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事件 平成 24年 (ワ) 30098号 特許権侵害行為差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2014/07/10
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年7月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 上原啓司

平成24年(ワ)第30098号 特許権侵害行為差止等請求事件

(口頭弁論の終結の日 平成26年3月18日)

判 決

東京都品川区〈以下略〉

原 告 三 井 金 属 鉱 業 株 式 会 社

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 新 保 克 芳

同 近 藤 元 樹

同 酒 匂 禎 裕

川崎市幸区〈以下略〉

被 告 日 揮 触 媒 化 成 株 式 会 社

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 影 山 光 太 郎

同 園 山 佐 和 子

同 島 岡 雅 之

同 武 内 秀 明

同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 千 葉 博 史

同 石 崎 剛

同 補 佐 人 弁 理 士 渡 辺 久 純

主 文

1 被告は,別紙被告方法目録記載の方法を使用してはならない。

2 被告は,別紙物件目録記載の製品の使用,譲渡又は輸出をしてはな

らない。

3 被告は,前項記載の製品を廃棄せよ。

4 被告は,原告に対し,1億1166万円及びこれに対する平成25

年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。





6 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の,その余を被告の各負

担とする。

7 この判決は,第4項に限り,仮に執行することができる。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 主文第1項〜第3項と同旨

2 被告は,原告に対し,1億8000万円及びこれに対する平成24年11

月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,発明の名称を「スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法」とす

る特許権を有する原告が,被告による別紙被告方法目録記載の方法(以下

「被告方法」という。)の使用等が上記特許権の侵害に当たる旨主張して,

特許法100条1項及び2項に基づき,上記方法の使用差止め,別紙物件

目録記載の製品(以下「被告製品」という。)の使用等の差止め及び廃棄を

求めるとともに,特許権侵害に基づく損害賠償金の支払(一部請求)を求め

る事案である。

1 争いのない事実

(1) 当事者

原告は,金属素材,電池材料の製造販売等を業とする株式会社である。

被告は,色素増感型太陽電池材料,リチウムイオン二次電池用部材,燃

料電池用触媒等エネルギー関連材料の製造販売等を業とする株式会社であ

る。

(2) 原告の特許権

ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許出願(以

下「本件出願」という。)の願書に添付された明細書を「本件明細書」

という。)を有している。





特許番号 特許第4274630号

発明の名称 スピネル型マンガン酸リチウムの製造方法

出願番号 特願平11−141722

出 願 日 平成11年5月21日

登 録 日 平成21年3月13日

イ 本件特許権に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりで

ある(以下,当該発明を「本件発明」といい,本件発明に係る特許を

「本件特許」という。)。

「 電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合物

で中和し,pHを2以上とする共にナトリウムもしくはカリウムの含有

量を0.12〜2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,リチウム

原料と,上記マンガンの0.5〜15モル%がアルミニウム,マグネシ

ウム,カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッ

ケル,銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換されるよ

うに当該元素を含む化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼

成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」

ウ 本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下,各構成

要件を「構成要件A」などという。なお,構成要件Aの「pHを2以上

とする共に」を「pHを2以上とすると共に」と改めた(以下同じ。)。

また,構成要件C掲記の元素を併せて「列記元素」といい,それ以外の

元素を「非列記元素」という。)。

A 電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物もしくはカリウム化合

物で中和し,pHを2以上とすると共にナトリウムもしくはカリウム

の含有量を0.12〜2.20重量%とした電解二酸化マンガンに,

B リチウム原料と,

C 上記マンガンの0.5〜15モル%がアルミニウム,マグネシウム,





カルシウム,チタン,バナジウム,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,

銅,亜鉛から選ばれる少なくとも1種以上の元素で置換されるように

当該元素を含む化合物と

D を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成する

E ことを特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法

(3) 被告の行為

被告は,平成22年1月1日から平成25年10月31日までの間に,

スピネル型マンガン酸リチウムを合計3722トン製造し(ただし,その

製造方法については後記のとおり一部争いがある。),販売した。その単

価は,1s当たり1500円であり,上記期間の販売金額は合計55億8

300万円である。被告は,現在もスピネル型マンガン酸リチウムを製

造・販売している。

2 争点

被告は,上記1(3)のスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法につき,

「電解二酸化マンガンにリチウム原料と,上記マンガンの3.5〜4.8モ

ル%がアルミニウムで置換されるようアルミニウムを含む化合物と,上記マ

ンガンの一部がホウ素で置換されるようホウ酸とを加えて粉砕・混合し,7

50℃程度以上の温度で焼成することを特徴とするスピネル型マンガン酸リ

チウムの製造方法」と主張している。これを原告の主張する別紙被告方法目

録記載の被告方法と対比すると,@電解二酸化マンガンの中和条件及びナト

リウムの含有量,Aアルミニウムによるマンガンの置換量,Bホウ酸の添加

工程の有無,C粉砕の有無において相違するが,@につき,被告は,原告の

主張する「電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和し,pHを2

以上とすると共にナトリウムの含有量を0.12〜1重量%としたもの」と

の点は不知としつつ,構成要件Aの充足性は争わないとしている。Aについ

ては,被告の主張するアルミニウムによるマンガンの置換量3.5〜4.8





モル%は被告方法の3〜10モル%の範囲内にあり,また,Cについては,

電解二酸化マンガンとリチウム原料及びアルミニウム化合物とを混合する際

にこれらを粉砕するかどうかは被告方法において限定されていない。そうす

ると,被告の主張する方法は,Bのマンガンの一部がホウ素で置換されるよ

うにホウ酸を添加する工程(以下「ホウ酸添加工程」という。)を伴うこと

を除き,被告方法と一致する。そして,原告が,被告方法にホウ酸添加工

が付加されたとしても本件発明の技術的範囲に属すると主張するのに対し,

被告は,ホウ酸添加工程を伴う製造方法は,構成要件A〜Cを充足するもの

の,構成要件D及びEを充足しないと主張している。また,被告は,本件特

許は新規性又は進歩性を欠くから特許無効審判により無効にされるべきもの

であると主張するほか,差止請求等の当否及び損害論を争っている。

したがって,本件の争点は,次のように整理することができる。

(1) ホウ酸添加工程を伴う製造方法構成要件D及びEの充足性

(2) 新規性欠如の有無

(3) 進歩性欠如の有無

(4) 差止請求等の当否

(5) 損害論

3 争点に関する当事者の主張

(1) 争点(1)(ホウ酸添加工程を伴う製造方法構成要件D及びEの充足

性)について

(原告の主張)

本件発明は,マンガンが少なくとも1種以上の列記元素で置換されるこ

とを要件とする一方,非列記元素の含有やそれによる置換を排除していな

いから,列記元素による置換がされている限り,ホウ酸添加工程を伴うも

のであったとしても,構成要件D及びEの充足性は否定されず,本件発明

技術的範囲に属する。





被告は,ホウ酸の添加によって原料の焼結が促進され,充填密度が高ま

ると主張するが,被告がその主張の根拠とする特開2010−73370

号公報(乙23。段落【0025】)においても,ホウ酸の添加による化

学反応や物質としての変化は示されていない。ホウ酸添加工程を伴う製造

方法は,本件発明の構成要件を全て充足し,高温保存性,高温サイクル特

性等の高温での電池特性の向上という本件発明の作用効果を享受するもの

であるから,ホウ酸添加工程に何らかの作用効果があるとしても,本件発

明及びその作用効果を利用するものであることは否定されない。

(被告の主張)

ホウ酸添加工程を伴う製造方法は,次のとおり,本件発明の構成要件

の「を加えて混合し,750℃以上の温度で焼成する」及びEの「ことを

特徴とするスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法。」を充足しない。

ア 本件発明の構成要件C及び本件明細書には,置換元素の特定において,

「例えば」,「など」等の文言は付されておらず,実施例及び比較例に

も非列記元素を用いた例は記載されていないことから,本件発明の原料

にホウ素を含む化合物を用いることは想定しておらず,構成要件C記載

の列記元素は限定列挙と解すべきである。

イ ホウ酸添加工程を伴う製造方法による生産物は,スピネル構造系リチ

ウムマンガンアルミニウムホウ素複合酸化物(組成式はLiAl x By

Mn z O 4 。x,y及びzの関係は不明であるが,合計は2近くになる

と考えられる。)であり,本件発明の「スピネル構造リチウムマンガン

系酸化物」(構成要件E)とは異なる。

ウ ホウ酸添加工程を伴う製造方法においては,ホウ酸が原料の混合物の

間隙を充たす融剤として機能し,原料の混合物の固相反応がスムーズに

なることで,結晶成長及び結晶粒子の集合した微粒子の焼結が促進され,

粒子密度の高い,高品質の製品が得られる。本件発明は物の生産方法の





発明であるところ,上記のとおり,ホウ酸添加工程を伴う製造方法にお

ける混合・焼成の工程は,本件発明におけるものとは異なるものとなり,

独自の作用効果のある生産物が製造されるのであるから,構成要件D及

びEを充足しない。

(2) 争点(2)(新規性欠如の有無)について

(被告の主張)

乙11文献(特開平11−7956号公報)には,一般式Li[Mn2−

x−y Lix Mey]O4 (0<x≦0.2,0<y≦0.2,Me:Al,C

o,Cr,Fe,Ni,Mg,Ti)で表される非水電解液二次電池用正

極材料を提供する発明が記載されている。上記一般式は,いわゆる一部金

置換マンガン酸リチウムであって,明細書の記載を踏まえれば,上記発

明は,電解二酸化マンガンの中和条件及びナトリウム等の含有量(構成要

件A)が特定されていない点を除き,本件発明と一致する。

そして,次の公知文献によれば,非水電解質二次電池用正極材料である

マンガン酸リチウムの原料としての電解二酸化マンガンにはナトリウム中

和型のものが当然含まれることが一般的な技術常識であったから,乙11

文献には本件発明の構成要件Aの電解二酸化マンガンが記載されているに

等しいものである。

すなわち,乙12文献(特開平3−93163号公報)には,所定のマ

ンガン酸リチウムを正極とする非水系二次電池に関し,「一般的に,電池

活物質として用いられる二酸化マンガンはその製造過程において,アルカ

リによる中和処理が行われるが,この際アルカリとしてNa塩が多く用い

られる。Na塩による中和処理を処した二酸化マンガンは,通常1000

〜5000ppm程度のNaを含有していることが判明した。」という従

来技術が記載されている。また,乙13文献(平成8年12月20日発行

『最新電池ハンドブック』)には,電池の正極として用いられる電解二酸





化マンガンの製造方法が記載され,「電解二酸化マンガン(EMD)の代

表的な分析値」として,ナトリウム及びカリウムの含有量がそれぞれ25

50ppm(0.255重量%)及び235ppm(0.0235重量

%)と記載されている(134頁表10.4)。さらに,乙14文献(特

開昭62−295354号公報)及び乙15文献(特開平9−73902

号公報)には,二酸化マンガンを製造する際に水酸化ナトリウムのような

アルカリで洗浄すれば,得られた二酸化マンガンのpHが上昇し,ナトリ

ウムが二酸化マンガンに残留することが記載されている。

よって,乙11文献には,本件発明の構成要件を全て備えたスピネル型

マンガン酸リチウムの製造方法が記載されており,本件発明は乙11発明

に対して新規性がない。

(原告の主張)

本件出願当時,スピネル型マンガン酸リチウムは開発初期の段階にあり,

専用の電解二酸化マンガンは存在しておらず,いかなる電解二酸化マンガ

ンを用い,いかなる方法でスピネル型マンガン酸リチウムを製造すれば優

れた特性のリチウムイオン二次電池が得られるかも知られていなかった。

したがって,ナトリウム中和,アンモニア中和,カリウム中和,リチウム

中和又は未中和等の電解二酸化マンガンから何を選ぶか,その場合の具体

的な条件等は不明であり,乙11文献にもこの点についての示唆はない。

被告の挙げる文献のうち,乙12文献は,スピネル型マンガン酸リチウ

ムに関するものではない上,ナトリウム中和した電解二酸化マンガンを用

いないことを開示するものである。乙13文献及び乙14文献は,いずれ

もアルカリマンガン電池の正極活物質としての二酸化マンガンが記載され

ているにすぎず,リチウムイオン二次電池についての技術常識の根拠とな

るものではない。乙15文献も,スピネル型マンガン酸リチウムとは異な

る正極活物質に関する文献であり,ナトリウム中和した電解二酸化マンガ





ンを用いることも開示されていない。したがって,これらの文献は,いず

れもスピネル型マンガン酸リチウムにおいてナトリウム中和した電解二酸

化マンガンを用いる技術常識が存在したことの根拠となるものではない。

よって,被告の主張は失当である。

(3) 争点(3)(進歩性欠如の有無)について

(被告の主張)

ア 乙11文献を主引例とし,乙12文献,乙15文献及び乙18文献を

副引例とする進歩性欠如の主張について

乙11文献に記載された発明は,電解二酸化マンガンの中和条件及び

ナトリウム等の含有量(構成要件A)が特定されていない点を除き,本

件発明と一致する。

そして,乙12文献には,二酸化マンガン中のナトリウム含有量が増

加するほど電池の初期放電容量が小さくなるという技術常識が記載され

ている。

他方,乙15文献には,リチウムマンガン複合酸化物を活物質とする

正極を有する非水溶媒二次電池について,リチウムマンガン複合酸化物

中のナトリウム含有量が非水溶媒二次電池の充放電サイクル寿命に影響

を与えることが記載され,乙18文献(特開平11−45702号公

報)には,マンガンの一部をアルミニウム等で置換したリチウム・マン

ガン複合酸化物(LiMn 2 O 4 )を主体とする正極活物質を用いたリ

チウム二次電池においては,正極活物質にナトリウムイオンが0.01

〜0.3モル%が添加されていると,二次電池としての充放電サイクル

特性が向上することが記載されている。このように,乙15文献及び乙

18文献には,電解二酸化マンガン中のナトリウム含有量が充放電サイ

クル寿命に影響するという技術常識が記載されている。

本件明細書に記載された実施例は,いずれもこのような技術常識を確





認するものにとどまり,格別の作用効果を示すものではなく,本件発明

のように,二酸化マンガン中のナトリウム含有量及びマンガン酸リチウ

ム中のマンガンの金属置換量の範囲を適当に規定することは,当業者に

とって単なる設計事項にすぎず,技術的困難を伴うものではない。

よって,本件発明は,乙11文献記載の発明と,乙12文献,乙15

文献及び乙18文献に記載された技術常識に基づいて出願前に当業者が

容易に発明をすることができたものであり,進歩性がない。

イ 乙17文献を主引例とし,乙11文献を副引例とする進歩性欠如の主

張について

乙17文献(特開平8−2921号公報)の実施例6には,スピネル

型マンガン酸リチウムの製造用原料として東ソー株式会社(以下「東ソ

ー」という。)製の電解二酸化マンガン(商品名はHHU)を用いたこ

とが記載されており,また,乙21文献(平成19年3月発行の吉田和

正「一次電池技術発展の系統化調査」)には,上記HHUはナトリウム

中和型であり,そのナトリウム含有量及びpHはそれぞれ0.20%及

び6.5であることが示されている。したがって,上記実施例6の電解

二酸化マンガンは,本件発明の構成要件Aの電解二酸化マンガンそのも

のである。

そして,二次電池の充電時にマンガンが溶出しやすいという課題は周

知であり,この課題を解決するために,スピネル型マンガン酸リチウム

のマンガンを一部置換するという乙11文献記載の技術を用いることも

周知であった。

よって,本件発明は,乙17文献記載の発明と乙11文献に記載され

周知技術に基づいて出願前に当業者が容易に想到することができたも

のであり,進歩性がない。

(原告の主張)





ア 乙11文献を主引例とする進歩性欠如の主張について

乙12文献は,スピネル型とは結晶構造や物性を異にするLi2 Mn

O3 を含有するマンガン酸化物を正極活物質としている点,ナトリウム

がほとんど含まれていない二酸化マンガンを使用する点で,本件発明と

は異なるものである。

また,乙15文献に記載された「Li x MnO y 」もスピネル型では

なく,その焼成温度も,本件発明における焼成温度(750℃以上)と

は異なる380℃である上,その記載からは,ナトリウムを少なくした

場合,初期放電容量と高温保存容量維持率がいかなる特性を示すのかも

不明である。

さらに,乙18文献に記載されているのは,ナトリウムイオンやアン

モニウムイオンが添加剤として添加されてなる正極活物質であり,ナト

リウムやアンモニウムイオンが含まれていない二酸化マンガンが前提と

されている点で,本件発明の製法と異なるものである。また,乙18文

献の記載からは,充放電サイクル特性が向上するナトリウム添加量が知

られていたとしても,その場合に初期放電容量と高温保存容量維持率が

いかなる特性を示すのかも不明である。

よって,当業者が乙11文献記載の発明とこれらの文献に基づいて本

件発明を容易に想到し得たということはできない。

イ 乙17文献を主引例とする進歩性欠如の主張について

被告の挙げる乙21文献及び同文献中のHHUの品質を示す記載の引

用元は,いずれも本件出願より後に作成されたもので,かつ,後者は私

信である。また,乙21文献記載のHHUは,本件出願のされた平成6

年の8年後の平成14年のものであり,そもそも乙17文献の実施例6

に記載されたHHUと同一の品質のものとはいえない。したがって,乙

17文献は,本件特許の無効を主張する根拠とならない。





(4) 争点(4)(差止請求等の当否)について

(原告の主張)

前記(1)(原告の主張)のとおり,被告方法は本件発明の技術的範囲

属するから,被告の行為は本件特許権の侵害に当たる。

よって,原告は,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,

被告方法の使用及び被告製品の使用,譲渡又は輸出の差止め並びに被告製

品の廃棄を求める。

(被告の主張)

争う。

(5) 争点(5)(損害論)について

(原告の主張)

前記争いのない事実(3)のとおり,被告が平成22年1月1日から平成

25年10月31日までの間に被告製品を販売した合計金額は55億83

00万円である。

一時金がない場合の無機化学製品の実施料率の平均値は4.0%である

ところ,原告と被告は,リチウムイオン二次電池用正極活物質市場におい

て競業関係にあるから,仮に原告が被告に対して本件特許権の実施を許諾

するとしても,上記平均値を下回る実施料率を設定することはあり得ない。

したがって,本件発明を実施許諾した場合の実施料相当額は,販売価格の

4%を下回ることはなく,被告が原告に支払うべき実施料相当の損害金

(特許法102条3項)は2億2332万円を下らない。

よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき,その一部請求として

1億8000万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成24年1

1月3日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合

による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)





我が国の裁判所の判断の統計(乙39)及びリチウムイオン電池の市場

がほぼ飽和状態にあることなどからすれば,本件における適正な実施料

は3%を超えるものではない。

また,本件においては,@ 本件明細書には,電解二酸化マンガンにリ

チウム原料と列記元素を含む化合物を混合する際に水を用いない乾式を前

提とした記載しかないのに対し,被告方法は水を用いる湿式で混合するか

ら,本件発明は技術的に被告方法に寄与していない,A 被告方法におい

ては,原料の投入順序が本件発明の構成要件A〜C記載の順序と異なるか

ら本件発明は技術的に被告方法に寄与していない,B ホウ酸添加工程を

伴う製造方法を使用して製造されるスピネル型マンガン酸リチウムは,電

池の基本的性能である初期放電容量,高温保存容量維持率及びサイクル容

量維持率のいずれの点においても高品質となっており,顧客の購入動機に

大きく寄与している,という減算要素がある。

そして,前記実施料率に対する本件発明の寄与は,上記@及びAにより

1割程度,Bにより2割程度と考えられるから,被告が原告に支払うべき

金員は,55億8300万円×0.03×0.1×0.2=334万98

00円を上回るものではない。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(ホウ酸添加工程を伴う製造方法構成要件D及びEの充足性)

について

(1) 被告の使用する方法は,本件発明の構成要件A〜Cを充足することに

争いはなく,構成要件Aの電解二酸化マンガンに構成要件Bのリチウム原

料と構成要件Cの化合物とを加えて混合し,750℃以上の温度で焼成す

ることも争いがないから,構成要件Dを充足すると認められる。また,上

記方法により製造されるマンガン酸リチウムがスピネル型であることも争

いがないから,上記方法は構成要件A〜Dを充足することを特徴とするス





ピネル型マンガン酸リチウムの製造方法構成要件E)も充足すると判断

すべきものである。

(2) これに対し,被告は,構成要件Cにおいてマンガンを置換するのは特

請求の範囲に記載された列記元素に限定されており,これに加えて非列

記元素でも置換するものは本件発明の技術的範囲に含まれないという解釈

を前提に,被告の使用する方法ではマンガンがホウ素により置換されるこ

とから,本件発明とは混合及び焼成がされる対象物が異なり,これにより

生成される物も異なるので,構成要件D及びEを充足しない旨主張する。

そこで,以下,この主張の当否について検討する。

ア まず,被告の主張する製造方法においてマンガンがホウ素により置換

されているとの立証はない(被告はその実際の製造方法を具体的に立証

していない上,被告の出願に係るホウ素(ホウ酸)を添加する発明につ

いての明細書を見ても,ホウ素はマンガンの一部を置換していると考え

られる旨記載されているにとどまる。乙8,24参照)。

イ 上記アの点をおくとしても,本件発明の特許請求の範囲の記載上,マ

ンガンの置換に関しては,その一定割合がアルミニウム等の列記元素で

置換されることが要件とされているが,この要件が充足されていれば,

これに加えてマンガンの他の部分が非列記元素により置換されることが

排除されているとみることはできない。

なお,列記元素と非列記元素を合わせた置換割合が15モル%を超え,

本件発明の効果を奏しないような場合には,その技術的範囲から外れる

と解する余地はあるが,本件の被告方法ないし被告製品において置換

合が15モル%を超えたり,上記効果を奏しなかったりすることはうか

がわれない。

ウ また,本件明細書(甲1の2)の発明の詳細な説明の記載によれば,

本件発明は,非水電解質二次電池用正極材料としてのスピネル型マンガ





ン酸リチウムには,高温においてマンガンが溶出し,高温保存性,高温

サイクル特性等の高温での電池特性に劣るという問題があることから

(段落【0001】,【0004】,【0005】),この課題を解決

するために,原料である電解二酸化マンガンの中和条件と,マンガンを

置換する元素に着目し,電池特性を向上させるのに適した中和条件及び

置換元素を特定することで(段落【0006】〜【0008】),高温

下でのマンガンの溶出を抑制し,高温保存特性,高温サイクル特性等の

高温での電池特性を向上させ,また電流負荷率を改善するという効果を

奏することができる(段落【0028】,【0072】)スピネル型マ

ンガン酸リチウムの製造方法を提供するという発明である。そして,本

件明細書には,置換元素を加えることなく電解二酸化マンガンとリチウ

ム原料だけを混合した場合は効果が不十分であることは記載されている

ものの(段落【0020】),置換元素を加える場合については,実施

例及び比較例(段落【0030】〜【0066】)に,列記元素により

置換したものの記載しかなく,非列記元素との比較において最適の列記

元素が特定されたことを示唆する記載はない。また,列記元素と共に非

列記元素を添加した場合に,そのような添加をしない場合と比較して高

温下での電池特性が低下するなど好ましくない結果となることを示唆す

る記載もない。このように,本件明細書には,非列記元素の使用や添加

を好ましくないものとして排除することを示唆する記載は見当たらない。

そうすると,本件明細書の記載を参酌しても,原料混合の際にマンガ

ンの一部が置換されるように列記元素に加えて非列記元素が添加された

ということで本件発明の技術的範囲から外れることとなるという解釈を

裏付けるような記載は見当たらないというほかない。

(3) 以上によれば,被告の前記(2)の主張は,その前提を欠き,採用するこ

とができないというべきである。





そして,構成要件Dは,構成要件Aの電解二酸化マンガンに,構成要件

Bのリチウム原料と,構成要件Cの列記元素を含む化合物とを加えて混合

し,焼成することを要件とするものであるが,特許請求の範囲の文言上,

これら以外の物質を加えることを排除していないから,ホウ酸添加工程の

存在により構成要件Dの充足性を欠くことはないと解される。

また,構成要件Eについてみても,以上に説示したところによれば,本

件発明はマンガンの一部がどのような元素で置換されたかを問うことなく

「スピネル型マンガン酸リチウム」と総称しているとみることができるか

ら,ホウ素を含む複合酸化物であったとしても,構成要件Eの充足性を否

定することはできないというべきである。

(4) したがって,ホウ酸添加工程を伴う製造方法構成要件D及びEを充

足するものであるから,その存否は本件発明の技術的範囲の属否の判断に

影響しないものとなるので,結局のところ,被告は被告方法を実施してい

ると認めることができる。また,前記争いのない事実(3)の被告の製造販

売するスピネル型マンガン酸リチウムは,被告方法により製造されたもの

として,別紙被告製品目録記載の被告製品に当たるということができる。

2 争点(2)(新規性欠如の有無)について

(1) 本件出願の前に頒布された刊行物である乙11文献には,次の発明

(以下「乙11発明」という。)が開示されているものと認められる。

(乙11)

電解二酸化マンガンに,リチウム原料と,上記マンガンがMn:Al

=1.85:0.05の原子比でアルミニウムにより置換されるように

水酸化アルミニウムとを加えて混合し,800℃で焼成することを特徴

とする非水電解液二次電池用正極材料であるマンガン酸リチウムの製造

方法。

(2) 乙11発明を本件発明と対比すると,乙11発明におけるアルミニウ





ムによるマンガンの置換率は,0.05÷(1.85+0.05)×10

0≒2.63%となるから,本件発明における置換率(構成要件Cの0.

5〜15モル%)の範囲内にある。また,スピネル型マンガン酸リチウム

の組成式はLiMn 2 O4 で表されるところ,乙11文献に開示された一

般式は,上記マンガンの一部をリチウム及びアルミニウム等の特定の元素

でいずれも0〜0.2のモル比で置換するものであるから,スピネル型マ

ンガン酸リチウムである蓋然性が大きいものと認められる。

他方,本件発明が,電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物又はカ

リウム化合物で中和し,pHを2以上とするとともにナトリウム又はカリ

ウムの含有量を0.12〜2.20重量%とした電解二酸化マンガンを用

いるものである(構成要件A)のに対し,乙11文献にはこの点について

の記載がない。

そうすると,本件発明と乙11発明は少なくともこの点で相違するから,

本件発明が乙11文献に記載されていると認めることはできない。

(3) これに対し,被告は,乙12文献ないし乙15文献によれば,非水電

解質二次電池用正極材料であるマンガン酸リチウムの原料としての電解二

酸化マンガンにはナトリウム中和型のものが当然含まれることが一般的な

技術常識であったから,乙11文献には本件発明の構成要件Aの電解二酸

化マンガンが記載されているに等しく,本件発明は新規性を欠く旨主張す

るが,以下のとおり,これを採用することはできない。

ア 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 電池には再充電が不可能な一次電池とこれが可能な二次電池があ

るが,その正極活物質として用いられる材料は電池の種類ごとに様々

であり,一次電池に用いられる材料をそのまま二次電池に適用するこ

とはできない。(甲5,6)

(イ) 一次電池(アルカリマンガン電池)の正極材料として用いられる





電解二酸化マンガンについては,代表的な分析値がナトリウムにつき

2550ppm,カリウムにつき235ppmであること,電解二酸

化マンガンの中和剤としての水酸化ナトリウム添加量と二酸化マンガ

ンのpH値との間に相関関係がみられることが知られていた。(乙1

3,14)

(ウ) 他方,非電解質二次電池の正極材料として用いられる電解二酸化

マンガンとしては,本件出願の当時,ナトリウム中和型のものとアン

モニア中和型のものが存在することが知られていた。ただし,ナトリ

ウム中和型についてはマンガン中のナトリウムの存在が充放電サイク

ルを改善する上では好ましくないので,二酸化マンガン中のナトリウ

ム量をできるだけ低減することが望ましいとの知見が示されていた。

(乙12,15)

イ 上記認定事実によれば,本件出願当時,乙11文献に接した当業者に

おいて,乙11発明の非水電解質二次電池の正極材料として用いられる

電解二酸化マンガンが当然にナトリウム中和型のものであると認識した

とは認められない。そうすると,乙11文献に本件発明の構成要件Aが

記載されているに等しいということはできない。

3 争点(3)(進歩性欠如の有無)について

(1) 乙11文献を主引例とし,乙12文献,乙15文献及び乙18文献を

副引例とする進歩性欠如の主張について

ア 前記2(2)のとおり,本件発明と乙11発明は,本件発明が,電析し

た二酸化マンガンをナトリウム化合物又はカリウム化合物で中和し,p

Hを2以上とするとともにナトリウム又はカリウムの含有量を0.12

〜2.20重量%とした電解二酸化マンガンを用いるもの(構成要件

A)であるのに対し,乙11発明には,単に電解二酸化マンガンを用い

るとあるのみで,その中和条件やナトリウム含有量についての記載がな





い点で少なくとも相違する。

被告は,上記の相違点につき,@ 乙12文献には,二酸化マンガン

中のナトリウム含有量が増加するほど初期放電容量が小さくなるという

技術常識が記載されている,A 乙15文献及び乙18文献には,電解

二酸化マンガン中のナトリウム含有量が充放電サイクル寿命に影響する

という技術常識が記載されているなどとして,本件発明には進歩性が認

められないと主張する。

イ そこで判断するに,乙12文献には,非水電解質二次電池用正極材料

として用いられる電解二酸化マンガン中にナトリウムが含まれていると

放電容量が小さくなるので,電池特性を向上させる上では電解二酸化マ

ンガン中のナトリウム量はできるだけ低減することが望ましいとの知見

が示されている(乙12)。そうすると,乙11文献に接した当業者が,

これと乙12文献に開示された技術的事項を組み合せて,一定量のナト

リウムを積極的に含むべきものとする本件発明を容易に想到し得たと認

めることはできない。

また,乙15文献においてリチウムマンガン複合酸化物として用いる

のが好ましいとされているのは,Li x MnO y (ただし,x及びyは

原子比で,0.05≦x≦0.35,1.8≦y≦2.0を満たす。段

落【0010】参照。)であり,スピネル型とは認められない。そして,

好適な正電極用材料が電池の種類によって異なること(甲5,6),乙

15文献においては,上記原子比xが0.35を超えると複合酸化物の

構造が変化して2V〜3.4V電圧での電池容量が低下するおそれがあ

るとの知見が示されていること(段落【0010】参照)に照らすと,

乙15文献に記載されたナトリウム含有量をスピネル型マンガン酸リチ

ウムに適用することが容易であるとみることは困難である。しかも,乙

15文献の実施例における二酸化マンガン・リチウム混合物の焼成温度





(380℃。段落【0019】参照。)は,本件発明のもの(750℃

以上)と大きく異なっている。したがって,乙11発明に乙15文献を

組み合せて本件発明を想到することが容易であるとは認められない。

さらに,乙18文献にはサイクル特性に優れたリチウム二次電池の正

極活物質としてナトリウム又はナトリウム化合物を含有するスピネル型

マンガン酸リチウムが開示されているが,これらのナトリウム化合物等

は,焼成前に添加して結晶構造中に取り込ませる場合を含め,飽くまで

も添加剤として用いられており,原料である電解二酸化マンガンのpH

を整える中和剤としては用いられていない。しかも,乙18文献におい

ては,複合酸化物に添加してもよいとされる遷移金属元素等の置換量は

特定されていない。そうすると,乙11発明に乙18文献を組み合せて

も,本件発明が容易に想到されるとは認められない。

ウ したがって,乙11文献を主引例とする進歩性欠如の主張は理由がな

い。

(2) 乙17文献を主引例とし,乙11文献を副引例とする進歩性欠如の主

張について

ア 被告は,乙17文献を主引例とする進歩性欠如の主張の前提として,

乙17文献の実施例6に用いられた東ソー製の電解二酸化マンガン(商

品名HHU)が乙21文献186頁表5.3に記載された「HH−U」

と同一のものであると主張している。

しかし,乙17文献に係る特許出願の日が平成6年6月20日である

のに対し,乙21文献に記載された「HH−U」の品質は平成14年当

時のものであり(乙21),その間に約8年の期間があること,BET

比表面積が異なること(乙17文献記載のものは30u/gであるのに

対し,乙21文献記載のものは34u/gである。)に照らすと,両者

の品質が同一であると認めることはできない。





したがって,被告の前記主張は前提を欠くというほかない。

イ これに加え,乙17文献に記載されているのは,リチウム,マンガン

及び酸素から成るスピネル構造のリチウムマンガン複合酸化物において,

各元素の割合を調整することによりサイクル安定性が改善されたリチウ

ム二次電池の正極用リチウムマンガン複合酸化物及びその製造方法を提

供するという発明であり,その明細書においてナトリウムの量を制御す

ることやマンガンの一部を他の元素で置換することについては何ら触れ

られていない。そうすると,乙17文献に記載された発明に他の周知技

術を組み合せたとしても,ナトリウムの中和条件及び置換する元素に着

目して高温での電池特性を向上させるという本件発明を想到することが

容易であると認めることはできない。

ウ したがって,乙17文献を主引例とする進歩性欠如の主張も失当とい

うべきである。

4 争点(4)(差止請求等の当否)について

以上によれば,被告方法はホウ酸添加工程の存在にかかわらず本件発明の

構成要件を全て充足するものであり,かつ,本件特許に被告の主張する無効

理由があるとは認められない。

したがって,被告方法の使用及び被告製品の使用,譲渡又は輸出の差止

並びに被告製品の廃棄を求める原告の請求は理由がある。

5 争点(5)(損害論)について

(1) 前記争いのない事実(3)のとおり,被告が平成22年1月1日から平成

25年10月31日までの間に被告製品を販売した合計金額は55億83

00万円である。

(2) そこで,原告が被告による本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額

(特許法102条3項)について検討すると,後掲の証拠及び弁論の全趣

旨によれば,次の事実が認められる。





ア 本件発明は,非水電解質二次電池用正極材料とした時に,マンガンの

溶出量を抑制し,高温保存特性,高温サイクル特性等の電池の高温特性

を向上させたスピネル型マンガン酸リチウムの製造方法に関するもので

あり(本件明細書段落【0001】),電解二酸化マンガンの中和条件

及び置換する元素を特定することにより従来技術の課題を解決し得ると

の知見に基づき(同【0007】),特許請求の範囲記載の構成を採用

することにより(同【0008】),高温保存特性,高温サイクル特性

等の高温での電池特性を向上させるとの効果を奏するとされている(同

【0028】,【0072】)。ただし,上記効果のうち高温保存特性

については実施例及び比較例による検証がされているが(同【003

3】〜【0066】),高温サイクル特性については本件明細書に具体

的な記載はない。(甲1の2)

イ 被告方法及び被告製品は構成要件Cに列記された置換元素のうちアル

ミニウムを用いるものであるが,アルミニウムを置換元素として用いる

ことは本件出願時に既に周知の技術であった。(乙11)

ウ 本件発明及び被告製品が属する技術分野であるリチウムを使用した二

次電池に求められる一般的な性能としては,高温特性のほか,安全性が

高いこと,容量が大きいこと,充電時間が短いこと,サイクル寿命が長

いこと(繰り返し使用できること)などが挙げられている。(乙41〜

43)

エ 原告と被告は,リチウムイオン二次電池用正極活物質市場において競

業関係にある。平成22年及び23年における市場占有率は被告の方が

高く,被告製品は小型民生用電池,車載用電池等に採用されている。

(甲8)

オ 上記技術分野における実施料率に関しては,@ 平成4年度〜10年

度の無機化学製品の契約件数(イニシャルペイメントなし)は3件であ





り,実施料率別では5%が2件,2%が1件であった旨,A 平成21

年頃の国内企業へのアンケートによると化学分野の実施料率は平均5.

3%であった旨,B 平成9年〜20年に損害賠償訴訟で判断された化

学分野の実施料率は平均3.1%であった旨の調査結果が報告されてい

る。(甲9,38,39,46)

(3) 上記事実関係によれば,本件発明は二次電池の正極材料の基本性能に

関するものであり,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属する被告方法

により製造されたものとして,高温保存特性が優れるという効果を奏する

ものということができるが,他方,被告製品の売上げに関しては,それ以

外にも二次電池に求められる上記各性能を被告製品が有していることによ

る部分が大きいと推認される。以上に説示した本件の諸事情を総合すると,

原告が被告による本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額は,前記(1)

の55億8300万円に2%を乗じた1億1166万円と認めるのが相当

である。

したがって,原告の損害賠償請求は,1億1166万円及びこれに対す

る遅延損害金(なお,原告はその起算日を訴状送達日の翌日の平成24年

11月3日と主張するが,損害の発生期間とされるのは平成22年1月1

日から平成25年10月31日までであり,その間の損害発生状況は不明

なので,上記期間の末日の翌日である同年11月1日を起算日と認定し

た。)の支払を求める限度で理由がある。

(4) これに対し,原告は,本件における相当な実施料率は4%である旨主

張するが,以上に説示したところに照らし,これを採用することはできな

い。

(5) 他方,被告は,本件において原告が被告による本件発明の実施に対し

受けるべき金銭の額を定めるに当たっては,@ 本件明細書には乾式を前

提とした記載しかないのに対し,被告方法は水を用いる湿式であるから,





本件発明は技術的に被告方法に寄与していないこと,A 被告方法におい

ては,原料の投入順序が本件発明の構成要件A〜C記載の順序と異なるこ

と,B ホウ酸添加工程を伴う製造方法を使用して製造されるスピネル型

マンガン酸リチウムは,電池の基本的性能である初期放電容量,高温保存

容量維持率及びサイクル容量維持率のいずれの点においても高品質となっ

ており,顧客の購入動機に大きく寄与していることという減算要素がある

ことを考慮すべきであると主張する。

そこで判断するに,上記@については,本件発明における混合工程を乾

式のものに限定する記載は,特許請求の範囲にも本件明細書にも見当たら

ない。また,上記Aについては,この主張は,構成要件A〜Cの充足を認

めていた従前の主張を覆すものである上,実際の投入順序を認めるに足り

る証拠はない。したがって,これらの主張は明らかに失当である。

次に,上記Bの主張について検討する。

被告は,上記主張を裏付ける証拠として,本件発明の実施品であって,

ホウ素を含まないものと含むものを比較すると後者の方が性能が優れる旨

の試験報告書(乙45,47。なお,乙40はアンモニア中和型の電解二

酸化マンガンを用いた試験報告書であり,本件発明に関するものではな

い。)を提出する。それによれば,被告が本件明細書の記載に準じてホウ

素を混合しない試料(試料B3,B5)とホウ素を0.01のモル比で混

合した試料(試料B4,B6)を調製してスピネル型マンガン酸リチウム

を製造したところ,これを正極材料とするコイン型非水溶媒二次電池は次

の特性を示したというのである。



試料B3 試料B4 試料B5 試料B6
初期放電容量
94 102 92 98
[mAh/g]





高温保存容量
36.8 59.4 20.1 56.1
維持率[%]
サイクル容量
95.3 98.0 93.4 99.2
維持率[%]


上記のうちホウ素を含まない試料B3及び試料B5と本件明細書の実施

例1〜26(甲1の2)を対比すると,本件明細書の実施例における初期

放電容量109〜122mAh/gを大きく下回る94及び92mAh/g

となっている。また,高温保存容量維持率は,本件明細書の実施例が71

〜89%であるのに対し,被告の実験結果では20.1%及び36.8%

という不自然に低い値になっている。

一方,ホウ素を含む試料B4及び試料B6についての被告の実験結果の

数値を,被告が出願人となって登録されたスピネル型リチウム・マンガン

複合酸化物の特許(特許第5199522号。乙24。その生産物は,マ

ンガンの一部がホウ素により置換されるほかは本件特許を実施することに

より得られる生産物と概ね一致すると解してよいものである。)の明細書

に記載された実施例1〜11における初期放電容量及び高温保存容量維持

率と比較すると,特に高温保存容量維持率(59.4%及び56.1%)

が上記特許の実施例の数値(88〜97%)を大きく下回る不自然なもの

となっている。

このような差異が生じた原因は明らかではないが,被告により行われた

実験の条件や過程に看過し得ない疑問を投げ掛けるものであって,上記実

験結果を根拠として,上記(3)に認定したところ以上に,ホウ酸添加工

を伴う製造方法により製造されたスピネル型マンガン酸リチウムがこれを

伴わない方法により製造されたものよりも高品質のものであり,顧客の購

入動機に大きく寄与しているという事実を認めることはできないものとい

わざるを得ない。





したがって,被告の上記Bの主張も採用することができない。

6 結論

よって,主文のとおり判決する。なお,主文第1項ないし第3項の請求に

ついて仮執行宣言を付するのは相当でないから,これを付さないこととする。

東京地方裁判所民事第46部



裁判長裁判官 長 谷 川 浩 二




裁判官 清 野 正 彦




裁判官 植 田 裕 紀 久





(別紙)

被 告 方 法 目 録



電解二酸化マンガン(電析した二酸化マンガンをナトリウム化合物で中和し、

pHを2以上とすると共にナトリウムの含有量を0.12ないし1重量%とし

たもの)に、リチウム原料と、上記マンガンの3ないし10モル%がアルミニ

ウムで置換されるようにアルミニウム化合物とを加えて混合し、750℃以上

の温度で焼成して、スピネル型マンガン酸リチウムを製造する方法。





(別紙)

物 件 目 録



被告方法目録記載の方法で生産したリチウムイオン二次電池用スピネル型マン

ガン酸リチウム(LMO=Lithium Manganese Oxide)。