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関連審決 不服2019-7525
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事件 令和 2年 (行ケ) 10139号 審決取消請求事件

原告国立中央大学
同訴訟代理人弁理士 伊藤捷雄
被告特許庁長官
同 指定代理人小川将之 辻本泰隆 梶尾誠哉 山田啓之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2021/10/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2019-7525号事件について令和2年7月8日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,手続補正後の請求項1及び2に係る特許発明進歩性の有無で ある。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成29年3月7日,発明の名称を「大面積ペロブスカイト膜の製造方法,ペロブスカイト太陽電池モジュール,並びにその製造方法」とする特許出願(特願2017-43319号。優先権主張・平成28年4月1日(以下「本件優先日」という。)。以下「本件特許出願」という。)をしたが(甲1),平成31年1月29日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,令和元年6月5日,同拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2019-7525号)をするとともに,手続補正書(甲9)を提出した(以下,この手続補正を「本件補正」といい,本件特許出願に係る願書に添付された明細書(本件補正後のもの(甲1,6,9))を「本願明細書」という。)。
(2) 特許庁は,令和2年7月8日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年8月5日,原告に送達された。
2 本件特許出願に係る本件補正前の発明の要旨(甲1,6) 本件特許出願に係る本件補正前の特許請求の範囲(請求項の数は15)のうち請求項1及び2に係る記載は,次のとおりである(以下,各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本願発明1」などという。)。
【請求項1】 導電基板に前駆体溶液を供給することによって,フィルムを形成するステップと, 前記フィルムを逆溶剤に浸漬することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ, 前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2〜1000 0cm2 であり,前記導電基板の面積は25cm2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積ペロブスカイト膜の製造方法
【請求項2】 導電基板に前駆体溶液を供給することによって,フィルムを形成するステップと, 赤外線で前記フィルムを加熱することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ, 前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2〜10000cm2 であり,前記導電基板の面積は25cm2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積ペロブスカイト膜の製造方法
3 本件特許出願に係る本件補正後の発明の要旨(甲1,6,9) 本件特許出願に係る本件補正後の特許請求の範囲(請求項の数は15)のうち請求項1及び2に係る記載は,次のとおりである(下線部は,補正箇所である。以下,各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本件補正発明1」などという。)。
【請求項1】 導電基板に前駆体溶液を数十秒供給することによって,フィルムを形成するステップと, 前記数十秒で形成された前記フィルムを逆溶剤に浸漬することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ, 前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2〜1000 0cm2 であり,前記導電基板の面積は25cm2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積ペロブスカイト膜の製造方法
【請求項2】 導電基板に前駆体溶液を数十秒供給することによって,フィルムを形成するステップと, 赤外線を用いて前記数十秒で形成された前記フィルムを加熱することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ, 前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2〜10000cm2 であり,前記導電基板の面積は25cm2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積ペロブスカイト膜の製造方法
4 本件審決の理由の要旨 (1) 本件補正について ア 甲3(Thomas M. Schmidt et al.,Upscaling of Perovskite Solar Cells:Fully Ambient Roll Processing of Flexible Perovskite Solar Cells withPrinted Back Electrodes , Advanced Energy Materials , ド イ ツ , Wiley-VCHVerlag GmbH & Co. KGaA,2015年8月5日,Vol. 5 Issue 15,pp. 1500569-1-9,https://以下省略。本件審決における「引用文献1」)に記載された発明(以下,下記(ア)に係る発明を「引用発明1」といい,下記(イ)に係る発明を「引用発明2」という。)の認定 (ア) 「ITO-ガラス基板を洗浄する工程と, a (smother film にするため1/3の量の IPA を添加した)4083 PEDOT:PSSを約15秒間,2000rpm(回転数)で前記基板にスピンコーティングし,その後,5分間150℃の電熱板上で熱処理を加える工程と, b DMF に300mg mL-1の PbCl2+MAI(CH3NH3PbI3)(化学量論混合比1:3)を混合した溶液を15秒間,2000rpmで冷却した前記基板にスピンコーティングし,その後,15秒間サンプルを休ませ,45分間,110℃で焼きなまし処理を行う工程と, c クロロベンゼンに40mg mL-1の PCBM を混合した溶液を30秒間,1000rpmでサンプルにスピンコーティングを行う工程と, d 56mg mL-1の ZnO を15秒間,2000rpmでサンプルにスピンコーティングし,その後,2分間120℃の電熱板上で熱処理を加える工程とを含むスピンコーティングによる蒸着処理, を含むペロブスカイト太陽電池の製造方法。」(イ) 「ITO のパターンが形成された PET 箔をロールコーターのドラムに固定し,40℃の温度に設定し,その後の層は11mmのメニスカス幅を加える特注のスロットダイコーティングヘッドを使用してコーティングする工程であって, まず,PEDOT:PSS(1/3の量の IPA を添加した 4083 PEDOT:PSS)をポンプ速度0.08mL min-1およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングし,その後110℃で10分間,金属箔に焼きなましを施す工程と, 次に,DMF 溶液に350mg mL-1の PbCl2+MAI(CH3NH3PbI3)(化学量論混合比1:3)を混合した溶液をポンプ速度0.017mL min -1 およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングし,その後110℃で40分間,金属箔に焼きなましを施す工程と, 続いて,(クロロベンゼンに20mg mL-1を添加した)PCBM 層をポンプ速度0.03mL min -1およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングする工程と, (アセトンに56mg mL-1を添加した)ZnO の最終層をポンプ速度0.02 mL min -1およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティ ングし,その後110℃で5分間,金属箔に焼きなましを施す工程とを含むスロ ットダイコーティング蒸着処理, を含むペロブスカイト太陽電池の製造方法。」 イ 本件補正発明1と引用発明1との対比 本件補正発明1と引用発明1は,次の一致点で一致し,相違点1〜3で相違する。
(一致点) 「導電基板に前駆体溶液を供給することによって,フィルムを形成するステップと, 前記フィルムによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれる, ペロブスカイト膜の製造方法。」 (相違点1) 前駆体溶液の供給が,本件補正発明1では,「数十秒」であるのに対し,引用発明1は,「15秒間」である点。
(相違点2) 前駆体溶液のフィルムからのペロブスカイト膜の形成が,本件補正発明1では,「前記フィルムを逆溶剤に浸漬すること」によって行われるのに対し,引用発明1は,当該構成について特定されていない点。
(相違点3) ペロブスカイト膜が,本件補正発明1では,「前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2 〜10000cm 2 であり,前記導電基板の面積は25cm 2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積」であるのに対し,引用発明1は,当該構成について特定されていない点。
ウ 本件補正発明2と引用発明2との対比 本件補正発明2と引用発明2は,次の一致点で一致し,相違点4〜6で相違する。
(一致点) 「導電基板に前駆体溶液を供給することによって,フィルムを形成するステップと, 前記フィルムを加熱することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え, 前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3で示され,前記前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれる, ペロブスカイト膜の製造方法。」 (相違点4) 前駆体溶液の供給が,本件補正発明2では,「数十秒」であるのに対し,引用発明2は,当該構成について特定されていない点。
(相違点5) 前駆体溶液のフィルムを加熱することによるペロブスカイト膜の形成が,本件補正発明2では,「赤外線を用いて」行われるのに対し,引用発明2は,当該構成について特定されていない点。
(相違点6) ペロブスカイト膜が,本件補正発明2では,「前記ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は前記導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,前記ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm 2 〜10000cm 2 であり,前記導電基板の面積は25cm 2〜10000cm 2 であることを特徴とする,大面積」であるのに対し,引用発明2は,当該構成について特定されていない点。
エ 相違点についての判断 (ア) 相違点1について スピンコーティングにおいて,前駆体溶液を供給する時間は,スピンコートすべき基板の面積等の条件に基づいて,基板表面の全体にわたって均一な膜厚を得るために適宜定めるべき設計事項であって,引用発明1で「15秒間」とされている時 間を「数十秒」とすることは,当業者が容易になし得たことである。
また,前駆体溶液を供給する時間を「数十秒」としたことによる格別の効果は,本願明細書には記載されていない。
したがって,引用発明1において,本件補正発明1の相違点1に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(イ) 相違点2について 甲4(Manda Xiao et al.,A Fast Deposition-Crystallization Procedure forHighly Efficient Lead Iodide Perovskite Thin-Film Solar Cells,AngewandteCommunications,ドイツ,Wiley-VCH Verlag GmbH & Co. KGaA,2014年9月8日,Vol. 53,Issue 37,pp. 9898-9903,https://以下省略。本件審決における「引用文献2」)には,基板上に CH3NH3PbI3 の DMF 溶液によるスピンコーティングを施し,その後すぐに未乾燥塗膜をクロロベンゼン(CBZ)などの第2の溶剤に暴露して,結晶化を誘発することにより平面で非常に均一な CH3NH3PbI3 の薄膜を作製する溶剤導入高速結晶堆積法(FDC)は,膜の形成が1分以内に完了する短時間での蒸着という利点をもたらすことが記載されている。
してみれば,平面で非常に均一な膜の形成を短時間に完了させるという利点を得るために,引用発明1において,スピンコーティングを施し,その後すぐに未乾燥塗膜をクロロベンゼン(CBZ)などの第2の溶剤,すなわち,逆溶剤に浸漬して,結晶化を誘発させることは,当業者が容易になし得たことである。
したがって,引用発明1において,本件補正発明1の相違点2に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(ウ) 相違点3について 引用文献1には,当該文献に記載された研究の目的のために,寸法5×2.5cm2のガラス基板を用いた単一デバイスのバッチ処理のために作られた小さなベンチトップスケールのスクリーン印刷機が使用されているが,この小さなベンチトップスケールのスクリーン印刷機と,ロール・ツー・ロール方式を稼動することが可 能な大型機とは,同一の機構を備えた機械であるため,印刷処理の拡張性が確保されることが記載されている。
してみれば,引用文献1には,当該文献に記載された技術を,研究所の外で実用化するにあたり,当該文献で用いられた,5×2.5cm2の寸法よりも大面積な基板にペロブスカイト膜を製造することが示されているといえる。
そうすると,5×2.5cm 2 の寸法よりも大面積な基板として,25cm 2 〜10000cm2の範囲に含まれる面積を有する基板を選び,当該基板の25cm2〜10000cm2の面積にわたりペロブスカイト結晶が分布するように,ペロブスカイト結晶を連続且つ均一に形成することは,当業者が容易になし得たことである。
したがって,引用発明1において,本件補正発明1の相違点3に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(エ) 相違点4について スロットダイコーティングにおいて,前駆体溶液を供給する時間は,基板の長さと,ウェブ速度によって定まるから,引用発明2において,前駆体溶液を供給する時間を,「数十秒」とすることは,当業者が適宜なし得たことである。
また,前駆体溶液を供給する時間を「数十秒」としたことによる格別の効果は,本願明細書には記載されていない。
したがって,引用発明2において,本件補正発明2の相違点4に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(オ) 相違点5について 甲5(国際公開第2015/059436号。本件審決における「引用文献3」)にも記載されているように,加熱手段として,赤外線を用いることは周知の技術である。
しかも,引用文献3に記載されているように,ペロブスカイトの前駆体溶液に,700〜2500nmの範囲の波長を有する近赤外線を照射するNIR処理は,前 駆体溶液を加熱することにより,ペロブスカイト前駆体溶液を迅速に結晶化することが知られているのであるから,引用発明2において,前駆体溶液のフィルムを加熱してペロブスカイト膜を形成するにあたり,赤外線を用いることは当業者が容易になし得たことである。
したがって,引用発明2において,本件補正発明2の相違点5に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(カ) 相違点6について引 用 文 献1 に は ,当 該文 献 に 記載 さ れ た研 究の 目 的 のた め に ,寸 法 5 ×2 .5 c m 2のガラス基板を用いた単一デバイスのバッチ処理のために作られた小さなベンチトップスケールのスクリーン印刷機が使用されているが,この小さなベンチトップスケールのスクリーン印刷機と,ロール・ツー・ロール方式を稼動することが可能な大型機とは,同一の機構を備えた機械であるため,印刷処理の拡張性が確保されることが記載されている。
してみれば,引用文献1には,当該文献に記載された技術を,研究所の外で実用化するにあたり,当該文献で用いられた,5×2.5cm2の寸法よりも大面積な基板にペロブスカイト膜を製造することが示されているといえる。
そうすると,5×2.5cm 2 の寸法よりも大面積な基板として,25cm 2 〜10000cm2の範囲に含まれる面積を有する基板を選び,当該基板の25cm2〜10000cm2の面積にわたりペロブスカイト結晶が分布するように,ペロブスカイト結晶を連続且つ均一に形成することは,当業者が容易になし得たことである。
したがって,引用発明2において,本件補正発明2の相違点6に係る構成とすることは当業者が容易になし得たことである。
(キ) そして,これらの相違点を総合的に勘案しても,本件補正発明1及び本件補正発明2の奏する作用効果は,引用発明1,2及び引用文献2,3に記載された技術の奏する作用効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものとい うことはできない。
オ まとめ したがって,本件補正発明1及び本件補正発明2は,引用発明1,2及び引用文献2,3に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
(2) 本願発明1及び2について ア 判断 本願発明1,2は,本件補正発明1,2から,限定事項を削除したものである。
そうすると,本願発明1,2の発明特定事項を全て含み,さらに他の事項を付加したものに相当する本件補正発明1,2が,引用発明1,2及び引用文献2,3に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明1,2も,引用発明1,2及び引用文献2,3に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
イ まとめ 以上のとおり,本願発明1,2は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(相違点2の認定の誤り)について (1) 本件補正発明1と引用発明1に係る相違点2は,次のとおり認定するべきである。
「前駆体溶液のフィルムからのペロブスカイト膜の形成が,本件補正発明1では,「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬すること」によって行われるのに対し,引用発明1は,「スピンコーティングしたフィルムを加熱処理すること」によって行われる点。」 (2) 被告は,本件補正発明1に関し,本件補正後の請求項1において「スロッ トダイコーティングしたフィルム」との限定がされていない旨主張する。しかしながら,スピンコーティングは,本件補正発明1に係る10000cm2にも及ぶ大面積のペロブスカイト膜の製造には向かないものであるから(甲16),本件補正発明1は,スピンコーティングをその内容に含まない。したがって,本件補正発明1のフィルムは,「スロットダイコーティングしたフィルム」であると限定解釈するのが相当である。
(3) 被告は,比較的大きい面積の基板に対応したスピン塗布装置(乙2,3)が存在する旨主張するが,乙2及び3に記載されたスピン塗布装置は,いずれも液晶ディスプレイパネルに用いるものであり,太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造の場合と比較して,用途,材料及び製造工程を異にするから,乙2及び3に基づく被告の主張は失当である。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について 以下のとおりであるから,引用発明1において相違点2に係る本件補正発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たとの本件審決の判断は誤りである。
(1) 引用発明1は,スピンコーティングで PbCl2+MAI と DMF との混合溶液を基板に塗布し,110℃までに加熱して結晶化させ,ペロブスカイト膜を形成するものであって(引用文献1の7頁右下欄17〜20行目・その訳文(甲13)の11頁32〜35行目),ペロブスカイト膜の製造方法としては,1ステップ法に属するのに対し,本件補正発明1に係る請求項1の記載によれば,同発明は,2ステップ法に属する(甲17)。また,前記1のとおり,引用発明1は,スピンコーティングによりフィルムを形成するのに対し,本件補正発明1は,スロットダイコーティングによりフィルムを形成するものである。このように,引用発明1と本件補正発明1とは,ペロブスカイト膜の製造方法を大きく異にする。
(2) 上記(1)のとおり,引用発明1は,1ステップ法に属するのに対し,引用文献2には,基板上に CH3NH3PbI3 の DMF 溶液によるスピンコーティングを施し,その後すぐに未乾燥塗膜をクロロベンゼン(CBZ)などの第2の溶剤に暴露して,結晶 化を誘発することにより,平面で均一な CH3NH3PbI3 の薄膜を作製する方法が開示されており(引用文献2の9899頁左欄12〜27行目・その訳文(甲14)の2頁15〜24行目),この方法は,2ステップ法に属する。両者の製造原理は全く異なり,使用する試薬材料も相違するから,これらの技術を熟知する者にとって,両者を組み合わせる動機は全くない。
(3) 引用文献1〜3を併せて見ても,「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬する」という本件補正発明1の構成は導かれない。
3 取消事由3(相違点6の判断の誤り)について 以下のとおりであるから,引用発明2において相違点6に係る本件補正発明2の構成とすることは当業者が容易になし得たとの本件審決の判断は誤りである。
(1) 引用発明2のペロブスカイト膜の面積は,5×2.5cm 2 と極めて小さく(引用文献1の3頁の図2の a)),本件補正発明2におけるペロブスカイト結晶の分布面積及び導電基板の面積である「25cm 2 〜10000cm 2 」とは余りにも差があるから,単に引用発明2の方法を用いた製造装置を大きくすれば相違点6に係る本件補正発明2の構成が得られるとはいえない。
なお,被告は,本件補正発明2にはペロブスカイト結晶の分布面積及び導電基板の面積が25cm 2のものも含む旨主張するが,ここでいう25cm 2 は,10000cm2という大面積を前提としたものであるから,本件補正発明2の上記分布面積等と引用発明2のペロブスカイト膜の面積には,やはり大きな差があるというべきである。
(2) 前駆体溶液を供給する手段として,本件補正発明2においては,印刷のみに限定されておらず,回転塗布,スロットダイコーティング,インクジェット,浸漬又は塗りつけによるともされているのに対し(本願明細書の段落【0040】),引用発明2においては,印刷のみに限定されている。このように前駆体溶液の供給手段が印刷のみに限定され,しかも漠然とした記載に基づく引用発明2を根拠に,当業者が相違点6に係る本件補正発明2の構成に容易に想到することができたとす る本件審決の判断には,論理の飛躍がある。
被告の主張
1 取消事由1(相違点2の認定の誤り)について (1)ア 本件補正発明1に係る請求項1において,「スロットダイコーティングしたフィルム」との限定はされておらず,そのような限定がされていると解釈すべき特段の理由もないから,相違点2の認定に当たっても,本件補正発明1の「フィルム」を「スロットダイコーティングしたフィルム」と認定すべきではない。なお,本件補正後の請求項3においては,「スロットダイコーティングによって」との限定がされているから,この点からも,同請求項1においては,そのような限定がされていないと解すべきである。
イ また,本件補正発明1において,ペロブスカイト結晶の分布面積や導電基板の面積は,「25cm 2 〜10000cm 2 」と特定されているのであるから,同発明に係る当該面積が10000cm2に及ぶことを前提とする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。したがって,本件補正発明1に当該面積が10000cm2であるものが含まれているとしても,そのことによって直ちに,同発明の「フィルム」を「スロットダイコーティングしたフィルム」と解釈することはできない。
ウ さらに,一般に,800mm×950mm(=7600cm 2)の基板に対応したスピン塗布装置(乙2の1頁本文1〜3行目,2頁1〜4行目)や,850mm×1000mm(=8500cm2)の基板に対応したスピン塗布装置(乙3の本文1〜3行目)が存在することは,当業者に周知の事柄であるから,この点からも,本件補正発明1にペロブスカイト結晶の分布面積や導電基板の面積が10000cm2であるものが含まれているとしても,そのことにより,同発明がスピンコーティングの方法を排除していると解釈することにはならない。
エ なお,本願明細書の記載をみても,段落【0040】には「前駆体溶液は,回転塗布(spin coating),またはスロットダイ(slot die)コーティング,イン クジェット(jet),印刷(printing),浸漬,または塗りつけることによって導電基板に供給され」との記載があるから,本件補正発明1の「フィルム」は,前駆体溶液を「回転塗布(spin coating)」したものなどを含んでいる。したがって,本件補正発明1の「フィルム」が「スロットダイコーティングした」ものに限定されていないことは明らかである。
(2) 本件補正発明1の「フィルム」が単に「フィルム」としか特定されていない以上,引用発明1との対比に際し,同発明の構成を「スピンコーティングしたフィルム」と認定する必要はない。なお,引用発明1が「前記フィルムを逆溶剤に浸漬すること」との構成を備えていないことは明らかであるから,同発明の構成を殊更「加熱処理すること」とまで認定する必要はない。
(3) 以上のとおりであるから,相違点2に係る本件審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について 以下のとおりであって,原告の主張は理由がないから,引用発明1において相違点2に係る本件補正発明1の構成とすることは当業者が容易になし得たことであるとした本件審決の判断に誤りはない。
(1)ア 原告は,本件補正発明1が2ステップ法に属する旨主張するが,次のとおり,同発明は,引用発明1と同様,1ステップ法に属する。
(ア) 本件補正発明1に係る請求項1において,同発明が2ステップ法であるとの特定はない。
(イ) 本件補正発明1は,引用発明1と同様,溶質にA(CH3NH3),B(Pb)及びX(I)が含まれた前駆体溶液を供給するものであるところ,溶質に少なくともA,B及びXが含まれた前駆体溶液を塗布することでABX3ペロブスカイト膜を得る方法が1ステップ法に相当することは,当業者の技術常識である(乙1の本文1〜3行目)。
イ また,本件補正発明1の「フィルム」が「スロットダイコーティングしたフィルム」に限定されないことは,前記1(1)のとおりである。
ウ したがって,引用発明1と本件補正発明1とがペロブスカイト膜の製造方法を大きく異にするということはできない。
(2)ア 引用文献2に記載された溶剤導入高速結晶堆積法(FDC 法)においては,基板上に CH3NH3PbI3 の DMF 溶液がスピンコーティングされており(引用文献2の9899頁左欄12〜14行目・その訳文(本件審決)の30頁の日本語訳3〜4行目),これは,溶質にA(CH3NH3),B(Pb)及びX(I)が含まれた前駆体溶液を供給してペロブスカイト膜を形成する方法であるから,上記(1)ア(イ)の技術常識に照らしても,引用文献2に記載された溶剤導入高速結晶堆積法(FDC 法)は,1ステップ法に属する。なお,引用文献2には,「一段階での溶剤導入高速結晶堆積法(FDC)」との記載があり(引用文献2の9899頁左欄9〜10行目・その訳文(本件審決)の30頁の日本語訳1行目),このことを明らかにしている。
イ そして,上記(1)ア(イ)のとおり,引用発明1も,溶質にA(CH3NH3),B(Pb)及びX(I)が含まれた前駆体溶液を供給するものであり,1ステップ法に属するのであるから,引用発明1に引用文献2に記載された技術を組み合わせる動機がない旨の原告の主張は失当である。
3 取消事由3(相違点6の判断の誤り)について (1) 一般に,スロットダイコーティングを始めとするロール・ツー・ロール方式の塗布手段が大面積の塗布に対応できるコーティング方法であることは,技術常識から明らかであるところ,引用発明2は,幅11mmのスロットダイを用い,基材(ウェブ)を毎分50cmの速度で動かしてペロブスカイト膜の前駆体をスロットダイコーティングするものであるから,同発明において,基材を動かす(巻き取る)時間を適宜設定すればペロブスカイト膜の面積が25cm2〜10000cm2 のいずれかとなることは,当業者であれば自然に着想し得たことである。
なお,引用発明2が記載された引用文献1には,「スロットダイコーティングは,すべてロール・ツー・ロール方式を用いた有機薄膜太陽電池(OPV)の量産において,非常に効果的であることが示されており,…ペロブスカイト太陽電池の大規模 な作製においておそらく第一候補である。」との記載があり(引用文献1の2頁左欄4〜7行目・その訳文(本件審決)の9頁10〜15行目),スロットダイコーティングを用いたペロブスカイト太陽電池の作成を拡張することの示唆が存在するから,引用発明2において基材を所望の面積に拡張することは,当業者が容易になし得たことである。
(2) 原告は,引用発明2のペロブスカイト膜の面積と本件補正発明2のペロブスカイト結晶の分布面積及び導電基板の面積には大きな差がある旨主張するが,本件補正発明2のペロブスカイト結晶の分布面積等は,25cm2程度の小さいものであってもよいのであるから,引用文献1に記載されたペロブスカイト膜の面積が仮に5×2.5cm2であるとしても,直ちに両者に差がありすぎるということはできない。
(3) 原告は,引用発明2における前駆体溶液を供給する手段が印刷に限定されており,そのような引用発明2を根拠に当業者が相違点6に係る本件補正発明2の構成に容易に想到することができたとする本件審決の判断には論理の飛躍がある旨主張するが,仮に引用文献1に同手段として印刷しか開示されていないとしても,前記1(1)エのとおり,本件補正発明2も,同手段として印刷を含んでいるのであるから,相違点6の判断に係る本件審決の結論を左右するものではない。
(4) 以上のとおりであるから,引用発明2において相違点6に係る本件補正発明2の構成とすることは当業者が容易になし得たことであるとした本件審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 本件補正後の特許請求の範囲,本願明細書,引用文献1及び2等の記載 当事者双方は,各取消事由について,本件補正後の特許請求の範囲,本願明細書,引用文献1及び2等の記載に基づく主張をするので,各取消事由の検討に当たり,まず,これらの記載の内容についてみることとする。なお,外国語で作成された引用文献1及び2については,訳文(本件審決に記載されたもの(当事者間に争いが ない。))の内容を示し,引用箇所の特定も,本件審決の該当箇所による。
(1) 本件補正後の特許請求の範囲(甲9) 【請求項3】 前記前駆体溶液は,スロットダイコーティングによって前記導電基板に塗布されることで,前記フィルムを形成することを特徴とする,請求項1または2に記載の製造方法
(2) 本願明細書の記載(甲1,6,9) 【技術分野】 【0001】 本発明は,ペロブスカイト膜及びペロブスカイト太陽電池モジュール,並びにその製造方法に関し,特に,大面積ペロブスカイト膜及びペロブスカイト太陽電池モジュール,並びにその製造方法に関する。
【背景技術】 【0003】 ペロブスカイト太陽電池(perovskite solar cell)では,ペロブスカイト(Perovskite)膜を太陽電池の活性層(Active Layer,また,光吸収層とも呼ばれる)の光起電力素子としている。
【0004】 従来のモジュール式のペロブスカイト太陽電池の製造技術においては,それらの技術によって製造された大面積ペロブスカイト活性層の連続性及び均一性は良好ではなく,且つ活性層内は小さな空孔を有するため,漏電しやすいという欠点をもたらし,また,その後の太陽電池の組立過程で,ペロブスカイト活性層が破壊されるという欠点を有している。これらの欠点は電池素子の電力変換効率を低下させ,且つこれに伴うヒステリシス現象を誘発することが多かった(ヒステリシス現象とは素子の順方向掃引と逆方向掃引のI-V曲線が重ならないことを意味する)。
【0005】 したがって,如何にして空孔がなく,平滑で,且つ均一な高品質の大面積ペロブスカイト膜を製造し,且つこの大面積ペロブスカイト膜を使用して高効率のペロブスカイト太陽電池モジュールを組み立てるかが,ペロブスカイト太陽電池モジュールを商品化させるための重要な課題の1つである。
発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0006】 本発明の目的は,大面積,連続且つ均一なペロブスカイト膜の製造方法と,このペロブスカイト膜を備えた太陽電池モジュール及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】 【0007】 一実施例において,大面積ペロブスカイト膜の製造方法は,導電基板に前駆体溶液を数十秒供給することによって,フィルムを形成するステップと,前記数十秒で形成された前記フィルムを逆溶剤に浸漬することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え,ペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ,ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶は導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm2〜10000cm2 であり,導電基板の面積は25cm2〜10000cm2 であることを特徴とする。
【0008】 一実施例において,導電基板に前駆体溶液を数十秒供給することによって,フィルムを形成するステップと,赤外線を用いて数十秒で形成された前記フィルムを加熱することによって,ペロブスカイト膜を形成するステップとを備え,前記ペロブスカイト膜を構成するペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれ,ペロブスカイト膜のペロブスカイト 結晶は導電基板上に連続且つ均一に分布されるとともに,ペロブスカイト結晶の分布面積は25cm2〜10000cm2 であり,導電基板の面積は25cm2〜10000cm2 であることを特徴とする。
【0010】 一実施例において,逆溶剤はフィルムにペロブスカイト結晶を生成させ,Aは,アルカリ金属イオン,メチルアミンイオン(CH3NH3+ ),ホルムアミジンイオン(NH2CH=NH2+)のうちの少なくとも1つであり,Bは鉛(Pb),スズ(Sn),ゲルマニウム(Ge)のうちの少なくとも1つであり,Xは,VII 族元素[フッ素(F),塩素(Cl),臭素(Br),ヨウ素(I)],ヘキサフルオロホスフェート(PF6),チオシアネート(SCN)のうちの少なくとも1つであることを特徴とする。
【0014】 一実施例において,逆溶剤はチオフェン(thiophene),チオフェン誘導体,ヨードベンゼン(Iodobenzene),ジエチルエーテル(diethyl ether),クロロベンゼ ン ( CB ) , ジ ク ロ ロ ベ ン ゼ ン ( DCB ) , ト ル エ ン ( toluene ) , ベ ン ゼ ン(Benzene)またはその混合物であることを特徴とする。
【発明の効果】 【0032】 上記より,本発明の製造方法において,大面積且つ均一なペロブスカイト膜は,溶液製造工程及び逆溶剤結晶法,または赤外線誘導(Infrared induced)結晶法を利用して迅速に製造することが可能であり,高価な蒸着装置の使用を避けることができるとともに,製造時間とコストのいずれをも削減することができる。また,本発明の製造方法は,逆溶剤の種類,供給速度,浸漬時間もしくは光の照射強度を利用してペロブスカイト膜の結晶生成速度,結晶化レベル,および結晶粒の大きさを制御することで,大面積且つ高品質のペロブスカイト膜を得ることができる。また,前駆体溶液の組成と濃度,回転塗布,または浸漬過程における各パラメーターを調整することで,ペロブスカイト膜の結晶生成速度,結晶化レベル,および結晶粒の 大きさを正確に制御し,均一で品質が良好な大面積ペロブスカイト膜を製造することができる。この技術によって,製造された大面積ペロブスカイト膜を太陽電池モジュールの活性層とすることができ,このペロブスカイト太陽電池モジュールは,電流ヒステリシス現象のない優れた電力変換効率を有する。
実施例1】 【0038】 ステップS101:導電基板に前駆体溶液を供給し,フィルムを形成する。ペロブスカイトの一般式はABX3 で示され,前駆体溶液の溶質には少なくともA,B,及びXが含まれる。
【0039】 ステップS102:フィルムを逆溶剤に浸漬するか,赤外線(Infrared light)でフィルムを加熱することによって,ペロブスカイト膜を形成する。
【0040】 ステップS101における前駆体溶液を供給する方式とステップS102における逆溶剤を与える方式は,いずれも非蒸着の方式を使用して行うことができる。例を挙げると,前駆体溶液は,回転塗布(spin coating),またはスロットダイ(slot die)コーティング,インクジェット(jet),印刷(printing),浸漬,または塗りつけることによって導電基板に供給され,逆溶剤は回転塗布,スロットダイコーティング,インクジェット,印刷,浸漬,または塗りつけることによって,もしくは赤外線による照射処理によってフィルムに与えられる。よって,本実施例の大面積ペロブスカイト膜の製造は蒸着技術の使用を回避することができるため,高価な蒸着設備を使用する必要がなく,環境を真空にするための待ち時間をも節約することができる。
【0041】 本実施例において,前駆体溶液はジメチルホルムアミド(DMF),ジメチルスルホキシド(DMSO),ガンマブチロラクトン(GBL),またはその混合溶液である。
逆 溶 剤 は チ オ フ ェ ン ( thiophene ) , チ オ フ ェ ン 誘 導 体 , ヨ ー ド ベ ン ゼ ン(Iodobenzene),ジエチルエーテル(diethyl ether),クロロベンゼン(CB),ジクロロベンゼン(DCB),トルエン(toluene),ベンゼン(Benzene)のうちの1つ,またはその混合物である。逆溶剤は単純な溶剤である。赤外線の波長は750nm〜2000nmである。
【0042】 例を挙げると,仮に,CH3NH3PbI3 のペロブスカイト膜を製造しようとする場合,前駆体溶液の溶質は PbI2 と CH3NH3I とすることができる。溶剤はジメチルホルムアミドであり,その好ましい重量パーセント濃度は40wt%であり,また,逆溶剤はチオフェン(thiophene)とすることができる。また,他の例を挙げると,前駆体溶液の溶質(A)はアルカリ金属イオン,またはメチルアミンイオン(CH3NH3+),またはホルムアミジンイオン(NH2CH=NH2+)のうちの少なくとも1つであり,溶質(B)は鉛(Pb),スズ(Sn),ゲルマニウム(Ge)のうちの少なくとも1つであり,溶質(X)は VII 族元素[フッ素(F),塩素(Cl),臭素(Br),ヨウ素(I)],またはヘキサフルオロホスフェート(PF6 ),またはチオシアネート(SCN)のうちの少なくとも1つであるが,これに限定されるものではない。
【0044】 ステップS101において,前駆体溶液は,回転塗布(spin coating),スロットダイ(slot die)コーティング,インクジェット(jet),印刷(printing),浸漬,または塗りつけることによって導電基板に供給される。例を挙げると,「回転塗布」は,スピンコーター(spin coater)を使用して導電基板上に前駆体溶液の回転塗布を行い,「スロットダイコーティング」はスロットを使用して,スロットを流れた前駆体溶液を導電基板に成膜し,「インクジェット」はノズルを使用して導電基板に前駆体溶液を噴射し,「印刷」はプリンターを用いて導電基板に前駆体溶液を印刷し,「浸漬」は前駆体溶液を導電基板に浸し,「塗りつける」はブラシまたはツールを用いて,導電基板に前駆体溶液を塗りつける。また,導電基板は 透明,または不透明の基板であり,可撓性,または非可撓性の基板である。例えば,導電基板は,透明導電ガラス,または透明導電フレキシブル基板である。
【0045】 ステップS101において,逆溶剤は,回転塗布,スロットダイコーティング,インクジェット,印刷,浸漬,または塗りつけることによってフィルムに与えられ,フィルムにおいて,ペロブスカイト結晶の生成速度は,逆溶剤をフィルムに与える速度によって決まる。例えば,仮に,逆溶剤が回転塗布によって前記フィルムに与えられた場合では,フィルムにおいて,ペロブスカイト結晶の生成速度は,逆溶剤をフィルムに入れる速度によって決まる。仮に,フィルムを逆溶剤に浸漬する場合では,フィルムにおいて,ペロブスカイト結晶の生成量は,逆溶剤の種類及びフィルムの逆溶剤での浸漬時間によって決まる。また,ステップS102を,赤外線でフィルムを加熱することによってペロブスカイト膜を形成するステップとすることもできる。
【0047】 本実施例において,大面積,且つ均一なペロブスカイト(ABX 3)膜は溶液製造工程及び逆溶剤結晶法を用いて,迅速に製造される。逆溶剤は,前駆体溶液から製造されたフィルムにペロブスカイト結晶を生成させる。例えば,前駆体溶液から製造されたフィルムはペロブスカイト成分を有し,逆溶剤とフィルムが接触した後,フィルム内の溶剤は置き換えられて,ペロブスカイトが結晶される。仮に,逆溶剤をフィルム各所に絶えずに提供する場合,ペロブスカイト結晶は連続的に生成し,且つ互いに隣接,接続するため,フィルムは連続的で,且つ均一なペロブスカイト膜となる。本実施例において,ペロブスカイト結晶は多結晶である。
(3) 引用文献1の記載 ア 「ペロブスカイト太陽電池の高性能化―裏面電極の印刷を用いた完全な周囲条件下でのロール方式によるフレキシブルなペロブスカイト太陽電池の作製」(本件審決3頁36行目〜4頁2行目) イ 「周囲条件下でのスロットダイ方式ロールコーティングなど拡張可能な技術を用いたフレキシブル基板のデバイス作製が進歩し,ペロブスカイト太陽電池の規模を拡大する取り組みが行われている。」(本件審決7頁の日本語訳1〜3行目) ウ 「すでに開発されている高効率のペロブスカイト太陽電池の作製スキームに基づき,実際に拡張性の高い作製方法を開発するための課題には,次の3つの重要な手段が含まれる。(1)有効なペロブスカイト層を形成するために拡張可能なコーティング技術や印刷技術を使用すること…。…最初の手段であるペロブスカイト層の形成に関しては,スピンコーティング,スプレーコーティング,蒸着,インクジェット印刷,スロットダイコーティングなど多様な蒸着技術が使用されている。
これは1ステップ法の蒸着(通常,ヨウ化メチルアンモニウム(MAI)および二塩化鉛(PbCl2)/ヨウ化鉛(PbI2)の混合物)または2ステップ法の蒸着(通常,先に PbI2 層を蒸着してからディップコーティングまたはスピンコーディングのいずれかで MAI を蒸着する一連の蒸着)のいずれかをベースにしている。…スロットダイコーティングは,すべてロール・ツー・ロール方式を用いた有機薄膜太陽電池(OPV)の量産において,非常に効果的であることが示されており,たとえガラス基板に使用した場合でも,ロール・ツー・ロール方式に適合する方法であることがすでに報告されており,ペロブスカイト太陽電池の大規模な作製においておそらく第一候補である。」(本件審決8頁27行目〜9頁15行目) エ 「図2aは単一デバイス印刷中のスクリーン印刷のセットアップを示す写真で,挿入部分はスクリーンが持ち上げられた直後の寸法5×2.5cm2のガラス基板を示す。」(本件審決15頁2〜4行目) オ 「2.4 スピンコーティングからロールコーティングへ ペロブスカイト太陽電池を直接ロール・ツー・ロール方式に適合させ,高性能化を可能にするために残された最後の手法は,フレキシブル基板上のペロブスカイト層をスピンコーティングからスロットダイコーティングに移行して形成することである。このコーティング方法は,以前より大規模なロール・ツー・ロール方式によ る太陽電池処理を高性能化する上で優れたツールであることが示されてきた小さなロールコーターのセットアップを用いて行われた。」(本件審決18頁の日本語訳1〜8行目) カ 「スピンコーティングに使用するデバイスの準備:スピンコーティングを始める前にイソプロピルアルコール(IPA)で5分間超音波洗浄を行い ITO-ガラス基板を洗浄した。一方,ITO-PET 基板には IPA ですすぐ処理のみを行った。スピンコーティング中に安定させるために ITO-PET 基板をスライドガラス上に載せた。1ステップ法による蒸着処理について(1)(smother film にするため1/3の量のIPA を添加した)4083 PEDOT:PSS を約15秒間,2000rpm(回転数)でサンプルにスピンコーティングし,その後,5分間150℃の電熱板上で熱処理を加えた。(2)DMF に300mg mL-1の PbCl2+MAI(化学量論混合比1:3)を混合した溶液を15秒間,2000rpmで冷却サンプルにスピンコーティングした。
その後,15秒間サンプルを休ませ,45分間,110℃で焼きなまし処理を行った。(3)クロロベンゼンに40mg mL-1の PCBM を混合した溶液を30秒間,1000rpmでサンプルにスピンコーティングを行った。(4)56mg mL の ZnO を15秒間,2000rpmでサンプルにスピンコーティングし,その後,2分間120℃の電熱板上で熱処理を加えた。」(本件審決23頁10〜23行目) キ 「スロットダイコーティングに使用するデバイスの準備:ITO のパターンが形成された PET 箔をロールコーターのドラムに固定し,40℃(1ステップ法処理)または50℃(2ステップ法処理)のいずれかの温度に設定した。その後の層は11mmのメニスカス幅を加える特注のスロットダイコーティングヘッドを使用してコーティングした。1ステップ法によるデバイスについて:まず,PEDOT:PSS(1/3の量の IPA を添加した 4083 PEDOT:PSS)をポンプ速度0.08mL min-1およびウェブ速度0.5m min -1 でスロットダイコーティングし,その後110℃で10分間,金属箔に焼きなましを施した。次に,DMF 溶液に350mg mL-1の PbCl2+MAI(化学量論混合比1:3)を混合した溶液をポンプ速度0.017mL min-1およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングし,その後110℃で40分間,金属箔に焼きなましを施した。続いて,(クロロベンゼンに20mg mL-1を添加した)PCBM 層をポンプ速度0.03mL min -1およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングした。(アセトンに56mg mL-1を添加した)ZnO の最終層をポンプ速度0.02mL min -1 およびウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングし,その後110℃で5分間,金属箔に焼きなましを施した。」(本件審決23頁36行目〜24頁12行目) (4) 引用文献2の記載 ア 「高効率なヨウ化鉛ペロブスカイト薄膜太陽電池の高速結晶堆積法」(本件審決28頁25行目) イ 「近年では,CH3NH3PbI3 および CH3NH3Pbl3Cl3(メチルアンモニウム塩化鉛)などのアルキルアンモニウム鉛(II)ハロゲン化合物は,集光性が高く,キャリア移動度の高い,容易な溶液加工性を備えた高効率の太陽光発電材料であることが知られている。これらの有機無機鉛(II)複合物質は,一般式 ABX3 によって周知のペロブスカイト構造で結晶化される。」(本件審決29頁の日本語訳4〜9行目) ウ 「本書では,一段階での溶剤導入高速結晶堆積法(FDC)について解説する。
FDC 法により平面で非常に均一な CH3NH3PbI3 の薄膜が作られる。このシンプルなアプローチでは,基板上に CH3NH3PbI3 の DMF 溶液によるスピンコーティングを施し,その後すぐに未乾燥塗膜をクロロベンゼン(CBZ)などの第2の溶剤に暴露して,結晶化を誘発する。この FDC 法のスピンコーティング法により,1つの工程による処理であるという利点と,膜の形成が1分以内に完了する短時間での蒸着という利点とがもたらされる。」(本件審決30頁日本語訳1行目〜31頁3行目) エ 「CH3NH3PbI3 膜を作製するための FDC 法を図 1 に示す。まず,高密度酸化チタン(IV)(TiO2)層(厚さ約30nm)を,噴霧熱分解を使用して,フッ素ドー プ酸化スズ(FTO)をコーティングしたガラス上に堆積させた。その後,CH3NH3PbI3の DMF 溶液(45wt%)を5000rpmで TiO2 層上にスピンコーティングした。一定の遅延時間(例えば,6秒)の後,第2の溶剤を基板にすばやく添加した。
第2の溶剤の役割は,混合溶剤における CH3NH3PbI3 の溶解度を急速に減少させ,それにより膜内の結晶の成長および高速の核形成を促すことである。クロロベンゼン,ベンゼン,キシレン,トルエン,メタノール,エタノール,エチレングリコール,2-プロパノール,クロロホルム,テトラヒドロコルチゾール(THF),アセトニトリル,ベンゾニトリルを含む,一連の12の溶剤を用いて試験を行った。第2の溶剤を添加した時に瞬間的に膜が黒くなることにより,望ましい材料が形成されたという証拠が得られた。対照的に,第2の溶剤を添加しない従来のスピンコーティングでは,未乾燥塗膜がゆっくりと乾燥し,光沢のある灰色の膜を得た。」(本件審決31頁10〜23行目) (5) 乙1(日本学術振興会情報科学用有機材料第142委員会C部会編「先端有機半導体デバイス-基礎からデバイス物性まで-」(平成27年8月25日発行))の記載 「ペロブスカイト太陽電池の作製方法 ペロブスカイト層の作製には大きく2種類がある。(1)一段法 …CH3NH4I(MAI)と PbCl2 を3:1で混合し,その溶液をスピンコートする方法である。…(2)二段法 PbI2 の溶液をあらかじめ塗布した後,基板を MAI 溶液に浸漬することによって PbI2 層に導入することにより PbPVK 層を作製する。これと類似した方法として,PbI2 層を作製した後,MAI 層をスピンコート法で作製し,ベークすることにより MAI を PbI2 層に侵入させる方法がある。」(262頁本文) (6) 甲17(国立研究開発法人産業技術総合研究所太陽光発電研究センター有機系薄膜チームA作成の「ペロブスカイト太陽電池の研究開発動向」と題する資料(2019年))の記載 「塗布法 スピンコート法 CH3NH3X と PbX2 を溶媒に溶かして塗布製膜・乾燥後, CH3NH3PbX3(X=I, Cl)薄膜が形成(1ステップ法) ※先に PbX2 薄膜を作製し,その上に CH3NH3X を塗布してペロブスカイトを作製する方法(2ステップ法)」(10頁右欄) 2 取消事由1(相違点2の認定の誤り)について (1)ア 本件補正発明1の要旨は,前記第2の3のとおりである。
イ 引用文献1の記載(ア,ウ,カ)によれば,引用発明1の内容は,本件審決(前記第2の4(1)ア(ア))が認定したとおりであると認められる(原告も,この点を特段争うものではない。)。
ウ 上記アとイを対比すると,本件補正発明1と引用発明1の一致点は,本件審決(前記第2の4(1)イ)が認定したとおりであると認められる(原告も,この点を特段争うものではない。)。
エ そうすると,本件補正発明1と引用発明1は,本件審決(前記第2の4(1)イ)が認定した相違点1〜3において相違するものと認められる。したがって,相違点2に係る本件審決の認定に誤りはない。
(2) 原告の主張について ア 原告は,相違点2に係る本件補正発明1の構成を「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬すること」と認定すべきである旨主張する。
しかしながら,前記第2の3のとおり,本件補正発明1に係る請求項1には,当該フィルムにつき「スロットダイコーティングした」などの限定はされていない(なお,前記1(1)のとおり,本件補正後の請求項3には,同請求項1と異なり,前駆体溶液が「スロットダイコーティングによって前記導電基板に塗布されることで,前記フィルムを形成する」との限定があることにも照らすと,同請求項1は,そのような限定をしない趣旨のものと解される。)。
原告は,スピンコーティングが大面積のペロブスカイト膜の製造には向かないことを前提として,本件補正発明1は,ペロブスカイト結晶の分布面積及び導電基板の面積(以下「本件面積」という。)が「25cm2 〜10000cm 2 」である との構成を有することから,このことを理由に,同発明の前駆体溶液のフィルムを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈すべきであると主張するところ,確かに,引用文献1には,スロットダイコーティングがペロブスカイト太陽電池の大規模な作製において第一の方法であること(前記1(3)ウ)及びスロットダイコーティングが大規模なロール・ツー・ロール方式による太陽電池処理を高性能化する上で優れたツールであること(同オ)が開示されており,これらの開示によれば,本件優先日当時,太陽電池に用いられる大面積のペロブスカイト膜の作製において,スロットダイコーティングが非常に有用な方法であったものと認められるが,本件補正発明1は,これに係る請求項1の記載のとおり,本件面積が25cm2又はこれに近いものも含んでおり,必ずしも大面積のペロブスカイト膜を製造する方法のみに係るものということはできないから,同発明が本件面積に係る上記構成を有しているからといって,前駆体溶液のフィルムにつき,これを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈すべき根拠となるものではない。
以上からすると,本件補正発明1における前駆体溶液のフィルムを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈することはできない。
なお,念のため,本願明細書の記載をみると,本願明細書には,前駆体溶液が回転塗布(スピンコーティング),スロットダイコーティング,インクジェット,印刷,浸漬又は塗りつけの方法によって導電基板に供給されること(前記1(2)の段落【0040】,【0044】)が記載されており,前駆体溶液のフィルムの形成方法は,スロットダイコーティングに限られず,他の様々な方法を含むものとされている。
そうすると,相違点2に係る本件補正発明1の構成は,単に「(前記)フィルムを逆溶剤に浸漬すること」と認定すべきであり,原告が主張するように,これを「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬すること」と認定するのは相当でない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ 原告は,相違点2に係る引用発明1の構成を「スピンコーティングしたフィルムを加熱処理すること」と認定すべきである旨主張する。
しかしながら,上記アのとおり,本件補正発明1において,前駆体溶液のフィルムの形成方法につき何らの限定もされていない以上,本件補正発明1と引用発明1の対比において,引用発明1における前駆体溶液のフィルムにつき,これを「スピンコーティングしたフィルム」と認定する必要はない(本件補正発明1は,前駆体溶液のフィルムがスピンコーティングにより形成される場合を含むから,当該フィルムの形成方法につき,本件補正発明1と引用発明1との間に相違はない。)。
また,引用発明1の内容(前記第2の4(1)ア(ア))のとおり,同発明は,前駆体溶液を基板に塗布した後,加熱処理を行うものである。しかしながら,特許出願に係る発明と先行発明との相違点の認定は,前者が新規性及び進歩性を有するか否かの判断のために行われるものであるところ,前者が進歩性を有するか否かの判断に当たっては,前者の構成の容易想到性のみが問題となるのであるから,後者が前者の有する構成と異なる構成を有する場合であっても,後者が有する構成を認定することなく,単に後者が前者の構成を備えない旨を認定することでも足りると解するのが相当である。したがって,本件補正発明1と引用発明1との対比においても,引用発明1が「フィルムを加熱処理すること」との構成を有することを認定することなく,単に引用発明1が本件補正発明1の有する構成を備えていない旨のみを認定した本件審決は相当である。
以上のとおりであるから,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 小括 よって,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 引用文献2に記載された技術 ア 引用文献2の記載(前記1(4)ア〜エ)によれば,同文献には,ペロブスカイト薄膜太陽電池の高速結晶堆積法(FDC 法)として,一般式ABX3によって周 知のペロブスカイト構造で結晶化される CH3NH3PbI3 の DMF 溶液を基板上にスピンコーティングし,その後,クロロベンゼン(CBZ)等の第2の溶液に暴露し,結晶化を誘発することによって,平面で非常に均一な CH3NH3PbI3 の薄膜を1分以内の短時間で蒸着させるとの利点を有する技術(以下「本件技術」という。)が開示されていると認められる。
イ ここで,本件技術にいう「第2の溶液」が本件補正発明1にいう「逆溶剤」に相当するか否かにつき検討する。
本願明細書の記載(前記1(2)の段落【0010】,【0014】,【0039】,【0041】,【0047】)によれば,本件補正発明1にいう「逆溶剤」とは,ペロブスカイト成分を有する前駆体溶液から製造されたフィルムに接触することにより,フィルムにペロブスカイト結晶を生成させる溶剤であって,その一例は,クロロベンゼンであると認められる。そして,上記アのとおり,本件技術にいう「第2の溶剤」も,基板上にスピンコーティングされた CH3NH3PbI3 に接触し,そのペロブスカイト結晶化を誘発するものであって,その一例がクロロベンゼンであるとされているものであるから,本件補正発明1にいう「逆溶剤」に相当する。
ウ そうすると,本件技術は,相違点2に係る本件補正発明1の構成(「前記フィルムを逆溶剤に浸漬すること」)を開示するものといえる(原告も,この点を特段争うものではない。)。
(2) 引用発明1において本件技術を採用することの容易想到性 引用発明1と本件技術は,共に太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造方法という同一の技術分野に属する上,基板に前駆体溶液を塗布し,そのフィルムにおけるペロブスカイト結晶化を促進させてペロブスカイト膜を作製するという点で,技術思想においても共通するところがある。また,本件技術は,平面で非常に均一なペロブスカイト膜を短時間で形成するとの利点をもたらすものであるところ,これは,太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造において,一般的かつ普遍的に求められる利点であるといえる。なお,本願明細書の記載(前記1(2)の段落 【0039】,【0045】)によれば,上記のペロブスカイト結晶化を促進させる方法として,加熱処理を施すか逆溶剤に浸漬するかは,互いに代替可能な手段であると認められ,引用発明1において本件技術を採用することにつき阻害要因があるとはいえない。
以上によると,引用発明1において本件技術を採用し,同発明における加熱処理に代えて相違点2に係る本件補正発明1の構成(逆溶剤への浸漬)とすることは,本件優先日当時の当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(3) 原告の主張について ア 原告は,本件補正発明1は2ステップ法に属するのに対し,引用発明1は1ステップ法に属するから,両者は製造方法を大きく異にし,当業者は相違点2に係る本件補正発明1の構成には容易に想到し得ない旨主張する。
そこで検討するに,乙1の記載(なお,「CH3NH4I」とあるのは「CH3NH3I」の誤記であると認められる。),引用文献1の記載(前記1(3)ウ)及び引用文献2の記載(同(4)ウ,エ)を総合すれば,太陽電池に用いられるペロブスカイト膜の製造において,1ステップ法(一段法)とは,一例を挙げれば,CH3NH3I と PbCl2 を混合した溶液を基板に塗布する方法であり,2ステップ法(二段法)とは,一例を挙げれば,あらかじめ PbI2 の溶液を基板に塗布した後,その上に CH3NH3I を塗布する方法であると認められる(なお,本件優先日の後に作成された甲17の記載も,上記認定に符合するものである。)。
そして,本件補正発明1に係る請求項1は,前駆体溶液の供給方法につき,上記のような二段階のものに限る旨の特段の限定をしていないから,同発明は,1ステップ法を含むというべきである(なお,念のため,本願明細書の記載(前記1(2)の段落【0042】)をみると,前駆体溶液の溶質は,PbI2 と CH3NH3I(これは,両者の混合物であると解される。)とすることができるとされており,1ステップ法が排除されていない。)。
したがって,本件補正発明1が2ステップ法のみを採用していることを前提とす る原告の上記主張は,その前提を誤るものとして採用することができない。
イ 原告は,本件補正発明1はスロットダイコーティングによりフィルムを形成するものであるのに対し,引用発明1はスピンコーティングによりフィルムを形成するものであるから,この点でも,両者は製造方法を大きく異にし,当業者は相違点2に係る本件補正発明1の構成には容易に想到し得ない旨主張する。
しかしながら,本件補正発明1におけるフィルムを「スロットダイコーティングしたフィルム」と限定して解釈することができないことは,前記2(2)アにおいて説示したとおりであるから,同発明におけるフィルムの形成方法がスロットダイコーティングのみであることを前提とする原告の上記主張は,その前提を誤るものとして採用することができない。
なお,原告は,引用文献1〜3を併せて見ても,「スロットダイコーティングしたフィルムを逆溶剤に浸漬する」という本件補正発明1の構成は導かれない旨主張するが,上記説示したところに照らせば,原告のこの主張も,同様に失当である。
ウ 原告は,引用発明1は1ステップ法に属するのに対し,本件技術は2ステップ法に属するから,引用発明1に本件技術を組み合わせる動機づけがない旨主張する。
しかしながら,引用文献2の記載(前記1(4)ウ,エ)によれば,本件技術が上記アにいう1ステップ法に属するものと認められるから(なお,引用発明1が1ステップ法に属することは,当事者間に争いがない。),原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 小括 よって,取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(相違点6の判断の誤り)について (1)ア 引用文献1の記載(前記1(3)ア,ウ,キ)によれば,引用発明2の内容は,本件審決(前記第2の4(1)ア(イ))が認定したとおりであると認められる(原告も,この点を特段争うものではない。)。
イ 上記アによれば,引用発明2は,PbCl2 と MAI を混合した溶液をポンプ速度0.017mL min -1及びウェブ速度0.5m min -1でスロットダイコーティングすることにより,前駆体溶液を基板に塗布する工程を含むものである。
ここで,引用文献1(前記1(3)オ)には,スロットダイコーティングが太陽電池処理を高性能化する上で優れたツールである旨の記載があるところ,ペロブスカイト膜におけるペロブスカイト結晶が基板上に連続かつ均一に分布していることは,太陽電池を高性能化する上で必要不可欠な事柄であるから(本願明細書の前記1(2)の段落【0004】,【0005】参照),スロットダイコーティングを用いた引用発明2においても,ペロブスカイト膜のペロブスカイト結晶を基板上に連続かつ均一に分布させることは十分に可能であると認められ(なお,本件補正発明2において,ペロブスカイト結晶が導電基板上に連続かつ均一に分布しているといえるための客観的な指標は,何ら設定されていない。),また,ペロブスカイト太陽電池の高性能化を目指す引用発明2(引用文献1の前記1(3)ア)においては,そのことが強く求められているというべきである。
さらに,前記2(2)アのとおり,本件優先日当時,スロットダイコーティングは,大面積のペロブスカイト膜の作製において非常に有用な方法であったと認められるのであるから,引用発明2の上記工程において,スロットダイコーティングを施す時間を長くしさえすれば,大面積の基板に前駆体溶液を塗布することができ,これにより,本件面積を大きくすることができるといえる(なお,スピンコーティングに関する記載ではあるものの,本願明細書の前記1(2)の段落【0032】には,前駆体溶液の回転塗布における各パラメーターを調整することで,大面積ペロブスカイト膜を製造することができるとの記載がある。)。加えて,引用発明2が記載された引用文献1自体に,スロットダイコーティングがペロブスカイト太陽電池の大規模な作製において第一の方法である旨の記載があり(前記1(3)ウ),引用発明2を大面積のペロブスカイト膜の作製に用いる可能性が示唆されている。
以上によると,引用発明2において相違点6に係る本件補正発明2の構成を採用 することは,本件優先日当時の当業者において容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
(2) 原告の主張について ア 原告は,本件補正発明2における本件面積は25cm 2 〜10000cm 2であるのに対し,引用発明2におけるペロブスカイト膜の面積は5×2.5cm2であって,両者は余りにも差があるから,単に引用発明2の方法を用いた製造装置を大きくすれば相違点6に係る本件補正発明2の構成が得られるとはいえない旨主張する。
確かに,引用文献1についての前記1(3)エには,ガラス基板が5×2.5cm2 である旨の記載があるが,これは,スクリーン印刷の方法が施された基板についていうものであって,スロットダイコーティングが採用された引用発明2についていうものではない。また,本件補正発明2は,これに係る請求項2の記載のとおり,本件面積が25cm2又はこれに近いものも含んでいる。
そうすると,本件補正発明2における本件面積と引用発明2におけるペロブスカイト膜の面積が余りに違いすぎるとする原告の主張は,採用することができない。
なお,原告は,本件補正発明2における本件面積25cm 2 は10000cm2を前提とした25cm2であるなどとも主張するが,本件補正発明2における25cm2は,客観的な数値であって,「10000cm2を前提とする25cm2」などという数値を観念することはできないから,原告のこの主張も失当である。
イ 原告は,本件補正発明2における前駆体溶液の供給手段は印刷に限定されていないのに対し,引用発明2における同手段は印刷に限定されているのであるから,当業者は相違点6に係る本件補正発明2の構成に容易に想到することはできない旨主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,引用発明2は,前駆体溶液の供給方法として印刷を採用するものではなく,スロットダイコーティングを採用するものである。
そして,本件補正発明2も,スロットダイコーティングを含むものであるから(本 願明細書の前記1(2)の段落【0040】,【0044】),両発明における前駆体溶液の供給手段の違いを根拠に相違点6に係る本件補正発明2の構成についての容易想到性を争う原告の主張は,その前提を誤るものとして採用することができない。
なお,原告は,引用発明2が引用文献1の漠然とした記載に基づくとも主張するが,引用文献1の記載(前記1(3)ア,ウ,キ)をみても,これらが漠然とした記載であるとはいえず,原告のこの主張も失当である。
(3) 小括 よって,取消事由3は理由がない。
5 結論 以上の次第であるから,原告の請求は理由がない。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 中島朋宏