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事件 平成 29年 (ワ) 10038号 特許権移転登録手続等請求事件
5
原告株式会社セリックス
同訴訟代理人弁護士 小林幸夫
同 弓削田博 10 同河部康弘
同 藤沼光太
同 神田秀斗
同 平田慎二
同 補佐人弁理士中井博 15 同岡本茂樹
被告 アサクラインターナショナル有限会社
同訴訟代理人弁護士 山田威一郎 20 同柴田和彦
同 補佐人弁理士立花顕治
同 藤原賢司
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2018/10/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,原告に対し,別紙特許権目録記載の特許権につき,特許法725 4条1項を原因とする移転登録手続をせよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
13 訴訟費用はこれを10分し,その3を原告の,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
請求
5 1 主文第1項に同じ。
2 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成27年3月17日から 支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は,原告が,発明の名称を「自動洗髪装置」とする別紙特許権目録記載の10 特許権(以下「本件特許権」といい,これに係る特許を「本件特許」という。)に 係る発明をした原告代表者から同発明に係る特許を受ける権利を譲り受けたに もかかわらず,被告において,上記発明について原告に無断で特許出願して本件 特許権の設定登録を受けたことが冒認出願(特許法123条1項6号)に当たる と主張して,被告に対し,@特許法74条1項に基づき,本件特許権の移転登録15 手続を求めるとともに,A民法709条に基づき,損害賠償金300万円(弁護 士・弁理士費用相当額)及びこれに対する不法行為の日である平成27年3月1 7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め る事案である。
1 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)20 ? 当事者 ア 原告は,各種装置や機械設備を設計し,オーダーメイドで当該機械を製造 することを主たる業務とする株式会社である。
イ 被告は,美容室の営業を主たる業務とする特例有限会社である。
? 本件特許権の設定登録等25 被告は,平成27年3月17日,本件特許権に係る発明(以下,本件特許権 に係る特許出願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1に記載の発明を 2 「本件特許発明1」,請求項2に記載の発明を「本件特許発明2」,請求項3に 記載の発明を「本件特許発明3」といい,これらを総称して「本件特許発明」 という。 につき, ) 被告単独で特許出願し,平成28年6月3日に本件特許権の 設定登録を受けた(甲1)。
5 ? 本件特許発明(甲1) ア 本件特許発明1 被洗髪者の頭部を覆う湾曲形状を有する支持部材と,前記支持部材の外面 側に配置される袋状体と,前記袋状体を駆動する駆動手段とを備え,前記支 持部材は,外面側と内面側とを連通する連通部が形成され,前記袋状体は,10 前記連通部に挿入される複数の突起部を有し,流体の導入により膨張して前 記突起部が前記支持部材の内面側に突出するように構成されており,前記駆 動手段は,膨張した前記袋状体を前記支持部材の外面に沿って駆動する自動 洗髪装置。
イ 本件特許発明215 前記支持部材は,洗髪液が通過する流路を内部に有し,内面側に形成され た吐出口を介して洗髪液を吐出することができる請求項1に記載の自動洗 髪装置。
ウ 本件特許発明3 前記駆動手段は,前記袋状体に動力伝達機構を介して連結された電動モー20 タを備える請求項1または2に記載の自動洗髪装置。
? 原告代表者による「全体構想計画案」の作成及び原告への権利譲渡 ア 原告代表者は,平成26年4月5日に,全体構想計画案Fig:1及びF ig:2(甲2の1,甲2の2。以下,併せて「全体構想計画案」という。) を作成した。この全体構想計画案には本件特許発明の構成がすべて開示され25 ていた(当事者間に争いのない事実(答弁書4頁参照)。
) イ 原告代表者は,本件特許発明発明者が原告代表者であることを前提に, 3 本件特許発明の完成時に,原告に対し,同発明に係る特許を受ける権利を譲 渡した(甲4)。
2 争点 ? 本件特許発明発明者は誰か(争点1) 5 ? 弁護士費用及び弁理士費用(以下「弁護士費用等」という。)のみを損害とす る不法行為に基づく損害賠償請求の可否(争点2) 3 争点に関する当事者の主張 ? 争点1(本件特許発明発明者は誰か)について [原告の主張]10 次のとおり,本件特許発明発明者は原告代表者であって,被告代表者は発 明者ではない。
ア 原告代表者は,平成26年3月頃,雑談の中で被告代表者から市場ニーズ にマッチした自動洗髪装置が存在しないことを聞き,原告の有する技術であ れば市場ニーズにマッチした自動洗髪装置を製造できる旨伝えたところ,被15 告代表者から「本当にそんなことができるんですか。できるのであれば,ぜ ひ開発してほしい。 と言われ, 」 自動洗髪装置の開発依頼を受け,同装置の開 発を始めた。
その結果,原告代表者は,頭部の形状等が個人で異なり,頭部全体に均等 な圧力で突起部を当接させにくいという課題の解決手段として,柔らかいエ20 アーバックに突起部を備え,エアーバックに空気を入れて膨張させるという 着想に至った。その過程で,原告代表者は,同年4月5日に全体構想計画案 を,同月22日に業務日報No.3をそれぞれ作成し,本件特許発明を完成 させた。
イ 原告代表者は,上記アのとおり,平成26年3月頃,被告代表者から自動25 洗髪装置の開発依頼を受けたが,その際,自動洗髪装置の具体的構成につい て,被告代表者から一切指示を受けていない。
4 ウ 原告代表者は,被告代表者が原告代表者の発明を無断で単独出願するなど とは想定もしていなかった。原告代表者が,本件特許の出願人代理人である 訴外A弁理士(以下「A」という。)から甲第5号証の電子メール及び甲第6 号証の出願関係書類の案の送付を受けた際,何ら異議を述べなかったのは, 5 単に冒認出願の事実を知らなかったからというだけである。
[被告の主張] 次のとおり,本件特許発明発明者は被告代表者であって,原告代表者は発 明者ではない。
ア 本件特許発明は,平成23年に被告代表者が開発した指状の突起を有する10 手動式の洗髪用具(以下「被告手動洗髪用具」という。)がベースになってい る。被告代表者は,海外で美容室を展開していくに当たって,人間の手に近 い感覚で頭皮のマッサージができる自動洗髪装置の開発をかねてから志向 していたが,平成26年2月ころ,被告手動洗髪用具の指状の突起部と同様 の形状の突起部を有する装置で,被洗髪者の頭を覆い,エアバッグ(袋状体)15 の振動を利用して頭皮をマッサージしながら洗う機械を着想し,乙第2号証 の図面を作成した。
そして,被告代表者は,同年3月7日の打合せで,原告代表者に対し,被 告代表者が考えていた技術内容を説明し,具体的に機械の設計を依頼した。
この時点で,本件特許発明は既に完成していた。
20 イ 原告がオーダーメイドで機械の設計を行う会社であり,被告からの依頼に 基づき,自動洗髪装置の具体的な設計や開発を行ったことに関しては,被告 としても特段争うものではないが,本件特許発明の特徴的部分は,平成26 年3月7日の時点で既に完成していたものであるから,その後の具体的設計 作業を原告が行っていたとしても,被告代表者が本件特許発明発明者であ25 ることに変わりはない。
本件特許の出願について,被告代表者とAの打合せの日程は、いったん同 5 年4月4日に決まったが、その後、被告代表者に別の予定が入ってしまった ため、同日の打合せはキャンセルになり、実際には、同年5月2日にAとの 初回の打合せが行われた。この打合せで、被告代表者からAに対して、発明 の内容の説明を行い、同月14日付けでAから被告代表者に対し、先行文献 5 調査の結果が送られてきているが、当初の予定では、同年4月4日の時点で 打合せが行われる予定だったのであり、甲第2号証の図面(全体構想計画案) が完成するよりも前の段階で、被告代表者が本件特許発明を完成させていた ことは明らかである。原告は、同年3月7日の時点では、
「自動洗髪装置の開 発依頼を受けただけで、その具体的構成については一切指示を受けていな10 い。」との主張をしているが、何ら具体的構成を発案していない段階で弁理 士との打合せ予定の調整を行うことは通常では考えにくい。
ウ 原告代表者は,Aから甲第5号証の電子メール及び甲第6号証の出願関係 書類の案の送付を受けた際,被告代表者が発明者になっていること,及び, 出願人が原告及び被告になっていることを認識していたにもかかわらず,何15 ら異議を述べず,本件訴訟に至るまで自らが発明者であるとの主張を一切し てこなかったが,これは,原告代表者自身も,被告代表者が本件特許発明発明者であると認識していたことの何よりの証左である。
? 争点2(弁護士費用等のみを損害とする不法行為に基づく損害賠償請求の可 否)について20 [原告の主張] ア 被告による本件特許の出願は,本件特許発明特許を受ける権利を有さず にした冒認出願であり,故意又は過失により,原告の特許を受ける権利を侵 害するものであるから,不法行為に当たる。
イ 当該不法行為がなされたことにより,原告は,被告に対し,弁護士及び弁25 理士に依頼をし,本件訴訟を提起せざるを得なかったのであり,本件紛争解 決のために要する弁護士費用等は300万円を下らないから,被告の不法行 6 為により,原告には300万円の損害が生じている。
[被告の主張] 否認ないし争う。
当裁判所の判断
5 1 争点1(本件特許発明発明者は誰か)について ? 前記第2の1の前提事実に加え,証拠(後記アないしキに共通するものとし て,甲20,原告代表者本人。それ以外については各括弧内掲記のもの)及び 弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 原告は,昭和57年に設立され,様々な分野で使用される装置や機械設備10 を設計し,顧客からの要望に応じてオーダーメイドで当該機械を製造するこ とを主たる業務とする株式会社であり,既製品として存在しない各種の機械 装置を短期間で開発・製造することを得意業務とすると自負している。原告 代表者は,新たな開発をする際には,アイデアを従業員との間でやり取りし て,その内容を業務日報に記録していく方法を採っていた。
15 被告は,美容室の営業を主たる業務とする特例有限会社である。被告代表 者は,高校卒業後,大学で電子工学を学び,卒業後,美容学校を経て,美容 師として稼働するようになり,昭和48年に被告を設立して以降,被告の代 表取締役を務めている。被告代表者は,発明の名称を「パーマネントウェー ブ用補助具」「毛髪のウェーブ形成方法」「頭髪の縞染め用器具」とする各 , ,20 発明につき,自らを発明者とする特許を受けている(甲13ないし15)。
原告と被告は,原告が被告からはさみの補助器具の製造依頼を受けたのを 契機として,30年来の付き合いがあった。
イ 平成26年3月7日,原告代表者は,被告代表者のもとを訪れて雑談して いる際に,被告代表者から市場のニーズに適合した自動洗髪機が存在しない25 旨の話を聞いた。原告代表者が原告の技術によれば被告代表者の望むような 自動洗髪機を製造開発できる旨を伝えたところ,被告代表者は,原告代表者 7 に対し,自動洗髪機の開発を依頼した。その際,被告代表者は,原告代表者 に対し,自動洗髪装置の具体的構成について説明や指示をしていない。
ウ 原告代表者は,自動洗髪機の開発に当たり,まず他社の先行特許の調査を 行い,先行特許のうち,頭皮に触れずにシャワーの水圧で流す方法について 5 は,カットした短い毛が毛根の近くに入っているとうまくとれないという問 題があり,他方,ギアを使って突起にかかる圧力を均等にする方法について は,1つの線状の形でも複雑であり,頭の形を覆う球面にすると更に複雑と なるほか,安全面やコストの点でも問題がある等の分析を重ねた。
このほか,原告代表者は,突起等をばねで伸ばす方法も検討したが,突起10 等が3本を超えた場合に,適正な荷重を得られず,適正な圧力で頭を洗うこ とができないという結論に至った。
このような分析・検討を経て,原告代表者は,頭部の形状等が個人で異な り,頭部全体に均等な圧力で突起部を当接させにくいという課題の解決手段 として,柔らかいエアバッグに突起部を備え,エアバッグに空気を入れて膨15 張させるという着想にたどり着いた。
そして,原告代表者は,平成26年4月5日に,本件特許発明の構成が全 て開示されている全体構想計画案(甲2の1,甲2の2)を作成し,同月7 日,被告代表者に対し交付した。その後,同月22日,原告代表者は,本件 特許発明について記載した業務日報(甲3)を作成した。
20 エ Aは,平成26年5月2日,被告代表者から自動洗髪機に係る特許出願に ついて初回の相談を受け,同月14日,被告代表者に対し,自動洗髪機に関 する先行特許調査を行ったが,本件特許発明に類似する先行特許は見つから なかった旨を報告するとともに,被告代表者の指示を待って特許出願手続を 進める旨を記載したメールを送信した(乙8)。
25 被告は, (所在地は省略)中小企業団体中央会(所在地は省略)地域事務局 に対し, 「平成25年度補正 中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サ 8 ービス革新事業」の公募申請書類を提出し,平成26年5月15日に同申請 が受け付けられた旨の通知を受けた。この公募申請書類である事業計画書に は,自動洗髪機を示す図も記載されていた(甲9の1,9の2)。
オ 平成26年7月11日,原告代表者は,被告代表者に対し, 「昨日申し受け 5 ました資料」として,本件特許発明に係る内容を記載した業務日報の該当箇 所の画像を添付したメールを送信した(甲17の1ないし17の7)。
カ 平成26年7月15日,原告代表者は,前日に被告代表者から頼まれてい たとおり,それまで面識のなかったAに電話で連絡をとった。その後,原告 代表者は,同月23日にAから,特許出願に向けて,本件特許発明発明者10 として原告代表者と被告代表者の両名が記載された案文の電子ファイル(甲 6)が添付され,文面に「アサクラインターナショナル様とセリックス様の 共同出願として記載しています。」と記載された電子メールの送信を受けた (甲5)。
原告代表者は,自ら発明したものでも,顧客である被告が特許を取り,原15 告が製造を請け負って利益を得る形で双方が理解してやってきたとの認識 があったこと,特許については最終的に申請する際に被告代表者と話せば足 りると考えていたことから,この時点で被告代表者が共同発明者となってい ることにつき異議を述べなかった。
キ 平成27年3月9日,被告が原告に対し,これ以上の開発依頼をストップ20 する旨を通告したのに対し,原告が「それならば知財については当社が引き 受ける。 と伝え, 」 原告・被告間の自動洗髪装置開発の業務委託関係は終了し た。
ク 被告は,平成27年3月17日,本件特許発明につき,被告単独で特許出 願し,平成28年6月3日に特許登録を受けた(甲1)。
25 ケ 原告は,平成27年12月29日,発明の名称を「自動洗髪機」とする発 明を原告単独で特許出願し,平成28年11月18日に特許登録を受けた 9 (乙4)。
コ 被告は,原告を被告とする損害賠償等請求訴訟(本件特許権に基づくもの ではない。)を(所在地は省略)地方裁判所に提訴し(以下「別件訴訟」とい う。,別件訴訟について,平成28年11月25日,証拠として本件特許に ) 5 係る特許願及び特許証を提出した(甲18)。
サ 平成29年3月27日,原告は,本件訴訟を提起した。
本件訴訟において,被告は,当初,全体構想計画案は,被告代表者がこれ に先行して作成し原告代表者に提示した図面(乙3)や被告代表者の説明を ほぼなぞっただけのものにすぎないと主張し(答弁書6頁),乙第3号証の10 作成時期を平成26年3月頃とする証拠説明書を提出した。
しかし,原告が,乙第3号証の図面には,全体構想計画案を構成する甲第 2号証の1の図面を複製・修正して作成されたものであることを示す複数の 痕跡が残されている旨を指摘して,乙第3号証は全体構想計画案より後に作 成されたものである旨主張したところ(原告第1準備書面4頁以下),被告15 は,乙第3号証の作成日に関して,これ以上争わないと主張するに至った(被 告第2準備書面2頁)。
その後,第1回口頭弁論期日の被告代表者本人尋問において,被告代表者 は,乙第3号証の図面は,全体構想計画案を構成する甲第2号証の1の図面 を使って作ったものである旨を供述した。また,上記答弁書の記載について,20 そのような説明を被告訴訟代理人に説明した記憶はなく,乙第3号証の作成 時期につき平成26年3月頃と説明していない旨も供述した。
? 前記?アないしウ及びオの認定事実によれば,原告代表者は,顧客である被 告代表者から自動洗髪機の開発依頼を受け,先行特許の調査等を経て,エアバ ッグを利用する方法を着想するに至り,それを踏まえて本件特許発明の構成が25 全て開示されている全体構想計画案等を自ら作成したものであるから,本件特 許発明の発明者に当たるというべきである。
10 他方,被告代表者については,前記?イ,エないしカの認定事実からすれば, 自動洗髪機の開発につき原告代表者に依頼し,本件特許発明につき特許出願す る段取りを整えたり,事業計画を策定して公的補助を受ける準備をしたりした ことは認められるが,本件特許発明の完成に当たり,発明者と評価するに足る 5 だけの貢献をした具体的事実は認められない。
これに対し,被告は,かねてから人間の手に近い感覚で頭皮のマッサージが できる自動洗髪装置の開発を志向していた被告代表者が,平成26年2月頃, 被告手動洗髪用具の指状の突起部と同様の形状の突起部を有する装置で,被洗 髪者の頭を覆い,エアバッグ(袋状体)の振動を利用して頭皮をマッサージし10 ながら洗う機械を着想し,乙第2号証の図面を作成し,その後の同年3月7日 の打合せで,上記技術内容を被告代表者に対し説明して,具体的に機械の設計 を依頼したものであって,この時点で本件特許発明は既に完成していたのであ るから,本件特許発明発明者は被告代表者であって,原告代表者ではない旨 を主張し,これに沿う証拠としては,被告代表者の陳述書(乙20)及び本人15 尋問における供述(以下,併せて「被告代表者の供述等」という。)がある。
しかしながら,被告代表者の供述等については,乙第2号証の図面につき本 件特許発明の構成が開示されているとは認め難く,他に上記打合せの時点で本 件特許発明を被告代表者が完成させていたと認めるに足りる客観的な裏付け がないこと,前記?サで認定したとおり,乙第3号証に係る被告の主張等が大20 きく変遷等していること(被告は当初,原告代表者が作成した全体構想計画案 は被告代表者が作成した乙第3号証をほぼなぞっただけのものである旨主張 していたのに,原告から矛盾点の指摘を受けるや主張を変遷させ,被告代表者 本人尋問においても,上記の当初の主張内容を訴訟代理人に説明していないな どと不合理な供述をしていること),被告代表者の供述等は,本件特許発明を25 着想するに至った経緯について曖昧かつ抽象的な内容に終始していること等 を併せ考慮すれば,その信用性は低いものといわざるを得ない。また,本件特 11 許発明の発明者が被告代表者であったと認めるに足りる他の証拠も見当たら ない。そこで,被告の前記主張は採用できない。
さらに,被告は,前記?カで認定したとおり,原告代表者がAから電子メー ルに添付された出願関係書類の案の送付を受けた際,被告代表者が発明者とな 5 っていること等につき何ら異議を述べず,本件訴訟に至るまで自らが発明者で あるとの主張を一切してこなかった点を指摘するが,前記?アで認定した原告 の業態からすれば,前記?カで認定したとおり,原告が開発した機械を製造す ることにより経済的利益を得られる限り,特許の取得等についてはこだわらな いという方針をとることも不合理ではないことからすれば,上記の点から直ち10 に被告代表者が本件特許発明発明者ないしは共同発明者であったと推認す ることはできず,原告代表者が本件特許発明発明者であったという前記認定 を左右するものではない。
以上のとおり,本件特許発明発明者は原告代表者であって,被告代表者で はない。
15 そうすると,原告代表者が本件特許発明特許を受ける権利を有する一方, 被告は本件特許発明特許を受ける権利を有さないから,被告による出願は冒 認出願であって特許法123条1項6号に該当する。したがって,原告代表者 から特許を受ける権利承継した原告は,被告に対し,特許法74条1項に基 づく特許権移転登録手続請求権を有する。
20 2 争点2(弁護士費用等のみを損害とする不法行為に基づく損害賠償請求の可否) について 不法行為の被害者が,自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくさ れ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請 求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内の25 ものに限り,不法行為相当因果関係に立つものというべきである(最高裁昭和 41年(オ)第280号,同44年2月27日第一小法廷判決・民集23巻2号 12 441頁参照)。
しかしながら,本件においては,冒認出願による損害として,本件訴訟追行に 要した弁護士費用等以外の損害の主張はなく,弁護士費用等以外の損害を認める ことはできない。そうすると,原告が,冒認出願の被害者として,冒認出願によ 5 り生じた損害について損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得 ないため,本件訴えを提起することを余儀なくされたとは認められない。
また,冒認出願をした者が,真の権利者から冒認の事実を指摘されてもなお, 合理的な理由なくこれを否定し,逆に自らが特許権者であることを前提に,真の 権利者に対し訴訟を提起して特許権を行使し,真の権利者による応訴を余儀なく10 したような場合には,他の損害の発生の有無にかかわらず,真の権利者の訴訟追 行(応訴)に要した弁護士費用等を不法行為に基づく損害として請求し得るとい うべきであるが,本件は,被告による不当提訴を不法行為と主張するものでもな い。なお,上記?コの事実を考慮しても,別件訴訟により原告が本件訴訟を提起 することを余儀なくなされたとは認めるに足りない。
15 したがって,本件において,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,弁護士 費用等のみを損害とする損害賠償請求をすることはできないというべきである。
3 結論 よって,原告の請求のうち,特許権移転登録手続請求については理由があるか らこれを認容し,不法行為に基づく損害賠償請求については理由がないからこれ20 を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 沖中康人