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事件 損害賠償請求
令和3年9月6日判決言渡 同日判決原本交付 裁判所書記官 (本訴)令和2年(ワ)第3247号 損害賠償請求事件 (反訴)令和2年(ワ)第8842号 損害賠償請求事件 口頭弁論終結の日 令和3年7月12日 5判決
本訴原告・反訴被告 水研テック株式会社 (以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 黒原智宏
同 宮本広志 10 本訴被告・反訴原告 P1 (以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士 柏田笙磨
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2021/09/06
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告は,被告に対し,50万円及びこれに対する令和2年3月17日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
15 2 原告の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを25分し,その7を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
全容
20 第1 請求 1 本訴 被告は,原告に対し,1080万円及びこれに対する令和2年7月2日から支払 済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2 反訴25 原告は,被告に対し,499万1000円及びこれに対する令和2年3月16日 から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要 1 本訴請求は,発明の名称を「水道配管における漏水位置検知装置」とする特 許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有 する原告が,被告がその業務として行う漏水探査に際して使用する器具は本件特許 5 に係る発明の技術的範囲に属するから,被告によるその使用は本件特許権を侵害す ると主張して,被告に対し,本件特許権侵害不法行為に基づく損害賠償1080 万円及びこれに対する不法行為の日の後(訴状送達の日の翌日)である令和2年7 月2日から支払済みまでの平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改 正前の民法」という。)所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める事案10 である。
反訴請求は,被告が,本訴は事実的及び法律的根拠を欠くものであるにもかかわ らず,原告が本訴を提起したことは不法行為を構成すると主張して,原告に対し, 不法行為に基づく損害賠償499万1000円及びこれに対する令和2年3月16 日から支払済みまでの改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を15 求める事案である。
2 前提事実(証拠等を掲げていない事実は,争いのない事実,裁判所に顕著な 事実又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。) (1) 当事者 ア 原告は,漏水探査,漏水診断,分析その他水道に関するコンサルタント業務20 等を目的とする株式会社である。
イ 被告は,原告の元従業員で,平成22年7月29日に原告を退職し,その後, 「アクア漏水探査」の屋号で漏水探査等を目的とする業務を行っている者である。
(2) 本件特許権 原告は,以下の本件特許権を有する(以下,本件特許に係る明細書及び図面を「本25 件明細書」という。)。本件明細書の記載は,別紙「特許公報」のとおりである(甲 5)。
特許番号 特許第 6331164 号 発明の名称 水道配管における漏水位置検知装置 出願日 平成28年9月14日 登録日 平成30年5月11日 5 特許請求の範囲 別紙「特許公報」の特許請求の範囲請求項1及び2に各記載 のとおり(以下,上記各請求項記載の各発明を請求項の順に「本件発明1」などと いい,また,これらを併せて「本件各発明」という。) (3) 構成要件の分説 本件各発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである。
10 ア 本件発明1 A 水道管埋設配管の管内水中に空気と水素混合ガスを各々適宜に充填し圧送し て圧縮空気が噴出する際に生じる空気の噴出音を聴音すると共に,水素混合ガスを 注入し漏出する混合ガスを水素ガス探索機(15)により探査して漏水箇所(12)を 検出するために,耐圧ホース(28)を介して水道宅内給水管(11)に連結される水15 道配管における漏水位置検知装置において, B 圧縮空気注入口(25)と探査ガス注入口(25a)になる雌ネジカプラー(20a) からバルブ(24)を介して接続された配管の末端にドレン弁(24a)が設けられ, C 前記圧縮空気注入口(25)と前記水素ガス注入口(25a)の分岐部に位置する 圧力計(23)と,流量計(22)と圧力調整弁(21)及び前記耐圧ホース(28)が接続20 される雄ネジカプラー(20)を各々配置して接続されると共に, D 前記圧縮空気注入口(25)に接続されるエアコンプレッサー(27)と前記水素 ガス注入口(25a)に接続される水素ガスボンベ(26)間を耐圧ホース(28)で接続 された混合ガス操作ボックス(29)を備えたこと E を特徴とする漏水位置検知装置。
25 イ 本件発明2 F 給水栓(蛇口)10 にセットする蛇口治具(18)と, G 雌エアカプラー(61)とソケット(62),ニップル(63),チーズ(64)及び 雄カプラー(66)を基本構成とし,ボールバルブ(65)のハンドルの長さに対応し て,ニップル(63)及びソケット(62)の数が適宜追加可能な簡易治具(19)を設け たこと 5 H を特徴とする請求項1記載の漏水位置検知装置。
(4) 本訴提起と被告に対する訴状送達 原告は,令和2年3月17日,同月16日付け訴状により本訴を提起した。その 訴状副本は,同年7月1日,被告に対して送達された。
3 争点10 (1) 本訴について ア 本件各発明の技術的範囲への属否(争点1) (ア) 文言侵害の成否(争点1-1) (イ) 均等侵害の成否(争点1-2) イ 無効理由の有無(争点2)15 ウ 原告の損害額(争点3) (2) 反訴について ア 本訴提起による不法行為の成否(争点4) イ 被告の損害額(争点5) 第3 当事者の主張20 1 文言侵害の成否(争点1-1) (原告の主張) 原告が行う「エア加圧工法」と呼称される漏水位置探知方法は,圧縮空気を送り 出す管を,特殊専用治具(以下「原告治具」という。)を用いて水道の蛇口部分に 直接取り付け,圧縮空気ないし水素ガスを水道管内に注入して漏水の音を増幅させ,25 この音を聴き取ることで漏水箇所の特定を迅速かつ容易に実現しようとするもので あり,原告治具がなければ,エア加圧工法は運用不能である。したがって,原告治 具は,原告の工法における重要な構成要素である。なお,被告が原告退職時に無断 で持ち出した原告治具とは,別紙「加圧器具詳細図」記載の「B」及び「D」の治具 である。
本件各発明は,このような漏水位置探知方法に用いる装置に関するものである。
5 本件各発明において,水道の蛇口に圧縮空気等を注入することを可能とするのは, 原告治具を中心とする装置であり,これを用いて水道栓のケレップと呼ばれる部品 を取り外すことで初めて蛇口からの気体注入が可能となる。その意味で,本件各発 明のうち,本件発明2が基本形を構成するものであり,本件発明1は,水素混合ガ スを用いた点に着目して,水素混合ガス装置部分を本件発明2から括り出したもの10 である。
被告は,原告退職時に持ち出した原告治具又はこれと同種のもの(以下「被告治 具」という。)を使用してエア加圧工法による漏水探査を行っている。このような 被告の漏水探査方法は,本件各発明の各構成要件を充足する。
本件各発明の構成要件ごとの原告の主張は,別紙「クレームの分説と構成要件充15 足性」記載のとおりである。
したがって,被告治具を含む被告が漏水位置検知にあたって使用する装置(以下 「被告装置」という。)は,文言侵害により本件各発明の技術的範囲に属する。
(被告の主張) (1) 被告が漏水探査を行う際に使用する器具等(被告装置)が本件発明2の構成20 要件 F を充足することは認め,その余は否認ないし争う。
(2) 本件各発明は,混合ガス操作ボックスを備えたことを特徴とする漏水位置検 知装置であり,漏水探査方法の発明でも治具の発明でもない。
(3) 被告は,漏水探査を行う工法として,量水器の確認を行った上で,音聴法(音 聴棒を用いて漏水音を直接人の耳により感知する工法)及び漏水探知法(漏水探知25 器を用いて漏水個所から路面まで伝播してきた漏水音を検出し,漏水探知器本体で 信号音を電気的に増幅し,ヘッドホンでその音を聞き取る工法)又はコンプレッサー 工法を実施する。コンプレッサー工法は,屋外での作業等で音聴法や漏水探知法で は漏水位置の特定が困難な場合に実施するものであり,蛇口等にエアコンプレッサー を繋ぎ,圧縮空気を水道管内に注入して漏水音を増幅させる工法である。被告が実 施しているコンプレッサー工法は,音聴法により加圧する蛇口を選定し,当該蛇口 5 に水栓取付器具(又は蛇口を取り外して水栓取外し器具)及び圧力計ユニットを装 着し,圧力計ユニットと市販のエアコンプレッサーを耐圧ホースで繋ぎ,エアコン プレッサーを稼働させて圧縮空気を水道管内部に送り込むことにより,漏水音を増 幅させ,漏水探知器による漏水音・異常音を探知しやすくする工法であり,漏水探 査業界では一般的なものである。
10 また,別紙「加圧器具詳細図」記載の治具 B 及び D は,被告が使用している部品 であるところ,被告が,基となる金具をホームセンターやインターネットショッピ ングで購入し,はんだ溶接により自作したものである。
さらに,本件各発明は,従来から存在していたエアコンプレッサーを利用した探 査と水素ガスによる探査の二つの異なる漏水探査方法を混合ガス操作ボックスとい15 う一つの装置で同時に又はいずれかの方法での漏水探査を可能とした点に新規性が 認められたものと理解されるのであって,原告治具を用いたことが特徴的であり, この点に新規性進歩性が認められて特許発明とされたとの原告の理解は失当であ る。
本件各発明の構成要件ごとの被告の主張は,別紙「クレームの分説と被告の認否」20 記載のとおりである。
2 均等侵害の成否(争点1-2) (原告の主張) 以下の点を補足するほかは,別紙「クレームの分説と構成要件充足性」記載のと おりである。したがって,被告装置は,均等侵害により本件各発明の技術的範囲に25 属する。
(1) 均等の第1要件について 漏水探査の際に水道管内に気体を送り込むのは,漏水音の増幅を目的とするもの であるから,気体の種類は,漏水音の増幅効果が生ずればよく,必ずしも水素混合 ガスだけに限られない。
(2) 均等の第2要件について 5 水素混合ガスを圧縮空気に置き換えても,漏水音の増幅を図り漏水箇所の発見探 知を容易にするという本件各発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏 する。
(3) 均等の第3要件について 水素混合ガスを使用せずに,単なる圧縮空気に置き換えることは,当業者にとっ10 て容易に想到することができる。
(4) 均等の第4要件について 蛇口に特殊治具を装着した上で,蛇口の水栓コマ(ケレップ)を取り出して水道 管内の気体の逆流を可能にすることで漏水音の増幅を図るという方法は,新規性及 び進歩性を有するものであって,本件特許出願時における公知技術と同一又は当業15 者が容易に推知できたものではない。
(5) 均等の第5要件について 被告装置では,圧縮空気を送り込む点に本件各発明との相違があるところ,本件 特許出願に当たり,漏水探査の際に水道管内に送り込むものとして水素混合ガスを 用いているのは,送り込む気体の種類について使用することが容易な一例を示した20 ものに過ぎず,圧縮空気を意識的に除外したものではない。
(被告の主張) 否認又は争う。
均等侵害を主張するには,原告において,特許請求の範囲に記載された構成を分 説し,それに対応するように被疑侵害物等の構成も分説して特許請求の範囲と対比25 し,構成要件の不充足部分を特定した上,均等の第1要件〜第3要件の充足を主張 する必要がある。しかるに,原告は,特許請求の範囲の記載と対比した被疑侵害物 等の構成要件充足性を明確に主張していないから,原告の均等侵害の主張は,被疑 侵害物の特定及び構成要件充足性の主張を欠き,失当である。
3 無効理由の有無(争点2) (被告の主張) 5 (1) 特許第 2907712 号公報(乙18。平成11年6月21日発行。以下「乙18 文献」という。)は,水道管,ガス管又は下水道管等の流体導管中に発生した水道 水,ガス又は下水の漏出箇所を発見するに好適な漏れ箇所の調査装置及びその調査 方法に関するものであるところ,当該文献には,エアコンプレッサーから供給され る気体を水道管に注入するにあたり媒介となる装置として,パイプを介して給水管10 に連結される装置で,ネジカプラーからバルブを介して接続され,配管の末端にド レン弁が設けられ,圧力計,流量計,圧力調整弁及び前記パイプが接続されるネジ カプラーが各々配置されている装置に係る発明(以下「主引用発明」という。)が 開示されている。
この主引用発明と本件各発明との相違点は,水素ガスボンベの接続の有無にある。
15 (2) 乙18文献には,極めて微小な漏水音を補足することは困難であるとの課題 が示唆されているところ,当該課題の解決方法として,乙18文献記載のように圧 縮空気を水道管内に注入する方法のほか,乙19〜21記載の公知技術である水素 ガスを水道管内に注入してガス検知装置で特定する方法があり,当業者は,これら を組み合わせて検査精度を高める動機付けがある。
20 したがって,主引用発明に水素ガスボンベの接続を加えることを想到することは, 当業者にとって容易である。
(3) そうすると,本件各発明は,いずれも,本件特許出願前に日本国内において 頒布された刊行物に記載された発明である主引用発明に基づいて容易に発明をする ことができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項に違反してされたも25 のである。すなわち,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであ るから(同法123条1項2号),原告は,被告に対し,本件特許権を行使するこ とができない(同法104条の3第1項)。
(原告の主張) 否認又は争う。
4 原告の損害額(争点3) 5 (原告の主張) 被告は,本件特許権の侵害行為により,1年間に少なくとも360万円の利益を 上げている。これにより,原告は,本来であれば更に広く漏水探査事業を展開でき るべきところ,その機会を奪われ,損害を受けた。
原告の損害額は,その3年分の1080万円を下らない(特許法102条2項)。
10 したがって,原告は,被告に対し,本件特許権侵害不法行為に基づき,108 0万円の損害賠償及びこれに対する令和2年7月2日(訴状送達の日の翌日)から 支払済みまで改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張) 否認又は争う。
15 5 本訴提起による不法行為の成否(争点4) (被告の主張) 前記1〜4の各(被告の主張)のとおり,本訴請求は,原告の主張する権利又は 法律関係に係る事実的根拠を全く欠くものであり,必然的に法律的根拠もない。原 告は,それを知りながら,又は通常人であれば容易にそのことを知り得たにもかか20 わらず,あえて,被告の営業活動を妨害することを目的として本訴を提起したので あり,原告による本訴の提起は,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠 く。したがって,原告による本訴の提起は不法行為を構成する。
(原告の主張) 否認又は争う。
25 6 被告の損害額(争点5) (被告の主張) (1) 慰謝料 300万円 被告は,原告を退職後,平成22年9月から個人事業として漏水探査事業を開業 したところ,同年10月頃以降,原告から執拗に恫喝行為や嫌がらせ行為を受け, 遂には本訴を提起された。これにより,被告は,応訴の負担のみならず,威圧感や 5 恐怖心を覚えると共に,裁判所の判断の行方や今後の事業継続に対する不安感等か ら過度な心理的負荷を与え続けられることになった。被告が被ったこのような精神 的苦痛を慰謝するためには,少なくとも300万円の慰謝料の支払が必要である。
(2) 弁護士費用 199万1000円 被告は,本訴の提起に応訴するため訴訟代理人を選任し,次の弁護士費用の支払10 を余儀なくされた。
ア 着手金 60万5000円(消費税込。既払い) イ 報酬金支払合意額 138万6000円(消費税込) 計算式 19 万 8000 円+経済的利益の 11% 本訴請求棄却の場合 19 万 8000 円+(1080 万円×11%)=138 万 6000 円15 (3) 小括 以上より,被告は,原告に対し,不法行為に基づき,合計499万1000円の 損害賠償及びこれに対する令和2年3月16日から支払済みまで改正前の民法所定 の年5%の割合による遅延損害金の支払を求める。
(原告の主張)20 否認又は争う。
第4 当裁判所の判断 1 文言侵害の成否(争点1-1)及び均等侵害の成否(争点1-2)について (1) 本件明細書の記載 本件明細書には,次の記載がある。
25 ア 技術分野 「本発明は,一般住居等に埋設された水道配管における漏水位置を探査して検出 する漏水位置検知方法に関するものである。」(【0001】) イ 背景技術及び発明が解決しようとする課題 「住居等に給水される水道配管は,公道上の配水本管から分岐され個人宅内に給 水配管された元栓を有する量水器までの主給水管と,量水器を経た給水管によって 5 各々で分岐配管される水栓へと配管されている。このような水道配管において,定 期的な検針により水道使用量が著しく多い事が分かった場合は,水道配管からの漏 水発生ではないかと疑うことになる。しかしながら,直ちに水道配管内の漏水であ るとは断定ができない。そこで,水道配管に生じた漏水箇所を検知する方法が種々 提案されている。」(【0002】)10 「漏水調査の技術としては,漏水箇所から発生する漏水音を探知する方法の他, 地中レーダを利用した方法やトレーサーガスを水道管に注入して漏水を探知する方 法があるが,現在実用化されている技術としては,漏水音を探知する方法が最も一 般的である。
例えば,埋設された水道配管の漏水探知方法として,一般的には聴音式漏水探知15 方法が知られている。この方法は,漏水発生した想定管路の上に探知器を使用して 路面にピックアップ(音圧センサー)を置き,地中を伝搬して地上面まで達した漏 水音を,漏水探知器で捕えるものである。」(【0003】) 「その性能は,ピックアップの感度と周波数特性,及び増幅器の増幅度とノイズ フィルターにより決定される。したがって,漏水音をその他のノイズ…の聞き分け20 が必要で,機器を使いこなすには相当の熟練が必要になる。また,漏水音が微弱な 場合や潜在的な漏水(プール化した漏水)は探査が困難であるという問題があった。
このため,近年では,例えば,…相関式漏水探知方法が多く採用されている。 【0004】 ( 」 ) 「また,…水道配管に取り付けられた蛇口に圧力ゲージを取り付け,圧力ゲージ のエア抜きを行い,水道配管の元栓を閉栓した後に,蛇口を開栓し,圧力ゲージの25 圧力表示によって漏水を検知する方法が提案されているが,この方法では漏水箇所 (漏水点)を確実に特定することはできない。」(【0005】) 「相関式漏水探知方法は,単純な聴音式探知方法よりは,生活騒音などの影響は 少ないものの,漏水発生の状態や(漏水孔,管材質,水圧,周囲の状況等)により 異なる。さらに,伝搬経路(土,コンクリート管材質等)により減衰することで,漏 水発生点を挟む漏水音が2点間に伝搬していない場合や漏水音の伝搬率の低い塩ビ 5 管等(管材)の場合,漏水音の減衰度が大きくなり,探知精度に大きく影響して漏 水音の検出が困難になるという課題があった。
本発明は,水道配管の途中で生じている漏水箇所を正確かつ確実に短時間で検出 できる漏水検知方法を提供することを目的とする。」(【0007】) ウ 発明の効果10 「本発明によれば,今まで漏水探知が困難な漏水箇所でも正確かつ確実に短時間 で早期に漏水箇所を探査することができる。すなわち,管体から漏洩した水素ガス を吸引してデジタル表示する水素ガス探索機を使用して漏洩箇所を瞬時に特定した り,水道管内の空気が漏洩する際に発生する独特の漏洩音を漏水探知器により聴音 することで迅速且つ確実な漏水探査が可能になる。」(【0009】)15 エ 発明を実施するための形態 「この水道配管において,例えば,腐食した部分や継手部分に漏水が発生して, その漏水箇所(12)を特定する場合,通常,分岐給水配管 P2(11)の分岐管(13) ごとに加圧試験区域を分割して行きながら水密試験を行う(エア加圧による水密試 験)。水密試験は,エアコンプレッサー(27)により圧縮された空気…を使用して20 行うが,同時にエアを利用した漏水探査を行う。作業としては,エアの弾ける音を 聴音するために漏水探知器(14)…を利用して聴音して漏水箇所の特定を行う。尚, その工法で実施しても漏水ポイントが確定できない場合は,水素ガスによる探査に 切り替える事で,一つの装置で同時に,いずれかの方法で漏水探査が可能になる。
すなわち,一石二鳥の即応体制が取れる事が最大の利点となる。水素ガス探査の場25 合は,空気に替わり水素ガスボンベ(26)に詰められた水素を検知ガスとして使用 する。」(【0013】) 「図2の装置構成について説明すると,漏水箇所 2 の探知区間である宅内給水配 管(11)を含む区間の一端に分岐管(13)の蛇口の上部に付いている水栓コマ(ケ レップ)を外して一旦元通りに締め直し,蛇口冶具(18)に簡易取付冶具 A/B を取 り付けてその次に耐圧ホース(28)を接続し,検査ガスが注入できるように準備す 5 る。
尚,エアコンプレッサー(27)及び水素ガスボンベ(26)を介して耐圧ホース(28) を接続して水道配管内に適宜簡便に選択し充填加圧を行う。
図5に示すように,混合ガス操作ボックス(29)は,圧縮空気注入口(25)と探 査ガス注入口(25a)からなるカプラー(雌)(20a)からバルブ(24)に接続された10 配管の末端にドレン弁(24a)が設けられ,エアと水素ガス挿入口の分岐部に位置す る圧力計(23)と流量計(22)と圧力調整弁(21)及び雄ネジカプラー(20)を各々 配置して接続されている。」(【0015】) 【図2】15 【図5】 「水素ガス探索機(15)…は,管内に充填圧送された空気と同じく,漏水箇所か ら噴出した水素を感知することで,その位置をデジタル表示して検出できるように されている。水素ガスは軽く分子構造が微小であるため,例えば,床板とコンクリー 5 トからなる二重張りの木造構造の地面(F)でも容易に通過し,早く上昇して来るの で,早期に漏水箇所(12)を探査することができる。」(【0017】) 「図2は,エアコンプレッサー(27)と水素ガスボンベ(26)の双方を接続可能な 雌ネジカプラー(20)と(20a)の2個を設けた混合ガス操作 Box(29)を耐圧ホー ス(28)に接続して,簡易冶具 A/B(19)と蛇口冶具 A/B(18)とからなる一例を示10 すもので,探査状況に応じて,エアと水素ガスの圧送を適宜簡便に選択できるよう にされている。蛇口にセットする蛇口冶具 A/B(18)と簡易冶具 A/B(19)について は,…雌エアカプラー(61)とソケット(62),ニップル(63),チーズ(64), ボールバルブ(65),雄カプラーソケット(66)を基本構成とし,ボールバルブ(65) のハンドル…の長さに対応して,ニップル(63)及びソケット(62)の数が…適宜15 に追加可能な簡易冶具 A/B(19)として蛇口冶具 A/B(18)のセットで使用する事が 好ましい。この場合,エアのみの探査で使用することができるし,水素ガスの探索 にも利用ができる。しかも,エアと水素ガスの充填の混合比率を変える事も簡単に でき得る。」(【0019】) (2) 文言侵害の成否(争点1-1)について ア 被告装置の構成等 証拠(乙1〜6)及び弁論の全趣旨によれば,被告が漏水探査にあたり実施する コンプレッサー工法は,音聴法により選定した蛇口に被告治具を含む水栓取付器具 (又は蛇口を取り外して水栓取外し器具)及び圧力計ユニットを装着し,圧力計ユ 5 ニットと市販のエアコンプレッサーを耐圧ホースで繋ぎ,エアコンプレッサーを稼 働させて圧縮空気を水道管内部に送り込むという工法であることが認められる。ま た,これを踏まえると,被告装置の構成は,次のとおりであることが認められる。
a 水道管埋設配管の管内水中に,空気を充填し圧送して圧縮空気が噴出する際に 生じる空気の噴出音を聴音し,漏水箇所を検出するために,耐圧ホースを介して水10 道宅内給水配管に連結される水道配管における漏水位置検知装置であり, c 水栓取付器具(A〜D)と共に蛇口に装着され,又は,蛇口を取り外しこれらに 換えて水栓取外し器具(E)に装着された圧力計ユニット(F)が耐圧ホースの一端 に接続されると共に, d 前記耐圧ホースの他端に接続されるエアコンプレッサーを備えた15 e 漏水位置検知装置であって, f 蛇口に装着する水栓取付器具(A〜D)又は水栓取外し器具(E)と, g 真鍮製ソケットカプラー(I),スクリュージョイント(J)及び真鍮製プラ グカプラー(M)を基本構成とする圧力計ユニット(F)を設けた h ことを特徴とする漏水位置検知装置。
20 イ 被告装置の構成要件充足性 前記認定の被告装置の構成によれば,被告装置は,まず,水素混合ガス及び水素 ガス探索機を使用しておらず,これに伴い,探査ガス注入口(水素ガス注入口)も, これに接続される水素ガスボンベも,混合ガス操作ボックスも備えていない。この ため,被告装置は,本件発明1の構成要件 A〜E をいずれも充足しない。また,被告25 装置は,ドレン弁を設けていない点でも構成要件 B を充足せず,流量計及び圧力調 整弁を接続していない点でも構成要件 C を充足しない。以上のとおり,被告装置は, 本件発明1の構成要件 A〜E をいずれも充足しない。
他方,本件発明2については,本件発明1に係る特許請求の範囲請求項1の従属 項である請求項2記載の発明であることから,被告装置が本件発明1の構成要件を 充足しない以上,本件発明2の構成要件 H を充足しない。また,被告装置は,構成 5 要件 F を充足することは当事者間に争いがないものの,ニップル及びソケットを使 用しておらず,このため,これらの数が適宜追加可能となっていないことから,構 成要件 G を充足しない。以上のとおり,被告装置は,本件発明2の構成要件 G 及び H をいずれも充足しない。
ウ 小括10 したがって,被告装置につき,本件各発明に係る文言侵害はいずれも成立しない。
(3) 均等侵害の成否(争点1-2)について ア 特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等する製品又は用いる 方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,異な る部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),上記部分を対象製品等にお15 けるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を 奏するものであって(第2要件),上記のように置き換えることに,当業者が,対 象製品等の製造の時点において容易に想到することができたものであり (第3要件), 対象製品等は,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれか ら当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,対象製品等が20 特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当 たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,当該対象製品等は,特許請求の 範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明技術的範囲に属するものと 解される(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・ 民集52巻1号113頁参照)。
25 また,第1〜第5要件の主張立証責任については,第1〜第3要件については, 対象製品等が特許発明均等であると主張する者が主張立証責任を負うと解すべき であり,他方,対象製品等が上記均等の範囲内にあっても,均等の法理の適用が除 外されるべき場合である第4及び第5要件については,対象製品等について均等の 法理の適用を否定する者が主張立証責任を負うと解される。
さらに,第1要件について,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の 5 特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する 特徴的部分であると解される。上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記 載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明 の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成す る特徴的部分が何であるかを確定することによって認定される。
10 イ 前記(2)のとおり,被告装置は,本件発明1の構成要件 A〜E のいずれも充足 せず,また,本件発明2の構成要件 G 及び H を充足しない。しかるに,原告は,前 記第3の2の(原告の主張)のとおり,被告装置の特定,被告装置と本件各発明と の対比や相違部分(以下「相違部分」という。)の主張を具体的に行っておらず, 原告が主張立証責任を負う均等の第1〜第3要件に関する主張は,被告装置が水素15 混合ガスを使用しないという点に関するものにとどまっている。また,別紙「クレー ムの分説と構成要件充足性」の「本訴被告が漏水調査に用いる物に関する本訴原告 の主張」欄記載の原告の主張をもって上記各要件に関する主張と理解するとしても, その内容は上記各要件に即したものではない概括的なものにとどまり,上記各要件 に関する主張として十分な主張がなされているとはいいがたい。その意味で,均等20 侵害の成立に関する原告の主張は,主張自体失当である。
この点を措くとしても,本件各発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載 によれば,本件各発明の本質的部分は,次のとおりと認められる。
すなわち,従来,水道配管の漏水位置を探査する方法として,聴音式漏水探知方 法や相関式漏水探知方法が採られていたが,前者は,漏水音と騒音とを聞き分ける25 ために熟練した技術が必要であり,また,漏水音が微弱な場合や潜在的な漏水が発 生している場合には探査が困難であった。後者は,前者と比較して生活騒音等の影 響は少ないものの,漏水発生の状態により異なる上,伝搬経路による減衰によって, 漏水音の検出が困難になるといった課題があった(本件明細書【0004】,【0007】)。
これらのほかに,水道配管に取り付けられた蛇口に圧力ゲージを取り付け,圧力ゲー ジのエア抜きを行い,水道配管の元栓を閉栓した後に,蛇口を開栓し,圧力ゲージ 5 の圧力表示によって漏水を検知する方法が提案されているが,この方法では漏水箇 所(漏水点)を確実に特定することはできない(同【0005】)。本件各発明は,これ らの課題を解決するための手段であり,漏水位置検知装置につき各請求項記載の構 成を採用することで,管体から漏洩した水素ガスを吸引してデジタル表示する水素 ガス探索機を使用して漏洩箇所を瞬時に特定したり,水道管内の空気が漏洩する際10 に発生する独特の漏洩音を漏水探知器により聴音することで迅速かつ確実な漏水探 査を可能とするものである(同【0009】)。
以上を踏まえると,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,少なくとも, 本件各発明に係る漏水位置検知装置が,水道管埋設配管の管内水中に空気と水素混 合ガスを各々適宜に充填し圧送して圧縮空気が噴出する際に生じる空気の噴出音を15 聴音すると共に,水素混合ガスを注入し漏出する混合ガスを水素ガス探索機により 探査して漏水箇所を検出するためのものであって,圧縮空気注入口に接続されるエ アコンプレッサーと水素ガス注入口に接続される水素ガスボンベの両者を耐圧ホー スで接続する混合ガス操作ボックスを備えることは,従来技術には見られない特有 の技術的思想を有する本件各発明の特徴的部分,すなわち,本質的部分であると 理20 解される。
しかるに,被告装置は,そもそも水素混合ガス及び水素ガス探索機を使用してお らず,これに伴い,探査ガス注入口(水素ガス注入口)も,これに接続される水素 ガスボンベも,混合ガス操作ボックスも備えていない。このため,被告装置は,本 件各発明の本質的部分において,本件各発明と相違するというべきである。
25 したがって,少なくとも均等の第1要件を欠くことから,被告装置につき,本件 各発明に係る均等侵害は成立しない。
(4) 原告の主張について ア 被告装置は,水素混合ガスを使用しないため,その使用を前提とする水素ガ ス探索機等を備えないものであることから,被告装置につき本件各発明に係る文言 侵害が成立しないことについては,多言を要しない。
5 イ 原告は,原告が行う「エア加圧工法」と呼称される漏水位置探知方法は,圧 縮空気を送り出す管を,原告治具を用いて水道の蛇口部分に直接取り付け,圧縮空 気ないし水素ガスを水道管内に注入して漏水の音を増幅させ,この音を聴き取るこ とで漏水箇所の特定を迅速かつ容易に実現しようとするものであり,原告治具がな ければエア加圧工法は運用不能であるところ,本件各発明は,このような漏水位置10 探知方法に用いる装置に関するものであり,本件各発明において水道の蛇口に圧縮 空気等を注入することを可能とするのは原告治具を中心とする装置であるから,本 件発明2が基本形を構成し,本件発明1は,水素混合ガスを用いた点に着目して水 素混合ガス装置部分を本件発明2から括り出したものである,などと主張する。こ のような原告の主張は,原告治具を使用する構成であることをもって,本件各発明15 の本質的部分である旨を主張する趣旨とも理解し得る。
しかし,本件特許に係る特許請求の範囲を見るに,水道の蛇口部分に直接取り付 けられる治具の構成については,請求項1には記載がなく,その従属項である請求 項2に「給水栓(蛇口)10 にセットする蛇口治具(18)」との記載があるのみであ る。このような請求項の記載及び相互の関係に鑑みると,エア加圧工法における原20 告治具の実際上の位置付けについてはさておき,本件各発明の理解としては,請求 項2記載の治具を設けることをもって本件各発明の本質的部分と見ることはできな い。
ウ 原告は,気体の種類は漏水音の増幅効果が生ずるものであればよく,必ずし も水素混合ガスだけに限られたことではないこと,探査に使用する空気は酸素と水25 素から構成され,化合すると水になることなどから,本件各発明において水素混合 ガスを使用することは非本質的部分であるとも主張する。
しかし,本件明細書の記載によれば,管体から漏洩した水素ガスを吸引してデジ タル表示する水素ガス探索機を使用して漏洩箇所を瞬時に特定することなどが発明 の効果として明示される(【0009】)と共に,実施例の説明においても,エアコンプ レッサーにより圧縮された空気を利用した漏水検査により漏水ポイントが確定でき 5 ない場合は水素ガスによる探査に切り替えることで,一つの装置で同時に,いずれ かの方法で漏水探査が可能になることをもって,「一石二鳥の即応体制が取れる事 が最大の利点となる」などとされている(【0013】)。また,実施例には,装置の構 成として,「エアコンプレッサー(27)及び水素ガスボンベ(26)を介して耐圧ホー ス(28)を接続して水道配管内に適宜簡便に選択し充填加圧を行う」ことを可能と10 する構成が示されている(【0015】)。治具との関係でも,「探査状況に応じて,エ アと水素ガスの圧送を適宜簡便に選択できるようにされている」,「この場合,エ アのみの探査で使用することができるし,水素ガスの探索にも利用ができる。しか も,エアと水素ガスの充填の混合比率を変える事も簡単にでき得る」 いずれも ( 【0019】) などとされている。
15 これらの記載に鑑みれば,本件各発明に係る漏水位置検知装置につき,その使用 にあたって水素混合ガスを使用するか否かは漏水探査時の具体的状況によるとして も,装置の構成として空気(エア)及び水素混合ガスによる探査を可能とする要素 すなわち混合ガス操作ボックス等を備えること等は,前記のとおり,本件各発明の 本質的部分にあたると理解される。
20 また,本件各発明においては,水道管埋設配管の管内水中に空気と水素混合ガス を各々適宜に充填し,空気の噴出音を聴音したり,漏出する混合ガスを探査するこ ととされており,空気及び水素混合ガスのいずれもそれ自体が気体の状態で使用さ れることが前提となるものと理解される。そうである以上,探査に使用される空気 が酸素と水素から構成され,化合すると水になることは,本件各発明とは無関係で25 ある。
エ その他原告が縷々指摘する事情を考慮しても,この点に関する原告の主張は 採用できない。
(5) 小括 以上から,被告装置は,本件各発明に係る文言侵害及び均等侵害のいずれも成立 せず,本件各発明の技術的範囲に属さない。したがって,その余の点について判断 5 するまでもなく,被告による本件特許権侵害不法行為は成立しない。原告の本訴 に係る請求は理由がない。
2 本訴提起による不法行為の成否(争点4)について (1) 前提事実,争いのない事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば, 次の事実が認められる。
10 ア 被告は,原告退職後の平成22年9月から漏水探査等を目的とする事業を行 うようになったところ,平成23年頃実施の門川町上水道漏水調査委託業務の入札 に参加し,これを落札した。これについて,原告は,その後,門川町に対し,被告の 指名競争入札参加申請書及び被告が納品した漏水調査結果報告書等を求めて公文書 公開請求を行った(甲15,16)。
15 イ 被告は,平成26年10月1日,原告から,平成23年4月26日付け「情 報窃盗に関する記述」と題する部分及び平成25年9月26日付け「情報窃盗及び 機密保持違反に関する刑事告訴に至る記述」と題する部分からなる書面(乙7)を 受領した。同書面のうち,前者の部分には,被告が,原告が「業務を通じ考案した 「エアー加圧工法」を実用新案特許出願中 平成2年6月 その工法さえも盗み出20 した」との旨や,書類(結果報告書及び作業計画書等)の無断使用による著作権侵 害,原告の固定客や取引先の横取り等による原告の被害額が推定1500万円以上 に上ること,被告を刑事告訴する旨等が記載されている。後者の部分には,前者の 部分と同趣旨の記載のほか,「虚偽申請による不当なる資格取得」との記載があり, 原告の被害額が推定3000万円以上に上ること,被告を刑事告訴する旨等が記載25 されている。
ウ 原告は,全国漏水調査協会会長に宛て,平成27年4月1日付け「質問書」 (乙9)を送付した。同書面には,同協会発行の有資格者認定名簿における被告の 記載に関する質問等が記載されている。
エ 原告は,同月6日,被告に対し,「「漏水調査技術者認定証等」に関する件」 と題する書面(乙8の1)を送付した。同書面には,被告につき,「不正に全国漏 5 水調査協会の民間資格者として,再登録を行っています。」,「貴殿が行った行為 は,「業務上横領」や「詐欺」に匹敵する許し難い行為だと思います。」,「まず貴 殿が,「弊社の技術」を盗む目的を持って入社し弊社が長年の研究や試行錯誤の上 で開発した「エア加圧工法」と言う独自工法を盗み」などと記載されていると共に, 「期日までに,何らかのご連絡,若しくは,「漏水調査技術者証の返還」が,無き10 場合は,「刑事告訴」及び「法的手段」を取りますので,ご了承下さい。」とも記載 されている。
オ 原告は,全国漏水調査協会会長に宛て,同年5月6日付け「勧告書」(甲3 2,乙10)を送付した。同書面は,上記「質問書」に対する回答が得られていな いとして送付されたものであり,ここには,有資格者の調査技師の欄に被告が記載15 されているが,その記載内容は虚偽である旨の指摘等が記載されている。また,同 書面(乙10)の余白には,「この書面を提出した事で,彼は責任を取り自から会 長職を辞職した!!」との原告代表者の手書きによる記載がある。
カ 原告は,同年6月11日,被告に対し,同日付け「通知書」(甲29,乙11 の1)を送付した。同書面には,「その盗んだ技術の中身には,長年研究開発した20 「エア加圧工法」が含まれており,弊社が開発した技術を無断で利用して,平然と 営業利益を上げています。」などとして,原告の損害金総額1億円の支払を求める 旨等が記載されている。
これに対し,被告は,同年9月14日,原告に対し,同日付け「回答書」(甲9, 31,乙12の1)を送付した(同月15日に原告に到達。乙12の2)。同書面に25 は,「調査内容の「エア加圧工法」は他社企業でも行われている工法で,特許侵害 等の法を犯す工法ではありません」などと記載されていると共に,1億円の支払請 求については,内容が事実に反していることなどから応じられない旨が記載されて いる。
キ 被告は,平成31年2月7日頃,原告から,平成30年2月7日付け「最後 通告書」(乙13の1。なお,同書面の作成日付は,書面全体の記載の趣旨から, 5 「平成31年」の誤記と思われる。)を受領した(乙13の2)。同書面には,「貴 殿は,…私文書偽造詐欺行為を平然と行って置きながら,…全国漏水調査協会に私 文書偽造の行為にあたる事を長年繰り返し申請をして,不正に漏水調査士の資格を 取得しています。」,「弊社の「報告書書式や漏水調査カルテ書式等」を退職時に 何らかの形で持ち出しましたね。」,「「工具は持ち出して居ない」とは思います10 が,どの様な方法でエアを注入していますか?」,「漏水調査工法のエア加圧工法 は,弊社が開発したものです。…弊社は,昨年5月11日付で,エア加圧工法で, 「特許権」を取得しています。このままだと仕事を失う事になりますよ。速やかに, なんらかの行動を起して下さい。」,「弊社が取得した「エア加圧工法」は,…何人 たりとも勝手に利用して,使用が出来ないのです。それを犯して使用する場合は,15 「知的財産権の侵害行為」となり,そこには,処罰の対象になります。…独自の工 法を考えださない限りは,特許権侵害行為になり,この仕事は,出来ません。」な どと記載されていると共に,改めて,総額1億円の技術使用料の支払を求める旨 等 が記載されている。
なお,同書面には,被告の使用する工法が原告の「特許権」の侵害にあたると原20 告が考える理由等に関する記載はない。
ク 原告は,本件の証拠として提出した令和2年8月22日付け「上申書(5)認否 事項についての反論」(甲21)において,「裁判を提訴するまで,被告の行って居 る工法につては,知る由は無かった。」としている。
ケ 原告は,全国漏水調査協会会長に宛て,本訴の提起後である令和2年9月125 1日付けで,同協会の漏水調査技術資格認定者名簿における被告の記載に関して質 問をし,同月28日付けで回答を得たものの,これを不十分として,同年10月1 日付け「公開質問書」(甲32)を送付して再度質問をし,同月16日付けで回答 を得た。
(2) 法的紛争の当事者が紛争の解決を求めて訴えを提起することは,原則として 正当な行為であり,訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴 5 訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くもので ある上,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知 り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的 に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当 である(最高裁昭和60年(オ)第122号同63年1月26日第三小法廷判決・10 民集42巻1号1頁参照)。
前記(1)認定のとおり,原告は,被告が原告を退職して独立開業した後,本訴の提 起に至るまでの間,被告が門川町の業務を落札したことを契機に,被告の事業活動 を問題視するようになり,被告の使用する工法が原告の「エア加圧工法」を無断で 使用するものであるなどとして,刑事告訴の可能性にも言及するなどしつつ,被告15 に対して直接非難する趣旨を含む書面を送付した。他方で,原告は,漏水調査協会 に対しても,有資格者名簿に被告が記載されていることにつき,質問の形式を取り ながら,これを問題視していることをうかがわせる内容の書面を送付した(しかも, 原告は,本訴提起後も改めてこのような行為に及んでいる。)。さらに,本件特許 権の設定登録後には,「エア加圧工法」につき特許権を取得したとの前提ではある20 ものの,被告の行為は特許権侵害にあたるとして,技術使用料の支払を重ねて求め たものである。
こうした経過を経て本件の本訴が提起されたことを踏まえると,本訴の提起も, 被告がその事業上実施する工法を原告が問題視して行った一連の行動の一環として 行われたものと理解される。
25 他方,原告と被告との一連のやり取りにおいて,原告は,被告から「特許侵害等 の法を犯す工法ではありません」などと反論されたこともあるにもかかわらず,被 告の使用する工法等が原告の特許権を侵害するものと考える理由に言及したことは なく,また,被告が使用する漏水探査方法の具体的内容やこれに使用する装置につ いて質問等をしたのも,平成30年2月7日付け「最後通告書」におけるものが初 めてである。加えて,本件における原告の主張立証活動,就中,原告自身が「裁判 5 を提訴するまで,被告の行って居る工法につては,知る由は無かった。」とし,実 際,被告が主張する被告装置の構成等を前提として主張立証を行っていることに鑑 みると,原告は,本訴の提起に先立ち,被告の使用する漏水探査方法やこれに使用 する装置に関する調査等を自ら積極的には必ずしも行っていなかったことがうかが われる。
10 このような本訴の提起に至る経緯や訴訟の経過等に加え,前記のとおり,被告装 置につき本件各発明の技術的範囲に属さないことに照らすと,原告は,本訴で主張 する権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものであることにつき,少なく とも通常人であれば容易にそのことを知り得たのに,被告による事業展開を妨げる ことすなわち営業を妨害することを目的として,敢えて本訴を提起したものと見る15 のが相当である。
そうすると,原告による本訴の提起は,裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相 当性を欠くものと認められるから,被告に対する不法行為を構成する。これに反す る原告の主張は採用できない。
3 被告の損害額(争点5)について20 (1) 弁護士費用について 相手方の違法行為によって自己の権利を侵害された者が,自己の権利の擁護上, 訴えを提起し又は応訴することを余儀なくされた場合,その弁護士費用は,事案の 難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範 囲内のものに限り,不法行為相当因果関係に立つ損害というべきであり,必ずし25 も常に不法行為の被害者が現実に支払い,又は負担した弁護士費用等債務の全額に 及ぶものではないと解される(最高裁昭和41年(オ)第280号同44年2月2 7日第一小法廷判決・民集23巻2号441頁参照)。
証拠(乙14,16)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件において,本訴 に応訴するため,被告訴訟代理人との間で委任契約を締結し,これに基づき,着手 金60万5000円(消費税込)を既に支払い,また,本訴に係る原告の請求が全 5 部棄却された場合は,今後,報酬金として138万6000円(消費税込)を支払 う見込みであることが認められる。本件の事案の内容や審理経過,その他本件に顕 われた一切の事情を考慮すると,被告が負担する上記弁護士費用のうち,本訴の提 起という原告の不法行為相当因果関係のある費用は,20万円と認めるのが相当 である。
10 (2) 慰謝料について 前記(2(1))認定に係る本訴の提起に至る経緯を踏まえつつ,本件の事案の内容 や審理経過,その他本件に顕われた一切の事情を考慮すると,本訴の提起により被 告が被った精神的苦痛に対する慰謝料については,30万円をもって相当と認める。
4 小括15 以上から,被告は,原告に対し,不法行為に基づき,50万円の損害賠償請求権 及びこれに対する不法行為の日(本訴の提起日)である令和2年3月17日から支 払済みまで改正前の民法所定の年5%の割合による遅延損害金請求権を有する。
なお,被告は,遅延損害金の起算日として令和2年3月16日を主張するところ, 本訴に係る訴状の作成日付は同日とされているものの,本訴の提起は,その提出日20 である同月17日であるから,同日をもって遅延損害金の起算日とすべきである。
この点に関する被告の主張は採用できない。
第5 結論 よって,原告の本訴に係る請求は理由がないから,これを棄却し,被告の反訴に 係る請求は,50万円及びこれに対する令和2年3月17日から支払済みまで年5%25 の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度でこれを 認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。