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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15ネ653特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
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関連ワード 技術的思想 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  公知技術 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  権利の濫用(権利濫用) /  優先日 /  技術的意義 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施権 /  通常実施権 /  設定登録 /  独占的通常実施権 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 15年 (ネ) 2130号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 株式会社かどまさや
控訴人 A
両名訴訟代理人弁護士 滝井朋子
被控訴人 越後製菓株式会社
訴訟代理人弁護士 赤尾直人
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人株式会社かどまさやに対し,990万円及びこれに対する平成14年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は,原判決別紙物件目録記載の製品を製造し,販売してはならない。
4 被控訴人は,その占有に係る前項記載の製品及びその半製品を廃棄せよ。
5 被控訴人は,被控訴人沼田工場(新潟県小千谷市(以下省略)),同高梨工場(新潟県小千谷市(以下省略))及び同宮内工場(新潟県長岡市(以下省略))に設置されている高圧処理機械その他原判決別紙物件目録記載の物件の製造に供し又は供し得る設備のすべてを除去せよ。 6 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要
控訴人Aは,名称を「加圧処理米の製造方法及び調理用容器」とする特許第2583808号発明(平成2年5月1日に国際出願,パリ条約による優先権主張1989年〔平成元年〕8月22日〔以下「本件優先日」という。〕・日本,平成8年11月21日設定登録,以下,その請求項2記載の発明を「本件発明」といい,その特許を「本件特許」,これに基づく特許権を「本件特許権」という。)の特許権者であり,控訴人株式会社かどまさや(以下「控訴人会社」という。)は,本件特許権の独占的通常実施権者である。本件は,被控訴人が行っている加圧処理米である原判決別紙物件目録記載の製品(以下「イ号物件」という。)の製造方法(以下「イ号方法」という。)は,本件発明の技術的範囲に属し,その製造販売が本件特許権を侵害すると主張して,被控訴人に対し,控訴人会社が,990万円(イ号物件の販売による損害900万円,弁護士費用90万円の合計額)の損害賠償及びこれに対する附帯金員の支払を求め,控訴人Aが,イ号物件の製造販売の差止め,イ号物件及びその半製品の廃棄並びにイ号物件の製造に供し又は供し得る設備の除去を求めている事案である。
原審は,イ号方法は,本件発明の技術的範囲に属さず,また,本件発明は,本件優先日前である平成元年7月15日さんえい出版発行,B編「食品への高圧利用」(甲3〔以下枝番省略〕,乙8,以下「本件文献1」という。)記載の発明(以下「本件文献1発明」という。)と同一であるか,又はこれに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許には無効理由が存在することは明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。
当事者の主張は,次のとおり訂正,付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」及び「第3 争点及び当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正 (1) 原判決4頁5行目及び15頁7行目の「本件発明」をいずれも「本件特許」に,原判決の上記引用部分中の「無効事由」をいずれも「無効理由」に改める。
(2) 同9頁3行目,10頁下から6行目及び5行目,12頁13行目,14行目及び18行目の「X線回析」をいずれも「X線回折」に改める。
(3) 同11頁12行目の「生じおらず」を「生じておらず」に,15頁下から6行目の「本件特許権」を「本件特許」に,16頁8行目の「本件特許出願時」を「本件優先日当時」に改める。
(4) 同17頁3行目の「(以下「本件著者」という。)」及び同頁5行目〜6行目の「以下『本件回答書』という。」を削る。
2 控訴人らの当審における主張 (1) イ号方法は,本件発明の構成要件B,Dを充足するか(争点(1)〜(3)) イ号方法は,原判決の認定するとおりであるが,これを整理すると,原判決別紙方法目録の第1図(a),(b)に図示するとおり,上側に略扁平の縁11,平坦な底部12及び当該縁と底部との間に介在する側壁13を有している容器本体1に対し,第2図(a),(b)に図示するように,洗浄した精米3の投入及び当該容器本体1の縁11と略同一レベルに至るまで水4の注水を行った上で,第2図(c),(d)に図示するように,プラスチックフィルムを容器上側に位置している略扁平な鍔状の扁平な線の上に位置するよう移動させて,このプラスチックフィルムを熱溶着して封止し,この容器そのものを加圧室内の水等を成分とする液中に浸漬し,この液体に1974気圧(200メガパスカル)の高圧を2分間加える加圧処理米を製造し,更にこれを加熱して炊飯するというものであり,本件発明の技術的範囲に属する。
構成要件Bの「該封入容器内の空気を抜いて封止し」とは,空気を抜く工程が独立していなければならないものではなく,技術的にみて,この構成を具備していると評価できる状態を作出すれば足り,構成要件Aの注水,同Bの封止をもって「空気を抜く」状態を作出することを包含し得ることは当然である。イ号方法においては,200メガパスカルの高圧を,少なくとも1時間の浸漬を要しない,精米の約30%の水量がその内部に略芯に達するまで吸水される時間である2分間加えることを特徴とし,直ちに加水加熱による炊飯がされて良好なご飯が形成される。イ号方法においては,その加圧米製造工程の当初からイ号物件の完成包装に至るまで,一貫してベルトコンベア上を移動するように工程が組み立てられているところ,上記加圧米製造工程終了後は,加圧時容器封止の役目を果していたフィルムに小孔を開けて容器中の満杯の水を一部排出し,水量を炊飯適当量に調節した後に,直ちに蒸気釜中に移動させ35分間の蒸気加熱で炊飯を完成させる。そうすると,イ号方法においては,加圧米製造工程において,炊飯に先立って必要とされる,通常であれば浸漬によって達成される精米の約30%の吸水は,達成されているはずのものであるから,この加圧は,本件発明の構成要件Dが規定する「精米の内部変質に要する時間加える」ものであるということができる。
(2) 本件特許に明らかな無効理由があるか否か(争点(5)) ア 本件発明の「精米の内部変質」とは,高圧加圧によって実現される,精米の米粒の外側から内部の略芯に達するまでの,自然には生じ得ないような瞬時の均一な吸水(以下「超自然的吸水」という。)を意味する。精米の「内部変質」とは,その内部における変質を示すことは明らかで,精米内部への超自然的吸水は,変質の一つなのであるから,本件発明の高圧加圧によって生ずる精米内部の変質が,正に「内部変質」である。超自然的吸水は,炊飯のための通常の浸漬を省略し得る水量,すなわち,精米重量の約30%に至る吸水である。加圧を続行すると,超自然的吸水に引き続き,デンプンの立体構造の崩壊が進行するが,「精米の内部変質に要する時間」とは,その内部的な諸変質が開始する時間,すなわち,吸水が実現開始されるのに要する時間である。これに対し,本件文献1には,上記のような「内部変質」が生じたことの開示はない。 イ 本件文献1(甲3,乙8)においては,袋中への注水は行われない。本件文献1において,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のような感じになることは,正に浸漬米表面の水が米に吸収されたことを示すものであるから,袋中に注水がされたことの根拠となり得ず,精米粒子が膨潤したことは,加圧が5000気圧と高圧であったことに起因するものであり,浸漬を経て吸水した精米は,これのみを袋に真空包装して5000気圧で加圧する場合には,袋中への注水がなくても破砕は生じない(公証人C作成の平成15年11月21日付け「知的財産権に関する事実実験公正証書」〔乙47〕,以下「乙47公正証書」という。)。
本件文献1には,「水を含んだ食品をプラスチック製の袋に真空包装し,これを水に入れて全体を加圧する」(5頁最終段落)との記載があるが,同記載に続き,「水を含んだ食品」とするために,乾燥粒状食品である精米を「ごはんを炊くよう」(19頁第1段落)な水量と時間をもってあらかじめ浸漬すべきことを記載しているのであって,「水を含んだ食品を袋に真空包装する」とは,包装した袋が直ちに抜気封止され,袋中へは水その他の物の添加が行われていないことを意味し,その浸漬米を直ちに「袋に真空包装」する事実を述べているにすぎない。
本件文献1記載の技術は,物を加圧するためにプラスチック袋に入れて真空パックする際には,その物自体に水を含んでいることが必須であることを前提としているが,その物に加えて,別に袋中に注水するという技術的思想は存在しない。
本件文献1の筆者が用いたのは,光高圧機器株式会社作成の「高圧ポンプKP-5-B型」パンフレット(乙50-1)に示される実験室用の高圧ポンプであり,その高圧室使用許容容量から,袋中に注水をする余地はない。現に,控訴人A自身が本件文献1記載の実験に立ち会った際にも,袋内には,ざる上げ後の浸漬米の若干量を入れることができたにすぎず,高圧室内はこれのみで満杯であった。
ウ また,本件文献1(甲3,乙8)は,完成した技術を開示していないから,本件文献1発明は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができない。公証人C作成の平成15年5月28日付け「知的財産権に関する事実実験公正証書」(乙44,以下「乙44公正証書」という。)記載の第二実験Bによれば,本件文献1の加圧米は,10分30秒の炊飯によってようやく芯がなくなったのであって,5分間の沸騰では芯まで糊化することはできなかった。
エ 本件文献1発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術である。これに対し,本件発明は,少なくとも1時間の浸漬を必要としない点で,本件文献1発明に比べ技術的意義が極めて大きい。
オ 以上によれば,本件発明が,新規性及び進歩性を有することは明らかであるから,本件特許に無効理由が存在することが明らかであって,本件特許権に基づく権利行使が権利濫用に当たるとする被控訴人の主張は失当である。
3 控訴人らの当審における主張に対する被控訴人の反論 (1) イ号方法は,本件発明の構成要件B,Dを充足するか(争点(1)〜(3))について イ号方法が本件発明の技術的範囲に属することはあり得ない。控訴人らは,イ号方法においては,加圧米製造工程において,炊飯に先立って必要とされる,通常であれば浸漬によって達成される精米の約30%の吸水は,達成されているはずのものであるから,この加圧は,本件発明の構成要件Dが規定する「精米の内部変質に要する時間加える」ものであると主張するが,同主張は,イ号方法において,超自然的吸水が実現されていることを前提とするものであるが,その前提自体が誤りである。あるいは,控訴人らの上記主張が,通常の炊飯及び蒸らしに約50分を要することと比較し,35分の炊飯工程が短時間であることから,超自然的吸水による格別の効果を主張するものであるとしても,本件文献1の口絵15C(甲3-2,乙8)は,浸漬米に対し20分間熱水に浸すことによって炊飯が実現していることを考慮するならば,35分間の炊飯は,格別な炊飯状況を意味するものではない。
(2) 本件特許に明らかな無効理由があるか否か(争点(5))について ア 本件明細書(甲2)及び一般技術文献の記載によれば,本件発明の「内部変質」とは,生の澱粉の立体的な分子構造が壊れるという加圧糊化現象に基づき,分解しやすくなることを意味し,その程度は「僅かの時間で,深部まで柔らかくなる」(甲2の4欄第3段落)ことが実現できるように,精米の全領域又はほとんどの領域に及んでいることを不可欠とし,偏光十字の消失によって判明するものである。本件文献1(甲3,乙8)においては,デンプンに対する加圧処理により,加熱を原因とする糊化の場合と同じように,偏光十字が消失し,デンプンの立体構造の崩壊が生じていることが記載されている。控訴人らは,本件発明の「精米の内部変質」は,超自然的吸水を意味すると主張するが,本件明細書には,「内部変質」が「超自然的吸水」を意味することを裏付ける記載は全くない。
イ 本件文献1(甲3,乙8)の「静水圧」(19頁第1段落)との記載,B作成の平成14年10月4日付け書簡(甲49-1,以下「甲49-1書簡」という。)及び新潟薬科大学食品科学科教授D,同特別研究員E作成の平成14年7月2日付け「試験結果報告書(3)」(甲14,以下「甲14報告書」という。)によれば,本件文献1における加圧処理は,パスカルの原理,すなわち,水を介した均一な加圧が行われることを前提としたものである。ごはんを炊く場合には,精米を浸漬させた上で,そのまま炊飯用の水に使用することを考慮すると,本件文献1の「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した後,これをプラスチックの袋に入れ」(19頁第1段落)の「これ」は,「精米に水を加えて浸漬した」状態を意味する。
本件文献1(甲3,乙8)の「麹のような感じ」(同)とは,生の精米に比し,多少軟らかくなっているが,芯がある状態のことを意味し,表面の「かさかさした」状態を意味するものではない。
乙47公正証書の写真Cは,極めて微小な写真で,破砕の有無を確認するには不十分である。仮に,乙47公正証書の実験において,破砕の程度が小さいとしても,それは,米の種類や塊の状態が薄かったことによるものである。
本件文献1には,ざる上げについて記載はなく,ざる上げをした後に別の水による注水をしているものではない。仮に,精米の表面に付着した水のみの吸収にすぎないのであれば,本件文献1の口絵15Bのように相当膨潤した状態とすることはできないし,甲14報告書が示すように,加圧後の精米同士は付着し合った状態となり,上記口絵15Bのようなバラバラの状態とすることはできない。本件文献1で「麹のような感じ」(19頁第1段落)になったのは,加圧糊化を伴う「内部変質」が行われたこと及び相当程度水の吸収が行われたことの結果であり,パスカルの原理が成立することを不可欠とするものである。また,本件文献1には,高圧室の容量の記載はない。
ウ 乙44公正証書記載の第二実験Bは,注水を行わない状態,すなわち,パスカルの原理が成立しない状態での実験であり,本件文献1(甲3,乙8)の記載を再現したものではなく,無意味である。
エ 浸漬工程を省略し得ることが本件発明の進歩性を裏付ける技術的思想に該当するのであれば,特許請求の範囲においてこの点を規定するか,少なくとも,発明の詳細な説明にこの点を裏付ける記載が存在しなければならないが,そのような記載はなく,浸漬工程を省略するか否かは,単なる選択事項にすぎない。
オ 以上によれば,本件発明が,新規性及び進歩性を欠くことは明らかであるから,本件特許に無効理由が存在することが明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たるというべきである。
当裁判所の判断
1 争点(5) (本件特許に明らかな無効理由があるか否か)について (1) 被控訴人は,特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,権利の濫用に当たり許されないところ,本件発明は,本件文献1発明に公知技術を組み合わせて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件特許に無効理由が存在することが明らかであるから,本件特許権に基づく本訴請求は権利濫用に当たり許されないと主張するので検討する。
(2) 本件文献1(甲3,乙8)は,「食品への高圧利用」と題する刊行物であり,そこには,@「1.3.2 圧力を加える対象・・・食品の場合,ガス状態や固いものはないから,気体圧縮や固体圧縮は考えない。ここでは食品の主成分である水の液体圧縮の効果が課題になる。食品には粉状や粒状の食品,あるいは水分の少ない乾燥食品が重要であるが,これらの加圧はパスカルの原理が適用されないのでここでは触れず,今後の課題とする。・・・水を含んだ食品をプラスチック製の袋に真空包装し,これを水に入れて全体を加圧すると,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力が加わる。先の殻付き卵の実験では,殻の内外は同じ圧力となり,白身も黄身も高い静水圧の環境に置かれたことになる。このような状態は液状あるいはペースト状食品だけでなく,水を含んだ生の食品(動植物の組織)についてもあてはまる。しかし,乾燥した粉末状の食品にどれだけの水を含ませれば液体圧縮として扱えるかは,食品の種類によるから,個々に試す必要がある」(5頁下から第2段落〜最終段落),A「1.5.2 液圧発生装置の特徴と安全性 ここで使う装置はあくまで液体を圧縮するものである」(15頁下から第3段落),B「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した後,これをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これに5,000気圧の静水圧を半時間かける。このとき温度を45℃にして加圧する。その後取り出してみると,水はほとんど全部米に吸われており,粒子は膨潤している。これを食べると芯があり,麹のような感じである。このままでは,ごはんとはいえない。ところが,これを沸騰水に5分浸すと炊きあがったごはんになり,ふかふかして美味しい。家庭にこのような圧力処理したお米が配達されれば,通常は20分かかるところが非常に短時間でごはんが炊けることになる(口絵15参照)。電子レンジも上手に使うことができよう」(19頁第1段落)との記載がある。
上記Bの記載における「これをプラスチックの袋に入れて真空パックし」の「これ」は,その直前に記載された,「ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬した」ものを指すと解するのが自然であり,「その後取り出してみると,水はほとんど全部米に吸われており」は,文脈からみて,加圧した後には水がほとんど全部米に吸われていたことを意味することが明らかであるから,加圧前には,米に吸収されていない水が存在していたものと認められる。また,上記@及びAの記載によれば,本件文献1は,パスカルの原理が適用される食品の加圧について記載していると認められるから,上記Bにおける米の加圧も,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力が加わることを前提にするものであると解すべきである。そして,通常の浸漬によって水を吸収した米だけを袋に入れたのでは,パスカルの原理,すなわち,水を介した均一な加圧が働くとは認められないから,上記Bにおいては,米の周囲に浸漬した水が存在し,これがパスカルの原理に基づく均等な圧力を加えたものと認められる。このことは,本件文献1の編者であるB作成の甲49-1書簡に,「水の量は洗米に手を開いて押しつけ,くるぶしにメニスカスが来るように水を加えた・・・ということで,日本古来のごはん炊きに従っております。加圧後は水が米粒に吸われておりますが,プラスチック袋から取り出すと遊離の水が見られます。少くなってはいますが。それは写真でも分ります。従って,粉体や粒体のプレスではなく,むしろ粘稠液の加圧処理で,パスカルの原理は働いていると思います。米粒が割れたりつぶれていることはありませんでした(写真のように)」と記載され,B作成の平成14年10月5日付け証明書(甲49-2)にも,「操作手順は,19頁の本文1行目(注,本件文献1)に記載したように,『ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬し』これをそのまま,『プラスチックの袋に入れて真空パックして』圧力処理をおこなったものです。したがって,精米の周囲には外部の圧力を伝えるのに十分な水があり,パスカルの原理に従った全方位からの静水圧を受けたものです」と記載されていることからも裏付けられる。
(3) 控訴人らは,本件文献1(甲3,乙8)において,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のような感じになることは,正に浸漬米表面の水が米に吸収されたことを示すものであるから,袋中に注水がされたことの根拠となり得ないと主張するが,本件文献1の「これを食べると芯があり,麹のような感じである」との記載は,食感が麹のようであったことを表すものであって,水ぬれ状態の浸漬米が加圧後にカサカサした麹のようになるという,外見上の状態を表すものではないから,控訴人らの上記主張は,本件文献1の記載を正解しないものというほかなく,理由がない。また,控訴人らは,乙47公正証書を引用し,浸漬を経て吸水した精米は,これのみを袋に真空包装して5000気圧で加圧する場合には,袋中への注水がなくても破砕は生じないと主張する。しかしながら,精米が破砕されていないとしても,加圧前には,米に吸収されていない水が存在していたものと認められることは,上記(2)のとおりであるから,乙47公正証書は,上記認定を左右しない。
さらに,控訴人らは,「水を含んだ食品を袋に真空包装する」とは,包装した袋が直ちに抜気封止され,袋中へは水その他の物の添加が行われていないことを意味し,その浸漬米を直ちに「袋に真空包装」する事実を述べているにすぎず,本件文献1記載の技術は,物を加圧するためにプラスチック袋に入れて真空パックする際には,その物自体に水を含んでいることが必須であることを前提とし,その物に加えて,別に袋中に注水するという技術的思想は存在しないとも主張する。しかしながら,本件文献1の5頁には,直ちに抜気封止するとは記載されておらず,本件文献1における米の加圧は,パスカルの原理により袋の内外に同じ圧力がかかることを開示するものと解すべきであることは,上記(2)のとおりであるから,控訴人らの上記主張も採用することができない。
控訴人らは,本件文献1の筆者が用いたのは,光高圧機器株式会社作成の「高圧ポンプKP-5-B型」パンフレット(乙50-1)に示される実験室用の高圧ポンプであり,その高圧室使用許容容量から,袋中に注水をする余地はなく,控訴人A自身が本件文献1記載の実験に立ち会った際にも,袋内には,ざる上げ後の浸漬米の若干量を入れることができたにすぎず,高圧室内はこれのみで満杯であったと主張するが,本件文献1には,控訴人ら主張の上記事実について記載はなく,上記会社代表取締役作成の平成16年2月13日付け証明書(乙50-2)には,「昭和62年頃に,当社製のKP-5-B型高圧ハンドポンプ1台を京都大学助教授B氏所属の食糧科学研究所に納入しました。同研究所には,これ以外の型式の機械は納入しておりません」との記載があるが,この記載のみでは,控訴人ら主張に係る上記事実を認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(4) 控訴人らは,乙44公正証書記載の第二実験Bによれば,本件文献1(甲3,乙8)の加圧米は,10分30秒の炊飯によってようやく芯がなくなったのであって,5分間の沸騰では芯まで糊化することはできなかったことを引用し,本件文献1は,完成した技術を開示していないから,本件文献1発明は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができないと主張する。しかしながら,乙44公正証書の第二実験Bは,浸漬米をザルで水切りした後,プラスチック袋に詰め,そのままの状態で密封し,加圧後,袋を開封しザルに移して水切りをし,280gの温水と共に鍋で炊飯して,5分後の状態を観察し,芯がなくなるまでの炊飯時間を計測したものである。他方,本件文献1発明では,浸漬米を浸漬した水とともにプラスチック袋に詰め真空パックして加圧したものを,沸騰水に浸して調理するものである。そうすると,乙44公正証書の第二実験Bは,本件文献1記載の方法とは異なる方法で行われたものであることが明らかであるから,本件文献1発明の追試ということはできず,このような実験結果に基づいて,本件文献1が完成した技術を開示していないとする控訴人らの上記主張は,採用することができない。
(5) 以上検討したところによれば,本件文献1(甲3,乙8)に,「精米と水とをプラスチックの袋に入れて真空パックし,これを加圧温度45℃で5000気圧の静水圧を半時間かけて加圧処理米を調製すること」(本件文献1発明)が記載されていると認めることができる。
(6) そして,本件発明と本件文献1発明を対比すると,両者は,封入容器に対し,精米の投入及び注水を行い,当該封入容器内の空気を抜いて封止し,これを加圧室内の液中へ浸漬し,この液体に高圧を加える加圧処理米の製造方法である点において一致し,@前者は,洗浄した精米を用いるのに対して,後者においては,精米が洗浄されているかどうか明示されていない点(以下「相違点@」という。),A前者は,1000気圧以上の高圧を精米の内部変質に要する時間加えるのに対して,後者には,「内部変質」という用語を用いた記載はなく,単に5000気圧の高圧を精米に半時間かけるとしている点(以下「相違点A」という。)及びB前者は,洗浄した精米を封入容器に投入するのに対して,後者では,通常の浸漬工程を経た精米を封入容器に投入する点(以下「相違点B」という。)において相違する。
ア そこで,まず,相違点@について検討すると,本件文献1(甲3,乙8)記載の加圧米も,ご飯として食するためのものであるところ,精米からご飯を作る際に,あらかじめ精米を洗浄することは,常識に属する事柄というべきであるから,本件文献1記載の加圧米の製造方法において,精米をプラスチックの袋に入れる前に,あらかじめ精米を洗浄することは,当業者が容易にし得ることというべきである。
イ 次に,相違点Aについて検討する。控訴人らは,本件発明の「精米の内部変質」とは,超自然的吸水,すなわち,高圧加圧によって実現される,精米の米粒の外側から内部の略芯に達するまでの,自然には生じ得ないような瞬時の均一な吸水を意味すると主張する。本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明には,「精米の内部変質」に関連して,@「洗浄した精米を適宜の量の水と共に封入容器内に入れ内部の空気を抜いた状態で該封入容器を気密に封止し,これを液中へ浸漬してこの液体に高圧を適宜の時間加えるので,精米は適宜の時間かけられる高圧により,高圧作用特有の変質を受ける(高圧下の変質については,1989年7月15日さんえい出版発行の『食品への高圧利用』〔注,本件文献1〕に詳述されている)。
この変質により,生の澱粉の立体的な分子構造が壊れ,分解し易い状態となる。この変質をした米は,外観が通常の精米とさほど変わらず,また硬度も高く炊飯後の米よりは炊飯前の精米に近い。加圧処理の作用は,米の内部まで瞬時に到達するので,内部までほぼ均一な前記変質が得られる。特に米の調理の場合は内部まで芯のない炊き上りが要求されるので,表面から内部へ到達するのに時間を要する加熱処理に比し,この加圧処理は有利である」(3欄最終段落〜4欄第1段落),A「前記加圧は,1000気圧以上とされる。また9000気圧以下とするのが望ましい。1000気圧未満では前記変質が十分ではなく,短時間の加熱によっては食するに適した状態が得られない」(4欄第2段落),B「T.精米を直接加圧室に入れる場合・・・b.加圧室に高圧を適宜の時間加える。この圧力は,前述の範囲内のものとされる。加圧時間は,米の硬軟などの性質により異なるが通常20分から50分である」(5欄第3段落),C「U.精米を水と共に封入容器内に入れて加圧する場合・・・e.この容器を加圧室に入れる。・・・加圧の強さ及び時間は,前の例と同じである」(同)との記載がある。
上記@の記載及び同記載中に高圧下の変質について詳述されているとして引用されている本件文献1の「1.7.6デンプンに対する高圧効果」の項の,「高い静水圧により,デンプンのなまの立体構造が壊れ,デンプンに種々の変化が起こり,アミラーゼ消化性が高まることを示している」(23頁第3段落)との記載によれば,本件発明における「精米の内部変質」とは,精米に適宜の時間かけられる高圧によっておこる,「生の澱粉の立体的な分子構造が壊れ,分解し易い状態」のことをいうと解される。他方,本件明細書には,「内部変質」が超自然的吸水であることを裏付けるような記載は一切存在しないから,本件発明の「精米の内部変質」は超自然的吸水であるとする控訴人らの主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,採用することができない。
そして,上記@〜Cの記載によれば,本件発明において,「精米の内部変質」は,具体的には,1000気圧以上の高圧を20分〜50分間かけることにより引き起こされること,このような加圧処理によって内部まで均一な変質が得られること,内部まで芯のない炊き上りが得られるためには,このような加圧処理が有利であること,このような加圧によって,短時間の加熱で食するに適した状態が得られることが認められる。他方,本件文献1(甲3,乙8)には,ごはんを炊くように精米に水を加えて浸漬したものをプラスチックの袋に入れて真空パックし,5000気圧の静水圧を半時間かけた後,沸騰水に5分浸すことによって,ふかふかして美味しいごはんが炊きあがることが記載されていることは,上記(2)のとおりである。そうすると,本件文献1においても,本件明細書の上記@〜Cの記載から認定できる具体的な加圧条件と同様の条件で加圧が行われ,このような加圧処理によって,短時間で本件発明と同様のおいしいごはんが得られると認められるから,本件文献1においても,「1000気圧以上の高圧を精米の内部変質に要する時間加える」ものであると認められる。
したがって,相違点Aは,実質的な相違点には当たらない。
ウ 進んで,相違点Bについて検討する。控訴人らは,本件文献1発明は,乾燥粒状食品である精米を水を含んだ食品に変え,加圧に先立って,精米内部に水を存在させる工程として,浸漬工程を必須不可欠とする技術であるのに対し,本件発明は,少なくとも1時間の浸漬を必要としない点で,本件文献1発明に比べ技術的意義が極めて大きいと主張する。しかしながら,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲には,浸漬工程の有無については何ら規定されていないから,本件発明は,浸漬工程を有する方法と有しない方法の両者を含むものと認められる。そうすると,相違点Bも,実質的な相違点には当たらないというべきである。
(7) 以上検討したところによれば,本件発明は,本件文献1発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものと認めることができ,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号に該当するから,本件特許に無効理由が存在することは明らかである。
2 結論 以上のとおり,本件特許に無効理由が存在することは明らかであり,本件特許権に基づく権利行使は権利の濫用に当たり許されないから,控訴人らの請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
よって,控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴