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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成25ネ10107特許権侵害行為差止請求控訴事件 判例 特許
平成26ネ10030損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成25行ケ10197審決取消請求事件 判例 特許
平成26ネ10051特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成25ネ10086債務不存在確認請求本訴,損害賠償請求反訴請求控訴事件 判例 特許
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事件 平成 25年 (ワ) 7569号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2014/07/17
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年7月17日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官

平成25年(ワ)第7569号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成26年4月24日

判 決

東京都小金井市<以下略>

原 告 株 式 会 社 コ ガ ネ イ

同訴訟代理人弁護士 小 林 幸 夫

坂 田 洋 一

河 部 康 弘

同訴訟代理人弁理士 筒 井 大 和

小 塚 善 高

青 山 仁

筒 井 章 子

東京都千代田区<以下略>

被 告 S M C 株 式 会 社

同訴訟代理人弁護士 清 永 利 亮

宮 寺 利 幸

同訴訟代理人弁理士 仲 宗 根 康 晴

坂 井 志 郎

同補佐人弁理士 千 葉 剛 宏

千 馬 隆 之

主 文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求





1 被告は,別紙物件目録1及び2記載の各製品(以下,それぞれを「イ号製

品」,「ロ号製品」といい,併せて「被告各製品」という。)を製造し,販

売し,輸出し又は販売の申出(販売のための展示を含む。)をしてはならな

い。

2 被告は,被告各製品及びその半製品を廃棄せよ。

3 被告は,原告に対し,8億2500万円及びこれに対する平成25年4月

5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,被告による被告各製品の製造販売等が原告

の特許権の侵害に当たると主張して,特許法100条1項に基づく被告各製

品の製造販売等の差止め並びに特許権侵害不法行為(民法709条,特許

102条2項)に基づく損害賠償金8億2500万円及びこれに対する不

法行為の後の日(訴状送達日の翌日)である平成25年4月5日から支払済

みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨

により容易に認められる事実)

(1) 当事者

原告は,エアシリンダ等の空気圧作動機器,電磁弁等の空気圧制御機器,

エジェクタ等の真空機器等の製造販売を業とする株式会社である。被告は,

空気圧機器,自動制御機器等の製造販売等を業とする株式会社である。

(2) 原告の特許権

ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

特許番号 第3866025号

発明の名称 吸着搬送装置およびそれに用いる流路切換ユニット

出 願 日 平成12年9月6日(特願2000−269677号)

登 録 日 平成18年10月13日





イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項 3の記載は,次のとおりである

(以下,この発明を「本件発明」といい,その特許を「本件特許」と,

その特許出願の願書に添付された明細書及び図面(ただし,後記エの補

正後のもの)を「本件明細書」という。)。

「 上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させ

てワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換ユニットであっ

て,

正圧源に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸着具の

着脱路に連通する出力ポート,真空源に真空流路を介して連通する真

空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放

され大気を前記着脱路に供給するとともに前記正圧供給ポートからの

正圧空気の一部を排出する大気開放ポートが形成された流路ブロック

と,

前記流路ブロックに設けられ,前記正圧供給ポートを前記出力ポー

トに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動す

る真空破壊制御弁と,

前記流路ブロックに設けられ,前記真空ポートを前記真空供給ポー

トに連通させる状態と前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通さ

せる状態とに作動する真空供給制御弁とを有し,

前記正圧源からの正圧空気を前記着脱路に連通させてワークの吸着

を停止する際に,前記真空供給制御弁の前記真空ポートを前記大気開

放ポートに連通させ,前記真空破壊制御弁の前記正圧供給ポートを前

記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポ

ートとを連通させて前記流路ブロックに形成された流路を介して前記

大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させるこ

とを特徴とする流路切換ユニット。」





ウ 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,各構成

要件を「構成要件F」などという。)。

F 上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワークを吸着させ

てワークを搬送する吸着搬送装置に使用する流路切換ユニットであっ

て,

G 正圧源に正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記吸着具の

着脱路に連通する出力ポート,真空源に真空流路を介して連通する真

空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート,および大気に開放

され大気を前記着脱路に供給するとともに前記正圧供給ポートからの

正圧空気の一部を排出する大気開放ポートが形成された流路ブロック

と,

H 前記流路ブロックに設けられ,前記正圧供給ポートを前記出力ポー

トに連通させる状態と前記正圧供給ポートを遮断する状態とに作動す

る真空破壊制御弁と,

I 前記流路ブロックに設けられ,前記真空ポートを前記真空供給ポー

トに連通させる状態と前記真空ポートを前記大気開放ポートに連通さ

せる状態とに作動する真空供給制御弁とを有し,

J 前記正圧源からの正圧空気を前記着脱路に連通させてワークの吸着

を停止する際に,前記真空供給制御弁の前記真空ポートを前記大気開

放ポートに連通させ,前記真空破壊制御弁の前記正圧供給ポートを前

記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポートと前記真空ポ

ートとを連通させて前記流路ブロックに形成された流路を介して前記

大気開放ポートを前記正圧供給ポートと前記着脱路とに連通させるこ

とを特徴とする流路切換ユニット。

エ 原告の特許出願に対し,特許庁は,平成18年6月15日,特開平8

−132375号公報(乙28)を引用文献1とする進歩性欠如等の拒





絶理由がある旨の通知(以下「本件拒絶理由通知」という。)をした。

原告は,同年8月21日,特許請求の範囲の記載等を補正するとともに

(補正後の請求項3が本件発明である。),本件拒絶理由通知の引用文

献2(特開2000−165094号公報)及び同3(特開平5−12

6663号公報)はいずれもエジェクタを用いた技術であり,本件発明

を示唆するものでない旨を述べた意見書(以下「本件意見書」とい

う。)を提出した。本件発明は,このような手続を経て特許登録される

に至った。(乙2〜5)

オ 本件特許及び上記補正後の請求項1記載の発明に係る特許につき,被

告は,本件訴訟提起後の平成25年5月8日,@ 特開平10−9806

5号公報(乙7。 以下「乙7 文献」とい い,これに記載さ れた発明を

「乙7発明」という。)を主引例とする進歩性欠如,A 特開平3−28

9420号公報(乙8。以下「乙8文献」といい,これに記載された発

明を「乙8発明」という。)を主引例とする進歩性欠如の無効理由を主

張して,特許無効審判を請求した。特許庁は,同年10月29日,上記

Aの無効理由があると認められる旨の審決の予告をした。原告は,同年

12月27日,訂正の請求をしたが,この訂正請求は,請求項1及び2

を削除し,発明の名称を「流路切換ユニット」とすることなどを内容と

するものであり,請求項3(本件発明)に関しては,特許請求の範囲

発明の詳細な説明の記載とも訂正されていない。特許庁は,平成26

年3月25日,訂正を認める,本件特許を無効にする旨の審決をした。

この審決については,原告が提起した審決取消請求訴訟が知的財産高等

裁判所に係属中である。(甲20の1〜3,乙1,29,31)

(3) 被告の行為

ア 被告は,平成22年7月頃以降,被告各製品の製造販売をしている。

被告各製品は,上下動部材の先端に設けられた吸着具の吸着面にワーク





を吸着させてワークを搬送する吸着搬送装置に使用することが可能な流

路切換ユニットである(したがって,被告各製品が本件発明の構成要件

Fを充足することは争いがない。)。

イ 被告各製品の空気流路図及び断面図は,イ号製品につき別紙図面目録

1,ロ号製品につき別紙図面目録2の1及び同2の2のとおりである。

なお,被告各製品の構成の文章による特定につき,原告は別紙被告各

製品の構成(原告)のとおりである旨,被告は別紙被告イ号製品説明書

及び同ロ号製品説明書に基づいて別紙被告各製品の構成(被告)のとお

り分説される旨それぞれ主張しているが(ただし,ロ号製品については

別紙図面目録2の1についてのもの),専ら表現上の相違にとどまり,

実質的な争いはないものと認める(原告と被告による特定が異なる部分

については争点に対する当裁判所の判断に必要な限りで後述する。)。

ウ 被告各製品は,吸着具(上記各空気流路図の「10」の部材)に連通

する部分(上記各断面図の「V」の部分)に真空を供給して負圧にする

ことによりワークを吸着し,同部分の負圧を解除すること(真空を破壊

し,正圧にすること)によりワークを離脱させるものである。イ号製品

とロ号製品は,負圧を発生させる構成が,イ号製品においては,真空供

給ポートVSに連通する真空源20が供給する真空が真空供給制御弁2

4を介して上記部分に作用するものであるのに対し,ロ号製品において

は,正圧供給ポートPaに連通する正圧源17aから供給される正圧空

気を真空供給制御弁24aを介してエジェクタ132に送り,これによ

り発生する真空が上記部分に作用する点で相違するが,それ以外は同様

の構成を有している。また,ロ号製品には,真空破壊のための正圧空気

を供給する正圧源17と別個にエジェクタに正圧空気を供給するための

正圧源17aが設けられたもの(別紙図面目録2の1)と,これら正圧

源が共通のもの(同2の2)がある。(甲5)





2 争点及び争点に関する当事者の主張

(1) イ号製品の構成要件G〜Jの充足性(文言侵害

(原告の主張)

ア イ号製品の断面図における流路ブロック31,流量調整ニードル弁1

02及びフィルターケース100は,一つのかたまり状の部材と認識す

ることができる。さらに,流路ブロック31だけでなく,流量調整ニー

ドル弁102及びフィルターケース100の内部にも開口や流路がある。

したがって,これら一つのかたまりが本件発明の「流路ブロック」に相

当する。

イ イ号製品においては,空気流路図記載のJ1が正圧供給ポートに,J

2が出力ポートに,K1が真空供給ポートに,K2が真空ポートに,K

3が大気開放ポートに相当し,これら出力ポート等と,大気開放ポート

K3を出力ポートJ2及び着脱路(10とJ2及びK2の間)に連通さ

せる流路が流路ブ ロック(空 気流路図の 二点鎖線内で囲ま れたブロッ

ク)に形成されている。

また,真空破壊制御弁25及び真空供給制御弁24が流路ブロックに

設けられている。

ウ したがって,イ号製品は,構成要件G〜Jを充足し,本件発明の技術

的範囲に属する。

(被告の主張)

ア 本件発明の「流路ブロック」は原告が本件拒絶理由通知を受けて意識

的に限定した発明特定要素であるが,この語は一般的に使用される用語

でも通常の技術用語でもなく,本件明細書にも定義はない。そうすると,

「流路ブロック」とは本件明細書の実施例に記載された流路ブロック3

1をいうと解すべきものであり,可変絞り弁23はこれに含まれない。

また,イ号製品にはフィルターケース100が設けられているが,こ





れは,本件発明の「流路ブロック」とは異なる技術的観点から設けられ

たものであり,流路ブロックに含まれない。

そうすると,イ号製品において本件発明の「流路ブロック」に相当す

る部分は,その断面図における流路ブロック31と解すべきである。

イ 本件発明の「出力ポート」,「真空ポート」及び「大気開放ポート」

も,発明特定要素であるから,本件明細書の実施例に記載されたとおり

に限定して解すべきである。したがって,これらは「流路ブロック」に

形成されたものでなければならない。また,本件発明の技術的意義は大

気開放ポートを正圧供給ポート及び着脱路に連通させる「流路」が流路

ブロック内にあることにあるから,上記「流路」も「流路ブロック」に

設けられていることを要する。

ウ これに対し,イ号製品においては,別紙被告イ号製品説明書記載のと

おり,出力開口Aは流路ブロック31内にはなく,真空ポートVは流路

ブロック31とは別体のフィルタケース100に設けられている。また,

「ポート」とは「配管を接続するための機器流路の開口部分」をいうと

ころ,イ号製品の第3のポートK3は,ここから流出する気体の一部は

溝K3A等を通じて開口tから大気中に放出するものの,残部は隙間か

ら放出されてしまい,また,ここに流入する気体の一部は大気から上記

開口t及び溝等を通じて流入するものの,残部は隙間から流入するので,

「配管を接続する」ものではないから,「ポート」に該当しない。

したがって,イ 号製品の「 流路ブロッ ク」には,「出力 ポート」,

「真空ポート」及び「大気開放ポート」が設けられていないから,構成

要件Gを充足しない。また,「流路ブロック」に「出力ポート」が設け

られていないので構成要件Hを,「流路ブロック」に「真空ポート」及

び「大気開放ポート」が設けられていないので構成要件Iを,それぞれ

充足しない。さらに,出力ポートに連通する流路118と真空ポートに





連通する流路122は,流路ブロック31とは別体のフィルターケース

100に設けられた流路により連通しているから,この流路が「流路ブ

ロック」に設けられているものとする構成要件Jを充足しない。

エ 以上のとおりであるから,イ号製品は本件発明の技術的範囲に属しな

い。

(2) ロ号製品の構成要件G〜Jの充足性(文言侵害均等論

(原告の主張)

ア ロ号製品においては,イ号製品と同様に,出力ポートJ2,真空ポー

トK2及び大気開放ポートK3と,大気開放ポートK3を正圧供給ポー

トJ1及び着脱路に連通させる流路が流路ブロックに形成されている。

したがって,ロ号製品は構成要件G〜Jを充足する。

イ 他方,ロ号製品は,イ号製品と異なり,空気流路図のとおり,正圧源

17aからエジェクタ132に正圧空気が供給されることにより着脱路

が真空状態となる。そうすると,正圧源17aが「真空源」に,K1が

「真空供給ポート」に,真空源と真空供給ポートをつなぐ流路が「真空

流路」にそれぞれ相当するから,ロ号製品は構成要件Gを充足する。

これに対し,被告は,原告が本件特許の出願経過においてエジェクタ

を用いた技術が本件発明から排除されると言明した旨主張する。しかし,

被告の指摘する本件意見書の記載は,本件拒絶理由通知に対して付加的

に述べた理由付けにすぎないから,被告の主張は失当である。

ウ 仮に,ロ号製品が本件発明の「真空 源」,「真空供給ポート」及び

「真空流路」を文言上充足しないとしても,以下のとおり,本件特許権

均等侵害が成立する。

すなわち,本件発明の本質的部分は,真空ポート及びこれと連通した

着脱路に,真空をもたらす真空供給ポートと大気圧による大気の供給を

もたらす大気開放ポートを,真空供給制御弁を通じて切替可能に構成し,





真空供給制御弁と真空破壊制御弁の切替えを連動させるようにした点に

ある。したがって,真空ポートに真空をもたらす仕組みは本件発明の本

質的な部分ではない。

また,真空を供給する手段としてエジェクタを用いても作用効果は本

件発明と何ら変わらないし,エジェクタによる真空供給は当業者にとっ

技術常識であるから,置換可能かつ置換容易である。

さらに,ロ号製品の構成は公知技術から容易に想到されるものでない

し,本件特許の出願経過においてエジェクタを用いた構成が意識的に除

外されていたということはできない。

エ したがって,ロ号製品の製造販売等は本件特許権の侵害に当たる。

(被告の主張)

ア ロ号製品は,イ号製品と同様に,「流路ブロック」に「出力ポート」

等を備えていないから,構成要件G〜Jを充足しない。

イ これに加え,ロ号製品においては,流路ブロック31に,正圧源17

aに正圧流路を介して連通する正圧供給ポートPaが形成され,エジェ

クタ132により負圧を発生させている。真空源と正圧源とは全く異質

のものである上,エジェクタを用いた場合には,排気部から空気が流出

するので,ワークが離脱する際に正圧空気によって吹き飛ばされるとい

う本件発明の課題は存在しないし,破壊応答時間を短縮するという本件

発明の作用効果も奏しない。本件明細書にエジェクタを用いることに関

する記載や示唆はなく,かえって,原告は本件意見書において本件発明

がエジェクタを用いた技術を対象とするものではないことを言明してい

た。

したがって,ロ号製品は「真空供給ポート」を欠くから,この点にお

いても構成要件G及びIを充足しない。

ウ 原告は,ロ号製品が本件特許権の均等侵害に当たる旨主張する。





しかし,上述したとおり,エジェクタにおいては本件発明の課題が存

在しないのであり,本件発明は真空ポンプ等のそれ自体で真空を発生す

る装置を前提とした技術であるから,「真空源に真空流路を介して連通

する真空供給ポート」は本件発明の本質的部分である。また,ロ号製品

においてはエジェクタの排気口から圧縮空気が排出されるという構成に

よりワークの吹き飛ばしを防止しており,本件発明とは作用効果を異に

する。さらに,上記イのとおり,原告は本件発明につきエジェクタを用

いる技術を意識的に除外したものといえる。

したがって,均等による特許権侵害も成立しない。

(3) 本件特許の無効理由の有無

(被告の主張)

本件特許は,以下のとおり,進歩性を欠くものとして特許を受けること

ができず(特許法29条2項),特許無効審判により無効にされるべきも

のであるから,原告は被告に対し本 件特 許権を行使することができない

(同法104条の3第1項)。

ア 乙7発明を主引例とする進歩性欠如

(ア) 本件発明と乙7発明は,@ 本件発明の「大気開放ポート」が乙7

発明では形成されていない点,A 本件発明が「正圧供給ポート」,

「出力ポート」,「真空供給ポート」,「真空ポート」及び「大気開

放ポート」が形成された「流路ブロック」を有するのに対し,乙7発

明がそのような構成を有するか明らかでない点,B 本件発明では「真

空破壊制御弁」が「流路ブロック」に設けられているのに対し,乙7

発明がそのような構成を有するか明らかでない点,C 本件発明では

「真空供給制御弁」が「流路ブロック」に設けられ,真空ポートを真

空供給ポートに連通させる状態と大気開放ポートに連通させる状態に

作動するのに対し,乙7発明の「真空供給用の開閉弁」は,流路ブロ





ックに設けられるか明らかでなく,真空ポートを大気開放ポートに連

通させる状態に作動するものでない点,D 正圧源からの正圧空気を着

脱路に連通させてワークの吸着を停止する際,本件発明では,出力ポ

ートと真空ポートを連通させて流路ブロックに形成された流路を介し

て大気開放ポートを正圧供給ポートと着脱路に連通させるのに対し,

乙7発明ではそのような連通がされない点で相違するが,その余は一

致する。

(イ) 上記相違点のうち@及びDに係る本件発明の構成は,乙8文献に

開示されている。そして,乙7発明と乙8発明はいずれも真空を利用

して物品の吸着及び搬送を行う装置に関するものであり,技術分野を

共通にするから,乙7発明に乙8発明を組み合わせることの動機付け

がある。

また,上記A〜Cの相違点については,本件発明における「流路ブ

ロック」等の構成は周知の技術事項(乙9〜12)である。

(ウ) したがって,本件発明は,乙7発明に乙8発明及び周知の技術事

項を適用することにより容易に想到することができたものである。

イ 乙8発明を主引例とする進歩性欠如

(ア) 本件発明と乙8発明は,@ 本件発明の「大気開放ポート」が「正

圧ポートからの正圧空気の一部を排出する」と規定されるのに対し,

乙8発明の「大気ポート」が正圧空気の一部を排出することについて

明示的な記載がない点,A 本件発明が「正圧供給ポート」等が形成さ

れた「流路ブロック」を有するのに対し,乙8発明がそのような構成

を有するか明らかでない点,B 本件発明では「真空破壊制御弁」及び

「真空供給制御弁」が「流路ブロック」に設けられているのに対し,

乙8発明がそのような構成を有するか明らかでない点で一応相違する

が,その余は一致する。





(イ) 上記@の点につき,乙8発明において吸盤の吸着面に作用する圧

力が大気圧を上回る程度まで圧縮空気を送ることは当業者が当然に行

うことであり,これにより圧縮空気の一部が真空電磁弁の大気ポート

から排出されることは明らかである。そうすると,この点において本

件発明と乙8発明の間に実質的な相違はなく,又は,仮にこれが相違

点であるとしても,乙8発明において正圧空気の一部が大気開放ポー

トから排出されるように構成することは容易である。

さらに ,乙8発 明と本 件発明 が,吸着 及び搬送 の対象が 「カート

ン」であるか「ICチップ等の電子部品」であるかの点で相違すると

しても,乙8発明と技術分野を同じくする乙7文献には,ICチップ

の吸着解除時に真空破壊エアーを供給するとICチップが吹き落とさ

れるという課題が記載されている。そうすると,このような課題に接

した当業者が,これを解決するために,乙8発明の技術をICチップ

の吸着解除に適用することには十分な動機付けがある。

(ウ) 上記A及びBの相違点に係る本件発明の「流路ブロック」等の構

成は周知の技術事項(乙9〜12)であり,乙8発明にこれら周知の

技術事項を適用することに阻害要因はない。

(エ) 以上によれば,本件発明は,乙8発明に周知技術(乙9〜12)

を適用することにより,又は乙8発明に乙7文献及び上記周知技術

適用することにより,当業者が容易に想到できたものである。

(原告の主張)

乙7発明及び乙8発明は,以下のとおり,本件発明とは課題や解決手段,

技術分野等を異にするから,いずれを主引例にしても,当業者がこれらと

周知技術を組み合わせて本件発明を容易に想到することはできない。

ア 乙7発明について

乙7発明は,強制真空破壊によりICチップの吸着解除を行う技術で





あり,真空破壊圧力をエアーシリンダに供給する圧力より低下させてI

Cチップが吹き飛ばされないようにしたものであって,ICチップの吹

き飛びという課題は本件発明と共通するものの,課題の解決手段は本件

発明と相違する。また,本件発明は離脱時間を短縮するという目的を有

するが,乙7発明では離脱時間はむしろ長期化しており,この点におい

て本件発明とは課題を共通にしていない。

したがって,乙7発明から本件発明を容易に想到することはできない。

イ 乙8発明について

乙8発明は,マガジン内に扁平に折り畳まれて収納されたカートンを

取り出すための技術であって,小さくかつ軽いICチップ等の電子部品

(ワーク)を吸着搬送する本件発明とは技術分野が異なる。

また,乙8文献に記載された従来技術からすれば,乙8発明は,拡開

されたカートンがコンベアの送り爪に固定された状態で,真空電磁弁の

閉成と同時に圧縮空気電磁弁を一度開閉動作するのものである。そのた

め,乙8発明においては軽量なカートンが吹き飛ばされるという問題は

内在しないのであり,本件発明が自然真空破壊と強制真空破壊を組み合

わせて解決しようとする,カートンの吹き飛ばしを防止するという課題

は乙8文献に記載されていない。

さらに,乙8発明は,複数個設けられた吸盤及び複雑に蛇行して長い

流路を有するものであり,真空電磁弁の閉成と同時に圧縮空気電磁弁を

一度開閉動作させても,カートンが離れた後の吸盤に正圧空気が供給さ

れるのみである。これに対し,本件発明は「流路ブロック」によりコン

パクト化された流路切換ユニットに関するものであり,流路を比較的短

くすることができる結果,迅速にワークを離脱させることができるとい

う特有の効果を有するから,乙8発明と本件発明はこの点においても相

違する。





乙8文献には,自然真空破壊を用いる従来技術を前提として,真空電

磁弁を閉成すると同時に圧縮空気電磁弁を一度開閉動作させることによ

り,吸盤内に残留する弱い真空状態を完全に解除し,カートンを開放し

やすくすることが記載されているのにとどまる。そして,着脱路が大気

圧になる前に圧縮空気電磁弁を遮断した場合にはエア抜き弁として構成

されている真空電磁弁から圧縮空気の一部は排出されないのであるから,

乙8文献に,正圧空気の一部を大気開放ポートから排出するという本件

発明の構成についての明示又は示唆があるということはできない。

したがって,当業者が乙8文献から本件発明を想到することは不可能

である。

(4) 原告の損害額

(原告の主張)

真空用機器のマーケットは年間100億円を上回り,被告はその6割程

度のシェアを占めている。被告各製品の売上げは,被告の真空用機器の売

上げの2割を下ることはないから,1か月当たり1億円と推測される。

そして,被告各製品の販売による限界利益は少なくとも25%であるか

ら,これらの製品を平成22年7月頃から平成25年3月31日までの間

に製造販売したことによる被告の利益は8億2500万円(1億円×33月

×25%)となり,特許法102条2項により,原告は同額の損害を被った

ものと推定される。

(被告の主張)

争う。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(イ号製品の構成要件G〜Jの充足性)について

(1) 本件発明の流路切換ユニットは,特許請求の範囲に記載のとおり,「出

力ポート」等が「流路ブロック」に形成されたものである。原告が,イ号





製品の断面図に示された流路ブロック31,流量調整ニードル弁102及

びフィルターケース100が一つのかたまりとして「流路ブロック」に相

当し,これに「出力ポート」等が形成されている旨主張するのに対し,被

告は,流量調整ニードル弁及びフィルターケースは「流路ブロック」に含

まれず,「出力ポート」等が「流路ブロック」に形成されているとはいえ

ないから,構成要件G〜Jを充足しない旨主張するので,以下,検討する。

(2) 「流路」とはその文言上液体,気体等が流れる道を意味するところ,本

件発明が吸着具の着脱路に真空を生じさせたり正圧空気を供給したりする

ことによりワーク(被吸着物)の着脱を行う吸着搬送装置に使用する流路

切換ユニットに関するものであることからすれば,本件発明における「流

路」とはワークの着脱のために真空ないし負圧及び正圧を生じさせる空気

の通り道をいうものと認められる。また,「ブロック」とは「かたまり。

角塊」等の意味を有する語である(広辞苑〔第6版〕2503頁参照)。

そうすると,本件発明の「流路ブロック」とは,上記の真空及び正圧を生

じさせる空気の通り道がその内部に形成された物体のかたまりをいうもの

であって,必ずしも1個の部材であることを要するものではなく,複数の

部材を一体として構成したものでもよいと解するのが相当である。

そして,この「流路ブロック」に,「真空破壊制御弁」(構成要件H)

及び「真空供給制御弁」(同I)が設けられるとともに,「正圧供給ポー

ト」,「出力ポート」,「真空供給ポート」,「真空ポート」及び「大気

開放ポート」(同G)と,大気開放ポートを正圧供給ポート及び着脱路に

連通させる「流路」(同J)が形成されることになる。

(3) イ号製品においては,証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,別紙図

面目録1の断面図に示されたとおり,流路ブロック31の右端にフィルタ

ーケース100が組み込まれ,流路ブロックの上部に流量調整ニードル弁

102が取り付けられていること(別紙被告イ号製品説明書参照),この





うちフィルターケースはフィルター交換のため着脱可能であるが,流路切

換ユニットとしての使用時には流路ブロックに固着されていること,真空

破壊弁25及び真空供給弁24が流量調整ニードル弁の基台108を介し

て流路ブロックに設けられていることが認められる。

そうすると,上記流路ブロック,フィルターケース及び流量調整ニード

ル弁は一体となった物体のかたまりであるということができる。

そして,証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,この物体のかたまり

の内部に,@ 「正圧供給ポート」(原告は空気流路図のJ1と,被告は空

気流路図及び断面図のPと特定するが,特許請求の範囲の「正圧供給ポー

ト」に相当するポートが存在することは争いがない。),「出力ポート」

(空気流路図のJ2。なお,被告は「出力開口」(空気流路図及び断面図

のA。別紙被告各製品の構成(被告)の【イ号製品】g1参照)と特定す

るが,特許請求の範囲の「出力ポート」に相当するポートの存在自体は争

っていない。),「真空供給ポート」(原告は空気流路図のK1と,被告

は空気流路図及び断面図のVSと特定するが,特許請求の範囲の「真空供

給ポート」に相当するポートが存在することは争いがない。),「真空ポ

ート」(原告は空気流路図のK2と,被告は空気流路図及び断面図のVと

特定するが,特許請求の範囲の「真空ポート」に相当するポートが存在す

ることは争いがない。)及び「大気開放ポート」(空気流路図のK3。な

お,被告はその存在を争うが,後述のとおり,被告の主張は失当というべ

きである。)と,A これらのポートを特許請求の範囲構成要件G〜Jに

記載されたとおりに連通させる空気の流路が形成されていると認められる。

したがって,イ号製品においては,上記のとおり一体となった流路ブロ

ック,フィルターケース及び流量調整ニードルが本件発明の「流路ブロッ

ク」に相当し,これに「出力ポート」等が形成されるとともに,「真空破

壊制御弁」に相当する真空破壊弁及び「真空供給制御弁」に相当する真空





供給弁が設けられているから,構成要件G〜Jを充足し,本件発明の技術

的範囲に属すると判断するのが相当である。

(4) 以上に対し,被告は,@ 本件発明の「流路ブロック」,「出力ポー

ト」等は,原告が意識的に限定した発明特定要素であるから,本件明細書

実施例に限定される,A イ号製品のフィルターケース100は,流路ブ

ロック31とは別個の技術的観点から設けられたものであって,本件発明

の「流路ブロック」に該当しない,B イ号製品には大気に開放した「ポー

ト」が存在せず,「大気開放ポート」を有していないとして,イ号製品が

構成要件G〜Jを充足しない旨主張する。

そこで判断するに,上記@について,「流路ブロック」等の構成が本件

拒絶理由通知を受けた後に補正手続によって特許請求の範囲に記載された

ことは被告の指摘するとおりであるが(乙2〜4),このことはそれ自体

として流路ブロック等の具体的な構成が本件明細書の実施例に記載された

ものに限定されると解すべき根拠となるものでない。

上記Aについて,イ号製品におけるフィルターケース100が流路ブロ

ック31及び流量調節ニードル弁102と一体となって本件発明の「流路

ブロック」に当たると解すべきことは前記(3)のとおりである。そして,フ

ィルターケースが空気の流路を形成するという流路ブロックとしての機能

を果たす以上は,これと別個の技術的意義を有するとしても,そのことに

より「流路ブロック」から外れると解することはできない。

上記Bについて,証拠(甲15,16,乙27)及び弁論の全趣旨によ

れば,本件発明が属する空気圧機器の技術分野において,「ポート」とは

作動流体を運ぶ通路の開口部をいい,通路とは構成部品の内部をつき抜け,

又はその内部にある流体を導く連絡路をいうものと認められる。そして,

イ号製品における別紙図面目録1の空気流路図の「K3」の部分(原告が

「大気開放ポート」と,被告が「第3ポート」と呼ぶもの。別紙被告各製





品の構成(原告)及び同(被告)参照)は,証拠(甲5)及び弁論の全趣

旨によれば,@ 真空供給制御弁24の作動に応じて「真空ポート」(上記

空気流路図及び断面図のK2ないしVの部分。前記(3)参照)と連通される

状態になると,「流路ブロック」内に「真空ポート」との間に空気を流通

させる連絡路を形成すること,A この連絡路が「流路ブロック」の外へと

通じるための開口部となることが認められる。そうすると,上記「K3」

の部分は本件発明の「大気開放ポート」に当たるということができる。

したがって,被告の上記主張はいずれも採用することができない。

(5) 以上によれば,イ号製品は本件発明の技術的範囲に属すると認められる。

2 争点(2)(ロ号製品の構成要件G〜Jの充足性)について

(1) ロ号製品は,吸着具に連通する部分(別紙図面目録2の1及び同2の2

の断面図の「V」の部分)に真空を発生させる構成が,イ号製品のように

真空供給ポートVSに連通する真空源20が供給する真空が真空供給制御

弁24を介して上記部分に作用するのではなく,正圧供給ポートPaに連

通する正圧源17aから供給される正圧空気を真空供給制御弁24aを介

してエジェクタ132に送り,これにより発生する真空が上記部分に作用

する点でイ号製品と相違するが,それ以外はイ号製品と同様の構成を有し

ている。

イ号製品と同様の構成を有する部分につき,被告は,ロ号製品が「流路

ブロック」,「出力ポート」等を備えていないから構成要件G〜Jを充足

しないと主張するが,イ号製品について判示したのと同様の理由により,

被告の主張を採用することはできない。

他方,イ号製品と構成を異にする部分につき,原告は,ロ号製品が構成

要件Gを文言上充足する旨,仮にそうではないとしても,本件発明と均等

なものとして特許権侵害に当たる旨主張するので,以下,検討する。

(2) まず,文言侵害の成否についてみるに,原告は,別紙図面目録2の1及





び同2の2の空気流路図の17a(原告が「真空源」,被告が「正圧源」

と呼ぶもの)が「真空源」に,24a(原告が「真空供給制御弁」と呼ぶ

構成の一部,被告が「真空供給弁」と呼ぶもの)に設けられたポートK1

(原告が「真空供給ポート」,被告が「第1ポート」と呼ぶもの)が「真

空供給ポート」に,17aとK1を連通する流路が「真空流路」に相当す

るので,ロ号製品は構成要件Gの「真空源に真空流路を介して連通する真

空供給ポート」を文言上充足する旨主張する。

そこで判断するに,ロ号製品においてエジェクタに供給されて真空状態

を生じさせる正圧空気の発生源が1 7a であることに照らすと,これは

「真空」を生じさせる「源」とみることが可能である。しかし,「真空」

の語が空気の存在しない空間を意味することは明らかであり,真空を生じ

させる負圧は正圧とは逆の概念であるから,特許請求の範囲にいう「真空

源」がその文言上「正圧空気の発生源」を含むとみることは困難である。

さらに,特許請求の範囲の文言上, 「真 空流路」とは(正圧空気ではな

く)真空ないし負圧空気が流れる通 路で あると,「真空供給ポート」は

(正圧空気ではなく)真空ないし負圧空気を供給するポートであると解釈

すべきものである。なお,本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみても,

「真空」の意義につき上記と異なる解釈をすべき根拠となる記載は見当た

らない。

そして,証拠(甲5)及び弁論の全趣旨によれば,ロ号製品のK1は制

御弁に正圧空気を供給するポートであり,17aとK1を連通する流路に

は正圧空気が供給されていることが認められる。

そうすると,ロ号製品は構成要件Gの「真空源に真空流路を介して連通

する真空供給ポート」を文言上充足しないというほかない。

(3) 次に,均等による特許権侵害の成否について検討する。

ア 特許請求の範囲に記載された構成中に特許権侵害訴訟の対象とされた





製品と異なる部分が存する場合であっても,@ 上記部分が特許発明の本

質的部分ではなく,A 上記部分を当該製品におけるものと置き換えても

特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであ

って,B そのように置き換えることに特許発明の属する技術の分野にお

ける通常の知識を有する者(当業者)が当該製品の製造時点において容

易に想到することができたものであり,C 当該製品が特許発明の特許出

願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考

することができたものではなく,かつ,D 当該製品が特許出願手続にお

いて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の

事情もないときは,当該製品は,特許請求の範囲に記載された構成と均

等なものとして,特許発明技術的範囲に属するものと解すべきである

(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113

頁参照)。

ロ号製品は,以上に説示したところによれば,本件発明の技術的範囲

に属するイ号製品とは,真空を発生させるためにエジェクタを使用する

構成を採用した点において異なるので,この点が本件発明とロ号製品と

で異なる部分に当たるということができる。原告は,この点が異なると

しても上記@〜Dの要件を満たすので,ロ号製品について均等による特

許権侵害が認められる旨主張するものである。

イ そこで,まず,上記@の要件につき判断するに,後掲の証拠及び弁論

の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明の従来

技術,解決すべき課題及びその解決手段,発明の効果等は,a)従来

技術の吸着搬送装置においては,吸着面に開口する着脱路に真空源及

び正圧源が制御弁を介して連通されており,吸着面を真空源に連通さ

せてワークを吸着し,所定の位置まで搬送した後,吸着面を正圧源に





連通させて真空を破壊し,ワークを離脱させていたところ,制御弁と

して流路を連通させる位置と遮断させる位置に作用する2ポート電磁

弁が使用されていたので,離脱の際の正圧源からの正圧空気は全て着

脱路に供給されていた(段落【0002】〜【0005】),b)吸

着搬送されるIC等の電子部品が小さくかつ軽くなってきたため,離

脱の際に真空破壊用の正圧空気を供給すると,被吸着物が正圧空気に

よって吹き飛ばされ,所定の位置に正確に搭載することができない場

合があり,一方,正圧空気の圧力を低下させると吹き飛ばしは防止で

きるが,被吸着物の離脱に時間が掛かり,生産性が低下するという問

題があった(同【0006】〜【0008】),c)本件発明は,電

子部品等のワークを搬送した後に迅速にワークを離脱させるとともに,

所定の位 置にワー クを位 置決め できるよ うにする ことを目 的とする

(同【0009】),d)この課題を解決するための手段として,特

請求の範囲に記載のとおり,正圧源からの正圧空気を着脱路に連通

させてワークの吸着を停止する際に,大気開放ポートを正圧供給ポー

ト及び着脱路に連通させる構成を採用した(同【0012】),e)

上記構成を採用したことにより,ワークを離脱させる際,着脱路に大

気開放ポートから大気圧の空気が供給されるとともに,正圧源から正

圧空気が供給されるので,迅速にワークを離脱させることができ,さ

らに,正圧空気が(全て着脱路に供給されるのではなく)大気開放ポ

ートから も排出さ れるの で,ワ ークの飛 散を防止 すること ができる

(同【0013】,【0038】,【0039】)というものである。

(甲1,20の2)

(イ) 真空を発生させる機器としては,真空とすべき空間から気体を排

出して真空を発生させる真空ポンプのほか,エジェクタが存在するこ

とが本件特許の出願前から公知であった。エジェクタは,給気口及び





排気口と,これらをつなぐ流路に吸引口を設けたものであり,正圧空

気を勢いよく給気口に供給して排気口から排出させると,吸引口から

空気が吸い込まれるという原理を利用して,吸引口に連通する部分に

真空を発生させるものである。(甲10の1・2)

(ウ) 真空発生機器としてエジェクタを採用し,これをロ号製品のよう

に配置した場合(別紙図面目録2の1及び同2の2参照),ワークを

吸着面から離脱させる際,エジェクタへの正圧空気の供給を遮断して

真空の発生を停止するとともに,正圧空気を着脱路に供給すると,エ

ジェクタの排気口と着脱路が連通しているため,着脱路が大気圧に達

するまでは排気口から大気が着脱路に流入し,これが大気圧に達した

後は正圧空気が排気口からも排出されることになる。

(エ) 本件特許の出願経過において,原告は,前記前提事実(2)エのとお

り,引用文献1に基づく進歩性欠如等をいう本件拒絶理由通知に対し,

特許請求の範囲の記載等を補正するとともに本件意見書を提出して,

引用文献2及び同3はいずれもエジェクタを用いた技術であり,本件

発明を示唆するものでない旨の意見を述べた。本件拒絶理由通知は,

補正前の特許請求の範囲記載の発明と引用文献1記載の発明は,吸着

具を上下動部材の先端に設けるか,正圧源からの正圧空気を着脱路と

上下動部材を上下動させる空気圧シリンダに共用して供給するかの点

で相違するが,これらの点は吸着搬送装置の技術分野において引例を

示すまでもない周知技術であるとしつつ,括弧書きで「(不足であれ

ば,例えば,引用文献2及び3等を参照されたい。)」と記載するも

のであった。原告は,本件意見書において,原告の特許出願に係る発

明の構成,技術的意義等について説明し,引用文献1との比較をした

後,引用文献2及び同3につき,これら文献に記載された技術内容や

本件発明との具体的な相違点については何ら言及することなく,これ





らが「エジェクタを用いた技術」であることのみを理由に,本件発明

を示唆するものでないとの意見を述べた。(乙2〜5)

ウ 上記イ(ア)〜(ウ)の事実関係によれば,本件発明は,大気開放ポート

がなく,真空破壊のための空気が出力ポートのみから着脱路に流入し,

かつ,出力ポートから供給される正圧空気が全て着脱路の吸着面から排

出される従来技術を前提に,ワークを迅速に離脱させるとともに吹き飛

ばしを防止して正確な位置決めをするという課題の解決のため,大気開

放ポートを設けてこれを着脱路及び出力ポートと連通させることにより,

着脱路が大気圧に達するまでは大気開放ポートからも空気を流入させて

ワークの離脱を迅速にし,これが大気圧に達した後は正圧空気が大気開

放ポートからも流出するものとしてワークの吹き飛ばしを防止したもの

であり,この点の構成が本件発明の課題解決のための本質的部分に当た

ると認められる。そうすると,大気開放ポートがなくても排気口から大

気の流入及び正圧空気の排出が行われるエジェクタを備えた構成は,上

記の前提を欠くものであり,本件発明が解決すべき課題も存在しないこ

とになるから,本件発明とは本質的部分において相違すると解するのが

相当である。

上記イ(エ)の出願経過における原告の意見は,エジェクタを用いたも

のは本件発明とは基本的な技術思想が異なる旨をいうものと解され,本

件発明の本質的部分についての上記解釈を裏付けるものということがで

きる。

そうすると,前記のとおりエジェクタにより構成されたロ号製品は本

件発明の本質的部分を備えていないものとみるべきであり,前記@の要

件を充足しないから,ロ号製品について均等による特許権侵害は認めら

れないと判断するのが相当である。

3 争点(3)(本件特許の無効理由の有無)について





(1) 本件特許の無効をいう被告の主張のうち,乙8発明を主引例とする進歩

性欠如の主張について検討する。

(2) 証拠(乙8)及び弁論の全趣旨によれば,乙8文献は発明の名称を「カ

ートン取出し装置」とする公開特許公報であり,その明細書及び図面には

以下のとおりの乙8発明が記載されていると認められる。

「 移動するアームの先端に設けられた吸盤の吸着面にカートンを吸着させ

て前記カートンを搬送するカートン取出し装置に使用する流路切換装置

であって,

エアコンプレッサに正圧流路を介して連通する正圧供給ポート,前記

吸盤の着脱路に連通する出力ポート,真空ポンプに真空流路を介して連

通する真空供給ポート,前記着脱路に連通する真空ポート及び大気に開

放され大気を前記着脱路に供給する大気ポートが形成され,

前記正圧供給ポートを前記出力ポートに連通させる状態と前記正圧供

給ポートを遮断する状態に作動する圧縮空気電磁弁と

前記真空ポートを前記真空供給ポートに連通させる状態と前記真空ポ

ートを前記大気ポートに連通させる状態に作動する真空電磁弁とを有し,

前記エアコンプレッサからの圧縮空気を前記着脱路に連通させて前記

カートンの吸着を停止する際に,前記真空電磁弁の前記真空ポートを前

記大気ポートに連通させるのと同時に,前記圧縮空気電磁弁の前記正圧

供給ポートを前記出力ポートに連通させることにより,前記出力ポート

と前記真空ポートとを連通させて流路を介して前記大気ポートを前記正

圧供給ポートと前記着脱路とに連通させる,流路切換装置。」

(3) 本件発明と乙8発明の相違点につき,被告は,@ 本件発明の「大気開

放ポート」が「正圧ポートからの正圧空気の一部を排出する」と規定され

るのに対し,乙8発明の「大気ポート」は正圧空気の一部を排出する作用

があることについて明示的な記載がない点,A 本件発明が「正圧供給ポー





ト」等が形成された「流路ブロック」を有するのに対し,乙8発明がその

ような構成を有するか明らかでない点,B 本件発明では「真空破壊制御

弁」及び「真空供給制御弁」が「流路ブロック」に設けられているのに対

し,乙8発明がそのような構成を有するか明らかでない点で相違する(た

だし,上記@は実質的な相違点ではない。)と主張する。

これに対し,原告は,これらに加え,C 本件発明が吸着搬送の対象とす

る「ワーク」が小さくかつ軽いICチップ等の電子部品であるのに対し,

乙8発明がマガジン内に扁平に折り畳まれて収納されたカートンを対象と

する点,D 本件発明が「流路ブロック」によりコンパクト化された流路切

換ユニットに関するものであるのに対し,乙8発明が複数個設けられた吸

盤及び複雑に蛇行して長い流路を有する点でも相違しており,そのため,

本件発明と乙8発明は,ワークの吹き飛ばし防止という課題の有無,迅速

にワークを離脱させることができるという効果の有無等も相違する旨主張

する。

そこで,これら相違点の有無及び容易想到性について検討する。

(4) 上記(3)@の点についてみるに,乙8発明は,カートンの吸着を停止す

る際,真空電磁弁の真空ポートを閉じて真空供給ポートを大気ポートに連

通させ,真空状態を遮断するのと同時に,圧縮空気電磁弁を一度開閉動作

させて正圧供給ポートを出力ポートに連通させる構成を有している(乙8

文献の3頁右下欄16〜20行目,4頁左上欄8〜14行目参照)。この

構成は,本件発明においてワークの 吸着 を停止する際の構成(構成要件

J)と,流路の構成自体においては何ら相違ないものと認められる。そし

て,吸盤内に残留する弱い真空状態を完全に解除して吸盤からカートンを

開放しやすくする(上記4頁左上欄の記載参照)ためには,吸盤内が大気

圧と等圧になる程度の弱い空気の供給では足りず,むしろ,カートンの非

吸着時に吸盤に高圧のエアを送出して吸盤内の真空状態を解除し,高速か





つ円滑なカートンの取出しを可能にするという乙8発明の目的(乙8文献

の2頁右上欄5〜9行目参照)に照らすと,吸盤内に大気圧を上回る正圧

空気を相当量供給する必要があると解される。そうすると,そのようにし

て出力ポートから吸盤内へと供給される空気の一部が吸盤の着脱路を介し

て連通する大気ポートからも排出されることは,乙8発明の流路の構成上,

流体力学的に明らかであるから,上記@の点は本件発明と乙8発明の相違

点に当たらないというべきである。

(5) 上記(3)A,B及びDの点についてみるに,これらは,本件発明の流路

切換ユニットでは各ポートが形成された流路ブロックに各制御弁が設けら

れ,全体として小型化されているのに対し,乙8発明のカートン取出し装

置では,流路ブロックを有するか不明であり,かえって吸盤と流路等から

成るために小型とはいえないことを相違点とするものである。

そこで,この相違点の容易想到性 につ き判断するに,証拠(乙9〜1

2)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出願当時,真空を利用して電

子部品等のワークを吸着し搬送する装置に関する技術分野においては,真

空の供給及び破壊,正圧空気の供給等のために空気を流出入させるポート

とこれらを連通する流路を一体化したブロック状の部材を設け,これに真

空及び正圧空気の供給等のための弁を設け,装置全体の小型化を図ること

は当業者にとって周知の技術事項であったことが認められる。

また,乙8発明は真空を利用したカートンの吸着移動手段に関するもの

であり,装置の小型化が忌避されるといった事情は見当たらないから,乙

8発明に上記周知の技術事項を適用することに阻害要因はないと解される。

そうすると,上記A,B及びDの点に係る本件発明の構成は当業者が容

易に想到することができたものと認められる。

(6) 上記(3)Cの点についてみるに,原告は,本件発明が吸着搬送の対象と

する「ワーク」が小さくて軽いICチップ等の電子部品に限られることを





前提に,乙8発明とは課題,構成,効果等に相違がある旨主張する。

そこで判断するに,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明の記載によ

れば,本件発明は被吸着物の吹き飛ばし防止等を課題とするものであり,

実施の形態に関する記載をみても専らIC等電子部品の吸着搬送が想定さ

れていると認められる。しかし,発明の詳細な説明の記載においてもワー

クは「電子部品など」と記載されている(段落【0009】)上,特許請

求の範囲には単に「ワーク」と記載されており,その種類,形状,大きさ,

重さ等の限定はない。また,証拠(乙16〜22)及び弁論の全趣旨によ

れば,機械装置による移動等の対象物がカートン(紙箱)を含めて「ワー

ク」と呼ばれていること,カートンには一辺が30〜50o程度のものが

ある一方,電子部品にもこれと同程度の大きさのものがあることが認めら

れる。そうすると,吸着搬送の対象物が本件発明と乙8発明で相違すると

はいえないから,原告の上記主張は失当というほかない。

(7) したがって,本件発明は乙8発明及び周知の技術事項に基づいて当業者

容易に想到することができたものとして特許無効審判により無効にされ

るべきであるから,原告は被告に対し本件特許権を行使することができな

い(特許法104条の3第1項)。

第4 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はい

ずれも理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部



裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二




裁判官 橋 彩





裁判官 植 田 裕 紀 久

(別紙省略)