運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2014-800073
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 27年 (行ケ) 10037号 審決取消請求事件

原告株式会社内藤
訴訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之
被告 大豊工業株式会社
訴訟代理人弁護士仁田陸郎 萩尾保繁 山口健司 石神恒太郎 関口尚久 伊藤隆大 弁理士島田哲郎 篠田拓也
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/11/10
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2014-800073号事件について平成27年1月22日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許に対する無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断の当否である。
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「斜板式コンプレッサ」とする発明について,平成21年5月28日(優先権主張平成21 年1月30日,本件優先日),特許出願をし,平成25年3月29日,その特許権の設定登録(特許第5229576号)を受けた(本件特許。甲11)。
原告が,平成26年5月9日に本件特許の無効審判請求(無効2014-800073号)をしたところ,特許庁は,平成27年1月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月30日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨 本件特許に係る発明(本件発明)の要旨は,以下のとおりである。
【請求項1】 「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて, 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し, 上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置 し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径としたことを特徴とする斜板式コンプレッサ。」(本件発明1) 【請求項2】 「上記筒状部の外周面は,該筒状部の球面部と端面部との中間部分が半径方向外方に膨出した膨出部として形成されていることを特徴とする請求項1に記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明2) 【請求項3】 「上記筒状部の外周面は,さらに該膨出部と上記フランジ部との間に該膨出部よりも小径のくびれ部が形成されていることを特徴とする請求項2に記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明3) 【請求項4】 「上記筒状部は,端面部から球面部に向けて縮径するテーパ形状を有していることを特徴とする請求項1に記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明4) 【請求項5】 「上記フランジ部の肉厚を,該フランジ部の基部から外周に向けて徐々に薄肉としたことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明5) 【請求項6】 「上記フランジ部の外周端は,該フランジ部の基部に対して球面部側に突出することを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明6) 【請求項7】 「上記筒状部の表面粗さを,上記球面部および端面部の表面粗さよりも粗くしたことを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明7) 【請求項8】 「上記フランジ部の径d1と上記筒状部の端面部側の径d2とが, d1/d2≧1.05の関係を満たすことを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明8) 【請求項9】 「上記筒状部における球面部側の径を,斜板がピストンに対して最大傾角を取った際に,上記球面部が上記ピストンの摺動面の開口部から露出しないような径に設定したことを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれかに記載の斜板式コンプレッサ。」(本件発明9) 3 審決の理由の要点 (1) 原告の主張した無効理由の要旨 ア 本件発明1は,特開2001-3858号公報(甲1)記載の発明(甲1発明)と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。
イ 本件発明1は,甲1発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
ウ 本件発明1は,甲1発明及び特開2000-170653号公報(甲6)記載の発明(甲6発明)に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
エ 本件発明2及び3は,甲1発明及び特開2002-332959号公報(甲2)記載の発明(甲2発明)に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
オ 本件発明4は,甲1発明,特開平11-22640号公報(甲3)記載の発明(甲3発明)及び特開平9-280166号公報(甲4)記載の発明(甲4 発明)に基づいて,又は,甲1発明,甲6発明,甲3発明及び甲4発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
カ 本件発明5及び6(請求項1を引用するもの)は,甲1発明と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。
本件発明5及び6(請求項1を引用するもの)は,甲1発明に基づいて,又は甲1発明及び甲6発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
本件発明5及び6(請求項2〜4を引用するもの)は,甲1発明ないし甲4発明に基づいて,又は甲1発明,甲6発明,及び甲2発明ないし甲4発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
キ 本件発明7ないし9は,甲1発明ないし特開2001-153039号公報(甲5)記載の発明(甲5発明)に基づいて,又は甲1発明ないし甲6発明に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない。
(2) 無効理由についての判断 ア 甲1発明の認定 「回転軸2を中心に回転する斜板11と,該斜板11の回転に伴って往復運動するとともに半球凹状の摺接面6bの形成されたピストン6と,上記斜板11に摺接する平坦面10aおよび上記ピストン6の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dの形成されたシュー10とを備えた斜板式圧縮機において, 上記半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した斜板式圧縮機。」 イ 本件発明1と甲1発明との対比 (一致点) 「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて, 半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成した斜板式コンプレッサ。」である点。
(相違点) 本件発明1は,「上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも」半径方向外方に突出するフランジ部を形成し,「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とするのに対し, 甲1発明は,「半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも」半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した点。
ウ 本件発明2ないし9と甲1発明との対比 本件発明1での一致点及び相違点に加えて,本件発明2ないし9は,各々対応する請求項2ないし9に記載された発明特定事項を備える点で更に相違する。
エ 本件発明1と甲1発明との相違点について (ア) 「筒状部」について 甲1の図2には,シュー10の半球状凸曲面10dが,その頂部から下方に向けて滑らかに湾曲する曲線と,その下端(フランジ部10b近傍)において,図中概ね上下方向の線分とで示されている。
この図示内容に関して,甲1には, 「シュー10は,図2に詳細に示す」【001 (7】)として,「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹 状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dと,平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10bとを有している。(同)との 」記載がある。この記載によれば, 「半球状凸曲面10d」は半球凹状の摺接面6bに摺接し,フランジ部10bは「略半球状凸曲面10d」より外側へ延びていることになる。また,甲1には,他に, 「略半球状凸曲面10d」との文言を用いた記載はない。
そうすると,甲1の図2に示された「図中概ね上下方向の線分」は, 「略半球状凸曲面10d」であって,半球状凸曲面10dの一部を示したものと解される。
したがって,甲1には,本件発明1の「筒状部」が記載されているとはいえない。
しかし,甲1の図2には,半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)が「図中概ね上下方向の線分」として示されているから,「略半球状凸曲面10d」の態様として,当該下端の形状を筒形状とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項及び図示内容を参酌して,相違点に係る本件発明1の「『上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも』半径方向外方に突出するフランジ部を形成」することは,当業者が容易になし得たことである。
(イ) 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることについて 甲1には,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。」(【0018】)との記載がある。この記載によれば,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくすることが示されているといえる。
ここで,平坦面10aの半径とは, 「平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。( 」【0017】)との記載からみて, 平坦面10aは,傾斜面10cが含まれるから,シュー10の中心線からフランジ部10bの先端までの距離である。また,半球状凸曲面10dの半径とは,半球凹状の摺接面6bに摺接する部位での半球状凸曲面10dの半径である。
さらに,甲1には, 「半球状凸曲面10dの半径」を「平坦面10aの半径」と比較する場合の半球状凸曲面10dの半径を,どの方向で測定するのか,すなわち,半球状凸曲面10dの中心点からフランジ部10bの先端を結ぶ半径なのか,あるいは,半球状凸曲面10dの中心点から平坦面10aに平行な半径なのかについて記載されておらず,仮に,平坦面10aと平行に半球状凸曲面10dの半径を測定するとしても,甲1には,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくした際の,フランジ部10bの厚さや半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(すなわち,シュー10の高さ)という設計的事項についての記載はない。
そして,甲1の図2のシュー10において,フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置するためには,半球状凸曲面10dの半径が平坦面10aの半径より小さいという事項の他に,フランジ部10bの厚さや,半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(すなわち,シュー10の高さ)という設計的事項も関係すると認められるところ,甲1には,それらの事項についての記載はなく,甲1の上記記載及び図2から,フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置していることを導き出すことはできない。
したがって,ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の半径が,シューの半球状凸曲面を含む仮想曲面の半径と等しいか,あるいは,より大きいということが,技術常識(例えば,甲6, 【0005】参照。)であることを考慮しても,甲1には,本件発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることが記載されているということはできない。
甲1には,「シューの面圧力を低下させること」(【0009】)を技術的課題とし,平坦面10aの半径を「半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面 積を大きくし,面圧力を低下する」(【0018】)ことが記載されている。これらの記載からみて,平坦面10aの半径は,半球状凸曲面10dの半径よりも大きな半径とすることが好適であることが示唆されている。
これに対して,本件発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置」することは,本件明細書(甲11)によれば,フランジ部がピストンの半球凹状の摺動面の開口部を塞いで,ピストンの半球凹状の摺動面と筒状部とにより形成される空間への潤滑油の流入を阻止することはなく,一方でフランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し,上記空間に潤滑油を保持するためのもの(【0006】)である。
したがって,甲1発明の「フランジ部10b」において,甲1に記載された事項及び図示内容を参酌して,上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含 「む仮想球面の内部に位置し」ているようにすることは,当業者が容易に想到し得たということはできない。
甲6のシュー(10)は,「一方では底面(18)にて斜板(2)と接し,他方では略球面状の外周面にてピストン(4)の球面座(4b)と接」 ( し 【0012】 , )その外周面は,「下から,裾野部(12),移行部(14),頂部(16),といった部分球面の組合せで構成されている」(【0013】)ものである。
甲1発明と甲6に記載された事項とを対比すると,甲6のシュー(10)の外周面は,甲1のシュー10の半球状凸曲面10dに対応するものであるが,両者は,技術的課題や,シューにおけるフランジの有無について異なるものである。
そうすると,甲1発明に,甲6に記載された事項を適用する動機付けはない。
また,本件発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置」することは,前述のとおり,フランジ部がピストンの半球凹状の摺動面の開口部を塞いで,ピストンの半球凹状の摺動面と筒状部とにより形成される空間への潤滑油の流入を阻止することではなく,一方でフランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し,上記空間に潤滑油を保持 するためのもの(甲11,【0006】)であるところ,甲1及び甲6には,これらについて記載や示唆はない。
したがって,甲1発明の「フランジ部10b」において,甲1に記載された事項及び図示内容並びに甲6に記載された事項を参酌して,上記フランジ部は上記ピス 「トンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ているようにすることは,当業者が容易に想到し得たということはできない。
(ウ) 「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることについて 甲1には,図2のシュー10に関して,その半球状凸曲面10dが摺接する半球凹状の摺接面6bの開口部の具体的な径の大きさや縦断面形状についての記載はない。
また,図2は, 「図1に示したシューの詳細を示す側面図である」 (甲1, 【図面の簡単な説明】)から,図1に示される斜板式圧縮機のシュー10として,図2に示されるシュー10をそのまま置き換えたとしても,半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)の径が半球凹状の摺接面6bの開口部の径よりも小径であることを把握することはできない。
さらに,前記(イ)で述べたとおり,甲1には,本件発明1の「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることが記載されているということはできない。
そうすると,甲1には,半球凹状の摺接面6bの開口部の径と半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)の径の大小関係についての記載や示唆はない。
したがって,甲1には,本件発明1の「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることが記載されているということはできない。
半球状凸曲面10dの下端(フランジ部10b近傍)を「筒形状」とすることは,前記(ア)で述べたように,当業者が容易に想到し得たことであるが,前述のとおり,甲1には,半球凹状の摺接面6bの開口部の径と半球状凸曲面10dの下端(フラ ンジ部10b近傍)の径の大小関係についての記載や示唆はない。
これに対して,本件発明1の「筒状部」は,本件明細書(甲11)の「上記筒状部13の外周面に付着した潤滑油や冷媒は,上記筒状部13とフランジ部14との境界に形成された凹状のくぼみに貯溜され,また潤滑油や冷媒に混入した異物もこの凹状のくぼみへと貯溜されることとなる。( 」【0014】)との記載からみて, 「フランジ部」と協働して,潤滑油や冷媒を貯留し,また,潤滑油や冷媒に混入した異物も貯留する等の機能を有するものである。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項及び図示内容を参酌して,「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることは,当業者が容易に想到し得たということはできない。
甲6の図1及び図2には,シュー10の外径がピストン4の開口部4cの径と概ね等しいことが示されている。
甲1発明と甲6に記載された事項とを対比すると,甲6のシュー(10)の外周面は,甲1のシュー10の半球状凸曲面10dに対応するものであるが,両者は,技術的課題や,シューにおけるフランジの有無について異なるものである。
そうすると,甲1発明に,甲6に記載された事項を適用する動機付けはない。
一方,本件発明1の「筒状部」は,前述のとおり, 「フランジ部」と協働して,潤滑油や冷媒を貯留し,また潤滑油や冷媒に混入した異物も貯留する等の機能を有するものであるところ,甲1及び甲6に,これらに関する記載や示唆はない。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項及び図示内容並びに甲6に記載された事項を参酌して,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部 「の径よりも小径」とすることは,当業者が容易に想到し得たということはできない。
(エ) まとめ 前記(ア)ないし(ウ)のとおりであるから,相違点に係る本件発明1の発明特定事項は,甲1に記載されておらず,甲1に記載された事項及び図示内容を参酌して当業者が容易に想到し得たということはできず,又は甲1に記載された事項及び図示内 容並びに甲6に記載された事項を参酌して当業者が容易に想到し得たということはできない。
したがって,本件発明1は,甲1発明と同一でなく,甲1発明,甲1に記載された事項及び図示内容に基いて,当業者が容易に発明することができたとはいえず,又は甲1発明,甲1に記載された事項及び図示内容並びに甲6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明することができたとはいえない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り) (1) 「筒状部」について 甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには,下図に示すように半球からずれる箇所が明確に存在するから,甲1に記載されたシュー10に筒状部が存在することは明らかであり,したがって,審決が「上記半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に…フランジ部10bを形成した」と認定し,甲1発明をシュー10に筒状部が存在しない斜板式圧縮機と認定したことは誤りである。
また,半球状凸曲面10dが直接平坦面10aに繋がっていることを前提にすると,フランジ部10bが存在するにもかかわらず,平坦面10aの半径が半球状曲面10dの半径よりも小さくなることが想定できず,甲1の【0018】において「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも・・・設定 可能である。」とされていることを説明できなくなる。したがって,甲1発明においては,筒状部が存在する。
(2) 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることについて 半球状凸曲面10dの半径は,半球状凸曲面10dの中心点から半球状凸曲面10dの外縁を結ぶ半径を意味する。仮に,半球状凸曲面10dの半径が半球状凸曲面10dの中心点から平坦面10aに平行な半径であるとすると,甲1の「半球状凸曲面」と「半球状凸曲面10dの半径」が同じ意味を有することとなり,甲1の請求項1の「前記半球状凸曲面よりも外側へ延びているフランジ部」という記載と,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも・・・設定可能である。( 」【0018】)の記載が矛盾することになる。甲1の「半球状凸曲面よりも外側へ延びているフランジ部」は, 「半球状凸曲面」の幅より外側にフランジ部が延びていることを記載したにすぎない。
シューはピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しなければならないという大前提がある(これを「原告大前提」という。。仮に,そうでないと )すると,シューが最大の角度まで傾斜したときに,その一部(甲1ではフランジ部)がピストンと衝突してしまうからである。甲1【0018】では, 「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも・・・認定可能である。」とされているが,このように平坦面10aの半径が半球状10dの半径より小さい場合,フランジ部がピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部にないように,すなわち,シューが最大角まで傾いたときにフランジ部がピストンと衝突するように,わざわざ,フランジ部10bの厚さや,半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(シュー10の高さ)を設計することはあり得ない。
また,本件優先日前に発行された以下の公開特許公報(本件公知文献)の図(甲2の図1,甲3の図11,甲4の図8,甲5の図4,甲6の図5,甲16の図1,甲17の図1。いずれも,別紙図面目録2参照。)において,そこに示されたシュー を甲1に記載されたシュー10に置き換えた場合,仮にフランジ部10bがピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シュー10が最大角まで傾斜した際にフランジ部10bがピストンに衝突する。したがって,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置する。
(3) 「筒状部の径をピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることについて 原告大前提からすると,甲1のフランジ部10bは,ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置している。甲1において,筒状部の幅はフランジ部10bの径よりも小さい。ピストンにおける摺動面の開口部が半球形状であることは,周知技術である。
これらからすれば,甲1【0016】に「シュー10はピストン6に凹状に形成されているピストン連結部6aに嵌めこまれている」とあるように,半球状凸曲面10dは,ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径となっていると考えるのが自然である。
(4) 小括 以上のとおり,審決による甲1発明の認定は誤りであるから,本件発明1と甲1発明との間には相違点が存在しないこととなり,審決は取り消されるべきである。
2 取消事由2(予備的主張1―相違点の認定及び判断の誤り) (1) 相違点の認定 仮に,本件発明1と甲1発明との相違点が存在するとしても,以下の点にとどまる。
(一致点) 「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コ ンプレッサにおいて, 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し, 上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置」している点。
(相違点) 本件発明1は,「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径とした」ことが特定されているのに対して,甲1発明では,そのことが特定されているとまではいえない点。
(2) 相違点の判断 原告大前提からすると,甲1のフランジ部10bは,従来型のシューを小型化することで作成される。すなわち,甲1のフランジ部10bは,図2の水平方向における径が最も大きな部分であるところ,甲1と甲3〜甲6とに接した当業者において,甲1のフランジ部10bの径をピストンにおける摺動面の開口部の径と同程度とすることは,容易になし得たことである。
そして,甲1において,筒状部の幅(=半球状凸曲面10dの幅)はフランジ部10bよりも径が小さいのであるから,フランジ部10bの径をピストンにおける摺動面の開口部の径と同程度にすることで,必然的に,筒状部の径はピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径になる。
したがって,筒状部の径をピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径とすることは,当業者が容易になし得たことである。
なお,仮に,フランジ部10bの径をピストンにおける摺動面の開口部の径よりも大きくしたとしても,筒状部の幅(=半球状凸曲面10dの幅)はフランジ部10bの径よりも小さいのであるから,筒状部の径をピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径とすることは,当業者が容易になし得たことである。
また,甲1と甲3〜甲6の各々とは,同じシューに関する文献であり,これらを組み合わせる阻害要因はないから,甲1に甲3〜甲6を組み合わせる動機付けは十分にある。
3 取消事由3(予備的主張2―相違点の認定及び判断の誤り) (1) 相違点の認定 仮に,本件発明1と甲1発明との相違点が上記2のとおりでないとしても,以下のとおりとなる。
(一致点) 「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて, 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し」ている点。
(相違点) 本件発明1は,「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」としたことが特定されているのに対して,甲1発明では,そのことが特定されているとまではいえない点。
(2) 相違点の判断 前記2(2)のとおり,筒状部の径をピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径とすることは,当業者が容易になし得たことである。
また,原告大前提が存在し,甲1【0018】に明記されるように平坦面10aの半径が半球状凸曲面10dの半径より小さく設定された場合,シューが最大角まで傾いたときにフランジ部がピストンと衝突するように,わざわざ,フランジ部1 0bの厚さや,半球状凸曲面10dの中心点の上下方向の位置(シュー10の高さ)を設計することはあり得ない。
したがって,甲1のフランジ部10bをピストン6の半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置するようにすることは,当業者が容易になし得たことである。
被告の反論
1 取消事由1に対し (1) 「筒状部」について 甲1には,筒状部の記載も示唆もない。筒状部が存在するという原告主張の根拠は図面のみであるが,当該図面は正確性を欠き,これのみから筒状部の存在を裏付けることはできない。
審決の「平坦面10aの半径」の認定は誤っており,正しくは「平坦面10aの中心線から平坦面10aが斜板と摺接する箇所までの距離」である。そうすれば,「筒状部」がなくともフランジ部10bが存在する甲1発明において,平坦面10aの半径が,半球状凸曲面10dの半径に対して小さくなる態様は,想定できる。
仮に,審決の甲1発明の「平坦面10aの半径」の認定を前提とした場合であっても,フランジ部10bが存在する甲1発明において,同様に,平坦面10aの半径が半球状凸曲面10dの半径に対して小さくなる態様は,容易に想定できる。
(2) 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることについて 「平坦面10aの半径」とは,正しくは, 「平坦面10aの中心線から平坦面10aが斜板と摺接する箇所まで」である。かかる認定を前提とした場合,甲1の請求項1の「フランジ部が半球状凸曲面より外側に延びている」ことと, 「平坦面10aの半径が半球状凸曲面の半径より小さくも…設定可能である」 【0018】 ( )こと,さらには,甲1発明に筒状部が存在しないことは,何ら矛盾するものではない。
当業者であれば,斜板やシューなどの可動部分がピストンに衝突しないように最 大傾斜角を適宜設定するのであるから,仮想球面の外側にシューがあると,必ず,最大角まで傾斜した際に,フランジ部がピストンに衝突してしまうとはいえない。
(3) 「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」としたことについて そもそも,筒状部は存在せず,原告主張の前提となる原告大前提も存在しない。
2 取消事由2について そもそも,原告大前提は存在しない。
甲1発明は,フランジ部を設け,斜板と摺接する平坦面の面積を大きくすることを可能とするという技術的思想なのであるから,同じ半径の半球状凸曲面10dを有するシューで比較すれば,甲1発明のシューは,従来のシューに対してフランジを追加した分だけ「大型化」している。仮に,甲1発明では,フランジ部は,従来のシューよりも小型化して作成するものであるとすると, 【0018】の記載と矛盾を生じる。すなわち,半球状凸曲面10dの半径に対して「大きく」設定するためには,従来型のシューを「削る」のではなく,シューの外側にフランジを設ける必要が生じる。
したがって,甲1発明のフランジ部は,従来型のシューを小型化することで作成されるとの原告主張は誤っている。
3 取消事由3について そもそも,原告大前提が存在しないのであるから,原告の主張は前提を欠く。
本件発明1と甲1発明とは,技術的課題,課題解決手段及び作用効果が全く異なるものであるから,甲1発明において,甲1に記載された事項等を参酌して,甲1のフランジ部10bをピストン6の半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置するようにすることは,当業者が容易に想到し得たということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 甲1発明の認定 ア 甲1の記載 甲1には,以下の記載がある(図1ないし図7については,別紙図面目録2参照)。
【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,主として車両用空調装置などに一般に用いられる斜板式圧縮機の改良に属し,特に,ピストン及び斜板間に介在されるシューを備えている斜板式圧縮機に属する。
【0002】【従来の技術】従来技術1として特開昭59-68576号公報には,シリンダボア内に配置されかつ回転軸により回転される斜板を備えている斜板式圧縮機が開示されている。
【0003】この斜板式圧縮機は,図4及び図5に示すように,シリンダブロック201内に設けた斜板205と,斜板205の回転に応じてシリンダボア207内を回転軸202の方向に往復運動するように斜板205に接続されたピストン204と,斜板205及びピストン204間に嵌合保持されているシュー203及びボール208とを有している。
【0004】シュー203と斜板205とが接する一側面は中央部がほぼ平面であり,他側面は球状凹面が形成されてボール208の一部を嵌合保持している。さらにボール208の一部はピストン204の内側の球状凹部にも嵌合保持されている【0005】従来技術2として特開昭62-41980号公報には,図6及び図7に示すように,軸と平行に設けられた複数個のシリンダボア306をもつシリンダブロック301と,このシリンダブロック301内において回転軸302により回転される斜板305と,シリンダボア306内に摺動自在に嵌合されたピストン307と,斜板305の回転によりピストン307を往復運動させるシュー312とを備えている斜板式圧縮機が開示されている。
【0006】シュー312は平滑な平面を摺接する平坦面314とピストン307 の凹状球面307aと摺接する球状面313とをもつ基材よりなり,かつ球状面313は基材上に形成された軟質薄層315の表面で構成されている。
【0007】【発明が解決しようとする課題】従来技術1における圧縮機では,シュー203及びボール208との2体物で構成されているので,組み立て作業や構成が複雑となってしまうという問題がある。
【0008】従来技術2における圧縮機では,シュー312の平坦部314はシュー312の半径以下の接触面積をもつため,斜板305とシュー312との面圧力の低減効果がない。
【0009】それ故に本発明の課題は,シリンダブロックのシリンダボアに設けられるピストン及び斜板の摺接面間に介在されるシューの面圧力を低下させることができる斜板式圧縮機を提供することにある。
【0012】【作用】本発明の斜板式圧縮機によると,シリンダボア内を往復運動するピストン及び斜板間に介在したシューは,ガスの圧縮反力に対し大きな斜板との接触面積を有して摺動する。よって,そこで発生する面圧力の低下により滑らかな摺動と摩耗量の低減となる。また,シュー及び斜板の接触面積は大きく確保でき,結果として摩耗量低減となる。さらに,フランジ部とシューとを一体に構成したので構成が単純化される。
【0013】【発明の実施の形態】図1は本発明の第1の実施の形態に係る斜板式圧縮機を示す。
この圧縮機は自動車用空調装置の冷凍回路に含まれるピストン式可変容量圧縮機であり,図示のように軸心を水平にして設置される。
【0014】この圧縮機は,複数のシリンダボア5をもつシリンダブロック1aと,このシリンダブロック1aの中央で軸方向にのびた回転可能な回転軸2とを備えている。回転軸2の一端は,シリンダブロック1aの軸方向一端に固定したフロント ハウジング3を通って外部に露出し,ここに電磁クラッチ4を介して外部動力源(図示せず)が適宜掛け外し可能に接続される。
【0015】シリンダブロック1aには,軸心の回りに奇数個,例えば5個のシリンダボア5が形成されている。これらシリンダボア5にはピストン6がそれぞれ軸方向に摺動可能に嵌合されている。これらのピストン6は公知のクランク機構7を介して回転軸2に接続され,回転軸2の回転にしたがってシリンダボア5内でそれぞれ往復動する。
【0016】なお,ピストン6の往復ストロークはクランク機構7の作用により可変である。シリンダブロック1a内には回転軸2により回転される斜板11が設けられている。ピストン6と斜板11の摺接面との間には一対のシュー10が介在されている。一対のシュー10はピストン6に凹状に形成されているピストン連結部6aに嵌め込まれている。ピストン連結部6aはシリンダボア5の外にあってシリンダブロック1a内に位置している。この圧縮機においては,斜板11の回転によりピストン6を往復運動させる。
【0017】シュー10は,図2に詳細に示すように,斜板11の摺接面に摺接する平坦面10aと,ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dと,平坦面10aを含み略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10bとを有している。平坦面10aはフランジ部10bへつながっているなだらかな傾斜面10cを有している。
【0018】平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。しかし,大きな圧縮負荷発生時には半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし,面圧力を低下することができる。
【0019】シュー10はガスの圧縮反力に対し,大きな斜板11との接触面積を有して摺動する。よって,そこで発生する面圧力の低下により滑らかな摺動と摩耗量の低減となる。
【0023】図3は第1の実施の形態例に示したシュー10の形状とは異なるシュ ー形状をもつ第2の実施の形態例のシュー101を示している。
【0024】シュー101は斜板11の摺接面に摺接する凸曲面101aと,ピストン6の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面101dと,凸曲面101aを含み半球状凸曲面101dよりも外側へ延びているフランジ部101bとを有している。
【0025】凸曲面101aはフランジ部101bにつながり半球状凸曲面101dよりも大きな曲率半径を有している。なお,凸曲面101aは第1の実施の形態例に示した平坦面10aと比較すると,最大に曲状に突出した部分が平坦面10aよりも10〜30ミクロンメータ程度突出している。
【0026】このシュー101の場合,凸曲面101aは斜板11との摺接面を大きな半径にして構成する。これにより斜板11とシュー101との間に楔状の空間Sが構成される。楔状の空間Sは油膜が作られ耐摩耗性が向上する。この場合,図2より斜板11とシュー101との接触面積は低減するので,フランジ部101bの周辺はなだらかな傾斜面でなく小さな曲面とする。
【0027】この第2の実施の形態例のシュー101の構成においても,シリンダボア5内を往復運動するピストン6及び斜板11間に介在したシュー101は,ガスの圧縮反力に対し,大きな斜板11との接触面積を有して摺動する。よって,そこで発生する面圧力の低下により滑らかな摺動と摩耗量の低減となる。
【0028】【発明の効果】以上説明したように,本発明によれば,シューにフランジ部を形成して半球状凸曲面と傾斜面もしくは凸曲面を構成したので,シューを一体化できるので構成が単純化され,しかもシューと斜板との接触面積を大きく確保でき,面圧力の低下となる結果として摩耗量低減となる。
イ 甲1発明の認定 (ア) 甲1の前記アの記載によれば,以下のことが認められる。
甲1発明は,従来の斜板式圧縮機はシュー及びボールの2体物で構成されていたため組立て作業や構成が複雑になるという課題を解決するものであり【0007】 ( , 図4,図5),また,従来のシューの平坦部はシューの半径以下の接触面積をもつため斜板とシューとの面圧力の低減効果がないという課題を解決するものである【0 (008】,図6,図7)。
この課題を解決するために,甲1発明の斜板式圧縮機は,回転軸2と,回転軸2により回転される斜板11と,斜板11の回転により往復運動するピストン6と,ピストン6と斜板11の摺接面との間に介在し,ピストン6に凹状に形成されたピストン連結部6aに嵌め込まれる一対のシュー10とを備え(【0001】,【0013】,【0014】,【0016】,図1),このシュー10は,斜板11の摺接面に摺接する平坦面10aと,ピストン連結部6aの内側面に形成される半球凹状の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dと,平坦面10aを含み,半球状凸曲面10dより外側へ延びるフランジ部10bとを有し,平坦面10aは,フランジ部10bへつながるなだらかな傾斜面10cを有する(【0017】,図2)。
そして,フランジ部10bは,半球状凸曲面10dと平坦面10aとの間の部分(すなわち,半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分)にあって,半球状凸曲面10dより平坦面10aの半径方向外方に突出している(図2)。
以上のとおり,甲1発明は,平坦面10aを含み半球状凸曲面10dより外側に延びるフランジ部10bをシュー10に設けたものであり(【0017】,図2),フランジ部10bがシュー10と一体化して構成が単純化されるという作用効果を奏する(【0012】【0028】。
, ) また,甲1発明は,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して小さくも大きくも設定可能であるが,半球状凸曲面10dよりも大きな半径にして接触面積を大きくし,面圧力を低くすることができるものであり(【0018】,シュ )ー10と斜板11との接触面積を大きく確保できる結果,面圧力が低下し,摩耗量が低減するという作用効果を奏する(【0012】【0019】【0028】。
, , ) (イ) 以上のことをまとめると,甲1には,審決が認定したとおりの以下の発明(甲1発明)が記載されていると認められる。
「回転軸2を中心に回転する斜板11と,該斜板11の回転に伴って往復運動するとともに半球凹状の摺接面6bの形成されたピストン6と,上記斜板11に摺接する平坦面10aおよび上記ピストン6の摺接面6bに摺接する半球状凸曲面10dの形成されたシュー10とを備えた斜板式圧縮機において, 上記半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した斜板式圧縮機。」 (2) 原告の主張について ア 「筒状部」について (ア) 原告は,甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには,下図に示すように半球からずれる箇所が明確に存在するから,甲1に記載されたシュー10に筒状部が存在することは明らかであると主張する。
しかし,甲1には,筒状部についての記載は存在しないし,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果(前記(1)イ(ア))から見ても,シュー10に筒状部の存在が想定されていると認めることはできない。
そもそも,甲1は公開特許公報であるから,甲1に掲載された図は,いずれも特許出願の願書に添付された図面に描かれたものであるところ,特許出願の願書に添付される図面は,明細書を補完し,特許を受けようとする発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図であるから,当該発明の技術内容を理解するために 必要な程度の正確さを備えていれば足り,設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らない。
そして,甲1発明は,前記(1)イ(ア)で述べたとおり,従来技術の課題を解決するために,平坦面10aを含み半球状凸曲面10dより外側に延びるフランジ部10bをシュー10に設けたものであり,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径より小さくも大きくも設定できるものであるから,シュー10の詳細を示す側面図(甲1,【図面の簡単な説明】)である甲1の図2によって,フランジ部10bが平坦面10aを含み半球状凸曲面10dより外側に延びることや,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径より小さくしたり大きくしたりできることは理解できるとしても,シュー10に筒状部が存在するか否かといった,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果に直接関係のない技術的事項まで認識すべきものではない。
したがって,甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには半球からずれる箇所(すなわち,筒状部)が明確に存在するとの原告の主張は,根拠がない。
(イ) 原告は,シュー10に筒状部が存在しないと,フランジ部10bが存在し,かつ,平坦面10aの半径が半球状凸曲面10dの半径より小さい態様を想定できないから,甲1の「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも…設定可能である。」(【0018】)という記載を説明できなくなり,したがって,審決が甲1発明をシュー10に筒状部が存在しない斜板式圧縮機と認定したことは誤りであると主張する。
しかし,シュー10に筒状部が存在しなくても,フランジ部10bが存在し,かつ,平坦面10aの半径が半球状凸曲面10dの半径より小さい態様は,下図に示すように,容易に想定することができる。
したがって,原告の主張は,根拠がない。
イ 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることについて (ア) 原告は,甲1に記載された「半球状凸曲面10dの半径」は,下図の青色の矢印で示した箇所の長さを指すことが明らかであると主張する。
そして,原告は,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフラン ジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味するにすぎないとした上で,平坦面10aの 「半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。 と 」いう記載(【0018】)は上図の構成だけでなく下図の構成も可能であることを意味すると主張する。
確かに,半球状凸曲面10dの半径は,あくまでも, 「凸曲面」の「半径」であるから,原告が主張するとおり,半球状凸曲面10dをその一部として含む仮想円(仮想球面)の半径(つまり,上記2つの図の青色の矢印で示した線分の長さ)を意味すると解される。また,半球状凸曲面10dは, 「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する」【0017】 ( )から,半球状凸曲面10dの半径は,明らかに,ピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じかそれより小さくなければならない。すなわち,甲1には,半球状凸曲面10dを含む仮想球面が,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが,記載されている。
しかし,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味する。そして,甲1には, 「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。 【0018】 」 ( )と記載されているところ,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対し て大きく設定した場合,フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置しないことは,明らかである。また,小さく設定した場合も,フランジ部10bは,前記ア(イ)に示した図から明らかなように,半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部には位置しない。そうすると,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じ場合は,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しないし,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径より小さい場合も,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置するか否かは,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径よりどれくらい小さいか,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりもどれくらい外側に延びているかなどに依存するから,一義的に定まるものではなく,結局,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しているとは認められない。また,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果(前記(1)イ(ア))から見ても,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが想定されていると認めることはできない。
原告の主張は,甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには半球からずれる箇所(すなわち,筒状部)が存在することを前提とするものであるが,この前提に根拠がないことは,前記アで述べたとおりである。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(イ) 原告は,シューは斜板が回転することでピストンの半球凹状の摺動面内を移動するものであり,仮に,シューのある部分が半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シューが最大角まで傾斜した際にその部分とピストンとが衝突してしまうため,シューはピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しなければならないという大前提(原告大前提)が存在すると主張し,したがって,甲1発明のシュー10のフランジ部10bはピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると主張する。そして,原告は, 上記大前提が存在することの根拠として,本件公知文献の各図(甲2の図1,甲3の図11,甲4の図8,甲5の図4,甲6の図5,甲16の図1,甲17の図1。)に示されたシューを,甲1に記載されたシュー10に置き換えた場合,仮に,フランジ部10bがピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シュー10が最大角まで傾斜した際にフランジ部10bがピストンに衝突することを挙げる。
しかし,本件公知文献に記載されているのは,いずれも,フランジ部を有しないシューに関する発明であり,公開特許公報である本件公知文献の各図は,その発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にすぎないから,そこに示されたシューを,本件公知文献に記載された各発明と技術的関連性のないシュー(例えば,甲1に記載されたシュー10)に置き換えたときの状況を見て取れるほど正確なものではない。したがって,原告の主張は,そもそも根拠がない。
また,本件公知文献の各図に示される斜板式圧縮機(斜板式コンプレッサ)に,同文献に記載された各発明と技術的関連性なくフランジ部を有するシューを組み込むことは,およそ想定されておらず,そのような想定されていない状態を仮定した場合に何らかの技術的な不都合が生じるとしても,それによって格別の技術常識の存在が根拠付けられるわけではない。
以上のとおりであるから,原告大前提が存在すると認めることはできず,したがって,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると認めることができない。
ウ 「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることについて 原告は,@原告大前提からすると,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bはピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すること,Aシュー10の筒状部の幅(半球状凸曲面10dの幅)はフランジ部10bの径より小さいこと,及び,Bピストンの摺動面の開口部が半球形状であることは周知技 術(甲3の図12,甲4の図9,甲5の図1,甲6の図1及び図2。いずれも,図面目録参照。 であることから, ) 半球状凸曲面10dをピストン6の半球凹状の摺接面6bの開口部に嵌め込んだ際に,シュー10の筒状部の幅(半球状凸曲面10dの幅)がピストン6の摺接面6bの開口部の径より小径であると考えるのが自然であると主張する。
しかし,前記イで述べたとおり,原告大前提が存在すると認めることはできないから,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置するとはいえない。そうすると,シュー10の半球状凸曲面10dの幅が(筒状部の幅といえるかは措くとしても)フランジ部10bの径より小さく,ピストンの摺動面の開口部が半球形状であることが周知であるからといって,シュー10の半球状凸曲面10dの幅がピストン6の摺接面6bの開口部の径より小径であるということはできない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
(3) 小括 以上のとおりであるから,審決の甲1発明の認定に誤りはない。したがって,取消事由1には理由がなく,審決の一致点・相違点の認定に誤りはない。
2 取消事由2(予備的主張1―相違点の認定及び判断の誤り)について 上記のとおり,審決の相違点の認定に誤りはない。そして,原告主張の取消事由2は,審決が認定した相違点のうち,本件発明1は「フランジ部はピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ているが,甲1発明はそうではない点(この点について,審決は進歩性があると判断した。)が,相違点ではないことを前提としている。
したがって,取消事由2は,前提において誤りがあり採用できない。
3 取消事由3(予備的主張2―相違点の認定及び判断の誤り)について (1) 上記のとおり,審決の相違点の認定に誤りはない。そして,原告は,取消事由3において,審決が認定した相違点のうち,審決が進歩性なしと判断した相違 点を相違点と主張しないものの,審決が進歩性ありと判断した点すべてを相違点として取り上げ,これらの相違点についての判断を争うのであるから,この点につき判断する。
(2) 「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることの容易想到性について ア 甲1発明に基づく容易性の判断 甲1には筒状部についての記載がなく,甲1に記載されたシュー10の半球状凸曲面10dに筒状部が存在しないことは,前記1で述べたとおりである。そうすると,甲1発明において,筒状部の径をピストン6の摺接面6bの開口部の径よりも小径にすることは,甲1に記載も示唆もされていないことが明らかである。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項を参酌して「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることは,当業者が容易に想到し得たことではないとした審決の判断に誤りはない。
イ 甲1発明と甲6に記載された事項とに基づく容易性の判断 (ア) 甲6に記載された事項 甲6には,以下の記載がある(図1及び図2については,図面目録参照)。
【0001】【発明の属する技術分野】この発明は,自動車用エアコン等に用いられる斜板式コンプレッサに関するもので,より詳しくは,斜板式コンプレッサの斜板とピストンとの間に介在して斜板の回転運動をピストンの往復運動に変換するための,略半球状のシューを含む軸受装置に関する。
【0005】【発明が解決しようとする課題】斜板式コンプレッサにおいては,斜板の回転運動に伴いシューは所謂みそすり運動を強いられるため,局部当たりが生じやすく,これが偏摩耗等の不具合の原因となる。それゆえ,シューの正確な当たりを確保するため,シューの製造過程において,当たりの位置を所定の範囲に収めるように管理 する必要がある。しかしながら,ピストンの球面座と接するシューの外周面を球面座とほぼ同一の曲率半径の球面とした場合,当たり位置が一定せずにばらつきやすい。しかも,球面座に対するシューの当たり位置は,シューの球面の仕上がり如何に左右され,シューの高さ管理,すなわち,斜板との隙間管理を難しくしている。
【0007】【課題を解決するための手段】この発明の斜板式コンプレッサの軸受装置は,駆動軸に平行に配設されたシリンダボア内に摺動自在にピストンを収容し,駆動軸に傾斜して取り付けられた斜板に軸受装置を介してピストンを係合させ,斜板の回転によってピストンをシリンダボア内で往復動させるようにした斜板式コンプレッサにおいて,前記軸受装置を,前記ピストンに形成された単一凹球面からなる球面座と,球面座と接する略半球体からなるシューとで構成し,シューの外周面を,裾野部と,球面座の曲率半径よりも大きな曲率半径の頂部と,裾野部と頂部との間に位置し,球面座の曲率半径よりも小さい曲率半径の,球面座と接する移行部とによって形成したことを特徴とする。頂部の曲率半径を球面座の曲率半径よりも大きくすることによって,シューの外周面および球面座の寸法にばらつきがあっても,頂部が球面座に接触することはなく,両者間に適度なすきまを保って潤滑油を保持させることができる。また,裾野部と頂部との間に位置する移行部は,裾野部と頂部とを繋ぐ部分であり,裾野部および頂部は球面座と接触せず,シューは常にこの移行部にて球面座と接触する。
【0011】【発明の実施の形態】図1に,斜板(2)とピストン(4)の間に組み込まれた状態のシュー(10)を示す。既述のとおり,シュー(10)と球面座(4b)とで軸受装置を構成し,斜板(2)の回転に伴い,軸受装置の作用によって,斜板(2)の回転運動がピストン(4)の往復運動に変換される。
【0012】シュー(10)は鋼球からプレス加工によって成形され,図示するように概ね半球状の外観を呈している。シュー(10)は一方では底面(18)にて 斜板(2)と接し,他方では略球面状の外周面にてピストン(4)の球面座(4b)と接する。底面(18)は平坦で,比較的大きな曲率の曲面を経て外周面と滑らかに連なっている。なお,底面(18)は必ずしも中心線(X)に垂直な平面である必要はなく,たとえば,大きな曲率の凸球面,あるいは,周辺部に対して中央部がなだらかに盛り上がった中高形状とすることも可能であるが,加工が容易という点では平面が有利である。
【0013】シュー(10)の外周面は,図1の下から,裾野部(12),移行部(14),頂部(16),といった部分球面の組合せで構成されている。裾野部(12)は,球面座(4b)の曲率半径(R)よりも僅かに小さな曲率半径(R1)の部分球面であって,底面(18)とは滑らかに連なっている。裾野部(12)の曲率半径(R1)を球面座(4b)の曲率半径(R)よりも僅かに小さくすることによって,裾野部(12)と球面座(4b)との間に適度なすきまが形成される。したがって,シュー(10)に対する球面座(4b)の角部のエッジ当たりを防止するともに,シュー(10)と球面座(4b)との間への潤滑油の引込みを良好に行わせることができる。
【0014】頂部(16)は,裾野部(12)および移行部(14)よりも大きな曲率半径(R2)の部分球面である。頂部(16)の曲率半径(R 2)は,球面座(4b)の曲率半径(R)の約1.5〜2.0倍の範囲内に設定する。頂部(16)の曲率半径(R2)を球面座(4b)の曲率半径(R)よりも大きくすることによって,シュー(10)の外周面および球面座(4b)の寸法にばらつきがあっても,頂部(16)が球面座(4b)に接触することはなく,両者間に適度なすきまを保って潤滑油を保持させることができる。ただし,頂部(16)の曲率半径(R2)を過度に大きくすると,移行部(14)との繋ぎが角度をもち,移行部(14)と球面座(4b)との接触が滑らかさを損なうことになり,さらに移行部(14)の摩耗が進んだ場合は,その傾向は顕著になる。したがって,移行部(14)への潤滑が不足して,短寿命の要因となる。また,製造工程において,過度に頂部Rを大 きくすればするほど,金型による1工程での成形が困難となり,2工程になるか,あるいは1工程でも金型の寿命低下につながる。この面から頂部(16)の曲率半径(R2)の上限が画定される。
【0015】移行部(14)は,裾野部(12)と頂部(16)との間に位置する部分球面であって,両者とそれぞれ滑らかに連なっている。言い換えれば,移行部(14)は裾野部(12)と頂部(16)とを繋ぐ部分であり,その意味で,移行部(14)の曲率半径(R3)を「繋ぎアール」と呼ぶこととする。この繋ぎアール(R3)は,たとえば,頂部(16)の曲率半径(R2)の約1/3〜2/3に設定する。上述のとおり,裾野部(12)および頂部(16)は球面座(4b)と接触せず,シュー(10)はこの移行部(14)にて球面座(4b)と接触する。つまり,球面座(4b)に対するシュー(10)の当たりは常に移行部(14)に存する。
【0016】次に,図2に示す実施の形態は,シュー(10)の外周面が裾野部(12)と,移行部(14)と,頂部(16)とで構成されている点は上述の図1の実施の形態と同じであるが,裾野部(12)の構成が次のように相違している。すなわち,裾野部(12)は,シュー(10)の中心線(X)を越え,中心線(X)から半径方向に所定量だけ離れた位置に曲率中心をもった円弧を母線とする曲面で構成されている。言い換えれば,曲率中心(O1)と曲率中心(O2)は,中心線(X)を越えて互いに逆方向にオフセット(クロスオフセット)しており,オフセット量を符号eで表してある。この場合,シュー(10)の外周面は常に,縦断面で見て,二つの移行部(14)で球面座(4b)と接触することになる。したがって,球面座(4b)に対するシュー(10)の当たり点を正確に設定することができる。また,裾野部(12)の曲率半径(R1)を球面座(4b)の曲率半径(R)と等しく,または,極く僅かに小さくしただけでも,裾野部(12)と球面座(4b)との間にすきまを形成させることができる。
(イ) 甲6の上記記載によれば,以下のことが認められる。
甲6には,斜板式コンプレッサの斜板とピストンとの間に介在する略半球状のシューが記載されており,このような斜板式コンプレッサのシューは,いわゆる「みそすり運動」を強いられる結果,偏摩耗等の不具合の原因となる局部当たりが生じやすいので,製造過程において当たりの位置を所定の範囲に収める必要があるが,従来のシューは,その外周面がピストンの球面座とほぼ同一の曲率半径を有する球面とされており,球面座に対する当たり位置は球面の仕上がりに左右されるので,当たり位置がばらつきやすいという課題があった(【0001】【0005】。
, ) 甲6に記載された略半球状のシューは,その外周面を,裾野部と頂部と裾野部及び頂部の間に位置する移行部とによって形成し,頂部の曲率半径をピストンの球面座の曲率半径より大きくし,移行部の曲率半径をピストンの球面座の曲率半径より小さくすることによって,前記の課題を解決するものであり,シューは裾野部及び頂部で球面座と接触せず,常に移行部で球面座と接触するという効果を奏し,また,シューの外周面及びピストンの球面座の寸法にばらつきがあっても,頂部と球面座とが接触せず,両者間に適度なすきまを保って潤滑油を保持できるという効果を奏するものである(【0007】【0013】ないし【0016】。
, ) (ウ) 甲6に記載された事項の甲1発明への適用 甲1発明と甲6に記載された事項とは,斜板式圧縮機(斜板式コンプレッサ)に関するものである点で一致する。また,甲1発明は,シュー10の半球状凸曲面10dとピストン6の摺接面6bとがほぼ同一の曲率半径を有する球面とされる場合を含む(少なくとも,排除はされていない。)と認められるから,甲6に接した当業者であれば,甲1発明にも甲6に記載された前記(イ)の技術課題が存在することを理解する。したがって,当該技術課題の解決のために甲6に記載された事項を甲1発明に適用することは,当業者が容易に思い付くことであり,これに反する審決の判断は,誤りである。
しかし,甲6に記載された事項を甲1発明に適用しても,甲1発明のシュー10の半球状凸曲面10dを,裾野部と頂部と裾野部及び頂部の間に位置する移行部と によって形成し,頂部の曲率半径をピストンの球面座(すなわち,ピストン6の摺接面6b)の曲率半径より大きくし,移行部の曲率半径をピストンの球面座の曲率半径より小さくした外周面に変更することになるだけであり,筒状部の径を上記ピ 「ストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とする構成に至るわけではない。
したがって,甲1発明において甲1に記載された事項及び甲6に記載された事項を参酌して「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることは,当業者が容易に想到し得たことではないとした審決の判断は,結論において誤りがない。
(エ) 原告の主張について 原告は,原告大前提からすると,甲1発明のシュー10のフランジ部10bは,従来型のシューを小型化することで作成されるところ,従来型のシューの径がピストンの摺動面の開口部の径と同程度であることは甲3ないし甲6に示されるように周知であるから,従来型のシューを小型化したシュー10の最大径部分(すなわち,フランジ部10b)はピストンの摺動面の開口部の径と同程度であり,フランジ部10bより径が小さい筒状部(半球状凸曲面10d)は必然的にピストン6の摺動面6bの開口部の径よりも小径になると主張する。
しかし,前記1(2)イ(イ)で述べたとおり,原告大前提が存在すると認めることはできないから,甲1発明のシュー10のフランジ部10bは従来型のシューを小型化することで作成されるという原告の主張は,合理的な根拠を欠く。また,甲3ないし甲6に示されるシューは,いずれも筒状部を有しないから, 「筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とすることを示唆するものではない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
さらに,原告は,仮にフランジ部10bの径をピストン6の摺動面6bの開口部の径より大きくしたとしても,フランジ部10bは従来型のシューを小型化することで作成されるから,筒状部の幅(半球状凸曲面10dの幅)はフランジ部10b の径より小さいのであり,原告大前提からすると,ピストン6の摺動面6bの開口部の径よりも小径にしようとすると主張する。
しかし,前記1(2)イ(イ)で述べたとおり,原告大前提が存在すると認めることはできないから,原告の主張は,根拠を欠く。
(3) 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の 内部に位置し」ていることの容易性想到性について ア 甲1発明に基づく容易性の判断 前記1(2)イ(イ)で述べたとおり,甲1の記載からは,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しているとはいえないし,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果(前記1(1)イ(ア))から見ても,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが想定されていると認めることはできない。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項を参酌して「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ているようにすることは,当業者が容易に想到し得たことではないとした審決の判断に誤りはない。
イ 甲1発明と甲6に記載された事項とに基づく容易性の判断 前記3(2)イ(ウ)で述べたとおり,甲6に記載された事項を甲1発明に適用することは,当業者が容易に思い付くことであるが,甲6に記載された事項を甲1発明に適用しても,甲1発明のシュー10の半球状凸曲面10dを,裾野部と頂部と裾野部及び頂部の間に位置する移行部とによって形成し,頂部の曲率半径をピストンの球面座(すなわち,ピストン6の摺接面6b)の曲率半径より大きくし,移行部の曲率半径をピストンの球面座の曲率半径より小さくした外周面に変更することになるだけである。
したがって,甲1発明において,甲1に記載された事項及び甲6に記載された事項を参酌して「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面 の内部に位置し」ているようにすることは,当業者が容易に想到し得たことではないとした審決の判断は,結論において誤りがない。
ウ 原告の主張について 原告は,原告大前提が存在するから,甲1発明のフランジ部10bをピストン6の摺動面6bを含む仮想球面の内部に位置するようにすることは,当業者が容易になし得たことであると主張する。
しかし,前記1(2)イ(イ)で述べたとおり,原告大前提が存在すると認めることはできないから,原告の主張は,根拠を欠く。
(4) 小括 以上のとおりであるから, 筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の 「径よりも小径」とすること,及び, 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し」ていることが容易想到ではないとした審決の判断に,誤りはない。したがって,取消事由3には理由がない。
結論
以上のとおり,原告の請求は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
図面目録2本件特許明細書(甲11)の図【図1】 【図2】 3刊行物の図甲1の図【図1】【図2】【図3】【図4】【図5】 【図6】【図7】甲2の図【図1】甲3の図【図11】【図12】 甲4の図【図8】【図9】甲5の図【図1】【図4】 甲6の図【図1】【図2】【図5】甲16(特開2007-278149号公報)の図【図1】 甲17(特開2006-161801号公報)の図【図1】
裁判長裁判官 清水節
裁判官 片岡早苗
裁判官 新谷貴昭