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事件 平成 27年 (ネ) 10069号 売買代金請求控訴事件

控訴人 ソフトバンク株式会社 (旧商号・ソフトバンクBB株式会社)
同訴訟代理人弁護士 高橋元弘
同 末吉亙
被控訴人兼松株式会社
同訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 小林英了
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2015/12/24
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は,被控訴人に対し,179万8635.11USドル及びこれに対する平成24年6月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その7を控訴人の負担とし,その余は被控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
1事実及び理由第1 控訴の趣旨1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要略称は,原判決に従う。
1 本件は,控訴人との間で物品の売買に関する基本契約(本件基本契約)及びこれに基づく個別契約を締結した被控訴人が,控訴人に対し,同契約に基づき納入した本件チップセット(ADSLモデム用チップセット及びDSLAM用チップセット)の残代金256万8409.18USドル及びこれに対する平成24年6月9日(支払期日後の日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
控訴人は,本件基本契約18条1項又は2項の債務不履行による損害賠償債権(損害賠償金2億円及びこれに対する同年3月17日(ライセンス料支払の日の翌日)から同年5月30日(相殺適状日の前日)までの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金245万9016円に係る債権)を自働債権として,被控訴人の売買代金債権と対当額で相殺したとして,被控訴人の請求を争った。控訴人が主張する損害賠償債権は,「本件基本契約には,@被控訴人は,被控訴人の納入する物品並びにその製造方法及びその使用方法が第三者の特許権を侵害しないことを保証すること(18条1項),A同物品に関して第三者との間で特許権侵害を理由とする紛争が生じた場合,被控訴人の費用と責任でこれを解決し,又は控訴人に協力し,控訴人に一切迷惑をかけないものとし,控訴人に損害が生じた場合には,控訴人に対してその損害を賠償すること(18条2項)等が規定されているところ,@被控訴人の納入した本件チップセット及びその使用方法等が本件各特許権を侵害するものであり,かつ,A被控訴人が特許権者との間の本件各特許権に関する紛争(本件紛争)2を解決することができなかったため,控訴人は,特許権者らに対してライセンス料として2億円の支払を余儀なくされ,同額の損害を被った。」というものである。
2 原判決は,@本件チップセット及びその使用方法等が本件各特許権を侵害するということはできないから,被控訴人に本件基本契約18条1項の違反があったということはできず,また,A被控訴人には本件基本契約18条2項の違反があるけれども,同条項違反と,控訴人の主張に係るライセンス料相当額の損害の全部又は一部との間に相当因果関係を認めることはできないから,控訴人がした相殺の意思表示に係る自働債権は,その存在の証明がなく,同意思表示は,効力を有しないとして,被控訴人の売買契約に基づく残代金請求を全部認容した。
そこで,控訴人が原判決を不服として控訴したものである。
3 前提事実等原判決159頁末行の「信号を送信する」とあるのを「信号の先頭を送信する」と訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,控訴人は,当審において,本件基本契約18条2項違反に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主位的抗弁,同条1項違反に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を予備的抗弁としている。
第3 争点に関する当事者の主張争点に関する当事者双方の主張は,以下の1のとおり付加・訂正し,以下の2のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の付加・訂正(1) 原判決31頁23行目の「リリースノート」の次に,「(乙64の1)」を加える。
3(2) 原判決107頁24行目の「構成要件2A」とあるのを,「構成要件2B」と改める。
(3) 原判決118頁11行目の「調査違反」とあるのを,「違反調査」と改める。
(4) 原判決120頁6行目の「本件各特許権1」とあるのを,「本件各特許権」と改める。
(5) 原判決121頁13行目「不合理である。」の次に,「そのため,本件チップセットに対する合理的なライセンス料は,被控訴人の控訴人に対する本件チップセットの販売額である9億7424万2500円に0.483%を乗じた470万5591円となり,これが本件基本契約18条違反と相当因果関係を有する損害の範囲となる。」を加える。
2 当審における当事者の主張(1) 争点(1)ア(本件チップセットはAnnex.Cに準拠し,その規格仕様書に開示された構成を有するか)及び争点(2)イ(本件各特許権との抵触の有無)について〔控訴人の主張〕ア 平成23年10月12日,控訴人は,被控訴人及びイカノス社に対して,Wi−LAN社がAnnex.Cを使用する控訴人のシステムがWi−LAN社のAnnex.C関連の特許を侵害している旨述べていることを伝えたのに対し,イカノス社は,技術分析(乙21)において,本件チップセットにはAnnex.Cを実装していること,その実装時に本件各特許権に係る発明(以下「本件各特許発明」という。)以外の特許発明実施していない旨を明確に述べている。
イ 控訴人は,本件チップセットがAnnex.Cに準拠していることを,イカノス社にブロードバンド関連事業を譲り渡したコネクサント社作成の書面(乙44,45)により立証したところ,原判決は,「乙44号証は平成17年に,乙45号証は平成16年にコネクサント社が作成したものであり,いずれも被告が原告を通じてイカノス社製のチップセットを購入する約4,5年前のものであることからす4れば,イカノス社製の本件チップセットが上記書面に記載された仕様を有するものと直ちに認めることはできない。」と判断した。
しかし,控訴人は本件チップセットを組み込んだADSLモデムやDSLAMを用いてADSLサービスを提供しているところ,このチップセットがAnnex.Cに準拠していないISDNによる漏話の影響を受けるものに変更されるということは通信品質に関わる問題であり,また,乙44,45を踏まえて控訴人が提供しているADSLモデムはAnnex.Cに準拠していることを公表しているにもかかわらず(乙71),イカノス社が何らの予告もなく本件チップセットの仕様をAnnex.Cに準拠しない仕様に変更することは到底考えられない。
さらに,イカノス社は,平成23年10月12日の協議において,イカノス社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じと考えていると述べていること,同年11月15日の技術分析(乙21)において本件チップセットにAnnex.Cを実装していることを述べていることからも,コネクサント社製のチップセットと,イカノス社が製造した本件チップセットは同一の技術内容であり,Annex.Cに準拠しているものであることは明らかである。
ウ 原判決は,仮に,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」しているとしても,本件規格仕様書に,「この勧告に従うかどうかは任意である。」(「Compliance with this Recommendation is voluntary.」 との記載があることには争い)がないから,本件規格仕様書が勧告する構成の全てが,Annex.Cに必須の構成であると認めることはできないなどとして,本件各特許発明に対応する構成を本件チップセットないし本件製品が採用しているとは認められない旨判断した。
しかし,本件規格仕様書には,原判決の指摘する記載に引き続き,「但し,この勧告には一定の必須規定(相互運用性又は適用可能性等を確実にするもの)が含まれており,かかる必須規定を全て充たしたことをもって,この勧告に従ったものとする。“shall”や,“must”等の義務を表す文言及びこれらに相当する否定の文言は,必須条件を意味する。 (」 「However, the Recommendation may contain5certain mandatory provisions ( to ensure e.g. interoperability orapplicability) and compliance with the Recommendation is achieved when allof these mandatory provisions are met. The words "shall" or some otherobligatory language such as "must" and the negative equivalents are used toexpress requirements.」)との記載がある。すなわち,本件規格仕様書に記載の勧告に従うか否かは任意ではあるが,この勧告に従ったということ,つまりAnnex.Cに準拠しているというためには,本件規格仕様書において「shall」「must」等で表された必須条項に記載の構成の全てを充足する必要がある。そして,本件チップセットの仕様書(乙44,45)にAnnex.Cに準拠している旨の記載がある以上,相互運用性又は適用可能性等を確実にするために,少なくとも本件規格仕様書において「shall」「must」等で表された必須条項に係る構成を本件チップセットが採用していることは明らかである。
そして,以下のとおり,本件特許発明3,4,6ないし9では,これに対応する本件規格仕様書の記載は必須構成とされている。
(ア) 本件特許発明3について本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAMが,xDSL装置であること,これを用いた伝送方法が電話回線を高速データ通信回線として利用してデータ通信するディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであり,本件特許発明3の構成要件のうち,構成要件3A(装置),3C(装置),3A(方法),3C(方法)を充足することは明らかである。
そして,本件特許発明3の構成要件3B(方法)及び3B(装置)に対応するDSLAMに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7.8.3 R−MEDLEY(10.7.8の補足)…(中略)…bitmap−NCが有効になると,ATU−Rは,NEXTCとFEXTCの両方のシンボルで信号を送信し,図C.20に定義されたように,ATU−Cは,受信されたNEXTCおよびFEXTCシンボルからそれぞれ2つのSN比を推定する。」であり,Annex.Cに準拠したというた6めの必須条項となっている。
そして,上記R−MEDLEYの区間は,「通信を行うためのトレーニング中」に該当し,本件規格仕様書の「図C.20に定義された」「受信されたNEXT CおよびFEXTCシンボル」は,構成要件3B(方法)及び3B(装置)の「NEXT(近端漏話)区間もしくはFEXT区間(遠端漏話)に完全に入らないDMTシンボルをS/N測定対象外とし,NEXT区間に入っているDMTシンボルを用いて,NEXT区間でのS/N測定し,FEXT区間に入っているDMTシンボル」に該当する。
したがって,本件DSLAM用チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM及びこれを用いた伝送方法は,本件規格仕様書の上記記載の構成を有し,また,構成要件3B(方法)及び3B(装置)を充足することも明らかである。
以上のとおり,本件DSLAM用チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM及びこれを用いた伝送方法は,本件特許発明3の技術的範囲に属する。
(イ) 本件特許発明4について本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAMが,xDSL装置であること,これを用いた伝送方法が電話回線を高速データ通信回線として利用してDMTシンボルを用いて通信するためのトレーニングを行うディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであって,本件特許発明4の構成要件のうち,構成要件4A(方法1),4C(方法1),4G(方法3),4I(方法3),4G(装置3),4I(装置3)を充足することは明らかである。
また,本件ADSLモデム用チップセットないし本件ADSLモデムが,xDSL装置であること,これを用いた伝送方法が電話回線を高速データ通信回線として利用してDMTシンボルを用いて通信するためのトレーニングを行うディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであって,構成要件4D(方法2),4F(方7法2),4M(方法4),4O(方法4),4M(装置4),4O(装置4)を充足することは明らかである。
そして,構成要件4B(方法1),4H(方法3),4H(装置3)に対応するDSLAMに関する本件規格仕様書の記載,及び,構成要件4E(方法2),4N(方法4),4N(装置4)に対応するADSLモデムに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7.4.1C−PILOT1(10.4.2の補足)ATU−Cは,C−PILOT1に入った直後に,NSWF(スライディング・ウィンドウ・フレーム)カウンタを0から開始し,各DMTシンボルの送信の後にNSWFカウンタをモジュロ345でインクリメントする。スライディング・ウィンドウ機能とこのカウンタに従って,ATU−Cは,FEXTRまたはNEXTRのいずれかのシンボルで,後続のシンボルを全て送信することを決定する(例については,図C.11,C.15,C.19を参照)。C−PILOT1には,2つの信号がある。…(中略)…2番目の信号は,NEXTR/FEXTR情報の送信に使用されるTTR表示信号である。ATU−Rは,この信号からTTRCの位相情報を検出することができる。
プロファイル1および2の場合,TTR表示信号を次のいずれかから選択する。1)A48信号−48番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。(+,+)は,FEXTRシンボルを示す。(+,−)は,NEXTRシンボルを示す。…(中略)…プロファイル3の場合,TTR表示信号を次のいずれかから選択する。1) B48信号−48番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。(+,−)は,連続するFEXTRシンボルの最初と最後のシンボルを示す。(+,+)は,連続するFEXTRシンボルの他のシンボルを示す。
2)B24信号−24番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。
(+, は,−) 連続するFEXTRシンボルの最初と最後のシンボルを示す。
(+,+)は,連続するFEXTRシンボルの他のシンボルを示す。…(中略)…プロファイル4から6の場合,TTR表示信号を次のいずれかから選択する。1)A4信号−48番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。
88(+,+)は,FEXTRシンボルを示す。(+,−)は,NEXTRシンボルを示す。2)A24信号−24番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。(+,+)は,FEXTRシンボルを示す。(+,−)は,NEXTRシンボルを示す。…(中略)…C.3.4で定義されたプロファイルを使用しないモデムの場合,TTR指示信号は,次のようになる。−A 48 信号−48番目のキャリアの座標エンコーディング。2ビットの座標は次の通り。(+,+)は,FEXTRシンボルを示す。(+,−)は,NEXTRシンボルを示す。」,「C.3.3.1TCM−ISDN漏話タイミング・モデル(新規)…(中略)…C.7.6.2およびC.7.8.3に定義されているように,ATU−Cは,ATU−RにおいてFEXTRおよびNEXTRの区間を推定し,ATU−Rは,ATU−CにおいてFEXTCおよびNEXTCの区間を推定する。その際,加入者回線の伝播遅延を考慮する。」である。
本件規格仕様書の上記記載のとおり,オプション構成とされるプロファイル1ないし6,及びプロファイル無しのいずれの構成であっても,DSLAM(ATU−C)は,スライディングウィンドウのNEXT区間とFEXT区間を相手側であるADSLモデム(ATU−R)へ通知するDMTシンボルとして,特定の周波数キャリアを選択して,4QAMの信号点のうち,位相を90°ずらした2つの信号点を変調して伝送することとされ,また,ADSLモデム(ATU−R)は,受信したDMTシンボルを復調し,90°異なる位相差を持つ2種類の信号点を用いて,スライディングウィンドウのNEXT区間とFEXT区間を識別することが,Annex.Cに準拠したというための必須条項となっている。
したがって,本件DSLAM用チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM,及びこれを用いた伝送方法は,本件規格仕様書の上記記載の構成を有し,構成要件4B(方法1),4H(方法3),4H(装置3)を充足することも明らかである。
また,本件ADSLモデム用チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,9本件ADSLモデム用チップセットないし本件ADSLモデム,及びこれを用いた伝送方法は,本件規格仕様書の上記記載の構成を有し,構成要件4E(方法2),4N(方法4),4N(装置4)を充足することも明らかである。
以上のとおり,本件チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件チップセットないし本件製品及びこれを用いた伝送方法は,本件特許発明4の技術的範囲に属する。
(ウ) 本件特許発明6及び8についてa 本件DSLAMチップセットについて本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM,及びこれを用いた伝送方法が,ISDNピンポン伝送の漏話雑音の影響を受ける電話回線を高速データ通信回線として利用してデータ通信を行うxDSL装置であって,ISDNピンポン伝送の漏話雑音の影響を受ける電話回線を高速データ通信回線として利用してデータ通信を行うディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであり,本件特許発明6の構成要件のうち,構成要件6A(方法)及び6A(装置),6C(方法)及び6C(装置)を充足する。そして,構成要件6B(方法)及び6B(装置)に対応するDSLAMに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7.6 チャネル分析(ATU−C)(10.6の補足)ATU−Cは,C−RATES1からC−CRC2へFEXTRシンボルのみを送信する。C.3.4で定義されたプロファイルを使用しないモデム,およびプロファイル1,2,4,5,6を使用するモデムの場合,ATU−Cは,パイロット・トーンを除き,NEXTRシンボルを送信しない。」であり,プロファイルを使用しないモデム及びプロファイル1,2,4,5,6を使用するモデムの場合,DSLAMは,NEXTRシンボル,すなわちスライデイング・ウインドウの外側のシンボルとしてパイロット・トーンを送信することとされ,これがAnnex.Cに準拠する場合の必須の構成となっている。
他方,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM,及びこれを用いた伝送方法が,TCM−ISDNからのノイズ環境下における電話回線をデータ通信10回線として利用するADSL装置であって,TCM−ISDNからのノイズ環境下におけるトランシーバトレーニングを行うディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであり,本件特許発明8の構成要件のうち,構成要件8A(方法)及び8A(装置),8C(方法)及び8C(装置)を充足する。そして,構成要件8B(方法)及び8B(装置)に対応するDSLAMに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7. ハイパーフレームによるイニシャライゼーション1 (10.1.5の差し替え)プロファイル3の場合,ATU−Cは,NEXTRシンボルの中で信号を送信しない。」,「C.7.4 送受信機トレーニング−ATU−C(10.4の補足)プロファイル3の場合,ATU−Cは,NEXTRシンボルの中で信号を送信しない。」であり,プロファイル3を使用するモデムの場合,DSLAMは,NEXTRシンボルの中で信号を送信しない,すなわち,スライディングウィンドウのFEXT区間のみ信号を送出することとされ,これがAnnex.Cに準拠する場合の必須の構成となっている。
本件DSLAM用チップセットは,Annex.Cに準拠する以上,プロファイル無し,又は,プロファイル1ないし6のいずれかを採用していることは明らかであり,そのため,本件DSLAM用チップセットないしは本件DSLAM,及びその伝送方法は,本件特許発明6又は8のいずれかの技術的範囲に属する。
b 本件ADSLチップセットについて本件ADSLモデム用チップセットないし本件ADSLモデム,及びこれを用いた伝送方法が,TCM−ISDNからのノイズ環境下における電話回線をデータ通信回線として利用するADSL装置であって,TCM−ISDNからのノイズ環境下におけるトランシーバトレーニングを行うディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであり,本件特許発明8の構成要件のうち,構成要件8A(方法)及び8A(装置),8C(方法)及び8C(装置)を充足する。
そして,構成要件8B(方法)及び8B(装置)に対応するADSLモデムに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7.1 ハイパーフレームによるイニシャライ11ゼーション(10.1.5の差し替え)FEXTビットマップ・モードでは,ATU−Rは,NEXTCシンボル区間の間,信号を送信しない。」,「C.7.5 送受信機トレーニング−ATU−R(10.5の補足)R−QUIETnを除き,R−REVERB1からR−SEGUE1への送受信機トレーニングの間,bitmap−NCが有効(デュアルビットマップ・モード)の場合,ATU−Rは,FEXTCとNEXTCの両方のシンボルを送信し,bitmap−NCが無効(FEXTビットマップ・モード)の場合,NEXTCシンボルを送信しない。各状態の区間は,図C.21に定義された通りである。」であり,bitmap−NCが無効(FEXTビットマップ・モード)の場合,ADSLモデムは,NEXTCシンボルを送信しない,すなわち,スライディングウィンドウのFEXT区間のみ信号を送出することとされ,これがAnnex.Cに準拠する場合の必須の構成となっている。
また,本件規格仕様書に「C.3.3.4 デュアルビットマップ切り替え(新規)…(中略)…ATU−Cは,bitmap−NCおよびbitmap−NRを無効にする機能を持つ(C.4.5およびC.5.3を参照)。」と記載されているように,DSLAMが,bitmap−NCを無効にする機能を有することがAnnex.Cに準拠する場合の必須の構成となっているため,ADSLモデムが,Annex.Cに準拠する以上,bitmap−NCを無効にする機能(FEXTビットマップ・モード)も必須の構成となっている。
以上のとおり,本件ADSLモデム用チップセットがAnnex.Cに準拠する以上,本件ADSLモデム用チップセットないし本件ADSLモデム,及びその伝送方法が,ADSL装置のトレーニング時,スライディングウィンドウのFEXT区間のみ,ADSL装置の信号を送出する手段を有し,また,シングルビットマップでイニシャライゼーションを行う場合,スライディングウィンドウのFEXT区間のみでトレーニングを行うことは明らかであり,構成要件8B(方法)及び8B(装置)を充足する。
したがって,Annex.Cに準拠する以上,本件ADSLモデム用チップセッ12ト,ないしこれを搭載したADSLモデムは,本件特許発明8−2(装置)の技術的範囲に属し,また,本件ADSLモデム用チップセットないしこれを搭載したADSLモデムを使用した伝送方法は,本件特許発明8−1(方法)の技術的範囲に属する。
(エ) 本件特許発明7について本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAMが,xDSL装置であること,これを用いた伝送方法が電話回線を高速データ通信回線として利用して通信するディジタル加入者線伝送方法であることは明らかであり,本件特許発明7の構成要件のうち,構成要件7A(方法1),7A(方法2)及び7A(方法3),7C(方法1),7C(方法2)及び7C(方法3),7A(装置1),7A(装置2)及び7A(装置3),7C(装置1),7C(装置2)及び7C(装置3)を充足することは明らかである。
そして,本件特許発明7の構成要件7B(方法1),7B(方法2),7B(方法3),7B(装置1),7B(装置2)及び7B(装置3)に対応するDSLAMに関する本件規格仕様書の記載は,「C.7.4.3C−REVERB3(10.4.11の補足)C−RATES1の最初のシンボルをハイパーフレームの初めと同期し,C−RATES1に入るタイミングをATU−Rに知らせるため,図C.17に示すように,C−SEGUE1の最初のシンボルをFEXTR区間内に送信する。」であり,Annex.Cに準拠したというための必須条項となっている。
本件規格仕様書の上記記載のとおり,DSLAMは,トレーニングにおける各シーケンスのうち,C−RATES1の最初のシンボルをハイパーフレームの初めと同期し,C−RATES1に入るタイミングをADSLモデム(ATU−R)に知らせるため,C−SEGUE1の最初のシンボルをFEXTR区間内に送信する。「C−SEGUE1の最初のシンボル」は,「トレーニングシーケンス」であるC−RATES1の切換えをDSLAM(「送信側」に該当)からADSLモデム(「受信側」に該当)に示す信号に該当し,また,「FEXTR区間」とは,ADSLモデ13ムにおけるFEXT区間のことであるから,DSLAMは,受信側であるADSLモデムがFEXT区間に受信できるようなタイミングで,トレーニングシーケンスC−RATES1の切り換えを示す信号であるC−SEGUE1の最初のシンボルを送信している。そしてシンボルは,信号の一種であるから,「C−RATES1の最初のシンボル」は「信号の先頭」(構成要件7B(方法2),7B(装置2))及び「シンボルの先頭」(構成要件7B(方法3),7B(装置3))に該当する。
したがって,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM,及びこれを用いた伝送方法がAnnex.Cに準拠している以上,本件規格仕様書の上記記載の構成を有し,また,構成要件7B(方法1),7B(方法2),7B(方法3),7B(装置1),7B(装置2)及び7B(装置3)を充足することも明らかである。
以上のとおり,本件DSLAM用チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件DSLAM用チップセットないし本件DSLAM及びこれを用いた伝送方法は,本件特許発明7の技術的範囲に属する。
(オ) 本件特許発明9について本件DSLAM及び本件ADSLモデムを用いた伝送システムが,既存の電話回線を介して本件DSLAMと本件ADSLモデムが通信を行う非対称ディジタル加入者線伝送システムであり,本件DSLAMは「局側の装置」,本件ADSLモデムは「加入者側の装置」に該当することは明らかであるから,本件特許発明9の構成要件のうち,構成要件9A及び9Dを充足することは明らかである。
そして,構成要件9B及び9Cに対応する本件規格仕様書の記載は,「C.7.4.1C−PILOT1(10.4.2の補足)ATU−Cは,C−PILOT1に入った直後に,NSWF(スライディング・ウィンドウ・フレーム)カウンタを0から開始し,各DMTシンボルの送信の後にNSWFカウンタをモジュロ345でインクリメントする。スライディング・ウィンドウ機能とこのカウンタに従って,ATU−Cは,FEXTRまたはNEXTRのいずれかのシンボルで,後続のシンボル14を全て送信することを決定する(例については,図C.11,C.15,C.19を参照)。」,「C.7.5.2R−REVERB1(10.5.2の補足)(中略)ATU−Rは,R−REVERB1に入った直後に,そのNSWFカウンタを開始し,各DMTシンボルの送信の後にNSWFカウンタを0からモジュロ345でインクリメントする。ATU−CとATU−Rの間のハイパーフレームのアラインメントを維持するため,ATU−CとATU−Rは同じ値を持つ。スライディング・ウィンドウとこのカウンタに従って,ATU−Rは,FEXTCまたはNEXTCのいずれかのシンボルで,後続のシンボルを全て送信することを決定する。 であり,」Annex.Cに準拠したというための必須条項となっている。
本件規格仕様書の上記記載から,本件DSLAMは,DMTシンボルを連続して345番目までカウントし(=「DMTシンボルクロックを連続して所定回数カウントすることでDMTシンボル数のカウントを行い」),当該カウントに従ってFEXTR又はNEXTRのいずれかのシンボルで送信することを決定する(=「カウント値を用いてスライディングウインドウDEC(503)によりスライディングウインドウのFEXTR,NEXTR,…の区間の特定を行う」)独自のカウンタを有すること,本件ADSLモデムは,DMTシンボルを連続して345番目までカウントし(=「DMTシンボルクロックを連続して所定回数カウントすることでDMTシンボル数のカウントを行い」),当該カウントに従ってFEXTC又はNEXTCのいずれかのシンボルで送信することを決定する(=「カウント値を用いてスライディングウインドウDEC(503)によりスライディングウインドウの…FEXTC,NEXTCの区間の特定を行う」)独自のカウンタを有し,本件DSLAM及び本件ADSLモデムを用いた伝送システムは,構成要件9B及び9Cを充足することは明らかである。
以上のとおり,本件チップセットがAnnex.Cに準拠している以上,本件DSLAM及び本件ADSLモデムを用いた伝送システムは,本件特許発明9の技術的範囲に属する。
15エ 控訴人は,被控訴人及びイカノス社に対して,平成22年12月9日以降,本件チップセットについて本件各特許発明実施しているか否か,及び,本件各特許の無効に関する資料調査を依頼した。しかし,イカノス社は,平成23年8月2日には,被控訴人と控訴人の3社でWi−LAN社に対するライセンス料を分割して負担することまで提案している。そして,イカノス社は,同年10月12日に,控訴人から,本件各特許のクレームについての侵害の有無を区別するため,同年7月20日に提出された技術分析(乙20)よりも更なる技術分析を要請されたことに対して,技術分析を進めるが,Wi−LAN社の主張が妥当である部分については,掘り下げるつもりはないと発言し,この協議を踏まえて提出した技術分析(乙21)では,本件各特許以外のWi−LAN社保有の特許については,そのような技術を使用していないと明言するも,本件各特許については,新しい実質的な説明もなく,掘り下げた技術分析を行わなかった。このように,イカノス社が,本件チップセット及びその使用方法について,本件各特許権を侵害するか否かについて掘り下げた技術分析を行っていないのは,イカノス社の同年10月12日の上記発言を踏まえれば,本件チップセット及びその使用方法が本件各特許権を侵害するとのWi−LAN社の主張が妥当であることを認めていることを示している。
また,控訴人は,平成23年1月20日,被控訴人及びイカノス社に対して,控訴人の認識としては,本件各特許発明は,本件チップセットに実装されている可能性が高いとの判断をしている旨述べたが,これに対して,被控訴人及びイカノス社からは何らの反論もなかった。むしろ,イカノス社は,同年3月22日及び同年4月26日には,控訴人とWi−LAN社の間でライセンス契約が締結された場合であっても,イカノス社が供給する部品に関するライセンス料に対して責任があることを認識している旨述べ,本件各特許発明は,本件チップセットに実装されているものであり,本件製品の他の構成により実装されているものではないことを認めている。
以上の控訴人,被控訴人及びイカノス社の交渉の経緯に鑑みれば,本件チップセッ16トは,本件各特許権を侵害するものであり,かつ,本件各特許発明は,本件チップセットに実装されており,本件製品の他の構成により実装されているものではないことは明らかである。
オ 原判決は,本件チップセットは,Annex.Aにも準拠しているため,Annex.Cの規格にのみ用いられるものではないからいわゆる専用品に当たらない旨判示した。
しかし,本件チップセットは,本件各特許発明に係る構成を実現するものであり,本件各特許発明のうち,物の発明にかかる特許権を直接侵害するものであるが,仮に本件チップセットを搭載した本件DSLAM及び本件ADSLモデムが直接侵害するものであっても,本件チップセットはかかる本件DSLAM及び本件ADSLモデムの生産にのみ用いる物であるから,間接侵害品である(特許法101条1号)。
〔被控訴人の主張〕ア 控訴人の主張アについて乙21には,控訴人の使用状況によっては,Annex.A規格,Annex.C規格,50/10トランシーバ又はCPEソリューションが控訴人によって使用される可能性があり得ることが述べられているにすぎず,本件チップセットが具体的にどのような技術を採用しているのかについては何ら述べていない。
イ 控訴人の主張イについて乙44には,本件チップセットがAnnex.Cに準拠しているのか,Annex.Cのどの部分が具体的にサポートされているのかについては何ら記載がなく,乙45には,Octane Plusチップセットについて,Annex.Cのどの部分が具体的にサポートされているのかについて何ら記載がない。さらに,乙44及び45は,コネクサント社のチップセット事業がイカノス社に譲渡された平成21年より約4,5年も前の文書であって,乙44及び45にも仕様が予告なく変更されることがある旨記載されているように,コネクサント社のチップセット事業がイカノス社に譲渡された平成21年までの間に仕様が変更された可能性も否定で17きない。
したがって,乙44及び45の記載を根拠に,本件チップセットがAnnex.Cに準拠しているとする控訴人の主張は失当である。
ウ 控訴人の主張ウについて控訴人は,本件規格仕様書の「shall」「must」 の文言は必須であることを意味するとして,本件各特許発明構成要件に相当する本件規格仕様書の部分は必須である旨主張するが,控訴人が指摘する箇所は,本件各特許発明構成要件の一部の構成に関する記載であり,当該記載があることをもって,本件各特許発明の全ての構成が,本件規格仕様書に必須の構成ということはできない。
エ 控訴人の主張エについてイカノス社は,コネクサント社製チップセットに比べると控訴人に対するチップセットの供給量が少なく,ライセンス料も高額にはならないと考え,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでおらず,ライセンス契約を締結することが最良の解決であると述べたものであり,詳細な技術分析を行うのは経済性・効率性の観点から避けたいとの考えでライセンスの提案を行ったにすぎない。
また,イカノス社において,本件チップセット及びその使用方法が本件各特許権を侵害することを明示的に認めたことを示す証拠はない。さらに,控訴人の販売するモデム装置の部品表,回路図,仕様書が必要であるとのイカノス社からの要求に対して,控訴人が資料の提供を拒んだために,イカノス社において詳細な技術分析を行えなかったことはやむを得ないというべきである。
控訴人は,本件各特許発明は,本件チップセットに実装されている可能性が高いとの見解を述べたことに対して,被控訴人及びイカノス社から何らの反論もなかった旨主張するが,本件各特許発明が本件チップセットに実装されていることを示す証拠は何ら提示されていなかったのであるから,このことをもって,本件各特許発明が本件チップセットに実装されているとするのは論理の飛躍がある。
さらに,控訴人は,イカノス社は,平成23年3月22日及び同年4月26日に,18控訴人とWi−LAN社との間でライセンス契約が締結された場合であっても,イカノス社が供給する部品に関するライセンス料に対して責任があることを認識している旨述べ,本件各特許発明が本件チップセットに実装されていることを認めている旨主張する。しかし,イカノス社は,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでおらず,控訴人に対するチップセットの供給量は少ないからライセンス契約を締結することが最良の解決であると述べているとおり,詳細な技術分析を行うのは経済性・効率性の観点から避けたいとの考えでライセンスの提案を行ったにすぎず,本件各特許発明が本件チップセットに実装されていることを認めたものではない。
オ 控訴人の主張オについて本件チップセットないし本件DSLAM及び本件ADSLモデムが本件各特許権を直接侵害することは何ら示されていないから,控訴人の主張は前提を欠き失当である。
(2) 争点(2)(本件基本契約18条2項違反の成否)及び(3)(相殺の成否)について〔控訴人の主張〕ア 本件チップセット及びその使用方法は,本件各特許権を侵害し,少なくともその可能性が高いものであったところ,交渉が長期化すればWi−LAN社との交渉によってライセンス料の減額が見込めないばかりか,差止請求を受けるリスクが増大することとなる。しかも,控訴人は,平成23年10月には,Wi−LAN社から差止請求権の行使を含めた権利行使を示唆されており,他方で,同年11月の時点では,Wi−LAN社との交渉においてライセンス料の減額をするための交渉材料がない状況にあったから,これ以上,Wi−LAN社と交渉したとしても,有利な条件を導き出すことは不可能であった。法的解釈としても,FRAND宣言をしていない特許権の譲受人であるWi−LAN社からの権利行使について,これを制限する根拠を見いだすことはできず,また,差止請求のリスクを回避するための19設計変更等には多額の費用が必要であった。
したがって,遅くとも平成24年2月の時点では,控訴人の被る本件各特許権に基づく差止請求のリスクを回避するためには,Wi−LAN社との間でライセンス契約を締結して,ライセンス料を支払うこと以外には選択肢はなかった。
以上のとおり,本件基本契約18条2項が,被控訴人の納品した物品に関して第三者が有する知的財産権の侵害が問題となった場合に,被控訴人がとるべき包括的な義務を規定したものであるとしても,遅くとも平成24年2月時点では,被控訴人がWi−LAN社との間でライセンス契約を締結して,ライセンス料を支払う義務を負い,また,遅くとも同時点において,控訴人がWi−LAN社との間でライセンス契約を締結して,ライセンス料を支払ったことと,被控訴人の本件基本契約18条1項ないし2項違反との間に因果関係が認められることは明らかである。
イ 被控訴人の主張イ(イ)について被控訴人の主張する「別の枠組み」の内容が不明であるし,被控訴人の解釈では,協議が整わない場合にWi−LAN社に対するライセンス料をいずれの当事者が負担するのかも明らかではない。被控訴人の主張に係る甲2の記載は,Wi−LAN社と協議の結果,ライセンス料を負担することとなった場合,従来と同様,本件基本契約の枠組みの中で費用負担協議することが確認的に記載されているにすぎないものであって,被控訴人の主張は失当である。
〔被控訴人の主張〕ア 本件チップセット及びその使用方法が本件各特許権を侵害することを示す客観的証拠はなく,他社がライセンス契約を締結したとの事実のみをもって,本件チップセット及びその使用方法が本件各特許権を侵害し又は侵害する可能性が高かったということはできない。また,控訴人は,Wi−LAN社から具体的に法的手続をとられたことはなく,Wi−LAN社が提示するライセンス料の具体的根拠は不明であって,しかもライセンス料の提示額が大幅かつ継続的に減額されていたことから,さらなるライセンス料の減額の余地が十分にあり,差止請求のリスクは全くな20かった。殊に,本件各特許はFRAND宣言がされているところ,FRAND宣言がされた標準規格必須特許権は,標準規格を広く普及させるという目的からして,権利者が誰であろうと,ライセンスを受けることを希望する者に対しては,ライセンスを付与すべく協議を行う義務があり,差止請求権の行使の対象とはならない。
以上のとおり,控訴人の提供するサービス等が本件各特許権を侵害していることが何ら示されておらず,差止請求がされるリスクが低い状況下において,控訴人が独断でWi−LAN社と本件ライセンス契約を自己の利益のために独断で締結してしまったにすぎない。したがって,被控訴人はライセンス契約を締結すべき義務を負うことはなく,また,控訴人がライセンス料を支払うことと本件基本契約違反との間には相当因果関係がない。
イ 原判決による技術分析結果の提供についての認定・判断の誤り(ア) 原判決は,被控訴人が,イカノス社が詳細な技術分析ができなかったのは,イカノス社の要求にもかかわらず,控訴人が控訴人の販売するモデム装置の部品表,回路図,仕様書を提供しなかったためである旨主張したのに対し,本件各特許の有効性,本件チップセットとの抵触等を調査するに当たっての回路図等の必要性が必ずしも明らかではなく,イカノス社が当該資料の開示を求めていたというだけでは,その必要性が認められない旨判断した。
しかし,平成23年10月12日の三者間協議において,Wi−LAN社が,本件チップセットではなく,控訴人の提供するシステムがAnnex.C関連の特許を侵害する旨の主張をしているとの報告がされ,本件チップセット以外の部分が本件各特許に抵触しているか否かを検討する必要が生じていたことを受けて,イカノス社は,控訴人に対し,Wi−LAN社の特許が控訴人のサービスに関連するか否かについての控訴人の解析を共有することを求めたが,控訴人はこれを拒否した。
このように,イカノス社において詳細な技術分析を行う前提として,回路図等の資料が必要であったのであるから,原判決の上記判断は誤りである。
(イ) 原判決は,DSLAM用チップセットに関して,ADSLサービスではD21SLAM用のチップセットも使用されていること,平成23年5月の時点でDSLAM用チップセットが発注されていたことから,被控訴人及びイカノス社は,遅くとも平成23年11月の技術分析結果の報告の際には,DSLAM用チップセットに関しても見解を示す必要があったと判示した。
しかし,控訴人が作成した平成23年5月12日付けDSLAM用チップセットの注文書(甲2)の「その他の条件」欄には,「※本注文(Last Time Buy)に対する附帯条件」として,「4:注文日現在,Wi−LAN社と協議中のライセンス費用は含まれていない。同費用が発生する場合は別途協議の上対応。」と記載されている。すなわち,DSLAM用チップセットについては,別途協議の上で対応するとして,本件基本契約18条2項とは別の枠組みで解決されることが,控訴人及び被控訴人の間で合意されていた。
したがって,本件基本契約18条2項を根拠に,本件DSLAM用チップセットについても見解を示す義務を負うとする原判決の認定は誤りである。
(ウ) 以上のとおりであるから,被控訴人が本件各特許の有効性及び抵触性についての見解を提示するという義務に違反したとする原判決の認定は誤りである。
ウ 原判決によるライセンス料の算定に関する情報の提供についての認定・判断の誤り(ア) 原判決は,被控訴人が,本件各特許についてはFRAND宣言がされており,Wi−LAN社において控訴人に対してライセンス料を算定するための情報を提供すべき義務があるから,被控訴人においてかかる情報を提供する必要はなかった旨主張したのに対し,本件基本契約に基づき情報を提供する義務を負うことと,Wi−LAN社に情報を提供する義務があるか否かは無関係である旨判示した。
しかし,Wi−LAN社から合理的なロイヤルティの情報が得られれば,もはや被控訴人又はイカノス社がライセンス料の資料を提供する必要はないのであるから,原判決の上記認定は誤っている。さらに,控訴人は,Wi−LAN社と本件ライセンス契約を締結する前の平成23年8月の時点で,合理的なロイヤルティが100220万円程度であることを認識した上で,既にWi−LAN社に伝えていた。
したがって,被控訴人又はイカノス社において,ライセンス料の算定根拠となる資料を提供する義務が生じることはない。
(イ) 原判決は,本件各特許のライセンス料に関する実例や,本件各特許と同様の特許権に関する標準的なライセンス料率の資料などは,被控訴人自ら,または他社の協力を仰ぎ,資料の収集,調査等を行うことが不可能なものとはいえないから,コネクサント社やイカノス社に対して情報提供を要求しただけでは最善を尽くしたとはいえない旨判示した。
しかし,Wi−LAN社とコネクサント社との間のライセンス契約,及びWi−LAN社と控訴人との間のライセンス契約でも明らかなとおり,特許ライセンス契約においては守秘義務条項が設けられており,特に対価実施料率に関する事項については第三者に開示することが許容されていないのが一般的であるから,他社の協力を仰いだとしても,資料の収集を行うことは事実上不可能である。
したがって,原判決の上記判断は誤りである。
(ウ) 以上のとおりであるから,被控訴人がライセンス料の算定根拠を示す資料を提供する義務に違反したとする原判決の認定は誤りである。
第4 当裁判所の判断前記前提事実等(4)ないし(7)のとおり,本件個別契約に基づき,被控訴人は,平成24年1月6日及び同月13日,控訴人に対し,本件各物品を納入し,その売買代金が454万6792.40USドルであったところ,控訴人は,当審において,主位的に本件基本契約18条2項違反に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁,予備的に同条1項違反に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張する。そこで,事案に鑑み,そもそも本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについて,まず検討した上,主位的抗弁,予備的抗弁の順に判断する。
1 本件チップセットが本件各特許権を侵害するかについて(1) 控訴人は,原審において,裁判所の釈明に対し,本件チップセットが本件各23特許発明技術的範囲に属することにつき,本件チップセット自体を解析した上での立証を行うつもりがない旨述べたのみならず,当審においても,本件チップセットの具体的構成についても,本件チップセットを搭載した本件製品(本件DSLAM及び本件ADSLモデム)中の本件チップセット以外の部分の具体的構成についても,具体的な技術上の裏付けを伴った主張立証を行おうとしない。
本件各特許権は,元特許権者であった富士通株式会社により,いずれもITU(International Telecommunication Union)に対して,Annex.Cに用いるものとして,特許ポリシー2.2条に基づくFRAND宣言がされ,その後,自らは保有する特許を実施しないNPE(Non Practicing Entity)とされるウィーラン インコーポレイテッドが本件各特許権を承継したものである(甲8,9,18,38,乙1,17)。
控訴人は,本件各特許権の侵害について,本件チップセットは,Annex.Cに準拠しているから,本件チップセットないし本件チップセットを搭載した本件製品(本件DSLAM及び本件ADSLモデム)は本件規格仕様書に記載の構成を有し,ひいては原判決別紙本件製品等構成目録記載の構成を有するとした上(争点(1)ア),同構成は本件各特許発明に係る原判決別紙構成要件目録記載の各構成要件を充足する旨主張する(争点(1)イ)ことから,以下,争点(1)ア及び争点(1)イの順に控訴人の主張について検討する。
(2) 争点(1)ア(本件チップセットはAnnex.Cに準拠し,その規格仕様書に開示された構成を有するか)についてア 控訴人は,ADSL規格の一つであるAnnex.Cは,日本向けの規格であり,特段の事情のない限り,本件チップセットはこれに準拠していると主張する。
しかし,「準拠」は,一般的には,「よりどころまたは標準としてそれに従うこと。または,そのよりどころ・標準」との語義を有するものとされているところ(新村出編「広辞苑第六版」岩波書店),「規格に準拠する」とした場合においても,規格内でオプションとされた事項を含め,規格で定められた全ての事項に適合する24場合や,規格内でオプションとされた事項や規格で定められた事項のうちの一部の事項を除いて適合する場合など,「準拠」には,さまざまなレベルの適合の度合いを含んでいると解されることが多い。そのため,控訴人のいう「準拠」が技術的にいかなる内容をいうのか明確とはいい難いものの,控訴人が,Annex.Cに準拠しているというためには,本件規格仕様書において必須条項として記載された構成を全て充足する必要がある旨主張していることからすれば,控訴人のいう「準拠」とは,本件規格仕様書において必須条項として記載された構成を全て充足することをいうものと解して,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」しているか否かを検討する。
しかして,Annex.Cが日本向けの規格であり,本件チップセットが日本の事業者である控訴人に納入されたことのみから,当然に本件チップセットがこれに「準拠」していると認めることは困難である。この点,控訴人が証拠として提出したADSL技術に関する書籍(乙12。「わかりやすいADSL技術」45頁)にも,「伝送方式にCAP,DMT(G.dmt or G.lite),さらにDMTの中でもAnnex.Cを使用するかどうかは,ADSL事業者やISPによります。」との記載があるし,控訴人自身,ADSLの規格として,上記書籍で北米仕様とされているAnnex.Aのみを採用していた時期があることを認めているところである(控訴人の原審における被告第10準備書面2頁)。
イ 控訴人は,乙44及び45の記載を根拠に,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」していると主張する。
乙44(コネクサント社による商品名「Argon550」のチップセットのファームウェアリリースノート)には,「GspanPlus/Gspan/A.x/C/xの4タイプのスピードに対応するコネクサント社のArgon550ベースのADSL送受信システム用のファームウェアリリースY67.33.01について説明する。」,「5 DSP改訂履歴…●Annex.Cに固有の変更」として,「前のコード(VTArb02746)においてAnnex.C用APIから読み出25すことの出来なかったリングオン/オフ機能を有効にした。」などの記載がある。
しかしながら,乙44には,「Argon550」のチップセットがAnnex.Cに「準拠」していることを示す直接的な記載はなく,上記記載事項が示す技術的内容等も明らかではないことから,これらの記載があることのみをもって,コネクサント社製の「Argon550」のチップセットがAnnex.Cに「準拠」しているということはできない。そうすると,乙44記載の製品と本件チップセット(甲12の1・2枚目参照)の商品名が一致するとしても,乙44の記載をもって,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」しているということはできない。
また,乙45(コネクサント社による「Octane Plus データシート」)には,チップセット注文番号欄「G7566−850−001WCC」については,「サポート」欄に「ANSI T1.413 i2,G.Span,G.SpanPlus,I−FM,ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes Aand C」,「AFEパッケージ/部品番号」欄に「421PBGA GS3820−850−001CC」と記載され,チップセット注文番号欄「G7566−850101WCC」については,サポート欄に「ANSI T1.413 i2,G.Span,G.Span Plus,G.Span Plus Super Upstream Quad(SUQ),I−FM,ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes A and C」,「DSPパッケージ/部品番号」欄に「448PBGA GS7566−850−101W」,「AFEパッケージ/部品番号」欄に「421PBGA GS3820−850−001CC」と記載されている。しかし,上記「サポート」欄の語は,あくまで「サポート」であって「準拠」ではない上,「サポート」が,いかなる根拠に基づき,いかなる技術的事項を意味するものであるのか,乙45からは何ら明らかではない。したがって,乙45のコネクサント社製のチップセットの「サポート」欄に「Annexes Aand C」との記載があることのみをもって,上記コネクサント社製の「448PBGA GS7566−850−101W」のDSPチップや,「421PBG26A GS3820−850−001CC」のAFEチップが,Annex.Cに「準拠」しているということはできない。そうすると,乙45記載の製品と本件チップセット(甲2・「品名/内容/型式/適用」欄参照)の製品番号が一致するとしても,乙45の記載をもって,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」しているということはできない。
以上によれば,控訴人の上記主張は,採用することができない。
ウ 控訴人は,本件DSLAM用チップセットのファームウェアのバージョンが「Y67.29.68」であり,これは,Annex.Cに「準拠」しているコネクサント社製のDSLAM用チップセットのファームウェアのバージョン「Y67.29.67」において発生した特定の不具合を解消するためにパイロットトーン電力値を変更したものであって,それ以外はコネクサント社製のものと同じであるから,本件DSLAM用チップセットはAnnex.Cに「準拠」していると主張する。
乙64の1(コネクサント社による「イシュー2.0リリースノート」)には,「コネクサント OctanePlusPlusCO5−Speedリリース GspanPlusPlus/GspanPlus/I−FM/C.x/A統合(Y67.29.67)」,「コネクサント社OctanePlusPlusベースのADSLトランシーバシステムのための,統合されたGspanPlusPlus/GspanPlus/I−FM/Cx/AテストファームウェアリリースAPI601_Y67.29.67について説明する。…パラメータとデフォルト値のリストともに,Annex C,Cx,H及びIの完全な概要は,Octance及びG24(DO−400903−DG)のためのAnnex Cx,H及びIのAPIの実装ガイドに記載されている。」,「3.今回のリリースにおける主要な改善 今回のリリースに含まれる機能強化は以下のとおりである。 具体的なDSPの改善 Annex C 周囲4kmにおけるE_FBM−OLにおける不定期の低速のアップストリームレートを修正した(内部)。 4.2kmを超えるE_F27BM−OLにおける極めて低速のアップストリームCRCを修正した(内部)。」と記載されている。
しかし,乙64の1には,ファームウェアバージョンの「Y67.29.67」がAnnex.Cに「準拠」していることを示す直接的な記載はなく,上記記載事項がいかなる技術的事項を意味するものであるのか明らかではないから,上記記載があることをもって,ファームウェアバージョンが「Y67.29.67」であるチップセットがAnnex.Cに「準拠」しているということはできない。
また,証拠(乙63,64の2)によっても,ファームウェアのバージョンが「Y67.29.68」であるものと,ファームウェアのバージョンが「Y67.29.67」であるものとが,アルカテル社製ADSLモデムを使用した場合のパイロットトーン電力値の不整合を解消するための変更がなされた点を除き,同一の仕様を有していると直ちに認めることはできない。
したがって,乙64の1の記載をもって,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」しているということはできない。
エ 控訴人は,平成23年10月12日,控訴人から,被控訴人及びイカノス社に対して,Wi−LAN社がAnnex.Cを使用する控訴人のシステムがWi−LAN社のAnnex.C関連の特許権を侵害している旨述べていることを伝えたのに対し,イカノス社は,技術分析(乙21)において,本件チップセットにはAnnex.Cを実装していること,その実装時に本件各特許発明以外の特許発明実施していない旨を明確に述べている旨主張する。
しかし,イカノス社が,平成23年11月15日,控訴人に対して,技術分析の結果として送付した資料(乙21)には,本件各特許とは別の3件の特許(特許番号3717363(米国特許番号6845125),4391702(米国特許番号6963617),3732707(米国特許番号6965617)。以下「別件特許」という。)について,「本特許は,DMT/OFDMに基づく非オーバーラップ型FDMトランシーバの直交性を改善する一群の技術に関する。弊社は,ソ28フトバンク社によって使用されることがあるADSL Annex A規格,Annex C規格,または50/10トランシーバの実装においてこれらの技術を使用していない。」,「本特許は,ISDNのピンポン伝送方式の基本レートと関連付けられた400Hzフレーミングへの同期を迅速に再取得するためにADSLのAnnex C対応CPEで使用されることがあり得る方法について記載する。弊社は,ソフトバンク社によって使用されることがある弊社のADSLのCPEソリューションにおいてこれらの技術を使用していない。 と記載されているように,」控訴人の使用状況によっては,Annex.A規格,Annex.C規格,50/10トランシーバ又はAnnex.C対応CPEが使用される可能性があり得ることを記載したものにすぎず,本件チップセットが具体的にどのような技術を採用しているのかについては何ら記載されていない。
したがって,乙21の記載をもって,イカノス社が,本件チップセットにはAnnex.Cを実装していることを明確に述べている旨の控訴人の上記主張は,採用することができない。
オ 控訴人は,イカノス社は,平成23年10月12日の協議において,イカノス社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じと考えていると述べていること,同年11月15日の技術分析(乙21)において本件チップセットにAnnex.Cを実装していることを述べていることから,コネクサント社製のチップセットと,イカノス社が製造した本件チップセットは同一の技術内容であり,Annex.Cに準拠しているものであることは明らかである旨主張する。
しかし,前記イ及びウのとおり,乙44,45及び64によっても,コネクサント社製のチップセットがAnnex.Cに準拠していることを認めるには足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって,後記2(1)のとおり,イカノス社が,控訴人及び被控訴人と行った平成23年10月12日の協議において,イカノス社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じと考えていると述べた事実をもって,本件チップセットがAnnex.Cに準拠していることの証左となるも29のではない。また,前記エのとおり,乙21の記載をもって,イカノス社が,本件チップセットにはAnnex.Cを実装していることを述べていると認定することはできない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
カ 控訴人は,原審において,裁判所の釈明に対し,本件チップセットが本件各特許発明技術的範囲に属することにつき,本件チップセット自体を解析した上での立証を行うつもりがない旨述べたのみならず,当審においても,本件チップセットの具体的構成についても,本件チップセットを搭載した本件製品(本件DSLAM及び本件ADSLモデム)中の本件チップセット以外の部分の具体的構成についても,具体的な技術上の裏付けを伴った主張立証を行おうとしない。控訴人が控訴人のサービスや本件製品中の本件チップセット以外の部分の具体的構成につき,被控訴人及びイカノス社に情報を提供することを拒否したことなど,後記2(1)で認定する事実経過をも踏まえると,仮に本件製品の構成がAnnex.Cに「準拠」しているとしても,専ら本件チップセットにより実現されていると認めることは,困難というほかはない。
キ 小括以上によれば,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」していることも,本件規格仕様書に開示された構成を有することも,認めるには足りない。
(3) 争点(1)イ(本件各特許権との抵触の有無)についてア 前記(2)のとおり,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」していることも,本件規格仕様書に開示された構成を有することも,認めるに足りない。また,控訴人は,本件チップセットを搭載した本件製品が本件規格仕様書に記載の構成を有していることについても,具体的な主張立証をしない。
そうすると,本件チップセットないし本件製品が,原判決別紙本件製品等構成目録記載の構成を有することも,ひいては,本件各特許発明に係る原判決別紙構成要件目録記載の各構成要件を充足することも,いずれも認めることはできないし,本30件チップセットがAnnex.Cの規格にのみ用いられるところのいわゆる専用品であると認めることもできない。
イ 控訴人は,控訴人から,被控訴人及びイカノス社に対して,本件チップセットが本件各特許発明実施しているか否かについて調査を依頼したが,イカノス社は,技術分析を進めるが,Wi−LAN社の主張が妥当である部分については,掘り下げるつもりはないと発言し,技術分析においても,本件チップセット及びその使用方法が本件各特許権を侵害するか否かについて掘り下げた技術分析を行っていないことや,控訴人が,被控訴人及びイカノス社に対して,控訴人の認識としては,本件各特許発明は,本件チップセットに実装されている可能性が高いとの見解を示したことに対して,何らの反論もせず,むしろ控訴人とWi−LAN社の間でライセンス契約が締結された場合であっても,イカノス社が供給する部品に関するライセンス料に対して責任があることを認識している旨述べており,このような経緯に照らせば,本件チップセットは,本件各特許権を侵害するものであり,かつ,本件各特許発明は,本件チップセットに実装され,本件製品の他の構成により実装されているものではないことは明らかである旨主張する。
控訴人,被控訴人及びイカノス社との間の交渉経過は,後記2(1)認定のとおりであるところ,@控訴人は,平成23年1月20日,控訴人の認識としては,Wi−LAN社から指摘を受けている本件各特許発明は本件チップに実装されている可能性が極めて高いと判断している旨述べたこと(後記2(1)ウ),Aイカノス社は,同年3月22日,控訴人に対し,コネクサント社,NEC及び住友電工が詳細な技術分析の結果として,Wi−LAN社とライセンス契約を締結していることから,Wi−LAN社の主張が妥当なものである可能性が高いこと,イカノス社において,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでいないこと,コネクサント社製のチップセットについては既にライセンス契約が締結されており,同チップセットに比べるとイカノス社製のチップセットの供給量は少なく,また,日本の特許権が対象となっていることから,控訴人とWi−LAN社とのライセンス31契約が最良の解決であると考えていることを伝えたこと(後記2(1)セ),Bイカノス社は,同年4月26日,イカノス社製の製品に関するライセンス料を支払い又は負担する責任があることを認識している旨述べたこと(後記2(1)タ),Cイカノス社は,同年8月2日,技術分析の結果(乙20)に基づき,別件特許についてはこれらの技術を使用していないとの報告を行い,本件特許1,2,4,6及び9については,これらの特許がDSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技術とは無関係であるなどの簡単な報告をしたが,本件特許3,5,7及び8については報告を行わず,他方において,Wi−LAN社に対して支払うロイヤルティを3社で分担することを提案したこと(後記2(1)ト),Dイカノス社は,同年10月12日,控訴人から更なる技術分析を要請されたところ,イカノス社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じと考えており,コネクサント社が取得したライセンスでカバーされていない技術が残っているのか疑問があること,本件各特許のうち何件かはCPEに関連しないと考えており,DSLAM技術に関連するのか否か,コネクサント社の技術に関連するのか否かという観点から技術分析を進めるつもりであるが,Wi−LAN社の主張が妥当である部分については,掘り下げるつもりはないと述べたこと(後記2(1)ヌ),Eイカノス社が同年11月15日に送付した技術分析(乙21)には,別件特許については,これらの技術を使用していない旨の乙20と同旨の報告がされ,本件各特許については,DSLAM送信機の請求項である,CPEの請求項と思われる,DSLAMの実装に固有の要素であり,CPEの実装には見られない要素であるなどと,本件各特許の請求項についての簡単な報告がされたにすぎなかったこと(後記2(1)ノ),以上の事実が認められる。
上記認定事実によれば,イカノス社は,コネクサント社,NEC及び住友電工が詳細な技術分析の結果として,Wi−LAN社とライセンス契約を締結していることから,Wi−LAN社の主張が妥当である可能性が高いこと,コネクサント社製のチップセットについては既にライセンス契約が締結されており,同チップセット32に比べるとイカノス社製のチップセットの供給量は少ないことなどから,イカノス社において,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでいないとの立場に立った上で(上記A),控訴人とWi−LAN社とのライセンス契約を締結することにより解決することが最良の方法であって,その場合には,イカノス社製の製品に関するライセンス料を支払い又は負担する責任があることを認識している旨述べ,あるいは,控訴人,被控訴人及びイカノス社の3社でライセンス料を分担することを提案しているものである(上記A,B,C)。また,基本的には,上記立場に立っていることから,控訴人からの技術分析の要請に対しては,イカノス社の技術が,コネクサント社の技術と基本的に同じであって,コネクサント社がWi−LAN社との間でライセンス契約を締結している以上は,更なる技術分析といっても,所定の観点から技術分析を進めるだけで,それ以上掘り下げるつもりはないと述べ(上記D),控訴人に報告した技術分析の結果(乙20,21)の内容は,別件特許についてはこれらの技術を使用していないことを明確に報告するものであるが,本件各特許については,単に本件各特許がDSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技術とは無関係であるなどの簡単な報告をするものにすぎず,およそ詳細な技術分析を行ったとはいえないものであって,本件チップセットが本件各特許権を侵害するものである旨の記載や報告はない(上記C,E)。また,控訴人が,控訴人の認識としては,Wi−LAN社から指摘を受けている本件各特許発明は本件チップに実装されている可能性が極めて高いと判断している旨述べたが(上記@),本件各特許発明が本件チップに実装されているか否かは,詳細な技術分析を行わなければ判明しない事項であるから,イカノス社がこれに反論しなかったからといって,同社が控訴人の上記判断を是認したものということはできない。
そうすると,イカノス社が,ライセンス契約の締結をしょうようしたのは,本件チップセット及び本件各特許の詳細な技術分析を行った結果ではなく,コネクサント社などの他の企業がチップセットについて既にWi−LAN社との間でライセン33ス契約を締結していることや,控訴人に対するイカノス社製のチップセットの供給量は少ないことから,イカノス社において,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行って,本件各特許発明技術的範囲に属するかどうかを調査することは,経済合理性・採算性からして割に合わないとの考え方に立っていたことに基づくものということができる。したがって,控訴人,被控訴人及びイカノス社との間の交渉経過として,上記認定事実が認められるとしても,イカノス社において,本件チップセットが本件各特許発明構成要件を充足し,これを侵害するものであることを実質的に認めていたということはできないし,ひいては,本件各特許発明が,本件チップセットに実装され,本件製品の他の構成により実装されているものではないことが明らかであるということもできない。
控訴人の上記主張は,採用することができない。
ウ 控訴人は,本件チップセットは,本件各特許発明に係る構成を実現するものであり,本件各特許発明のうち,物の発明に係る特許権を直接侵害するものであるが,仮に本件チップセットでなく,これを搭載した本件DSLAM及び本件ADSLモデムが本件各特許権を直接侵害するものであっても,本件チップセットは,かかる本件DSLAM及び本件ADSLモデムの生産にのみ用いる物であるから,その間接侵害品である旨主張する。
しかし,本件チップセットがAnnex.Cに「準拠」していることを認めるに足りない以上,本件チップセットが本件規格仕様書に開示された構成を有することも,ひいては,原判決別紙本件製品等構成目録記載の構成を有することも,いずれも認めることはできない。また,控訴人は,本件チップセットを搭載した本件製品(本件DSLAM及び本件ADSLモデム)中の本件チップセット以外の部分の具体的構成について,具体的な技術上の裏付けを伴った主張立証を行おうとしないのであるから,本件製品が,本件規格仕様書に記載の構成を有していることについても,本件各特許権を直接侵害することについても,いずれもこれを認めるに足りる証拠はなく,控訴人の上記主張はその前提を欠くというべきである。
34その上,乙44及び45のコネクサント社製のチップセットと本件チップセットとは同一の構成・動作を有するとの控訴人の主張を前提とすると,前記(2)イの乙44及び45の記載によれば,本件チップセットは,「GspanPlus,Gspan,Annex.A.x及びAnnex.C.x」の4タイプのスピードに対応し,また,「ANSI T1.413 i2,G.Span,G.Span Plus,I−FM,ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes.A,ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes.C」又は「ANSI T1.413 i2,G.Span,G.Span Plus,G.Span Plus Super Upstream Quad(SUQ) I−FM,, ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes A,ITU G.992.1(G.dmt)−Annexes.C」をサポートしていると解され,本件チップセットはAnnex.Cのみに使用されるものではなく,Annex.Cに従った通信以外の他の用途にも使用されるものということになる。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
エ 以上によれば,本件チップセットが,本件各特許権の直接侵害品ないし間接侵害品であるとか,同チップセットの使用が本件各特許権の侵害行為となるという控訴人の主張は,その前提を欠き,採用することができない。
(4) 小括以上のとおり,本件チップセットが本件各特許権を侵害するものであるということはできない。
2 争点(2)(本件基本契約18条2項違反の成否)について(1) 認定事実前記前提事実等及び後掲の証拠(下記認定に反する部分は,採用することができない。)並びに弁論の全趣旨によれば,被控訴人,控訴人及びイカノス社との間の交渉経過,並びに控訴人とWi−LAN社との間の交渉経過等について,以下の事実が認められる。
35ア 控訴人は,平成22年12月9日,被控訴人に対し,本件各特許について,Wi−LAN社からライセンスの申出を受けたことから,「知的財産権の侵害に関する調査協力のお願い」と題する書面をもって,本件基本契約18条に基づき,本件各特許権に関する調査の協力依頼をした。具体的には,@チップ・ベンダーであるコネクサント社及びイカノス社とWi−LAN社とのライセンスの有無及びライセンス条件,AWi−LAN社からコネクサント社及びイカノス社に対するライセンスの申出の有無及び交渉状況,B特許抵触に関する見解及び対応方針についてであった。控訴人は,被控訴人に協力を依頼するに際し,上記@及びAの項目の回答期限を同月15日,上記Bの項目の回答期限を同月22日とし,同項目については,コネクサント社及びイカノス社と協議した上で回答するよう求めた(乙3)。
なお,被控訴人は,平成23年1月11日付けの電子メール(甲29)を根拠に,上記回答期限については,控訴人の指示に従いイカノス社への連絡を見合わせ,本件紛争に対する対応の協議は,控訴人からイカノス社に対する連絡を待って平成23年に開始されたと主張する。同メールには,「SoftbankBBからの調査依頼書の回答はSoftbankBBからの指示待ちで,それまでは保留とさせていただく旨のMail.」との記載があるが,これは被控訴人の従業員間のやりとりにすぎず,控訴人の了解を前提にしたものと認めることはできない。確かに,甲29に引用されている電子メールには,控訴人の従業員である黒川雄司による「なお,チップ・ベンダへは,それぞれ当方より打診いたします。※チップ・ベンダへの頭出しが完了するまでコンタクトはお控えください。」との記載が存在するが,このメールは,平成22年12月7日に送信されたものであり,控訴人が被控訴人に対し協力を依頼するよりも前のことである。そして,同月9日に黒川雄司から送られた電子メールには,「過日,お願いした件,正式書面にて改めてご協力要請させて頂きます。」とあり(甲29),この正式書面は,控訴人から被控訴人に対し送付された同日付け「知的財産権の侵害に関する調査協力のお願い」(乙3),すなわち,控訴人の被控訴人に対する協力依頼に係る書面であると解されるから,上36記のとおり,控訴人は,協力依頼の内容として,被控訴人においてチップ・ベンダーであるコネクサント社及びイカノス社と協議することを求めている以上,同月7日付けの黒川雄司のメールの記載は既に意味を失っていたものと認められ,このことは被控訴人において明白であったといえる。
イ 控訴人は,平成22年12月27日,Wi−LAN社との間で,本件各特許のライセンスに関する協議を行い,同社から,以下の提示を受けた(甲10,乙2)。
(ア) 現在協議中の規格及び特許は,ADSL Annex C及びADSL2/+Annex C並びに本件各特許であること。
(イ) Wi−LAN社のDSLライセンシング計画として,@早期ライセンス(相互に利益のあるビジネス要件に関する確認に基づく低いライセンス料率,相当柔軟性のある条件。),A交渉された又は遅延したライセンス(第2ラウンド)(早期ライセンスが拒否された場合又は遅延作戦が行われた場合,オファーは撤回され,ポートフォリオ全体につき詳細な違反調査が行われ,ロイヤルティ率が著しく増加し,条件及び賠償金の過去分について柔軟な対応を行いにくくなる。),B訴訟後のライセンス(訴訟終了後,全ての既存のオファーは撤回され,交渉は振出しに戻り,ライセンスのオファーは裁判所により課された料率等でされ,全額賠償,増額賠償等の全ての費用を含み,裁判所により課された料率と係争中の条件を変更する柔軟性はほとんどない。)の3段階のライセンシングがあること。
(ウ) Wi−LAN社による早期ライセンスのオファーとして,@Wi−LAN社は,控訴人に対して,控訴人のDSL製品について現在保有している又はライセンス期間中に取得した全てのWi−LAN社の日本のDSL特許及び出願に係る日本のライセンスを付与する,Aライセンス期間は5年とする,B控訴人はWi−LAN社に対して480万USドルを支払う,C控訴人が平成23年3月15日までにWi−LAN社との間でライセンス契約を締結しない限り,オファーは撤回される可能性があること。
ウ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年1月20日,以下のとおり,37三者間で協議を行った(甲10)。
(ア) 控訴人は,被控訴人及びイカノス社に対し,Wi−LAN社からのライセンス要求として,以下の三つの進め方を提案されていることを説明した。また,控訴人は,控訴人の認識としては,今回,Wi−LAN社から指摘を受けている本件各特許発明は本件チップに実装されている可能性が極めて高いと判断している旨述べた。
@ Early License特許の抵触の有無を協議せずにライセンス実施する。
ライセンス内容:5年間,総額480万USドル条件:平成23年3月15日までに合意することA Negotiated or Delayed License特許の抵触の有無を控訴人とWi−LAN社間で判断する。@の場合よりもライセンス料は高額になる。
B 裁判により特許の抵触の有無を争う(イ) イカノス社は,控訴人に対し,平成21年に,NTTのADSLモデムを設計,製造していたNEC及び住友電工に対しWi−LAN社からライセンスの提案があったこと,この提案に対し,NECは早い段階でライセンス料を支払い,住友電工は技術的な検証の終了を待たずにライセンス料を支払い,いずれも解決したことを報告した。
(ウ) 控訴人は,被控訴人に対し,以下の事項等を要求した。
@ 本件紛争に対する被控訴人としての方向性の明示(平成23年2月4日まで)A 本件チップセットにおける本件各特許発明実施の有無(同月4日まで)B 本件各特許の無効に関する資料調査(同月14日まで)エ 被控訴人と控訴人は,平成23年1月25日,以下のとおり,協議を行った(甲30,乙27)。
(ア) 被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人における進捗状況として,@コネク38サント社とイカノス社に対し正式な対応依頼を申し入れたこと,Aコネクサント社から,本件各特許について,コネクサント社分は既にライセンス契約済みであるが,イカノス社分は同契約に含まれないとの回答があったことを報告した。
(イ) 被控訴人は,控訴人に対し,@ライセンス契約を締結するか,訴訟で争うかについての被控訴人の最終判断は,本件各特許の技術の使用の有無が明確になってから行うこと,AWi−LAN社との対応主体につき,他のチップ販売先への影響を理由に,イカノス社がWi−LAN社への対応当事者になる可能性があることを説明した。
(ウ) 被控訴人は,控訴人に対し,Wi−LAN社が提案しているライセンス料480万USドルの算定根拠を質問し,これに対し,控訴人は,算定根拠はないと思われるとの回答をした。
(エ) 控訴人は,被控訴人に対し,@本件各特許の技術の使用の有無につき,被控訴人の回答期限が平成23年2月4日であることを前提に,コネクサント社及びイカノス社に対して同事項の回答期限を明確にすること,Aコネクサント社に対し,本件各特許につき既にライセンス契約が締結されているのかを再度確認し,締結されている場合は,正式な回答書面とそのことを確認できる資料を提出するよう要求することを依頼した。
オ Wi−LAN社は,平成23年2月1日,控訴人に対し,Wi−LAN社からの早期ライセンスの提案について,一度,2月下旬にWi−LAN社と面談の機会を持つことを提案した。
これに対して,控訴人は,チップ・ベンダー各社の回答を待って控訴人の方針を決める予定であるところ,チップ・ベンダー各社の動きが芳しくないことから,現時点では面談を受ける状況ではないこと,同年3月15日までには何らかの回答をする旨連絡した(乙24)。
カ 被控訴人は,平成23年2月10日,控訴人に対し,書面にて以下の内容を報告した(乙6)。
39(ア) コネクサント社は,平成21年12月22日に,Wi−LAN社との間でライセンス契約を締結しており,本件各特許が含まれている。
(イ) 上記ライセンス契約における特許の許諾範囲には,コネクサント社が過去に販売した全ての製品が含まれるが,イカノス社が販売した製品は含まれない。
(ウ) コネクサント社は,上記ライセンス契約の写しを提供する用意があるが,Wi−LAN社との間における守秘義務の対象であるため,提供にはWi−LAN社の承諾が必要となる。
(エ) 被控訴人は,イカノス社に対し,本件各特許とイカノス社製のチップセットとの関連性に関する技術分析,及び技術分析の結果を踏まえた上での本件紛争に対する対処案の回答を求めている。
(オ) 被控訴人は,イカノス社から,控訴人の製品の技術情報の入手を依頼されている。
キ 被控訴人と控訴人は,平成23年2月17日,以下のとおり,協議を行った(乙18の1)。
(ア) 被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人における進捗状況として,イカノス社に対し本件紛争に関する責任を全面的にイカノス社が負う旨を伝えているが,イカノス社からこれに対する回答がないことを報告した。
(イ) 控訴人は,被控訴人に対し,被控訴人が対応方針を明確にすれば,控訴人もそれに合わせて調整を行うが,そうでなければ,控訴人としては様々な可能性を含め検討する必要があり,その結果,被控訴人の意思に反する可能性があることを説明するとともに,本件各特許発明の使用の有無が明らかにならない場合でも,被控訴人としての対応方針を同月21日までに明確にするよう求めた。
ク 被控訴人は,平成23年2月21日,控訴人に対し,本件基本契約18条2項に基づき,被控訴人の責任において本件紛争を解決するよう最善を尽くすことを述べるとともに,将来のイカノス社に対する責任追及の観点から,イカノス社の関与なく,Wi−LAN社と直接解決することを差し控えるよう求めた(乙7)。
40これに対して,控訴人は,同月24日,被控訴人に対し,Wi−LAN社からはライセンス意思の表示期限として同年3月15日と区切られていることから,今後のイカノス社との交渉状況及び内容を逐次知らせてもらいたいこと,イカノス社の対応状況次第では,控訴人として,Wi−LAN社に対して何らかの直接対応をとらざるを得なくなるが,その際には別途協議する旨回答した(甲11)。
ケ(ア) 被控訴人は,平成23年2月22日,控訴人に対し,イカノス社からの要請に基づき,控訴人のモデムに関する,@部品表,A回路図,Bモデム仕様書(控訴人のArgon550を使用したモデムの仕様書)の提供を求めた。なお,被控訴人の下には,部品表と回路図については,コネクサント社から受領した資料が存在するが,古いものであり,現状の設計と同じかどうかが不明であった(甲12の1)。
(イ) 被控訴人は,同月24日,控訴人に対し,上記資料の提供を再度要求した(甲12の2)。
(ウ) 控訴人は,同月25日,被控訴人に対し,イカノス社製チップ及びOS部分の仕様に基づき,技術的検討が可能であると考えること,及び提供を希望する詳細設計書は,控訴人において準備が不可能であり,モデム・ベンダーと交渉をしているが,提出する旨の同意は得られていないことを報告するとともに,モデムの技術資料を要請する意図をイカノス社に確認すること,及び同資料の提出の遅延が,イカノス社における対応の遅れの理由とされるのを回避することを要請した(甲12の3)。
コ 控訴人は,平成23年2月24日,Wi−LAN社に対し,被控訴人に納入されている製品に関して,コネクサント社がWi−LAN社との間でライセンス許諾を受けているとの報告があり,これが事実とすれば,Wi−LAN社とのライセンス交渉の前提が変わるため確認したい旨を通知した。
これに対し,Wi−LAN社は,同年3月1日,控訴人に対し,Wi−LAN社は,コネクサント社とライセンス契約を締結しているが,イカノス社の製品につい41てはコネクサント社とのライセンス契約には含まれていないこと,コネクサント社へライセンス済みのものはライセンス交渉の対象外であること,控訴人に対するライセンスの提案額は既に大幅に減額したものであり,コネクサント社とのライセンス契約の事実が影響するものではないこと,同月15日を過ぎると既に提示している条件の取下げもあり得ることから,何らかの対案の提示を要請する旨の回答がされた(甲24,乙23,24)。
サ 被控訴人と控訴人は,平成23年3月2日,協議を行い,本件紛争に対する対応方針を確認した。
控訴人は,被控訴人に対し,Wi−LAN社に問い合わせたところ,Wi−LAN社からは,前記コのとおりの回答を得たことを報告するとともに,本件各特許権の侵害の肯否及び無効化できる根拠の提示がイカノス社からされておらず,イカノスの対応方針の合理的な説明を要請した。また,控訴人は,イカノス社が要求する前記ケ(ア)の資料等については,コネクサント社の取引時と仕様は変更されていないこと,モデム・ベンダーから情報開示を拒否され,控訴人において提供できる技術情報はコネクサント社から被控訴人が受領したReference Design程度であり,これをイカノス社に開示してもらえばよいこと,要求したものが全部出ていないとの理由で時間稼ぎするのは防いでもらいたいこと,同月15日までに判断しなければならないことから,早急に被控訴人,控訴人及びイカノス社による三者会議の開催を求めた。
被控訴人は,控訴人に対し,引き続きイカノス社を動かしてWi−LAN社と交渉していく方針であることから,Wi−LAN社が示した回答期限である同月15日を過ぎてライセンス金額が大きくなった場合には,被控訴人において負担する旨を伝えた(甲24,乙23)。
シ 控訴人は,平成23年3月4日,被控訴人に対し,被控訴人及びイカノス社との面談の後,社内調整も必要であることから,三者会議の早急な日程調整を求め,同月15日の回答期限に間に合わないと考えられた場合には,控訴人のみの判断で42Wi−LAN社との交渉に臨まざるを得ないことがあることを了承されたい旨を通知した(乙18の2)。
ス 被控訴人は,平成23年3月13日,Wi−LAN社に対し,@被控訴人において使用しているチップセットのほとんど全てを供給しているコネクサント社が,Wi−LAN社とライセンス契約を締結しているとの情報を,最近になって入手したこと,A控訴人は,イカノス社からもチップセットを些少購入しているが,イカノス社によれば,上記ライセンス契約はイカノス社のチップセットもカバーする形で締結されているのではないかとの見解であること,Bこの点について控訴人からコネクサント社に問い合わせたところ,コネクサント社はWi−LAN社の同意があれば上記ライセンス契約を開示してもよいとの回答であることから,Wi−LAN社から控訴人に上記ライセンス契約を開示してもらいたいこと,Cもしイカノス社から購入したチップセットが上記ライセンス契約によりカバーされていない場合に備えて,イカノス社からの購入数量に見合ったライセンス条件の再提示をしてもらいたいこと,D同月11日の東日本大震災の影響により通常の業務ができない状況にあることから,時間的な余裕がほしい旨の通知をした(乙24)。
セ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年3月22日,以下のとおり,三者間で協議を行った(乙8)。
(ア) イカノス社は,控訴人に対し,@コネクサント社,NEC及び住友電工が詳細な技術分析の結果として,Wi−LAN社とライセンス契約を締結していることから,Wi−LAN社の主張が妥当なものである可能性が高いこと,Aイカノス社において,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでいないこと,Bコネクサント社製のチップセットについては既にライセンス契約が締結されており,同チップセットに比べるとイカノス社製のチップセットの供給量は少なく,また,日本の特許権が対象となっていることから,控訴人とWi−LAN社とのライセンス契約が最良の解決であると考えていることを伝えた。
(イ) 控訴人は,被控訴人及びイカノス社に対し,前記スのとおり,Wi−LA43N社に連絡を取り,Wi−LAN社の主張の大半が,既にライセンス契約を締結しているコネクサント社製のチップセットに関連していることを伝え,コネクサント社とのライセンス契約の条件を開示するよう求めていることを報告した。
ソ Wi−LAN社は,平成23年3月23日,控訴人からの前記スの通知に対して,金額部分を除いてコネクサント社が控訴人にライセンス契約の内容を開示することには同意すること,同契約書を読めば,イカノス社の製品についてはライセンスされていないことが明らかであること,既にコネクサント社に対するライセンス済みの製品があることについては大幅減額をした際に織り込み済みであることから,Wi−LAN社による減額が不十分というのであれば,控訴人が妥当であると考える数字を提案してもらいたいとの回答をした(乙58)。
タ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年4月26日,三者間で協議を行った。
控訴人は,コネクサント社とWi−LAN社との間のライセンス契約書(金銭的部分を除く。)のコピーを入手したこと,同ライセンス契約はコネクサント社製の製品のみをカバーしていること,Wi−LAN社との間で交渉を開始し,コネクサント社とイカノス社から購入した各製品の数量を開示し(後者は前者に比べて非常に小さい。),Wi−LAN社はこれらの数値を検討して控訴人に新たな提案をすることとなることを報告し,三者間で,ライセンス料,算定根拠,期間等の観点から検討が必要であることが確認された。イカノス社は,イカノス社製の製品に関するライセンス料を支払い又は負担する責任があることを認識していること,本件各特許のような特許権に対する標準的な料率に関する情報を準備し,提示することを述べた(乙9)。
チ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年6月24日,三者間で協議を行った。
控訴人は,Wi−LAN社が日本での災害に鑑みて請求額を430万USドルに引き下げたが,同額についての具体的な計算式は提示されていないことを報告する44とともに,イカノス社に対し,別件特許に係る技術を使用しているか否かの確認,及び本件チップセットの価格を基準にしたロイヤルティ算定の提案を要請した。イカノス社はこれらを行うことに同意した(甲26,乙28)。
ツ 控訴人は,平成23年7月11日,被控訴人に対し,スムーズな解決を目指し三者電話会議を開始したが,現在の交渉進行状況は問題であること,交渉がスムーズに進まない要因として,イカノス社から控訴人とWi−LAN社間の交渉内容に関して事前合意を求められている一方,Wi−LAN社からは回答の催促が来ているにもかかわらず,イカノス社から別件特許の調査及びロイヤルティ率の提示について何ら回答がないことを報告するとともに,今後も,本件基本契約18条に基づき,Wi−LAN社との交渉は控訴人が行い,被控訴人に対しては協力の要請と過去発注分の求償を行うことを伝えた(乙18の3)。
テ(ア) 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年7月13日,三者間で協議を行った。
上記3社は,本件紛争に関し,Wi−LAN社との連絡は控訴人が担当して全員が共同でサポートする体制を維持することを確認した。イカノス社は,控訴人に対し,数日以内に本件各特許と本件チップセットに関する技術的検討の結果を提示することを述べるとともに,合理的なロイヤルティ率については,具体的な数字を提示することは困難であるが,控訴人のADSL設備に使用されるADSLチップセットの約90%をコネクサント社製のチップセットが占めていることから,コネクサント社製のチップセットに適用されるロイヤルティ率に基づき検討することが有意義と考えられるとして,同ロイヤルティ率を突き止めるよう努力し,翌週までに結果を報告すると述べた(乙29)。
(イ) イカノス社は,同月20日,控訴人に対し,コネクサント社製のチップセットに係るロイヤルティ率についての新たな情報を発見することができなかったことを報告した(甲31)。
ト 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年8月2日,以下のとおり,45三者間で協議を行った(甲13,乙20,30)。
(ア) 控訴人は,Wi−LAN社との交渉状況について,控訴人がWi−LAN社に対して,ロイヤルティはチップセット数量に基づいて算出されるべきであり,現実的ロイヤルティ額は,例えば11万USドルから12万USドルの範囲内にあるべきことを主張したのに対し,Wi−LAN社からは実質的なフィードバックは提供されていないことを報告した。
(イ) イカノス社は,事前に送付した技術分析の結果(乙20)に基づき,別件特許については,これらの技術を使用していないとの報告を,本件特許1,2,4,6及び9については,これらの特許がDSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技術とは無関係であるとの報告をした。本件特許3,5,7及び8についての報告はなかった。
(ウ) また,イカノス社は,Wi−LAN社に対して支払うロイヤルティを3社で分担することを提案した。これに対して,控訴人は,補償に係る権利は被控訴人控訴人間の契約に従うものであり,イカノス社が提案する分担とは関係なく,過去に購入した製品についてはWi−LAN社に対して支払うべきロイヤルティの全額につき求償する権利を有すると考えている旨述べた。
ナ Wi−LAN社は,平成23年10月6日,控訴人に対し,控訴人とWi−LAN社の本件紛争の解決に対する見解には大きな隔たりがあることが再確認されたこと,控訴人のDSLビジネスに関連する日本特許リストを送付するが,その中にはチップセットに限られないシステムをカバーする方法特許も含まれていること,この段階で合意が得られない場合には技術的なディスカッションが必要となることから,早期の解決をする場合にはどの程度の金額の提示が可能かを2週間以内に連絡してもらいたいこと,控訴人からの提案を受け取った時点で,Wi−LAN社は現在提示している早期ライセンスのオファーを取り下げるか否かを決定し,早期ライセンスのオファーを取り下げた場合には,その後,Wi−LAN社は特許権者としてのあらゆるオプションを留保するということになること,2週間以内に回答が46ない場合には,自動的に早期ライセンス交渉は終了し,現在提示している早期ライセンスオファーは取り下げるので,留意されたい旨を通知した(乙67)。
ニ 控訴人は,平成23年10月6日,被控訴人に対し,「ナイフ突きつけてきました」との小見出しで,前記ナのとおり,Wi−LAN社から,控訴人とWi−LAN社の見解には大きな隔たりがあり,早期解決のための金額提示を2週間以内にするよう,提示がない場合には次のステージに移る旨の通知を受けたことを電子メールで報告した(甲27)。
ヌ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年10月12日,以下のとおり,三者間で協議を行った(甲14)。
(ア) 控訴人は,同月7日に行われたWi−LAN社との交渉において,同社に対し,同社が要求する300万ないし400万USドルのロイヤルティは非ライセンス製品であるイカノス社からの控訴人の実際の購入量が小さいため適切でない旨を説明したところ,Wi−LAN社は,同事実を認めたもののロイヤルティの減額を申し出ることはなく,控訴人に対してロイヤルティ支払についての具体的提案を同月19日までに提示するよう要求し,さらに前記ナのとおり,追加の特許を提示してきたことを報告するとともに,Wi−LAN社が,本件チップセットではなく,Annex.Cを使用する控訴人のシステムがWi−LAN社のAnnex.C関連の特許を侵害すると主張している旨を補足した。
(イ) その上で,控訴人は,イカノス社に対し,本件各特許権の侵害の有無を判断するため,更なる技術分析を要請した。
(ウ) これに対し,イカノス社は,同社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じと考えており,コネクサント社が取得したライセンスでカバーされていない技術が残っているのか疑問があること,本件各特許のうち何件かはCPEに関連しないと考えており,DSLAM技術に関連するのか否か,コネクサント社の技術に関連するのか否かという観点から技術分析を進めるつもりであるが,Wi−LAN社の主張が妥当である部分については,掘り下げるつもりはないと述べた。
47ネ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年10月26日,三者間で協議を行った。
控訴人は,イカノス社に対し,本件チップセットが本件各特許権を侵害しているか否かを理解するため,及びWi−LAN社に対するアプローチの方法を改善するため,分析結果のポイントを明確にした資料の提示を求めた。イカノス社は,控訴人に対し,本件各特許が控訴人のサービスに関連するか否かについての控訴人の分析を共有することを求めたが,控訴人はこれを拒否し,控訴人とモデム・ベンダー及びDSLAMベンダーとの議論に基づき,本件各特許はチップに関連するものであると考えている旨回答した(甲15)。
ノ イカノス社は,平成23年11月15日,控訴人に対し,技術分析の結果として資料(乙21)を送付した。
同資料には,本件特許1については,「DSLAMと加入者側回線のCPEの両端の送信機及び受信機の組合せに基づくDSL伝送方式のためのシステムレベルの請求項である。」と記載され,本件特許2については,「DSLAM送信機の請求項であることを示している。」又は「CPEの請求項と思われる。」と記載され,本件特許3,5,7,8及び9については,「CPEの請求項と思われる。」と記載され,本件特許6については,「DSLAMの実装に固有の要素であり,CPEの実装には見られない要素である(Wi−LAN社によってDSLAMと特定されている。)。」と記載され,本件特許4については,「Annex Cの実装のためのDSLAM側送信機において固有に見いだされるものであり,Annex Cの実装のためのCPE側受信機における要件ではない。」,「Wi−LAN社によりDSLAMであるとされている(CPEかもしれない)。」,「DSLAM送信信号の性質について言及しているか,又はCPE受信機の能力に言及しているかのいずれかであると思われる。」などと記載され,これに対して,別件特許については,これらの技術を使用していない旨の記載がされていた。
控訴人は,同月24日,イカノス社に対し,同資料にはイカノス社製品と本件各48特許とを区別する新たな実質的な説明がなく,Wi−LAN社との交渉において,同資料をどのように使用することができるのか不明であるとして,説明を求めた(乙31)。
ハ 被控訴人,控訴人及びイカノス社は,平成23年12月13日,三者間で協議を行った。
控訴人は,Wi−LAN社の提示額が290万USドルまで減額されたこと(ただし,この金額に論理的な根拠がないこと),Wi−LAN社から提示された特許はさらに増えていることを報告するとともに,控訴人としては,本件各特許権の侵害に関しては,ADSL Annex.Cについては明らかに黒で技術的に追いかけるスタンスはなく,金額,ライセンス期間等の条件闘争をWi−LAN社との間で行っている旨述べた(甲28)。
ヒ 被控訴人は,平成24年2月7日,控訴人に対し,イカノス社の回答を待った上でWi−LAN社とのライセンス契約前に協議する場を設定するよう,さらに,協議に臨むための材料として,交渉のステータス,現在Wi−LAN社から提示されている条件の詳細(イカノス社のチップセット以外に起因する侵害の有無,ライセンスされる特許,対象となる製品,期間等)の開示を要請した。
しかし,控訴人は,同日,被控訴人に対し,控訴人においてイカノス社の動向を考慮しないこと,Wi−LAN社との契約事項は守秘内容となり開示できないとして,上記要請を拒否した(甲16,乙32)。
フ 被控訴人は,平成24年2月20日,控訴人に対し,控訴人がWi−LAN社への支払を検討しているライセンス料が290万USドルであることの連絡を受けたが,本件紛争についてはこれまで,控訴人,被控訴人及びイカノス社の三者協議により対応しており,先般,控訴人から問合せを受けた上記ライセンス料の是非についても,現在イカノス社から回答を引き出すべく尽力していること,三者協議の結果,控訴人が前面に立ってWi−LAN社と交渉することに同意したが,このことは,控訴人のみのビジネス上の判断で被控訴人の同意なく本件紛争を解決した49場合において,控訴人が負担したライセンス料の全てを被控訴人が賠償することを約束するものではなく,本件基本契約からもそのような義務が導き出されるものではないことを通知した(乙14)。
ヘ 控訴人は,イカノス社製のADSLモデム用チップセットを被控訴人から平成21年に約12万個,平成23年に約5万1000個購入し,これをADSLモデムに組み込み,控訴人のADSLサービスの加入者に対してレンタルしているところ,イカノス社製のADSLモデム用チップセットが搭載されたADSLモデムを使用するADSLサービス加入者に対応する売上げを積算した場合,平成25年には200億円を超え,その後も当該売上げは更に増えることが予想され,仮にWi−LAN社によるライセンス料率を1%と仮定したとしても平成25年中にライセンス料相当損害金は2億円を超えることが想定された。また,Wi−LAN社からライセンスを受けることを拒否し,あるいはWi−LAN社とのライセンス交渉が長期化することにより訴訟に発展した場合を想定して,Wi−LAN社による差止請求及び損害賠償請求を回避する手段として,既にWi−LAN社からライセンスを受けているNECや住友電工からADSLモデムを購入することも検討したが,その場合には,新規ADSLモデムの開発費用,新規ADSLモデムの購入費用,ADSLモデム回収交換費用及びモデム配送費用等として合計20億円を超える費用がかかることが予想されるなど,Wi−LAN社との間でライセンス交渉をこれ以上長期化させたとしても,2億円を超える損失を被ることが想定された。
そこで,控訴人は,平成24年2月23日,Wi−LANとの間で,本件ライセンス契約を締結し,同年3月16日,同社に対してライセンス料として2億円を支払った(乙10,16,36)。
(2) 本件基本契約18条2項に基づく義務ア 本件基本契約は,控訴人と被控訴人との間の物品の売買取引に関する基本的事項を定めるものであるところ,18条1項は「被控訴人は,控訴人に納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が,第三者の工業所有権,著作権,その他の権50利(総称して「知的財産権」という。)を侵害しないことを保証する。」旨,同条2項は「被控訴人は,物品に関して知的財産権侵害を理由として第三者との間で紛争が生じた場合,自己の費用と責任においてこれを解決し,または控訴人に協力し,控訴人に一切迷惑をかけないものとする。万一控訴人に損害が生じた場合,被控訴人はその損害を賠償する。」旨規定する。そして,本件基本契約には,他に知的財産権侵害を理由とする第三者との間の紛争に対する解決手段・解決方法等についての具体的な定めがないことからすれば,同条2項は,同条1項により,被控訴人は,控訴人に対し,その納品した物品に関しては第三者の知的財産権を侵害しないことを保証することを前提としつつ,第三者が有する知的財産権の侵害が問題となった場合の,被控訴人がとるべき包括的な義務を規定したものと解するのが相当である。
イ この点,被控訴人は,本件基本契約18条2項は「自己の費用と責任においてこれを解決」する債務と,「控訴人に協力し,控訴人に一切の迷惑をかけない」債務を選択的に規定したものであり,選択権を有する被控訴人は,前者の債務を選択したから,本件紛争の解決権は被控訴人に留保されていたものであると主張する。
しかし,本件紛争の解決権が被控訴人に留保されていたことを認めるに足りる証拠はなく,同項の文言から被控訴人が選択権を有すると解することはできない。
ウ 一方,控訴人は,被控訴人が,本件基本契約18条2項に基づき,少なくとも@第三者が保有する特許権を侵害しないこと,具体的には納入した物品が特許請求の範囲記載の発明の技術的範囲に含まれないことや,当該特許が無効であることなどの抗弁があることを明確にし,また,A当該第三者から特許権の実施許諾を得て,当該第三者に対してライセンス料を支払うなどして,当該第三者からの差止め及び損害賠償請求により控訴人が被る不利益を回避する義務を負っていたと主張する。
しかし,同項の文言のみから,直ちに被控訴人の負うべき具体的な義務が発生するものと認めることはできず,上記のとおり,同項は,被控訴人がとるべき包括的な義務を定めたものであって,被控訴人が負う具体的な義務の内容は,当該第三者51による侵害の主張の態様やその内容,控訴人との協議等の具体的事情により定まるものと解するのが相当である。
(3) 本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の具体的義務についてア 前記のとおり,控訴人はWi−LAN社から,本件各特許権のライセンスの申出を受けていたこと(前記前提事実等(8)及び前記(1)イ。なお,Wi−LAN社のライセンスの申出が,本件チップセットあるいは本件製品を問題としていたのか,控訴人のサービスを問題としていたのかは,証拠上,明らかでない。),控訴人は,被控訴人に対し協力を依頼した当初から,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての回答を求めていたこと(前記(1)ア),被控訴人,控訴人及びイカノス社の間において,ライセンス料,その算定根拠等の検討が必要であることが確認され,イカノス社において,必要な情報を提示する旨を回答していたこと(前記(1)タ)に鑑みれば,被控訴人は,本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として,@控訴人においてWi−LAN社との間でライセンス契約を締結することが必要か否かを判断するため,本件各特許の技術分析を行い,本件各特許の有効性,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を,裏付けとなる資料と共に提示し,また,A控訴人においてWi−LAN社とライセンス契約を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を収集,提供しなければならない義務を負っていたものと認めるのが相当である。
イ 控訴人は,この点について,被控訴人が自ら又はイカノス社をして,Wi−LAN社から特許権の実施許諾を得てライセンス料を支払うことにより,控訴人が被る不利益を回避する義務をも負っていたと主張する。しかし,前記(1)で認定した被控訴人と控訴人との間の交渉の経緯及び内容,並びに前記1説示のとおり,本件ライセンス契約が締結される以前はおろか,現段階に至っても,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かは明らかではないことに鑑みても,本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として,被控訴人において,自ら又はイカノス社をして,Wi−LAN社との間でライセンス契約を締結すべきであったとまで認め52ることはできない。
(4) 被控訴人の義務違反についてア 技術分析の結果を提供すべき義務について(ア) イカノス社は,平成23年8月及び同年11月,控訴人に対し,技術分析の結果を報告している。しかし,まず,同年8月の報告(乙20)の内容は,前記(1)トで認定したとおり,別件特許については,これらの技術を使用していないとの報告がされたものの,本件特許1,2,4,6及び9については,これらの特許がDSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技術とは無関係であるとの報告がされたのみで,これらの技術を使用しているのか否かについての報告がなく,本件特許3, 7及び8については何らの報告もなかっ5,た。また,同年11月の報告(乙21)の内容も,前記(1)ノで認定したとおり,別件特許については,これらの技術を使用していないとの報告がされたものの,本件各特許については,DSLAM送信機の請求項である,CPEの請求項と思われる,DSLAMの実装に固有の要素であり,CPEの実装には見られない要素であるなどという程度の,簡単な意見を付したものにすぎず,およそ本件各特許の有効性や充足性を判断できる程度の内容とはいえないものであった。そして,被控訴人自らは,詳細な技術分析を行ったものとはいえないし,本件証拠上,上記イカノス社の意見を客観的に裏付ける資料の存在も認めることはできない。
(イ) 被控訴人の主張についてa 被控訴人は,この点について,イカノス社において詳細な分析ができなかったのは,控訴人が部品表等の必要な資料を提供しなかったことが原因であると主張する。
確かに,イカノス社は,被控訴人を介して,控訴人に対し,控訴人の部品表等の資料の開示を求めていたものの(前記(1)ケ) 本件各特許の有効性,, 本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等を調査するに当たっての上記資料の必要性は必ずしも明らかではない。そして,前記(1)ケのとおり,開示を求められた控訴人に53おいても,上記資料の必要性に疑問を呈し,イカノス社に対してその意図を確認するよう被控訴人に求めているところ,イカノス社から上記資料の必要性について回答がされたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,単にイカノス社が上記資料の開示を求めていたというだけでは,技術分析における上記資料の必要性を認めることはできない。
b また,被控訴人は,平成23年10月12日の三者間協議において,Wi−LAN社が,本件チップセットではなく,控訴人の提供するシステムがAnnex.C関連の特許を侵害する旨の主張をしているとの報告がされ,本件チップセット以外の部分が本件各特許権を侵害しているか否かを検討する必要が生じていたことを受けて,イカノス社は,控訴人に対し,Wi−LAN社の特許が控訴人のサービスに関連するか否かについての控訴人の解析を共有することを求めたが,控訴人はこれを拒否したのであって,このように,イカノス社において詳細な技術分析を行う前提として,回路図等の資料が必要であった旨主張する。
しかし,イカノス社が,被控訴人を介して,控訴人に対し,控訴人の回路図等の資料の開示を求めたのは,同年2月22日であり(前記(1)ケ),被控訴人から,Wi−LAN社が,本件チップセットではなく,控訴人の提供するシステムがAnnex.C関連の特許を侵害する旨の主張をしているとの報告がされた同年10月12日(前記(1)ヌ)よりも前であって,上記資料の開示を求めた時点においては,被控訴人からは,本件各特許の有効性,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等を調査するに当たっての上記資料の必要性が何ら示されていない。そして,控訴人が,被控訴人及びイカノス社との協議開始当初から,イカノス社に要請していたのは,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての技術分析であって(前記(1)ウ),本件チップセット以外の控訴人の提供するシステムが本件各特許権を侵害するか否かについての技術分析ではないのであるから,イカノス社が,同年10月26日に,本件各特許が控訴人のサービスに関連するか否かについての控訴人の分析の共有を求めたのに対して,控訴人がこれを拒否しているからと54いって(前記(1)ネ),本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについてのイカノス社による技術分析が不可能になるということはできない。
c さらに,被控訴人は,イカノス社製のDSLAM用チップセットが初めて控訴人に納入されたのは平成23年12月以降のことであるから,イカノス社が技術分析の結果を提示した同年7月ないし11月の時点において,本件各特許がDSLAMに関連するものであることが分かれば,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かに関する見解をそれ以上示す必要はなかった旨主張する。
しかし,イカノス社の報告(乙20,21)自体が客観的な資料により裏付けられたものとはいえないことは,前記(ア)のとおりである。そして,前記前提事実等(3)及び(5)のとおり,ADSLサービスにおいてはADSLモデム用及びDSLAM用のいずれのチップセットも使用されるところ,控訴人と被控訴人は,平成22年12月から控訴人のADSLサービスに係るWi−LAN社との間の本件紛争について協議を重ねていたこと(前記(1)ア),控訴人が,平成23年5月の時点で,被控訴人に対してDSLAM用チップセットを発注していることに鑑みれば,被控訴人及びイカノス社は,遅くとも,平成23年11月に行った技術分析結果の報告の際には,本件DSLAM用チップセットに関してもその見解を示す必要があったものと認めるのが相当である。
d 被控訴人は,この点について,控訴人作成に係る平成23年5月12日付けDSLAM用チップセットの注文書(甲2)に記載されているように,DSLAM用チップセットについては,別途協議の上で対応するとして,本件基本契約18条2項とは別の枠組みで解決されることが,控訴人及び被控訴人の間で合意されていたのであるから,本件基本契約18条2項を根拠に,本件DSLAM用チップセットについても見解を示す義務を負うとすることはできない旨主張する。
確かに,控訴人作成に係る平成23年5月12日付けDSLAM用チップセットの注文書(甲2)の「その他の条件」欄には,「※本注文(Last Time Buy)に対する附帯条件」として,「4:注文日現在,Wi−LAN社と協議中の55ライセンス費用は含まれていない。同費用が発生する場合は別途協議の上対応。」と記載されている。しかし,同日の時点においては,控訴人及び被控訴人間で,Wi−LAN社とのライセンス交渉に対する協議が継続しており,Wi−LAN社との間でライセンス契約を締結してライセンス料を負担することとなった場合には,本件基本契約18条2項に基づいて,被控訴人にも費用負担が生じ得ることとなる。
甲2の上記記載は,この点を明らかにするために,DSLAM用チップセットの販売価格にはWi−LAN社と協議中のライセンス費用は含まれていないこと,同費用が発生した場合には別途協議の上対応することを確認したものにすぎないというべきであって,上記DSLAM用チップセットの注文について,本件基本契約18条2項の適用がないことを規定したものということはできない。
e 以上によれば,被控訴人の前記各主張は,いずれも採用することができない。
(ウ) 以上のとおりであるから,イカノス社において報告された技術分析の結果は十分なものであるとはいえず,その他,本件証拠上,被控訴人又はイカノス社が,本件各特許の有効性や本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を,裏付けとなる資料と共に提示したものと認めることはできないから,被控訴人はこれを提供する義務を怠ったものというべきである。
ライセンス料の算定に関する情報を提供すべき義務について(ア) 控訴人が,ライセンス料の算定に関する情報を必要としていたことは,前記(1)タ,チ及びテで認定したとおりであるところ,これに対し,イカノス社は,本件各特許に対する標準的な料率に関する情報を提示することを述べたものの,結局,合理的なロイヤルティ率については,具体的な数字を提示することは困難であるとして,提示することができず,次に,コネクサント社製のチップセットに適用されるロイヤルティ率に基づく検討を提案し,同ロイヤルティ率を突き止めようとしたが,これについても新たな情報を発見することができなかったと報告するにとどまっている(前記(1)テ)。また,被控訴人自身は,ライセンス料の算定に関する情報の提供をしていない。
56そうすると,被控訴人又はイカノス社から,控訴人に対し,ライセンス料の算定に関する情報が提供されたと認めることはできない。
(イ) これに対し,被控訴人は,本件各特許についてはITUにFRAND宣言がされており,Wi−LAN社において,控訴人に対しライセンス料を算定するための情報を提供すべき義務があるから,Wi−LAN社から合理的なロイヤルティの情報が得られれば,もはや被控訴人においてかかる情報を提供する必要はなかったし,被控訴人は,平成23年8月の時点で,合理的なロイヤルティが1000万円程度であることを認識した上で,既にWi−LAN社に伝えているのであるから,被控訴人においてライセンス料の算定根拠となる資料を提供する義務が生じることはない旨主張する。
しかし,被控訴人が,本件基本契約18条2項に基づき,上記情報を提供する義務を負うことと,Wi−LAN社に上記情報を提供する義務があるか否かとは無関係であるから,この点に関する被控訴人の主張は失当である上,Wi−LAN社からかかる情報が提供されていない以上,被控訴人から情報を取得する必要があったことは明らかである。そして,控訴人が,Wi−LAN社に対し,合理的なロイヤルティは例えば11万USドルから12万USドルの範囲内にあるべきことを主張したこと(前記(1)ト)に対して,Wi−LAN社からは,本件紛争の解決に対する見解には大きな隔たりがあるとして,早期解決をする場合にはどの程度の金額の提示が可能かを2週間以内に連絡するよう,2週間以内に回答がない場合には自動的に早期ライセンス交渉は終了するなどと,更なる要請を受けるなどしていること(前記(1)ナ)からすれば,控訴人には,被控訴人からの合理的なライセンス料の算定根拠となる資料の提供が必要であったというべきである。
したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
(ウ) 被控訴人は,仮に,被控訴人にライセンス料を算定するための情報を提供する義務があったとしても,継続的にコネクサント社やイカノス社へ情報提供を要求していたから,この義務を果たしていたと主張する。
57しかし,本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の義務は,単なる努力義務ではない。また,控訴人は,本件訴訟において,ライセンス料の算定に関する資料として,@Wi−LAN社の提示した特許のロイヤルティ料率に関する実例,Aイカノス社が第三者と締結しているライセンス契約におけるロイヤルティ料率の実例,BWi−LAN社が提示した特許と同様の特許権に関する標準的なロイヤルティ料率を示す実例その他の資料を挙げているところ(これらがおよそ不合理なものとはいえない。),イカノス社が第三者と締結しているライセンス契約におけるライセンス料率の実例はイカノス社に回答を委ねるとしても,例えば,本件各特許のライセンス料に関する実例や,本件各特許と同様の特許権に関する標準的なライセンス料率の資料などは,被控訴人において,自ら,又はコネクサント社及びイカノス社以外の他社の協力を仰ぎ,資料の収集,調査等を行うことが不可能なものとはいえないから,コネクサント社やイカノス社に対して継続的に情報提供を要求しただけではおよそ最善を尽くしたとはいえない。
被控訴人は,この点について,特許ライセンス契約においては守秘義務条項が設けられており,特に対価実施料率に関する事項については第三者に開示することが許容されていないのが一般的であるから,他社の協力を仰いだとしても,資料の収集を行うことは事実上不可能である旨主張する。しかし,被控訴人において,自ら,又はコネクサント社及びイカノス社以外の他社の協力を仰いだ事実があることについての具体的な主張立証もない以上,合理的なライセンス料を算定するための資料の提供義務を負う被控訴人として,およそ義務を果たしたものということはできない。
(エ) 以上によれば,被控訴人は,控訴人においてWi−LAN社とライセンス契約を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するための資料を提供すべき義務を怠ったものといえる。
ウ 小括以上のとおり,被控訴人は,前記(3)アの@及びAの義務をいずれも怠ったもので58あり,被控訴人には本件基本契約18条2項の違反がある。
3 争点3(相殺の成否)について(1) 被控訴人による本件基本契約18条2項違反と控訴人がWi−LAN社に支払ったライセンス料2億円相当額の損害との間の相当因果関係の成否ア 控訴人は,平成24年2月23日,Wi−LAN社との間で,本件ライセンス契約を締結し,同年3月16日,同社に対してライセンス料として2億円を支払った。
確かに,前記1のとおり,本件口頭弁論終結時においても,本件チップセットが本件各特許権を侵害するものであると認めるに足りる証拠がない以上,結果的に見れば,本件ライセンス契約が締結された時点において,控訴人がWi−LAN社との間でライセンス契約を締結し,ライセンス料として2億円を支払う必要性があったということはできない。
イ しかし,以下の事情を総合すれば,被控訴人による本件基本契約18条2項違反と,控訴人のライセンス料相当額の損害との間には,相当因果関係を認めることができる。
(ア) 控訴人は,Wi−LAN社から本件各特許のライセンスの申出を受けたことから,被控訴人に対し協力を依頼した平成22年12月9日以後,継続して,被控訴人又はイカノス社に対して,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての回答を求めていたところ(前記2(1)ア,ウ,エ,サ),イカノス社からは,平成23年3月22日には,コネクサント社等が詳細な技術分析の結果として,Wi−LAN社とライセンス契約を締結していることから,Wi−LAN社の主張が妥当なものである可能性が高く,イカノス社において,多くの時間とリソースを費やして技術的分析を行うことは望んでおらず,コネクサント社製のチップセットに比べてイカノス社製のチップセットの供給量は少ないことから,控訴人とWi−LAN社とのライセンス契約が最良の解決であると考えていることが述べられ(前記2(1)セ),同年8月には,技術分析の結果(乙20)に基づき,別件特許59については,これらの技術を使用していないとの報告がされたものの,本件特許1,2,4,6及び9については,これらの特許がDSLAMに関連する特許であり,イカノス社が提供したCPEの機能に必要な技術とは無関係であるとの報告がされたのみで,これらの技術を使用しているのか否かについての報告がなく,本件特許3,5,7及び8については何らの報告もなく,かえって,Wi−LAN社に対して支払うロイヤルティを3社で分担することが提案され(前記2(1)ト),同年10月には,イカノス社の技術は,コネクサント社の技術と基本的に同じであって,コネクサント社が取得したライセンスでカバーされていない技術が残っているのか疑問があり,Wi−LAN社の主張が妥当である部分については,掘り下げるつもりはないことが述べられ(前記2(1)ヌ) 同年11月には,, 再度の技術分析の結果(乙21)に基づき,別件特許については,これらの技術を使用していないとの報告がされたものの,本件各特許については,DSLAM送信機の請求項である,CPEの請求項と思われる,DSLAMの実装に固有の要素であり,CPEの実装には見られない要素であるなどと,本件各特許の請求項についての簡単な報告がされたのみで,本件チップセットが本件各特許発明を充足しているのか否かについての報告がされていない(前記2(1)ノ)。チップ・ベンダーであるイカノス社が,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての調査依頼に対して,上記のような対応をしたことから,控訴人は,同年12月には,ADSL Annex.Cについては明らかに本件各特許権を侵害するもので,技術的にこれが非侵害であることを立証することはできない旨の認識を有するに至ったものである(前記2(1)ハ)。
(イ) また,同年4月には,被控訴人,控訴人及びイカノス社の間において,Wi−LAN社とのライセンス契約締結に当たっては,ライセンス料,算定根拠等の観点からの検討が必要であることが確認された。その際,控訴人からイカノス社に対してロイヤルティ率の提示を要請し,イカノス社は,本件各特許のような特許権に対する標準的な料率に関する情報を準備し,提示する旨述べたものの(前記2(1)60タ,チ),同年7月13日には,合理的なロイヤルティ率については,具体的な数字を提示することは困難であるとして,提示することができなかった(前記2(1)ツ,テ)。次に,イカノス社は,コネクサント社製のチップセットに適用されるロイヤルティ率に基づく検討を提案し,同ロイヤルティ率を突き止めるよう努力して結果を報告する旨述べたものの,これについても新たな情報を発見することができなかったと報告するにとどまり(前記2(1)テ),結局,被控訴人又はイカノス社から,控訴人に対し,ライセンス料の算定に関する情報は何ら提供されなかった。
(ウ) そして,控訴人は,同年2月24日,Wi−LAN社に対し,チップ・ベンダーの一社であるコネクサント社がWi−LAN社との間でライセンス契約を締結しているのであれば,ライセンス交渉の前提が変わるとしてその確認をしたい旨通知したところ,同年3月1日には,Wi−LAN社から,コネクサント社にライセンス済みのものは控訴人とのライセンス交渉の対象外であること,控訴人に対するライセンス料の提案額480万USドルは既に大幅に減額したものであって,コネクサント社とのライセンス契約の事実が影響するものではない旨の回答を受けた(前記2(1)コ)。さらに,控訴人は,同年3月13日,Wi−LAN社に対し,控訴人のイカノス社からの購入数量に見合ったライセンス条件の再提示を求めたところ,同月23日には,Wi−LAN社から,コネクサント社に対するライセンス済みの製品があることについては控訴人に対するライセンス料の提示において大幅減額をした際に織り込み済みであること,控訴人が妥当であると考える数字を提案されたい旨の回答を受けた(前記2(1)ス,ソ)。控訴人は,同年4月頃に,Wi−LAN社に対し,コネクサント社とイカノス社から購入した各製品の数量を開示し(後者は前者に比べて非常に小さい。),これらの数値を検討して新たな提案をするよう求めたところ,その後,Wi−LAN社からは請求額を430万USドルに引き下げる旨の回答を受け(前記2(1)タ,チ),さらに,同年7月ないし8月頃に,Wi−LAN社に対し,ロイヤルティはチップセット数量に基づいて算出されるべきであり,現実的ロイヤルティ額は,例えば11万USドルから12万USドルの範61囲内にあるべきことを主張したところ,同年10月6日には,Wi−LAN社から,控訴人とWi−LAN社の本件紛争の解決に対する見解には大きな隔たりがあるとして,早期の解決をする場合にはどの程度の金額の提示が可能かを2週間以内に連絡するよう,Wi−LAN社は,控訴人からの提案を受け取った時点で,現在提示している早期ライセンスのオファーを取り下げるか否かを決定し,2週間以内に回答がない場合には,自動的に早期ライセンス交渉は終了することなどの回答を受けた(前記2(1)ナ)。さらに,控訴人は,同月7日には,Wi−LAN社に対し,Wi−LAN社の要求する300万ないし400万USドルのロイヤルティは非ライセンス製品であるイカノス社からの控訴人の実際の購入量が小さいため適切でない旨を説明したところ,同年12月には,Wi−LAN社からの提示額は290万USドルまで減額され(前記2(1)ハ),その後,本件ライセンス契約締結時には2億円に減額されている。
このように,控訴人は,イカノス社からの購入数量は,コネクサント社からの購入数量と比較して非常に小さいことから,イカノス社からの実際の購入数量に応じてライセンス料も大幅に減額すべきであることを継続して主張していたが,Wi−LAN社からは,控訴人に対するライセンス料の提示に当たり考慮済みであるとされ,Wi−LAN社による提示額も漸減していたとはいえ,被控訴人及びイカノス社からは,ライセンス料の算定に関する情報は何ら提供されなかったことから,これ以上は,減額交渉の材料が他に見当たらない状況であった。
(エ) 他方において,控訴人は,平成22年12月27日,Wi−LAN社から,@早期ライセンス,A交渉された又は遅延したライセンス及びB訴訟後のライセンスの3段階のライセンシングがあることを示され,平成23年3月15日までにライセンス契約を締結しない限り,早期ライセンスのオファーは撤回され,その後,交渉された又は遅延したライセンス(第2ラウンド)(早期ライセンスが拒否された場合又は遅延作戦が行われた場合,オファーは撤回され,ポートフォリオ全体につき詳細な違反調査が行われ,ロイヤルティ率が著しく増加し,条件及び賠償金の62過去分について柔軟な対応を行いにくくなる。),さらには,訴訟後のライセンス(訴訟終了後,全ての既存のオファーは撤回され,交渉は振出しに戻り,ライセンスのオファーは裁判所により課された料率等でされ,全額賠償,増額賠償等の全ての費用を含み,裁判所により課された料率と係争中の条件を変更する柔軟性はほとんどない。)に進む可能性がある旨の申出を受けた(前記2(1)イ)。控訴人は,同年3月13日には,Wi−LAN社に対して,期限の猶予を求めたが(前記2(1)ス),同年10月6日には,Wi−LAN社から,控訴人とWi−LAN社の見解には大きな隔たりがあり,早期解決のための金額提示が2週間以内になければ早期ライセンス交渉は終了し,その後,特許権者としてのあらゆるオプションを留保する旨の通知を受ける(前記2(1)ニ)などして,平成22年12月27日のライセンス交渉以来,継続して,早期ライセンスのオファーが終了すれば,次のステージに移行する可能性を告げられていた。そして,Wi−LAN社は,自らは保有する特許を実施しないNPE(Non Practicing Entity)として,それまで大手企業等を相手に差止請求を含めた多数の訴訟を提起し,結果としてライセンス料を得るなどの実績を有していたことから(甲8,9,乙2,5),早期ライセンス交渉が決裂すれば,差止請求訴訟が提起される可能性があり,もし侵害の事実が認定された場合には,設計変更等を行うに当たっての損害額は2億円をはるかに超える可能性があった(前記2(1)ヘ)。
(オ) 以上のとおり,前記(ア)のとおりのチップ・ベンダーであるイカノス社による技術分析への対応等に照らせば,控訴人が,本件チップセットは,ADSL Annex.Cに準拠し,Annex.Cに用いるものとしてFRAND宣言がされている本件各特許権を侵害する又は侵害する可能性が高いと考えたこともある程度やむを得ないところであって,前記(イ)のとおり,被控訴人又はイカノス社からライセンス料の算定に関する情報も提供されないことから,前記(ウ)のとおり,これ以上,減額交渉の材料がない状況の下で,他方,前記(エ)のとおり,Wi−LAN社からは,早期ライセンスのオファーが終了すれば,次のステージに移行する可能63性を継続して告げられるなどして,差止請求訴訟を提起されるリスクを負っており,侵害が認定された場合に被る損害は2億円をはるかに超えることが予想されたことを総合的に鑑みれば,平成24年2月23日の時点において,控訴人が,本件ライセンス契約を締結し,ライセンス料2億円を支払うことも,社会通念上やむを得ないところであり,不相当な行為ということはできないのであって,被控訴人による本件基本契約18条2項違反と,控訴人のライセンス料2億円相当額の損害との間には,相当因果関係を認めることができる。
イ 被控訴人の主張について(ア) 被控訴人は,本件ライセンス契約には,本件各特許権以外にAnnex.Cないし本件チップセットとは無関係な14件の特許権も含まれていること,本件ライセンス許諾では,期限付きライセンス特許として,Wi−LAN社及びその子会社が保有し又は将来保有する特許権等について,光ファイバー通信を含む控訴人のブロードバンドサービスに関する全ての製品ないしサービスを含む「Softbank Broadband Services」を対象とした実施許諾がされており,本件チップセットとは無関係なサービスに係る部分も含まれていること,本件ライセンス契約の対象製品には,イカノス社の供給に係る本件チップセットだけでなく,コネクサント社の供給に係るチップセットも含まれていることから,本件ライセンス契約に基づくライセンス料のうち,本件チップセットとは無関係な上記各部分は,被控訴人による本件基本契約18条違反と相当因果関係がない旨主張する。
確かに,本件ライセンス契約において控訴人に対して許諾されている特許は,本件各特許のほか,永続ライセンス対象特許のうち本件各特許を除く14件の特許(登録前を含む)並びに本件ライセンス契約締結時点及び同契約の有効期間中にWi−LAN社及びその子会社が保有し又はライセンスを付することができる特許(時限ライセンス対象特許)とされている(乙16)。しかし,控訴人とWi−LAN社との間で平成22年12月27日に行われたライセンス交渉から,本件ライセンス64契約が締結されるまで,継続して,本件各特許が協議の対象とされてきたのに対して,本件各特許以外の特許については,早期ライセンスのオファーとして,Wi−LAN社が,控訴人に対して,控訴人のDSL製品について現在保有している又はライセンス期間中に取得した全てのWi−LAN社の日本のDSL特許及び出願に係る日本のライセンスを付与するものとされたにすぎないこと(前記2(1)イ),Wi−LAN社がライセンス交渉の途中で提示した別件特許については,イカノス社の技術分析(乙20,21)によっても本件チップセットにおいて使用していない技術であることが報告され(前記2(1)ト,ノ),その他の本件ライセンス契約の対象となっている特許についても実施が確認されていないこと(乙34)が認められる。そして,一般に,本件ライセンス契約のような包括的ライセンス契約においては,契約締結交渉時に相手方に提示された特許や相手方製品がその技術的範囲に属し又はその技術的価値が確認された特定の特許以外にも,ライセンス契約当事者間に保有特許に関する紛争が生じるのを防止する趣旨等から,関連する保有特許についても包括的にライセンスの対象とすることも多く行われている。そうすると,本件ライセンス契約において,ライセンスの主たる対象特許は本件各特許であって,それ以外の特許は包括的ライセンス契約を締結するに当たってのいわば従たる対象特許というべきであり,これらが一体として本件ライセンス契約の対象特許とされ,そのライセンス料を特に分けて規定していない以上,本件各特許と本件各特許以外の特許のライセンス料を分離して,前者にのみ相当因果関係を認め,後者に対しては相当因果関係を認めないとすることは,現実的には不可能であって,この点は,後記(2)のとおり,過失相殺の一事情としてしんしゃくするにとどめるのが相当である。
また,Wi−LAN社は,控訴人に対し,平成23年3月1日,コネクサント社にライセンス済みのものは控訴人とのライセンス交渉の対象外である旨述べていること,同月23日にも,コネクサント社に対するライセンス済みの製品があることについては,控訴人に対するライセンス料の提案において大幅減額することにより65織り込み済みである旨述べていること,控訴人からコネクサント社とイカノス社から購入した各製品の数量の開示を受け,これを検討した上で,同年6月には,ライセンス料を430万USドルに,同年12月には290万USドルに,本件ライセンス契約締結時には2億円にそれぞれに引き下げるなどしていること(前記2(1)コ,ソ,タ,ト)からすれば,本件ライセンス契約の対象製品に,コネクサント社の供給に係るチップセットが含まれているということはできない。
したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
(イ) 被控訴人は,控訴人がWi−LAN社に支払った2億円のライセンス料が全て本件チップセットに係るものであるとすると,本件チップセットの販売額から算定される実施料率は20%を超えるものとなり極めて不合理であるとして,本件各特許権の合理的なロイヤルティ率は,5%(規格必須特許全体の実施料率の上限値)に1/3(控訴人の製品であるBBModemでは,少なくとも三つの標準規格が採用されている。)及び9/31(ADSL規格では少なくとも31件の必須特許が存在する。)を乗じた結果である0.483%を上回ることはなく,そのため,本件チップセットに対する合理的なライセンス料は,控訴人の被控訴人に対する本件チップセットの販売額である9億7424万2500円に0.483%を乗じた470万5591円の範囲である旨主張する。
しかし,被控訴人及びイカノス社において,本件ライセンス契約が締結される前に,控訴人に対して,上記主張に係る内容の提案を行った事実を認めるに足りる証拠はなく,むしろ,前記2(4)イ(ア)のとおり,被控訴人又はイカノス社から,控訴人に対して,ライセンス料の算定に関する情報が提供された事実を認めることができないのであるから,控訴人の上記主張は,いわば後知恵というほかない。その上,控訴人がWi−LAN社に対して,平成23年8月2日,現実的ロイヤルティが11万USドルから12万USドルの範囲内にあるべきことを主張したのに対して(前記2(1)ト),Wi−LAN社からは,同年10月6日,本件紛争の解決に対する見解には大きな隔たりがあるとして,早期ライセンスを締結するための金額の再66提示を要請され(前記2(1)ナ),同年12月の時点ではWi−LAN社の提案額が290万USドルであったこと(前記2(1)ハ)からすれば,仮に控訴人がWi−LAN社に対して,被控訴人主張に係る上記金額を提示したとしても,Wi−LAN社との間では到底合意に至らなかったことが推認される。そして,Wi−LAN社による差止請求のリスクを回避するために,売上高を基礎としたライセンス料の試算や設計変更等に要する費用等を検討した上で,2億円のライセンス料を支払うこともやむを得ないとした被控訴人の判断も(前記2(1)ヘ),企業の採算合理性等からすれば,不合理なものとはいえない。
したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
(ウ) 被控訴人は,控訴人が支払った2億円のライセンス料に関し,被控訴人が負担すべきものがあるとしても,それは被控訴人が販売したイカノス社製のチップセットにより惹起される特許権侵害を回避するために取得したライセンスの範囲に限られるところ,本件ライセンス契約の対象である控訴人のADSLサービスに用いられるADSLモデム及びDSLAMの総数は764万6797台であり,このうち本件チップセットが搭載されたものは18万2125台(ADSLモデム17万1000台,DSLAM1万1125台)である上,本件ライセンス契約には,本件各特許のほかに,本件チップセットとは無関係な14件の特許権が含まれていることからすれば,被控訴人が負担すべき金額は186万3951円(=2億円×(18万2125台/764万6797台)×(9件/23件))である旨主張する。
しかし,被控訴人の上記主張は,本件チップセットとは無関係な本件各特許以外の14件の特許に係るライセンス料の部分は本件基本契約18条違反と相当因果関係がないこと,本件ライセンス契約の対象製品には,イカノス社の供給に係る本件チップセットだけでなく,コネクサント社の供給に係るチップセットも含まれていることを前提とするものであるから,前記(ア)のとおり,これを採用することができない。
67ウ 小括以上のとおり,控訴人が,Wi−LAN社に対して,本件ライセンス契約に基づいて支払ったライセンス料2億円相当額の損害は,被控訴人の本件基本契約18条2項違反と相当因果関係にある損害ということができる。
(2) 過失相殺ア 前記(1)のとおり,被控訴人の本件基本契約18条2項違反と控訴人のライセンス料2億円相当額の損害との間には相当因果関係があるが,以下の事情に照らせば,控訴人において,その損害の発生について過失があり,これを損害額の算定においてしんしゃくすべきである。
(ア) 控訴人は,チップ・ベンダーであるイカノス社による技術分析への対応等から,本件チップセットが本件各特許権を侵害する又は侵害する可能性が高いと考えたものであって,自ら本件チップセットの構成・動作と本件各特許発明の各構成要件を逐一吟味した資料等に基づいて,その充足性を判断した事実はなく,Wi−LAN社からは,本件チップセットが本件各特許権を侵害していることについて,技術分析の結果等の客観的資料に基づく具体的根拠が示されているわけではなく,前記1のとおり,本件口頭弁論終結時においても,本件チップセットが本件各特許権を侵害するものであることを認めるに足りる証拠はない。
(イ) また,控訴人は,平成22年12月27日,Wi−LAN社から,3段階のライセンシングがあることを示され,平成23年3月15日までにライセンス契約を締結しない限り,早期ライセンスのオファーは撤回され,その後,交渉された又は遅延したライセンス(第2ラウンド),さらには,訴訟後のライセンスに進む可能性がある旨の申出を受け(前記2(1)イ),同年3月13日には,Wi−LAN社に対して,期限の猶予を求めたが(前記2(1)ス),同年10月6日には,Wi−LAN社から,控訴人とWi−LAN社の見解には大きな隔たりがあり,早期解決のための金額提示が2週間以内になければ早期ライセンス交渉は終了し,その後,特許権者としてのあらゆるオプションを留保する旨の通知を受ける(前記2(1)ニ)68などして,平成22年12月27日のライセンス交渉以来,継続して,早期ライセンスのオファーが終了すれば,次のステージに移行する可能性を告げられていたものの,Wi−LAN社の当初提案から1年以上経過した平成24年2月23日(本件ライセンス契約の締結日)の時点でも,未だWi−LAN社による違反調査等が行われるという第2ラウンドには移行していなかったものである。
(ウ) さらに,Wi−LAN社からは,ライセンス料として当初提示された480万USドル,その後,減額提示された430万USドル及び290万USドルの算定根拠について,何ら明らかにされていないにもかかわらず,控訴人において,この点の説明を強くWi−LAN社に対して求めた形跡はない(前記2(1)エ,チ,ハ)。
(エ) そして,被控訴人が,同年2月7日,イカノス社の回答を待った上でライセンス契約締結前に協議の場を設定することや,協議に臨むための材料として当時Wi−LAN社から提示されている条件の詳細の開示を要請したのに対し,控訴人は,いずれの要請も拒否したこと(前記2(1)ヒ),さらに,同年2月20日,被控訴人から,これまでも控訴人,被控訴人及びイカノス社の三者協議により対応しており,Wi−LAN社から提示されたライセンス料290万USドルの是非については,イカノス社からの検討結果を待ってもらいたいこと,控訴人のみのビジネス上の判断で被控訴人の同意なく本件紛争を解決した場合には,控訴人が負担したライセンス料全額を被控訴人が賠償することを約束するものではないこと等の申入れがあったが(前記2(1)フ),これを顧慮することなく,本件ライセンス契約締結に至っている。
(オ) そうすると,控訴人は,未だWi−LAN社による違反調査等が行われる第2ラウンドに移行しておらず,直ちに差止請求を含む訴訟提起がされる危険性があるとはいえない状況において,Wi−LAN社からは,本件チップセットが本件各特許権を侵害していることについて,技術分析の結果等の客観的資料に基づく具体的根拠が示されているわけではなく,控訴人において,本件チップセットの構成・69動作と本件各特許発明の各構成要件を逐一吟味した資料等に基づいて,その充足性を検討することなく,イカノス社による技術分析への対応等から本件チップセットが本件各特許権を侵害する又は侵害する可能性が高いと考え,算定根拠が明らかではないWi−LAN社のライセンス料の提示に対して,その内容を質すこともなく,また,本件ライセンス契約直前にされた被控訴人による制止を顧慮することなく,本件ライセンス契約を締結し,ライセンス料2億円を支払ったことになる。この点については,拙速との評価を免れず,控訴人にも,損害の発生について,過失があるといわざるを得ない。
イ そして,上記アにおいて説示した事情,前記(1)イ(ア)のとおり,本件ライセンス契約の対象には,本件各特許以外の特許が含まれていること,その他本件訴訟に顕れた一切の事情及び弁論の全趣旨を勘案すれば,損害の発生に対する過失割合は,控訴人が7割,被控訴人が3割と認めるのが相当である。
ウ したがって,控訴人の被控訴人に対する本件基本契約18条2項債務不履行に基づく損害賠償債権を自働債権とし,被控訴人の控訴人に対する本件各物品の売買契約の代金債権を受働債権とする相殺の意思表示は,2億円の3割である6000万円の限度でその効力が生じるものというべきである。
(3) 被控訴人の売買代金請求権についてア 前記前提事実等(7)のとおり,被控訴人が,平成24年1月6日及び同月13日,控訴人に対し,本件各物品を納入したが,その売買代金は,454万6792.40USドルであり,支払期限が同年5月31日であった。
イ 証拠(甲21)によれば,控訴人は,平成24年3月22日,被控訴人に対し,Wi−LAN社に支払った2億円相当額の損害の支払を請求したことが認められるところ,前記前提事実等(12)のとおり,控訴人は,同年6月7日付け通知書により,被控訴人に対し,控訴人の被控訴人に対する本件基本契約18条債務不履行に基づく損害賠償債権を自働債権とし,被控訴人の控訴人に対する本件各物品の売買契約に基づく代金債権を受働債権として,相殺適状の日である同年5月31日70に,対当額で相殺するとの意思表示をした。
上記損害賠償債権は,期限の定めのない債務であって,履行の請求を受けた時に遅滞に陥ることになるから(民法412条3項),相殺適状時の自働債権は,損害賠償金6000万円及びこれに対する履行の請求をした日の翌日である同年3月23日から同年5月30日までの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金67万8688円(6000万円×0.06×69/366)と認められ,上記合計額を,同年5月31日時点の円USドル為替レートである1USドル=78.93円に基づいて計算すると,76万8765.84USドルとなる。
そうすると,相殺後の売買残代金債権は,377万8026.56USドルとなる。
ウ そして,控訴人が,平成24年6月8日,被控訴人に対し,上記売買代金として198万4346.23USドルを支払ったことは前記前提事実等(7)のとおりである。上記既払金は,上記売買残代金に対する支払期限の翌日である同月1日から同月8日までに発生した商事法定利率年6分の割合による遅延損害金4954.78USドル(=377万8026.56USドル×0.06×8/366),上記売買代金の元本の順に充当されるべきものと認められるから,充当後の上記売買代金の元本は,179万8635.11USドルとなる。
エ したがって,被控訴人は,控訴人に対し,上記売買代金の残額である179万8635.11USドル及びこれに対する同月9日から支払済みまでの年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
4 争点(1)(本件基本契約18条1項違反の成否)について前記3のとおり,主位的抗弁によって売買代金の全額が消滅しないことから,次に,予備的抗弁について判断する。
前記1のとおり,本件チップセットが本件各特許権を侵害するものであると認めることはできない。したがって,控訴人による本件基本契約18条1項違反の主張は,その余の点について検討するまでもなく,理由がない。
71よって,控訴人の被控訴人に対する本件基本契約18条1項債務不履行による損害賠償債権を自働債権とし,被控訴人の控訴人に対する本件各物品の売買契約に基づく代金債権を受働債権とする相殺の意思表示は,自働債権の存在の証明がないから,効力を有しないというべきである。
5 結論以上によれば,被控訴人の請求は,179万8635.11USドル及びこれに対する平成24年6月9日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。
これと一部異なる原判決は一部失当であって,本件控訴の一部は理由がある。
よって,原判決を上記のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 部 眞 規 子裁判官 田 中 芳 樹裁判官 柵 木 澄 子72
事実及び理由
全容