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事件 平成 27年 (ワ) 28467号 特許権侵害差止請求事件

原告 デビオファーム・インター ナショナル・エス・アー
同 訴 訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之 木村広行
同 訴 訟代理人弁理士松任谷優子
被告 武田テバファーマ株式会社
同 訴 訟代理人弁護士古城春実 林いづみ 堀籠佳典 牧野知彦 加治梓子
同 補佐人弁理士実広信哉
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/12/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
-1-事 実 及 び 理 由第1 請求1 被告は,別紙被告製品目録記載1〜3の製剤(以下「被告製品」と総称する。)の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
2 被告は,被告製品を廃棄せよ。
第2 事案の概要本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告製品の生産等が特許権侵害に当たると主張して,特許法100条1項及び2項に基づく被告製品の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)当事者原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とし,スイス法に準拠して設立された法人である。
被告は,医薬品等の製造,販売,輸入等を業とする株式会社である。
原告の特許権ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請求項1に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
特許番号 第4430229号出 願 日 平成11年2月25日(特願2000−533150号)優 先 日 平成10年2月25日登 録 日 平成21年12月25日イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」といい,その特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。)-2-「 オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,緩衝剤の量が,以下の:(a)5×10−5 M〜1×10−2M(b)5×10−5 M〜5×10−3M(c)5×10 −5M〜2×10−3M(d)1×10−4 M〜2×10−3M,または(e)1×10−4 M〜5×10−4Mの範囲のモル濃度である,組成物。」ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。)。
A オキサリプラチン,B 有効安定化量の緩衝剤およびC 製薬上許容可能な担体を包含するD 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,E 製薬上許容可能な担体が水であり,F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,G 緩衝剤の量が,以下の:(a)5×10−5M〜1×10−2 M(b)5×10−5M〜5×10−3 M(c)5×10−5M〜2×10 −3 M(d)1×10−4M〜2×10−3 M,または(e)1×10−4M〜5×10−4 Mの範囲のモル濃度である,組成物。
-3-エ 原告は,本件特許に係る無効審判の手続において,平成26年12月2日付けで訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る請求項1記載の発明を「本件訂正発明」という。)。本件訂正発明は,以下の構成要件に分説される(下線部は訂正箇所)。なお,この訂正請求については,平成27年7月14日付けでこれを認める審決がされたが,同審決は本件口頭弁論終結時においていまだ確定していない。
A オキサリプラチン,B 有効安定化量の緩衝剤およびC 製薬上許容可能な担体を包含するD 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,E 製薬上許容可能な担体が水であり,F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,G 1)緩衝剤の量が,以下の:(a)5×10−5 M〜1×10 −2M(b)5×10−5 M〜5×10 −3M(c)5×10 −5M〜2×10 −3 M(d)1×10−4 M〜2×10 −3M,または(e)1×10−4 M〜5×10 −4Mの範囲のモル濃度である,H pHが3〜4.5の範囲の組成物,あるいはI 2)緩衝剤の量が,5×10 −5 M〜1×10−4Mの範囲のモル濃度である,組成物。
被告の行為等ア 被告は,被告製品の製造,輸入又は販売をしている。
イ 被告製品はいずれもオキサリプラチン及び水を包含しているが,外部からシュウ酸又はそのアルカリ金属塩は添加されていない。また,被告製品-4-に含有されるシュウ酸(イオン)のモル濃度は,構成要件Gに規定する範囲内にある(甲7)。
2 争点技術的範囲への属否被告は被告製品が構成要件A,C及びDを充足することを積極的に争っていないから,技術的範囲への属否についての争点は後記ア及びイのとおりとなる(なお,前記訂正請求の可否は構成要件充足性に関する判断に影響しない。)。
ア 「緩衝剤」(構成要件B),「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩」(同F),「緩衝剤の量が(以下略)」(同G)及び「2)緩衝剤の量が(以下略)」(同I)の充足性イ 「担体が水」(同E)無効理由の有無被告は,本件特許には次の無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)と主張する。なお,後記ア〜ウは,本件発明及び本件訂正発明の両発明(以下「本件発明等」という。)に関する無効理由である。
国際公開96/04904号公報(以下「乙4公報」という。)に記載された発明(以下「乙4発明」という。)に基づく進歩性欠如イ 乙4発明に基づく新規性又は進歩性欠如ウ 「Circadian Rhythm in Toxicitiesand Tissue Uptake of 1,2−Diamminocyclohexane(trans−1)oxalatoplatinum(U) in Mice」と題する論文(以下「乙30文献」という。)に記載された発明(以下「乙30発明」という。)に基づく新規性又は進-5-歩性欠如3 争点に関する当事者の主張(技術的範囲への属否)についてア 「緩衝剤」(構成要件B),「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩」(同F),「緩衝剤の量が(以下略)」(同G)及び「2)緩衝剤の量が(以下略)」(同I)の充足性(原告の主張)本件発明は「包含」される「緩衝剤の量」が規定されているのみであり,特許請求の範囲には「添加」という文言は記載されていないこと,シュウ酸はオキサリプラチン水溶液中に存在すれば足り,添加したものであっても,自然に生成したものであっても,その効果は変わらないこと(本件明細書の段落【0022】,【0023】,【0064】の【表8】,【0065】の【表9】,【0074】の【表14】,【0076】の【表15】等)などからすれば,本件発明における緩衝剤としてのシュウ酸とはオキサリプラチン水溶液に包含される全てのシュウ酸をいい,外部から添加したシュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれると解すべきである。そして,被告製品は,いずれも構成要件G及びIに規定されているモル濃度の範囲内にあるシュウ酸を含んでいるから,構成要件B,F,G及びIを充足する。
(被告の主張)本件明細書の記載(請求項1,段落【0013】〜【0016】,【0018】,【0022】,【0027】,【0034】〜【0072】)及び専門家の意見(乙15の1,16の1,27の2)等を踏まえれば,本件発明における緩衝剤であるシュウ酸とはオキサリプラチン水溶液に外部から添加されたシュウ酸のみをいうと解すべきところ,被告製品には外部からシュウ酸が添加されていないから,構成要件B,F,G及びIを-6-充足しない。
イ 「担体が水」(構成要件E)の充足性(原告の主張)被告製品はオキサリプラチン,乳糖水和物及び水を含んでおり,このうちオキサリプラチンと乳糖水和物が溶質,液体である水が溶媒となる。そうすると,この水が担体に当たるから(本件明細書の段落【0024】),被告製品は構成要件Eを充足する。
被告は,構成要件Eにつき,原告が「水」以外の担体を含む構成を意識的に除外したと主張するが,特許請求の範囲の文言上,担体が「水」のみであると限定されていないことは明らかであり,原告は出願過程において被告が主張するような限定をしていないから,失当である。
(被告の主張)原告は,本件特許の出願経過において,本件発明等の「製薬上許容可能な担体」を「水」に限定し,「水」以外の担体を含む構成を意識的に除外した。他方,被告製品には乳糖(ラクトース)が含まれているから,その担体は「ラクトースの糖溶液」となるので,構成要件Eを充足しない。
(無効理由の有無)についてア 乙4発明に基づく進歩性欠如(被告の主張)本件特許の優先日前に頒布された乙4公報には,容器中に数種の異なる温度で長期間保存されたオキサリプラチン水溶液が開示されている。「緩衝剤」は外部から添加されるものに限られ,オキサリプラチンの分解によって生成するシュウ酸(イオン)はこれに含まれないとの解釈を前提とすると,本件発明等と乙4発明は,本件発明等が構成要件G及びIに規定する範囲のモル濃度の緩衝剤としてのシュウ酸を外部から添加しているのに対し,乙4発明はこれを添加していない点で相違し,その余の点で一致-7-することになる。
本件特許の優先日当時,シスプラチン等の抗癌性白金錯体の分解を抑制して安定化を図ることは周知の課題であって,抗癌性白金錯体についてル・シャトリエの原理(化学反応が平衡状態にあるとき,濃度・圧力・温度などの条件を変化させると,その変化を和らげる方向に反応が進み,新しい平衡状態になること。乙5)を応用して,白金錯体の分解組成物(配位子又は脱離基)を外部から添加するという分解抑制方法が周知であった(乙6〜12)。そうすると,乙4発明においてオキサリプラチン水溶液を更に安定化するために,これに上記のル・シャトリエの原理を応用した分解抑制方法を適用する,すなわちオキサリプラチンの分解組成物であるシュウ酸を外部から添加するということは容易に想到し得る。また,添加するシュウ酸のモル濃度を構成要件Gに規定する範囲と設定することは単なる設計事項にすぎず,容易になし得る。したがって,本件発明等は進歩性を欠く。
(原告の主張)本件発明と乙4発明は,@乙4発明においてシュウ酸のモル濃度が開示されていない点,A本件発明がシュウ酸を緩衝剤としているのに対し,乙4発明がこれを不純物としている点で相違している。また,本件訂正発明については,上記@及びAに加え,BpHの範囲の点においても相違している。
そして,乙4公報には医薬的に安定なオキサリプラチン水溶液が開示されており,既に抗癌性白金錯体の安定化という課題を解決しているから,シュウ酸のモル濃度に着目して,これを緩衝剤としてオキサリプラチン水溶液の安定化を図る動機付けはない。また,白金錯体は単に脱離基を添加すれば安定化するという単純なものでない(甲12)上に,そもそも,本件特許の優先日当時,シュウ酸は不純物として認識されていたから,この-8-ようなシュウ酸を緩衝剤として添加する構成に想到することはあり得ない。したがって,本件発明は進歩性を有する。さらに,乙4発明は医薬的に安定なオキサリプラチン水溶液に係るものであるから,あえてそのpHを変更する動機付けはなく,本件訂正発明も進歩性を有する。
イ 乙4発明に基づく新規性又は進歩性欠如(被告の主張)「緩衝剤」にはオキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれるという原告の主張(前記 ア(原告の主張))を前提とすれば,以下のとおり,本件発明等は乙4発明に基づき新規性又は進歩性を欠く。
新規性欠如乙4公報(なお,特表平10−508289号公報(以下「乙3公報」という。)は乙4公報に対応する日本の公表特許公報であるから,以下では乙3公報の請求項及び頁番号を引用する。)の記載(【特許請求の範囲】請求項1,7頁7〜17行,8頁)によれば,乙4公報には「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラチンの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラチン含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままであり,解離シュウ酸を含む,腸管外経路投与用のオキサリプラチンの医薬的に安定な製剤。」の発明(乙4発明)が開示されている。そして,この発明の一態様である濃度が5mg/mlのオキサリプラチン水溶液を調製してそのシュウ酸のモル濃度を測定すれば,構成要件G及びIの規定する範囲に入るから(乙15の6,29),本件発明等と乙4発明は同一である。
進歩性欠如乙4公報に構成要件G及びIの規定する範囲のモル濃度のシュウ酸が-9-開示されておらず,この点が相違点になるとしても,乙4発明のオキサリプラチンの濃度の範囲内でオキサリプラチン水溶液を調製すれば,本件発明等の範囲に含まれるオキサリプラチン水溶液が得られるところ(乙15の6,29),乙4公報に記載された調整条件等を踏まえてオキサリプラチン水溶液を調製することは容易であるから,本件発明等は進歩性を欠く。
原告は,甲13の実験結果に基づいて,5mg/mlのオキサリプラチン水溶液であってもそのシュウ酸のモル濃度が構成要件Gの規定する範囲に入らない旨主張するが,甲13の実験結果は本件明細書の実施例における期間の半分の期間(2週間)の結果にすぎず,実施例の追試として適当でない。
(原告の主張)新規性欠如本件発明等と乙4発明は,前記ア(原告の主張)のとおり,@〜Bの点において相違しているから,新規性が否定されることはない。被告が提出する実験結果(乙15の6,29)は乙4公報の正確な再現でなく,新規性を否定する根拠とならない。
進歩性欠如乙4公報の実施例につきオキサリプラチンの濃度のみ5mg/mlに変更して追試をしたところ,そのシュウ酸のモル濃度は構成要件Gに規定する範囲外であったから(甲13),5mg/mlのオキサリプラチン水溶液を調製したとしても,本件発明に含まれるオキサリプラチン水溶液が容易に得られるわけではない。また,本件発明等と乙4発明は,シュウ酸について,乙4発明がこれを不純物としているのに対し,本件発明等がこれを緩衝剤としている点(前記ア(原告の主張)のAの点)で相違しており,両者の発明は技術思想が大きく異なるから,乙4公報- 10 -の記載に基づいてオキサリプラチン水溶液を調製し,その水溶液中でシュウ酸が生成されたとしても,このことから直ちにシュウ酸とオキサリプラチン水溶液の製薬上の安定性との関係性を見出すことはできない。
したがって,本件発明等は進歩性を有する。
ウ 乙30発明に基づく新規性又は進歩性欠如(被告の主張)本件特許の優先日前に頒布された乙30文献の記載及びその追試結果(乙29)によれば,本件発明等と乙30発明は実質的に同一であるから,新規性を欠く。
仮に上記追試が乙30文献の正確な再現ということができず,乙30発明がその含有するシュウ酸のモル濃度が明らかでないとして,この点が相違点になるとしても,当業者が通常採用する調整条件でオキサリプラチン水溶液を調製すれば構成要件G及びIの規定する範囲のモル濃度のシュウ酸を含有するオキサリプラチン水溶液を得ることができるから,進歩性を欠く。
(原告の主張)本件発明等と乙30発明は,少なくとも,乙30発明が,緩衝剤としてシュウ酸を含んでいるのか明らかでない点,緩衝剤としてのシュウ酸のモル濃度が不明な点,製薬上安定であるか不明な点で相違している。また,乙30文献にはオキサリプラチン溶液の具体的な調製方法について記載がなく,これを正確に再現することはできないから,被告が提出する追試(乙29)が乙30文献の正確な再現ということはできない。したがって,本件発明等は新規性を有する。また,乙30文献の記載のみから上記各相違点に係る構成に至ることは困難であるから,本件発明等は進歩性を有する。
第3 当裁判所の判断- 11 -原告は,本件発明等における「緩衝剤」の意義につき,外部から添加したシュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれると主張する。この主張を採用することができなければ,その余の構成要件充足性を検討するまでもなく,被告製品は本件発明等の技術的範囲に属しないことになる。他方,原告の上記主張を前提とした場合に本件特許に無効理由があるとすれば,原告の請求は棄却されるべきものとなる。そこで,まず,無効理由の有無について検討する。
1 発明に基づく新規性又は進歩性欠如)について本件発明等における「緩衝剤」の意義に関する原告の上記主張を前提とした無効理由( )から検討する。
乙4発明に基づく新規性欠如についてア 本件特許の優先日前に頒布された乙4公報の記載(乙3公報の【特許請求の範囲】請求項1,6頁〜8頁)によれば,乙4発明は,濃度が1〜5mg/mlのオキサリプラチン,水及びシュウ酸を包含するpHが4.5〜6の安定オキサリプラチン溶液組成物であることが認められる。
本件発明等と上記の乙4発明を対比すると,シュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙4発明がこれを特定していない点で相違するから,本件発明等は乙4発明との関係で新規性を有するものと認められる。
イ これに対し,被告は,乙4公報の追試結果によれば,乙4発明におけるシュウ酸のモル濃度は構成要件Gに規定するモル濃度の範囲内にある旨主張する。
そこで判断するに,乙4公報の実施例は水溶液の調製条件としてオキサリプラチンの濃度を2mg/mlとしているところ(乙3公報6頁4行目),オキサリプラチンの濃度はオキサリプラチン水溶液から自然に生成するシュウ酸のモル濃度に影響するものと解されるから,被告が提出する- 12 -オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとする追試結果(乙15の6)は正確な再現結果とはいい難い。
次に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとしている追試結果(乙29)については,乙4公報の実施例の調整条件と比較すると,オキサリプラチン水溶液の調整方法,出発原料のオキサリプラチンの製造会社が異なる点,水溶液をガラスバイアル中に無菌的に充填しているとは認められない点などでそれぞれ相違しており,これら調整条件の相違が不純物(シュウ酸もこれに含まれる。)の発生量等に全く影響しないとは考え難い。
これらのことからすれば,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとする追試結果についても正確な再現結果ということはできない。
したがって,被告が提出する追試結果に基づいて乙4公報に本件発明等のオキサリプラチン溶液組成物の記載があると認めることはできない。
乙4発明に基づく進歩性欠如についてア 発明は,オキサリプラチン水溶液に包含されるシュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙4発明がこれを特定していない点で相違するので,以下,乙4発明に接した当業者において上記相違点に係る構成に至ることが容易か否かについて検討する。
イ 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を,シュウ酸を添加することなく,乙4公報に記載された容器,容量,撹拌速度,温度等の条件に準じて調製し(ただし,栓のコーティングの有無,オキサリプラチン溶液の充填方法等の調整条件の一部が異なる。,)これに含まれるシュウ酸のモル濃度を測定した結果,構成要件Gに規定する範囲内にあるモル濃度(5〜8.35×10−5 M)のシュウ酸が検出された。(甲13,乙15の6)- 13 -と同様に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとするオキサリオプラチン水溶液を調製してシュウ酸のモル濃度を測定した結果,構成要件G及びIに規定する範囲内にあるモル濃度(8×10 −5 M)のシュウ酸が検出された。(乙29)乙4公報には,「クロマトグラムのピーク分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した」として,乙4発明のオキサリプラチン水溶液中のシュウ酸の濃度を測定した旨記載されている(乙3公報7頁16〜17行)。(乙3,4)ウ 上記イ ラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を乙4公報に記載された条件に準じて調製すれば,調製条件に多少の差異があったとしても,構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲内のシュウ酸を含有するオキサリプラチン溶液組成物が生成されると認められる。そして,乙4発明におけるオキサリプラチンの濃度が1〜5mg/mlの範囲に設定されていること 発明のオキサリプラチン水溶液についてシュウ酸の濃度が測定されていたこと(上記イ からすれば,オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を調製してこのシュウ酸の濃度を測定することは当業者にとって容易であるということができる。また, のモル濃度を構成要件G及びIに規定されている範囲内とすることが格別困難であるとはうかがわれない。さらに,本件明細書の記載上,緩衝剤の濃度を上記範囲とすることに何らかの臨界的意義があるとは認められない。
そうすると,乙4発明に接した当業者がオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を調製し,そのシュウ酸のモル濃度を構成要件G及びIに規定する範囲内のものとすること,すなわち本件発明等と乙4発明の相違点に係る構成に至ることは容易であったという- 14 -べきである。したがって,本件発明等は進歩性を欠くものと認められる。
エ これに対し,原告は,乙4発明はシュウ酸を不要な不純物としている発明であるのに対し,本件発明等はシュウ酸を緩衝剤として,シュウ酸とオキサリプラチン溶液組成物の製薬上の安定性を見いだした発明であり,技術思想が異なるから進歩性は否定されない旨主張する。
発明はシュウ酸等を包含したオキサリプラチン水溶液と認定することができるのであり,本件発明等のシュウ酸は水溶液中で分解したもので足りるという原告の主張を前提とする限り,本件発明等と乙4発明はシュウ酸を包含するという構成を備えた組成物(オキサリプラチン水溶液)であるという点で一致しているから,乙4発明の発明者がシュウ酸を不純物と認識していたことは本件発明等の進歩性の判断に影響しないというべきである。また,乙4公報においてシュウ酸が不要な不純物とされている点は,シュウ酸を添加することを要する発明に至る上では阻害要因となるとしても,シュウ酸の添加を不要とみる以上は本件において阻害要因となるものでない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
2 結論よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二裁判官 萩 原 孝 基- 15 -裁判官 中 嶋 邦 人- 16 -別紙被告製品目録1 オキサリプラチン点滴静注液50mg「テバ」2 オキサリプラチン点滴静注液100mg「テバ」3 オキサリプラチン点滴静注液200mg「テバ」- 17 -
事実及び理由
全容