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関連審決 無効2000-35177
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成20行ケ10350審決取消請求事件 判例 特許
平成12行ケ91取消決定取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ329審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  容易に実施 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  合理的な理由 /  国際公開 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 67号 審決取消請求事件
原告 株式会社林原生物化学研究所
訴訟代理人弁護士 安江邦治
同 弁理士 須磨光夫
被告 江崎グリコ株式会社
訴訟代理人弁理士 山本秀策
同復代理人弁理士 森下夏樹
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2000−35177号事件について平成13年1月9日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「風味持続性にすぐれた焼き菓子の製造方法」とする特許第2672728号発明(平成3年6月19日出願,平成9年7月11日設定登録,以下「本件発明」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成12年4月7日,本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2000-35177号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,上記特許無効審判事件について審理した上,平成13年1月9日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載 【請求項1】α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。
【請求項2】米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類の製造方法であって,α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む組成物を焼成またはフライする工程を含む,方法。
(以下,上記【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無効理由,すなわち,@本件発明は,その作用効果が不明であるとともに,請求項1及び請求項2における「α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上」という記載は,請求項の記載を技術的に不明りょうとするものであって,特許法36条(特許法等の一部を改正する法律〔平成6年法律第116号〕附則6条2項の規定により,なお従前の例によるとされる,同法律による改正前の特許法36条〔以下「旧36条」という。〕の趣旨と解される。)5項2号に規定する要件を満たしていない(以下「無効理由1」という。),A本件発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではなく,旧36条5項1号に規定する要件を満たしておらず,また,本件特許の明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易に実施することができる程度に,発明の目的,構成,効果が記載されておらず,旧36条4項に規定する要件を満たしていない(以下「無効理由2」という。),B平成10年10月19日付け訂正請求書に係る訂正(以下,「本件訂正」といい,同訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)は,特許請求の範囲を実質的に変更するものであり,特許法120条の4第3項で準用する同法126条3項の規定に違反している(以下「無効理由3」という。),C平成9年2月10日付け手続補正書に係る補正(以下「本件補正」という。)は,願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の要旨を変更するものであり,本件特許は,特許法40条(特許法等の一部を改正する法律〔平成5年法律第26号〕附則2条2項の規定により,なお従前の例によるとされる,同法律による改正前の特許法40条〔以下「旧40条」という。〕の趣旨と解される。)の規定により,上記手続補正書が提出された平成9年2月10日に出願されたものとみなされるので,本件発明1,2は,特開平4-370064号公報 (本訴甲46,審判甲10)及び特開昭63-240758号公報(本訴甲9,審判甲11)記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものであって,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり(以下「無効理由4」という。),D本件発明は,A博士の宣誓供述書(本訴甲39,審判甲16,以下「甲39供述書」という。)の記載を踏まえると,1990年(平成2年)4月発行「FOOD MANUFACTURE」64巻4号23頁〜24頁(本訴甲25,審判甲12)記載の発明(以下「引用発明1」という。)であるか,又は同刊行物,昭和57年12月5日食品と科学社発行「食品と科学 1982 秋季増刊号」56頁〜62頁(本訴甲26,審判甲13),特開昭56-144038号公報(本訴甲27,審判甲14)及び国際公開特許第WO89/00012号公報(本訴甲28,審判甲15)記載の発明(以下,それぞれ「引用発明2」〜「引用発明4」という。)に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであって,本件特許は,特許法29条1項3号又は2項の規定に違反して特許されたものである(以下「無効理由5」という。)との主張に対し,@本件発明の「α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上」との構成に係る作用効果は,本件明細書中に十分開示されているというべきであるから,この構成に係る技術的意義が不明であるということにはならない,A本件明細書の記載は,特許法36条(旧36条の趣旨と解される。)5項1号及び同条4項に規定する要件を満たしている,B本件訂正は,実質上特許請求の範囲変更するとはいえない,C本件補正は,当初明細書の要旨を変更するとはいえない,D本件発明は,甲39供述書の記載を考慮しても,引用発明1であるということはできず,また,引用発明1〜4に基づき当業者が容易に発明をすることができたものということができないので,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明の引用発明1に対する新規性の判断を誤り(取消事由1),本件発明の容易想到性の判断を誤り(取消事由2),本件明細書の記載につき旧36条5項2号違反の記載不備並びに同項1号違反及び同条4項違反の記載不備があるのに,これがないとの誤った判断をし(取消事由3,4),本件訂正は,特許請求の範囲を実質的に変更するものであり,特許法120条の4第3項で準用する同法126条3項の規定に違反するのに,これに違反しないとの誤った判断をし(取消事由5),また,本件補正は,当初明細書の要旨を変更するものではないとして旧40条の適用を誤った(取消事由6)結果,本件特許の特許法29条2項違反の判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明の引用発明1に対する新規性の判断の誤り) (1) 審決は,無効理由5のうち,引用発明1と同一であるとの新規性に係る請求人(原告)の主張について,「甲第16号証(注,甲39供述書)に係る供述を加味しても,本件発明1及び本件発明2は,甲第12号証(注,本訴甲25)に記載された発明(注,引用発明1)である・・・とは到底いうことができない」(審決謄本10頁第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 審決は,本件発明1,2の構成要件と引用発明1との対比を行っていないから,両者の一致点及び相違点についての審決の認定,判断は,全く不明である。
(3) 審決は,単に,甲39供述書における,ヨークシャープディングバッターから調製したプディングに関するA博士の供述は何ら裏付けがないこと(審決謄本9頁最終段落),及び「香りや味を長期間保持する」という事項に関して,甲25〜28に教示するところが全くないことに照らし,本件特許に係る特許出願前にA博士が認識していた知見であるとは確認できないこと(同10頁第1段落)を挙げるのみで,上記(1)の判断をした。しかし,新規性の判断は,請求項に係る発明と刊行物に記載された発明との構成の同一性の判断であるから,審決が指摘する供述内容及び「香りや味を長期間保持する」という事項についての認識時期は,そもそも新規性の判断には関係がない。
(4) 審決は,「実施例2(注,本訴甲28の実施例2)には,『ヨークシャープディングバッター』から調製した『プディング』では,トレハロースを含むサンプルは,嵩が増加し形も均質であったことは記載されているものの,『香りや味』については言及されていない」(審決謄本9頁第3段落)とした。しかし,甲28の実施例2には,ヨークシャープディングバッターから調製されたプディングについて,「香りや味」を確認したとの直接的な記載はないが,「食感」,すなわち「風味」については,確認したことが明記されている以上,甲39供述書におけるA博士の供述が裏付けのないものであるということはできない。
また,審決は,「甲第16号証(注,甲39供述書)には,(a)に『焼成食品の好ましい香りや味を,焼成後及び保存時においても,長期間保持することができた。』,(b)に『これらの示された香りや味は,焼成後の保存時において持続した。』,(c)に『この優れた香りと味は,焼成後及び保存時において比較的長い期間持続する。』,及び(d)に『長く続く優れた香りや味を保存時において比較的長い期間示した。』と供述したとの記載があるものの,『香りや味を長期間保持する』という事項に関して,甲第12号証乃至甲第15号証(本訴甲25〜28)に教示するところが全くないことに照らし,この事項は,本件出願前にA博士が認識していた知見であるとは確認できない」(審決謄本9頁最終段落〜10頁第1段落)とした。しかしながら,「香りや味を長期間保持する」ことは,甲28の実施例2におけるヨークシャープディングに関しての「トレハロースを含有する標品は嵩が増大し,形もより均一であった。食感は対照品に比して優れていた」(甲28の訳文5頁最終段落〜6頁第1段落)との記載を見れば,教示されているというべきである。
(5) 甲26〜28の記載及び甲39供述書の供述を踏まえると,甲25には,「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調製されるケーキ」が開示されているに等しいところ,本件発明と引用発明1との相違点は,α,αトレハロースの含量が,原料の総重量に対して「0.1重量%以上」であることが後者には明記されていないという点にのみあると考えられる。一方,甲25には,α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳に含まれるα,αトレハロースの量が記載されており,このα,αトレハロースの量と,甲27に開示されたクッキーミックスとホットケーキミックスの一般的なレシピに基づいて,甲25に開示された「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調製されるケーキ」の原料の総重量に対するα,αトレハロースの量を計算すると,0.1重量%以上となる。以上によれば,甲25には,α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む本件発明が列挙する菓子類が記載されているに等しいことになる。したがって,本件発明は,引用発明1と同一というべきである。
2 取消事由2(本件発明の容易想到性の判断の誤り) (1) 審決は,無効理由5のうち,引用発明1に基づき容易想到であるとの進歩性に係る請求人(原告)の主張について,「甲第16号証(注,甲39供述書)に係る供述を加味しても,本件発明1及び本件発明2は・・・甲第12号証乃至甲第15号証(注,本訴甲25〜28)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとは到底いうことができない」(審決謄本10頁第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件発明と引用発明1の一致点及び相違点についての審決の認定,判断が全く不明であることは,上記のとおりである。
(3) 審決は,進歩性の判断に当たっても,A博士の供述の一部及び「香りや味を長期間保持する」という事項についてのA博士の認識時期のみを問題にして上記の判断をしたが,これらが本件発明の進歩性の判断にどのように関わるのか,全く不明であるといわざるを得ない。甲26〜28の記載及び甲39供述書の供述を踏まえると,本件発明と引用発明1との相違点は,α,αトレハロースの含量が,原料の総重量に対して「0.1重量%以上」であることが後者には明記されていないという点のみであるが,審決は,請求人(原告)の甲25に開示された「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調製されるケーキ」の原料の総重量に対するα,αトレハロースの量を計算すると0.1重量%以上となるという主張及びこの主張の基となるα,αトレハロースの量の計算が妥当なことに関しての主張について,何らの検討もしていない点で,判断に重大な遺脱がある。
3 取消事由3(旧36条5項2号違反の記載不備についての判断の誤り) (1) 審決は,無効理由1について,「『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上』という構成に係る作用効果は,本件明細書中に十分開示されているというべきであるから,この構成に係る技術的意義が不明であるということにはならない」(審決謄本4頁第4段落)と判断したが,誤りである。
(2) 審決の上記判断の根拠は,いずれも「0.1重量%以上」という範囲が,どういう理由で好ましいのかを説明するものではない。すなわち,「α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上」という記載自体が明確であり,また,「トレハロース」を0.1重量%以上含有する実施例2〜7において,風味が優れていたとの作用効果が奏された旨記載されているとしても,それだけでは,「0.1重量%以上」がどういう理由で好ましいのかの説明にはなり得ない。本件明細書(甲21添付)の実施例1(段落【0009】〜【0010】)においては,トレハロース含量は吸水量を加味して計算すると0.1重量%未満であるにも関わらず,0.1重量%以上の実施例2〜7と有意差のない作用効果が得られている。また,審決は,「本件明細書の実施例1に関し当事者間で争いがあるが,例え,実施例1において,そのトレハロース含量が0.1重量%以上でないにもかかわらず『風味がすぐれていた』としても,そのことでもって,実施例1の記載により,本件特許請求の範囲の記載が特許法36条5項2号の規定の要件を満たさなくなったとまではいえない」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)としたが,実施例1において,そのトレハロース含量が0.1重量%以上でないにもかかわらず「風味がすぐれていた」とすれば,「0.1重量%以上」という構成要件は,何ら「好ましい」範囲を限定したものではなく,その技術的意義が不明となることは明らかである。実施例1における「トレハロース」含量と奏される作用効果とは,本件発明における「0.1重量%以上」という構成要件技術的意義,すなわち,どういう理由で「好ましい」のかを判断する上で極めて重要な事項であり,審決の上記判断は,明らかに誤りである。
4 取消事由4(旧36条5項1号及び同条4項違反の記載不備についての判断の誤り) (1) 審決は,無効理由2について,「本発明では,トレハロースの内,『α,α-トレハロース』を使用していると理解できる。・・・したがって,本件明細書の実施例における『トレハロース』という記載は,『上位概念』としてではなく,むしろ『α,α-トレハロース』のことであると解するのが相当であるから,本件明細書の特許請求の範囲は特許法36条5項1号に規定する要件を満たしているといえる」(審決謄本5頁最終段落〜6頁第2段落)と判断し,「『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上』という構成に係る作用効果は,本件明細書中に十分開示されているといえるのであるから,本件明細書は特許法36条4項に規定する要件を満たしているといえる」(同6頁第3段落)と判断したが,誤りである。
(2) 当初明細書(甲46)の「本発明は,天然の糖類であるトレハロースを含有せしめることで,作りたての風味が長持ちする焼き菓子の製造方法に関するものである」(段落【0001】)との記載は,被告(出願人)が,「トレハロース」を「天然の糖類」と認識していたことを示すだけであって,本件発明において,「トレハロース」の中で天然に存在するα,αトレハロースを用いるということを必ずしも意味するものではない。当初明細書には,「トレハロースは,2分子のD-グルコースが1,1結合した非還元性2糖類である。結合様式がα,α,α,β-,β,β-の3種の異性体があるが,天然にはα,α体が存在する」(段落【0004】)と記載されており,この「トレハロース」が,α,αトレハロースだけを指すものではないことは,その文脈からして明らかである。明細書においては,特段の断りがない限り,同じ用語は同じ意味で用いられていると解釈するのが妥当であるから,当初明細書の段落【0001】に記載された「トレハロース」も,段落【0004】に記載された「トレハロース」と同じ意味で用いられていると考えるのが自然である。したがって,当初明細書の段落【0001】に記載された「トレハロース」も,「α,αトレハロース,α,βトレハロース,β,βトレハロース」の3種の異性体を含む上位概念としての「トレハロース」として用いられているのであって,そう解釈して,特段の不都合は生じないし,逆に,当初明細書の段落【0001】に記載された「トレハロース」が「α,αトレハロース」の意味であるとすると,段落【0004】の記載は,それ自体矛盾を含むことになる。
また,審決は,本件明細書(甲21添付)の「摘示事項(b)(注,当初明細書の段落【0004】)の『天然にはα,α体が存在する』という事項は,乙第4号証(注,昭和60年2月15日岩波書店発行の『岩波理化学事典第3版増補版』,本訴甲52添付)の『β,β結合のイソトレハロース(・・・)及びα,β結合のネオトレハロース(・・・)は合成でだけ得られる』という記載により裏付けられる」(審決謄本6頁第1段落)としたが,甲9によれば,本件特許出願前に「α,α-体,α,β-体は天然に存在することが知られている」(2頁右上欄),「α,βトレハロース(ネオトレハロース)」を大量かつ経済的に得る方法も知られていた」(2頁左下欄)と記載されているのであるから,誤りである。
5 取消事由5(特許法120条の4第3項で準用する同法126条3項違反についての判断の誤り) (1) 審決は,無効理由3について,「本件明細書の実施例における『トレハロース』という記載は,『上位概念』としてではなく,むしろ『α,αトレハロース』のことであると解するのが相当であるから,上記訂正(注,本件訂正)は,実質上特許請求の範囲変更するとはいえない」(審決謄本6頁第6段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件明細書の実施例における「トレハロース」という記載は,「上位概念」としてではなく,「α,α-トレハロース」のことであると解することが誤りであることは,取消事由4において主張したとおりである。本件訂正前には,特許請求の範囲を含めて,「トレハロース」は,α,αトレハロース,α,βトレハロース及びβ,βトレハロースを含む上位概念としての「トレハロース」の意味で使用されていたのであり,実施例における「トレハロース」だけを「α,αトレハロース」のことであると解する合理的な理由は存在しない。
6 取消事由6(本件補正が当初明細書の要旨を変更するものではないとした判断の誤り) (1) 審決は,無効理由4について,当初明細書(甲46)の段落【0003】及び段落【0006】に記載されていた「0.1%以上」という記載と,実施例1〜7の記載とを結び付け,実施例1〜7の配合成分がいずれも「g」で表記されていること,並びに,本件明細書に記載された「%」を「体積%」と解さなければならない必然性はないことを根拠に,当初明細書に記載の「%」は,「重量%」であると解するのが相当である(審決謄本7頁第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 当初明細書(甲46)の段落【0003】及び段落【0006】には,「0.1%以上」という記載とともに,その「0.1%以上」という範囲が「好ましい」旨の記載も併せてされている。一方,実施例1〜7における「トレハロース」含量は,「0.1重量%未満」である0.06重量%から,「0.1重量%以上」である1.48重量%まで,約25倍も変化しているにもかかわらず,得られる作用効果には有意差は見られないのであるから,実施例1〜7の記載によれば,「0.1重量%以上」は,「好ましい」範囲とはいえないものである。当初明細書の段落【0003】及び段落【0006】に記載されている「0.1%以上」の「%」を「重量%」と解すると,段落【0003】及び段落【0006】の記載と実施例1〜7の記載とが互いに矛盾することなってしまうので,実施例1〜7において,配合成分がいずれも「g」で表記されているからといって,段落【0003】及び段落【0006】に記載された「%」が「重量%」のことであるとはいえない。当初明細書の段落【0003】及び段落【0006】に記載されている0.1%以上が好ましい旨の記載は,明細書の記載全体と照らし合わせた場合に,その記載自体が不明りょうなのであって,そのように不明りょうな記載中の「%」の意味が,明細書の記載から一義的に導かれることはない。審決は,本件明細書(甲21添付)に記載された「%」を「体積%」と解さなければならない必然性はないことを判断の根拠の一つとして挙げているが,「%」には,「重量%」,「体積%」以外に,「重量/体積%」もあるから,上記理由により,本件明細書(甲21添付)に記載された「%」を「重量%」であるということはできない。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明の引用発明1に対する新規性の判断の誤り)について (1) 甲25記載の引用発明1のみでは本件発明を開示するものとはいえないことは原告の自認するところであり,それゆえに,甲27,28を考慮すれば,全体として本件発明が記載されていると原告は主張する。このような主張は,甲27,28から得られる知見は当業者の技術常識であるという前提が正しいことが説明できて初めて成り立つことであるが,甲27,28から得られる知見は,到底,技術常識とはいえないから,原告の上記主張は失当である。
(2) 甲27は,特殊な甘味料「ステビア抽出物」などを必須要件としたケーキミックスやクッキーミックス用の「特殊なレシピ」を開示する文献であり,砂糖のように甘い甘味料を必須とするケーキミックスを開示し,かつ,その甘味料は特殊な甘味料である。他方,甲25は,「甘味を殆んど感じさせない」砂糖代替材料(トレハロース)をコンプリートケーキミックスに混入させることを開示している。したがって,甲27の「ケーキミックス」は,甲25の「ケーキミックス」とは,一方は砂糖のように甘く,他方はほとんど甘味を感じさせないという,全く異なるものである。
(3) 甲28は,本件特許の対象外の食品である「ヨークシャープディング」,「炒り卵」及び「全クリーム乳」を開示するのみである。そして,ヨークシャープディングそのものが菓子などではなく,水分活性値から保存できる食品ではないから,甲28の実施例2に記載されたヨークシャープディングは,小麦煎餅でも焼き菓子でもケーキでもなく,本件発明の「出来上がりの風味を長期間保持する食品」の対象外のものである。
また,ヨークシャープディングは,我が国においては,常温で長期保存可能な食品として流通してはいない。本件明細書(甲21添付)が小麦煎餅類として例示している「ウェハース,ワッフル,瓦煎餅」(段落【0005】)などと比較し,ヨークシャープディングはその保存性において大きな違いがあり,これを同一の食品とすることはできない。
2 取消事由2(本件発明の容易想到性の判断の誤り)について (1) 甲27は,特殊な甘味料を必須原料とするケーキやクッキーの「特殊なレシピ」を開示する文献であるから,このレシピに乾燥卵が使われているからといって,これに,同じく乾燥卵を開示する甲25を当業者が組み合せる動機付けが存在するといえない。甲27は,砂糖のように甘いが虫歯にはなりにくい材料「ソルビトール」や「ステビア抽出物」を必須とするケーキミックス,クッキーミックスを開示するが,甲25は,甘みをほとんど感じさせない「トレハロース」を用いたケーキミックスを開示しているのであって,両者の「ケーキミックス」は,技術的思想の全く異なるものである。
(2) 甲28は,本件発明の対象品を開示していないから,甲25が甲26のケーキミックスから得られるところのケーキを開示しているとしても,これに甲28を組み合せる動機付けが存在しない。甲28は,「乾燥による蛋白の変性から食品を保護する方法」を開示したものであるが,そこには,従来技術として,しょ糖(砂糖)を卵に投入することにより,卵たん白の乾燥による熱変性を防止し,かつ,水に戻したときケーキ作りに大切な「泡立ち」を生卵での「泡立ち」のように起こさせることができるが,しょ糖を卵に加えているために強烈に甘くなってしまい,ケーキ類や菓子類の材料としては良いが,その他の用途には使えないと記載している。すなわち,乾燥卵を使った食品のうち,「ケーキ類」や「菓子類」については,課題は既に解決されているのであり,引用発明4の発明の対象ではない。甲28は,「ケーキ類・菓子類以外の食品」であるヨークシャープディングが本物の卵を使って得られる通常のヨークシャープディングに比較して食感に差があるか否かが目的である引用発明4を開示している以上,長期間保管しておいて作り立ての風味を保持するか否かの技術的思想とは無縁の文献である。甲25は,食品や医薬品をいかにして第三世界に供給するかということを主題にしたA博士の研究を開示しているのであって,コンプリートケーキミックスを用いてケーキを焼き,作りたての風味が長期間にわたって持続するか否かを開示することなどあり得ない。第三世界へ乾燥食品として輸送できるということで研究目的を達成しているのであるから,かえって,「作り立ての風味の保存性」を考えなくてもよいということを強く示唆さえしているということができる。したがって,「作り立ての風味の保持」をむしろ考えなくてもよいとする甲25を,この「作り立ての風味保持」とは無縁な甲28と組合わせる動機付けが明らかに存在するという原告の主張は,失当である。
3 取消事由3(旧36条5項2号違反の記載不備についての判断の誤り)について 本件明細書(甲21添付)には,本件発明の目的は,天然の糖類であるトレハロースを含有せしめることで,作りたての風味が長持ちする焼き菓子の製造方法を提供すること(段落【0001】)であり,その構成はα,αトレハロースを焼き菓子の原料混合時に原料の総重量に対し0.1重量%以上含有させること(段落【0003】,【0006】)であり,得られる効果は,上記目的に沿った焼き菓子の風味保持であることが記載されている。したがって,「α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上」という構成に係る技術的意義が不明であるということはできない。
本件明細書の実施例1のような米菓の原料配合には,加水量を明記しないのが一般的であり,そのような慣例にならって,実施例1には加水量が表記されていない。水の重量が記載されていないことをもって,発明の構成に必須の要件が特許請求の範囲に記載されていないことにはならない。実施例1のα,αトレハロースの総原料中の含量は,実施例1の表から算出され,小数点以下1桁まで表示すると0.1重量%となるのである。このように,実施例1を含め,実施例1〜7は,正しくα,αトレハロースを0.1重量%以上含有しているのであり,この0.1重量%以上の量のα,αトレハロースを,焼き菓子の原料の総重量に対し混合することにより,作りたての焼き菓子の風味を長期間維持するという優れた効果が達成されるのであり,「0.1重量%以上」には,臨界的意義がある。
4 取消事由4(旧36条5項1号及び同条4項違反の記載不備についての判断の誤り)について 本件明細書(甲21添付)の段落【0004】に記載の「トレハロース」は,「α,βトレハロース」,「β,βトレハロース」ではなく,「α,αトレハロース」のことであると解するのが相当である。また,本件明細書は,当業者が容易に実施することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されていることは上記のとおりであり,旧36条4項の要件を満たしている。
5 取消事由5(特許法120条の4第3項で準用する同法126条3項違反についての判断の誤り)について 当初明細書(甲46)の実施例における「トレハロース」は,「α,αトレハロース」のことであると解するのが相当である。
6 取消事由6(本件補正が当初明細書の要旨を変更するものではないとした判断の誤り)について 本件明細書(甲21添付)の実施例は,すべてその配合成分が「g」で表記されており,当業者は,「%」を正しく「重量%」と理解し,「体積%」,「重量/体積%」と理解することはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明の引用発明1に対する新規性の判断の誤り)について (1) 審決は,無効理由5のうち,本件発明は,甲39供述書の記載を踏まえると,引用発明1と同一であるとの新規性に係る請求人(原告)の主張について,「甲第16号証(注,甲39供述書)に係る供述を加味しても,本件発明1及び本件発明2は,甲第12号証(注,本訴甲25)に記載された発明(注,引用発明1)である・・・とは到底いうことができない」(審決謄本10頁第2段落)と判断した。これに対して,原告は,審決は,本件発明1,2の構成要件と引用発明1との対比を行っていないから,両者の一致点及び相違点についての審決の認定,判断は,全く不明であるが,甲26〜28の記載及び甲39供述書の供述を踏まえると,甲25には,α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む本件発明が列挙する菓子類が記載されているに等しいから,本件発明は,引用発明1と同一というべきであると主張する。
(2) そこで,引用発明1について検討すると,甲25には,「今日食品工業界が直面している最大の挑戦の一つは,品質を低下させることなく食品を保存することである。糖類のトレハロースによる天然の保護機構は保存に関わる問題解決の鍵となるであろう。天然保存料 食品の安定性と安全性は,食品工業界に於いて長年に亙って物理的あるいは化学的な保存方法が採用されてきた主要な研究である。・・・生体物質はどの様にして障害なしに乾燥を生き延びているのであろうか?これが,A博士を魅了した問題である。単純な二糖類であるトレハロースは,普通に存在し,全ての休眠生物で見出されている」(訳文1頁第1段落〜2頁第1段落),「トレハロースは無毒でカロリーのある二糖類で,キノコ,蜂蜜,ある種の穀物,ブラインシュリンプやパン酵母で見出されている」(同2頁第3段落),「トレハロースは口内でわずかな清涼効果をもつものの,甘味を殆ど感じさせないため風味にはわずかしか影響しない」(同頁第4段落),「現在,トレハロースは,パン酵母から抽出されており,試験研究用試薬としてのみ利用可能である」(同4頁第1段落),「トレハロースは食品の風味に殆ど影響しないので,数々の食品の保存に使用することができる。B社は,牛乳,卵,トマトピューレで成功している。A博士は,新鮮な牛乳はトレハロースを用いて乾燥することが可能であり,ひとたび再構成されると,乾燥される前の材料と同じ特性を示すと言っている。牛乳蛋白は,完全なままで残っているので,再構成された粉末を加熱すれば,表面に変性した蛋白質の膜が形成される。蛋白の変性防止は,再構成時に良い品質を得るための鍵である。そして,これは卵の乾燥にも当てはまる」(同頁第4段落〜第5段落),「高エネルギー乾燥食品もまた,トレハロースにより安定化できる,カロリー価の利用,例えば,牛乳,卵及び新鮮果実の調製品は,高エネルギー飲料のベースとすることができる」(同頁第7段落),「C社は,現在の乾燥食品の幾つかに対する良くないイメージが,技術を発展させる最大の障壁となっていると考えている。質の良さ及び簡便さがよりよい製品群を提供する鍵であり,卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスは,ニーズに応じた製品となりうる。蛋白質の構造が保持されていることから,機能も保たれており,通常の柔らかい組織と褐変の発現が導かれるからである」(同5頁第2段落〜第3段落)との記載があり,上記記載によれば,甲25には,α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスが開示されていることが明らかである。
そして,甲26には,「プレミックスとは『Prepared Mix』の略語で,日本プレミックス協会によれば,『ケーキ,パン,惣菜などを簡便に調理できる調整粉で,小麦粉等の粉類(澱粉を含む)に糖類,油脂,粉乳,卵粉膨張剤,食塩,香料などを必要に応じて適正に配合したもの』と定義づけている」(56頁第1段),「プレミックスは次第にその使用のメリットが認識され,また品種も豊富となり,一般家庭をはじめ,製パン・製菓業界,飲食業界,総菜業界に広く使用されるようになった」(同頁第1段〜第2段),「プレミックスは通常,水,卵,イースト等を添加するだけで簡便に調理できることが特徴であるが,近年アメリカにおいては,商品種類の多様化(油脂高配合品,バラエティ・ブレッドの出現),量産向け適合製品の要望(中種法適合ミックス),経済性の追求等の理由により,便用時に小麦粉,油脂,砂糖を添加するタイプのプレミックスが登場した。すなわち使用法別のタイプで,次の三種に分類することかできる。(イ)Complete Mix(完全ミックス)」(58頁第3段〜第4段),「(イ)コンプリート・ミックス……イーストと水さえ添加すればよいように,パンを作るに必要な全資材を混合したもの・・・現在,わが国で市販されているプレミックスのほとんどはコンプリート・ミックスであり,一種類のプレミックスを使用して商品のバラエティ化を計る場合や自店の特徴を打ち出す場合にのみ,使用者側で若干の原材料を加えているのが実情である」(61頁第1段)との記載があり,上記記載によれば,「コンプリートケーキミックス」からケーキ,パン,惣菜などを調理することは,本件特許出願当時,周知であったことが認められる。また,甲27には,「本発明は従来知られているケーキミックス全般に適用可能であるが,代表例を挙げればホットケーキミックス・・・などである。本発明のケーキミックスを製造するに当っては砂糖を除く通常のミックス原料に前述の各成分を添加し,これを適宜の方法により攪拌混合して均一ならしめればよく,その製法は従来のケーキミックスとなんら変ることがない。以下実施例によって本発明を更に詳しく説明する。・・・上記諸原料を回転混合翼をもつ混合機にて数分間混合して本発明のホットケーキミックスを得た。
このミックス100重量部に水80重量部を加えて攪拌し,170°のホットプレート上に流して焼成した」(3頁左下欄〜右下欄)との記載があり,同記載によれば,ケーキミックスの代表的な調理方法として,焼成するという方法が,本件特許出願当時,周知であったことが認められる。
そうすると,上記周知の事実を勘案すれば,甲25には,α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調理される,焼成されたケーキ類が開示されていることが明らかである。
(3) 他方,本件発明は,特許請求の範囲の記載が上記第2の2のとおりである。したがって,本件発明と引用発明1とを対比すると,両者は,α,αトレハロースを含む,焼成されたケーキ類であるという点で一致し,本件発明においては,α,αトレハロースの含有量を「原料の総重量に対して0.1重量%以上含む」のに対し,引用発明1においては,含有量が明らかでない点で一応相違すると認められる。
ところで,発明の要旨に数値の限定を伴う発明において,その数値範囲が先行発明の数値範囲に含まれる場合であっても,その数値限定に格別の技術的意義が認められるとき,すなわち,数値限定に臨界的意義があることにより当該発明が先行発明に比して格別の優れた作用効果を奏するものであるときは,その発明は先行発明に対して新規性を有するが,そうでないときは,新規性を有しないというべきである。しかしながら,審決は,本件発明が引用発明1に対して新規性を肯定するに当たって,上記一応の相違点,すなわち,本件発明のα,αトレハロースの含有量を「原料の総重量に対して0.1重量%以上含む」との数値限定の格別の技術的意義(臨界的意義)を検討していないことが,その説示自体から明らかである。
発明の奏する作用効果は,明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されるべきものであるから,発明の要旨に数値上の限定を伴う発明が上記の意味において新規性を有するかどうかを判断するに当たっては,発明の詳細な説明の記載事項に基づいて検討するべきところ,本件明細書(甲21添付)には,「本発明では,トレハロースを原料混合時に添加し,好ましくは全配合量の0.1%以上混合時に加えることにより,・・・」(段落【0003】)及び「添加量は全原料混合物中0.1%以上とするのが好ましい」(段落【0006】)との記載とともに,トレハロースを0.1重量%以上含有する実施例が記載され(例えば,実施例2では,0.20重量%,実施例3では,1.06重量%,実施例4では0.55重量%,実施例5では1.04重量%,実施例6では0.78重量%,及び実施例7では1.48重量%のトレハロースを含む。),それぞれの実施例で風味が優れていたとの作用効果が奏される旨記載されている。審決は,無効理由1(旧36条5項2号違反)の判断の箇所においてではあるが,上記事実を認定した上,「請求人(注,原告)は,『本件特許発明における「0.1重量%以上」という限定には何ら臨界的な意味のないことは明らかである。』・・・と主張しているが,進歩性に対する主張としてはともかく,明細書の記載という観点からは,該数値に『臨界的意義』は問われないというべきである」(審決謄本4頁「1.無効理由1について」の項の第4段落)と説示している。もっとも,審決は,上記(1)のとおり,甲39供述書の記載を踏まえて判断するとした上,「甲第16号証(注,甲39供述書)の(b)には,『A特許(甲第15号証〔注,本訴甲28〕)の実施例2及び5ではっきりと示されているように,ヨークシャープディングバッター(batter)や炒り卵は,トレハロースを使用して乾燥された粉末卵を配合しており,生卵を使用して焼成した際に得られるものと実質的に同様の好ましい香りや味を示した。』と記載されているところ,甲第15号証の『実施例5』には,トレハロースにつき『顕著な違いは香りと味である。』との記載はあるが,これは『炒り卵』に調製したときの評価であって,『ヨークシャープディングバッター』に関するものではない。そして,実施例2には,『ヨークシャープディングバッター』から調製した『プディング』では,トレハロースを含むサンプルは,嵩が増加し形も均質であったことは記載されているものの,『香りや味』については言及されていない。そうすると,甲第15号証の実施例でヨークシャープディングバッターから調製したプディングに関し『実質的に同様の好ましい香りや味を示した。』との供述は何ら裏付けのないものであり,更に,甲第16号証には,(a)に『焼成食品の好ましい香りや味を,焼成後及び保存時においても,長期間保持することができた。』,(b)に『これらの示された香りや味は,焼成後の保存時において持続した。』,(c)に『この優れた香りと味は,焼成後及び保存時において比較的長い期間持続する。』,及び(d)に『長く続く優れた香りや味を保存時において比較的長い期間示した。』と供述したとの記載があるものの,『香りや味を長期間保持する』という事項に関して,甲第12号証乃至甲第15号証(注,本訴甲25〜28)に教示するところが全くないことに照らし,この事項は,本件出願前にA博士が認識していた知見であるとは確認できない」(同9頁第2段落〜10頁第1段落)と説示しているが,甲39供述書におけるA博士の供述の信用性について判断したものにすぎず,本件発明の上記数値限定に臨界的意義があることを示したものということはできない。
(4) したがって,本件発明の引用発明1に対する新規性を肯定した審決の判断は,誤りというほかなく,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,原告の取消事由1の主張は理由がある。
2 よって,その余の点について判断するまでもなく,審決は取消しを免れず,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴