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関連審決 無効2014-800
無効2013-800
無効2014-800099
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成27ネ10036 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成27ネ10031 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成27ネ10080 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成26ネ10124 特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成26ワ688 特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
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事件 平成 26年 (ワ) 12527号 特許権侵害差止等請求事件
平成 26年 (ワ) 12531号 特許権侵害差止等請求事件

原告 日産化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 増井和夫
同 橋口尚幸
同 齋藤誠二郎
被告 株式会社三和化学研究所
被告 キョーリンリメディオ株式会社
上記2名訴訟代理人弁護士 新保克芳
同 洞敬
同 酒匂禎裕
同 西村龍一
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2016/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告株式会社三和化学研究所は,別紙物件目録1記載のピタバスタチンカル シウム原薬を使用してはならない。
2 被告株式会社三和化学研究所は,別紙物件目録1記載のピタバスタチンカル シウム原薬を,その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持 して保存してはならない。
3 被告株式会社三和化学研究所は,別紙物件目録2記載のピタバスタチンカル シウム製剤を製造し,販売し,又は販売の申し出をしてはならない。
4 被告キョーリンリメディオ株式会社は,別紙物件目録3記載のピタバスタチ ンカルシウム原薬を使用してはならない。
5 被告キョーリンリメディオ株式会社は,別紙物件目録3記載のピタバスタチ ンカルシウム原薬を,その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量 に維持して保存してはならない。
6 被告キョーリンリメディオ株式会社は,別紙物件目録4記載のピタバスタチ ンカルシウム製剤を製造し,販売し,又は販売の申出をしてはならない。
事案の概要
本件は,ピタバスタチンカルシウム塩の結晶及びその保存方法に関する2件 の特許権を有する原告が,被告らによる原薬及び製剤の製造販売等が上記各特 許権の侵害に当たる旨主張して,被告らに対し,特許法100条1項に基づき, その差止めを求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨に より容易に認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は,基礎化学品,医薬品の製造販売等を業とする株式会社である。
イ 被告株式会社三和化学研究所(以下「被告三和化学」という。)は,医 薬品,診断薬,医療・介護用食品,ヘルスケア製品の研究開発と製造販売 を業とする株式会社である。
ウ 被告キョーリンリメディオ株式会社(以下「被告キョーリン」という。) は,医療用医薬品の製造販売を業とする会社である。
(2) 原告の有する特許権 ア 原告は,次の特許権(以下「本件結晶特許権」といい,その特許出願の 願書に添付された明細書を「本件明細書1」という。)を有している。
特許番号 特許第5186108号 発明の名称 ピタバスタチンカルシウム塩の結晶 出願日 平成16年12月17日(特願2006-520594号) 優先日 平成15年12月26日(特願2003-431788号) 登録日 平成25年1月25日 イ 原告は,次の特許権(以下「本件方法特許権」といい,本件結晶特許権 と併せて「本件各特許権」という。また,本件方法特許権の特許出願の願 書に添付された明細書を「本件明細書2」といい,本件明細書1とを併せ て「本件各明細書」という。)を有している。
特許番号 特許第5267643号 発明の名称 ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法 出願日 平成23年11月29日(特願2011-260984号 (特願2006-520594号の分割)) 原出願日 平成16年12月17日 優先日 平成15年12月26日(特願2003-431788号。
以下,前記アの優先日と併せて「本件優先日」という。) 登録日 平成25年5月17日(3) 本件結晶特許権に係る発明の内容 ア 本件結晶特許権に係る特許請求の範囲の請求項1及び請求項2の記載は, 次のとおりである(以下,請求項1の発明を「本件結晶発明1」,請求項 2の発明を「本件結晶発明2」といい,両者を併せて「本件結晶発明」と いう。また,その特許を「本件結晶特許」という。)。
【請求項1】 式(1) 【化1】 で表される化合物であり,7〜13%の水分を含み,CuKα放射線を使 用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°, 10.40°,10.88°13.20°,13.60°,13.96°,18. 32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27. 00°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2 θ)に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合 の相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とするピタバス タチンカルシウム塩の結晶(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を 有するものを除く)。
【請求項2】 請求項1に記載のピタバスタチンカルシウム塩の結晶を含有することを 特徴とする医薬組成物。
イ 本件結晶発明は,以下の構成要件に分説される(なお,式(1)の構造 式【化1】は記載を省略する。以下同じ。)。
【本件結晶発明1】 A 式(1)で表される化合物であり, B 7〜13%の水分を含み, C CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9 6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°, 13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°, 23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピーク を有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折 角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%よ り大きなピークを有することを特徴とする D ピタバスタチンカルシウム塩の結晶 E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
【本件結晶発明2】 F 請求項1に記載のピタバスタチンカルシウム塩の結晶を含有するこ とを特徴とする G 医薬組成物。
(4) 本件方法特許権に係る発明の内容 ア 本件方法特許権に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおり である(以下,当該発明を「本件方法発明」といい,その特許を「本件方 法特許」という。また,これらと本件結晶発明又は本件結晶特許とを併せ て「本件各発明」又は「本件各特許」という。)。
【請求項1】 CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°, 6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.20°,13. 60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23. 64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2θ)にピ ークを有し,かつ7重量%〜13重量%の水分を含む,式(1)で表され るピタバスタチンカルシウム塩の結晶(但し,示差走査熱量測定による融 点95℃を有するものを除く)を,その含有水分が4重量%より多く,1 5重量%以下の量に維持することを特徴とするピタバスタチンカルシウム 塩の保存方法。
イ 本件方法発明は,以下の構成要件に分説される。
C′ CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9 6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.20°, 13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°, 23.64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2 θ)にピークを有し,かつ B 7重量%〜13重量%の水分を含む, A 式(1)で表される D ピタバスタチンカルシウム塩の結晶 E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く) を, H その含有水分が4重量%より多く,15重量%以下の量に維持する ことを特徴とする I ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法。
(5) 訂正請求 ア 本件結晶特許について 原告は,本件結晶特許に係る特許無効審判手続(無効2013-800 211)において,平成26年8月22日付けで訂正請求書(甲22)に より訂正請求をした(以下,この訂正請求による訂正を「本件訂正1」と いう。ただし,訂正は未確定である。)。
本件訂正1に係る特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本 件訂正発明1」という。)は次の構成要件に分説される(訂正箇所に下線 を付した。)。
A 式(1)で表される化合物であり, B 7〜13%の水分を含み, C CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9 6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°13.20°, 13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°, 23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピーク を有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折 角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%よ り大きなピークを有し, X 7〜13%の水分量において医薬品の原薬として安定性を保持する ことを特徴とする D’ 粉砕されたピタバスタチンカルシウム塩の結晶 E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)。
イ 本件方法特許について 原告は,本件方法特許に係る特許無効審判手続(無効2014-800 099)において,平成27年6月1日付け訂正請求書(甲30)により 訂正請求をした(以下「本件訂正2」といい,本件訂正1と併せて「本件 各訂正」という。ただし,訂正は未確定である。)。
本件訂正2に係る特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本 件訂正発明2」という。)は次の構成要件に分説される(訂正箇所に下線 を付した。)。
C′ CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.9 6°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.20°, 13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°, 23.64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2 θ)にピークを有し,かつ B 7重量%〜13重量%の水分を含み,該水分量において医薬品の原 薬として安定性を保持することを特徴とする, A 式(1)で表される D ピタバスタチンカルシウム塩の結晶 E (但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く) を, H その含有水分が7重量%〜13重量%に維持することを特徴とする I ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法。
(6) 被告らの製品及び被告らの行為 ア 被告らは,平成25年8月15日,興和株式会社(以下「興和」という。) が製造販売しているリバロ錠の後発医薬品としてのピタバスタチンカルシ ウム製剤について,それぞれ厚生労働省から医薬品製造販売承認を得た。
なお,原告は,リバロ錠,リバロOD錠に用いられているピタバスタチン カルシウム原薬を製造し,興和に対して販売している。
イ 被告三和化学は,別紙物件目録2記載の製剤(以下「三和錠」という。) を販売している。
被告キョーリンは,別紙物件目録4(1)及び(2)記載の製剤を製造販売し ており,同目録(3)記載の製剤についても販売をしている(以下,同目録記 載の製剤をまとめて「杏林錠」といい,「三和錠」と併せて「被告ら製剤」 という。)。
ウ 被告ら製剤は,構成要件A,B,D及びGを充足する。
(7) 本件各特許の出願日以前の公知文献等 ア 上記(6)ア記載の興和が製造販売するリバロ錠1mg及び2mgに関 す る平成15年7月作成にかかる医薬品インタビューフォーム(乙1。以下 「乙1文献」という。) イ 国際公開日を2003年(平成15)年8月7日とする国際公開200 3/064392号(乙3の1)及びそれに対応する国内出願である特表 2005-520814号公報(乙3の2。以下,両者併せて「乙3公報」 といい,同公報に記載された発明を「乙3発明」という。) ウ 出願日を平成16年2月2日,国際公開日を平成16年8月26日とす る特許第5192147号特許公報(乙7。以下「乙7公報」といい,当 該特許を「チバ特許」といい,同公報に記載された発明を「乙7発明」と いう。) 2 争点 (1) 被告ら製品は本件各発明の技術的範囲に属するか ア 構成要件C,C′の回折角の充足性 イ 構成要件Cの相対強度の充足性 ウ 構成要件Eの充足性 エ 構成要件Hの充足性 オ 構成要件Iの充足性 (2) 本件各特許権は特許無効審判により無効にされるべきものか 【本件各特許について】 ア リバロ錠及び乙1文献による進歩性欠如 イ 乙7発明と同一発明による先願要件違反,拡大先願による公知擬制 ウ 乙3発明による新規性又は進歩性欠如 エ 明確性要件違反,サポート要件違反及び実施可能要件違反 【本件方法特許について】 オ 補正要件違反 カ 分割要件違反 (3) 本件各訂正による対抗主張の成否
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件C,C′の回折角の充足性)について 【原告の主張】 (1) 結晶形態の特定 ア 結晶多形 本件結晶特許は,ピタバスタチンカルシウム塩に複数の結晶形態(本件 各特許の明細書において結晶形態A,B,Cと呼称されているもの。以下 「結晶形態A,B,C」という。)が存在するところ,水分量を特定の範 囲にコントロールすることで得られる結晶形態Aが,医薬品の原薬として 最も優れていることを見いだしたものであり,さらに,本件方法特許は, 結晶形態Aにおける水分を維持することで,その安定性を利用するという ピタバスタチンカルシウム塩の保存方法についての発明である。ピタバス タチンカルシウム塩には,本件各明細書だけでなく,乙7公報にもあると おり,多くの結晶形が存在する。
イ 粉末X線回折法による結晶の特定 結晶とは,原子が規則的に三次元的に周期配列した固体物質であり,ま た,原子から作られた平面が平行に等間隔に配列された構造といえる。こ の平面群を格子面として表すことができる。格子面に入射した波長λのX 線が,格子面の間隔(d)の周期的配列によって回折されるための条件は, nλ=2dsinθ(nは整数)を満たすような角θでX線が格子面に入射し 鏡面反射することであり,これをブラッグの条件という。
結晶にX線を照射すると,結晶中の何れかの格子面に対してブラッグの 条件を満たす角度で入射したX線から,回折X線のピークが得られ,結晶 内の各格子面について,ブラッグの条件を満たすそれぞれの回折角2θに, 回折X線ピークが得られることになる。もっとも,現実には,いくつかの 原子が構成する他の格子面からの回折X線の影響により回折X線の強度が 弱められたり,ピークが消滅したりすることがあり,また,格子面を構成 する原子の種類によって回折X線の強度も変わってくるため,ブラッグの 条件を満たす回折角からの回折X線の強度は各結晶の原子の種類と配置に より定まることとなり,各結晶に特有のパターンを形成する。そして,固 体物質を粉末化することにより,結晶粒が様々な方向を向いて極めて多数 存在することになるため,全ての格子面についてブラッグの条件を満たす 方向に配向されることとなる。
したがって,この回折X線のピークが認められる回折角2θは,X線の 波長λと結晶中の複数の格子面間隔dに応じて定まる,各結晶形態に固有 の複数の値となる。すなわち,X線の波長λに応じた複数の回折角の一群 のデータを用いれば,同じ結晶かどうかを判別できる。
ウ 結晶形態Aの特定とその判断 構成要件Dの「結晶」は,本件明細書1において「結晶性形態A」,「結 晶形態A」と説明されている特定の結晶形態を有する結晶形態Aである。
結晶形態Aは,粉末X線回折法の測定で得られるX線チャートにおいて, 構成要件C,C′に規定される15個の回折角にピークを有することによ り特定される。
そして,同構成要件の充足性の検討に際しては,当然,粉末X線回折法 における結晶形特定の技術常識が,その前提とされるべきである。第十六 改正日本薬局方(甲10)には,医薬品についてX線粉末回折測定法を用 いる場合の標準的な測定方法が説明されているところ,それによれば, 「同 一結晶形の試料と基準となる物質との間の2θ回折角は,0.2°以内で一 致する。しかしながら・・・試料と基準となる物質間の相対的強度は選択 配向効果のためかなり変動することがある。・・・一般的には,単一相試 料の粉末X線回折データベースに収載されている,10本以上の強度の大 きな反射を測定すれば十分である。」との記載がある。このような技術常 識に照らせば,X線回折法においては,ピークの同一性は,±0.2°以内 であれば同一と判断し得,同一の結晶か否かは,10本のピークが確認さ れれば十分であるといえる。そして,第十六改正日本薬局方及び「JPT I 日本薬局方技術情報2011」(甲11)にも記載があるとおり,本 質的には,X線回折の全体的なパターンの一致が重要と考えられている。
(2) 回折角の測定について ア 測定方法等 本件各明細書には,CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析法 により,粉末X線回折測定装置MXLabo(株式会社マック・サイエン ス製)が用いられている。しかし,製剤からの回収残渣の測定によって製 剤に含まれるピタバスタチンカルシウム原薬の結晶形態を測定するために は,通常の粉末X線回折装置のX線では強度が不十分なため,シンクロト ロン放射による強力なX線を利用する必要がある。そこで,SPring -8あるいは,AichiSRという大型放射光施設を利用した(甲12 及び甲59の各1,2)。
CuKα放射線の波長は1.54Åであるのに対し,前記測定では,波長 が0.75Å(甲12の1,2)ないしは1.0Å(甲59の1,2)のX線 を用いているが,粉末X線回折法における回折角は,ブラッグの公式に従 い,入射X線の波長に対応する回折角を求めることができる。
イ 測定結果等 (ア) 測定対象 被告ら製剤を,そのままで粉末X線回折測定すると,添加剤のピーク と重なって測定できないピークが出てくる。そこで,ピタバスタチンカ ルシウム塩が水に極めて溶けにくく,被告ら製剤の賦形剤である乳糖は 水に溶けやすいことから,ピタバスタチンカルシウム塩の飽和水溶液に 被告ら製剤を粉末化して溶解することにより,水溶性の賦形剤である乳 糖を取り除き,被告ら製剤の原薬及び不溶性の添加剤を含む残渣を集め たものを測定の対象とした。
(イ) 平成26年12月17日作成に係る三和錠,杏林錠から回収した原薬 (ピタバスタチンカルシウム塩)の結晶形解析(甲12の1,2)の結 果 被告ら製剤(各2r錠を5錠)から前記(ア)の方法(8mlの飽和水溶 液中で30秒間攪拌した。)により得られた残渣からは,結晶形態Aの ピークとして構成要件C,C′に規定されている15本のピークが全て 確認され,これら15本のピークは,対照試料として測定した結晶形態 Aから測定されたピークの回折角と,0.03°以内という高い精度で一 致している。また,本件各明細書記載のCuKα放射線でのピークから ブラッグ条件で算定される0.75Å波長でのピークの回折角とも,0. 05°以内という高い精度で一致している。
(ウ) 平成27年8月10日作成に係る三和錠,杏林錠から回収した各原薬 (ピタバスタチンカルシウム塩)の結晶形解析(甲59の1,2。以下 「甲59解析」という。)の結果 被告ら製剤(各1r錠を20錠)から前記(ア)の方法(500mlの飽 和水溶液中で2時間攪拌した。)により得られた残渣から,結晶形態A のピークとして構成要件C,C′に規定されている15本のピークが全 て確認され,これら15本のピークは,構成要件C,C′記載の15本 のピークの1.0Å波長での計算値と,三和錠で0.06°以内,杏林錠 で0.07°以内という高い精度で一致している。
(エ) 錠剤のままの測定 被告ら製剤について,非破壊で錠剤のままシンクロトロン放射光でX 線回折法の測定を行ったところ,構成要件C,C′の15本のピークの うち,10本が確認されている。これが,被告ら製剤の原薬が結晶形態 Aであると同定することの妨げとなるものではない。
(3) 結論 したがって,被告ら製剤の原薬が,構成要件C,C′の15本の回折角の ピークを有する結晶形態Aであることは確実に立証されており,構成要件C, C′の回折角の要件を充足している。
【被告らの主張】(1) 結晶形態の特定について 本件明細書1においては,15本の回折ピークだけでなく,相対強度,さ らには融点等の構成要件を充足するものを結晶形態Aとしているもので,構 成要件C,C′の回折角の要件を満たすものが結晶形態Aであるとする原告 の主張は失当である。
結晶形態Aは15本の回折ピークの一致について個別のピークごとに±0. 2°の誤差が許容され,そのうち10本が一致すれば足りる旨の原告の主張 は争う。原告が挙げる各文献の記載は,一部の回折ピークが一致すれば足り るというものではない。
本件結晶特許における結晶形態Aと,乙7公報における結晶形AからFの X線回折図とを比較した場合,10本以上の回折角が一致するものは複数存 在することとなり,15本のピークのうち,10本が確認できただけでは, 他の結晶形態との区別ができない。
ピタバスタチンカルシウム塩には,このように複数の結晶形態が存在する ことから,特定の結晶形態について特許を取得するには,結晶としてより明 確な特定が必要であり,それ故,本件結晶特許においては,特定の15本の 回折ピークを有すること,30.16°のピークの相対強度が20.68°の 25%を超えること,示差走査熱量測定による融点95℃を有しないことを 要件としているものであり,これらをすべて満たすものが特許された結晶で ある。
(2) 回折角の測定について ア 測定方法等 原告は,原薬を直接測定したものではなく,製剤を粉末化して飽和溶液 にて処理し,ろ過し乾燥させた残渣を測定したものであるが,当該測定方 法は,@添加剤を除去しており,錠剤中の形態をそのまま反映しているか 不明である,A水中で結晶形が変化する可能性がある,B水中に飽和した 状態でピタバスタチンカルシウムが存在しており,得られた結晶が被告ら 製剤のものなのか,もともと水中にあったものなのかの区別が困難である, という問題点があり,被告ら製剤に含まれている原薬についての立証とは いえない。実際に,他の結晶形態に対して同様の実験を行ったところ,い ずれも結晶形態が変化した(乙10)。
原告は,本件各明細書に記載しているCuKα放射線を用いた立証をし ておらず,被告らが用いるシンクロトロン放射X線が,錠剤中の結晶状態 を解析する手法として一般的であるとはいえないし,規定された全てのピ ークを同定できるともいえない。
イ 測定結果 原告は,15本のピークが確認できている旨主張するが,そのような事 実はない。甲59解析によっても,ピークが判明できないものや(No. 10,14),図面上における結晶Aと錠剤残渣のピーク位置がずれてい るのに,回折角の実測値データがほぼ一致しており,当該データが測定機 器で正確に読み取ったものかについても疑わしい。
2 争点(1)イ(構成要件Cの相対強度の充足性)について 【原告の主張】 原告は,被告らが使用している原薬を入手することができていないため, 実際に測定することはできないが,単結晶の結晶形態Aの構造解析により得 られた結晶構造から,回折X線のピークの回折角と強度を理論的に算出した ところ,20.68°のピークに相当するものと,30.16°のピークに相 当するものとの相対強度は,25.3%であった(甲15)。
構成要件C,C′における相対強度の要件は,アモルファスとの区別を明 確にするための構成要件であるから,アモルファスではない結晶形態Aにつ いては,この相対強度の要件が充足されることが強く推認され,被告ら製剤 の原薬が結晶形態Aであることは前記1【原告の主張】(2)より立証され,ア モルファスでないことも明らかであるから,30.16°のピークの相対強度 が25%を超えることが強く推認される。
また,ピタバスタチンカルシウムは針状形状で粒度はばらばらであり,相 対強度は約13%であるのに対し,機械粉砕した場合数μmから10μm程 度まで均一となり,相対強度は25%になるところ,被告ら製剤のように製 剤化する場合には,製剤中に均一分散可能な程度にまで細かに機械粉砕する ことが必須であり,結晶形態Aの30.16°の相対強度は25%を超えるも のといえる。
【被告らの主張】 原告が結晶形態Aの単結晶の構造解析とする「ピタバスタチンカルシウム 塩の単結晶X線構造解析と粉末X線回折」(甲15,以下「甲15解析」と いう。)の表2に示されたピークと本件明細書1に記載されたピークのピー ク強度比は大きく異なっており,強度比が逆転しているなど,ピーク全体の パターンが異なっており,甲15解析で測定された結晶は,本件結晶特許に おける結晶形態Aと同じとはいえないから,原告が主張する推論は妥当しな い。
3 争点(1)イ(構成要件Eの充足性)について 【原告の主張】 結晶形態Aは,約190℃以上で熱分解する。原告が製造しているピタバ スタチンカルシウム原薬(本件結晶特許を充足するもの)を用いた興和の製 剤であるリバロ錠のインタビューフォーム「V.有効成分に関する項目」の 「(4)融点(分解点),沸点,凝固点」には,融点を示さず分解した旨説明さ れている(甲4)。
被告ら製剤は,リバロ錠の後発医薬品として販売されているものであるが, 被告ら製剤のインタビューフォームの同項目の「(4)融点(分解点),沸点, 凝固点」には「該当資料なし」と記載されており(甲7の1,2),リバロ 錠と同様,融点のないものといえ,構成要件Eを充足する。
【被告らの主張】 争う。原告は,結晶形態Aと乙7公報における結晶多形Aとが2θ値では 実質的に同じであると主張しているから,測定条件が同じであれば,同じ融 点を示すはずである。
4 争点(1)ウ(構成要件Hの充足性)について 【原告の主張】 ピタバスタチンカルシウム塩の結晶は,水分が4重量%以下となったとこ ろで,アモルファスに近い状態にまで結晶性が低下し,保存中の安定性が極 めて悪くなり,ピタバスタチンカルシウム原薬を製剤化する製剤メーカーは, 日本薬局方の規程に従って,水分量が9.0〜13.0%のピタバスタチンカ ルシウム塩を使用しなければならないとされていることから,被告らは,別 紙物件目録1及び3記載の原薬を自らの製剤に使用するまでの間,水分量を 4重量%より多く15重量%以下に保持した結晶形態Aとして保存している ことは明らかであるから,被告らのピタバスタチンカルシウム原薬の保存方 法は,構成要件Hを充足する。
【被告らの主張】 争う。原告は,構成要件Hについて何ら主張立証をしていない。
5 争点(1)エ(構成要件Iの充足性)について 【原告の主張】 被告らは,前記1【原告の主張】(3)のとおり,ピタバスタチンカルシウム 塩を結晶形態Aとして保存しているから,構成要件Iを充足する。
【被告らの主張】 争う。
6 争点(2)(本件各特許権は特許無効審判により無効にされるべきものか)につ いて 【被告らの主張】 (1) リバロ錠及び乙1文献による進歩性欠如 ア ピタバスタチンカルシウム塩を有効成分とする「リバロ錠」は,本件優 先日である平成15年12月26日前に製造販売されていた。本件優先日 前である同年7月に発行された乙1文献には,「有効成分の各種条件下に おける安定性」についての表が記載されているところ,同表における安定 性試験の結果によれば,「結晶性低下」との記載(同表「結果」欄4段目) から,リバロ錠の有効成分ピタバスタチンカルシウム塩は結晶(以下「リ バロ結晶」という。)であり,また,「水分減少」,「水分増加」との記 載から,リバロ結晶は一定の水分を含有しその水分量の維持が課題となっ ていることがわかる。さらに,「保存形態」を「ポリエチレン製アルミラ ミネート袋」という医療用医薬品の包装に一般に用いられるものにした場 合,36か月(長期保存試験)や6か月(加速試験)でも「変化なし」と 記載されていることから,リバロ結晶は,十分安定である。そして,同表 の安定性試験の条件と結果は,本件各明細書の表1との内容と一致してお り,このような安定性は,結晶形態Aのみで明らかになっているものであ り,リバロ結晶は結晶形態Aに他ならない。
イ 平成13年4月17日付けの「審査報告(1)」(乙2の3)には,「本薬 は吸湿性があり(通常の製造で得られる原薬の含水率は□%程度),さら に,粉末X線回折の結果から,本薬の含水率が□%未満に減少すると,結 晶の同一性が保持されない可能性が示唆されている。本薬の晶析条件を変 化させて結晶多形の有無を調べた限りでは,本薬に結晶多形の存在は認め られなかった。」との記載があった。したがって,本件優先日には,リバ ロ結晶について,結晶の同一性保持のために水分量を調整する必要がある こと,結晶多形は存在しないと認識されていた。また,チバ特許における 結晶形態A以外の結晶は,全て結晶形態Aから製造されることが示されて いることからしても,リバロ錠製造開始当時に知られていた唯一の形態は 結晶形態Aである。
そして,乙1文献には,「融点を示さず分解した」と記載されているこ とからすれば,リバロ錠は融点を示さないものである。
ウ 以上のとおり,リバロ結晶は,安定な結晶形態Aであり,融点も示され ないものであるが,具体的な水分量やX線回折の結果は知られていなかっ たとしても,それは単に測定されていないというだけであり,結晶の存在 が判っていれば,その結晶を確認することは当業者が通常行うことであり, その確認方法としてX線回折によってピークを特定することは技術常識で ある。
エ また,前記アのとおり,リバロ結晶がその同一性保持のために水分量を コントロールする必要があることも具体的に示されており,そればかりか, 平成13年における興和の論文(乙18)には,原告から供給されたピタ バスタチンカルシウム塩は約10%の水を含有している旨が記載されてお り,さらに,乙3公報にも「10.6%」のピタバスタチンカルシウム塩の 結晶が得られることも開示されているから,本件結晶特許の規定する水分 量7〜10%も容易に想到できる。
オ したがって,本件各発明は,進歩性に欠け,特許法29条2項により, 特許を受けることができないから,本件各特許は,同法123条1項2号 該当を理由として特許無効審判により無効とされるべきものである。
(2) 乙7発明と同一発明による先願要件違反,拡大先願による公知擬制 本件優先日である平成15年12月26日より前の優先日(同年2月12 日)を有する乙7公報にあるチバ特許の請求項1及び請求項6に係る発明は, 本件結晶特許の各構成要件を満たすものであるから同一であるといえ,本件 各発明は,特許法39条1項により特許を受けることができないものである。
さらに,本件結晶特許の出願時,その出願人とチバ特許の出願人は異なり, また,両出願の発明者が異なるものであるから,特許法29条の2により特 許を受けることができないものである。
したがって,本件各特許は,いずれにしても,同法123条1項2号該当 を理由として特許無効審判により無効とされるべきものである。
(3) 乙3発明による新規性又は進歩性欠如 本件優先日より前である平成15年8月7日に頒布された国際公開公報及 びそれに対応する国内の公表特許公報である乙3公報の段落【0136】の 記載によれば,乙3発明は,本件結晶発明1の構成要件Bにおいて一致し, 「結晶」であることも明らかである(構成要件D)。
また,同段落に記載された内容に則ってピタバスタチンカルシウムを合成 し,得られた化合物の結晶形態を確認した実験結果(乙6)によれば,同実 験により得られた結晶は,いずれも,粉末X線回折における2θが±0.2° の範囲で結晶形態Aと一致し,30.16°のピークの相対強度がいずれも2 5%以上であること,また,95℃付近には融点がないことが認められるか ら,本件結晶発明は,乙3発明と同一,あるいは,少なくとも乙3発明と技 術常識に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
したがって,本件各発明は,新規性ないしは進歩性を欠き,特許法29条 1項3号又は同条2項により,特許を受けることができないから,同法12 3条1項2号該当を理由として特許無効審判により無効とされるべきもので ある。
(4) 明確性要件違反,サポート要件違反及び実施可能要件違反 本件各明細書には,「融点」の定義がなく,かつ,どのような条件で示唆 走査熱量測定をすれば良いのかの記載もないことから,示唆走査熱量測定に よる融点95℃を有しないことは不明確である。また,本件各明細書には, チバ特許における示唆走査熱量測定条件において95℃に融点を認めなかっ たことがサポートされていない。
さらに,「示唆走査熱量測定による融点95℃を有しないこと」は,実施 をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。
したがって,本件各特許の特許請求の範囲の記載は,特許法第36条6項 1号及び2号,並びに同条4項1号に規定する要件に違反するから,本件各 特許は,同法123条1項4号該当を理由として特許無効審判により無効と されるべきである。
(5) 補正要件違反 ア 本件方法特許の出願当初の特許請求の範囲(乙5の1の3)における請 求項1に記載された発明は,次のとおりであった。
「【請求項1】 式(1) 【省略】 で表されるピタバスタチンカルシウム塩の保存方法であり,7〜15 %の水分を含み,CuKα 放射線を使用して測定するX線粉末解析 において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10. 88°13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20. 68°,21.52°,23.64°,24.12°及び27.00°の 回折角(2θ)にピークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ) に,20.68°の回折角(2θ)のピーク強度を100%とした場合 の相対強度が25%より大きなピークを有する結晶形態にて保存する 方法。」 イ また,本件方法特許の出願当初の明細書(乙5の1の2)の発明の詳細 な説明には,次のとおりの記載があった。
「本発明者らは, ・・・水分が同等で結晶形が異なる形態を3種類見出 し,その中で,CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図に よって特徴づけられる結晶(結晶性形態A)が,最も医薬品の原薬と して好ましいことを見出し,本発明を完成させた。 ( 」 【0011】) 「即ち,本発明は,下記の要旨を有するものである。
1.式(1) ( 」 【0012】) 「(省略) で表される化合物であり,・・・30.16°の回折角(2θ)に,相 対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とする結晶(結 晶性形態A) 」 【0013】 。( ) ウ その後,本件方法特許は,平成24年9月27日付け手続補正書による 補正(乙5の2),同年11月28日付け手続補正書による補正(乙5の4 の2),平成25年3月8日付け手続補正書による補正(乙5の6の2)を 経て,現在の特許請求の範囲の記載に至っている。
しかし,その結果,出願時に記載のあった相対強度の要件は,いずれの 補正でも削除されており,この点で,本件方法特許の請求項1に記載の発 明は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した 事項の範囲内において補正されたものとはいえない。
したがって,本件方法特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件 に違反した補正をした特許出願に対してされたものであるから,同法12 3条1項1号該当を理由として特許無効審判により無効とされるべきもの である。
(6) 分割要件違反 前記(5)の本件方法特許に係る補正が適法であったとしても,補正後の請求 項1では,相対強度の要件が削除されており(構成要件C′),構成要件C において規定されていた相対強度の要件を満たさないものを発明の対象に含 んでいる。
ところが,分割前の原出願である本件結晶特許の特許請求の範囲及び明細 書の記載は,相対強度を不可欠の要件としている。
したがって,本件方法特許の分割出願は,特許法44条1項の分割要件を 満たさないものであって,同条2項の適用がないから,分割出願日(平成2 3年11月29日)を基準として特許性が判断されるところ,同時点では, 原出願の公表特許公報(乙4の2。特表2007-516952号公報,公 表日平成19年6月28日)が公開されており,本件方法特許の内容が開示 されている。
したがって,本件方法特許は,新規性又は進歩性を欠く発明に対し,特許 法29条1項3号又は同条2項に違反してされたものであるから,同法12 3条1項2号該当を理由として特許無効審判により無効とされるべきもので ある。
【原告の主張】(1) リバロ錠及び乙1文献による進歩性欠如 乙1文献においてピタバスタチンカルシウムの構造式,分子式,分子量, 化学名が記載されているが,水和物結晶として記載されているものではない。
被告らが指摘する記載によりピタバスタチンカルシウムの原薬が結晶性を有 することは一応推測できるが,どのような点で結晶性なのかを知ることはで きない。乙1文献の結晶への言及から,結晶形態Aを想定することは誤りで ある。しかも,リバロ錠には,粉末X線回折チャート上に結晶形態Aのピー クが全く現れず(甲48),また,放射光を用いる粉末X線回折装置(Sp ring8及びAichiSR)を用いて測定したが,「リバロ」2rにお いて結晶形態Aに由来するピークは認められなかった(甲57)。リバロ錠 及び乙1文献から,リバロ錠に使用されていたピタバスタチンカルシウムが 結晶形態Aであったことを知ることは全く不可能であったし,どのような液 体であるかを知ることはできなかった。
また,被告らの指摘する乙2の3には,「結晶の同一性が保持されない可 能性が示唆されている」と記載されるにとどまり,リバロ錠の原薬が具体的 にどのような結晶形態であったのか,その水分量がどの程度あれば結晶の同 一性が保たれるのかは何も記載されていない。まして本件各特許の対象物で ある結晶形態Aについて水分量をある範囲に保てば安定の保存が可能である ことなど,記載も示唆もされていない。本件方法特許の保存方法は,結晶形 態Aを発見し,その保存安定性と含水量という性質を見いだして初めて明ら かになるものである。したがって,本件結晶特許の各無効理由が本件方法特 許にも同様に該当するという被告らの主張は,その前提を欠いており誤りで ある。
(2) 乙7発明と同一発明による先願要件違反,拡大先願による公知擬制 乙7発明に記載されているチバ特許の請求項1には,粉末X線回折におけ るピークと水分量が記載されているだけであって,「結晶多形A」として記 載されている物を取得する方法はまったく記載されていない。本件結晶特許 における結晶形態Aとチバ特許の結晶多形Aは,構成要件C,C′の15本 の回折角にピークが確認される点は同じであるが,チバ特許の請求項1では, 30.2°付近のピークが25%より大きいことは記載されていない。乙7公 報において結晶多形Aの製造方法を記載しているのは段落【0045】の実 施例の記載のみであるところ,同実施例を検討すると,「示差走査熱量測定 は,95℃の融点を明らかにした。」と明記されている以上,95℃の融点 を有する結晶であると理解せざるを得ない, そうである以上,乙7公報に記載されたチバ特許の結晶多形Aは,「95 ℃の融点」を有しないことを要件とする本件各発明の結晶形態Aと,同一性 が認められない。
(3) 乙3公報による新規性及び進歩性欠如 乙3公報には,ピタバスタチンカルシウム塩を「10.6%(w/w)の水 を含む白色結晶性粉末」として得るとの記載があるが,この「白色結晶性粉 末」がどのような性状のものかについて具体的な記載は存在せず,また,水 がどのような状態で含まれているのかも不明である。
被告らは,乙3公報に記載されているピタバスタチンカルシウムの製造方 法の追試実験結果(乙6)においては,乙3公報に記載されている粉末X線 回折データ及び水分量は本件結晶発明のものと一致しているが,同実験は, 乙3公報に明示されていない反応条件を結晶形態Aが得られるように選定し たものであって,乙3公報の実施例を再現する実験ではなく,適切ではない。
(4) 明確性要件違反,サポート要件違反及び実施可能要件違反 示唆走査熱量測定による融点の測定方法は周知技術であるから,明細書の 記載は不明確ではないし,サポートもされている。
(5) 補正要件違反 本件方法特許の出願審査段階において,特許庁は,相対強度要件を削除し た点については,補正要件違反であるとの指摘を全く行っていない。
「元来,結晶の特定(差異)は,結晶格子の構造を反映する,X線粉末回 折における回折角(2θ)のピーク位置(パターン)で規定すれば十分であ りますので,結晶の保存方法を対象とする本願発明においては,X線粉末回 折における回折角(2θ)の15本のピークを有し,かつ7〜13重量%の 水分の記載をもって十分足りるものと思量します。」との原告の意見(乙5 の6の1)を特許庁も技術常識と認めたものである。
そして,粉末X線回折法による結晶形特定の技術常識としては,結晶の同 一性につき,10本程度のピークの2θ値を規定すれば十分であり,そのピ ークの同一性(0.2°以内で一致する。)が確認されれば,資料の結晶形の 特定には十分である。また,回折ピークの強度については,第十六改正日本 薬局方(甲11)には,装置のバラツキ,配向の影響を大きく受ける旨記載 されており,相対強度はバラツキが大きいため,結晶形の特定に際しては, ピークの位置(2θ値)によるピークの特定が重要であり,相対強度は二次 的な要素にすぎない。
したがって,補正により,本件保存方法特許の保存方法が実施例の結晶と は30.16°付近の相対強度が異なる状態の結晶形態Aにも適用されるよ うにすることは,明細書の記載と技術常識により当業者が容易に理解できる ことであり,新規事項は導入されていない。
(6) 分割要件違反 前記(5)に記載のとおり,結晶形の特定に重要なのはピーク位置であり,例 えば,10本以上のピーク位置が特定されれば結晶形の同定は十分に可能で あるというのが技術常識である。
他方,同一の結晶形においても,例えば,結晶粒子の大きさなどの外見形 状が相違することにより,ピークの相対強度が変動するもので,そして未粉 砕で「30.16°のピーク強度が25%を下回る」結晶粒子の状態において, 粉砕品より安定性が劣る理由はないから,このような未粉砕の結晶粒子にも 本件保存方法が同様に適用できることは,当業者に容易に理解できる。
したがって,相対強度の要件を満たさない結晶に対する本件保存方法の適 用についても,分割前の原出願特許請求の範囲及び明細書の記載に含まれて いると当業者は理解できるのであり,分割要件違反などない。
7 争点(3)(本件各訂正による対抗主張の成否)について 【原告の主張】 (1) 本件訂正1について 本件訂正1の訂正請求に関する平成27年3月27日付けでされた審決に おける訂正要件違反の認定判断は誤りであり,本件訂正1の請求は適法であ り,同訂正により,本件結晶特許に無効事由は解消され,被告ら製剤は,本 件訂正1の後の特許請求の範囲の請求項1及び同2に記載された発明の技術 的範囲に属する。
(2) 本件訂正2について 本件訂正2の訂正請求は適法であり,同訂正により,本件方法特許につい てされた特許無効審判請求事件(無効2014-800099)における審 決予告において予告された無効理由が解消され,被告ら製剤の保存方法は, 本件訂正2の後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明の技術的範囲 に属する。
【被告の主張】 (1) 本件訂正1について 本件訂正1は,訂正要件に違反する。また,仮に訂正が適法であるとして も,本件訂正発明1は,乙3発明により進歩性を欠く無効理由がある。
(2) 本件訂正2について 本件訂正2による訂正後も,本件訂正発明2は,乙3発明により進歩性を 欠く無効理由がある。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(構成要件C,C′の回折角の充足性) (1) 本件各明細書の記載 ア 本件明細書1には,次の記載がある。
【技術分野】 【0001】 本発明は,HMG-CoA還元酵素阻害剤として高脂血症の治療に有用 な,化学名 Monocalcium bis[(3R,5S,6E)- 7-(2-cyclopropyl-4-(4-fluoropheny l)-3-quinolyl)-3,5-dihydroxy-6-he ptenoate]によって知られている結晶性形態のピタバスタチンカ ルシウム塩及びこの該化合物と医薬的に許容し得る担体を含有する医薬組 成物に関するものである。
【0002】 詳細には,5〜15%(W/W)の水分を含有することを特徴とし,安定性などの面から医薬品原薬として有用な結晶性形態のピタバスタチンカルシウム塩及びそれを含む医薬組成物に関する。
【背景技術】【0003】 ピタバスタチンカルシウム(特許文献1,2及び3参照。)は抗高脂血症治療薬として上市されており,その製造法としては,光学活性α-メチルベンルアミンを用いて光学分割する製造法(特許文献4及び非特許文献1参照。)が既に報告されている。
【発明が解決しようとする課題】【0008】 医薬品の原薬としては,高品質及び保存上から安定な結晶性形態を有することが望ましく,さらに大規模な製造にも耐えられることが要求される。
ところが,従来のピタバスタチンカルシウムの製造法においては,水分値や結晶形に関する記載が全くない。本発明のピタバスタチンカルシウム塩の結晶(以下,結晶性形態Aともいう。)に,一般的に行なわれるような乾燥を実施すると,乾燥前は,図1で示すような粉末X線回折図示したものが,水分が4%以下になったところで図2に示すようにアモルファスに近い状態まで結晶性が低下することが判明した。さらに,アモルファス化したピタバスタチンカルシウムは表1に示す如く,保存中の安定性が極めて悪くなることも明らかとなった。
【0009】(別紙本件明細書1図表目録記載1のとおり) 本発明が解決しようとする課題は,特別な貯蔵条件でなくとも安定な ピタバスタチンカルシウムの結晶性原薬を提供することであり,さらに 工業的大量製造を可能にすることである。
【課題を解決するための手段】【0010】 本発明者らは,水分と原薬安定性の相関について鋭意検討を行なった結果,原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロールすることで,ピタバスタチンカルシウムの安定性が格段に向上することを見出した。さらに,水分が同等で結晶形が異なる形態を3種類見出し,その中で,CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図によって特徴づけられる結晶(結晶性形態A)が,最も医薬品の原薬として好ましいことを見出し,本発明を完成させた。
【0014】 結晶形態A以外の2種類を結晶形態B及び結晶形態Cと略記するが,これらはいずれも結晶形態Aに特徴的な回折角10.40°,13.20°及び30.16°のピークが存在しないことから,結晶多形であることが明らかにされる。これらは,ろ過性が悪く,厳密な乾燥条件が必要であり(乾燥中の結晶形転移),NaClなどの無機物が混入する危険性を有し,更に結晶形制御の再現性が必ずしも得られないことが明らかであった。したがって,工業的製造法の観点からは欠点が多く,医薬品の原薬としては結晶形態Aが最も優れている。
【発明を実施するための最良の形態】【0016】 結晶性形態Aのピタバスタチンカルシウムは,その粉末X線回折パターンによって特徴付けることができる。
(別紙本件明細書1図表目録記載2のとおり)以下略【0033】 反応混合物を減圧下に蒸留して溶媒を留去し,52.2kgのエタノール /水を除去後,内温を10〜20℃に調整した。得られた濃縮液中に,別 途調製しておいた塩化カルシウム水溶液(95%CaCl2 775g/ 水39.3kg,6.63mol)を2時間かけて滴下した。全量の塩化カル シウム水溶液を反応系に送り込むため,4.70kgの水を使用した。滴下 終了後,同温度で12時間撹拌を継続し,析出した結晶を濾取した。結晶 を72.3kgの水で洗浄後,乾燥器内で減圧下40℃にて,品温に注意し ながら,水分値が10%になるまで乾燥することにより,2.80kg(収 率95%)のピタバスタチンカルシウムを白色の結晶として得た。
粉末X線回折を測定して,この結晶が結晶形態Aであることを確認した。
イ 本件明細書2の記載 本件明細書2の発明の詳細な説明には,次の記載がある(ただし,その 原出願に係る本件明細書1の記載と共通するため,前記アの記載と重複し ないものについて記載する。) 【技術分野】 【0001】 本発明は,HMG-CoA還元酵素阻害剤として高脂血症の治療に有用 な,化学名 Monocalciumbis[(3R,5S,6E)-7 -(2-cyclopropyl-4-(4-fluorophenyl) -3-quinolyl)-3,5-dihydroxy-6-hept enoate] によって知られている結晶性形態のピタバスタチンカル シウム塩を特別な貯蔵条件でなくとも長期間にわたって安定して保存する 方法に関するものである。
【発明が解決しようとする課題】 【0008】 医薬品の原薬としては,高品質及び保存上から安定な結晶性形態を有す ることが望ましく,さらに大規模な製造にも耐えられることが要求される。
ところが,従来のピタバスタチンカルシウムの製造法においては,水分値や結晶形に関する記載が全くない。
本発明が解決しようとする課題は,特別な貯蔵条件でなくとも,ピタバスタチンカルシウムの結晶性原薬を安定的に保存する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】【0009】 本発明者らは,水分と原薬安定性の相関について鋭意検討を行なった結果,原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロールすることで,ピタバスタチンカルシウムの安定性が格段に向上することを見出した。さらに,水分が同等で結晶形が異なる形態を3種類見出し,その中で,CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図によって特徴づけられる結晶(結晶性形態A)が,最も医薬品の原薬として好ましいことを見出し,この結晶性原薬を安定的に保存する方法として,本発明を完成させた。
【0010】 即ち,本発明は,下記の要旨を有するものである。
【0011】 1. CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析において,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°,13.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21.52°,23.64°,24.12°,27.00°及び30.16°の回折角(2θ)にピークを有し,かつ7重量%〜13重量%の水分を含む,式(1)で表されるピタバスタチンカルシウム塩(但し,示差走査熱量測定による融点95℃を有するものを除く)を,その含有水分が4重量%より多く,かつ15重量%以下,15重量%以下の量に維持することを特徴とするピタバスタ チンカルシウム塩の保存方法。
【0025】 析出した結晶を濾過し,乾燥するが,水分の調整が本発明において極め て重要である。
乾燥温度は特に限定されないが,好ましくは15〜40℃の範囲である。
水分値は,最終的に5〜15%(W/W)の範囲になるよう調整される が,好ましくは7〜15%(W/W),より好ましくは7〜13%(W/ W),最も好ましくは9〜13%(W/W)の範囲である。
得られたピタバスタチンカルシウムは粉砕された後,医薬品用の原薬と して使用される。
【産業上の利用可能性】 【0037】 本発明により,ピタバスタチンカルシウム塩を特別な貯蔵条件でなくと も長期間にわたって安定して保存する方法が提供される。
(2) 本件各特許の出願経過 後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件結晶特許の出願当初の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のと おりであった。
「式(1)で表される化合物であり,5〜15%の水分を含み,CuK α放射線を使用して測定するX線粉末解析において,30.16°の回折角 (2θ)に,相対強度が25%より大きなピークを有することを特徴とす る結晶(結晶性形態A)。」(乙4の1の2) イ 本件結晶特許に係る出願(特願2006-520594号)に対し,平 成23年4月4日付けで,出願に係る発明は,特願2006-50199 7号(特表2006-518354号,のちに特許第5192147号, チバ特許として特許登録されたもの。乙7)の当初明細書(以下「チバ特 許明細書」という。),乙3公報により,特許法29条1項,2項,同法 29の2に違反するとの拒絶理由通知がされた(乙4の3)。
ウ 原告は,平成23年11月29日付けの補正書で,特許請求の範囲の請 求項1に,15本のピークの回折角の数値(構成要件Cの数値)を挿入す る補正を行った。原告は,同日付け意見書において,当該補正は限定適減 縮にあたり,拒絶理由の,粉末X線回折図における1点のみのピーク強度 (30.16°の回折角2θ)による特定であるという認定にはもはや該当 しない旨主張した。他方,当該意見書において,本願に係る回折角の数値 について一定の誤差が許容されることや上記15本のピークの一部のみの 対比によって発明が特定されることをうかがわせる記載はない。(乙4の 6の1,2)エ 原告は,本件結晶特許の特許請求の範囲の請求項1につき前記ウの補正 を行った同日,本件結晶特許に係る出願を原出願とする分割出願(請求項 4)を行った。同出願における請求項1が本件方法特許の出願当初のもの であり,その記載は,次のとおりであった(他の請求項も請求項1を引用 している。)。
「式(1)で表されるピタバスタチンカルシウム塩の保存方法であり,7〜 15%の水分を含み,CuKα放射線を使用して測定するX線粉末解析に おいて,4.96°,6.72°,9.08°,10.40°,10.88°1 3.20°,13.60°,13.96°,18.32°,20.68°,21. 52°,23.64°,24.12°及び27.00°の回折角(2θ)にピ ークを有し,かつ,30.16°の回折角(2θ)に,20.68°の回折 角(2θ)のピーク強度を100%とした場合の相対強度が25%より大 きなピークを有する結晶形態にて保存する方法。」 (乙5の1の1ないし5)オ 原告は,平成24年9月27日付け補正書を提出したが,同年10月2 4日付けで拒絶理由通知がされたため,平成24年11月28日付け手続 補正書により補正を行ったが,平成25年1月25日付けで,出願に係る 発明は,前記イに記載の文献により特許法29条1項,2項,29条の2 に違反する旨の拒絶理由通知がされた。(乙5の2,乙5の3,乙5の4 の2,乙5の5) カ 原告は,平成25年3月8日付けの補正書により,本件方法特許の特許 請求の範囲の請求項1に,15本のピークの回折角の数値(構成要件C′ の数値)を挿入するなどの補正をした。原告は,同日付けの意見書におい て,請求項1の補正は,補正前の請求項12に記載されていた要件である X線粉末解析における15本のピーク位置を挿入するものであり,特許請 求の範囲の限定的減縮に相当することから,許容されるものと思量される と主張した。他方で,同意見書には,本願に係る回折角の数値について一 定の誤差が許容されることや15本のピークの一部のみの対比によって発 明が特定されることをうかがわせる記載はない。(乙5の6の1,2)(3) ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態 ピタバスタチンカルシウム塩の結晶形態は,様々なものがあり,本件明細 書1には結晶形態AないしC,チバ特許明細書には結晶形態AないしFの記 載があるが,これ以外の結晶形態も存在し得る。(甲2,乙7)(4) 判断 以上の事実を前提に,構成要件C,C′の回折角の充足性について検討す る。
ア 本件各発明の構成要件C,C′においては,小数点以下2桁まで規定さ れた回折角により15本のピークが特定されており,本件各発明の特許請 求の範囲には,回折角の数値に一定の誤差が許容される旨の記載や,15 本のピークの一部のみによって特定が可能である旨の記載はない。
また,本件明細書1の発明の詳細な説明には,本件結晶発明1は,ピタ バスタチンカルシウム原薬に含まれる水分量を特定の範囲にコントロール することでその安定性が格段に向上すること,水分が同等で結晶形が異な る形態が3種類あること(結晶形態A,B,C)を見いだし,その中で, CuKα放射線を使用して測定した粉末X線回折図によって特徴づけられ る結晶(結晶性形態A)が,最も医薬品の原薬として好ましいことを見い だし,さらに,結晶形態B及び結晶形態Cは,いずれも結晶形態Aに特徴 的な回折角10.40°,13.20°及び30.16°のピークが存在しな いことにより,結晶形態Aとは異なる結晶多形であることが明らかとされ る(本件明細書1【0010】,【0014】,本件明細書2【0009】, 【0015】)。
そして,本件各明細書中には,結晶形態Aが構成要件C,C′に小数点 以下2桁まで規定される15本の回折角の粉末X線回折パターンによって 特徴づけられるとするほかに,結晶形態Aを特定する記載はなく(本件明 細書1【0008】,【0010】,【0016】,【0033】参照, 本件明細書2においても同様である。甲2の1,2),回折角の数値に一 定範囲の誤差が許容される旨の記載や,15本のピークの一部のみによっ て結晶形態Aを特定可能であることをうかがわせる記載は見当たらない。
イ このような,特許請求の範囲及び明細書の記載によれば,本件各発明の 技術的範囲に属するというためには,構成要件C,C′に規定された15 本のピーク全てについて回折角の数値が小数点以下2桁まで一致すること を要すると解すべきである。
そうすると,被告ら製剤が使用する原薬に含まれるピタバスタチンカル シウム塩における15本のピークの回折角(2θ)は,別紙物件目録1及 び別紙物件目録3記載のとおりである旨の原告主張を前提としても,三和 錠においてはそのうち12本のピークの数値が,杏林錠においてはそのう ち11本のピークの数値が,いずれも構成要件C,C′の回折角の数値と 小数点第2位まで一致しているわけではないから(甲12の1,2),構 成要件C,C′を充足せず,したがって,この原薬に含まれるピタバスタ チンカルシウム塩を含有する被告ら製剤についても構成要件C,C′を充 足しないことになる。
ウ この点,原告は,本件各発明における「結晶」は,結晶形態Aであり, 本件各発明の構成要件C,C′は結晶形態Aを特定するために規定された 要素であるとし,これを前提に,構成要件C,C′は,結晶形態AとのX 線回折法によるピークの同一性だけでなく,本質的なX線回折の全体的パ ターンの一致を重視して,判断すべきである旨,また,「第十六改正日本 薬局方」(甲10),「JPTI 日本薬局方技術情報2011」(甲1 1)の記載から,X線回折法によるピークの同一性については実測値が規 定数値の±0.2°以内であればこれを肯定し,結晶形態の同一性について は10本のピークが確認されれば十分であることが当業者の技術常識であ り,それゆえ,結晶形態Aを特定する構成要件C,C′の充足性を判断す るに際してもこのような技術常識を踏まえて解釈されるべきである旨主張 する。
しかし,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,前記前提事実記載のと おりであり,「結晶形態A」との記載はなく,また,前記(1)発明の詳細な 説明によっても,結晶形態Aとの同一性は構成要件C,C′の回折角の数 値が全て一致するか否かにより判定すべきものと解されるから,「結晶形 態A」という特許請求の範囲の記載から離れた上位概念を用いて本件各発 明の技術的範囲を定めるべきとする原告の前提とする主張は明らかに失当 である。また,15本のピークの完全な一致が必ずしも必要でない趣旨を いわんとする後者の主張についてみても,確かに他の粉末X線回折測定の 回折角の数値により結晶形態を特定した医薬化合物の発明の明細書におい ては,ピークの回折角に±0.15,+0.04,±0.1〜0.2の誤差が 生じうる旨の記載があるものもあるが(甲34の3,5,7),規定数値 の±0.2°以内であれば誤差として同一性を肯定し得ることが当業者の 常識であったとまでは認められないし,そもそも本件各明細書の特許請求 の範囲や明細書には回折角の数値に一定範囲の誤差が許容される旨の記載 や,15本のピークの一部のみによって特定が可能である旨の記載が見当 たらないことも前記認定のとおりであることからすれば,これらの原告の 主張は,特許請求の範囲や明細書の記載を離れて特許発明技術的範囲を 定めるよう求めるものといえ,採用することはできない。
2 結論 以上によると,別紙物件目録1及び同3記載の原薬及びこれらを含む被告ら 製剤は,本件結晶発明及び本件方法発明の技術的範囲に属するとは認められな いから,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
よって,原告の請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用につき民事訴訟 法61条を適用して,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)物件目録1放射光粉末回折法(0.75Å放射線使用)において,下記回折角(括弧内にCuKα放射線における粉末回折法の場合の対応する回折角を示す)にピークの認められるピタバスタチンカルシウム原薬2.42°(4.98°)3.29°(6.77°)4.41°(9.07°)5.06°(10.41°)5.30°(10.91°)6.44°(13.26°)6.62°(13.63°)6.80°(14.01°)8.93°(18.42°)10.05°(20.75°)10.47°(21.62°)11.42°(23.60°)11.67°(24.13°)13.04°(27.00°)14.55°(30.18°) (別紙)物件目録2下記商品名のピタバスタチンカルシウム製剤(1)ピタバスタチンCa錠1mg「三和」(2)ピタバスタチンCa錠2mg「三和」(3)ピタバスタチンCa錠4mg「三和」 (別紙)物件目録3放射光粉末回折法(0.75Å放射線使用)において,下記回折角(括弧内にCuKα放射線における粉末回折法の場合の対応する回折角を示す)にピークの認められるピタバスタチンカルシウム原薬2.41°(4.96°)3.29°(6.77°)4.40°(9.05°)5.06°(10.41°)5.29°(10.89°)6.43°(13.24°)6.62°(13.63°)6.80°(14.01°)8.92°(18.40°)10.02°(20.68°)10.45°(21.58°)11.45°(23.67°)11.67°(24.13°)13.02°(26.96°)14.52°(30.11°) (別紙)物件目録4下記商品名のピタバスタチンカルシウム製剤(1)ピタバスタチンCa錠1mg「杏林」(2)ピタバスタチンCa錠2mg「杏林」(3)ピタバスタチンCa錠4mg「杏林」 (別紙)本件明細書1図表目録12────────────────────────────────回折角(2θ)d-面間隔相対強度(°)(>25%)────────────────────────────────4.9617.799935.96.7213.142355.19.089.731433.310.408.499134.810.888.124827.313.206.702027.8 13.606.505348.813.966.338760.018.324.838656.720.684.2915100.021.524.125957.423.643.760441.324.123.686645.027.003.299628.530.162.960730.6────────────────────────────────
裁判長裁判官 森崎英二
裁判官 田原美奈子
裁判官 大川潤子