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関連審決 不服2015-21527
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事件 平成 28年 (行ケ) 10220号 審決取消請求事件

原告フリー株式会社
同訴訟代理人弁理士 大谷寛 野本裕史
被告特許庁長官
同 指定代理人野崎大進 相崎裕恒 金子幸一 貝涼 真鍋伸行
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/07/04
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2015−21527号事件について平成28年8月16日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等? 原告は,平成26年10月24日,発明の名称を「給与計算方法及び給与計 1 算プログラム」とする特許出願(特願2014-217202号。請求項数16。
甲8)をしたが,平成27年11月4日付けで拒絶査定(甲9)を受けた。
? そこで,原告は,平成27年12月3日,これに対する不服の審判を請求し,特許請求の範囲について補正(以下「本件補正」という。)をした。
? 特許庁は,上記審判請求を不服2015-21527号事件として審理を行い,平成28年8月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年9月7日,その謄本が原告に送達された。
? 原告は,平成28年10月5日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである。以下,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本願発明」,本願発明に係る明細書(甲8)を,図面を含めて「本願明細書」という。なお,「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。。また,本件補正に係る部分を下線で示す。
) 【請求項1】企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって,/サーバが,前記企業の給与規定を含む企業情報及び前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,/前記サーバが,前記企業情報及び前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,/前記サーバが,前記給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記計算結果の確定ボタンとともに前記企業の経理担当者端末のウェブブラウザ上に表示させ,/前記確定ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させ,/前記従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含むことを特徴とする給与計算方法。
2 3 本件審決の理由の要旨? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@本願発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに下記イ及びウの周知例に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないから,本件補正は,同法17条の2第6項において読み替えて準用する同法126条7項の規定に違反するものであり,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきである,A本件補正前の請求項1に記載された発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,同法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例:特開2009-26060号公報(甲4)イ 周知例1:特開2002-304592号公報(甲5)ウ 周知例2:特開2010-20535号公報(甲6)? 本件審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明従業員数30人前後の小規模事業者が,給与の計算等を行う場合に使用して好適な給与計算システム及び給与計算サーバ装置に関して,/インターネットのような情報ネットワーク1に対して給与計算サーバ装置2が設けられ,この給与計算サーバ装置2には給与データベース3が接続されており,/情報ネットワーク1に対しては,複数の事業者(A社,B社,C社,D社…)における給与担当者の端末装置(事業者端末)4a,4b,4c,4d…(以下符号4で代表する)が接続されており,/事業者端末4には,タイムレコーダ5a,5b,5c,5d…(以下符号5で代表する)が接続されて,従業員の勤怠データの収集が行われており,/事業者端末4からは,タイムレコーダ5で収集された勤怠データが,情報ネットワーク 3 1を介して給与計算サーバ装置2の給与データベース3に登録され,/給与データベース3には,固定項目としての基本給や計算単価等のデータ,また,変動項目としての計算された支給金額等のデータが登録されており,/収集された勤怠データも変動項目に登録され,/給与計算サーバ装置2では,事業者端末4のタイムレコーダ5で収集された勤怠データが給与データベース3に登録されると,この勤怠データに予め登録された固定項目や変動項目のデータが加味されて給与計算ソフトウェア6Bによる給与計算が行われ,この計算結果が事業者端末4に送信され,事業者端末4では計算結果としての給与明細書7a,7b,7c,7d…(以下符号7で代表する)が出力されて確認が行われ,確認された計算結果のデータは,情報ネットワーク1を介して金融機関8のサーバ装置に送信され,/事業者の給与計算が行われる方法であって,/給与計算を行う場合には,事業者端末4で給与計算サーバ装置2にアクセスし,/作業選択画面が表示され,/作業選択画面(図5B)には,タイムレコーダからデータ取込,給与計算の確認,給与明細の作成,インターネットバンキング等の作業項目名と,それらの作業を選択実行するためのボタン11a,11b,11c,11dが設けられており,/タイムレコーダからデータ取込の実行ボタン11aがクリックされると,タイムレコーダ5からの勤怠データの取り込みが行われ,取り込まれた勤怠データが給与計算サーバ装置2に送信されて給与計算が行われ,/給与計算の確認の選択ボタン11bがクリックされると,図5Cに示す確認画面が表示され,/確認画面には,通常残業時間,深夜残業時間,基本給,残業手当,社会保険,所得税,住民税,支給額等の項目にそれぞれ計算された金額が表示され,給与計算が確認されると,事業者端末4は作業選択画面(図5B)に戻され,給与明細の作成の実行ボタン11cがクリックされると,給与明細書のプリントアウトが出力され,/インターネットバンキングの実行ボタン11dがクリックされると,確認された計算結果のデータを,例えば図1の情報ネットワーク1を介して金融機関8のサーバ装置に送信する/給与計算方法。
イ 本願発明と引用発明との一致点 4 企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって,/前記サーバが,前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,/前記サーバが,前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,/前記サーバが,給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記企業の経理担当者端末に表示させる,/給与計算方法。
ウ 本願発明と引用発明との相違点(ア) 相違点1本願発明のサーバは,企業の給与規定を含む企業情報も記録しているのに対し,引用発明のサーバは,企業の給与規定を含む企業情報を記録しているのか否か明らかでない点。
(イ) 相違点2本願発明のサーバは,給与計算を行う際に企業情報も用いているのに対し,引用発明のサーバは,給与計算を行う際に企業情報を用いているのか否か明らかでない点。
(ウ) 相違点3本願発明のサーバは,給与計算の計算結果を表示する際に,計算結果の確定ボタンも表示させ,確定ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させているのに対し,引用発明では,計算結果の確定ボタンを表示させたり,確定させたりしているのか否か明らかでない点。
(エ) 相違点4本願発明のサーバは,給与計算の計算結果を経理担当者端末で表示する際に,ウェブブラウザ上に表示させているのに対し,引用発明では,給与計算の計算結果を経理担当者端末で表示する際に,ウェブブラウザ上に表示させているのか否か明らかでない点。
(オ) 相違点5 5 本願発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し,引用発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点。
4 取消事由 本願発明の容易想到性の判断の誤り ? 引用発明の認定の誤り ? 相違点1及び2に係る容易想到性の判断の誤り ? 相違点3の認定及び容易想到性の判断の誤り ? 相違点5に係る容易想到性の判断の誤り
当事者の主張
1 引用発明の認定の誤りについて 〔原告の主張〕 引用例には,引用発明の認定に当たり本件審決が引用した事項(【0001】【0 ,002】 【0012】〜【0017】 【0021】〜【0025】 【0041】〜 , , ,【0043】)のほかにも,引用例に記載された発明の目的,課題及び効果や,社労士端末9及び税理士端末10に関する記載が存在する(【0004】 【0005】 , ,【0018】【0030】【0031】 , , ,図2)。
これらの事項を適切に参酌すれば,引用発明は,その課題を,「中小企業等ないし小規模事業者に対し,外部の専門家の関与の下で行われる給与計算等を円滑にすること」と認定し,その構成を次のように認定するのが相当である(本件審決の認定〔前記第2の3?ア〕と異なる部分を下線で示す。)。
従業員数30人前後の小規模事業者が,外部の専門家の関与の下で行われる給与の計算等に使用して好適な給与計算システム及び給与計算サーバ装置に関して,/…(中略)…,/事業者端末4からは,タイムレコーダ5で収集された勤怠データ 6 が,情報ネットワーク1を介して給与計算サーバ装置2の給与データベース3に登録され,情報ネットワーク1に対しては,複数の社労士端末9a,9b…(以下符号9で代表する)と,税理士端末10a,10b…(以下符号10で代表する)が接続されており,/給与データベース3には,固定項目としての基本給や計算単価等のデータ,また,変動項目としての計算された支給金額等のデータが登録されており,/収集された勤怠データも変動項目に登録され,固定項目及び変動項目のマスター登録が社労士端末9及び税理士端末10から行われ,/税理士端末10からは,扶養者情報が固定項目として,税理士のみに与えられた権限に基づいて情報ネットワーク1を介して給与計算サーバ装置2の給与データベース3に登録され,/…(中略)…,/タイムレコーダからデータ取込の実行ボタン11aがクリックされると,タイムレコーダ5からの勤怠データの取り込みが行われ,取り込まれた勤怠データが給与計算サーバ装置2に送信されて予め登録された固定項目や変動項目のデータが加味されて給与計算が行われ,/給与計算の確認の選択ボタン11bがクリックされると,図5Cに示す確認画面が表示され,/確認画面には,通常残業時間,深夜残業時間,基本給,残業手当,社会保険,所得税,住民税,支給額等の項目にそれぞれ計算された金額が従業員ごとに表示され,/…(中略)…/給与計算方法。
本件審決は,合理的な理由を示すことなく,社労士端末9及び税理士端末10を除外して,引用発明を誤って認定しており,少なくとも理由不備の違法がある。
また,本願発明は,扶養者情報といった給与計算を変動させる従業員入力情報の入力を従業員端末からサーバに対して行うことを可能とした点に特徴の一つがあり,本願発明と対比する上で,扶養者情報がいずれの端末から入力されるのかという事項は,引用発明に基づく容易想到性の判断に直接影響を及ぼすものである。したがって,引用例の明示の記載を参酌することなくなされた本件審決の引用発明の認定は,誤りである。
〔被告の主張〕 7 引用例は,2つの特許文献(甲7,乙1)を背景技術として挙げた上で(【0002】 ,これらに比して,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知 )識を持った複数の専門家が,給与計算その他の処理を円滑に行うことができるようにすること(【0005】)を課題とする技術を記載したものである。
そして,そのための手段として,給与計算サーバ装置2,給与データベース3,事業者端末4,タイムレコーダ5,情報ネットワーク1,社労士端末9及び税理士端末10から成る給与計算システムにおいて,以下のような処理を行っている。
? マスター登録 専門家端末(社労士端末9,税理士端末10)で給与計算サーバ装置2にアクセスし,給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行う(【0018】〜【0021】)。
@ 給与計算処理 タイムレコーダ5から取得した勤怠データと,給与データベース3に登録された情報に基づき,給与計算サーバ装置2で給与計算を行い,給与担当者が ,事業者端末4で給与明細書を確認した上で ,給与振り込みデータを金融機関サーバに送信する(【0022】〜【0025】,【0041】〜【0043】,図7のS11〜S20)。
A 社保手続,年末調整 システムに接続された専門家端末からの閲覧を制限しつつ,専門家(社会保険労務士,税理士)に,専門家端末を介して,給与データベース3を閲覧させ(【0031】〜【0033】),社会保険労務士が社会保険手続の処理を行ったり(【0026】〜【0027】,【0044】,図7のS21〜S24),税理士が年末調整の処理を行ったりする(【0028】〜【0030】,【0045】,図7のS25〜S28)。
ここでは,上記@の処理は,給与担当者が事業者端末4を介して行うものとされている。他方,上記?の登録及び上記Aの処理は,社会保険労務士又は税 8 理士が社労士端末9又は税理士端末10を介して行う処理であるとされている。
本件審決は,本願発明と対比するために,上記@に係る処理を引用発明として認定したものであり,同処理に関する構成を踏まえたものであるから,引用発明の認定において,同処理に用いられるものではない社労士端末9及び税理士端末10を除外していることに誤りはない。
2 相違点1及び2に係る容易想到性の判断の誤りについて 〔原告の主張〕 ? 周知例2が開示する技術的事項の認定の誤り 本件審決は,周知例2のみに依拠して,「給与支払システムにおいて,企業情報として,企業の給与締め日(給与締日)や給与支給日(給与支払日)等の企業の給与規定を含む企業情報を登録しておき,給与支払の際に当該企業情報を用いること」を周知技術であるかのように認定しているが,これは誤りである。
周知例2に記載された技術は,「給与計算システム」でも「給与支払システム」でもなく,給与支給日前の希望日に振込手数料を抑えて支払を行うための口座振込システムであり,給与計算を自ら行うものではない(【0002】【0007】【00 , ,11】【0014】等) , 。
? 容易想到性の判断の誤り 引用発明は,「ネットワークを介してサーバが行う給与計算方法」の技術分野に属するところ,上記?のとおり,周知例2に記載された技術は,給与計算方法の技術分野に属さず,「インターネットを介してコンピュータが行う給与の口座振込方法」の技術分野に属するものであり,給与金額の計算は別途なされていることを所与の前提とする。
このように,引用例と周知例2とは,そもそも技術分野が異なることから,その課題も異なり,本願出願日において,当業者であれば周知例2に記載された技術を引用発明に容易に適用したはずであると考えることのできる根拠はない。
また,周知例2に記載された技術は,インターネットを介して給与金額情報を受 9 け付ける口座振込システムコンピュータ10であり,引用発明において対応する構成は,給与計算サーバ装置2から情報ネットワーク1を介して給与計算の計算結果のデータを受信する金融機関8のサーバ装置であるところ,同装置を口座振込システムコンピュータ10に置換してみたところで,何ら相違点1及び2に影響は与えない。したがって,仮に,技術分野の相違を度外視して,周知例2に記載された技術を引用発明に適用したとしても,相違点1及び2は解消されない。
〔被告の主張〕? 周知例2が開示する技術的事項 周知例2の口座振込システムコンピュ―タ10が給与計算を行っていることは,周知例2の【0030】〜【0040】の記載に照らし明らかである。
また,「給与計算・支払システムにおいて,企業情報として,企業の給与締め日(給与締日)や給与支給日(給与支払日)等の企業の給与規定を含む企業情報を登録しておき,給与支払の際に当該企業情報を用いること」は,周知例2だけでなく,著名な給与計算ソフトのマニュアル(乙5)及びガイド本(乙6)にも開示されている。
したがって,本件審決における周知技術の認定に誤りはない。
? 容易想到性の判断に誤りがないこと上記?のとおり,本件審決における周知技術の認定に誤りはない。また,本件審決は,「給与計算」を含むシステムの趣旨で「給与支払システム」の文言を用いているところ,この意味での「給与支払システム」が引用発明と同一の技術分野のものであることも明らかであり,本件審決における相違点1及び2の容易想到性の判断に誤りはない。
3 相違点3の認定及び容易想到性の判断の誤りについて 〔原告の主張〕 ? 相違点3の認定の誤り 引用例において,計算結果を表示する際に計算結果の確定ボタンが表示されてい 10 ないことは,図5Cから明白である。また,「確定」とは,「確かにきまること。定まって変動しないこと。 (甲10)を意味する文言であるところ,引用例には,給 」与計算の結果を変動させないためのボタンについて開示がない。
したがって,本件審決における相違点3の認定は誤りである。
? 引用発明の評価の誤り本件審決は,相違点3について,(引用発明において, 「 )給与明細書のプリントアウトを出力したり,確認された計算結果のデータを金融機関のサーバ装置に送信するということは,実質的に,確認された計算結果を確定しているといえるから,給与明細の作成ボタン11cやインターネットバンキングボタン11dが確定ボタンであるともいえる」と認定判断した(16頁)。
しかし,「確定」の意味は,上記?のとおりであり,プリントアウトの出力,データの送信などを「確定」と直ちに同視すべき理由はない。
本件審決は,上記評価をしたことについて合理的な理由を示しておらず,理由不備の違法がある。
? 周知技術の認定の誤り本件審決は,周知例1のみに依拠して,「一般に,データ処理の結果を表示確認する画面に,確認ボタンや,確定ボタン等の確認が完了したこと,すなわち,データ処理の確定を示すボタンを表示して,当該ボタンをクリックさせて確認の完了(確定)を行わせることは,本願出願日前,周知の技術にすぎない」と認定し,引用発明において,給与担当者(経理担当者)が支給金額確定,控除金額確定,支払金額確定を行う際に,「クリック可能な確定ボタンを給与計算結果の確認画面内に設けるか,別の画面に設けるかは,当業者が必要に応じて適宜選択すべき設計的事項にすぎない」と判断した(17頁)。
しかし,本件審決の認定は誤りがある。また,本件審決は,「確認の完了」を「確定」と同義のものとして周知技術の認定を行っており,「確定」の意味を正解しないものであって,前提において失当である。
11 原告は,周知例1に,「経理担当者が審査(確認)する電子伝票データの表示画面において,確定ボタンを表示し,確定ボタンの押下によって確定を行う技術」が開示されていることは争わないが,同技術をデータ処理の表示画面全般に係る技術に一般化,抽象化することは認められない。
? 引用発明に周知技術を適用する動機付けなどを欠くこと ア 本願発明において「確定ボタン」のもつ技術的な意義は,給与計算に用いられる従業員情報が給与計算を変動させる従業員入力情報を含むことから,経理担当者のあずかり知らないところで従業員によって情報が入力され,給与計算に変動がもたらされることを確定ボタンのクリック又はタップによる確定処理後は抑止することにある(本願明細書【0040】等)。また,給与計算の確認結果とともに確定ボタンを表示させることにより,経理担当者による確認後速やかに確定させ,変動を抑えることができる。仮に,計算結果を表示する画面に確定ボタンが設けられておらず,それが別の画面に設けられるとすれば,確認後,当該別の画面へと遷移している間に計算結果が変動してしまうおそれを生じさせる。
このように,確定ボタンの表示画面は技術的な意味を有し,設計的事項とされるべきものではない。
イ 引用発明では,「勤怠データにあらかじめ登録された固定項目や変動項目のデータが加味されて給与計算ソフトウェア6Bによる給与計算が行われ」ることから,本願発明のように,給与計算を変動させる従業員入力情報が経理担当者のあずかり知らないところで従業員によって入力されることは,全く念頭に置かれていない。
そのため,給与計算結果を表示する際に確定ボタンを同時に表示することにより得られる利便性はない。
また,引用発明は,「ネットワークを介してサーバが行う給与計算方法」の技術分野に属するところ,周知例1に記載された技術は,「電子伝票データの審査方法」の技術分野に属することから,当業者が周知例1に記載された技術を引用発明に適用すべき動機付けとなるものもない。
12 さらに,引用例には,わずかに図2において,「支給金額確定」「控除金額確定」 ,及び「支払金額確定」との記載が,一切の説明を伴わずになされているだけであり,この記載から,引用例において給与計算の計算結果を確認する際に確認ボタンを表示させることが示唆されていると考えることには論理の飛躍がある。
以上のことからすると,仮に,周知例1に記載された技術をデータ処理の表示画面全般に係る技術に抽象化することができたとしても,引用発明に同技術を適用することについて,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
? 引用発明に周知技術を適用しても相違点3は解消されないこと 本願発明は,本願明細書の図5に示されるように,該当月の各従業員の計算結果を個別に行うのではなく,単一の確認ボタンの1クリック又は1タップのみにより,一括して確定処理を完了させるものである。
一方,引用発明は,引用例の図5Cに示されるように,従業員ごとに確認画面を設けるものである。したがって,仮に同画面に確定ボタンを設けたとしても,同ボタンがクリック又はタップされることにより確定されるのは,当該従業員の計算結果に限られる。
よって,仮に引用発明に本件審決が認定した周知技術を適用したとしても,相違点3は解消されない。
〔被告の主張〕 ? 相違点3の認定に誤りがないこと 引用例の図2には,「支給金額確定」等の記載があることから,引用発明においても,「支給金額」等の「確定」処理を実行することを前提とすることは明らかである。
本件審決は,引用例では上記「確定」処理を「確定ボタン」を表示して行うか否かが明らかでないことから,相違点3のとおり相違点を認定したものであり,相違点の認定に誤りはない。
? 引用発明の評価に誤りはないこと 本願発明においてサーバが行う「確定」処理の意義は,当該月の給与として従業 13 員に支払われる金額を従業員に知らせたり,実際に支払われる金額を銀行振込データとして金融機関に通知したりすることを包含するものであり(本願明細書【0040】 【0041】 【0043】 【0044】 ,この意味でのサーバが行う「確定」 , , , )処理は,引用発明にも実質的に開示されている。
金融機関のサーバ装置への送信や給与明細書のプリントアウトの処理は,給与計算が完了したという,一般的な意義での給与計算の「確定」を金融機関又は従業者に対して知らせるものである。本件審決は,このことを踏まえて,これらの処理を指示するボタンを「確定」ボタンともいえる旨説示したものであり,引用発明の評価に誤りはない。
? 周知技術の認定に誤りはないこと 周知例1は,経理担当者が銀行振込伝票等を承認する際の電子伝票の承認方法の技術を開示する文献であり,経理担当者が担当し,電子伝票の承認(確認)後に,当該電子伝票に基づいて銀行振込されることに関連して,本件審決が認定した周知技術である,「データ処理の結果を表示確認する画面に,確認ボタンや,確定ボタン等の確認が完了したこと,すなわち,データ処理の確定を示すボタンを表示して,当該ボタンをクリックさせて確認の完了(確定)を行わせること」を記載している。
また,周知例1が狭義の「給与計算」ではないとしても,これに近接し類似する技術分野である,電子伝票の承認(確認)後に当該伝票に基づいて銀行振込されることに関連するものであるから,給与支給のための「確認された計算結果のデータ」の「金融機関8のサーバ装置」への「送信」などを行う引用発明と組み合されるべき周知技術の認定の根拠となり得る。
さらに,主要な給与計算ソフトを用いた給与計算実務のテキスト(乙7)には,データ処理(給与計算処理)の結果を表示確認する画面(給与明細書画面)に確定ボタン(「ロック」ボタン)を表示して,当該ボタンをクリックさせて確定(明細項目を変更できなくすること)を行わせることが開示されており,同ソフトのガイド本(乙6)には,上記「ロック」の処理を全ての従業員の給与明細に対して一括に 14 行うことが開示されている。
したがって,本件審決における周知技術の認定に誤りはない。
? 引用発明に周知技術を適用する動機付けなどを欠くものではないこと 上記?のとおり,本件審決における周知技術の認定に誤りはない。
そして,企業内の情報化に伴うコンピュータの画面設計一般において,上記周知技術が示すような,一定の機能に一のボタンを割り当てるか否かは,当業者が周知技術を勘案して適宜行うべき設計事項にすぎず,これを行う積極的な動機が引用例に明示されていないとしても,そのことにより組合せの動機付けが欠けるものではない。
? 引用発明に周知技術を適用することにより相違点3は解消されること 本願発明の特許請求の範囲には,「前記確定ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させ,」と記載されているにすぎず,該当月の全ての従業員の前記計算結果を一括して確定させることは発明特定事項とされていない。原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではなく,失当である。
また,周知例1には,複数の銀行振込伝票の概要を一覧表示した画面に,一括して確定する「確定」ボタンが示されており,乙6にも,全ての従業員の給与明細を一括確定(ロック)すること及び複数の従業員の給与明細一覧表示画面に確定ボタン(ロックボタン)を表示することが記載されている。したがって,該当月の全ての従業員の前記計算結果を一括確定させるという点も,給与計算の技術分野における周知技術である。
4 相違点5に係る容易想到性の判断の誤りについて 〔原告の主張〕 ? 引用例に係る扶養者情報の認定の誤り 本件審決は,引用例の図2に【扶養者情報】との記載があることから直ちに,「一般に扶養者情報は,従業員からの申告により,従業員の扶養者情報を雇用者企業が 15 入手するものである」と認定した。
しかし,引用例において扶養者情報は,税理士端末10から固定項目として給与データベース3に登録されるものであり,税理士のみに与えられた権限に基づいて行われるものであって,本件審決の認定は引用例の記載から乖離している。
前記1〔原告の主張〕のとおり,本件審決は,引用発明の認定においては,社労士端末9及び税理士端末10に関する開示を読み飛ばす一方で,相違点5の容易想到性の判断においては,本願発明の「給与計算を変動させる従業員入力情報」に対応し得る事項として,図2の【扶養者情報】に突如目を向けるものであり,引用発明の認定が,本願発明と対比を行う上で不可欠な事項を看過した誤りであったことを自認するに等しい。
? 周知技術等の認定の誤り 本願出願日時点において,クラウド上の給与計算ソフトでは,従業員端末から従業員情報を入力する機能,ましてや給与計算を変動させる従業員情報を入力する機能は存在せず,少なくとも周知ではなかった。また,その前提となる従業員用のIDを用意すること自体,少なくとも周知ではなかった。
本件審決は,周知例2のみに基づいて,従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末の他に,従業員情報の入力及び変更が可能な従業員の携帯端末機を備えることは,本願出願日前に周知の技術であったことを認定しているが,これは誤りである。周知例2には,従業員情報として,給与計算に変動を及ぼさない個人情報及び取引金融機関,口座情報を入力させることの記載があるにすぎない。
? 引用発明に周知技術を適用することに阻害要因等があること 前記2〔原告の主張〕のとおり,引用例と周知例2とは異なる技術分野に属するものであるから,周知例2に記載された技術を引用発明に適用することは容易でない。
16 また,引用発明において,給与計算を変動させる従業員入力情報は,税理士端末10から固定項目として給与データベース3に登録され,これは税理士のみに与えられた権限に基づいて行われるところ,同発明は,中小企業等ないし小規模事業者に対し,外部の専門家の関与の下で行われる給与計算等を円滑にすることを課題として上記構成を採用するものであるから,これを改変するとすれば,上記課題を解決しないものとなることが不可避である。したがって,給与計算を変動させる従業員入力情報(扶養者情報)の入力を税理士端末10とは異なる端末から行うこと,特に専門家端末ではない従業員端末から行うことには,明白な阻害事由がある。
なお,本件審決は,相違点5に係る認定判断の箇所において,特開2001-290923号公報(甲7)についても言及しているが(18頁),甲7は,引用例において背景技術として否定され,排斥されたものであり(【0004】,引用例に接 )した当業者が当該技術を引用発明に適用することは考えられない。
? 本願発明の効果 本願発明の課題は,中小企業等に対し,給与計算事務を大幅に簡便にすることであり(本願明細書【0006】 ,その意味は,外部の専門家に外注するのではなく, )各企業等が自ら給与計算事務を行う上で負担を軽減することを意味する(同【0002】〜【0005】。
) 本願発明は,@クラウドコンピューティングによる給与計算を提供すること,A従業員端末から給与計算を変動させる従業員情報が入力されること,B計算結果を表示する画面に確定ボタンが表示され,そのクリック又はタップのみによって確定処理が一括で行われること,の三つが有機的に結合することで,扶養者数等の従業員固有の情報に基づき変動する給与計算を自動化することができ,従来,既存の給与計算ソフトを用いて,又は用いずに,従業員ごとに各従業員に固有の情報を反映させて計算を行っていた複雑な作業負担から給与計算担当者を解放することができる,という画期的な効果が得られるものである(同【0035】【0040】等) , 。
〔被告の主張〕 17 ? 引用例に係る扶養者情報の認定に誤りはないこと 一般に,給与所得者は,毎月の源泉徴収税額を計算するために,年の途中で扶養者親族等の数が変動した場合には,変動を生じた日後最初に給与の支払を受ける日の前日までに,随時,雇用者企業に対し,「給与所得者の扶養控除等の(異動)申告書」を提出する。雇用者企業は,一般に,各月の給与計算において,上記申告書に基づき扶養者の所得等を確認し,源泉徴収税額の計算,扶養手当の支給等を行っている。これらの事実は,給与計算分野の当業者のみならず,給与所得者にとっても一般常識といえる。
引用例の図2の【扶養者情報】は,年末調整の際に税理士端末から入力するものであるが,その情報は,雇用者企業が従業員から入手した上記申告書から得られたものと考えられるから,本件審決の認定に誤りはない。また,引用例の図2は,給与データベース3の構成の例示にすぎないところ,同図において【扶養者情報】が「税理士」「年末調整」に関連付けられているからといって,扶養者情報を年末調整のみならず,各月の給与計算に付随する源泉徴収額の計算のために用いることは,上記のとおり想定し得ることである。本件審決が相違点5において図2の【扶養者情報】の項目について触れたことと引用発明の認定とは,直接関係がない。
なお,このようなデータの入力は比較的手数が掛かるものである(引用例【0018】)ため,引用例では税理士等の専門家が代行しているが,従業員数が少ない場合や,従業員数が多くても入力の手数をいとわないのであれば,給与担当者が行ったり,従業員本人が行ったりすることを妨げるものではない。
? 周知技術等の認定に誤りはないこと 本願出願日における技術水準を認定する際の根拠については,クラウド給与サービスとして実装されたものに限られるものではなく,ASP給与計算システム(インターネットを介してアクセス可能なサーバで提供される給与計算システム)における技術水準も検討する必要がある。本願明細書には,本願発明は,クラウドコンピューティングを提供するウェブサーバにより実現することができる(【0025】) 18 旨の記載以上の具体的なシステム構成に言及する記載は見当たらないから,本願発明が前提とするクラウドコンピューティングがASPサービスをも包含する概念であるとの本件審決の認定に誤りはない。
インターネットを介してアクセス可能なサーバで提供される給与計算システムにおいて,従業員の携帯端末から従業員情報を入力させる構成は,周知例2及び引用発明の背景技術である甲7のほか,特開2001-273389号公報(乙9)や特開2003-30477号公報(乙10)にも開示されている(乙9【0016】,乙10【0015】【0025】。
, ) したがって,本件審決における周知技術の認定に誤りはない。
? 引用発明に周知技術を適用することに阻害要因等はないこと 周知例2に記載された技術と引用発明が同一の技術分野に属するものであることについては,前記2〔被告の主張〕のとおりである。
また,本願発明と引用発明とは,給与担当者における給与計算の負担を削減し,これを円滑に行うことを可能にするという,給与計算システムにおける自明の課題が共通している。給与計算に必要な固定項目や変更項目を外部専門家の端末で行うか従業員の端末で行うかは,いずれもこの課題を解決するものであり,扶養者情報の入力を税理士端末ではなく従業員端末から行うことについて,阻害事由はない。
なお,甲7には,従業員が使用するPDA端末や携帯電話機などの従業員の携帯端末を用いて,勤務データや届出データ,個人データの入力に使用し給与計算に用いる構成が記載されており,同構成は本願出願前に周知技術であったところ,同構成を引用発明に適用するに当たり阻害要因は見当たらず,同構成を引用発明に適用することは,当業者が容易に想到し得たものである。引用例に背景技術として示されているというだけで,甲7に記載された上記構成を引用発明に適用することが排斥されるわけではない。
? 本願発明の効果 本願発明の効果は,引用発明,及び給与支払機能を提供するアプリケーションサ 19 ーバを有するシステムにおいて従業員情報を入力可能な従業員端末機を備えるという周知技術,のそれぞれから自明の効果である。
当裁判所の判断
1 本願発明について 本願発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願明細書によれば,本願発明の特徴は,以下のとおりである。
? 技術分野 本願発明は,給与計算方法及び給与計算プログラムに関し,より詳細には,企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法及び給与計算プログラムに関する。【0001】 ( ) ? 背景技術 従業員を雇用する企業は,毎月,給与額・各種税金に関する複雑な計算を行い,給与明細を作成して,各従業員に配布している。各企業等は,こうした給与計算事務を総務部,経理部等にて給与計算ソフトを用いて行っていることが多い。 【00 (02】【0003】 , ) ? 発明が解決しようとする課題 市販の給与計算ソフトは,各企業等が給与計算事務を行う上で必要な機能を備えているものの,様々な企業等の需要に応えることのできる汎用ソフトであることの欠点も抱えている。【0004】 ( ) すなわち,給与計算事務を給与計算ソフトを用いて行っている企業が一定の割合存在する一方,エクセル,手書きによる計算,あるいは社会保険労務士等への外注も少なくない割合で存在し,既存の給与計算ソフトが十分には対応できてない側面があると言える。このことは,初期設定等の各種設定が複雑であること,専門知識が要求されること,作業工程が多いこと等,既存の給与計算ソフトが汎用ソフトであることに起因する欠点の表れであると理解することができる。特に,中小企業又は個人事業主にとっては,このような給与計算事務を経営者が行わざるを得ないケ 20 ースも多々あり,大きな負担となっている。【0005】 ( ) 本願発明は,このような問題点に鑑みてなされたものであり,その目的は,中小企業等に対し,給与計算事務を大幅に簡便にする給与計算方法及び給与計算プログラムを提供することにある。【0006】 ( ) ? 課題を解決するための手段 このような目的を達成するために,本願発明の…態様は,企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって,前記企業の給与規定を含む企業情報及び前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,前記企業情報及び前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,前記給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記計算結果の確定ボタンとともにウェブブラウザ上に表示させ,前記確定ボタンがクリック又はタップされると,該当月の各従業員の前記計算結果を確定させること…前記従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページをウェブブラウザ上に表示させて入力された従業員入力情報を含むこと…を特徴とする。【0007】【0010】 ( , ) ? 発明の効果 本願発明によれば,…中小企業等に対し,給与計算事務を大幅に簡便にする給与計算方法及び給与計算プログラムを提供することができる。【0023】 ( ) ? 実施態様 給与計算方法の初期設定として,ユーザーとなる企業は,ウェブブラウザにより登録ページにアクセスし,メールアドレス,パスワード,事業所名等を入力してアカウントを作成する。そして,最初に給与規定の登録に進み,給与計算締日及び給与計算支払日,休日,会社が加入している健康保険,雇用保険の料率を指定し,さらに,住民税の納付及び残業代の計算について指定する。 【0026】〜【002 (8】) 次に,従業員情報の登録画面に進む。ユーザー企業の給与計算担当者が入力する従業員基本情報としては,姓名,生年月日,社員番号,入社日,連絡先,基本給等 21 が挙げられる。…従業員情報の一部は当該従業員自身が入力できるものであり,給与計算担当者は,当該従業員のあらかじめ登録されたメールアドレスに,自己の情報を入力することのできるウェブページを通知し,従業員に当該従業員の情報へのアクセスを許可することができる。従業員アカウントにログインした際に表示される各画面では,従業員情報の確認画面が表示され,各従業員に,扶養者数等の従業員固有の情報を入力させることによって,このような従業員固有の情報に基づき変動する給与計算を自動化し,給与計算担当者を煩雑な作業から解放することができる。扶養者数のほかには,生年月日により介護保険の支払義務の有無及び支払額が変動し,入社日により保険料の支払開始月が変動する。また,各従業員が自分で勤怠情報を入力することができる。このように,給与計算ソフトをクラウドのウェブアプリケーションにより実現することで,従業員ごとのアカウントを作成し,各従業員が自らアクセスして所要の情報をあらかじめ入力することができるようにして,従業員情報に基づく給与計算を自動化することができる。 【0033】〜【003 (5】) 給与計算担当者のアカウントにて表示される計算結果一覧では,上段に全従業員の給与合計が表示され,下段に各従業員の給与明細の要約が表示され,給与計算担当者が,「9月分の給与明細を確定する」ボタンをクリック又はタップすると,各従業員の給与が確定する。給与計算担当者は,あらかじめ記録された企業情報及び従業員情報を用いて該当月の各従業員の給与計算を行うことで,1クリック又は1タップのみで,各従業員の給与計算を完了することができ,従来,既存の給与計算ソフトを用いて,あるいは用いずに,従業員ごとに各従業員に固有の情報を反映させて計算を行っていた複雑な作業の負担が軽減される。また,1クリック又は1タップのみに基づいて,各従業員に,あらかじめウェブサーバの記憶部に格納されているメールアドレスを用いて,給与が確定し,給与明細をオンラインで閲覧可能であることを各従業員のスマートフォン,タブレット等の携帯端末,PC等に通知してもよい。…従来,給与計算の確定と,各従業員が給与明細を閲覧するまでには, 22 タイムラグがあった。これは,紙の給与明細を配布する場合には,誤配防止の観点,個人情報保護の観点等から配布物の確認が必要であったことによるが,ウェブアプリケーション上での閲覧とすることによって誤配の可能性がゼロになり,給与掲載の確定後,直ちに給与明細へのアクセスを許可できるようになる。 【0039】〜 (【0041】) 2 引用発明について ? 引用例(甲4)には,おおむね次の記載がある(下記記載中に引用する図1,図2及び図5については,別紙引用例等図面目録を参照。。
) ア 技術分野 本発明は,例えば従業員数30人前後の小規模事業者が,給与の計算等を行う場合に使用して好適な給与計算システム及び給与計算サーバ装置に関する。詳しくは,税理士や社会保険労務士のような複数の専門家と複数の事業者を,情報ネットワークを使って1台のサーバ装置で結ぶことにより,簡単な構成で給与計算等の処理が円滑に行われるようにするものである。【0001】 ( ) イ 背景技術 ASP(Application Service Provider)業者が給与計算等のソフトウェアをサーバ装置に設けて,給与計算を代行することが行われている。また,勤怠情報を給与計算代行業者が情報ネットワークを通じて収集して給与計算の代行を行っているものもある。【0002】 ( ) ウ 発明が解決しようとする課題 …本発明の目的は,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにするものである。【0005】 ( ) エ 発明の効果 本発明の給与計算システム及び給与計算サーバ装置によれば,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家を,情報ネットワ 23 ークを通じて相互に接続することによって,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができる。【0011】 ( ) オ 本発明の実施の形態 …図1は,本発明による給与計算システム及び給与計算サーバ装置を適用した情報ネットワークの一実施形態におけるシステム全体の構成を示す図である。 【00 (12】) 図1において,例えばインターネットのような情報ネットワーク1に対して給与計算サーバ装置2が設けられ,この給与計算サーバ装置2には給与データベース3が接続されている。そしてこの情報ネットワーク1に対しては,複数の事業者…における給与担当者の端末装置(事業者端末)…が接続される。また,事業者端末4には,タイムレコーダ…が接続されて,従業員の勤怠データの収集が行われている。
(【0013】) これにより事業者端末4からは,例えばタイムレコーダ5で収集された勤怠データが,情報ネットワーク1を介して給与計算サーバ装置2の給与データベース3に登録される。この給与データベース3には,例えば図2に示すように,固定項目としての基本給や計算単価等のデータ,また,変動項目としての計算された支給金額等のデータが登録される。なお,収集された勤怠データも変動項目に登録される。
(【0014】) 給与計算サーバ装置2には,上述の勤怠データの収集のためのデータ収集ソフトウェア6A,収集された勤怠データ及び固定項目と変動項目のデータに従って給与計算を行う給与計算ソフトウェア6B,社会保険計算を行う社会保険計算ソフトウェア6C,年末調整計算を行う年末調整計算ソフトウェア6D,マスター管理ソフトウェア6E等が設けられる。なお,これらのソフトウェア6A〜6Eには市販あるいは既製のものが利用可能であり,任意のデータ収集や給与計算等を行うソフトウェアが装備される。【0015】 ( ) したがって,給与計算サーバ装置2では,例えば事業者端末4のタイムレコーダ 24 5で収集された勤怠データが給与データベース3に登録されると,この勤怠データに予め登録された固定項目や変動項目のデータが加味されて給与計算ソフトウェア6Bによる給与計算が行われ,この計算結果が事業者端末4に送信される。これにより事業者端末4では計算結果としての給与明細書…が出力されて確認が行われる。
また,この確認された計算結果のデータは,例えば情報ネットワーク1を介して金融機関8のサーバ装置に送信することができる。【0016】 ( ) 以上の手順によって,事業者の給与計算が行われる。そしてこの場合に,例えばタイムレコーダ5で収集された勤怠データは,自動的に給与計算サーバ装置2に登録され,上述の固定項目や変動項目のデータを予め登録しておくことで,全自動で給与計算を行うことができる。【0017】 ( ) 次に,上述の固定項目や変動項目のデータを登録する際の手順について説明する。
ここで,固定項目や変動項目のデータを登録するためには最初にマスター登録を行う。このマスター登録を行う項目は多岐にわたり,比較的手数の掛かるものである。
そこでこのようなマスター登録の作業は社会保険労務士(社労士)や税理士のような専門家が行うものとする。そのため情報ネットワーク1には,図1に示したようにそれぞれ複数の社労士端末…と,税理士端末…が接続される。【0018】 ( ) マスター登録の画面(図3C)には,固定項目となる従業員の氏名や生年月日,基本給,住宅手当,通勤手当,住民税,雇用保険及び労災保険の加入の有無,標準月額報酬等の入力項目が表示されている。なお,図2に示すように固定項目は多岐にわたるものであり,これらの固定項目の全てがここで入力される。【0021】 ( ) マスター登録が完了すると,事業者端末4からの指示に従って給与計算が実行可能とされる。そこで給与計算を行う場合には,事業者端末4で給与計算サーバ装置2にアクセスすると,例えば図5に示すような画面が表示される。まず,図5Aはセキュリティのための画面であって,ここではユーザーIDとパスワードの入力が行われる。これらの入力が適正であると判断されたときは,図5Bに示す作業選択画面が表示される。【0022】 ( ) 25 作業選択画面(図5B)には,タイムレコーダからデータ取込,給与計算の確認,給与明細の作成,インターネットバンキング等の作業項目名と,それらの作業を選択実行するためのボタン…が設けられる。そこでまずタイムレコーダからデータ取込の実行ボタン11aがクリックされると,タイムレコーダ5からの勤怠データの取り込みが行われる。この取り込まれた勤怠データが給与計算サーバ装置2に送信されて給与計算が行われる。【0023】 ( ) 次に,給与計算の確認の選択ボタン11bがクリックされると,図5Cに示す確認画面が表示される。この確認画面は例えば従業員ごとに作成表示されるものであって,この確認画面には,通常残業時間,深夜残業時間,基本給,残業手当,社会保険,所得税,住民税,支給額等の項目にそれぞれ計算された金額が表示される。
これらの項目の内,通常残業時間及び深夜残業時間は修正可能であって,確認の上修正が行われる。また修正された時間に従って,以下の残業手当等の再計算が行われる。【0024】 ( ) そして,給与計算が確認されると,事業者端末4は作業選択画面(図5B)に戻され,給与明細の作成の実行ボタン11cがクリックされると,給与明細書のプリントアウトが出力される。また,インターネットバンキングの実行ボタン11dがクリックされると,確認された計算結果のデータを,例えば図1の情報ネットワーク1を介して金融機関8のサーバ装置に送信する。このようにして,タイムレコーダからの勤怠データの取り込みから給与の支給(送金・振込み)までの作業をきわめて容易に行うことができる。【0025】 ( ) 給与計算を行う場合には,事業者端末4でタイムレコーダ5から勤怠データが収集され,勤怠データが給与計算サーバ装置2に送信される。そして給与計算サーバ装置2では,受信された勤怠データと給与データベース3に登録された情報に基づき給与計算が行われ,給与計算の結果が事業者端末4に送信される。そして事業者端末4では,受信された給与明細書7が出力され,確認が行われて返信される。この返信が給与計算サーバ装置2で受信され,返信内容に基づく給与振り込みデータ 26 が金融機関8のサーバ装置に送信される。【0041】【0042】 ( , ) ? 本件審決における引用発明の認定の当否 上記?の記載(【0001】【0002】【0012】〜【0017】【0021】 , , ,〜【0025】【0041】 【0042】 , , )から,引用例には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3?ア)が記載されていることが認められる。
したがって,本件審決における引用発明の認定に誤りはない。
? 原告の主張について 原告は,本件審決は,合理的な理由を示すことなく,引用例の図1に明示された社労士端末及び税理士端末から目を背け,引用発明を誤って認定したものであり,引用例に記載された事項を適切に参酌すれば,引用発明は,その課題を「中小企業等ないし小規模事業者に対し,外部の専門家の関与の下で行われる給与計算等を円滑にすること」と認定し,その構成を前記第3の1〔原告の主張〕のとおり認定するのが相当である旨主張する。
確かに,引用例には,発明の目的は,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにするものであり(【0005】,同発明の給与計算システム及び )給与計算サーバ装置によれば,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家を,情報ネットワークを通じて相互に接続することによって,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができること(【0011】, )発明の実施の形態として,複数の事業者端末と,複数の専門家端末と,給与データベースを有するサーバ装置とが情報ネットワークを通じて接続された給与システムであり,専門家端末で給与計算サーバ装置にアクセスし,給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行い(【0018】〜【0021】 ,マスター登録された情報とタイムレコーダ5から取得した勤怠データとに基 )づき,給与計算サーバ装置で給与計算を行い,給与担当者が,事業者端末で給与明細書を確認した上で,給与振り込みデータを金融機関サーバに送信する(【0022】 27 〜【0025】【0041】〜【0043】 , ,図7のS11〜S20)ほか,専門家が専門家端末を介して給与データベースを閲覧し(【0031】〜【0033】,社 )会保険手続や年末調整の処理を行うことができる(【0026】〜【0030】【0 ,044】【0045】 , ,図7のS21〜S28)とする構成が記載されていることが認められる。
しかし,引用文献が公開公報等の特許文献である場合,当該文献から認定される発明は,特許請求の範囲に記載された発明に限られるものではなく,発明の詳細な説明に記載された技術的内容全体が引用の対象となり得るものである。よって,引用文献の「発明が解決しようとする課題」や「課題を解決するための手段」の欄に記載された事項と一致しない発明を引用発明として認定したとしても,直ちに違法とはいえない。
そして,引用例において,社労士端末や税理士端末に係る事項を含まない,給与計算に係る発明が記載されていることについては,上記?のとおりであるから,この発明を引用発明として認定することが誤りとはいえない。
したがって,本件審決の認定に誤りはなく,原告の主張は採用できない。
? 本願発明と引用発明との対比 本件審決のとおり引用発明を認定した場合に,本願発明と引用発明との間に相違点1ないし5があることについては,相違点3の認定を除き,当事者間に争いがない。
3 相違点5の容易想到性について 事案に鑑み,相違点5に係る容易想到性の判断における誤りの有無について検討する。
? 相違点5について 相違点5は,「本願発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し,引用発明の従業員情報は,各 28 従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点。」であり,「入力されたもの」とは,「入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報」を意味することは,当事者間に争いがない。
本件審決は,相違点5について,引用例の図2には,【扶養者情報】の項目が見て取れるところ,一般に,扶養者情報は,給与計算を変動させる従業員情報であるとした上で,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は,本願出願日前に周知の技術(周知例2例示周知技術)であり,従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは,当業者が適宜選択すべき設計的事項であるとして,「引用発明において,扶養者情報を従業員の申告に基づいて入力する構成に代えて,周知例2などに周知の技術や一般的な構成を採用して,本願発明と同様に,給与計算を変動させる従業員入力情報(扶養者情報)を各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させる構成とすることは,当業者が,本願出願日前に容易に発明できたものである。」旨認定判断した。
? 本件審決が認定した周知技術について ア 本件審決は,前記のとおり,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は,本願出願日前に周知の技術であったと認定した。なお,従業員情報とは,特許請求の範囲の記載のとおり,「各従業員に関連する情報」を意味するものである。
そして,被告は,周知例2,甲7,乙9及び乙10によれば,本願出願日前に上記周知技術が存在したことが認められるから,本件審決の認定に誤りはない旨主張 29 する。
イ 周知例2,甲7,乙9及び乙10は,本件特許の特許出願日以前に頒布された刊行物であるところ,これらの文献には,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機について,次のとおり記載されている。
(ア) 周知例2(甲6) 周知例2の技術分野(【0001】 ,背景技術( ) 【0002】 ,発明が解決しよう )とする課題(【0011】 ,発明の効果( ) 【0015】 ,発明を実施するための最良 )の形態(【0018】 【0025】 【0027】〜【0029】 【0036】 , , , )の記載によれば,周知例2には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員の取引金融機関,口座,メールアドレス及び支給日前希望日払いの要求情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が記載されていると認められる。
(イ) 甲7(特開2001-290923号公報) 甲7の発明の属する技術分野(【0001】 ,発明が解決しようとする課題( ) 【0009】 ,発明の実施の形態( ) 【0010】 【0011】 【0013】 【0014】 , , , ,【0020】 【0021】 , )並びに図1及び図3(別紙引用例等図面目録参照)の記載によれば,甲7には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員の勤怠データの入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が記載されていると認められる。
(ウ) 乙9(特開2001-273389号公報) 乙9の発明の属する技術分野(【0001】 ,発明が解決しようとする課題( ) 【0007】 ,発明の実施の形態( ) 【0012】 【0015】 【0016】 【0019】 , , , ,【0020】)及び図1(別紙引用例等図面目録参照)の記載によれば,乙9には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにお 30 いて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員の出勤時間及び退勤時間の情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が記載されていると認められる。
(エ) 乙10(特開2003-30477号公報) 乙10の発明の属する技術分野(【0001】 ,発明が解決しようとする課題 )(【0004】 ,発明の実施の形態( ) 【0013】〜【0015】 【0022】〜 ,【0026】)及び図2(別紙引用例等図面目録参照)の記載によれば,乙10には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員の勤怠情報(例えば,出社の時間,退社の時間,有給休暇等)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が記載されていると認められる。
ウ 以上のとおり,周知例2,甲7,乙9及び乙10には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,@従業員の取引金融機関,口座,メールアドレス及び支給日前希望日払いの要求情報(周知例2),A従業員の勤怠データ(甲7),B従業員の出勤時間及び退勤時間の情報(乙9)及びC従業員の勤怠情報(例えば,出社の時間,退社の時間,有給休暇等)(乙10)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されていることは認められるが,これらを上位概念化した「上記利用企業端末のほかに,およそ従業員に関連する情報(従業員情報)全般の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」や,「上記利用企業端末のほかに,従業員入力情報(扶養者情報)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されているものではなく,それを示唆するものもない。
したがって,周知例2,甲7,乙9及び乙10から,本件審決が認定した周知技術を認めることはできない。また,かかる周知技術の存在を前提として,本件審決 31 が認定判断するように,「従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは,当業者が適宜選択すべき設計的事項である」とも認められない。
? 動機付けについて 本願発明は,従業員を雇用する企業では,総務部,経理部等において給与計算ソフトを用いて給与計算事務を行っていることが多いところ,市販の給与計算ソフトには,各種設定が複雑である,作業工程が多いなど,汎用ソフトに起因する欠点もあることから,中小企業等では給与計算事務を経営者が行わざるを得ないケースも多々あり,大きな負担となっていることに鑑み,中小企業等に対し,給与計算事務を大幅に簡便にするための給与計算方法及び給与計算プログラムを提供することを目的とするものである(本願明細書【0002】〜【0006】。
)そして,本願発明において,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて,同端末から扶養者情報等の給与計算を変動させる従業員情報を入力させることにしたのは,扶養者数等の従業員固有の情報(扶養者数のほか,生年月日,入社日,勤怠情報)に基づき変動する給与計算を自動化し,給与計算担当者を煩雑な作業から解放するためである(同【0035】。
)一方,引用例には,発明の目的,効果及び実施の形態について,前記2?のとおり記載されており,引用例に記載された発明は,複数の事業者端末と,複数の専門家端末と,給与データベースを有するサーバ装置とが情報ネットワークを通じて接続された給与システムとし,専門家端末で給与計算サーバ装置にアクセスし,給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行うことなどにより,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにしたものである。
したがって,引用例に接した当業者は,本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく,専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて,各従業員 32 の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより,相違点5に係る本願発明の構成を想到するものとは認め難い。
なお,引用発明においては,事業者端末にタイムレコーダが接続されて従業員の勤怠データの収集が行われ,このデータが給与計算サーバ装置に送信されて給与計算が行われるという構成を有するから,給与担当者における給与計算の負担を削減し,これを円滑に行うということが,被告の主張するように自明の課題であったとしても,その課題を解決するために,上記構成に代えて,勤怠データを従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力させる構成とすることにより,相違点5に係る本願発明の構成を採用する動機付けもない。
? 小括 以上によれば,当業者が,引用発明において,相違点5に係る本願発明の構成を備えるようにすることを容易に想到するということはできないから,本件審決の前記認定判断には誤りがあり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすものである。
4 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由があるから,本件審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮