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事件 平成 29年 (行コ) 10002号 処分取消請求控訴事件

控訴人ザ ボードオブ トラスティーズ オブ ザ レランドスタンフォー ド ジュニアユニバーシティー
同訴訟代理人弁護士 中野浩和
被控訴人国 処分行政庁特許庁長官
同 指定代理人安岡美香子 齋藤聡史 近野智香子 小野和実 安原文香
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/12/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を130日と定める。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 特許庁長官が国際特許出願(特願2013-527133号)について平成28年3月28日付けでした,同年1月7日付け提出の「特許協力条約に基づく規則82の3.1による請求書」に係る手続却下処分を取り消す。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
1 本件は,国際特許出願をした控訴人が,被控訴人に対し,条約規則82の3.1による請求書につき,指定期間経過後に提出されたものであることを理由に特許庁長官がした却下処分が違法であると主張して,その取消しを求める事案である。
原審は,特許庁長官が本件指定期間を延長せずに本件却下処分を行ったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があったと認めることはできず,本件却下処分は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。
そこで,控訴人が,原判決を不服として控訴した。
2 前提事実 以下のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決5頁4行目の「平成23年8月25日」の後に「(以下「当初の国際出願日」という。)」を付加する。
? 原判決5頁18行目の「特許法施行規則」を「特許法施行規則(平成24年経済産業省令第65号による改正前のもの。以下同じ。)」と改める。
? 原判決6頁17行目ないし18行目の「本件拒絶理由書」を「本件拒絶理由通知書」と改める。
3 争点 2 本件却下処分について,特許庁長官の裁量権の逸脱又は濫用があるか。
争点に関する当事者の主張
以下のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
〔控訴人の主張〕 本件却下処分について,特許庁長官の裁量権の逸脱又は濫用があるか否かを判断するに当たっては,以下の点についても考慮,重視して判断するべきである。
1 出願人の責めに帰することができない理由 特許出願人の代理人(以下「出願代理人」という。)たる弁理士や特許業務法人は,単なる履行補助者ではなく,工業所有権に係る手続の円滑化を図り,無用の手続の遅滞を避け,国民が迅速,的確に権利を取得できるようにするという,工業所有権制度の補助者としての性質を有する。したがって,出願代理人の過失を出願人の過失と同視するべきではなく,出願人による出願代理人の選任・監督につき過失があるとはいえないなどの事情がある場合には,出願人の責めに帰することができない理由があるというべきである。
本件では,平成25年9月24日付けで,特許庁長官から,@本件国際特許出願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定する旨の暫定的結論,A当初の国際出願日である同年8月25日を本件国際特許出願の国際出願日と認定するためには,「引用による補充」がなかったとする旨の条約規則82の3.1による請求書(以下「条約規則に基づく請求書」という。)を本件指定期間内に提出することができること,が記載された本件通知書を受信した控訴人の出願代理人が,控訴人に対し,上記暫定的結論だけを連絡し,上記請求書を提出できることや,本件指定期間が存在することを連絡しなかったため,控訴人は,本件指定期間内に本件請求書を提出することができなかったものである。なお,控訴人の出願代理人が,控訴人に対し,上記請求書が提出できる旨を連絡しなかったのは,当初の国際出願日が本件国際特許出願の国際出願日と認定されなくても構わない旨, 3 控訴人から承諾を受けていたものと勘違いしていたためである。
このように,控訴人には,本件指定期間の存在を認識することに関し,出願代理人の選任・監督に過失があったものというべき事情はなく,出願代理人が控訴人に対して条約規則に基づく請求書を提出できることを知らせなかったことをもって,控訴人の責めに帰することができない理由があるといえないとすることは,控訴人に対して酷に過ぎる。したがって,本件指定期間内に本件請求書を提出しなかったことについて,控訴人の責めに帰することができない理由があるというべきである。
2 客観的な事実から認められる控訴人の意思 国際出願における外国語特許出願では,外国語の明細書,特許請求の範囲,図面,図面の説明及び要約ではなく,それらの翻訳文が,日本国移行に係る出願とみなされる(特許法184条の6第2項)。そのため,控訴人が本件欠落部分の翻訳文を提出していないという客観的な事実から,控訴人は,本件欠落部分を日本国移行に係る出願から除外する意思であったこと,すなわち,「引用による補充」をした内容を優先させるのではなく,当初の国際出願日を優先させる意思であったことが分かる。
また,控訴人は,控訴人の出願代理人から平成25年4月3日に送信された電子メール(甲41)に,@特許庁は「引用による補充」を認めているので,本件欠落部分の翻訳文を提出すべきであること,Aしかし,本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,本件国際特許出願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく同年9月29日に繰り下がることが記載されていたため,本件欠落部分の翻訳文を提出しない場合には当初の国際出願日が繰り下がらないものと理解し,本件欠落部分の翻訳文を提出しなかった。
このような事情からしても,仮に,控訴人が,控訴人の出願代理人から,当初の国際出願日が繰り下がることを避けるためには,条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出することが必要であると知らされていたならば,本件指定期間内に本件請求書を提出していたであろうことは,客観的に明らかである。
4 〔被控訴人の主張〕 1 出願人の責めに帰することができない理由について 控訴人は,本件国際特許出願に係る一切の手続を行わせるため,本邦の弁理士を特許管理人として選任したのであるから,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出しなかったことに関し,その責めに帰することができない理由があるか否かについても,特許管理人について判断されるべきである。控訴人の特許管理人は,本件通知書を受領し,その内容を了知したのであるから,その権限に基づいて,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出することに何ら障害はなかったにもかかわらず,これを提出しなかったものであり,控訴人の責めに帰することができない理由がないことは,明らかである。
2 客観的な事実から認められる控訴人の意思について 控訴人の主張は,原審における主張の繰り返しか,控訴人独自の見解を述べるにすぎず,理由がないことは明らかである。
当裁判所の判断
当裁判所も,特許庁長官が本件指定期間を延長せずに本件却下処分を行ったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があるということはできず,本件却下処分に違法はないから,控訴人の請求は棄却すべきものであると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 認定事実 前記前提事実(引用に係る原判決第2の1?)に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件却下処分に至る経緯について,以下の事実が認められる。
? 控訴人は,平成25年2月27日,日本国の弁理士3名を特許管理人として,特許庁長官に対し,特許法184条の5第1項所定の国内書面を提出した。(乙6) ? 控訴人の特許管理人は,同年3月28日,本件国際出願に係る控訴人の米国代理人である弁理士(以下「米国代理人」という。)に電子メールを送信し,@本件欠落部分の翻訳文を提出するべきか否かを知らせてほしいこと,A本件欠落部分 5 の翻訳文を提出した場合には,国際出願日が当初の国際出願日(平成23年8月25日)から同年9月29日に変わるため,優先権の利益を得ることができないこと,B国際出願日が変更されてはならない場合には,本件欠落部分の翻訳文を提出するべきではないこと,などを連絡した。(甲39) ? 控訴人の特許管理人は,平成25年4月3日,控訴人の米国代理人から,条約規則では,不注意により脱漏した情報(優先権主張の対象である最初に出願された米国特許書類の一部)の追加を許しているのに,日本はなぜそれに従わないのかとの質問を電子メールで受けたのに対し,@特許庁は「引用による補充」を認めているので,本件欠落部分の翻訳文を提出すべきであること,Aしかし,本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,本件国際特許出願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく同年9月29日に繰り下がること,Bこの点に関して審査官と面談を済ませている旨,電子メールで回答した。(甲40,41) ? 控訴人の特許管理人は,平成25年4月8日,控訴人の米国代理人に電子メールを送信し,控訴人の米国代理人から本件欠落部分を翻訳すべきでないとの指示を受けたと理解している旨,連絡した。控訴人の特許管理人は,同月30日,特許庁長官に対し,特許法184条の4第1項所定の明細書等の翻訳文を提出したが,本件欠落部分については翻訳文を提出しなかった。(甲8,42) ? 特許庁長官は,平成25年9月24日,控訴人の特許管理人に対し,本件通知書を発送し,控訴人の特許管理人は,その頃,本件通知書を受領した。本件通知書には,@本件国際特許出願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定するので,国際出願時に主張している優先権の主張は,優先日から12箇月の経過をもって失効すること,A上記@について意見がある場合には,本件指定期間内に意見書を提出してほしいこと,B本件国際特許出願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の 6 明細書の全文を手続補正書により提出してほしいこと,C条約規則に基づく請求書を提出した場合には,本件国際特許出願の国際出願日を当初の国際出願日である平成23年8月25日と認定すること,が記載されている。(甲7) ? 控訴人の特許管理人は,平成25年10月23日,控訴人の米国代理人に電子メールを送信し,@近頃,特許庁から,本件国際特許出願に関する通知を受け取ったこと,A特許庁は,国際出願日が平成24年10月1日より前であるPCT出願については,条約規則20.6の適用を受けることができないとしており,本件国際特許出願の国際出願日は,特許庁により平成25年(判決注:平成23年の誤記と認める。)9月29日であると認定されている旨を連絡した。なお,控訴人の特許管理人は,「引用による補充」によって当初の国際出願日が繰り下がることについて,既に控訴人の米国代理人と話がついているとの認識を有していたため,上記電子メールを送信する際に,本件通知書の内容を詳細に記載することはせず,当初の国際出願日を維持するためには条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出する必要がある旨を記載しなかった。(甲45,47,48) ? 控訴人は,本件指定期間内に,控訴人の特許管理人に対し,前記?Aの意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示しなかった。そのため,控訴人の特許管理人は,本件指定期間内に,特許庁に対し,上記意見書及び請求書を提出しなかった。
2 本件却下処分の違法性 ? 特許法施行規則38条の2の2の趣旨 原判決11頁26行目の「平成19年経済産業令第26号による改正後の特許法施行規則」を「特許法施行規則」と改めるほか,原判決11頁26行目冒頭から13頁2行目末尾までのとおりであるから,これを引用する。
? 指定期間内に本件請求書を提出しなかった経緯 前記1認定のとおり,控訴人の特許管理人は,特許庁長官から本件通知書を受領しており,本件通知書の記載内容から,@特許庁が本件国際特許出願の国際出願日 7 を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定したこと,A上記@について意見がある場合には,本件指定期間内に意見書を提出する必要があること,B本件国際特許出願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出する必要があること,C条約規則に基づく請求書を提出した場合には,本件国際特許出願の国際出願日を当初の国際出願日である平成23年8月25日と認定することを認識していたものであるが,「引用による補充」によって当初の国際出願日が繰り下がることについて,既に控訴人の米国代理人と話がついているとの認識を有しており,控訴人からも,本件指定期間内に,上記Aの意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示を受けなかったため,本件指定期間内に上記Aの意見書や条約規則に基づく請求書を提出せず,本件指定期間の満了日から2年以上経過した後になって,本件請求書及び本件指定期間の延長を求める上申書を提出したものである。
? 裁量権の逸脱又は濫用の有無 前記?に認定した特許法施行規則38条の2の2の趣旨及び前記?に認定した本件指定期間内に本件請求書を提出しなかった経緯に照らせば,控訴人が米国所在であることを考慮しても,このような場合まで,特許庁長官が本件指定期間を延長して条約規則に基づく請求書の提出を認めるべきであったものとはいえず,そのほかに,控訴人の責めに帰することができない理由によって,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出することができなかったと認められるなどの事情は認められない。
したがって,特許庁長官が本件指定期間を延長せずに本件却下処分を行ったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があったものということはできない。
? 小括 以上のとおり,特許庁長官が本件指定期間を延長しなかったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があったものということはできない。そうすると,本件請求書は,本件指定期間の経過後に提出された不適法なものであり,その補正をすることがで 8 きないものである。
よって,本件請求書に係る手続は,「不適法な手続であって,その補正をすることができないもの」(特許法18条の2第1項本文)に該当するから,同条項に基づいてされた本件却下処分は,適法である。
? 控訴人の主張について ア 控訴人は,引用に係る原判決第2の2(原告の主張)のとおり,控訴人の利益及び信頼や,第三者の利益,今日の実務への影響などを考慮すれば,本件却下処分は,特許庁長官の裁量権を逸脱又は濫用してされた違法な処分である旨主張する。
しかし,特許法施行規則38条の2の2の趣旨及び指定期間内に本件請求書を提出しなかった経緯等に鑑みると,控訴人の責めに帰することができない理由によって,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出することができなかったと認められるなどの事情は見当たらず,特許庁長官が本件指定期間を延長せずに本件却下処分を行ったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があったものということはできないことは,前記?のとおりである。
イ 控訴人は,出願代理人の過失を出願人の過失と同視するべきではなく,本件指定期間内に本件請求書を提出しなかったことについて,控訴人の責めに帰することができない理由がある旨主張する。
しかし,特許権者は,特許出願について,特許権者自身が自ら又は雇用関係にある被用者に命じて行うほか,第三者に委任して行うこともできるところ,特許権者は,いずれの形態を採用するか,また第三者に委任する場合にいかなる者を選任するかについて,自己の経営上の判断に基づき自由に選択することができるものである。そして,特許権者が,自らの判断に基づき,第三者に委任して特許出願に係る手続を行わせることとした以上,委任を受けた第三者にその責めに帰することができない理由があるといえない状況の下で,特許庁長官の定めた条約規則に基づく請求書を提出すべき指定期間を徒過した場合には,当該出願人について,その責めに帰することができない理由があるとはいえないと解すべきである(最高裁昭和31 9 年(オ)第42号同33年9月30日第三小法廷判決・民集12巻13号3039頁参照)。控訴人の上記主張は,その前提を誤るものであり,採用できない。
ウ 控訴人は,本件却下処分について,特許庁長官の裁量権の逸脱又は濫用があるか否かを判断するに当たっては,控訴人が本件指定期間内に請求書を提出すべきであることを具体的に認識していたのであれば,手続をしたであろうことが客観的に認められることについても考慮,重視して判断するべきである旨主張する。
しかし,特許法施行規則38条の2の2の趣旨及び指定期間内に本件請求書を提出しなかった経緯等に鑑みると,控訴人の責めに帰することができない理由によって,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書を提出することができなかったと認められるなどの事情は見当たらず,特許庁長官が本件指定期間を延長せずに本件却下処分を行ったことについて,裁量権の逸脱又は濫用があったものということはできないことについては,前記?のとおりである。控訴人の主張する上記事実は,上記認定を左右するものではなく,同主張は採用できない。
3 結論 よって,控訴人の請求は理由がなく,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮