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関連審決 無効2018-800122
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 判例 特許
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 判例 特許
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 判例 特許
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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事件 令和 1年 (行ケ) 10112号 審決取消請求事件
大阪市北区大深町3番1号
原告株式会社ダイセル
同訴訟代理人弁護士 吉澤敬夫川田篤
同訴訟代理人弁理士 紺野昭男 井波実
原告補助参加人 株式会社アドバンスト・メディカル・ケア
同訴訟代理人弁護士 水野晃 丹羽厚太郎中田裕人
同訴訟代理人弁理士 関根宣夫
被告大塚製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 城山康文 林康司 山内真之 大出萌
同訴訟代理人弁理士 小野誠 重森一輝
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2020/10/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用のうち,補助参加によって生じた費用は原告補助参加人の負担とし,その余は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2018-800122号事件について令和元年7月19日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,@訂正要件違反の有無,Aサポート要件及び実施可能要件違反の有無,B新規性進歩性の各認定判断の誤りの有無である。
1 手続の経緯 被告は,平成20年6月13日(以下「本件原出願日」という。,発明の名称を )「エクオール含有抽出物及びその製造方法,エクオール抽出方法,並びにエクオールを含む食品」とする発明について,特許出願(特願2009-519326号[以下「本件原出願」という。 ,優先権主張:平成19年6月13日[以下「本件優先 ]日」という。,優先権主張国:日本国)をし,平成25年5月22日,上記特願2 ]009-519326号の一部を特願2013-108439号として分割出願し,平成28年8月9日,上記特願2013-108439号の一部を特願2016-156372号として分割出願し,平成29年6月28日,上記特願2016-156372号の一部を特願2017-125880号として分割出願し,平成30年1月19日,特許第6275313号として特許権の設定登録(請求項の数1)を受けた(甲3,20,甲58の1,甲59。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。 。
) 原告は,平成30年10月12日,本件特許の無効審判請求をし,被告は,平成31年1月24日付で本件特許の特許請求の範囲についての訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。
特許庁は,上記無効審判請求を無効2018-800122号事件として審理し,令和元年7月19日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は,同月26日に原告に送達された。
2 発明の要旨(甲20,甲27の1・2) (1) 本件訂正前の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
【請求項1】 ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法
(2) 本件訂正による訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1記載の発明を「本件訂正発明」という。下線部が本件補正による補正箇所である。)。
【請求項1】 ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び, 前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することを含む,オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法であって, 前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し,及び,前記発酵物が食品素材として用いられるものである, 前記製造方法
3 審決の理由の要点 (1) 無効理由 原告は,本件訂正が新規事項の追加に当たるとして,本件訂正の可否を争うとともに,以下の理由から,本件訂正発明が,特許法123条1項2号及び4号に該当すると主張する。
ア 無効理由1 本件訂正発明は,甲1(国際公開第2007/066655号)に記載された発明であるか,甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項3号又は同条2項により特許を受けることができない。
イ 無効理由2 本件訂正発明は,サポート要件及び実施可能要件を満たさないものであるから,特許法第36条6項1号及び同条4項1号の要件を充足しない。
ウ 無効理由3 本件訂正発明は,甲6(南田公子ほか「Production of Equol from Daidzein byGram-Positive Rod-Shaped Bacterium Isolated from Rat Intestine」JOURNAL OFBIOSCIENCE AND BIOENGINEERING Vo.102 No.3 p.247-250,2006年)に記載された発明(以下「甲6発明」という。)であるか,甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項3号又は同条2項により特許を受けることができない。
(2) 本件訂正の可否について ア 訂正事項1について 請求項1に「少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料を」と記載されているのを, 「少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料を」と訂正する訂正事項1は,特許請求の範囲減縮を目的とするものであり,また,本件明細 書の段落【0036】【0050】【0222】【0226】等には,ダイゼイン , , ,類にアルギニンを添加して発酵を行うことが記載されているから,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものでもない。
イ 訂正事項2について 請求項1に「オルニチン及びエクオールを含有する発酵物の製造方法」と記載されているのを,「オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物の製造方法」と訂正する訂正事項2は,特許請求の範囲減縮を目的とするものであり,また,本件明細書の段落【0144】【0222】【0225】【0229】などには, , , ,発酵物を粉末状にすることが記載されているから,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものでもない。
ウ 訂正事項3について 請求項1に,オルニチン及びエクオールの生成量の具体的な数値を更に特定する「・・・であって,前記発酵処理により,前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し,」の記載を追加する訂正事項3は,特許請求の範囲減縮を目的とするものであり,また,本件明細書の段落【0050】には,アルギニンを含む「大豆胚軸」を発酵原料とした発酵物について, 「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上」に該当する量のオルニチンを生成することが記載され,段落【0042】には, 「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上」に該当する量のエクオールを生成することが記載されており,エクオールやオルニチンの生成量は,アルギニンを含むダイゼイン類を発酵原料とした用いた場合についても同様であると認められ,本件明細書の段落【0042】, 【0226】には,オルニチン及びエクオールが発酵処理により生成したものであることが記載されているから,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものでもない。
エ 訂正事項4について 請求項1に,生成物である発酵物の用途が食品素材であることを更に特定する「及 び,前記発酵物が食品素材として用いられるものである」の記載を追加する訂正事項4は,特許請求の範囲減縮を目的とするものであり,また,本件明細書の段落【0144】等には,発酵物の用途が食品素材であることが記載されているから,新規事項の追加に該当せず,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものでもない。
(3) 無効理由1(甲1に基づく新規性進歩性欠如)について 本件原出願の優先権の基礎となる出願に係る書類(甲2の1[特願2007-156822号に係る書類。以下「基礎出願A」という。],甲2の2[特願2007-156825号に係る書類。以下「基礎出願B」という。],甲2の3[特願2007-156833号に係る書類。以下「基礎出願C」という。]。以下,基礎出願A〜Cを併せて「基礎出願」という。)に「発酵原料」として明示的に記載されているのは「大豆胚軸」であるが,基礎出願には,発酵原料に「大豆胚軸」以外の成分を添加すること,「大豆胚軸」はダイゼイン配糖体やダイゼイン等のダイゼイン類を多く含む材料として使用されることが記載されている。
また,基礎出願には,エクオール産生微生物が「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を資化することでエクオールを産生することが記載されている。
そうすると,「発酵原料」として微生物が資化する「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を含むものを用いることは,基礎出願の記載から自明であって,記載されていたに等しい事項である。したがって,本件訂正発明の新規性進歩性の判断基準日は,優先権を主張する優先日(本件優先日)である平成19年6月13日となり,本件優先日より後に頒布された刊行物である甲1を証拠として本件訂正発明の新規性進歩性欠如をいうことはできない。
(4) 無効理由2(サポート要件及び実施可能要件違反)について 本件訂正発明の解決しようとする課題は,「ダイゼイン類とアルギニンを含む発 酵原料をオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することによって,オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物を製造できる方法」の提供である。
発酵原料に含まれる「ダイゼイン類」とは「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種」であり, 「ダイゼイン配糖体」は, 「ダイジン,マロニルダイジン,アセチルダイジン等」であることが本件明細書に記載されており,これらの物質やアルギニンは当業者が入手可能なものである。
また,発酵に用いられる「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」について,本件明細書には,ラクトコッカス20-92株以外の微生物は開示されていないものの,アルギニンからオルニチンへの変換能を指標としてオルニチンを産生する微生物を得る方法は当該技術分野における周知技術であること及び本件原出願日当時にいくつかのエクオール産生微生物が知られていたことからすると,当業者は,本件明細書の段落【0032】に記載されるような,本件原出願日当時にエクオール産生微生物として知られていたものを対象とし,アルギニンからオルニチンへの変換能を指標として,オルニチンを産生するものを得ることができる。
そして,本件明細書の段落【0144】【0222】【0225】【0229】 , , ,等には,発酵物を乾燥処理及び粉末化処理により粉末状とすることが記載されている。
そうすると,当業者は,本件明細書の記載から,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を準備し,これをオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理して発酵物とし,発酵物を乾燥処理及び粉末化処理することによって,オルニチン及びエクオールを含有する粉末状の発酵物を製造することができ,本件訂正発明の上記課題が解決できることを理解するといえる。したがって,サポート要件及び実施可能要件は満たされている。
(5) 無効理由3(甲6に基づく新規性進歩性欠如)について ア 甲6発明 甲6には,次の発明(甲6発明)が記載されている。
「エクオール産生能力を有する微生物であるグラム陽性菌do03を,アルギニン及びダイゼインを含む培地で培養し,ダイゼインをエクオールに変換する方法。」 イ 対比 本件訂正発明と甲6発明とを対比すると, 本件訂正発明では,微生物が「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」であり,微生物による発酵原料の発酵処理によって「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」が生成し,発酵物が「オルニチン及びエクオールを含有する」ものであるのに対して,甲6発明では,微生物が「エクオール産生能力を有する微生物」であり,発酵物が「エクオールを含有する」ものである点で相違する(以下,この相違点を「本件相違点1」という。。
) ウ 判断 甲6には培地を発酵させてエクオールを得ることが記載されているが,発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチンを得ることについて何ら記載されておらず,本件訂正発明は甲6発明と同一ではない。
また,アルギニンからオルニチンを生成させ,オルニチンを「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上」のような高い割合の有用な生成物として得ることについてまで甲6に示唆されているともいえない。
したがって,当業者が甲6発明に基づいて容易に本件訂正発明を発明することができたとはいえない。
原告及び原告補助参加人(以下「原告ら」という。)が主張する審決取消事由
1 取消事由1(訂正要件の認定及び判断の誤り) 2 取消事由2(優先権主張についての認定及び判断の誤り) 3 取消事由3(サポート要件・実施可能要件についての認定及び判断の誤り) 4 取消事由4(甲6に基づく新規性進歩性欠如についての認定及び判断の誤り)
当事者の主張
1 取消事由1(訂正要件の認定及び判断の誤り)について(原告らの主張) (1) 訂正事項1について ア 本件明細書の段落【0036】 【0050】 【0222】 【0226】 , , ,等に記載されているのは, 「大豆胚軸にアルギニンを添加」して発酵を行うことであり, 「ダイゼイン類にアルギニンを添加」して発酵を行うことは記載されていないから,訂正事項1は新規事項を追加するものである。
イ 「ダイゼイン配糖体」「ダイゼイン」「ジヒドロダイゼイン」は,それ , ,ぞれ,「大豆胚軸」から抽出された特定のイソフラボンの一種であるから,「大豆胚軸」が, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,およびジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」の一例であるとする被告の主張は,ある原料から抽出した特定成分の一例が,抽出前の原料そのものであると主張しているものであって,論理矛盾である。
「大豆胚軸」にアルギニンを添加している本件明細書の実施例(段落【0222】〜【0228】)は,「大豆胚軸」に含まれない「ジヒドロダイゼイン」にアルギニンを添加することの実証にはなり得ない。
(2) 訂正事項2について 本件明細書の段落【0144】は,大豆胚軸発酵物の粉末化処理を述べたものにすぎないし,同【0222】【0225】【0229】の記載も「粉末状の大豆胚 , ,軸発酵物」を得るための粉末化処理であり, 「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」の発酵物の粉末化処理について記載されているものではないから,訂正事項2は新規事項を追加するものである。
(3) 訂正事項3について ア 本件明細書の段落【0042】には, 「大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれている。」と記載されているだけであり,審決が認定する「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上」に該当する量のエクオールを生成することについては記載がなく,また,訂正事項3の「1mg以上のエクオール」という「1mg以上」であれば,どのような値であってもよいことなどは一切開示がない。
イ オルニチン含有量についても,本件明細書の段落【0050】には, 「このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。」と記載されているだけであり,審決が認定する「発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上」に該当する量のオルニチンを生成することについては記載がなく,また,訂正事項3の「8mg以上のオルニチン」という「8mg以上」であれば,どのような値であってもよいことなどは一切開示がない。
オルニチンの健康食品としての用量は,800mg/日(甲52)や1000mg/日(甲53)などとされているが, 「8mg以上」という数値に,このような1000mgもの値を含まれるとすると,そのような多量のオルニチンをどのようにすれば得られるのかなどについて,本件明細書には一切記載はない。
「以上」という文言は,文理解釈によると,上限がないという意味であり,本件訂正発明の技術的範囲は,特許法70条から上限のない広い範囲に当然に及ぶ。また,技術常識上「下限値をはるかに超えるような生成量である場合」とすると,その上限値を規定しないと,請求項が広すぎることになって,訂正要件違反となることは論理的に明らかである。審決は,侵害論等における解釈論と特許法の訂正要件 や記載要件違反の問題を混同するという誤りを犯している。
また,本件明細書の段落【0056】【0226】によると,本件訂正発明にお ,いて生成するオルニチンは,大豆胚軸中に既に含まれているアルギニンとは無関係であり,飽くまで添加されたアルギニンから生成するもののみに限られるところ,本件明細書において,添加されたアルギニンから8mg以上のオルニチンが生成した旨の記載はなく,本件明細書の【表3】の実施例を踏まえても,添加されたアルギニンからは5.64mgのオルニチンしか生成していない。
ウ 「大豆胚軸」に含まれる微生物が生育するためのアミノ酸等の栄養成分を含まない「ダイゼイン類」そのものを発酵原料として用いたものは,本件明細書には開示されておらず,原告がした実験の結果(甲46。 「原告実験」 以下 という。)によると, 「大豆胚軸」を用いず「ダイゼイン類」だけにアルギニンを加えたとしても,タンパク質,微生物の生育に必要なアミノ酸などの栄養成分を含まないため,発酵は進まなかった。
「ダイゼイン類」を発酵原料として用いた場合のエクオールやオルニチンの生成量についての審決の認定は,本件明細書の開示を超えたものである。
被告の挙げる本件明細書の段落【0042】 【0050】に記載の数値は,いず ,れも「大豆胚軸」と「アルギニン」を用いて発酵させた例であり,アルギニンを添加する対象を「ダイゼイン類」とした場合の数値ではない。本件明細書の段落【0228】【表3】のオルニチンの数値も,アルギニンを「大豆胚軸」に添加した場 ,合に含まれるアルギニンから得られたオルニチンの数値を示しているだけで,アルギニンを「ダイゼイン類」に添加した場合に得られるオルニチンの数値を示してはいない。
なお,被告は,原告実験の追試をしたところ, 「ダイゼイン+水+アルギニン」のみからでもエクオールが生成したとする原告実験の結果と相反する実験報告書(乙13)を提出するが,被告が乙13の実験報告書において用いたのは,水素が大量に用いられるなど,極めて特殊な嫌気的条件であり(甲76)本件明細書において, , 嫌気的条件についての具体的な記載が存在しないから,上記主張を左右するものではない。
(4) 訂正事項4について 本件明細書の段落【0144】には,大豆胚軸発酵物を食品素材として使用することが記載されているだけで, 「ダイゼイン類」の発酵物について食品に使用することを記載しておらず,訂正の根拠とならないから,訂正事項4も新規事項を追加するものである。
なお, 「ダイゼイン類」の発酵物と「大豆胚軸発酵物の発酵後の状態」のものとは,含まれる成分が全く異なるから,本件明細書の段落【0144】の記載は, 「ダイゼイン類」を食品に使用することを記載したものとはいえず,訂正の根拠とならない。
(5) 小括 訂正事項1〜4は,いずれも新規事項の追加に当たり,本件訂正は,訂正要件を充足しない不適法なものである。
(被告の主張) (1) 本件特許の技術思想について ア 本件明細書の段落【0031】【0038】 , ,基礎出願Aの段落【0013】【0020】 , ,基礎出願Bの段落【0015】【0022】 , ,基礎出願Cの段落【0014】【0021】にあるとおり,発酵原料においてエクオール産生のため ,に微生物が資化するのは,「大豆胚軸」やイソフラボンに含まれる「ダイゼイン類」であることが説明されているから,当業者は,用いられ得る発酵原料としては,エクオールに資化される「ダイゼイン類」を含むものである限り, 「大豆胚軸」のみに留まらないこと ,すなわち,「大豆胚軸」は,飽くまで「少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料」の代表的な例として記載されていることを当然に理解できる。
現に,以下の本件明細書の【表2】にあるとおり,本件明細書の段落【0225】〜【0228】,基礎出願Aの段落【0103】〜【0105】,基礎出願Bの段落 【0074】〜【0077】及び基礎出願Cの段落【0057】〜【0059】【0 ,067】〜【0080】の実施例では, 「ダイゼイン類」が資化されてエクオールが生成することが実証されている。
また,証拠(甲38[内山成人他「新規エクオール産生乳酸菌のヒト糞便からの単離・同定」腸内細菌学雑誌21巻3号217頁〜220頁,平成19年],甲39[特開2008-61584号公報],甲40[内山成人「大豆由来の新規成分“エクオール”の最新知見」日本食品科学工学会誌62巻7号356頁〜363頁,平成27年7月])にあるとおり,ダイゼイン類からエクオールへの発酵過程(ダイゼイン配糖体[ダイジン]から,ダイゼイン,ジハイドロダイゼインを経てエクオールが産生される過程)から,当業者は,本件明細書や基礎出願においてエクオール産生のために微生物が資化するもの,すなわち,実質的な発酵原料は, 「ダイゼイン類」であることを当然に理解する。
【表2】甲40の図1 イ 原告らは,ジヒドロダイゼインが「大豆胚軸」の成分ではないと主張するが,上記甲40の図1からも明らかなように,中間代謝物であるジヒドロダイゼ イン自体を発酵原料中に含む場合においては,ジヒドロダイゼインを原料としてエクオールが得られることも十分に理解できる。原告が述べるように,本件特許が「大豆胚軸」のみを発酵原料として想定しているならば,本件明細書の段落【0031】で(大豆胚軸中に当初成分として含まれない)ジヒドロダイゼインを含めた形で「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)」と説明しないはずであり,この点から見ても,本件特許が, 「ダイゼイン類」を発酵原料として認識していることが裏付けられる。
ウ 被告が原告実験と同様の実験を行ったところ,栄養素を別途添加することなく,ダイゼイン,水及びアルギニンを発酵原料とした場合でも発酵が進み,乾燥重量1g当たり1mg以上のエクオールが産生することが示された(乙13)。
原告らは,乙13の実験の嫌気的条件が極めて特殊なものであると主張するが,被告らは,市販のガスパックの条件に基づいて調整しただけのものであり,ガス組成を利用するのに試行錯誤を要したものではない(乙19)。
さらに,被告において,ラクトコッカス20-92株及びdo03株について,それぞれ, 「水素:二酸化炭素:窒素=10:10:80」の割合の混合ガスを用いて「ダイゼイン+水+アルギニン」を発酵させるという,甲46に記載の条件に倣って再現実験を行ったところ,発酵物の乾燥重量1g当たりそれぞれ1mg以上のエクオール及び8mg以上のオルニチンが生成することが確認された(乙21)。
(2) 訂正事項1について 原告らの主張は,「大豆胚軸」と本件訂正発明で規定される「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料」とが異なるものであるという誤った前提のもと,本件明細書には,発酵原料として「大豆胚軸」のみを用いることしか記載されていないという独自の解釈を根拠とするものであるが,前記(1)のとおり,本件明細書には「ダイゼイン類」を発酵させてエクオールを得ることが開示されている。
本件明細書の段落【0031】【0033】【0091】【0093】の記載か , , ,らすると,本件明細書中において「大豆胚軸」は,あくまで「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料」に包含される発酵原料の一例又は代表例として記載されていることが分かる。
本件明細書の段落【0036】【0050】【0222】【0226】には, , , , 「ダイゼイン類を含む発酵原料」の例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加することが記載されているから,当業者は,本件明細書には,ダイゼイン類を含む発酵原料」 「にアルギニンを添加することが記載されているものと理解できる。
また,本件明細書の実施例(段落【0222】〜【0228】)では,「ダイゼイン類を含む発酵原料」の例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加した発酵原料を用いて,エクオール及びオルニチンを含有する発酵生成物を得たことが実証されているし,段落【0020】には, 「使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。」との記載がされていることからすると,本件明細書において,発酵原料は「大豆胚軸」のみに限定されているものではない。
したがって,訂正事項1は,本件明細書の記載の範囲内でされたものであって,新規事項を追加するものではない。
(3) 訂正事項2について 前記(1),(2)のように,本件明細書では全体にわたって, 「ダイゼイン類を含む発酵原料」の例として「大豆胚軸」が記載されているのであるから,本件明細書の段落【0144】における「大豆胚軸発酵物」も, 「ダイゼイン類」を発酵原料として得られる「オルニチン及びエクオールを含有する発酵物」に包含される一例として記載されていることは明らかである。
したがって,訂正事項2は本件明細書の記載の範囲内でされたものであって,新規事項を追加するものではない。
(4) 訂正事項3について ア エクオールとオルニチンの生成量について,本件明細書の段落【0042】【0050】には,本件訂正発明の製造方法によって得られる発酵物中におけ ,るエクオール及びオルニチンの含有量の好ましい範囲として,大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり「エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg」で,「オルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度」であることが具体的な数値として記載されている。また,本件明細書の実施例では,このような数値範囲を満たすエクオールとオルニチンを含む発酵物を得たことが実証されている(段落【0226】〜【0228】【表2】【表3】。したがって,訂正事項3は,本件明細書に記載されている , , )数値範囲に基づいてエクオール及びオルニチンの生成量の下限値を特定したものであるから,新規事項ではない。
原告らは,本件明細書中に上限値に限定がないことを許容する記載がないと主張するが,本件訂正前は,エクオールとオルニチンの量に関する数値範囲が何ら制限されていなかったものを,訂正事項3によって「8mg以上のオルニチン」及び「1mg以上のエクオール」と特定され,本件明細書の記載に基づき請求項に係る発明の範囲減縮されたことは明らかであるから,訂正前と同様に依然として上限値が規定されていないことのみを理由に,そのような訂正が新規事項に該当するということはない。
また,原告らは,本件明細書の実施例(【表3】)に記載されているオルニチン量について, 「大豆胚軸由来のオルニチン」と「添加由来のオルニチン」とを分け,当該実施例では,添加アルギニン由来のオルニチンの値が「8mg以上」を満たしていない旨を主張するが,本件訂正発明では,単に「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン・・・を生成し」と規定されているにすぎず,生成さ れたオルニチンの全量が添加アルギニン由来であると限定されているわけではなく,発酵処理により生成するオルニチンが「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上」を満たしさえすればよいから, 「大豆胚軸」を用いた場合のように,原料中に当初より含有されているアルギニンが存在する場合には,このようなアルギニンに由来して生成したオルニチンも「前記発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン」に含まれ得ることに何ら問題はない。したがって,本件明細書の実施例は,本件訂正発明に対応する実施例であることに変わりはない。
そして,原告らは,オルニチンの健康食品としての用量(甲52,53)の値に言及しつつ, 「ダイゼイン類」を発酵原料とする際に「8mg以上」というオルニチンを得る手段について,本件明細書には一切記載がないから,新規事項に該当するとも主張するが,特定量のオルニチンを得るための手段が記載されているかどうかと,訂正事項3に係るオルニチンの数値範囲自体が新規事項に該当するかの判断とは無関係である。また, 「ダイゼイン類」を発酵原料とした場合に発酵物中のオルニチン量を「8mg以上」とする手段は,当業者が本件明細書の記載から十分に理解できる事項である。
イ 原告らは,本件明細書には, 「ダイゼイン類」を発酵原料として用いた場合の記載がなく,原告実験によると, 「ダイゼイン類」を発酵原料とした場合に発酵が進まないと主張するが,これも訂正事項3が新規事項に該当するかどうかの判断とは関係がない事項である。本件明細書の実施例(段落【0222】 【0228】 〜 )では, 「ダイゼイン類を含む発酵原料」の例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加した発酵原料を用いて,エクオール及びオルニチンを含有する発酵生成物を得たことが実証されているから, 「ダイゼイン類」を含む発酵原料を用いた例が記載されているといえる。原告実験の結果についても,本件明細書の段落【0036】【00 ,95】【0096】等には, , 「ダイゼイン類」を含む発酵原料を用いる際に,発酵が促進されるように適宜栄養成分を補うなど適切な発酵条件等を用いることが記載されているから,原告実験に基づく原告らの主張は訂正事項3の訂正要件とは無関係 である。
(5) 訂正事項4について 前記(3)と同様であり,本件明細書の段落【0144】では,「ダイゼイン類」を発酵原料として得られる発酵物の一例である「大豆胚軸発酵物」を食品素材に用いることが記載されているから,訂正事項4は本件明細書の記載の範囲内でされたものであって,新規事項を追加するものではない。
2 取消事由2(優先権主張についての認定及び判断の誤り)について(原告らの主張) (1) 基礎出願に「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料とすることが記載されていないこと ア 基礎出願の発酵原料が, 「大豆胚軸」であることは,基礎出願Aの段落【0005】〜【0008】の記載及び段落【0130】以下の実施例の記載から明らかであり,基礎出願に記載された発明は, 「大豆胚軸」に含まれる栄養成分(基礎出願Aの段落【0106】 【表3】 を利用して発酵させ, ) 基本的に, 「大豆胚軸」 「水」 とと「微生物」だけで発酵可能とする点に特徴がある発明である。被告の本件特許に係る発明と一連の発明の一つである特許第5946989号(甲4)の発明(以下「甲4発明」という。)では,大豆胚軸抽出物を用いる場合には別途栄養成分の添加が必要であることが欠点として挙げられている。
基礎出願上に「ダイゼイン類」を発酵させることでエクオールを得るという技術思想は存在せず,むしろ,そのような技術思想は排除されている。
「大豆胚軸」を発酵原料とする技術と,「ダイゼイン類」を発酵原料とする技術とは別の技術であり,発酵原料として「大豆胚軸」に代え, 「ダイゼイン類」を含む「イソフラボン」を用いた場合には,栄養成分が不足して発酵は起きずエクオールは得られない(甲46)。
基礎出願は,上記のように公知のダイゼイン類(大豆胚軸からの抽出物)を発酵原料とする発酵方法(甲19[国際公開第2005/000042号])とは区別し て, 「大豆胚軸」を発酵原料とする発酵方法に限定した出願であったところ,国際出願(PCT出願)における優先権主張や,出願の分割の過程を経るうちに,明細書中にダイゼイン類を原料として発酵させたとする具体的手段も,対応する実施例も一切の記載が存在せず, 「ダイゼイン類」を発酵させることによる作用効果の記載も存在しないにもかかわらず,基礎出願に開示されている発明とは全く別の「ダイゼイン類」を発酵原料とする発酵方法の発明となってしまった。
通常の出願は,発明をサポートし第三者が追試して再現することを可能とする具体的な条件を記載した実施例その他の詳細な説明と,その発明による効果などの記載が求められるのに,分割出願による場合には,そのような発明を裏付ける具体的で詳細な記載,実施例,作用効果の記載のいずれもが省かれていてよいという理由はない。
当業者である第三者からすると,出願人自ら除外していたと理解される「ダイゼイン類」を発酵原料に変更することを認めるのは,特許法41条1項に反し,第三者の明細書の開示に対する信頼を裏切るものであって,優先権の趣旨に反する。本件のような優先権主張が認められると,当業者は安心して事業を行うことはできず,産業の発展どころか産業の発展の阻害にすらなり,特許法の趣旨に反し,特許制度への信頼をも失わせる結果を導く。
イ 審決や被告は,基礎出願Aの段落【0012】〜【0020】 【010 ,3】〜【0106】の記載を根拠に「ダイゼイン類」を発酵原料とすることが,基礎出願Aに記載されているに等しいとするが,これは,以下のとおり誤りであり,基礎出願には,「ダイゼイン類」を発酵原料とすることは記載されていない。
(ア) 基礎出願Aの段落【0012】には,「ダイゼイン類」についての記載はない。
(イ) 基礎出願Aの段落【0013】,基礎出願Bの段落【0015】,基礎出願Cの段落【0014】は,エクオール産生微生物に必要な能力を記載しているにすぎず,発酵原料を記載したものではない。上記各段落の記載は,これらの発明 の出願人が,甲19の出願時に,ラクトコッカス20-92株に「ダイゼイン配糖体」の糖を切断する能力(β-グルコシダーゼ活性)があり,ダイゼイン配糖体から一挙にエクオールを産生する能力があることを見いだしたことに基づき,これらの発明の微生物が,「ダイゼイン配糖体」からでも,「ダイゼイン」からでも,また,「ジヒドロダイゼイン」からでもエクオールを得る代謝活性があることを述べているだけである。
また,上記各段落における目的物は「大豆胚軸発酵物」であり,発酵原料は「大豆胚軸」である。
「大豆胚軸」にはイソフラボンが2%程度しか含まれておらず, 「大豆胚軸」の発酵と, 「大豆胚軸」から抽出したダイジン,ダイゼインなどのイソフラボンを発酵させることとは,用いる微生物も発酵させるための手段や条件も異なるし,発酵の結果得られる生成物も異なる別の方法である。
「大豆胚軸」に「ダイゼイン類」が含まれているからといって「大豆胚軸」を発酵させる方法が当然「ダイゼイン類」の発酵に適用できるものではないことは,本件訂正発明の実施例における「大豆胚軸」に代えてイソフラボンを用いても,発酵が起きないことなどから明らかである(甲46)。
また,ジヒドロダイゼインは「大豆胚軸」には含まれていない(甲2の1の段落【0105】【表2】)から,ジヒドロダイゼインについて,大豆胚軸中の成分との関係を論ずるのは誤りである。
(ウ) 基礎出願Aの段落【0015】,基礎出願Bの段落【0017】,基礎出願Cの段落【0016】は,「大豆胚軸」中に「ダイゼイン類」が含まれること,「大豆胚軸」に脱脂処理や脱タンパク処理を施してもよいことの記載があるだけで,「ダイゼイン類」自体を発酵処理することなどは記載されていないし,発酵原料は「大豆胚軸」であることを明記している。
(エ) 基礎出願Aの段落【0016】,【0017】,基礎出願Bの段落【0018】,【0019】,基礎出願Bの段落【0017】,【0018】は,基礎出願が,発酵に際して,通常必要とされる微生物のための栄養成分を必須の構成と せず,水と,「大豆胚軸」と,エクオール産生微生物の三つだけで発酵させることができることを記載している。基礎出願の発明において栄養成分を必須としないのは,基礎出願では「大豆胚軸」中に含まれる栄養成分によって,微生物が繁殖できるという独自の技術思想によることに基づいている。基礎出願の発明で,「大豆胚軸」に代えて,「ダイゼイン類」を用いると,水と「ダイゼイン類」と,エクオール産生微生物によっては,発酵が生じないから,エクオールが得られず,基礎出願には,「ダイゼイン類」を発酵原料とする思想そのものが存在しない。
(オ) 基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】の発酵原料となる「大豆胚軸」には,必要に応じて,「栄養成分を添加してもよい」との記載は,「大豆胚軸」を発酵させる際に「必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的」として栄養成分を添加するものであるから,発酵原料として「ダイゼイン類」を発酵させる際に栄養成分を添加することを記載しているものではない。
基礎出願Aの段落【0020】,基礎出願Bの段落【0022】,基礎出願Cの段落【0021】にある「使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい」との記載も,飽くまでも発酵原料は大豆胚軸含有物であって,それにイソフラボンを添加することが記載されているだけであって,「ダイゼイン類」を含むイソフラボンのみを発酵原料にするというものではない。
基礎出願の発明は,「大豆胚軸」に含まれる,基礎出願Aの【表3】の栄養素を微生物の増殖のための栄養分として用いるという特異な思想に基づく発明であり,微生物の増殖のために栄養成分の添加は必ずしも必要ではなく,基礎出願Aの段落【0018】では,「必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上を目的」として添加する場合を述べているにすぎないし,基礎出願Aの段落【0020】も,「大豆胚軸」の中に含まれる栄養素を用いるため,別途栄養成分の添加について記載していない。
(カ) 基礎出願に記載された参考例(実施例)は,「粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水」から成る「大豆胚軸溶液(原料)」に「ラクトコッカス20-92株(FERMBP-10036号)を植菌」してエクオールを得る例だけであり,「ダイゼイン類」だけを発酵させた例は存在しない。
また,この参考例(実施例)の「大豆胚軸」に代えてイソフラボンを用いて発酵させようとしても発酵しない(甲46)。
(キ) 被告は,当業者は,基礎出願Aの段落【0103】〜【0105】【表2】のように,大豆胚軸中の「ダイゼイン類」からエクオールが得られる場合には,エクオール産生能を有する微生物によってジヒドロダイゼインが生成し,さらにジヒドロダイゼインを経て最終的にエクオールを生成していることを理解できると主張するが,そのようなことは基礎出願Aに記載がないし,反応によって生ずる物質は微生物によって様々であり,微生物によってはダイゼイン配糖体からはエクオールが得られないもの,ダイゼインからジヒドロダイゼインは得られてもエクオールは得られないものなどがあるから,微生物が「属」・「種」・「株」で特定されない本件訂正発明にあって,中間生成物や,最終生成物が何であるかなどが当然に理解されるものではない。本件訂正発明の【請求項1】は,「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」とされており,発酵原料として選択される対象を特定していて,中間生成物を規定しているものではないから,請求項の「発酵原料」の解釈において中間生成物が何であるのかを論じることに意味はない。
(2) 基礎出願に「公知のスクリーニング方法」が記載されていないこと ア 審決が,サポート要件及び実施可能要件の判断の根拠として依拠する「公知のスクリーニング方法」について,基礎出願には,本件明細書の段落【0032】,【0036】にある「公知のスクリーニング方法」に関する記載はない。公知のスクリーニング方法に関する記載や「ダイゼイン類を含む発酵原料」に関する記載は,本件原出願において新たに追加されたものである。
したがって,本件明細書の段落【0032】【0036】に記載される「公知の ,スクリーニング」を用いるという技術的事項は,基礎出願に開示された事項に基づくものとはいえない。
イ 本件原出願において,基礎出願に「公知のスクリーニング方法」との形式的な文言が追加されたのみでは,サポート要件及び実施可能要件を満たすものではないが,仮に, 「公知のスクリーニング方法」の追記により初めて本件原出願においてサポート要件及び実施可能要件を満たすことになるとすると,そのような実質的な事項の追記は,新規事項の追加に当たるものである。
したがって, 「公知のスクリーニング方法」に関する追記は,基礎出願には記載されていない新規事項の追加に当たるといえる。
(3) 被告が令和2年8月20日付けの準備書面でした主張について 被告が令和2年8月20日付けの準備書面でした乙19,21などに基づく新たな主張立証は,故意又は重過失により時機に後れてされたもので,訴訟の完結を遅延させるものであるから,却下すべきである。
(4) 小括 審決は,@基礎出願には「大豆胚軸」を発酵原料とする記載しかないにもかかわらず,本件原出願には発酵原料としてダイゼインのみを用いることが記載されているとする点,及びA基礎出願には,オルニチン・エクオール産生能力を有する微生物を得るための「公知のスクリーニング方法」については一切記載がないにもかかわらず,本件原出願には「公知のスクリーニング」によりこのような微生物を得ることが記載されているとする点を的確に認定していない点において誤りがある。審決は,このような認定の誤りの結果,本件原出願日まで基準日が繰り下がらないものと誤って判断し,甲1に記載の発明を公知発明と認定しなかった。
(被告の主張) (1) 基礎出願に「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」を発酵原料とすることが記載 されていること ア 前記1(被告の主張)(1)アのとおり,基礎出願には「ダイゼイン類」を発酵させてエクオールを得ることが開示されており(基礎出願Aの段落【0013】,【0015】,【0020】,【0103】〜【0106】,基礎出願Bの段落【0015】,【0017】,【0020】,【0022】,【0074】〜【0077】,基礎出願Cの段落【0014】,【0016】,【0019】,【0021】,【0057】〜【0059】,【0067】〜【0080】),当業者は,使用可能な発酵原料としては,エクオールに資化される「ダイゼイン類」を含むものである限り,「大豆胚軸」に留まらないこと,すなわち,「大豆胚軸」が「少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料」の代表的な例として記載されていることを当然に理解できる。
また,前記1(被告の主張)(1)イのとおり,ジヒドロダイゼインは,エクオール産生微生物を用いて,ダイゼイン類であるダイジンやダイゼインからエクオールが生成する際の中間代謝物となる化合物であることが知られていたから,当業者は,基礎出願Aの実施例(段落【0103】〜【0105】,【表2】)のように,中間代謝物であるジヒドロダイゼイン自体を発酵原料中に含む場合においては,ジヒドロダイゼインを原料としてエクオールが得られることを十分に理解できる。したがって,基礎出願には,ジヒドロダイゼインを原料としてエクオールが得られることも実質的に開示されている。
イ 発酵原料にアルギニンを添加する点も,基礎出願Aには,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するものを使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる(段落【0018】)と記載されており,実施例では,発酵原料にアルギニンを添加することによりエクオールに加えてオルニチンが生成することが実証されている(段落【0103】〜【0106】,【表3】)。
ウ 発酵条件について,基礎出願Aの段落【0018】に,発酵が促進されるように適宜栄養成分を補ってもよいことが説明されているから,基礎出願において,原告実験のように「水」と「微生物」だけで発酵させることを必須の要件とはされていない。
また,基礎出願Aの段落【0021】〜【0024】にも,発酵環境や発酵温度,発酵時間等の発酵条件については適切な条件を設定し得ることが記載されているのであるから,原告実験の結果だけで発酵が生じないということはできない。
基礎出願Aの段落【0020】には「また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。」と記載され,段落【0023】には,発酵時間について「ダイゼイン類の残存量・・・等に応じて適宜設定できる」と記載されているように,「イソフラボン」や「ダイゼイン類」が発酵原料として認識されているのであるから,それらを発酵原料として用いる場合に,上記記載に基づいて,発酵が促進されるように適宜栄養成分を補ったり,適切な発酵条件等を用いたりすることができることは当業者には自明であるし,許容されてもいるから,原告実験の結果は,原告らの主張の根拠となるものではない。
なお,前記1(被告の主張)(1)ウのとおり,被告がした実験では,栄養素を別途添加することなくダイゼイン,水及びアルギニンを発酵原料とした場合でも発酵が進み,乾燥重量1g当たり1mg以上のエクオールが産生することが示されている(乙13)。
エ 原告らは,「大豆胚軸」は,イソフラボン(ダイゼイン類)が2%という僅かな量を含むにすぎず,ダイジンなどとは異なるとも主張するが,大豆胚軸中の「ダイゼイン類」を資化してエクオールが得られるのであれば足りるから,大豆胚軸中における「ダイゼイン類」の含有割合の大小は,本件訂正発明が基礎出願に開示された範囲のものかどうかという優先権主張の問題とは何ら関連しない事項である。
また,原告らは,本件特許は「発明に対応する実施例すら存在しない」とも述べるが,前記アのとおり,基礎出願Aには「少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料」の一例である「大豆胚軸」とアルギニンを原料とし,オルニチン・エクオール産生微生物を用いた発酵処理により,エクオール及びオルニチンを含有する発酵物を得ることが,実施例(段落【0103】〜【0106】等)において実証されていて,本件訂正発明に対応する実施例が開示されている。
オ 一般に,優先権主張を伴うPCT出願の時点で望ましい態様についてもクレーム化することで,基礎出願における請求項の記載に追加を行うことは実務上慣用されていることであるし,また,その後の審査過程における分割出願の際に,親出願における当初の請求項とは異なる請求項とすることは,親出願とは別途に権利化を目指す上で,当然のことであって,何ら特異なこととはいえない。
(2) 公知のスクリーニング方法について ア 基礎出願Aの段落【0014】には,甲45において「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」であることが確認されている本件明細書の段落【0032】に記載の「ストレプトコッカスA6G225(FERM BP-6437号)」及びバクテロイデス属に属する「バクテロイデスE-23-15(FERM BP-6435号)」が記載されているから,ラクトコッカス20-92株に限らず,これらの具体例を含む「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」についての優先権は有効であると認められるし,基礎出願Bの段落【0016】及び基礎出願Cの段落【0015】にも同様の記載がある。
イ 原告らは,本件明細書の段落【0036】における「公知のスクリーニング方法」との記載が,サポート要件及び実施可能要件を満たすという判断の根拠の一つとされていることを捉え,基礎出願には表面上「公知のスクリーニング方法」との文言が記載されていないことをもって,優先権主張の効果が認められないかのような主張を行っているが,特許庁の審査基準において明確に規定されているようにサポート要件等の判断と優先権の有効性は直接関係しないのであるから,原告ら の主張には理由がない。
また,基礎出願Aには,「エクオール産生微生物は,例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することができる。」(基礎出願Aの段落【0014】)と記載されており,実質的に,エクオール産生微生物を取得する方法(スクリーニング方法)が記載されている。
そして,オルニチン・エクオール産生微生物についても,「エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの」(基礎出願Aの段落【0018】)と記載されていることから,上記エクオール産生微生物と同様に,アルギニンからオルニチンの産生能の有無を指標として,オルニチン・エクオール産生微生物を探索し得ることが実質的に記載されている。
3 取消事由3(サポート要件・実施可能要件についての認定及び判断の誤り)について(原告らの主張) (1) 無効理由のすり替え 審決は,無効理由2の中核である,本件原出願日当時の当業者において「エクオール産生能力を有する微生物」を探索することの困難性について言及することなく,本件原出願日当時に既に「エクオール産生能力を有する微生物」として知られている菌株における「オルニチン産生能力」の検証の容易性に無効理由をすり替えて判断をしており,無効理由について判断していない。
(2) 本件訂正発明の微生物探索の困難性(取消事由3-1) ア エクオール産生微生物が希少であること (ア) 腸内に50兆個から100兆個ある腸内細菌の中から希少なエクオール産生微生物を見いだすことは至難であり,本件原出願日当時においても,エクオール産生微生物は,数株しか見いだされていない(甲40の「表1」)し,公的に認められた細菌の名称リストである「List of Prokaryotic Names with standingin Nomenclature」(以下「LPSN」という。)でも僅かしか特定されていない。
審決は,僅か数株しか見いだされていないエクオール産生微生物について「オルニチン産生能力」を検証することは当業者には容易であることから,「属」や「種」による限定もない,全ての「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」について,サポート要件及び実施可能要件が満たされていると判断していている。
ラクトコッカス20-92株や証拠(甲6,甲48[A名誉教授(以下「A教授」という。)の陳述書])にあるdo03株(通称「ドレミ株」)の例からも分かるとおり,エクオール産生能力を有する微生物は極めてまれなものであり,一株を見つけるために同様の試行錯誤を必要とする。do03株を見つけるためには,4年の歳月を要した(甲48)。
(イ) エクオール産生能力を有する微生物の希少性に鑑みると,「エクオール産生能力を有する微生物」と特許請求の範囲を限定したのみでは,そのような機能を有する微生物を用いて発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとはいえず,少なくとも,「エクオール産生能力を有する微生物」が含まれる高い蓋然性があり,その具体的なスクリーニング条件などに共通性のある範囲と考えられる「属」又は「種」による限定がされた上で,「エクオール産生能力を有する」との機能的な限定がされなければ,サポート要件を満たさない。
イ 公知のスクリーニング方法によるエクオール産生微生物特定の困難性 (ア) 次の@からBまでの条件を全て満たすような微生物として,無数の微生物の中から,どのようなものがあるかを見いだすためには,過度の試行錯誤を必要とする。
@ エクオール産生能力を有する微生物であること 本件訂正発明の「ダイゼイン類」にはダイゼインのみならず,ダイジンも含まれており,本件訂正発明の微生物は,ダイゼインからエクオールを産生する能力のみならず,大豆胚軸」 「 に含まれるダイジンからエクオールを産生する能力,すなわち,ダイジンの糖鎖を切断し,ダイゼインにしてからエクオールを産生する能力も備え ていないと,ダイジンとの関係において実施可能要件を満たさない部分を含んでいると解釈できる。そのようなダイジンからエクオールを産生する能力を備えたものは,本件原出願日においては,ラクトコッカス20-92株のみである。
A 発酵物が食品素材として用いられることに適していること B 発酵原料1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオ ールを生成すること @のエクオール及びオルニチンの産生能力,特にエクオールの産生能力を有する微生物を見いだすことは,前記アのとおり,相当な時間と作業と偶然とを必要とするし,A見いだされたエクオール産生能力を有する微生物についても食歴があるかなどを調査しなければならず,Bこのようにして見いだされたエクオール及びオルニチン産生能力を有し,食歴もあり食品として安全なものであるとしても,それが一定量以上のエクオール又はオルニチンを生産するとは限らない。
したがって,上記@からBまでの条件を備えた微生物を見つけるためには,膨大な回数の実験を必要とし,相当の時間を要することは明らかであるので,当業者において過度の試行錯誤を要することは明らかである。
原告において,経験的には,1種類の培養条件で,300から1000株の菌を評価するとき,この作業を一人ですると,1か月から2か月を必要とするものと見込まれている。ここで,10種類の培養条件についてスクリーニングを進めるとすれば,一人で作業すると,10か月から20か月を必要とすることになる。また,スクリーニングにより得られた菌株について,属,種の同定に2,3か月を要するであろうし,同定された菌株について,バイオセーフティレベル(以下「BSL」という。)2の病原性が疑われるときは,菌株レベルでの安全性評価に更に6か月以上の機関と1株当たり数百万円の費用が必要となる(甲47)。
ところが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を見ても, 「公知のスクリーニング」によるとしか記載がなく,どのような微生物をどのような方法で具体的にスクリーニングするのかについては何らの手掛かりもなく,当該発明の詳細な説明は明 確かつ十分に記載されているとはいえないし,かつ,そのような課題を解決できると,本件原出願日当時の当業者において認識することができない。
(イ) スクリーニングにおいて,一定の特性を備え,かつ,極めてまれにしか存在しない微生物を特定するためには,そのような微生物の培養方法すら知られていないことが通常であり,培地の種類やpH,微生物の生育温度,嫌気などその微生物に応じた培養方法を探し出す必要がある場合が多く,相当の試行錯誤を要する(甲49)し,そのような培養方法は企業内でノウハウとして蓄積されており,その一部しか公開されていない。腸内細菌は,現在知られている方法では培養が困難な難培養微生物が60%から80%を占めるといわれ,培養できない60%から80%の腸内細菌は,エクオールを産生するかを確認する試験すら実施できないし,腸内細菌は,その種類により栄養要求性が異なるため,実際に培養することができるまで,培養条件自体を検討することについても,多大な労力を必要とする。
さらに,腸内細菌の多くは,酸素に触れると死滅する絶対嫌気性細菌であり,その取扱いは細心の注意と経験が必要になる。
被告は,ラクトコッカス20-92株を見いだすスクリーニングにおいて,1300株を試みたとしているが,この1300株の培養条件を見いだすだけでも,相当の労力と被告のノウハウとを必要としたことが容易に推測される。また,被告がラクトコッカス20-92株を見いだす前に長期間にわたり実施したであろうスクリーニング方法においても,3株程度のエクオール産生微生物しか得ることができていない。それ以外の多様なエクオール産生微生物の全てを得るためには,多種多様なスクリーニング方法を多数回にわたり試す必要があることが予想され,被告以上の過度の試行錯誤を必要とすることになる。
(ウ) 本件明細書において,「公知のスクリーニング方法」の内容は明確ではなく,かつ,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」がどのような菌かは分からないことから,非選択培地(微生物を培養できる一般的な固形培地)を用いざるをえないが,それでは,多様な菌が生育し,その生育した微 生物を一つ一つ単離し,単離した菌を用いてダイゼインを含む培地で培養し,エクオールが生成しているかどうかを全て試験する必要があり,非常に効率が悪く,これだけでも過度の試行錯誤が必要である。
(エ) A教授の陳述書(甲61)によると,エクオール産生菌については,それらしきものを単離し,その再現性を確認した上で,DNAを特定し,生理・生化学性状試験などを経て,新しい種類の菌であることを確認して初めて学術上の成果となる。
DNAの同定や生理・生化学性状試験のために,外部機関に委託する場合には,一定の期間を要する(甲62)。
ウ エクオールを産生する微生物に高い安全性が求められること 微生物自体を「プロバイオティクス」として食品として直接食べるのではなく,その後,菌を分離して,微生物を含まない食品素材として販売する場合でも,ヒトの口に入る食品生産に使用する微生物には高い安全性が求められる。
生産菌を完全に分離すること保証することが技術的に困難であること,菌は分離することができても,その菌による代謝物は分離することができないことが少なくないこと及び食品を生産する工場における衛生状態を確保するとともに,食品の生産に従事する労働者の安全を確保する必要があることからすると,食品生産に使用する微生物には,BSLが2以上ではないことが一般に求められている。食品の生産に使用される腸内細菌として適正なものといえるには,単にエクオール産生能があることで足りるわけではなく,その腸内細菌自体の病原性,その代謝物の安全性,その腸内細菌を含んだ食歴の有無などを踏まえて,問題がないかを確認する必要がある。
現に,被告従業員らが作成した論文(甲38)にも高い安全性の示唆があることやその他の証拠(甲14[被告ウェブサイトの記載],48,50)からすると,公知のスクリーニング方法により,エクオールを産生する能力を有し,かつ食品として用いる際の安全性を備えるものを特定することは極めて困難であることが分かる。
食品素材としての安全性のあるものを特定するという観点からも,「属」や「種」による限定がない,およそ全ての「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」について,サポート要件や実施可能要件が充足されているとはいえない。
エ 被告の主張に対する反論 (ア) 被告従業員B(以下「被告従業員B」という。)の陳述書(乙1)について,BSL2以上の菌株を食品に用いないなどの技術常識として各社が独自に定めた基準があり,厳しい安全性評価基準を満たす菌株でなければならないことを踏まえると,食品に用いることができるエクオール産生菌のスクリーニングが当業者において容易であることを何ら裏付けるものとはいえない。上記陳述書中のC教授(以下「C教授」という。)の伝聞証言にも信用性がない。
(イ) D教授(以下「D教授」という。)の意見書(乙2)についても,@臭豆腐中の無数の微生物の中から「エクオール産生能力を有する微生物」を単離・同定することは,その「エクオール産生能力を有する微生物」の種類も性質も不明であり,培養方法も多様であるため,容易ではなく,現にD教授の研究室の学生の実験では単離・同定がされていないこと,A上記意見書に添付された資料のTable1中でエクオール産生能力を有する微生物として挙げられた23種の27菌株のうち,真にエクオール産生能力を有する微生物といえるものは,15種の19菌株のみであること(甲71,72)及びB本件原出願日よりも前の「エクオール産生能力を有する微生物」は,3菌株のみである上,これまで世界中で単離・同定されたエクオール産生微生物のうち,食歴が明らかなのはラクトコッカス・ガルビエ20-92株のみであること(甲60)からすると,エクオール産生微生物の単離・同定が容易なことを裏付けるものとはいえない。
(ウ) E教授(以下「E教授」という。)の意見書(乙3)について,E教授は甲6のdo03株の単離・同定に至る一部始終を目撃していないし,do03株のスクリーニングの期間について話を聞いたのかどうか,仮にそのような話を 聞いたとして,具体的にどの位の期間として聞いたのかについて全く言及していないから,甲6のdo03株の単離・同定に要した期間についてのE教授の意見書には信用性がない。
(エ) 被告は,スクリーニングにおいて試行錯誤を要することやスクリーニングの対象となる微生物の数が多数に上ることは通常のことである旨を主張するが,そのように試行錯誤を要し,また,微生物の種類は多数に上ることなどから,微生物に係る発明においては,機能的な特定をするのみでは足りず,作用効果を奏する具体的な微生物を単離・同定することができる高い蓋然性がある範囲を「属」又は「種」により特定し,明細書において具体的な微生物を得られるものと認識し得る程度に記載する必要があるというべきである。
本件明細書の段落【0221】〜【0230】の実施例は,いずれも「大豆胚軸」を発酵原料としてラクトコッカス・ガルビエ20-92株を用いた実験であり,その培養条件が,それ以外のエクオール産生能力を有する微生物の培養条件として適用することができる保証はなく,被告の主張を裏付けるものではない。
(オ) 本件原出願日より後に多数の「エクオール産生能力を有する微生物」が単離・同定されているとの被告の主張は,本件原出願日の技術水準を基準とするサポート要件及び実施可能要件の判断に当たって許されないものであるし,発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足するものとしても許されない。
(カ) 被告は,「属」又は「種」による特定が困難であるとか,広くなりすぎると主張するが,そうであれば「菌株」単位で特定すべきである。本件訂正発明について,過度の試行錯誤を要することなく実施をすることができ,かつ,発明の課題を解決できると認識できる範囲のものは,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株のみであるから,「属」又は「種」による限定ではなお足りず,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株による限定がされるべきである。仮に,機能的な限定がされる場合においても,本件訂正発明は,「ラクトコッカス・ガルビエ種においてエクオール産生能力を有する菌株」にまで限定されてしかるべきである。被告を出願人 とする特許出願(特願2005-511140号,その分割出願である特願2006-173789号)の審査経過(甲13の1・2)を見ると,特許請求の範囲を「少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス・ガルビエ」というように「機能」及び「種」による限定をした上で,「ラクトコッカス・ガルビエ種」に属する30菌株のうち「エクオールを産生する能力」を有するものがラクトコッカス・ガルビエ20-92株のみであるものについて特許の査定を得ようと試みている。いずれの出願も,その後,特許査定を経て,特許権の設定登録がされている(特許第3864317号,第4610525号)が,その際には,「少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力を有するラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)」というように「菌株」単位にまで減縮して初めて特許の査定を得ている。少なくとも,「機能」による限定がされるにしても,ある程度,スクリーニングの方法にも共通性が見られ,かつ,ある程度の蓋然性で「機能」のある菌株が見いだされ得る「属」又は「種」までに,特許請求の範囲が限定されるべきである。
なお,このような「機能」による限定のみならず,「属」又は「種」による限定がされるべきことが,出願の審査においても審査官から要請されることは,特許庁における運用基準であった(甲68,甲69の1〜3,甲70の1〜3)。特許庁における上記運用基準は廃止されたものの,微生物が有する「機能」のみならず,「属」,「種」又は「菌株」による特定は,現在に至るまで本件訂正発明の分野における一般的な取扱いである。
ところが,本件訂正発明では,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株を超えて,「菌株」による限定だけでなく,「属」や「種」による限定もないまま,エクオールを産生するという希少な特定の機能を有する微生物を全て技術的範囲に含ませている。スクリーニングの方法にも共通性がなく,かつ,スクリーニングをしてもエクオールを産生する能力という機能を有する微生物が単離・同定される蓋然性は極めて低い範囲にまで特許請求の範囲の範囲に含ませたのでは,そのような希少な特 定の機能を有する微生物を探索する第三者の努力を阻害することは明らかであり,産業の発達の妨げになる。
(キ) 被告は,本件訂正発明が,「エクオール産生能力に加えてオルニチン産生能力を有する微生物を用いて,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することにより所定量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の発酵物を得ることができるという技術的思想を新規に見いだしたものである。」と主張するが,アルギニンにより微生物を培養し,微生物がアルギニンジヒドロラーゼ経路からエネルギーを得てオルニチンを生成することは技術常識であるし,通常の培地に含まれる程度のアルギニンから生ずるにすぎない僅かな量のオルニチンを生成することは,当業者であれば認識しているにも等しいことであり,新規な技術的思想ではない。
また,前記のとおり,個別具体的なエクオール産生能力を有する微生物を見いだすことは容易ではなく,本件訂正発明の「エクオール産生能力に加えてオルニチン産生能力を有する微生物」と概括的かつ抽象的に特定するのみでは,当業者において本件訂正発明の課題を解決できると認識できない。
(3) エクオール生成量などの限定は「大豆胚軸」にラクトコッカス20-92株を用いたものに限られること(取消事由3-2) ア 発酵原料が「大豆胚軸」に限られること 「発酵原料1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成」することができるかどうかは,発酵原料として「大豆胚軸」を用い,かつ,エクオール産生能力を有する微生物としてラクトコッカス20-92株を用いたときに初めていえることである。基礎出願時には, 「大豆胚軸」を発酵させるという技術思想のみがあったため,本件明細書の段落【0034】【0035】には, , 「大豆胚軸」と水と「エクオール産生微生物」だけで発酵できると記載され,段落【0221】以下の実施例は,粉末状大豆胚軸と水とアルギニンで発酵させる方法の開示があるのみで,これら「大豆胚軸」に代えて「ダイゼイン類」のみを用いて発酵さ せる方法の開示は存在しないし,「ダイゼイン」のみ,又は「ジヒドロダイゼイン」のみを発酵原料として用いる場合に栄養成分を補うこととする実施例もない。
原告実験でも,本件訂正発明の特許請求の範囲に規定されているとおり, 「ダイゼイン類」とアルギニンのみからなる発酵原料を用いて発酵処理したとしてもエクオールを生成しなかった(甲46)。
したがって,本件明細書には,特許請求の範囲に記載の「ダイゼイン類」を発酵させる方法について,これを裏付ける記載がそもそも存在しない。仮に被告が主張するとおり,適宜,栄養成分を補ったり,適切な発酵条件を用いたりすることで,エクオールが得られる場合があるとしても,特許請求の範囲の中にエクオールが生成されない有用性を有しない部分が含まれているから,いずれにせよサポート要件及び実施可能要件は充足されていない。
イ 本件訂正発明は「嫌気的条件」との関係のみでもサポート要件及び実施可能要件を満たさないこと 本件訂正発明は,@「発酵原料」を「ダイゼイン類」とするのみで,極めて広汎であるほか,Aオルニチン・エクオール産生微生物についても何ら限定がなく,いまだ発見されていないものも含めて全てのオルニチン・エクオール産生微生物を含むものであり,極めて広汎であるほか,Bその発酵処理における条件についても,「好気的条件」でも「嫌気的条件」でもよく,極めて広汎なものである。
ここで,本件訂正発明において,発酵原料を「水+ダイゼイン+アルギニン」とし,オルニチン・エクオール産生微生物をdo03株とし,発酵条件を「嫌気的条件」に限定したところで,本件明細書には「嫌気的条件」については何ら具体的な記載がないから,エクオールを産生し得る「嫌気的条件」を見いだすためだけでも,当業者において過度の試行錯誤を要する。まして,それ以外の「発酵原料」や, 「オルニチン・エクオール産生微生物」を用いた場合においても,どのような「嫌気的条件」を用いるとエクオールを産生するのかについては,当業者において過度の試行錯誤を要し,かつ,本件訂正発明の課題を解決できると認識できないから,本件 訂正発明は,実施可能要件やサポート要件に違反する。
ウ 上限値がないこと 本件訂正発明は,エクオールの含有量について上限を限定していないが,本件明細書の段落【0042】においてエクオール含有量の上限値として20mgが記載されている。20mgを超えた値をどのようにすれば得られるのか,特に,どのような原料,どのような微生物,どのような発酵処理を用いれば達成できるのかが,開示されていない。
また,オルニチン含有量についても上限値がないところ,エクオール含有量と同様に本件明細書の段落【0050】において記載された,20mgを超えた値をどのようにすれば得られるのかが開示されていない。後記のとおり,オルニチンの健康食品としての必要量は,1日当たり800mg,1000mgなどとされるが,このような値が含まれるとすると,どうすればそのような値が得られるのかも本件明細書には開示はない。
エ 下限値について 前記(1)のとおり, 「エクオール産生能力を有する微生物」を見いだすこと自体,過度の試行錯誤が必要となるところ,未発見のものを含むおよそ全ての「エクオール産生能力を有する微生物」について,発酵原料1g当たり1mg以上のエクオールや8mg以上のオルニチンを生成するかどうかは分からない。
本件明細書には,微生物としては,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株を用いることが記載されているのみである。本件明細書の段落【0032】に記載された,ストレプトコッカスA6G―225及びバクテロイデスE-23-15についても,発酵物の乾燥重量1gについて,8mg以上のオルニチン,1mg以上のエクオールが得られるのかどうか,どのような材料を選択すれば得ることができるのかなどについては,本件明細書においては一切明らかではないし,これらの微生物により, 「ダイゼイン類」とアルギニンを含む発酵原料を発酵させると,本件訂正発明の下限値以上の量のオルニチン及びエクオールが生成されるという公知技術が本 件原出願日当時に存在したわけではない。被告のした実験(甲45)でも,これらの本件明細書に記載の微生物についてさえ,オルニチンの産生能力があるかどうかが確認されていないことを裏付けられている。
本件明細書の【表2】に記載された発酵前のダイジン,ダイゼインなどの量が全てエクオールに変換されたものとして算出されるエクオールの量と【表2】に記載されたエクオールの量は異なり,同じラクトコッカス・ガルビエ20-92株を使用し,同じ発酵原料を使用する場合には,ある程度,比例関係があるとしても,それ以外の微生物については,どのような変換率でエクオールが得られるかは分からない。しかも,発酵条件によっても変動するから, 「大豆胚軸」を用いたラクトコッカス・ガルビエ20-92株による以外の場合においては,実際に生成するエクオール量を本件明細書の【表2】から推測することは困難である。オルニチンについても,同様に,本件明細書の【表3】から,実際に生成するオルニチンの量を,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株による以外の場合において,予測することも困難である。微生物によりアルギニンが発酵されて生成したオルニチンの一部が更に分解されることがあるのであれば,なおさら,実際に生成するオルニチンの量を推測することは困難である。
なお,本件明細書には,発酵物の乾燥重量1g当たりのオルニチンの下限値である「8mg」の技術上の意義が一切開示されておらず,特許法施行規則24条の2に違反する。この主張は,サポート要件及び実施可能要件に関する事情として述べるものであるから,許容されるべきである。
以上のとおり,本件明細書に記載のある微生物でも,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株を除いては,本件訂正発明の乾燥重量1g当たりのオルニチンの8mg以上を産生するかどうかは分からない。仮にオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物が見いだされたとしても,本件訂正発明の下限値以上の量のオルニチン及びエクオールを生成するのかは,本件明細書には一切記載がないことはもとより,技術常識を踏まえても,本件明細書の記載からは明らかにはならな い。
オ 被告の主張に対する反論 (ア) 本件明細書の段落【0093】には,「これらの中でも,「大豆胚軸」は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい。 と記載されているから, 」 本件訂正発明において, 「乾燥重量1g当たり,・ ・・1mg以上のエクオールを生成」するための発酵原料としては,「大豆胚軸」が想定されているといえ,発酵原料が「大豆胚軸」に限られないとする被告の主張は理由がない。
(イ) 上限値が特定されていない請求項の文言のままではその広い範囲に技術的範囲が及ぶことが特許法70条の原則であるから,その広い範囲を許容する文言自体についてサポート要件や実施可能要件が問われているのに,技術常識によって請求項が制限解釈されることを持ち出す被告の主張は失当である。また,被告が主張するとおり,「生成量の特定が下限値をはるかに超えるような生成量である場合まで含むものとは解されない」とすると,本件明細書の記載及び出願当時の技術常識を踏まえた適切な上限値が定められるべきであり,そうでないと,将来にわたり,オルニチン及びエクオールを従来技術よりも,はるかに効率よく産生するような新規な方法の開発を阻害することになるから,特許法の目的にも反する。
(ウ) 本件明細書の段落【0227】の【表2】には,「大豆胚軸」を発酵原料とし,ラクトコッカス・ガルビエ20-92株を用いた場合の数値が記載されているだけであるから,これらの記載のみから,当然に「大豆胚軸」以外の発酵原料とラクトコッカス・ガルビエ20-92株以外の微生物について,「乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成」するかどうかは明らかではない。仮に,技術常識を踏まえて,「ダイゼイン類」の量を調整することにより「乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成」することができることが実験報告書(乙4)のように自明であるとすると,このような数値限定は意味のない限定であることになり,何らの臨界的 な意義も有しない数値であることになる。
(エ) オルニチンの下限量の技術的意義について,被告の提出するF教授(以下「F教授」という。)の意見書(乙8)や追加意見書(乙16)は,本件訂正発明の下限値のオルニチンの量は「8mg」の効果を何ら裏付けるものではない。
なお,乾燥重量1g当たり8mgのオルニチン及び1mgのエクオールを含んだサプリメントによりオルニチンを「400mg」を摂取しようとすると,エクオールの摂取量は「50mg」以上となるが,これはエクオールの一日摂取量としては過剰であり(甲65),安全性が懸念されることになる。
(オ) 被告は,@発酵後の生成物を滅菌すればよい,A製造者独自の安全基準などはともかく法規制が明確にあるわけではない,B被告従業員が作成した文献や被告ウェブサイトの「安全性」についての言及も「プロバイオティクス」(菌自体をヒトが摂取するもの)としての「安全性」である,Cラクトコッカス・ガルビエが一般に毒性があり食品に適さなくとも,ラクトコッカス・ガルビエ以外の「エクオール産生能力を有する微生物」を探せば足りると主張する。
しかし,滅菌しても微生物のその代謝物を除去することは困難なことが多い。その代謝物に毒素が含まれていれば,その毒素を除去することは困難である。
また,菌株を食品に用いる際の明確な基準は法令にないことから,各社において食品に用いるための厳しい独自の基準を設けているのが通常である。例えば,原告においては,「BSL」が「2以上」のものは,原則として用いないとしており,「ラクトコッカス・ガルビエ」は「BSL2」であるから,よほどの安全性を保障する食歴などがない限り,当業者において,そのような菌を用いることは避けることが技術常識である。被告においても「BSL2」のものは用いないこととされていると推測されるが,「ラクトコッカス・ガルビエ20-92株」については,食歴,感染性などを調査し,安全性評価を十分にした上で,例外的に「BSL1」と判定した後,食品に用いることとしたものと考えられる(甲38)。
さらに,被告がエクオール産生能力を有する乳酸菌のスクリーニングを試みたの は,乳酸菌を「プロバイオティクス」として生きた菌のまま食するためというよりは,乳酸菌が「プロバイオティクス」として用いられることがあり,食品としての安全性が認められる可能性が高いと考えたことによるものと思われる。
そして,ラクトコッカス・ガルビエ以外の食品に用いるだけの安全性を備えた「エクオール産生能力を有する微生物」を探せば足りるとの主張は,希少種である「エクオール産生能力を有する微生物」自体を見いだすことさえも困難であることを踏まえれば,極論としかいいようがない。
このように,被告の主張はいずれも理由がない。
(4) 本件訂正発明の「課題」及び「技術的思想」(課題解決手段)の認定に基づく審決の判断の誤り ア 無効審判における被告の主張(甲28の1)によると,本件訂正発明の課題は,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力と,アルギニンをオルニチンに変換する能力とを有する微生物で発酵処理することにより,所定量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の発酵物を製造できる方法を提供することであり,その技術思想(課題の解決手段)は,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力と,アルギニンをオルニチンに変換する能力とを有する微生物で発酵処理することにより,所定量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の発酵物を製造することであると認められ,本件訂正発明は,本件訂正発明の課題(目的)そのものを特定したにすぎないものである。
特許付与によって保護されるべき発明とは,課題をいかなる手段によって解決したかという,具体的な解決手段でなければならないが,本件訂正発明は,課題解決手段と課題(目的)が一致してしまっている。そのような課題(目的)を記載したにすぎない発明に対して保護を与えることは,出願人が明細書に開示した解決手段を超えて,開示されていない発明に対してまでも特許保護を与えることに帰し,発明の公開に対する代償としての特許制度に反することになり,サポート要件及び実 施可能要件に反する。
イ 本件訂正発明では,エクオール及びオルニチンを産生するという課題に対応する解決手段としては「微生物」であることを特定しているのみであるが, 「微生物」であると「高い蓋然性」をもってエクオール及びオルニチンを産生する能力を有するとはいえないし,仮に課題に対応する解決手段を「エクオール産生能力及びオルニチン産生能力を有する微生物」と捉えたとしても,高い蓋然性」 「 をもって,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」を産生する能力を有するともいえず,微生物によって必要なスクリーニングの条件等が異なっていることからすると, 「属」や「種」による限定がないとサポート要件を充足しない。
「属」や「種」で限定することが不適切であるとする被告の主張については,被告の主張するような懸念があるとすると,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌」などと特定すればよいだけであり, 「属」や「種」を限定する方法よりも包括的に規定する方法の方が当該技術分野において適切であるという被告の主張は誤りである。
(被告の主張) (1) 本件訂正発明の微生物の探索をすることが困難である(取消事由3-1)との主張に対して ア 審決に無効理由のすり替えがないこと 審決は,本件明細書の段落【0032】等に記載されているように本件原出願日時点で既に複数のエクオール産生微生物が存在することが知られていたことから,少なくとも,本件明細書の記載に基づいてこれら既知のエクオール産生微生物の中から「ラクトコッカス20-92株」以外にも「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を得ることができる。したがって,サポート要件を満たすと正しく認定しており,原告らが指摘するように「エクオール産生能力を有する微生物」を探索することの困難性を捨象して判断を行ったわけではないし,無効 理由をすり替えているわけでもない。
原告らは, 「エクオール産生能力を有する微生物」をスクリーニングすることが困難か否かという点に拘泥しているが, 「エクオール産生能力を有する微生物」自体は本件特許によって初めて見いだされたものでもないし,本件特許はそのような微生物自体を対象とするものでもない。既に公知のエクオール産生微生物が複数存在するという前提を踏まえると,そのような微生物の数が希少であるかどうかにかかわらず,そのような公知の「エクオール産生能力を有する微生物」を対象として公知のスクリーニング方法によって「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を得ることができるから,その点をもってサポート要件を満たすと判断した点に誤りはない。
イ 「公知のスクリーニング方法」について (ア) 特定物質を生産する微生物(菌)をスクリーニングによって探索することは,当該技術分野における技術常識かつ日常的に行われている行為であって,当業者は,かかる技術常識及び本件明細書の記載に基づいてエクオール産生能力を有する微生物のスクリーニングを実行できる(甲28の1)。
エクオール産生微生物を特定するための具体的なスクリーニング手順の典型例は,以下のとおりである。
@ 脊椎動物(ヒト,ウシ,ヒツジ,ヤギ,サル,ラット他)の胃/腸内容物(糞便,ルーメン液他),あるいはエクオール産生能をスクリーニングしたい微生物を固形培地(寒天培地等の一般的な固形培地が使用可能)に塗布し培養する。
A 上記@で出現したコロニーを,それぞれ,ダイゼインを含む栄養培地に植菌し,2〜4日間程度37℃で嫌気培養する。
B 上記Aのそれぞれの培養液を,所定の時間間隔(例えば,24時間〜96時間程度)で抜き出し,ダイゼイン量及びエクオール量を定量しエクオールが検出された培養液を選択する。ここで,ダイゼイン量やエクオール量は,HPLC,LC-MS,GC-MSなどを用いて定量する。
C 上記Bの培養液を希釈し,上記寒天培地に塗布し,出現したコロニーが単菌になるまで上記の操作を繰り返す。これにより,エクオール産生微生物を単離する。
原告らは,スクリーニングにおける培地として非選択培地を用いる場合には過度の試行錯誤が必要であるなどと述べるが,新規な菌を探索する際に非選択培地を用いることは当該技術分野において汎用される条件であって,実際には,培地を希釈しても活性を有する菌を検体から単離するなど,効率的に行うための工夫がされているから,過度の試行錯誤ではない。
(イ) 被告従業員Bの陳述書(乙1)に述べられているように,教科書的な書籍に記載されているような一般的な微生物の単離・同定の手法を用いることで,エクオール産生者の糞便からエクオール産生微生物を容易に特定することができ,実際に,被告の佐賀研究所における過去の研究では,エクオール産生者の糞便提供からエクオール産生微生物の単離まではおおよそ2週間程度ででき,エクオール産生者の比率検討等を含めた試験全体としても3か月程度の期間で行うことができた。
原告らが指摘する上記陳述書の中で言及されている菌の安全性についても,法令には菌株を食品に用いる際の明確な基準はなく,各社において食品に用いるための一定の厳しい独自の基準を設けているのが通常であり,原告が主張するBSLも全ての企業における技術常識とは限らないから,そのような指標のみによってスクリーニングの困難性を基礎付けることはできない。
(ウ) D教授の意見書(乙2)においても,同様に,エクオール産生微生物のスクリーニングは,特殊な機器や手法を要するものではなく,一般的な教科書に記載された手法で行うことができる実験操作であり,実際に,研究室に所属する学生が食品(臭豆腐)からエクオールを検出することに成功しているとされている。
原告らは,D教授の意見書について主張するが,腸内細菌が酸素の少ない環境に存在することは食品衛生学における技術常識であり,当業者は,腸内細菌のような絶対的嫌気性菌の培養においては,公知の高価ではない嫌気的な培養装置(乙14,15)を使用することができ,通常の知識の範囲内で絶対的嫌気性菌の培養及び単 離を行うことができる。
原告らは,上記意見書に添付され,Table1に記載された微生物のうち5菌株についてエクオール産生能力がない可能性が高いと主張するが,同文献は,査読を受けた上で掲載された学術論文であり,当該文献中にエクオール産生微生物として記載されている以上,これらが「エクオール産生能力を有する微生物」であることには一定の信頼性があるものというべきである。また,原告の指摘するエクオール産生能を有することが不明なものを除いたとしても,上記Table1には,その他にも19株(15種)が挙げられていて,多数の「エクオール産生能力を有する微生物」の報告が存在すること自体に変わりはなく, 「エクオール産生能力を有する微生物」をターゲットとする目的さえ定まると,そのような微生物のスクリーニングに格別の困難性はないことは十分裏付けられている。
原告らは,甲60を根拠にラクトコッカス・ガルビエ20-92株以外に食歴が明らかになっていないと指摘するが,現状で食歴が判明していない菌の中にも食品に用い得る安全性を満たすものが存在する可能性も否定できないから,原告らの指摘は無意味である。
(エ) 原告らは,A教授の陳述書(甲48)によると,甲6で用いられているエクオール産生微生物であるdo03株を見つけるために4年の歳月を要したとしているが,A教授と同じ甲6の共同執筆者であるE教授及びC教授からは,腸内細菌のスクリーニングの容易性について,ラットの腸内細菌について培養を始めてからdo03株の単離に成功するまで長い時間を要していないことが確認されている(乙1,3)。また,E教授の意見書(乙3)には,do03株を単離する際に特別な手法は使われておらず,甲6の研究当時,ラットの腸内からであれば,イソフラボンをエクオールに変換する能力のある細菌を単離することが比較的容易であると考えられていたことも述べられている。
原告らは,甲48を引用して「エクオール産生能力を有する微生物」は極めてまれなものであると主張するが,甲48の5頁〜6頁によると,甲6の研究過程では, スクリーニングに用いるヒト糞便の入手が容易でなかったためにエクオール産生微生物の発見に苦労したことをスクリーニングの困難性として述べているだけであって,エクオール産生微生物に対するスクリーニング自体が常識外に困難であることを裏付けるものではない。気兼ねなく集めやすいラットの糞便からの腸内細菌を対象としてスクリーニングを行うようになった後,比較的短期間でエクオール産生微生物であるdo03株を発見することができたのであるから,むしろ過度の試行錯誤を伴うものではないことを示している。
(オ) スクリーニングの際の培養条件等について,前記のように特定物質を生産する微生物(菌)をスクリーニングによって探索することは,当該技術分野における技術常識であり,日常的に行われている行為であり,スクリーニングの目的ごとに必要とされる種々の工程が分類されて確立しているほどに,当該技術分野においては微生物のスクリーニングという手法が慣用的なものであって研究活動に不可欠なものである。
このような技術常識の下では,原告らが指摘する培養方法や微生物ごとの多様性などは,どのようなスクリーニング方法の実施においても多かれ少なかれ必然的に生じる実験的な試行錯誤のレベルにすぎず,当業者は適宜微調整して対応し得る程度のことである。当業者にとっては,目的とする発酵生成成分や発酵物の活性がターゲットとして設定されると,研究活動における通常の労力と試行錯誤の範囲内で,そのような生成成分や活性が得られるような微生物をスクリーニングにより特定できる。
また,エクオール産生微生物のスクリーニングの際に用いる培地や温度条件について,本件明細書の実施例には,ダイゼイン類とアルギニンを含む原料からオルニチン・エクオール産生微生物を用いてオルニチン及びエクオールを実際に発酵生成させた条件が記載されている(本件明細書の段落【0221】 【0230】 から, 〜 )スクリーニングを行う場合には,当該発酵条件を参照し,同様の培養条件等を用いればよいことは当業者には明らかである。
スクリーニング対象となり得る細菌の数についても,当業者が通常の研究活動で行い得る程度の時間と労力の範囲内であって,過度の試行錯誤に該当するとまではいえない。原告らは,腸内には50兆個から100兆個の腸内細菌が存在するなどと,あたかもスクリーニングが非現実的なほど無数にターゲット微生物が存在するかのように述べるが,当業者は,腸内に存在する細菌の数は当然に把握した上で,種々の研究活動を行っているのであるから,その点に特段の事情が存在するとはいえない。また,その範囲についても,当業者は,キノコが含まれるなどと誤解することはなく,本件明細書の段落【0018】の具体例を踏まえ,対象となる微生物の範囲を十分に理解できる。
(カ) 本件明細書の段落【0032】等に記載されているように,本件原出願日当時において既に公知のエクオール産生微生物が知られていたところ,より簡便には,これら公知のエクオール産生微生物に対してオルニチン産生能に関するスクリーニングを行うことでも,「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を特定することができる。実際に,甲45の実験報告書では, 「ラクトコッカス20-92株」以外にも,エクオール産生能に加えてオルニチン産生能を有するものが存在することが実際に確認されたことが示されている。
(キ) 原告らの主張するDNAの同定や生理・生化学性状試験は,外部機関に委託等により行うことができるから,そのような工程に期間を要するとしても,そのことだけで,スクリーニングの困難性や過度の試行錯誤の裏付けとなるものではないし,特許のサポート要件や実施可能要件の判断は, 「学術上の成果」におけるそれと必ずしも一致するものではない。
ウ 「エクオールを産生する微生物」が希少であったとしても,サポート要件等の判断が左右されないこと (ア) ある種の特定の機能を有する微生物であると,それにある程度の希少性が認められることは当然のことであって,その点を殊更に強調する理由はない。
サポート要件の判断においては,実際にどの程度の数の「エクオール産生能力を 有する微生物」 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」 及びが存在するかとは関係なく,スクリーニングを行うことによって,そのような微生物を特定できる蓋然性が高いことを理解できることで足りる。当業者が「エクオール産生能力を有する微生物」を探索するための具体的なスクリーニング手順を理解し,実行できることは,前記イのとおりであり,スクリーニングの結果として得られる「エクオール産生能力を有する微生物」が,仮に希少種だったとしても,目的とする発酵生成成分や発酵物の活性がターゲットとして設定され,そのためのスクリーニング工程さえ明確であるならば,スクリーニングを行うこと自体に困難性はない。
実施可能要件についても,スクリーニングの結果として得られる「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」が5種類であろうと1000種類であろうと,その数の大小によりその判断が左右されるべきではない。
原告らは,LPSNに登録されている微生物の中で「エクオール産生能力を有する微生物」は僅かしか特定されていないと主張するが,被告が「エクオール産生能力を有する微生物」の単離に最初に成功して以後,多数の「エクオール産生能力を有する微生物」の報告が続いており,乙2の別添3の文献のTable1に列挙されているように20種を超える「エクオール産生能力を有する微生物」が単離されている。
(イ) 「属」 「種」 や に限定がないとする原告らの主張は,仮にそのような「属」や「種」などの菌の分類上の定義を用いて包括的に規定した場合には,当該種に属する全ての菌が「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する」ものでない限り,かえってサポート要件等を満たす菌群の特定が困難なケースが生じ得ることになる。
また,用いる微生物を「菌株」単位に限定した場合には,本件訂正発明による新規な技術的思想を必要以上に狭めることにもなってしまう。そして,原告ら主張に係る特許庁の運用は,既に廃止されているし,甲69の1(特許第6635479 号公報)や甲70の1(特許第6654639号公報)は, 「物の発明」を対象とするものであって本件訂正発明のような「製造方法の発明」とは必ずしも同一視できない。引用文献(従来技術)との関係や明細書の記載内容を捨象して単に審査の最終結果のみを提示しても何ら意味をなさない。
甲32の1(特許第6391956号公報) ・甲32の2(特許第4743114号公報) ・甲32の3(特許第4490361号公報)に例示されるように,当該技術分野においては,本件訂正発明と同様に「特定の成分を産生する能力を有する微生物」という形式で発酵に用いる微生物を特定することが広く用いられ,それが当業者にとっての常識的な特定手法の一つとなっており,「特定の成分を産生する能力を有する微生物」と特定することで,当業者は,その技術的意義を理解できる。
本件訂正発明は,エクオール産生能力に加えてオルニチン産生能力を有する微生物を用いて,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することにより所定量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の発酵物を得ることができるという技術的思想を新規に見いだし,これによって発明の課題を解決したものである。
本件訂正発明で用いられる「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」とは,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(本件明細書の段落【0031】)と,アルギニンをオルニチンに変換する能力(本件明細書の段落【0036】 とを有する微生物を意味するものであることが明確に定義されてお )り,そのような能力を有しない微生物は,本件訂正発明にいう微生物には該当しない。
そして,本件明細書の実施例では, 「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」であるラクトコッカス20-92株を用いて,ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を発酵処理することによって,エクオールとオルニチンを含有する発酵物が得られることが実証されている(段落【0222】 【0230】 〜 )から,当業者は,ダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力と,アルギニ ンをオルニチンに変換する能力とを有する「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」を用いることで,本件訂正発明の課題が解決できることを理解できる。
エ 食品素材の発酵に用いられる微生物の安全性について (ア) 乙2の別添3の文献のTable1に列挙されているエクオール産生微生物(菌)の23種のうち5種類の菌は,既存の食品からも検出されている乳酸菌であり,食品素材への利用可能性が高いものである(乙1,2)。23種のうちの5種という割合を考慮すると,原告が主張するように安全性を備える「エクオール産生能力を有する微生物」を特定することが極めて困難であるとはいえない。
一般に,本件訂正発明のように微生物を用いた発酵で得られた生成物については,発酵後の生成物を滅菌し菌を除去することで,最終物中に菌が含まれないものにすることができるし,法令には菌株を食品に用いる際の明確な基準はなく,製品表示においても発酵に用いた菌種を開示する義務も設けられていない。単に「発酵生成物を食品として用いる」という観点だけでいうと,食品として用いる際の安全性を備える微生物が,ラクトコッカス20-92株に限られるものではなく,それ以外の微生物を特定できる蓋然性が高いことは,当業者には明らかである。
(イ) 甲38や甲14における「安全性の高い」「食品に利用可能」とは, ,菌自体をヒトに摂取させる「プロバイオティクス」を想定した記載であり,本件訂正発明において用いられる「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」をスクリーニングで特定できるかという問題とは無関係である。
甲48についても,乙2の別添3の文献のTable1に列挙されているエクオール産生微生物を見ても明らかなとおり,エクオール産生微生物(菌)はラクトコッカス・ガルビエに属するものに限られず,他の種に属するものも多数存在するから,スクリーニングの困難性を示すものではない。
(2) エクオール生成量などの限定は「大豆胚軸」にラクトコッカス20-92株を用いたものに限られる(取消事由3-2)との主張に対して ア 発酵原料が「大豆胚軸」に限られないこと 前記(被告の主張)1(1)のとおり,本件明細書(特に,段落【0093】)には,「ダイゼイン類を含む発酵原料」を用いることが記載されているし,原告実験(甲46)は原告らの主張の根拠となるものではない。
イ エクオール及びオルニチンの「上限値」について 本件訂正発明におけるオルニチン及びエクオールの生成量の範囲は,これらが有用生理作用を有する成分であるという観点から規定されたものである(本件明細書の段落【0042】【0050】 , )ところ,このような目的に照らすと,その生成量の「下限」のみを示せば十分である。また,このような生成量の上限が無限ではなく現実的な上限を有することは当業者には明白であり,技術常識に照らして判断することで足りる。また,生成量についていえば,発酵物全体からオルニチン又はエクオールの下限値を引いた値([1g-8mg]又は[1g-1mg])が実質的な上限値であることは明らかである。
ウ エクオール及びオルニチンの「下限値」について (ア) 本件明細書の実施例には,発酵工程における培養条件が具体的に記載されており(段落【0221】〜【0230】,特に, ) 【表2】には,原料中(発酵前)のダイゼイン類の含有量とそれによるエクオールの生成量(発酵後)が記載されており, 【表3】には,原料中の遊離アルギニンの含有量とそれによるオルニチンの生成量が記載されている。
当業者は,これらの表に示される結果を見て,どの程度の量のダイゼイン類とアルギニンを原料として用いると,その発酵生成物としてどの程度のエクオールとオルニチンが得られるかを理解することできる。また,原料を増減させることで,目的物の生成量を調整できることも技術常識である。この点は, 「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む発酵原料」を用いる場合も同様であり,エクオールはダイゼイン類が代謝されて生じるものであるから ,発酵原料中に含まれるダイゼイン類を適宜調節することで,本件訂正発明に規定される下限値を満たすエクオールを得るこ とができる。現に,乙13においてイソフラボンを発酵原料とした場合にも乾燥重量1g当たり1mg以上のエクオールが産生することが実証されている。
(イ) ラクトコッカス20-92株以外の微生物を用いる場合は,原料の変換効率が実施例に示されたラクトコッカス20-92株と多少異なるとしても,当業者は,本件明細書中の実施例の結果を踏まえて,原料中のダイゼイン類とアルギニンの量を適宜調整することでの所望のオルニチン及びエクオールの生成量を得ることができるし,本件訂正発明に規定される生成量の範囲とするために予備実験等を要するとしても,少なくとも過度の試行錯誤までは要することなく,本件訂正発明を実施することができる。
また,甲45と同様の実験を行った乙4の結果によると,ラクトコッカス20-92株以外のストレプトコッカスA6G225とバクテロイデスE-23-15のいずれについても,本件訂正発明の下限値を満たす乾燥重量1g当たり8.0mg以上のオルニチンが産生することが確認された。エクオールについても,原料のダイゼイン濃度に依存して生成量の増加が見られ,ダイゼイン100mg/Lとして培地2について,乾燥重量1gあたり1.0mg以上のエクオールの産生が確認された。
(ウ) 本件明細書の段落【0050】には,本件訂正発明に規定されるオルニチン含有量が記載されており,当業者は,オルニチンの含有量の技術的意義を十分に理解できるから,特許法施行規則24条の2に違反することはない。
なお,本件訂正発明に規定されるオルニチンの含有量の規定が特許法施行規則24条の2に違反すると主張することは,審判段階では何ら主張されていなかった主張を,本件訴訟に至って追加するものであるから,新たな無効理由を追加していることとなり,許されない。
エ 「嫌気的条件」について「嫌気的条件」とは, 「無酸素条件下で培養すること」にとどまる。それ以上,具体的なガスの割合は,限定・特定されていないのであって,仮に,市販の培養キッ トや混合ガスで発酵が進むものがなかった場合でも,当業者は,培養する微生物の性質などを踏まえて,ガスの成分比率を調整して発酵に適した条件とすることを通常行っている(乙19)。
このようなガスの成分比率の調整は,当業者が通常の研究活動で行い得る程度の時間と労力の範囲内のものであり,何ら過度の試行錯誤ではない。
(3) 本件訂正発明の「課題」及び「技術的思想」 (課題解決手段)の認定に基づく審決の判断の誤りの主張に対して 本件訂正発明が発明の課題(目的)を記載したにすぎないものであるとしても,それによりなぜサポート要件等を満たさないといえるのか,原告らは特許制度に反すると抽象的に述べるだけで,何ら具体的な理由を述べていない。
課題の設定自体が新規な着想に基づくものであると,創出された新規な発明もそのような課題に対応にするものとなることは当然であり,本件についても, 「ダイゼイン類とアルギニンを含む発酵原料を,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することにより,所定量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の発酵物を製造できる方法を提供すること」という発明の課題自体が従来には存在しない新規なものであったから,それを実現した本件訂正発明が課題に対応した記載となることは妥当である。本件訂正発明が,発明の課題(目的)を記載したにすぎないものであり,特許制度に反するなどという原告らの主張は理由がない。
4 取消事由4(甲6に基づく新規性進歩性欠如についての認定及び判断の誤り)について(原告らの主張) (1) 相違点の認定の誤り ア アルギニンジヒドロラーゼ経路に基づくオルニチン生成が甲6に記載されているに等しいこと (ア) 甲6には,「アルギニンジヒドロラーゼ経路を用いてエネルギーを 得る」点及び「アルギニンジヒドロラーゼ経路」が記載されているところ,甲6で引用されている甲7(JAY F.SPERRY他「Arginine, a Growth-Limiting Factor forEubacterium lentum」JOURNAL OF BACTERIOGY Vol.127 No.2,1976年)の以下のFIG.2には,アルギニンからアルギニンジヒドロラーゼ経路によりエネルギーを得る場合にはオルニチンが生成されることが開示されており,アルギニンジヒドロラーゼ経路は本件優先日時点において技術常識であった(甲8[日本生化学会編「生化学実験講座11 アミノ酸代謝と生体アミン(中)」東京化学同人,昭和51年],甲9[R.Y.スタニエ他「微生物学(上)」培風館,昭和56年],甲10[日本微生物学会編「微生物学事典」技報堂出版,平成元年])。
甲6は,do03株の培養に甲7の Eubacterium lentum(以下「E.lentum」という。 の例などを参考にしてアルギニンを使用しており, ) 甲6にアンモニアが生成したとの記載があること及び甲7で開示されているdo03株とE.lentumが近縁種であることからすると,甲6においてもオルニチンが生成され,かつそれが分解されていないことを当業者は認識できる(甲48)。
(イ) 甲6には,アンモニアが産生され,培地ブロスのpHが増加したことを認識した旨と,OD600の吸光度が増加していることから,do03株がエネルギーを得て成長し,菌数が増加していることが分かり,アルギニンを菌代謝していることを認識した旨とが記載されているから,当業者は,OD600の吸光度の増 加から,do03株がATPエネルギーを得て成長し,菌数が増加し,アルギニンジヒドロラーゼ経路においてシトルリンを経てオルニチンまで代謝が進んでおり,アンモニアの産生によりpHが増加したことを認識できる。
イ オルニチンの蓄積量について (ア) 甲6において,アルギニンの添加は,菌の成長のために,アルギニンジヒドロラーゼ経路を用いて,エネルギーを得るためにされているから,アルギニンは限りなく100%オルニチンに代謝(変換)されるものと当業者に理解される。
甲6において1%L-アルギニンを含む培地に含まれる遊離アルギニンが全てオルニチンに代謝(変換)された場合には,発酵物1g当たり155mgのオルニチンが産生することとなる。一方,本件訂正発明のオルニチンの量の下限値は8mgである。
仮に,被告が主張するように,甲6のオルニチンの蓄積量が不明であるとか,オルニチンが別の物質に代謝されて消費されたか,あるいはオルニチン以外の代謝産物のために消費されたとしても,その蓄積量が100%オルニチンに代謝(変換)された値である155mgの約5%未満である8mg未満にまで減少するとは当業者は想定し得ない。
現に,甲7のTABLE1では,E.lentumによりオルニチンが産生・蓄積されることが開示されており,当業者は,do03株も同様にオルニチンを産生・蓄積するものと想定する。
(イ) 大豆発酵食品の発酵中に微生物がアルギニンの異化作用により系内に含まれるアルギニンからオルニチンが生成することは古くから知られている(甲15の1[平宏和「大豆発酵食品の成分よりみた発酵分解の意義」日本醸造協会雑誌62巻4号367頁〜373頁],甲15の2[伊藤寛ほか「みその乳酸菌の研究(第7報)アルギニンの分解」食糧研究所研究報告第19号121頁〜126頁,昭和40年])。しかも,アルギニンはこの種の微生物による発酵の際によく用いられる通常の培地中に少なからず含まれており,このことも技術常識である。原告 において,これらの培地に含まれるアルギニンの量を分析したところ,BHIブロス,GAM培地又は変法GAM培地100グラム当たり「1.14〜3.35g」のアルギニンが含まれていることが分かる(甲74)。そして,これらの培地中のアルギニンのほとんどが「オルニチン」に変換されるとすると,発酵物の乾燥重量1グラム当たり「8.6〜25.4mg」のオルニチンが生成することになり,このことは原告がした再現実験(甲67,甲75の1)からも明らかである。
ウ 甲11,17及び67の各実験(以下,併せて「原告再現実験」という。)について (ア) 甲6の再現実験である甲11の実験により,オルニチンが85mg程度産生かつ蓄積されていることが確認されているし,甲17の実験でも,本件訂正発明の構成要件を満たすオルニチンが得られていることが分かる。静置培養を採用した場合の再現実験である甲67によっても同様であった。
(イ) 被告は,原告再現実験の実験条件について論難するが,@ダイゼインの供給源については,甲11の実験では甲6に記載された「LC Laboratories」製のダイゼインを用いていること(甲66),A甲6において,エクオール産生微生物を単離したエクオールアッセイ培地は,「フジフラボンP10」,「CaCO3」などを含む「GAM培地」ではないこと,Bエクオール生産の原料であるイソフラボンが水にほとんど溶解せず培養液の下部に沈降し,発酵の原料として利用しにくい状態となるため,振とう培養を採用することは技術常識であり,甲11の実験は,甲6の記載のない技術常識で補ったにすぎず,上記(ア)のとおり,静置培養でも,本件訂正発明の構成要件を満たすオルニチンが得られている。
エ 小括 以上の検討からすると,甲6発明は,正しくは, 「エクオール産生能力及びオルニチン産生能力を有する微生物であるグラム陽性菌do03及びアルギニンを,ダイゼインを含む培地に添加して培養し,ダイゼインからエクオールを得ると共にアルギニンからオルニチンを得る方法であって,発酵物の乾燥重量1g当たり0.62 mgのエクオール及び74.3mgのオルニチンを得る方法」と認定されるべきであり,本件訂正発明と甲6発明との相違点は, 「本件訂正発明が発酵処理により,発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg以上のエクオールを生成することを規定しているのに対して,甲6発明がこの数量を明示していない点」以下 ( 「相違点1」という。)となり,審決の相違点の認定は誤りである。
また,審決の相違点の認定は,本件明細書に記載がなく,特許法施行規則24条の2の違反があるににもかかわらず,「オルニチンを有用な生成物として得ること」も相違点としている点でも誤っている。
(2) 容易想到性の判断の誤り ア 前記(1)の相違点1は,実質的な相違点ではない。仮に,相違点1が実質的な相違点であるとしても,当業者は,少しでも多くの量のエクオールを得ることを目的としているから,甲6のFIG.1を見るなどして,ダイゼインの量を増やすと等量のエクオールが得られることを理解し,エクオール生成量を更に増加させようとして,実験報告書(甲17)に示されるように原料となるダイゼインを多くすることを当然に試みるはずである。また,甲19にも,原料となるダイゼインを増加させれば,エクオールの生産量が増加することが開示されている。したがって,相違点1は容易想到である。
イ 仮に,本件訂正発明と甲6発明との間に審決が認定する本件相違点1があるとしても,甲6のdo03株がオルニチンを産生・蓄積していることは,前記(1)のとおり,アルギニンからのオルニチン生成に関する技術常識から明らかといえるから,オルニチン産生能力の点や発酵物がオルニチンを含有するかどうかという点は実質的な相違点とはいえない。
また,上記のようなアルギニンからのオルニチン生成に関する技術常識に加え,オルニチンが優れた生理活性成分であることも,本件優先日において,技術常識周知技術であったことからすると,優れた生理活性成分であるオルニチン量を確認することは当業者が当然に行う事項であり,特許庁の審査基準に記載される「刊行 物に記載されている事項から本願の出願時における技術常識参酌することにより当業者が導き出せる事項」ともいえる。大豆イソフラボンとオルニチンとを組み合わせた食品も幾つか見受けられる(甲53,56)ことからすると,大豆イソフラボンの一つであるダイゼインが腸内細菌により代謝されて産生されるエクオールが備える,大豆イソフラボンと同様の生理機能に着目するとき,併せてオルニチンの生理機能にも注目することは,食品関係の技術分野の当業者には自然なことである。
そして,8mg以上のオルニチンを生成する点についても,@8mgという値は,オルニチンの健康食品としての摂取必要量である「800mg/日」 (甲52)や1000mg/日(甲53)などと比較すると僅かな値でオルニチンの生理作用を発現するものではなく,技術的意義がなく,顕著な効果を奏するものでもないこと,Aアルギニンなどの高価な原料を用いなくても安価な栄養成分から大量に効率よくオルニチンを生成する微生物が本件優先日当時知られていたことからすると,本件訂正発明の進歩性を基礎付けるものではなく,実質的な相違点ではない。
ウ 被告の主張に対する反論 (ア) 被告は,エクオール及びオルニチンの効果について主張するが,オルニチンの効果について本件明細書に一切記載がないことなどからすると,本件明細書に基づかない主張である。
D教授の意見書(乙7)及びF教授の意見書(乙8)やそこで引用されている文献は,更年期症状としての疲労感・倦怠感とエクオール又はオルニチンとがどのような関係を有するかについて現時点で見いだされた事項を述べているにすぎなかったり,オルニチンを食品として経口摂取した場合のオルニチンの濃度が,更年期症状とどのように関係するかについて科学的に証明していなかったりするものである。
(イ) オルニチンの数値範囲について,被告が主張する機能性表示食品における良質な睡眠というような機能(乙9の1・2)は,本件明細書には記載がない。
しかも,このような機能を奏するためには,オルニチン含有量は約400mgであ ることが必要であるが,本件訂正発明の下限値のオルニチンの量は「8mg」であり,この量では被告が主張するオルニチンの効果としての「肝臓における代謝に関与して疲労感の改善の効果」も奏することはおよそ困難である。
F教授の意見書(乙8,16)の知見について,本件優先日よりも前のものであるかどうかについては何ら明らかにされていない。前者の意見書(乙8)では,「通常の食品からの低用量のオルニチン摂取(10mg程度)」により肝臓のオルニチン含量が「約100mg」となるメカニズムについての説明がないし,そのような低用量のオルニチンにより肝臓のオルニチン含量が「約100mg」となるかどうかも明らかにされていない。後者の意見書(乙16)でも経口摂取した全量がOTCの基質になる前提で書かれているし,臨床的な実証を欠くものである。
オルニチンの睡眠機能の研究者であるG博士は,「10ミリグラム」程度のオルニチンを経口摂取しても,およそ肝臓の機能を改善するとは考え難いとしている(甲64)。H准教授の陳述書(甲73)も,ヒトが毎日「5250mg」程度のアルギニンを摂取し,これらの多量のアルギニンから常にオルニチンが肝臓において生成している状況において,仮に僅か「10mg」のオルニチンを経口摂取し,その全量が肝臓に到達したとしても,肝臓の酵素活性に与える影響はほとんどないとしている。
また,前記のとおり,本件訂正発明の発酵物によりオルニチンの良質な睡眠などの機能が発揮されるように「400mg」摂取しようとすると,エクオールの摂取量は「50mg」以上となって一日の摂取量としては過剰となり,その安全性が懸念されることになる。
以上のとおり,オルニチンの数値範囲における被告の主張は失当である。
(ウ) エクオールの生成量について,被告は,甲6について,エクオールの生成量を「発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg以上」となるように,「原料や発酵条件を設定する」動機付けはないと主張するが,本件明細書に記載されていない事項に基づく主張である。
(エ) 前記イのとおり,甲6ではエクオールを食品又は医薬品などのヒトが摂取することを前提として議論されており,発酵物の用途が「食品素材として用いられるもの」であることは相違点とはならない。また,エクオールは,本件優先日当時,食品として用いられるものであることが公知となっており(甲19,43),発酵物を「食品素材」として用いることは,当業者が当然に行う事項である。
被告が挙げている「発酵物が粉末状であること」についても,輸送特性や輸送コストの削減,保存性の改良,食品加工の容易さなどから食品原料を「粉末状」にすることは,通常の加工方法であるから,「発酵物を粉末状」とすることは,当業者にとって周知の事項であって,当然に想到することである。したがって,「発酵物が粉末状であること」は相違点ではない。
(被告の主張) (1) 相違点の認定の誤りの主張に対して ア アルギニンジヒドロラーゼ経路に基づくオルニチン生成が甲6に記載されているに等しい事項とはいえないこと 原告らが根拠とする甲6中のアルギニンジヒドロラーゼ経路に関する記載部分は,ある菌の成長のためにはアルギニンが必要であり,それはアルギニンジヒドロラーゼ経路を用いてエネルギーを得るからであるという一般論を述べた上で,実際の実験結果に関して,@アルギニンの菌代謝により,NH3が産生され,それらによって培養ブロスpHが増加したこと,Aアルギニン追加により,OD600が増加し,それによって,do03株が成長のためにアルギニンを用いていることが記載されているにすぎない。
甲6でアルギニンジヒドロラーゼ経路を用いるとされている菌株は,E.lentumであり,do03株が成長のためにアルギニンジヒドロラーゼ経路を用いるとは記載されていないし,実験的に確認もされていない。
上記@のpHの点に関しては,甲6の表1にあるpHの増加がNH3に由来するものかどうかは確認されていないし,仮にNH3の増加に由来したとしても,アルギ ニンジヒドロラーゼ経路におけるシトルニンまでで反応が止まっている可能性もあり,オルニチンが生成されていることの確認にはならない。原告らは,甲7においてdo03株の近縁の株についてオルニチンが分解していないことが示されているとしても,甲6のdo03株でも同じような結果が得られることは自明ではない。
また,上記AのOD600に関しても,甲6には,OD600の増加がなぜアルギニンの菌代謝を示すのかについて説明はされていないし,アルギニンジヒドロラーゼ経路によりアルギニンが代謝されてNH3が産生されたことは,実験的に確認されていない。特に,甲6には, 「培地ブロスのpHが対照試料よりも増加したため,株do03はアルギニンを用いたようにも思われたが,しかし,OD600は増加しなかった。」として,OD600の増加が必ずしもアルギニンの菌代謝を示すとはいえないという結果も記載しているから,OD600の増加によりアルギニンの菌代謝よりオルニチンが産生していることを意味していると解することはできない。
そして,甲8〜10に関しても,単にアルギニンジヒドロラーゼ経路についての説明があるのみであって,甲6で用いられているdo03株において,アルギニンジヒドロラーゼ経路が現に機能することについては何ら具体的に言及されていない。
さらに,原告は,発酵によってオルニチンとエクオールを得る製造方法に係る発明についての特許(特許第6005453号[乙5]。以下「別件特許」という。)を取得しているところ,その審査過程においてされた拒絶理由通知(乙6)に対する意見書(甲35)において, 「アルギニンが含まれる培地で嫌気性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えません」「引用文献4には,オルニ ,チンについては開示されておらず,示唆もされないと考えます。一方,本願発明はL-オルニチンとエクオールの両方を生産する方法の発明に関します。」などと述べ,上記拒絶理由通知における引用文献4の発酵液中L-オルニチンが含まれると推測されるとの審査官の判断に反論しており,この原告自身の主張に照らしても,甲6にオルニチンの生成が記載されているに等しいとはいえない。
イ オルニチンの蓄積量について 甲7の文献で用いられているE.lentumは,甲6で用いられているdo03株とは異なる菌であるが,なぜdo03株を用いる甲6においてもオルニチンが蓄積されるといえるのか不明であり,原告らは具体的な説明ができていない。
甲6の共同執筆者であるA教授自身,オルニチンの生成に関して「その際,蓄積される量はわかりませんが」 (甲48), 「オルニチンの生成量が必ずしも安定しない傾向があります」 (甲61)と述べているから,甲6では,少なくとも発酵物にオルニチンが蓄積されているかどうかは不明であり,甲6において,一定量のオルニチンを含有する発酵物が得られることまで認識されていたということはできない。
甲6の共同執筆者であるE教授の意見書(乙3)によると,甲6におけるアルギニンの添加は,エクオール産生微生物の生育のためにすぎず,甲6の研究時点において,研究当事者の間でもオルニチンの生成については何ら関心が持たれておらず,甲6の実験系においてオルニチンが生成・蓄積したことを認識していなかったのであるから,当該文献を見た他の当事者がそのような認識・理解をする可能性は極めて少ない。
ウ 原告再現実験について 原告再現実験は,@ダイゼインの供給源が同一のものであるかどうかが,甲66のメールを考慮しても不明であること,AフジフラボンP10が原告再現実験では用いられていないこと,B振とうの有無に違いがあること,C得られた実験結果について,甲6のTABLE1によると,アルギニンを培地に添加することによりエクオールの生成量を約4倍に増加する結果となっているのに対し,甲11の再現実験では,培地へのアルギニンの無添加及び添加のいずれの場合もエクオール濃度は39.6mg/Lであり,アルギニンの添加にかかわらず,ほぼ等量のエクオールが生成する結果となっており(甲11の表1) 両者の結果は明らかに乖離している ,ことからすると,甲6の再現実験とはいえないものである。
甲67の再現実験も,甲6のTABLE1によると,アルギニンを培地に添加することによりエクオールの生成量は約4倍に増加する結果となっているのに対し, 甲67の再現実験では1.5倍程度の増加にすぎないから,甲6の再現実験とはいえないものであるし,甲11の実験結果と甲67の実験結果は整合しない。
本件優先日時点における公知技術には,オルニチンが乳酸菌等のオルニチン脱炭酸能により分解されるというものもあること(甲33[梅津雅裕ほか「硝酸還元菌および清酒乳酸菌によるアミン類の生成」醗酵工学55巻2号68頁〜74頁,昭和52年],甲34[藤原伸介「天然に存在するポリアミンとその機能-植物・微生物を中心にして-」土と微生物38号45頁〜60頁,平成3年])からすると,仮に,甲6の培養系において一時的にオルニチンが生成したとしても,発酵により分解され, 「オルニチン及びエクオールを含有する発酵物」が生成していない可能性があると理解することが,当業者の常識である。甲11の再現実験の結果についても,培地に添加されたアルギニンの初期量のうち,培養後に産生されたオルニチンと残存するアルギニンに相当する量は,約67%にすぎないと算出され,培地にアルギニンを添加したとしても,最終産物に一定量以上のオルニチンが残存するとは必ずしもいえない。
エ 以上からすると,甲6に,オルニチンが産生したこと及びその生成量が記載されているに等しいということはできず,審決の相違点の認定に誤りはない。
(2) 容易想到性の判断の誤りの主張に対して ア 本件訂正発明についての動機付けがないこと及び本件訂正発明が顕著な効果を有すること 本件訂正発明により製造される発酵物は,エクオール及びオルニチンのいずれも含有することにより,エクオールにより更年期女性のホルモンバランス異常による肝機能の低下を改善し,かつ,オルニチンにより肝機能を改善することで,脂質代謝異常をも改善し,同時に複数の側面から,更年期の女性の疲労感の改善効果を訴求できるという顕著な効果を有するものである(乙7,8)。
これに対して,甲6発明は,学術的な観点からエクオールの産生機構を解明することを主眼とするものであって,エクオールと共にオルニチンを含有する発酵物を得ることを課題とするものではない。そして,甲6には,オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物を用いてエクオールとオルニチンを含有する発酵物を得るという具体的な技術的思想は開示されておらず,エクオールを含む発酵物を機能性食品素材の用途に用いることは何ら想定されていないし,オルニチン自体に関する記載は一切されていない。また,原告がアルギニンジヒドロラーゼ経路が技術常識であった根拠とする甲7〜10にも,オルニチンが「優れた生理活性を示す成分」であることは何ら言及されていないし,エクオールとともにオルニチンを発酵により得ることについても何ら積極的な動機付けは開示されていない。さらに,甲6には,上記のような本件訂正発明の顕著な効果についても開示や示唆はない。したがって,本件訂正発明についての積極的な動機付けは存在しない。
原告らの挙げた証拠(甲53,56)のうち,甲56は,エクオールとオルニチンを組み合わせた食品に関するものではなく,少なくともエクオールという成分にオルニチンを組み合わせるという技術的思想を提供しているものではないし,甲53には,当該食品が大豆イソフラボンを含有することは明示されていない。したがって,このような例だけをもって,エクオールとオルニチンを組み合わせることが食品関係の技術分野の当業者にとってごく自然なことということはできない。
イ オルニチンの数値範囲について オルニチンの生成量について,機能性表示食品におけるオルニチン含有量約400mg(乙9の1・2)は,機能性表示を行う際の届出において睡眠障害という疾病の改善効果が統計的に認められる量として示されているものであるし,甲64,73で言及されているオルニチン量も同様である。
疾病を改善する目的ではなく,罹患前から継続的にオルニチンを摂取して,健康を維持する目的の場合には,上記の数値よりはるかに少ない量(オルニチンを多く含むとされている食品に含まれるオルニチン量)で健康上の効果を訴求できる。実際,酵素活性は食品から摂取できるオルニチン量(10mg程度)でも効果が期待される(乙8,16)。また,本件訂正発明のオルニチンの下限量は,オルニチンを多く含む食品のオルニチン含有量より多い。本件訂正発明の発酵物は健康食品として利用可能であるところ,健康効果が訴求できるか否かが問題となり得るとしても,医薬品のように疾病治療や症状改善を示すほどのオルニチン量を含有することを要しない。
したがって,本件訂正発明に規定されるオルニチンの下限量は,健康維持,疾病予防の効果を訴求するに足る有用性のある量であり,何ら効果が期待できるものではないとする原告らの主張は誤りである。
ウ エクオール生成量の範囲について 甲6は,学術的な観点からエクオールの産生機構を解明することを主眼とするものであって,発酵物を食品素材として用いることは何ら想定されていないから,甲6発明においてエクオール生成量を「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上」の範囲内となるように,原料や発酵条件を設定する動機付けは存在しない。
原告らは,甲17の実験結果によると,甲6の実験条件から,ダイゼイン濃度を増加させることで「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上」のエクオールが生成することを主張するが,甲17の発酵条件は,甲6の実験とは同一ではなく,甲6の再現実験とはいえないから,原告らの主張は失当である。
甲19には,本件訂正発明で規定された量の20分の1〜50分の1に当たる「1 g当たり0.02〜0.05mg」 (2〜5mg/100g)程度の少量で十分であると記載されており,本件訂正発明の「発酵物の乾燥重量1g当たり1mg以上」という量まで増加させることは何ら示唆されておらず,甲19を参照したとしても,甲6発明においてエクオールの生成量を高めることの動機付けとはなり得ず,むしろ阻害要因があるといえる。
エ その他の相違点について 本件訂正発明と甲6発明については,本件訂正発明に規定される「発酵物が粉末状」であること及び発酵物の用途が「食品素材として用いられるもの」であることも,相違点として認定されるべきである。
甲6は,学術的な観点からエクオールの産生機構を解明することを主眼とするものであって,本件訂正発明のように,オルニチン及びエクオールを含有する発酵物を食品素材として用いることも,その際に好適な粉末状とすることも何ら想定されておらず,粉末状とすることについて開示や示唆もなく,甲6発明の発酵物において,本件訂正発明の上記構成を採用する動機付けは存在しない。このことは,甲6で用いられているグラム陽性菌do03株がラット由来のものであることからも示唆される。
当裁判所の判断
1 本件訂正発明について (1) 本件明細書(甲20)の記載【技術分野】【0001】 本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物から有用成分が抽出されたエクオール含有抽出物,及びその製造方法に関する。また,本発明は,エクオール含有物から高純度のエクオールを効率的に精製する方法に関する。更に,本発明は,エクオール含有食品素材,及びエクオール含有食品に関する。
【背景技術】 【0002】 大豆中に含まれるイソフラボン(大豆イソフラボン;ダイゼイン,ゲニステイン,グリシテイン)はエストラジオールと構造が類似しており,エストロゲンレセプター(以下,ERと表記する)への結合に伴う抗エストロゲン作用及びエストロゲン様作用を有している。これまでの大豆イソフラボンの疫学研究や介入研究からは,抗エストロゲン作用による乳癌,前立腺癌等のホルモン依存性の癌の予防効果や,エストロゲン様作用による更年期障害,閉経後の骨粗鬆症,高脂血症の改善効果が示唆されている。
【0003】 近年,これら大豆イソフラボンの生理作用の活性本体がダイゼインの代謝物のエクオールである可能性が指摘されている。即ち,エクオールは大豆イソフラボンと比較して ERとの結合能(特に,Eβとの結合)が強く,乳房や前立腺組織などの標的臓器への移行性が顕著に高いことが報告されている(・・・)。また,患者-対照研究では,乳癌,前立腺癌患者でエクオール産生者が有意に少ないことが報告され,閉経後の骨密度,脂質代謝に対する大豆イソフラボンの改善効果をエクオール産生者と非産生者に分けて解析するとエクオール産生者で有意に改善されたことも報告されている。
【0004】 エクオールは,ダイゼインより腸内細菌の代謝を経て産生されるが,エクオール産生能には個人差があり,日本人のエクオール産生者の割合は,約50%と報告されている。・・・従って,エクオール非産生者に,エクオールの作用に基づく有用生理効果を発現させるには,エクオール自体を摂取させることが有効であると考えられる。
【発明が解決しようとする課題】【0006】 これまでに,本発明者等は,エクオールを含有する食品素材として,大豆胚軸を エクオール産生微生物で発酵させることにより得られる大豆胚軸発酵物を見出した。
当該大豆胚軸発酵物には,エクオールのみならず,イソフラボンやサポニン等の大豆由来の有用成分を含み,これによって有用生理効果を発現できるので,機能性素材として有用であることが明らかにされている。更に,当該大豆胚軸発酵物は,大豆胚軸由来のアレルゲンが低減されており,低アレルゲン素材としても有用であることが確認されている。・・・【0007】 一方,大豆胚軸発酵物中のエクオールの含有量は,製造に使用した大豆胚軸の種類,エクオール産生微生物の種類等によって異なるが,1重量%程度であることが多い。そこで,エクオール含有割合をより高めた素材が提供できれば,食品形態の多様化等に対応でき,様々なタイプのエクオール含有食品を容易に提供することが可能になる。・・・【0008】・・・発酵法によって得られるエクオール含有物には,エクオール以外の代謝産物も含まれ,更には原料由来の多種の成分も残存する。またアレルゲンとなり得る物質が混在している場合もある。・・・【0010】・・・また,本発明は,エクオール含有物から高純度のエクオールを効率的に精製する方法を提供すること・・・エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含み,その風味が改善されている食品素材を提供すること・・・エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,良好な風味を呈する食品(特に,焼き菓子)を提供すること・・・エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品を提供することを目的とする。
【発明の効果】【0023】 本発明のエクオール含有抽出物の製造方法によれば,エクオール含有大豆胚軸発 酵物から,エクオールを含む有用成分を効率的に抽出して,機能性食品素材として有用なエクオール含有抽出物を製造することができる。また,エクオール含有大豆胚軸発酵物に対して,エタノール水溶液を用いた抽出処理及びエタノールを用いた抽出処理を順次実施することによって,エクオール及びグリシテインを高濃度で含みながら,不快味の原因となるサポニンが低減されているエクオール含有抽出物が得られる。従って,当該エクオール含有抽出物には,呈味に悪影響を及ぼすことなく,食品に配合できるという利点がある。
【0024】 また,本発明の精製方法によれば,エクオール含有物から,簡便且つ効率的に高純度のエクオールを得ることが可能になる。特に,本発明の精製方法は,エクオール含有物に, エクオールと構造が類似するイソフラボンが混在していても,これらのイソフラボンを除去して,エクオールを高純度に精製することができる。それ故,本発明の精製方法は,イソフラボンを多く含むエクオール含有発酵物から,エクオールを精製するために好適に使用できる。
【0025】 更に,エクオール含有大豆胚軸発酵又はその抽出物がカカオマスに分散されてなる本発明の食品素材は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含みながら,苦味が抑制されており,良好な風味を有している。・・・【0026】 そして更に,本発明の各種形態の食品によれば,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物に基づく有用生理作用を享受することができる。
【発明を実施するための形態】【0030】 エクオール含有大豆胚軸発酵物とは,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られる大豆胚軸発酵物である。
【0031】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造に使用されるエクオール産生微生物としては,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物が使用される。・・・【0032】 上記エクオール産生微生物としては,食品衛生上許容され,上記能力を有する限り特に制限されず,従来公知のもの,或いは通常の方法でスクリーニングしたものを使用できる。例えば,ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)等のラクトコッカス属に属する微生物;ストレプトコッカス・インターメディアス( Streptococcus intermedius ) , ス ト レ プ ト コ ッ カ ス ・ コ ン ス テ ラ ー タ ス(Streptococcus constellatus)等のストレプトコッカス属に属する微生物;バクテロイデス・オバタス(Bacteroides ovatus)等のバクテロイデス属に属する微生物の中にエクオール産生能を有する微生物が存在していることが分かっている。エクオール産生微生物の中で,好ましくは,ラクトコッカス属,及びストレプトコッカス属等の乳酸菌であり,更に好ましくはラクトコッカス属に属する乳酸菌であり,特に好ましくはラクトコッカス ガルビエが挙げられる。
・ エクオール産生微生物は,例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することができる。上記エクオール産生微生物については,本発明者等により,ヒト糞便から単離同定された菌,即ち,ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号),ストレプトコッカスE-23-17 FERM ( BP-6436号)ストレプトコッカスA6G225 FERM , ( BP-6437号),及びバクテロイデスE-23-15(FERM BP-6435号)が寄託されており,本発明ではこれらの寄託菌を使用できる。これらの寄託菌の中でも,ラクトコッカス20-92が好適に使用される。
【0034】 大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。
【0036】 また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下,「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。・・・なお,オルニチン・エクオール産生微生物としては,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法により得ることができる。オルニチン・エクオール産生微生物は,例えばラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,その具体例としてラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)が挙げられる。
【0038】 また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。
【0039】 大豆胚軸の発酵は,使用するエクオール産生微生物の生育特性に応じた環境条件下で実施される。例えば,上記で具体的に列挙したエクオール産生微生物を使用する場合であれば,大豆胚軸の発酵は嫌気性条件下で行われる。
【0040】 また,発酵温度としては,エクオール産生微生物の生育に好適な条件であればよく,例えば,20〜40℃,好ましくは35〜40℃,更に好ましくは36〜38℃が挙げられる。
【0041】 発酵時間については,エクオールの生成量,ダイゼイン類の残存量,エクオール産生微生物の種類等に応じて適宜設定できるが,通常1〜10日間,好ましくは2〜7日間,更に好ましくは3〜5日間とすることができる。
【0042】・・・大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれている。
【0049】 更に,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆胚軸に由来するサポニンをも有している。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のサポニンは,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,サポニンが10〜80mg,好ましくは20〜50mg,更に好ましくは30〜40mg含まれている。
【0050】 また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアルギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。
【0051】 上記の条件で発酵処理されて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵後の状態のまま,本発明の製造方法に供してもよいが,必要に応じて乾燥処理に供して乾燥固形物状にして本発明の製造方法に供することもできる。
【0089】 エクオール含有物 本発明の精製方法において,精製処理に供されるエクオール含有物は,エクオールを含有する限り,特に制限されるものではなく,化学合成法によってエクオールが合成された反応産物であっても,また発酵法によってエクオールが産生された発酵物であってもよい。・・・本発明の精製方法に供されるエクオール含有物の好ましい一例として,エクオールを含有する発酵物が挙げられる。
【0090】 以下,エクオールを含有する発酵物について説明する。
【0091】 エクオールを含む発酵物は,エクオール産生微生物を用いて公知の方法に従って発酵することにより製造される。具体的には,エクオール産生微生物を,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物を,該ダイゼイン類を含む発酵原料(発酵に供される原料)に接種し,該微生物の生育環境下で発酵(培養)させることにより,エクオールを含む発酵物を得ることができる。
【0093】 また,ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではないが,安全性の観点から,食品素材としても利用可能なものが好適である。ダイゼイン類を含む発酵原料としては,具体的には,大豆,大豆胚軸,大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクローブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等が挙げられる。これらの中でも,大豆胚軸は,ダイゼイン類を豊富に含んでいるので,ダイゼイン類を含む発酵原料として好ましい 。
【0094】 また,ダイゼイン類を含む発酵原料には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフ ラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になる。
【0095】 更に,ダイゼイン類を含む発酵原料には,必要に応じて,発酵効率の促進等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。
【0096】 エクオールを含む発酵物の製造において,発酵原料の水分量,醗酵時間,発酵温度,発酵雰囲気等の発酵条件については,エクオール産生微生物の種類,発酵原料の種類,エクオールの産生量,ダイゼイン類の残存量等に応じて適宜設定すればよい。
【0097】 本発明の精製方法において使用されるエクオール含有物としては・・・エクオール含有大豆胚軸発酵物が好適である。
【0142】3.食品素材 更に,本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物が,カカオマスに分散されている食品素材を提供する。以下,本発明の食品素材について,含有成分等に分けて説明する。
【0144】 エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵後の状態のまま,本発明の食品素材に使用してもよく,また,必要に応じて乾燥処理に供して乾燥固形物状にして本発明の食品素材に使用することもできる。・・・また,加熱乾燥処理されたエクオール含有大豆胚軸発酵物は,必要に応じて粉末化処理に供して,粉末状にしてもよい。
【0154】食品素材の形状 本発明の食品素材の形状については,特に制限されず,粉末状,粒状,チップ状,プレート状等のいずれであってもよく,使用される食品の種類に応じて適宜設定される。食品中で本発明の食品素材の食感を活かすという観点からは,好ましくは粒状又はチップ状であり,特に好ましくは1粒又は1チップ当たり30〜1000mg程度の粒状又はチップ状である。
【0156】 本発明の食品素材は,必要に応じて,破砕,粉砕,整粒等の処理に供して,所望の形状に成形される。また,本発明の食品素材は,製造時に押出造粒により成形することもできる。
【0157】上記食品素材の用途 本発明の上記食品素材は,エクオール含有食品の製造原料,或いは食品添加剤として使用され,様々な食品に配合される。即ち,本発明は,更に,上記食品素材を含有するエクオール含有食品を提供する。
【0162】 当該エクオール含有食品に含まれる本発明の食品素材の配合割合については,特に制限されず,本発明の食品素材中のエクオール含量,当該エクオール含有食品の形態等に応じて適宜設定される。一例として,当該エクオール含有食品の原料の総量当たり,本発明の 食品素材が3〜30重量%,好ましくは5〜20重量%,更に好ましくは5〜8重量%となる割合が例示される。また,当該エクオール含有食品に含まれるエクオールの割合としては,当該エクオール含有食品の原料の総量当たり,エクオールが0.002〜0.1重量%,好ましくは 0.004〜0.05重量%,更に好ましくは0.005〜0.03重量%となる範囲が例示される。このような割合で,本発明の食品素材を含有することにより,エクオール含有食品の良好な風味を保持しながら,エクオール 含有大豆胚軸発酵物に基づく有用生理活性を有効に享受させることができる。
【0163】 当該エクオール含有食品は,本発明の食品素材と共に,該食品の他の原料を所定量混合し,該食品の種類に応じて,成形,焼成,冷却等の工程に適宜供することによって製造される。
【0164】 当該エクオール含有食品は,エクオール含有大豆胚軸発酵物を含み,エクオールを初めとして,種々の有用生理活性物質を含有しているので様々な生理活性や薬理活性を発現することができる。それ故,当該エクオール含有食品は,一般の食品の他,特定保健用食品 ,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品等として使用できる。
特に,本発明の大豆胚軸 発酵物を含有する食品は,栄養補助食品として栄養補助食品として有用である。
【0165】 例えば,当該エクオール含有食品は,更年期障害,骨粗鬆症,前立腺肥大,メタボリックシンドローム等の疾患や症状の予防乃至改善,血中コレステロール値の低減,美白,にきびの改善,整腸,肥満改善,利尿等に有用である。中でも,当該エクオール含有食品は ,特に,中高年女性における不定愁訴乃至閉経に伴う症状(例えば,骨粗鬆症,更年期障害等)の予防乃至改善に有用である。
実施例】【0221】 以下に,参考例,実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0222】参考例1-1〜1-3 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 表1に示す組成となるように,粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して,大豆胚軸溶液(原料)を調製した。この大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス20 -92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0223】 表1に,培養96時間後の培養液における生菌数及びpH,粉末状の大豆胚軸発酵物の取得量,及び粉末状の大豆胚軸発酵物中のエクオール濃度を示す。・・・ 【0224】【0225】参考例1-4 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス20-92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0226】 原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分 析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3に示す。この結果からも,ラクトコッカス20?92株によって大豆胚軸を発酵させることにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認された。また,ラフィノースやスタキオース等のオリゴ糖は,発酵前後でその含量が同程度であり,発酵による影響を殆ど受けないことが明らかとなった。一方,アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。
従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
【0227】【0228】 【0229】 参考例1-5〜1-11 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 上記参考例1-3とは異なる7種のロットの粉末状大豆胚軸を使用すること以外は,上記参考例1-3と同様の条件で,粉末状の大豆胚軸発酵物(参考例1-5〜1‐11)を製造した。
(2) 本件訂正発明の概要 本件訂正発明は,オルニチン及び更年期障害等の改善効果が示唆されるエクオールを含有する食品素材として用いられる粉末状の発酵物の製造方法に関するものである(【請求項1】,段落【0002】,【0003】)。
本件訂正発明は,アルギニンを添加したダイゼイン配糖体,ダイゼイン及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を含むものを発酵原料とし,それをオルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物で発酵処理することにより,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを含有する,食品素材として用いられる粉末状の発酵物を製造するというものである(【請求項1】,段落【0001】,【0036】,【0042】,【0050】,【0091】〜【0096】,【0222】〜【0227】,【0229】)。
本件訂正発明により製造された発酵物を食品素材に用いたエクオール及びオルニチンを含有する食品は,エクオールによる中高年女性における不定愁訴や閉経に伴う症状(骨粗鬆症,更年期障害等)の予防又は改善をはじめとした様々な生理活性や薬理活性を発現し,一般の食品の他,特定保健用食品 ,栄養補助食品,機能性食品,病者用食品等として使用できるものである(段落【0144】,【0157】,【0162】〜【0165】)。
2 取消事由1(訂正要件の認定及び判断の誤り)について (1) 訂正事項1について ア 訂正事項1は,訂正前の請求項1に記載されていた「少なくとも1種の ダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料を」を「少なくとも1種のダイゼイン類にアルギニンを添加すること,及び,前記ダイゼイン類と前記アルギニンを含む発酵原料を」に訂正するものであり,「少なくとも1種のダイゼイン類,並びに,アルギニンを含む発酵原料」について,「ダイゼイン類にアルギニンを添加する」という限定を加えるものであるから,特許請求の範囲減縮を目的としたものである。
イ 次に,訂正事項1が新規事項の追加に当たるかについて検討する。
本件明細書の【0036】,【0050】,【0222】,【0226】等には,「大豆胚軸」にアルギニンを添加することが記載されている。この点,本件明細書の段落【0093】には,「ダイゼイン類を含む発酵原料としては,ダイゼイン類を含む限り,特に制限されるものではない」として,「大豆,大豆胚軸,大豆胚軸の抽出物,豆腐,油揚げ,豆乳,納豆,醤油,味噌,テンペ,レッドクローブ又はその抽出物,アルファルファ又はその抽出物等」が発酵原料として使用可能であることが記載されていることからすると,本件明細書の段落【0036】,【0050】,【0222】,【0226】等に記載された「大豆胚軸」は,「ダイゼイン類を含む発酵原料」の一例として記載されたものと認められる。
また,本件明細書の段落【0031】では,用いられる微生物は,「大豆胚軸」には当初成分として含まれないジヒドロダイゼインを含む「ダイゼイン類」を資化して,エクオールを産生するものであることが記載されている。
そして,本件明細書の段落【0225】〜【0228】では,ラクトコッカス20-92株を用いて,「大豆胚軸」にアルギニンを添加したものを発酵原料とした場合に,「大豆胚軸」に含まれる本件特許の【請求項1】にいう「ダイゼイン類」であるダイジン,マロニルダイジン及びアセチルダイジンが,ラクトコッカス20-92株により資化されてエクオールが生成されるとともに,アルギニンがオルニチンに変換されたことが記載されている。
さらに,後述するとおり,本件原出願日当時,ダイジンからエクオールが生成さ れる過程は,当業者の間で技術常識となっていて,ダイジン,ダイゼイン,ジヒドロダイゼインといった「ダイゼイン類」を発酵原料として,エクオールを生成することもまた技術常識となっていたから,本件明細書の上記各記載に接した当業者は,用いる微生物の種類によっては,「大豆胚軸」には含まれないジヒドロダイゼインからでもエクオールを生成できるし,本件明細書中にある「大豆胚軸」についても,実質的には「大豆胚軸」中の「ダイゼイン類」が微生物により資化されてエクオールが生成していると理解すると認められる。
以上からすると,本件明細書には,発酵原料として「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類」を用い,そこにアルギニンを添加することが記載されているか,実質的に記載されているに等しいといえ,訂正事項1は,本件明細書に記載された事項の範囲内のものであって,新規事項の追加に当たらないというべきである。
ウ 原告らは,@本件明細書に開示されているのは「大豆胚軸」にアルギニンを添加して発酵を行うことだけであるし,本件明細書の実施例にある「大豆胚軸」に含まれないジヒドロダイゼインにアルギニンを添加することは本件明細書に記載されていない,A「大豆胚軸」が「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,およびジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」の一例である,とする被告の主張は,ある原料から抽出した特定成分の一例が抽出前の原料そのものであると主張しているものであって,論理矛盾であると主張する。
しかし,前記イで検討したとおり,本件明細書にはジヒドロダイゼインを含む「ダイゼイン類」にアルギニンを添加することが記載されているか,実質的に記載されているに等しいから,上記@は採用できない。
また,上記Aについて,前記第4(被告の主張)1(1)アのとおり,被告は,正確には,「『大豆胚軸』は,あくまで『少なくとも1種のダイゼイン類を含む発酵原料』の代表的な例として記載されている」と主張しているのであり,「大豆胚軸」が「ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,およびジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類」の一例であるとは主張していないから, 原告らの主張は,その前提を欠くものである。また,本件明細書の段落【0093】から被告の上記主張が是認できることは,前記イのとおりである。
(2) 訂正事項2について ア 訂正事項2は,発酵物が粉末状であることを特定するものであり,訂正前の請求項1で製造された発酵物の性状を限定するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的としたものである。
イ 本件明細書の段落【0144】,【0156】,【0222】,【0225】,【0229】には,「大豆胚軸」を発酵原料として生成されるエクオール含有大豆胚軸発酵物を粉末状にすることが記載されている。
そして,前記(1)イで検討したとおり,本件明細書には,「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とすることが,記載されているか,実質的に記載されているに等しいといえるのであり,上記各段落では,「大豆胚軸」を用いた場合に生成される「エクオール含有大豆胚軸発酵物」が,「ダイゼイン類を含む発酵原料」を用いた場合に生成される「エクオールを含有する発酵物」の一例として記載されているものと解される。したがって,発酵物を粉末状に特定することの追加は,本件明細書に記載された事項の範囲内で行われたものであって,新規事項の追加に当たらないというべきである。
(3) 訂正事項3について ア 訂正事項3は,訂正前の請求項1に係る発明における,発酵処理について,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオールを生成し,」と特定するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
イ 本件明細書には,「大豆胚軸発酵物中のエクオール含有量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,大豆胚軸発酵物の乾燥重量当たり(大豆胚軸発酵物の乾燥重量を1gとした場合),エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれて いる。」(段落【0042】),「エクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。」(段落【0050】)と記載されており,訂正事項3は,エクオール及びオルニチンの含有量を,本件明細書中に例示された「1〜20mg」,「8〜15mg」のうちの下限値により特定したものである。
また,前記(1)イで検討したとおり,本件明細書には, 「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とすることが,記載されているか,実質的に記載されているに等しいといえるのであり,上記段落【0042】,【0050】は,「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用いた場合のエクオール及びオルニチンの含有量について記載したものであると解され,訂正事項3は,本件明細書に記載された事項の範囲内のものであって,新規事項の追加に当たらないというべきである。
ウ 原告らは,@本件明細書には,「大豆胚軸」以外を発酵原料とした場合に1mg以上に該当する量のエクオール又は8mg以上に該当する量のオルニチンを生成することの記載がなく,実際に,原告実験の結果からすると,水と「ダイゼイン類」及びアルギニンだけでは発酵が進まずエクオールが生成されなかった(甲46),A本件明細書には,1mg以上又は8mg以上であれば,どのような値であってもよいことの開示がない,B本件訂正発明において生成するオルニチンは,添加されたアルギニンから生成するもののみに限られるところ,本件明細書には,添加されたアルギニンから,8mg以上のオルニチンが生成した旨の記載はないと主張する。
(ア) 上記@について 前記イのとおり,本件明細書の段落【0042】【0050】は, , 「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用いた場合のエクオール及びオルニチンの含有量が記載されており,訂正事項3は,エクオール及びオルニチンの含有量を,上記各段落に表れた下限値をもって特定したものであるから,訂正事項3は,本件 明細書に記載された事項の範囲内でされたものというべきである。
なお,原告実験の結果(甲46)は,訂正事項3が新規事項の追加に当たるかということとは無関係なものといえる。
(イ) 上記Aについて a 本件明細書の段落【0042】の「大豆胚軸発酵物中のエクオール含量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常・・・エクオールが1〜20mg,好ましくは2〜12mg,更に好ましくは5〜8mg含まれている。」との記載や本件明細書の段落【0050】の「具体的には, ・・・エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。」との記載からすると,上記段落【0042】【0050】は,エクオール及びオル ,ニチンの含有量の上限が同各段落に記載されたものに限られることを述べたものではないといえ,当業者が「ダイゼイン類」やアルギニンを適宜追加したり,発酵条件を調整したりするなどして,より多量のエクオール及びオルニチンが得ることを否定する趣旨のものではないというべきである。したがって,エクオール及びオルニチンの含有量の上限が特許請求の範囲で定められていないことは,本件明細書に記載された事項の範囲内のものであるといえる。
b 本件明細書には100mgのオルニチンを得る実施例が記載されていないとしても,本件明細書の記載が上記aのようなものである以上,前記イの判断は左右されない。
(ウ) 上記Bについて 本件特許の【請求項1】では,最終的に発酵物中に存在するオルニチンが何に由来するのかについては,何の限定も付されていないのであり,本件訂正発明において生成するオルニチンが,添加されたアルギニンから生成するもののみに限られるとする原告らの主張は採用することができないから,上記Bの原告の主張は,その前提を欠くものである。そして,本件訂正発明のオルニチンの含有量が本件明細書 に記載された事項の範囲内のものであることは,前記イのとおりである。
(4) 訂正事項4について ア 訂正事項4は,訂正前の請求項1において,製造される発酵物の用途を食品素材に特定するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
イ 本件明細書の段落【0144】等には「エクオール含有大豆胚軸発酵物」を食品素材として使用することが記載されているところ,前記(3)イで検討したところと同様に,上記「エクオール含有大豆胚軸発酵物」は,「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」を用いた場合の「エクオールを含有する発酵物」の例として記載されていたものと解することができるから,発酵物の用途を食品素材に特定することの追加は,本件明細書に記載された事項の範囲内において行われたものであって,新規事項の追加に当たらないというべきである。
ウ 原告らは,「ダイゼイン類」の発酵物と,「大豆胚軸発酵物の発酵後の状態」のものとは,含まれる成分が全く異なるから,本件明細書の段落【0144】の記載は,「ダイゼイン類」を食品に使用することを記載したものとはいえないと主張する。
しかし,既に判示したとおり,本件明細書において,「大豆胚軸」は,「ダイゼイン類を含む原料」の一例であり,それを発酵させた「エクオール含有大豆胚軸発酵物」は,「エクオールを含有する発酵物」の一例といえるから,原告らの主張する点をもって,訂正事項4が新規事項の追加に当たるということはできない。
また,本件明細書の段落【0093】に掲げられている「ダイゼイン類を含む原料」である各種食品を発酵させたものが,食品用途に適さないものであると当業者が認識するとは考え難く,このことからしても,成分の相違から新規事項の追加に該当するというものではないことは明らかである。
(5) 小括 以上からすると,原告らが主張する取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(優先権主張についての認定及び判断の誤り)について (1) 基礎出願の記載事項等 ア 基礎出願A(甲2の1)【発明の名称】 エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む食品【請求項1】 エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含有する,飲料。
【請求項3】 エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含有する,クリーム状食品。
【技術分野】【0001】 本発明は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品に関する。
【発明が解決しようとする課題】【0005】 これまでに,本発明者等は,エクオールを含有する食品素材として,大豆胚軸をエクオール産生微生物で発酵させることにより得られる大豆胚軸発酵物を見出した。当該大豆胚軸発酵物には,エクオールのみならず,イソフラボンやサポニン等の大豆由来の有用成分を含み,これによって有用生理効果を発現できるので,機能性素材として有用であることが明らかにされている。更に,当該大豆胚軸発酵物は,大豆胚軸由来のアレルゲンが低減されており,低アレルゲン素材としても有用であることが確認されている。・・・【0006】 更に,上記大豆胚軸発酵物からエクオールを含む有用成分を溶媒抽出することにより得られる抽出物についても,機能性食品素材として有用であることが分かっている。
【0007】 そこで,本発明の目的は,エクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物を含む各種形態の食品を提供することである。
【発明を実施するための最良の形態】【0012】 エクオール含有大豆胚軸発酵物 本発明の食品素材に用いられるエクオール含有大豆胚軸発酵物とは,エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られる大豆胚軸発酵物である。
【0013】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造は,エクオール産生微生物としては,ダイゼイン配糖体,ダイゼイン,及びジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物が使用される。ここで,ダイゼイン配糖体としては,具体的には,ダイジン,マロニルダイジン,アセチルダイジン等が挙げられる。
【0014】 上記エクオール産生微生物としては,食品衛生上許容され,上記能力を有する限り特に制限されない。例えば,ラクトコッカス・ガルビエ(Lactococcus garvieae)等のラクトコッカス属に属する微生物;ストレプトコッカス・インターメディアス( Streptococcus intermedius ) , ス ト レ プ ト コ ッ カ ス ・ コ ン ス テ ラ ー タ ス(Streptococcus constellatus)等のストレプトコッカス属に属する微生物;バクテロイデス・オバタス(Bacteroides ovatus)等のバクテロイデス属に属する微生物の中に上記能力を有する微生物が存在していることが分かっている。エクオール産生微生物の中で,好ましくは,ラクトコッカス属,及びストレプトコッカス属等の乳酸菌であり,更に好ましくはラクトコッカス属に属する乳酸菌であり,特に好ましくはラクトコッカス・ガルビエが挙げられる。エクオール産生微生物は,例えば,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離することができる。
上記エクオール産生微生物については,本発明者等により,ヒト糞便から単離同定された菌,即ち,ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号),ストレプトコッカスE-23-17(FERM BP-6436号),ストレプトコッカスA6G225(FERM BP-6437号),及びバクテロイデスE-23-15(FERM BP-6435号)が寄託されており,本発明ではこれらの寄託菌を使用できる。これらの寄託菌の中でも,ラクトコッカス20-92が好適に使用される。
【0015】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物は,発酵原料として大豆胚軸を用いて製造される。大豆胚軸とは,大豆の発芽時に幼芽,幼根となる部分であり,ダイゼイン配糖体やダイゼイン等のダイゼイン類が多く含まれていることが知られている。本発明に使用される大豆胚軸は,含有されているダイゼイン類が著しく損失されていないことを限度として,大豆の産地や加工の有無については制限されない。例えば,生の状態のもの;加熱処理,乾燥処理,蒸煮処理等に供された大豆から分離したもの;未加工の大豆から分離した胚軸を加熱処理,乾燥処理又は蒸煮処理等に供したもの等のいずれであってもよい。また,使用される大豆胚軸は,脱脂処理や脱タンパク処理に供したものであってもよい。また,使用される大豆胚軸の形状については,特に制限されるものではなく,粉末状であっても,粉砕又は破砕された粒状又は塊状であってもよい。より効率的にエクオールを生成させるという観点からは,粉末状の大豆胚軸を使用することが望ましい。
【0016】 大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。
【0017】 大豆胚軸に添加される水の量は,使用するエクオール産生微生物の種類や発酵槽の種類等によって応じて適宜設定される。通常,発酵開始時に,大豆胚軸と水が以下の割合で共存していればよい:大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して, 水が400〜4000重量部,好ましくは500〜2000重量部,更に好ましくは600〜1000重量部。
【0018】 また,大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,酵母エキス,ポリペプトン,肉エキス等の窒素源;グルコース,シュクロース等の炭素源;リン酸塩,炭酸塩,硫酸塩等の無機塩;ビタミン類;アミノ酸等の栄養成分を添加してもよい。特に,エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの(以下,「オルニチン・エクオール産生微生物」と表記する)を使用する場合には,大豆胚軸にアルギニンを添加して発酵を行うことによって,得られる発酵物中にオルニチンを含有させることができる。この場合,アルギニンの添加量については,例えば,大豆胚軸(乾燥重量換算)100重量部に対して,アルギニンが0.5〜3重量部程度が例示される。なお,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するエクオール産生微生物としては,具体的には,ラクトコッカス・ガルビエから選択することができ,具体的には,ラクトコッカス20-92(FERM BP-10036号)が挙げられる。
【0019】 更に,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)のpHについては,エクオール産生微生物が生育可能である限り特に制限されないが,エクオール産生微生物を良好に増殖させるという観点からは,発酵原料のpHを6〜7程度,好ましくは6.3〜6.8程度に調整しておくことが望ましい。
【0020】 また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。このようにイソフラボンを発酵原料に別途添加しておくことにより,得られる大豆胚軸発酵物中のエクオール含量をより高めることが可能になり,その有用性を一層向上させることができる。
【0025】 当該エクオール含有大豆胚軸発酵物には,エクオール以外に,ダイジン,マロニルダイジン,アセチルダイジン,ダイゼイン,ジハイドロダイゼイン等のダイゼイン類(以下,これらの成分を「ダイゼイン類」と表記する);ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類(以下,これらの成分を「ゲニステイン類」と表記する)等の各種イソフラボンも含まれており,これらのイソフラボンの有用生理活性をも発現することができる。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のイソフラボン(エクオールを含む)含有量については,使用するエクオール産生微生物や発酵条件等によって異なるが,通常,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,イソフラボンが5〜20mg,好ましくは5〜15mg,更に好ましくは8〜15mg程度が例示される。
【0031】 更に,エクオール含有大豆胚軸発酵物には,大豆胚軸に由来するサポニンをも有している。エクオール含有大豆胚軸発酵物中のサポニンは,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たり,サポニンが10〜80mg,好ましくは20〜50mg,更に好ましくは30〜40mg含まれている。
【0032】 また,前述するように,オルニチン・エクオール産生微生物を使用し,且つアルギニンを大豆胚軸に添加して発酵させることにより得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物には,オルニチンが含有されている。このようなエクオール含有大豆胚軸発酵物に含まれるオルニチンの含有量として具体的には,エクオール含有大豆胚軸発酵物の乾燥重量1g当たりオルニチンが5〜20mg,好ましくは8〜15mg,更に好ましくは9〜12mg程度が例示される。
【0100】 以下に,参考例,実施例等に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれ らによって限定されるものではない。
参考例1-1〜1-3 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 表1に示す組成となるように,粉末状大豆胚軸,アルギニン,及び水を混合して,大豆胚軸溶液(原料)を調製した。この大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス20-92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0101】 表1に,培養96時間後の培養液における生菌数及びpH,粉末状の大豆胚軸発酵物の取得量,及び粉末状の大豆胚軸発酵物中のエクオール濃度を示す。この結果から,エクオール産生菌を用いて粉末状大豆胚軸を発酵させることにより,高効率でエクオールが生成されることが確認された。
【0102】【0103】 参考例1-4 エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造 粉末状大豆胚軸10重量%及びL-アルギニン0.1重量%を含む大豆胚軸溶液5mlに,ラクトコッカス20-92株(FERM BP-10036号)を植菌し,嫌気条件下で,37℃で96時間静置培養することにより発酵処理を行った。培養後,得られた発酵液(培養液)を100℃,1分間の条件で加熱殺菌した後,80℃の条件での乾燥処理し,更にホモゲナイダーにより粉末化処理することにより,粉末状の大豆胚軸発酵物を得た。
【0104】 原料として使用した粉末状大豆胚軸(表2及び3中,発酵前と表記する)及び得られた粉末状大豆胚軸発酵物(表2及び3中,発酵後と表記する)の含有成分の分析を行った。大豆イソフラボン類の分析結果を表2に,栄養成分の分析結果を表3に示す。この結果からも,ラクトコッカス20-92株によって大豆胚軸を発酵させることにより,高含量のエクオールを含む大豆胚軸発酵物が製造されることが確認された・・・一方,アルギニンについては,発酵処理によりオルニチンに変換されることが確認された。従って,大豆胚軸にアルギニンを添加してラクトコッカス20-92株で発酵処理することにより,エクオールのみならず,オルニチンをも生成させ得ることが明らかとなった。
【0105】 【表2】 【0106】 イ 基礎出願B(甲2の2)【発明の名称】エクオール含有食品素材,及びこれを用いた食品【請求項1】 (A)エクオール産生微生物で大豆胚軸を発酵させて得られるエクオール含有大豆胚軸発酵物又はその抽出物が(B)カカオマスに分散されてなる,食品素材。
基礎出願Bの段落【0015】〜【0020】,【0027】,【0033】,【0034】,【0070】〜【0077】には,前記基礎出願Aの段落【0013】〜【0018】,【0025】,【0031】,【0032】,【0100】〜【0106】に対応する記載が存在している。
ウ 基礎出願C(甲2の3)【発明の名称】エクオール含有抽出物,及びその製造方法【請求項1】 エクオール含有大豆胚軸発酵物を抽出溶媒としてエタノール水溶液を用いて抽出処理し,抽出液を回収する第1工程を含む,エクオール含有抽出物の製造方法 基礎出願Cの段落【0014】〜【0021】,【0026】,【0032】,【0033】,【0056】〜【0059】には,前記基礎出願Aの段落【0013】〜【0020】,【0025】,【0031】,【0032】,【0100】〜【0102】に対応する記載が存在している。
エ 本件原出願(甲3)において追加された記載 「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とすることを明示する本件明細書の段落【0093】や「ダイゼイン類」に適宜の栄養成分を添加することを明示する本件明細書の段落【0095】に相当する記載は,基礎出願には存在せず,本件原出願において初めて付け加えられたものである(本件原出願の段落【0091】,【0093】)。
また,公知のスクリーニング方法に関する本件明細書の段落【0032】に相当する記載及び段落【0036】の「エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法」により「オルニチン・エクオール産生微生物」を得ることに係る記載についても,基礎出願には存在せず,本件原出願において初めて付け加えられたものである(本件原出願の段落【0030】,【0034】)。
(2) 検討 ア 本件優先日当時の技術常識等 (ア) 本件優先日当時,大豆胚軸中に含まれるダイジンからエクオールが生成される過程,すなわち,エクオール産生微生物(ダイジンから直接にエクオールを産生することができないものも含む。)の働きによって,ダイジンからダイゼイン,ジヒドロダイゼインを経るなどしてエクオールが生成されるということは,当業者の間で技術常識になっていた(甲6,40,弁論の全趣旨)。
(イ) 甲19には,基礎出願の実施例でも用いられているラクトコッカス20-92株を用い,本件訂正発明にいう「ダイゼイン類」又は「ダイゼイン類を含む原料」であるダイゼイン,水溶性大豆たんぱく,粗精製大豆イソフラボン末,豆乳を用いて,エクオールを生成する実施例が記載されており(甲19の21頁11行目〜26頁22行目),甲19のこれらの記載に証拠(甲4,6)と弁論の全趣旨を総合すると,発酵原料について,本件訂正発明にいう物質自体としての「ダイゼイン類」又は「ダイゼイン類を含む原料(ただし,大豆胚軸は除く。)」を用い,エクオール産生微生物の維持,増殖に必要な栄養成分を含む培地などを用いて栄養成分を適宜補うことにより,エクオール産生微生物の代謝によって,エクオールを生成することも本件優先日当時の技術常識であったと認められる。
(ウ) 本件優先日当時,特定の性質を有する微生物(菌)を,スクリーニングによって探索し,他の微生物から単離・同定するための一般的な手順は,技術常識であった(甲36の1[福井三郎監修「バイオテクノロジーシリーズ スクリーニング技術-微生物の潜在機能をさぐる」講談社,昭和60年],甲36の2[新井守ほか「微生物のスクリーニング法I」化学と生物5巻5号294頁〜303頁,昭和42年],乙1,2,弁論の全趣旨)。
(エ) エクオール産生微生物(菌)については,本件優先日当時までにヒトの糞便やラットの糞便(盲腸内容物)などからラクトコッカス20-92株,ストレプトコッカスA6G-225株,ルミノコッカスE-23-15株,バクロイデスE-23-15株,do03株のようなエクオール産生微生物が複数単離・同定されていた(甲6,甲18[国際公開第99/07392号],甲19,甲40,47,48,乙1〜3,弁論の全趣旨)。
優先権主張の可否について 前記(1)でみたように,基礎出願に明示的に発酵原料として記載されているのは「大豆胚軸」だけであり,「大豆胚軸」以外のものを発酵原料とできることを明示する記載が追加されたのは,本件原出願以降である。
しかし,基礎出願では,「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物を使用するとされている上,基礎出願の実施例で使用されているラクトコッカス20-92株がそのような微生物の一例として記載されている(基礎出願Aの段落【0013】,【0014】,基礎出願Bの段落【0015】,【0016】,基礎出願Cの段落【0014】,【0015】)。また,基礎出願では,「当該エクオール含有大豆胚軸発酵物の製造は,エクオール産生微生物としては,ダイゼイン配糖体,・・・ジヒドロダイゼインよりなる群から選択される少なくとも1種のダイゼイン類を資化してエクオールを産生する能力(代謝活性)を有する微生物が使用される。」として,「大豆胚軸」には含まれないジヒドロダイゼインを資化する微生物も使用可能であると記載されている(基礎出願Aの段落【0013】,基礎出願Bの段落【0015】,基礎出願Cの段落【0014】)ところ,この記載を素直に解釈すると,Julong732株のように「大豆胚軸」には含まれないジヒドロダイゼインからエクオールを生成する能力しか有しない微生物(甲77)も利用可能であるとの趣旨の記載であると解することができる。
基礎出願では,「・・・大豆胚軸の発酵において,発酵原料となる大豆胚軸には,必要に応じて,発酵効率の促進や発酵物の風味向上等を目的として,・・・栄養成分を添加してもよい。」と記載されており(基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】),基礎出願において,「水」と「アルギニン」以外の栄養成分を添加することは排除されていないといえるし,上記ア(イ)で認定した技術常識からすると,むしろ,当業者は,上記記載を手掛かりに,「水」と「アルギニン」以外に適宜の栄養成分を添加することで,「大豆胚軸」以外の発酵原料でもエクオール及びオルニチンの生成が可能であることを認識するといえる。
基礎出願では,「また,使用する発酵原料(大豆胚軸含有物)には,更に,前記ダイゼイン類を含むイソフラボンを添加しておいてもよい。 と記載されており 」 (基礎出願Aの段落【0020】,基礎出願Bの段落【0022】,基礎出願Cの段落 【0021】),「ダイゼイン類」を含むイソフラボンを発酵原料とすることが想定されているということができる。
前記(1)ア,イのとおり,基礎出願A,Bに記載された実施例においては,「大豆胚軸」を発酵原料とした場合に,ラクトコッカス20-92株により,「大豆胚軸」に含まれるダイジンが代謝されてエクオールが生成するとともに,同株によりアルギニンがオルニチンに変換されることが,具体的な実験結果と共に記載されている(基礎出願Aの段落【0103】〜【0106】,基礎出願Bの段落【0074】〜【0077】)。
そして,上記アのとおり,本件優先日当時,@ダイジンからエクオールが生成される過程及びAエクオール産生微生物を用い,本件訂正発明にいう「ダイゼイン類」や「ダイゼイン類を含む原料」に適宜の栄養成分を添加するなどしてエクオールを生成することは,いずれも技術常識になっていたのであるから,当業者は,基礎出願において,実質的に代謝されるのが「大豆胚軸」中のダイジンなど「ダイゼイン類」であり,かつ,「ダイゼイン類を含む原料」に適宜に必要に応じて,栄養成分を添加するなどして用いることができると認識するものと認められる。
さらに,基礎出願中には,甲4発明の明細書の段落【0007】のような,大豆胚軸抽出物のデメリットについての記載はない。
以上判示したところからすると,基礎出願A,Bの上記記載に接した当業者は,それと上記アで認定した本件優先日当時の技術常識とを考え併せ,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とした場合でも,必要に応じて栄養成分を適宜添加するなどして,ラクトコッカス20-92株のようなエクオール及びオルニチンの産生能力を有する微生物によって,発酵原料中の「ダイゼイン類」がアルギニンと共に代謝されるようにすることにより,エクオールのみならずオルニチンについても生成することが可能であると認識することができたというべきである。そして,そのことに,前記(1)ア,イで認定した基礎出願A,Bの記載を総合すると,本件訂正発明を基礎出願A,Bから読み取ることができるものと認められる。
したがって,本件訂正発明は,少なくとも基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しい発明であると認められ,本件訂正発明は,基礎出願A,Bに基づく優先権主張の効果を享受できるというべきである。
ウ 原告らは,@基礎出願に係る発明は,「大豆胚軸」,「水」及び「微生物」で発酵可能とすることに特徴がある発明であり,「大豆胚軸」以外のダイゼイン類からエクオールを産生するという技術思想は排除されている,A本件で優先権主張を認めるのは,第三者の明細書の開示に対する信頼を裏切るものであって,優先権の趣旨に反する,B「大豆胚軸」を発酵原料とすることと,「ダイゼイン類」を発酵原料とすることは技術的に異なり,現に原告実験(甲46)では,エクオールは生じなかった,C基礎出願には「公知のスクリーニング方法」が記載されていないから,基礎出願に基づく優先権を主張できないし,仮に本件原出願の記載が追加されたことにより初めてサポート要件及び実施可能要件を満たすこととなる場合には新規事項の追加に当たると主張する。
(ア) 上記@,Aについて 本件訂正発明は,基礎出願A,Bに記載されていたか,記載されていたに等しいということができることは,前記イで判断したとおりであって,基礎出願が,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類」や「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料として,適宜の栄養成分を添加してエクオールを生成することを,積極的に排除しているとはいえない。
基礎出願の「大豆胚軸の発酵処理は,適量の水を大豆胚軸に加えて水分含量を調整し,これに上記エクオール産生微生物を接種することにより行われる。」,「大豆胚軸に添加される水の量は,使用するエクオール産生微生物の種類や発酵槽の種類等によって応じて適宜設定される。・・・」という記載(基礎出願Aの段落【0016】【0017】,基礎出願Bの段落【0018】【0019】,基礎出願Cの段落【0017】【0018】)は,「大豆胚軸」の発酵処理が「水」及び「微生物」だけでも可能であることを示しているものにすぎず,「大豆胚軸」以外の「ダ イゼイン類」や「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とすることを積極的に排除する趣旨の記載であるとは認められないし,その他,基礎出願の記載内容から,基礎出願が,本件優先日当時の技術常識である「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類」を発酵原料とすることを積極的に排除していることを認めることはできない。
したがって,原告らの上記@の主張は採用することができないし,それを前提とする上記Aの主張も採用することができない。
(イ) 上記Bについて a 前記(2)ア(イ)のとおり,「ダイゼイン類」や「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料として,必要に応じて適宜の栄養成分を添加してエクオールを産生することは,本件優先日当時の技術常識であったと認められるから,当業者は,基礎出願の記載に必ずしもとらわれることなく,上記技術常識を考慮して,「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とし,適宜,必要な栄養成分を添加するなどして,エクオール及びオルニチンを産生することができると認識するものと認められる。したがって,原告らの主張するような「大豆胚軸」と「ダイゼイン類」との技術的な違いや原告実験の結果が,前記アの判断を左右するものとはいえない。
b 上記(ア)のとおり,基礎出願は,必要に応じて適宜の栄養成分を添加してエクオールを生成するものであるから,仮に,原告実験の実験結果(甲46)が正しく,ダイゼインと水とアルギニンのみでは発酵が進まず,エクオールが生成しないとしても,それが,基礎出願において,発酵原料を「大豆胚軸」に限定することにつながるものではない。したがって,本件において,原告実験の正確性についてこれを論じる意味はない。
原告らは,被告が令和2年8月20日付けの準備書面でした,原告実験に対抗してされた実験に関する新たな主張やそれに伴う証拠(乙19,21)は,故意又は重過失により時機に後れてされたもので,訴訟の完結を遅延させるものであるから却下すべきであるとも主張するが,上記のように,本件において,そもそも原告実 験の正確性を論じる必要がないことからすると,被告の上記主張立証が訴訟の完結を遅延させるものであるとは認められないから,被告の上記主張立証を時機に後れたものとして却下しないこととする。また,被告の上記準備書面におけるその余の主張についても訴訟の完結を遅延させるものとは認められないから却下しないこととする。
(ウ) 上記Cについて @基礎出願では,エクオール産生微生物は,ラクトコッカス20-92株に限定されておらず,ヒト糞便中からエクオールの産生能の有無を指標として単離された菌が使用可能であるとされていて(基礎出願Aの段落【0014】,基礎出願Bの段落【0016】,基礎出願Cの段落【0015】),スクリーニングによりエクオール産生微生物を単離することについて記載されており,また,オルニチン・エクオール産生微生物についても,「エクオール産生微生物として,アルギニンをオルニチンに変換する能力を有するもの」(基礎出願Aの段落【0018】,基礎出願Bの段落【0020】,基礎出願Cの段落【0019】)と記載されているから,実質的に「公知のスクリーニング方法」について言及されているといえること,A前記ア(ウ)(エ)のとおり,特定の性質を有する微生物(菌)を,スクリーニングによって探索し,他の微生物から単離・同定する一般的な手法は,本件優先日当時の技術常識であり,実際に本件優先日当時までにヒトやラットの糞便からエクオール産生微生物がスクリーニングにより単離・同定されていたことからすると,本件明細書の段落【0032】に相当する記載及び段落【0036】の「エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法」により「オルニチン・エクオール産生微生物」を得るとの記載に相当する記載が,本件原出願の段階になって追加されたことで初めてサポート要件及び実施可能要件が満たされたということはできないし,「公知のスクリーニング方法」に関する上記記載が本件原出願の段階で追加されたことで,基礎出願に基づく優先権の主張ができなくなるということもない。
したがって,上記Cの点についての原告らの主張は採用することができない。
(3) 小括 以上からすると,被告は,本件訂正発明について,少なくとも基礎出願A,Bに基づく優先権を主張することができるといえるから,原告らが主張する取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(サポート要件・実施可能要件についての認定及び判断の誤り)について (1) サポート要件について ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 前記1のとおり,本件明細書では,「ダイゼイン類」を資化してエクオールを産生する能力を有する微生物が複数挙げられるとともに,エクオール産生能とアルギニンからオルニチンへの変換能を指標として公知のスクリーニング方法により,オルニチン・エクオール産生微生物を得ることができると記載されている(本件明細書の段落【0032】,【0036】)。また,本件明細書には,「大豆胚軸」以外の大豆胚軸抽出物等の「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料として使用可能であること(本件明細書の段落【0093】)や前記2のとおり「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」の発酵物について,粉末状の食品素材として使用できることが記載されている(本件明細書の段落【0144】)。そして,前記のとおり「ダイゼイン類を含む原料」の一例である「大豆胚軸」にアルギニンを添加したものを発酵原料として,ラクトコッカス20-92株を用い,本件訂正 発明に規定する量のエクオール及びオルニチンを含有する粉末状の大豆胚軸発酵物を製造する実施例が記載され(本件明細書の段落【0225】〜【0228】),同発酵物を利用した様々な食品の例が記載されている(本件明細書の段落【0271】〜【0616】)。
以上の本件明細書の記載に,前記3(2)ア(イ)のとおり,「ダイゼイン類」や「大豆胚軸」以外の「ダイゼイン類を含む原料」をエクオール産生微生物で発酵処理してエクオールを産生するのは,本件原出願日当時において技術常識であったことを総合すると,本件明細書では,「大豆胚軸」のみならず,特許請求の範囲に記載された「ダイゼイン類を含む原料」についてサポートされているということができる。
よって,「大豆胚軸」のみサポートされているとする原告らの主張を採用することはできない。
ウ 次に,実施例に記載されているラクトコッカス20-92株以外のオルニチン・エクオール産生微生物が,スクリーニング方法との関係でサポートされているかについて検討する。
(ア) 前記3(2)ア(エ)のとおり,エクオール産生能を有する微生物は,本件原出願日時点までにラクトコッカス20-92株以外にも複数発見されていたのであり,それら既知のエクオール産生能を有する微生物を対象にして,当該微生物のオルニチン産生能を検討するという方法でも,オルニチン・エクオール産生微生物を得ることができる。このように既知のエクオール産生微生物を対象にオルニチン産生能を指標にしてオルニチン・エクオール産生微生物を得ることについて,格別の困難性はないと認められる。
(イ) a 本件原出願日時点において,未だ発見されていないオルニチン・エクオール産生微生物について検討するに,本件明細書には,前記のとおり,段落【0036】に「公知のスクリーニング方法」によりオルニチン・エクオール産生微生物を得ることができると記載されている。そして,前記3(2)ア(ウ)のとおり,本件原出願日当時,特定の性質を有する微生物(菌)をスクリーニングにより探索 する一般的な手法は技術常識になっていたものである。
b この点,原告らは,無数に存在する腸内細菌の中から希少なエクオール産生微生物を探索するのが困難であることを培養条件の設定の困難性とともに主張する。
しかし,証拠(甲6,甲18,19,甲28の1,甲37[特開2006-242602号],甲38,甲39[特開2008-61584号],甲42[特開2006-204296号],甲44[特開2008-61584号],乙1,2)及び弁論の全趣旨からすると,エクオール産生菌を探索する場合の一般的なスクリーニングの方法は,上記aの特定の性質を有する微生物(菌)をスクリーニングにより探索する一般的な方法と特段異なるものではなく,例えば,@エクオールを産生する動物から採取した糞便等の試料やスクリーニングしたい菌を培地に塗布して培養する,A上記@で出現した菌のコロニーから釣菌し,イソフラボンを含む培地に植菌して嫌気条件下において培養し,所定の時間間隔でエクオール量などを測定する,B上記Aでエクオールが検出された培養液を希釈し,イソフラボンを含む培地で嫌気条件下において更に培養し,出現したコロニーが単菌になるまで上記の操作を繰り返すといったような方法でエクオール産生菌を探索できることは,本件原出願日当時に,当業者に周知になっていたと認められる。
また,本件明細書の段落【0224】 【0225】や証拠(甲6,18,19, ,37〜39,42,44)には,ラクトコッカス20-92株やdo03株をはじめとする各種エクオール産生微生物の培養条件が記載されているところ,そこに記載された培養条件が,嫌気条件の設定も含めて菌株ごとに特殊な条件が設定されているとは認められないので,培養条件の設定に困難を要したとはいえないし,当業者は,上記スクリーニングを実施するに当たって,上記各証拠に記載された培養条件を手掛かりにすることができたと認められる。
さらに,前記3(2)ア(エ)のとおり,本件原出願日前に発見されていたエクオール産生微生物のうち,ストレプトコッカスA6G-225株,ルミノコッカスE-2 3-15株,バクロイデスE-23-15株についてはヒトの糞便から単離までが2週間程度で終了し,同定やその他の検討も含めた試験全体が3か月程度で終了しており(乙1),do03株についても,ラットの糞便を探索の対象としてから4か月程度で単離・同定に至っている(甲48,61,乙3,弁論の全趣旨)。
これらのことからすると,エクオール産生微生物の探索に過度の試行錯誤が必要とされるということはできない。
この点,原告らは,嫌気条件についても主張するが,上記エクオール産生菌のスクリーニング方法のところでみたように,腸内細菌が嫌気性細菌であることは,本件原出願日当時,技術常識であったと認められるし,嫌気条件を作り出す方法として,ガスパック法,嫌気グローブボックス法など様々な方法が本件原出願日前から知られていた(甲76,乙17)のであるから,種々の嫌気条件を設定し,適切な条件を見いだすことは,当業者によって容易であったと認められる。
c そして,一旦,エクオール産生微生物が単離・同定された後においては,同微生物を対象に,さらに,アルギニンからオルニチンへの変換能を指標としてオルニチン・エクオール産生微生物を得るができることは,上記(ア)の既知のエクオール産生微生物の場合と同様であり,そこに格別の困難性があるとはいえない。
d 以上の検討からすると,本件原出願日時点において,未だ発見されていないオルニチン・エクオール産生微生物について,具体的なスクリーニングの方法などが実施例で開示されていないからといって,本訂正発明が,本件明細書の記載によりサポートされていないということはできない。
(ウ) 上記(ア)(イ)からすると,本件訂正発明が,ラクトコッカス20-92株以外のオルニチン・エクオール産生微生物に対するスクリーニング方法との関係でもサポートされているというべきである。
エ 次に,本件訂正発明のエクオール及びオルニチンの量について検討する。
(ア) エクオールの量について,本件明細書の段落【0036】,【0094】〜【0096】には,エクオール含量や発酵効率の促進等の目的のために,適宜, 発酵原料となるイソフラボンを追加したり,栄養成分を添加したりしてもよく,微生物の種類等に応じて適宜発酵条件を設定すべきと記載されているし,本件明細書の段落【0224】にある【表1】によると,同1条件下で,「大豆胚軸」の量を3倍に増やした場合,エクオールの生成量が増大していることが分かる。
そうすると,当業者は,実施例にあるラクトコッカス20-92株以外の菌を用いる場合でも,本件明細書の上記記載や発酵に関する技術常識を踏まえ,「ダイゼイン類」を増量したり,栄養成分を添加したり,発酵条件を適宜調節したりすることで,本件訂正発明に規定された量のエクオールを得られると認識するといえる。
(イ) オルニチンについても,当業者が,原料となるアルギニンの量を増やしたり,発酵条件を適宜調整したりして,本件訂正発明に規定するような量でオルニチンを生成することが,格別の創意や工夫を要するような困難なものであったとはいえない。そして,このことは,本件訂正発明のオルニチンの上限値がないことによって左右されるとはいえない。したがって,当業者は,ラクトコッカス20-92株以外を用いる場合でも,本件訂正発明に規定された量でオルニチンが得られることを認識するといえる。
オ 得られた発酵物を食品素材として用いる点についても,証拠(甲47,乙1,18)及び弁論の全趣旨によると,法令上,ある菌やそれを利用して生成された発酵物を食品に用いる際に明確な基準はなく,各当業者は,独自の基準を設けるなどして安全性検査を行っていると認められ,単離・同定された特定のオルニチン・エクオール産生微生物を対象に,各当業者が,そのような安全性検査を実施することは格別困難なことではなかったと認められる。また,エクオール産生微生物が希少であるとしても,前記ウで認定判断したところからすると,そのことから直ちにサポート要件が満たされなくなるというものではない。
カ 以上の検討からすると,本件訂正発明はサポート要件に違反するものではないと認められる。
(2) 実施可能要件について 前記(1)で検討したところからすると,当業者は,過度の試行錯誤を要することなく,「大豆胚軸」以外のアルギニンが添加された「ダイゼイン類を含む原料」を発酵原料とし,ラクトコッカス20-92株以外の菌株を用いて,本件訂正発明が規定する量のエクオール及びオルニチンを含有する食品素材として使用可能な粉末状の発酵物を得られるといえるから,本件訂正発明は,実施可能要件に違反するものではないと認められる。
原告らは,本件訂正発明の微生物は,「大豆胚軸」に含まれるダイジンからエクオールを産生する能力も備えていないと,ダイジンとの関係において実施可能要件を満たさない部分を含んでいると主張する。
しかし,少なくともラクトコッカス20-92株が,ダイジンからエクオールを生成できる菌であることは,本件明細書に記載されている(段落【0227】の【表2】)。また,本件訂正発明の「ダイゼイン類」の中には,ダイゼインやジヒドロダイゼインも含まれており,そのようなダイジン以外の「ダイゼイン類」とアルギニンからエクオールとオルニチンを規定量生成できるものも,本件訂正発明にいう微生物に該当し,ラクトコッカス20-92株以外の微生物についても,必ずダイジンからエクオールの産生能を備えていないと,実施可能要件違反になるとはいえないから,原告らの上記主張は採用することができない。
(3) その他の原告らの主張について ア 原告らは,サポート要件・実施可能要件違反について,前記(1),(2)の中で判断を示したもののほかに,@エクオール産生能力を有する微生物は,「属」や「種」や「菌株」による限定が必要であるのに,本件訂正発明ではそれがされておらず,発明の範囲が広範となり,産業の発達を阻害する,Aオルニチンの下限値である「8mg」の技術上の意義が本件明細書に開示されておらず,特許法施行規則24条の2に違反する,B本件訂正発明は課題を記載したものにすぎないので,特許として保護を与えるべきではないし,本件訂正発明において,高い蓋然性をもって微生物がエクオールとオルニチンを生成する能力を有するといえないと,高い蓋 然性をもって「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」を産生する能力を有するとはいえないと主張する。
(ア) 上記@について エクオール産生能力を有する微生物について,必ず「属」や「種」や「菌株」の特定が必要であるというべき根拠はない。サポート要件及び実施可能要件が満たされているかどうかで判断すべきであり,それらの要件が満たされていれば,それで足りるというべきである。
原告らが提出する証拠(甲68,丙1)も,上記判断を左右するものではない。
(イ) 上記Aについて 上記Aの主張について,原告らは,同主張がサポート要件及び実施可能要件違反の事情として主張するものであるとするが,実質的には審判段階でしていない特許法施行規則24条の2違反の主張を新たにするものといえ,そのような主張をすることは,審決取消訴訟の審理範囲を超えるもので許されないというべきである。
なお,@本件明細書の段落【0050】には,発酵物中には,オルニチンが,乾燥重量1g当たり8〜15mg含まれているのが好ましい旨記載されていること,A後述するように,本件原出願日当時,オルニチンは,様々な機能を有し,健康に有利な作用を持つ物質として,当業者の間で周知になっていたことなどからすると,特許請求の範囲のオルニチンの下限値の記載が,特許法施行規則24条の2に反するとはいえない。
(ウ) 上記Bについて 本件訂正発明が課題を記載したものにすぎず,仮に,本件訂正発明において,発明の課題と発明の内容が一致していたとしても,それだけで,サポート要件又は実施可能要件が充足されなくなるというものではないし,原告らの主張するような「高い蓋然性」が必要となるというべき理由もない。
本件原出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載に照らして,サポート要件及び実施可能要件が充足されているといえることは,これまで検討してきたとおりで ある。
イ その他,原告らが主張するところは,既に判示したところに照らし,採用することができないことは明らかである。
(4) 小括 よって,原告らが主張する取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(甲6に基づく新規性進歩性欠如についての認定及び判断の誤り)について (1) 甲6の記載事項 甲6には,以下の記載がされている。
ア 「エクオール産生菌を単離後,37℃で28時間,前培養した,1%L-アルギニンを含むGAMブロスを,定量測定のため,蒸留水1リットルあたりGAMブロス59g及びダイゼイン(最終濃度:200μM)を含むエクオールアッセイ培地へ添加した。その後,培地を37℃,嫌気下でインキュベートして,抽出し,以下のとおりHPLCで分析した。」(248頁左欄23行〜29行) イ 「エクオール産生能力を有する嫌気性グラム陽性ロッド状株をラット盲腸内容物から単離した。この株をグラム陽性菌do03 (AB266102)という。」(248頁右欄8行〜11行) ウ 「do03株は,37℃,嫌気下,4日間で200μMダイゼインをエクオールに変換した。」(248頁右欄25行〜26行) エ 「アルギニンを含む培地において,エクオール比率は,OD600および培地ブロスpHの増加と共に,0.67±0.01まで増加した。」(248頁右欄38行〜40行) オ 「さらに,E.lentumのようなある菌の成長のために,アルギニンは必要である。なぜなら,それらの菌は,成長のために,アルギニンジヒドロラーゼ経路を用いて,エネルギーを得るからである(19)。アルギニンの菌代謝により,NH3 が産生され,それらによって,培地ブロスpHが増加した。アルギニ ン追加により,OD600 が増加し,それによって,do03株が成長のためにアルギニンを用いている。したがって,エクオール比の増加は,do03の菌数の増加に起因する可能性がある。酢酸及びアルギニンの添加は,エクオール比を約10%減少させた。培養液のpHがコントロールのpHよりも上昇したため,do03株は,アルギニンを利用したと思われるが,OD 600は増加しなかった。酢酸添加はOD600の減少を引き起こした。酢酸添加によって促進されるエクオール産生メカニズムは,まだ報告されていない。アンタゴニスト作用は,酢酸及びアルギニンの添加によって起こると思われる。」(248頁右欄45行〜60行及び250頁1行) (2) 甲6発明及び相違点の認定 ア 前記(1)のとおり,甲6には,do03株によるダイゼインからのエクオールの生成については記載されているものの,発酵物1g当たり1mg以上のエクオールが得られることについては記載されていない。また,オルニチンについては全く記載がない。そして,発酵物を粉末状にして,食品用素材として用いることも記載されていない。そうすると,審決が認定したとおり,甲6には,「エクオール産生能力を有する微生物であるグラム陽性菌do03株及びアルギニンを,ダイゼインを含む培地に添加して培養し,ダイゼインからエクオールを得る方法」である甲6発明が記載されていると認められる。
そして,本件訂正発明と甲6発明との間には,審決が認定した,@本件訂正発明では微生物が「オルニチン産生能力及びエクオール産生能力を有する微生物」であり,微生物により発酵原料の発酵処理によって「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」が生成して,発酵物が「オルニチン及びエクオールを含有する」ものであるのに対して,甲6発明では微生物が「エクオール産生能力を有する微生物」であり,発酵物が「エクオールを含有する」ものである点(本件相違点1)の他に,A本件訂正発明では,得られるものが食品素材として用いられる粉末状の発酵物であるのに対し,甲6ではそのような特定が されていない点という相違点(以下「本件相違点2」という。)があるものと認められる。
イ 原告らは,@甲7をはじめとする証拠(甲7〜10)や原告再現実験(甲11,17,67)からすると,甲6において,発酵物の乾燥重量1g当たり0.62mgのエクオール及び74.3mgのオルニチンを生産されていることが認定できるから,本件訂正発明と甲6発明との相違点は,「本件訂正発明が発酵処理により,発酵物の乾燥重量1g当たり,1mg以上のエクオールを生成することを規定しているのに対して,甲6発明がこの数量を明示していない点」となり,審決の相違点の認定は誤りである,A審決の相違点の認定は,「オルニチンを有用な生成物として得ること」も相違点としている点でも誤っていると主張する。
(ア) 上記@について a 前記のとおり,甲6には発酵物におけるエクオールの量は記載されていないし,オルニチンについての記載はない。
もっとも,甲6に参考文献として引用されている甲7には,E.lentumがアルギニンジヒドロラーゼ経路でアルギニンをオルニチンに変換し,その際に,NH3とATPが産生されることが記載されており,甲6には,do03株が,E.lentumと同様に,アルギニンの代謝を行い,NH3が産生されたとの記載がある。
しかし,甲7〜10は,いずれも, do03株の代謝について述べた文献ではなく,甲6において,do03株のアルギニン代謝経路の詳細な分析はされていない。
原告は,別件特許(乙5)の取得過程で,拒絶理由通知(乙6)の中で,審査官から,「DSM19450株等の菌株をアルギニンを含む培地で培養して得られる発酵液中にL-オルニチンが含まれると推測される。」と指摘されたのに対し,意見書(甲35)を提出し,その中で,「アルギニンが含まれる培地で嫌気性微生物を培養しても,常にL-オルニチンが得られるとは言えません。L-オルニチンが得られるためには,嫌気性微生物が,アルギニンをL-オルニチンに変換するため の酵素を有することが必要です。しかしながら,DSM19450株がそのような酵素を有するオルニチン生産菌であることは引用文献1および2には開示されておらず,示唆もされていません」などと反論し,特許査定を得ているところ,アルギニンの代謝経路が文献上で明らかになっていないという意味では,do03株は,原告が上記意見書の中で主張しているDSM19450株と同じである。
また,仮に,do03株が,アルギニンを,E.lentumなどと同様に代謝に使用してエネルギーを得ているとしても,証拠(甲33,34)によると,細菌の中には,オルニチンを更に代謝するものが存在しているものと認められるから,当業者は,本件優先日当時,一旦生成されたオルニチンが必ず蓄積されるわけではないとの認識を有していたものと認められる。
そして,甲6の共同執筆者であったE教授は,陳述書(乙3)において,do03株について,オルニチンの生成や蓄積について,気にしていた記憶はなく,甲6の他の著者とも話をした記憶がないとしている。また,同じく甲6の共同執筆者であるA教授も,陳述書(甲48,61)において,do03株について,オルニチンの蓄積量は分からない(甲48),微生物がオルニチンを生産する量は一定しないと述べており(甲61),両者の陳述書は,甲6において,オルニチンの蓄積量が不明であるとする点で相互に一致している。なお,原告らがいうようにE教授の陳述書の記載が信用できないということはない。
b 原告再現実験(甲11,17,67)については,いずれも本件優先日後にされたものであるから,仮にそれが,甲6の実験条件を忠実に再現したものであるとしても,それをもって,本件優先日当時,甲6に接した当業者が,甲6においてオルニチンが生成・蓄積していると認識することを裏付けるものとはいえない。
c 以上からすると,甲6に接した当業者が,甲6発明において,発酵物の乾燥重量1g当たり8mg以上のオルニチンが生成すると認識するとは認めることはできず,原告らの上記@の主張は採用することができない。
(イ) 上記Aについて 審決は,本件相違点1の認定に当たって,オルニチンを有用な生成物として得ることを認定しているわけではなく,本件相違点1の容易想到性の判断の中でオルニチンの有用性について言及しているものと解されるので,審決は「オルニチンを有用な生成物として得ること」を相違点としているものではない。したがって,原告らの主張は前提を欠き失当である。
(3) 実質的な相違点及び容易想到性についての判断の誤りについて ア(ア) 前記(2)のとおり,本件訂正発明と甲6発明との間には本件相違点1,2が存在し,かつ,甲6からオルニチンの生成・蓄積が認定できない以上,少なくとも本件相違点1は実質的な相違点といえるから,本件訂正発明が甲1発明との関係で新規性を欠くとはいえない。
(イ) 原告らは,仮に本件相違点1が存在するとしても,本件訂正発明のオルニチンの量が生理作用を発現しない僅かな量であることや他に安価に大量にオルニチンを生成する微生物が本件優先日当時に知られていたことからすると,本件相違点1が実質的な相違点ではないと主張する。
しかし,証拠(甲52[小松美穂「オルニチンの機能性研究」食品と開発 VOL.40 No.11 62頁〜64頁],甲56)及び弁論の全趣旨によると,本件優先日前に,オルニチンは,様々な機能を有し,健康に有利な作用を持つ物質として,当業者の間で周知になっていたと認められる。確かに,証拠(甲64,73,乙9の1・2)によると,睡眠の質の改善という機能の観点からは,多量のオルニチン摂取が必要であると認識されていることが分かるが,オルニチンの機能がそれに限られるとはいえず,かつ,本件訂正発明の下限量のオルニチンが,オルニチンを多く含む食品として知られているしじみのオルニチン含有量より多いこと(乙10),被告が,本件訂正発明に規定されている量でも有利な健康効果が生じるとする研究者の意見書(乙7,8,16)を証拠として提出していることからすると,本件優先日当時,当業者が,本件訂正発明で規定されている量のオルニチン では,有利な健康効果が全く生じず,無意味であると認識していたとまではいえないので,本件相違点1が実質的な相違点ではないということはできない。そして,このことは,他に安価に大量にオルニチンを生成する微生物が知られていたとしても左右されることはない。
イ 甲6には,「発酵物の乾燥重量1g当たり,8mg以上のオルニチン及び1mg以上のエクオール」を生成することについては記載も示唆ないから,本件相違点1は容易想到であるとはいえず,本件相違点2について判断するまでもなく,本件訂正発明が,甲1発明との関係で進歩性を欠くとはいえない。
(4) 小括 以上からすると,原告ら主張の取消事由4は理由がない。
結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 眞鍋美穂子
裁判官 熊谷大輔