の「摩耗の大きい米粒の凸状部より摩耗の小さい凹状部」の方が適している程度のことは,本件出願時においても当業者の技術常識であったことを認定するための,有力な証拠となり得るものである。
ウ 甲第32号証(「第3の精米方式 東洋セラミック精米機の原理 昭和61年10月発行 発行者原告)には, 「・・・米粒には縦方向に深い溝(条溝)が縦走しています。又,条溝の縁は凸部が形成されて居り,その断面形状を見ても明らかな如く,全体的に凹凸のはげしい外形となっています。
一方,研削方式は,砥粒の尖角部で,被研削部の,先ず凸部より削り取って平らにしていきますので,米粒のように凹凸のはげしい物には,溝部の糠層が残ったり,それを除去しようとすると,凸部を不必要に削り取りますので,歩留りが悪くなることです。つまり均一に,表面の糠層を取り除くことが出来ないことです。」(7頁21行目〜8頁3行目) との記載がある。すなわち,ここには,米粒の形状の特質が述べられ,この特質のゆえに,研削方式では,凹部(溝部)の糠が残りやすいことが指摘されている。上記知見は,その内容及び上記文献の発行時期に照らし,本件出願時,当業者に周知であったものと認められる。当業者に周知であるこの知見が,本件各新聞広告の理解の際の前提となる技術常識となることは当然である(本件各新聞広告には,精製方法(無洗米の製造方法)に関する記載は一切ない。また,本件発明は物の発明であって,精米の方法の発明ではなく,本件明細書中に,精米方法に関する簡略な記載があるものの,これらは例示にすぎない。)。
エ 乙第1号証(特公昭58-897号公報)には, 「縦溝等凹部の底は凹部より曲面半径が小さい米粒の凸部以外は接触し得ないから,米粒の凸部の尖頭が凹部の底に接触して糊粉層を摩耗する機会は他の部分に比較して極めて少く,摩擦式精米機で通常の方法で不淘洗加工をしようとすると,大部分の摩擦力は除糠効果のない無効摩擦となり,・・・」(1頁2欄9行目〜14行目) との記載がある。ここにも,縦溝部の除糠が困難なことが指摘されている(これは,摩擦式の精米方法に関する知見であるが,これが,本件各新聞広告の理解に参考になることは,ウ記載のものと同様である。)。
乙第1号証の第1図には,縦溝1が2本図示されている。このうち,右側のものは,本件明細書の図1との対比から,大条溝であると認められる。
オ 乙第2号証(稲作全書 イネU栽培技術の基本 昭和60年8月10日第2版第2刷発行 発行者社団法人農山漁村文化協会)には, 「米粒には,背側に1本,側面に各2本,計5本の縦溝があり,側面のうち,背側に近い溝が深く,粒中央部で40μていど,胚付近で深くなり,登熟や品種によってはかなり変異が見られる。搗精にさいしては,縦溝の糠の大部分を除かなければならない。」(866頁左欄6行目〜11行目) と記載されており,除糠において,縦溝部,とりわけ大条溝部の糠に留意すべきことが記載されている。
カ 乙第8号証(Rice Museum ライスミュージアム お米の品質評価テキスト 平成10年4月10日2版第1刷発行 発行者株式会社ケツト科学研究所)によれば,本件出願後5年を経た時点である平成10年ころの標準米についても,大条溝部分に糠が残りがちである事実(NMG法による検査を行った結果として明らかとなる。)を認めることができる。
キ 以上の状況の下では,本件出願時,除糠においては米の縦溝部,とりわけ大条溝部分が問題となり,その部分に最も高い注意が払われており,したがって,当業者であれば,本件各新聞広告及び本件写真に接して,それが大条溝部分に関するものであると自然に理解する,と認めるべきである。
ク 原告は,乙第1号証ないし乙第3号証に記載されている知見は,精白度が本件出願時より低かった時代のものであり,精白度が高い本件出願時では,縦溝部の除糠が問題であるとの意識はなかった,と主張する。
乙第2号証(稲作全書 イネU栽培技術の基本 発行者社団法人農山漁村文化協会)には, 「一般に,糠の剥離の程度を搗精度といい,あらかじめ決められた搗精度になった時点(搗精終点という)の精米の量(%)を搗精歩留まりとよぶ。」(867頁左欄31行目〜34行目),「B完全精米(同91%ていど)(判決注・歩留まりを指す。)米粒の縦溝の糠層までほぼ完全に剥離された状態の精米」(867頁右欄18行目〜19行目),「@搗精度の判定法・・・ 同一搗精歩合の精米の搗精度の比較 数点の材料について,単に歩留りの高低だけを検討するのであれば,すべての材料を同一の搗精歩合(歩留りではないので搗精歩合とよぶが,完全精米にちかくなるような歩合にする。)で精米し,これの搗精度を比較し,搗精度のすすんでいるものほど搗精歩留りが高いと判定する方法が容易である。その一例を第15表に示した。・・・ 判定法の比較 以上の判定法で最も容易なのは「同一搗精歩合の材料の比較による方法」だが,これは歩留り自身を判定できない欠点がある。そのため「標準品との比較による方法」を用い,胚のとれ方と溝の糠の残り方(NMGを用いる)に着目し,判定を行なうのが比較的容易である。」(868頁左欄10行目〜右欄24行目) と記載され,この第15表の中には,「でわみのり」が,搗精歩合89.8%又は90.3%(上記の記載からは,これは,完全精米に近いものと認められる。)で,搗精程度(すなわち,糠の剥離の程度)がやや不良ないし不良と判定され,しかも,この判定は溝部に着目してなされた,との各事実が記載されている。
上記文献の上記記載の下で,本件出願当時,完全精米であれば,縦溝の糠がほとんど除去されるということ,そのような知見が当業者の常識であったことを認めるに足りる証拠は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
ケ 原告は,甲第34号証(特開平2-242647号公報)を挙げ,除糠の対象は,無数で微細な陥没部や,洞穴状の胚芽の抜け跡と考えられていた,と主張する。
甲第34号証は,原告自身の出願に係る乾燥洗い米及びその製造方法等に関する発明に係る特許公報である。そこには,「・・・水中で洗うというのではないが精白米に,約2%以下の微量の水分を添加しながら研米を行ない,米肌の除糠を行なった研磨米があるが,これは米を水の中へザブンと漬けて洗ったものではないから,米肌の肉眼では見えない,無数で微細な陥没部に入り込んでいる,ミクロン単位の糠粉や,小さな洞穴状の胚芽の抜け跡に入り込んでいる糠粉群まで洗いながすことは不可能である・・・」(2頁左上欄13行目〜右上欄1行目),と記載されている。すなわち,一定の洗米方法では,上記の場所に糠が残存することを指摘しているにとどまるものである。しかも,この「無数で微細な陥没部」が存在する部位として,大条溝部は必ずしも除外されていないのである。
上記知見が存在したとしても,これはなお,大条溝部に糠が残存しやすいという当業者の認識を否定するものではない。
(6) 以上のとおりであるから,本件各新聞広告及び本件写真には,本件発明の構成が開示されている,と優に認めることができる。
(7) 本件各新聞広告を掲載した米穀新聞,商経アドバイスが,米穀業者等を対象としたいわゆる業界紙的なものであるとしても,これらが頒布されることにより,広く当業者に本件発明の内容が開示されるに至ったと認めることができる。これらを,特許法29条1項3号の「刊行物」に該当し,公然と知られるようになったと認定することに,何ら妨げはない。
(8) したがって,本件発明が,本件各新聞広告に記載されていることを根拠に,特許法29条1項3号に該当するとした,審決の判断は正当である。その余の点について判断するまでもなく,本件発明は無効であることが明らかである。
2 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 阿部正幸
裁判官 高瀬順久