運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2015-800113
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 28年 (行ケ) 10080号 審決取消請求事件

原告株式会社ダイセル
訴訟代理人弁理士 角田嘉宏 中尾優 古川安航 下村裕昭
被告 セラニーズアセテー ト, エルエルシー
訴訟代理人弁護士 矢部耕三 星埜正和 弁理士 中田隆 梶田剛 横田晃一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/01/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
-1-事 実 及び 理 由第1 原告の求めた裁判特許庁が無効2015−800113号事件について平成28年2月22日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。争点は,@明確性要件(特許法36条6項2号)の充足の有無,Aサポート要件(同条6項1号)及び実施可能要件(同条4項1号)の各充足の有無,B進歩性(同法29条2項)判断の是非及びC分割要件違反(新規事項追加)の有無である。
1 特許庁における手続の経緯被告は,名称を「繊維ベールおよびその製造方法」とする発明について,平成18年4月11日,特許出願(国際出願:PCT/US2006/013323,特願2008−511124号,優先権主張日:平成17年5月9日,優先権主張国:米国,以下「原出願」という。)をし(甲7,8),平成24年7月26日,原出願を分割出願(特願2012−166172号,以下「本件出願」という。)したところ(甲11),平成26年12月12日,その設定登録(特許第5662387号,請求項の数9,以下「本件特許」という。)を受けた(甲11)。
原告が,平成27年4月23日付けで本件特許の請求項1〜9に係る発明についての特許無効審判請求(無効2015−800113号)をしたところ(甲17),被告は,同年8月19日付けで,訂正請求(本件訂正)をした(甲19)。
特許庁は,平成28年2月22日,「特許第5662387号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年3月4日,原告に送達された。
-2-2 本件発明1の要旨本件訂正後の本件特許の請求項1〜9の発明に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,項番号によって「本件発明1」のようにいい,本件発明1〜本件発明9を併せて「本件発明」といい,また,本件訂正後の本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」という。。
)(1) 本件発明1(分説は,審判による。)A 上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテンを備えたベールプレスを供給する工程であって,前記各プラテンは凸型表面を有し,前記凸型表面は最高点および底部を有し,前記最高点と前記底部との間の距離は1〜10cm の範囲である工程,B 前記ベールプレスにセルロースアセテートの繊維材料を供給する工程,C 前記ベールプレスにより482.6〜4826.3kPa(70〜700psi)の範囲の総圧力をかけて,前記セルロースアセテートの繊維材料を1秒〜数分間圧縮する工程,D これによって高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程,E 高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0〜25%広げるように圧力を除去する工程であって,これにより広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程,F 前記広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を包装材料で包装する工程,G および前記包装材料を締める工程,H を含むセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法であって,前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下である,方法。
-3-(2) 本件発明2「 前記繊維ベールに真空を引かない,請求項1に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(3) 本件発明3「 前記包装材料で包装する工程の後に,前記繊維ベールに真空を引く工程をさらに含む,請求項1に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(4) 本件発明4「 前記包装材料は,空気透過性締め具または空気不透過性締め具によって締められる,請求項1に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(5) 本件発明5「 前記包装材料は,空気透過性材料,空気不透過性材料,およびこれらの組み合わせからなる群から選ばれる,請求項4に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(6) 本件発明6「 前記包装材料は,真空を開放する手段をさらに含む,請求項5に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(7) 本件発明7「 前記真空を開放する手段は,閉じることが可能な開口である,請求項6に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(8) 本件発明8「 前記凸型ベールプラテンは,前記繊維ベール上へのひもの設定を容易にするための溝またはすじを有する,請求項1に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」(9) 本件発明9「 前記繊維ベールはひもを含む,請求項1に記載のセルロースアセテートの繊維ベールの製造方法。」-4-3 審決の理由の要点以下,本件訴訟での争点に関連する部分についてのみ摘示する。なお,「ベイル」と「ベール」は同じ用語なので,引用部分にある「ベイル」も含めて,「ベール」と表記を統一する。
(1) 証拠方法及び無効理由【証拠方法】<甲1>:特開昭53−143491号公報<甲2>:独国実用新案第29615598号明細書<甲3>:英国特許第398144号明細書<甲4>:米国特許第3063363号明細書以下,上記各甲号証に記載の発明を,証拠番号に従い,それぞれ,「甲1発明」のようにいう。
【無効理由】<無効理由1>:本件発明1及びこれを引用する本件発明2〜本件発明9は,数値範囲の限定に0を含む記載があるから(構成要件E) 特許請求の範囲が不明確であ,る(特許法36条6項2号違反)。
<無効理由2>:本件明細書には,本件発明1及びこれを引用する本件発明2〜9の構成を全て備えた実施例がなく,各構成要件の関係も不明であるから,発明を実施することができず,また,これらの発明は,発明の詳細な説明に記載されたものではない(特許法36条4項1号,6項1号違反)。
<無効理由3>:本件発明1,本件発明2,本件発明4,本件発明5,本件発明8及び本件発明9は,甲1発明と甲2発明〜甲4発明に基づき,並びに,本件発明3,本件発明6及び本件発明7は,甲1発明と甲2発明〜甲4発明及び甲第5号証の1及び甲第6号証に各記載された発明に基づき,いずれも,容易に発明できる(特許法29条2項違反)。
-5-<無効理由4>:本件出願が原出願の当初明細書等にない新規事項を含み,分割出願として出願日の遡及が認められない結果,本件発明1〜本件発明9は,原出願の公表公報である甲8に記載された甲8発明に基づき,新規性又は進歩性を欠如する。
(2) 無効理由1(明確性要件違反)について本件発明1の構成要件Eの「高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0〜25%広げるように圧力を除去する工程」に関して,本件明細書には,「次いで,少なくとも1つの凸型ベールプラテン18を有する従来のプレスは,高圧縮繊維材料12が高さにして約0〜約25%広がるのを許すように圧力を除去する。(」【0020】)との記載があるが,ここに「約0」とある記載は,おおよそ0であることを意味し,高圧縮繊維材料12が「広がる」としていることに鑑みれば,広がらない場合,すなわち,0は含まないと理解するのが合理的である。
また, 本件発明は「湾曲を実質的に形成しない」ことを目的としていることから(本件明細書の【0003】【0011】 ,圧力を除去したときに繊維材料が広がる)ことを前提としていると解され(本件明細書の【0022】【表T】参照),また,本件明細書のいずれの箇所にも,「広がらない場合」についての記載はない。
さらに,仮に,直ちに広がらない場合が当然に存在するとしても,それは,特定の条件下で技術的に起こり得ることを意味するのみであって,本件発明1が広がらない場合を想定している根拠にならないし,プレスから出た直後の湾曲の高さが0cm であるとしても(本件明細書の【0022】【表T】 ,繊維ベール全体が広がら)ないことを意味しているわけではない。
そうすると, 構成要件Eの「0〜25%広げる」との記載は,「広がる」ことを前提としていると理解できるものであって,本件明細書の記載と同様に「0%」を含まないと解釈できるものであり,請求項の記載に矛盾が存在するものとはいえない。
したがって,本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2〜本件発明9が,明確でないということはできない。
-6-(3) 無効理由2(サポート要件及び実施可能要件違反)本件発明1の構成要件Aで特定される,凸型表面の最高点と底部との間の距離,構成要件C及び構成要件Eで特定されるプレスについての製造条件,構成要件Fで特定される包装する工程並びに構成要件Gで特定される包装材料を締める工程については,本件明細書の【0019】【0020】において説明がされている。
一方,構成要件Aで特定される,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンを共に「凸型表面」を採用したか否かは,実施例の記載である【0022】では説明されていない。 しかしながら,より平坦に近い凸型プラテンを用いれば繊維ベールの湾曲の高さは余り抑えられず,湾曲がより大きい凸型プラテンを用いれば繊維ベールの湾曲の高さはより抑えられるであろうことは,定性的に理解できるところであるから,繊維ベールのサイズ及びプラテンの形状を適宜設定することで,繊維ベールの上部表面及び底部表面において,構成要件Hを達成できる程度に湾曲を抑えるよう本件発明1を実施することは可能であり,また,湾曲を実質的に形成しない」「という本件発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものである。
そうすると,本件明細書には,構成要件A〜構成要件Hの全てを備えた発明が記載されていないということはできず,また,本件発明1を実施できる程度の記載がないということもできない。
したがって,本件発明1及びこれを直接又は間接的に引用する本件発明2〜本件発明9は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえず,また,発明の詳細な説明が発明を実施できる程度に記載されたものではないとはいえない。
(4) 無効理由3(進歩性欠如)についてア 甲1発明の認定甲1には,次の甲1発明が記載されている。
a 圧縮ダイ17および圧縮チャンバ16下部を備えた圧縮機を供給する工程,b 前記圧縮機にレイヨン,ダクロン,トレビラ,パーロン,ドラロン等の織物繊維質を供給する工程,-7-c 前記圧縮機により1cm2当り10〜100kpの最終圧力をかけて,織物繊維質を数秒以上の保持時間で圧縮する工程,d これによって最終圧縮されたベールを形成する工程,e 最終圧縮されたベールを高さ700mm から850mm に広げるように圧力を除去する工程であって,これにより膨張後のベールを形成する工程,f 前記膨張後のベールをパッキング部材34でパックする工程,g およびベールの回りを結束する工程,h を含む,嵩張った物質のベールへの変形方法。
一致点の認定本件発明1と甲1発明とを対比すると,両者は,次の点で一致する。
A´ 上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテンを備えたベールプレスを供給する工程,B´ 前記ベールプレスに繊維材料を供給する工程,C´ 前記ベールプレスにより圧力をかけて,繊維材料を圧縮する工程,D´ これによって高圧縮された繊維材料を形成する工程,E´ 高圧縮された繊維材料を高さにして0〜25%広げるように圧力を除去する工程であって,これにより広がった高圧縮された繊維材料を形成する工程,F´ 前記広がった高圧縮された繊維材料を包装材料で包装する工程,G および前記包装材料を締める工程,H´ を含む繊維ベールの製造方法
相違点の認定本件発明1と甲1発明とを対比すると,両者は,次の点で相違する。
【相違点1】 構成要件Aに関して,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンが,本件発明1においては,「凸型表面」を有し,かつ,「前記凸型表面は最高点および底部を有し,前記最高点と前記底部との間の距離は1〜10cm の範囲である」と特定されているのに対し,甲1発明においては,そのような形状に特定され-8-ていない点。
【相違点2】 構成要件B〜構成要件F,構成要件Hに関して,「繊維材料」及び「繊維ベール」が,本件発明1においては,「セルロースアセテート」であることが特定されているのに対し,甲1発明においては,「レイヨン,ダクロン,トレビラ,パーロン,ドラロン等」と特定されているのみであって,「セルロースアセテート」とは特定されていない点。
【相違点3】 構成要件Cに関して,繊維材料を圧縮する条件が,本件発明1においては,「482.6〜4826.3kPa(70〜700psi)の範囲の総圧力」をかけて「1秒〜数分間」圧縮するのに対し,甲1発明においては,「1cm2当たり10〜100kpの最終圧力」をかけて「数秒以上の保持時間で」圧縮する点。
【相違点4】 構成要件Hに関して,本件発明1においては,「前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下である」と特定されているのに対し,甲1発明においては,そのように特定されていない点。
相違点の判断(相違点1について)(ア) 周知技術の有無@ 甲2の梱包プレスは,フロントドアに位置する導入開口を通して材料が充填されると,材料が,側壁に直接的にではなく梱包チャンバの中央により多く蓄積することとなるため,これに対応して,円錐形状のプレス板及び排出器により材料を側壁,後壁又は前壁の方向に押圧するように構成したものであり,材料が梱包チャンバ内に偏って導入されることを前提とした技術である。
そうすると,甲2には,繊維物質などの弾性体の圧縮を開放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するための技術が記載されているとはいえない。
A 甲3の荷造プレスは,締め付けバンド間のベールが隆起するという課題に対応して,加圧板1の溝2同士の間に凸曲面3を有する複数の凸部6を設け,かつ,-9-加圧板1の長辺に縁4を設けることで,ベールをプレスから取り出した後のベールの上面及び下面を略直線とするものである。
そうすると,甲3には,繊維物質などの弾性体の圧縮を開放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するための技術とは異なるプラテンの形状が示されているというべきである。
B 甲4のパルプベールプレスは,圧縮時にベールセンターの空気を排出するために,凸型のプレスプラテン16を用いることでベールの圧縮を内側から外側に向かって進行させ,ベール中の空気の外側への流れを促進するものである。
そうすると,甲4において,凸型のプレスプラテン16は上部のみに設けられており,被梱包物(ベール)の上下に窪みを作っているものではない。
C 以上から,甲2〜甲4からは,繊維物質などの弾性体の圧縮を開放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するための技術が周知技術であるということはできない。
したがって,甲1発明に周知技術を適用することにより相違点1に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものとはいえない。
(イ) 周知技術の適用仮に,繊維物質などの弾性体の圧縮を開放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するための技術が周知技術であったとしても,甲1発明にこの周知技術を適用することができたとはいえない。
甲1発明は,最終圧縮後のベールが最終圧縮力よりも実質的に低い圧力効果を保持したまま,かつ,好ましくない摩擦力を生起することなしにベールを圧縮チャンバから結束装置へ移動させることを目的としている(第11欄10〜17行目)。
仮に,圧縮チャンバ16の底面に凸型プラテンを導入した場合,最終圧縮後に下側のプラテンは退避できないと考えられるから,下側のプラテンが凸形状であることによりベールの横方向への移動を妨げると考えられる。したがって,甲1発明に凸型プラテンを導入するという変更は,ベールの移動の際の摩擦を減じるという甲- 10 -1発明の目的に反するというべきであり,当業者が容易に想到し得たこととはいえない。
(ウ) 公知技術の適用仮に,甲1発明に,甲2,甲3又は甲4に記載の技術を適用しようとしても,相違点1に係る本件発明1の構成は容易に想到し得たものとはいえない。
@ 甲2発明の梱包プレスは,材料の導入時に材料が梱包チャンバの中央により多く蓄積することを前提とした技術であるところ,甲1発明の材料(織物繊維質)は,層の形態で予圧縮チャンバ7から圧縮チャンバ16へ導入されるものであるから(甲1,5頁右上欄6〜13行目),甲1発明において,甲2の円錐形状のプラテンを採用する動機が存在しない。
A 本件明細書の【0019】【図2】【図3】の記載を踏まえれば,本件発明1のベールプラテンの凸型表面は,ベールプラテン全体にわたる単一の凸型表面を意味していることは明らかであるから,甲1発明において甲3の複数の凸部6を備えた加圧板1を採用しても,本件発明1に想到することはない。
B 甲4の凸型のプレスプラテン16は上部のみに設けられたものであり,ベールの圧縮を内側から外側に向かって進行させることが目的であるところ,凸型のプラテンを上部だけでなく底部にも設けることは示唆されていない。したがって,甲1発明に甲4のプレスプラテン16を適用しても,本件発明1に想到することはない。
C また,甲1発明に凸型プラテンを導入するという変更は,甲1発明の目的に反するというべきであるから,甲1発明に甲2,甲3又は甲4に記載された技術を適用して本件発明1に想到することはない。
オ 小括本件発明2〜本件発明9は,本件発明1の構成要件を全て備え,更に他の構成要件を備える発明であるところ,本件発明1が当業者において容易に発明をすることができたものではないから,本件発明1の構成要件を全て備える本件発明2〜本件- 11 -発明9も,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(5) 無効理由4(分割要件違反)について原告は,原出願に係る明細書,請求の範囲又は図面(甲7,以下「英文明細書等」という。訳文を,特表2009-508764号公報のとおりとすることは,当事者間に争いがない。)には,「上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテン」の「各プラテンが凸型表面」である場合に「ベールプレスから出て48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さが50%以下である」との要件を満たすこと(技術事項a)が開示されていないと主張する。
英文明細書等の実施例には,ベールプレスから出て48時間後の繊維ベールの湾「曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さが50%以下である」ものが記載されている。
一方,この実施例においては,上部及び底部のプラテンが共に凸型表面であるとは説明されておらず(甲7,11頁8〜9行目),上部及び底部のプラテンを共に凸型表面とすることは,甲7の9頁1〜2行目に記載されているのみである。
しかしながら,英文明細書等に記載された発明は,「湾曲を実質的に形成しない」ことを目的としており,実施例に示された程度まで抑えることで,この目的が達成されたことを示したものと考えられる。
そうすると,上部及び底部のプラテンを共に凸型表面とした場合であっても,その場合に英文明細書等に記載された発明の目的が達成されたこととなる目安として,繊維ベール表面の湾曲の高さを上記実施例に記載された程度と同程度のものとすることは,新たな技術的事項を導入するものとはいえない。
以上から,技術事項aは,英文明細書等の記載から自明な事項であって,英文明細書等に開示されたものといえる。
以上から,原告の主張する無効理由4は,前提において誤りであり,理由がない。
第3 原告主張の審決取消事由- 12 -1 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)審決は,本件発明1の構成要件Eの「高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さにして0〜25%広げるように圧力を除去する工程」の「0〜25%広げる」との記載が,0%を含まないと判断する。
しかしながら,構成要件Eは,「0〜25%」と0を含めて記載されているのであるから,その記載に従えば,0は含まれると理解される。本件明細書には,「約0」と記載されているが,その場合でも,それは特定の値(0)とその近傍値(0<)の双方を含むものであるから,0が含まれることに変わりはない。そうすると,高圧縮繊維材料12を圧縮した後に高圧縮繊維材料12を高さにて広げることが任意であるということになるが,審決によれば,高圧縮繊維材料12を圧縮した後には高圧縮繊維材料12を高さにて広げることが本件明細書においては必須であるとしているから,用語が互いに矛盾し,多義的であり,発明の範囲が不明確である。
したがって,審決の明確性要件に関する判断には,誤りがある。
2 取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)審決は,本件明細書に構成要件A〜構成要件Hの全てを備えた発明が記載されており,また,繊維ベールの上部表面及び底部表面において,構成要件Hを達成できる程度に湾曲を抑えるよう本件発明1を実施することは可能であると判断する。
しかしながら,上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテン…は凸型表面を有「し」(構成要件A),かつ,「前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下である」(構成要件H)ことは,本件明細書で裏付けられていない。
また,上部プラテンのみならず底部プラテンにも凸型ベールプラテンを適用した場合に,ベールの底部表面にどのような成長が得られるのか明らかでないのにもかかわらず,本件明細書の記載ではその設定条件が不明であるから,本件発明1を実施することができる程度の明確かつ十分な記載はない。
- 13 -すなわち,本件明細書には,「上部プラテンまたは底部プラテンは凸型ベールプラテン18であることができる,しかしながら,代わりに,上部および底部プラテンが共に凸型ベールプラテン18であることができる。(」【0019】)との記載はあるが,実施例は,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型ベールプラテンとしたものではない(【0022】参照)。そして,本件明細書の実施例は,上部プラテンを凸型ベールプラテンとした場合に,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さ(3cm)が,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さ(6cm)の50%であることが開示されているのみであり,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型ベールプラテンとした場合に,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの何%となるかは開示されていない。むしろ,凸型ベールプラテンを上部プラテンのみならず底部プラテンにも適用した場合には,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さは,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%にはならないと考えるのが自然である。なぜなら,本件明細書の【図1】〜【図3】を紙面上で計測すると,ベールの高さは7.5cm で,プラテンの高さは1.2cm(現実の大きさは5cm)であるから,上下両方のプラテンを凸型にした場合,現実のベールが,高さにして32%(1.2cm÷7.5cm×2)から64%(プラテンを現実の大きさで10cm とした場合は,上記の現実の大きさで5cm とした場合の2倍になる。)圧縮されることになり,ベール表面の膨らみについて,繊維ベールの上部表面と下部表面の相互の影響が無視できないからである。また,凸部プラテンの凸部の高さが約5cm のときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが3cm(【0019】【0022】)であるならば,凸部プラテンの高さが1cm のときのそれは3cm を超えることは明らかである。そうすると,この場合のベールの湾曲の高さは,平坦プラテンによって圧縮されたときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さ6cm の50%以下になっていない(3cm 超÷6cm>50%)。したがって,構成要件Aを充足する場合で構成要- 14 -件Hを充足する場合が本件明細書に示されていないし,どのようにして実施できるかとの十分な記載もない。
したがって,審決のサポート要件及び実施可能要件に関する判断には,誤りがある。
3 取消事由3(無効理由3の判断の誤り)(1) 周知技術又は公知技術の認定の誤りア 甲2発明審決は,甲2発明の梱包プレスが,繊維ベール製造の技術と前提を異にする技術を用いていると認定する。
しかしながら,審決の上記認定には,誤りがある。
すなわち,甲2の「梱包プレスが充填されると,材料は,…梱包チャンバの中央により多く必然的に蓄積する。(訳文1頁11〜12行目)との記載は,単に容器」に材料が充填されると容器空間の端部よりも中央部に材料が多く蓄積されるという,一般にベールを形成する場合に共通する作用が記述されているにすぎない。
一方,甲2発明は,「ベールは,排出された後で,概ねプレス工程中にプレス床又はプレス板によって区切られる(delimited)側において凸形状を有する。この理由から,これらのベールは積み重ねにくく,正確に矩形のベールよりも多くの空間を要する。(訳文1頁12〜15頁)との課題を解決するため,」 「プレス板及びプレス床又は排出器を適切に構成することよって,梱包チャンバから取り出すときに変形せず,特に凸状にならない矩形のベールを製造するという目的」(訳文1頁16〜18行目)を達成するために,「梱包プレスのプレス板1及び排出器2の両方を特定の方法で構成」(訳文1頁19〜20行目)することとし,「プレス板及び排出器はその断面が円錐形」(訳文1頁26〜27行目)となるよう構成したものであり,これにより,「材料を内側チャンバに投入してプレスすると,プレス板が円錐形状であるため,プレスされるべき材料がまず,圧縮中に作用する力によって下方へ押圧され- 15 -るだけではなく,プレスの側壁の方向へも押圧される」(訳文1頁28行〜2頁1行目)こととなるものである。この作用は,ベールの中心においてベール材料やその間隙に存在する空気が相対的に大きな圧力を受け,ベールの中心から外部に向けた圧力により空気が追い出され,ベール内の空気により占められていたスペースを埋めるようにベール材料が曲がり(圧縮され),その結果,チャンバから取り出された後のベールの表面が凸形を有しなくなることにより生じるものであり,繊維材料あるいは他のベール材料からなるベールを製造するためのベールプレスにおいて,凸型プラテンが奏する作用と共通する。
したがって,甲2発明は,材料を圧縮した後のベールの表面が凸状に変形してベール同士が積み重ねにくくならないように,上側及び下側のプラテンの各プレス面を円錐形(凸型)にする技術を開示するものである。
イ 甲3発明審決は,甲3発明の荷造プレスのプラテンの形状が,繊維物質などの弾性体の圧縮を開放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するためのものではないと認定する。
しかしながら,審決の上記認定には,誤りがある。
すなわち,甲3の「表面がアーチ形の加圧板を使用することが試みられているが,上述の欠点はこの方法によっては克服されていない。(訳文1頁24〜25行目)」との記載は,加圧面を全体的にアーチ形としただけでは,ベールの表面が全体的に凸状に膨らむことを回避できても,バンド間の個別の小隆起の発生が克服されないとの意味にすぎない。
一方,甲3発明は,ベールの表面が全体的に隆起するのを回避するために,加圧板1の加圧面を全体的にアーチ形の凸曲面3とした上で,溝2で区分けされた個々の領域も更に凸状表面6としたものである。
したがって,甲3発明は,ベールの圧縮を開放した後にベール表面が凸状に膨らむことを抑制するために,プラテンの表面を凸型にする技術を開示するものである。
- 16 -ウ 甲4発明審決は,甲4の凸型のプレスプラテン16は上部のみに設けられたものであり,被梱包物(ベール)の上下に窪みを作っているものではないと認定する。
しかしながら,甲4の「ベールの圧縮が内側から外側のエリアに進み,それにより,ベールからの空気の外側へのより速い流れをもたらし,(訳文1頁35〜36」行目)との記載は,凸型プラテンに共通して生じる作用が明示的に記述されているにすぎない。また,甲4の「中心に含まれている空気が端に含まれている空気よりもより大きな圧力を受け,これにより,ベール端の繊維の圧縮が遅延するために,ベールからのより早い空気の外側への流れが達成される。(訳文2頁28〜30行」目)との記載は,ベール中央部が大きな圧力を受けたときの水平方向への空気流れに関するものであり,凸型プラテンを上部のみに設けた場合も,上部及び下部の両方に設けた場合も,共通して奏される作用である。
一方,甲4発明は,「平らな表面のプラテンを使用する通常のプレスでは,過度の保持時間をかけなければ,ベールの中心が若干凸型となったままとなることが多いこと」(訳文2頁31〜32行目)から,「ベールと接する表面は,…凸型」(訳文3頁18行目)とし,「制御された圧力のもと,完全に平らな上部表面が保持時間を長くしないでプレスされた仕上げベール上に形成される」(訳文2頁3〜4行目)ものであるから,ベールの圧縮を開放した後にベールの表面が凸状に膨らむことを抑制するために,プラテンの表面を凸型にするものである。そして,甲4には,「パルププレスの通常の形態では,上部及び下部プラテンの両方は,平らで平行なベールと接する表面を使用しているという事実に注目すべきである」訳文2頁18〜19行(目)「このプラテンの構成の重要な特徴は,ベールと接する表面の形態にある…ベ,ールと接する表面は,横縦方向に凸型である。(訳文3頁17〜18行目)と記載」されており,凸型プラテンが上部プラテンのみでなくともよいことが示唆されている。
(2) 周知技術の適用の判断の誤り- 17 -審決は,甲1発明に凸型プラテンを導入するという変更は,ベールの移動の際の摩擦を減じるという甲1発明の目的に反するというべきであり,当業者が容易に想到し得たこととはいえないと判断する。
しかしながら,甲1発明は,「圧縮から解放された後の完全に圧縮されたベールが圧縮方向に対して横方向に顕著に膨張する」(第19欄9〜11行目)ことの対策として,「水力モーターを圧力から開放する…ことによつて壁26が開放される」(第19欄2〜4行目)ものであって,壁26の開放によって,「ベールに対する横方向の摩擦が減じられ,横方向の移動が行い易くなる。(第19欄6〜8行目)ことか」ら,「圧縮完了のベール内では圧縮方向に比較的大きな膨張力が生起するが,この力は開口部16bからのベールの横方向への移動に支障をきたす程大きいものではなく,2つのローラーコンベヤ37間で容易に該横方向への移動が達成される」(第19欄14〜18行目)ことになるものである。
そうすると,甲1発明では,下部プラテンを凸型としたとしても,ベールの横方向に位置しない下部プラテンとの摩擦がベールの横方向への移動に支障をきたすことにはならないから,プラテンに凸型プラテンを導入することは,甲1発明の目的に反しないし,当業者の通常の創作能力からみて,プラテンの凸型が,移動に支障をきたすほど不自然な形状にはされない。
また,ベールを移動させる際にベールと下部プラテンとの間の摩擦が問題とならない形態があることは,ベールプレスの分野において周知である(特表平1−503620号公報〔甲30〕の8頁右上欄9〜12行目,8頁右下欄7〜11行目,第6図,第21図,特公平3−35176号公報〔甲31〕の第16欄34〜37行目,第3図参照)。そして,甲1発明の技術的思想は,低圧状態でベールを結束するところにあり,圧縮効果を保持したままベールを移動させることではない。そうすると,当業者は,甲1発明におけるベールの移動形態を単なる一例と認識し,その構成の細部を変更し得ないと把握するわけでもないから,上記周知技術を踏まえて,甲1発明に下部プラテンに凸型プラテンを採用することを断念したりはしない。
- 18 -したがって,審決の上記判断は,誤りである。
(3) 公知技術の適用の判断の誤り審決は,甲1発明に,甲2発明,甲3発明又は甲4発明を適用して相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえないと判断する。
しかしながら,従来から,当業者には,ベールプレス機で圧縮した後のベールの表面が凸形状に膨らむとベールが保管し難いと評価されていたところ(甲2の訳文1頁12〜15行目参照) ベールの圧縮を開放した後にベール表面が凸状に膨らむ,ことを抑制するために,プラテンの表面を凸型にする技術が従前から当業者によく利用されており(甲3の訳文1頁24〜25行目参照),そして,甲2には,上側プラテン及び下側プラテンの両方のプレス面を凸型にする技術が開示されており,甲4には,凸型プラテンとするのは上部だけに限られないことが示唆されている。なお,甲1発明は,ベールの圧縮を複数回に分けて行っているが,ベールを1工程で圧縮したとしても,2工程に分けて圧縮したとしても,ベールの表面が圧縮を開放した後に凸状になることは変わらず,工程が複数に分かれていることが,凸型プラテンを適用することの妨げとなるものではない。
そうであれば,甲1発明に甲2発明〜甲4発明を適用して,相違点1に係る本件発明1の構成に到達することは,格別の創意を要する試みでないといえる。
(4) 小括以上から,審決の進歩性判断には,誤りがある。
4 取消事由4(分割要件に関する判断の誤り)審決は,技術事項a(「上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテン」の「各プラテンが凸型表面」である場合に「ベールプレスから出て48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さが50%以下である」との要件を満たすこと)は,英文明細書等の記載から自明な事項であって,英文明細書等に開示されたものといえると判断する。
- 19 -しかしながら,技術事項aを英文明細書等から読み取ることはできない。
すなわち,英文明細書等は,上部プラテンを凸型ベールプラテンとした場合に,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの頂上の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの頂上の高さの50%であることが開示されているのみであり(甲7,11頁の「Examples」欄,訳文は甲8),上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型ベールプラテンとした場合に,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの頂上の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの頂上の高さの何%となるかが開示されていない。また,英文明細書等に接した当業者は,凸型ベールプラテンを上部プラテンのみならず底部プラテンにも適用した場合には,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの頂上の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの頂上の高さの50%にはならないと把握することは明らかである。
そうすると,本件出願にある,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンの両方が凸型表面を有する場合に,ベールプレスから出て48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下であるとの事項は,新規事項に該当するから,本件出願には,分割出願としての出願日の遡及効は認められない。
したがって,審決の分割要件に関する判断には,誤りがある。
第4 被告の反論1 取消事由1に対して原告は,構成要件Eの「0〜25%」は,第三者に0を含むと理解されるので,「広げる」ことと矛盾し,その結果,本件発明1は発明の範囲が不明確であると主張する。
しかしながら,構成要件Eの「0〜25%」は,「0〜25%広げる」との記載の一部であるから,その記載を全体としてみれば,0を含まないことが前提とされて- 20 -いる。そして,この記載に対応する発明の詳細な説明中にも,「約0〜約25%広がる」(本件明細書の【0020】)と記載されており,「約0」が0そのものではなくおおよそ0であることを意味することからして,明確に0を含まないことが前提とされている。
そうすると,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾しておらず,用語が多義的であるということはない。
したがって,審決の明確性要件に関する判断には,誤りはない。
2 取消事由2に対して(1) サポート要件について原告は,構成要件Aの「上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテン」が「凸型表面を有」する場合に,構成要件 H の「前記ベールプレスから出て48時間後の前記高圧縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下」となることが,本件明細書に記載されていないと主張する。
しかしながら,当業者は,上部プラテンを凸型とした場合のものとして記載されている本件明細書の実施例に示された効果は,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とした場合に,それぞれのプラテンについて得られると認識する。
すなわち,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型にしても,プラテンの凸型の高さが繊維ベールのさに比べて十分に小さく,繊維ベールの上部表面と下部表面の間に相対的に長い距離が確保されていれば,繊維ベールの上部表面と下部表面の相互への影響は無視できると考えられる。そして,本件明細書の実施例2で使用した凸型プラテンの凸型の高さは,実施例2の湾曲の高さの経時的推移から,4cm 超10cm 未満と理解でき,一方,繊維ベールの高さは,従来技術からみて,900〜1245mm 又は900〜1200mm 以上である(甲25)。したがって,繊維ベールの上部表面と下部表面との相互への影響は無視できる。なお,本件明細- 21 -書は,構成要件A〜Gに記載の範囲内で,プラテンの凸部の高さを1〜10cm の範囲の適当な長さとするほか,圧力などの他の工程を適宜調整すれば,構成要件Hの効果が得られることを明らかにしており,本件発明1は,そのような効果が得られる態様だけを包含するように限定されている。したがって,当業者は,その数値範囲内で適宜条件を設定すればよく,構成要件Aを充足するときに構成要件Hを充足する条件が更に本件明細書に開示されている必要はない。
したがって,審決のサポート要件に関する判断には,誤りはない。
(2) 実施可能要件について原告は,上部プラテン及び底部プラテンに凸型ベールプラテンを適用した場合に本件発明1の結果を得るための設定条件が,本件明細書の記載からは明らかではないと主張する。
しかしながら,本件明細書の【0019】【0020】に各種条件が記載されていること,上面凸型プラテンを使用した場合の試験結果が本件明細書の【0022】に示されていること,繊維ベールのサイズが当該技術分野で周知であることからすれば,これらに基づいて条件を適切に設定すれば,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型ベールプラテンとした場合でも,構成要件Hを達成できる程度に湾曲を抑えるよう本件発明1を実施することは可能である。なお,本件明細書は,構成要件A〜Gに記載の範囲内で,プラテンの凸部の高さを1〜10cm の範囲の適当な長さとするほか,圧力などの他の工程を適宜調整すれば,構成要件Hの効果(構成要件H)が得られることを明らかにしており,本件発明1は,そのような効果が得られる態様だけを包含するように限定されている。したがって,当業者は,その数値範囲内で適宜条件を設定すればよく,構成要件Aを充足するときに構成要件Hを充足する条件が示されていなくても本件発明1は,実施可能である。
したがって,審決の実施可能要件に関する判断には,誤りはない。
3 取消事由3に対して- 22 -(1) 周知技術又は公知技術の認定の誤りについてア 甲2発明原告は,@甲2におけるベールが凸状に変形する要因は,一般的なベールプレスと共通するものである,A甲2発明は,材料を圧縮した後のベールの表面が凸状に変形してベール同士が積み重ねにくくならないように,上側及び下側のプラテンの各プレス面を円錐形(凸型)にする技術を開示するものであると主張する。
しかしながら,甲2発明において材料が梱包チャンバの中央により多く蓄積するのは,甲2発明が,フロントドアに位置する導入開口を通して材料が充填されるという特有の事情を有しているためであり,甲2発明においてベールが凸状に変形するのは,圧縮前に生じる偏った配置が原因である。さらに,甲2発明は,紙のベールをプレスするために用いられる梱包プレスに関するものであるところ(訳文1頁4〜5行目参照),紙はあらかじめ圧縮されたセルロースパルプのシートであって,通常の繊維材料より弾力性において劣るため,圧縮後の復元力は非常に低い。
そうすると,当該凸型の変形は,弾性体を圧縮しそれを解放する際に生じる膨らみと,前提となる要因の点で異なっており,甲2発明が,圧縮を解放した後に繊維物質などの弾性体に生じるドーム状の膨らみを防止するための技術を開示するものでないことは明らかである。
イ 甲3発明原告は,甲3発明は,ベールの表面が全体的に隆起するのを回避するために加圧板1の加圧面を全体的にアーチ形の凸曲面3としているものであり,ベールの圧縮を開放した後にベール表面が凸状に膨らむことを抑制するために,プラテンの表面を凸型にする技術を開示するものであると主張する。
しかしながら,甲3発明の加圧板1は,端部(Fig.2における縁4)の方が中央部(Fig. 2 における表面3)よりも高く形成されており,加圧板1は,全体として凹型に近い形をしている。そして,甲3には,「板1の2つの長辺は,突出する丸みのついた縁4を備えているため,加圧中に,ベールの長手方向の縁が等しく丸みを- 23 -帯びる。加圧の完了後,バンドをこれらの丸みのついた縁の周りに通す。バンドを一緒に引っ張る際,上方及び下方へのベールの膨張を完全に回避することは依然として不可能であるが,先に押し付けられた丸みのために,ベールの縁のこの膨張は,ベールの縁が直角の場合よりも大幅に小さく,(訳文2頁27行〜3頁3行目)と」の記載がある。
そうすると,甲3発明は,ベールの縁に丸みを帯びさせるために,加圧板1の縁4に沿って凹部を形成する技術を開示しているにすぎない。
ウ 甲4発明原告は,@甲4発明は,ベールの圧縮を開放した後にベールの表面が凸状に膨らむことを抑制するために,プラテンの表面を凸型にする技術を開示している,A甲4には,凸型プラテンが上部プラテンのみでなくともよいことが示唆されていると主張する。
しかしながら,甲4には,「平らな表面のプラテンを使用する通常のプレスでは,過度の保持時間をかけなければ,ベールの中心が若干凸型となったままとなることが多いことにも注目すべきである。(訳文2頁31〜32行目)との記載があると」ころ,この「凸型となったままとなる」とは,凸型の形成がプレス操作中に起こることを示唆するものであり,ベールの圧縮を開放した後にベールの表面が凸状に膨らむことをいうものではない。そうすると,甲4発明は,平坦プラテンによって圧縮された繊維材料がプレスから出た後に膨らんで貯蔵と干渉するような湾曲を形成することを開示するものではなく,当然ながら,当該湾曲の形成を抑制するために,プラテンの表面を凸型にする技術も開示するものではない。
また,甲4の「更にもう一つの発明の目的は,…改善されたプレスプラテンを提供することにあり,そしてそれにより,制御された圧力のもと,完全に平らな上部表面が保持時間を長くしないでプレスされた仕上げベール上に形成されることである。(訳文2頁2〜4行目)との記載や,Fig. 1 において,プレス上部のプレスプ」ラテン16が,固定されたベール支持プラットホーム10x上のベールの上部表面- 24 -に圧力をかけてベールから離れる(圧縮を開放できる)ように示されていること,そして,当該プラットフォームは明らかに平坦として描かれていることからみて,甲4発明は,上部表面のみを平らにすることを目的としているといえる。
そうすると,甲4発明のプレスに下部プラテンを設け,それを更に凸型にすることは,当業者において考えもよらないことである。
(2) 周知技術の適用の判断の誤りに対して原告は,@プラテンに凸型プラテンを導入することは,甲1発明の目的に反しない,A当業者は,下部プラテンとの摩擦がベールの移送に支障をきたすとして凸型プラテンの採用を断念することはないと主張する。
しかしながら,甲1発明は,実質的に低い圧力効果を保持したままベールを圧縮チャンバから結束装置へ移動させることを目的としているものであり(請求項1),圧縮完了時のベール内では圧縮方向に比較的大きな膨張力が生起するが,この力は開口部16bからのベールの横方向への移動に支障をきたす程大きいものではないことから(第19欄14〜18行目) 壁26の解放により横方向への移動が達成さ,れるとするものである。ただ,依然,ベールは一定の膨張力を有するのであるから(第23欄14〜16行目参照) 上部に位置する圧縮ダイ17が,, 横方向への移動に支障をきたすことはないとしても,下部プラテンを凸型とした場合には,プラテンの凸部と,それにより形成されたベールの凹部とが互いに干渉し合って,ベールの横方向への移動が妨げられるのは明らかである。
また,原告が,ベールを移動させる際にベールと下部プラテンとの間の摩擦が問題とならない形態の周知技術として主張するものは,ベールを回転しながら取り出すことができるぐらいの十分なスペースが上部にある場合(甲30のFig.21参照)やプレスされた物質の上部に何も存在しない場合(甲31のFig.3参照)など,べールの上部に移動の妨げとなるものがなく,ベールと下部プラテンとの間の摩擦が問題にならないものであり,甲1発明の圧縮チャンバの下部に凸型プラテンが適用できることを明らかにするものではない。その上,上記技術は,梱包又は結束後に- 25 -ベールを外に移動させるので,プレスを開放して圧力を完全に除去してからベールを移動させており(甲30の請求項1,8,図5,図21,甲31の請求項1,第16欄29〜33行目,図3参照),この技術を,低いながらも圧縮効果を保持したままベールを移動させることを目的の1つとしている甲1発明に適用すると,圧縮効果を保持することができず,甲1発明の目的に反することになる。
そうすると,甲1発明に凸型プラテンを導入するという変更は,当業者において発想し得ない。
(3) 公知技術の適用の判断の誤りに対して原告は,甲1発明に,周知の技術的課題に基づいて,甲2〜甲4に記載の技術を適用すれば,相違点1に係る本件発明1の構成に到達することは,格別の創意を要する試みでないと主張する。
しかしながら,繊維ベールの表面が圧縮後に膨らんで凸形状になるのを抑えるためにベールプレス機のプラテンを凸型にすることは,従来から知られていたものではない。また,甲2は,繊維物質などの弾性体の圧縮を解放した後に上下表面がドーム状に膨らむことを防止するための技術を開示しておらず,また,甲2が開示する技術を甲1発明に採用する動機付けも何ら見出せない。さらに,甲3は,全体として凹型に近いプラテンを開示しているにすぎない。そして,甲3及び甲4は,いずれも,上部及び下部の両方のプラテンを凸型にすることを開示するものではなく,その示唆もない。
そうすると,相違点1に係る本件発明1の構成に到達することが,容易想到であるとはいえない。
(4) 小括以上から,審決の進歩性判断には,誤りはない。
4 取消事由4に対して原告は,英文明細書等の記載から技術事項aを読み取ることはできず,技術事項- 26 -aは新規事項であると主張する。
しかしながら,当業者は,本件明細書の記載から,上部プラテンを凸型とした場合の実施例に示された効果が,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とした場合に,それぞれのプラテンについて得られると認識するところ,同じことは,英文明細書等についても当てはまる。
そうすると,技術事項aは,英文明細書等の記載からみて新たな技術的事項を導入するものでない。
したがって,審決の分割要件に関する判断には,誤りはない。
第5 当裁判所の判断1 認定事実(1) 本件発明について本件明細書(甲11,19)によれば,本件発明1は,次のとおりのものと認められる。
ア 技術分野本件発明は,繊維ベール及びその製造方法に関するものである。【0001】( )イ 背景技術及び解決課題合成繊維及び天然繊維などの繊維材料は,圧縮されたベールの形で販売,運搬される。一般に,繊維材料はベールに圧縮され,保護用包装材で覆われているが,従来の方法は,上面又は底面上の湾曲を実質的に形成することなく高密度繊維ベールを製造することができず,これら湾曲は,互いの上面の高密度の繊維ベールの貯蔵と干渉し,結合を緩める問題があった。
そのため,低コストで相対的に製造しやすい繊維ベールの需要や,プレスの改良が最小限で済む貯蔵及び配送に適した高密度繊維ベールを製造する方法の需要が存在する。
(【0002】【0003】【0010】)- 27 -ウ 課題解決手段及び実施態様繊維ベール10は,上面又は底面上の湾曲が実質的に存在しない高圧縮六面体繊維材料12を含む。繊維ベール10は,真空若しくはこれに代わるものを含み,又は,真空でなくてもよい。
「湾曲が実質的に存在しない」とは,平ら,わずかに窪んだ,又は,わずかにふくれた表面を意味する。【0012】〜【0014】( )高圧縮六面体繊維材料12は,任意の繊維材料からなることができる。合成繊維として,好ましい繊維材料は,セルロースアセテートトウである。【0015】( )包装材料14は,高圧縮六面体繊維材料12を含むに十分な強度を有する任意の材料であることができる。【0016】( )繊維ベール10の製造を容易にするために,上部及び底部プラテンを共に凸型ベールプラテン18とする。凸型ベールプラテン18は,凸型表面20を有し,凸型表面20は,最高点22及び底部24を有する。最高点22と底部24の間の距離26は,約1cm〜約10cm である。凸型表面20は,高圧縮六面体繊維材料12上の一時的な凹型表面を生成するが,高圧縮六面体材料の内部圧力のために短い時間の間に消滅し,これによって繊維ベール10を製造する。上部プラテン及び下部プラテンは,包装材料14で覆われており,約1秒〜約数分間,繊維材料上に約70psi〜700psiの範囲の総圧力をかけ,これによって繊維材料を高圧縮六面体繊維材料12に圧縮する。次いで,高圧縮繊維材料12が,高さにして約0〜約25%広がるのを許すように圧力を除去する。次に,高圧縮六面体繊維材料12は包装材料14で包装される。そして,包装材料14は締め具によって締められ,これによって繊維ベール10を製造する。 【0019】( 【0020】)【図2】- 28 -【図3】エ 実施例製造条件を正確に一致させ,標準の平坦プラテンを使用して繊維ベール試料1を,上面凸型ベールプラテンを使用して繊維ベール試料2を,それぞれ製造し,時間経過による湾曲の高さを測定した結果は,表Iに示されるとおりである。
(2) 甲1発明について甲1によれば,甲1発明は,次のとおりのものと認められる。
ア 技術分野甲1発明は,嵩張った物質,特に織物繊維質を圧縮によりベールに変形させる方法及びその装置に係る。(第9欄8〜11行目)イ 解決課題織物繊維質は非常に膨張性があるので,結束具の持ちこたえられる11200kpの値を超えないために,完成ベールの高さよりも実質的に低い高さにベールを最終的に圧縮することが要求され,5000cm2のモールド面積のベールの1cm2当たり50kpの圧力に対応する250000kp以上の圧縮を必要とする。圧縮機- 29 -外の別の場所で,圧縮機と同じような状態の下で圧縮機においてよりも簡単に包装し縛ることができる方法はなかなか見つからず,250000kpの圧力を維持しながらベールを移送すれば,繊維物質は摩擦熱によって損傷を受けてしまう。
甲1発明は,上記の欠点を解消することを目的とし,圧縮チャンバ内での最終圧縮後のベールが最終圧縮力よりも実質的に低い圧縮力の下において圧縮機内で膨張することを可能にし,続いて,実質的に低い圧力効果を保持したまま,かつ,好ましくない摩擦力を生起することなしに,ベールを圧縮チャンバから結束装置へ移動させる方法及び装置に係る。(第10欄13行〜第11欄17行目)ウ 実施例@まず,シャフト1内で第1段階の圧縮操作が実施される。シャフト1中に圧縮すべき繊維質物質を連続的に雨あられのように降らせ,繊維質物質は,計量装置2に連結しているプレート3上に集められて支持される。プレート3をシャフトから外側に移動させると,ここに支持されている物質がシャフトの下側部分に降下して該部分を満たす。シャフトの上側部分では,供給された新しい物質がダンパー4で支持される。(第12欄3〜9行目)- 30 -一定の遅延時間後,圧縮フォーク5がシャフト内に移動し,プレート3もまたシャフト内に移動する。ダンパー4がシャフトから外側に移動し,ダンパー状に支持されている繊維質物質がプレート3上に落下する。フォーク5がシャフトの側面に設けられている放出開口部6の上端部まで降下することにより,繊維質物質がシャフトの下側部分で部分層に圧縮される。(第12欄19行〜第13欄10行目)A続いて,予備圧縮チャンバ7において第2段階の圧縮操作が実施される。開口部6は,シャフト1と予備圧縮チャンバ7とを連結しており,予備圧縮チャンバ7内に予備圧縮ダイ8が設けられている。部分層の予圧縮チャンバへの7への挿入は,横方向移動プレート13によって行われる。シャフト1中の物質の上方への膨張がフォーク5によって阻止されており,また,圧縮チャンバ7において,フォーク15が,既に,圧縮された繊維物質の下に位置して膨張を阻止するとともに,同時に,シャフト1からの繊維質物質の横方向への移動中,支持パッチとして機能する。予- 31 -備圧縮チャンバ7に挿入された繊維質物質は更に圧縮される。このような圧縮操作を所望の数の部分層が予圧縮チャンバ7内に集められるまで繰り返す。 第13欄1(0行〜第15欄11行目)B続いて,圧縮チェンバ16で,最終段階である第3段階の圧縮操作が行われる。
ストップ部材19があらかじめ圧縮された層の上方への膨張を阻止しており,壁20が装着されている圧縮ダイ17が上方へ移動すると,挿入開口部16aが露出し,圧縮ダイ17が上部位置に達すると,ロッキングフォーク21が圧縮チャンバ16内に移動する。予圧縮チャンバ7で圧縮された新しい層が,チャンバ7からチャンバ16へ横方向に移動する。この移動は,ロッキングフォーク21を支持体として,横方向移動プレート23によってされる。(第15欄11行〜第16欄19行目)- 32 -Cロッキングフォーク21及びストップ部材19が圧縮チヤンバ16から外側へ移動する。フォーク21の移動は,比較的急速に行われる。その後,圧縮が,チャンバ16内で開始される。圧縮ダイ17が850mm の位置を通過する際,横方向移動プレート23が外側位置に戻る。700mm のレベルでリミットスイッチ24が作動する。圧縮を行う所望の調整保持時間の後,圧縮ダイ17が,850mm のレベルにまでゆっくりと戻り,この位置に停止する。
(第16欄20行〜第17欄12行目)1つの全ベールは,チャンバ7から供給された3つの層に対応する三層から成る。
第2及び第3の部分的圧縮時,圧縮ダイ17は同じ位置から上向移動を開始するが,その前に,ストッパ部材19が圧縮チャンバ16内に移動し,第1及び第2の部分的圧縮時に圧縮された繊維質物質が上方に膨張することを阻止する。
圧縮ダイ17がレベル850mm に戻った後,チャンバ16の下側部分にある2つのカバー29が開く。壁26を開放し,又は,ベールに対する接触圧力を圧縮操- 33 -作中の圧力よりも実質的に低い値に維持すると,ベールに対する横方向の摩擦が減じられ,ベールは放出器32により横方向に移動させられる。
完全に圧縮されたベールが圧縮から解放された後に圧縮方向に対して横方向に顕著に膨張するので,通常,約40mm 程の壁26の外側への移動は,必要な程度にまで横方向の摩擦を減じるのに充分である。圧縮完了のベール内では圧縮方向に比較的大きな膨張力が生起するが,この力は開口部16bからのベールの横方向への移動に支障をきたす程大きいものではなく,2つのローラーコンベヤ37間で容易に該横方向への移動が達成される。
(第17欄19行〜第19欄18行目)D放出器32がベールを圧縮機からローラーコンベヤ37に移動させると,コンベヤ37において,リール33から,ロール35及びコンベヤ36によってローラーコンベヤ37の前に供給されたパッキング部材34によって,ベールの前面,上面及び下面がパックされる。放出器32が元の位置に戻った後,折りたたみメタルシート39が降下し,切断されたパッキング部材の上部部分がベールの後端部に移動する。次いで,下側の折りたたみメタルシート40が上方に移動し,対応するパッ- 34 -キング部材の下部先端がシート40によってベールに対し上方に折りたたまれる。
(第20欄13行〜第21欄11行目)E 包装完了後,ベールは,ローラーコンベア37によって,ワイヤ又はテープによる結束位置まで移動される。ワイヤ縛りは,バインデイングマシーン51により行われ,所望の数のワイヤでベールの回りを結束する。(第23欄2〜9行目)F 織物繊維質に対しては,ベールにかかる最終圧力は通常1cm2当たり10〜100kpである。最終圧縮後,膨張段階がすぐに起こり得るが,数秒の保持時間は有利であり,その間圧縮ダイは下部位置に留まっている。膨張後維持される実質的に低い圧縮力は,1cm2当たり0.5〜4.0kpである。(第24欄8行〜第25欄2行目)G 甲1発明に関するベール圧縮機は,広い限度でベールの大きさに応じて設計することができる。織物繊維質を含有するベールの好ましいサイズは,縦約1050mm,横550mm,高さ900〜1000mm である。密度を,1m3当たり125〜350kg に変化させてもよい。繊維質物質が圧縮機へ供給される時の密度は,1m3当たり10kg 程度の低い値である。密度の大きな変化は,例えば,レイヨン,ダクロン,トレビラ,パーロン,ドラロン等,繊維の異なる性質に起因する。
(第25欄10〜20行目)2 取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について本件発明の構成要件Eは, 高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を高さ「にして0〜25%広げるように圧力を除去する工程であって,これにより広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程」と規定するものであるが,この文言は,高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を,高さにして,「0〜25%」の範囲で「広げるように圧力を除去する工程」であって,これにより「0〜25%」の範囲に「広がった高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料を形成する工程」との意義と解されるところ,「0〜25%」が「0%」を含む- 35 -ことは,特許請求の範囲の記載から一義的に明らかである。この特許請求の範囲の記載の趣旨は,前記1(1)の認定事実によれば,高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料の高さを,圧力除去した工程(繊維材料形成工程)において,圧縮前の「0〜25%」の範囲に広げるということであって,要するに,圧力の除去後,広がらない場合も含まれるが広がる場合には25%以下とすることを規定した点に技術的意義があるものと解される。もっとも,高圧縮された繊維材料が,その圧力の除去後に広がることは技術的に当然といえるが,圧力除去後短時間であれば広がらない状態も想定され,現に,本件発明の実施例において,「プレスから出た直後」の高さが「0cm」であることは,このような状態を示しているものと認められる。したがって,本件発明の上記記載に不明瞭な点はなく,当業者は,構成要件Eについて,「0%広げる」というような矛盾した記載と理解するものではない。
原告は,本件明細書によれば,高圧縮繊維材料12を高さにて広げることが必須要件であると主張するが,本件明細書には,本発明の繊維ベールを製造する方法は,「次の工程を含む。…(3)プレスにより前記繊維材料を圧縮する,(4)これによって高圧縮された六面体繊維材料を形成する,(5)高圧縮された六面体材料を包装材料で包装する…」【0011】,( )「凸型表面20は,高圧縮六面体繊維材料12上の一時的な凹型表面を生成する。これは,高圧縮六面体材料の内部圧力のために短い時間の間に消滅し,これによって繊維ベール10を製造する。 (」【0019】,)「高圧縮繊維材料12が高さにして約0〜約25%広がるのを許すように圧力を除去する。(」【0020】)との記載が認められるだけであり,圧力除去工程(繊維材料形成工程)において,高圧縮されたセルロースアセテートの繊維材料の高さが0%を超えて広げなければならないことが必須であるとする記載は見当たらない。
原告の上記主張は採用することができない。
以上のとおりであり,構成要件Eが「0%」を含まないとした審決の明確性要件に関する判断の過程には,誤りがあるが,明確性要件を充足するとした結論においては正当であるから,この誤りに基づき審決を取り消すべきものではない。
- 36 -したがって,取消事由1は,理由がない。
3 取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)について(1) サポート要件について原告は,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンの両方が凸型表面を有するベールプレスを用いた場合(構成要件A) ベールプレスから出て48時間後の高圧,縮された繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下であること(構成要件H)との構成は,本件明細書に記載されたものではないと主張する。
原告も自認するとおり,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンの両方が凸型表面を有するベールプレスを用いることは,本件明細書に記載がある【0019】。
( )そして,本件明細書には,上部ベールプラテンが凸型表面を有する場合に,ベールプレスから出て48時間後の高圧縮された繊維ベールの上部表面の湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さの50%以下であることが示されている(【0022】。
)ところで,構成要件Hは,平坦プラテンと対比した場合の湾曲の高さをいうものであって,平坦プラテンと凸型表面を有するプラテンとが等しく影響を受けるもの(重力など)によっては,その効果は左右されないといえる。そして,高密度の繊維ベールは,圧縮に際して繊維密度が全体にほぼ均一になると想定されるから,圧縮,除圧後の挙動が,上部表面と底部表面とで定性的に異なることはないと理解できる。したがって,当業者は,底部プラテンを凸型とした場合の湾曲の高さが実施例などで具体的に示されていなくとも,上部プラテンを凸型とした場合と同様の挙動を示すものと容易に理解できる。
また,本件発明1の課題は,上面又は底面上の湾曲を実質的に形成することのない高密度繊維ベールを製造する方法であり,その対象としている繊維ベール自体は,従来の繊維ベールと寸法において大きく相違することはないと認められる。そして,- 37 -従来の繊維ベールの高さは,900〜1200mm 程度であるから(甲1の第25欄11〜14行目,甲12の【0013】 甲13の第6欄22〜23行目, 〔訳文は,甲25の6頁〕参照),本件発明1の凸型プラテンの最高点と底部との間の距離(10〜100mm)に比して相当に長く,当業者は,上部プラテンと底部プラテンの圧縮による相互の影響はわずかに抑えられると理解する。
以上からすると 当業者であれば,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とし,上部プラテン及び底部プラテンで繊維ベールを挟み込んで等しく圧縮し,除圧した場合であっても,本件明細書の記載及び技術常識に従って,本件発明1の規定する数値限定の範囲内で凸部の高さやベールプレスによる総圧力等を適宜調整すれば,上部プラテンのみを凸型とした場合の効果と同程度の効果が,上部表面及び下部表面のそれぞれの面について得られると理解できる。
そうすると,構成要件Aと構成要件Hとを組み合わせた構成は,湾曲を実質的に有しないという効果が得られると当業者において認識できる範囲内のものと認められ,本件明細書の記載により裏付けられているといえ,本件発明1はサポート要件を満たす。したがって,本件発明2〜本件発明9も,上記同様に,サポート要件を満たすものと認められる。
(2) 実施可能要件について原告は,上部プラテンのみならず底部プラテンにも凸型ベールプラテンを適用した場合に,ベールの底部表面にどのような成長が得られるのか明らかでないにもかかわらず,本件明細書の記載ではその設定条件が不明であるから,本件発明1は実施することができないと主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,当業者は,底部プラテンを凸型とした場合の湾曲の高さは,上部プラテンを凸型とした場合と同様の挙動を示すものと理解するから,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型としたことが,本件発明1の実施を困難にするとはいえない。
当業者は,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とした場合においても,- 38 -上部プラテンを凸型とした場合の条件を参酌して,凸部の高さやベールプレスによる総圧力等の構成要件A〜構成要件Gに規定する数値限定の範囲内でこれらを適宜調整し,構成要件Hに定める効果を奏するように本件発明1を実施することができるといえ,これに過度の試行錯誤を要するとはいえない。
以上から,本件発明1は実施可能要件を満たす。したがって,本件発明2〜本件発明9も,上記同様に,実施可能要件を満たすものと認められる。
(3) 原告の主張について原告は,本件明細書の図面の比率からみて,凸型表面を有するプラテンを上部及び底部に用いた場合には。上部表面と下部表面との相互の影響が無視できるとはいえないと主張する。
しかしながら,本件明細書の図面は,単なる概略図にすぎないことが明らかであり,実際の繊維ベールの正確な縮尺を示すものではなく,この図面の紙上計測に基づく主張は,失当であるまた,原告は,凸部プラテンの凸部の高さが約5cm のときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが3cm であるならば,凸部プラテンの高さが1cm のときのそれは3cm を超えるから,平坦プラテンによって圧縮されたときの48時間後の繊維ベールの湾曲の高さ6cm の50%以下になっておらず,構成要件Aを充足する場合で構成要件Hを充足する場合が本件明細書に示されていないと主張する。
しかしながら,本件発明1は,構成要件A〜構成要件Gの各構成を適宜調整することにより構成要件Hの効果を奏するとする発明であるから,構成要件Aで限定する数値を変更すれば,それに伴い,構成要件B〜Gの各構成もその規定する範囲内で適宜変更する必要が生じ得る。したがって,仮に,構成要件Aの規定する凸部プラテンの凸部の高さを変更し,他の条件をそのままにした場合に構成要件Hの効果を奏しない事例が生じたからといって,本件発明1がサポート要件や実施可能要件を欠くと見るべき理由はない。
原告の上記主張も,失当である。
- 39 -(4) 小括以上のとおりであるから,本件発明1がサポート要件及び実施可能要件を満たすとした審決の判断には,誤りはない。
したがって,取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(無効理由3の判断の誤り)について(1) 周知技術又は公知技術の適用の判断の誤りについてア 判断前記1(2)ウB〜Dに認定のとおり,甲1発明は,圧縮チャンバ16内で700mmのレベルまで繊維質物質を圧縮した後に圧縮ダイ17が850mm の位置(明らかに,繊維質物質を圧縮チャンバ16内に横方向に移動させた横方向プレート23の下端と同レベルかそれよりも下方の位置である。 に戻り,) 圧縮ダイ17のベールへの圧力効果を減じ(圧力は一定程度負荷された状態である。,好ましくない摩擦力)を生起しないようにし,さらに,壁26を横方向へ移動してベールの横方向への摩擦を減じ,放出器32が,圧縮された繊維質物質を開口部16bから横方向に押し出し,ベールを圧縮チャンバ16から包装装置へ移動させるものである。
このような甲1発明の圧縮ダイ17の先端及び圧縮チャンバ16の底部が凸部形状であったならば,当該凸部が物理的な障害となって,圧縮された繊維質物質が圧縮チャンバ16から包装装置へ横方向に移動することの妨げとなるのは明らかであるから,圧縮ダイ17の先端及び圧縮チャンバ16の底部が凸部形状にはなっていないものと認められ,また,そのような凸部形状を当該箇所に設けることは,更なる横方向への移動の障害を生じさせるものであって,圧縮された繊維質物質の横方向への移動の際の摩擦を減じるという甲1発明の目的に積極的に反することになる。
したがって,「上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンが,凸型表面を有し,かつ,前記凸型表面は最高点および底部を有し,前記最高点と前記底部との間の距離は1〜10cmの範囲である」との相違点に係る本件発明1の構成は,そもそも,- 40 -甲1発明に適用できる技術事項ではないと認められる。
そうすると,材料を圧縮した後のベールの表面が凸状に変形してベール同士が積「み重ねにくくならないように,上側及び下側のプラテンの各プレス面を円錐形(凸型)にすること」が周知技術であるか,あるいは,この点が甲2〜甲4に開示されているか否かを問うまでもなく,上記相違点に係る本願発明1の構成は,甲1発明に基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできない。
イ 原告の主張について原告は,甲1の「圧縮完了のベール内では圧縮方向に比較的大きな膨張力が生起するが,この力は開口部16bからのベールの横方向への移動に支障をきたす程大きいものではなく…容易に該横方向への移動が達成される」との記載からみて,上部ベールプラテン及び底部ベールプラテンを凸型表面としても,移動に支障はきたさないと主張する。
しかしながら,甲1発明において,圧縮チャンバ16内のベールには圧縮方向に一定の圧力が負荷されたままであるから,ベールと圧縮ダイ17の先端及び圧縮チャンバ16の底面とは,いずれも隙間なく接していると認められ,当該箇所を凸型に形成したならば,横方向への移動が妨げられることは明らかである。当業者は,そのような好ましくない効果を発生させる方向に発明を変更することを試みるとはいえない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
また,原告は,ベールを移動させる際にベールと下部プラテンとの間の摩擦が問題にならないようにする形態がベールプレスの分野において周知であると主張する。
しかしながら,上記主張は,審判で主張していなかった新たな技術事項を周知技術と称して本件訴訟において追加するものであるから(甲17,21,24参照),失当である。
その点をさておくとしても,甲1発明は,ベールを包装及び結束する前に,ベールへの圧力を維持したまま,ベールを圧縮チャンバから包装装置へ横方向に押し出しながら平行移動させるものである。このような甲1発明の形態と異なる移動形態- 41 -を前提としたならば,それは,甲1発明とは異なる別の発明を引用発明として相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性を論ずるものとして失当であるか,あるいは,甲1発明に変更を加えたものに,更に設計事項とはいえないような変更を加えることによって初めて相違点1に係る本件発明1の構成に至るとするものであり,そのような構成は,当業者において容易に想到できることではない。したがって,原告の上記主張も,採用することができない。
(2) 小括上記(1)によれば,周知技術の存否,甲2〜甲4の開示事項及びこれらと甲1との組合せの容易想到性を検討するまでもなく,相違点1に係る本件発明1の構成は容易に想到できないといえるから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1が進歩性を有するとした審決の結論には,誤りがないことに帰する。そうすると,本件発明1の構成要件を全て備える本件発明2〜本件発明9が進歩性を有するとした審決の結論にも,誤りはない。
したがって,取消事由3は,理由がない。
5 取消事由4(分割要件に関する判断の誤り)について原告は,技術事項a(「上部ベールプラテンおよび底部ベールプラテン」の「各プラテンが凸型表面」である場合に「ベールプレスから出て48時間後の繊維ベールの湾曲の高さが,平坦プラテンによって圧縮されたベールの湾曲の高さが50%以下である」は英文明細書等に記載がなく,新規事項であると主張する。
しかしながら,英文明細書等(甲7,訳文は甲8)には次の記載がある(なお,訳文の明白な誤記は修正した。。
)「 In the alternative, however, both upper platen and lower platen may be convex baleplatens 18.(しかしながら,代わりに,上部および底部プラテンが共に凸型ベールプラテン- 42 -18であることができる。) 」(英文明細書等9頁1〜2行目〔甲8の【0018】4〜5行目〕)「 ExamplesTwo fiber bale samples, as described hereinbelow in detail, were prepared, and thegrowth of the top surface of each fiber bale sample was measured to determine theincrease in the height of their crown as a function of time. The results of theaforementioned test are shown below in Table I. The conditions for producing fiber balesamples 1 and 2 were exactly identical. Fiber bale sample 1 was produced using standardflat platens, and fiber bale sample 2 was produced using a top convex bale platen,according to instant invention.( 実施例下記に詳細に示される2つの繊維ベール試料が製造され,時間の関数としてその頂上の高さの増加を決めるために各繊維ベール試料の上部表面の成長が測定された。前記試験の結果が下記の表Iに示されている。繊維ベール試料1および2の製造条件は正確に一致している。繊維ベール試料1は標準の平坦プラテンを使用して製造され,繊維ベール試料2は本発明の上面凸型ベールプラテンを使用して製造された。)【表T】- 43 -」(英文明細書等11頁1〜10行目,表1〔甲8の【0020】)〕上記記載は,本件明細書の記載と全く同一であるところ(本件明細書の【0019】【0022】参照。なお,英文明細書等に「頂上の高さ」とあるのが,本件明細書の「湾曲の高さ」を意味することは明らかである。 ,) 前記3の認定判断のとおり,当業者であれば,本件明細書の記載及び技術常識に従って,上部プラテン及び底部プラテンの両方を凸型とした場合においても,上部プラテンのみを凸型とした場合の効果と同程度の効果がそれぞれの面について得られると理解するから,英文明細書等の記載に接した当業者も同様の理解をするといえる。
そうすると,技術事項aは,英文明細書等の記載からみて,新たな技術的事項を導入するものとはいえず,審決の分割要件に関する判断には,誤りはない。
したがって,取消事由4は,理由がない。
第6 結論以上のとおり,取消事由は,いずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官清 水 節- 44 -裁判官中 村 恭裁判官森 岡 礼 子- 45 -
事実及び理由
全容