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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  周知技術 /  公知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  技術的範囲 /  出願公開 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  技術的特徴 /  クレーム /  権利の濫用(権利濫用) /  出願経過 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  異議申立 / 
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事件 平成 15年 (ワ) 7621号 侵害差止等請求事件
原告 鐘淵化学工業株式会社
原告訴訟代理人弁護士 井窪保彦
同 佐長功
同 須崎利泰
同補佐人弁理士 小林純子
同 黒田薫
被告 東レ・デュポン株式会社
被告訴訟代理人弁護士 大場正成
同 嶋末和秀
同補佐人弁理士 谷義一
同 岩崎利昭
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/06/18
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙1物件目録記載の物件を製造,販売してはならない。
2 被告は,その所有に係る同目録記載の物件を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,9億7704万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成15年4月17日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,ポリイミド膜について特許権を有する原告が,被告が製造販売している別紙1物件目録記載のポリイミド膜(以下「被告製品」という。)が原告の特許権の技術的範囲に属するとして,被告に対し,被告製品の製造販売の差止め等と共に損害賠償金9億7704万円の支払を求めた事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定される事実。証拠により認定した事実については,末尾に証拠を掲げた。) (1) 原告は,合成樹脂,化成品,樹脂加工製品,食品,医薬品,医療機器,電子材料,合成繊維の製造及び販売を業とする会社である。
被告は,ポリウレタン弾性繊維,ポリエステル・エラストマー,ポリイミドフィルム及びアラミド繊維の製造販売を業とする株式会社である。
(2) 原告は,次のような内容の特許権(以下「本件特許権」という)を有する(甲1)。
ア 発明の名称 ポリイミド膜 イ 出願日 昭和62年3月9日 ウ 出願番号 特願昭62-053592 エ 登録日 平成8年10月24日 オ 特許番号 第2573595号 (3) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項の記載は別紙2のとおりである(甲2。以下,この発明を「本件発明」という。)。
(4) 本件特許権の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下「構成要件A」などという。) A@ 一般式(4)(別紙2の一般式(4)。式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。R1については以下同じ。)で表される反復単位と一般式(2)(別紙2の一般式(2)。)で表される反復単位とを有する A 又は,一般式(4)で表される反復単位と一般式(3)(別紙2の一般式(3)。以下同じ。)で表される反復単位とを有する B 膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ C ポリイミド膜 (5) 被告製品について 被告は,次の構成を有するポリイミド膜(商品名「カプトンEN」)を製造販売している(以下「被告製品の構成a」などという。)。
a 反復単位中のジアミン残基が,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル残基である反復単位と,パラフェニレンジアミン残基である反復単位(上記各反復単位中の酸二無水物残基が,ピロメリット酸二無水物(PMDA)及びビフェニルテトラカルボン酸二無水物残基(BPDA)であり,前者と後者のモル比が,65:35(以下,このようなモル比を有する被告製品を「中CTE」という。)または75:25(以下,このようなモル比を有する被告製品を「低CTE」という。))である c ポリイミド膜 (6) 被告製品は,構成要件Cを充足する。 2 争点 (1) 被告製品は構成要件Aを充足するか(争点1) 特に,被告製品の構成a中の「上記各反復単位中の酸二無水物残基が,ピロメリット酸二無水物(PMDA)及びビフェニルテトラカルボン酸二無水物残基(BPDA)であり,前者と後者のモル比が,65:35または75:25である」の構成が,構成要件A@の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」に該当するか。
(2) 被告製品は構成要件Bを充足するか(争点2) (3) 本件特許には明らかな無効理由があり,本件特許権に基づく原告の権利行使は権利の濫用に当たるか ア 特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前の特許法におけるもの。以下同じ。)該当事由の有無 イ 特許法29条2項該当事由の有無 ウ 特許法36条3項(平成2年法律第30号による改正前の特許法におけるもの。以下同じ。),4項(昭和62年法律第27号による改正前の特許法におけるもの。以下同じ。)該当事由の有無
争点に関する当事者の主張
1 争点1(被告製品は構成要件Aを充足するか) (原告) (1) 構成要件Aの意義 ア 原告の解釈 構成要件Aの「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」とは文言どおり,対象となる膜の主たる酸二無水物残基がピロメリット酸二無水物(PMDA)残基であることを意味する。
イ 被告の解釈に対する反論 (ア) 被告は,構成要件Aを,延伸処理を行わなくても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上になる程度にピロメリット酸二無水物(PMDA)残基(同残基は反復単位が直線状である。)を含んでいる場合に限定解釈すべきであると主張する。
しかし,本件発明は,特定の化学構造からなるもので,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上であるという物理的特性を有するポリイミド膜が線膨張係数が小さく耐熱寸法安定性に優れていることを見出した点に技術的特徴を有するのであって,製膜工程において延伸処理を行うか否かは技術的範囲の確定に無関係である。 (イ) 被告は,原告が,平成8年6月3日付意見書(乙8)において,@「引例のポリイミドは‥‥‥ビフェニル結合部分で屈曲部位を有しており,完全な直線状にはなりませんが,本願発明のポリイミドは主成分がピロメリット酸構造でありますので完全な直線状になります。」と記載し,A「ビフェニル構造のポリイミドはピロメリット酸構造のポリイミドに比較して,複屈折率の値が大きくなりがたく,線膨張係数も大きめの値となり,延伸操作等の処理をすることが必要でありますので,引例の発明のように特定の処理によって線膨張係数を小さくすることが課題とされるのであります。」と記載したことを限定解釈の根拠として指摘する。
しかし,上記@については,上記引例(特開昭61-181833号公報。乙11)が酸二無水物残基のみからなるものであったことから,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基が屈曲部位を有し,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基が直線状であるという両者の構造の違いを明らかにしたにすぎない。そもそも,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基は,反復単位が直線状ではあるものの,本件発明に係るポリイミド膜において必須要素とされている4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)残基は,酸素原子結合部位において三次元的に屈曲するため,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基の含有率を高くしたとしても,ポリイミド膜を構成する反復単位はおよそ直線状になることはない。
上記Aについては,上記引例において線膨張係数が大きめの値となるため,特定の処理によって線膨張係数を小さくすることが技術的課題になっていることを述べたものにすぎないのであって,本件発明の技術的範囲から延伸処理を施したポリイミド膜を排除する趣旨ではない。そもそも,上記引例(乙11)は,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のみからなる膜であって,本件発明と明らかに構造を異にし,しかも,同引例において施されている処理は延伸ではなく化学的方法によるイミド化なのであるから,同引例に対して本件発明の特許性を維持するために,周知の製造手段の一つである延伸処理を排除しなければならない理由は全くない。
(ウ) 被告は,本件発明の技術的範囲を限定解釈する根拠として本件特許の対応米国特許の出願審査過程を指摘する。しかし,同一発明について日本と外国の各国で出願されている場合でも,各出願は別個独立のものであり,各国の出願審査過程は,各出願の特許請求の範囲の記載や各出願国の審査経過を反映した独立したものであるから,他国の出願過程における出願人の主張が日本特許の技術的範囲の解釈に影響を与えることはあり得ない。日本における特許出願と他国における出願について,特許請求の範囲の記載や,拒絶理由において引用された文献等が全く同一である場合には,例外的に他国における出願審査過程における出願人の主張を日本特許の技術的範囲の解釈に斟酌できるとしても,本件においては,日本において出願された本件特許と外国における出願とでは,特許請求の範囲の記載や拒絶理由通知の引用文献がいずれも異なるから,本件においては,米国特許出願審査過程における経緯を本件発明の技術的範囲の解釈において斟酌すべきではない。
(2) 被告製品は構成要件Aを充足するか ア 構成要件Aの意義につき原告の解釈によった場合の充足性 前記(1)のとおり,構成要件A中の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」とは,反復単位中の主たる酸二無水物残基がピロメリット酸二無水物残基であることを意味する。
そして,被告製品は,各反復単位中の酸二無水物残基が,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基及びビフェニルテトラカルボン酸二無水物残基(BPDA)であり,前者と後者のモル比が,65:35または75:25であるから(被告製品の構成a),同構成は,構成要件Aの「R1で示される基(ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基)を主成分とする」に該当する。
よって,被告製品は構成要件Aを充足する。
構成要件Aの意義につき被告の解釈によった場合の充足性 仮に,被告主張のように,構成要件A中の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」の意味を,延伸処理を行わなくても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上になる程度にピロメリット酸二無水物(PMDA)残基を含んでいることを意味していると解したとしても,甲5及び甲22の実験報告書によれば,被告製品は,延伸処理を施すことなく固定枠に固定する方法で製膜した場合であっても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上であるから,被告製品が構成要件Aを充足することに変わりはない。
(被告) (1) 構成要件Aの意義 ア 被告の解釈 構成要件A中の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」という記載は,その文言自体からは技術的意味が明らかでない。そこで,従来技術との対比,本件明細書の記載,出願審査経緯に照らして解釈する必要がある。
(ア) 従来技術との対比 従来は,ビフェニル結合部分に屈曲部位を有するビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を反復単位中に有することによりポリイミド構造の直線性が劣っていたため,複屈折率を0.13以上とするために延伸処理等が必要であった。本件特許は,ビフェニル結合部分中のビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基の割合を減らし,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基を主たる成分にすることで,延伸処理を経なくても完全な直線状になり,複屈折率を0.13以上とすることができるというものである。
(イ) 本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載 本件明細書には,実施例としてピロメリット酸二無水物(PMDA)残基が100%のものしか記載されていない(実施例2ないし6)。
(ウ) 出願審査経緯 原告は,平成8年6月3日付手続補正書において「式中R1は芳香環を形成する炭素原子上に結合手を有する4価の芳香族基である。」との特許請求の範囲の記載を「式中R1は別紙3記載の構造式で示される基を主成分とする4価の芳香族基である。」とする補正を行っており,同日付の意見書において,@「引例のポリイミドは‥‥‥ビフェニル結合部分で屈曲部位を有しており,完全な直線状にはなりませんが,本願発明のポリイミドは主成分がピロメリット酸構造でありますので完全な直線状になります。」と記載し,A「ビフェニル構造のポリイミドはピロメリット酸構造のポリイミドに比較して,複屈折率の値が大きくなりがたく,線膨張係数も大きめの値となり,延伸操作等の処理をすることが必要でありますので,引例の発明のように特定の処理によって線膨張係数を小さくすることが課題とされるのであります。」と記載し,「主成分がピロメリット酸構造であることを明らかにするものであって,上記のように主成分をピロメリット酸構造である旨の限定を行うことによって完全な直線状になるから,公知技術(酸二無水物残基部位にビフェニル構造のような屈曲部位を積極的に有するポリイミド膜。)とは区別される。」旨説明している(乙8)。
そして,原告は,上記意見書において,次のとおりピロメリット酸二無水物の割合が10%または80%の構成を有するポリイミド膜に関する発明を意識していたはずである。すなわち,上記意見書において挙げられている引例(乙11)には,「前記BPDAはほかの芳香族テトラカルボン酸二無水物,例えばピロメリット酸,‥‥‥を全酸二無水物に対して10モル%以下であれば共に使用することができる。」旨の記載がある。また,原告は,上記意見書を作成する以前の平成2年10月15日に,本件発明と同一の発明に係る米国特許出願の審査過程において,米国特許第4673612号(乙39の1。以下「乙39の1に係る発明」という。)を引例として拒絶理由通知を受けており,同米国特許及び同米国特許に係る発明の日本における特許出願である特開昭61-158025号(乙39の2。以下「乙39の2に係る発明」という。)の明細書には,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基とビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基の割合が80:20の実施例が記載されているから,乙8に係る意見書の作成において,乙39の1及び乙39の2に係る発明を意識していたものと考えられる。
(エ) なお,原告は,本件発明と同一の発明について米国特許(米国特許第5070181号)を出願しており,同特許出願審査過程は次のとおりであった。
a 原告は,米国特許商標庁に対し,平成2年6月29日付の意見書(乙35)において,「出願人は,合理的な費用で容易に調達できる3つの出発物質(ピロメリット酸,P-フェニレンジアミン,ジアミノジフェニルエーテル)から製造されるポリイミドフィルムをクレームしている。」(3頁3行ないし6行),「出願人のクレームに挙げられたポリイミドにおいて,繰り返し単位(2)と(4)はピロメリット酸から得られたものである」(3頁15ないし16行)と記載した。
b 米国特許商標庁は,原告に対し,同年10月15日付の拒絶理由通知書(乙36)において,米国特許第4673612号(乙39の1)を引用し,「Aら(乙39の1に係る特許の発明者)は,芳香族アミン(すなわち,パラフェニレンジアミン及びジアミノジフェニルエーテル)及びテトラカルボン酸二無水物(すなわち,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物及びピロメリット酸二無水物)の共重合により得られるポリアミック酸液の溶液から,当該フィルムをイミド化することによって調製される芳香族ポリイミドフィルムを開示している。‥‥‥特許権者が熱的に安定なポリイミドフィルムを得るための重合反応において,出願人のそれと同一の反応物を用いているのであるから,特許権者のフィルムの複屈折率は出願人がクレームするフィルムのものと同一であるものと考えられる。」と記載した。
c これに対し,原告は,平成3年1月15日付応答書(乙37)においてクレームを「R1は別紙3記載の構造式がであり」と訂正した上,「補正されたクレーム11は,(2)と(4)の繰り返し単位を有するテトラカルボン酸成分をピロメリット酸に限定している。」との意見を述べ(1頁下から6ないし8行),「Aほかに開示されたポリイミドは,特定の割合の範囲の,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とピロメリット酸二無水物の混合物であるテトラカルボン酸成分から調製される。これに対し,出願人のクレームしたコポリイミドフィルムは,テトラカルボン酸成分がピロメリット酸に由来するもののみである,単位(2)と(4)から実質的に構成される。それゆえ,クレーム11及び12にクレームされたポリイミドフィルムは,Aほかに開示されたポリイミドによって予期されるものではない。」(3頁8ないし20行)旨意見を述べた。
以上の従来技術との対比,本件明細書の記載,出願経緯,本件発明と同一の発明についての米国特許出願経緯によれば,構成要件A中の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」とは,延伸処理を行わなくても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上になる程度にピロメリット酸二無水物(PMDA)残基を含んでいることを意味していると解すべきである。
そして,どの程度ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基を含んでいれば延伸処理を施すことなく膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上になるかという点については,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に含有する場合には膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上にならないから,構成要件A中の「式中R1は別紙3記載の構造式で表される基を主成分とする4価の芳香族基である。」とは,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に含まないことを意味する。
仮に,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基の含有割合について,100%であるとまでは解されないとしても,前記(ウ)記載の出願経緯に照らせば,少なくとも「主たる成分とする」とは,80%を超える割合を有していることが必要である。
イ 原告の解釈に対する反論 原告は,乙8の意見書について,同意見書の引例(乙11)は,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のみからなる膜であって,本件発明と明らかに構造を異にし,しかも,同引例において施されている処理は延伸ではなく化学的方法によるイミド化なのであるから,同引例に対して本件発明の特許性を維持するために,周知の製造手段の一つである延伸処理を排除しなければならない理由はないと主張する。しかし,乙11には「前記BPDAはほかの芳香族テトラカルボン酸二無水物,例えばピロメリット酸,‥‥‥を全酸二無水物に対して10モル%以下であれば共に使用することができる。」旨の記載があり,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のみからなる膜であるとする原告の前提は誤っている。
(2) 被告製品は構成要件Aを充足するか 被告製品は,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基とビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のモル比が,65:35(「中CTE」)又は75:25(「低CTE」)で,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有するから,延伸処理を行わなくても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上になる程度にピロメリット酸二無水物(PMDA)残基を含んでいるとはいえない。
実際に,被告製品を通常工程の延伸処理工程直前状態で採取して複屈折率を測定したところ(測定方法は乙12のとおり。複屈折率の測定方法については以下同じ。),0.086ないし0.110であり,いずれも0.13未満であった(乙12,16,18)。
したがって,被告製品は,構成要件Aを充足しない。
2 争点2(被告製品は構成要件Bを充足するか) (原告) (1) 構成要件Bの意義 ア 原告の解釈 「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」とは,文言どおりの意味であって,製膜工程等,上記複屈折率を得るための要因を問わない。
すなわち,本件発明は,所定のポリイミド膜のうちで特定の複屈折率を有するポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることを見出したことに技術的特徴を有するものであって,製膜工程等,上記複屈折率を得るためのその他の因子を問題としていない。
本件特許出願当時,ポリイミド膜の製膜において延伸処理を施すのが一般的であり,現に本件明細書にも様々な製膜方法が記載され(7欄21行ないし28行,32ないし41行),ポリアミド酸溶液を支持体上に流延又は塗布して膜状と成し,これを加熱乾燥させた上で膜を支持体から引き剥がし,固定枠に固定してさらに加熱するという製膜方法が記載されており,当該製膜方法は,膜を延伸するのと同様の効果を有するから,本件発明の技術的範囲の解釈において,延伸処理を施すことを除外する理由はない。
上記のように収縮しようとする膜を固定することが,延伸と同様の効果を有することは,次の(ア)ないし(ウ)の特許公報ないし技術文献の記載から明らかである。
(ア) 特開昭61-181828号(甲11。5頁右上欄12行ないし左下欄10行)に,「ポリマー鎖の配向させ方は,通常のフィルムを延伸機で延伸させるだけでなく,ポリイミドまたはその前駆体ワニスからポリイミド成形体にする過程で,その硬化反応や溶剤の揮発による収縮を利用しても出来る。すなわち,ワニスを塗布し,硬化させる際に,収縮を抑制することによって,分子鎖を配向させることが可能である。硬化収縮による延伸量は,従来の延伸法に比較して非常に少ないが,発明のポリイミドにおいてはその程度の配向処理でも十分効果がある。」旨の記載がある。
(イ) 英国特許第1098556号(甲12。3頁16行ないし27行)に「フィルムはテンターフレーム中でバッチ式又は連続的に一方向又は二方向に固定または延伸する(いかなる方法で延伸してもよい)ことができる。‥‥‥固定又は延伸する力は機械方向にはロールで,横方向にはピンで与えることが最も便利である。」旨の記載がある。
(ウ) 「Thermal Expansion Behavior of Various Aromatic Polyimides」(Jounal of Applied Polymer Science,Vol.31,101-110(1986)104頁11行ないし18行。甲13。甲17)に,「このポリイミドを使って,一方向のみの収縮を防いだ方向(UFX-X)の線膨張係数は小さくなり,およそ250℃までその寸法変化はほぼ0%であった。しかし,収縮を防いだ方向と直交方向(UFX-Y)ではその挙動はfreecure(訳者注:固定なしでイミド化すること)のフィルムとほとんど同じであった。free-cureフィルムのイミド化時の収縮率はおよそ10%であった。しかし,得られる効果は慣用的な高分子フィルムを数倍から数十倍に延伸した場合に得られる効果と同じであった。」旨の記載がある。
イ 被告の解釈に対する反論 被告は,出願手続において,原告が「本願発明のポリイミド膜は‥‥‥膜の延伸処理等は行っていませんので」等と記載した意見書(乙5)及び「主成分をピロメリット酸構造である旨の限定を行うことによって完全な直線状になるから,公知技術(酸二無水物残基部位にビフェニル構造のような屈曲部位を積極的に有するポリイミド膜。)とは区別される。」旨記載した意見書(乙8)を提出したことや,延伸処理を施した場合には膜の複屈折率に異方性が生じるにもかかわらず,本件明細書の実施例において膜の一方向の複屈折率を記載して膜面内の全方向における複屈折率としていることを根拠に,構成要件Bを「延伸処理を施さない状態で膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」と解釈すべきであると主張する。
しかし,乙5の意見書の記載は,平成7年2月2日付拒絶理由通知書(乙3)において,一軸延伸(ゾーン延伸)を施した膜(特開昭63-197628号。乙10)を引例として指摘されたことから,一軸延伸では,当該方向における複屈折率しか上昇しないことを示して,膜面内の全方向において複屈折率を特定の値以上にすることを特徴とする本件発明と異なることを明確にし,むしろ,膜面内の全方向において一定以上の複屈折率を得るには,一軸延伸ではなく,二軸延伸等膜の複数の方向に対して張力を加えることが必要であることを述べているものである。
また,本件明細書の実施例に,膜の一方向の複屈折率しか記載していないのは,実験室において製膜された膜は,通常全方向において複屈折率が均一であることによるのであって,本件発明に係るポリイミド膜が常に異方性を有しないことを前提とした記載ではない。
乙8の意見書に関する反論は,前記1の原告の主張における(1)イ(イ)記載のとおりである。
ポリイミド膜の複屈折率は,酸二無水物成分の組成,ポリイミド膜の前駆体であるポリアミド酸溶液の製造につきいかなる共重合方法を用いるか,酸二無水物成分とジアミン成分とを反応させてイミド結合を形成させる際に,脱水剤を利用して科学的に脱水閉環を行うか脱水剤を利用せず熱を加える方法によるか,脱水剤及び触媒としていかなる種類のものをどれくらいの量用いるか,製膜する際にポリアミド酸溶液を支持体上でどの程度乾燥させるか等に影響されて異なるものであって,いかなる要因によるものであっても,複屈折率が0.13以上のものは,本件発明の技術的範囲に属する。
(2) 被告製品は構成要件Bを充足するか ア 構成要件Bの意義につき原告の解釈によった場合の充足性 被告製品は,膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を有しているから,構成要件Bを充足する(甲4)。
なお,上記実験結果で得られた測定値の中には0.129という数値もあるが(第1回口頭弁論において陳述の平成15年5月13日付原告準備書面(1)),本件明細書においては,「0.13以上」というように有効数字2桁で示されている場合には有効数字の3桁目を四捨五入して有効数字2桁にするのが常識であるから,0.129という数値を0.13として扱うことに問題はない。また,上記実験では,30度刻みで複屈折率を測定しているが,この程度の測定で測定値が全て0.13以上であれば,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上であるといってよい。なお,原告は,念のため,被告製品を膜面内の複屈折率が最少となる方向について複屈折率を測定したところ,やはり測定値は0.13以上であった(甲21)。
被告は,甲4のサンプルが被告製品であるか否か疑問である旨主張し,被告自ら被告製品の複屈折率を測定した実験結果として甲4と異なる乙17,24を提出する。
しかし,甲4のサンプルは,原告が,複数のメーカーや代理店を通じて入手した被告製品であり,その外箱や添付された試験成績証明書,フィルムの片面に半球状の突起が存在するという被告製品特有の特徴を有していることから,被告製品であることは明らかである(甲18)。
被告が被告製品の複屈折率を測定した実験結果として提出した乙17,24記載の複屈折率は,膜の方向によって0.03もの差が生じているところ,被告製品の案内カタログ(甲19)に,被告製品は膜の長手方向(MD方向),巾方向(TD方向)を問わず熱膨張係数が16ppm/℃となっているにもかかわらず,膜の方向によって複屈折率に0.03もの差異があるというのは不自然である。また,乙17,24記載の採取方法によると,サンプルがカールし,切断面が平滑にならないから,複屈折率を正確に測定が困難である。以上のとおり,乙17,24の実験結果は信用できない。
構成要件Bの意義につき被告の解釈によった場合の充足性について 仮に,構成要件Bの解釈において,被告主張の解釈を採用したとしても,被告製品は,延伸処理を経ない方法で製膜してもすべての方向において複屈折率が0.13以上であるから(甲5,22),いずれにしても被告製品は構成要件Bを充足する。
これに対し,被告は,甲5または甲22の実験結果に反する実験結果報告書(乙12,16,18)を提出して,被告製品は,延伸処理を得ない方法で製膜すると全ての方向において複屈折率が0.13未満である旨を主張する。
しかしながら,上記実験結果報告書は,次の2点において採用できない。すなわち,乙12,16,18の実験は,被告製品の製膜工程から,延伸処理する以前のフィルムを切断採取して支持金枠に貼り付けて乾燥させた膜を,延伸処理を経ない被告製品と称し,当該膜を25μm幅で採取して複屈折率を測定したところ,0.13以上ではなかったというものである。ところが,@ポリイミド膜は,熱処理条件,処理工程に要する時間等により複屈折率が変化するところ,被告が実施した製膜方法の熱処理条件や所要時間等が明らかでないから,被告が乙12,16,18の実験においてサンプルとした膜が「延伸処理を経ない被告製品」といえるか否か明らかでない。むしろ,通常の被告製品の製膜工程において延伸倍率を1.0倍にすれば適切な試料が採取できたのに,あえて,上記のような製膜方法を採用したのは,複屈折率を低下させようという作為が介入したおそれが大きい。また,A複屈折率の測定は,試料の幅が小さいほど測定誤差が大きくなるところ,上記乙12及び16に係る実験に用いられた試料の採寸幅は25μmと極めて小さいから測定結果が正確であるとはいえない。
(被告) (1) 構成要件Bの意義 ア 被告の解釈 構成要件B「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」は,「延伸処理を施さない状態で膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」と解釈すべきである。
すなわち,ポリイミド膜の複屈折率は,延伸処理をした場合とそうでない場合で異なるところ,本件特許明細書記載の実施例は,いずれも延伸処理を施さないものが記載されている。また,延伸処理を施した場合には膜の複屈折率に異方性が生じるにもかかわらず,本件明細書の実施例において膜の一方向の複屈折率を記載して膜面内の全方向における複屈折率としていることから,膜に異方性がない,すなわち,延伸処理を施していないことを前提としているといえる。
上記のような解釈は,次のような出願経緯に鑑みても明らかである。
(ア) 原告は,平成7年4月20日付意見書(乙5)において,「複屈折率は,延伸処理をすることによって上昇」(乙5。3頁14行)することを述べ,「本願発明のポリイミド膜は,本願の実施例にも示されているように膜の延伸処理等は行っていないので,その複屈折率は膜面のどの方向においても0.13以上である」,「このような原明細書に基づき,『膜面内の全方向において』の要件を明白にする補正を行った。」(同2頁12行〜17行)旨記載している。
(イ) 特許庁は,平成8年3月7日付けの拒絶理由通知において,「引用文献1‥‥‥の製造方法においても,延伸を行わず,また,比較的低温で科学的に閉環反応を行っている点でも本願発明のポリイミド膜と差異がないから,引用文献1に記載されたポリイミドの複屈折率も本願発明のポリイミド膜において規定されている範囲内のものであると解される。」旨記載しており(乙6。2頁1行ないし7行),本件発明に係るポリイミド膜が延伸処理を経ていない膜であることを前提にしている。
(ウ) 原告は,平成8年6月3日付意見書において,「引例のポリイミドは,酸成分が3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸構造でありますので,ビフェニル結合部分で屈曲部位を有しており,完全な直線状にはなりませんが,本願発明のポリイミドは主成分がピロメリット酸構造でありますので完全な直線状になります。そのため,ビフェニル構造のポリイミドはピロメリット酸構造のポリイミドに比較して,複屈折率の値が大きくなり難く,線膨張係数も大きめの値となり,延伸操作等の処理をすることが必要でありますので,引例の発明のように特定の処理によって線膨張係数を小さくすることが課題とされるのであります。」(乙8。2頁16行ないし23行)と記載している。
イ 原告の解釈に対する反論 原告は,本件特許出願当時,ポリイミド膜の製膜に延伸処理を行うことが一般的であったこと,実施例に記載している固定枠に膜を固定する処理が延伸処理と同一の効果を有すること,本件発明の「膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上」との構成は,異方性を有しないことを前提としたものではないなどと主張して,本件発明の技術的範囲に延伸処理を施した上で複屈折率が0.13以上になっている場合も含まれる旨を主張する。 しかしながら,原告自身が,平成7年4月20日付意見書において「本願実施例にも示されていますように,膜の延伸処理等は行っていません」と述べていることから明らかなとおり,本件明細書記載の処理方法は「延伸処理」と同様ではない。原告は,上記意見書で言う「延伸処理」は「一軸延伸」であって「二軸延伸」を排除する趣旨ではないと主張するが,原告のかかる主張には根拠が無く,二軸延伸であっても,延伸処理を施すことによって極めて不均一な光学的特性すなわち分子配向の異方性のムラを持つことが知られているから,膜面内の全方向において複屈折率が等しいものであることを前提とする本件発明において二軸延伸を施した膜をも技術的範囲に含むとは考えられない。
原告は,本件明細書の実施例に記載されている固定枠への固定が延伸処理と同一の効果を有するものである旨を主張するが,原告が,同主張の根拠として指摘する甲11には「硬化収縮による延伸量は,従来の延伸法に比較して非常に少ない」と記載しているから,枠への固定と延伸処理が同一の効果を有することの根拠とはなり得ない。原告は,固定枠への固定が延伸処理と同様の効果を有することの証拠として甲12,13等を提出する。しかし,甲12に記載されているテンターフレームは引っ張り枠という意味であって固定枠についての記載ではなく,甲13に記載されているのは慣用的な高分子フィルムを数倍から数十倍に延伸した場合であって,本件発明とはフィルムそのものが異なっている。さらに,原告は,無効審判(平成11年審判第35642)において「面内の2方向については,本件発明では,主軸という概念がない。」(乙23。3頁5行ないし6行),「実施例では四方を完全に固定して行い,面方向に異方性が出るような方法はとっていない。
面内は等方である。」(同2頁18行ないし19行)と主張しており,本件発明に係るポリイミド膜に異方性がないとの前提に立っていることは明らかである。
(2) 被告製品は構成要件Bを充足するか ア 構成要件Bの意義につき被告の解釈によった場合の充足性について 被告製品は,いずれも延伸処理を行っているから,構成要件Bを充足しない。
なお,原告は,被告製品が延伸処理を施していたとしても,延伸処理を経ない状態でも複屈折率が,膜面内の全方向において0.13以上であるから,被告製品は,構成要件Bを充足すると主張して,甲5及び甲22を提出する。しかし,延伸処理を経ない被告製品は中CTEのカプトン150ENの延伸処理を施す前の複屈折率は0.086ないし0.107であり(乙12,18),低CTEのカプトン100ENの延伸処理を施す前の複屈折率は0.110ないし0.118で(乙16,18),いずれも0.13未満である。上記乙12,16,18の実験に用いた膜は,本件明細書記載の製膜方法にならって,被告製品の製膜工程の中で,延伸処理を施す前の状態のものを採取して固定枠にはめる方法で製膜したものである(乙18は,試料の幅を100μmにして測定したものである。)。
原告が提出した甲5及び甲22の実験結果に用いられたサンプルは,原告が,被告が開示した被告製品の組成に基づいて作成した膜であるが,組成が同一であっても,製法によって膜の複屈折率は大きく異なるところ,甲5及び甲22は,被告製品と製法が異なるのであるから,甲5及び甲22の測定結果をもって被告製品が,延伸処理をする前から膜面内の全方向において複屈折率0.13以上ということはできない。
構成要件Bの意義につき原告の解釈によった場合の充足性について 仮に構成要件Aの意義につき原告の解釈によったとしても,被告製品の複屈折率は,膜面内の全方向において0.13以上ではないから(乙17,24)被告製品は構成要件Aを充足しない。
この点,原告は,乙17,24の実験結果はサンプルの採取方法が不適切で,カタログ上は線膨張係数が全て16ppm/℃とされているにもかかわらず複屈折率ばらつきが大きく,信用できないと主張する。しかし,乙17,24におけるサンプルの採取方法で正確な複屈折率が測定できることは乙26のとおりである。また,たしかに,被告は,被告製品のカタログにおいて,すべてのラインナップにつき線膨張係数16ppm/℃と記載しているが,これはあくまで目標値であり,実際には線膨張係数にばらつきがある。顧客とは必要に応じて線膨張係数のばらつきについて仕様書を交わして出荷するなどしており,問題はない。
原告は,被告製品の複屈折率は膜面内の全方向において0.13以上であると主張して甲4及び21を提出する。しかしながら,被告は被告製品の流通を管理しているから,甲4及び甲21で用いられているサンプルが被告製品であるか否かは疑わしい上,甲4及び甲21のサンプル採取の方法(甲23)は不適切であって正確な複屈折率の測定は期待できず(乙25),被告が被告製品の複屈折率を測定したところ,0.098ないし0.124であったから(乙17,24),甲4及び21は信用できない。なお,甲4については,実験の複屈折率の測定は,30℃刻みで行われているだけであって甲4によって,被告製品が膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上であることが立証されているとはいえない。さらに,原告が第1回口頭弁論期日において陳述した平成15年5月13日付準備書面(1)によれば,サンプルC及びDの最小値は0.129であり,0.13未満である。
3 争点3(本件特許には明らかな無効事由があり,本件特許に基づく原告の権利行使は権利の濫用に当たるか) (1) 特許法29条1項3号該当事由の有無 (被告) 本件発明は,本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭60-210894号公報(乙21。以下「乙21に係る公報」という。)又は特開昭60-210629号公報(乙22。以下「乙22に係る公報」という。)に記載された発明である。
ア 乙21に係る公報に記載されたポリイミド膜について 乙21に係る公報には,次の(ア)のような記載があり(同公報2頁右下欄11行ないし3頁左上欄11行。以下「乙21に係る公報の記載」などという。),同記載について次の(イ)のようにいえるから,乙21に係る公報の上記記載は次の(ウ)のような構成ということができ,(ウ)の構成中aは構成要件Aの一般式(4)に,(ウ)の構成中bは構成要件A@の一般式(2)に,(ウ)の構成中cは,構成要件Bに,(ウ)の構成中dは構成要件Cに相当するから,本件発明は,本件特許出願前に日本国において頒布された刊行物である乙21に係る公報に記載された発明と同一である。
(ア) 「温度計,攪拌器及び塩化カルシウム管をつけた300ml4つ口フラスコに4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(以下DDEと略す)3.0g,p-フェニレンジアミン(以下PPDと略す)9.2gとN,N-ジメチルアセトアミド(以下DMACと略す)192.6gを入れて撹拌し,溶解する。この溶液を10℃前後に保ちながら,ピロメリット酸二無水物(以下PMDAと略す)21.8gを徐々に添加した後3時間撹拌して還元粘度2.46dl/g(溶媒DMAC,濃度0.1g/dl温度25.0℃)のポリアミド酸ワニスを得た。このワニスを35μmの圧延銅箔上に塗布した後,100℃30分,250℃10分,425℃10分熱処理し塗膜厚さ50μmのフレキシブル印刷配線板用基板を得た。この基板は熱処理後,カールがまったく見られなかった。また,350℃の半田に浸漬してもふくれの発生はなかった。耐屈折性を測定したところ121回で銅箔が切断したが,ポリイミド塗膜は異常がなかった。」 (イ) 乙21に係る公報に記載されたフレキシブル印刷配線板用基板は,銅箔とその上のポリイミド塗膜からなり,このうちポリイミド塗膜が酸二無水物とジアミンとを反応させた重合体であるポリイミドからなるポリイミド膜であることがわかる。そして,上記ポリイミド膜の作製に当たっては,ピロメリット酸二無水物(PMDA)が21.8g使用され,それ以外の酸二無水物は使用されていない。また,ジアミン成分としては,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)3.0g及びパラフェニレンジアミン(PDA)9.2gが用いられている(乙21に係る公報記載の「p-フェニレンジアミン」は「パラフェニレンジアミン」と同義である。)ので,繰り返し単位中の4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)残基とパラフェニレンジアミン(PDA)残基のモル比は15:85である。
乙21に係る公報には,上記ポリイミド膜の複屈折率は明確に記載されていないが,乙21の実施例1の記載に準じてポリイミド膜を作製し,その複屈折率を測定したところ複屈折率は0.14であった(乙19。なお,乙19のサンプルは,便宜上,乙21に係る公報に記載された製膜方法ではなく,ガラス板上に流延塗布した後,ガラス板から引き剥がし,金枠に固定する方法を用いて作製した。)。そして,上記ポリイミド膜は延伸処理を行っていないので,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上である。
(ウ) したがって,乙21に係る公報には次のような構成を有するポリイミド膜が記載されていることになる。
a ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基と4,4’-ジアミノフェニルエーテル(ODA)とがイミド結合することにより得られる反復単位と b ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基とパラフェニレンジアミン(PDA)とがイミド結合することにより得られる反復単位により構成され c 膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ d ポリイミド膜 イ 乙22に係る公報に記載されたポリイミド膜について 乙22に係る公報には,次の(ア)のような記載があり(同公報3頁右上欄15行ないし左下欄3行。以下,同記載部分を「乙22に係る公報の実施例4」などという。同2頁左下欄17ないし右下欄13行),同記載について次の(イ)のようにいえるから,乙22に係る公報の実施例4の記載は次の(ウ)のような構成ということができ,(ウ)の構成中aは構成要件Aの一般式(4)に,(ウ)の構成中bは構成要件A@の一般式(2)に,(ウ)の構成中cは,構成要件Bに,(ウ)の構成中dは構成要件Cに相当するから,本件発明は,本件特許出願前に日本国において頒布された刊行物である乙22に係る公報に記載された発明と同一である。
(ア) 「実施例4 DDE5.0g,PPD8.1g,ジメチルアセトアミド198g,PMDA21.8gを用い,反応温度40℃とした以外は実施例1と同様にして還元粘度1.98dl/gのポリアミド酸ワニスを得た。最終処理温度を450℃とする以外は実施例1と同様にして得たポリイミドフィルムの引張強さは28.5kg/mm2,伸び率は35%であった。」 「実施例1 温度計,攪拌機および塩化カルシウム管をつけた300ml4つ口フラスコに4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(以下DDEと略す)17.0g,p-フェニレンジアミン(以下PPDと略す)1.62gとN,N-ジメチルアセトアミド229.1gを入れ撹拌し溶解する。この溶液を10℃前後に保ちながらピロメリット酸二無水物(以下PMDAと略す)21.8gを徐々に添加した後3時間撹拌して還元粘度2.34dl/g(溶媒ジメチルアセトアミド,濃度0.1g/dl温度25.0℃)のポリアミド酸ワニスを得た。このワニスをガラス板上に流延した後,90℃で30分間乾燥してポリアミド酸からなる丈夫なフィルムを得た。フィルムをガラス板上より剥離し金枠に固定し200℃10分更に425℃で10分加熱してポリイミドフィルムを得た。」 (イ) 乙22に係る公報の実施例4に記載されたポリイミド膜は,酸二無水物とジアミンとを反応させた重合体であるポリイミドからなるポリイミド膜であることがわかる。そして,上記ポリイミド膜の作製にあたっては,ピロメリット酸二無水物(PMDA)が21.8g使用され,それ以外の酸二無水物は使用されていない。また,ジアミン成分としては,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)5.0g及びパラフェニレンジアミン(PDA)8.1gが用いられている(乙22に係る公報記載の「p-フェニレンジアミン」は「パラフェニレンジアミン」と同義である。)ので,繰り返し単位中の4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)残基とパラフェニレンジアミン(PDA)残基のモル比は25:75である。
乙22に係る公報には,上記ポリイミド膜の複屈折率は明確に記載されていないが,乙22に係る公報の実施例4の記載に忠実に従ってポリイミド膜を作製し,その複屈折率を測定したところ複屈折率は0.134であった(乙27。
当業者が通常行うような方法(乙47参照)による実験である。すなわち,ポリアミド酸ワニスをガラス板上に流延塗布した後,予め90℃に予熱されたオーブンで30分間乾燥した後,塗膜をガラス板より剥がし,支持金枠に張り付けて固定し,再度,前記オーブンに入れて30分かけて200℃まで昇温し,200℃で10分間加熱した後,さらに予め450℃に予熱された別のオーブンに入れて450℃で10分加熱することにより,膜厚22μmのポリイミド膜を得る方法によっている。)。そして,上記ポリイミド膜は延伸処理を行っていないので,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上,線膨張係数が1.23×10-5℃-1以下である。なお,原告は,特許異議申し立て事件において,乙22に係る公報記載の実施例1ないし3については複屈折率の測定実験を行っており(乙28),原告の上記実験結果とパラフェニレンジアミン(PDA)のモル%とをプロットすると,乙27の乙22に係る公報の実施例4の複屈折率の値は,上記実施例1ないし3に係る実験結果の延長線上にある。さらに,本件発明の効果に関係する線膨張係数のデータを同様にプロットした場合にも乙27の乙22に係る公報の実施例4の線膨張係数の値は,上記実施例1ないし3に係る実験結果の延長線上にある。
これに対し,原告甲33の実験結果を提出するが,甲33の実験結果は,乙28の実施例3の複屈折率より実施例4の複屈折率の法が小さくなる,PDA含有率が大きいほど複屈折率が大きくなるという一般測に反するものであって信用できない。 (ウ) したがって,乙22に係る公報には次のような構成を有するポリイミド膜が記載されていることになる。
a ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基と4,4’-ジアミノフェニルエーテル(ODA)とがイミド結合することにより得られる反復単位と b ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基とパラフェニレンジアミン(PDA)とがイミド結合することにより得られる反復単位により構成され c 膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ d ポリイミド膜 ウ これに対し,原告は,乙21や22に係る公報にポリイミド膜の複屈折率を測定しようとする動機が記載されていないから,これら公報記載の構成と本件発明の構成は同一ではない旨主張する。しかし,そもそも新規性の判断は特許発明と公知発明が物として同一であるかどうかという客観的な判断である。
(原告) ア 乙21に係る公報に記載されたポリイミド膜について 乙21に係る公報に構成要件A@を満たす組成を有するポリイミド膜の記載があることは認めるが,乙21に係る公報に記載されたポリイミド膜は,複屈折率が0.13以上であるということはできない。
被告は,乙19の実験結果を根拠に乙21に係る公報に記載されたポリイミド膜の複屈折率が0.13以上であると主張するが,乙19の実験は,複屈折率に影響を与えるポリイミド膜の製膜方法が,乙21に係る公報に記載されたものと異なるから,乙19のサンプルとされたポリイミド膜の複屈折率から乙21に係る公報に記載されたポリイミド膜の複屈折率を推測することはできない。
イ 乙22に係る公報に記載されたポリイミド膜について 乙22に係る公報の実施例4に構成要件A@を満たす組成を有するポリイミド膜の記載があることは認めるが,乙22に係る公報に記載されたポリイミド膜は,複屈折率が0.13以上であるということはできない。
被告は,乙22に係る公報の実施例4記載のポリイミド膜の複屈折率が0.13以上であった旨の実験結果(乙27)を提出するが,原告が,乙22に係る公報の実施例4を追試したところ,同ポリイミド膜(膜圧25ミクロン)の複屈折率は0.074と0.13を大きく下回った(甲33)。被告の上記実験結果には,実験条件の意図的な操作があったことが強く疑われる。乙22に係る公報の実施例4記載のポリイミド膜は,膜厚が薄いほど複屈折率が大きくなり,乾燥後に膜中に残存する揮発成分の含有率(以下「残揮含有率」という。)が大きいほど複屈折率が大きくなり,乾燥及び加熱工程における昇温速度が速いほど複屈折率が大きくなるという特徴があるところ(甲33),乙27の実験によって作製したポリイミド膜は,膜厚,残揮含有率,昇温速度についての記載がない。被告は,乙27の実験にあたって,膜厚,残揮含有率ないし昇温速度について意図的な操作を行った可能性がある。また,固定枠に固定する製膜方法によった場合には,膜に弛みが生じないよう素早く枠に固定しなければ,膜面内の各方向の複屈折率に偏りが生じ,一方向のみ複屈折率が大きくなる可能性があるところ,乙27には膜面内の一方向の複屈折率しか記載されていないから,枠への固定方法により生じた複屈折率の大きい方向の数値のみを記載している可能性が大きい。
なお,被告は,乙27の実験結果が,特許異議申立事件において,原告が行った乙22に係る公報記載の実施例1ないし3についての複屈折率の測定実験(乙28)と,乙22に係る公報の実施例4の複屈折率の値は,上記実施例1ないし3に係る実験結果の延長線上にある旨主張する。しかしながら,複屈折率は組成が同じでも製膜条件によって変わり得るものであり,乙27及び乙28で行われた実施例1ないし4についての実験は,ジアミンのモル%以外の使用した溶媒(実施例1及び4がN,N-ジメチルアセトアミド,実施例2がジメチルホルムアミド,実施例3がN-メチル-2-ピロリドン),ワニス合成時の反応温度(実施例1及び2が10℃,実施例3が30℃,実施例4が40℃),製膜時の最終処理温度(実施例1ないし3が425℃,実施例4が450℃)等の製膜条件が異なっているから,上記実験結果から得られたデータを比較して複屈折率がグラフの直線上にあると主張することは科学的意味を有していない。
ウ 乙21,22に係る公報に記載されたポリイミド膜に共通の主張 本件発明は,特定の組成を有するポリイミド膜のうち,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上の値を持つポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることを見出したことにある。ところが,乙21,22に係る公報には,特定の複屈折率を有するポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることに関する記載はなく,まして,複屈折率が0.13以上の値を持つポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることについての記載はない。
(2) 特許法29条2項該当事由の有無 (被告) ア 本件発明は,当業者が,乙21に係る公報又は乙22に係る公報に基づいて容易に想到することができたものである。
すなわち,本件特許出願当時,ポリイミドワニスを銅箔上に流延して熱処理をする製膜方法(乙21に係る公報記載の製膜方法)及びガラス板上に流延させた後ガラス板から剥がして金枠に固定する製膜方法(乙19記載の製膜方法)はいずれも周知技術であり,用途に応じて両者を使い分けること(例えば,ポリアミド酸ワニスを銅箔に直接塗布してフレキシブルプリント基板を作製する場合においても,ポリイミド樹脂の原料成分と熱膨張係数との関係を検討するため,ポリアミド酸ワニスをガラス板上に流延させた後ガラス板から剥がして金枠に固定する製膜方法でポリイミドフィルムを作製するなど)も周知であったから(乙29ないし31,48,49。同各乙号証に係る各特許公報の記載は次のイのとおりである。),乙21に係る公報記載の組成を用いて,乙19記載の製膜方法でポリイミド膜を作製することは当業者にとって容易であった。そして,このようにして作製したポリイミド膜の複屈折率は0.13以上であるから(乙19),乙21に係る特許公報から本件発明を想到することは,本件特許出願当時の周知技術に鑑みれば容易であった。
原告は,乙21に係る公報には複屈折率に関する記載がないことから,当業者が乙21に係る公報に接しても,複屈折率を特定値以上にするために製膜方法を変更すべきことを想到することはない旨主張する。しかし,乙21に係る公報には,耐熱性に優れたポリイミドフィルムを得るという本件発明と共通の技術思想を有しており,ポリアミド酸ワニスを銅箔に直接塗布してフレキシブルプリント基板を作製する場合においても,ポリイミド樹脂の原料成分と熱膨張係数との関係を検討するため,ポリアミド酸ワニスをガラス板上に流延させた後ガラス板から剥がして金枠に固定する製膜方法でポリイミドフィルムを作製するなどすることがあった(乙48)から,当業者が,乙21に係る公報の記載を見て,同公報記載の組成において,本件特許出願当時周知の技術であった,ガラス板上に流延させた後ガラス板から剥がして金枠に固定する製膜方法を採用することは容易に想到し得ることである。
イ(ア) 乙29に係る公報(特開昭60-32827号公報)の記載 a 「実施例1 温度計,撹拌装置,還流コンデンサ,及び窒素吹込口を有する4つ口フラスコに,表1に示す量のジアミンを入れ,‥‥‥表1に示すポリアミド酸ワニスを得た。‥‥‥これらのポリアミド酸を加熱して得られるポリイミドの熱膨張係数は,次のように測定した。すなわち,ガラス板にアプリケータを用いて均一に塗布し,80〜100℃で30〜60分乾燥してフィルム状にし,ガラス板からはがして鉄枠に固定し,200℃,300℃,400℃にそれぞれ60分保持して30〜200μm厚のポリイミドフィルムを得た。」(乙29の6頁左下欄20行ないし右下欄20行) b 「実施例2 実施例1で示したポリアミド酸ワニス(PA1)を用いて片面粗化した35μm厚の銅箔の粗化面に,硬化後の膜厚が50μmになるように直接塗布した。乾燥,硬化は鉄わくに固定した状態で,100℃/1時間,200℃/30分,400℃/30分の条件で行った。室温に冷却後,鉄枠をはずして,フレキシブル銅張板を得た。」(乙29の7頁右下欄1行ないし8行) (イ) 乙30に係る公報(特開昭60-157286号公報)の記載 a 「絶縁材の線膨張係数と導体のそれとの差が1.5×10-5℃-1以下のものを使用することによって導体と絶縁材に熱履歴を加えてもカール,ねじれ,反り等のない,十分な接着力,耐熱性,寸法安定性等をもつ工業的に有用なフレキシブルプリント基板とその製造方法を提供することにある。」(乙30の2頁左下欄10行ないし16行) b 「合成例1 温度計,塩化カルシウム管,攪拌機,窒素吹込口を取付けた500mlの4つ口フラスコに毎分約100mlの窒素を流しながら‥‥‥ポリアミック酸を得,さらに以後の塗膜作業性を良くするためにこのワニスの回転粘度が約50ポアズになるまで85℃でクッキングを行なった。/上記のようにして得られたポリアミック酸ワニスをガラス板上にアプリケータを用いて均一に塗布し100℃の強制通風炉中に1時間放置し予備乾燥を行ない,ポリアミック酸フィルムを得,次いでポリイミドフィルムを得た。」(乙30の5頁左下欄4行ないし右下欄4行) c 「比較例2 合成例1で合成したポリアミック酸ワニスを片面粗化処理した35μm厚の圧延銅箔にアプリケーターを用いて均一に塗布し,強制通風炉中に100℃で1時間乾燥後鉄わくに固定し200℃,400℃でそれぞれ1時間,30分保持した。」(乙30の6頁右上欄5行) (ウ) 乙31に係る公報(特開昭60-243120号公報)の記載 a 「合成例1 温度計,塩化カルシウム管,かくはん棒,窒素吹込口を取付けた500mlの4つ口フラスコに毎分約100mlの窒素を流しながら,‥‥‥ポリアミック酸を得,更に以後の塗膜作業性を良くするためこのワニスの回転粘度が約50ポアズになるまで85℃でクッキングを行った。/上述のようにして得られたポリアミック酸ワニスをガラス板上にアプリケータを用いて均一に塗布し120℃の強制通風炉中で1時間放置し予備乾燥を行いポリアミック酸フィルムを得,次いでこのポリアミック酸フィルムを鉄枠に固定し,200℃,300℃でそれぞれ1時間保持後,コハク色のポリイミドフィルムを得た。」(乙31の5頁左下欄11行ないし右下欄8行) b 「比較例2 合成例1で合成したポリアミック酸ワニスを片面粗化処理した厚さ35μmの圧延銅箔にアプリケーターを用いて均一に塗布し,強制通風炉中に120℃で1時間乾燥後鉄枠に固定し200℃,400℃でそれぞれ1時間,30分保持した」(乙31の6頁左上欄13行ないし19行) (エ) 乙48に係る公報(特開昭60-250031号公報)の記載 a 「このように有機ポリマーの線膨張係数が大きいための問題点は極めて多く,低膨張係数を有する有機ポリマーはかなり前から強く望まれていた。本発明者らはこのような事情に鑑み,先ず,耐熱樹脂材料,特にポリイミドについて多くの合成実験を試み,原料成分と熱膨張係数との関係について詳細に検討した。」(2頁左上20行ないし右上欄6行) b 「これらのポリアミド酸を加熱して得られるポリイミドの熱膨張係数は,次のように測定した。すなわち,ガラス板にアプリケータを用いて均一に塗布し,80〜100℃で30〜60分乾燥してフィルム状にし,ガラス板からはがして鉄枠に固定し,200℃,300℃,350℃にそれぞれ60分間保持して,30〜200μm厚のポリイミドフィルムを得た。」(6頁左上欄17行ないし右上欄4行) c 「実施例13 実施例1で示したポリアミド酸ワニス‥‥‥を用いて,片面粗化した35μm厚の銅箔の粗化面に,硬化後の膜厚が50μmになるように直接塗布した。乾燥,硬化は鉄枠に固定した状態で,100℃/1時間,200℃/30分,350℃/15分の条件で行った。温室に冷却後,鉄枠をはずして,フレキシブル銅張板を得た。」(7頁右下欄2行ないし8行) (オ) 乙49に係る公報(特開昭55-7805号公報)の記載 a 「この発明の方法において,ポリアミック酸の溶液から溶媒を徐々に除去しながらポリアミック酸の成形物を成形する方法は,すでに公知のどのような成形方法で行ってもよく,例えば,10〜100μmの厚さのポリアミック酸フィルムを形成する場合には,ポリアミック酸の溶液をガラス板,銅板,アルミ板などの平滑な平板上に流して被膜を形成し,この被膜から溶媒を加熱によって徐々に除去して成形する方法,あるいは,加熱した回転ドラムにポリアミック酸の溶液を流して回転ドラムの表面に被膜を形成し,この被膜から溶媒を徐々に除去して成形する方法を挙げることができる。」(3頁右上欄13行ないし左下欄5行) b 「14lの円筒型重合槽に,芳香族ジアミン成分として第2表に示す量のp-フェニレンジアミン(PPD)および4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(DADE)と,芳香族テトラカルボン酸二無水物として530g(1.80モル)の3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(S-BPDA)とを,N-メチルピロリドン6lと共に加え,室温(約30℃)で6時間撹拌して,第2表に示す対数粘度(30℃,0.5g/100mlN-メチルピリドン)のポリアミック酸の溶液を得た。それらの各ポリアミック酸の溶液をガラス板上に流してポリアミック酸の溶液の被膜を形成し,その被膜を室温で1時間減圧状態に維持し,次いで120℃で31.5時間減圧状態に維持して溶媒を蒸発除去してポリアミック酸のフィルム(約30μ)を成形した。それらの各ポリアミック酸のフィルムをガラス板からはがし,金属枠にとり付けて,室温から200℃に約30分間で昇温し次いで200℃から300℃に約30分で昇温し,300℃に約1時間維持してポリアミック酸のフィルムをイミド化してポリイミドフィルムを成形した。各ポリイミドフィルムの引張り強度及び伸び率を常温(約25℃)で測定し,その結果を第2表に示す。」(3頁右下欄2行ないし4頁左上欄6行) ウ その他の進歩性に関する主張 なお,原告は,本件発明に係るポリイミド膜の製膜方法は,延伸や化学的方法によるイミド化などのいずれでもよいと主張するが,かかる原告の主張を前提とした場合には,本件発明が新規性,進歩性を有しないことは明白である。すなわち,ポリイミド膜の線膨張係数を低くすることは当業者に自明の課題であり,延伸や化学的方法によるイミド化の方法を用いれば線膨張係数を低くすることができることも当業者には周知の事項であったから,延伸や化学的方法によるイミド化の手法を用いて複屈折率が0.13以上の値を持つポリイミド膜は本件特許出願前に当然に知られていたというべきである。
(原告) ア 乙21に係る公報あるいは同公報と乙22に係る公報の組み合わせからの容易想到について 本件発明は,特定の組成を有するポリイミド膜のうち,膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上の値を持つポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることを見出したことにある。ところが,乙21に係る公報には,特定の複屈折率を有するポリイミド膜が熱的寸法安定性等に優れていることに関する記載はないから,乙21に係る特許公報の記載から,ポリイミド膜の複屈折率を特定の値以上とするために製膜の諸条件を考慮し,「ワニスをガラス板に流延した後,フィルムをガラス板から剥がし,金枠に固定する」という乙19記載の方法を採用することを容易に想到し得たとは考えられない。
そもそも,乙21に係る発明は,従来,あらかじめ製膜されたポリイミドフィルムと金属箔とを接着剤層を介して接着する方法により製造していたフレキシブル印刷配線板用基板を,ポリアミド酸ワニスを金属泊に直接塗布した後,溶媒の除去及びイミド化を行うことによりフレキシブル印刷配線板用基板を製造するという発明であるから,乙21に係る公報記載の製膜方法は当該発明の本質的技術なのであって,乙21に係る公報は,「ワニスをガラス板に流延した後,フィルムをガラス板から剥がし,金枠に固定する」というような製膜方法を排除しているものであるから,乙21に係る公報に接した当業者が,乙21に係る公報記載の組成を乙19記載の製膜方法で製膜することを想到することはあり得ない。
被告は,乙21に係る公報記載のポリイミド膜の組成と,乙22に係る公報記載の製膜方法を組み合せることが容易であるかのように主張するが,乙22に係る公報記載の発明は,耐熱性及び強度に優れたポリイミド成形物の製造法を提供することを目的とするものであるが,ジアミン成分のモル分率に関し,「4,4’-ジアミノジフェニルエーテルのモル分率が0.5より小さいし吸湿率が大きくなる」と記載されており(乙22の2頁左上欄16ないし18行),吸湿率が大きくなるという弊害を避けるために4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)のモル分率を0.5以上とすることを奨励しているのであって,言い換えれば,p-フェニレンジアミン(PDA)のモル分率を0.5以下とすることを推奨しているのでありから,乙22に係る公報に記載されたポリイミド膜の組成は,乙21に係る公報記載のそれと全く相反しているものであるから,乙21に係る公報記載のポリイミド膜の組成と,乙22に係る公報記載の製膜方法を組み合せることは到底考えられない。
イ 当時の公知技術に関する反論 被告は,本件特許出願当時,枠に固定する製膜方法が周知技術であり,ワニスを直接銅箔に塗布する製膜方法と用途に応じて使い分けることも周知であったとして乙29ないし31を提出する。しかし,乙29ないし31には,いずれも,乙21に係る公報記載の組成で,枠に固定する方法で製膜した場合には,耐熱性,寸法安定性について所望の結果を得られなかった(乙21に係る公報に記載されている組成とは異なる特殊な組成によった場合に所望の結果を得られるという内容の発明である。)旨が記載されているのであるから,乙21に係る公報記載の組成について乙29ないし31に記載された固定枠に固定する方法によって製膜することを想到することが容易であったとの主張は理由がない。
ウ その他の進歩性に関する主張 被告は,ポリイミド膜の線膨張係数を低くすることは当業者に自明の課題であり,延伸や化学的方法によるイミド化の方法を用いれば線膨張係数を低くすることができることも当業者には周知の事項であったから,延伸や化学的方法によるイミド化の手法を用いて複屈折率が0.13以上の値を持つポリイミド膜は本件特許出願前に当然に知られていた旨主張するが,かかる主張を裏付ける証拠は何ら提出されていないから,被告の上記主張は根拠のない推論にすぎない。
(3) 特許法36条3項,4項違反 (被告) ア 本件特許発明実施不能部分を含むことについて ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基とビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のモル比,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(ODA)残基とパラフェニレンジアミン(PDA)残基のモル比が,それぞれ65:35,82:18である場合(被告製品の中CTEの組成比)あるいは,75:25,75:25である場合(被告製品の低CTEの組成比)であっても,本件発明に含まれるという原告の主張を前提とした場合,本件発明は実施不能部分を含むことになるから,発明の詳細な説明に当業者が「容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的,構成及び効果を記載」したもの(特許法36条3項)といえず,また,特許請求の範囲が「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載」したもの(特許法36条4項)といえない。
すなわち,酸二無水物残基やジアミン残基の組成比が同じであっても,重合方法や製膜方法(膜圧,残揮含有率,昇温速度,枠への固定の仕方によっては,膜面内の複屈折率に偏りが生じ,一方向のみ複屈折率が上昇することがある等)によって複屈折率は異なるものであるところ,本件発明に係る明細書にはいかなる重合方法,製膜方法をとるべきかについて,極めて一般的な記載しかされていない。実施例,比較例には具体的な記載があるが,これらは,ピロメリット酸二無水物(PMDA)残基が100%で,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を有しない構成である。このため,当業者であっても,本件発明に係る明細書に基づいて,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有し,かつ複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上の値をもつポリイミド膜を作製することはできない。
実際,被告は,本件発明に係る明細書の記載に基づいて,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有し,かつ複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上のポリイミド膜を作製しようと試みたが作製することができなかった(乙20)。また,原告からも,本件発明に係る明細書の記載に基づいて,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有し,かつ複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上のポリイミド膜を作製できたという実験結果は提出されていない(甲5は,本件特許出願後に公開された特開平9-235373号公報の実施例8を参考に基づいて作製されたものである。)。
原告は,甲22を提出して,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有し(具体的な組成割合は,乙22に係る公報の実施例4の組成を用いた。),かつ複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上のポリイミド膜を作製できた旨主張する。しかし,甲22の実験は,乙22に係る公報の実施例4の重合スケールを3倍にするなど,乙22に係る公報の実施例4を忠実に追試したものではなく,また,実際に実験したのであれば間違うはずがないフラスコ容量の記載を間違っており,訂正後のフラスコ容量は乙22に係る公報の実施例4の容量の7倍であるなど,いかにも不自然である。また,被告が甲22の実験を忠実に再現して得られたポリイミド膜の複屈折率を測定したところ,中CTE組成のものは0.085,低CTE組成のものは0.098であったから(乙32),甲22は信用できないか,少なくともこれに明示されていない複屈折率を大きくするための条件が隠されているものと疑われる。
なお,仮に,甲22の実験結果の信用性をひとまず措くとしても,甲22の重合方法は本件発明に具体的に開示されたものではなく,本件発明には「いかなる共重合方法を用いてもよい」と記載されているにすぎないから,当業者が,所望の複屈折率を得るための重合方法を見出すには,さらに過度の実験を要することになり,本件発明は,実施不能部分を含むものであることにかわりない。実際,被告が,甲22の追試を行ったところ,複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上の膜を得ることはできなかった。 原告は,乙32が複屈折率を低くするための意図的操作が行われた可能性がある旨主張するが,乙32には,製膜ドープをガラス板上に流延塗布した後,予め100℃に予熱されたオーブンで10分間乾燥した後,ポリアミド酸塗膜をガラス板より剥がし,支持金枠に貼り付けて固定し,再度,前記オーブンに入れて30分かけて300℃まで昇温し,300℃で1分間加熱した後,さらに予め350℃に予熱された別のオーブンに入れて350℃で5分加熱しているが,上記のような加熱処理方法は当業者が通常採用する手法にほかならない(乙50)。
構成要件Aの文言について 本件特許の特許請求の範囲中,R1を限定するための「式中R1は別紙3記載の構造式で示される基を主成分とする4価の芳香族基である。」との記載(構成要件A中の文言)は,その文言自体からは直ちにその技術的意義が明らかとは言い難く,本件明細書の詳細な説明欄にも上記記載についての説明が一切存在しない。この点のみをもってしても,本件明細書の特許請求の範囲が「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことが出来ない事項のみを記載」したものといえないことは,明らかである。
(原告) 原告が,被告製品の低CTE又は中CTEのそれぞれと同等にビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を有する組成について,本件発明に係る明細書の記載の製膜方法に基づいてポリイミド膜を作製したところ,当該ポリイミド膜の複屈折率は,膜面内の全方向において0.13以上であった(甲22)。
したがって,当業者であっても,本件発明に係る明細書に基づいて,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基を積極的に有し,かつ複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上の値をもつポリイミド膜を作製することはできない旨の被告の主張は理由がない。これに対し,被告は,甲22の重合方法は本件発明に具体的に開示されたものではなく,本件発明には「いかなる共重合方法を用いてもよい」と記載されているから,当業者が,所望の複屈折率を得るための重合方法を見出すには,さらに過度の実験をする必要があると主張する。
しかし,本件特許明細書にはポリアミド酸溶液の重合方法について「ポリアミド酸溶液は公知の方法で製造することができる。すなわち,酸無水物成分とジアミン成分を実質等モル使用し,有機極性溶媒中で重合して得られる。」等と記載しているところ(甲2第7欄14行以下),甲22で用いた重合方法は,酸二無水物成分とジアミン成分を合計4成分系(酸二無水物成分としてPMDA,BPDA,ジアミン成分としてPDA,ODA)を重合する際に,酸二無水物成分とジアミン成分を実質等モル使用する場合に,当業者が採り得る最も素直な重合方法であるといえる。また,被告は,甲22について,複屈折率を上昇させるための記載されていない製膜条件があることが疑われる旨主張する。甲22について,甲22に記載されていない製膜条件のうち複屈折率に関係するものとしては,残揮含有率と乾燥及び加熱工程における昇温速度が上げられるが,いずれも当業者が通常採用し得る範囲(特開昭61-264028号公報4欄10行ないし5欄4行,13欄9行ないし14欄14行。甲34参照)から選択しているものである(残揮含有率が46重量%,昇温速度が甲22記載の温度に予熱されたオーブンを用いる方法によっている。)。 なお,被告が提出する乙20の実験結果は,中CTEと低CTEとで,組成が異なるにもかかわらず複屈折率がほとんど同一であり,その信頼性には疑問がある。 (4) 小括 (被告) 以上のとおり,本件特許は無効理由を有することが明らかであるから,本件特許権に基づく原告の請求は権利の濫用に当たり許されない。
(原告) 以上のとおり,本件特許には被告の主張する無効理由は存在せず,本件特許権に基づく原告の請求が権利の濫用に当たり許されないとする被告の主張は理由がない。
当裁判所の判断
1 争点2(被告製品は構成要件Bを充足するか)について (1) 構成要件B「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」の意義 ア 特許発明技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して解釈するものとされている(特許法70条1項,2項)。また,特許発明技術的範囲の解釈に当たっては,当該特許発明の出願当時の技術水準や出願経過等をも斟酌すべきである。
そこで,以下,構成要件B「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」の意義を検討する。
イ 証拠(甲2,9,乙1,3ないし5,10,13,39の2)及び弁論の全趣旨によれば,本件明細書には,特許請求の範囲に下記(ア)のような記載があり,発明の詳細な説明欄に下記(イ)のような記載があること,本件特許出願当時,下記(ウ)のような公知技術が存在しており,このような当時の技術水準の下において,本件特許の出願過程は下記(エ)のようなものであったことが認められる。
(ア) 特許請求の範囲の記載 「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つことを特徴とするポリイミド膜」 (イ) 発明の詳細な説明の記載 a 「優れた寸法安定性を有するポリイミド膜については種々の検討が行われている。例えば,特開昭61-264028,特開昭61-241325,特開昭61-181828,特開昭61-158025,特開昭58-185624号公報等には熱的寸法安定性を改良する目的で,パラフェニレンジアミンやジメチルベンジジンやピロメリット酸二無水物などの剛直な分子を用いる方法が記載されている。しかしながらいずれも得られるポリイミド膜は機械的強度(特に伸度)や耐熱性や耐薬品性に問題を生じる。」(本件公報4欄19行ないし28行) b 「上記問題点を解決すべく本発明者らは,鋭意努力の結果,一般式(1)‥‥‥で表わされる反復単位のうち特定の組合せの反復単位を有し,かつ膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つことを特徴とするポリイミド膜が線膨張係数が小さく熱的寸法安定性に優れていることを見い出した。」(同4欄34行ないし36行,3欄42行ないし49行) c 「一般式(4)の反復単位と一般式(2)との反復単位のモル比あるいは一般式(4)の反復単位と一般式(3)との反復単位のモル比が1:99から90:10までの値であるものが望ましい。モル比が90:10をこえると複屈折率(n)増大の効果がやや小さい。」(同7欄5行ないし10行) d 「このポリイミド膜の製造方法について説明する。このポリイミド膜は,その前駆体であるポリアミド酸溶液から得られるが,その前駆体であるポリアミド酸溶液は,公知の方法で製造することができる。‥‥‥ポリアミド酸溶液からポリイミド膜を得るには,ポリアミド酸溶液に化学量論以上の脱水剤と必要に応じ,触媒量の第3級アミン類等を加えて脱水するなどの化学的方法,または脱水剤などを加えず熱的に脱水閉環する方法を用いることができる。理由は不明であるが本発明の複屈折率(n)が0.13以上のポリイミド膜を得るには化学的方法を用いるほうがはるかに容易に目的のポリイミド膜を得ることができる。製膜方法としてはポリアミド酸溶液を支持体上に流延または塗布して膜状と成し,その膜を150℃以下の温度で1〜30分間乾燥し,自己支持性の膜を得る。次いで,これを支持体より引き剥し,固定枠に固定した後,100〜500℃まで徐々に加熱し,熱的または化学的に脱水閉環する方法やポリアミド酸溶液を支持体上に流延または塗布し,約100〜500℃まで徐々に加熱しそのまま支持体上で熱的または化学的に脱水閉環する方法などがあるが,複屈折率が0.13以上のポリイミド膜を得るには理由は不明であるが前者の方法すなわち途中で一たん自己支持性の膜をひきはがす方法が好ましい。特に前者の方法において化学的脱水方法を用いる場合は非常に容易に目的のポリアミド膜を得ることができる。」(同7欄12行ないし41行) e 「比較例3‥‥‥ポリアミド酸溶液にポリアミド酸のアミド結合1モルに対して無水酢酸4モル,イソキノリン0.5モルを加え,よく撹拌した後,ガラス板上に流延塗布し,約100℃で約10分間,乾燥後,ポリアミド酸塗膜をガラス板より剥し,その塗膜を支持枠に固定し,その後約250℃で約10分間,約350℃で約5分間加熱し,約25ミクロンのポリイミド膜を得た。‥‥‥実施例2‥‥‥無水ピロメリット酸を用いた以外は,比較例3と同様の条件・方法で約25ミクロンのポリイミド膜を得た。このポリイミド膜の特性を表1に示す。」(同8欄32行〜48行) f 「実施例3〜6 4,4’-ジアミノジフェニルエーテルとパラフェニレンジアミンのモル比を種々変え,それらと等モルの無水ピロメリット膜を用いた以外は,比較例3と同様の条件・方法で約25ミクロンのポリイミド膜を得た。これらの膜の特性を表1に示す。」(同8欄49行〜10欄2行) g 表1(同9欄〜10欄。本判決末尾添付の別紙4のとおり) (ウ) 本件発明出願当時の公知技術 a 特公昭44-20878号公報(乙13)には,次のような記載がある。
「少なくとも0.1の固有粘度を有し且つイミド単位対先駆体単位の比が少なくとも30:70であるポリイミド又はポリイミド先駆体ゲルのフィルムの処理方法であって,あらかじめフィルムのいずれかの平面方向に25%以上実質的に収縮させてない該フィルムを引張し,フィルムに実質的な揮発性含有物を有しせしめながら該引張を20ないし550℃で少なくとも一方向に行なって,フィルムの少なくとも一平面方向を少なくとも約5%増加せしめ,同時にフィルムのいずれかの平面方向の収縮を防ぐことを特徴とする処理方法」(同公報24欄36行ないし25欄1行) b 特開昭61-158025号公報(乙39の2)には,次のような記載がある。
「このベースフィルムは,前述のように,PPD,BPDAおよびPMDAの3成分あるいはPPD,DADE,BPDA及びPMDAの4成分から共重合で形成されたものであるので,耐熱性,引張り弾性に優れているばかりでなく,両成分を構成する各成分の使用量比率をいろいろと調整することによって,得られた芳香族ポリイミド膜の熱膨張係数を強磁性材料の熱膨張係数に大略一致するような比較的低い値にすることができ,また,芳香族ポリイミド膜の引張弾性定数を用途に応じて腰の強さ等の性能を好適にするように変えることができる。」(同公報3頁左上欄13行ないし右上欄3行) 「実施例2〜7 芳香族ポリアミック酸を製造するためのモノマー成分の使用割合を第1表に示すようにしたほかは,実施例1と同様にして,芳香族ポリアミック酸の溶液組成物を製造した。」(同公報5頁左下欄5ないし9行) 「実施例1‥‥‥この芳香族ポリアミック酸の溶液組成物を平滑なガラス板上に流延して,均一な厚さを有する溶液組成物の液膜を形成して,その液膜を約60から200℃までの温度範囲で昇温しながら乾燥して固化し,さらにその固化膜をガラス板からはぎ取り,炉の中で350℃の温度にまで加熱して熱処理し,厚さ40μの芳香族ポリイミド膜を形成した。」(同公報4頁右下欄19行ないし5頁左上欄17行) 「表1」(同公報6頁左上欄。実施例6の欄にテトラカルボン酸成分としてBPDA対PMDAを20対80,熱膨張係数1.6×10-5と記載されている。) c 昭和43年10月5日発行の「プラスチックス包装材料要覧-第3版-」(甲9) 「二軸延伸とは,フィルムを融点以下の温度で縦および横方向に引き伸ばし,面配向を与える技術をいう。」(同書24頁左欄1ないし2行) 「縦,横の配向の均衡に関してはチューブ式では延伸をせまい区間で同時に全方向に起こすことができる点で,ステンタ方式より配向の均一なものが得られやすい。特に後述のようにテンタ方式では縦横同時に延伸することはむずかしく2段階で二軸延伸を行う場合,はじめの配向があとの延伸に際して崩れる傾向があり,とくにポリプロピレンフィルムで著しく,均衡のとれたものが得られにくい。延伸の均一性に関しては,同時二軸延伸のほうが原理的には延伸むらが少なく,チューブ式のほうが有利と考えられるが,多くの場合,摺接きずを防止するために,空中に浮いた状態で膨張され,バブルの形状が不安定であり,そのために均一性が阻害される。」(同書25頁左欄15ないし29行) 「引張強度,衝撃強度,初期弾性率など,ほとんどすべての機械的強度が,延伸前の数倍〜数十倍に増加し,逆に伸びは数分の1に減少し,腰があって強じんなものとなる。‥‥‥二軸延伸によって耐熱性は向上する。」(同書29頁) (エ) 出願経過 a 本件発明は,平成7年2月2日付で,次の理由で拒絶すべき旨を通知された(乙3)。
「この出願の特許請求の範囲第1項に記載された発明は,その出願の日前(昭和62年2月13日)の出願であって,その出願後に出願公開された特願昭62-29755号(特開昭63-197628号公報)の出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であり,しかも,この出願の発明者がその出願前の出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく,またこの出願の時において,その出願人がその出願前の出願に係る上記特許出願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。」 上記拒絶理由通知内で引用された特開昭63-197628号公報の特許請求の範囲第(1)項には次の記載がある(乙10)。
「ポリイミドフィルムをゾーン延伸することにより高強力ポリイミドフィルムを製造する方法において,250℃以上の温度でゾーン延伸を行うことを特徴とする高強力ポリイミドフィルムの製法方法」 また,同公報の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
「本発明は高強力ポリイミドフィルムの製造方法に関し,特にポリイミドフィルムをゾーン延伸することにより,高強力ポリイミドフィルムを製造する方法に関する。」(同公報1頁右下欄1ないし4行) 「本発明に好適なポリイミドフィルムはピロメリット酸二無水物と4,4’-ジアミノ-ジフェニルエーテルから製造されたポリイミドフィルムであり,その典型は東レ・デュポン社が販売しているポリイミドフィルム“カプトン”である。」(同公報2頁右上欄17行ないし左下欄2行) 「第1表」(同公報4頁右上欄。当該発明の実施例1ないし3のポリイミド膜の複屈折率がそれぞれ0.37,0.34,0.22と記載されている。) b 原告は,平成7年4月20日付けで,次の@の内容の補正を行うとともに,同日付意見書を提出したが,同意見書には,次のAの記載がある(乙1,乙4,乙5)。
@ 当初の明細書の特許請求の範囲第1項に「複屈折率(n)が0.13以上の値を持つことを特徴とするポリイミド膜」とされ,特許請求の範囲第3項に「特許請求の範囲第1項記載のポリイミド膜」とされていたのを,特許請求の範囲第1項につき「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つことを特徴とするポリイミド膜」とし,第3項を削除した。
A 「本願発明のポリイミド膜は,本願実施例にも示されていますように,膜の延伸処理等は行っていませんので,その複屈折率は膜面のどの方向においても0.13以上であることは本願の原明細書におきましても明白にされています。従いまして,このような原明細書に基づきまして『膜面内の全方向において』の要件を明白にする補正を行いました。」 「この引例2(特願昭62-29755号(特開昭63-197628号公報))は,‥‥‥その複屈折率は延伸処理をすることによって上昇させております。このように延伸処理をしますと,その複屈折率は膜の方向によって異なり,延伸方向の複屈折率は上昇しますが,延伸方向の直角方向ではその複屈折率は上昇しませんので,延伸方向の複屈折率が0.13以上になっても,その直角方向の複屈折率はそのような値にはならないのであります。」 ウ(ア) 上記によれば,本件特許発明出願当時,成分の80%がピロメリット酸二無水物(PMDA)残基で,20%がビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のポリイミド膜が存在しており,当該ポリイミド膜は,複屈折率が大きいほど小さくなるとされている線膨張係数が1.6×10-5(本件特許発明では,線膨張係数が1.5×10-5のポリイミド膜の複屈折率は0.13とされており,これとの差はわずかである。)とされており,当時の公知技術として用いられていた二軸延伸処理による製膜方法を採用した場合にはさらに複屈折率が上昇することは公知であった(上記イ(ウ)b)。
(イ) また,本件発明出願の日前に出願された特開昭63-197628号公報(乙10)に,ポリイミド膜を延伸処理することにより,延伸方向の複屈折率を0.13以上に大きくすることができること,これによってポリイミド膜の強度を上げることができることが記載されていた。原告は,特許庁から上記公報の記載を指摘されて,特許請求の範囲第1項の「複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」の部分を「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」と補正した上,「本願発明のポリイミド膜は,本願実施例にも示されていますように,膜の延伸処理等は行っていませんので,その複屈折率は膜面内のどの方向においても0.13以上である」と記載した意見書を提出した(前記イ(エ)b)。
なお,この点について,原告は,上記出願経過において特許請求の範囲に含まれないとした「延伸処理」とは「一軸延伸」のことであって,「二軸延伸」ではないから,二軸延伸を施したポリイミド膜が本件特許発明技術的範囲に含まれないとの趣旨ではない旨を主張する。しかし,原告が,上記意見書を提出した当時,延伸処理には一軸延伸と二軸延伸が存在しており,「延伸処理」といえば二軸延伸も含まれると解するのが通常であること,原告は,上記意見書において,引例との相違点につき,「延伸処理」は膜面内の全方向において複屈折率を上昇させるものではないことを記載しているところ,二軸延伸も延伸方向の複屈折率を上昇させるものであって,膜面内の全方向において複屈折率を上昇させるものでない点において一軸延伸と同様であるから,原告が意見書で使用した「延伸処理」の概念に二軸延伸が含まれないと考えることはできない。
(ウ) 本件特許発明は,上記(ア)のような公知技術が存在する下において,上記(イ)のような出願経過を経て出願されたものであるところ,特許請求の範囲には,「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つことを特徴とする」と記載されており,本件明細書の発明の詳細な説明には,各実施例について一方向の複屈折率のみが記載され(前記イ(イ)f),実施例の本件明細書の発明の詳細な説明には,成分組成や製膜工程における脱水方法,製膜方法等によって本件特許発明に係るポリイミド膜の複屈折率が微妙に影響されるとして,複屈折率の大きくなる脱水方法や製膜方法を奨励する記載がなされているのであるから,本件発明は,ポリイミド膜の組成に関し,ピロメリット酸成分の割合を調節することにより,延伸処理等の特定の処理を施すことなく,膜面内の全方向において複屈折率が大きく,線膨張係数が小さいポリイミド膜をその技術的範囲とするものと解釈され,構成要件Bの「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上」とは本件発明に係るポリイミド膜が,延伸処理を施すことなく,0.13以上の複屈折率を膜面内の全方向において有することを意味するというべきである。
(エ) この点について,原告は,本件発明は,特定の組成を有し,複屈折率が膜面内の全方向において0.13以上の値を有するポリイミド膜が線膨張係数が小さいことを見出した点に本質的特徴を有する発明であって,製膜過程において延伸処理を施すかどうかは本件発明の技術的範囲を画するものではない旨主張し,本件明細書に金枠に固定する製膜方法が記載されていることが原告の解釈を裏付けていると主張する。
しかしながら,本件特許発明出願当時の公知技術や出願過程に鑑みれば,本件特許発明が原告の主張するような意義を有する発明とは解されないことは前記のとおりである。また,本件明細書に記載する金枠に固定する製膜方法については,原告が指摘する各文献の記載を参照しても,ゲル状の膜の収縮を防ぐことにより分子鎖を配向させるという効果を有するものではあっても,一軸延伸や二軸延伸のように,ゲル状の膜を原長から物理的に引き伸ばして分子配向を制御するという効果を有するものではないことは明らかであるから,当該製膜方法の記載をもって,本件明細書に二軸延伸を含む延伸処理による製膜方法が記載されているということはできない。
(オ) なお,仮に本件特許発明について,原告主張のように製膜過程において延伸処理を施すかどうかと無関係なものであるとすれば,特許法29条の2,あるいは同法29条1項3号,2項に違反して特許された無効事由を有するおそれなしとしない。すなわち,上記のとおり,本件発明出願の日前に出願された特開昭63-197628号公報(乙10)には,ポリイミド膜を延伸処理することにより,延伸方向の複屈折率を0.13以上に大きくすることができること,これによってポリイミド膜の強度を上げることができることが記載されていたものであり,また,本件特許発明出願当時,テトラカルボン酸成分の80%がピロメリット酸二無水物(PMDA)残基で,20%がビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)残基のポリイミド膜が存在しており,当該ポリイミド膜は,複屈折率が大きいほど小さくなるとされている線膨張係数が1.6×10-5とされていたものであって(上記イ(ウ)b。本件特許発明では,線膨張係数が1.5×10-5のポリイミド膜の複屈折率は0.13とされており,これとの差はわずかである。),当時の公知技術として用いられていた二軸延伸処理による製膜方法を採用した場合には更に複屈折率が上昇することが明らかであったからである。
(2) 被告製品が構成要件Bを充足するか 上記のとおり,構成要件Bの「膜面内の全方向において複屈折率(n)が0.13以上の値を持つ」とは,本件発明に係るポリイミド膜が,延伸処理を施すことなく,0.13以上の複屈折率を膜面内の全方向において有することを意味するところ,乙12,16,18及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は延伸処理を施したポリイミド膜であると認められるから,被告製品は構成要件Bを充足しない。
この点について,原告は,構成要件Bにつき上記のように解したとしても,被告製品は延伸処理を経ない方法で製膜しても膜面内の全方向において複屈折率が0.13以上であるから構成要件Bを充足する旨主張し,被告製品と同様の組成を用いて延伸処理を施すことなくガラス板上に塗布した後に引き剥がして金枠に固定する方法で製膜したポリイミド膜の複屈折率測定結果(甲5)を提出する。
しかしながら,被告製品が,延伸処理を施したポリイミド膜である以上,被告製品と同様の組成を用いて被告製品とは異なる製膜方法によって作製されたポリイミド膜の複屈折率が,膜面内の全方向において0.13以上であったとしても,被告製品が構成要件Bを充足するということはできない。 2 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がない。よって主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 吉川泉
裁判官 青木孝之