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事件 平成 15年 (ネ) 2071号 特許権移転登録の抹消登録手続等控訴事件
控訴人 株式会社コスモインターナショナル
被控訴人 Y
訴訟代理人弁護士 篠原一廣
被控訴人 株式会社日本プロセス
訴訟代理人弁護士 石川雅巳
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人Yは,別紙特許権目録1記載の特許権について,平成12年2月3日受付第000412号をもってした移転登録の抹消登録手続をせよ。
3 被控訴人株式会社日本プロセスは,別紙特許権目録1記載の特許権について,平成12年2月18日受付第000697号をもってした移転登録の抹消登録手続をせよ。
4 被控訴人株式会社日本プロセスは,別紙特許権目録2記載の特許権について,控訴人への移転の登録手続をせよ。
5 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 主文と同旨。
2 被控訴人ら (1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事案の概要
控訴人は,実用新案,特許の保有利用などを目的とする株式会社である。控訴人は,平成10年11月26日,@別紙特許権目録1記載の特許権(以下「本件特許権1」という。),及び,A当時特許出願(平成5年5月31日特許出願)中で,後に別紙特許権目録2記載の特許権(以下「本件特許権2」という。)の対象となった発明についての特許を受ける権利(以下,特許権設定登録を受ける前の特許を受ける権利をも含む語として「本件特許権2」の語を用いることがある。)を,株式会社デューシステムから買い受け,本件特許権1について,同月30日受付第004348号をもって,移転登録を受けた。
被控訴人Y(以下「被控訴人Y」という。)は,弁護士であり,控訴人の代理人として,本件特許権1,2(以下,両者を合わせて,単に「本件特許権」ということがある。)について,上記売買契約を締結した。
本件特許権1について,被控訴人Yは,平成12年2月3日受付番号000412号をもって移転登録を受け,さらに,被控訴人株式会社日本プロセス(以下「被控訴人会社」という。)は,同月18日受付番号000697号をもって移転登録を受けた。
本件特許権2について,被控訴人会社は,平成12年11月24日,設定登録を受けた。
控訴人は,本件特許権1について,被控訴人らへの上記移転登録は実体のないものであるとして,被控訴人らに対し,前記各移転登録の抹消登録手続を求めるとともに,本件特許権2について,真正な特許権者であると主張して,控訴人への移転登録手続を求めた。被控訴人Yは,本件訴えは,控訴人の代表権を有していない者によって提起された不適法な訴えであるとして,本件訴えの却下を求め(争点1),被控訴人らは,本件特許権は控訴人から被控訴人Yに,同被控訴人から被控訴人会社にそれぞれ有効に譲渡されたとして,請求棄却の判決を求めた(争点2)。
原判決は,争点1については,被控訴人Yの本案前の答弁を認めなかった。
しかし,争点2については,本件特許権について,控訴人から被控訴人Yに対し譲渡担保権が設定され(以下,この契約を「本件譲渡担保権設定契約」と,これによって設定された譲渡担保権を「本件譲渡担保権」と,それぞれいうことがある。),その実行により,本件特許権は被控訴人会社に移転した,として,控訴人の請求を全部棄却した。
当事者間に争いのない事実等並びに争点及び当事者の主張は,争点2について次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第2 事案の概要」及び「第3 争点に関する当事者の主張」記載のとおりであるから,これを引用する。
1 当審における控訴人の主張の要点 (1) 本件譲渡担保権設定契約の無効について 原判決は,「本件譲渡担保権の設定につき,原告会社の取締役会でこれを承認したことを示す議事録等は存在しないが,本件譲渡担保権の設定契約書(乙7)には,原告会社の代表者印が押印されているものであり,当該代表者印は当時XもしくはAが保管しており,Bは,被告Yから500万円の借り入れをすることをX及びAの両名に対して説明して,代表者印の交付を受けたことが,証人Xの証言からも認められる。」(29頁1行〜7行)と認定した。
しかし,原審における証人X(現控訴人代表者,以下「X」という。)の証言を見る限り,B(以下「B」という。)がXのところから控訴人代表者印を持ち出した際に説明をした内容というのは,自分が恐喝の対象にしているシャンソン化粧品の問題に絡んで検察ナンバーツーの者に対する工作資金として500万円が必要である,そして,その金は,自分が被控訴人Yから,あるいは同控訴人を通じて他の者から借りるというものであり,本来,被控訴人とは何ら関係のない話である。Xの証言によれば,同人は,Bが控訴人の代表者印を渡すよう求めることについては,Bの借入れについて,控訴人が保証人になるように言われているのではないかという程度の認識であったことがうかがわれる。Xは,本件特許権に譲渡担保権を設定するなどとの話は一切聞いていない。検察に対する工作資金うんぬんの話の真偽はともかくとして,Xは,Bから,将来,数億の金が入るというような話も聞かされていたため,それで無担保で借入れをするのだろうという認識であったのであり,Xは,いわばBの恫喝により強引に控訴人の代表者印を持ち去られたのである。
原審証人Xは,Bから,被控訴人Yからの同人の個人的な借入れの話は確かに聞いているものの,本件譲渡担保権設定の話は一切聞いていない,と明言している。本件譲渡担保権の設定をXらが知っていたと認めることはできない。仮に,Xが金銭消費貸借についての了解をしていたとしても,それがそのまま譲渡担保権設定の了解になるわけのものではないことは,いうまでもないところである。
原判決は,会社の重要な財産(唯一の財産)に対する譲渡担保権の設定について正式な取締役会の開催すらないにもかかわらず,BがXとA(以下「A」という。)に被控訴人Yからの個人的な借入れの話をし,XとAがこれを了承したと認定し,両者による了承をもって,譲渡担保権設定についての取締役全員の合意があった,と認定している。
しかし,当時控訴人の取締役であったAは,Bからそもそも金銭消費貸借の話すら聞いていない(BはAに説明したと述べるものの,そのような証拠はない。)。
株式会社において持ち回りの取締役会決議が無効であることは明らかである(最高裁第一小法廷昭和44年11月27日判決・民集23巻11号2301頁)。仮に,Bが,金銭の借入れについて,まずAに話をし,次いでXに説明したとしても,これをもって控訴人の取締役会決議が存在したなどということはできない。Bの説明自体も,極めていい加減で,譲渡担保に関する説明すらなされていないのであるから,それが有効な取締役会の開催,決議といえないことは明らかである。
原判決は,取締役全員の合意があったと述べるだけで,譲渡担保設定についてどのような具体的な合意があったのか全く明らかにしていない。
原判決の認定は,誤りであることが明らかである。
(2) 被控訴人Yの取締役会決議の不存在についての悪意,有過失 原判決は,本件譲渡担保権設定について,仮に,取締役全員の合意があったとまでは認められなくとも,被控訴人Yにおいて,取締役会の決議を欠くことを知り,又は知ることができたということは到底できないから,本件譲渡担保設定契約は有効である,と判断した。
しかし,被控訴人Yが,本件譲渡担保権設定について取締役会の決議のないことを知り,又は知ることができたことは明らかである。
被控訴人Yは,本件特許権の取得について,控訴人の代理人として直接交渉を進め(当時,交渉相手は刑事事件を起こしていて接見禁止となっており,弁護士である被控訴人Yしか面会することができなかった。),平成10年11月26日,最終的に1億1000万円で控訴人に取得させた。契約当日には,5000万円の授受が被控訴人Yの立会いの下でなされている。その取得に関する金員は,すべてC(以下「C」という。),X,Aらによって工面,準備されたものであり,Bはこれについて1円も負担していない。
被控訴人Yは,控訴人がこの特許を使用して将来的に事業展開を図ろうとしていたこと,本件特許権が控訴人の唯一の財産であること,を熟知していた。
被控訴人Yは,控訴人の本件特許権取得後間もない平成10年12月10日,控訴人の当時3人いた代表者の一人であったBのみを相手として,同人への700万円の貸付金に被控訴人Yの弁護士報酬を加えた1050万円を被担保債権として,本件特許権に譲渡担保を設定する契約を結んだ。
被控訴人Yは,少なくとも,控訴人が1億1000万円で本件特許権を取得したこと,Cらが取得資金の工面をしたこと,控訴人が共同代表制度をとっている会社であること,を知っていたのであるから,本件特許権に譲渡担保権を設定するのであれば,当時の他の代表者であるXやAに確認しようとすることはむしろ常識の範囲に属することであり,しかも,確認することは極めて容易なことであった。
被控訴人Yは,本件譲渡担保権設定当時,控訴人の会社内部の人間と同視することができる立場にあり,しかも弁護士として関係法令を知り尽くしていたのであるから,なおさら直接確認すべきである。このような被控訴人Yが,これらの確認をせずに,同意を得ているとのBの言葉だけを鵜呑みにして譲渡担保権を設定した,ということは,逆に言えば,B以外の者に話をすれば,担保を設定することができないことが明らかであるため,あえて,B以外の役員を無視した,ということである。
これらの事実によれば,被控訴人Yは,譲渡担保権設定に関する控訴人の取締役会決議のないことを明らかに知っており,仮に知らなかったとしても,B以外の役員及びCと何回も接触しており,同人らに確認をすれば容易に取締役会決議の有無や同人らの意思が判明するのであるから,それらのことを容易に知ることができたことが明らかである。
(3) 被控訴人会社について 被控訴人会社は,Bの妻であるDが100パーセントの株式を有する会社であり,設立時はDが代表取締役の地位にあり,現在は,Dの実兄が代表取締役をしている。被控訴人Yは被控訴人会社の監査役である。
このような被控訴人会社の役員構成をみれば,いわば,同社は,Bの意のままに動かすことのできる会社,B個人の会社である。このことに照らすと,被控訴人会社もまた,前記の取締役会決議のないこと,すなわち,本件譲渡担保権設定は無効であることを知っていたことは,明らかである。
2 当審における被控訴人Yの主張の要点 (1) 本件譲渡担保権設定契約が無効である,との主張について ア 本件譲渡担保権が有効に設定されたことは,次のとおり明らかである。
(ア) 本件譲渡担保権設定に至る事実 控訴人の事業は,もともとBが手がけていた事業であり,C,X,A(以下「Cら」ということがある。)は,控訴人の事業に参画する条件として資金調達の役割を担うことになった者である。このことから,Bは,Cらに対し,会社経営上優越的地位にあり,被控訴人Yは,本件特許権の売買契約のための交渉前に,Bから,Cらを,Bの部下として紹介された。
このため,控訴人を設立するに当たっては,株主全員が借入金で出資金をまかなったとはいえ,控訴人の株式の取得割合は,Bが55パーセント,Cらは各15パーセントとされた。Bは,控訴人の支配株主であるとともに,筆頭の代表取締役として,会長と呼ばれていた。
Bは,Cらと共同で事業をするに当たって,自己に借金があり,その返済や別れた妻への支払があるので資金が必要であると説明した。このため,Cは,Bに対し,控訴人の代表者として用いる活動費及びBの給料として,毎月115万円(活動費20万円,生活資金30万円,前妻への支払金30万円,借金の金利分金35万円)を支払う旨の約束をした(丙第2号証)。
ところが,CらがBに支払を約束した月額115万円の活動費等を支払わなかったことから,Bは生活費にも事欠く状況となった。
Cらは,約束した活動費などを調達できなくなったことをBにわび,Bの方で何とか金策してほしいと頼んできた。その際,Cらは,1000万円もの借入れを申し込むにつき,無担保で貸付に応じてくれるところなどあるはずはないこと,自分たちが資金調達の任務を果たせない負い目があったことから,本件特許権を譲渡担保に差し入れることをBに容認した。
このような経緯の下で,Bは,控訴人の代表取締役として被控訴人Yに本件特許を譲渡担保とする1000万円の借入れを申し込み,本件譲渡担保権が設定されたのであるから,当時の取締役であるX及びAは,Bに対し本件譲渡担保権を設定することを事前に承諾していたことが明らかである。本件譲渡担保権の設定について,控訴人が問題とするような持ち回りの取締役会が開かれたのではない。
(イ) 本件譲渡担保権設定時の状況 控訴人の代表者印は,会社事務所において,X又はAが保管しており,Bは保管場所を知らなかった。
Bは,借入当日において,Cらに対し,被控訴人Yから700万円を借り入れること,同時に,当時確定していた同被控訴人に支払うべき報酬350万円を加えた1050万円について本件特許を譲渡担保として差し入れることを説明し,Cらの承認を得て,代表者印を受け取った。
控訴人は,本件譲渡担保権の設定のみならず,被控訴人Yとの間の貸付契約の存在も全く知らなかったなどと主張する。しかし,原審証人Xは,Bから,同人が被控訴人Yから500万円を借り入れることを聞かされていたと証言しており,同証言によれば,控訴人の上記主張には決定的な虚偽があるといわざるを得ない。
上記貸付は,本件譲渡担保権の設定契約と一体をなすものであるから,貸付について承諾を与えていながら,譲渡担保権の設定についてのみ承諾を与えていないということは不自然である。
原判決は,X証言だけを根拠として前記認定をしたのではない。他の証拠及び弁論の全趣旨を加味して,本件譲渡担保権の設定については事前にX及びAの知るところであったと認められる,と認定したのである。この認定は,経験則に合致した極めて正当な判断であったというべきである。
(ウ) 本件譲渡担保権設定後の状況 Bは,本件譲渡担保権の設定後,その足で控訴人保管用の契約書1通を持って野村ビル内のレストランでCに会い,本件譲渡担保権設定契約書を見せたところ,Cは,「Y先生に特許を預けるなら安心だ。」と述べた(丙第2号証)。
会社実印を巡ってのトラブルはあったものの,BとCらとは,この時点では仲違いをするつもりは毛頭なかったのであるから,Bにおいて本件譲渡担保権の設定状況をCらに説明し理解を求めたことによって,Cらは,多少不満であったかもしれないが,本件譲渡担保権の設定を承認した,と考えるべきである。
その後の1年間は,多少は心理的葛藤はあったかもしれないものの,BとCらは共に手を携え,本件特許権による事業実現を目指して再三経営会議を開き,事務所を移転し,株式会社ニチロと交渉して商品開発に邁進するなどの協力関係にあったのである。本件譲渡担保権の設定の問題が内部的に未解決なままで終わっていた,などということはあり得ない。
Cらは,1000万円程度の債務は事業を開始しなくても調達できる金額であったものの,会社債務とはいえBが中心になって借入れしたものであったことから返済を渋っているうちに,平成12年暮れになってBとの葛藤がのっぴきならない状況に陥ったため,さかのぼって,本件譲渡担保権の設定を承認していなかったなどという作り話をするようになったのである。
被控訴人Yは,本件譲渡担保権設定契約を締結してそれほどの期間が経過していない平成11年1月12日,既に控訴人との間で合意していた報酬金350万円をCらに請求するとともに,平成12年1月9日をもって被担保債権の履行期が経過していたことから,報酬の支払を受けられない場合には本件譲渡担保権を実行する旨通告した(甲第12号証の1,2,第13号証の1ないし3)。
Cらは,貸付金も報酬も履行期を経過していることを知っていたから,被控訴人Yに対しいかなる抗議もなし得なかったばかりか,本件譲渡担保権の実行を受けることを恐れ,平成11年1月20日以降,一方的に,50万円ずつ報酬を分割払いするようになった。
Cらは,このときの被控訴人Yからの通知をもって本件譲渡担保権を実行する趣旨とは理解せず,報酬請求権に基づいて訴訟又は仮差押えをする旨の警告と受け止めたと主張する,しかし,訴訟又は仮差押えを受けるといった程度のことで弁済を開始するということは,その後のCらの行動パターンからいって,到底考えられないことである。
Bは,平成11年7月5日に被控訴人Yから債権保全のため本件特許権につき移転登録申請をしたことを伝えられて,Cらと相談したところ,Cらから「法的には仕方がないのでEさんの力で止めてもらってほしい。」と頼み込まれた。この依頼に起因して,被控訴人Yは,Eから本件特許権についての移転登録を思いとどまるよう圧力を受けた(乙第21号証)。Cらが,本件譲渡担保権の設定を承認していたことは,このことからも明らかである。
Cらは,本件譲渡担保権の設定を承認していたことから,銀座クレジットことF(以下「F」という。)からの資金の借入れをプレジデントインターナショナルことG(以下「プレジデント」という。)からの借入れに移行するについて,控訴人が借入当事者となることを認めざるを得なかった。Fからの借入れがB個人の借入れであった,あるいは,控訴人の借入れであっても無担保借入れにすぎなかったのであれば,控訴人には他にも多数の債権者が存在していたのであるから,Cらが借換え手続に応じるはずはなかった。その後,プレジデントからの借入れの返済期日を守らず,期限の延期を得たときに,Cらが手続をしたのも同じ理由からである。
Cらは,本件について,B及び被控訴人Yが本件特許権を奪ったとして刑事告訴をした。しかし,東京地方検察庁は,Bにつき公訴を提起しない処分をした(乙第25号証)。被控訴人Yについては,事件の検察庁への送付さえされていない(乙第40号証)。
イ Bは,本件譲渡担保権設定当時における自分以外の取締役全員であるX及びAの事前承認を得て本件譲渡担保権を設定しているのであるから,取締役会決議があったものと同視すべきである。
しかも,株式会社の代表取締役が取締役会の決議を経ないで対外的な個々的取引行為をした場合,たとい,その取引が重要な財産の譲渡であったとしても,取引の安全を重視すべきことから,民法93条に準拠し,その代表行為は原則として有効である解すべきである(最高裁第三小法廷昭和40年9月22日判決・民集19巻6号1656頁)。
(2) 被控訴人Yの取締役会決議不存在についての善意,無過失 被控訴人Yは,本件譲渡担保権設定に当たって,Bの代表権限に瑕疵は存在しないと信じて契約したものである。
ア 被控訴人Yは,Bから,控訴人の代表者印は,常に会社事務所においてX又はAにより保管されていて,Bはその保管場所を知らされておらず,Cらの同意がなくては実印を持ち出すことができないと聞いていた。
イ 被控訴人Yは,本件譲渡担保権設定契約を締結するに際し,Cらの承認を受けているか否かを確認したところ,Bは,「きちっと承認を受けています。」と述べた。被控訴人Yは,調印後,Bから,「レストランで食事をしたら,CたちはY先生に特許を預けるなら安心だと述べていた。」との報告を受けた。
ウ 被控訴人Yは,控訴人から報酬支払を受けられなかったことから,Cらに対し,本件譲渡担保権を実行に移す旨通告した(甲第12号証の1,2,甲第13号証の1ないし3)。Cらは,被控訴人Yの権利を否定する主張は全くなさず,かえって渋々ながら報酬の分割払いを開始した。
エ 被控訴人Yが,平成11年7月5日に本件特許権について移転登録申請をした際,それをBに伝えたところ,Bから,電話で「登録されると本件特許が事件物と思われ事業がやりにくくなる。移転登録をやめてほしい。」と苦情を言われ,ほどなくしてEから圧力を受けた。しかし,BのみらなずCらからも,被控訴人Yに正当な権利がないとの抗議を受けたことはなかった。
オ Fからの資金の借入れをプレジデントからの借入れに移行した際,Cらは,控訴人が借主となることを認めざるを得ず(甲第14号証),契約に際しては,控訴人の代表取締役としてXらが記名捺印し,その後プレジデントからの借換えについても,Cらが借換え手続をとった(乙第13号証)。連帯保証人となった被控訴人Yが,Cらがこのように借換手続を率先して実行したのは,本件譲渡担保権を承認していたからである,と信じ切ったのは,当然のことであった。Fからの借入れがBの借入れであったり,控訴人の借入れであっても無担保借入にすぎなかっりであったのは,控訴人には多数の債権者がいたのであるから,Cらがプレジデントへの借換手続に応じるはずはなかったからである。
カ 本件譲渡担保権の設定について,神田警察署は,被控訴人Yを検察庁に送致することさえしていない(乙第40号証)。捜査官は,被控訴人YがBが本件譲渡担保権を設定するにつきCらの承認を得ていたものと信じていたと認めたからである。
3 当審における被控訴人会社の主張の要点 (1) 本件譲渡担保権の設定に際して当時の控訴人取締役全員の合意があったことについて ア 譲渡担保権設定のための借入れを起こした経緯 控訴人設立時には,C,X,A,Bの4名が株主となり,株式の所有比率は,C,X,Aが各15パーセント,Bが55パーセントであった。Bが株式の55パーセントを取得することとしたのは,もともと本件特許権を活用しての事業に着手していたのはBであり(丙第2号証),控訴人設立後もBが中心人物として会社を支配するためであった。控訴人の取締役には,上記4名のうち,X,A,Bの3人が就任し,3人は同時に代表取締役となった。
Cらは,本件特許権を活用しての事業に加わる際に,Bに活動費及び給料として毎月115万円を支払うことを約束したものの(丙第2号証),その後,資金を調達することができなくなってきた。
そこで,Cらは,Bに対し,「Bさんの方で金を作って下さい。会社の借入れで結構です。」と要望した。このため,Bは,被控訴人Yに借入れを依頼した。このため,被控訴人Yが控訴人に貸し付けた700万円のうち,500万円について,被控訴人Yが借入れをしたFに返済をするためにプレジデントからの借入れをする際には,被控訴人Yが借主となるのではなく,控訴人が主債務者となっている。この控訴人が主債務者となった借用証書(乙第13号証)には,Xが控訴人代表者として署名し,Cが連帯保証人となっている。X及びCは,上記の借入の経緯を認めていたため,控訴人が主債務者になるこの書面に署名捺印したものである。
そして,Bは,A,X,Cに対し,本件特許権につき譲渡担保権を設定して借入れをすることを説明した上,代表印を受け取って,被控訴人Yの事務所に赴いたのである。
このような経緯に照らせば,本件特許権に譲渡担保権を設定することについて,控訴人取締役全員(B,A,X)の合意があったこと,株主全員(B,A,X,C)の合意もあったことは,明らかである。
イ C,Xらの事後の行動について 被控訴人Yは,本件特許権に譲渡担保権を設定した約1か月後の平成11年1月12日に,C,Xに対し,本件特許権について権利行使を行う旨の通知を出した(甲第12号証の1,第13号証の2)。Xらが譲渡担保設定の事実を知らなかったというのであれば,このときに,被控訴人Yに対し問いただしたり,あるいは異議を述べたりするのが当然であるのに,Xらからそのようなことはなされなかった。このことは,控訴人取締役及び株主の全員が,本件特許権に譲渡担保権を設定することに同意していたことを裏付けるものである。
Cらは,平成11年7月5日ころ,Bから,被控訴人Yが本件特許権につき譲渡担保権設定の移転登録の申請を行ったことを聞かされ,Bに対し,「特許の移転登録が登記簿に載ると,事件物だと思われて事業がやりにくくなる。登録はやめてもらってほしい。」などと述べた(丙第2号証)。これは,Cらが,譲渡担保権の設定を承諾し,本件特許権に譲渡担保権が設定されていることを知っていたことを示すものである。
ウ ア,イで述べたところによれば,本件譲渡担保権の設定時に,控訴人取締役全員の合意が存在したことは,明らかである。
(2) 取締役会決議について ア 本件譲渡担保権設定の際に,取締役会議事録は作成されなかった。しかし,(1)で述べたとおり,取締役全員(及び株主全員)の合意の下に,代表取締役であるBが譲渡担保設定を行っているのであるから,譲渡担保設定行為は有効である。
一般的に,重要な財産の処分に関しては,取締役全員の合意により,取締役会決議に代えることができるというべきである。いわゆる同族企業,零細企業などであっても,代表取締役の選任など組織法上の行為を行う場合には,商業登記手続との関係もあり,取締役会議事録が作成されるのが通常である。これに対し,重要な財産の処分など取引法上の行為を行う場合は,上記のような小規模の会社においては,取締役全員の合意で代替することがむしろ通常である。控訴人が株式会社デューシステムから本件特許権を取得する際にも,1億円を支出するにもかかわらず,取締役会の議事録は作成されず,取締役全員の合意の下,代表取締役のBが契約書に署名押印した上で,本件特許を取得しているのである(甲第5,第6号証)。「重要な財産の処分」という概念は,代表取締役の選任のように一義的なものではなく,何が重要な財産であるかは,各会社の時々の状況により異なり,ある状況の処分についての取締役会開催の必要の有無について一義的に判断することができないものであるから,一律に取締役会決議を要求するよりも,取締役全員の合意により行い得るとの弾力的な取り扱いをする必要性が高い。取締役全員の合意がある場合には,代表取締役が行った重要な財産の処分は一般的に有効とされるべきである。
本件譲渡担保権の設定には,控訴人取締役全員(及び株主全員)の合意があったのであるから,本件譲渡担保権設定契約は有効である。
イ 仮に,取締役全員の合意を取締役会決議に代えることを認めるとの見解を採用することができないとしても,取締役会決議を欠いた代表取締役の行為には心裡留保の規定が類推適用され,原則として有効であって,相手方が決議を経ていないことを知り,または知り得べかりしときに限って無効とされる(最高裁第三小法廷昭和40年9月22日判決・民集19巻6号1656頁)。
被控訴人Yは,本件譲渡担保権設定の際に,控訴人の取締役会の決議を欠くことを知らず,これを知り得るような事情もなかった。
本件譲渡担保権の設定に際しては,控訴人の代表取締役であるBと被控訴人Yとの間で契約書(乙第7号証)が作成されている。@Bは控訴人の株式の55パーセントを保有しており,客観的に控訴人の支配者であったこと,A本件譲渡担保権設定当時,控訴人において被控訴人Yとの対応を行っていたのはBであり,被控訴人Yは,Bが代表取締役であることや,55パーセントの株式を保有していたことなどから,Bすなわち控訴人であるとの認識であったこと,B控訴人が本件特許権を取得する際にも,Bが単独で契約書に署名して取引を行っており(甲第5,第6号証),この取引は,控訴人の社内において当然に有効なものと承認されていたこと,などに照らすと,Bが被控訴人代表者として本件譲渡担保権の設定を行った際,被控訴人Yがその行為の有効性を疑うべき要素は何らなかったというべきである。
(3) 譲渡担保の実行について ア 控訴人は,譲渡担保実行時において,被控訴人会社が譲渡担保設定の無効について悪意であったと主張する。
しかし,原判決は,最高裁第三小法廷平成6年2月22日判決(民集48巻2号414頁を引用し,譲渡担保権者が被担保債権の弁済期後の目的不動産を譲渡した場合には,譲渡担保権を設定した債務者は,譲受人がいわゆる背信的悪意者に当たるときであると否とにかかわらず,債務を弁済して目的不動産を受け戻すことができないと解すべきであり,このことは,不動産以外の財産権が譲渡担保権を対象とされている場合であっても同様であるとした上で,本件においては,被担保債権の弁済期到来後に譲渡担保権者である被控訴人Yが譲渡担保権の目的物である本件特許権を取得し,他方,債務者である控訴人は,これらの権利を確定的に喪失したものである,と判示したものである。
上記の原判決の理論に従うならば,そもそも譲渡担保権者である被控訴人Yからの転得者である被控訴人会社の善意悪意を問題とするまでもなく,被控訴人会社は本件特許権を取得することになる。
控訴人が,被控訴人会社が譲渡担保権の設定につき悪意であるとの主張をしてもそれだけでは意味がない。
上に述べたことは,譲渡担保権設定行為が無効であると解した場合であっても,同様であると解すべきである。
イ 仮に,上記主張が認められないとしても,被控訴人会社は,民法94条2項の類推適用により保護される。
本件譲渡担保権設定契約は,控訴人の株式の55パーセントを保有する代表取締役Bが契約書に署名押印した行われたこと,本件特許権の取得に際しても,同様な形で,Bの単独の署名押印に係る契約書を作成して特許権を取得していること,被控訴人会社は,実際に,控訴人の債務を支払っていること,被控訴人会社が譲渡担保権設定行為の有効性を疑わなければならない事情は何もなかったことなどに照らせば,被控訴人会社が譲渡担保設定行為の無効について善意・無過失であったことは明らかである。
当裁判所の判断
当裁判所は,原判決と異なり,控訴人の請求はいずれも理由がある,と判断する。その理由は,次のとおりである。
1 争点につき判断する上で前提となる事実関係 争点につき判断する上で前提となる事実関係についての認定は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由「第4 当裁判所の判断」の「1 本件における事実関係について」(原判決18頁16行〜25頁23行)記載のとおりであるから,引用する。
(1) 原判決18頁19行の証人X由幸の前に「原審における」を,「被告Y本人」の後に「当審における被控訴人Y本人」を加える。
(2) 原判決21頁21行と22行の間に次のとおり,加える。
「本件特許権1,2に上記譲渡担保権を設定するに当たり,控訴人の取締役会は開かれず,譲渡担保権を設定することを承認する取締役会決議はなされていない。被控訴人Yは,上記譲渡担保権設定契約の締結交渉を専らBとの間で行った。
同被控訴人は,取締役会の開催の有無について,議事録を求めるなどして確認することをせず,かつ,控訴人の他の代表取締役であるX及びAや,控訴人の株主で実質的に控訴人の経営に参画していたCに対し,上記譲渡担保権設定について話をするなどして,同人らの意思を直接確かめることもしなかった。」 2 争点1(被控訴人Yの本案前の主張) 争点1についての判断は,原判決の事実及び理由「第4 当裁判所の判断」中の「2 争点1(被告Yの本案前の主張)について」(原判決25頁24行〜28頁5行)記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点2(本件特許権につき,控訴人から被控訴人Yへ,同人から被控訴人会社への譲渡が有効になされたかどうか)について (1) 上記1で認定した事実によれば,本件譲渡担保権の対象である本件特許権1,2は,控訴人のほとんど唯一の財産であることが明らかである。本件特許権1,2への譲渡担保権の設定は,商法260条2項1号にいう「重要なる財産の処分」に当たるものとして,取締役会の決議を要するものと解すべきである。
控訴人の代表取締役であるBが被控訴人Yとの間で本件譲渡担保権設定契約を締結するについて,控訴人の取締役会の決議がなされていないことは,上記1で認定したとおりである。
株式会社の代表取締役が,取締役会の決議を経てすることを要する対外的な個々的取引行為を,同決議を経ないでした場合でも,当該取引行為は,内部的意思決定を欠くにとどまるから,原則として有効であり,ただ,相手方において同決議を経ていないことを知り又は知ることができたときに限って,無効であると解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和40年9月22日判決・民集19巻6号1656頁参照)。
上記1で認定したとおり,被控訴人Yは,本件譲渡担保権の設定につき,取締役会の開催の有無について確認することをしていないのみならず,同契約の締結交渉を専らBとの間で行い,控訴人の他の取締役(代表取締役でもある。)であるX及びA,取締役ではないものの控訴人の株主で当時実質的に控訴人の経営に参画していたCに対し,本件譲渡担保権の設定について話をするなどして,同人らの意思を直接確かめることもしていない。被控訴人Yは,弁護士であり,控訴人の代理人として本件特許権を買い受ける交渉に当たった者でもあるから,本件譲渡担保権の設定を受けるに当たっては,本件特許権が控訴人のほとんど唯一の財産であり,これに譲渡担保権を設定する行為が「重要なる財産の処分」に当たるため取締役会の決議を要することを認識した上で,取締役会の議事録を要求したり,取締役会の決議の有無を控訴人のB以外の取締役であるXやAに確認したりすることによって,取締役会の決議のないことを,容易に知ることができたものというべきである。弁護士である被控訴人Yにとって,取締役会の決議のないことを知ることができなかった,などということは,上記の事実関係の下では,およそ考えられないことである,というほかない。
本件譲渡担保権設定契約は,取締役会の決議を欠く無効なものであるというべきである。
(2) 被控訴人らは,本件譲渡担保権設定に際して当時の控訴人取締役全員の合意があった,と主張する。
被控訴人ら主張の上記事実に沿う直接の証拠は,Bの陳述(原審における証言及びそれと同趣旨の陳述書(丙第2号証,丙第5号証及び丙第8号証))である。しかし,これらは,陳述者の置かれている立場からみても,原審におけるXの証言など,これに対立する証拠に照らしても,相当に強固な裏付けがなければ,真実と断定することのできないものというべきである。ところが,以下に述べるとおり,この裏付けに当たるものは,本件全資料を検討しても見いだすことができない。Bの上記陳述は,少なくとも,本件譲渡担保権設定契約についての取締役会の決議に代わり得る,取締役全員の合意の存在を認定するには,足りないものという以外にない。
本件譲渡担保権設定契約に係る契約書(乙第7号証)中には,当時X又はAが保管していた控訴人の代表者印が押印されている。原審における証人Xの証言によれば,Bが,Xに対し,借入れのために必要であると述べて,Xの保管していた控訴人の代表者印を持ち出し,これを用いて本件譲渡担保権の設定契約書に押印したことは認められる。しかし,借入れの話があったからといって,それだけで,譲渡担保権の設定についても話があったことになるわけのものではないことは,明らかである。
被控訴人らは,本件譲渡担保権設定契約後の事情として,被控訴人Yが,平成11年1月12日に,控訴人の代表者取締役であるXに,特許権取得交渉の弁護士報酬を請求するとともに,支払のない場合には,本件譲渡担保権を実行する旨を通知し,Cにも同様の通知をした(甲第12号証の1,2,甲第13号証の1ないし3)のに対し,X及びCからは譲渡担保権の設定について何らの抗議もなかった,と主張する。しかしながら,上記通知書には,「もし,お支払を受けられない場合には,当職としては貴社の財産(特許)に対し直ちに権利行使をなすとともに,当初より貴殿ら役員において当職に対し報酬を支払う意思なく本件を依頼したとみなさざるを得ないことから,個人責任をも追及することを考慮させていただきます。」(甲第12号証の1,第13号証の2)と記載されているにとどまる。同記載から,直ちに本件特許権に譲渡担保権が設定されており,その譲渡担保権を実行するとの趣旨を読み取ることができないことは明らかである。同通知に対し,控訴人が被控訴人Yに対し報酬の支払をしたからといって,Xらが本件譲渡担保権の設定の事実を知っていたこととは直ちに結び付かないことも明らかである。
被控訴人らの主張するその余の事情も,いずれも,上記Bの陳述を裏付け,控訴人取締役全員が本件譲渡担保権設定を合意したことを認めさせるに足りるものではないというほかない。
その他にも上記Bの陳述の裏付けとなるものは,本件全資料を検討しても見いだすことができない。
(3) 被控訴人会社は,最高裁第三小法廷平成6年2月22日判決を引用して,仮に,譲渡担保権設定行為が無効であると解した場合であっても,その善意悪意を問題とするまでもなく,同被控訴人会社は保護される,と主張する。しかしながら,同判決は,譲渡担保権が有効であることを前提とした上で,譲渡担保権者が被担保債権の弁済期後に目的不動産を譲渡した場合には,譲渡担保権を設定した債務者は,譲受人がいわゆる背信的悪意者に当たるときであると否とにかかわらず,債務を弁済して目的不動産を受け戻すことはできない,とするものであって,譲渡担保権設定行為が無効である場合にも,常に譲受人が保護されるとしたものではないことは明らかである。
被控訴人会社は,仮に,本件譲渡担保権の設定が無効であっても,同人は,94条2項の類推適用により保護される,と主張する。
しかしながら,仮に,本件において,民法94条2項の類推適用があり得るとしても,被控訴人会社は,平成12年1月11日に設立され,Bの妻であるDが代表者をしていた会社であること(現在の代表者はDの妻の兄である。),同年2月9日に,本件特許権を買い受けたことなど,既に認定した事実関係の下では,被控訴人会社は,Bと極めて近い関係にあることが明らかであり,被控訴人会社がこのような立場にあることを前提にしつつ,これを善意の第三者(被控訴人Yによる本件譲渡担保権の取得が無効であることを知らなかった者)と認めさせるに足りるものは,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
被控訴人会社の主張は採用することができない。
(4) 本件特許権2の移転登録請求について,付言する。
本件特許権2については,控訴人が特許を受ける権利を譲り受けて出願人名義の変更届をしていたものであり,本件譲渡担保権の実行により被控訴人会社が特許を受ける権利を取得して出願人名義の変更届けをし,被控訴人会社が特許権の設定登録を受けたものである。前記のとおり,本件譲渡担保権設定契約は無効であるため,被控訴人会社を権利者とする本件特許権2の設定登録は,いわゆる冒認による特許権の取得の一場合ということになる。このような冒認の場合において,真の権利者から冒認者に対し特許権の移転登録手続請求ができるか否かについては議論のあるところである。
しかしながら,本件において,これを否定すると,不都合な結果が発生する。すなわち,上に認定,説示したところによれば,@本件譲渡担保権設定契約は無効であるので,本件特許権2の内容である発明について特許を受けるべき真の権利者は控訴人であり,被控訴人会社は特許を受ける権利を有しない無権利者であること,A控訴人は,被控訴人会社の行為によって特許を受ける権利を失ったのに対し,被控訴人会社は法律上の原因なしに本件特許権2を得ているということができること,B本件特許権2は,控訴人の有していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができること,C控訴人は本件特許権2につき特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件特許権2に係る発明について改めて特許出願をしたとしても,本件特許権2について既に出願公開がなされていることを理由に特許出願が拒絶されてしまうという不当な結果となること,D控訴人は,特許を受ける権利侵害されたことを理由として被控訴人会社らに不法行為による損害賠償を請求する余地があるとはいえ,これによって特許権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復することができるとはいえないことが認められる。そして,これらの不都合は,特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特許権2自体を消滅させるのではなく,被控訴人会社の有する特許権者としての地位を控訴人に承継させて控訴人を本件特許権2の特許権者であるとして取り扱うことにより,容易に是正することができ,そのための方法としては,被控訴人会社から控訴人への本件特許権2の移転登録を認めるのが最も簡明かつ直接的であるということができる。特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第一次的に判断するものとしている。しかし,本件においては,本件特許権2に係る発明が新規性,進歩性等の要件を備えていることは当事者間に争いがなく,専ら権利の帰属が争点となっており,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識を有していなくても判断し得る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第一次判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることはかえって不当な結論をもたらすものというべきである。本件特許権2の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被控訴人会社の寄与による部分もあると思われるものの,これについては,控訴人が被控訴人会社に対して同社のした負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りる。
以上に述べた点を考慮すると,本件の事実関係の下においては,控訴人は被控訴人会社に対して本件特許権2につき移転登録手続を請求することができると解するのが相当である(最高裁第三小法廷平成9年(オ)第1918号平成13年6月12日判決・判例タイムズ1066号217頁参照)。
結論
以上によれば,控訴人の請求はいずれも理由がある。そこで,これと異なる原判決を取り消して,控訴人の請求をいずれも認容することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 高瀬順久
裁判官 阿部正幸