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関連審決 無効2014-800118
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事件 平成 28年 (行ケ) 10157号 審決取消請求事件

原告 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
訴訟代理人弁護士 田中千博 小林幸夫 弓削田博 河部康弘 藤沼光太 神田秀斗 弁理士 三枝英二 中野睦子 宮川直之
被告 ジェイケースクラロース インコーポレイテッド
訴訟代理人弁護士 小笠原耕司 片倉秀次 田村有加吏 山崎臨在 弁理士 稲葉良幸 赤堀龍吾 1北谷賢次
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/07/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2014−800118号事件について平成28年6月10日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨
事案の概要
本件は,特許無効審判請求に基づいて特許を無効とした審決の取消訴訟である。
争点は,訂正要件に係る判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成9年2月12日,名称を「酸味のマスキング方法」とする発明につき,特許出願(特願平9-27626号)をし(以下「本件出願」という。,平成 )19年2月16日,特許登録を受けた(特許第3916281号〔請求項の数は2である。。甲33。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許の設定登録時 〕の明細書を「本件明細書」という。。
) 被告は,平成26年7月9日,本件特許の全ての請求項を無効にすることについて特許無効審判を請求した(無効2014-800118号。甲53)これに対し, 。
原告は,平成27年11月30日,訂正請求(以下「本件訂正」という〔本件訂正後の請求項の数は3である。。
〕)をした(甲56,57)。
2 特許庁は,平成28年6月10日,本件訂正は特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項又は6項の規定に適合せず認められないとした上,本件特許を無効とするとの審決(以下「本件審決」という。 をし, ) その謄本は,同月20日,原告に送達された。これに対し,原告は,同年7月14日,本件訂正の可否のみを争って,本件審決取消訴訟を提起した。
2 本件訂正発明及び本件発明の要旨 本件訂正後の本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下,請求項の番号に従って順に「本件訂正発明1」のようにいい,これらを併せて「本件訂正発明」という。)並びに本件訂正前の本件特許の請求項1及び2に係る発明(以下,順に「本件発明1」及び「本件発明2」といい,これらを併せて「本件発明」という。)の各特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
(1) 本件訂正発明(甲56。なお,下線は訂正箇所を示す。)【請求項1】 醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品に,スクラロースを該製品の0.0028〜0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。
【請求項2】 クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料に,スクラロースをその甘味を呈さない範囲で且つ0.00075〜0.003重量%の量で添加することを特徴とするクエン酸含有飲料の酸味のマスキング方法。
【請求項3】 コーヒーエキスを含有する飲料に,スクラロースを,極限法で求めた甘味閾値の1/100以上0.0013重量%以下の量で添加することを特徴とする該飲料の酸味のマスキング方法。
(2) 本件発明(甲33)【請求項1】 3 醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品,又はコーヒーエキスを含有する製品に,スクラロースを該製品の0.000013〜0.0042重量%の量で添加することを特徴とする酸味のマスキング方法。
【請求項2】 クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品に,スクラロースを0.0000075〜0.003重量%の量で添加することを特徴とするクエン酸含有製品の酸味のマスキング方法。
3 審決の理由の要点 (1) 本件審決の判断の概要等 本件審決は,本件訂正が特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項又は6項の規定に適合せず認められないとした上,本件発明は,@ 本件特許出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり(無効理由1) A特許を受けよ ,うとする発明が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないことから特許法36条6項1号に規定する要件を満たしておらず,また,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がこれらの特許発明実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから,特許法36条4項に規定する要件を満たしておらず(無効理由3及び4) B , 平成18年12月15日付け手続補正書における補正は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしておらず(無効理由6),以上によれば,本件特許は無効とすべきものであると判断した。
これに対し,原告は,本件訂正が認められるべきであるにもかかわらず,審決はこれを認めなかったのであるから,この点が違法であるとして,当審においては,本件訂正に関する取消事由のみを主張し,その他の無効理由に係る取消事由については主張しないと陳述した(平成28年7月25日付け原告第1準備書面の第2参照)。
(2) 本件訂正による訂正事項 4 本件訂正の内容は,次のとおりである。
ア 訂正事項1 特許請求の範囲の請求項1の「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品,又はコーヒーエキスを含有する製品に」を「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品に」に訂正し,また,「スクラロースを該製品の0.000013〜0.0042重量%の量で添加する」を「スクラロースを該製品の0.0028〜0.0042重量%の量で添加する」に訂正し,さらに,「酸味のマスキング方法」を「該製品の酸味のマスキング方法」に訂正する。
イ 訂正事項2 特許請求の範囲の請求項2の「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品に」を「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料に」に訂正し,また,「スクラロースを0.0000075〜0.003重量%の量で添加する」を「スクラロースをその甘味を呈さない範囲で且つ0.00075〜0.003重量%の量で添加する」に訂正し,さらに,「クエン酸含有製品」を「クエン酸含有飲料」に訂正する。
ウ 訂正事項3 特許請求の範囲に新たに,次の請求項3を設ける。
【請求項3】 コーヒーエキスを含有する飲料に,スクラロースを,極限法で求めた甘味閾値の1/100以上0.0013重量%以下の量で添加することを特徴とする該飲料の酸味のマスキング方法。
エ 訂正事項4 本件明細書の【0007】1行目以下の「高甘味度甘味剤は,微量で甘味を呈する天然又は合成の甘味剤を意味する。具体的には,天然のものとしてソーマチンやステビア又は甘草等の植物からの抽出物,合成の高甘味度甘味剤としてスクラロース,アスパルテーム,サッカリン又はアセスルファームK等が挙げられる。本発明 5 においては,これらのうちステビア抽出物,スクラロース又はアスパルテームの単独又は2種以上の混合物の使用が好ましい。」を「スクラロースは,微量で甘味を呈する合成の高甘味度甘味剤である。」に訂正する。
オ 訂正事項5 本件明細書の【0008】4行目の「同一の高甘味度甘味剤でも」を削除する。
カ 訂正事項6 本件明細書の【0008】8行目の「高甘味度甘味剤の種類に拘わらず,」を削除する。
キ 訂正事項7 本件明細書の【0009】1行目の「1又は2種以上の高甘味度甘味剤」並びに本件明細書の【0004】2及び3行目,本件明細書の【0009】2,4ないし6行目,本件明細書の【0010】1行目及び本件明細書の【0012】1及び2行目に,それぞれ記載されている「高甘味度甘味剤」を「スクラロース」に訂正する。
ク 訂正事項8 本件明細書の【0015】5及び6行目の「又はSKスイートZ-3(酵素処理ステビア 日本製紙株式会社製)0.005部」を削除する。
ケ 訂正事項9 本件明細書の【0016】3及び4行目の「,又はハイステビア500(ステビア抽出物 池田糖化工業株式会社製)0.013部」を削除する。
コ 訂正事項10 本件明細書の【0016】6行目の「又はステビア抽出物」の記載を削除する。
サ 訂正事項11 本件明細書の【0017】5行目の「,又はアスパルテーム0.005部」の記載を削除する。
(3) 本件訂正の可否に係る判断 6 本件審決の判断のうち,本件訂正の可否に係る判断の要旨は,次のとおりである。
ア 請求項1に係る訂正について(訂正事項1,4〜7,9〜11) 本件明細書には,「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロースの添加量(以下「スクラロース添加量」という。)の下限値が「0.0028重量%」であることは記載されていない。具体的には,本件明細書の実施例2(【0016】)では,スクラロースを添加していないピクルスに比べて酸味がマイルドで嗜好性の高いピクルスに仕上がった旨記載されるとともに,スクラロースの濃度(以下「スクラロース濃度」という。)が「0.0028重量%」であると記載されている。しかしながら,当該濃度は,ピクルスを漬けるための調味液におけるスクラロース濃度にすぎず,調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせて漬けた後には,きゅうりからどの程度の水分が浸透圧で排出されるか,また,スクラロースがどの程度きゅうりに浸透するかなど不明であるから,酸味がマイルドになったピクルスのスクラロース濃度は不明である。そうすると,上記「0.0028重量%」が「ピクルス」のスクラロース添加量であるとみなすことはできない。
また,本件明細書には3つの醸造酢を含む実施例2ないし4(【0016】ないし【0018】)が記載されているものの,それぞれ異なった製品であって,これらの酸味の種類,強度等は同じとはいえず,甘味閾値及び酸味をマスキングするのに必要とされるスクラロース添加量には違いがある。そのため,ピクルスに係る1実施例のスクラロース添加量を,「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」のスクラロース添加量の下限値とする根拠はない。
したがって,本件明細書の記載から,「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロース添加量の下限値が「0.0028重量%」であることを導くことはできないから,訂正事項1は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5 7 項の規定に適合しない。
イ 請求項2に係る訂正について(訂正事項2,4〜7) 本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることは記載されていないし,スクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることも記載されていない。具体的には,本件明細書の試験例1(【0011】ないし【0013】)には,クエン酸(結晶)0.1%及び0.3%水溶液のスクラロースの甘味閾値がそれぞれ0.00075%及び0.003%であることが記載されているものの,上記各水溶液は,クエン酸濃度に応じた甘味閾値を調べるためにスクラロースを添加したものであるから,当該各水溶液が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」を示唆するものではない。また,試験例2(【0014】)には,スクラロースの甘味閾値の程度を示すために「オレンジ果汁飲料」の甘味が比較対照されているものの,「オレンジ果汁飲料」は酸味のマスキングを行う対象として記載されているものではない。そうすると,本件明細書の試験例1及び2からは,酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることを読み取ることはできない。
また,スクラロース添加量である「0.00075」重量%は,上記のとおり,クエン酸0.1%水溶液におけるスクラロースの甘味閾値であって,「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」の酸味をマスキングするスクラロース添加量の下限値ではない。
したがって,本件明細書の記載から,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であること及びスクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることを,それぞれ導くことはできないから,訂正事項2は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しない。
8 ウ 請求項3に係る訂正について(訂正事項3〜8) 本件訂正後の「甘味閾値の1/100」の量は,訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになり,また,本件明細書には,「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることは記載されていない。
具体的には,スクラロース添加量の下限値についてみると,本件訂正前の下限値「0.000013重量%」は,実施例1(【0015】)の「缶コーヒー(砂糖未使用)」に係るスクラロース添加量「0.0013重量%」の1/100の量であるところ,「0.0013重量%」は,「缶コーヒー(砂糖未使用)」においては甘味の閾値以下の量であるとしても,甘味の閾値は「製品中の酸味の種類あるいは強弱,塩味あるいは苦味などの他の味覚又は製品の保存あるいは使用温度などの条件により変動する」【0008】 ( )ものであるから,「コーヒー飲料」における甘味閾値以下の量であるとは必ずしもいえない。そうすると,「0.0013重量%」より甘味閾値が小さい「コーヒー飲料」においては,「甘味閾値の1/100」の量は,訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになる。したがって,スクラロース添加量の下限値を「0.000013重量%」から「甘味閾値の1/100以上」とする訂正は,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものである。
また,スクラロース添加量の上限値についてみると,スクラロース添加量である「0.0013重量%」は,実施例1の「缶コーヒー(砂糖未使用)」に係るものにとどまり,「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値とする根拠はない。とりわけ,実施例1は「缶コーヒー」などのように長期保存される「コーヒー飲料」に特有の酸味のマスキングに係るものであるから,長期保存されない「コーヒー飲料」における酸味のマスキングに対しては,実施例1におけるスクラロース添加量は,技術的に意味を有さないものである。
したがって,本件明細書の記載から,「コーヒー飲料」におけるスクラロース添 9 加量の上限値が「0.0013重量%」であることを導くことはできないから,訂正事項3は,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえない。
以上によれば,訂正事項3は,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものであり,また,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(請求項1に係る訂正要件判断の誤り) 審決は,本件明細書には「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロース添加量の下限値が「0.0028重量%」であることは記載されていないと判断する。
しかしながら,本件明細書の実施例2における酸味のマスキング対象は,ピクルスではなく,醸造酢を含有する調味液であり,実施例2には,「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロース添加量が「0.0028重量%」のものであれば,酸味がマスキングされることが開示されているといえる。
すなわち,調味液にきゅうりを漬けると,最終的には,調味液がきゅうりに自由に出入りでき(甲60),これが均質に拡散することによって,きゅうりの外の調味液の濃度ときゅうりの中の調味液の濃度は同じになる。このような均質な拡散を前提とすれば,調味液の酸味がマスキングされれば,酸味がマスキングされた当該調味液がきゅうりに浸透し,調味液にきゅうりを漬けた後の調味液及びきゅうりの酸味もマスキングされた状態となる。そのため,本件明細書に接した当事者は,酸味を有するピクルスにスクラロースを添加することによって酸味がマスキングされると理解するのではなく,酸味を有する調味液にスクラロースを添加することにより酸味がマスキングされ,これに塩抜きしたきゅうりを漬けることにより,酸味がマ 10 イルドなピクルスを得られると理解するのが自然である。
そうすると,本件明細書の実施例2における酸味のマスキングの対象は,ピクルスではなく,醸造酢を含有する調味液であり,当該調味液におけるスクラロース濃度が請求項における数値の根拠となる。また,本件明細書の実施例2の「醸造酢を含有する調味液」は,単独で取引されるものであり(甲61),本件明細書の【0006】においても, 「調味料」が「酸味を呈する製品」の例示として挙がっていることからすると, 「醸造酢を含有する調味液」は, 「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」ともいえる。
したがって,本件明細書には「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」においてスクラロース添加量の下限値が「0.0028重量%」であることが記載されていないとして,訂正事項1が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。
2 取消事由2(請求項2に係る訂正要件判断の誤り) 審決は,本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることは記載されていないし,スクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることも記載されていないと判断する。
しかしながら,本件発明は,本件明細書の【0005】のとおり, 「酸味を呈する製品に,スクラロースを甘味の閾値以下の量で用いることを特徴とする」ものである。このような本件発明において,本件明細書の試験例1 【0013】 において, ( )クエン酸(結晶)0.1%及び0.3%水溶液の甘味閾値を測定する行為は,当然「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」の酸味をマスキングするためにどの程度の量のスクラロースを添加すべきなのかを確認する前提行為であるから,本件明細書が「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」を酸味のマスキング対象としていることは明らかである。また,クエン酸を飲料と 11 して用いる場合には,0.1〜0.3%という水溶液濃度は通常の範囲であり(甲62),本件明細書の【0006】において,「本発明における酸味を呈する製品」として「飲料」が挙げられている以上,当業者が「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」を用いて実験しているのは,本件発明の対象として「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」を想定しているからであると理解するのが自然である。そうすると,本件明細書の記載は, 「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」を示唆するものである。
また,本件明細書の【0013】には, 「クエン酸(結晶)0.1%水溶液」の甘味閾値がスクラロース濃度で「0.00075」重量%であることが記載されているから,本件明細書には, 「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」において酸味をマスキングできるスクラロースの下限値が記載されている。すなわち,本件明細書の【0004】によれば,本件発明は,スクラロースの甘味閾値以下の濃度で酸味のマスキングができるというものであるから,甘味閾値のスクラロース濃度である「0.00075」重量%であれば, 「クエン酸(結晶)0.1%水溶液」の酸味は,十分にマスキングされる。
そうすると,本件明細書の【0013】には, 「クエン酸(結晶)0.1%水溶液」の甘味閾値におけるスクラロース濃度と同様のスクラロースを「クエン酸を0.1%含有した飲料」に添加した場合に,その酸味をマスキングできることが示唆されているから,本件明細書には, 「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」の酸味をマスキングするスクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることが記載されているといえる。
したがって,本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることが記載されていないし,スクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることも記載されていないとして,訂正事項2が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126 12 条5項の規定に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。
3 取消事由3(請求項3に係る訂正要件判断の誤り) 審決は,本件明細書には「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることは記載されていないし,本件訂正後の「甘味閾値の1/100」は,本件訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになると判断する。
しかしながら,本件明細書の実施例1(【0015】)は, 「その結果,通常であれば酸味が生じる長期保存後に,不快な酸味がマスキングされた缶コーヒーを得ることができた。」と記載されているところ,当該記載は,「長期保存後」に生じる酸味のみをマスキングするとは限定しておらず,また,長期保存後に生じる酸味も長期保存前から生じている酸味も同じコーヒー豆由来の酸味であってマスキングの方法に差が生じるわけではないから,本件明細書の記載は,酸味が生じる例示として「コーヒー飲料」の「長期保存」を挙げているというべきである。そうすると,本件明細書の実施例1は,長期保存される「コーヒー飲料」に特有の酸味をマスキングするものに限られるものではなく,長期保存されない「コーヒー飲料」の酸味をマスキングするためにも技術的意味を有するといえる。そして,実施例1にいう「缶コーヒー(砂糖不使用)」は,「コーヒーエキスを含有する飲料」であり,実施例1において,スクラロースを「0.0013重量%」添加することにより,酸味をマスキングする効果が認められている。そうすると,本件明細書には, 「コーヒーエキスを含有する飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることが記載されているといえる。
また,本件発明は,甘味閾値がスクラロース添加量「0.0013重量%以上」である「コーヒー飲料」を対象としているのであり,それ以外の「0.0013重量%より甘味の閾値が小さいコーヒー飲料」を対象とするものではない。そうすると,甘味閾値の1/100のスクラロース添加量が「0.000013重量%」を下回ることはないから,スクラロース添加量の下限値を「0.000013重量%」 13 から「甘味閾値の1/100」にする訂正は,特許請求の範囲拡張し又は変更するものではない。
したがって,本件明細書には「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることは記載されていないし,本件訂正後の「甘味閾値の1/100」が本件訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになるとして,訂正事項3が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,又は実質上特許請求の範囲拡張し若しくは変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないとした審決の判断には,誤りがある。
被告の反論
1 取消事由1(請求項1に係る訂正要件判断の誤り) 原告は,本件明細書の実施例2における酸味のマスキング対象は,ピクルスではなく,醸造酢を含有する調味液であり,実施例2には,「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロース添加量が「0.0028重量%」であれば,酸味がマスキングされることが開示されていると主張する。
しかしながら,実施例2において,酸味をマスキングしているか否かを確認したのは,調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めして得られたピクルスであり,そのピクルスの酸味がマイルドで嗜好性の高いものであることが本件明細書に記載されている。そうすると,当該調味液の酸味がマスキングされたことについては本件明細書の実施例2に何ら記載されていないから,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,失当である。
もっとも,原告は,上記の主張のほかに,調味液の酸味がマスキングされれば,酸味がマスキングされた当該調味液がきゅうりに浸透し,調味液にきゅうりをつけた後の調味液及びきゅうりの酸味もマスキングされた状態となるから,重要なのはきゅうりを漬ける前の調味液におけるスクラロース濃度であって,調味液にきゅう 14 りを漬けた後の調味液及びきゅうりのスクラロース濃度は不明であっても問題はないなどと主張する。
しかしながら,本件発明が酸味をマスキングする方法である以上,本件発明に係る請求項における数値の根拠となるのに重要なのは,酸味のマスキング効果を確認した時の製品に含まれるスクラロース濃度であり,実施例2でいえば,調味液に漬けた後のきゅうりにおけるスクラロース濃度であって,きゅうりを漬ける前の調味液のスクラロース濃度などではない。
したがって,原告の上記主張は理由がなく,本件明細書には「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」においてスクラロース添加量の下限値が「0.0028重量%」であることは記載されていないとして,訂正事項1が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(請求項2に係る訂正要件判断の誤り) 原告は,本件明細書の【0013】には, 「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」の酸味をマスキングするスクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることが記載されていると主張する。
しかしながら,本件明細書にクエン酸水溶液が酸味のマスキング方法の対象であることの一般的な記載がない以上,本件明細書の【0013】のクエン酸水溶液が本件発明の酸味のマスキング方法の対象として記載されているか否かを判断するのに重要なのは,そのクエン酸水溶液について,実際に酸味がマスキングされたことが記載されているか否かである。この点について,本件明細書の【0013】には,クエン酸(結晶)0.1%及び0.3%水溶液について,酸味がマスキングされたか否かを確認したことを示す記載はなく,当該各水溶液の酸味がスクラロースによって実際にマスキングされたとの結果についても記載されていない。
また,原告は,本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行 15 う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることが記載されていると主張する。
しかしながら, 「クエン酸(結晶)0.1%水溶液」が「クエン酸を0.1%含有した飲料」のことを想定していたとしても,上記のとおり,「クエン酸(結晶)0.1%水溶液」の酸味マスキング効果が実際に確認されていない以上,本件明細書にはその酸味をマスキングできるスクラロース添加量の下限値の記載もない。
したがって,原告の主張はいずれも理由がなく,本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることは記載されていないし,スクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることも記載されていないとして,訂正事項2が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(請求項3に係る訂正要件判断の誤り) 原告は,本件明細書には, 「コーヒーエキスを含有する飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることが記載されていると主張する。
しかしながら,本件明細書の実施例1(【0015】)における酸味マスキングの対象は, 「水約40部に牛乳25重量部(以下,部と略す),ホモゲンCF-3(乳化剤三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)0.1部を加え,80℃で10分間加熱溶解する。これに,コーヒーエキスC-100(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)30部,重曹溶液(10%w/v)1.2部,コーヒーフレーバー0.05部,スクラロース0.0013部又はSKスイートZ-3(酵素処理ステビア 日本製紙株式会社製)0.005部を加え,水にて全量を100部に調整後,ホモジナイザー(150g/cm2)にて均質化し,缶に充填する」ことによって得られた「缶コーヒー(砂糖未使用)」であって,しかも,その後に「長期保存」がされたものである。このように,実施 16 例1において不快な酸味がマスキングされたのは,上記のような特定の缶コーヒーにすぎず,本件明細書には「0.0013部」未満のスクラロースがあらゆる「コーヒーエキスを含有する飲料」のあらゆる酸味をマスキングするとは何ら記載も示唆もされていない。
そうすると, 「0. 仮に 0013部」が甘味閾値以下の量であったとしても, 「0.0013部」は実施例1で調製された缶コーヒーにおける甘味閾値以下の量であって,それ以外のあらゆる「コーヒーエキスを含有する飲料」の甘味閾値以下の量であるとはいえないのみならず,その量があらゆる「コーヒーエキスを含有する飲料」のあらゆる酸味をマスキングするための上限値ともなり得ないのは明らかである。
また,原告は,本件発明は甘味閾値がスクラロース添加量「0.0013重量%以上」である「コーヒー飲料」を対象としているのであるから,甘味閾値の1/100のスクラロース添加量が「0.000013重量%」を下回ることはないと主張する。
しかしながら,本件訂正発明に係る請求項3では,酸味マスキングの対象を甘味閾値が0.0013重量%以上のコーヒー飲料に限定する旨の規定は存在せず,本件明細書によっても,コーヒー飲料の対象をそのような特定の甘味閾値のものに限定して解釈すべき事情も存在しない。そうすると,本件訂正発明3は,甘味閾値が0.0013重量%「未満」のコーヒー飲料をも対象としており,そうである以上,その「甘味閾値の1/100」の量は,訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになる。そのため,スクラロース添加量の下限値を「0.000013重量%」から「甘味閾値の1/100以上」とする訂正は,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものである。
したがって,本件明細書には「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることは記載されていないし,本件訂正後の「甘味閾値の1/100」の量は訂正前の下限値である「0.000013重量%」を下回ることになるとして,訂正事項3が,願書に添付した明細書に記載した事項の 17 範囲内においてしたものとはいえず,又は実質上特許請求の範囲拡張し若しくは変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 本件明細書(甲33)には,次のとおりの記載がある。
ア 発明の属する技術分野【0001】 この発明は,食品,医薬品及び医薬部外品などの経口摂取又は口内利用可能な製品の酸味のマスキング方法に関する。
イ 従来の技術及び発明が解決しようとする課題【0002】酸味は,食品,医薬品及び医薬部外品などの経口摂取又は口内利用可能な製品において塩味,苦味,甘味などとともに総合的な味覚の完成に重要な要素であり,食品などの上記製品に酸味剤などを添加することにより付与される場合がある。
【0003】この際,これら酸味剤は食品などに酸味を付与するだけでなく,防腐,保存,抗菌,凝固,緩衝作用,粘性調整,ゲル化の調整及び膨張剤としても有用であるため,単に味覚の構成にとどまらず,製品本来の風味を損なわない程度に含有されていることが望まれる。
従来,このような酸味を必要以上に要しない,あるいは酸味を呈しない方が良い場合には,酸味剤以外の味覚成分などを大量に併用し,酸味を抑える方法が広く行われている。しかしながら,この方法では,食品などの本来の風味又は物性を変えたり,また酸味剤などが持つ防腐などの効果までも抑制することがあるという問題があった。
ウ 課題を解決するための手段 18 【0004】 上記問題点を鑑み,本願の発明者らは,製品の物性などに影響を及ぼさないで,かつ酸味自体を改善することができる方法について種々の検討を行った。その結果,高甘味度甘味剤が,甘味の閾値以下の量で意外にも過剰な酸味を減少又は緩和させることを見い出し,本発明を完成するに至ったのである。
【0005】 したがって,この発明によれば,酸味を呈する製品に,スクラロースを甘味の閾値以下の量で用いることを特徴とする酸味のマスキング方法が提供される。
エ 発明の実施の形態【0006】 本発明における酸味を呈する製品とは,経口摂取又は口内利用時に酸味を呈する製品を意味し,また,本来酸味は必要でないが,保存などの目的で酸味剤などを添加したために酸味を呈した製品を含む。摂取又は利用時は液体,固体又は半固体のいずれの形態のものであってもよい。このような製品として,各種の天然果実のような天然素材,又はクエン酸,酒石酸,リンゴ酸,フマル酸,乳酸,酢酸,グルコノデルタラクトン,アジピン酸,コハク酸及びリン酸等の天然もしくは合成酸味剤を含有するもの,例えば飲料,ドレッシング,マヨネーズ,ソース,漬物,調味料,インスタント食品,食パン,蒲鉾,豆腐などの食品,ビタミン剤,口腔錠剤などの医薬品,口内清涼剤,歯磨粉などの医薬部外品が挙げられる。なお,これら酸味を呈する製品においては,塩味など他の味覚成分,又は賦形剤や保存剤など他の添加剤が用いられてもよい。
【0008】 甘味の閾値とは,甘味物質の甘味を呈する最小値であるが,必ずしも絶対値として表わされない。つまり,本発明者らの試験によれば,クエン酸(結晶)0.1%水溶液に対するスクラロースの甘味の閾値は0.00075%,0.3%水溶液に対する閾値は0.003%であることが確認されている(後述)。このため,甘味の閾値は,同一の高甘味度甘味剤でも製品中の酸味の種類あるいは強弱,塩味あるいは苦味などの他の味覚又は製品の保存あるいは使用温度な 19 どの条件により変動すると考えられるが,一般に甘味剤として使用する場合の量よりも小さい値である。したがって,本願における甘味の閾値以下の量とは,甘味を呈さない範囲の量であればよい。また,高甘味度甘味剤の種類に拘わらず,最少量は甘味の閾値の1/100以上の量で用いることが好ましい。
【0010】 以上のような方法で通常より少ない量の高甘味度甘味剤を用いて,本発明は簡便に過剰な酸味を減少又は緩和し,さらに酸による様々な効果を保持しながら酸味の減少又は緩和に伴う味覚の改善を図ることができる。また,製品中の酸味剤の種類によっては,その刺激的臭気などを減少又は緩和することができる。
実施例【0011】 本発明の酸味のマスキング方法を以下の実施例によって説明する。しかしながら,この発明はこれらに限定されるものではない。
試験例1:パネラーを6人選択し,スクラロース0〜0.005%の範囲における官能評価を極限法で行い,甘味の閾値を調べた。
【0012】 この結果,表に示されるように,同一の酸味成分でもその濃度が異なると,高甘味度甘味剤の甘味の閾値も異なることが分かった。
【0013】【表1】【0014】 20 試験例2:クエン酸(結晶)0.3%を含む通常のオレンジ果汁飲料と同程度の甘味となるスクラロースの使用量を調べたところ,0.025%であった。
試験例1より,クエン酸(結晶)0.3%水溶液のとき,スクラロースの甘味の閾値は0.003%であり,通常のオレンジ果汁飲料と同程度の甘味となるスクラロースの添加量はこの甘味の閾値の約8.3倍が必要であることから,その通常使用量とクエン酸水溶液中の甘味の閾値には,大きな差のあることが示された。
【0015】 実施例1:缶コーヒー(砂糖未使用) 水約40部に牛乳25重量部(以下,部と略す),ホモゲンCF-3(乳化剤 三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)0.1部を加え,80℃で10分間加熱溶解する。これに,コーヒーエキスC-100(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)30部,重曹溶液(10% w/v)1.2部,コーヒーフレーバー0.05部,スクラロース0.0013部又は SK スイート Z-3(酵素処理ステビア 日本製紙株式会社製)0.005部を加え,水にて全量を100部に調整後,ホモジナイザー(150g/cm2)にて均質化し,缶に充填する。レトルト殺菌機で121℃で20分間殺菌する。
その結果,通常であれば酸味が生じる長期保存後に,不快な酸味がマスキングされた缶コーヒーを得ることができた。
【0016】 実施例2:ピクルス 醸造酢(酸度10%)15部,食塩6.5部,ハーブ(ディル)抽出物0.4部,ウコン粉末0.2部,ディルフレーバー0.1部,スクラロース0.0028部,又はハイステビア500(ステビア抽出物 池田糖化工業株式会社製)0.013部を水にて100部とし,ローレル,カッシャ,唐辛子を適量加える。この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めする。
その結果,スクラロース又はステビア抽出物を添加していないピクルスに比べて,酸味がマイルドで嗜好性の高いピクルスに仕上がった。
21 【0017】 実施例3:おろしポン酢ソース 薄口醤油20部,醸造酢(酸度4.2%)10部,リンゴ酢(酸度5%)5部,ユズ果汁2部,食塩2部,サンライク ホンブシ60(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)1部,DL-リンゴ酸0.6部, L-グルタミン酸ナトリウム0.5部,キサンタンガム0.2部,大根おろし10部,スクラロース0.0035部,又はアスパルテーム0.005部を水にて100部とし,加熱溶解後容器に充填する。
その結果,不快な酸味がマスキングされ,各酸味の調和のとれたおろしポン酢ソースに仕上がった。
【0018】 実施例4:青じそタイプノンオイルドレッシング 濃口醤油10部,薄口醤油5部,醸造酢(酸度4.2%)6部,リンゴ酢(酸度5%)5部,サンライク アミノベーススーパー(三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製)0.8部,食塩2部,シソフレーバー0.6部,キサンタンガム0.2部,スクラロース0.0042部を水にて100部とする。80℃で30分間加熱殺菌後,容器に充填し冷却する。
その結果,不快な酸味がマスキングされ,酸味の丸くなったドレッシングが得られた。
カ 発明の効果【0019】 本発明によれば,酸味を呈する各種の最終製品における過剰な酸味を減少又は緩和することができる。さらには,酸による様々な効果を保持しながら,製品の味覚を改善することができる。
2 取消事由1について(請求項1に係る訂正要件判断の誤り) (1) 訂正事項1について 訂正事項1は,前記第2の3(2)アのとおり,特許請求の範囲の請求項1における「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品,又はコーヒーエキスを含有する製 22 品に」を「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品に」に訂正し,また,「スクラロースを該製品の0.000013〜0.0042重量%の量で添加する」を「スクラロースを該製品の0.0028〜0.0042重量%の量で添加する」に訂正し,さらに,「酸味のマスキング方法」を「該製品の酸味のマスキング方法」に訂正するものである。
この点につき,審決は,本件明細書の記載から「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」において,スクラロース添加量の下限値が「0.0028重量%」であることを導くことはできないから,訂正事項1は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないと判断した。これに対し,原告は,前記第3の1のとおり,審決の上記判断には誤りがあるとして取消事由1を主張するため,以下検討する。
(2) 訂正要件判断の当否について 前記1の認定事実によれば,実施例2においては,醸造酢(酸度10%)15部,スクラロース0.0028部等を含有する調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせて瓶詰めをしてピクルスを得た結果,当該ピクルスは,スクラロースを添加していないものに比べて,酸味がマイルドで嗜好性の高いものに仕上がり,ピクルスに対する酸味のマスキング効果が確認されたことが認められる。そうすると,醸造酢を含有する製品として,酸味のマスキング効果を確認した対象は,調味液ではなくピクルスであるから,当該効果を奏するものと確認されたスクラロース濃度は,上記調味液におけるスクラロース濃度ではなく,これに水分等を含むきゅうりを4対6の割合で合わせた後のピクルスのスクラロース濃度であると認めるのが相当である。
これに対し,本件明細書に記載された0.0028重量%は,調味液に含まれるスクラロース濃度であるから,当該濃度は,酸味のマスキング効果が確認されたピクルス自体のスクラロース濃度であると認めることはできない。
23 他方,ピクルスにおけるスクラロース濃度は,実施例2において調味液のスクラロース濃度を0.0028重量%とし,この調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めされて製造されるものであるから,きゅうりに由来する水分により0.0028重量%よりも低い濃度となることが技術上明らかである(きゅうりにスクラロースが含まれないことは,当事者間に争いがない。 。
) そして,0.0028重量%よりも低いスクラロース濃度においてピクルスに対する酸味のマスキング効果が確認されたのであれば,ピクルスにおけるスクラロース濃度が0.0028重量%であったとしても酸味のマスキング効果を奏することは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者に明らかである。そのため,スクラロースを0.0028重量%で「醸造酢及び/又はリンゴ酢を含有する製品」に添加すれば,酸味のマスキング効果が生ずることは当業者にとって自明であり(実施例3の「おろしポン酢ソース」では,スクラロース0.0035重量%で酸味のマスキング効果が生じ,実施例4の「青じそタイプノンオイルドレッシング」では,スクラロース0.0042重量%で酸味のマスキング効果が生じることがそれぞれ開示されている。 ,このことは本件明細書において開示されていたものと認め )られる。
そうすると,製品に添加するスクラロースの下限値を「製品の0.000013重量%」から「0.0028重量%」にする訂正は,特許請求の範囲減縮するものである上,本件訂正後の「0.0028重量%」という下限値も,本件明細書において酸味のマスキング効果を奏することが開示されていたのであるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。
したがって,訂正事項1は,当業者によって本件明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「本件当初明細書等」という。)の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるから(知的財産高等裁判所平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決参照),特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定 24 に適合するものと認めるのが相当である。
以上によれば,訂正事項1が本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断には誤りがあり,原告の主張する取消事由1は理由がある。
(3) 被告の主張について 被告は,実施例2において酸味をマスキングしているか否かを確認したのは,調味液と塩抜きしたきゅうりを4対6の割合で合わせ,瓶詰めして得られたピクルスであり,そのピクルスの酸味がマイルドで嗜好性の高いものであることが本件明細書に記載されているのであって,当該調味液の酸味がマスキングされたことについては本件明細書の実施例2に何ら記載されていないとして,原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものであるなどと主張する。
確かに,実施例2における酸味をマスキングする対象は,ピクルスであって調味液であるとは認められず,これを調味液であるという原告の主張は,本件明細書の記載に照らし,失当というほかない。しかしながら,酸味をマスキングする対象がピクルスであり,この場合におけるスクラロース濃度が直接明らかでないとしても,当該濃度で酸味のマスキング効果を奏すれば,少なくともこれより高い濃度である「0.0028重量%」の濃度で酸味のマスキング効果を奏することは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者にとって明らかなことである。
そうすると,訂正事項1は,スクラロース濃度の下限値を「0.0028重量%」の濃度に減縮するものであり,当該濃度が酸味のマスキング効果を奏することは本件明細書に開示されていたといえるから,本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
3 取消事由2について(請求項2に係る訂正要件判断の誤り) (1) 訂正事項2について 25 訂正事項2は,前記第2の3(2)イのとおり,特許請求の範囲の請求項2の「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品に」を「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料に」に訂正し,また,「スクラロースを0.0000075〜0.003重量%の量で添加する」を「スクラロースをその甘味を呈さない範囲で且つ0.00075〜0.003重量%の量で添加する」に訂正し,さらに, 「クエン酸含有製品」を「クエン酸含有飲料」に訂正するものである。
この点につき,審決は,本件明細書の記載から,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であること及びスクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることを,それぞれ導くことはできないから,訂正事項2は,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないと判断した。これに対し,原告は,前記第3の2のとおり,審決の上記判断には誤りがあるとして取消事由2を主張するため,以下検討する。
(2) 訂正要件判断の当否について ア 前記1の認定事実によれば,本件明細書の【0006】には,本件発明における酸味を呈する製品としてはクエン酸等を含有するもの,例えば,飲料が挙げられる旨記載されていることが認められる。そうすると,特許請求の範囲に記載された「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」又は「クエン酸含有製品」としては, 「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」又は「クエン酸含有飲料」が挙げられることは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者にとって明らかであるといえる。そうすると,「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」を「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」とし,「クエン酸含有製品」を「クエン酸含有飲料」にする各訂正は,特許請求の範囲減縮するものである上,当該各訂正後の上記飲料も本件明細書に開示されていたといえるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものといえる。
したがって,上記訂正は,本件当初明細書等に記載した事項の範囲内においてし 26 たものと認められるから,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合する。
イ また,前記1の認定事実によれば,本件明細書の【0008】及び【0011】には,本件発明における甘味の閾値以下の量とは,甘味を呈さない範囲の量であればよく,高甘味度甘味剤の種類にかかわらず,最少量は甘味の閾値の1/100以上の量で用いることが好ましい旨記載されており,甘味閾値の数値としては,クエン酸(結晶)0.1%水溶液に対するスクラロースの甘味閾値が0.00075%であり,クエン酸(結晶)0.3%水溶液に対する甘味閾値が0.003%であることが,それぞれ記載されていたことが認められる。
上記認定事実によれば,本件明細書においてはスクラロース添加量の最小値が「甘味の閾値の1/100以上の量」であると規定されていたことからすると,クエン酸を0.1%含有する水溶液については,スクラロースの甘味閾値が0.00075重量%であるから,スクラロース添加量の最小値は当該甘味閾値の1/100である0.0000075重量%であり,また,クエン酸を0.3%含有する水溶液については,スクラロースの甘味閾値が0.003重量%であるから,スクラロース添加量の最小値は当該甘味閾値の1/100である0.00003重量%であることは,当業者にとって技術上明らかである。そのため,本件明細書の上記各記載に接した当業者であれば,本件訂正前の特許請求の範囲におけるスクラロースの下限値である「0.0000075重量%」は,クエン酸を0.1%含有する水溶液に対するスクラロースの甘味閾値の1/100の値であり,スクラロース添加量の最小値を意味するものと十分に理解することができ,また,スクラロース添加量の上限値である「0.003重量%」が,クエン酸を0.3%含有する水溶液に対するスクラロースの甘味閾値の数値であると理解することも明らかである。さらに,上記と同様に,訂正事項2にいう「0.00075重量%」というスクラロース添加量の下限値が,クエン酸を0.1%含有する水溶液に対するスクラロースの甘味閾値の数値であることも当業者に明らかである。
27 そうすると, 「スクラロースを0.0000075〜0.003重量%の量で添加する」を「スクラロースをその甘味を呈さない範囲で且つ0.00075〜0.003重量%の量で添加する」にする訂正は,特許請求の範囲減縮するものである上,「0.00075重量%」という下限値も,本件明細書においてクエン酸を0.1%含有する水溶液に対するスクラロースの甘味閾値の数値として開示されていたのであるから,本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。
したがって,訂正事項2は,当業者によって本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるから,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合するものと認めるのが相当である。
以上によれば,訂正事項2が本件明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断には誤りがあり,原告の主張する取消事由2は理由がある。
(3) 被告の主張について 被告は,本件明細書には,スクラロースを添加して酸味のマスキングを行う対象が「クエン酸を0.1〜0.3%含有する飲料」であることは記載されていないし,スクラロース添加量の下限値が「0.00075」重量%であることも記載されていないとして,訂正事項2が,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはないなどと主張する。
しかしながら,上記(2)のとおり,本件明細書の【0006】の記載によれば,本件発明における酸味を呈する製品としてはクエン酸等を含有するもの,例えば,飲料が挙げられる旨記載されていることからすれば,特許請求の範囲に記載された「クエン酸を水溶液濃度で0.1〜0.3%含有する製品」として, 「クエン酸を0.1 28 〜0.3%含有する飲料」が当然に挙げられることは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者に明らかである。また,本件訂正後におけるスクラロース添加量の下限値である「0.00075重量%」は,本件明細書においてクエン酸を0.1%含有する水溶液に対するスクラロースの甘味閾値の数値として開示されていたのであり,同数値は,クエン酸を0.1%含有する水溶液に対するスクラロースの添加量の最小値をいう「0.0000075重量%」から減縮するものであることは,本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識から当業者に明らかである。そうすると,訂正事項2は,当業者によって本件当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものといえるから,被告主張に係る酸味マスキング効果の有無が特許請求の範囲の記載要件(特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件)において問題とされるのは格別,前記訂正要件に係る判断の当否を左右するものとはいえない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
4 取消事由3について(請求項3に係る訂正要件判断の誤り) (1) 訂正事項3について 訂正事項3は,前記第2の3(2)ウのとおり,特許請求の範囲に,請求項3として新たに「コーヒーエキスを含有する飲料に,スクラロースを,極限法で求めた甘味閾値の1/100以上0.0013重量%以下の量で添加することを特徴とする該飲料の酸味のマスキング方法。」を加えるものである。
この点につき,審決は,スクラロース添加量の下限値を「0.000013重量%」から「甘味閾値の1/100以上」とする訂正は,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものであり,また,本件明細書の記載から「コーヒー飲料」におけるスクラロース添加量の上限値が「0.0013重量%」であることを導くことはできないから,訂正事項3は,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものであり,また,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものとはいえず,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適 29 合しないと判断した。これに対し,原告は,前記第3の3のとおり,審決の上記判断には誤りがあるとして取消事由3を主張するため,以下検討する。
(2) 訂正要件判断の当否について 前記1の認定事実によれば,本件明細書の実施例1(【0015】)においては,スクラロースを0.0013重量%添加することによって,長期保存後でも不快な酸味がマスキングされた缶コーヒーを得ることができたと記載され,他方,本件明細書の【0008】においては, 「甘味の閾値は,同一の高甘味度甘味剤でも製品中の酸味の種類あるいは強弱,塩味あるいは苦味などの他の味覚又は製品の保存あるいは使用温度などの条件により変動すると考えられる」と記載されていることが認められる。そうすると,コーヒーエキスを含有する飲料には,上記条件において様々なものがあり得るから,スクラロースにおける「極限法で求めた甘味閾値」 「0. が,0013重量%」よりも小さい具体的な値となる場合には, 「極限法で求めた甘味閾値の1/100」という形式により定められた数値は,本件訂正前のスクラロース添加量の下限値である「0.000013重量%」を当然に下回る数値になる。したがって,スクラロース添加量の下限値について, 「0.000013重量%」とあったものを「極限法で求めた甘味閾値の1/100」とする訂正は,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものであることが認められる。
以上によれば,訂正事項3が実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項及び6項の規定に適合しないとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由3は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(3) 原告の主張について 原告は,本件発明は甘味閾値についてスクラロース添加量「0.0013重量%以上」である「コーヒー飲料」を対象としているのであるから,甘味閾値の1/100のスクラロース添加量が「0.000013重量%」を下回ることはないなどと主張する。
30 しかしながら,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項3及び本件明細書の記載によっても,同項記載の「コーヒー飲料」につき,スクラロースの甘味閾値が「0.0013重量%」以上ものに限定されているという記載も示唆もないのであるから,本件発明が,甘味閾値についてスクラロース添加量「0.0013重量%以上」である「コーヒー飲料」を対象としているものとは到底認められない。
したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くというほかなく,採用することができない。
5 まとめ 以上によれば,訂正事項1及び2に係る審決の判断には誤りがあるというべきである。そのため,前記第2の3のとおり,審決は,本件発明の請求項1及び2に係る要旨認定を誤った上で,本件発明1及び2を無効にすべきものと判断しているのであるから,訂正事項1及び2に係る審決の上記判断の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるといえる。したがって,原告の取消事由1及び2には理由がある。
結論
よって,取消事由3は理由がないが,取消事由1及び2は理由があるので,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節