運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 28年 (行ウ) 450号 処分取消請求事件

原告ザ ボードオブ トラスティーズ オブ ザ レランドスタンフォード ジュニア ユニバーシティー
同訴訟代理人弁護士 中野浩和
被告国 処分行政庁特許庁長官
同 指定代理人安岡美香子
同 小原弘行
同 門奈伸幸
同 小林大祐
同 小野和実
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁長官が国際特許出願(特願2013-527133号)について, 平成28年3月28日付けでした,平成28年1月7日付け提出の「特許協 力条約に基づく規則」(以下「条約規則」という。)82の3.1による請 求書に係る手続却下処分を取り消す(なお,原告が,上記請求書の提出日を 平成25年1月7日と記載しているのは,明らかな誤記と認める。)。
事案の概要
本件は,「千九百七十年六月十九日にワシントンで作成された特許協力条約」 (以下「特許協力条約」という。)に基づいてされた国際出願(国際出願番号 PCT/US2011/049180)であって,特許法184条の3第1項 に基づき,その出願日に日本国にされたものとみなされた特許出願(特願20 13-527133号。以下「本件国際特許出願」という。)の出願人である 原告が,同特許出願について平成28年1月7日付けで提出した,「引用によ る補充」がなかったとする旨の条約規則82の3.1による請求書(以下「本 件請求書」という。)に係る手続につき,指定期間を徒過した提出であること を理由に特許庁長官が同年3月28日付けでした却下処分(以下「本件却下処 分」という。)が違法であると主張して,その取消しを求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は,米国カリフォルニア州に所在する大学(通称名はスタンフォード 大学)である。
? 「引用による補充」に関する取扱い等 ア 手続の概要 「引用による補充」は,平成17年の第34回特許協力条約同盟総会で 改正が採択された条約規則(平成19年4月1日発効。なお,改正前後を 問わず「条約規則」という。)に導入された手続である。
2 「引用による補充」とは,優先権主張を伴う国際出願について,出願人 が,国際出願の「要素」(明細書の全部又は請求の範囲の全部のこと)又 は「部分」(明細書の部分,請求の範囲の部分,図面の部分又は全部)が, 当該国際出願に記載されていない(欠落している)が優先権主張の基礎と なる先の出願に完全に記載されている場合,欠落した「要素」又は「部分」 を先の出願から引用により補充することを受理官庁に対して請求すること ができ,受理官庁がこれを認めた場合には,当該「要素」又は「部分」は, 国際出願として提出された書類を受理官庁が最初に受理した日に当該国際 出願に含まれていたものとみなされる手続である。
「引用による補充」により,出願人は,いったん付与された国際出願日 を変更することなく「要素」又は「部分」を補充することが可能となる (条約規則4.18,20.6,20.7)。
イ 我が国における取扱い (ア) 「引用による補充」に係る規定について,上記アの改正に際し,国 内法令との不適合が生じる場合,国内法令に適合しない間,指定官庁の 世界知的所有権機関の国際事務局への通告を条件に,当該指定官庁にさ れた国際特許出願に上記規定を適用しないとする旨の経過規定が置かれ ている(条約規則20.8(a)(b))。
(イ) 特許庁は,「引用による補充」に係る規定と国内法令との間に不適 合が生じることを理由に,上記(ア)の通告を行い,これにより同規定が 特許庁にされた国際特許出願に適用しないこととされた。
(ウ) 我が国では,その後,上記アの条約規則の改正を実施するため,特 許法施行規則等の改正が行われた(平成19年経済産業省令第26号。
平成19年4月1日施行)。
同改正による改正後の特許法施行規則38条の2の2には,「引用に よる補充」の手続により国際出願 日 が 認 定 さ れ た 国 際 特 許 出 願 が 我 3 が国に国内移行された場合,@特許庁長官は,出願人に対し,国 際 特 許 出 願 の 国 際 出 願 日 を 条 約 規 則 2 0 . 3 (b)( @ ) , 2 0 . 5 (b) 又 は (c)の い ず れ か の 規 定 に よ り 認 定 さ れ た 国 際 出 願 日 と す る 旨を通知しなければならないこと,A出願人に対して意見書を提 出して意見を述べる機会を与えること,B出願人は,「引用によ る補充」部分が当該国際特許出願に含まれないものとする請求を することができること,C特許庁長官は,上記Bの請求があった 場合,「引用による補充」がなかったものとして国際出願日を認 定することが定められた。
(エ) 我が国では,その後,上記アの改正後の条約規則に国内法令を適合 させるため,特許法施行規則等の改正が行われた(平成24年8月31 日経済産業省令第65号。平成24年8月31日公布,同年10月1日 施行)。
(オ) 特許庁は,平成24年10月1日以降,上記(イ)の通告を取り下げ, 同日以降に受理された国際特許出願につき,受理官庁が認めた「引用に よる補充」の効果を認めることとなった。なお,国際特許出願日が同日 より前の国際特許出願については,「引用による補充」に関する規定を 適用しない旨の経過措置がとられた(同年8月31日経済産業省令第6 5号附則2条)。したがって,本件国際特許出願については,「引用に よる補充」に関する規定は適用されず,上記(ウ)の内容が適用される。
? 本件却下処分に至る経緯 ア 原告は,平成23年(2011年)8月25日,米国における出願(出 願日:平成22年(2010年)8月27日,出願番号:61/377, 591)を基礎出願(以下「本件基礎出願」という。)とし,発明の名称 を「高度なイメージング特性を有する顕微鏡イメージング装置」とする発 明につき,特許協力条約に基づき,優先日を平成22年8月27日とし, 4 米国特許商標庁を受理官庁として,外国語により国際出願をした(以下 「本件国際出願」という。)。
本件国際出願は,特許法184条の3第1項により,その出願日である 平成23年8月25日に日本国に特許出願されたとみなされた(特願20 13-527133号(本件国際特許出願))。
イ 原告は,同年9月29日,米国特許商標庁に対し,条約規則4.18及 び20.6(a)に基づき,本件国際出願において欠落していた明細書部分 (AppendixA及びAppendixB。以下,併せて「本件欠落 部分」と総称する。)を,「引用により補充」することを求める書面を提 出した。
ウ 米国特許商標庁は,同年11月2日付けで,原告に対し,本件欠落部分 が本件基礎出願に含まれているとして,本件欠落部分について,「引用に よる補充」を認める旨通知した。
エ 原告は,平成25年2月27日,特許庁長官に対し,特許法184条の 5第1項所定の国内書面を提出し,同年4月30日付けで,同条の4第1 項所定の明細書,請求の範囲,図面及び要約の日本語による翻訳文を提出 した。
オ 特許庁長官は,同年9月24日,原告に対し,特許法施行規則38条の 2の2第1項に基づき,同月17日付け通知書(以下「本件通知書」とい う。)を発送した。
本件通知書には,@本件国際特許出願の国際出願日を「引用による補充」 がされた平成23年9月29日と認定するので,国際出願時に主張してい る優先権の主張が優先日から12か月の経過をもって失効すること,A意 見がある場合には,上記発送日(平成25年9月24日)から30日以内 (以下「本件指定期間」という。)に意見書を提出すること,B本件国際 特許出願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指 5 定期間内に条約規則82の3.1による請求書に所定の事項を記載して提 出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補 正書により提出すること,が記載されている。
カ 原告は,本件指定期間内に,上記オの意見書や請求書を提出しなかった。
キ 原告は,平成26年8月25日,特許庁長官に対し,出願審査請求書を 提出した(乙7)。
ク 特許庁長官は,平成27年7月7日,原告に対し,同年6月26日付け 拒絶理由通知書(以下「本件拒絶理由通知書」という。)を発送した。
本件拒絶理由通知書には,@本件国際特許出願の請求項1ないし49に 係る発明につき,新規性(特許法29条1項3号)及び進歩性(同条2項) を欠き,拡大先願違反(同条の2)であるから特許を受けることができず, 本件特許出願を拒絶すべきであること,A意見がある場合には,上記発送 日から3か月以内に意見書を提出すること,B本件指定期間内に原告から 応答がなかったことにより,本件国際特許出願の国際出願日は「引用によ る補充」がされた「2011.9.29(平成23年9月29日)」と認 定されることなどが記載されている(乙8)。
ケ 原告は,平成27年10月6日付けで,特許庁長官に対し,本件拒絶理 由書に記載された意見書の提出期間を合計3か月延長することを求める期 間延長請求書を提出した(乙9)。
コ 原告は,平成28年1月7日付けで,特許庁長官に対し,特許法施行規 則38条の2の2第4項に基づく請求書(条約規則82の3.1による請 求書と同一である。(本件請求書)),本件指定期間の延長を求める上申 書,手続補正書及び意見書を提出した。
サ 特許庁長官は,同年2月16日,原告に対し,却下理由通知書を発送し た。
同却下理由通知書には,@本件請求書が本件指定期間の経過後に提出さ 6 れたものであることを理由に,特許法18条の2第1項に基づき本件請求 書に係る手続を却下すること,A弁明がある場合には上記発送の日から3 0日以内に弁明書を提出できることが記載されている(甲3)。
シ 原告は,同年3月16日付けで,特許庁長官に対し,弁明書を提出した。
ス 特許庁長官は,同月28日付けで,特許法18条の2第1項本文に基づ き,本件請求書に係る手続を却下した(本件却下処分)。
セ 原告は,同年4月6日,本件却下処分に係る手続処分の謄本を受領した。
? 本件却下処分に対する不服申立て ア 原告は,同年6月21日付けで,特許庁長官に対し,行政不服審査法に 基づき,本件却下処分の取消しを求める審査請求をした。
イ 原告は,同年9月27日,本件却下処分の取消しを求めて,本件訴訟を 提起した。
2 争点及びこれに関する当事者の主張 本件の争点は,本件却下処分について特許庁長官の裁量権の逸脱又は濫用が あるか否かである。
(原告の主張) 特許法5条1項は,特許庁長官等が特許法の規定により手続をすべき期間を 指定した場合に,請求により又は職権で,指定期間の指定を受けた者の利益と 行政上の便宜とを比較衡量して指定期間を延長することができる旨を定め,特 許庁長官等に指定期間の延長に関する合理的な裁量権を認めている。
したがって,特許庁長官は,指定期間の延長に係る請求があった場合,期間 満了等の形式面のみではなく,期間の指定を受けた者の利益を十分に考慮して 上記裁量権を行使しなければならない。
この点,本件却下処分にあたっては,次の各事情を考慮すべきであるところ, 本件却下処分は,下記?及び?の要考慮事項が十分考慮されずにされ,下記? 及び?の事情も存することにも照らせば,裁量権を逸脱又は濫用したものであ 7 って,違法である。
? 原告の利益を十分考慮すべきであること ア 「引用による補充」がなかったとする請求に係る特許法施行規則の規定 は,条約規則の「引用による補充」に係る規定と日本法との不整合を調整 するための規定であり,国際特許出願の出願人に対し,「引用による補充」 に係る内容と「引用による補充」をなかったとして出願日を優先させるこ とのいずれかについて選択肢を与えるものである。この点,原告は,国内 移行を含めたすべての出願手続の過程において本件欠落部分の訳文を提出 していないから,「引用による補充」に係る内容ではなく出願日を優先さ せる意思であったといえる。また,本件通知書において,「引用による補 充」がなかったとする場合に提出するよう求められた「引用による補充が なされる前の明細書の全文」は,提出済みの国際出願翻訳文と同一であり, 既に提出されているものと解することができる。
イ 「引用による補充」の手続は,国際的に認められた「救済手続」である。
ウ 「引用による補充」に係る条約規則の規定は,平成19年4月1日から 平成24年10月1日まで,我が国に適用されていない。
エ 特許庁長官等は,一般的に,指定期間を延長できる上,平成27年7月 10日法律第55号による改正により,指定期間経過後にも期間延長請求 ができる旨の救済規定が新設されている。
オ 本件基礎出願から国内移行手続に至るまでのすべての過程において,一 貫して,本件欠落部分を除いた明細書等が開示されているところ,工業所 有権の保護に関するパリ条約における部分優先(基礎出願からのすべての 過程に一貫して開示されている部分のみに優先権を認める制度)の趣旨に 照らせば,本件において一貫して開示されている上記部分については,本 件基礎出願まで遡って優先権が認められるべきである。
カ 分割手続では,一般的に,新規事項の追加があれば出願日が繰り下がり, 8 当該新規事項を削除すれば出願日が繰り下がらなくなる運用が採られてい る。本件では,明細書から本件欠落部分が削除されているから,新規事項 の追加がないものとして国際出願日を繰り下がらないと解することが,上 記運用と整合的である。
キ 上記アないしカの事情に鑑みれば,原告には,本件指定期間の延長によ り救済を受ける利益があり,当該利益は,本件却下処分に当たって十分考 慮されるべき事項である。
? 原告の信頼を考慮すべきであること 特許庁の提供するJ-PlatPatは,特許公報自体ではないが特許公 報と同等の情報が公報発行日に即日一般公衆の閲覧に供されるから,事実上 ないし実質的に一般公衆の信頼の対象となるものであり,信頼保護の原則に 照らせば,上記信頼は法的に保護に値すると解すべきである。
本件では,J-PlatPatには,本件通知書に関して「通知書(その 他の通知)(期間無)」との表示がされ,これを見た原告は,本件通知書に 期間のない処理がされていると信頼しており,原告の当該信頼は法的保護に 値する以上,本件却下処分に当たって考慮されるべき事項である。
? 第三者の利益を害しないこと 上記?のとおり,J-PlatPatは,事実上,一般公衆に対する公示 であり,本件通知書に関する表示内容に照らせば,第三者は,本件通知書に ついて期間の無い処理が行われていると認識でき,また,「引用による補充」 に係る規定は,既に我が国に適用されており,今後,類似事例が発生するこ とはない。したがって,本件指定期間を延長しても,第三者に不測の不利益 は生じず,原告と第三者との取扱いが実質的に不平等になることはない。
? 今日の実務にも影響がないこと 我が国では,既に「引用による補充」に係る条約規則の規定の適用留保が 撤回され,「引用による補充」によっても国際出願日が繰り下がらないから, 9 本件指定期間を延長しても今日の実務への影響はない。
(被告の主張) ? 特許法施行規則38条の2の2第4項に基づき提出された本件請求書は, 本件指定期間内に限って提出できるものであるが,本件指定期間を2年以上 徒過して提出されているから同条項の要件を満たさず,本件請求書に係る手 続は不適法である。そして,特許法18条の2第1項は「特許庁長官は,不 適法な手続であって,その補正をすることができないもの」,すなわち, 「補正に適さない重大な要件の瑕疵のある手続」につき「その手続を却下す る。」と定めているところ,指定期間を大幅に徒過した後に提出された請求 書の提出を認めて補正できるとすれば,特許庁長官が出願人に認定した国際 出願日を通知し,出願人が指定期間内に「引用による補充」をしないことと する請求書を提出した場合のみ国際出願日が「引用による補充」の日に繰り 下がることを阻止できるとする特許法施行規則38条の2の2の趣旨が没却 される。
そうすると,本件請求書に係る手続には,国際出願日の認定手続における 重大な要件の瑕疵であって補正に適さない瑕疵があり,「不適法な手続であ って,その補正をすることができないもの」に該当する。
? 仮に,裁量権の濫用又は逸脱に係る原告の主張が,本件請求書に係る手続 が上記「補正をすることができないもの」に該当しない旨の主張であるとし ても,本件請求書の提出に係る手続は「補正をすることができないもの」に 当たることは明らかである。
ア 特許法5条1項に基づく指定期間延長の請求は,本来の指定期間の満了 前に,期間延長請求書の提出と併せて必要な手数料を納付しなければなら ないが,原告は,本件指定期間の満了前に,同条項に基づく延長請求をし ていない上,本件指定期間を大幅に徒過した後に本件指定期間の延長を求 める上申書を提出したにすぎない。したがって,原告が同条項に基づく指 10 定期間の延長請求をしたとはいえない。
イ 仮に,上記アの点を措くとしても,特許庁長官が職権で本件指定期間を 延長するか否かは,同長官の広範な裁量に委ねられており,指定期間の延 長を行わなかったことが裁量権の逸脱・濫用と評価される余地があるの は,特許法4条1項の内容も勘案すれば,当初の指定期間が相手方の交通 事情等を勘案すれば短きに失し,これを延長しなければ事実上手続を採る 機会を剥奪するに等しい場合等に限定されるというべきである。
本件では,原告は,我が国の代理人を通じて本件国際特許出願の手続を 行っており,本件指定期間の日数は,原告が米国所在であることを勘案し ても特許法施行規則3 8 条 の 2 の 2 第 4 項 に 基 づ く 請求書を提出するに 十分な期間である。したがって,特許庁長官が,職権で本件指定期間を延 長せずに本件請求書の提出を認めなかったとしても,裁量権の逸脱・濫用 であると評価される余地はないから,本件請求書に係る手続が特許法18 条の2第1項「補正をすることができないもの」に該当する。
? そして,特許庁長官は,不適法であって「補正をすることができない」手 続を当然に却下することになるから,本件却下処分は適法である。
? なお,本件欠落部分の翻訳文が提出されていない点については,単に失念 していたにすぎないとも解され,当該事実をもって,出願人が本件欠落分を 本件国際特許出願に含めないとの意思を有していたとはいえない。
また,J-PlatPatの「期間無」との表示は,特許庁が期間の管理 (一定期間経過後に出願人に再度の通知を要する等の手続)を行う必要がな いという意味の事務処理上の表示である上,一般人において,上記表示がい かなる期間について「無」としているのか読み取ることは困難である。
当裁判所の判断
1 争点(裁量権の逸脱又は濫用の有無)について ? 平成19年経済産業令第26号による改正後の特許法施行規則38条の2 11 の2は,「特許庁長官は,特許協力条約に基づく規則…により国際出願日が認められた国際特許出願について,その国際特許出願の出願人に対し,その国際特許出願の国際出願日を規則20.3(b)(@),20.5(b)又は20.5(c)のいずれかの規定により認定された国際出願日とする旨の通知をしなければならない。」(1項),「国際特許出願の出願人は,特許庁長官が前項の規定による通知に際して指定する期間内に限り,意見書を提出することができる。」(2項),「国際特許出願の出願人は,第2項の期間内に限り,第1項の規定による国際特許出願のうち,規則20.5(c)の規定によりその国際特許出願に含まれることになった明細書,請求の範囲又は図面について,それらが当該国際特許出願に含まれないものとする旨の請求をすることができる。」(4項)と定めており,特許庁長官に対し,同条1項の通知に対する意見書及び「引用による補充」部分が当該国際特許出願に含まれないものとする請求に関する期間を指定する権限を認めるとともに,国際特許出願の出願人に対し,「引用による補充」に係る内容と「引用による補充」をなかったものとして出願日を優先させる利益とを選択する機会を付与している。そうすると,同条の趣旨は,国際特許出願の出願人に対して上記選択権を付与することによって当該出願人の利益を図るとともに,特許庁長官に対して上記選択に係る期間の指定権限を付与することによって出願に関する手続一般の画一的かつ円滑な進行を図ることにあると解するのが相当である。
そして,上記指定期間について,特許法5条1項は,「特許庁長官,審判長又は審判官は,この法律の規定により手続をすべき期間を指定したときは,請求により又は職権で,その期間を延長することができる。」と規定し,特許庁長官等に対し,指定期間の延長について広範な裁量権を付与している。
特許庁長官に期間の指定権限が付与された趣旨,すなわち,画一的かつ円滑な手続の進行を図るという趣旨に鑑みれば,特許庁長官が指定期間を延長すべき場合とは,手続をする者の責に帰することができない理由によって,指 12 定期間内に手続をすることができないと認められるなどの事情が存する場合であると解するのが相当である。
そこで本件について検討すると,前記第2の1(前提事実)?オ・カ・クないしコのとおり,本件指定期間は平成25年9月24日から30日以内とされたが,原告は,本件指定期間内に意見書や「引用による補充」をなかったとする旨の請求書を提出しておらず,本件国際特許出願の国際出願日が「引用による補充」のされた日(平成23年9月29日)である旨や意見がある場合には発送日(平成27年7月7日)から3か月以内に意見書を提出すべきことなどが記載された同年6月26日付け本件拒絶理由通知書を受領した後になって,同年10月6日に本件拒絶理由通知書に記載された意見書の提出期間を合計3か月間延長することを求める期間延長請求書を提出し,その後,平成28年1月7日になって,本件通知書に対応する本件請求書,本件指定期間の延長を求める上申書,手続補正書及び意見書をようやく提出している。このように,原告は,本件通知書で定められた本件指定期間の満了日から2年以上もの期間が経過した後になってようやく,本件通知書に対応する本件請求書及び本件指定期間の延長を求める申請書を提出しているところ,平成19年経済産業令第26号による改正後の特許法施行規則38条の2の2の上記趣旨に照らせば,原告が米国所在であることを考慮しても,このような場合にまで特許庁長官が本件指定期間を延長して本件請求書の提出を認めるべきであったとは到底いえず,他に本件請求書の提出時点まで本件指定期間を延長すべき事情,すなわち,手続をする者の責に帰することができない理由によって,指定期間内に手続をすることができないと認められるなどの事情は見当たらない。
そうすると,この点に関する特許庁の裁量権の行使につき,裁量権の逸脱又は濫用があったと認めることはできない。
そして,本件請求書は,本件指定期間内に提出されなければならない(平 13 成19年経済産業令第26号による改正後の特許法施行規則38条の2の2 第4項)にもかかわらず,本件指定期間の満了日から2年以上もの期間が経 過してから提出されているため,本件請求書に係る手続には,補正すること のできない重大な瑕疵があるといえるから,当該手続は,「不適法な手続で あって,その補正をすることができないもの」(特許法18条の2第1項) に該当するというべきであり,同条項に基づいてされた本件却下処分は,適 法である。
? これに対し,原告は,特許庁長官が,原告の利益や信頼を十分考慮した上 で本件指定期間を延長するべきであり,本件指定期間を延長しても第三者や 今日の実務への影響はないから,本件却下処分は,裁量権を逸脱又は濫用し てされた違法な処分である旨主張する。
しかしながら,原告が十分考慮すべき利益であると主張する事情は,いず れも独自の見解に基づくものにすぎず,特許出願手続における画一的かつ円 滑な手続処理という要請を上回る利益であると解することはできない。
また,原告は,J-PlatPatにおける「通知書(その他の通知) (期間無)」との表示により,原告又は第三者において本件通知書に関して 期間の定めのない処理がされていると信頼していた旨主張するが,上記表示 をもってそのような信頼が生じたと直ちに解することはできない。かえって, 原告は,本件通知書を受領しているのであるから,これによって本件指定期 間が存在することを当然認識しているのであって,そもそも上記のような信 頼が生じ得る前提を欠くものというべきである。
さらに,特許出願手続における上記要請に鑑みれば,本件指定期間を延長 することで,同様の出願手続を行う第三者や今日の実務に影響が生じること は明らかである。
したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
2 結論 14 よって,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文 のとおり判決する。
裁判長裁判官 沖中康人
裁判官 島田美喜子
裁判官 廣瀬達人