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関連審決 無効2015-800016
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成27ワ28698 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成27ワ5869 特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
平成27ワ28468 特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成27ワ22491 損害賠償請求事件 判例 特許
平成27ワ11434 特許権侵害行為の差止等請求事件 判例 特許
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事件 平成 26年 (ワ) 20319号 特許権侵害差止等請求事件

原告 株式会社S−Cube
同訴訟代理人弁護士 池田眞一郎
同 鈴木正勇
同 濱田真一郎
被告 アイアンドティテック株式会社
同訴訟代理人弁護士 三山峻司
同 清原直己
同訴訟代理人弁理士 吉本力
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/01/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,原告に対し,6242万2510円及びこれに対する平成26年9 月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は,名称を「盗難防止タグ,指示信号発信装置,親指示信号発信装置及 び盗難防止装置」とする発明(請求項の数9。以下,特許請求の範囲請求項1 ないし4の発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」,請求項7の 発明を「本件発明6」といい,併せて「本件各発明」という。)についての特 許権を有する原告が,被告の製造,販売,貸与する別紙被告製品目録記載1- 1 1ないし4の盗難防止タグ及び盗難防止タグ用リモコン(以下,それぞれ「被 告製品1-1」ないし「被告製品4」という。また,このうち被告製品1-1 と1-2を併せて「被告製品1」という。)のうち被告製品1及び2は本件発 明1ないし3の技術的範囲に,被告製品3及び4は本件発明4及び6の技術的 範囲にそれぞれ属すると主張して,民法709条及び特許法102条2項に基 づき,被告製品1ないし4の販売に係る損害合計6242万2510円及びこ れに対する不法行為の後の日(訴状送達の日)である平成26年9月11日か ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案 である。
なお,原告は,別紙被告製品目録記載5の盗難防止タグ用マスターリモコン (以下「被告製品5」という。)も本件発明4及び上記特許権の特許請求の範 囲請求項6の発明(以下「本件発明5」という。)の技術的範囲に属すると主 張した上,@特許法100条1項に基づき,被告製品1ないし5の製造,販売, 貸渡し,使用,販売のための展示の差止め,A同条2項に基づき,その所有す る被告製品1ないし5の廃棄を求めていたが,これらの請求は,平成28年5 月18日付け「訴えの変更申立書」によって取り下げられている。また,原告 は,当初から被告製品5の販売に係る損害賠償請求をしていない。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣 旨により容易に認定できる事実) (1) 当事者等 ア 原告は,盗難防止装置の製造及び販売等を業とする株式会社である。
イ 被告は,防犯・防災のシステムに関する機械器具の製造及び販売等を 業とする株式会社である。
A(以下「A」という。)は,平成21年まで原告の製品開発部署で ある大阪事業所所長兼取締役を務め,同年から平成23年まで原告の顧 問を務めた上,現在は被告の代表取締役を務めている者である。(弁論 2 の全趣旨)(2) 原告の特許権 原告は,次の特許権を有している(以下「本件特許権」又は「本件特許」 という。また,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書等」といい, その内容は別紙特許公報記載のとおりである。)。(甲1の1,2) 特許番号 特許第3099107号 発明の名称 盗難防止タグ,指示信号発信装置,親指示信号発信装置及 び盗難防止装置 出 願 日 平成8年3月21日 登 録 日 平成12年8月18日(3) 本件特許権の出願経過 訴外株式会社クボタ(以下「クボタ」という。)は,平成8年3月21日, 本件各発明の特許につき出願(特願平8-64978)をし,平成12年7 月7日付けで特許査定を受け,同年8月18日,設定登録された。(甲1の 2) 原告は,クボタから本件特許権の移転を受け,平成15年4月9日にその 旨の登録を経た。(甲1の1,弁論の全趣旨)(4) 本件各発明の構成要件 本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれ の記号に従い「構成要件A1」などという。)。
ア 本件発明1 A1 盗難防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態を検出す る検出手段と, B1 非接触で信号を受信する受信手段と, C1 前記検出手段が取り外し状態を検出したとき及び前記受信手段が 所定信号を受信したときに,警報を出力する警報出力手段とを備え 3 た盗難防止タグにおいて, D1 前記受信手段は,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警 報出力状態の解除を指示する,暗号コードを含む解除指示信号を受 信することを可能とする一方, E1 前記受信手段が受信した前記所定信号及び前記解除指示信号を識 別する識別手段と, F1 暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段と, G1 前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び 前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定す る一致判定手段と, H1 該一致判定手段が一致すると判定したときは,前記警報出力手段 が作動可能である状態及び警報出力状態を解除する解除手段とを備 えることを I1 特徴とする盗難防止タグ。
イ 本件発明2 A2 前記一致判定手段が一致しないと判定したときに, B2 警告を出力する警告出力手段を備える C2 請求項1記載の盗難防止タグ。
ウ 本件発明3 A3 前記暗号記憶手段は,前記受信手段が受信する,新暗号コードへ の変更を指示する暗号変更指示信号により, B3 その記憶内容を前記新暗号コードに更新する C3 請求項1又は2記載の盗難防止タグ。
エ 本件発明4 A4 請求項1〜3の何れかに記載の盗難防止タグが備える受信手段が 受信すべき解除指示信号に含めるための暗号コードを記憶する暗号 4 記憶手段と, B4 前記解除指示信号を,該暗号記憶手段が記憶する暗号コードを含 めて発信する発信手段とを備えることを C4 特徴とする指示信号発信装置。
オ 本件発明6 A6 請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する暗号変更指示信号 を受信する受信手段を備え, B6 前記暗号記憶手段は,該受信手段が受信した暗号変更指示信号に 含まれる新暗号コードにより記憶内容を更新する C6 請求項4又は5記載の指示信号発信装置。
(5) 被告による無効審判請求 被告は,平成27年1月19日,特許庁長官に対し,本件各発明に係る特 許について,@本件発明1及び4における「暗号コード」並びに本件発明3, 5及び6における「新暗号コード」の記載は不明確であり,特許法36条6 項2号に定める明確性要件違反がある,A本件各発明は進歩性要件違反があ るなどとして,無効審判請求をした(無効2015-800016)。(乙 22)(6) 審決の予告 特許庁は,平成28年2月2日,上記(5)の無効審判請求事件において, 以下の理由により,本件各発明に係る特許を無効とする旨の審決の予告(以 下「本件審決予告」という。)をした(〔〕内の記載は本判決による。)。
(乙33) 「本件特許発明1ないし6〔本件発明1ないし6〕は,甲2発明〔後出 の乙4発明〕,甲第2号証〔後出の乙4公報〕,甲第3号証〔後出の乙 5公報〕及び甲第11号証〔後出の乙13公報〕にそれぞれ記載された 事項並びに前記周知技術に基いて〔原文ママ〕当業者が容易に発明する 5 ことができたものであるから,本件特許発明1ないし6に係る特許は, 特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり,同法第1 23条第1項第2号に該当し,無効とすべきものである。」(7) 原告の訂正請求 原告は,本件審決予告を受けて,平成28年3月14日,本件特許の特許 請求の範囲請求項1及び3について,以下の内容による訂正請求をした(以 下「本件訂正」といい,本件訂正後の本件発明1ないし6をそれぞれ「本件 訂正発明1」ないし「本件訂正発明6」という。)。(甲12,乙35) ア 特許請求の範囲請求項1に「備えた盗難防止タグにおいて」と記載さ れているのを,「備えた複数の指示信号を受信する盗難防止タグにおい て」に訂正し,同請求項に「解除を指示する,暗号コードを含む解除指 示信号」と記載されているのを,「解除を指示する,暗号コードを一部 に含む解除指示信号」に訂正する(以下「訂正事項1」という。)。
イ 特許請求の範囲請求項3に「新暗号コードへの変更を指示する暗号変 更指示信号」と記載されているのを,「新暗号コードへの変更を指示す る新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号」に訂正する(以下「訂 正事項2」という。)。
ウ 本件明細書等の段落【0021】に記載された「備えた盗難防止タグ において」と記載されているのを,「備えた複数の指示信号を受信する 盗難防止タグにおいて」に訂正し,同段落に記載された「解除を指示す る,暗号コードを含む解除指示信号」を「解除を指示する,暗号コード を一部に含む解除指示信号」に訂正する(以下「訂正事項3」とい う。)。
エ 本件明細書等の段落【0022】に記載された「解除を指示する,暗 号コードを含む解除指示信号」を「解除を指示する,暗号コードを一部 に含む解除指示信号」に訂正する(以下「訂正事項4」という。)。
6 オ 本件明細書等の段落【0024】に記載された「新暗号コードへの変 更を指示する暗号変更指示信号」を「新暗号コードへの変更を指示する 新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号」に訂正する(以下「訂正 事項5」という。)。
(8) 本件訂正発明1及び3 本件訂正発明1及び3の内容は,次のとおりである(下線部が訂正箇所)。
(甲12,乙35) ア 本件訂正発明1 盗難防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態を検出する検 出手段と,非接触で信号を受信する受信手段と,前記検出手段が取り外 し状態を検出したとき及び前記受信手段が所定信号を受信したときに, 警報を出力する警報出力手段とを備えた複数の指示信号を受信する盗難 防止タグにおいて, 前記受信手段は,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出 力状態の解除を指示する,暗号コードを一部に含む解除指示信号を受信 することを可能とする一方, 前記受信手段が受信した前記所定信号及び前記解除指示信号を識別す る識別手段と,暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段と,前記識別手 段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び前記暗号記憶手段 が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する一致判定手段と,該 一致判定手段が一致すると判定したときは,前記警報出力手段が作動可 能である状態及び警報出力状態を解除する解除手段とを備えることを特 徴とする盗難防止タグ。
イ 本件訂正発明3 前記暗号記憶手段は,前記受信手段が受信する,新暗号コードへの変 更を指示する新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号により,その 7 記憶内容を前記新暗号コードに更新する請求項1又は2記載の盗難防止 タグ。
(9) 被告製品1ないし4 ア 被告製品1及び2 被告製品1及び2の内部基板には,いずれも「InT Tech.AM_TAG Ver1.1」 との記載がある。(甲4) イ 被告製品3及び4 被告は,被告製品3及び4を製造・販売している。
(10) 本件特許出願前の先行文献の存在 本件特許の出願日(平成8年3月21日)の前に頒布された刊行物として, 以下の文献が存在する。
ア 特開平6-318291号公報(公開日平成6年11月15日。乙4。
以下「乙4公報」といい,同公報に係る発明を「乙4発明」という。) イ 特開平7-210770号公報(公開日平成7年8月11日。乙5。
以下「乙5公報」といい,同公報に係る発明を「乙5発明」という。) ウ 特公平7-75039号公報(公告日平成7年8月9日。乙6。以下 「乙6公報」といい,同公報に係る発明を「乙6発明」という。) エ 特開平7-325986号公報(公開日平成7年12月12日。乙7。
以下「乙7公報」という。) オ 米国特許第4163215号明細書(特許日昭和54年7月31日。
乙8。以下「乙8明細書」という。) カ 米国特許第5083122号明細書(特許日平成4年1月21日。乙 9。以下「乙9明細書」という。) キ 特開平4-276898号公報(公開日平成4年10月1日。乙10。
以下「乙10公報」という。) ク 米国特許第4463340号明細書(特許日昭和59年7月31日。
8 乙11。以下「乙11明細書」という。) ケ 特開平4-232147号公報(公開日平成4年8月20日。乙12。
以下「乙12公報」という。) コ 特公平3-45436号公報(公告日平成3年7月11日。乙13。
以下「乙13公報」という。) サ 米国特許第5005125号明細書(特許日平成3年4月2日。乙1 4。乙13公報に係る出願において優先権主張の基礎とされた米国特許 出願の特許明細書である。以下「乙14明細書」といい,乙13公報及 び乙14明細書に係る発明を「乙13・14発明」という。) シ 米国特許第5148159号明細書(特許日平成4年9月15日。乙 15。以下「乙15明細書」といい,同明細書に係る発明を「乙15発 明」という。)3 争点 (1) 被告による被告製品1及び2の製造・販売の有無並びに同各製品のプログ ラムの制作による間接侵害の成否 ア 被告による被告製品1及び2の製造・販売の有無 イ 被告による被告製品1及び2のプログラム制作による間接侵害の成否 (2) 被告製品1ないし4は本件各発明の技術的範囲に属するか ア 被告製品1が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか イ 被告製品2が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか ウ 被告製品3及び4が本件発明4及び6の「暗号コード」(構成要件A 4,B4,B6)を充足するか エ 被告製品3及び4が本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成要件A 6)を充足するか (3) 本件各発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認め られるか 9 ア 明確性要件違反 (ア) 本件発明1及び4についての無効理由(明確性要件違反)の存否 (イ) 本件発明3及び6についての無効理由(明確性要件違反)の存否 イ 進歩性欠如 (ア) 本件発明1についての無効理由(乙4発明を主引例とする進歩性欠如) の存否 (イ) 本件発明2についての無効理由(乙6発明を主引例とする進歩性欠如) の存否 (ウ) 本件発明3についての無効理由(乙13・14発明を主引例とする進 歩性欠如)の存否 (エ) 本件発明4についての無効理由(乙4発明を主引例とする進歩性欠如) の存否 (オ) 本件発明6についての無効理由(乙13・14発明を主引例とする進 歩性欠如)の存否 (カ) 本件発明6についての無効理由(乙15発明を主引例とする進歩性欠 如)の存否 (4) 本件訂正による対抗主張の成否 ア 本件訂正が訂正要件を満たしているか イ 本件訂正により無効理由を解消することができるか ウ 被告製品1及び2が本件訂正発明1ないし3の技術的範囲に属するか (5) 損害発生の有無及びその額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(被告による被告製品1及び2の製造・販売の有無)について 〔原告の主張〕 被告は,盗難防止タグ用リモコン(被告製品3及び4)及びマスターリモコ ン(被告製品5)だけでなく,盗難防止タグ(被告製品1及び2)も製造し, 10 これを訴外株式会社エム・アールビジネス(以下「エム・アールビジネス」という。)に販売していた。このことは,以下の点からも明らかである。
(1) 内部基板の記載 被告製品1及び2の内部基板には,いずれも「InT Tech.AM_TAG」との記 載があり,「InT Tech」の「n」は「&」の代わりに用いられたものであるこ とからすると,当該記載は,被告すなわちアイアンドティテック〔I&Tテ ック〕株式会社の製品であり,被告製作のプログラムが組み込まれているこ とを示すものである。
(2) 盗難防止タグとリモコンの関係 本来,盗難防止タグとリモコンは一対のものであり,他社と互換性のある ものではないことからすると,リモコンのみを製造・販売しているとの被告 の主張は極めて不自然である。
(3) 開発・製造能力 被告は,エム・アールビジネスは訴外株式会社KDエレクトロニクス(以 下「KDエレクトロニクス」という。)から盗難防止タグを購入している旨 主張するが,エム・アールビジネスもKDエレクトロニクスも盗難防止タグ を開発・製造する能力を有していないのであって,被告が積極的に関与する ことなく,エム・アールビジネス又はKDエレクトロニクスが被告製品1及 び2を開発・製造することはできない。
(4) ロイヤリティの支払 エム・アールビジネスは,KDエレクトロニクスから盗難防止タグを購入 するごとに,被告に対して1個30円のロイヤリティを支払っている。
(5) KDエレクトロニクスの見積書及び請求書 被告は,盗難防止タグを販売していたのは被告ではなくKDエレクトロニ クスであったことの証拠として,KDエレクトロニクスのエム・アールビジ ネスに対する見積書(乙20。以下「乙20見積書」という。)及び請求書 11 (乙21。以下「乙21請求書」という。)を提出するが,被告がこれらの 書面を所持していること自体,不自然である。そもそも,これらの書面上, 委託者はいずれもエム・アールビジネスとされているが,これは,与信に不 安のある被告を委託者とすることができなかったため,便宜的にエム・アー ルビジネスを委託者としたものにすぎない。
(6) 被告の主張する開発,製造の経緯 被告は,概要,@エム・アールビジネスは,当初,被告に対し,「ID無 し」すなわちIDの書換えのできない各店舗共通の解除信号による盗難防止 タグ及びリモコンの開発を依頼した,Aその後,盗難防止タグについては, エム・アールビジネス側で製造の用意をすることになった,Bエム・アール ビジネスの指示により,平成25年4月頃から「ID無し」ではなく「ID 有り」の盗難防止タグ(被告製品1及び2)及びリモコン(被告製品3及び 4)の開発に変更され,被告は「ID有り」のリモコンのみを開発したなど と主張する。
しかし,被告の上記主張は,以下のとおり,不自然な点が多い。
ア 「ID無し」の盗難防止タグは既に他のメーカーからも販売されてお り,エム・アールビジネスとしてはこれを購入すれば足りるのであって, あえて被告に対して開発を依頼するとは考えられない。
イ 盗難防止タグ及びリモコンを開発させるに当たっては,「ID無し」 か「ID有り」かは最も基本的かつ重要な検討事項であって,特段の理 由もなく途中で「ID無し」から「ID有り」へと変更するようなこと はあり得ず,当初から「ID有り」の盗難防止タグ及びリモコンの開発 をしていたはずである。
ウ エム・アールビジネスから被告への支払が終了したのは平成24年1 2月31日であるはずであり,「ID無し」の盗難防止タグを「ID有 り」のものに変更したのはその後ということになるはずである。しかる 12 に,平成25年3月29日付けの乙21請求書によれば,「ID有り」 の盗難防止タグが変更からわずか3か月後の時点で8812個も製造さ れており,整合しない。
〔被告の主張〕 (1) 被告は被告製品1及び2の盗難防止タグを製造・販売していない。被告製 品1及び2を製造してエム・アールビジネスに納入しているのはKDエレク トロニクスである。
(2) 被告製品1及び2の開発・製造の経緯は,次のとおりである。
ア 被告は,エム・アールビジネスからの依頼を受け,平成24年3月頃 から盗難防止タグ及びリモコンの開発に着手した。
当初被告が開発していたものは,「ID無し」すなわちID(本件各 発明の「暗号コード」を指すものではない。)の書換えのできない各店 舗共通の解除信号による盗難防止タグ及びリモコンであった。また,当 初は訴外テキサスインスツルメント社製のマイコン(以下「TI社製マ イコン」という。)を用いることとしていた。
イ 当初の予定では,被告が盗難防止タグ及びリモコンの両方を製造し, エム・アールビジネスに販売する予定であった。
しかし,その後,盗難防止タグについてはエム・アールビジネス側で 製造の用意をすることになった。すなわち,@エム・アールビジネスが KDエレクトロニクスに盗難防止タグの製造を委託する,AKDエレク トロニクスが中国の製造会社にケースの製造を依頼するとともに,訴外 ヨーホー電子株式会社(以下「ヨーホー電子」という。)にケースと基 板の組立てを依頼する,B完成した製品をKDエレクトロニクスがエム ・アールビジネスに納品することとなった。なお,製品の金型はエム・ アールビジネスが所有し,中国の製造会社が管理していた。
ウ 平成24年12月頃,「ID無し」の盗難防止タグ及びリモコンの試 13 作が出来上がり,評価等を行ったところ,当初予定の性能を有していた。
エム・アールビジネスは,被告に対し,開発費用を同年末までに3回 に分けて支払った。
エ 平成25年3月頃,TI社製マイコンを用いた「ID無し」盗難防止 タグ及びリモコンの量産試作が行われた。その際,盗難防止タグはKD エレクトロニクスが製作し,同社がエム・アールビジネスに納品した。
オ 上記エの量産試作の結果,盗難防止タグの1個当たりの単価が269 円となることが分かった。エム・アールビジネスはコスト削減を要望し, これを受けてKDエレクトロニクスは,@盗難防止タグに用いるマイコ ンをTI社製マイコンから訴外ルネサスエレクトロニクス株式会社製の マイコン(以下「ルネサス社製マイコン」という。)に変更して単価を 下げる,Aルネサス社製マイコンの販売会社とは従前から緊密な取引関 係にあるため,同社に対し,ルネサス社製マイコンのプログラム開発及 びダウンロードを無料で行わせる旨の提案をした。
このとき,エム・アールビジネスは,マイコンを変更するのであれば 「ID有り」の盗難防止タグ及びリモコンに変更したい旨希望した。
他方,被告はルネサス社製マイコンを扱ったことがないため,ルネサ ス社製マイコン用のプログラム開発については,エム・アールビジネス の依頼を断った。
カ 以上の経緯のもと,平成25年4月頃から,@ルネサス社製マイコン の販売会社は,ルネサス社製マイコンを使用した「ID有り」の盗難防 止タグの開発をし,A被告は,TI社製マイコンを使用した「ID有り」 の盗難防止タグ用リモコンの開発をすることとなった。
キ 盗難防止タグ及びリモコンの試作品は平成25年8月頃に完成し,同 年12月から量産が行われた。
(3) この点に関して原告は,被告が盗難防止タグも製造・販売していた旨主張 14 する。しかし,盗難防止タグに関しては乙20見積書及び乙21請求書が存 在するところ,これらはいずれもKDエレクトロニクスがエム・アールビジ ネスに対して発行したものであって,被告は取引の中に入っていない。
また,原告は,被告製品1及び2の内部基板に「InT Tech.AM_TAG」との記載 があることを指摘するが,この記載は,被告が当初,「ID無し」の盗難防止 タグの回路設計を行い,その設計図面をエム・アールビジネスに交付したこ とによる。
さらに,原告は,エム・アールビジネスが被告に対してロイヤリティを支 払っているなどと主張するが,そのような事実は存在しない。
加えて,原告は,盗難防止タグ及びリモコンの開発の途中で「ID有り」 から「ID無し」に変更することはあり得ないなどと主張するが,開発の過 程で,依頼者の意向により変更があるということは珍しくなく,何ら不合理 でもない。
2 争点(1)イ(被告による被告製品1及び2のプログラム制作による間接侵害 の成否)について〔原告の主張〕 盗難防止タグに組み込むプログラムは当該盗難防止タグ専用として作成され るものであって,当該盗難防止タグに組み込むことにより,そのプログラム仕 様に基づいて当該盗難防止タグを動作させることはできるが,当該プログラム を他社製の盗難防止タグに組み込んでも,動作条件,動作内容,回路基板等の 仕様が異なるため,当該他社製の盗難防止タグを動作させることはできない。
被告製品1及び2のプログラムも,同様の作成,組込み手順であり,被告製 品1及び2専用として作成されたものであって,被告製品1及び2に組み込む ことにより,当該製品のプログラム仕様の動作をさせることができるにすぎず, 当該プログラムを他社製の盗難防止タグに組み込んでも,当該他社製の盗難防 止タグを動作させることはできない。
15 したがって,被告が被告製品1及び2に組み込むプログラムを作成し,その の製造用に提供した行為は,特許法101条1号の「その物の生産にのみ用い る物の生産,譲渡等」に該当し,本件発明1ないし3に係る特許権を侵害する ものとみなされる。
〔被告の主張〕 否認する。被告は被告製品1及び2に組み込むプログラムを作成しておらず, 特許法101条1号間接侵害に該当しない。
3 争点(2)ア(被告製品1が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか) について〔原告の主張〕 (1) 本件発明1について ア 被告製品1は,別紙被告製品物件説明書1-1及び1-2に記載され たものであり,本件発明1との対比に沿うように分説すると次のとおり である。
a1 導通ワイヤー取付状態検出手段と, b1 共振回路(アンテナ回路)と, c1 前記検出手段が導通ワイヤーの取り外し状態を検出したとき及び 前記受信手段がゲートの発信装置から所定信号を受信したときに, 駆動部に警報信号を出力させてLEDを点滅させ,ブザーを鳴動さ せる点滅・鳴動手段とを備えた盗難防止タグにおいて, d1 前記共振回路は,前記点滅・鳴動手段が作動可能であるセットモ ード状態及び点滅・鳴動出力状態の解除を指示する,暗号コードを 含むリセットコード信号を受信することを可能とする一方, e1 前記共振回路が受信した前記所定信号及びリセットコード信号を 識別するコード識別部と, f1 前記暗号コードを予め記憶する暗号記憶部と, 16 g1 前記コード識別部が識別したリセットコード信号に含まれる暗号 コード及び前記暗号記憶部が記憶する暗号コードが一致するか否か を判定する信号処理部と, h1 該信号処理部が一致すると判定したときは,前記点滅・鳴動手段 が作動可能であるセットモード状態及び点滅・鳴動状態を解除する リセットモード設定手段とを備える i1 盗難防止タグ。
イ 対比・検討 (ア) a1の導通ワイヤー取付状態検出手段は,商品から盗難防止タグが取 り外されたかを検出するものであり,A1の盗難防止対象物に対する取 り付け状態及び取り外し状態を検出する検出手段に相当し,被告製品1 は,A1の構成要件を充足する。
(イ) b1の共振回路(アンテナ回路)は,非接触で信号を受信するもので あり,B1の受信手段に相当し,被告製品1は,B1の構成要件を充足 する。
(ウ) C1の所定信号は,本件明細書等の【発明の詳細な説明】に「この状 態で,何者かが盗難防止対象物を持ち出そうとすると,盗難防止タグは, 販売店の出口に設置された発信装置(図8,TX)から所定信号を受信 して警報を出力する。」(段落【0036】)と記載されていることか らすれば,c1の店舗のゲートの発信装置から発せられる信号は,C1 の所定信号に相当する。
また,C1の警報出力手段は,本件明細書等の【発明の詳細な説明】 に「警報信号は,駆動部8の出力端子が例えば8HzでLレベルになる ことにより,発光ダイオードLEDを点滅させる。このとき,駆動部8 は,8HzのLレベル信号に4kHzの鳴動信号を重畳させて,トラン ジスタTR2を駆動させ,ブザーBUZを鳴動させる。」(段落【00 17 60】)と記載されていることからすれば,c1のLEDを点滅させ, ブザーを鳴動させる点滅・鳴動手段は,C1の警報出力手段に相当する。
よって,C1とc1は同じであり,被告製品1は,C1の構成要件を 充足する。
(エ) 上記のように,D1の受信手段はd1の共振回路に,D1の警報出力 手段はd1の点滅・鳴動手段にそれぞれ相当する。
また,D1の解除指示信号は,本件明細書等の【発明の詳細な説明】 に「信号処理部5は,与えられたコードがリセットコードであるときは, 暗号コード記憶部9に記憶してある暗号コードと,リセットコードに含 まれる暗号コードとが一致するか否かを判定する。そして,一致すると 判定したときは,この盗難防止タグをリセットモードに設定し」(段落 【0051】)と記載されていることからすると,d1のリセットコー ド信号は,D1の解除指示信号に相当する。
よって,D1とd1は同じであり,被告製品1は,D1の構成要件を 充足する。
(オ) 上記のように,E1の受信手段はe1の共振回路に,E1の所定信号 はe1のゲートの発信装置から発せられる所定信号に,E1の解除指示 信号はe1のリセットコード信号にそれぞれ相当し,E1とe1は同じ であり,被告製品1は,E1の構成要件を充足する。
(カ) F1とf1は同じであり,被告製品1は,F1の構成要件を充足する。
(キ) 上記のように,G1の解除指示信号はg1のリセットコード信号に相 当し,被告製品1は,G1の構成要件を充足する。
(ク) 上記のように,H1の警報出力手段,警報出力状態は,h1の点滅・ 鳴動手段,点滅・鳴動状態に相当する。
また,H1の解除は,上記の本件明細書等の段落【0051】の記載 からするとリセットモードを意味することから,H1の解除手段は,h 18 1のリセットモード設定手段に相当する。
よって,H1とh1は同じであり,被告製品1は,H1の構成要件を 充足する。
(ケ) I1とi1は同じであり,被告製品1は,I1の構成要件を充足する。
(コ) 以上より,被告製品1は本件発明1の構成要件を全て充足し,本件発 明1の技術的範囲に属するものである。
(2) 本件発明2について ア 被告製品1は,上記のように別紙被告製品物件説明書1-1及び1- 2に記載されたものであり,本件発明2との対比に沿うように分説する と次のとおりである。
a2 前記一致判定手段が一致しないと判定したときに, b2 LEDを点滅させ,ブザーを鳴動させる点滅・鳴動出力手段を備 える c2 a1ないしh1からなる盗難防止タグ。
イ 対比・検討 (ア) A2とa2は同じであり,被告製品1は,A2の構成要件を充足する。
(イ) 本件明細書等の【発明の詳細な説明】に「警告信号は,駆動部8の出 力端子が例えば8Hzの2周期連続1周期休止のリズムでLレベルにな って,発光ダイオードLEDを点滅させる。このとき,駆動部8は,8 Hzの2周期連続1周期休止のリズムのLレベル信号に4kHzの鳴動 信号を重畳させて,トランジスタTR2を駆動させ,ブザーBUZを鳴 動させる。」(段落【0053】)と記載されていることからすれば, B2の警告出力手段はb2の点滅・鳴動出力手段に相当し,B2とb2 は同じであり,被告製品1は,B2の構成要件を充足する。
(ウ) 上記のように,a1ないしh1は,A1ないしH1と同じであり,c 2の盗難防止タグは本件発明1の盗難防止タグに相当することから,被 19 告製品1はC2の構成要件を充足する。
(エ) 以上より,被告製品1は本件発明2の構成要件を全て充足し,本件発 明2の技術的範囲に属するものである。
(3) 本件発明3について ア 被告製品1は,上記のように別紙被告製品物件説明書1-1及び1- 2に記載されたものであり,本件発明3との対比に沿うように分説する と次のとおりである。
a3 前記暗号記憶手段は,前記受信手段が受信する,新暗号コードへ の変更を指示する暗号変更指示信号により, b3 その記憶内容を前記新暗号コードに更新する c3 a1ないしh1又はa2ないしc2からなる盗難防止タグ。
イ 対比・検討 (ア) A3とa3は同じであり,被告製品1は,A3の構成要件を充足する。
(イ) B3とb3は同じであり,被告製品1は,B3の構成要件を充足する。
(ウ) 上記のように,a1ないしh1はA1ないしH1と,a2ないしc2 はA2ないしC2とそれぞれ同じであり,c3の盗難防止タグは本件発 明1及び本件発明2の盗難防止タグに相当することから,被告製品1は C3の構成要件を充足する。
(エ) 以上より,被告製品1は本件発明3の構成要件を全て充足し,本件発 明3の技術的範囲に属するものである。
〔被告の主張〕 不知。
4 争点(2)イ(被告製品2が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか) について〔原告の主張〕 (1) 本件発明1について 20 ア 被告製品2は,別紙被告製品物件説明書2に記載されたものであり, 本件発明1との対比に沿うように,被告製品1と異なる点について分説 すると,次のとおりである。
a1’ボタン押圧状態検出手段と, c1’前記検出手段がボタン押圧開放状態を検出したとき及び前記受信 手段がゲートの発信装置から所定信号を受信したときに,駆動部に 警報信号を出力させてLEDを点滅させ,ブザーを鳴動させる点滅 ・鳴動手段とを備えた盗難防止タグ。
イ 対比・検討 (ア) a1’のボタン押圧状態検出手段は,商品から盗難防止タグが取り外 されたかを検出するものであり,A1の盗難防止対象物に対する取り付 け状態及び取り外し状態を検出する検出手段に相当し,被告製品2は, A1の構成要件を充足する。
(イ) 上記のように,c1’のボタン押圧開放状態を検出したときは,商品 から盗難防止タグが取り外された状態を検出するものであり,C1の取 り外し状態を検出したときに相当し,被告製品2は,C1の構成要件を 充足する。
(ウ) 被告製品2のそれ以外の構成は,被告製品1と同じであり,被告製品 2は,B1,D1ないしI1の構成要件も充足する。
(エ) 以上より,被告製品2は本件発明1の構成要件を全て充足し,本件発 明1の技術的範囲に属するものである。
(2) 本件発明2について 被告製品2は,別紙被告製品物件説明書2に記載されたものであり,本件 発明2との対比においては,前記3の〔原告の主張〕で被告製品1を分説し たものと同じであり,被告製品1での対比・検討した結論と同様に,被告製 品2は本件発明2の構成要件を全て充足し,本件発明2の技術的範囲に属す 21 るものである。
(3) 本件発明3について 被告製品2は,別紙被告製品物件説明書2に記載されたものであり,本件 発明3との対比においては,前記3の〔原告の主張〕で被告製品1を分説し たものと同じであり,被告製品1での対比・検討した結論と同様に,被告製 品2は本件発明3の構成要件を全て充足し,本件発明3の技術的範囲に属す るものである。
〔被告の主張〕 不知。
5 争点(2)ウ(被告製品3及び4が本件発明4及び6の「暗号コード」(構成 要件A4,B4,B6)を充足するか)について〔原告の主張〕 (1) 被告製品3及び4は別紙被告製品物件説明書3及び4に記載されたもので あり,いずれも本件発明4及び6の「暗号コード」(構成要件A4,B4, B6)を備える。
(2) この点に関して被告は,本件各発明の「暗号コード」は「第三者に通信内 容を知られないように行う特殊な通信(秘匿通信)方法のうち,通信文を見 ても特別な知識なしでは読めないように変換する表記法(変換アルゴリズ ム)」である旨主張する。
しかし,本件各発明の「暗号コード」とは,リモートコントロールキーが 盗まれたりした場合に,他のリセットコードが漏れないようにするため,コ ードの一部を任意の数字(信号)を組み合わせたものとしてリセットコード を設定し,それにより盗難防止タグとリモートコントロールキーの間で送受 信するものを指すものであって,リセットコードの当該一部が「暗号」すな わち「通信の内容が第三者にもれないように,おたがいに約束して使う記号 (のしくみ)。」(三省堂国語辞典第7版52頁〔甲2〕)と目的,機能に 22 おいて類似することから,当該類似する目的,機能を示すために,「暗号コード」の名称を用いたものにすぎない。このことは,本件明細書等の以下の記載などからも明らかである。
ア 本件明細書等の段落【0001】の記載によれば,本件各発明は,盗 難防止タグ,盗難防止タグに指示信号を与える指示信号発信装置,盗難 防止タグ及び指示信号発信装置に指示信号を与える親指示信号発信装置 とこれらの盗難防止装置の改良についてのものであって,電気通信事業 者が行う無線通信とは異なり,指示信号発信装置から盗難防止タグに対 し送信されるリセットコードの個別のデータ内容自体に格別の意味はな く,当該データ内容を第三者に知られないように特殊な通信方法を行う ようなものではない。
イ 本件明細書等の段落【0074】の記載及び【図8】の記載によれば, 盗難防止タグをリセットモードに設定するための指示信号発信装置から 盗難防止タグへのリセットコードの送信は,店舗のレジでの商品代金の 精算時に行われるものである。また,盗難防止タグ,指示信号発信装置 のリセットコードを変更するために親指示信号発信装置から盗難防止タ グ,指示信号発信装置への当該変更指示信号の送信は,客が立ち入らな い店舗の事務室等の作業台で行われるものである。
このように,リセットコード等の送信は,盗難防止タグと指示信号装 置が近接した状態で行われ,リセットコード等の信号もその範囲にしか 送信されないため,第三者が当該送信を傍受しようとすれば,当該送信 が行われた場所の近辺で行う必要があるが,それは当該送信を行ってい る店員に容易に発覚するため,当該傍受を行うことは困難であり,当該 傍受を回避するために当該送信内容を第三者に知られないように特殊な 通信方法を行う必要はない。
また,仮に,リセットコードの送信を第三者に傍受されるようなこと 23 があった場合,リセットコード全体の信号が判別されてしまえば,それ により当該信号を送信し,盗難防止タグをリセットモードとすることが できてしまうため,リセットコードの個別のデータを第三者に知られな いように特殊の通信方法を行うことは意味がない。
ウ 本件明細書等の段落【0019】に記載された課題が生じるのは, 「リセットモードにするためのリセットコードが共通」なためであって, リセットコードの個別のデータが第三者に知られることによるものでは ない。
また,本件明細書等の段落【0020】に記載された本件各発明の目 的は,いずれも,上記課題を解決するために,「リセットモードにする ためのリセットコードが共通」とならないようにするものである。すな わち,本件発明1及び4では,盗難防止タグについて店舗ごとに異なる リセットコードを設定することができるようにし,本件発明2及び4で は,盗難防止タグが異なるリセットコードを受信すると,警告を出力す ることができるようにし,本件発明3,5及び6では,盗難防止タグの リセットコードを容易に変更できるようにするものであって,リセット コードの個別のデータを第三者に知られないように特殊の通信方法を行 うことを目的とするものではない。
〔被告の主張〕 (1) 「暗号」とは,「第三者に通信内容を知られないように行う特殊な通信 (秘匿通信)方法のうち,通信文を見ても特別な知識なしでは読めないよう に変換する表記法(変換アルゴリズム)のこと」(ウィキペディア〔乙1〕) であり,「コード」とは,「文字や記号,数字などをコンピューターが識別 するためにまとめられた符号」(IT用語辞典BINARY〔乙2〕)をい う。本件明細書等の段落【0019】及び【0026】の記載にも照らすと, 本件発明4及び6の構成要件A4,B4及びB6にある「暗号コード」とは, 24 「第三者が,変換アルゴリズムを知らないと通信文を見ても読めないような, 特別な変換アルゴリズムによって,変換された符号の集合体」という意味で ある。
これに対し,被告製品3及び4は,「ID情報」は有しているものの, 「暗号コード」は有していない。「ID情報」とは,単なる数字であり,特 別なアルゴリズムを用いた「暗号コード」ではない。
したがって,被告製品3及び4は,「暗号コード」なるものを使用してい ないので,「暗号コードを記憶する暗号記憶手段」を有しておらず,本件発 明4の構成要件A4,B4を充足しない。また,同様に,被告製品3及び4 は,「前記暗号記憶手段は,該受信手段が受信した暗号変更指示信号に含ま れる新暗号コードにより記憶内容を更新する」という「暗号コード」なるも のによって動作していないので,本件発明6の構成要件B6を充足しない。
(2)ア この点に関して原告は,本件各発明における課題の解決方法として, 通信を「暗号」にすることは技術的に必要がないと主張する。
しかし,本件発明は,「暗号」にすることで課題を解決することがで きたものであって,現在になってから「暗号」にしなくても課題が解決 できると主張しても,本件特許権の権利範囲に何ら影響を与えるもので はない。
イ また,原告は,「暗号コード」の定義として「リモートコントロール キーが盗まれたりした場合に,そのリセットコードが漏れないようにす るために,コードの一部を任意の数字(信号)を組み合わせたものとし てリセットコードを設定し,それにより盗難防止タグとリモートコント ロールキーの間で送受信するもの」と主張するとともに,「リセットコ ードの当該一部が『暗号』と目的,機能において類似する」旨主張する。
しかし,原告の主張における「リセットコードの当該一部」とは, 「暗号コード」を指している。そうであるならば,原告の主張は,「暗 25 号コード」は「暗号」(「通信の内容が第三者にもれないようにおたが いに約束して使う記号(のしくみ)」)と目的,機能において類似する という意味である。「暗号コード」が「暗号」の目的及び機能において 類似するとは,正に「暗号コード」とは「暗号」そのものと解釈するの が自然である。
ウ さらに,原告は,「暗号コード」を「コードの一部を任意の数字(信 号)を組み合わせたもの」と解釈しているようである。
しかし,そのような構成は本件明細書等に開示されていないし,原告の 主張は無理な解釈によって権利範囲を広げようとするものであって,許さ れるべきでない。
6 争点(2)エ(被告製品3及び4が本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成 要件A6)を充足するか)について〔原告の主張〕 (1) 被告製品3及び4は別紙被告製品物件説明書3及び4に記載されたもので あり,いずれも本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成要件A6)を備え る。
(2) この点に関して被告は,本件発明6(請求項7)の「暗号変更指示信号」 と本件発明5(請求項6)に係る発明の「暗号変更指示信号」が同一のもの である旨主張する。
しかし,請求項7の記載及び本件明細書等の記載に照らせば,変更する 「新暗号コード」は同じでなければならないものの,同信号に含まれるその 他の信号は必ずしも同じでなければならない必要はない。このことは,本件 明細書等の以下の記載などからも明らかである。
ア 請求項7では,「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する暗号 変更指示信号を受信する受信手段を備え」と記載されるのみであり, 「暗号変更指示信号」について「盗難防止タグが備える受信手段が受信 26 すべき」との限定はなされておらず,また,請求項6は盗難防止タグに 対するものとして構成されたにすぎず,請求項7の「指示信号発信装置」 に対する構成において,暗号設定手段が設定した新暗号コードを含めて, 暗号変更指示信号を発信する装置である「親指示信号発信装置」(本件 明細書等の段落【0029】及び【0031】)が盗難防止タグにより 受信されるものとは別の「暗号変更指示信号」を発信する機能を有する ことは制限されていない。本件各発明の本質からしても制限を受ける理 由はなく,同項の発明は,「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信 する暗号変更指示信号」であれば足り,「盗難防止タグが備える受信手 段が受信すべき」ものと同じものである必要はない。
イ 本件明細書等の段落【0029】では,請求項6に係る発明につき, 「この親指示信号発信装置では,暗号設定手段が,盗難防止タグが備え る暗号記憶手段が記憶すべき新暗号コードを設定する。そして,発信手 段は,暗号設定手段が設定した新暗号コードを含めて,暗号変更指示信 号を発信する。これにより,この親指示信号発信装置は,解除指示信号 を発信する指示信号発信装置が盗まれたり,解除指示信号の暗号コード が知られたりしても,暗号コードを容易に変更でき,より確実に盗難を 防止することができる。」と記載されている。これによれば,「暗号変 更指示信号」は,盗難防止タグが備える暗号記憶手段を「新暗号コード」 に変更するもので,それにより,解除指示信号を発信する指示信号発信 装置が盗まれたり,解除指示信号の暗号コードが知られたりしても,暗 号コードを容易に変更でき,より確実に盗難を防止することができるよ うにするものであり,暗号記憶手段を「新暗号コード」に変更する点に 特徴があるものであって,「新暗号コード」を除く親指示信号発信装置 から発信される変更を指示する信号自体のコードに格別の意義はない。
ウ 本件明細書等の段落【0031】では,請求項7に係る発明につき, 27 「この指示信号発信装置では,受信手段が,親指示信号発信装置が発信 する暗号変更指示信号を受信する。そして,暗号記憶手段は,受信手段 が受信した暗号変更指示信号に含まれる新暗号コードにより記憶内容を 新する。これにより,この指示信号発信装置は,解除指示信号を発信す る他の指示信号発信装置が盗まれたり,解除指示信号の暗号コードが知 られたりしても,暗号コードを容易に変更でき,より確実に盗難を防止 することができる。」と記載されている。これによれば,「暗号変更指 示信号」は,指示信号発信装置の暗号記憶手段を「新暗号コード」に変 更するもので,それにより,解除指示信号を発信する他の指示信号発信 装置が盗まれたり,解除指示信号の暗号コードが知られたりしても,暗 号コードを容易に変更でき,より確実に盗難を防止することができるも のであり,暗号記憶手段を「新暗号コード」に変更する点に特徴がある ものであって,「新暗号コード」を除く親指示信号発信装置から発信さ れる変更を指示する信号自体のコードに格別の意義はないし,盗難防止 タグが受信するものと同じ信号にしなければならない理由もない。
〔被告の主張〕 (1) 本件発明6(請求項7)の構成要件A6における「請求項6記載の親指示 信号発信装置が発信する暗号変更指示信号」の「暗号変更指示信号」とは, 本件発明5(請求項6)の「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗 号変更指示信号」のことである。すなわち,本件発明6(請求項7)の指示 信号発信装置が受信する「暗号変更指示信号」は,盗難防止タグが受信する ものと同じ「暗号変更指示信号」であるとの構成である。
本件明細書等の【図7】で示されているように,「暗号設定コード」は一 つしかない。すなわち,盗難防止タグに対する「暗号変更指示信号」及び 「指示信号発信装置に対する暗号変更指示信号」は同一のものであることが 示されている。
28 したがって,本件発明6の構成要件A6は,「請求項6記載の親指示信号 発信装置が発信する『盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更 指示信号』を受信する受信手段を備え」という意味である。
(2) これに対し,前記5の〔被告の主張〕のとおり,被告製品3及び4は「暗 号コード」を用いていないので,その前提となる「暗号変更指示信号」なる ものも利用しておらず,構成要件A6は非充足である。
また,被告製品3及び4はリモコンであり,そのマスターリモコンは被告 製品5であるところ,この被告製品5は「盗難防止タグ」及び「リモコン」 のID情報を更新する機能を有している。しかし,被告製品5は,新しいI D情報に書き換えるためのID情報書換信号につき,「盗難防止タグ」と 「リモコン」とで別の信号系列を送信しているのであって,被告製品3及び 4は「盗難防止タグ」のID情報書換信号によってID情報が書き換えられ ることがない。
したがって,被告製品3及び4は,構成要件A6を充足しない。
(3) この点に関して原告は,「暗号変更指示信号」は「新暗号コード」以外の 信号が異なることを排除するものではない旨主張し,その根拠として,@本 件明細書等においてはそのような制限がないこと(段落【0029】及び 【0031】),A本件各発明の本質からも制限されるべきではないことを 挙げる。
しかし,上記Aの「本件発明の本質」が何を指すのかは,原告の主張から は明らかではない。「本件発明の本質」などという抽象的な概念によって, 「暗号変更指示信号」の意義は導き得ない。
また,上記@についても,本件明細書等の段落【0028】には,請求項 6記載のとおり,「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指 示信号」として,「暗号変更指示信号」を限定している。これを受けた段落 【0029】の「この親指示信号発信装置」とは,段落【0028】で記載 29 された親指示信号装置であり,盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき 暗号変更指示信号を発信するものとして記載されたものである。
そして,本件明細書等の段落【0030】においては,「請求項6記載の 親指示信号発信装置が発信する暗号変更指示信号」である旨を明確にしてい るところ,これを受けて,段落【0031】は「この指示信号発信装置」と 記載しているのである。すなわち,段落【0031】の暗号変更指示信号は, 段落【0030】で記載されている「盗難防止タグが備える受信手段が受信 すべき暗号変更指示信号」のことである。
さらに,本件明細書等の段落【0075】は,暗号変更指示信号が,盗難 防止タグ及び指示信号発信装置に対して送信する信号が同一のものであるこ とを明らかにしている。
したがって,本件明細書等の段落【0029】,【0031】及び【00 75】の各記載は,親指示信号発信装置が盗難防止タグに向けて発信する 「暗号変更指示信号」と,指示信号発信装置に向けて発信する「暗号変更指 示信号」とが同一であることを前提に記載されたものであるから,原告の主 張には根拠がない。
7 争点(3)ア(ア)(本件発明1及び4についての無効理由(明確性要件違反)の 存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件特許の特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)及び請求項4(本件 発明4)には,「暗号コード」という記載がある。
本件特許の出願時の技術水準において,「暗号」の意味は,「秘密にした い情報をかき混ぜて(暗号)特定の者以外にはその内容が解らないようにす ること。暗号は,情報をかき混ぜる手順(アルゴリズム)とその手順を変化 させるパラメータ(鍵)から成る。」となっており,「コード」の意味は, 「データを表現するための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づい 30 て表現されたもの」となっている(情報通信用語辞典100頁〔乙3〕)。
したがって,本件の特許請求の範囲における「暗号コード」の記載は,「特 定の者以外にはその内容が解らないような,アルゴリズムと鍵から成るデー タを表現するための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づいて表現 されたもの」(前記5の〔被告の主張〕参照)を意味している。
一方,本件明細書等の段落【0073】の実施例では,「暗号」は4桁の 暗号コードの例で説明されているところ,「暗号」という言葉の意味が「暗 号」という文字を含む「暗号コード」という言葉を用いて説明されているた め,本件特許における「暗号」の意味が不明である。本件明細書等には,段 落【0073】以外に「暗号」の定義はなく,同段落において単に「0」又 は「1」を組み合わせた4桁のコードが示されているだけであるが,このよ うな4bitコードは「アルゴリズムと鍵から成るデータ」とは何ら関係な く,「特定の者以外にはその内容が解らないような,アルゴリズムと鍵から 成るデータを表現するための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づ いて表現されたもの」というべきものではない。
このように,本件の特許請求の範囲における「暗号コード」が有する通常 の意味と,明細書における「暗号コード」についての記載(4bitコード) とが一致しないため,いずれと解すべきか不明であり,その結果,請求項1 及び4については特許を受けようとする発明が明確でない。
(2) 以上により,本件発明1及び4は,特許法123条1項4号,同法36条 6項2号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 本件特許の特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)及び請求項4(本件発 明4)について,本件明細書等の段落【0019】,【0022】,【007 3】及び【図7】には,リセットコードが共通することに起因して隣接する店 舗間での使用上問題が発生するという課題を解決するために,一例として4桁 31 の暗号コードを用いて,店舗ごとに異なる解除指示信号を設定することができ る旨記載されているのであって,当業者からすれば,本件発明1及び4が明確 であることは明らかである。
また,被告は,暗号とは「アルゴリズムと鍵からなるデータ」であるなどと 主張するが,一般に,「暗号」とは「秘密を保つために,当事者間にのみ了解 されるようにとり決めた特殊な記号・ことば」(広辞苑第4版99頁〔甲5〕) とされており,出願時の技術常識を考慮しても「暗号」の通常の意味と本件明 細書等の記載とは何ら矛盾しない。
したがって,本件発明1及び4が明確であることは明らかであって,特許法 36条6項2号の規定に反するものではない。
8 争点(3)ア(イ)(本件発明3及び6についての無効理由(明確性要件違反)の 存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件の特許請求の範囲の請求項3(本件発明3)及び請求項7(本件発明 6)には,「新暗号コード」という記載がある。
「新暗号コード」とは,「新しい暗号コード」を意味しているものと解さ れるが,本件明細書には「新暗号コード」についての明確な定義がない上 に,前記7の〔被告の主張〕のとおり,「暗号コード」の意味が不明であ る。そのため,「新暗号コード」の意味も不明であり,その結果,本件発明 3及び6については特許を受けようとする発明が明確でない。
(2) 以上により,本件発明3及び6は,特許法123条1項4号,同法36条 6項2号に基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 本件明細書等の段落【0066】には「暗号コードを新暗号コードに変更設 定する。」と,また段落【0068】には「暗号変更コード信号を受信したと きは,新暗号コードに更新する。」と記載されているのであって,「新暗号コ 32 ード」とは「暗号コード」を変更又は更新したものであり,このことは当業者 にとって明らかである。
したがって,本件発明3及び6は明確であり,特許法36条6項2号の規定 に反するものではない。
9 争点(3)イ(ア)(本件発明1についての無効理由(乙4発明を主引例とする進 歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明1と乙4発明との対比 本件発明1と乙4発明とを対比すると,本件発明1の構成中,構成要件A 1,B1,C1,D1,H1及びI1については乙4発明と一致するが,構 成要件E1,F1及びG1については,乙4発明と相違している。
すなわち,本件発明1には「受信手段が受信した所定信号及び解除指示信 号を識別する識別手段」という構成要件E1が備えられているのに対し,乙 4発明には上記識別手段に対応する構成が明記されていない点が相違してい る(以下「相違点1-1」という。)。
また,本件発明1には「暗号コードが暗号記憶手段に記憶されており,識 別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び暗号記憶手段が記 憶する暗号コードが一致するか否かを一致判定手段で判定する」という構成 要件F1及びG1があるのに,乙4発明には「予め定められたコード信号が コード信号出力ユニット11から入力されるか否かを判定する」という構成 F1’及びG1’のみが記載されている点が相違している(以下「相違点1 -2」という。)。
(2) 容易想到性 ア 相違点1-1については,乙5発明に,構成要件E1に相当する「警 告音作動信号と警告音停止信号のキャリアー周波数を同一にして1つの 共振回路1で両信号を受信させ,後段の信号処理回路で信号識別を行う」 33 という構成が開示されている。
また,相違点1-2については,乙5発明に「コードを予め書き込ん である指定コード設定回路22」という構成F1”と,「1つの共振回 路1で受信して信号処理回路により識別された警告音停止信号を変換し, 予め書き込んである指定コード設定回路22で決定されるコードと一致 するか否かを一致回路21で判断する」という構成G1”とが開示され ている。乙4発明の構成F1’と乙5発明の構成F1”を組み合わせれ ば,構成F1’のコード信号を構成F1”のようにあらかじめ書き込ん だ構成とすることにより,「暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段」 という本件発明1の構成要件F1が得られる。また,乙5発明の構成G 1”では,一つの共振回路1で受信した信号から識別された警告音停止 信号を変換し,あらかじめ書き込んである指定コード設定回路22で決 定されるコードと一致するか否かを一致回路21で判断しており,この ような構成G1”を乙4発明の構成G1’と組み合わせれば,「前記識 別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び前記暗号記憶 手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する一致判定手段」 という本件発明1の構成要件G1が得られる。
イ なお,本件発明1における「暗号コード」は,「特定の者以外にはそ の内容が解らないような,アルゴリズムと鍵から成るデータを表現する ための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づいて表現されたも の」を意味していると解すべきところ,当業者が「コード」を「暗号コ ード」に置き換えることに何ら困難性はない。また,本件発明1におけ る「暗号コード」が,本件明細書等の段落【0073】に記載されてい るような「0」又は「1」を組み合わせた4桁の「コード」であるとす るならば,乙5公報の段落【0031】に開示されている4bitコー ドと同様に,一般的なコード(ID)と何ら相違ないものである。
34 ウ そして,乙4発明と乙5発明とでは,技術分野が共通していることは 明らかである。また,乙4公報の段落【0036】に記載された「各店 毎に,それぞれのコード信号を設定することができるので,防犯効果を 更に期待することができる。」という効果と,乙5公報の段落【003 3】に記載された「例えば店舗毎に警告音停止信号を変え,セキュリテ イを高めることが可能となり,また警告音作動信号も同じ構成でコード による識別が実現できるものである。」という効果も共通している。
エ したがって,乙4発明と乙5発明とを組み合わせることに何ら困難性 はなく,十分な動機付けがあるため,本件発明1(請求項1)は,乙4 公報及び乙5公報の記載に基づいて当業者が容易に想到することができ る。
(3) 以上により,本件発明1は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明1と乙4発明との対比 被告は本件発明1と乙4発明との相違点として構成要件E1,F1及びG 1を挙げているが,正しくは構成要件D1,E1,G1及びH1が相違点で ある。
構成要件D1について 構成要件D1は「前記受信手段は,前記警報出力手段が作動可能であ る状態及び警報出力状態の解除を指示する,暗号コードを含む解除指示 信号を受信することを可能とする一方」とするものである。
ここで,「前記受信手段」は,構成要件B1及びC1で記載された 「受信手段」を引用するものであり,警報出力手段が作動可能である状 態及び警報出力状態の解除を指示する暗号コードを含む解除指示信号を 受信する一つの受信手段である。これに対し,乙4発明に開示されたタ 35 グは,乙4公報の【図5】に示す第1のアンテナ51に加えて,段落 【0054】に記載の第2のアンテナが付設,つまり付属して設けられ ている。このように,構成要件D1は,一つの前記受信手段で解除指示 信号を受信している点で,二つのアンテナによりそれぞれ異なる情報を 受信する乙4発明とは相違する。
また,本件発明1は「暗号コードを含む解除指示信号を受信する」と ころ,乙4発明では,暗号コードを含む解除指示信号を受信する点は, 一切開示されていない。このように,構成要件D1は,暗号コードを含 む解除指示信号を受信している点で,そのような信号を受信していない 乙4発明とは相違する。
以上のとおり,構成要件D1と乙4発明との間には二つの相違点が存 在するから,被告の主張は誤りである。
構成要件H1について 構成要件H1は,「該一致判定手段が一致すると判定したときは,前 記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除する解除 手段」である。すなわち,構成要件H1は,被告が相違点と判断した構 成要件G1の一致判定手段(暗号コードの一致判定)により一致すると 判定したことを条件に解除するものであり,当該条件下で解除処理を行 う構成要件H1は乙4発明には一切開示されていない。
したがって,構成要件H1は乙4発明との間の相違点である。
(2) 容易想到性構成要件E1について 被告は,構成要件E1に対応する記載が乙5発明に開示されていると 主張する。
この点,構成要件E1は,「前記受信手段が受信した前記所定信号及 び前記解除指示信号を識別する」ものである。すなわち,構成要件E1 36 は,所定信号との識別に加えて,セットコード,暗号変更コード,WT N設定コード,WTO設定コード,VSN設定コード,VSO設定コー ド,VSO設定コード,第1動作コード,第2動作コード(S10〜S 24)等と構成要件D1に記載された「警報出力手段が作動可能である 状態及び警報出力状態の解除を指示する,暗号コードを含む解除指示信 号」とを識別するものである。
これに対し,乙5発明は,乙5公報の段落【0023】に記載のとお り,単に警告音作動信号と警告音停止信号を識別するにすぎず,上記セ ットコード等と「警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態 の解除を指示する,暗号コードを含む解除指示信号」をも識別する点は 開示も示唆もされていない。
したがって,構成要件E1が乙5発明に開示されているとする被告の 主張は,失当である。
構成要件G1について 被告は,乙5公報におけるコードをあらかじめ書き込んである指定コ ード設定回路22の記載を根拠に,構成要件G1に対応する記載がされ ていると主張する。
この点,構成要件G1は,「前記識別手段が識別した解除指示信号に 含まれる暗号コード及び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致 するか否かを判定する」ものである。すなわち,識別手段により,所定 信号との識別に加えて,セットコード等と解除指示信号とを識別した後 に,当該識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コードと,暗 号記憶手段が記憶する暗号コードとを比較するのである。
これに対し,乙5発明は,乙5公報の段落【0017】に記載のとお り,後段の信号処理回路で,警告音作動信号と警告音停止信号との信号 識別を行う点を特徴としている。具体的には,乙5公報の【図3】が示 37 すように,キャリアー周波数が同一の警告音作動信号と警告音停止信号 とがコンパレータ4に入力される。そして,カウンタ9及びモノステー ブルマルチバイブレータ10等の上段の回路群により,警告音作動信号 が識別され,カウンタ23,モノステーブルマルチバイブレータ24及 び一致回路21等の下段の回路群により,警告音停止信号が識別される。
すなわち,警告音作動信号及び警告音停止信号等は下段の回路群に入力 され,一致回路21での各信号の一致判断に成功した場合に,警告音作 動信号と警告音停止信号を識別することができるにすぎない。
このように,乙5発明は,警告音作動信号と警告音停止信号を識別す る過程で警告音停止信号のコードの一致性を判断するだけで,警告音停 止信号を識別した後に警告音停止信号のコードの一致性を判断するもの ではないのに対し,本件発明1は,本件明細書等の【図9】が示すとお り,先に所定信号やセット信号等と解除指示信号とを識別手段により識 別し(S10〜S24参照,構成要件E1),次に,【図16】が示す とおり,識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コードと,暗 号記憶手段が記憶する暗号コードとが一致するか否かを判断するもので ある(S103参照,構成要件G1)。
したがって,本件発明1の構成要件G1は,乙5発明には開示されて いない。
構成要件D1について 乙5発明は警告音停止信号を受信しているにすぎず,構成要件D1の 「前記警報出力手段が作動可能である状態」を指示する信号を受信して いない点で,相違する。さらに,乙5発明は,「暗号コードを含む解除 指示信号」を受信していない点においても,構成要件D1と相違する。
したがって,構成要件D1も,乙5発明には開示されていない。
構成要件H1について 38 乙5発明は単に警告音の発生と停止とを行うにすぎず,構成要件H1 の「前記警報出力手段が作動可能である状態・・・を解除する解除手段」 を開示していない。また,上記(1)イで主張したとおり,本件発明1は 「該一致判定手段」(構成要件G1,H1)での一致を条件に処理を行 うが,構成要件G1の「一致判定手段」が乙5発明に開示されていない 以上,構成要件H1も乙5発明に開示されていない。
したがって,構成要件H1も,乙5発明には開示されていない。
オ 動機付けについて 乙5発明は,警告音作動信号と警告音停止信号との識別時に一致回路 による判断を行って処理を完結させるものであり,その後一致回路は不 要であるから,当業者からすれば,本件発明1のように識別手段が識別 した後に更に解除指示信号に含まれる暗号コードと暗号記憶手段が記憶 する暗号コードが一致するか否かを判断する処理に想到する動機付けは 一切存在しない。
カ 作用効果 乙4発明では,「コード信号の設定タグ1およびコード信号出力ユニ ット11にそれぞれ備付け,これらの設定機能によって所望のコード信 号を設定できるようにしても構わない」(乙4公報の段落【0036】) と記載されているように,コード信号の設定はタグごとにスイッチの設 定を手作業で行うもので,店舗の商品に取り付ける多数のタグのコード 信号の設定としてはきわめて煩雑であり,しかもタグとユニットの間で コード信号の設定を誤るおそれがある。これに対し,本件発明1におい ては,「解除指示信号を含む暗号コード」とすることにより,親指示信 号発信装置を用いて,複数の盗難防止タグ及び指示信号発信装置の暗号 記憶手段に,所定信号やセットコード等との重複を考慮することなく任 意の暗号コードを設定することができ,タグと指示信号発信装置の間で 39 コードの設定を誤るおそれもない。
また,乙5発明は,警告音作動信号と警告音停止信号の二つの信号に おいて,警告音停止信号としてコードを識別し,店舗ごとに警告音停止 信号を変えることができるだけで,所定信号に加えてセットコード等の 信号との間で解除指示信号との識別はできず,セットコード等の信号を 受信する盗難防止タグにおいて店舗ごとに警告音停止信号を変えること はできない。これに対し,本件発明1においては,「解除指示信号を含 む暗号コード」とすることにより,暗号コードを任意に設定しても,セ ットコード等の信号との間で解除指示信号との識別ができ,セットコー ド等の信号を受信する盗難防止タグにおいても暗号コードを任意に設定 することにより店舗ごとに警告音停止信号を変えることができるという, 乙5発明にない特有の効果を奏する。
キ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明1と乙4発明との相違点の認 定を誤ったものである。そして,乙5発明には相違点の全てが開示され ているわけではなく,しかも動機付けも皆無で,作用効果も異なるので あるから,乙4発明及び乙5発明の組合せにより容易に想到できるとし た被告の主張は誤りである。
したがって,本件発明1は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
10 争点(3)イ(イ)(本件発明2についての無効理由(乙6発明を主引例とする進 歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明2と乙6発明との対比 本件発明2(請求項2)と乙6発明とを対比すると,本件発明2の構成中, 構成要件A2及びB2については乙6発明と一致するが,構成要件C2につ 40 いては,構成要件A2及びB2との関係で乙6発明とは相違している。
すなわち,本件発明2は,「盗難防止タグ」という構成要件C2に構成要 件A2及びB2が備えられているのに対し,乙6発明では,「物品監視装置」 という構成C2’に,本件発明2の構成要件A2及びB2に相当する構成が 備えられている点が相違している(以下「相違点2」という,)。
(2) 容易想到性 相違点2については,本件発明2の「盗難防止タグ」及び乙6発明の「物 品監視装置」が,いずれも物品の盗難を防止するという技術分野で共通して いることから,乙6発明の構成要件A2及びB2を盗難防止タグに転用して 本件発明2の構成を得ることは,当業者が容易に行い得ることである。この ような転用が容易であることは,乙7公報,乙8明細書,乙9明細書,乙1 0公報,乙11明細書及び乙12公報に示すように,セキュリティに関する 技術分野において構成要件A2及びB2が周知技術にすぎないことからも明 らかである。
また,乙6公報の第2頁左欄第20行ないし第23行に記載された「物品 が所定位置にない場合や,物品が対象のものと異なる場合は,読み取りの情 報と収納情報とが不一致になるため,制御装置から表示装置に信号が出力さ れ,その事実を知ることができる。」という効果は,「例えば,他の店舗か ら盗んできた指示信号発信装置を使用してリセットしようとしても,すぐに 露見する。」という本件発明2の効果と共通している。
したがって,本件発明2(請求項2)は,乙6発明に基づいて当業者が容 易に想到することができる。
(3) 以上により,本件発明2は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明2と乙6発明との対比 41 被告は本件発明2と乙6発明との相違点として構成要件C2を挙げているが,構成要件A2及びB2も相違点である。
構成要件A2について 本件発明2の構成要件A2は「前記一致判定手段が一致しないと判定 したときに,」とされ,「前記一致判定手段」は本件発明1の構成要件 G1の「前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及 び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する 一致判定手段」を示すものであるところ,乙6発明では,「比較制御部 10が,読取り手段4から入力された情報とメモリ部9に登録された情 報とを比較して,不一致の場合に,」とされており,両者は相違してい る。
すなわち,本件発明2の構成要件A2の「前記一致判定手段」では, 一致判定の対象となるコードは,解除指示信号であると識別したもので あるが,乙6発明では,単に読取り手段4から入力された情報を対象と するものであり,解除指示信号であることを識別しておらず,本件発明 2の構成要件A2と相違している。
また,本件発明2の構成要件A2では,「解除指示信号に含まれる暗 号コード」について「暗号記憶手段が記憶する暗号コード」が一致する か否かを判定するが,乙6発明では読取り手段4から入力される情報を, 「情報の一部分に相違がある場合の外に,物品1が所定位置になく読み 取り情報がない場合」を含め,メモリ部9に登録された情報と比較して おり,本件発明2の構成要件A2と相違している。
構成要件B2について 本件発明2の構成要件B2は「警告を出力する警告出力手段を備える」 であるところ,乙6発明では「表示装置6や警報器に信号を出力して警 備員等の関係者に通知する」とされており,両者は相違している。
42 すなわち,本件発明2の構成要件B2は,盗難防止タグ自らが「警告 出力手段を備える」ものであるが,乙6発明では,「制御装置」に接続 されている「表示装置」に信号を出力するものであり,盗難防止タグに 対応する「識別部材」は信号を出力するものではなく,本件発明2の構 成要件B2と相違している。
(2) 容易想到性構成要件A2について 本件発明2の構成要件A2と乙6発明は,上記(1)アのとおり相違して いるところ,乙6公報には,一致判定の対象となるコードが解除指示信 号であると識別したものであること,「解除指示信号に含まれる暗号コ ード」について「暗号記憶手段が記憶する暗号コード」が一致するか否 かを判定することについて開示がされていない。
すなわち,乙6発明で行われる一致判定は,「物品が所定位置にない 場合や,物品が対象のものと異なる場合」を知るために,「常時又は所 定時間毎に読取り手段で読取った情報と予め収納された情報とを比較す る」ものにすぎず,本件発明2のように,他の店舗から盗んできた指示 信号発信装置を使用してリセットする試みについて,解除指示信号に含 まれる暗号コードと暗号記憶手段が記憶する暗号コードの不一致判定に 警告を出力することにより露見するようにしたものではない。
構成要件B2について 本件発明2の構成要件B2と乙6発明は,上記(1)イのとおり相違して いるところ,乙6公報には,盗難防止タグ自らが「警告出力手段を備え る」ことについては開示されていない。
すなわち,他の店舗から盗んできた指示信号発信装置を使用してリセ ットしようという企ては,販売員の監視を避けて秘密裏に行われるが, 盗難防止タグは制御装置等に直接接続されておらず,盗難防止タグ自体 43 が警告を出力しないと,盗難防止タグに対して当該企てがなされたこと を販売員に知らせることができないため,本件発明2の構成要件B2で は,盗難防止タグ自らが「警告出力手段を備える」ものとしているが, これらのことは乙6公報には開示されていない。
さらに,被告の主張は,乙5発明を前提に,乙6発明との組合せを主 張するものであるが,そもそも乙5発明は「警告音停止信号」を対象と するものであり,コードが一致すれば警告音(ブザー)を停止し,一致 しなければ何も出力しないものである(乙5公報の段落【0031】及 び【0032】)。このように既にブザーが鳴っている状態で,さらに 不一致の場合に警報器に信号を出力する乙6発明を組み合わせる必要性 は皆無である。その上,不一致の場合に何も出力しないとする乙5発明 に,信号を出力するという逆の乙6発明を組み合わせることは明らかに 技術的に矛盾し,当業者にとってみれば乙5発明に乙6発明を組み合わ せることは阻害要因となるものである。
構成要件C2について 本件発明2の構成要件C2が「盗難防止タグ」であるのに対して,乙 6発明は「物品監視装置」である点で相違しているところ,被告は,当 該相違点が容易想到であることの根拠として,本件発明2の「盗難防止 タグ」と乙6発明の「物品監視装置」がいずれも物品の盗難を防止する という技術分野で共通していることや,乙7公報,乙8明細書,乙9明 細書,乙10公報,乙11明細書及び乙12公報に示すように構成要件 A2及びB2が周知技術であることなどを挙げる。
しかし,物品の盗難を防止するという技術分野で共通しているといっ ても,コードの一致判定を行う目的,時期,一致判定を行う対象である コードの種類・範囲,一致判定の方法,一致判定が不一致となった場合 の警告出力等の対応は種々雑多であり,これらの事項をそれぞれ検討・ 44 選択する必要がある。しかるに,乙7公報,乙8明細書,乙9明細書, 乙10公報,乙11明細書及び乙12公報は,単にコード等の一致判定 において不一致の場合に信号等を発する点が共通するだけであり,上記 の本件発明2の構成要件A2及びB2と乙6発明の相違点については開 示されておらず,当該構成が周知技術ではないことは明らかである。
したがって,乙6発明の「物品監視装置」を本件発明2の構成要件C 2の「盗難防止用タグ」に転用できるものではない。
エ 作用効果について 乙6発明は,物品が所定位置にあるのかを判断する目的で情報の一致 判定を行い,読み取り情報がない場合を含め不一致の場合に物品が所定 位置にないと判断して信号を出力するものであり,本件発明1の「盗難 防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態を検出する検出手段」 が「取り外し状態を検出したとき」に,「警報を出力する警報出力手段」 に対応する効果にすぎない。
これに対して,本件発明2は,解除指示信号に含まれる暗号コードと 暗号記憶手段に記憶された暗号コードの一致を判定し,不一致の場合に 警報を発することにより,他の店舗から盗んできた指示信号発信装置を 使用してリセットしようとすることが露見するようにするものであって, 物品の取り外し状態を検出して警報を発するものではない。本件発明2 は,商品を盗難防止タグから取り外す前段階の警報出力手段が作動可能 な状態において解除指示信号が発せられた時点で,解除指示信号に含ま れる暗号コードの一致判定により他店舗から盗まれた指示信号発信装置 により不正に解除指示信号が発せられたことを捕捉できるようにするも のである。
また,本件発明2では,試行錯誤によりリセットコードを知ることは 困難であるので,より確実に盗難を防止することができる。すなわち, 45 他店舗から盗んだ指示信号発信装置を用いて試行錯誤によりコード番号 を順次設定,発信し,盗難防止タグが解除状態となるコードを突き止め ようとしても,本件発明2では,解除指示信号に含まれる暗号コードと 暗号記憶手段に記憶された暗号コードの不一致により警報を発すること から,当該試行錯誤による突止め作業によりリセットコードを知る前に 事が発覚してしまい,他店舗から指示信号発信装置が盗まれることがあ っても当該装置を用いて解除状態に設定することはできず,盗難を防止 できる。これに対して,乙6発明は,「物品に識別部材により固有の情 報を付加し,その情報に基づいて物品を監視するようにし」,「物品1 が所定位置になく読み取り情報がない場合」も不一致と判定するもので あって,他店舗から識別部材を盗んで,それを用いて外部から試行錯誤 により固有の情報を突き止めることができるようなものではないのであ って,本件発明2のように指示信号発信装置が盗難にあった場合を想定 し,試行錯誤によりリセットコードを知ることができないように警報を 発し,より確実に盗難を防止するものではなく,そのような効果も認め られない。
このように,本件発明2と乙6発明の作用効果は異なるものであって, 共通するものではない。
オ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明2の構成要件A2及びB2と 乙6発明との相違点の認定を誤ったものである。そして,乙6発明の 「物品監視装置」を本件発明2の構成要件C2の「盗難防止タグ」に転 用できるものではなく,作用効果も異なるから,乙6発明により容易に 想到できるとした被告の主張は誤りである。
したがって,本件発明2は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
46 11 争点(3)イ(ウ)(本件発明3についての無効理由(乙13・14発明を主引例 とする進歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明3と乙13・14発明との対比 本件発明3(請求項3)と乙13・14発明とを対比すると,本件発明3 の構成中,構成要件A3及びB3については乙13・14発明と一致するが, 構成要件C3については,構成要件A3及びB3との関係で乙13・14発 明とは相違している。
すなわち,本件発明3では「盗難防止タグ」という構成要件C3に構成要 件A3及びB3が備えられているのに対し,乙13・14発明では,EAS システム内の「付け札302(英文表記“Tag”)」という構成C3’及び C3”に,本件発明3の構成要件A3及びB3と同一の構成が備えられてい る点が相違している(以下「相違点3」という。)。
(2) 容易想到性 相違点3については,乙13公報及び乙14明細書に,第1図ないし第1 5図を参照して「付け札20」の構成が開示されている。また,乙13公報 の第11頁左欄第41行ないし右欄第1行及び乙14明細書の第4欄第44 行ないし第49行には,上述の「付け札302(英文表記“Tag”)」を含 むEASシステム及びその付け札系を,第1図ないし第15図の構成に拡張 して適用できる旨が記載されており,この乙13公報及び乙14明細書の内 容中の示唆に基づいて,本件発明3の構成要件A3及びB3に相当する構成 が備えられた「付け札20」が容易に得られる。
なお,本件発明3における「新暗号コード」は「新しい暗号コード」を意 味しており,「暗号コード」は「特定の者以外にはその内容が解らないよう な,アルゴリズムと鍵から成るデータを表現するための一定の明確なルール あるいはそのルールに基づいて表現されたもの」を意味していると解すべき 47 ところ,当業者が乙13・14発明の「物品ID」を「新暗号コード」に置 き換えることに何ら困難性はない。また,本件発明3における「新暗号コー ド」が,本件明細書等の段落【0073】に記載されているような「0」又 は「1」を組み合わせた4桁の「コード」であるとするならば,一般的なコ ード(ID)と何ら相違ないものである。
したがって,本件発明4(請求項4)は,乙13公報及び乙14明細書の 記載に基づいて当業者が容易に想到することができる。
(3) 以上により,本件発明3は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明3と乙13・14発明との対比 被告は本件発明3と乙13・14発明との相違点として構成要件C3を挙 げているが,構成要件A3及びB3も相違点である。
構成要件A3について 本件発明3の構成要件A3は「前記暗号記憶手段は,前記受信手段が 受信する,新暗号コードへの変更を指示する暗号変更指示信号により,」 であり,記憶手段は「暗号記憶手段」とされ,受信の対象となる信号は 「新暗号コードへの変更を指示する暗号変更指示信号」であるのに対し て,乙13・14発明は「物品識別RAM364は,RX/TX304 が受信する,物品IDのアップデートを指示する信号により,」であり, 記憶手段は「物品識別RAM」とされ,受信の対象となる信号は「物品 ID及び価格付けデータのアップデートを指示する信号」であって,本 件発明3の構成要件A3と相違している。
構成要件B3について 本件発明3の構成要件B3は「その記憶内容を前記新暗号コードに更 新する」であり,更新する記憶内容は「新暗号コード」であるのに対し 48 て,乙13・14発明は「受取った物品IDを物品識別RAM364に 記憶する」であり,記憶の対象は「物品ID」であって,本件発明3の 構成要件B3と相違している。
(2) 容易想到性構成要件A3について 本件発明3の構成要件A3の「新暗号コード」の「暗号コード」とは, 解除指示信号に含まれる暗号コードが暗号記憶手段に記憶された暗号コ ードと一致するか否かを判断し,一致すると判断した場合には警報出力 手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除し(本件発明1), 一致しないと判断した場合には警告を出力するものであるが(本件発明 2),乙13・14発明の「物品ID」が「暗号コード」として当該一 致判定に用いられることは,乙13公報及び乙14明細書に開示されて いない。
本件発明3の構成要件A3は,「解除指示信号を発信する指示信号発 信装置が盗まれたり,解除指示信号が知られた」(本件明細書等の段落 【0024】)りした際に暗号コードを新暗号コードに更新するもので あるが,乙13・14発明の「物品ID」は「価格付けデータ」ととも に「貯蔵に割当てられた」際にアップデートされるにすぎないものであ る。
構成要件B3について 乙13公報及び乙14明細書には,本件発明3の構成要件B3の「そ の記憶内容を前記新暗号コードに更新する」ことは開示されていない。
乙13・14発明の「物品ID」は,「価格付けデータ」とともに 「貯蔵に割当てられた」際にアップデートされるものであり,上記「暗 号コード」を更新するようなものではない。また,そもそも物品識別 (ID)は,物品を特定するための固有のIDであり,物品の種類に応 49 じて複数の異なる物品識別(ID)が必要となるものであるから,「新 暗号コード」とは異なり,店舗ごとに異なるリセットコード(本件明細 書等の段落【0020】)を設定することは不可能である。さらには, 複数の種類の物品識別(ID)のうち,一の物品識別(ID)がアップ デートされた場合も同様に,異なる物品識別(ID)が混在することと なるから,店舗ごとに異なるリセットコードを設定することは不可能で ある。このように,「物品ID」は「新暗号コード」とは全く性質の異 なるものであり,当業者にとってみれば乙13・14発明の「物品ID」 を用いて本件発明3に想到する動機付けはない。
構成要件C3について 本件発明3の構成要件C3は「請求項1又は2記載の盗難防止タグ。」 であり,単なる盗難防止タグではない。また,乙13・14発明では, 「付け札302」に本件発明3の構成要件A3及びB3と同一の構成は 備えられていない。
さらに,本件各発明は,解除指示信号に含まれる暗号コードが暗号記 憶手段に記憶された暗号コードと一致するか否かを判断し,一致すると 判断した場合には警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態 を解除し(本件発明1),一致しないと判断した場合には警告を出力す るものである(本件発明2)ところ,これを前提に「暗号コード」を更 新する「新暗号コード」に関する本件発明3の構成要件A3及びB3に 相当する構成については,乙13公報及び乙14明細書には記載はなく, 乙13公報及び乙14明細書から本件発明3の構成要件C3の「請求項 1又は2記載の盗難防止タグ。」を得ることはできない。
エ 作用効果について 本件発明3は,指示信号発信装置が盗まれたり,リセットコードが知 られたりしても,リセットコードを容易に変更できるので,より確実に 50 盗難を防止することができる(本件明細書等の段落【0024】)が, 乙13・14発明では,「物品ID」を「価格付けデータ」とともに 「貯蔵に割当てられた」際にアップデートするだけで,本件発明3のよ うに「暗号コード」を「新暗号コード」に更新するものではなく,本件 発明3の作用効果は生じない。乙13・14発明の「携帯送信機78」 が盗まれるようなことがあると,乙13・14発明のシステムでは, 「終了メッセージを含む信号」を更新することは想定されておらず,同 機器による不正な操作により警報表示を終了(解除された状態)させる ことを阻止することができない。
オ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明3の構成要件A3及びB3と 乙13・14発明との相違点の認定を誤ったものである。そして,上記 相違点は乙13公報及び乙14明細書に開示されておらず,作用効果も 異なることから,乙13・14発明により容易に想到できるとした被告 の主張は誤りである。
したがって,本件発明3は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
12 争点(3)イ(エ)(本件発明4についての無効理由(乙4発明を主引例とする進 歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明4と乙4発明との対比 本件発明4(請求項4)と乙4発明とを対比すると,本件発明4の構成中, 構成要件C4については乙4発明と一致するが,構成要件A4及びB4につ いては,乙4発明と相違している。
すなわち,本件発明4は「暗号記憶手段が暗号コードを記憶している」と いう構成要件A4及びB4を備えるのに対し,乙4発明では「コード信号発 51 生器41がコード信号を発生する」という構成A4’及びB4’となってい る点のみが相違している(以下「相違点4」という。)。
(2) 容易想到性 相違点4について,乙4発明に開示されたコード信号発生器41は,乙4 公報の段落【0016】にも記載のとおり,あらかじめ定められたコード信 号を発生するものであり,その作用及び機能は本件発明4の「暗号コードを 記憶する暗号記憶手段」と均等のものといえることから,乙4発明の「コー ド信号発生器41」という構成A4’を本件発明4の「暗号記憶手段」とい う構成要件A4に置換することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎな い。
なお,本件発明4における「暗号コード」は,「特定の者以外にはその内 容が解らないような,アルゴリズムと鍵から成るデータを表現するための一 定の明確なルールあるいはそのルールに基づいて表現されたもの」を意味し ていると解すべきところ,当業者が乙4発明の「コード信号」を「暗号コー ド」に置き換えることに何ら困難性はない。また,本件発明4における「暗 号コード」が,本件明細書等の段落【0073】に記載されているような 「0」又は「1」を組み合わせた4桁の「コード」であるとするならば,一 般的なコード(ID)と何ら相違ないものであり,乙4発明の「コード信号」 と実質的に同一である。
また,乙4公報の段落【0036】に記載された「各店毎に,それぞれの コード信号を設定することができるので,防犯効果を更に期待することがで きる。」という効果は,「店舗毎に異なる解除指示信号を発信することがで き,より確実に盗難を防止することができる。」という本件発明4の効果と 共通している。
したがって,作用及び機能並びに効果の共通性に鑑みれば,本件発明4 (請求項4)は,乙4発明に基づいて当業者が容易に想到することができる。
52 (3) 以上により,本件発明4は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明4と乙4発明との対比 被告は本件発明4と乙4発明との相違点として,構成要件A4及びB4を 挙げ,本件発明4は「暗号記憶手段が暗号コードを記憶している」という構 成要件A4及びB4を備えるのに対し,乙4発明では,「コード信号発生器 41がコード信号を発生する」という構成A4’及びB4’となっている点 のみが相違していると主張する。
しかし,以下のとおり,上記の点以外にも相違点が存在する。
構成要件A4について 本件発明4の構成要件A4は「請求項1〜3の何れかに記載の盗難防 止タグが備える受信手段が受信すべき解除指示信号に含めるための暗号 コードを記憶する暗号記憶手段」であり,当該解除指示信号を受信する 「請求項1〜3の何れかに記載の盗難防止タグ」は,乙4発明の「タグ 1」とは相違している。すなわち,乙4発明の「タグ1」は,@本件発 明1の盗難防止タグと異なるうえに,Aあらかじめ定められたものでは ないコード信号が入力されても本件発明2のように警告を出力するもの ではなく,B本件発明3のように暗号記憶手段を「新暗号コード」に更 新するものでもない。
また,本件発明4の構成要件A4は,「解除指示信号に含めるための 暗号コード」であり,「暗号コード」は「解除指示信号」全体ではなく その一部である(本件明細書等の段落【0073】)。これに対して, 乙4公報では,「予め定められたコード信号を発生して」(乙4公報の 段落【0016】),「コード信号出力ユニット11からのコード信号 を入力し」(同【0024】)と記載されていることから明らかなよう 53 に,警報動作を解除する信号全体を「コード信号」として「入力して識 別」するもので,被告が主張するように「電波信号に含めるためのコー ド信号」ではなく,「電波信号であるコード信号」であり,この点で本 件発明4の構成要件A4と相違している。
構成要件B4について 本件発明4の構成要件B4は「前記解除指示信号を,該暗号記憶手段 が記憶する暗号コードを含めて発信する発信手段とを備えることを」で あり,「暗号コード」は「含めて発信する」ものである。
これに対して,乙4発明は,「電波信号を,コード信号発生器41が 発生するコードを送信するアンテナとを備えることを」であり,被告が 主張するように「コード信号を含めて送信する」ものではなく,警報動 作を解除する信号全体を「コード信号」とするもので,本件発明4の構 成要件B4と相違している。
(2) 容易想到性構成要件A4について 本件発明4の構成要件A4の「暗号記憶手段」は,「解除指示信号」 全体ではなくその一部である「暗号コード」を記憶するものであり,そ れにより「解除指示信号」について,@本件発明1の盗難防止タグでは, 「暗号コード」を任意に設定しても「解除指示信号」とセット信号等と を識別することができ,A本件発明2の盗難防止タグでは,他店舗から 盗んできた指示信号発信装置を使用してリセットしようとした場合,当 該リセット信号を解除指示信号と識別したうえで暗号信号が一致しない と判定し,警告を出力することができ,B本件発明3の盗難防止タグで は,「暗号コード」を「新暗号コード」に更新しても,@及びAの識別 ができる。
これに対し,乙4発明では,警報動作を解除する信号全体を「コード 54 信号」とすることから,「コード信号発生器41」も信号全体を発生す る機器であり,上記@ないしBの識別はできないのであって,両者の作 用及び機能は均等とはいえず,当業者が乙4発明の「コード信号発生器 41」を本件発明4の「暗号記憶手段」に置換することはできない。
イ 作用効果について 乙4発明ではコード信号の設定はタグごとにスイッチの設定を手作業 で行うもので,店舗の商品に取り付ける多数のタグのコード信号の設定 としては極めて煩雑であり,しかもタグとユニットの間でコード信号の 設定を誤るおそれがあるが,本件発明4においては,「解除指示信号に 含めるための暗号コード」,「暗号コードを含めて発信する発信手段」 とすることにより,親指示信号発信装置を用いて,複数の盗難防止タグ 及び指示信号発信装置の暗号記憶手段に,所定信号やセットコード等と の重複を考慮することなく任意の暗号コードを設定することができ,タ グと指示信号発信装置の間でコードの設定を誤るおそれもない。
また,本件発明4では,店舗ごとに異なる解除指示信号を発信するよ うにしても,他店舗から盗んできた指示信号発信装置を使用してリセッ トしようとした場合,当該リセット信号を解除指示信号と識別したうえ で暗号信号が一致しないと判定し,警告を出力することができるが,乙 4発明では当該識別はできず,他店舗から盗んできた出力ユニットによ り警報を解除しようとする企みを把握することはできない。
このように,本件発明4と乙4発明の作用効果は異なるもので,共通 するものではない。
ウ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明4と乙4発明との相違点の認 定を誤ったものであり,作用効果も異なることから,乙4発明により容 易に想到できるとした被告の主張は誤りである。
55 したがって,本件発明4は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
13 争点(3)イ(オ)(本件発明6についての無効理由(乙13・14発明を主引例 とする進歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明6と乙13・14発明との対比 本件発明6(請求項7)と乙13・14発明とを対比すると,本件発明6 の構成中,構成要件A6及びB6については乙13・14発明と一致するが, 構成要件C6については,構成要件A6及びB6との関係で乙13・14発 明とは相違している。
すなわち,本件発明6は,「指示信号発信装置」という構成要件C6に構 成要件A6及びB6が備えられているのに対し,乙13・14発明では,E ASシステム内の「付け札302(英文表記“Tag”)」という構成C6’ 及びC6”に,本件発明3の構成要件A6及びB6と同一の構成が備えられ ている点が相違している(以下「相違点6-1」という。)。
(2) 容易想到性 相違点6-1については,乙13公報及び乙14明細書に,第1図ないし 第15図を参照して「付け札20」及び「携帯送信機78」の構成が開示さ れている。また,乙13公報の第11頁左欄第41行ないし右欄第1行及び 乙14明細書の第4欄第44行ないし第49行には,上述の「付け札302 (英文表記“Tag”)」を含むEASシステム及びその付け札系を,第1図 ないし第15図の構成に拡張して適用できる旨が記載されている。
この乙13公報及び乙14明細書の内容中の示唆に基づいて,本件発明6 の構成要件A6及びB6に相当する構成が備えられた「付け札20」が得ら れるが,付け札20に適用される構成を,同じシステム内の携帯送信機78 に転用することに何ら困難性はない。付け札20と携帯送信機78はセット 56 で使用されるものであり,付け札20において物品IDをアップデートする 場合には,携帯送信機78においても当然に物品IDのアップデートが必要 になることからも,上記のような転用は当業者が容易に行い得るものである。
なお,本件発明6における「新暗号コード」は「新しい暗号コード」を意 味しており,「暗号コード」は「特定の者以外にはその内容が解らないよう な,アルゴリズムと鍵から成るデータを表現するための一定の明確なルール あるいはそのルールに基づいて表現されたもの」を意味していると解すべき ところ,当業者が乙13・14発明の「物品ID」を「新暗号コード」に置 き換えることに何ら困難性はない。また,本件発明6における「新暗号コー ド」が,本件明細書等の段落【0073】に記載されているような「0」又 は「1」を組み合わせた4桁の「コード」であるとするならば,一般的なコ ード(ID)と何ら相違ないものである。
したがって,本件発明6(請求項7)は,乙13公報及び乙14明細書の 記載に基づいて,当業者が容易に想到することができる。
(3) 以上により,本件発明6は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明6と乙13・14発明との対比 被告は,本件発明6と乙13・14発明との相違点として構成要件C6を 挙げているが,構成要件A6及びB6も相違点である。
構成要件A6について 本件発明6の構成要件A6は「請求項6記載の親指示信号発信装置が 発信する暗号変更指示信号を受信する受信手段を備え,」で,受信する 信号は「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する暗号変更指示信 号」である。
これに対し,乙13・14発明は「送信機324が送信する信号を受 57 信するRX/TX304を備え,」で,受信する信号は「送信機324 が送信する信号」であり,本件発明6の構成要件A6と相違している。
構成要件B6について 本件発明6の構成要件B6は「前記暗号記憶手段は,該受信手段が受 信した暗号変更指示信号に含まれる新暗号コードにより記憶内容を更新 する」で,更新する記憶内容は「暗号変更指示信号に含まれる新暗号コ ード」である。
これに対し,乙13・14発明は「物品識別RAM364は,RX/ TX304が受信した信号に含まれる物品IDおよび価格付けデータに より記憶内容をアップデートする,」で,アップデートする記憶内容は 「物品IDおよび価格付けデータ」であり,本件発明6の構成要件B6 と相違している。なお,「物品ID」と本件発明6の「新暗号コード」 とが全く性質の異なるものであることは,本件発明3についての前記11 の〔原告の主張〕で述べたとおりである。
構成要件C6について 乙13・14発明の携帯送信機78は,終了メッセージの信号を送信 するものにすぎず,当該送信をするために携帯送信機78に物品IDの 情報は必要ではなく,付け札が貯蔵に割当てられるごとに物品IDをア ップデートするようなこともしない。また,乙13公報及び乙14明細 書には,携帯送信機78に受信機能を備えていることは記載されておら ず,物品IDをアップデートすることは機能的にもできないし,物品I Dのアップデートを携帯送信機78で行うとすると,付け札全てについ て貯蔵に割り当てられるごとに行うことになり,膨大なメモリーとバッ テリーを消費することになるが,携帯送信機でそのような消費に耐え得 ることは困難である。これらのことからすれば,付け札20の構成を携 帯送信機78に転用できるものではない。
58 このように,乙13・14発明の「付け札302(英文表記“Tag”)」 と本件発明6の構成要件C6の「指示信号装置」が相違することは明ら かである。
(2) 容易想到性構成要件A6及びB6について 乙13公報及び乙14明細書の第1図ないし第15図には,本件発明 6の構成要件A6及びB6の「暗号変更指示信号」について開示されて おらず,同図の構成から本件発明6の構成要件A6及びB6の構成に拡 張できるものではない。
イ 動機付けについて 乙13・14発明の携帯送信機78は,終了メッセージの信号を送信 するものにすぎず,物品ID,識別コードを記憶し,更新する作用,機 能について乙13公報及び乙14明細書には開示されていないのであっ て,付け札20に適用される構成を,同じシステム内の携帯送信機78 に転用することの動機付けはない。
ウ 作用効果について 本件発明6では,解除指示信号を発信する他の指示信号発信装置が盗 まれたり,解除指示信号の暗号コードが知られたりしても,暗号コード を容易に変更でき,より確実に盗難を防止することができる。
これに対して,乙13・14発明では,このような効果について開示 されていない。
さらに,本件発明6は,解除指示信号に含まれる暗号コードを新暗号 コードに更新するものであり,複数の種類のコード信号を受信する盗難 防止タグにおいて,コード信号を識別することができるが,乙13・1 4発明はコード信号全体を更新するものであり,当該識別を行うことが できない。
59 エ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明6と乙13・14発明との相 違点の認定を誤ったものである。そして,乙13・14発明を本件発明 6に転用する動機付けもなく,作用効果も異なることから,乙13・1 4発明により容易に想到することができるとした被告の主張は誤りであ る。
したがって,本件発明6は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
14 争点(3)イ(カ)(本件発明6についての無効理由(乙15発明を主引例とする 進歩性欠如)の存否)について〔被告の主張〕 (1) 本件発明6と乙15発明との対比 本件発明6と乙15発明とを対比すると,本件発明6の構成中,構成要件 A6及びB6については乙15発明と一致するが,構成要件C6については, 構成要件A6及びB6との関係で乙15発明とは相違している。
すなわち,本件発明6は,「指示信号発信装置」という構成要件C6に構 成要件A6及びB6が備えられているのに対し,乙15発明では,ベースユ ニット700(英文表記“base unit”)とともに利用装置705(英文表 記“utilization device”)を制御する「ポータブルユニット200(英文 表記“portable unit”)」という構成C6'''に,本件発明6の構成要件A 6,B6と同一の構成が備えられている点が相違している(以下「本件相違 点6-2」という。)。
(2) 容易想到性 相違点6-2については,乙13公報及び乙14明細書に,第1図ないし 第15図を参照して「携帯送信機78」の構成が開示されている。この携帯 送信機78は,送信ユニット16a,16bとともに付け札20を制御する 60 指示信号発信装置であり,その作用及び機能が乙15発明に開示された「ポ ータブルユニット705」と一致している。したがって,乙13公報又は乙 14明細書と乙15発明とを組み合わせることに何ら困難性はなく,十分な 動機付けがある。
なお,本件発明6における「新暗号コード」は「新しい暗号コード」を意 味しており,「暗号コード」は「特定の者以外にはその内容が解らないよう な,アルゴリズムと鍵から成るデータを表現するための一定の明確なルール あるいはそのルールに基づいて表現されたもの」を意味していると解すべき ところ,当業者が乙13公報及び乙14明細書の「物品ID」を「新暗号コ ード」に置き換えることに何ら困難性はない。また,本件発明6における 「新暗号コード」が,本件明細書等の段落【0073】に記載されているよ うな「0」又は「1」を組み合わせた4桁の「コード」であるとするならば, 一般的なコード(ID)と何ら相違ないものである。
したがって,本件発明6(請求項6)は,乙15発明と乙13公報及び乙 14明細書の記載とに基づいて,当業者が容易に想到することができる。
(3) 以上により,本件発明6は,特許法123条1項2号,同法29条2項に 基づき特許無効審判により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕 (1) 本件発明6と乙15発明との対比 被告は本件発明6と乙15発明との相違点として構成要件C6を挙げてい るが,構成要件A6及びB6も相違点である。
構成要件A6について 本件発明6の構成要件A6は「請求項6記載の親指示信号発信装置が 発信する暗号変更指示信号を受信する受信手段を備え,」で,受信する 信号は「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する暗号変更指示信 号」である。
61 これに対し,乙15発明は「ベースユニット700が発信する信号を受信する非同期通信ポート205を備え,」で,受信する信号は「ベースユニット700が発信する信号」であり,本件発明6の構成要件A6と相違している。
すなわち,乙15発明において受信する信号の「ベースユニット700が発信する信号」にいう「ベースユニット700」は,以下のとおり,本件発明6の構成要件A6の「親指示信号発信装置」とは相違するものである。
(ア) 乙15発明のベースユニットは,ガレージドア制御装置のリモートガ レージドアオペレータに用いるものである。そして,ガレージドアの制 御においては,自らが識別コードを送信するものではなく,ポータブル ユニットから送信された識別コードを受信するものであるから,「指示 信号発信装置」ではない。
(イ) 本件発明6の構成要件A6の「親指示信号発信装置」は,販売店の日 常業務において警報動作を解除するために使用されるものではなく,盗 まれることがないように厳重に保管され,「暗号コード」を変更する必 要が生じた場合に使用される装置であるが,乙15発明のベースユニッ トは,ガレージドア制御装置として日常の業務に使用されており,ベー スユニットを不正に使用してポータブルユニットの識別コードを変更さ れるおそれがある。
(ウ) 本件発明6の構成要件A6の「親指示信号発信装置」は,「指示信号 発信装置」についても同時に複数の装置で暗号変更指示信号を受信する ことができると考えられるが(本件明細書等の段落【0070】),乙 15発明のベースユニットは,同時に複数のポータブルユニットに識別 コードを送信することはできず,本件発明6の構成要件A6の「親指示 信号発信装置」とは相違している。
62 (エ) 乙15発明では,「発信する信号」も「識別コード」全体であって, 本件発明6の構成要件A6のように「解除指示信号」に含まれその一部 である「暗号コード」を「新暗号コード」に変更する「暗号変更指示信 号」ではなく,本件発明6の構成要件A6の受信する信号と相違してい る。乙15発明では,ガレージドア制御装置のリモートガレージドアオ ペレータに用いるものであるため,受信するコード信号は単一の種類で あり,コード信号を識別する必要はないが,本件発明6のように複数の 種類のコード信号を送受信する場合には,識別コード全体を送受信する のでは,解除指示信号,暗号変更指示信号,その他のコード信号と識別 することはできず,本件発明6の作用効果は得られない。
(オ) 本件発明6の構成要件A6の「親指示信号発信装置」は盗難防止タグ にも新暗号コードを含めた暗号変更指示信号を発信するものであり,指 示信号発信装置と盗難防止タグにおいて,同じ新暗号コードに更新でき るようにするものであるが,乙15発明のベースユニットは,同機の設 定により識別コードを更新し,更新した識別コードをポータブルユニッ トに送信するだけであって,単独で設定機能を備えていない指示信号発 信装置と盗難防止タグにおいて,同じ新暗号コードに更新できるように する技術思想はない。
構成要件B6について 本件発明6の構成要件B6は「前記暗号記憶手段は,該受信手段が受 信した暗号変更指示信号に含まれる新暗号コードにより記憶内容を更新 する」で,更新する記憶内容は「暗号変更指示信号に含まれる新暗号コ ード」である。
これに対し,乙15発明は「メモリは,非同期通信ポート205が受 信したIDコード信号により記憶内容を更新する」で,更新する記憶内 容は「IDコード信号」全体であり,本件発明6の構成要件B6と相違 63 している。
構成要件C6について まず,乙15発明のベースユニットには本件発明6の構成要件A6及 びB6と同一の構成が備えられておらず,本件発明6の構成要件C6と 相違する。
次に,本件発明6の構成要件C6は,「請求項4又は5記載の指示信 号発信装置」であり,盗難防止タグに暗号コードを含めた解除指示信号 を発信するものである。これに対して,乙15発明のポータブルユニッ ト200は,ベースユニット700に識別コードを送信するものであり, 本件発明6の構成要件C6と相違している。
また,乙15発明のベースユニット700は,ガレージドア制御装置 のリモートガレージドアオペレータに用いるものであるため,受信する コード信号は単一の種類であり,コード信号を識別する必要はないが, 本件発明6の構成要件C6では,複数の種類のコード信号を受信する盗 難防止タグに解除指示信号を発信するものとは異なるものである。
そして,本件発明6の構成要件C6の「指示信号発信装置」は,盗難 防止タグと対で使用されるものであり,指示信号発信装置のみの解除指 示信号に含まれる暗号コードを更新するだけでは意味はなく,盗難防止 タグについても親指示信号発信装置により解除指示信号に含まれる暗号 コードを更新することが必要であり,同じ暗号コードが更新された盗難 防止タグに対して,指示信号発信装置は解除指示信号を発信するという 関係にある。これに対して,乙15発明のベースユニット700におい ては,同機において識別コードを設定して更新し,更新した識別コード をポータブルユニット200に送信してその識別コードを更新し,ポー タブルユニット200は更新された識別コードをベースユニット700 に送信するものであり,指示信号発信装置とはコードの更新関係が異な 64 るものである。この点でも,本件発明6の構成要件C6の「指示信号発 信装置」と乙15発明のポータブルユニットとは相違する。
(2) 容易想到性構成要件C6について 乙13・14発明の携帯送信機78は,終了メッセージの信号を送信 するものにすぎず,同機において物品IDのアップデートが行われるも のではなく,ポータブルユニット200を携帯送信機78に転用しても, 本件発明6の構成要件C6の「指示信号発信装置」を得られるものでは ない。
イ 動機付けについて 乙13・14発明の携帯送信機78は,終了メッセージの信号を送信 するものにすぎず,物品ID,識別コードを記憶し,更新する作用,機 能について乙13公報及び乙14明細書には開示されていないのであっ て,@付け札20に適用される構成を,同じシステム内の携帯送信機7 8に転用すること,A乙13・14発明と乙15発明とを組み合わせる ことの動機付けはない。
ウ 作用効果について 本件発明6では,解除指示信号を発信する他の指示信号発信装置が盗 まれたり,解除指示信号の暗号コードが知られたりしても,暗号コード を容易に変更でき,より確実に盗難を防止することができる。
これに対して,乙13・14発明では,このような効果について開示 されていない。また,乙15発明は,ガレージドア制御装置のリモート ガレージドアオペレータに用いるもので,指示信号発信装置が盗まれた り,解除指示信号の暗号コードが知られたりした場合に,複数の盗難防 止タグ及び指示信号発信装置の暗号コードを更新することについては開 示されていない。
65 さらに,本件発明6は,解除指示信号に含まれる暗号コードを新暗号 コードに更新するものであり,複数の種類のコード信号を受信する盗難 防止タグにおいて,コード信号を識別することができるが,乙13・1 4発明及び乙15発明はコード信号全体を更新するものであり,当該識 別を行うことができない。
エ 小括 以上のとおり,被告の主張は,本件発明6と乙15発明との相違点の 認定を誤ったものである。そして,乙15発明と乙13・14発明を結 び付け転用する動機付けもなく,作用効果も異なることから,乙15発 明及び乙13・14発明により容易に想到することができるとした被告 の主張は誤りである。
したがって,本件発明6は特許法29条2項の規定に反するものでは ない。
15 争点(4)ア(本件訂正が訂正要件を満たしているか)について〔原告の主張〕 (1) 本件訂正の訂正事項はいずれも,@特許請求の範囲減縮を目的とし,カ テゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲拡張し又は変更するものには該当せず,特許法134条の2第9項で読み 替えて準用する同法126条6項に適合するものであり,A願書に添付した 明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり,同 法134条の2第9項で準用する同法126条5項に適合するものである。
(2) 訂正事項1について ア 「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正について (ア) 被告は,訂正事項1によって請求項1に付け加えられた「複数の指示 信号」という文言は,本件明細書等には何ら記載されておらず,「指示 信号」の定義すら明確ではないなどと主張する。
66 しかし,本件明細書等の段落【0046】,【0057】,【006 5】,【0067】,【0069】,【0073】,【0083】, 【図7】,【図9】ないし【図18】の記載からも明らかなように,本 件明細書等には盗難防止タグが複数の指示信号を受信することが記載さ れている。
また,本件明細書等の上記各記載から,「指示信号」が盗難防止タグ が定められた特定の動作を行うことを指示する信号を意味することは明 らかである。
しかも,「複数の指示信号を受信する」との訂正は,複数の指示信号 を受信する盗難防止タグであることを具体的に特定し,さらに限定する ものにすぎず,解除指示信号以外の指示信号の種類,機能等を問題とす るものではなく,当該指示信号は指示信号であれば足りるものである。
そして,本件明細書等に記載の各指示信号は例示として認識すべきもの であるから,本件明細書等に記載されていない指示信号を含むとしても, 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲 内であることは明らかである。
(イ) 被告は,訂正後の請求項1(本件訂正発明1)では「複数の指示信号 を受信する」という動作の主体が明確でない,すなわち,「前記受信手 段が複数の指示信号を受信する」とは規定されておらず,他の受信手段 (例えば他のアンテナなど)が複数の信号を受信することも含む文言と なっているなどと主張する。
しかし,本件訂正発明1の記載からすれば,信号の受信手段としては 「非接触で信号を受信する受信手段」のみしか規定されておらず,本件 訂正発明1の盗難防止タグは,当該受信手段により信号を受信する構成 と理解すべきものであり,「複数の指示信号」も当然,当該受信手段か ら受信することになる。しかも,被告が例とする「他のアンテナ」も 67 「非接触で信号を受信する受信手段」に他ならず,他の受信手段が信号 を受信することを意味するものではない。また,「複数の指示信号」が 他の受信手段により受信し,それが機能を拡張又は変更するものであれ ば,本件訂正発明1は「非接触で信号を受信する受信手段」が構成とさ れていることとの対応関係からして同様に他の受信手段も構成を明示す る必要があるはずであり,当該構成が規定されていない本件訂正発明1 が当該構成を含むものと解する余地はなく,被告が主張するように前記 受信手段以外の受信手段が複数の指示信号を受信するものを含むもので もなければ,盗難防止タグの機能を拡張又は変更するものでもない。
(ウ) 被告は,「複数の指示信号」が他の発明特定事項といかなる関連性を 有しているのか規定されていないため,盗難防止タグが複数の指示信号 を受信することに何ら技術的意義はなく,仮に,識別手段が,解除指示 信号を所定信号以外の他の信号と識別することができるという技術的意 義を有するものであるとすれば,所定信号及び解除指示信号を識別する にすぎない「識別手段」の機能を拡張又は変更するものであるなどと主 張する。
しかし,「複数の指示信号を受信する」との訂正は,本件訂正発明1 における盗難防止タグが複数の指示信号を受信する盗難防止タグである ことを具体的に特定し,さらに限定し,所定信号と解除指示信号のみし か受信しない盗難防止タグと異なるものであることを明確にするもので あり,その技術的意義は明らかである。
また,「複数の指示信号を受信する」との訂正は,複数の指示信号を 受信する盗難防止タグであることを具体的に特定し,さらに限定するに すぎず,また訂正前の「識別手段」とは特定の固定された機能に限定さ れるものではなく,複数の指示信号を受信することに対応した識別手段 としての機能を備えるものも含むものであって,「識別手段」自体を変 68 更することにはならず,当該訂正により「識別手段」の機能を拡張又は 変更することになるものでない。
そもそも,訂正前の本件発明1にいう「前記受信手段が受信した前記 所定信号及び前記解除指示信号を識別する識別手段」とは,単に「所定 信号」と「解除指示信号」との二つの信号との間でのみ識別するもので はなく,「非接触で信号を受信する受信手段」が受信し得る信号と受信 手段が受信した「所定信号」と,「非接触で信号を受信する受信手段」 が受信し得る信号と当該受信手段が受信した「解除指示信号」とをそれ ぞれ識別するものであり,本件訂正前から当該意味であることは明らか であって,本件訂正により「識別手段」の機能が拡張され又は変更され るようなものではない。
そして,仮に,「識別手段」の当該意味が明瞭でなく,当該訂正によ り当該意味が明瞭になったとしても,それは「明瞭でない記載釈明」 にすぎず,文理上「識別手段」が所定信号と解除指示信号を識別すると しか解せられないところで,当該意味に変更するようなものではなく, 実質上特許請求の範囲拡張又は変更するものではない。
イ 「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正について (ア) 被告は,「暗号コードを一部に含む」という文言は本件明細書等には 何ら記載されておらず,そのため「解除指示信号」が暗号コード以外に いかなるコードを含むものであるか明確でなく,本件明細書等に記載さ れたコード以外のコードを含む文言となっているなどと主張する。
しかし,本件明細書等の段落【0073】及び【図7】の記載からは, 解除指示信号(リセットコード)が暗号コードを一部に含むことは明ら かである。
また,解除指示信号のうち暗号コード以外のコードは,本件明細書等 の上記記載からすれば,当該コード部分(D0,D1)が他の指示信号 69 のコードの当該部分(D0,D1)と重複せず,あらかじめ特定された ものであることも明らかである。
しかも,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」との訂正は,解除 指示信号が暗号コードを一部に含んだ解除指示信号であることを具体的 に特定し,さらに限定するものにすぎず,解除指示信号の暗号コード以 外のコードの種類,機能等を問題とするものではなく,当該コードは解 除指示信号の暗号コード以外のものであれば足りるものである。そして, 本件明細書等に記載の各指示信号は例示として認識すべきものであるか ら,本件明細書等に記載されていないコードを含むとしても,願書に添 付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内である ことは明らかである。
(イ) また,被告は,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」において, 暗号コード以外のコードがいかなるコードであるか明確でなく,暗号コ ード以外のコードが他の発明特定事項といかなる関連性を有しているの か規定されていないため,解除指示信号が暗号コードを一部に含むこと に何ら技術的意義はなく,仮に,識別手段が,暗号コード以外のコード を用いることにより,解除指示信号を所定信号以外の他の信号と識別す ることができるという技術的意義を主張するものであるとすれば,所定 信号及び解除指示信号を識別するにすぎない「識別手段」の機能を拡張 又は変更するものであるなどと主張する。
しかし,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」との訂正は,本件 訂正発明1における盗難防止タグが,解除指示信号が暗号コードを一部 に含んだ解除指示信号であることを具体的に特定し,さらに限定し,暗 号コードのみからなる解除指示信号を受信する盗難防止タグと異なるも のであることを明確にするものであり,その技術的意義は明らかである。
また,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」との訂正は,解除指 70 示信号が暗号コードを一部に含んだ解除指示信号であることを具体的に 特定し,さらに限定するにすぎず,「識別手段」自体を変更するもので はなく,当該訂正により「識別手段」の機能を拡張又は変更することに なるものではない。
上記のように,「識別手段」は,所定信号と前記受信手段が受信する 他の信号,解除信号を前記受信手段が受信する他の信号とそれぞれ識別 する手段を意味するものであり,当該訂正前から当該意味であることは 明らかで,当該訂正により「識別手段」の機能が拡張又は変更されるよ うなものではない。
仮に,「識別手段」の当該意味が明瞭でなく,当該訂正により当該意 味が明瞭になったとしても,それは「明瞭でない記載釈明」にすぎず, 文理上「識別手段」が所定信号と解除指示信号を識別するとしか解せら れないところで,当該意味に変更するようなものではなく,実質上特許 請求の範囲拡張又は変更するものではない。
独立特許要件について (ア) 被告は,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正及び 「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正のいずれについて も,他の発明特定事項といかなる関連性を有しているのか明確でないた め,これらの訂正により訂正後の請求項1の発明(本件訂正発明1)が 特有の効果を奏するものとは認められないなどと主張する。
しかし,上記のように,本件訂正発明1の訂正はいずれも公知の単一 の指示信号を受信する盗難防止タグや暗号コードのみかならなる解除指 示信号盗難防止タグとの相違を明確にするものであり,特有の効果を奏 することは明らかである。
(イ) 被告は,乙13公報(8頁左欄39行目〜右欄13行目)及び乙14 明細書(第8欄29行目〜44行目)には,付け札に伝達すべき種々の 71 メッセージについての記載があるのであって,盗難防止タグが複数の指 示信号を受信するという構成は,本件特許の出願時において周知技術に すぎないなどと主張する。
しかし,「複数の指示信号を受信する」との訂正は,単一の指示信号 を受信する盗難防止タグを含まないことを明確にするためのものであっ て,複数の指示信号を受信するという構成が周知技術であったとしても, 本件訂正発明1の独立特許要件を否定するものとはならない。
(ウ) 被告は,解除指示信号が暗号コードを一部に含むという構成について は,乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,「REMOTE CO NTROL TRANSMISSION CMOS IC」と題する文 献(乙26。以下「乙26文献」という。)及び「半導体総合セレクシ ョンガイド」と題する文献(乙27。以下「乙27文献」という。)な どに記載されており,本件特許の出願時において周知技術にすぎないな どと主張する。
しかし,「暗号コードを一部に含む」との訂正は,暗号コードのみか らなる解除指示信号を含まないことを明確にするためのものであって, しかも,被告が主張する乙13公報等はいずれも複数のコマンドに共通 のIDを組み合わせるものにすぎず,IDを設定する際に各信号のコー ドの重複は考慮する必要はなく,また各コマンドの信号を受信するごと に当該IDの一致判断を行うものである。したがって,本件訂正発明1 のように他の指示信号のコードとの重複を考慮することなく暗号コード を設定でき,解除指示信号を受信した時のみ暗号コードの一致判断を行 うために解除指示信号に限定される暗号コードを解除指示信号の一部に 含むものとは明らかに異なるものであるから,上記各文献の記載の構成 が周知技術であったとしても,本件訂正発明1の独立特許要件を否定す るものとはならない。
72 (3) 訂正事項2について ア 「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に含む暗号変 更指示信号」とする訂正について (ア) 被告は,訂正事項2によって請求項3に付け加えられた「新暗号コー ドを一部に含む」という文言は,本件明細書等には何ら記載されておら ず,そのため「暗号変更指示信号」が新暗号コード以外にいかなるコー ドを含むものであるか明確でなく,本件明細書等に記載されたコード以 外のコードを含む文言となっているなどと主張する。
しかし,本件明細書等の段落【0073】及び【図7】の記載からは, 暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むことは明らかである。
また,暗号変更指示信号が新暗号コード以外のコードは,本件明細書 等の上記記載からすれば,当該コード部分が他の指示信号のコードの当 該部分と重複せず,あらかじめ特定されたものであることも明らかであ る。
しかも,「新暗号コードを一部に含む」との訂正は,暗号変更指示信 号が新暗号コードを一部に含んだ指示信号であることを具体的に特定し, さらに限定するものにすぎず,暗号変更指示信号の新暗号コード以外の コードの種類,機能等を問題とするものではなく,当該コードは解除指 示信号の暗号コード以外のものであれば足りるものである。そして,本 件明細書等に記載の各指示信号は例示として認識すべきものであるから, 本件明細書等に記載されていないコードを含むとからといって,願書に 添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内であ ることは明らかである。
(イ) また,被告は,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一 部に含む暗号変更指示信号」において,新暗号コード以外のコードがい かなるコードであるか明確でなく,新暗号コード以外のコードが他の発 73 明特定事項といかなる関連性を有しているのか規定されていないため,暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むことに何ら技術的意義はなく,仮に,識別手段が,新暗号コード以外のコードを用いることにより,暗号変更指示信号を解除指示信号などの他の信号と識別することができるという技術的意義を主張するものであるとすれば,所定信号及び解除指示信号を識別するにすぎない「識別手段」の機能を拡張又は変更するものであるなどと主張する。
しかし,「新暗号コードを一部に含む」との訂正は,本件訂正発明3における盗難防止タグの暗号変更指示信号に新暗号コードを一部に含んだ指示信号であることを具体的に特定し,さらに限定するものにすぎず,単に識別コード等を消去し,初期化する盗難防止タグと異なるものであることを明確にするものであり,その技術的意義は明らかである。
また,「新暗号コードを一部に含む」との訂正は,暗号変更指示信号に新暗号コードを一部に含んだ指示信号であることを具体的に特定し,さらに限定するにすぎず,「識別手段」自体を変更するものではなく,当該訂正により「識別手段」の機能を拡張又は変更することになるものではないし,上記のように本件訂正発明1におけると同様の理由からしても,「識別手段」の機能が拡張又は変更されるようなものではないことは明らかである。
そもそも,訂正前の請求項3(本件発明3)には「前記暗号記憶手段は,前記受信手段が受信する,新暗号コードへの変更を指示する暗号変更指示信号により,その記憶内容を前記新暗号コードに更新する請求項1又は2記載の盗難防止タグ。」と記載されており,その構成からして必然的に暗号変更指示信号は「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号」とならざるを得ないものである上,解除指示信号を受信する盗難防止タグにおいて暗号変更指示信号を 74 受信するためには暗号変更指示信号を他の指示信号と識別する機能を備 える必要がある。
したがって,「新暗号コードを一部に含む」との訂正により,暗号変 更指示信号が解除指示信号との識別機能を備えているものとされるとし ても,実質上特許請求の範囲拡張又は変更するものではない。
独立特許要件について (ア) 被告は,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に含 む暗号変更指示信号」とする訂正は,他の発明特定事項といかなる関連 性を有しているのか明確でないため,この訂正により訂正後の請求項3 の発明(本件訂正発明3)が特有の効果を奏するものとは認められない などと主張する。
しかし,前記のとおり,本件訂正発明3は,単に識別コード等を消去 し,初期化するだけの盗難防止タグとは異なり,前記記憶手段の記憶内 容が暗号変更指示信号に含まれる新暗号コードに更新されるものである から,特有の効果を奏することは明らかである。
(イ) また,被告は,暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むという 構成については,乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,乙26文 献及び乙27文献などに記載された周知技術に基づいて,当業者が容易 に想到することができるなどと主張する。
しかし,前記のとおり,被告が主張する乙13公報等はいずれも複数 のコマンドに共通のIDを組み合わせるものにすぎず,本件訂正発明3 のように暗号変更指示信号についての新暗号コードを暗号変更指示信号 の一部に含むものとは明らかに異なるものであるから,乙13公報等の 記載の構成が周知技術であったとしても,本件訂正発明3の独立特許要 件を否定するものとはならない。
(4) 訂正事項3ないし5について 75 訂正事項3ないし5についても,これまで論じてきたところに照らし,訂 正要件に何ら反するものではない。
〔被告の主張〕 以下のとおり,本件訂正はいずれも訂正要件を満たしていない。
(1) 訂正事項1について ア 「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正について (ア) 本件訂正の訂正事項1は,請求項1を「複数の指示信号を受信する盗 難防止タグ」と訂正するものである。
(イ) しかし,「複数の指示信号」という文言は本件明細書等には何ら記載 されておらず,「指示信号」の定義すら明確でない。そのため,「複数 の指示信号」がいかなる信号を含むものであるか明確でなく,本件明細 書等に記載された信号以外の信号をも含む文言となっている。
したがって,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正 は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の 範囲内の訂正には該当せず,特許法134条の2第9項で準用する同法 126条5項に適合していない。
(ウ) また,訂正後の請求項1(本件訂正発明1)では,「複数の指示信号 を受信する」という動作の主体が明確でない。すなわち,「前記受信手 段が複数の指示信号を受信する」とは規定されておらず,他の受信手段 (例えば他のアンテナなど)が複数の信号を受信することも含む文言と なっている。このような,前記受信手段以外の受信手段が複数の指示信 号を受信するような構成は,本件明細書等に記載されていない上,盗難 防止タグの機能を拡張又は変更するものであることは明らかである。
したがって,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正 は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の 範囲内の訂正に該当しないだけでなく,実質上特許請求の範囲拡張又 76 は変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する同法12 6条6項にも適合していない。
(エ) さらに,「複数の指示信号」が他の発明特定事項といかなる関連性を 有しているのか規定されていないため,盗難防止タグが複数の指示信号 を受信することに何ら技術的意義はない。仮に,識別手段に,解除指示 信号を所定信号以外の他の信号と識別することができるという技術的意 義があると主張するものであるとすれば,所定信号及び解除指示信号を 識別するにすぎない「識別手段」の機能を拡張又は変更するものである ことは明らかである。
この点からも,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂 正は,実質上特許請求の範囲拡張又は変更するものであり,特許法1 34条の2第9項で準用する同法126条6項に適合していない。
イ 「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正について (ア) 本件訂正の訂正事項1は,さらに,請求項1を「暗号コードを一部に 含む解除指示信号」と訂正するものである。
(イ) しかし,「暗号コードを一部に含む」という文言は本件明細書等には 何ら記載されていない。そのため,「解除指示信号」が暗号コード以外 にいかなるコードを含むものであるか明確でなく,本件明細書等に記載 されたコード以外のコードを含む文言となっている。
したがって,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正は, 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲 内の訂正には該当せず,特許法134条の2第9項で準用する同法12 6条5項に適合していない。
(ウ) また,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」において,暗号コー ド以外のコードがいかなるコードであるか明確でなく,暗号コード以外 のコードが他の発明特定事項といかなる関連性を有しているのか規定さ 77 れていないため,解除指示信号が暗号コードを一部に含むことに何ら技 術的意義はない。仮に,識別手段に,暗号コード以外のコードを用いる ことにより,解除指示信号を所定信号以外の他の信号と識別することが できるという技術的意義があると主張するものであるとすれば,所定信 号及び解除指示信号を識別するにすぎない「識別手段」の機能を拡張又 は変更するものであることは明らかである。
したがって,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正は, 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲 内の訂正に該当しないだけでなく,実質上特許請求の範囲拡張又は変 更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する同法126条 6項にも適合していない。
独立特許要件について 仮に上記ア及びイの主張が採用されないとしても,訂正後の請求項1 に従属する請求項5,8及び9に係る発明は,特許法29条2項の規定 により特許を受けることができない。
そもそも,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」とする訂正及 び「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とする訂正のいずれについ ても,他の発明特定事項といかなる関連性を有しているのか明確でない ため,これらの訂正により訂正後の請求項1の発明(本件訂正発明1) が特有の効果を奏するものとは認められない。一方,仮に特有の効果を 奏するものであるとすれば,上述のとおり,「識別手段」の機能を拡張 又は変更することになり,実質上特許請求の範囲拡張又は変更する訂 正に該当することは明らかである。
また,乙13公報(8頁左欄39行目〜右欄13行目)及び乙14明 細書(第8欄29行目〜44行目)には,付け札に伝達すべき種々のメ ッセージについての記載がある。このように,盗難防止タグが複数の指 78 示信号を受信するという構成は,本件特許の出願時において周知技術に すぎない。なお,訂正後の請求項1の発明(本件訂正発明1)において, 「前記受信手段が複数の指示信号を受信する」とは規定されていないた め,そのような周知技術はより一層存在することとなる。
さらに,解除指示信号が暗号コードを一部に含むという構成について は,既に主張しているように乙13公報,乙14明細書,乙15明細書, 乙26文献及び乙27文献などに記載されており,本件特許の出願時に おいて周知技術にすぎない。
したがって,訂正後の請求項1に従属する請求項5,8及び9に係る 発明は,特許出願の際に独立して特許を受けることができないものであ り,特許法134条の2第9項で読み替えて準用する特許法126条7 項に適合していない。
(2) 訂正事項2について ア 「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に含む暗号変 更指示信号」とする訂正について (ア) 本件訂正の訂正事項2は,請求項3(本件発明3)を「新暗号コード への変更を指示する新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号」と訂 正するものである。
(イ) しかし,「新暗号コードを一部に含む」という文言は本件明細書等に は何ら記載されていない。そのため,「暗号変更指示信号」が新暗号コ ード以外にいかなるコードを含むものであるか明確でなく,本件明細書 等に記載されたコード以外のコードを含む文言となっている。
したがって,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部 に含む暗号変更指示信号」とする訂正は,願書に添付した明細書,特許 請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正には該当せず,特許 法134条の2第9項で準用する同法126条5項に適合していない。
79 (ウ) また,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に含む 暗号変更指示信号」において,新暗号コード以外のコードがいかなるコ ードであるか明確でなく,新暗号コード以外のコードが他の発明特定事 項といかなる関連性を有しているのか規定されていないため,暗号変更 指示信号が新暗号コードを一部に含むことに何ら技術的意義はない。仮 に,識別手段に,新暗号コード以外のコードを用いることにより,暗号 変更指示信号を解除指示信号などの他の信号と識別することができると いう技術的意義があると主張するものであるとすれば,所定信号及び解 除指示信号を識別するにすぎない「識別手段」の機能を拡張又は変更す るものであることは明らかである。
したがって,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部 に含む暗号変更指示信号」とする訂正は,願書に添付した明細書,特許 請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正に該当しないだけで なく,実質上特許請求の範囲拡張又は変更するものであり,特許法1 34条の2第9項で準用する同法126条6項にも適合していない。
独立特許要件について 仮に上記アの主張が採用されないとしても,訂正後の請求項3に従属 する請求項5,8及び9に係る発明は,特許法29条2項の規定により 特許を受けることができない。
そもそも,「新暗号コードへの変更を指示する新暗号コードを一部に 含む暗号変更指示信号」とする訂正は,他の発明特定事項といかなる関 連性を有しているのか明確でないため,この訂正により訂正後の請求項 3の発明(本件訂正発明3)が特有の効果を奏するものとは認められな い。一方,仮に特有の効果を奏するものであるとすれば,上述のとおり, 「識別手段」の機能を拡張又は変更することになり,実質上特許請求の 範囲を拡張又は変更する訂正に該当することは明らかである。
80 また,暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むという構成につ いては,上述のとおり,乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,乙 26文献及び乙27文献などに記載された周知技術に基づいて,当業者 が容易に想到することができるものである。
したがって,訂正後の請求項3に従属する請求項5,8及び9に係る 発明は,特許出願の際に独立して特許を受けることができないものであ り,特許法134条の2第9項で読み替えて準用する同法126条7項 に適合していない。
(3) 訂正事項3について 訂正事項3は,本件明細書等の段落【0021】の記載を訂正後の請求項 1(本件訂正発明1)と整合させるためのものであるが,このような訂正は, 前記(1)の訂正事項1と同様の理由により訂正要件を満たしていない。
したがって,訂正事項3は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は 図面に記載した事項の範囲内の訂正には該当せず,かつ,実質上特許請求の 範囲を拡張又は変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する 同法126条5項及び6項に適合していない。
(4) 訂正事項4について 訂正事項4は,本件明細書等の段落【0022】の記載を訂正後の請求項 1(本件訂正発明1)と整合させるためのものであるが,このような訂正は, 前記(1)の訂正事項1と同様の理由により訂正要件を満たしていない。
したがって,訂正事項4は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は 図面に記載した事項の範囲内の訂正には該当せず,かつ,実質上特許請求の 範囲を拡張又は変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する 同法126条5項及び6項に適合していない。
なお,本件明細書等の段落【0022】に記載されている作用効果は,解 除指示信号が暗号コードを一部に含むか否かによって変わるものではない。
81 (5) 訂正事項5について 訂正事項5は,本件明細書等の段落【0024】の記載を訂正後の請求項 3(本件訂正発明3)と整合させるためのものであるが,このような訂正は, 前記(2)の訂正事項2と同様の理由により訂正要件を満たしていない。
したがって,訂正事項5は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は 図面に記載した事項の範囲内の訂正には該当せず,かつ,実質上特許請求の 範囲を拡張又は変更するものであり,特許法134条の2第9項で準用する 同法126条5項及び6項に適合していない。
16 争点(4)イ(本件訂正により無効理由を解消することができるか)について〔原告の主張〕 本件審決予告に記載された無効理由は,以下のとおり,本件訂正によって解 消されることになる。
(1) 請求項1(本件訂正発明1) ア 本件訂正発明1は,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」及び 「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とあるように,所定信号及び 解除指示信号以外の指示信号を受信する盗難防止タグであり,また,解 除指示信号は暗号コードを受信した場合に解除するだけのものを含まな いものであって,乙4発明とはこれらの点も相違点となる。しかるに, 乙4公報には,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」及び「暗号 コードを一部に含む解除指示信号」についての開示も示唆もなく,乙5 公報にもこれらの点についての開示も示唆もない。
イ 乙12公報の「コマンドコード+IDコード」の「IDコード」と, 「GROVEスターターキット for mbed の使い方(赤外線リモコンと赤 外線受信モジュール編)」と題する文献(乙32。以下「乙32文献」 という。)の「カスタマコード,データコード」の「カスタマコード」 とは,いずれも各コマンドコード,各データコードに共通のものである 82 のに対して,本件訂正発明1の盗難防止タグでは,「暗号コード」とは 受信する複数の指示信号のうちの解除指示信号という特定の信号を対象 とするものである。
また,解除指示信号に任意に設定可能な「暗号コード」を含めながら, 複数の指示信号から解除指示信号を識別できるように「暗号コードを一 部に含む解除指示信号」としたことについては,乙12公報及び乙32 文献には開示も示唆もない。
これらのことからすれば,乙12公報の「コマンドコード+IDコー ド」及び乙32文献の「カスタマコード,データコード」を乙4発明に 適用する動機付けはなく,組み合わせることはできない。
ウ 本件審決予告には「甲2発明〔判決注:乙4発明〕の『アンテナ51』 がコード信号を受信する場合には,甲第3号証〔判決注:乙5公報〕に 『後段の信号処理回路で信号識別を行う』(段落【0017】)の記載 からみて,CPU55がアンテナ51が受信した所定の周波数の信号及 びコード信号を識別するようになすことは,当業者にとって格別困難な ことではない。また,阻害事由が存するものともいえない。」とあるが, 乙5公報の「警告音作動信号と警告音停止信号のキャリアー周波数を同 一にして1つの共振回路(電磁結合手段)で両信号を受信させ,後段の 信号処理回路で信号識別を行う」(乙5公報の段落【0017】)こと の当該信号識別は,連続正弦波の警告音作動信号と間欠正弦波の警告音 停止信号によるカウントの時間の相違により両信号を識別するものであ り,複数の指示信号を受信することは想定されておらず,所定信号に加 えて「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」である本件訂正特許発 明1の受信手段に適用できるものではない。
仮に,乙4発明に乙5公報の記載事項を適用し,乙5公報の当該記載 によりCPU55がアンテナ51が受信した所定の周波数の信号及びコ 83 ード信号を識別することにしても,「複数の指示信号を受信する盗難防 止タグ」における解除指示信号を識別することはできず,相違点に係る 本件訂正発明1の構成とすることは当業者が容易になし得るものではな い。
エ 上記のように,乙4発明に乙5公報の記載事項を適用しても,所定信 号に加えて「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」において解除指 示信号を識別することはできない。
また,乙4発明のように暗号コードのみを受信した場合に解除するも のでは,解除指示信号である暗号コードは「複数の指示信号を受信する 盗難防止タグ」における他の指示信号と重複する可能性があり,本件訂 正発明1の「暗号コードを一部に含む解除指示信号」のように暗号コー ドを任意に設定することはできない。逆にいうと,他の指示信号と重複 しないように暗号コードを設定する必要があり,暗号コードの設定は煩 雑なものとなってしまう。
このように,本件訂正発明1は,乙4発明及び乙5公報の記載事項か ら,当業者が予測できない効果を生じるものである。
オ さらに,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」と訂正したことに 伴い,本件訂正発明1の「前記識別手段が識別した解除指示信号に含ま れる暗号コード及び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致する か否かを判定する一致判定手段」が乙4発明及び乙5公報に開示も示唆 もされていないことが明らかとなった。すなわち,乙4発明はそもそも 「暗号コードを一部に含む解除指示信号」を用いるものではない。また, 乙5公報も信号識別時にコードを一致回路21で一致するか否かを判断 するものであり(乙5公報の段落【0031】),識別手段が識別した 後にさらに解除指示信号に含まれる暗号コードが一致するか否かを重複 して判断する技術的必要性は皆無であって,当業者にとって本件訂正発 84 明1の「前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及 び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する 一致判定手段」に想到する動機付けは存在しない。
カ 以上からすれば,本件訂正発明1は,乙4発明及び乙5公報に記載さ れた事項に基づいて当業者が容易に発明することはできず,特許法29 条2項の規定に違反するものではないから,同法123条1項2号に該 当せず,無効とすることはできないのであって,本件審決予告の無効理 由は解消されることになる。
また,本件訂正発明2ないし6は,本件訂正発明1の従属項であるた め,同様に本件審決予告の無効理由は解消されることになる。
(2) 請求項2(本件訂正発明2) ア 本件審決予告には,「甲2発明〔判決注:乙4発明〕のCPU55に 上記周知技術を適用して,相違点2の構成にすることは,当業者が容易 に想到し得たことである。」,「また,相違点2の構成が奏する効果は, 甲2発明及び前記周知技術から,当業者が予測できる範囲内のものであ って,格別なものではなく,本件特許発明2が奏する効果は,全体とし てみても,甲2発明及び甲第3号証〔判決注:乙5公報〕に記載された 事項並びに前記周知技術から,当業者が予測できる範囲内のものであ る。」と記載されている。
イ しかし,請求項2(本件訂正発明2)は,本件訂正発明1の従属項で あり,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」を構成とするもので あることから,指示信号を受信し,暗号記憶手段の暗号コードのみから なる解除指示信号と異なるコードであると判定しても,他の指示信号の 可能性があり,他の指示信号の場合には警告を出力しないように処理す る必要が生じるのであって,「一致判定手段がコード信号が一致しない と判定したときに,警告を出力する警告手段」が周知技術であるとして 85 も,それを適用するだけでは当該処理はできない。
すなわち,乙5公報は,警告音作動信号と警告音停止信号の二つにお いて識別するものにすぎず,乙5公報の記載事項を適用した乙4発明で は,両信号のみを受信するのであれば,警告音作動信号でないと識別す ることにより,暗号コードが異なっても警告音停止信号であると識別す ることができ,警告を出力することができるかもしれないが,警告音作 動信号以外に複数の指示信号を受信する装置において,暗号コードと異 なるコード信号を受信したときに,それが警告音停止信号であると識別 することはできず,それを異なる暗号コードによる信号であるとして上 記周知技術により警告を出力することはできないのである。
本件訂正発明2は,「複数の指示信号を受信する盗難防止タグ」にお いて,受信した指示信号を解除指示信号であると識別し,暗号コードを 一致判定手段が一致しないと判定したときに,警告を出力するものであ り,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」とすることにより,受信 した指示信号が解除指示信号であることを識別するものであるが,これ らのことについて,乙4発明,乙5公報及び上記周知技術には開示も示 唆もなく,本件審決予告のいう相違点の構成とすることは,当業者が容 易に想到し得ないし,上記相違点の構成が奏する効果は,乙4発明,乙 5公報及び上記周知技術から当業者が予測できる範囲内のものではない。
ウ 以上からすれば,本件訂正発明2は,乙4発明,乙5公報の記載事項 及び上記周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することはできず, 特許法29条2項の規定に違反するものでもなければ,同法123条1 項2号に該当せず,無効とすることはできず,本件審決予告の無効理由 は解消されることになる。
(3) 請求項3(本件訂正発明3) ア 本件審決予告には,「甲第11号証〔判決注:乙13公報〕に記載さ 86 れた事項1は,請求項3の用語を用いると,『記憶手段は,受信手段が 受信する,新コードへの変更を指示する変更指示信号により,その記憶 内容を前記新コードに更新する盗難防止タグ。』といえる。」,「甲2 発明〔判決注:乙4発明〕において,タグ1にコード信号の設定機能を 設けることを把握する当業者であれば,甲2発明のタグ1が『アンテナ 51』及び『付設されたアンテナ』を備え,『コード信号』が記憶手段 に記憶される点に着目して,甲第11号証に記載された事項1の『受信 手段が受信する,新コードへの変更を指示する変更指示信号により,そ の記憶内容を前記新コードに更新する』ことを適用して,相違点3の構 成とすることは,当業者にとって容易である。」,「また,相違点3の 構成が奏する効果は,甲2発明及び甲第11号証から,当業者が予測で きる範囲内のものであって,格別なものでなく,本件特許発明3が奏す る効果は,全体としてみても,甲2発明,甲第2号証〔判決注:乙4公 報〕,甲第3号証〔判決注:乙5公報〕及び甲第11号証にそれぞれ記 載された事項並びに前記周知技術から,当業者が予測できる範囲内のも のである。」との記載がある。
イ しかし,本件訂正発明3は「新暗号コードを一部に含む暗号変更指示 信号」を構成とするものであるが,乙13公報の「物品識別RAM36 4の記憶内容をアップデートする物品識別コードに変更する」とは,指 示された特定のコードに変更するものではなく,単にそれまでに設定さ れていたコードを消去し,初期設定にするものであって,「新暗号コー ドを一部に含む暗号変更指示信号」により,暗号記憶手段の記憶内容を 当該新暗号コードに更新するものではない。
また,本件審決予告には「甲第2号証には,コード信号について『コ ード信号の設定機能をタグ1およびコード信号出力ユニット11にそれ ぞれ備付け,これらの設定機能によって所望のコード信号を設定できる 87 ようにしても構わない』(段落【0036】)との記載があり,この記 載によれば,タグ1にコード信号の設定機能を設けることが開示されて いるといえる。」との記載があるが,「複数の指示信号を受信する盗難 防止タグ」においては,上記のように他の指示信号と重複する可能性が あるため,所望のコード信号を設定することはできないし,乙4公報及 び乙13公報から容易に予測できる範囲は暗号コードである解除指示信 号全体を変更するものであって,本件訂正発明3のように「暗号コード を一部に含む解除指示信号」の暗号コードを変更するものでもない。
このように,本件訂正発明3の構成については,乙4公報及び乙13 公報には開示も示唆もなく,これらから本件審決予告のいう相違点の構 成とすることは,当業者が容易に想到し得ないし,上記相違点の構成が 奏する効果は,乙4発明,乙5公報及び乙13公報にそれぞれ記載され た事項及び周知技術から,当業者が予測できる範囲内のものではない。
ウ 以上からすれば,本件訂正発明3は,乙4発明,乙5公報及び乙13 公報にそれぞれ記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に 発明することはできず,特許法29条2項の規定に違反するものではな いから,同法123条1項2号に該当せず,無効とすることはできない のであって,本件審決予告の無効理由は解消されることになる。
〔被告の主張〕 (1) 仮に本件訂正が訂正要件を満たしているとしても,本件訂正発明1ないし 6は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
ア すなわち,乙13公報(8頁左欄39行目〜右欄13行目)及び乙1 4明細書(第8欄29行目〜44行目)には,付け札に伝達すべき種々 のメッセージについての記載がある。このように,盗難防止タグが複数 の指示信号を受信するという構成は,本件特許の出願時において周知技 術にすぎない。なお,本件訂正発明1において,「前記受信手段が複数 88 の指示信号を受信する」とは規定されていないため,そのような周知技 術はより一層存在することとなる。
また,解除指示信号が暗号コードを一部に含むという構成については, 既に主張しているように乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,乙 26文献及び乙27文献などに記載されており,本件特許の出願時にお いて周知技術にすぎない。
したがって,本件訂正発明1に係る発明は,特許法29条2項に規定 する要件を満たしていない。
イ さらに,暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むという構成に ついても,乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,乙26文献及び 乙27文献などに記載された周知技術に基づいて当業者が容易に想到す ることができるものであるから,本件訂正発明3は,特許法29条2項 に規定する要件を満たしていない。
同様に,本件訂正発明1又は3に従属する本件訂正発明2,4,5及 び6についても,特許法29条2項に規定する要件を満たしていない。
ウ このように,仮に訂正要件を満たしているとしても,本件訂正発明1 ないし6は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同 法123条1項2号に該当し,無効にすべきものである。
(2) 本件審決予告に関する原告の主張について ア 請求項1(本件訂正発明1)について (ア) 原告は,「本件訂正発明1の盗難防止タグでは,『暗号コード』は受 信する複数の指示信号のうちの解除指示信号という特定の信号を対象と するものである。」と主張している。
しかし,そもそも「複数の指示信号」という文言は,本件明細書等に は何ら記載されておらず,「指示信号」の定義すら明確でないため, 「複数の指示信号」がいかなる信号を含むものであるか明確でない。そ 89 の結果,「複数の指示信号」に解除指示信号が含まれているか否かも明 確ではなく,「複数の指示信号のうちの解除指示信号という特定の信号 を対象とするもの」という原告の主張は,何ら根拠のない主張である。
(イ) また,原告は,「解除指示信号に任意に設定可能な『暗号コード』を 含めながら,複数の指示信号から解除指示信号を識別できるように『暗 号コードを一部に含む解除指示信号』としたことについて,乙12公報 及び乙32文献には開示も示唆もない。」と主張している。
しかし,「暗号コードを一部に含む解除指示信号」において,暗号コ ード以外のコードがいかなるコードであるかは明確でなく,暗号コード 以外のコードが他の発明特定事項といかなる関連性を有しているのか規 定されていない以上,解除指示信号が暗号コードを一部に含むことに何 ら技術的意義はない。
したがって,解除指示信号が暗号コードを一部に含むことにより, 「複数の指示信号から解除指示信号を識別できる」ことが当然に導き出 されるものではない。また,仮に,識別手段に,暗号コード以外のコー ドを用いることにより,解除指示信号を所定信号以外の他の信号と識別 することができるという技術的意義があると主張するものであるとすれ ば,上述のとおり,所定信号及び解除指示信号を識別するにすぎない 「識別手段」の機能を拡張又は変更するものであり,実質上特許請求の 範囲を拡張又は変更する訂正に該当することは明らかである。
(ウ) さらに,原告は,乙5公報について「複数の指示信号を受信すること は想定されておらず,所定信号に加えて『複数の指示信号を受信する盗 難防止タグ』である本件訂正発明1の受信手段に適用できるものではな い。」と主張している。
しかし,「複数の指示信号」がいかなる信号を含むものであるかは明 確でなく,「複数の指示信号」が他の発明特定事項といかなる関連性を 90 有しているのか規定されていない以上,盗難防止タグが複数の指示信号 を受信することに何ら技術的意義はない。すなわち,「識別手段」は所 定信号及び解除指示信号を識別するにすぎず,複数の指示信号を識別す るものではないため,盗難防止タグが複数の指示信号を受信することに よって何ら効果を生じるものではない。
イ 請求項2(本件訂正発明2)について 原告は,「本件訂正発明2は,『複数の指示信号を受信する盗難防止 タグ』において,受信した指示信号を解除指示信号であると識別し,暗 号コードを一致判定手段が一致しないと判定したときに,警告を出力す るものであり,『暗号コードを一部に含む解除指示信号』とすることに より,受信した指示信号が解除指示信号であることを識別するものであ るが,これらのことについて,乙4発明,乙5公報及び周知技術には開 示も示唆もない。」と主張している。
しかし,「盗難防止タグが複数の指示信号を受信すること」及び「解 除指示信号が暗号コードを一部に含むこと」のいずれについても,「識 別手段」との関連性が明確でない。それゆえ,「識別手段」は所定信号 及び解除指示信号を識別するにすぎず,複数の指示信号を識別するもの ではないため,上記のような原告が主張する効果を本件訂正発明2が奏 するとはいえない。
ウ 請求項3(本件訂正発明3)について (ア) 原告は,「本件訂正発明3では,『新暗号コードを一部に含む暗号変 更指示信号』を構成とするものであるが,乙13公報の『物品識別RA M364の記憶内容をアップデートする物品識別コードに変更する』と は,指示された特定のコードに変更するものではなく,単にそれまでに 設定されていたコードを消去し,初期設定にするものであって,『新暗 号コードを一部に含む暗号変更指示信号』により,暗号記憶手段の記憶 91 内容を当該新暗号コードに更新するものではない。」と主張している。
しかし,「初期設定」などという記載は乙13公報に明示されておら ず,何ら根拠のない主張である。
(イ) また,原告は,「『複数の指示信号を受信する盗難防止タグ』におい ては,上記のように他の指示信号と重複する可能性があるため,所望の コード信号を設定することはできないし,乙4公報及び乙13公報から 容易に予測できる範囲は暗号コードである解除指示信号全体を変更する ものであって,本件訂正発明3のように『暗号コードを一部に含む解除 指示信号』の暗号コードを変更するものでもない。」とも主張している。
しかし,「盗難防止タグが複数の指示信号を受信すること」及び「解 除指示信号が暗号コードを一部に含むこと」のいずれについても,「識 別手段」との関連性が明確でなく,何ら技術的意義を有しないことは明 らかである。
また,暗号変更指示信号が新暗号コードを一部に含むという構成につ いては,乙13公報,乙14明細書,乙15明細書,乙26文献及び乙 27文献などに記載された周知技術に基づいて当業者が容易に想到する ことができるものである。
17 争点(4)ウ(被告製品1及び2が本件訂正発明1ないし3の技術的範囲に属 するか)について〔原告の主張〕 (1) 被告製品1及び2は,所定信号,リセットコード信号,暗号変更コード信 号を受信するものであり,本件訂正発明1の「複数の指示信号を受信する盗 難防止タグ」に該当する。
また,被告製品1及び2は,上記のように「複数の指示信号を受信する盗 難防止タグ」であるところ,リセットコードの暗号コードを任意に設定でき ることからして,当該設定により他の指示信号と重複しないように暗号コー 92 ドをリセットコード信号の一部に含まれるものとしていることは明らかであ り,本件訂正発明1の「暗号コードを一部に含む解除指示信号」に該当する。
さらに,被告製品1及び2は,新暗号コードを一部に含む暗号変更コード を受信すると,暗号記憶手段に記憶している暗号コードを更新するものであ り,当該暗号変更コードは本件訂正発明3の「新暗号コードへの変更を指示 する新暗号コードを一部に含む暗号変更指示信号」に該当する。
したがって,被告製品1及び2は,本件訂正発明1ないし3の技術的範囲 に属するものである。
(2) この点に関して被告は,訂正後の本件訂正発明1ないし3の技術的範囲が 明確でないなどと主張する。
しかし,訂正後の本件訂正発明1ないし3の技術的範囲は明確であり,被 告製品1及び2が含まれることは明らかである。
〔被告の主張〕 「複数の指示信号」という文言は本件明細書等には何ら記載されておらず, 「指示信号」の定義すら明確でない。そのため,「複数の指示信号」がいかな る信号を含むものであるか明確でない。その上,「複数の指示信号を受信する」 という動作の主体が明確でなく,「前記受信手段」が複数の指示信号を受信す るのか,あるいは他の受信手段(例えば他のアンテナなど)が複数の信号を受 信するのかも明確でない。
このように,訂正後の本件訂正発明1ないし3の技術的範囲が明確でないた め,その技術的範囲に被告製品1及び2が属するか否かを判断することができ ない。
18 争点(5)(損害発生の有無及びその額)について〔原告の主張〕 (1) 被告は被告製品1ないし4を販売し,その販売額は平成25年4月頃から 平成26年7月頃までの期間で合計1億2611万6690円を超えるもの 93 であるが,その利益率は45%を下ることはなく,被告が得た利益は567 5万2510円となり,原告は被告の被告製品1ないし4の販売により同額 の損害を被ったことになる。
(2) また,原告は,被告の特許権侵害行為により訴訟提起を余儀なくされたと ころ,被告の特許権侵害行為と因果関係にある弁護士費用の額は567万円 を下らない。
(3) したがって,原告は,被告の行為により合計6242万2510円の損害 を被ったことになる。
〔被告の主張〕 否認ないし争う。
当裁判所の判断
1 本件各発明の意義 (1) 本件明細書等には,以下の記載がある。
ア 発明の属する技術分野 ・「本発明は,盗難防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態 を検出し,取り外し状態を検出したとき及び非接触で所定信号が与えら れたときに,警報を出力する盗難防止タグと,盗難防止タグに指示信号 を与える指示信号発信装置と盗難防止タグ及び指示信号発信装置に指示 信号を与える親指示信号発信装置と,これらで構成される盗難防止装置 の改良に関するものである。」(段落【0001】) イ 従来の技術 ・「図20は,本発明の特許出願人が出願した盗難防止タグの実施の形 態の1例の要部構成を示すブロック図である。この盗難防止タグは,I C1とそれに外付けされる外付け回路とから構成されており,コンパク トディスクのような盗難防止対象物に取り付けられた状態で,押圧され た釦に連動してスイッチVSが開放されている。スイッチVSは,手動 94 操作自動復帰b接点である。」(段落【0002】)・【図20】・「この状態で,何者かが盗難防止対象物を持ち出そうとすると,盗難 防止タグは,販売店の出口に設置された発信装置(図示せず)から所定 信号を受信して警報を出力する。また,何者かが,これをさけようとし て,盗難防止対象物から盗難防止タグを取り外すと,盗難防止タグは, 釦が復帰してスイッチVSが短絡し,この場合にも警報を出力する。」 (段落【0003】)・「ここで,動作モードは,盗難防止タグが,盗難防止対象物に取り付 けられると作動状態(セットモード=警報出力が可能な状態)になる第 1動作モードと,盗難防止対象物に取り付けられた状態で,セットコー ドを与えられることにより作動状態になる第2動作モードとの2種類が ある。この盗難防止タグは,リセットコードを与えられると,リセット モード(盗難防止対象物に取り付けられた状態で,取り外されても又発 信装置から所定信号を受信しても,警報出力しない状態)になる。但し, 第1動作モードになっている場合は,盗難防止タグが盗難防止対象物か ら取り外されるための解除時間(例えば32秒間)を計時し,解除時間 95 経過時に取り外されていなければ(スイッチVSが開放されていれば), セットモードに戻る。」(段落【0010】)ウ 発明が解決しようとする課題 ・「ところが,これらの盗難防止タグを使用する盗難防止装置を導入し た店舗の間では,上述したリセットモードにするためのリセットコード が共通になる。そのため,例えば,互いに隣接する店舗に同じ盗難防止 装置が導入されると,A店のリモートコントロールキーでその隣のB店 の盗難防止タグをリセットモードにすることができるようになり,盗難 防止に役立たない虞がある。また,一旦,ある店舗のリモートコントロ ールキーが盗まれたり,リセットコードが知られたりしてしまうと,そ の店舗は勿論のこと,その店舗と同じ盗難防止装置を導入した店舗全て において,盗難防止装置がその機能を果たせなくなる問題がある。」 (段落【0019】) ・「本発明は,上述したような事情に鑑みてなされたものであり,第1 発明,第4発明及び第8発明では,店舗毎に異なるリセットコードを設 定することができる盗難防止タグ,指示信号発信装置及び盗難防止装置 を提供することを目的とする。第2発明,第4発明及び第8発明では, 異なるリセットコードを受信すると,警告を出力することができる盗難 防止タグ,指示信号発信装置及び盗難防止装置を提供することを目的と する。第3発明,第6発明,第7発明及び第9発明では,リセットコー ドを容易に変更できる盗難防止タグ,親指示信号発信装置,指示信号発 信装置及び盗難防止装置を提供することを目的とする。第5発明では, 盗難防止機能を有する指示信号発信装置を提供することを目的とする。」 (段落【0020】)エ 課題を解決するための手段 (ア) 本件発明1(請求項1の発明) 96 ・「本発明の第1発明に係る盗難防止タグは,盗難防止対象物に対する 取り付け状態及び取り外し状態を検出する検出手段と,非接触で信号 を受信する受信手段と,前記検出手段が取り外し状態を検出したとき 及び前記受信手段が所定信号を受信したときに,警報を出力する警報 出力手段とを備えた盗難防止タグにおいて,前記受信手段は,前記警 報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態の解除を指示する, 暗号コードを含む解除指示信号を受信することを可能とする一方,前 記受信手段が受信した前記所定信号及び前記解除指示信号を識別する 識別手段と,暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段と,前記識別手 段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び前記暗号記憶手 段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する一致判定手段と, 該一致判定手段が一致すると判定したときは,前記警報出力手段が作 動可能である状態及び警報出力状態を解除する解除手段とを備えるこ とを特徴とする。」(段落【0021】) ・「この盗難防止タグでは,受信手段は,警報出力手段が作動可能であ る状態及び警報出力状態の解除を指示する,暗号コードを含む解除指 示信号を受信する。一方,識別手段は,受信手段が受信した所定信号 及び解除指示信号を識別する。そして,一致判定手段は,識別手段が 識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び暗号記憶手段が記憶 する暗号コードが一致するか否かを判定し,この一致判定手段が一致 すると判定したときは,解除手段は,警報出力手段が作動可能である 状態及び警報出力状態を解除する。これにより,この盗難防止タグは, 店舗毎に異なる解除指示信号を設定することができ,より確実に盗難 を防止することができる。」(段落【0022】)(イ) 本件発明2(請求項2の発明) ・「第2発明に係る盗難防止タグは,前記一致判定手段が一致しないと 97 判定したときに,警告を出力する警告出力手段を備えることを特徴と する。この盗難防止タグでは,一致判定手段が一致しないと判定した ときに,警告出力手段が警告を出力するので,例えば,他の店舗から 盗んで来た,解除指示信号を発信する指示信号発信装置を使用してリ セットしようとしても,すぐに露見する。また,思考錯誤により解除 指示信号の暗号コードを知ることは困難であるので,より確実に盗難 を防止することができる。」(段落【0023】)(ウ) 本件発明3(請求項3の発明) ・「第3発明に係る盗難防止タグは,前記暗号記憶手段は,前記受信手 段が受信する,新暗号コードへの変更を指示する暗号変更指示信号に より,その記憶内容を前記新暗号コードに更新することを特徴とする。
この盗難防止タグでは,暗号記憶手段は,受信手段が受信する暗号変 更指示信号により,その記憶内容を新暗号コードに更新することがで きるので,解除指示信号を発信する指示信号発信装置が盗まれたり, 解除指示信号の暗号コードが知られたりしても,暗号コードを容易に 変更でき,より確実に盗難を防止することができる。」(段落【00 24】)(エ) 本件発明4(請求項4の発明) ・「第4発明に係る指示信号発信装置は,請求項1〜3の何れかに記載 の盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき解除指示信号に含める ための暗号コードを記憶する暗号記憶手段と,前記解除指示信号を, 該暗号記憶手段が記憶する暗号コードを含めて発信する発信手段とを 備えることを特徴とする。」(段落【0025】) ・「この指示信号発信装置では,暗号記憶手段が,解除指示信号に含め るための暗号コードを記憶する。そして,発信手段は,暗号記憶手段 が記憶する暗号コードを含めて,解除指示信号を発信する。これによ 98 り,この指示信号発信装置は,店舗毎に異なる解除指示信号を発信す ることができ,より確実に盗難を防止することができる。」(段落 【0026】)(オ) 本件発明5(請求項6の発明) ・「第6発明に係る親指示信号発信装置は,請求項3記載の盗難防止タ グが備える暗号記憶手段が記憶すべき新暗号コードを設定する暗号設 定手段と,盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指示 信号を,前記暗号設定手段が設定した新暗号コードを含めて発信する 発信手段とを備えることを特徴とする。」(段落【0028】) ・「この親指示信号発信装置では,暗号設定手段が,盗難防止タグが備 える暗号記憶手段が記憶すべき新暗号コードを設定する。そして,発 信手段は,暗号設定手段が設定した新暗号コードを含めて,暗号変更 指示信号を発信する。これにより,この親指示信号発信装置は,解除 指示信号を発信する指示信号発信装置が盗まれたり,解除指示信号の 暗号コードが知られたりしても,暗号コードを容易に変更でき,より 確実に盗難を防止することができる。」(段落【0029】)(カ) 本件発明6(請求項7の発明) ・「第7発明に係る指示信号発信装置は,請求項6記載の親指示信号発 信装置が発信する暗号変更指示信号を受信する受信手段を備え,前記 暗号記憶手段は,該受信手段が受信した暗号変更指示信号に含まれる 新暗号コードにより記憶内容を更新することを特徴とする。」(段落 【0030】) ・「この指示信号発信装置では,受信手段が,親指示信号発信装置が発 信する暗号変更指示信号を受信する。そして,暗号記憶手段は,受信 手段が受信した暗号変更指示信号に含まれる新暗号コードにより記憶 内容を新する。これにより,この指示信号発信装置は,解除指示信号 99 を発信する他の指示信号発信装置が盗まれたり,解除指示信号の暗号 コードが知られたりしても,暗号コードを容易に変更でき,より確実 に盗難を防止することができる。」(段落【0031】)オ 発明の実施の形態 ・「以下に,本発明に係る盗難防止タグ,指示信号発信装置,親指示信 号発信装置及び盗難防止装置の実施の形態を,それを示す図面を参照し ながら説明する。図1は,本発明に係る盗難防止タグの実施の形態の1 例の要部構成を示すブロック図である。この盗難防止タグは,IC1と それに外付けされる外付け回路とから構成されており,コンパクトディ スクのような盗難防止対象物に取り付けられた状態で,押圧された釦に 連動してスイッチVSが開放されている。スイッチVSは,手動操作自 動復帰b接点である。」(段落【0035】) ・【図1】 ・「この状態で,何者かが盗難防止対象物を持ち出そうとすると,盗難 防止タグは,販売店の出口に設置された発信装置(図8,TX)から所 定信号を受信して警報を出力する。また,何者かが,これを避けようと して,盗難防止対象物から盗難防止タグを取り外すと,盗難防止タグは, 釦が復帰してスイッチVSが短絡し,この場合にも警報を出力する。こ 100 のように,釦に連動するスイッチVSにより,盗難防止対象物に対する 取り付け取り外し状態を検出する盗難防止タグのタイプをVSタイプと する。」(段落【0036】)・【図8】・「信号処理部5は,与えられたコードがリセットコードであるときは, 暗号コード記憶部9に記憶してある暗号コードと,リセットコードに含 まれる暗号コードとが一致するか否かを判定する。そして,一致すると 判定したときは,この盗難防止タグをリセットモードに設定し,一致し ないと判定したときは,この盗難防止タグを警告モードに設定し,駆動 部8に警告信号を出力させる。警告信号は,駆動部8の出力端子が例え ば8Hzの2周期連続1周期休止のリズムでLレベルになって,発光ダ イオードLEDを点滅させる。このとき,駆動部8は,8Hzの2周期 連続1周期休止のリズムのLレベル信号に4kHzの鳴動信号を重畳さ せて,トランジスタTR2を駆動させ,ブザーBUZを鳴動させる。」 (段落【0051】)・【図3】 101 ・「図3は,上述したVSタイプ及びWTタイプの盗難防止タグへ,セットコードと,リセットコードと,動作モードの変更を指示するコードと,VSタイプ/WTタイプの変更を指示するコードと,リセットコードに含まれる暗号コードの変更を指示する暗号コード変更コードとを電波で発信するマスタリモートコントロールキーMRK(親指示信号発信装置)の構成を示すブロック図である。このマスタリモートコントロールキーMRKは,セットモード及びリセットモードを指示するためのセット釦SB及びリセット釦RSBと,第1動作モードへの設定を指示するための第1動作モード釦ONEと,第2動作モードへの設定を指示するための第2動作モード釦NORと,VSNモードへの設定を指示するためのVSNモード釦VSNとが,4ビットマイクロコンピュータ10に接続されている。」(段落【0063】)・「また,マイクロコンピュータ10には,VSOモードへの設定を指示するためのVSOモード釦VSOと,WTNモードへの設定を指示するためのWTNモード釦WTNと,WTOモードへの設定を指示するた 102 めのWTOモード釦WTOと,クロック生成のための発振回路12と,発光ダイオード11と,LC共振回路13(アンテナ回路)と,リセットコードに含まれる暗号コードを変更設定するための暗号スイッチCRSと,暗号コードの変更を指示するための暗号変更釦CRBと,マスタリモートコントロールキーMRK及び後述するリモートコントロールキーの切り換えを行うための切り換えスイッチXSとが接続されている。
マスタリモートコントロールキーMRK及びリモートコントロールキーは回路構成を共通化し,組立時に切り換えスイッチXSでそれぞれに設定する。」(段落【0064】)・「また,暗号スイッチCRSが操作されたときは,マイクロコンピュータ10が,この操作に応じて,リセットコードに含まれる暗号コードを新暗号コードに変更設定する。暗号変更釦CRBが操作されたときは,マイクロコンピュータ10が,設定されている暗号コードへの変更を指示するための暗号変更コードを,LC共振回路13を通じて変調し発信する。」(段落【0066】)・「図7は,上述したデータコードD0〜D5のセットコード,リセットコード,暗号変更コード,WTN設定コード,WTO設定コード,VSN設定コード,VSO設定コード,第1動作コード,第2動作コードの各例“010101”,“00「暗号」”,“11「暗号」”,“100101”,“100110”,“101001”,“101010”,“011011”,“011000”を示した図表である。尚,「暗号」は4桁の暗号コードである。」(段落【0073】) 103 ・【図7】(2) 上記各記載によれば,本件各発明は,従前,同じ盗難防止タグを使用する 盗難防止装置を導入した店舗の間ではリセットモードにするためのリセット コードが共通になるため,互いに隣接する店舗に同じ盗難防止装置が導入さ れた場合や,別の店舗からリセットコードが知られたりした場合には,盗難 防止装置がその機能を果たせなくなっていたことを踏まえ,店舗ごとに異な るリセットコードを設定することができる盗難防止タグ及び指示信号発信装 置を提供し(本件発明1及び4),異なるリセットコードを受信すると警告 を出力することができる盗難防止タグを提供し(本件発明2),リセットコ ードを容易に変更することができる盗難防止タグ,指示信号発信装置及び親 指示信号発信装置を提供する(本件発明3,5及び6)という作用効果を有 するものということができる。
そして,本件各発明における盗難防止タグにおいては,@識別手段が識別 した解除指示信号に含まれる「暗号コード」及び暗号記憶手段が記憶する 「暗号コード」が一致するか否かを判定し,両者が一致すると判定したとき は警報出力手段が作動可能である状態等を解除する解除手段を備え(本件発 104 明1),A両者が一致しないと判定したときに警告を出力する警告出力手段 を備え(本件発明2),B「新暗号コード」への変更を指示する暗号変更指 示信号により,その記憶内容を前記「新暗号コード」に更新する(本件発明 3)ことにより,上記の作用効果を達成しようとするものである。
また,本件各発明における指示信号発信装置においては,C上記盗難防止 タグが受信すべき解除指示信号に含めるための暗号コードを記憶して,解除 指示信号を発信する発信手段を備え(本件発明4),D親指示信号発信装置 が発信する暗号変更指示信号を受信し,これに含まれる新暗号コードにより 記憶内容を更新する(本件発明6)ことにより,上記の作用効果を達成しよ うとするものである。
2 争点(1)ア(被告による被告製品1及び2の製造・販売の有無)について (1) 原告は,被告が盗難防止タグ用リモコン(被告製品3及び4)及びマスタ ーリモコン(被告製品5)だけでなく,盗難防止タグ(被告製品1及び2) も製造し,これをエム・アールビジネスに販売していたと主張する。
しかし,原告の上記主張を直接裏付ける客観的証拠は,何ら存在しない。
この点につき,エム・アールビジネスのB(以下「B」という。)が作成 したとする陳述書(甲10)には,被告が盗難防止タグの開発,生産を行っ ていた旨の記載がある。しかし,上記陳述書は,Bが直接体験した事実では なく,エム・アールビジネスの社内の担当者から報告を受けていた事実を記 載したにすぎないものである上,そもそもBの上記陳述は証人としての反対 尋問によるテストを経ていないものであるから,上記陳述書の内容につき信 用性があるとしてこれをただちに採用することはできない。なお,原告は, 被告がBに対して証言しないよう圧力を掛けたなどと主張するが,何らの裏 付けもなく,採用することはできない。
(2) かえって,被告は,盗難防止タグ及びリモコンの開発経緯等について,次 のとおり主張している。
105 ア 被告は,エム・アールビジネスからの依頼を受け,平成24年3月頃 から盗難防止タグ及びリモコンの開発に着手した。
当初被告が開発していたものは,「ID無し」すなわちIDの書換え のできない各店舗共通の解除信号による盗難防止タグ及びリモコンであ った。また,当初はTI社製マイコンを用いることとしていた。
イ 当初の予定では,被告が盗難防止タグ及びリモコンの両方を製造し, エム・アールビジネスに販売する予定であった。
しかし,その後,盗難防止タグについてはエム・アールビジネス側で 製造の用意をすることになった。すなわち,@エム・アールビジネスが KDエレクトロニクスに盗難防止タグの製造を委託する,AKDエレク トロニクスが中国の製造会社にケースの製造を依頼するとともに,ヨー ホー電子にケースと基板の組立てを依頼する,B完成した製品をKDエ レクトロニクスがエム・アールビジネスに納品することとなった。なお, 製品の金型はエム・アールビジネスが所有し,中国の製造会社が管理し ていた。
ウ 平成24年12月頃,「ID無し」の盗難防止タグ及びリモコンの試 作が出来上がり,評価等を行ったところ,当初予定の性能を有していた。
エム・アールビジネスは,被告に対し,開発費用を同年末までに3回 に分けて支払った。
エ 平成25年3月頃,TI社製マイコンを用いた「ID無し」盗難防止 タグ及びリモコンの量産試作が行われた。その際,盗難防止タグはKD エレクトロニクスが製作し,同社がエム・アールビジネスに納品した。
オ 上記エの量産試作の結果,盗難防止タグの1個当たりの単価が269 円となることが分かった。エム・アールビジネスはコスト削減を要望し, これを受けてKDエレクトロニクスは,@盗難防止タグに用いるマイコ ンをTI社製マイコンからルネサス社製マイコンに変更して単価を下げ 106 る,Aルネサス社製マイコンの販売会社とは従前から緊密な取引関係に あるため,同社に対し,ルネサス社製マイコンのプログラム開発及びダ ウンロードを無料で行わせる旨の提案をした。
このとき,エム・アールビジネスは,マイコンを変更するのであれば 「ID有り」の盗難防止タグ及びリモコンに変更したい旨希望した。
他方,被告はルネサス社製マイコンを扱ったことがないため,ルネサ ス社製マイコン用のプログラム開発については,エム・アールビジネス の依頼を断った。
カ 以上の経緯のもと,平成25年4月頃から,@ルネサス社製マイコン の販売会社は,ルネサス社製マイコンを使用した「ID有り」の盗難防 止タグの開発をし,A被告は,TI社製マイコンを使用した「ID有り」 の盗難防止タグ用リモコンの開発をすることとなった。
キ 「ID有り」の盗難防止タグ及びリモコンの試作品は平成25年8月 頃に完成し,同年12月から量産が行われた。
(3) そして,上記(2)の開発経緯等は,次のとおり,客観的証拠によって裏付 けられる部分が少なくない。
ア まず,乙21請求書は,KDエレクトロニクスがエム・アールビジネ スに対して発行した平成25年3月29日付け請求書であるところ,同 請求書には,品名として「SMART TAG S1(SWITCH)」,数量として「881 2」個との記載があり,被告によればこれは「スマートスイッチタグ」 を指すというのである(原告も明らかに争わない。)。そうすると,同 請求書によれば,盗難防止タグの一つである「スマートスイッチタグ」 をエム・アールビジネスに納入したのは,被告ではなく,KDエレクト ロニクスということになり,これは,平成25年3月頃にKDエレクト ロニクスがエム・アールビジネスに量産試作を納入したという被告の主 張と符合する。
107 イ 次に,乙21請求書には,品名として「MSP430G2302IPW14」との記載 があるところ,これは証拠(乙23)によればTI社製マイコンを指す ものと認められる。そうすると,同請求書によれば,平成25年3月2 9日当時は,盗難防止タグの一つである「スマートスイッチタグ」には TI社製マイコンが用いられていたということになり,被告の主張と符 合する。
ウ また,乙20見積書は,KDエレクトロニクスがエム・アールビジネ スに対して発行した平成25年5月20日付け見積書であるところ,同 請求書には,「ワイヤータグ一式」との記載があるほか,「イニシャル 費用」として「基板一式」「実装一式」「ケース金型一式」及び「ケー ス設計費用」との記載がある。そうすると,同見積書によれば,盗難防 止タグの一つである「ワイヤータグ一式」をエム・アールビジネスに納 入するとともに,その実装やケース金型の準備,ケース設計等を行った のは,被告ではなくKDエレクトロニクス側ということになり,KDエ レクトロニクスと緊密な取引関係にあるルネサス社製マイコンの販売会 社が盗難防止タグの開発をしたという被告の主張と符合する。
エ さらに,乙20見積書には,メーカーを「RENESAS」〔ルネサス〕,正 式型式を「R5F10368XXXSP#X0」とする部品の記載があるところ,被告に よればこれはルネサス製マイコンを指すというのである(原告も明らか に争わない。)。そうすると,同見積書によれば,平成25年5月当時 は盗難防止タグの一つである「ワイヤータグ」にはルネサス社製マイコ ンが用いられていたということになり,これは,同年4月頃にTI社製 マイコンからルネサス社製マイコンに変更されたという被告の主張と符 合する。
オ そして,上記の乙21請求書(平成25年3月29日付け)には「ス マートスイッチタグ」の単価が269円である旨の記載があるのに対し, 108 これより後の平成25年12月31日締切分の請求書(乙24。以下 「乙24請求書」という。)には「スマートスイッチタグ」の単価が2 50円である旨の記載がある。これは,同年4月頃にマイコンの変更等 によって単価を下げることとしたという被告の主張と符合する。
カ 加えて,エム・アールビジネスの総勘定元帳(甲6)によれば,平成 24年7月から同年12月までの間,エム・アールビジネスから被告に 対し,合計1500万円が3回に分けて支払われているところ,これも, 被告の主張と符合する。
(4) 以上によれば,被告の上記主張をにわかに裏付けがないなどとして排斥す ることは困難である。
そして,被告の上記主張を排斥することができない以上,上記主張と相容 れない事実である,被告が盗難防止タグ自体を開発して製造・販売していた とする原告主張の事実については,これを認めることができないものといわ ざるを得ない。
(5) 原告の主張に対する判断 この点について原告は,以下のとおりるる主張するが,いずれも採用する ことができない。
ア まず,原告は,盗難防止タグ及びリモコンを開発させるに当たっては, 「ID無し」か「ID有り」かは最も基本的かつ重要な検討事項であっ て,特段の理由もなく途中で「ID無し」から「ID有り」へと変更す るようなことはあり得ず,当初から「ID有り」の盗難防止タグ及びリ モコンの開発をしていたはずであるなどと主張する。
しかし,本件証拠上,被告が当初から「ID有り」の盗難防止タグ及 びリモコンの開発をしていたことをうかがわせる証拠は存在しない。原 告は当初用いられていたTI社製マイコンの性能は「ID有り」の盗難 防止タグ用のものとしても十分であるなどとも主張するが,結局のとこ 109 ろ,推測の域を出るものではない。
かえって,被告は,開発の過程で依頼者の意向により仕様が変更され ることも珍しくない旨主張しているところ,必ずしもこの被告の主張を 不合理として排斥することはできない。
のみならず,原告代表者のC(以下「C」という。)自身も,本人尋 問において,「ID無し」の盗難防止タグを「ID有り」のものに変更 したという事実については,これをエム・アールビジネス側から聞いて いたと供述している(本人尋問調書18頁。なお,Cは,変更になった 理由として,セキュリティー性が必要だったからではないかとの推測ま で供述している。)。
以上に照らせば,原告の上記主張は採用することができない。
イ 次に,原告は,@エム・アールビジネスから被告への支払が終了した のは平成24年12月31日であるから,「ID無し」の盗難防止タグ を「ID有り」のものに変更したのはその後ということになるはずであ る,Aしかるに,平成25年3月29日付けの乙21請求書によれば, 「ID有り」の盗難防止タグが上記@からわずか3か月後の時点で88 12個も製造されており,整合しない,などと主張する。
しかし,乙21請求書の盗難防止タグが「ID有り」のものであるこ とを示す証拠は何ら見当たらない。
念のために検討しても,被告は,乙21請求書に記載された盗難防止 タグはまだ「ID無し」のものであり,その後の同年4月に「ID有り」 のものに変更したと主張しているのであって,被告の主張自体が整合し ないというわけでもない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ また,原告は,盗難防止タグとリモコンは一体として開発されるべき であって,先にリモコンだけ制作できるようなものではないなどと主張 110 する。
しかし,被告は,リモコンの仕様が固まれば,これを元にリモコン信 号の受信側である盗難防止タグを開発することができるものであるなど と説明するところ,この説明自体,不自然,不合理であると断じること はできない。この点につき原告は,被告の製造・販売したリモコン(被 告製品3及び4)の説明書(甲7)によれば,同リモコンには「タグ生 産情報書込」や「タグソフトウェアバージョン設定」の機能があるなど とも指摘するが,被告によれば,これらはいずれもリモコンから盗難防 止タグに向けて一方的に送信するものであって,相互通信を行うもので はないというのである。そうすると,被告のリモコンに上記機能がある からといって,先にリモコンだけ制作することが不可能ということにも ならない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は,@乙21請求書には「スマートスイッチタグ」の数量として 「8812」個という数字が記載されているが,量産試作としては過大 な数量であり,量産品としての製造としか考えられない,A乙21請求 書に記載された部品の数は,「スマートスイッチタグ」の数量「881 2」個と整合していない,B乙21請求書にはTI社製マイコンである 「MSP430G2302IPW14」だけ2行に分けて記載されており,不自然である, Cそもそも被告が乙21請求書を所持しているのは不自然であるなどと 主張する。そして,原告は,結論として,乙21請求書の発行先が被告 ではなくエム・アールビジネスとなっているのは,与信に不安のある被 告を委託者とすることができなかったためであると主張する。
しかし,上記@について,被告は,通常,家電量販店の一店舗当たり のタグの使用数量はおおむね5000ないし1万個であり,8812個 という個数は,一店舗でテストする数量としては通常の数量であるなど 111 と説明しているところ,この説明自体,特段不自然,不合理な点は見当 たらない。
また,上記A及びBについても,部品数の全てが完成品と整合してい なければ不自然であるとか,一つの部品が2行に分けて記載されている ことから直ちに不自然であるなどと断じることは困難である。
上記Cについても,被告は,乙21請求書はコストダウンの問題で必 要な情報であるから提供を受けたものであると説明しているところ,こ の説明も不合理であるとまではいい難い。
そして,結局のところ,「乙21請求書の発行先が被告ではなくエム ・アールビジネスとなっているのは,与信に不安のある被告を委託者と することができなかったため」との原告の主張は,客観的裏付けを欠き, 推測の域を出るものではないというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ さらに,原告は,乙20見積書についても,被告がこれを所持してい るのは不自然であるとした上,発行先が被告ではなくエム・アールビジ ネスとなっているのは,やはり与信に不安のある被告を委託者とするこ とができなかったためであると主張する。
しかし,上記エと同様,原告の上記主張は客観的裏付けを欠き,推測 の域を出るものではないのであって,採用することができない。
カ 加えて,原告は,乙24請求書はエム・アールビジネスが被告に対し て発行した請求書であり,これによれば被告は「スマートスイッチタグ」 500個及び「スマートワイヤータグ」50個を購入しているのであっ て,これは転売目的で購入したとしか考えられないと主張する。
しかし,被告は,上記の購入はバッテリー等の信頼性試験のためであ って,転売などしていないと主張しており,実際,被告が上記盗難防止 タグを転売したことをうかがわせる客観的証拠は存在しない。
112 この点に関して原告は,信頼性試験のためであればエム・アールビジ ネスから無償で提供されるはずであり,仮にこれを自ら購入して行った というのであれば,それこそ被告が開発・製造の実質的な責任主体であ ることの証左であるなどと主張する。
しかし,いずれにせよ,被告が上記の盗難防止タグを転売した証拠は存 在しないし,これを自ら購入して信頼性試験を行ったということについ ても,本件の盗難防止タグ及びリモコンの開発経緯に照らせば,これが 著しく不合理であるとも断じ難い。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
キ そして,原告は,エム・アールビジネスは,KDエレクトロニクスか ら「ID有り」の盗難防止タグ(被告製品1及び2)を購入するごとに, 被告に対して1個30円のロイヤリティを支払っており,これは被告が 「ID有り」の盗難防止タグの開発に関与していたことの証左である旨 主張する。
しかし,本件証拠上,このようなロイヤリティの支払がされているこ とをうかがわせる客観的証拠は存在しない。
この点,エム・アールビジネスのBが作成したとする前記陳述書(甲 10)には,1個10円から20円のロイヤリティを被告に支払ってい る旨の記載があるが,原告の主張する金額と整合しないし,ロイヤリテ ィの額が「10円から20円」という幅を持った額で定められるという のも不自然である上,そもそも前述のとおり,Bについては反対尋問に よるテストを経ていないのであって,このような陳述書の記載から,直 ちにロイヤリティの支払がされている事実を認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ク なお,原告は,「ID有り」の盗難防止タグ(被告製品1及び2)の 内部基板にはいずれも「InT Tech.AM_TAG」との記載があり,「InT Tech」 113 の「n」は「&」の代わりに用いられたものであることからすると,当該 記載は,被告すなわちアイアンドティテック〔I&Tテック〕株式会社 の製品であることを示すなどと主張する。
しかし,被告は,被告が当初「ID無し」の盗難防止タグの回路設計 を行い,その設計図面をエム・アールビジネスに交付したため,「 InT Tech.AM_TAG」との記載がされた旨説明するところ,この説明自体,不自 然,不合理として排斥すべきほどのものとはいえない。
この点に関して原告は,@設計図面を渡されただけで,内部基板に印 刷はしないし,これに続けて「Ver1.1」とまで記載したりはしない,A 「I&T」ではなく「InT」という印刷をしていることは,被告の意向を反 映した証左である,などと主張する。しかし,上記@及びAの主張は, いずれも推測の域を出るものではなく,にわかに採用することができな い。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ケ おって,原告は,@エム・アールビジネスもKDエレクトロニクスも 盗難防止タグを開発・製造する能力を有していないのであって,被告が 積極的に関与することなく,エム・アールビジネス又はKDエレクトロ ニクスが盗難防止タグを開発・製造することはできない,A「ID無し」 の盗難防止タグは既に他のメーカーからも販売されており,エム・アー ルビジネスとしてはこれを購入すれば足りるのであって,あえて被告に 対して開発を依頼するとは考えられない,B被告に1500万円もの費 用を支払っているのであれば,引き続き「ID有り」の盗難防止タグに ついても被告に開発させるはずである,C量産試作が終わった段階で, マイコンを変更するようなことは考えられない,DTI社製マイコンと ルネサス社製マイコンの価格差は,マイコンを変更するほどのものでは ない,Eルネサス社製マイコンを購入するからといって,ルネサス社製 114 マイコンの販売会社がプログラムの開発費を負担するとは考え難い,F 盗難防止タグの製造メーカーではないエム・アールビジネスが金型を所 有するというのは不自然である,G被告における盗難防止タグの開発は 途中で終了したことになるから,1500万円のうち一部が返還される べきところ,返還されていない,H本件の盗難防止タグ(被告製品1及 び2)には,原告の盗難防止タグと共通する部品が用いられており,こ れは,原告の元従業員であるA(被告代表者)が関与したことの証左で あるなどと主張する。
しかし,原告のこれらの主張は,いずれも裏付けを欠くか,単なる推 測をいうものにすぎず,採用することができない。
(6) 以上によれば,被告が盗難防止タグ(被告製品1及び2)をも開発して製 造・販売していたとする原告主張の事実については,前述のとおり,これを 認めることができない。
したがって,争点(1)アにおける原告の主張は理由がない。
3 争点(1)イ(被告による被告製品1及び2のプログラム制作による間接侵害 の成否)について 原告は,被告が被告製品1及び2に組み込むプログラムを作成し,その製造 用に提供した行為は,特許法101条1号の「その物の生産にのみ用いる物の 生産,譲渡等」に該当すると主張する。
しかし,前記2で説示したとおり,被告が被告製品1及び2を製造していた と認めるに足りないのであって,本件全証拠に照らしても,被告が被告製品1 及び2に組み込むプログラムを作成していた事実もまた認めることができない。
したがって,争点(1)イにおける原告の主張は,その前提を欠くものであっ て,理由がない。
4 争点(2)ア(被告製品1が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか) 及びイ(被告製品2が本件発明1ないし3の各構成要件を充足するか)につい 115 て 事案に鑑み,争点(2)ア及びイについても検討する。
前記2及び3のとおり,被告が被告製品1及び2の盗難防止タグを製造・販 売している事実及びこれに組み込むプログラムを作成した事実については,本 件証拠上認めることができないところであるが,仮にこれらの事実が認められ たとしても,被告製品1及び2は,本件発明1の構成要件のうち「暗号コード」 (構成要件D1,F1,G1)を充足せず,それゆえ本件発明1並びにその従 属項である本件発明2及び3の各技術的範囲に属するものではない。
すなわち,被告製品1及び2は盗難防止タグであり,被告製品3及び4はこ れに対応した盗難防止タグ用リモコンであって,原告の主張によれば,被告製 品3及び4の発信する解除指示信号を被告製品1及び2が受信するのであり, この解除指示信号に「暗号コード」が含まれるというものである。しかるに, 後記5のとおり,被告製品3及び4は「暗号コード」を含むものとは認められ ないのであるから,これに対応した盗難防止タグである被告製品1及び2もま た,「暗号コード」を含むものとは認められないということになる(なお,被 告製品3及び4以外のリモコンが「暗号コード」を含む解除指示信号を発信し, 被告製品1及び2がこれを受信する構成になっているなどという主張は,原告 もしていない。)。
したがって,争点(2)ア及びイにおける原告の主張は理由がない。
5 争点(2)ウ(被告製品3及び4が本件発明4及び6の「暗号コード」(構成 要件A4,B4,B6)を充足するか)について (1) 「暗号コード」の意義 「暗号」とは,一般に,「通信の内容が第三者にもれないように,おたが いに約束して使う記号(のしくみ)」(三省堂国語辞典第7版52頁〔甲 2〕),「秘密を保つために,当事者間にのみ了解されるようにとり決めた 特殊な記号・ことば。あいことば。」(広辞苑第4版99頁〔甲5〕), 116 「第三者に通信内容を知られないように行う特殊な通信(秘匿通信)方法の うち,通信文を見ても特別な知識なしでは読めないように変換する表記法 (変換アルゴリズム)のこと」(ウィキペディア〔乙1〕),「秘密にした い情報をかき混ぜて(暗号)特定の者以外にはその内容が解らないようにす ること。」(情報通信用語辞典13頁〔乙3〕),「情報の意味が当事者以 外にはわからないように,情報を変換すること」(エンサイクロペディア電 子情報通信ハンドブック〔乙17〕)との意味を有するとされている。
また,「コード」とは,「文字や記号,数字などをコンピューターが識別 するためにまとめられた符号」(IT用語辞典BINARY〔乙2〕), 「データを表現するための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づい て表現されたもの」(情報通信用語辞典100頁〔乙3〕)との意味を有す るとされている。
以上を前提にすると,本件発明4及び6の構成要件A4,B4及びB6に いう「暗号コード」とは,通信の内容が第三者に知られることのないように, 当事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な記号,文字ないし数字を まとめた符号を意味するものと解するのが相当である。
(2) これを被告製品3及び4についてみるに,被告によれば,被告製品3及び 4は「ID情報」を有しているが,この「ID情報」とは単なる数字にすぎ ないものと認められる(原告も明らかに争わず,これに反する証拠も存在し ない。)。そうすると,単なる数字にすぎない以上,その内容が「第三者に 知られることのないよう」にしたものではないのであるから,被告製品3及 び4の「ID情報」は,通信の内容が第三者に知られることのないよう,当 事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な記号,文字ないし数字をま とめた符号ではないのであって,「暗号コード」に該当するものとはいえな い。
そして,本件全証拠を精査しても,被告製品3及び4が「ID情報」以外 117 に「暗号コード」に該当するような符号を使用していることを認めるに足り る証拠はないから,本件においては,被告製品3及び4は,構成要件A4, B4及びB6にいう「暗号コード」を充足しないというべきである。
(3) 原告の主張に対する判断 この点に関して原告は,本件発明4及び6にいう「暗号コード」とは,コ ードの一部を任意の数字(信号)を組み合わせたものとしてリセットコード を設定し,送受信するものにすぎず,辞書等における「暗号」の意味とは異 なるものであって,このことは本件明細書等の記載からも明らかであると主 張する。
しかし,明細書の技術用語は,特に明細書の中で定義して特定の意味に使 用している場合を除き,原則として学術用語を用い,その有する普通の意味 を用い,かつ特許請求の範囲及び明細書全体を通じて統一して使用されなけ ればならないところ(特許法施行規則24条参照),本件明細書等において は,「暗号コード」の意義に関し,段落【0073】において「『暗号』は 4桁の暗号コードである。」と記載されているにすぎず,「暗号コード」な いし「暗号」の意味が原告主張のようなものであることにつき,何らの明確 な定義付けもされておらず,また辞書等における「暗号」の意味と異なるな どといった示唆もされていない。したがって,「暗号コード」とは電気通信 技術に関する技術的知識を有する当業者が理解する通常の意味で解釈すべき であるから,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 以上によれば,争点(2)ウにおける原告の主張は理由がない。
したがって,被告製品3及び4は,その余の点について判断するまでもな く,本件発明4及び6の技術的範囲に含まれない。
6 争点(2)エ(被告製品3及び4が本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成 要件A6)を充足するか)について 事案に鑑み,争点(2)エについても検討する。
118 (1) 「暗号変更指示信号」の意義 本件発明6(請求項7)の構成要件A6は「請求項6記載の親指示信号発 信装置が発信する暗号変更指示信号を受信する受信手段を備え,」というも のであるところ,請求項6は「請求項3記載の盗難防止タグが備える暗号記 憶手段が記憶すべき新暗号コードを設定する暗号設定手段と,盗難防止タグ が備える受信手段が受信すべき暗号変更指示信号を,前記暗号設定手段が設 定した新暗号コードを含めて受信する発信手段とを備えることを特徴とする 親指示信号発信装置。」と記載されている。
そうすると,本件発明6の構成要件A6にいう「暗号変更指示信号」とは, 請求項6の「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指示信号」 を指すものというべきである。
このことは,@本件明細書等の【図7】には「暗号設定コード」が一つし か記載されておらず,盗難防止タグに対する「暗号変更指示信号」と指示信 号発信装置に対する「暗号変更指示信号」とが同一のものであることが示唆 されていること,A本件明細書等の段落【0075】にも,「リモートコン トロールキーRK及び盗難防止タグTは,この暗号変更コード信号を受信し, それぞれの暗号記憶手段に記憶している暗号コードを更新する」として,両 者に対する暗号変更指示信号が同一のものであることが示唆されていること とも符合する。
(2) これを被告製品3及び4についてみるに,被告製品3及び4は盗難防止タ グ用リモコンであり,そのマスターリモコン(親指示信号発信装置)は被告 製品5である。しかるに,被告の主張によれば,被告製品5は被告製品1な いし4の各「ID情報」を書き換えるためのID情報書換信号につき,被告 製品1及び2の盗難防止タグと被告製品3及び4の盗難防止タグ用リモコン とで別の信号系列を送信しているというのである(原告も明らかに争わず, これに反する証拠も存在しない。)。
119 そうすると,仮に被告製品5が被告製品1及び2に対して発信するID情 報書換信号が請求項6の「暗号変更指示信号」に該当するとしても,被告製 品3及び4の「ID情報」は,「盗難防止タグ(被告製品1及び2)が備え る受信手段が受信すべき暗号変更指示信号」によっては書き換えられないか ら,被告製品3及び4は「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する暗 号変更指示信号を受信する受信手段を備え,」との構成要件A6を充足しな いということになる。
(3) 原告の主張に対する判断 この点に関して原告は,「暗号変更指示信号」は「新暗号コード」以外の 信号が異なることを排除するものではない旨主張し,その根拠として,@本 件明細書等においてはそのような制限がないこと(段落【0029】及び 【0031】),A本件各発明の本質からも制限されるべきでないこと,B 本件明細書等の段落【0075】の記載等は実施例にすぎないことを挙げる。
しかし,上記@については,本件明細書等の段落【0028】には,請求 項6記載のとおり,「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更 指示信号」として,「暗号変更指示信号」を限定しているのであって,これ を受けた段落【0029】の「この親指示信号発信装置」とは,段落【00 28】で記載された親指示信号装置であり,盗難防止タグが備える受信手段 が受信すべき暗号変更指示信号を発信するものとして記載されている。また, 本件明細書等の段落【0030】においては,「請求項6記載の親指示信号 発信装置が発信する暗号変更指示信号」である旨を明確にしているところ, これを受けて,段落【0031】は「この指示信号発信装置」と記載してい るのである。そうすると,原告の引用する本件明細書等の段落【0029】 及び【0031】をみる限りでも,本件発明6にいう「暗号変更指示信号」 とは,請求項6の「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指 示信号」を指すことが明らかである。
120 さらに,上記Aについても,原告のいう「本件発明の本質」が何を指すの かは,原告の主張からも明らかであるとはいい難く,このような抽象的な概 念のみによって「暗号変更指示信号」の意義を一義的に解することは困難で ある。
そして,上記Bについても,本件明細書等の段落【0075】の記載等が 実施例にすぎないとしても,いずれにせよ原告の主張するような構成は請求 項6及び7には記載されておらず,本件明細書等にも何ら開示されていない ところである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4) 以上によれば,争点(2)エにおける原告の主張は理由がなく,被告製品3 及び4はこの点でも本件発明6の技術的範囲に属さない。
7 結論 よって,その余の点について判断するまでもなく,本訴請求は理由がないか らこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
121 裁判官勝又来未子122 (別紙)被告製品目録1-1製品名スマートスイッチワイヤータグ(110oワイヤー)物品の種類盗難防止自鳴タグ取付方式ワイヤー式1-2製品名スマートスイッチワイヤータグ(220oワイヤー)物品の種類盗難防止自鳴タグ取付方式ワイヤー式2製品名スマートスイッチタグ物品の種類盗難防止自鳴タグ取付方式貼付け式3製品名スマートタグ用ハンディリモコン型番SMT-SHHR物品の種類盗難防止自鳴タグ用リモコン型式ハンディ型リモコン4製品名スマートタグ用デスクトップリモコン型番SMT-SDTR物品の種類盗難防止自鳴タグ用リモコン型式デスクトップ型(卓上型)リモコン5製品名スマートタグ用マスターリモコン型番SMT-MHHR物品の種類盗難防止自鳴タグ用マスターリモコン型式ハンディ型リモコン123
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 瀬孝