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関連審決 無効2000-35092
関連ワード 産業上利用(29条1項柱書) /  技術的思想 /  物の発明 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  出願公開 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  国際出願 /  国際公開 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 147号 審決取消請求事件
原告 リンテック株式会社
訴訟代理人弁護士 田倉整
同 弁理士 志水浩
同復代理人弁護士 田倉保
被告 三水株式会社
訴訟代理人弁護士 小坂志磨夫
同 弁理士 永井義久
同 守屋昭良
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2000-35092号事件について平成13年3月2日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「記録紙」とする特許第2619728号発明(平成2年1月25日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成3年4月25日付け,平成4年12月14日付け,平成5年11月12日付け,平成7年2月6日付け及び平成8年9月26日付けの各補正〔以下,それぞれ「平成3年補正」,「平成4年補正」,「平成5年補正」,「平成7年補正」,「平成8年補正」という。〕を経て,平成9年3月11日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
平成12年2月16日,原告が本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,無効2000-35092号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,同事件について審理した上,平成13年3月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月14日,原告に送達された。
2 設定登録時の明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】下記(A)と(B)の重量比が1から3の範囲の組成物からなる隠蔽層(5)が1から20ミクロンの膜厚で着色原紙(1a),(1b)の表面に形成されたことを特徴とする,記録紙。
(A)隠蔽性を有する水性の中空孔ポリマー粒子 (B)成膜性を有する水性ポリマー 【請求項2】タコグラフ用の請求項1の記録紙。
(以下,上記【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(原告)の主張する無効理由,すなわち,本件特許出願の願書に最初に添付した明細書(甲3添付,以下「当初明細書」という。)の発明の詳細な説明における「針の摺削により着色原紙が」(8頁第2段落)との記載を,平成4年補正により「針の摺削によって隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより着色原紙の色が」とする補正(以下「本件補正」という。)は,明細書の要旨を変更するものであるから,本件特許出願は,平成6年法律第116号による改正前の特許法40条(以下「旧40条」という。)の規定により平成4年12月14日に出願したものとみなされるところ,本件発明1,2は,国際公開パンフレットWO91/11686号(審判甲6・本訴甲7,以下「甲7パンフレット」という。)及び特開昭60-223873号公報(審判甲7・本訴甲8,以下「甲8公報」という。)記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから,同法123条1項2号の規定により無効とされるべきであるとの主張に対し,本件補正は,明細書の要旨を変更するものではなく,請求人の主張はその前提において誤りがあるから,甲7パンフレット及び甲8公報を検討するまでもなく,本件特許は,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件補正が明細書の要旨の変更に当たらないと誤って認定判断し(取消事由1),同判断の前提となる当初明細書記載の発明(以下「当初発明」という。)が発明として不成立であることを看過した(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件補正が明細書の要旨の変更に当たらないとの認定判断の誤り) (1) 本件補正は,当初明細書(甲3添付)の「こうして得られた記録紙は尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等のインクを用いない針の摺削により着色原紙が現出され印字される」(8頁第2段落)の「針の摺削により着色原紙が」との記載を「針の摺削によって隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより着色原紙の色が」と補正するものであるが,「つぶれ」て現出されるとの文言は,技術的事項に該当し,その補正は発明の技術的事項の変更に当たるから,これを明細書の要旨の変更に当たらないとした審決の認定判断は誤りである。
(2) 当初発明は,記録紙という物の発明であるが,記録紙の発明である以上,記録の目的及び作用効果が発揮できるような記録紙でなければならないから,このような目的及び作用効果に関する用語を補正し,当初明細書にない,つぶして着色原紙を現出する印字方法(以下「押つぶし透明化方式」という。)に補正することは,発明の構成に関する技術的事項を変更させ,明細書の要旨を変更するものである。
当初明細書に記載の印字方法は,「針の摺削により着色原紙が現出され印字される」ものであるが,当初明細書には,「摺削」の用語の意味について定義はない。辞典類によれば,「摺削」の「摺る」とは,「版木などに墨・絵の具などを塗って紙を当て,こすって写し取る」の意味であり,また「削る」とは,「物の表面を薄くそぎとる,全体を構成している中の一部分をとり除く」ことを意味するから,記録紙に係る本件発明における「針の摺削」は,語義どおり,「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去ること」を意味する。「摺削」が「隠蔽層が取り除かれること」を意味することは,先行技術文献や,本件特許の対応国際出願の公開情報である甲7パンフレットの記載からも理解できる。また,「着色原紙が現出され印字される」とは,針の摺削により着色部(原紙)が現出,すなわち,「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去り,その結果,隠蔽層が取り去られた部分の着色原紙の表面が露出される」方法(以下「削り取り露出方式」という。)と理解するのが自然である。削り取り露出方式では,「このような尖針の摺削により皮膜中の微細な中空粒子が潰れること」(審決謄本4頁最終段落)は起きないし,隠蔽層の透明化も起きないから,本件補正により,印字方法が,削り取り露出方式から押つぶし透明化方式に変更されたもので,全く別異の技術的思想に基づくものとなったことは明らかである。押つぶし透明化方式の印字方法は,審決がいう,「当初明細書に開示されている,針によって摺削されると皮膜による隠蔽性が失われ,その結果着色原紙が現出され印字されるという印字方法」(審決謄本5頁第1段落)とは全く異なるものというべきである。
したがって,本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内においてした補正であるとはいうことができない。
2 取消事由2(当初発明が発明として不成立であることの看過) (1) 本件において,本件補正が明細書の要旨を変更するものであるかを判断するに当たって,当初発明が,発明として成立しているか否かは,当然の前提として認定判断されるべきであり,少なくとも,当初発明が,特許法29条1項柱書にいう産業上利用することができる発明に該当することが前提でなければならない。そうでなければ,発明ではないものから,補正により新たに発明を完成させたことになり,正に要旨変更に当たるというべきである。
(2) 当初発明は,本件特許出願時の技術水準に照らし,公知,公用のものであり,発明の実体はなく,いわば無の発明であって,産業上利用することができる発明として成立していない。被告は,本件特許出願に際し,当初発明の摺削による印字方法は,隠蔽層が取り除かれて着色原紙が現出され印字されることとは技術的思想を異にすると主張したが,「摺削による印字方法」を「ポリマー粒子がつぶれる」ことの根拠にするのであれば,平成7年補正により「摺削」の文言を削除することは明らかな誤りであって,根拠を放棄したものといわなければならない。したがって,被告は,少なくとも,当初発明は,従来品と差異がないこと,すなわち,当初発明は,無の発明であることを自認したことが明らかである。また,甲37〜39の追試の結果からも,当初発明は,発明の作用効果を有しない,無の発明であることは明らかである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件補正が明細書の要旨の変更に当たらないとの認定判断の誤り)について (1) 明細書の要旨の変更とは,「特許請求の範囲を増加し減少し又は変更すること」(平成5年法律第26条による改正前の特許法41条)であるから,現在の明細書に具現されていない「発明の詳細な説明」の記載を取り上げることは,およそ無意味というべきであり,本件補正は,その後の補正,とりわけ平成7年補正によって原形を見いだし得なくなり,本件明細書には記載がなく,その効果がなくなったものであり,原告主張の本件特許の無効理由自体,失当というべきである。
(2) 本件補正は,「記録紙」又は「タコグラフ用記録紙」としての用法における効用の説明中,記録紙における用法において,記録がされるときの「状態」又は「変化」についての説明事項の補正にすぎず,この説明事項が,特許請求の範囲の記載の要件になっているものではない。しかも,物の発明としての「記録紙」又は「タコグラフ用記録紙」の発明の構成において,印字方法を変更したものでもない。物としての形態も変更されるのであればともかく,当初明細書に記載した「針の摺削により着色原紙が現出され印字される」印字方法そのものには,何ら変更はなく,物としての形態も変更されたものではない。したがって,本件補正は,発明の構成に関する技術的事項を変更するものではないから,要旨変更には当たらないことは明らかである。また,「摺削」の用語は,各種の辞典類には見いだせない語であるから,用語の意味を根拠とする原告の主張は,失当である。「針の摺削」とは,当初明細書(甲3添付)の記載から,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで記録紙上に印字する」(1頁「産業上の利用分野」の欄)ことを意味することは明らかである。そして,記録紙として,例えば,タコグラフ用の記録紙を想定していることも明らかであるから,タコグラフ用記録紙の場合と同様に,上記印字は,「記録ペンが図表上を摺動するに伴い白色顔料6が摺削されて下側の着色部が現出」(実公昭39-33446号公報〔甲17,乙1,以下「甲17公報」という。〕の1頁右欄下から第2段落)することと同義であり,「着色原紙が現出」は,皮膜自体が取り除かれることを必ずしも意味しない。当初発明は,特公昭43-778号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)記載のカプセルをつぶして印字する記録紙を従来技術として前提にしているものであり,粒子径が「5〜0.1ミクロン」の中空孔ポリマー粒子を有する「1から20ミクロン」の膜厚の隠蔽層に対して,これよりはるかに大きい先端径を有するインクを用いない記録ペン,すなわち尖針に,適当な荷重を与えて図表上を摺動させる(摺り動かす)ものである。
そうすると,皮膜中の微細な中空孔ポリマー粒子がつぶれることは当然推測できるものであり,その尖針の頭面により中空孔ポリマー粒子がつぶれた結果,その隠蔽性が失われるであろうことも推測可能である。したがって,本件補正により特定される印字方法は,針によって摺削されると皮膜による隠蔽性が失われ,その結果,着色原紙が現出され印字されるという,当初明細書に開示されている印字方法の範囲内のものであることは明らかである。
原告は,本件特許出願後の提出に係る甲7パンフレットの図面の説明の欄の記載を「摺削」の意義の解釈の根拠に挙げるが,甲7パンフレットに係る国際出願は,本件特許出願を優先権主張の基礎とするものであり,後の出願を根拠とすること自体誤りである。しかも,甲7パンフレットが従来技術として挙げる乙1公報などの印字形態は,「尖針で表面の白色塗膜の一部を摺擦」(添付明細書1頁下から第2段落)すると記載されているにとどまり,原告主張の「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去ること」とは異なるものである。
2 取消事由2(当初発明が発明として不成立であることの看過)について 審判における請求人(原告)主張の無効理由は,本件補正は,明細書の要旨を変更するものであるから,旧40条により,本件特許出願は,本件補正に係る手続補正書を提出した時にしたものとみなされるとした上で,本件発明1,2は,甲7パンフレット及び甲8公報記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものであるというものである。したがって,原告主張の取消事由2は,審決の当否とは無関係であり,取消事由になるものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正が明細書の要旨の変更に当たらないとの認定判断の誤り)について (1) 原告は,当初明細書(甲3添付)の発明の詳細な説明における「こうして得られた記録紙は尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等のインクを用いない針の摺削により着色原紙が現出され印字される」(8頁第2段落)の「針の摺削により着色原紙が」との記載を「針の摺削によって隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより着色原紙の色が」と補正する本件補正の,「つぶれ」て現出されるとの文言は,発明の構成に関する技術的事項に該当し,その補正は発明の構成に関する技術的事項の変更に当たるところ,本件補正により印字方法が,削り取り露出方式から押つぶし透明化方式に変更されたもので,全く別異の技術的思想に基づくものとなったものであるから,本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内においてした補正であるとはいうことはできないと主張し,被告は,本件補正は,記録紙における用法において,記録がされるときの「状態」又は「変化」についての説明事項の補正にすぎず,しかも,物の発明としての「記録紙」又は「タコグラフ用記録紙」の発明の構成において,印字方法を変更したものではないから,発明の構成に関する技術的事項を変更するものではなく,明細書の要旨変更には当たらないと主張する。
なお,被告は,本件補正は,その後の補正,とりわけ平成7年補正によって原形を見いだし得なくなり,本件明細書には記載がなく,その効果がなくなったものであり,原告主張の本件特許の無効理由自体,失当というべきであるとも主張するが,出願公告をすべき旨の決定の謄本送達前にした補正が,当初明細書の要旨変更に当たるか否かの判断は,当初明細書の記載に基づいて各補正事項についてされ,数次の補正がある場合は,それぞれ別個に当初明細書の記載と対比判断されるべきものであるから,採用することができない。
(2) そこで,まず,本件補正が,発明の構成に関する技術的事項に該当するものであるかについて検討する。
ア 当初明細書(甲3添付)の特許請求の範囲には, 「【請求項1】下記(A)及び(B)成分より成る組成物を着色原紙上に被覆させて得られる記録紙 (A)隠蔽性を有する水性ポリマー粒子 (B)成膜性を有する水性ポリマー 【請求項2】タコグラフ用の請求項1の記録紙」 と記載され,本件発明1,2の記録紙(以下「本件記録紙」という。)について,物としての構成は記載されているが,本件記録紙への記録機構については記載がない。
イ ところで,記録紙とは,何らかの記録器具を作用させて,何らかの記録機構により,その紙に所定の記録を得るためのものである。このような記録器具や記録機構については,乙2公報に,「記録計で記録を得るやり方には非常に多くの方法がある。すなわち,(1)インクを用いるペン書き(2)放電記録(3)電流発色記録(4)鋭利な尖針を用いるスクライブ記録(5)熱ペンを用いる感熱記録(6)圧力によりカプセルを破壊し化学反応を行なわせる感圧記録等である」(1頁「発明の詳細な説明」の左欄第2段落)と記載されているとおり,本件特許出願当時,多様なものが知られていたことが認められる。
当初明細書の本件記録紙は,上記のとおり,着色原紙上に特定の被覆をさせて得られるものであるという構成を有するものであり,この特定の構成から,上記に例示された多様な記録方法すべてに適用可能な記録紙であるということはできず,おのずと適用可能な記録器具及びこれを用いたときの記録機構が規定されるものであり,記録器具及びその記録機構から,記録紙本来の目的である記録を得ることを可能とするために,記録紙に,特定の構造,機能,性質等が要求され,その要求に沿った記録紙の構成が規定されるものというべきである。
そして,本件補正は,当初明細書(甲3添付)の「針の摺削により着色原紙が」(8頁第2段落)との記載を「針の摺削によって隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより着色原紙の色が」とするものであるところ,上記当初明細書の記載は,「課題を解決するための手段」の項において,「本発明の構成について以下さらに詳細に述べる」(4頁最終段落)としてされた記載であり,当初発明の構成に係る記載であると認められるところ,本件補正により,当初発明の本件記録紙に適用される記録機構に,「隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより」との事項が付加されたものであって,上記のとおり,記録機構は,記録紙の構成を規定するものというべきであるから,本件補正は,当初発明の構成に関する技術的事項に該当するものということができる。
(3) 進んで,当初明細書(甲3添付)の本件記録紙の記録機構について検討する。
ア 当初明細書には,本件記録紙の記録機構について,@「本発明はインクを用いない記録ペンすなわち尖針などで記録紙上に印字できる記録紙に関する事である。本発明は着色された原紙上に下記の(A)及び(B)成分より成る組成物を塗布し乾燥させると,原紙上にこの組成物が被覆されて得られる記録紙に関する」(「産業上の利用分野」の項の1頁第1段落),A「特許出願公告昭34-8163(注,乙16,以下「乙16公報」という。)ではインクを用いない記録紙として硝化綿ラッカーを黒色の原紙に塗布し,多湿度条件下で塗膜層を白色隠蔽化させる事により記録紙を得る方法が示されている。日本国特許第520631号(注,乙2公報はその特許出願公告公報)では光散乱層とカプセル化層より成る記録紙を考案し,カプセルを尖針で破壊しカプセルに含まれる溶剤の滲出で光散乱層の一部を透明化する記録紙が示されている」(「従来の技術」の項の2頁第1段落),B「特許出願公告昭41-19274(注,乙17〔以下「乙17公報」という。〕)及び実用新案出願公告昭39-33446(注,甲17公報)ではタコグラフに関する装置及び記録表が示されている。さらにその他の記録紙として感圧紙,感熱紙等も広く利用されている。これらの特許は着色原紙の上に種々の隠蔽剤層を塗布する方法が示されている。例えば実用新案出願公告昭39-33446では隠蔽層として顔料を用いる方法,特許出願公告昭34-8163(注,乙16公報)では硝化綿白化塗膜を用いる方法等が提案されている。しかし隠蔽効果を有するポリマー粒子を利用する方法は全く示されていなかった」(同項の2頁第1段落〜3頁第2段落),C「しかしながら現在広く利用されている感圧,感熱紙は染料を用いるため印字スピードに劣ったり印字した紙の保存性(生地の黄変化)に問題が有った。こうした欠点を改良した方法として特許出願公告昭34-8163の方法に基づいた硝化綿ラッカー層の白色隠蔽化方法が現在主にタコグラフ用記録紙に用いられている」(同項の3頁第3段落),D「本発明の隠蔽性を有する水性ポリマー粒子とは中空孔を有して得られるポリマー分散体であり特許出願公開・・・等で公知である。市販品の例としては,ローペイク・・・,ボンコート・・・等である。成分は好ましくはメタアクリル酸,またはメタクリル酸共重合体をコアー(芯)成分とし,スチレンをシエル(外殻)成分としている。粒子径は5〜0.1ミクロンであり好ましくは1〜0.3ミクロンである。コアー(芯)が一部中空化しているため高い隠蔽性を有し,且つ粒子は完全に水中で分散された状態である」(「課題を解決するための手段」の項の5頁第1段落〜6頁第1段落),E「本発明の成膜性を有する水性ポリマー・・・のモノマー組成の例としてはアクリル酸エステル,メタクリル酸エステル,スチレン,ブタジエン,クロロプレン,塩化ビニリデン,天然ゴム等であり,モノマー組成のガラス転移点(Tg)が100℃以下,好ましくは25℃〜-80℃である」(「課題を解決するための手段」の項の6頁第2段落),F「隠蔽性を有する水性ポリマー粒子と成膜性を有する水性ポリマーの混合割合は1:9〜9:1であり好ましくは1:3〜3:1である。両者を混合して得られた塗布液が着色原紙に塗布される。塗布方法はエアーナイフコーター・・・等であり,均一に塗布されねばならない。温風(50〜200℃)乾燥により20〜1ミクロンの膜厚であり好ましくは10〜3ミクロンの膜厚が得られる。得られた皮膜は着色原紙の色を完全に隠蔽しており,通常白い外観が得られ記録紙として供せられる」(「課題を解決するための手段」の項の7頁第2段落〜8頁第1段落),G「こうして得られた記録紙は尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等のインクを用いない針の摺削により着色原紙が現出され印字される。現在広く実用化されているタコグラフ装置については特許出願公告昭41-19274及び実用新案出願公告昭39-33446に詳細な説明がなされている。
本発明の記録紙はこれらのタコグラフ用記録紙としても有用である」(同項の8頁第2段落),H「次の項目について性能評価を行い実施例2にまとめた。白色度:肉眼で市販のタコグラフ用速度記録紙(A社製)と比較・・・印字性:サファイヤー針で市販のタコグラフ記録計(A社製)を用いて評価した。印刷適性:市販のセロテープを塗布層に圧着し,テープを剥離し,隠蔽性の剥離を調べた」(「実施例1」の項の8頁最終段落〜9頁第4段落)との記載がある。
上記ア@の「本発明は,インクを用いない記録ペンすなわち尖針などで印字できる記録紙に関する」との記載によれば,当初明細書の本件記録紙の記録機構は,「インクを用いない記録ペンすなわち尖針など」のような記録器具(以下「記録ペン」という。)を使用して記録紙へ記録するものであると認められる。そして,上記アBに,「タコグラフに関する装置及び記録表」を示す乙17公報及び甲17公報が挙げられ,さらに,上記アGにおいても,「現在広く実用化されているタコグラフ装置」について詳細な説明がされているとして同Bで挙げた上記2公報が挙げられ,上記アG及びHに,「本発明の記録紙はこれらのタコグラフ用記録紙としても有用である」として,実施例で得られた記録紙を,「市販のタコグラフ用速度記録紙(A社製)」と比較して,白色度を,「市販のタコグラフ記録計(A社製)」を用いて印字性を評価したと記載されていることから,記録ペンを使用する具体的な記録装置は,主にタコグラフ装置であると認められる。
イ そこで,本件特許出願当時のタコグラフ装置についてみると,実開昭51-83366号公報(甲60)のタコグラフ装置は,「自動車の運行状況,機械の稼働状況等がチャート紙に自動記録され,このチャート紙を目視によりまたは光学的な読取装置によって判読することによって,状況を解析する」(添付明細書1頁最終段落)と記載されているように,自動車の運行状況等がチャート紙に自動記録され,そのチャート紙を目視により又は光学的な読取装置によって判読,解析するための自動記録装置であり,その記録ペンは,同公報に,「被覆層4の上から加圧ペンや熱ペンを作用させてこの層4を破損させ・・・破損部分4aに記録層3が露出する」(同2頁第1段落)と記載されているが,被覆層がどのようなものであるかについての記載はない。また,当初明細書の上記アBに挙げられた上記2公報のうち,乙17公報には,3本の記録ペンで記録する記録回転計について記載されているが,記録ペンの記録紙への記録機構や記録紙を特定する記載はなく,甲17公報には,「記録ペンが図表上を摺動するに伴い白色顔料6が摺削されて下側の着色部が現出」(1頁右欄下から第2段落)する「タコグラフ用記録図表」が記載されているが,白色顔料がどのようなものであるかについて特定する記載はない。これらの記載によれば,記録ペンは,記録紙の図表上を摺動するものであることが認められるが,被覆層及び被覆層ないし白色顔料に記録ペンの摺動によりどのような変化が生じて着色部が現出するかについて特定するものではない。さらに,B作成の昭和52年4月20日付け「記録計用紙(タコグラフ)の試験結果について」(甲57)のタコグラフ記録装置の「試験項目」の欄には,「3.2 記録性試験」の「(1)記録の濃淡」の項に,「常温常湿で針先形状0.06mm〜0.08mm半球で,かつ,記録紙への接触荷重が10gのサファイヤ針を用いて記録させ」と記載され,続く「(2)最低記録性」の項に,「常温常湿で針先形状0.06mm〜0.08mm半球のサファイヤ針を用いて記録させたとき,記録可能な最低荷重は5g」と記載され,次いで「(3)解読力」の項に,「3.2(1)項と同様な方法で記録させた時,1mm幅に10本以上の記録線が判読でき,1mm幅に30本の記録をさせても塗膜がはく離(注,上点省略)したり,表面が発粉状態にならない」と記載され,これらの記載によれば,本件特許出願当時,タコグラフ記録装置の記録ペンは,少なくとも,「1mm幅に10本以上」の微細な記録線が作成可能な0.06mm〜0.08mm程度の大きさの先端径のものであって,5〜10g程度に加圧し,記録紙上を摺動して記録するものであると認められる。原告従業員C作成の平成15年3月12日付け報告書(甲63)は,タコグラフ記録装置の記録紙は尖針の摺削により記録層が削り取られることにより記録がされることの確認が得られたとするが,その試験装置は,先端径が細く(30μ),かつ,荷重が大きい(30g)条件で実験が行われたものであり,記録紙に対する摺動する力は,上記タコグラフ装置の記録ペンと比較し,同速度で記録ペンが作動する場合に,単位面積当たりの荷重が非常に大きくなるものであって,同等の条件で摺動させたものと認めることができず,上記認定を左右するものではない。
以上によれば,当初明細書の本件記録紙に使用される記録ペンは,上記従来技術と同様,先端径が0.06mm〜0.08mm程度の微細なものであって,室温で5〜10g程度に加圧され,記録紙面上を摺動させて記録するものを含むものであると認められる。
ウ また,当初明細書の本件記録紙についての上記ア@の「着色された原紙上に塗布し乾燥させた特定の被覆を有する記録紙」との記載,被覆組成物についての同Fの「塗布液が着色原紙に塗布され・・・温風(50〜200℃)乾燥により得られる・・・皮膜は着色原紙の色を完全に隠蔽しており,通常白い外観が得られ」との記載によれば,本件記録紙は,着色原紙の上に塗布乾燥された被覆を有するものであって,その被覆はその着色原紙の色を隠蔽する性質を有するものであると認められる(以下,この隠蔽する性質を「隠蔽性」といい,隠蔽性を有する被覆を「隠蔽層」という。)。そして,当初明細書の本件記録紙の隠蔽層(以下「本件隠蔽層」という。)は,その組成,並びに上記ア@の「インクを用いない」及び同Cの「しかしながら感圧,感熱紙は,染料を用いるため,印字スピードに劣ったり印字した紙の保存性(生地の黄変化)に問題があった」との記載により,「染料」が含まれるものとは認められないから,本件記録紙は,インクや染料の色により記録を得るものではないと認められる。
以上によれば,上記のような記録ペン及びその記録紙への作用並びに本件記録紙の構成から,本件記録紙への記録機構は,記録ペンの記録紙上を摺動する力により,本件隠蔽層の隠蔽性を低下させることによるものであると認められる。
そうすると,上記隠蔽性の低下は,記録を判読するに必要な程度で足り,着色原紙の色調は,隠蔽層の色調とそれに必要な差が生じる程度に現出させればよいから,隠蔽性の完全な消失までは要求されず,必ずしも着色原紙の面を露出させる必要はないものと認められる。
エ ところで,昭和63年色材協会発行「色材」61〔9〕494頁〜508頁「中空樹脂粒子の性質と応用」(甲28)は,本件隠蔽層に含まれるポリマー粒子と同等の粒子と認められる中空樹脂粒子を造膜性成分とブレンドしたフィルム(498頁左欄3項第1段落)について,「市販ポリマーの屈折率は1.3〜1.7の範囲,ポリスチレンやポリメタクリル酸メチル等の1.6の範囲でそれほど差がない。従って通常のポリマーの組合わせだけでは隠ぺい性のある塗膜が得られない。空気の屈折率は1であるので空気を顔料として用いることができればかなり大きな隠ぺい性が得られる。そこで屈折率が1.0の空気をカプセル化した中空樹脂粒子は白色顔料として機能し得る」(同頁右欄),「フィルム中の中空樹脂粒子の光散乱挙動は,可視光線の波長の半波長分の中空径があれば,図-8のように可視光線の反射および屈折を助長し白色顔料として機能する。・・・同一粒子径で比較すると,中空の方が非中空のものより圧倒的に隠ぺい性,白色度が良好である」(499頁右欄第1段落)と記載され,さらに,図-8には,塗膜中の中空粒子における光の反射と屈折について記載され,中空樹脂粒子を分散した樹脂膜の隠蔽性は,中空樹脂粒子の微小な中空孔によることが認められ,甲8公報(1頁左下欄末行〜2頁左上欄第2段落)及び昭和63年発行「表面」26巻6号392頁〜403頁「中空樹脂顔料の機能とその応用展開」(甲29)にも,水性ポリマー粒子を水系塗料に配合した場合に塗膜に隠蔽性がある旨の記載がある。これらの記載によれば,本件特許出願当時,ポリマー粒子を分散した樹脂膜の隠蔽性は,中空粒子の微小な中空孔によることが,当業者に知られていたことが認められる。
本件隠蔽層は,当初明細書(甲3添付)の特許請求の範囲の記載のとおり,(A)隠蔽性を有する水性ポリマー粒子 及び(B)成膜性を有する水性ポリマーとからなる樹脂層であり,この「隠蔽性を有する水性ポリマー粒子」の文言から,その本件隠蔽層の隠蔽性には,「水性ポリマー粒子」が関与するものであると認められる。そして,「ポリマー粒子」について,上記アDの「粒子径は5〜0.1ミクロンであり好ましくは1〜0.3ミクロンである。コアー(芯)が一部中空化しているため高い隠蔽性を有し,且つ粒子は完全に水中で分散された状態である」との記載,同Fの本件記録紙はこのような水性ポリマー粒子の分散体と成膜性を有する水性ポリマーを含む組成物の塗布液が「着色原紙に塗布され・・・温風(50〜200℃)乾燥により・・・得られる」ものであって,「皮膜は着色原紙の色を完全に隠蔽しており,通常白い外観が得られ」るものであるとの記載があり,他方,水中の分散体における隠蔽要因である水性ポリマー粒子の中空孔は塗布,乾燥において消失する旨の記載はなく,他の隠蔽要因についての特段の記載がないことからすると,乾燥後の本件隠蔽層における隠蔽性は,主に,本件隠蔽層に分散して存在する多数の水性ポリマー粒子の微小な中空孔によるものと認められる。以上のとおり,本件隠蔽層は,成膜性を有する水性ポリマーと水性ポリマー粒子から成る樹脂層であって,その樹脂層に分散した水性ポリマー粒子の中空孔に起因する多孔構造による隠蔽性を有するものであり,光散乱性を有する多孔構造樹脂層であるということができる。
オ 上記アAには,記録紙の従来例として,硝化綿ラッカーの隠蔽層を黒色原紙に設けたもの(乙16公報)及び光散乱層とカプセル化層より成りカプセルを尖針で破壊してカプセルに含まれる溶剤の滲出で光散乱層の一部を透明化するもの(乙2公報)が挙げられているところ,乙2公報には,記録紙の光散乱層について,「適当な処理でその多孔性構造を破壊し均一な構造にかえることにより透明にかえられる性質を有する」(2頁左欄第3段落),「光散乱性皮膜は,最も普通に,セルロース誘導体のブラッシングを利用して作られる」(同頁右欄第2段落)と記載され,その隠蔽層は光散乱性を有する多孔構造樹脂層であると認められる。
そして,その記録紙への記録は,カプセルを尖針で破壊することによりカプセルに含まれる「多孔性構造の空隙を埋めるかまたは皮膜成分を溶解してその光散乱性を大幅に低下させる作用を持つ」(1頁右欄第4段落)もの,すなわち,透明化剤の滲出で,光散乱層の一部を透明化することによることが記載され,さらに,記録紙は,「従来のスクライブ記録と同じ装置を利用できる」(1頁右欄第3段落),「記録の解像性は高く,熱ペンより優れている」(3頁左欄最終段落)と記載されていることから,通常は,室温の加圧された記録ペンが記録紙上を摺動することによって記録されるものであると認められる。
また,乙16公報の隠蔽層は,「繊維素誘導体,ビニール樹脂,その他の熱可塑性樹脂を単独又は混合したもの」(発明の詳細な説明の欄の1頁左欄第3段落),具体的には,「硝化綿ラッカー」(同1頁右欄「第一例」)などに可塑剤などを添加して樹脂塗膜を不透明化したものであると認められ,その記録紙は,「尖頭を有する物体によって自由に記録し,又は熱線等による微細点状加熱によって記録し得る」(同1頁左欄第1段落)とされ,「尖頭を有する物体によって自由に記録」する方法が「熱線等による微細点状加熱によって記録」する方法と並列して記載されていることから,上記「自由に記録する方法」は,非加熱の記録ペンを使用するものであると認められる。そうすると,その記録紙の隠蔽層の材料及び製法は,乙2公報の光散乱層と同等のものであり,その隠蔽層は,光散乱性を有する多孔構造樹脂層であると認められるが,その隠蔽性を低下させる機構についての記載はない。
さらに,特公昭47-51737号公報(甲24,以下「甲24公報」という。)には,記録計等に用いられる感圧記録材について,「針状又は尖頭を有する器具により微少圧力で着色支持体の表面に設けられた白色不透明被覆層を剥離および/又は透明化することにより支持体表面の着色層を露出せしめることにより記録を得る新規な感圧記録体」(1頁左欄第1段落)と記載され,上記針状又は尖頭を有する器具による「微少圧力」は,「被覆層」を「透明化」するだけでなく,「剥離」することもあるものであるから,単なる押圧力ではなく,摺動する力であると認められる。また,「被覆層の多孔構造は後述のブラッシング現象により生成される。・・・白色不透明層を形成する樹脂として,低粘度硝化綿を使(う)」(1頁右欄第1段落〜第2段落)ものであり,隠蔽層の材料及び製法は乙2公報と同等のものであることから,光散乱性を有する多孔構造樹脂層であると認められる。また,「従来,着色された支持体表面上にセルロース誘導体,ビニール重合体等の樹脂,植物油,多価アルコールと脂肪酸とのポリエステル化合物等の可塑剤,ステアリン酸,硬化油,金属石ケン等のワックス状物質,無機顔料等よりなる白色不透明被覆層を設け,物理的にこれを部分的又は全体的に剥離又は透明化し,素地があらわれるようにした記録紙はよく知られている。しかしながら,従来より知られている記録材は,・・・白色不透明被覆層の感圧性を向上せしめると,被覆層の剥離により粉末を発生し易くなり記録計に対し故障を生ぜしめる危険性が多分にある」(1頁左欄第2段落)との課題があるとされ,「本発明は特に粉末を発生することなく解像力,鮮明度に特に優れた記録材を提供する」(同)ものであり,「記録器具の先端が被覆層を過大に加圧すれば被覆層が剥離され支持体があらわれ記録が形成されるが,普通の場合は,記録器具の先端が被覆層を加圧すると被覆層の多孔構造が破壊され,被覆層の光散乱性が低下し,支持体の色が被覆層を通して見え,記録が形成される」(1頁左欄最終段落〜右欄第1段落)ものであることが記載されている。そうすると,甲24公報の光散乱性を有する多孔構造樹脂層は,記録ペンの摺動する力により「物理的にこれを部分的又は全体的に剥離又は透明化し,素地があらわれるようにしたもの」であって,「普通の場合は,記録器具の先端が被覆層を加圧すると被覆層の多孔構造が破壊され,被覆層の光散乱性が低下し,支持体の色が被覆層を通して見え,記録が形成される」ものであると認められる。
以上のとおり,光散乱性を有する多孔構造樹脂から成る隠蔽層の隠蔽性を低下させる機構は,室温の記録ペンの摺動する力によりその多孔構造を消失させ,光散乱性を低下させることによるもの及び隠蔽層を除去することによるものがあり,前者の多孔構造を消失させる具体的な方法には,甲24公報のような記録ペンの摺動する力により多孔構造をつぶして消失させるもの,乙2公報のように透明化剤により多孔構造を消失させるものがあることが認められる。
そこで,本件隠蔽層の隠蔽性を低下させる機構についてみると,当初明細書には,同機構を特定する記載はないというべきである(「摺削」の記載がこれを特定するものではないことは,後記カに説示するとおりである。)から,摺動する力によりその多孔構造を消失させ,光散乱性を低下させることによるもの及び隠蔽層を除去することによるものの両者を含むものというべきであり,後者の機構については,本件隠蔽層が光散乱性を有する多孔構造樹脂層であること,このような多孔構造樹脂層から成る隠蔽層の隠蔽性の低下は,室温の記録ペンの摺動する力によりその多孔構造を消失させ,又は除去する機構によるものであることは上記のとおりであり,本件隠蔽層には透明化剤が含まれていないことから,その多孔構造の消失は,室温の記録ペンの摺動する力により,記録ペンの接した部位において多孔構造をつぶして消失させ,又は除去することによるものと認められる。
カ 原告は,当初明細書には,「摺削」の用語の意味について定義はなく,辞典類によれば,「摺削」の「摺る」とは,「版木などに墨・絵の具などを塗って紙を当て,こすって写し取る」の意味であり,また「削る」とは,「物の表面を薄くそぎとる,全体を構成している中の一部分をとり除く」ことを意味するから,記録紙に係る本件発明における「針の摺削」は,語義どおり,「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去ること」を意味し,「着色原紙が現出され印字される」とは,針の摺削により着色部(原紙)が現出,すなわち,「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去り,その結果,隠蔽層が取り去られた部分の着色原紙の表面が露出される」方法(「削り取り露出方式」)と理解するのが自然であると主張する。
確かに,当初明細書に「摺削」の用語の意味についての定義がないことは原告主張のとおりであるが,「摺削」の用語は,辞書類などに記載されている一般的な用語であるとは認められず,また,室温の記録ペンの摺動により記録する記録紙の技術分野において慣用されている用語であるとも認められない。甲17公報には,「記録ペンが図表上を摺動するに伴い白色顔料6が摺削されて下側の着色部が現出」(1頁右欄下から第2段落)との記載があるが,白色顔料に記録ペンの摺動によりどのような変化が生じて着色部が現出するかについて特定するものではないことは上記(3)イのとおりであり,特開昭61-288118号公報(甲10)には,「表層を摺削針により削除することにより色分けされた下地の色相によるグラフを描くようにしたタコグラフ記録図表」(1頁左下欄の「特許請求の範囲」)との記載があるが,この記載のみから,「摺削」の用語が「削除すること」のみを意味する慣用されている用語であると認めることはできない。一般の辞典によれば,「摺る」は,「@型木をあてて布地に模様を染め出す。・・・A版木や活版などにインクや絵具をつけ,紙をあてて字・絵を写しとる。印刷する」(広辞苑第5版)の意味であり,「削る」は,「@少しずつそいで取る。薄くそぎとる。・・・Aのぞく。削除する。・・・B奪う。取り上げる。・・・E少しずつへらす」(同)の意味であり,「摺る」は「取り去ること」を意味しないから,「摺削」の用語自体から,「針の摺削」が「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去ること」のみを意味するものと解することはできない。
したがって,「摺削」の用語のみから,「針の摺削」が「尖針が隠蔽層を削って隠蔽層の一部を取り去ること」に限定されると解することはできず,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,本件特許の対応国際出願の公開情報である甲7パンフレットの記載を理由に,「摺削」が「隠蔽層が取り除かれること」を意味すると主張するが,甲7パンフレットは,本件特許出願を優先権主張の基礎とするものであって,本件特許出願より後の平成3年1月25日付け国際出願に係るものであるから,その記載を根拠に当初明細書の記載を解釈することはできず,採用することができない。
キ 以上検討したところによれば,当初明細書に接した当業者は,本件記録紙の記録機構として,記録ペンの記録紙上を摺動する力により,記録ペンの接する部位における隠蔽層の中空ポリマーの中空孔をつぶして多孔構造を消失させ,隠蔽層の隠蔽性を低下させることにより,着色原紙の色調を記録として判読可能な程度に現出させる機構(原告のいう「押つぶし透明化方式」)が記載されているのと同然であると理解するものと認めるのが相当である。
(4) したがって,当初明細書(甲3添付)の発明の詳細な説明における「こうして得られた記録紙は尖針例えば鉄針,サファイヤー針,ダイヤモンド針等のインクを用いない針の摺削により着色原紙が現出され印字される」(8頁第2段落)の「針の摺削により着色原紙が」との記載を「針の摺削によって隠蔽層の中空孔を有するポリマー粒子がつぶれることにより着色原紙の色が」と補正する本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内というべきであるから,これを明細書の要旨の変更に当たらないとした審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(当初発明が発明として不成立であることの看過)について 原告は,当初発明は,本件特許出願時の技術水準に照らし,公知,公用のものであり,発明の実体はなく,いわば無の発明であって,産業上利用することができる発明として成立していないところ,本件補正により新たに発明を完成させたことになるから,本件補正は要旨変更に当たると主張する。
しかしながら,本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内というべきであることは上記判示のとおりであるから,これにより新たに発明を完成させたことになるものではないことが明らかである。したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴