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事件 平成 25年 (行ケ) 10221号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/05/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年5月28日判決言渡

平成25年(行ケ)第10221号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年5月14日

判 決



原 告 株式会社ピーアイ技術研究所



訴 訟 代 理 人 弁 理 士 谷 川 英 次 郎

本 田 文 乃



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 松 浦 新 司

新 居 田 知 生

中 島 庸 子

堀 内 仁 子



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2012−6532号事件について平成25年6月13日にした審

決を取り消す



第2 事案の概要




本件は,特許出願に対する拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟

である。争点は,進歩性判断の当否である。

1 特許庁における手続の経緯

原告及び住友電気工業株式会社は,平成17年5月24日,発明の名称を「印刷

用ブロック共重合ポリイミドインク組成物」とする国際特許出願をした(特願20

06−513878号,パリ条約に基づく優先権主張,平成16年5月27日。甲

3)が,平成24年1月10日,拒絶査定を受け(甲6),同年4月10日,審判請

求をするとともに手続補正(本件補正)をした(甲7)。

特許庁は,平成25年6月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審

決をし,同年7月3日に原告に送達された。

原告は,平成25年7月29日,住友電気工業から本願特許を受ける権利共有

持分)を譲り受け,同月30日に特許庁に出願人名義変更届を提出した(甲1)。

2 本願発明の要旨

本願発明(請求項1記載の発明。本件補正前後で変わらない(甲3,8)。)の

要旨は,以下のとおりである。

【請求項1】

「安息香酸エステル系とグライム系溶媒を含有してなる混合溶媒及び該溶媒に可

溶なポリイミドよりなり,該ポリイミドは塩基触媒又はラクトン類若しくは酸性化

合物と塩基からなる混合触媒の存在下で,テトラカルボン酸二無水物成分と分子骨

格中にシロキサン結合を有するジアミン成分とを重縮合したポリイミドオリゴマー

に,テトラカルボン酸二無水物成分及び/又は分子骨格中にシロキサン結合を有し

ないジアミン成分とを重縮合して得られ,全ジアミン成分に対してシロキサン結合

を有するジアミン成分が15〜85重量%であることを特徴とする印刷用ポリイミ

ドインク組成物。」

3 審決の理由の要点(争点と関係が薄い部分はフォントを小さく表記する。)

(1) 引用例(国際公開2003/060010号。甲2)記載の発明(引用発




明)の認定
引用例における,請求の範囲1〜3,7,13の記載,7頁12行〜8頁13行の記載,8

頁20行〜9頁1行の記載,9頁18行〜26行の記載,10頁7行〜11行の記載,12頁

15行〜22行参照,実施例3−11の記載(26頁1行〜28行)から,
「3,3',4,4'

−ビフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物とジアミノシロキサンを,安息香酸エチルと

γ−ブチロラクトンからなる溶媒中で,触媒としての γ−バレロラクトンとピリジンの存在下

に加熱し反応させてポリイミドのオリゴマーを作製し,さらにm−DADEと3,3'−ジアミ

ノ−4,4'ジヒドロキシジフェニルスルホンを反応させることによって得たポリイミドワニス

に,無機フィラーと光酸発生剤を添加してなるポジ型感光性ポリイミドインキ」が引用発明と

して記載されていると認められる。

(2) 本願発明と引用発明との対比
(一致点)

「安息香酸エステル系を含有してなる混合溶媒及び該溶媒に可溶なポリイミドよりなり,該

ポリイミドはラクトン類と塩基からなる混合触媒の存在下で,テトラカルボン酸二無水物成分

と分子骨格中にシロキサン結合を有するジアミン成分とを重縮合したポリイミドオリゴマーに,

テトラカルボン酸二無水物成分及び/又は分子骨格中にシロキサン結合を有しないジアミン成

分を重縮合して得られることを特徴とする印刷用ポリイミドインク組成物」である点

(相違点A)

本願発明においては,溶媒が「安息香酸エステル系とグライム系溶媒を含有して

なる混合溶媒」であるのに対し,引用発明においては,
「安息香酸エチルとγ−ブチ

ロラクトンからなる溶媒」である点
(相違点B)

本願発明においては,ポリイミドが「全ジアミン成分に対してシロキサン結合を有するジア

ミン成分が15〜85重量%である」のに対し,引用発明では,全ジアミン成分に対するシロ

キサン結合を有するジアミン成分については特定されていない点

(3) 相違点についての検討




(相違点A)

引用例には,溶媒がケトン,エーテル,エステルから選ばれる少なくとも一種か

らなるものであることが記載され,選択できる「エーテル」としては,ジエチレン

グリコール,ジエチレングリコールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジ

メチルエーテル,ジエチレングリコールジエチルエーテル,ジエチレングリコール

ジブチルエーテルなどの「グライム系溶媒」も例示されており,特にジエチレング

リコールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジメチルエーテルなどは汎用

溶剤であり好ましい旨の記載もある。これらの溶媒は,単独,もしくは混合して使

用することができ,混合によって溶解度を調整することができること,塗布,乾燥

工程ではポリイミド樹脂組成物が安定して使用できるため混合溶剤の方が好ましい

ことなども記載されている。

引用例のこれらの記載からすれば,引用発明において,好ましいとされている混

合溶剤を用いることを前提として,更に溶解性や印刷性を考慮して,例示された溶

媒を適宜組み合わせることは,当業者であれば容易になし得ることであると認めら

れる。

そして,本願明細書(甲3,7,8)に記載された合成例4及び5は,安息香酸

エチルと γBL(γ−ブチロラクトンと解される。)の混合溶媒を用いてポリイミ

ドを製造しているが(段落【0034】【0035】,合成例4,5のワニスを使
, )

用して製造した実施例7〜11の印刷用ポリイミドインクが,合成例1〜3の安息

香酸エチルとトリグライムの混合溶媒を用いて製造した印刷用ポリイミドインク

実施例1〜6,12〜14)に比して,すべての評価項目において劣っていると

はいえず,安息香酸エステルと組み合わせる溶媒を γ−ブチロラクトンからグライ

ム系溶媒に変更することで格別の効果を奏するものとはいえない。

以上のとおり,上記相違点Aに挙げられた本願発明の発明特定事項を採用するこ

とは当業者が容易になし得たことであり,それによって格別予想外の作用効果を奏

しているとも認められない。




(相違点B)

引用発明において,分子骨格中にシロキサン結合を有するジアミン成分(ジアミノシロキサ

ン)と,分子骨格中にシロキサン結合を有しないジアミン成分(m−DADEと3,3'−ジア

ミノ−4,4'ジヒドロキシジフェニルスルホン)のモル比は1:1となっており,「全ジアミ

ン成分に対してシロキサン結合を有するジアミン成分が15〜85重量%である」であること

は明らかであるから,相違点Bは実質的な相違点ではない。

(4) 原告の主張に対する判断

ア 原告は,平成23年3月27日付け実験成績証明書(以下「実験成績証
明書1」という。甲5)を提出し,本願発明で規定される混合溶媒を用いた場合は,

引用例の実施例で具体的に記載されている混合溶媒を用いた場合に比べて遙かに優

れた印刷性能が得られ,これは当業者が予期しない顕著な効果であって,進歩性

有する旨主張する。

しかしながら,実験成績証明書1中の「実施例A」
(判決注:安息香酸エチルとト

リグライムを40:60(w/w)の割合で混合した溶媒を用いた場合)は,引用

発明の溶媒の組合せに相当する「比較例A」
(判決注:安息香酸エチルとγ−ブチロ

ラクトンを70:30(w/w)の割合で混合した溶媒を用いた場合)に比べて「版

乾き性」
「連続印刷性」
「ニジミ又はタレ不良」
「かすれ不良」において効果を奏して

いるものの,一方で,本願発明で規定される混合溶媒を用い,上記「実施例A」と

同様にフィラーを含んでいない本願発明に係る「実施例1」
(判決注:安息香酸エチ

ルとトリグライムを50:50(w/w)の割合で混合した溶媒を用いた場合)に

おいては,
「ニジミ又はダレ不良」が発生しており,両者に整合性がないことが見て

取れる。また,連続印刷性について実験成績証明書1ではどのような評価手法を採

用したのか明確ではないが,本願明細書に記載された「実施例1」では,連続ショ

ット回数90ショットにおいて,既に「パターン形状が若干変形であった」との評

価がされているのに対し,実験成績証明書1の「実施例A」では,500回の連続

印刷においても問題がないものとされている(連続印刷性における◎の意味は記載




されていない。)ことから,やはり両者に整合性はない。

このことは,実験成績証明書1で示された効果が本願明細書に基づかない新たな

効果であるか,又は,本願発明で規定される混合溶媒を用いた場合すべてにおいて

当業者が予期しない顕著な効果を奏するものではないことを示すものと解され,こ

の実験成績証明書1の結果は,本願発明の効果を示すものとして採用できない。

イ また,原告は,本願実施例と実験成績証明書1の結果の矛盾は,実験し

た組成物がフィラー(難燃剤)を含むか否かによりもたらされた相違であり,本願

発明で規定された混合溶媒を使用することにより,フィラーを添加しなくても優れ

た印刷性能を得ることができるという顕著な効果が奏されるとも主張する。

しかしながら,本願明細書において,フィラーを添加しない「実施例1」では,

実験成績証明書1における「実施例A」と異なり,
「ニジミ又はタレ不良」が発生し

ていることから,
「フィラーを添加しない場合には,本願発明の混合溶媒を用いるこ

とにより顕著な効果が奏される」との主張は,本願明細書の記載に基づかないもの

である。また,本願明細書において,フィラーを添加した実施例2〜6(判決注:

いずれも安息香酸エチルとトリグライムの混合溶媒を用いた例)では,
「ニジミ又は

ダレ不良」は解消されているが,実施例6を除き「かすれ不良」が発生し,
「ローリ

ング性」についても必ずしも良好な結果が得られていない。このことは,本願発明

の混合溶媒を用いた場合は,フィラーを添加しても印刷性の評価は必ずしも良好な

結果は得られないといえる。そうすると,実施例7〜11(判決注:いずれも安息

香酸エチルとγ−ブチロラクトンの混合溶媒を用いた場合)において,
「良好な結果

が得られているのは,添加剤としてフィラーを添加しているから」との主張は首肯

できない。そもそも,本願発明(請求項1)において,「フィラーを添加したもの」

を除外しているわけではないことから(逆に,請求項6〜9ではフィラーについて

特定している。,フィラーを添加しない場合の効果をもって,本願発明における顕


著な効果とすることは,請求項の記載に基づくものではなく,妥当ではない。

ウ さらに,原告は,実際の商業利用において大量の印刷を行うことを前提




として,本願発明で規定される混合溶媒を用いた場合には,該混合溶媒を用いずに

フィラーを添加したインクと比較して,インクに濁りが発生せず,印刷中に乾きが

発生しないため連続印刷性が優れるという顕著な効果が奏される,すなわち,実験

室内の実験では効果に差がほとんど出なくても,実際の商業利用においては明らか

な差が出るなどと主張する。

しかしながら,本願明細書の「連続印刷性」について評価した段落【0044】,

【0045】の記載においては,本願発明に係る実施例である(グライム系溶媒を

含む)実施例1〜6,12〜14と,本願発明外である(グライム系溶媒を含まな

い)実施例7〜11との間にあまり差は見られず,むしろ連続ショット回数100

ショットにおいては,グライム系溶媒を含まない方がやや優れることから,両者は

同等の「連続印刷性」を有しているといえる。原告の主張は,この本願明細書に記

載された結果とは異っており,これに基づくものとはいえず,採用できない。

エ なお,原告は,平成25年6月10日付け実験成績証明書(以下「実験

成績証明書2」という。甲10)を提出しているが,本願明細書には記載されてい

ない効果について立証するものであり,本願出願後における知見に基づくものと解

されるので,採用できない。



第3 原告主張の審決取消事由(進歩性の判断誤り)

引用発明の認定の誤り及びそれに伴う相違点Aの認定の誤り

審決に記載されている引用例の摘示事項には,省略を示す表記が複数記載されて

いる。このような省略記号を交えて引用例の摘示を行うことは,本願発明の進歩性

と無関係な記述であれば問題ないものの,本願発明の進歩性の有無に影響がある可

能性のある部分を省略するのは公正ではない。審決は,本願発明を把握した上で,

本願発明の進歩性を否定するのに好都合な部分のみを摘示し,本願発明の進歩性

肯定するのに資する部分は,記載を省略するか,全く摘示しておらず,相当ではな

い。




本願発明と引用発明の相違点の認定に当たっては,引用例に記載されている34

種類の溶媒のうち大部分の31種類がエステル溶媒で本願発明の範囲外である(し

たがって,その組合せは,大部分が本願発明の範囲外となる。)点,及び,引用例に

は23個の実施例のうち,実施例3−11のみが安息香酸エステル系溶媒を使用し

たもので,他の22個の実施例は安息香酸エステル系溶媒を使用しておらず,グラ

イム系溶媒が実施例において具体的に記載されていない点も認定されるべきである。

選択発明の進歩性は,選択の困難性にほかならず,候補の数が違えば選択の困難性

は自ずと異なる。

よって,相違点Aは,
「本願発明においては溶媒が「安息香酸エステル系とグライ

ム系溶媒を含有してなる混合溶媒」であるのに対し,引用例には多数のケトン,エ

ステル及びエーテルが記載され,これらのうち,本願発明で規定される安息香酸エ

ステル系溶媒とグライム系溶媒の混合物は記載されていないのみならず,エステル

について,記載されているものはほとんどが安息香酸エステル以外のエステルであ

り,エーテルについても記載されているものはほとんどがグライム系溶媒ではなく,

かつ,実施例で安息香酸系エステルを用いているものは23例中1例のみであり,

グライム系溶媒を用いている例は,23例中皆無である点」と認定されるべきであ

る。

なお,原告は,審決中の引用例の摘示が妥当でないことのみをもって審決が取り

消されるべきと主張するのではなく,誤った引用例の認定によって誤った進歩性

判断となっていることを主張するものである。

2 相違点Aの判断の誤り

(1) 組合せの可否

引用例には,多数の溶媒が記載されており,その大部分は,本願発明の範囲外の

ものである。したがって,それらの中から2種類の溶媒を組み合わせて混合溶媒と

する場合には,混合溶媒が本願発明の範囲外となる確率は更に大幅に高くなるので

あって,選択には困難を伴う。特にグライム系溶媒については,実施例で具体的に




記載されているものは皆無である。引用例の実施例23例中,20例は,引用例に

好ましいケトン溶媒として例示されているγ−ブチロラクトン又はシクロヘキサノ

ンを溶媒とするものであり,引用例を読んだ当業者であれば,溶媒としては,これ

らのケトン溶媒を採用するはずである。実施例3−11は,溶媒として安息香酸エ

チルを含むものを採用しているが,安息香酸エステルを含む実施例はこの1例のみ

であり,かつ,実施例3−11が他の実施例と比較して特に優れた効果を発揮する

ものでもないことから,本願発明を知らない当業者が実施例3−11を採用し,か

つ,好ましいケトン溶媒として明記されているγ−ブチロラクトンを,効果が具体

的に記載されていないグライム系溶媒に変更することは容易ではない。これが容易

であるとするのは,本願発明を知った上での後知恵にすぎない。

実際の本願発明に到達した経緯は,次のとおりである。まず,本願発明者は,引

用例の「請求の範囲」に記載された発明では,商業レベルの連続印刷を行うと,連

続印刷性が満足できないという問題点を認識し,これを解決するために,溶媒に着

目し,特定のポリイミドとの相溶性と連続印刷性のための吸湿性対策を同時に満足

させる観点から試行錯誤した結果,安息香酸エステル系溶媒が候補となった。安息

香酸エステル系溶媒ではまだ充分でない連続印刷性を改良するために低蒸気圧溶媒

の混合を想起し,試行錯誤の結果,グライム系溶媒を混合することとなった。安息

香酸エステル系溶媒とグライム系溶媒の混合溶媒は,連続印刷性のみならず,ポリ

イミド重合時の溶解性も満足できることが確認され,本願発明が完成した。このよ

うに,本願発明の発明には種々の困難を伴っている。

よって,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではな

い。

なお,引用発明の目的は,引用例に記載されたとおり,白化現象を引き起こすこ

とのないポリイミドインク組成物を提供することであるのに対し,本願発明の目的

は,明細書に記載されたとおり,印刷性,連続印刷性等に優れたポリイミドインク

組成物を提供することにあり,両者の目的は異なる。




(2) 顕著な効果

本願発明が,引用例の実施例3−11で採用されている安息香酸エチルとγ−ブ

チロラクトンの混合溶媒よりも優れた効果を発揮することは,実験成績証明書1(甲

5)の比較例A(安息香酸エチルとγ−ブチロラクトンの混合溶媒を使用した場合)

実施例A(安息香酸エチルとトリグライムの混合溶媒を使用した場合)との比較,

並びに実験成績証明書2(甲10)の比較例A(安息香酸エステル系のBAEEと

GBL(γ−ブチロラクトン)の混合溶媒を使用した場合)と実施例A(安息香酸

エステル系のBAEEとトリグライムの混合溶媒を使用した場合)及びA'(実施

Aと同様の混合溶媒を使用した場合)との比較により実験的に証明されている。ま

た,引用例の実施例23例中18例で採用されている γ−ブチロラクトン単独より

も優れた効果を発揮することは,実験成績証明書2の比較例B2(γ−ブチロラク

トンのみを溶媒として使用した場合)と実施例A及びA'との比較により実験的に証

明されている。

審決は,実験成績証明書1の実施例Aと本願明細書記載の実施例1とが整合性が

ないと述べるが,本願発明の最大の特徴である混合溶媒の効果を明瞭にする目的で,

実験成績証明書1及び2では,性能に影響する可能性があるフィラーや着色剤を添

加せずに実験を行っているため,また,実験成績証明書1,2の実施例Aと本願明

細書の実施例1では使用するポリイミドが異なっているため,異なる結果となって

いるのであって,実験データの信憑性に問題があるわけではない。

また,審決は,本願発明の請求項1において「フィラーを添加したもの」を除外

しているわけではないから,フィラーを添加しない場合の効果をもって,請求項1

に係る発明における顕著な効果とすることは,請求項の記載に基づくものではない

と述べる。しかしながら,フィラーがなくても優れた効果を発揮できるのであれば,

請求項の範囲としてはフィラーの使用を排除していないとしても,フィラーを省略

することが可能となるから,有利な効果であるといえる。

なお,合成中の濁りについては,本願明細書中に記載はない。ただし,実験成績




証明書2に記載された効果が発揮されることは事実であり,安息香酸エステル系溶

媒とグライム系溶媒の混合溶媒を用いるという構成は,出願当初の請求項1に記載

された必須の構成であり,この構成によって上記のような効果がもたらされている。

また,審決は,10000回のショットを行った実験成績証明書2の効果につき,

「本願明細書の実施例で評価した連続ショット回数100ショットを大幅に超える

10000回の連続印刷性の結果であり,明らかに本願明細書において予定されて

いない効果である」と述べる。しかしながら,発明は産業上の利用を想定している

ものである。商業印刷において,ショット数が100回で足りるはずはなく,より

多くの回数を想定していることは当業者にとって明らかである。本願明細書は,出

願を急ぐために,100回の実験データしか添付せずに提出されたが,ショット数

を100回から10000回に増やしたことをもって,明らかに本願明細書におい


て予定されていない効果」と認定することは妥当ではない。

実験成績証明書を提出することにより,新規性又は進歩性の欠如や,記載不備を

理由とする拒絶理由を克服することは,化学分野の発明に係る特許出願においてし

ばしば行われていることである。実験成績証明書に記載されている実験データは出

願当初の明細書には記載されていないものであり,実験成績証明書により立証され

る具体的効果は,常に出願当初の明細書に記載されていない新たな効果であるが,

かかる具体的効果を包含する一般的効果について,出願当初の明細書に記載されて

いれば,斟酌されてよい。本件の実験成績証明書1,2で示されているものは,ニ

ジミ又はタレ不良,かすれ不良,版乾き性及び連続印刷性等であり,本願発明がこ

の点で優れていることは当初の明細書に記載されているから,実験成績証明書1,

2に記載された効果を本願発明の進歩性を肯定する顕著な効果として斟酌すること

ができる。



第4 被告の反論

引用発明の認定の誤り及びそれに伴う相違点Aの認定の誤りという原告の主




張に対し

審決において,引用例中の記載を摘示しているのは,引用例に記載された発明を

認定するために必要かつ十分な記載事項を明示することにより,引用発明の的確性

を客観的に明確にするためにすぎない。引用発明が適切に認定される限り,摘示事

項の記載自体は,審決として必須のことではなく,例えば,引用例に実際には記載

がないにもかかわらず,摘示事項として審決に記載している場合や,引用発明の認

定に必要な記載事項を摘示していない場合など,引用例の誤った摘示によって引用

発明の認定を誤った場合に,初めて「引用発明の認定の誤り」として審決の違法性

が顕在化するにすぎない。しかも,審決が引用発明を認定したのは,主に実施例3

−11からであるが,この摘示には,一部省略した記載はなく,引用例の記載を摘

示した部分から審決が認定した引用発明は,適切である。さらに,審決が摘示を一

部省略した引用例の記載は,引用発明の認定にも進歩性の判断にも直接影響を与え

るものではない。したがって,摘示に一部省略があることのみをもって,審決が違

法であると判断されるべきものではない。

「刊行物に記載された発明」とは,本件特許出願当時の技術水準を基礎として,

当業者がその刊行物を見たときに,本願の特許請求の範囲の記載により特定される

発明の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想実施し得る程度に開

示された技術的思想の内容を意味するものであり,審決では,そのような発明とし

て引用発明を認定した上で,本願発明と引用発明を対比し,相違点Aとして,
「本願

発明においては溶媒が「安息香酸エステル系とグライム系溶媒を含有してなる混合

溶媒」であるのに対し,引用例発明においては「安息香酸エチルとγ−ブチロラク

トンから成る溶媒」である点」と認定しており,この相違点Aの認定に誤りはない。

原告が主張する相違点Aは,原告の認定する引用発明との関係で認定したもので

あると解されるところ,そのような認定をすること自体を否定するものではないが,

審決において,本願発明の内容との対比に必要な限度において引用発明を認定して

おり,その引用発明の認定に瑕疵はなく,さらに,審決が認定したとおりの引用発




明に基づいて本願発明と対比した上で,相違点Aを認定しているのであるから,審

決における相違点Aの認定にも誤りはない。したがって,この点において審決を取

り消すべき瑕疵は存しない。

2 相違点Aの判断の誤りとする原告の主張に対し

(1) 組合せの可否について

引用例には,多数の溶媒が記載されており,その大部分は,本願発明の範囲外の

ものであることは認める。しかしながら,引用例に記載された多数の溶媒中に,ジ

エチレングリコールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジメチルエーテル,

ジエチレングリコールジエチルエーテル,ジエチレングリコールジブチルエーテル

のグライム系溶媒及び安息香酸メチル,安息香酸エチル,安息香酸プロピルの安息

香酸エステル系溶媒が含まれている。そして,これらの溶媒は,単独又は混合して

使用することができることも記載されている。しかも,引用例には,溶媒の「混合

によって溶解度を調整することができる」こと,すなわち,混合溶媒を使用する目

的が記載されており,さらに「特に,塗布,乾燥工程では混合溶剤の方法がポリイ

ミド樹脂組成物が安定して使用できるため,好ましい」というように混合溶媒の優

位性が示されている。実施例3−11では,実際に混合溶媒が使用されていること

からみて,引用例に記載された溶媒を混合して使用することは,引用例の記載の範

囲内の事項である。引用例に開示された溶媒の中から,引用例の記載に従い単独で

又は混合して使用することは,当業者の通常の創作能力の発揮であり,特定の溶媒

の混合により有利な効果を奏するというのであれば格別,本願明細書の記載から有

利な効果は見出せないのであるから,本願発明は引用発明に対し進歩性はない。

なお,原告は,
「特にグライム系溶媒については,実施例で具体的に記載されてい

るものは皆無である。」と主張しているが,引用例には,「トリエチレングリコール

ジメチルエーテルは汎用溶剤であり好ましい」と記載されており,トリグライムは

好ましい溶媒として着目している溶媒の一つであり,引用例に実質的に記載されて

いる溶媒といえる。また,ポリイミドの溶媒としてグライム系溶媒を含む種々の溶




媒を例示し,実際にグライム系溶媒を使用してポリイミド溶液を製造したことを記

載した文献が多数存在し(乙1〜6) ポリイミド用溶媒としてグライム系溶媒を含


む混合溶媒を用いることもよく知られていた(乙7,8)。しかも,安息香酸エステ

ルをポリイミドの溶媒として使用することを記載した文献(乙9)があるように,

ポリイミド用溶媒として安息香酸エステルはよく使用されるものである。

そうすると,引用例に実質的に記載された溶媒の種々の組合せからなる混合溶媒

を使用してみる程度のことは,当業者が容易になし得ることであり,そのような種々

の組合せの中には,本願発明で使用する「安息香酸エステル系とグライム系溶媒と

の混合溶媒」も含まれる。つまり,本願発明における「安息香酸エステル系とグラ

イム系溶媒」の組合せも,引用発明における「安息香酸エチルとγ−ブチロラクト

ン」の組合せも,引用例に記載されている混合溶媒の一態様にすぎない。

したがって,引用発明の「安息香酸エチルとγ−ブチロラクトンからなる溶媒」

を,他の混合溶媒である「安息香酸エステル系とグライム系溶媒との混合溶媒」に

換えることは,当業者が容易になし得るといえる。

なお,本願明細書には,本願発明の課題は,印刷性,連続印刷性等に優れたポリ

イミドインク組成物を提供することであると記載されているが,実施例及び比較例

をみても,課題解決に差は認められない。一方,引用発明の課題は,白化現象を引

き起こすことのないポリイミドインク組成物を提供することにあるが,白化現象が

印刷性や連続印刷性にも影響を与えることは知られていたのであって,引用発明の

課題には印刷性や連続印刷性の問題も含まれているといえる。そして,引用発明は,

この課題をN−メチルピロドリン(NMP)やN,N−ジメチルホルムアミド(D

MF)を使用せずに,ケトン,エーテル,エステルから選ばれる溶媒を使用するこ

とで解決した。そして,本願発明も,NMPやDMFを使用しないので,本願発明

も引用発明の課題である白化現象は解決されている。すなわち,本願発明は引用発

明を前提とするものである。

(2) 顕著な効果




本願明細書には,合成例1〜3として,本願発明の範囲内である安息香酸エチル

とトリグライムとの混合溶媒を用いたポリイミドワニス,合成例4及び5として,

本願発明の範囲外である安息香酸エチルとγBL(γ−ブチロラクトンと解され

る。)との混合溶媒を用いたポリイミドワニスが記載されている。表3には,合成例

1〜3のワニスを用いたポリイミドインクとして実施例1〜6及び12〜14が,

また合成例4及び5のワニスを使用したポリイミドインクとして実施例7〜11が

記載されているが,表4の「難燃性」,表5の「印刷性」及び表6の「連続印刷性」

のいずれの評価をみても,本願発明の範囲内の混合溶媒を用いた実施例1〜6及び

12〜14における各項目が,本願発明の範囲外の混合溶媒を用いた実施例7〜1

1に比して優れているということはできない。そうすると,安息香酸エステル系と

グライム系溶媒を含有してなる混合溶媒を使用することにより格別な効果を奏する

ものではない。

実験成績証明書1は,本願発明の効果を評価するに足りるものではない。本願明

細書には,着色剤は「印刷法でパターン形成後の位置ズレ,ごみ,ニジミ,染み込

みなどの検査を目的として」 すなわち,
, 印刷性の評価のために添加するものである

ことが記載されている(段落【0028】。そうすると,着色剤が印刷性の評価に


影響を与えるものであってはならないことは当然である。また,ポリイミドの違い

により印刷性や連続印刷性が大きく異なるのであれば,実験成績証明書1で示した

効果は必ずしも本願発明の効果ではなく,その一部のみで奏される効果を示したに

すぎないことになる。審決は,実験データの信憑性」
「 を問題にしているのではなく,

実験成績証明書における実験データから把握される効果は,本願出願時には認識し

ていなかった効果であるか,又は,必ずしも本願発明全体において奏する効果では

ないということを問題としているであり,いずれであっても進歩性追認するため

の有利な効果として参酌することはできないものである。

また,本願明細書には,
「本発明の印刷用ポリイミドインク組成物は,印刷を行っ

た際にダレやにじみが小さく,かつスクリーンのべたつきが小さいという特徴を有




するが,より優れたチクソトロピー性を与えるために,公知のフィラーやチクソト

ロピー性付与剤を添加して用いることも可能である。(段落【0027】
」 )と記載さ

れているように,フィラーは印刷性の向上のために添加されることが明らかである。

このことは,実施例1(フィラーなし)と実施例2及び12(フィラーあり)との

対比(表5及び6)からも見て取れる。そうすると,実際の商業利用において大量

の印刷を行った場合には,本願発明で規定される混合溶媒を用いると,該混合溶媒

を用いずにフィラーを添加したインクと比較して,フィラーを添加しないときには,

インクに濁りが発生せず,印刷中に渇きが発生しないため連続印刷性が優れるとい

う顕著な効果が奏される(甲9)のであれば,本願発明にフィラーを含まないこと

を特定しておくことが必要である。それにもかかわらず,本願発明はフィラーを含

まないことについて特定しておらず,逆に請求項6〜9ではフィラーを含むことを

特定しているのであるから,審決が,
「フィラーを添加しない場合の効果をもって,

請求項1に係る発明における顕著な効果とすることは,請求項の記載に基づくもの

ではなく,妥当ではない。」と判断したことに誤りはない。そして,実験室レベル

で得られる結果(効果)をもって本願を出願したにもかかわらず,実験室レベルと

実際の商業利用とではその効果が異なるというのであれば,その実際の商業利用の

効果は,本願出願後に認識し得た本願明細書の記載を超えるものといわざるを得ず,

今になって実際の商業利用においては明らかな差が出るという内容の証明書が提出

されたとしても採用できない。

実験成績証明書2で問題にしている「合成中の濁り」について本願明細書に記載

がないことは原告も認めるとおりであって,当該効果が事実であったとしても,本

願出願時には認識していなかったものと解されることから,本願明細書の記載に基


づくものではない」と判断した審決に誤りはない。そして,本願発明は,具体的に

連続印刷回数につき「100回以上」
【段落0014】との基準を設定し,実際に実

施例で100回までの連続印刷性を評価することによりその効果を確認しているの

であるから(段落【0044】及び表6)「商業印刷において,ショット数が10





0回で足りるはずはなく」と原告が主張することは,本願明細書の記載に沿うもの

ではない。しかも,本願明細書の実施例1(本願発明の範囲内のものである。 では,


90回の連続印刷において既に「パターン形状が若干変形」であったとしている(表

6)のに対し,実験成績証明書2における実施例A及びA'では,10000回の連

続印刷性においても「◎」とされており(ただし,
「◎」の意味するところは不明で

ある。,仮に,この「◎」が審理再開申立書(甲10)でいう「10000回の連


続印刷後においても優れた印刷性能を発揮する」という意味であれば,90回の連

続印刷後で「パターン形状が若干変形」しているものが,10000回の連続印刷

後に「良好なパターン形状」となるはずがなく,両者の試験結果が整合していない

ことは明らかである。したがって,実験成績証明書2の連続印刷性の試験結果につ

いて,審決が「明らかに本願明細書において予定されていない効果である」又は「明

細書に記載の内容を明らかに超えており,出願後に認識した効果を主張しているも

のと認められる」と判断した点に誤りはない。



第5 当裁判所の判断

1 前提事実

(1) 本願発明について

本願明細書(甲3,7,8)には,以下の記載がある。

「【技術分野】

【0001】

本発明は印刷用ポリイミドインク組成物に関する。さらに詳しくは,連続印刷性

が良好で,かつ220℃以下の低温乾燥が可能であり,乾燥した際に高寸法安定性,

耐熱性,可とう性,基材類との接着性,耐メッキ性に優れる皮膜を与えることがで

き,微細パターニングを一括形成膜できる印刷用ブロック共重合ポリイミドインク

組成物に関する。」

「【発明が解決しようとする課題】




【0012】

本発明の目的は,印刷性及び連続印刷性が良好で,かつ,220℃以下の低温乾

燥が可能であり,乾燥した際に高寸法安定性,耐熱性,低弾性,可とう性,低反り

性,耐薬品性,基材類との接着性,耐メッキ性に優れる皮膜を与えることができる

ポリイミドインク組成物を提供することである。本発明の他の目的は,200μm

以下の微細パターニングを一括形成膜できる高濃度樹脂を有する印刷用ポリイミド

インク組成物を提供することである。本発明のさらに他の目的は連続印刷性に優れ

た印刷用ポリイミドインク組成物を提供することである。」

「【課題を解決するための手段】

【0013】

前記目的を達成するため,本発明者等は鋭意研究し,安息香酸エステル系とグラ

イム系の混合有機溶媒とシロキサン結合を有する特定の製造法で得られたポリイミ

ドよりなる組成物が上記目的を達成することを見出し,本発明を完成した。」

「【発明の効果】

【0014】

本発明の印刷用ポリイミドインク組成物は,室温及び湿度が50%以下の環境で

メッシュ又はメタルマスクを用いて印刷しても,基板の表面上ににじみが無く,ま

た200μm以下の抜き開口パターンの形成を,100回以上連続的に印刷塗布可

能である。また,印刷用ポリイミドインク組成物の固形分が30〜50%と多い。

さらに,イミド化するための高温処理(240〜350℃)が必要ないため,22

0℃以下の低温で乾燥が可能であり,乾燥前後の寸法変化が少ない。インク組成物

には,テトラカルボン酸二無水物成分が既に含まれるため,フリーなカルボキシル

基が含まれていない。そのため,回路材料とカルボキシル基との反応が生じないた

め,配線材料の表面での酸化が発生せず,強い密着性を得ることができる。得られ

る保護膜又は接着層は,低弾性率及び高伸びであり,寸法安定性,機械的特性,可

とう性,耐熱性,高絶縁性,基材類への密着性に優れる。また,着色剤として,ハ




ロゲンフリーである有機顔料フタロシアニンをポリイミド樹脂の固形分に対して2

〜10%用いることにより,樹脂の色が透明なことによる検査工程等での不便な点

を解決できる。さらに,絶縁性無機フィラー,水和金属化合物(水酸化マグネシウ

ム,水酸化アルミニウム,アルミン酸カルシウム,炭酸カルシウム),酸化アルミニ

ウム,二酸化チタン,リン化合物(赤燐,縮合型リン酸エステル,ホスファゼン化

合物)樹脂コートした無機フィラー又は樹脂フィラーを樹脂固形分に対して5〜1


0重量部を混入することにより,難燃性を向上させ且つ樹脂本来の特性を損ねたり

加工性を低下させたりすることなく,空隙や気泡がなく,塵やイオン性不純物も少

なく,信頼性に優れる均一な厚膜を生産性よく一括形成膜できる。」

「【実施例】・・・

【0031】

合成例1

ステンレススチール製の碇型攪拌器を取り付けた3リットルのセパラブル3つ口

フラスコに,水分分離トラップを備えた玉付冷却管を取り付ける。3,3’,4,4’

−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)882.67g(3000ミ

リモル),東レダウコーニング社製ジアミノシロキサン化合物BY16−853U

(アミノ基当量469)1876.00g(2000ミリモル),γ−バレロラクト

ン30.03(300ミリモル),ピリジン47.46g(600ミリモル),トリ

グライム1200g,安息香酸エチル1200g,トルエン400gを仕込む。室

温,窒素雰囲気下,180rpmで30分攪拌した後,180℃に昇温して1時間

攪拌した。反応中,トルエン−水の共沸分を除いた。

ついで,室温に冷却し1,3−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン(APB)

146.17g(500ミリモル),m−ビス(4−アミノフェフェノキシ)ベンゼ

ン146.17g(500ミリモル),トリグライム598gを仕込み,安息香酸エ

チル598g,トルエン200gを加え,180℃,180rpmで攪拌しながら

5時間反応させた。還流物を系外に除くことにより45%濃度のポリイミド溶液を




得た。このようにして得られたポリイミドの分子量をゲルパーミエイションクロマ

トグラフィー(東ソー社製)により測定したところ,スチレン換算分子量は数平均

分子量(Mn)19,000,重量平均分子量(Mw)38,000,Z平均分子

量(Mz)51,000,Mw/Mn=1.9であった。このポリイミドを,メタ

ノールに注ぎ粉末にして熱分析した。ガラス転移温度(Tg)は,127.5℃,

分解開始温度は410.1℃であった。

【0032】

合成例2

ステンレススチール製の碇型攪拌器を取り付けた2リットルのセパラブル3つ口

フラスコに,水分分離トラップを備えた玉付冷却管を取り付ける。ビス−(3,4

−ジカルボキシフェニル)エーテルジ酸二無水物(ODPA)111.68g(3

60ミリモル)東レダウコーニング社製ジアミノシロキサン化合物BY16−85


3U(アミノ基当量459)165.24g(180ミリモル),γ−バレロラクト

ン4.33g(43ミリモル),ピリジン6.83g(86ミリモル),安息香酸エ

チル168g,トリグライム168g,トルエン60gを仕込む。室温,窒素雰囲

気下,180rpmで30分攪拌した後,180℃に昇温して1時間攪拌した。反

応中,トルエン−水の共沸分を除いた。

ついで,室温に冷却しビス−(3,4−ジカルボキシフェニル)エーテルジ酸二

無水物(ODPA)22.34g(72ミリモル),1,3−ビス(3−アミノフェ

ノキシ)ベンゼン(APB)63.15g(216ミリモル),1,3−ビス(4−

アミノフェフェノキシ)ベンゼン10.52g(36ミリモル),安息香酸エチル1

00g,トリグライム100g,トルエン30gを加え,180℃,180rpm

で攪拌しながら5時間反応させた。還流物を系外に除くことにより40%濃度のポ

リイミド溶液を得た。

このようにして得られたポリイミドの分子量をゲルパーミエイションクロマトグ

ラフィー(東ソー社製)により測定したところ,スチレン換算分子量は数平均分子




量(Mn)36,000,重量平均分子量(Mw)62,000,Z平均分子量(M

z)65,000,Mw/Mn=1.81であった。このポリイミドを,メタノー

ルに注ぎ粉末にして熱分析した。ガラス転移温度(Tg)は,153℃,分解開始

温度は402.7℃であった。

【0033】

合成例3

ODPA31.02g(100ミリモル),信越化学工業社製ジアミノシロキサン

化合物KF−8010(アミノ基当量415)93.00g(100ミリモル) 3,


3’−ジカルボキシ−4,4’−ジアミノジフェニルメタン14.31g(75ミ

リモル),γ−バレロラクトン3.75g(37.5ミリモル),ピリジン5.93

g(50ミリモル)安息香酸エチル120g,トリグライム120g,トルエン6

0gを仕込む。室温,窒素雰囲気下,180rpmで30分攪拌した後,180℃

に昇温して1時間攪拌した。反応中,トルエン−水の共沸分を除いた。

ついで,室温に冷却し3,3’,4,4’−ビフェニルスルホンテトラカルボン酸

ジ無水物(DSDA)71.66g(200ミリモル),2,2−ビス[4−(4−

アミノフェノキシ)フェニル]プロパン61.58(150ミリモル),安息香酸エ

チル75g,トリグライム75g,トルエン60gを加え,180℃,180rp

mで攪拌しながら5時間反応させた。還流物を系外に除くことにより40%濃度の

ポリイミド溶液を得た。また,その分子量,ガラス転移点及び熱分解開始温度を測

定した。

【0034】

合成例4

ODPA43.43g(140ミリモル),信越化学工業社製ジアミノシロキサン

化合物KF−8010(アミノ基当量415)130.20g(140ミリモル),

APB40.93g(140ミリモル),γ−バレロラクトン4.21g(42ミリ

モル),ピリジン6.64g(84ミリモル),安息香酸エチル155g,γBL1




55g,トルエン60gを用い,室温,窒素雰囲気下,180rpmで30分攪拌

した後,180℃に昇温して1時間攪拌した。反応中,トルエン−水の共沸分を除

いた。

ついで,室温に冷却しBTDA90.22g(280ミリモル) 2,
, 2−ビス(3

−アミノ−4−ヒドロキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン(Bis−AP−A

F)51.28g(140ミリモル),安息香酸エチル100g,γBL100g,

トルエン40gを加え,180℃,180rpmで攪拌しながら5時間反応させた。

還流物を系外に除くことにより40%濃度のポリイミド溶液を得た。また,その分

子量,ガラス転移点及び熱分解開始温度を測定した。

【0035】

合成例5

ODPA93.07g(300ミリモル),信越化学工業社製ジアミノシロキサン

化合物KF−8010(アミノ基当量415)139.50g(150ミリモル),

トルエン60g,γ−バレロラクトン6.01g(60ミリモル),ピリジン9.4

9g(120ミリモル),γBL126g,安息香酸エチル126g用い,合成例1

と同様の方法で一段目反応を行った。

ついで,室温に冷却しODPA23.27g(75ミリモル)(1,3−ビス(4


−アミノフェノキシ)ベンゼン)21.93g(75ミリモル),4,4’−ジアミ

ノジフェニルスルホン37.25g(150ミリモル),トルエン40g,安息香酸

エチル100g,γBL100gを用い,合成例1と同様の方法により40%濃度

のポリイミド溶液を得た。

【0036】

以上により得られたポリイミドの分子量,ガラス転移点及び熱分解開始温度等を

測定した。それらの結果を表1に示す。

また,合成例1〜5で合成したポリイミドワニスの基本特性である,カール性1),

線間絶縁性2),半田耐熱性3),難燃性4),基材類への密着性5)を測定し,夫々




の結果を表2に示す。

1)保護被覆配線部材(5×5cm)の反りの曲率半径

2)JIS-C5016による測定値

3)保護被覆配線部材(5×5cm)を観,フクレ等の検査

4)UL安全規格燃焼性試験方切りだし,25℃,50%RHで24hrs処理後,

260℃半田浴に浸漬し,外法に準じる

5)ポリイミドフィルムカプトン(EN)及び圧延銅箔BHY22BT((株)日鉱

マテリアルズ社性)に対する接着力(180°ピール)

【0037】

【表1】




【0038】

【表2】





【0039】

実施例1〜11

合成例1で合成したポリイミドワニスに,有機顔料フタロシアニンブルー粉末及

び必要なフィラーを表3の配合処方で添加した後,ノリタケ社製のNR−120A

セラミック三本ロールミルにて充分に混合して本発明の印刷用ポリイミドインクを

得た。

【0040】

【表3】




・・・

【0041】

評価例1

実施例2〜9について,難燃性を評価した。結果を表4に示す。

【表4】





【0042】

評価例2

(印刷性の評価)・・・結果を表5に示す。

【0043】

【表5】




・・・

【0044】




(連続印刷性連続印刷性)・・・

【0045】

【表6】




表5及び表6の結果からわかるように,本発明の印刷用ポリイミドインクは,パ

ターン形状及び連続印刷性に優れていた。またインクの粘度を印刷用に比べ低くし

たタイプでは,精密ディスペンス法により必要な部分を簡易に塗布することもでき

た。」

(2) 引用発明

引用例(甲2)には,以下の記載がある。

請求の範囲

1.ブロック共重合ポリイミド組成物において,テトラカルボン酸二無水物とジ

アミンから得られるブロック共重合体型ポリイミドを,ケトン,エーテル,エステ

ルから選ばれる少なくとも一種からなる溶媒中に溶解していることを特徴とするブ

ロック共重合ポリイミド組成物。(30頁1〜5行)


「本発明は,空気中の水分等の影響によって白化現象を引き起こすことがない,

溶剤に可溶なブロック共重合ポリイミド組成物を提供することを課題とするもので

ある。(2頁17〜19行)





「本発明は,ブロック共重合ポリイミド組成物において,テトラカルボン酸二無

水物とジアミンから得られるブロック共重合型ポリイミドを,ケトン,エーテル,

エステルから選ばれる少なくとも一種からなる溶媒中に溶解しているブロック共重

合ポリイミド組成物である。(2頁23〜26行)


「本発明は,ポリイミドをケトン,エーテル,エステルの少なくともいずれかを

溶媒とした組成物とすることによって,周囲から水分の影響を受けにくく,白化現

象等が生じにくく取り扱い易く,特性の優れたポリイミドフィルム等を形成するこ

とが可能であることを見出したものである。 (6頁5〜8行)


「ケトンは,ポリイミドの塗布工程,混合工程での作業がし易いこと,また,成

型後の溶媒が容易に除去されることが必要で,沸点が60℃以上,200℃以下で

あることが好ましい。

具体的には,ケトンとしては,メチルエチルケトン,メチルプロピルケトン,メ

チルイソプロピルケトン,メチルブチルケトン,メチルイソブチルケトン,メチル

n−ヘキシルケトン,ジエチルケトン,ジイソプロピルケトン,ジイソブチルケト

ン,シクロペンタノン,シクロヘキサノン,メチルシクロヘキサノン,アセチルア

セトン,ジアセトンアルコール,シクロヘキセン−1−オン,γ−ブチロラクトン,

γ−バレロラクトン,γ−カプロラクトン,γ−ヘプタラクトン,α−アセチル−

γ−ブチロラクトン,ε−カプロラクトンが挙げられる。

これらのなかでも,シクロヘキサノン,メチルエチルケトン,メチルイソブチル

ケトン,アセチルアセトン,ジアセトンアルコール,シクロヘキセン−1−オン,

γ−ブチロラクトンは汎用溶剤であり好ましい。

また,エーテルとしては,塗布工程や混合工程での作業がし易く,また,成型後

の溶媒が容易に除去されることか必要で,沸点が60℃以上,200℃以下である

ことが好ましい。

このようなエーテルとして,ジプロピルエーテル,ジイソプロピルエーテル,ジ

ブチルエーテル,テトラヒドロフラン,テトラヒドロピラン,エチルイソアミルエ




ーテル,エチル−t−ブチルエーテル,エチルベンジルエーテル,クレジルメチル

エーテル,アニソール,フェネトール,ジエチレングリコール,ジエチレングリコ

ールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジメチルエーテル,ジエチレング

リコールジエチルエーテル,ジエチレングリコールジブチルエーテルがが(判決注:

2つめの「が」は明らかに不要な誤記である。)挙げられる。

これらのなかでも,テトラヒドロフラン,アニソール,フェネトール,ジエチレ

ングリコールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジメチルエーテルはは(判

決注:2つめの「は」は明らかに不要な誤記である。)汎用溶剤であり好ましい。

また,溶媒として使用するエステルとしては,酢酸メチル,酢酸エチル,酢酸プ

ロピル,酢酸イソプロピル,酢酸ブチル,酢酸イソブチル,酢酸アミル,酢酸イソ

アミル,酢酸2−エチルヘキシル,酢酸シクロヘキシル,酢酸メチルシクロヘキシ

ル,酢酸ベンジル,アセト酢酸メチル,アセト酢酸エチル,プロピオン酸メチル,

プロピオン酸エチル,プロピオン酸ブチル,プロピオン酸ベンジル,酪酸メチル,

酪酸エチル,酪酸イソプロピル,酪酸ブチル,酪酸イソアミル,乳酸メチル,乳酸

エチル,乳酸ブチル,イソ吉草酸エチル,イソ吉草酸イソアミル,シュウ酸ジエチ

ル,シュウ酸ジブチル,安息香酸メチル,安息香酸エチル,安息香酸プロピル,サ

リチル酸メチルからなる群から選ばれる少なくとも一種を用いることができる。

また,ケトン,エーテル,エステルは,単独,もしくは混合して使用することが

でき,混合によって溶解度を調整することができる。混合比率は,ポリイミドの特

性,その用途等に応じて適宜決定することができる。

特に,塗布,乾燥工程では混合溶剤の方がポリイミド樹脂組成物が安定して使用

できるため,好ましい。(9頁2行〜10頁11行)


実施例3−11

3,3',4,4'−ビフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物(マナック社

製品,分子量,以下ODPAという)37.23g(120ミリモル),ジアミノシ

ロキサン(東レ・ダウコーニング・シリコーン製,製品番号By16−853U,




アミン当量:447)53.64g(60ミリモル)触媒として,γ−バレロラク

トン1.2g(12ミリモル)及びピリジン1.9g(24ミリモル),溶媒として

安息香酸エチル(以下BAEtとする)166g,γ−ブチロラクトン40g,脱

水助剤としてトルエン40gを仕込んだ。

まず25℃において窒素雰囲気下で100rpmで0.5時間撹拌し,油浴中で

180℃に昇温し,180rpmで1時間攪拌した。反応中,生成した水を除いた。

得られたイミドオリゴマーは,数平均分子量(Mn)=2,133,重量平均分

子量(Mw)=3,200,Mw/Mn=1.5であった。

一段階反応が終了後,25℃まで冷却し,m−DADE 6.01g(30ミリ

モル),3,3'−ジアミノ−4,4'ジヒドロキシジフェニルスルホン(小西化学製

分子量280.3 以下SO2−HOABという)8.41g(30ミリモル)さ

らに溶媒γ−ブチロラクトン30gとトルエン30gを仕込んだ。室温において1

00rpmで約1時間撹拌した後,浴を180℃まで昇温して180rpmで3時

間撹拌して反応させた。その間生成した水を除去した。

得られたポリイミド溶液のポリマー濃度は,30質量%であった,このポリイミ

ドの分子量をゲルパーミエーションクロマトグラフィ法(GPC)で測定したとこ

ろ,ポリスチレン換算分子量は,数平均分子量(Mn)=28,571,重量平均

分子量(Mw)=60,000,Mw/Mn=2.1であった。

次いで,得られたポリイミドワニスに,無機フィラーであるヒュームドシリカ(日

本アエロジル社製,R−200)をポリイミドの固形分に対して10質量%添加し

て,3本ロールにてよく混合した。その次,光酸発生剤として1,2−ナフトキノ

ン−2−ジアジド−5−スルホン酸エステル(東洋合成工業製NT200)を,ポ

リイミドの固形分に対して15質量%添加して,ポジ型感光性ポリイミドインキを

作製した。

得られたポジ型感光性ポリイミドインキを,温度24℃,相対湿度60%のクリ

ーンルーム内において,300メッシュのスクリーン印刷版を使用し,スキージ速




度が20mm/secで35μmの銅箔上に感光性ポリイミド膜を形成し,印刷後,

塗膜を10分位静置してレベリングを行った。その際,溶媒の吸湿によるポリイミ

ド膜表面の白化現象が見られなかった。

次いで,熱風循環乾燥機において90℃,40分間プリベークして,厚さが8μ

mの塗膜を得た。得られた塗膜を解像度測定用フォトマスクを介して紫外線で60

0mJ/cm2露光した。
3質量%水酸化ナトリウム水溶液を現像液として用いて,40℃で2.5分間現

像し,次いで純水でリンスした後,120℃,180℃,250℃の三段階で20
分間ずつ熱風循環式乾燥機を用いて乾燥した。レリーフパターンを走査電子顕微鏡

で確認したところ,良好なパターンであった。(26頁1行〜27頁11行)


引用発明の認定の誤り及びそれに伴う相違点Aの認定の誤りについて

(1) 引用発明の認定

ア 上記1(2)のとおり,引用例には,テトラカルボン酸二無水物とジアミン

から得られるブロック共重合型ポリイミドをケトン,エーテル,エステルから選ば

れる少なくとも一種からなる溶媒中に溶解してなるポリイミド組成物の発明が記載

され,用いることができるケトン,エーテル,エステルの具体例がそれぞれ多数列

挙されるとともに,実施例の一つとして,3,3',4,4'−ビフェニルエーテル

テトラカルボン酸二無水物とジアミノシロキサンを,安息香酸エチル及びγ−ブチ

ロラクトンの混合溶媒中で,γ−バレルラクトン及びピリジンを触媒として反応さ

せ,次いで,m−DADE及び3,3'−ジアミノ−4,4'ジヒドロキシジフェニ

ルスルホンを反応させることによってポリイミドワニスを得て,それを主成分とす

るポジ型感光性インキを作製したこと(実施例3−11)が記載されている。

したがって,審決が,実施例3−11に基づいて「3,3',4,4'−ビフェニ

ルエーテルテトラカルボン酸二無水物とジアミノシロキサンを,安息香酸エチルと

γ−ブチロラクトンからなる溶媒中で,触媒としてのγ−バレロラクトンとピリジ

ンの存在下に加熱し反応させてポリイミドのオリゴマーを作製し,さらにm−DA




DEと3,3'−ジアミノ−4,4'ジヒドロキシジフェニルスルホンを反応させる

ことによって得たポリイミドワニスに,無機フィラーと光酸発生剤を添加してなる

ポジ型感光性ポリイミドインキ」という引用発明を認定したことに誤りはない。

イ この点,原告は,審決は,引用例から本願発明の進歩性を否定するのに

都合のよい部分のみを摘示し,本願発明の進歩性を肯定するのに役立つ部分を省略

しており,公正でなく,妥当でない摘示に基づいて認定された引用発明に基づく相

違点認定及び進歩性判断は誤りである旨主張する。

しかしながら,引用発明は,特許法29条1項3号に掲げられた「特許出願前に

日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」,すなわち,引用

例に記載された発明であれば足りるところ,審決が認定した引用発明は,引用例の

実施例3−11の正確な記載に基づくものである。そして,審決は,実施例3−1

1のポリイミドワニス及びそれを含むインキの作製に関する部分など,引用発明を

認定するのに必要十分な箇所を誤りなく摘示しており,その公正性ないし妥当性に

問題はない。

また,原告は,本願発明の進歩性を肯定するのに役立つにもかかわらず,審決が

引用発明として摘示しなかった事項として,@請求項5に,ケトン溶媒の好ましい

例が15種類挙げられていること,A請求項6に,好ましいエーテルが11種類挙

げられているが,グライム系溶媒は含まれていないこと,B請求項7に,好ましい

エステルとして挙げられた34種類のうち31種類が本願発明の範囲外のものであ

ること,C9頁18〜26行に,好ましいエーテルとして挙げられた16種類のう

ち13種類が本願発明の範囲外のものであること,及びD実施例23例のうち,審

決が引用した実施例3−11以外の22例は安息香酸エステル系溶媒を用いていな

いこと等を挙げる。

確かに,原告の指摘事項は,いずれも引用例に記載されたものではあるが,引用

発明の認定において,引用例に記載された請求項や実施例すべてを発明として認定

する必要はなく,本願発明との対比をする上で必要な限度で,引用例に記載された




事項から発明を抽出し,認定すれば足りるのであって,上記@〜Dの事項を摘示し

なかったからといって,実施例3−11に基づいて引用発明を認定した審決に誤り

はない。原告の指摘事項は,本願発明と引用発明における,解決すべき技術的課題

や解決手段の方向性の本質的な違いを示唆するものや,グライム系溶媒の選択の困

難性を示すものとして,実質的には,本願発明の進歩性の判断において,進歩性

肯定する根拠となり得るとしても,引用発明の認定やその前提としての記載事項の

摘示自体が問題ということを意味しないというべきである。

(2) 相違点Aの認定について

上記(1)のとおり,審決の引用発明の認定には誤りがないから,それと本願発明を

対比した上で,相違点Aとして「本願発明においては(ポリイミドシロキサン用)

溶媒が安息香酸エステル系とグライム系溶媒を含有してなる混合溶媒であるのに対

し,引用発明においては安息香酸エチルとγ−ブチロラクトンからなる溶媒である

点」を認定した審決の認定判断にも誤りはない。

原告が,相違点として,審決の認定した相違点以外にも認定すべき旨の主張は,

引用発明の認定に不必要な箇所に係る主張であるから,採用できない。(1)でも述べ

たとおり,原告が相違点として看過していると指摘した事項は,進歩性判断におい

て考慮する余地があるとしても,相違点の認定自体が問題となるわけではないとい

うべきである。

3 相違点Aの判断の誤りについて

(1) 組合せの可否について

ア 引用発明は,白化現象を引き起こすことがない,溶剤に可溶なブロック

共重合ポリイミド組成物を提供することにあるが(甲2の2頁17〜18行) 白化


現象は印刷性や連続印刷性に影響を与えるものであるから(本願明細書段落【00

04】参照),本願発明も引用発明も,連続印刷性に優れたポリイミドインク組成物

を提供することを目的とするものであるといえる。引用発明の安息香酸エチルは安

息香酸エステル系溶媒に該当するから,相違点Aを解消して本願発明に想到するこ




とができるかどうかという点を判断するためには,それと組み合わせる溶媒をγ−

ブチロラクトンからグライム系溶媒に置換することが容易に想到できるかどうかに

ついて検討することになるところ,上記のとおり両発明の課題は共通していること

から,上記置換容易想到性の有無は,引用例に列挙された溶媒の中から安息香酸

エステル系溶媒とグライム系溶媒を選択することが可能か否かという問題となる。

引用例には,ポリイミドシロキサン用にケトン,エーテル,エステルから選ばれ

る少なくとも一種からなる溶媒を用いること及び混合溶媒の方が有利であることが

記載され,ケトン,エーテル及びエステルの具体例がそれぞれ21種類,16種類

及び34種類列挙されているが,エーテルの具体例16種類のうち4種類(ジエチ

レングリコールジメチルエーテル,トリエチレングリコールジメチルエーテル,ジ

エチレングリコールジエチルエーテル及びジエチレングリコールジブチルエーテ

ル)がグライム系溶媒であり,特に,そのうち2種類(ジエチレングリコールジメ

チルエーテル及びトリエチレングリコールジメチルエーテル)は,汎用であり好ま

しいとされている。

インキやワニスの技術分野において,溶媒は樹脂を溶解できるものの中から当業

者が適宜選択して使用することが一般的である。もっとも,引用例で列挙された溶

媒の選択肢の数は非常に多く,その組合せも更に多く,グライム系溶媒を積極的に

使用する動機付けや技術常識(技術的背景)がなければ,実際には置換は必ずしも

容易ではない。しかしながら,ジグライム,トリグライム等のグライム系溶媒は,

単独あるいは他の溶媒と混合して,ポリイミドシロキサン用溶媒として本願出願日

前から広く用いられてきたものであるという技術常識が認められる(乙1〜5, 。
7)

そうすると,ポリイミドの溶解度やインクとしての性能を考慮して,引用発明の溶

媒成分のうちγ−ブチロラクトンをグライム系溶媒に変更したものを選択すること

に格別の困難性を見出すことはできず,引用発明のインキにおいて混合溶媒の2成

分のうちの片方をグライム系溶媒に変更してみることは,当業者が適宜なし得る程

度のことにすぎない。




したがって,本願発明の相違点Aに係る構成は,引用例の記載及び技術常識に基

づいて当業者が容易に想到し得たものである。

イ この点,原告は,本願発明は,原告が,引用例に記載も示唆もない問題

点を見出し,溶媒に着目し,種々の実験的検討を行った結果,到達したものである

旨主張する。しかしながら,本願出願日の技術背景からすると,上記のとおり,本

願発明が引用例の記載及び技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得たものであ

ることが説明できるから,原告が本願発明に至るまでにある程度の試行錯誤を経た

としても,それをもって,選択の困難性が導き出され,容易想到性が否定されるわ

けではない。

また,原告は,審決は,実施例3−11に基づいて引用発明を認定したが,実施

例3−11は,23例ある実施例のうちで安息香酸エチルを用いた唯一の実施例で

あり,他より優れているわけではないから,当業者はこれを選択することはない,

むしろ,γ−ブチロラクトンやシクロヘキサンが好ましい溶媒として記載され,2

0例もの実施例で採用されているのだから,当業者はこれらのケトン溶媒を選択す

るはずである,仮に実施例3−11を選択したとしても,好ましい溶媒として記載

されたγ−ブチロラクトンを,請求の範囲にも実施例にも記載されていないグライ

ム系溶媒に置換することはない旨主張する。

しかしながら,実施例3−11に安息香酸エチルを使用した具体的な例が記載さ

れ,白化現象が起きず,解像度が良好なものであったという効果が実験的に確認さ

れているから,他に安息香酸エチルを使用した実施例が少ないとしても,安息香酸

エチルを選択することはないとはいえないのであって,それを発明として評価し,

引用例に記載された引用発明として認定することに問題はない。そして,実施例3

−11から認定した引用発明の溶媒成分のγ−ブチロラクトンをグライム系溶媒に

置換することが当業者にとって容易である点に関しては,上記で説明したとおりで

ある。

さらに,原告は,引用例の記載のうち,@請求項5に,ケトン溶媒の好ましい例




が15種類挙げられていること,A請求項6に,好ましいエーテルが11種類挙げ

られているが,グライム系溶媒は含まれていないこと,B請求項7に,好ましいエ

ステルとして挙げられた34種類のうち31種類が本願発明の範囲外のものである

こと,C9頁18〜26行に,好ましいエーテルとして挙げられた16種類のうち

13種類が本願発明の範囲外のものであること,及びD実施例23例のうち,審決

が引用した実施例3−11以外の22例は安息香酸エステル系溶媒を用いていない

ことは,本願発明の進歩性を肯定するのに役立つものである旨主張する。

しかしながら,これらは,いずれも,引用例の特許請求の範囲に記載された発明

において好ましく用いられる溶媒に関する記載にすぎず,溶媒を適宜選択して使用

するというインキやワニスの技術分野で通常行われてきた行為を妨げたり,ポリイ

ミドシロキサン用溶媒として広く用いられてきたグライム系溶媒を使用することを

妨げたりするほどの事情とは認められない。原告の指摘事項は,混合溶媒を作成す

るに当たって,安息香酸エチルとグライム系溶媒の組合せの選択が,他の組合せと

の比較において困難であることを示すものとはいえるが,前述した選択の容易想到

性を否定するような事由の域には達していないと認められる。

(2) 顕著な効果について

ア 本願明細書に記載された効果

本願明細書には,本願発明の効果として,100回以上連続可能であること,2

20℃以下の低温で乾燥が可能であること,乾燥前後の寸法変化が少ないこと,密

着性に優れること等が記載されている(段落【0014】。一方,本願明細書に具


体的に記載されたインクである実施例1〜14のうち,実施例1〜6,12〜14

は本願発明の範囲のものであるが,実施例7〜11は,グライム系溶媒の代わりに

γ−ブチロラクトンを含む(引用発明のインクの溶媒である)点で本願発明の範囲

外のものである。表4には,難燃性試験結果が記載されているが,本願発明の実施

例1〜6,12〜14は0〜2であるのに対して,本願発明の範囲外の実施例7は

1,同8〜11は0であり,本願発明の範囲内の実施例よりも優れた結果となって




いる。表5には,回路配線への埋め込み性,パターン形状不良数及び形状評価の結

果が記載されているが,本願発明の範囲外の実施例7〜11のうち実施例7のみは

回路配線への埋め込み性やパターン形状に小数の不良が見られるものの,実施例8

〜11は不良がなく,本願発明の範囲内の実施例1〜5よりも明らかに優れた結果

を示している。また,表6には,100回までの連続ショットにおけるパターン形

状評価が記載され,本願発明の範囲外の実施例7〜11のうち実施例8〜11は本

発明の範囲内の実施例1〜5よりも優れた結果となっており,実施例7も本願発

明の範囲内の実施例1と同程度の結果である。

このとおり,本願明細書には,一般的な記載として,連続印刷性や版乾き性,密

着性等の本願発明の効果が記載されているにもかかわらず,実施例によれば,本願

発明の範囲内のインクであっても,引用発明で用いられた溶媒を用いた場合と同程

度又はそれ以下の効果しか示さない場合があることが分かる。

イ 実験成績証明書1(甲5)

原告が提出した実験成績証明書1には,本願発明の実施例A(トリグライムと安

息香酸エチルの60:40(w/w)混合溶媒を用いたポリイミドインク)が,比較例A

(γ−ブチロラクトンと安息香酸エチルの30 70(w/w)混合溶媒を用いたポリイ


ミドインク)及び比較例B(安息香酸エチル単独の溶媒を用いたポリイミドインク)

と比較して,版乾き性及び連続印刷性に優れ,ニジミ,タレ,かすれ不良の発生が

少ないという実験結果が記載されている。




しかしながら,たとえ実施例Aのインクが比較例A及びBよりも優れた特性を有

しているとしても,実施例Aは,フィラー及び着色剤を添加していないから,これ

らの成分を添加しないという特定の条件下での結果にすぎず,フィラー及び着色剤

を添加した場合を含んだ本願発明の範囲全体が引用発明の溶媒を用いた場合よりも




優れた効果を有するとは認められない。すなわち,本願発明の範囲の中には,本願

明細書段落【0043】の表5に記載されているように,引用発明から予測し得る

程度の効果しか有さないものも存在する以上,実験成績証明書1に示された結果に

基づいて,本願発明の効果の顕著性を認めることはできない。

この点,原告は,フィラーがなくても優れた効果が発揮できるのであれば,本願

発明にはフィラーを省略することができるという顕著な効果がある旨主張するが,

これ自体は本願明細書に記載された効果ではないし,フィラーの使用を排除してい

ない本願発明全体の効果(本願明細書段落【0014】参照)を指摘したものでは

ないから,いずれにせよ採用できない。

ウ 実験成績証明書2(甲10)

原告が提出した実験成績証明書2には,ポリイミドインクを合成する際に,本願

発明に属するトリグライムと安息香酸エチルの60 40(w/w)混合溶媒を用いた場


合,本願発明の範囲外のγ−ブチロラクトンと安息香酸エチルの30:70(w/w)

混合溶媒やトリグライム単独の溶媒を用いた場合とは異なり,濁りが発生しないこ

と(表1),本願発明に属するトリグライムと安息香酸エチルの6:4混合溶媒を用

いたポリイミドインクは,トリグライム単独溶媒を用いた場合と同様に,γ−ブチ

ロラクトン,安息香酸エチル,安息香酸メチル,γ−ブチロラクトンと安息香酸エ

チル混合溶媒と比較すると,優れた版乾き性及び連続印刷性を示し,ニジミ,タレ,

かすれ不良が発生しないこと(表2)が記載されている。

(以下の表1,2において,グライム系は青色,γ−ブチロラクトンは緑色,安息

香酸系は赤色で着色した。)





- 38 -
しかしながら,合成時にインクの濁りが発生しないことは,本願明細書に記載も示唆

もないため,
当該効果は,
本願発明の進歩性の判断において参酌することはできない。

また,表2に示された版乾き性,連続印刷性及び印刷性に関しては,本願明細書段落

【0042】の表5におけるショット数100回の実験データで,既に「ニジミ又は

ダレ不良」といった問題が発生している以上,その信憑性については疑義があるとい

わざるを得ないし,仮に表2のとおりであるとしても,各溶媒の固形分が30%にな

るように調製され,難燃剤や着色剤を使用しないという条件下で実験が行われたにす

ぎず,これらの条件がない場合を含めた本願発明の範囲全体における効果とは認めら
れない。したがって,実験成績証明書2に示された結果に基づいて,本願発明の効果

の顕著性を認めることはできない。

この点,原告は,合成中の濁りの発生がないことは明細書に記載されていないが,

本願発明の構成によって当然に生じる効果であるから斟酌されるべき旨主張するもの

の,独自の見解というべきであって,採用できない。また,連続印刷性については,

抽象的には本願明細書に記載されている上に,発明が産業上の利用を想定する以上,

ショット数を10000回とした実験成績証明書2の効果は当然に予定されていた効

果であるとも主張するが,上記のとおり,本願明細書における実施例に係る記載との

整合性に問題がある上に,本願明細書に記載された連続印刷性に関する具体的効果,

すなわち, 【0045】
段落 の表6で記載されたように,80回までの連続印刷では,

パターン形状を目視及び光学顕微鏡で観察した場合に良好な結果が得られるが,それ

以上だと若干の変形が生じることがあるという効果を上回ることに変わりはなく,本

願発明における顕著な効果の有無の判断において斟酌できないというほかない。

エ 小括

このとおり,本願明細書,実験成績証明書1及び2から,本願発明の効果の顕著性

を認めることはできず,審決の判断に誤りがあるとはいえない。





第6 結論

以上のとおり,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。




知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

清 水 節




裁判官

新 谷 貴 昭




裁判官

鈴 木 わ か な