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事件 平成 15年 (ネ) 5752号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 株式会社マグネテックジャパン
訴訟代理人弁護士 コ永眞澄
被控訴人 A
被控訴人 B
両名訴訟代理人弁護士 杉本進介
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/23
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,各自2000万円及びこれに対する被控訴人Aについては平成14年6月3日から,被控訴人Bについては同月4日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
事案の概要
本件は,控訴人の常務取締役技術本部長であった被控訴人Aが,控訴人を退職後に設立したC株式会社(以下「C社」という。)に平成11年8月31日付け特許出願(特願平11-246270号,以下「本件出願1」という。)及び平成12年4月27日付け特許出願(特願2000-128453号,以下「本件出願2」という。)をさせたことは,委任契約の債務不履行又は不法行為に当たり,これにより,オランダ法人バッカーマグネティクス(以下「バッカー社」という。)のエディカレントに係る発明(以下「エディカレント発明」という。)及び控訴人が開発したシゴキリングに係る発明(以下「シゴキリング発明」という。)に関し,控訴人が支出した材料費及び設計製作費が無駄になった結果,これら支出額相当の損害を被ったものであり,被控訴人Bはその共同不法行為者であると主張して,控訴人が,被控訴人ら各自に対し,エディカレント発明に係る損害1568万0955円(材料費相当額965万6955円,設計製作費相当額602万4000円の合計額)のうち1486万3000円及びシゴキリング発明に係る損害513万7000円(材料費相当額168万9000円,設計製作費相当額344万8000円の合計額)の合計2000万円の損害賠償及びこれに対する附帯金員の支払を請求している事案である。
原判決は,本件出願1,2により控訴人にその主張するような損害が発生したということはできないとして,主張自体を失当として排斥し,控訴人の請求をいずれも棄却した。
1 前提となる事実 (1) 控訴人は,マグネット及びマグネット応用の異物選別除去装置の製造及び販売等を目的とする株式会社である。
被控訴人Aは,平成10年5月1日,控訴人に入社し,同月28日から同年9月30日まで控訴人の常務取締役技術本部長であったが,同日,控訴人を退職し,平成11年1月19日,C社を設立して,その代表取締役となった。
被控訴人Bは,弁理士であり,C社の監査役である。
(2) C社は,平成11年8月31日,被控訴人Bを代理人として,発明者を被控訴人A及びD,発明の名称を「非鉄系金属物分別方法及びその装置」とする本件出願1(乙1はその公開特許公報〔以下「乙1公報」という。〕)をした。
乙1公報の特許請求の範囲の記載 【請求項1】ロータ(5)の外周の周方向に永久磁石要素(23)をS極N極を交互に取り付けて,前記ロータ(5)を駆動して交番磁場を発生させて非鉄系金属物に渦電流を発生させる渦電流発生手段を備えて成る渦電流式非鉄系金属物分別方法であって,前記渦電流発生手段の前記永久磁石要素(23)の一方を構成する第1永久磁石要素(24)から発生する磁力線が前記ロータ(5)の半径方向へ向くように配置して,前記第1永久磁石要素(24)から発生する磁力線を,前記永久磁石要素(23)の他方を構成する第2永久磁石要素(25)から発生する磁力線に反撥させて前記ロータ(5)の外側へ効率的に向くように配置したことを特徴とする渦電流式非鉄系金属物分別方法。
【請求項2】ロータ(5)の外周に永久磁石要素(23)をS極N極を交互に取り付けて,前記ロータ(5)を駆動して交番磁場を発生させて非鉄系金属物を分別する渦電流を発生させる渦電流発生手段を備えて成る渦電流式非鉄系金属物分別装置であって,ロータ(5)の外周に永久磁石要素(23)をS極N極を交互に取り付けて,前記ロータ(5)を駆動して交番磁場を発生させて非鉄系金属物に渦電流を発生させる渦電流発生手段を備え,二つの前記第1永久磁石要素(24)の側面の間に磁性体スペーサ(26)を挟んで,第2永久磁石要素(25)を配置し,前記第1永久磁石要素(24)から発生する磁力線を前記第2永久磁石要素(25)から発生する磁力線により反撥させて前記ロータ(5)の外側へ効率的に向くように配置したことを特徴とする渦電流式非鉄系金属物分別装置。
【請求項3】請求項2に記載の渦電流式非鉄系金属物分別装置において,前記第1永久磁石要素(24)は,6面の長方体であり,前記第2永久磁石要素(23)は,6面の台形状であることを特徴とする渦電流式非鉄系金属物分別装置。
【請求項4】請求項2又は3に記載の渦電流式非鉄系金属物分別装置において,非鉄系金属物を前記渦電流発生手段へ移送するための非金属性のベルトコンベヤ(3)と,前記ベルトコンベヤ(3)を駆動するための駆動装置とから構成された搬送手段とから成り,前記ベルトコンベヤ(3)は前記渦電流発生手段の手前で前記ロータ(5)の前記永久磁石要素(23)から一段と離れるように構成されていることを特徴とする渦電流式非鉄系金属物分別装置。
(以下,上記【請求項1】〜【請求項4】記載の発明を,併せて「乙1発明」という。) (3) また,C社は,平成12年4月27日,被控訴人Bを代理人として,発明者を被控訴人A及びD,発明の名称を「着磁金属異物の除去方法とその装置」とする本件出願2(乙2はその公開特許公報〔以下「乙2公報」という。〕)をし,平成16年2月20日,設定登録された(乙12)。
乙2公報の特許請求の範囲の記載 【請求項1】チューブの軸線方向に永久磁石であるマグネット要素と磁性体のスペーサを交互に配置し,かつ,前記マグネット要素の同極が対向して反発するように並べられて前記チューブに内装されているバーマグネットチューブの着磁金属異物の除去装置であって,内周孔の直径が前記チューブの外径より大きくリング構造を有し磁性材料から成るリングとからなり,前記リングを前記バーマグネットチューブの一端から挿入して他端に相対移動させて,前記チューブの外周の着磁した金属異物を除去することを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項2】請求項1に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記バーマグネットチューブの断面が多角形であることを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項3】請求項1又は請求項2に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記リングは,非磁性材料で作られた本体に固定されていることを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項4】請求項3に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記本体には,前記リングと同軸で前記バーマグネットチューブの外周に摺動自在であるガイドが配置固定されていることを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項5】チューブの軸線方向に永久磁石であるマグネット要素と磁性体のスペーサを交互に配置し,かつ,前記マグネット要素の同極が対向して反発するように並べられて前記チューブに内装されているバーマグネットチューブの着磁金属異物の除去方法であって,磁性材料で作られた環状のリングを前記バーマグネットチューブの一端から挿入し他端の方向に相対移動させて,前記バーマグネットチューブの磁力線が前記リングによって短絡させ,前記磁力線を前記リング内に流し,前記バーマグネットチューブに着磁した金属異物を前記リング前面に金属異物を移動させることにより,前記バーマグネットチューブから除去または清掃することを特徴とする着磁金属異物の除去方法。
【請求項6】請求項5に記載の着磁金属異物の除去方法において,前記バーマグネットチューブの断面が多角形であることを特徴とする着磁金属異物の除去方法。
【請求項7】ケースの一直線方向に永久磁石であるマグネット要素と磁性体のスペーサを交互に配置し,かつ,前記マグネット要素の同極が対向して反発するように並べられて前記ケースに内装されているバーマグネットケースの着磁金属異物の除去装置であって,前記バーマグネットケースの上を摺動し,磁性材料から成る磁性部材とからなり,前記磁性部材を前記バーマグネットケースの一端から他端に相対移動させて,前記ケースの外面の着磁した金属異物を除去することを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項8】請求項7に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記バーマグネットケースの断面が多角形であることを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項9】請求項7又は請求項8に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記磁性部材は,非磁性材料で作られた本体に固定されていることをことを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項10】請求項9に記載の着磁金属異物の除去装置において,前記本体には,前記バーマグネットケースの外周に摺動自在であるガイドが前記磁性部材に配置固定されていることを特徴とする着磁金属異物の除去装置。
【請求項11】ケースの軸線方向に永久磁石であるマグネット要素と磁性体のスペーサを交互に配置し,かつ,前記マグネット要素の同極が対向して反発するように並べられて前記ケースに内装されているバーマグネットケースの着磁金属異物の除去方法であって,磁性材料で作られた磁性部材を前記バーマグネットケースの一端から他端の方向に相対移動させて,前記バーマグネットケースの磁力線が前記磁性部材によって短絡させ,前記磁力線を前記磁性部材内に流し,前記バーマグネットケースに着磁した金属異物を前記磁性部材の前面に金属異物を移動させることにより,前記バーマグネットケースから除去または清掃することを特徴とする着磁金属異物の除去方法。
【請求項12】請求項11に記載の着磁金属異物の除去方法において,前記バーマグネットケースの断面が多角形であることを特徴とする着磁金属異物の除去方法。
(以下,上記【請求項1】〜【請求項12】記載の発明を「乙2発明1」〜「乙2発明12」といい,これらを併せて「乙2発明」という。) 2 控訴人の主張 (1) 被控訴人Aの委任契約の債務不履行(争点1) ア 被控訴人Aが控訴人に入社した平成10年5月1日当時,控訴人は,シゴキリングの原理及び形状と,磁石に吸着されている微細な鉄片に磁性体を近づけると鉄片が磁性体に乗り移る現象(以下「本件現象」という。)を組み合わせて,控訴人代表者E作成の「着磁金属異物の除去方法とその装置(シゴキリング)について」(甲1,以下「甲1報告書」という。)記載のシゴキリング発明を完成させていたものであり,また,磁石のN極とS極の短絡を防ぐため両極間に反発し合う極を挿入する構成を採用した同人作成の2003年(平成15年)6月4日付け報告書(甲14,以下「甲14報告書」という。)添付図面B(以下「図面B」という。)記載のエディカレント発明を利用した非鉄金属分別機について,バッカー社と製品開発をしていた。
イ 控訴人は,被控訴人Aが控訴人に入社する際,被控訴人Aとの間に,雇用契約とともに,バッカー社が発明したエディカレント発明について,その技術を研究開発すること,及び控訴人が開発したシゴキリング発明について,被控訴人Bと協議して,これを取りまとめ,特許出願することを内容とする委任契約(以下「本件委任契約」という。)を,口頭ないし黙示の承諾により締結した。控訴人が被控訴人Aに対して支払った給与は,実質的には,本件委任契約の報酬である。
本件委任契約に基づき,被控訴人Aは,控訴人に対し,信義則上,エディカレント発明について,バッカー社の機密を公開するなど,控訴人のバッカー社に対する守秘義務違反となる行為をしてはならない債務,及びシゴキリング発明について,自由競争の原理を逸脱して控訴人の利益を不当に害してはならない債務を負うと解すべきである ウ 被控訴人Aは,平成10年9月30日,上記製品開発及び特許出願に係る債務を履行しないまま,控訴人にとって不利な時期に退社して,本件委任契約を解除し,自ら代表取締役を務めるC社に,平成11年8月31日に本件出願1を,平成12年4月27日に本件出願2をさせた。
被控訴人Aのこれらの行為は,本件委任契約に基づくエディカレント発明について製品開発すべき債務の履行を怠ったものであるとともに,バッカー社の機密を公開するなど,控訴人のバッカー社に対する守秘義務違反となる行為をしてはならない債務に違反したものとして,また,本件委任契約に基づくシゴキリング発明について特許出願すべき債務の履行を怠ったものであるとともに,本件出願2により控訴人が開発したシゴキリング発明の新規性を喪失させたものであり,自由競争の原理を逸脱して控訴人の利益を不当に害してはならない債務に違反したものとして,債務不履行に該当する。
(2) 被控訴人Aの不法行為(争点2) 被控訴人Aは,エディカレント発明について,バッカー社の機密を公開するなど,バッカー社と控訴人間の信頼関係を破壊して控訴人の利益を不当に害するような行為をしてはならない注意義務を,シゴキリング発明について,控訴人が開発した発明の新規性を喪失させるなど,自由競争の原理を逸脱して控訴人の利益を不当に害してはならない注意義務を負うものであり,被控訴人Aの上記(1)ウの行為は,同注意義務に違反して控訴人の利益を害したものとして,不法行為に該当する。
(3) 被控訴人Bの共同不法行為(争点3) 被控訴人Bは,被控訴人Aが上記(1)イ記載の債務及び上記(2)記載の注意義務を負うことを認識しながら,C社の代理人として本件出願1及び本件出願2の手続を行ったものであるから,被控訴人Aの債務不履行及び不法行為に積極的に加担したものとして,被控訴人Aの共同不法行為者に該当する。
(4) 損害(争点4) 被控訴人らの上記行為により,エディカレント発明を利用した非鉄金属分別機についてのバッカー社との製品開発及びシゴキリング発明についての特許出願が不可能となった結果,控訴人がエディカレント発明に係る開発のため支出した費用合計1568万0955円(材料費965万6955円,設計製作費602万4000円)及びシゴキリング発明に係る開発のため支出した費用合計513万7000円(材料費168万9000円,設計製作費344万8000円)が無駄となり,控訴人は,同支出額相当の損害を被った。
3 被控訴人らの主張 (1) 被控訴人Aの委任契約の債務不履行(争点1)について ア 棒状マグネットに吸着した金属異物を除去するために,棒状マグネットに吸着した金属異物を物理的にしごき落とす樹脂製等のいわゆるシゴキリングは,従来からある技術であり,控訴人が開発したものではない。また,控訴人主張のシゴキリング発明が,乙2発明を意味するのであれば,これを開発したのは控訴人ではない。
乙1発明及び乙2発明は,被控訴人AとC社の従業員であるDが共同で発明したものである。
イ 被控訴人Aが控訴人と本件委任契約を締結したことは否認する。
被控訴人Aは,控訴人の代表取締役Eに被控訴人Bを紹介したことはあるが,被控訴人Bと協議して,これを取りまとめ,特許出願する依頼を受けたことはない。控訴人は,技術的トラブルが多く,クレーム処理に追われていたところ,被控訴人Aがその相談に応じ,クレーム処理のための実験レポートを作成したり,従業員の技術者教育が必要であること等のアドバイスをしたにすぎない。また,Eが,バッカー社の営業担当者を2回ほど連れてきたことはあったが,被控訴人Aは,その用件の詳細は全く知らされていなかった。
ウ 被控訴人Aは,本件委任契約を締結したことはないから,控訴人主張の債務を負担することはない。また,乙1発明はエディカレント発明と同一ではなく,乙2発明もシゴキリング発明と同一ではなく,しかも,乙1発明及び乙2発明は,被控訴人AとDが共同で発明したものであるから,本件出願1及び本件出願2が債務不履行に該当することはない。
(2) 被控訴人Aの不法行為(争点2)について 控訴人の不法行為の主張は争う。
乙1発明はエディカレント発明と同一ではなく,乙2発明もシゴキリング発明と同一ではなく,しかも,乙1発明及び乙2発明は,被控訴人AとDが共同で発明したものであるから,本件出願1及び本件出願2が不法行為に該当することはない。
(3) 被控訴人Bの共同不法行為(争点3)について 控訴人の共同不法行為の主張は争う。
(4) 損害(争点4)について 控訴人の損害は否認する。
製造メーカーは,ある特定の特許を取得するために技術研究開発をしているわけではなく,物を製造し,技術研究開発を行っていく上で特許が生まれてくるのであるから,製造メーカーが行っている研究が,特定の特許を取得するためだけのものということはあり得ず,技術研究開発費用が,ある特定の特許を取得するためだけの費用であるわけがない。
当裁判所の判断
1 争点1(被控訴人Aの委任契約の債務不履行)について (1) 控訴人は,被控訴人Aが控訴人に入社する際,被控訴人Aとの間に,雇用契約とともに,バッカー社が発明したエディカレント発明について,その技術を研究開発すること,及び控訴人が開発したシゴキリング発明について,被控訴人Bと協議して,これを取りまとめ,特許出願することを内容とする本件委任契約を,口頭ないし黙示の承諾により締結したと主張する。
(2) 確かに,甲1報告書には,Eが,被控訴人Aに対し,入社後間もなく,従来のシゴキリングを,本件現象を利用して,3頁の図に図示する構造のシゴキリングを開発し,特許出願するよう依頼した旨の記載がある。しかしながら,甲1報告書は,控訴人代表者作成に係るものであるところ,上記記載を裏付ける的確な証拠はなく,被控訴人A作成の2003年(平成15年)6月7日付け陳述書(乙10,以下「乙10陳述書」という。)の反対趣旨の記載に照らし,直ちに採用することはできない。
また,甲14報告書には,「バッカー社より提出された図面及び資料」として資料3(以下「資料3」という。),「A氏がエディカレント試作を行う為に自ら作ったメモ及び図面」として資料4(以下「資料4」という。)等が添付され,本文中に,控訴人がバッカー社から入手した資料3を基にテスト機を作成するよう依頼し,被控訴人Aはその作業を行い,資料4のメモ及び図面を作成した旨の記載があり,資料4は,被控訴人A作成の「1.エディカレント試作 2.エディカレント バランス調整機試作」と題する平成10年8月27日付けのメモであって,「MG固定板」,「部品図」,「軸」,「MGヨークロータ外筒」,「CURRENT-試作機」等の図面が添付されている。そうすると,甲14報告書によれば,被控訴人Aは,控訴人がバッカー社から入手した資料を基に,バッカー社製の非鉄金属分別機と同様の技術の研究開発に係る作業を行ったことが認められる。しかしながら,被控訴人Aは,平成10年5月1日,控訴人に入社し,同月28日から同年9月30日まで控訴人の常務取締役技術本部長であったことは,当事者間に争いがなく,上記作業は,被控訴人Aが,控訴人の常務取締役技術本部長として行ったものと解するのが相当であるから,上記事実のみをもって,控訴人主張の本件委任契約の締結を推認することはできない。
したがって,甲1報告書及び甲14報告書によっては,控訴人と被控訴人Aとの間に本件委任契約が締結されたことを認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人Aに対する本件契約の債務不履行に基づく請求は,理由がない。
2 争点2(被控訴人Aの不法行為)について (1) エディカレント発明について 控訴人は,被控訴人Aは,エディカレント発明について,バッカー社の機密を公開するなど,バッカー社と控訴人間の信頼関係を破壊して控訴人の利益を不当に害するような行為をしてはならない注意義務を負うものであるところ,C社に本件出願1をさせたことは,同注意義務に違反して控訴人の利益を害したものとして,不法行為に該当すると主張する。
しかしながら,甲14報告書によれば,控訴人は,平成10年4月17日,バッカー社から非鉄金属分別機1台を購入し,バッカー社から同製品に係る資料3を入手したことが認められる。ところで,控訴人は,エディカレント発明は,図面B記載の発明であると主張するが,図面Bは,資料3の4枚目の図面を縮尺したものであると認められる。そうすると,控訴人主張のエディカレント発明は,上記非鉄金属分別機に係る発明をいうものと認められるところ,その譲渡の際,上記非鉄金属分別機の構造及び資料3が非公知であり,かつ,その秘密を保持すべき旨の契約等が締結されたことについて,主張,立証はないから,エディカレント発明は,本件出願1がされた平成11年8月31日より前に,日本国内において公然知られた発明ないし公然実施をされた発明であることが明らかであり,これをバッカー社の機密ということはできない。
したがって,本件出願1が,バッカー社の機密を公開し,バッカー社と控訴人間の信頼関係を破壊して控訴人の利益を不当に害するということはできない。
(2) シゴキリング発明について 控訴人は,被控訴人Aは,シゴキリング発明について,控訴人が開発した発明の新規性を喪失させるなど,自由競争の原理を逸脱して控訴人の利益を不当に害してはならない注意義務を負うものであるところ,C社に本件出願2をさせたことは,控訴人が開発したシゴキリング発明の新規性を喪失させたものであり,同注意義務に違反して控訴人の利益を害したものとして,不法行為に該当すると主張する。
乙2発明1〜12は,上記第2の1(3)の乙2公報の特許請求の範囲の記載のとおり,いずれも,「永久磁石であるマグネット要素と磁性体のスペーサを交互に配置し」及び「前記マグネット要素の同極が対向して反発するように並べられ」との構成を有するものであり,乙2公報及び乙10陳述書によれば,バーマグネットの極から出る磁力線(磁路)に除鉄リング中の磁性体リングが極に近づくと,磁性体リングに向かって磁力線が変化し,吸着した鉄粉は磁路の変化で移動するため,その瞬間にリングを動かすと,それに連れて磁路も変化して鉄粉は浮いた状態になり,次の極に落下せず移動吸着し,このように順次除鉄リングを移動させると,バーマグネットの無磁場まで移動し,鉄粉が落下するとの技術的思想に基づくものであると認められる。他方,控訴人主張のシゴキリング発明の構成及びその技術的思想は明らかではないが,控訴人がシゴキリング発明が記載されていると主張する甲1報告書には,乙2発明1〜12の上記構成及び技術的思想についての記載は見当たらないから,乙2発明1〜12は,甲1報告書に記載されたものとは異なるものというべきである。弁理士F作成の2003年(平成15年)9月10日付け陳述書(甲19)には,乙2公報の段落【0005】に記載されているような従来の除鉄技術(バーマグネットチューブの外周に合成樹脂製のリングを装着し,リングを移動させることにより,バーマグネットチューブの表面に吸着されている鉄片を除去するという技術)に本件現象に基づく原理を適用した場合には,必然的に乙2公報に開示されたような除鉄リングとなる旨記載されているが,同陳述書には,その理由が全く記載されておらず,上記判断を左右するものではない。
したがって,甲1報告書記載の発明が控訴人が開発したものであるとしても,本件出願2が,同発明の新規性を喪失させたものということはできず,自由競争の原理を逸脱して控訴人の利益を不当に害するものということもできない。
(3) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人Aに対する不法行為に基づく請求も,理由がない。
3 争点3(被控訴人Bの共同不法行為)について 控訴人の被控訴人Aに対する債務不履行及び不法行為に基づく請求がいずれも理由のないことは,上記1,2のとおりであるから,これを前提とする被控訴人Bに対する共同不法行為に基づく請求も,理由がない。
4 結論 以上のとおり,控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴