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関連審決 異議2000-72213
関連ワード 製造方法 /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  技術常識 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 357号 特許取消決定取消請求事件
原告 グンゼ株式会社
訴訟代理人弁理士 三枝英二
同 掛樋悠路
同 小原健志
同 斎藤健治
同 藤井淳
同 中野睦子
同 関仁士
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 高梨操
同 石井克彦
同 一色 由美子
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-72213号事件について平成13年6月25日にした決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「導電性シームレスベルト」とする特許第2986870号の特許(平成2年8月8日特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年10月1日設定登録,以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。
本件特許に対して特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2000-72213号事件として審理し,その結果,平成13年6月25日に「特許第2986870号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし,平成13年7月11日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 「【請求項1】有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とすると共に,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107 Ω/□以下であり,その表面粗さが2.0μ以下であることを特徴とする導電性シームレスベルト。 【請求項2】有機高分子材料が熱可塑性樹脂である請求項(1)に記載の導電性シームレスベルト。」 (以下,上記請求項1記載の発明を,「本件発明1」といい,上記請求項1及び2に係る発明をまとめて「本件各発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件各発明は,特開昭61-202811号公報(以下,決定と同様に「刊行物1」という。)及び特開昭61-144658号公報(以下,決定と同様に「刊行物2」という。)に記載された各発明(以下,両発明をまとめて「引用発明」という。)と,特開平1-178415号公報(以下,決定と同様に「刊行物3」という。),特開昭63-197957号公報(以下,決定と同様に「刊行物4」という。),特開昭57-81269号公報(以下,決定と同様に「刊行物5」という。),特開昭63-194282号公報(以下,決定と同様に「刊行物6」という。),特開昭53-118483号公報(以下,決定と同様に「刊行物7」という。)及び特開平2-43046号公報(以下,決定と同様に「刊行物8」という。)に記載された各発明から,容易に発明をすることができたものである,と認定判断するものである。
決定が,上記結論を導くに当たり,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とするとともに,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107Ω/□以下である導電性シームレスベルト」 相違点 「請求項1に係る発明が,その表面粗さが2.0μ以下であることを規定しているのに対して,刊行物1及び2に記載された発明は,その表面粗さが2.0μ以下であることを明らかにしていない」(以下「相違点」という。) 決定は,上記相違点について,「複写機の感光体,転写部材あるいは定着部材に応じて,表面粗さの程度が考慮されることは,刊行物3〜8に記載されているように,公知のことであるから,シームレスベルトについて,その表面粗さの程度を2.0μ以下と選定することは,当業者が容易になし得たことにすぎない。」と判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定は,引用発明の認定を誤ったことにより,相違点についての判断を誤り(取消事由1),また,刊行物3ないし8に記載された発明の認定を誤ったことによっても,相違点についての判断を誤ったものであり(取消事由2),これらの誤りが,本件各発明のいずれについても,結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り) (1) 刊行物1に記載されたシームレスベルトの製造方法は,「微粉末を分散させた熱硬化性樹脂溶液を,円筒型内面に注入して加熱しつつ遠心成形するにあたり,あらかじめ円筒型内面に,溶剤に溶解した液状硬化型のシリコンゴムの硬化層を遠心成形することにより形成することができる。」(甲4号証2頁右上欄4段〜左下欄1段)というものである。しかし,刊行物1の実施例に記載された方法で,シリコーンゴムの硬化層を用いて導電性シームレスベルトを製造した場合,シリコーンゴム層内面にトルエンの蒸発むらにより多数の凹凸とうねりが発生し,シームレスベルトにその多数の凹凸とうねりが転写されるため,その表面精度が著しく劣るものしか得られないことが,実験により確認された(甲12号証)。刊行物1に記載された実施例により得られるシームレスベルトの表面粗さは,肉眼で観察可能なほどのものであり,2.0μ以下であることはあり得ない。
刊行物1の実施例に係る表面抵抗値の数値に基づいて刊行物1に記載の発明を引用発明として把握するのであれば,「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とするとともに,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が4×104ないし3.9×103(あるいは107Ω/□以下)で,肉眼による観察が可能な多数の凹凸とうねりを有するシームレスベルト」との発明を把握することは可能であっても,決定が認定したような「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とするとともに,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107Ω/□以下である導電性シームレスベルト」との発明を把握することはできない。
(2) 刊行物2に記載された実施例においても,シリコーンゴムを生成する際に,トルエンを使用しているため,シリコーンゴム層内面にトルエンの蒸発むらにより多数の凹凸とうねりが発生し,シームレスベルトにその多数の凹凸とうねりが転写されるため,その表面精度が著しく劣るものしか得られないことは,刊行物1の場合と同様である。
刊行物2の実施例に記載されたシームレスベルトは,その表面抵抗値が107Ω/□以下であるとしても,肉眼観察可能な多数の凹凸とうねりを有するものであるから,刊行物2の記載から,「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とするとともに,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107Ω/□以下である導電性シームレスベルト」との発明を把握することはできない。
(3) 引用発明は,上記のとおり,表面精度が著しく劣るものであり,このような引用発明から,表面精度において優れた本件発明1に想到することは容易ではない。
2 取消事由2(刊行物3ないし8に記載された発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り) (1) 刊行物3においては,浸漬法によるシームレスベルトの製造法が開示されているだけである。本件発明1は,遠心力をかけながらシームレスベルトを形成するため,浸漬法と比較して,ベルトの厚みが長さ方向に対しより均一である。本件発明1においては,シリンダーをゆっくり回転させながら導電剤を含む樹脂を供給することにより,均一な塗布状態を実現し,表面精度に優れた導電性シームレスベルトが得られるのに対し,刊行物3には,表面精度に優れた導電性シームレスベルトの具体的な製造方法に関しては教示も示唆もない。
刊行物4においては,複写機感光ドラム用アルミ複合管に関し,アルミ管の表面粗度が0.2〜0.8μm程度であることが記載されているものの,有機高分子膜のシームレスベルトに関する記載はない。
刊行物5に記載されている発明は,基体,導電性微粉末を分散した樹脂の被覆層,電荷発生層及び電荷輸送層を有する4層構造の電子写真感光体であり,基体の上に設けた導電性微粉末の被覆層(導電性支持体)を有する点で,本件発明1の導電性シームレスベルトと本質的に相違する。刊行物5では,導電性支持体の最大表面粗さが0.7ミクロン以上で且つ平均表面粗さが0.5ミクロン以上であることは記載されているものの,その実施例で用いられている基体はアルミニウム製シリンダーであり,樹脂製シームレスベルトの製造に関する記載はない。
刊行物6においては,無端転写ベルトの表面を平滑にする必要があることについての記載があるものの,その表面粗さについての記載はない。
刊行物7においては,シリコーンゴムからなる定着用部材(ローラ)について,その外周面の表面粗さを1μm以下にするとの記載があるだけであり,有機高分子膜のシームレスベルトに関して表面粗さを1μm以下にするとの記載も示唆もない。
刊行物8においては,ポリイミド樹脂製管状内層とフツ素樹脂製管状外層を備えた複合管状物を開示しているものの,遠心成形する方法は開示されていない。刊行物8で使用されている「弾丸状ないしは球状の走行体を上記ポリアミド酸溶液の塗布内周面に沿つて走行させ」(甲11号証,特許請求の範囲(6))る方法は,円筒物の内径と弾丸状または球状の走行体の外径との差にポリアミド酸被膜の厚みをコントロールする方法であり,走行体の走行をよほど精密に行わないと円筒状フィルム全体の厚みが一定にならず,特に径が大きい場合には,走行体の通過によりポリイミドフィルムの膜厚をμm単位で制御するのは,事実上不可能である。
刊行物8においては,定着用ベルトの帯電防止のために導電性物質をフツ素樹脂製管状外層に配合することが記載されているだけであり,感光ベルト,転写ベルトとして使用される導電性が非常に重要なシームレスベルトに導電性物質を配合することに関する開示はない。
導電性物質が配合され得るフツ素樹脂製管状外層は,ポリイミド内層より薄く,複合管状物の主要な層ではない。すなわち,刊行物8は,有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とすると共に遠心成形してなるシームレスベルトを開示していない。
(2) 本件発明1は,表面抵抗値及び表面粗さを特定の範囲に限定した遠心成形してなるシームレスベルトに係るものである。刊行物1ないし刊行物8においては,このような発明は,開示も示唆もされていないのであるから,これらをいかに組み合わせても,本件発明1に容易に想到することはできない。
被告の反論の骨子
決定の認定判断はいずれも正当であって,決定を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り)について (1) 決定は,刊行物1及び2において,「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とするともに,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107Ω/□以下である伝導性シームレスベルト」が公知であることを認定したにすぎず,刊行物1及び2において,本件発明1の表面粗さを有するシームレスベルトが記載されているとも,同じ表面粗さのシームレスベルトが製造できる条件が記載されているとも認定していない。したがって,仮に,刊行物1及び2の実施例に記載された製造方法実施して本件発明の表面粗さが得られないとしても,そのこと自体は,決定の認定判断に何の影響も与えるものではない。
(2) 原告は,刊行物1及び2に示されたシームレスベルトの製造方法においては,遠心成形の円筒型内面にシリコーンゴム硬化層を形成することが必須であることを前提としている。しかし,刊行物1でも,刊行物2でも,円筒型内面に,溶剤に溶解した液状硬化型のシリコーンゴムの硬化層を遠心成形によりあらかじめ成形しておくことが好ましいことが記載されているだけであり,このようなシリコーンゴム層を使用することを必須とするものではない。
シームレスベルトを遠心成形で製造する製法としては,円筒型の偏心を是正するために円筒内面にシリコーンゴム硬化層を設ける方法(刊行物1及び2)のほか,単に円筒型内に樹脂溶液を注入する方法(特開昭61-95361号公報(乙3号証)),円筒型に予め離型剤を塗布しておく方法(特開昭60-166424号公報(乙4号証)),型内で半乾燥後,合成樹脂管状物を取り外して更に乾燥する方法(特開平1-139228号公報(乙5号証))など種々のものが知られており,目的とするシームレスベルトに要求される性質に応じて種々の製造方法を選択,変更することができるのである。
したがって,刊行物1及び2の実施例の製法によって本件発明1の表面粗さのものが得られないことを実験等により示したところで,本件発明1の構成の容易性を否定することはできない。
円筒型内面の状態,その他の製造条件がシームレスベルトの表面粗さに影響を及ぼすことは自明であって,その表面粗さに注意を払う必要がある場合には,従来の遠心成型方法ではなく,それに適する他の方法を選択して所望の表面粗さのものの製造を可能とすることは当業者が通常行うことである。
(3) 甲12号証の実験報告書の実験は,刊行物1に記載された実施例の条件を大幅に変更した条件で実験したものであり,そもそも刊行物1の実施例1の再現実験であるとは到底いうことができない。
2 取消事由2(刊行物3ないし8に記載された発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り)について 刊行物3には,「近年レーザープリンターのような可干渉性光源を用いる電子写真記録法においては,基材の表面が平滑な場合には,感光体表面と基材との間で干渉縞が発生する。この対策として,基板表面を厚み方向に0.1〜2μm程度の範囲で粗面化する必要がある。」(甲6号証2頁左下欄2〜7行)との記載がある。決定は,引用発明の導電性シームレスベルトを複写機用感光体の基材として用いる場合,その表面状態(表面粗さ)に注意を払うべきことを示すために,刊行物3を引用したものである。決定は,刊行物3を,シームレスベルトの製造方法を示すために引用したものではない。
刊行物4には,複写機感光体ドラム用の導電性基体であるアルミニウム管においては,その表面粗度(表面粗さ)が,画像特性に影響するので,注意を払うべきであるとの記載がある。決定は,引用発明の導電性シームレスベルトを複写機用感光体の基材として用いる場合,その表面状態(表面粗さ)に注意を払うべきことを示すために,刊行物4を引用したものである。
刊行物5には,複写機感光体ドラム用の導電性支持体が基体と導電性微粉末を分散した樹脂の被覆層からなるものである場合に,基体の表面粗さが注目事項とされるとの記載がある。決定は,引用発明の導電性シームレスベルトを複写機用感光体の基材として用いる場合,その表面状態(表面粗さ)に注意を払うべきこと,すなわち,通常使用される基体の表面粗さは,最大表面粗さ0.7μm以下より小さく且つ平均表面粗さ0.5μm以下とすることを示すために,刊行物5を引用したものである。
原告は,刊行物5における基体について,その材料を実施例のアルミニウム製のものに限定して解釈している。しかし,刊行物5には「基体11は,アルミニウム,プラスチック(例えば,ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリエチレンテレフタレート,ポリカーボネート,ポリスチレン,ポリ塩化ビニルなど)・・・・その形状はシート状に制限されず円筒状若しくはその他の形状のものを任意選択できる。」(甲8号証3頁左上欄4〜10行)と記載されているように,基体の材料については,樹脂製のものも意図されているのである。
決定が刊行物6を引用した趣旨は,同様に,刊行物6には,電子写真式複写機の部材として,無端転写ベルトが用いられること,及び,その表面及び裏面の表面状態に注意が払われることが記載されているためである。
本件発明1に係るシームレスベルトの用途としては,本件出願の願書に添付された明細書には,「特に制限はないが,好ましくは複写機等感光性ベルト(電子写真感光体)の基材,転写ベルト,定着ベルト」(甲2号証2頁4欄30〜32行)と,シームレスベルトの用途に定着ベルトを記載している。決定は,電子写真式複写機の部材としての定着ローラ(定着ベルト)の用途に用いる場合,その表面粗さは,注意を払うべき事項とされていることを示すために,刊行物7を引用したものである。
刊行物8においては,ポリイミド樹脂製管状内層とフツ素樹脂製管状外層を備えた複合管状物について,その請求項4で,そのフツ素樹脂製管状外層の表面粗さが1μm以下と規定されるとともに,フツ素樹脂製管状外層に導電性物質を含有したものは,複写機等の定着用ベルトとして用いた場合,効果的であることが記載されている。
決定は,シームレスベルトを,電子写真式複写機の部材としての定着ベルトの用途に用いる場合,注意を払うべき事項として,表面粗さが1μm以下であることが公知であったことを示すために刊行物8を引用したものである。
原告は,刊行物8における,「ポリイミド樹脂製管状内層とフツ素樹脂製管状外層を備えた複合管状物」の製造方法は,本件発明における導電性シームレスベルトの製造法(遠心成型法)と異なることを主張する。しかし,決定が認定した相違点である「その表面粗さが2.0μm以下」との関係では,着目すべき事項は,刊行物8に記載されたフツ素樹脂製管状外層に導電性物質を含有した複合管状物の「表面粗さ」であるから,刊行物8の「ポリイミド樹脂製管状内層とフツ素樹脂製管状外層を備えた複合管状物」の製造方法が異なるとする原告の主張は意味がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り)について (1) 刊行物1には,次の記載がある(甲4号証)。
「熱硬化性樹脂溶液中に微粉末を分散させた分散液を用いて,遠心成形することにより一体成形された微粉末を含有するシームレスベルトにおいて前記熱硬化性樹脂の硬化皮膜のヤング率が350kg/mm2以上であることを特徴とする微粉末を含有するシームレスベルト。」(特許請求の範囲), 「微粉末としては,導電性微粉末,高誘電体粉末,磁性体粉末,顔料ないし染料粉末,有機樹脂粉末,光導電性粉末などいろいろの微粉末を用いることができる。」(2頁右下欄3〜6行) 「実施例1」(3頁左下欄1行) 「・・・遠心成形装置を用いて以下のようにして微粉末を含有するシームレスベルトを製造した。」(3頁左下欄7〜9行), 「このシームレスベルトの外側の表面固有抵抗値を直流四端子法で測定したところ,40KΩ/□という値を示した。」(3頁右下欄15〜17行), 「[実施例 2](4頁右上欄3行) 「・・・このシームレスベルトの外側の表面固有抵抗値を直流四端子法で測定したところ,3.9KΩ/□という値を示した。」(4頁左下欄11〜13行) (2) 刊行物2にも,次の記載がある(甲5号証)。
「導電性支持体上に,感光層を積層してなる電子写真感光体において,導電性支持体が,熱硬化性樹脂をバインダーとして導電性微粉末を分散した分散液を用いて遠心成形することにより形成されたシームレスベルトであることを特徴とする電子写真感光体。」(特許請求の範囲) 「[実施例 1](3頁右下欄2行) 「このシームレスベルトの外側の表面固有抵抗値は2.9×104Ω/□(20℃,55%RH)であった。」(4頁左上欄18〜20行) (3) 上記の刊行物1及び2の記載によれば,刊行物1及び2には,「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とすると共に,遠心成形してなる導電性シームレスベルト」が記載されていることが明らかである。また,刊行物1の上記実施例1及び2,刊行物2の上記実施例1で製造されたシームレスベルトの各表面固有抵抗値は,それぞれ40KΩ/□,3.9KΩ/□,2.9×104Ω/□であり,これらは,いずれも「表面抵抗値107Ω/□以下」に該当するものであるから,刊行物1及び2には,それぞれ,「有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とすると共に,遠心成形してなるシームレスベルトであって,その表面抵抗値が107Ω/□以下である導電性シームレスベルト」との発明が開示されていると認められる。
(4) 原告は,刊行物1の実施例に記載された方法で,シリコーンゴムの硬化層を用いて導電性シームレスベルトを製造した場合,シリコーンゴム層内面にトルエンの蒸発むらにより多数の凹凸とうねりが発生し,シームレスベルトにその多数の凹凸とうねりが転写されるため,その表面精度が著しく劣るものしか得られないことが,実験により確認された,刊行物2に記載された実施例においても,シームレスベルトに多数の凹凸とうねりが転写されるため,その表面精度が著しく劣るものしか得られないことは,刊行物1の場合と同様である,引用発明は,表面精度が著しく劣るものであり,このような引用発明から,表面精度が優れた本件発明1に想到することは容易ではない,と主張する。
確かに,甲第12号証の実験報告書において得られたベルトの表面に発生した凹凸ないしうねりは,シリコーンゴム硬化層の凹凸ないしうねりが転写されたものであることは認められる(甲12号証)。
しかし,刊行物1には,次の記載がある(甲4号証)。
「本発明の微粉末を含有するシームレスベルトの製造方法は,微粉末を分散させた熱硬化性樹脂溶液を,円筒型内面に注入して加熱しつつ遠心成形するにあたり,あらかじめ円筒型内面に,溶剤に溶解した液状硬化型のシリコンゴムの硬化層を遠心成形することにより形成することができる。」(2頁右上欄下から4行〜左下欄2行), 「なお本発明でシームレスベルトの原料である熱硬化性樹脂の成形に先立って,円筒型内面に型面を形成するに用いる材料は,型内面の偏心を修正する目的だけの為には,シリコンゴム以外の材料でもよいが,好ましくは離型剤としての特性を有するシリコンゴムを用いるものである。」(3頁右上欄10〜15行)」 また,刊行物2にも,「・・・あらかじめ円筒型内面に,溶剤に溶解した液状硬化型のシリコーンゴムの硬化層を遠心成形することにより形成しておくことが好ましい。」(甲5号証2頁左下欄5〜7行)との記載がある。
これらの記載によれば,刊行物1及び2に記載された導電性シームレスベルトを製造するにあたり,その実施例に記載されているようにシリコーンゴムの硬化層をあらかじめ設けておくことは,必須の工程ではなく,単に,好ましいとされている任意の工程にすぎないことが認められる。
そして,@特開昭61-95361号公報には「揮発性溶剤に溶解した熱硬化性樹脂に導電性微粉末を混合した混合液を,円筒型に注入し加熱しつつ遠心成形して一面に導電層が形成されたベルトを形成し,該ベルトの導電層表面に光導電層又は誘電体層を形成することを特徴とする静電記録転写用ベルトの製造法」(乙第3号証・特許請求の範囲)が記載され,A特開昭60-166424号公報には「芳香族ポリイミドまたは芳香族ポリイミド前駆体と有機極性溶媒との組成物からなる成形用ドープ液を円筒状型の内壁にスクレーパ・・・を用いて展開して,該内壁面に円筒状の塗膜を形成し,該円筒状型を回転しながら前記塗膜を加熱し乾燥固化させた後,さらにこれを加熱してイミド化および/または溶媒除去することを特徴とするポリイミド樹脂管状物の製造法」(乙第4号証・特許請求の範囲)において,「離型剤としてはオイル型,コンパウンド型,溶液型,エマルジョン型,エアゾール型などのシリコーン系離型剤」(乙第4号証3頁右下欄13〜15行)を使用することが記載され,B特開平1-139228号公報には「合成樹脂溶液をシリンダー内周面に塗布したのち該溶液中の溶媒を一部半乾燥して得られる合成樹脂管状物を,シリンダーから剥離して芯材を挿入し,次いで加熱により残留溶媒を除去することを特徴とする管状物の製造方法」(乙第5号証・特許請求の範囲)が記載されていることからすれば,導電性シートベルトを遠心成形するには,シリコーンゴム硬化層を用いる方法以外に,単に円筒型内に樹脂溶液を注入する方法(上記乙第3号証の方法),円筒型に予め離型剤を塗布しておく方法(上記乙第4号証の方法),型内で半乾燥後,合成樹脂管状物を取り外して更に乾燥する方法(上記乙第5号証の方法)など種々の方法があることが認められる。
そうすると,刊行物1及び2において,表面抵抗値の数値が直接記載されているのは,その実施例についてのみであるとしても,上記のような技術常識参酌すれば,このような表面抵抗値を有する導電性シームレスベルトは,同実施例に記載された,シリコーンゴムの硬化層をあらかじめ設けておく方法以外でも製造できることは自明である。
仮に,原告が主張するように,刊行物1の実施例に記載された方法では,シリコーンゴム硬化層を設けたことにより,多数の凹凸とうねりがある導電性シームレスベルトしか得られないとしても,刊行物1及び2においては,上記のとおり,シリコーンゴム硬化層を用いない方法により,導電性シームレスベルトを製造することを排除しているわけではないから,引用発明のものを,刊行物1及び2に記載の実施例に記載されたシリコーンゴム硬化層を用いる方法により製造されたものに限定する必要はなく,したがって,その表面精度が著しく劣るものに限定して理解する必要はないのである。
そうすると,甲12号証の実験報告書の実験は,刊行物1に記載された実施例の条件を大幅に変更した条件で実験したものであり,そもそも刊行物1の実施例1の再現実験であるとは到底いうことができない,とする被告の主張について検討するまでもなく,引用発明の導電性シームレスベルトの表面精度が著しく劣るものに限定されることを前提として,このような引用発明から,表面精度が優れた本件発明1を想到することは容易ではない,とする原告の主張は採用し得ない。
2 取消事由2(刊行物3ないし8に記載された発明の認定の誤りによる相違点判断の誤り)について (1)@ 刊行物3には,「近年レーザープリンターのような可干渉性光源を用いる電子写真記録法においては,基材の表面が平滑な場合には,感光体表面と基材との間で干渉縞が発生する。この対策として,基板表面を厚み方向に0.1〜2μm程度の範囲で粗面化する必要がある。」(甲6号証2頁左下欄2〜7行)と記載されている。
A 刊行物4には,「複写機の感光ドラムとしては,・・・アルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる引抜管の表面を切削により鏡面加工したものが用いられている。鏡面加工した管の表面粗度は0.2〜0.8μm程度であるが,最近,OPC(有機光導電体)やアモルファスシリコンを塗布した感光ドラムにおいては,それより高い表面精度の高いもの(たとえば0.15μm以下の表面粗度)が要求されるようになってきている。これは,従来のセレンなどの無機光導電体に比べ塗膜厚が薄いため,表面粗度が大きいと画像特性に悪影響が出るからである。」(甲7号証1頁左下欄下から4行〜右下欄11行)と記載されている。
B 刊行物5には「通常電荷発生層は導電性支持体の上に接触させて設けられているため,例えば導電性支持体の表面が最大表面粗さ0.7ミクロン以上で且つ平均表面粗さ0.5ミクロン以上の表面粗さをもつ時には,その全表面に亘つて均一な薄膜層を形成させることが困難となつている。すなわち,支持体の表面粗さが大きいものほど見かけ状の膜厚が上昇し,このため電子写真感光体の感度を低下させることになつている。このため,支持体表面の粗さをできる限り小さくすることが必要である」(甲8号証2頁左上欄15行〜右上欄5行)と記載されている。
C 刊行物6には,「転写体を無端転写ベルトで構成するとともに,この無端転写ベルトの裏面を粗く,表面を平滑にしたことを特徴とする画像形成装置。」(甲9号証・特許請求の範囲)と記載されている。
D 刊行物7には,「定着ローラとしてトナーオフセツトを起こし難くするために,そのローラ周面は,略々1μ以下の表面粗さになるよう仕上げる必要がある」(甲10号証3頁左上欄13〜16行)と記載されている。
E 刊行物8には,「(1)シリンダーの内周面に形成後,引き出して得られる複合管状物であつて,シリンダーの内周面にフツ素樹脂溶液を塗布し層状に硬化させて形成されたフツ素樹脂製管状外層と,この管状外層の内周面に一体形成されたポリイミド樹脂製管状内層とを備えていることを特徴とする複合管状物。・・・(4)フツ素樹脂製管状外層の外周面の表面粗さが1μm以下である請求項(1)ないし(3)のいずれか一項に記載の複合管状物。」(甲11号証・特許請求の範囲),「・・・導電性物質を含有した状態のものを用いると,得られる複合管状物を,例えば複写機等の定着用ベルトとして用いた場合,効果的であり好ましい。」(同4頁右上欄3〜6行)と記載されている。
このような刊行物3ないし8の記載からすれば,シームレスベルトの用途に応じて,その表面粗さを適当な範囲とすることは当業者が当然に行うことであると認められる。
また,特開平1-139228号公報には,「・・・シームレスベルトを得るための管状物を製造するために,特開昭60-166424号公報にはシリンダー内周面にポリアミド酸溶液を塗布,加熱して溶媒を除去し,且つポリアミド酸溶液をイミド転化せしめてポリイミド管状物を得る方法が提案されている。・・・しかし,この方法によって得られる管状物は前記欠点を解消したものであるが,管状物の外表面がシリンダーの内周面に接触した状態にて製造されるために,管状物の外表面の平滑度合(表面粗さ)はシリンダー内周面の平滑度合に依存し,キズなどがそのまま転写されることもあり,機械的強度の面で問題点を有するものである。」(乙5号証1頁右下欄18行〜2頁左上欄11行)と記載されているように,遠心成形において,成形物の表面粗さが使用する成形型の表面性状に影響を受けることは明らかである。
そうすると,刊行物1及び2に記載されたシームレスベルトにおいて,刊行物3ないし8に記載されているように用途に応じた表面粗さの最適化を行うためには,それに適した表面性状を有する成形型を採用すればよいことも明らかというべきである。
(2) 原告は,刊行物3には表面精度に優れたシームレスベルトの具体的な製造方法に関しては教示も示唆もない,刊行物4には有機高分子膜のシームレスベルトに関する記載はない,刊行物5には樹脂製のシームレスベルトの製造に関する記載はない,刊行物6には無端転写ベルトの表面を平滑にする必要があることについての記載があるのみである,刊行物7には有機高分子膜のシームレスベルトに関して表面粗さを1μm以下にするとの記載も示唆もない,刊行物8は有機高分子材料中に導電性微粉末を分散させた原材料を主成分とすると共に遠心成形してなるシームレスベルトを開示していないなどとして,引用発明と刊行物3ないし8に記載された発明をいかに組み合わせても,本件発明1に容易に想到することはできない,と主張する。
しかしながら,決定が「複写機の感光体,転写部材あるいは定着部材に応じて,表面粗さの程度が考慮されることは,刊行物3〜8に記載されているように,公知のことであるから,シームレスベルトについて,その表面粗さの程度を2.0μ以下と選定することは,当業者が容易になし得たことにすぎない。」(決定書4頁15〜18行)と認定しているように,刊行物3ないし8は,複写機の感光体,転写部材あるいは定着部材等の用途に応じて,シームレスベルトの表面粗さの程度を考慮することが公知であることを示すものであって,仮に,原告が指摘するような記載が欠けているとしても,そのことは,決定の前記認定に何ら影響を及ぼすものではない。
したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由は理由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久