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関連審決 不服2012-5126
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事件 平成 26年 (行ケ) 10096号 審決取消請求事件

原告株式会社明治
訴訟代理人弁理士涌井謙一
同 山本典弘
同 鈴木一永
同 工藤貴宏
同 三井直人
被告特許庁長官
指定代理人永石哲也
同 鳥居稔
同 山崎勝司
同 井上茂夫
同 堀内仁子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2015/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2012-5126号事件について平成26年3月3日にした審決を取り消す。
1
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯等(争いがない) 原告は,発明の名称を「香気成分の制御方法及び散逸防止方法」とする発明について,平成19年4月10日を出願日(優先権主張 平成18年4月10日)とする特許出願(特願2007-102608号。以下「本願」という。)をしたが,平成23年12月14日付けで拒絶査定を受けたため,平成24年3月19日付けで,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,上記請求を不服2012-5126号事件として審理をした結果,平成26年3月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月18日,原告に送達した。
2 特許請求の範囲(甲7の3) 本願の特許請求の範囲(請求項の数は10)の請求項1及び2の記載は,以下のとおりである(ただし,平成26年1月15日付け手続補正書による補正後のもの。
以下,請求項1及び2に係る発明をそれぞれ「本願発明1」, 「本願発明2」といい,併せて「本願発明」という。また,本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。。
) 「【請求項1】 液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が1mm〜120mm の範囲内で所定の値になるようにした液状食品の厚さを制御して真空脱気処理することにより,アルデヒド類及びケトン類の揮発性の香気成分の前記液状食品からの散逸量を制御することを特徴とする液状食品の香気成分の制御方法。
【請求項2】 液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が1mm〜120mm の範囲内で所定の値になるようにした液状食品の粒径の大きさを制御して真空脱気処理することにより,アルデヒド類及びケトン類の揮発性の香気成分の前記液状食品からの散逸量を制御することを特徴とする液状食品の香気成分の制御方 2 法。」 3 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しに記載のとおりである。その要旨は,@本願明細書の発明の詳細な説明は,本願発明2を当業者が実施できる程度に記載したものとは認められないし,また,本願発明2は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから,本願は,特許法36条4項1号及び6項1号に規定する要件を満たしていない,A本願発明1は,特開2003-164706号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに特開2005-304390号公報(以下「引用例2」という。)及び特開平5-103646号公報(以下「引用例3」という。)に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,したがって,いずれの理由によっても本願は拒絶をすべきものである,というものである。
4 引用発明 審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明1との一致点及び相違点は,以下のとおりである(内容につき,当事者間に争いがない。。
) (1) 引用発明 「減圧状態にした減圧容器の上部に設けられた開口部から蒸発点が低いために気化しやす香気成分を含む原水を噴射し,前記原水中の気泡を除去する脱気装置の前記開口部に設けられたカスケードバルブの制御方法において, 前記カスケードバルブは,弁体が前記開口部に対して上方に凸の円錐形状をなし,所定の開弁位置に制御されて弁体が開口部から僅かに離隔し,原水供給通路に供給された原水は,開口部から弁体の円錐面をなす弁面(上面)に沿って斜め下方に放射状に滝のように噴射され,開弁量に応じた厚みdの薄膜状をなして減圧容器の垂直な内壁面に至るようにされたカスケードバルブの制御方法。」 (2) 一致点 3 「揮発性の香気成分を含む液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が所定の値になるようにした液状食品の厚さを制御して真空脱気処理する制御方法。」 (3) 相違点 (相違点1) 「揮発性の香気成分が,本願発明1では,アルデヒド類及びケトン類であるのに対し,引用発明では,特定されていない点。」 (相違点2) 「本願発明1は,液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値の所定の値が,1mm〜120mm の範囲内であり,また,揮発性の香気成分の液状食品からの散逸量を制御するものであるのに対し,引用発明は,カスケードバルブから噴射される原水の「厚みd」の具体的な値は特定されておらず,また,蒸発点が低いために気化しやすい香気成分の原水からの散逸量を制御するものとはされていない点。」
原告主張の取消事由
1 取消事由1-1(本願発明2に関する特許法36条4項1号実施可能要件〕に関する判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明2は,『液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が1mm〜120mm の範囲内で所定の値になるようにした液状食品の粒径の大きさを制御』するものであり,ここで,『液状食品の粒径』とあることから,真空脱気処理する際に液状食品は『粒子』とされるものと認められる」と認定した。
「液状食品の粒径」とあることから,真空脱気処理する際に液状食品は「粒子状」であって,その一形態に「粒子とされるもの」が存在することは否定しない。
しかし, 「真空脱気処理する際に液状食品は『粒子』とされるものと認められる」として,「真空脱気処理する際に液状食品」の形態を「粒子」のみと認定することは妥当性を欠く。
(2) また,審決は, 「液状食品の粒径を上記6o〜720oの大きさに制御す 4 ることについて検討すると,・・・どのような手段を用いれば上記のような大きな粒径となるように液状食品を制御し得るのか明確でなく,また,・・・本願発明2に規定されているような液状食品の粒径において,実用的な真空脱気処理がどのようにして行えるのか明確でない。よって,発明の詳細な説明は,本願発明2を当業者が実施できる程度に記載したものとも認められない。」と判断した。
ア しかし,当業者であれば,本願発明2の「特許請求の範囲」の記載からだけでも,例えば,上下方向の間隔が大きい,高くて,大きな真空脱気装置を準備し,粒径6o〜720oとなる液状食品を滴下させて真空脱気処理することが可能である等,本願発明2について実施可能な形態を認識することができる。
イ また,原乳から牛乳製品を製造する牛乳工場(牛乳処理工場)では,数十トンないし百数十トンという大量の原乳の処理が行われており,巨大なタンクや,大量の原乳を移送するポンプ等が日常的に用いられているのであり,このような大容量,大規模な施設,装置を用いている当業者にとっては,以下のとおり,(ア)大きい液滴の滴下(落下)を可能とする装置構成を採用すること,(イ)減圧運転可能なタンク内で大きな液滴を循環して落下させる処理を複数回繰り返すことにより,所望の時間にわたる真空脱気処理を行うことは,自明の技術的事項にすぎず,大きい液滴について所定の時間にわたる真空脱気処理は実施可能である。
(ア) 大きい液滴の生成,落下を可能とする装置について 大きい液滴(液塊)の落下を可能とする手段として,例えば,底面に開閉蓋が付いたタンク(甲8-1,イズミフードマシナリ株式会社製の多機能抽出装置〔直径 500〜2200o〕など)は,本願発明2の技術分野の当業者には周知である。このタンクを,底面の蓋を高速(自重で開閉させる,エアシリンダーを使用するなど)で開くように改造すれば,直径720o程度の大きい液滴とすることが可能であり,実際に,蓋の開閉時間を調整することで,粒径の大きさを調整し,所定の液滴を生成することが可能であることは,原告の行った数値シミュレーション(甲12)により示されている。このような構造的変更は,従来公知の 5 機構に簡単な改造を行うことにより,一般的な工学的知見並びに一般的な工業的な経験をもとに容易に製造が可能である。
また,上記は一例であり,本願明細書に従来技術として記載されている噴霧ノズル(甲2,3)においても,消泡の用途等では大きな粒子(数センチメートル)を作る場合があるし,噴霧ノズルの形状のものから連続的に液体を押し出す方法以外にも,例えば,口径の大きな配管から間欠的に液体を流すなどの方法で,大きい液滴(液塊)は生成できるのであり,液滴,液膜の生成技術や液滴の所定の寸法等への制御は,化学工学便覧に掲載されているように(甲23),一般的な技術常識である。他にも,液体の供給弁の開閉装置である産業用ピンチバルブ(甲12,15),ゲート式バルブ(甲12,17),ボールバルブ(甲19)を使用し,その先に液滴が落下するようにし,配管の径や弁の開閉速度を制御すれば,液滴の粒径を制御することができる。このような汎用部品を使用又は改造して,一般的な工学的知見及び工業的経験から考えれば,比較的大きな液滴を作ることは容易である。
(イ) 大きい液滴の落下処理を真空容器内で循環して複数回繰り返す実施形態について そして,液滴の大小を問わず,液滴や液膜を流下させて,脱気,脱酸素することは一般的な常識であり,また食品分野で広く用いられている周知の技術であり,上記(ア)のようにして生成した大きな液滴の落下を循環して複数回繰り返すことにより,大きい液滴(液塊)について所定の時間にわたる真空脱気処理を実施可能であることも,当業者であれば理解できる。
例えば,二階建のタンクを用い,下部のタンクを減圧(真空)運転可能な「香気保持・脱酸素用タンク」(150t,高さ30m,直径2.5m)とし,上部のタンクを底面に開閉蓋が付いたタンク(直径500o〜2200o)として,上部のタンクに処理対象の原乳(生乳;仕込み量60m 3 )を入れ,上部のタンクの底面の蓋を高速で開いて,減圧運転可能な「香気保持・脱酸素用タンク」内 6 において,大きい液滴(直径720o)を循環して落下させる処理(落下時間2.47秒)を複数回(242回)繰り返し,合計61時間の巡回脱気処理を行うことにより,大きい液滴(液塊)に対して,所望の時間(10min)にわたる真空脱気処理を行うことは,大容量,大規模な施設,装置を用いている当業者であれば,一般的な工学的知見及び工業的経験をもとに,容易に行い得る自明の技術事項にすぎない。
被告は,液滴が落下すると,それが液面に衝突した時に飛沫を発生させると主張する。しかし,液体食品の飛沫の発生を抑制し,飛沫の飛散を極力させないようにする技術は,当業者にとっては一般常識であり(気液分離器を設けること,液体をタンクの壁面を伝わせること,液投入部をダクト構造とし飛沫同士を衝突させて合一させる構造を採用すること等),例えば,市販の濃縮機,殺菌機,脱気装置には飛沫の飛散を防ぐ機構が必ず設置されている。食品のみならず,他の工業分野においても飛沫を抑制する方法に関する特許出願(例えばWO2011/033864号,特開2010-149004号公報)も存在し,証明するまでもなく周知の技術である。
したがって,当業者であれば,タンク底面に液滴が衝突した際に,飛沫を飛散させないように,タンク高さ30mに対してその7.3%にあたる2.2m程度の空間を作るような仕切り板を設ける等の工夫や解決策も容易に実現できる。シミュレーション(甲20,21)によれば,生成飛沫はタンク容積の7.3%以下の範囲で0.7〜0.8秒という短時間の内に大きな液体の塊に合一する。したがって,この部分で長時間の真空下に曝されることによって,過度の脱酸素や,過度の香気成分の散逸が起こることはないと考えられる。なお,生乳の貯蔵を72時間程度にわたって行う場合があることは,この技術分野の技術常識である(甲10の実施例)。
ウ また,上記イ(ア)(イ)の実施形態を採用することは,本願発明1に関する実施形態である実施例1ないし3の記載からも,十分に認識可能な事項である。
7 実施例1ないし3の結果からすれば,液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値が小さい場合,真空脱気処理によって,溶存酸素濃度が非常に小さくなっても,香気成分はある程度で保持されること,一方,液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値の大小にかかわらず,香気成分の散逸よりも真空脱気処理による溶存酸素濃度の低下の方が著しく早く進むことは明らかである。すなわち,本願発明は,同じ時間放散操作を行っても,液体の体積を面積で除した値によって,酸素と香気成分の散逸速度に大きな違いがあったという知見に基づくものである。
上記知見は,液滴であろうと液膜であろうと,その本質は変わらない。落下液滴と静置液膜の大きな差は,液体と気体の接触面の更新回数にある。液滴では,落下のために液滴が生成されるたび,毎回新しい気液接触界面が生成されるから,みかけの壁面更新回数が増加し,効果的に脱酸素を促進させることが可能であることは当業者に自明である。したがって,上述した実施例1〜3の検討結果を踏まえた当業者であれば,圧力容器内において,大きい液滴(液塊)の落下を循環して複数回繰り返すことにより,大きい液滴(液塊)について所定の時間にわたる真空脱気処理を行う実施形態にする場合,圧力容器内に静置した牛乳の液厚を制御する場合よりも短い処理時間(少ない循環落下回数)で,より効率的に,香気成分を所望の割合にしつつ,溶存酸素濃度を所望の数値に低下させることが可能であることを容易に認識可能である。
(3) したがって,数十トン〜百数十トンという大量の原乳(生乳)の処理を日常的に行っている本願発明の技術分野の当業者であれば,従来公知の機構に対して簡単な改造を行うことで,発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明2を実施することは十分に可能である。
2 取消事由1-2(本願発明2に関する特許法36条6項1号〔サポート要件〕に関する判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明2は,『液状食品の厚さを制御』した本願発明1に係 8 る実施例とは,真空脱気処理における処理時間等の条件が異なる(例えば,段落【0092】及び【0101】に記載されているように『30分間保持』しているが,液状食品を粒子のままで圧力容器内において『30分間保持』することは通常行い得ない。)ことから,本願発明1に係る実施例を参酌しても,本願における課題を解決できると当業者が認識し得るものではない。よって,本願発明2は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。」と認定した。
(2) しかし,本願発明においては,処理時間の多寡が問題となるのではない。
前記1(2)ウのとおり,本願発明は,液滴であろうと,液膜であろうと,香気成分の散逸や脱酸素の速度などの拡散速度は異なるものの,その影響因子は変わらないものであり,液滴と液膜に共通する影響因子である気相接触面積で体積を除した値によって,酸素と香気成分の散逸速度に大きな違いがあったという知見に基づくものであり,本願発明1及び2は,「液状食品の気相と接する表面積で当該液状食品の体積を除した数値」である「液状食品の厚さ」又は「液状食品の粒径の大きさ」を所定の数値の範囲内で制御しつつ真空脱気処理することにより,液状食品の香気成分を散逸させずに保持しつつ,溶存酸素濃度を低下させたり(実施例1),液状食品の香気成分を積極的に散逸させて脱臭したり,効率的に溶存酸素濃度を低下させる(実施例2),という「アルデヒド類及びケトン類の揮発性の香気成分の前記液状食品からの散逸量」の制御が可能であることを見出して完成されたものであり,この数値範囲が「1o〜120o」 (本願発明1,2)である。
したがって,本願発明2は発明の詳細な説明に記載したものであり,本願発明1の実施例とは処理時間等の条件が異なることを理由に,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるとした審決の上記判断は,誤りである。
3 取消事由2(引用発明との相違点2についての判断の誤り) (1) 審決は,引用発明について,@「上記『厚みd』を小さくすれば,同一体積当たりの表面積が大きくなり,香気成分』 『 の原水からの散逸量も大きくなることは, 9 当業者にとって明らかである。,A「引用発明においても, 」 『香気成分』の原水からの散逸量を所望される値にするために,カスケードバルブの開弁量を制御することにより,上記『香気成分』の原水からの散逸量を変化させている『厚さd』を制御することは,当業者が容易に想到し得る事項である。」と認定した。
しかし,上記@の認定は誤解に基づくものであり,引用例1には, 「原水の同一体積当たりの表面積が大きくなれば,『香気成分』の原水からの散逸量も大きくなる」ことは記載も示唆もされていない。
また,引用例1の段落【0016】ないし【0018】の記載からすれば,引用発明においては,減圧容器内で原水から香気成分が気化したとしても,それを再び液化して脱気処理後の原水に戻すのであるから,減圧容器内において原水から気化する香気成分の多寡は問題にされておらず,カスケードバルブの開弁量を制御して開弁量に応じた原水の「厚みd」を変化させるのは,環状の僅かな隙間が小繊維などによって目詰まりすることが無いようにすることを目的としているものであって,「香気成分」の原水からの散逸量を変化させることを主目的としていないことは明らかである。したがって,上記Aの認定は誤りであり,引用発明には, 「香気成分の原水からの散逸量を所望される値にするために,厚さdを制御する」ことを発想する契機,起因が存在しないから,これに引用例2記載の発明を組み合わせて,本願発明1は容易想到であるとした審決の判断は誤りである。
(2) また,審決は,引用例2記載の発明について,「これは同一体積当たりの表面積を変化させて『香気成分』の散逸量を制御するものと理解できる」と判断した。
しかし,本願発明1における「制御」とは,本願明細書の段落【0049】ないし【0052】に記載され,また,実施例1,2で実証されているように, 「主要な香気成分や総香気成分などを散逸させずに,溶存酸素濃度を下げる」あるいは, 「主要な香気成分や総香気成分などを適度に散逸させつつ,真空脱気処理する」ものである。引用例2には,上記のような制御に関する記載や示唆はなく,その制御が,「液状食品の厚さ」「液状食品の粒径の大きさ」を所定の数値の範囲内で制御しつ , 10 つ真空脱気処理することにより実現可能であることに関する記載や示唆も存在しない。
したがって,引用例2記載の発明について,本願発明1と同様の意味で「制御」するものと判断して,本願発明1の進歩性を否定した審決の認定は誤りである。
取消事由についての被告の反論
1 取消事由1-1(本願発明2に関する特許法36条4項1号実施可能要件〕に関する判断の誤り)について (1) 原告は,本願発明2の液状食品の形態に関して,液状食品は「粒子状」であって,「粒子」とのみ特定することは妥当性を欠くと主張する。しかし,本願発明2には,液状製品が「粒子状」とは特定されていないので,原告の主張はその前提において失当である。審決は, 「液状食品の・・粒径の大きさ」との事項を理解するにあたり,「粒」を「粒子」としたにすぎず,原告の「粒子状」も「粒子」も,「粒」を意味していることに変わりはなく,液状食品を「粒子状」として判断しなければならない理由はない。
(2)ア 本願明細書には,所定の粒径の大きさにする手段については,「微粒化」することのみが記載されており,従来技術として記載されている技術(甲2,3)は加圧噴霧などで微粒化するものであるから,せいぜい1o程度の大きさである。
したがって,本願明細書には,粒径を6ないし720mm とする手段・装置は何ら示されておらず,技術常識参酌しても,その生成方法を理解することはできない。
イ(ア) 原告は,底面に開閉蓋が付いたタンクの装置(甲8-1)により液体を落下させて液滴を生成する方法を主張する。しかし,このような方法は,真空脱気処理のための方法として周知とはいえず,当業者にとって自明な技術的事項ではないから,実際可能要件の判断において採用すべきものではない。
(イ) また,そもそも,原告の主張する上記方法では,技術的にも,本願発明2の実施は不可能である。すなわち,原告が例示するイズミフードマシナリ株式会社製の装置は,コーヒーなどを抽出する機械で,コーヒー抽出後のガス等を排出する 11 際に下蓋が開くものであって,高速で開閉することが要求されておらず,開く角度も70°である。原告のシミュレーション(甲8の2)は,あくまでも数値解析にすぎず,また,液滴をタンクから落下させる際に,底面の大きな蓋を一瞬で開くことは技術的に難しく,タンク壁面との間の摩擦抵抗等を考慮すると,シミュレーションのように蓋が開いた瞬間に,球状の液体へと変形するとも言い難く,同シミュレーションは液体を現実に落下させた場合を再現させたものとはいえない。
仮に,粒径720oの液滴ができたとしても,原告が主張するとおりの真空脱気処理によれば,液滴を循環して落下させる処理を複数回繰り返すことになるが,その都度,液滴は脱酸素用のタンクの底に衝突することになる。このことは,タンクの底に液体がないとすると,液滴はタンクの底に衝突し,崩壊され,この崩壊過程及びポンプ等で回収されるまでに表面積が拡大された状態で脱気されることになる。
また,タンクの底に液体が溜まっているとしても,原告のシミュレーションの計算方法に従えば,約200kgの液滴が24m/s(時速87km;高さ30mからの自由落下として算出)で液面に衝突することになって飛沫が上がることになる上,次の落下のためにポンプにより汲み上げられるまで,脱酸素用のタンク内に貯留され,真空に曝されて脱気されることになり,香気成分の散逸量に大きな影響を与えることは明らかである。さらに,牛乳を61時間(2日半)かけ242回落下を繰り返して脱気する処理を行うようなことは,新鮮さが求められる牛乳にとって現実的であるとはいえない。
(ウ) 原告は,上記イズミフードマシナリ株式会社製の装置は一例であって,他にも一般的な工学的知見等をもとに大きな液滴を容易に生成できる旨主張する。
しかし,液状食品の大きな液滴を作製して落下させることが当業者にとって技術常識であったとはいえず,原告の主張するいずれの部品等も液滴の落下に使用することが食品分野の当業者が想定し得るとはいえず,仮に技術常識を踏まえても,本願発明2の液滴を作製することは,当業者にとって過度の試行錯誤を要することとなる。
12 したがって,技術常識を踏まえても,原告が主張する装置構成による液体の真空脱気処理は,本願発明2に規定されている方法に相当するものといえるものではない。
ウ 以上のように,本願発明2は,本願明細書の記載又は自明の技術的事項から当業者が実施できるものではなく,審決の判断に誤りはない。
2 取消事由1-2(本願発明2に関する特許法36条6項1号〔サポート要件〕に関する判断の誤り)について 本願明細書には,所定の粒径の大きさとする手段としては「微粒化」すること以外の記載はなく,技術常識からみて「微粒化」により「6〜720mm」の粒径の大きさにすることはできない。さらに, 「液状食品の厚さ」と「液状食品の粒径の大きさ」が同等な値とみなせると解釈しても, 「液状食品の厚さ」を制御する実施例と同様に,10〜30分もの間, 「6〜720mm」の粒径の液体粒子が,粒子としての形状を保持し続けることは,落下距離が長くなり,そのような真空脱気装置を実現することは現実的には不可能である。
審決は,上記のとおり,本願発明1の実施例を参酌しても,本願発明2は,本願における課題を解決できると当業者が認識し得るものではない,と判断したものであって,原告の主張するように香気成分の散逸量を制御する上で「処理時間の多寡が問題となる」ことを論じているものではないから,原告の主張は審決を正解しないものであり,審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2(引用発明との相違点2についての判断の誤り)について (1) 揮発性物質において,同一体積(単位体積)当たりの表面積が大きくなれば,蒸発又は揮発の速度が大きくなることは技術常識であり(乙1,2,甲2の【0024】, 「原水の同一体積当たりの表面積が大きくなれば『香気成分』の原水から )の散逸量も大きくなる」との審決の認定に誤りはない。
また,引用例1は,発明が解決しようとする課題として「原水の香気成分の損失を防止」することを挙げているのに対し(段落【0006】 , ) 請求項1においては, 13 気化した香気成分を再び原水に戻すことを発明特定事項としてないことからみて,引用発明も,原水から気化する香気成分の多寡を問題にしていることは明らかである。そして,引用例1には, 原水20が薄膜状の原水21となって噴射するため・ ・ 「 ・内部の気泡23が表面まで移動する距離が短くなり,脱気性が大幅に向上する」 (段落【0016】)と記載され,また,引用発明は小繊維などを含む製品以外に高粘度性液も対象とすることからみて(段落【0019】),引用発明の原水の「厚みd」は,脱気性も考慮して設定がなされるものというべきである。さらに,後記のとおり,引用例2にも, 「主要な香気成分や総香気成分などを適度に散逸させつつ,真空脱気処理する」ことが示唆されていることも参酌すれば,上記「厚みd」を脱気性を主目的として設定する際に,「原水の香気成分の損失」する量も考慮することは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内というべきである。
したがって,引用例1には, 「香気成分の原水からの散逸量を所望される値にするために, 『厚さd』を制御する」ことを発想する契機,起因が存在するというべきであって,当業者が容易に想到し得る事項であるとした審決に誤りはない。
(2) 原告は,本願発明1の「制御」に相当する記載や示唆が引用例2には存在しない旨主張する。
しかし,そもそも本願発明1の「液状食品の厚さを制御」するとは,実施例等を参酌すると,単に,液状食品の厚さを1mm〜120mm の範囲内で設定することを意味するにすぎず,前記のとおり,原水の同一体積当たりの表面積が大きくなれば 「 『香気成分』の原水からの散逸量も大きくなる」ことが技術常識であることからすると,当該設定された液状食品の厚さで真空脱気処理をすれば,当該厚さに対応した香気成分の液状食品からの散逸量となることは当然の事項にすぎない。
そして,引用文献2の段落【0024】【0027】【表1】の記載からすれば, , ,引用例2には,少なくとも原告が主張する「制御」のうち, 「主要な香気成分や総香気成分などを散逸させずに,溶存酸素濃度を下げる」制御についての示唆はあるというべきである。また,液体食品に含まれる香気成分が望ましくないものであるな 14 ら,回収等せずに真空脱気により除去する程度のことは適宜になし得るから(乙 3,4)「主要な香気成分や総香気成分などを適度に散逸させつつ,真空脱気処理する」制御についても,格別なものとはいえない。
したがって,引用発明,引用例2及び引用例3記載の発明に基づいて,本願発明1の進歩性を否定した審決の認定に誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告の取消事由1の1(本願発明2に関する特許法36条4項1号に関する判断の誤り)及び1の2(本願発明2に関する特許法36条6項1号に関する判断の誤り)の主張には理由がなく,その余の点について判断するまでもなく本願は拒絶をすべきものであるから,審決にはこれを取り消すべき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1の1(本願発明2に関する特許法36条4項1号実施可能要件〕に関する判断の誤り)について (1) 特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は ,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの であること」と規定している。したがって,同号に適合するためには,本願明細書中の「発明の詳細な説明」の記載が,これを見た本願発明の技術分野の当業者によって,本願出願(優先日。以下同じ。)当時に通常有する技術常識に基づき本願発明2の実施をすることができる程度の記載であることが必要となる。
(2) 本願明細書の記載について ア 本願明細書(甲4,甲7-3)によれば,本願発明の内容は,以下のとおりである。
本願発明は,液状食品の真空脱気処理において,溶存酸素濃度を低下させると同時に,香気成分の散逸量を制御する方法に関するものである 【0001】 。
( )一般的には,液状食品を脱気する場合には,処理液の温度が高く,薄膜化の厚 15 さ(液厚)が薄い程,あるいは微粒化の大きさ(粒径)が小さいほど脱気 効率が良いものの,このような真空脱気処理では香気成分の散逸が避けられなかったため,従来技術では,液状食品の微粒化の大きさ(粒径)や,温度を制御するなどして,香気成分の散逸を防止しようとしていた(【0002】,【0003】,【0017】)。しかし,これらの従来技術でも,香気成分が散逸しないための具体的な条件は不明確で,薄膜化した液状食品の厚さ,微粒化した液状食品の大きさと,香気成分の散逸量との関係を定量的に検討した事例はなく,あくまで概念的な記述だけのものが多く ,科学的な実験結果に裏付けされ,かつ処理効率の高い効果的な液状 食品からの香気成分の制御方法は存在していなかった(【0004】,【0018】,【0019】)。
そこで,本願発明は,液状食品の真空脱気処理において,液状食品の溶存酸素濃度を低下させると同時に,液状食品からの香気成分の散逸量を制御する方法,すなわち,液状食品の溶存酸素濃度は低下させつつ,香気成分の散逸は促進したり,防止したりすることを可能とした香気成分の制御方法を提供することを課題とするものである(【0012】,【0025】,【0027】)。
そして,本願発明は,実施例のとおりの実験の結果を基にして検討を行い ,そのような溶存酸素濃度を低下させつつ,香気成分の散逸量を制御する因子は,真空脱気処理の工程中における「『液状食品の気相と接する表面積』で『液状食品の体積』を除した数値」にあるとの知見を見い出したことに基づいて,このような「液状食品の気相と接する表面積で液状食品の体積を除した数値 」が1o〜120oの範囲内で所定の値となるように「液状食品の厚さ」(本願発明1)又は「液状食品の粒径の大きさ」(本願発明2)を制御して真空脱気処理をすることにより,液状食品の溶存酸素濃度は低下させつつ,香気成分の散逸量は,上記液状食品の厚さ又は粒径の大きさの数値を変えることで,促進したり,防止したりすることを可能とするという香気成分の制御方法である 【0 (014】,【0015】,【0021】ないし【0027】,【0040】)。
16 そして,液状食品の厚さ又は粒径の大きさが大きいと ,香気成分の散逸を防止することが可能となり,一方,これらが小さいと香気成分の散逸を促進することが可能となる(【0025】,【0027】)。ただし,気相接触表面積で体積を除した数値が,120oよりも大きいと香気成分は散逸しにくくなるが ,溶存酸素濃度の低下効率が悪くなり,1oよりも小さいと,溶存酸素濃度は低下しやすくなるが香気成分は散逸しやすいため,本願発明は,上記数値が, 「1o〜120oの範囲内で所定の値」になるように制御することを特徴とするものである(【0054】ないし【0060】)。
イ 本願明細書中の【実施例1】ないし【実施例6 】は,いずれも,真空装置に接続された圧力容器(タンク)へ牛乳等の液状食品を充填し,その液厚(真空雰囲気と接する液状食品の表面積で液状食品の体積を除した数値)を所定のものとし,圧力容器を密閉させて真空装置により圧力容器内を-720 oHgとした状態を一定時間静置し,真空脱気処理をした実験である。そして,実施例1ないし3には,容器内の液状食品の最浅部の厚さを110oあるいは80o程度とした場合には,溶存酸素濃度を低下させつつ主要な香気成分を散逸させず,厚さを8oあるいは2o程度とした場合には,主要な香気成分を適度に散逸させつつ,真空脱気処理をすることができたことが記載されている。
(3) 上記(2)アによれば,本願発明2は,液状食品の真空脱気処理をする際に,気相と接する表面積で液状食品の体積を除した数値が1oないし120oの範囲内で所定の値となるように液状食品の粒径の大きさを「制御」(調節)することにより,溶存酸素を低下させながら,粒径が小さいときには香気成分の散逸を促進させ,粒径が大きいときには香気成分の散逸を防止することができるというものである。そして,気相と接する表面積で,体積を除した数値が1oないし120oの範囲内である場合の粒径の大きさとは,仮に「粒径」が球体の場合であっても,直径は6oないし最大で720o(72p)となるから(球体以外の球状の場合には,さらに最大径は増大する。),本願発明2を 17 実施することができる程度の記載があるというためには ,本願明細書中の「発明の詳細な説明」の記載を見た本願発明の技術分野の当業者が,出願時に通常有する技術常識に基づき,液状食品を直径72pという非常に大きい液滴にして,これを真空脱気処理する方法を理解する程度の記載があることが必要となる。
しかし,上記(2)イによれば,本願明細書中の実施例としては,液状食品をタンクに充填して所定の液厚(液状食品の厚さ)を生成し,ポンプでタンクを真空状態にして,液状食品を静置して真空脱気処理をする実施方法(本願発明1)が記載されているのみであり,液状食品を大きな粒径のものとして真空脱気処理を行う実施方法については,何ら説明は記載されていない。かえって,本願明細書中の「課題を解決するための手段」欄には,「液状食品からの香気成分の散逸量を制御する因子には,・・・微粒化した液状食品の大きさ(粒径)があるとの知見を見出し,本発明を完成するに至った」(段落【0014】),「真空脱気処理(工程)・・では,・・・薄膜化や微粒化して処理を行うことが多い。」(段落【0016】)と記載され,薄膜化以外では,「微粒」化して行う真空脱気処理方法のみが明示されている。
また,本願明細書中に挙げられている従来技術である特開2005-304390号公報(甲2),特開平5-103646号公報(甲3)には(段落【0006】【0007】),飲料を密閉容器中に加圧噴霧して,微粒化して減圧雰囲気に曝すことにより真空脱気し,飲料中の溶存酸素濃度を低下させる真空脱気処理方法が開示されているが,これらの装置によって,72pという大きい粒径の液滴を生成して真空脱気処理を行うことができるとは認められない。さらに,上記特開2005-304390号公報(甲2)には,平均粒子径は50μm(0.05o)以上1000μm(1o)以下の大きさとなるようにすることを特徴とし,平均粒子径が1oを超えると,飲料中に含まれている溶存酸素にとって,飲料微粒子の界面に到達するまでの距離が長くなることから効率良く溶存酸素を除去できないことが記載され 18 ている(甲2の段落【0015】,【0027】)。
そのほかに,液状食品の分野において,液状食品を72pという大きな粒径にして,真空脱気処理を行う具体的な実施方法が,本願出願当時に当業者に広く知られていたということを証する証拠は一切提出されていない。
そうすると,@本願明細書の記載及び本願出願当時の当業者の技術常識によっても,従来技術(甲2)における平均粒子径0.05〜1oの微粒子よりも,遙かに大きい72pの粒径の液滴を生成してその真空脱気処理を行うために,どのような手段を採用すればよいかは不明である上,A仮に,当業者の技術常識から72p程度の粒径の液滴を製造すること自体は可能であるとしても,そのような大きい液滴を,従来技術の知見(平均粒子径が1oを越えると効率よく溶存酸素を除去できない。)に反し,どのような真空脱気処理条件を設定すれば,溶存酸素濃度を低下させることができるのかも不明である。
したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明2を実施することが可能な程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。
(4) 原告の主張について ア 原告は,牛乳処理工場では,大量の原乳の処理が行われ,巨大なタンクやポンプ等の大規模な装置が日常的に用いられているのであり,このような当業者にとっては,@大きい液滴の滴下(落下)を可能とする装置構成を採用すること,A減圧運転可能なタンク内で大きな液滴を循環して落下させる処理を複数回繰り返すことにより,所望の時間にわたる真空脱気処理を行うことは,自明の技術的事項にすぎず,大きい液滴について所定の時間にわたる真空脱気処理は,当業者の一般的な工学的知見及び工業的経験をもとに容易に行い得ると主張する。
(ア) しかし,仮に既存の何らかの公知設備を改造して大きい液滴を生成すること自体(上記@)は当業者が一般的な工学的知見をもとに実施可能であるとしても,本願発明2は,そのような大きな液滴を真空脱気処理するというものであり,前記(3)のとおり,本願明細書には,真空脱気処理の方法としては, 19 微粒化した液体を加圧噴霧して減圧雰囲気に曝すことにより真空脱気する方法と,タンク内に液体を充填し静置してタンク内の空気の吸引により真空脱気する方法のみが記載されているのであり,大きな液滴をタンク内で循環して落下させる処理を繰り返すことにより真空脱気処理を行うこと(上記A)が自明の技術的事項に該当するとは認められない。
(イ) これに対し,原告は,液滴の大小を問わず,これを流下させて脱気,脱酸素することは一般的な常識ないし食品分野における周知技術であり,そのような液滴の落下を巡回して複数回繰り返すことにより所定の時間にわたる真空脱気処理が実施可能であることも当業者は理解できると主張する。
しかし,そもそも72pという大きな液滴の落下による真空脱気処理方法が一般的な常識ないし食品分野における周知技術であることを証する証拠は提出されていない。かえって,前記(3)のとおり,従来技術として挙げられた公開公報(甲2)には,平均粒子径が1oを超えると効率良く溶存酸素を除去できないことが記載されており,また,本件出願前の公知文献である引用例1にも,液滴の粒径が大きくなると脱気性能が悪く,当該液滴が破壊されて香気成分が分離されるということが記載されているのであり(甲1の【0004】),大きな液滴を落下させて真空脱気処理を行うことが,液状食品の分野で一般常識又は周知技術であったとは認められない。
また,原告の主張によっても,大きな液滴を真空脱気処理するためには,液滴を相当な高さ(原告の例では高さ30m)のタンク内で落下させることを多数回(原告の例では242回)繰り返すことが必要であり,そうすると,@タンク底面又はタンクの底に溜まった液面に液滴が衝突する度に液滴が破壊され,飛沫が飛散して,再び循環して液滴が生成されるまでの間,「気相接触表面積」が大きくなるから,真空脱気処理の工程中において「気相接触表面積で体積を除した値(粒径の大きさ)」は一定ではない上,A液滴が生成される度に,気相と接触する液滴の壁面が更新され,毎回新しい気相接触表面が生成されることは自明である。
20 しかし,本願発明は,前記(2)イのとおり,従来,液状食品の厚さや粒径の大きさと,香気成分の散逸量との関係を定量的に検討した事例はな かったため,各実施例のとおりの実験を行った結果,溶存酸素濃度を低下させつつ,香気成分の散逸量を制御する因子は,真空脱気処理の工程中における「『液 状食品の気相と接する表面積』で『液状食品の体積』を除した数値」で あり,同数値が大きいときは香気成分の散逸を防止することができ,同数値が小さいときは香気成分が散逸するとの知見を見出し,これに基づいてさらに一定の数値範囲を限定したことを技術的特徴とするものであり,各実施例としては,いずれも,所定の厚さの液状食品を静置して,真空脱気処理の工程中の気相接触表面が一定のもの(表面が更新せず,表面積も変わらないもの)が記載されている。そうすると,本願明細書を見た当業者は,真空脱気処理の工程中の気相接触表面が一定のものとならない実施形態は,上記@,Aのとおり,本願発明の知見のもととなった各実施例の真空脱気処理工程とは大きく物理的な処理状態が異なり,気相接触表面が一定ではないことは香気成分の散逸量に大きな影響を与えることが 明らかであるため,本願発明の効果を奏する「気相接触表面積で体積を除した数値」 の範囲は自ずと変化する可能性があると推測し,当該数値が120o(球形の直径が72p)の場合であっても,溶存酸素と同じく香気成分も散逸しやすい状態となり,処理時間を短くする等の他の条件を調節しても,香気成分の散逸を防止することができないという疑念を抱くといえる。したがって,この点からしても,本願明細書を見た当業者にとって,本願発明2の実施形態として,原告が主張するような気相接触表面が一定のものとならない真空脱気処理方法を採用することが,出願時に通常有する技術常識の範囲内の事項であるとは認められない。
なお,原告は,上記@については,タンク底面に液滴が衝突した際に,飛沫を飛散させないように,タンク高さ30mに対してその7.3%にあたる2.2m程度の空間を作るような仕切り板を設けると,生成飛沫は0.7〜0.8秒という短時間の内に大きな液体の塊に合一するから,過度の脱酸素や,過度の香気成分の散 21 逸が起こることはないと考えられるとも主張する。しかし,液体食品を取り扱う技術分野において,原告が主張する仕切り板を設けることが一般に採用されている工夫であることを示す証拠はないし,仮にシミュレーション(甲20,21)のとおり生成飛沫が0.7〜0.8秒という短時間の内に大きな液体の塊に合一するとしても,それが直ちに,液滴が破壊されることに伴う香気成分の散逸が本願発明の効果を左右しない程度に防止できると当業者によって理解されることを意味するものとも認められないから,原告の主張は採用することができず,上記判断を左右しない。
イ また,原告は,本願発明1に関する実施形態である実施例1ないし3の記載からも,本願発明2について原告が主張する実施形態を採用することは十分に認識可能な事項であるとも主張する。しかし,前記(2)イのとおり,各実施例は,所定の厚さの液状食品を静置して真空脱気処理した場合に,溶存酸素濃度を低下させつつ,香気成分の散逸を促進又は防止する数値範囲を実験したものであって,本願発明2について,原告の主張する実施形態により壁面更新回数が増加すれば溶存酸素濃度の低下がより促進されることは自明であるとしても,香気成分の散逸の促進又は防止の程度が各実施例と同程度であるかが明らかであるとはいえず,気相と接する表面積で体積を除した数値が120o(球形の直径が72p)の場合であっても香気成分の散逸を防止することができるか疑念を抱くといえるから,原告の主張は採用することができない。
ウ 上記のほか,原告は,審決が,真空脱気処理する際の液状食品の形態を「粒子」のみと認定したことは妥当性を欠くとも主張する。しかし,審決は,液状食品の粒径がどの程度のものであるかを計算し易いように ,「粒子」が球形と仮定して計算したものであって,真空脱気処理する際に液状食品の形態を「粒子」のみと認定したわけではないから,原告の主張はその前提を欠くし,前記(3)のとおり,仮に液状食品の「粒径」が球体以外の場合には,さらに当該液状食品の最大径は増大する(表面積は増大する)だけであるから,原告の主張は,審決を取り 22 消すべき理由とならない。
(5) 以上によれば,原告の取消事由1-1(実施可能要件違反) 理由がない。
は, 2 取消事由1-2(本願発明2に関する特許法36条6項1号〔サポート要件〕に関する判断の誤り)について 原告は,本願発明は,液滴と液膜に共通する影響因子である気相接触面積を体積で除した値によって,酸素と香気成分の散逸速度に大きな違いがあったという知見に基づくものであり,処理時間の多寡が問題となるものではないから,本願発明1の実施例とは処理時間等の条件が異なることを理由に,本願発明2が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるとした審決の判断は,誤りであると主張する。
しかし,審決は,「本願発明2は・・・本願発明1に係る実施例を参酌しても,本願における課題を解決できると当業者が認識し得るものではない 」,と判断したものであって,香気成分の散逸量を制御する上で「処理時間の多寡が問題となる」ことを論じているものではない 。そして,前記1(4)ア(イ)のとおり,本願発明は,各実施例のとおりの実験を行った結果をもとにして見出した知見に基づき,さらに一定の数値範囲を限定したことを技術的特徴とするものであるところ,本願発明2は,原告が主張するような実施形態を想定するとしても,各実施例のような静的な状態での真空脱気処理とは大きく物理的な処理状態が異なり,真空脱気処理の工程中の気相接触表面が一定ではないものであり,これが香気成分の散逸量にも大きな影響を与える(具体的には香気成分の散逸量が増加する。)と理解されるものである。そうすると,液滴と液膜に共通する影響因子であるからといって,当業者が,各実施例の静的な状態での真空脱気処理における「気相接触表面積で体積を除した数値」が,その臨界的意義を保持したまま,本願発明2にも当てはまると理解するものとは認められない。
したがって,発明の詳細な説明の記載及び本願出願時の技術常識に照らし,本願発明2は,その発明の課題を解決できると当業者が認識し得るものではないとした 23 審決の判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由1-2は理由がない。
3 結論 以上のとおり,本願発明が特許を受けることができないとの審決の結論に誤りはないから,その余の点について判断するまでもなく,本件請求は理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 設樂一
裁判官 大寄麻代
裁判官 平田晃史