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事件 平成 25年 (行ケ) 10268号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2014/05/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成26年5月7日判決言渡

平成25年(行ケ)第10268号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成26年4月23日

判 決



原 告 X

訴 訟 代 理 人 弁 理 士 中 村 和 男




被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 土 屋 知 久

神 悦 彦

瀬 良 聡 機

堀 内 仁 子



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2013−5254号事件について平成25年8月19日にした審

決を取り消す。



第2 事案の概要

本件は,特許出願拒絶査定不服審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。




争点は,@引用例2記載事項の発明該当性の判断の遺脱の有無,A同発明該当性

の判断の誤り及びB本願発明の進歩性判断の誤りの有無である。

1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成24年5月2日,名称を「放射能除染装置及び放射能除染方法」と

する発明につき,特許出願(特願2012−105192号,甲3)をし,同年7

月23日に発明の名称を「放射能除染装置」とするとともに特許請求の範囲変更

する等の手続補正をしたが(甲4)同年12月14日付けで拒絶査定を受けたので,


平成25年3月19日,これに対する不服審判請求をした(不服2013−525

4号)。

特許庁は,同年8月19日,
「本件審判の請求は,成り立たない。 との審決をし,


その謄本は同年9月4日,原告に送達された。



2 本願発明の要旨

平成24年7月23日付け手続補正書(甲4)の特許請求の範囲の請求項1に記

載された本願発明の要旨は,以下のとおりである。

「【請求項1】

水素ガスを供給する水素供給手段と,

原料水に前記水素ガスを溶解させ,常温常圧下における溶存水素量1.2〜1.

6ppmの水素分子が溶け込んだ水素水を製造する水素水製造手段と,

製造した水素水を水流にして散布する散布手段と,

を備えることを特徴とする放射能除染装置。」



3 審決の理由の要点

(1) 引用発明1について

引用例1(特開2008−26023号公報,甲1)には,以下の引用発明1が

記載されている。




「自走可能な洗浄液処理車両(11)と,仮設可能な除染テント(12)とを有し,

この洗浄液処理車両に水タンク(13)と洗浄液処理装置(14)が搭載される一

方,除染テント内に除染装置(15)が配置され,洗浄液処理装置と除染装置が洗

浄液供給ホース(16)及び洗浄液回収ホース(17)により連結されて構成され

ており,

この除染装置は,シャワー室(21)を有しており,このシャワー室内の上部に,

被災者に洗浄液処理装置により製造された洗浄液を噴射するシャワー(22)が設

けられ,

洗浄液処理装置は,洗浄液を製造する洗浄液製造装置(24)を有しており,洗

浄液製造装置は洗浄液供給ホース及び洗浄液供給ポンプ(16a)により除染装置

のシャワーに連結された,

移動式除染装置。」

(2) 進歩性について

ア 本願発明と引用発明1との一致点及び相違点

【一致点】

「洗浄液を製造する洗浄液製造手段と,

製造した洗浄液を水流にして散布する散布手段と,

を備える放射能除染装置。」

【相違点】

本願発明では,洗浄液が「常温常圧下における溶存水素量1.2〜1.6ppm

の水素分子が溶け込んだ水素水」であって,洗浄液製造手段が「水素ガスを供給す

る水素供給手段」で「原料水に前記水素ガスを溶解させ水素水を製造する水素水製

造手段」であるのに対して,引用発明1は,そのような構成を有さない点。

イ 相違点に関する審決の判断

引用例2(「臆病者の empathy!」「
,【土壌除染】除去系・吸着系実証データ 」,

[online],2011年10月26日,[平成24年5月15日検索],インターネット




」:甲2)には,「除染用の洗

浄液として水素水を用いること」
(以下「引用発明2」という。 が記載されている。


引用発明1に引用発明2を適用し,引用発明1の洗浄液として水素水を用いるこ

とに,格別の技術的困難性も阻害要因もない。

また,原料水に水素ガスを供給して溶解させることにより水素水を製造すること

は,よく知られた周知技術である。

同様に,水素水として常温常圧下における溶存水素量1.2〜1.6ppmの水

素分が溶け込んだものは広く知られた周知のものである。

そして,常温常圧下における溶存水素量1.6ppmの水素分子が溶け込んだも

のが飽和濃度であることは,当業者の技術常識であり,除染機能を高めるためにな

るべく高濃度の水素水を用いようとすることは,当業者であれば当然試みるであろ

うから,水素水として高濃度のものを用い,上記相違点に係る構成を採用すること

は,当業者が容易になし得る事項である。

そして,本願発明の効果は,実際の水素水を除染に用いることによって得られる

効果であるから,引用発明1及び実際の水素水を用いて実施した引用発明2並びに

周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであって格別なものではない。

以上のとおり,本願発明は,引用発明1及び2並びに周知技術に基づいて,当業

者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定によ

り特許を受けることができない。



第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(引用例2記載事項の発明該当性の判断の遺脱)

原告は,審判合議体による拒絶理由通知書(甲5)に対し,意見書(甲6)にお

いて,引用例2記載事項は,特許法29条1項3号が規定する「電気通信回線を通

じて公衆に利用可能となった発明」に該当しないので,引用例2は引用適格を有さ

ない旨の主張をした。ところが,審決は,引用例2記載事項の発明該当性について




認否することなく,引用例2記載事項を「引用2発明」と称して,引用例2記載事

項が発明であることを前提として進歩性を判断しており,かつ,引用例2記載事項

が発明であると判断した理由についても示していない。

したがって,審決は,引用適格性の判断を遺脱し,審決の理由を記載しなければ

ならないとする特許法157条2項4号の規定に反し,違法として取消しを免れな

い。



2 取消事由2(引用例2記載事項の発明該当性の判断の誤り)

(1) 一般に,発明は,技術的思想創作であって,所定の目的のために,所定

の構成を採用することによって所定の効果を奏するものと解され,特許法29条

項3号に規定する「発明」においても,所定の効果を奏するものでなければならな

い。

ところが,引用例2には,水素水による除染は従来の水道水による除染よりも除

染効果が劣ることが記載されている。すなわち,引用例2には,検体土壌に水素水

500mlを注ぎ,屋外日陰に10日間安置したのち,布で検体の水分を抜き,土

壌のみを採取したものと,比較対照として,土壌に水道水500mlを入れた検体

を用意し,水分を自然蒸発させ,10日後,布で検体を濾して,土壌のみを採取し

たもの(基準(標準)土壌A)について,放射性セシウムCs−134及びCs−

137について放射能(ベクレル(Bq))を測定した結果,

[水素水]

Cs-134:618Bq,Cs-137:768Bq,合計:1386Bq

[水道水]

Cs-134:589Bq,Cs-137:750Bq,合計:1339Bq

であったことが記載されている。これは,水素水は水道水よりも放射能の除染効果

が劣ることを意味し,実際に引用例2にも「除去など全くされてない!」とコメン

トされている。




そうすると,引用例2に記載されている水素水による除染は,従来の水道水によ

る除染よりも除染効果が劣るのであるから,全く効果を奏するものではなく,引用

例2記載事項は発明に該当しない。

なお,審決は,引用例2には,除染の条件や方法によっては,更なる効果が期待

できることが示唆されており,当業者であれば,引用発明2を改良すべくその実施

を試みることは,当然想定し得ることであるとする。しかし,この「放射性セシウ

ムが20%ほど減ること」は水道水を水素水にすることによる効果ではなく,水道

水又は水素水によって除染することによる効果であって,従来の技術であっても奏

する効果であるから,引用例2に記載されている「水素水による除染は従来の水道

水による除染よりも除染効果が劣ること」を否定するものではない。

(2) 本願発明が属する放射能除染の技術分野は,その構成からは効果の予測が

困難な技術分野であり,このような技術分野においては,その構成を提示しただけ

では特許法2条1項が規定する技術的思想,すなわち,発明とはいえず,その構成

を採用したことによる所期の効果を併せて提示することによって初めて技術的思想

といい得ると解される。

また,引用発明は,いわゆる未完成発明であってはならず,目的とする所期の効

果を上げることができない発明は,未完成発明であり引用適格はないと解すべきで

ある。本願発明が属する放射能除染の技術分野は,その構成からは効果の予測が困

難な技術分野であり,除染に用いる溶液に溶解させる物質には何万・何億と候補と

なる選択肢があり得る中で,実際に除染効果がある選択肢を見出すことが発明者

課せられた課題であるから,単に選択肢を示しただけで,その選択肢が所期の効果

を上げることを確認できていない場合は,その提示情報は技術的に何ら価値がない

ものであり,未完成発明というべきものであって,引用適格はない。



3 取消事由3(相違点についての容易想到性の判断の誤り)

引用例2には,水素水による除染は,従来の水道水による除染よりも除染効果が




劣ることが記載されており,引用発明2を引用発明1に適用すると,従来の水道水

による除染よりも除染効果が劣ってしまい,発明の目的に反する方向に変更するこ

とになるから,その組合せには阻害要因があり,当業者が容易に想到することがで

きたものではない。

審決は,引用例2に「放射性セシウムが20%ほど減ること」が記載されている

ために,阻害要因はないと認定しているが,上記2で述べたとおり,これは水道水

を水素水にすることによる効果ではないので,引用例2に記載されている「水素水

による除染は従来の水道水による除染よりも除染効果が劣ること」を否定するもの

ではない。

仮に,阻害要因という表現が適切でないとしても,発明の目的に貢献しない組合

せは,引用発明の組合せに動機があるとはいえず,いずれにせよ,本願発明は引用

発明1から容易に想起できたものとはいえない。



第4 被告の反論

1 取消事由1に対し

後記2のとおり,引用例2に記載された事項は技術的思想として明確に理解でき

るものであり,審決には,
「引用例2には『除染用の洗浄液として水素水を用いるこ

と』(以下「引用2発明」という。」
)(5頁26行〜27行)と明記されており,こ

のことは,引用例2に「除染用の洗浄液として水素水を用いること」という発明が

記載されていると認定していることに他ならない。

したがって,審決が発明該当性について認否していないという原告の主張は理由

がない。



2 取消事由2に対し

特許法でいう「発明」とは,
自然法則を利用した技術的思想創作のうち高度の

もの」(特許法2条1項)である。




したがって,原告の主張する「発明該当性」及び本件の拒絶理由となった特許法

29条2項の「前項各号に掲げる発明」も,この規定に基づくべきものである。

そして,引用例2には,
「除染用の洗浄液として水素水を用いること」が記載され

ており,これは,その構成からみて明らかに「自然法則を利用した技術的思想の創

作」であるから,「発明」であることは自明である。



3 取消事由3に対し

(1) 原告は,引用例2の効果に関する記載を根拠に引用発明1に引用発明2を

適用することに阻害要因がある旨主張するが,以下のとおり,理由のないものであ

る。

引用例2の「汚染水をろ過すると,放射性セシウムが20%ほど減ることはみて

とれます」との記載及びグラフから見た標準土壌BとB水素水との対比によれば,

水素水が他の選択肢と同等に一定の放射性セシウムを減少させると客観的に見られ

る。このことを考慮すれば,引用例1において水に除染剤を添加して汚染物質を除

染する洗浄液が製造されることが記載され,汚染水のろ過工程が後工程として存在

しているのであるから(段落【0021】【0022】参照)
, ,当業者であれば,引

用発明1の放射性物質等の除染装置に用いる洗浄液として,引用例2において,放

射性物質の除染系の選択肢として挙がっている水素水を試みてみることに何ら困難

性はないといえる。

溶存水素量については,1.2〜1.6ppm程度のものも本件出願前に販売さ

れており(乙2),常温常圧下における飽和濃度が1.6ppmである状況で,水素

水の効果を目的とする以上できるだけ高濃度に設定する方が望ましいことは当然で

ある。

したがって,引用発明1に引用発明2を適用することに阻害要因があるとする原

告の主張には,理由がない。

(2) 原告は,引用例2には「水素水による除染は従来の水道水による除染より




も除染効果が劣ること」が記載されていることを前提として阻害要因があると主張

するが,引用例2には,そのような記載はない。原告が取り上げる「除去など全く

されていない」との記載は,ドライヤーを使って水分を蒸発させただけの例(汚染

水のろ過が行われない例)との比較で,汚染水のろ過がされればいずれも20%程

度低下することを前提として,除去系(除染系)の媒体として創生水,EM菌,水

素水のいずれを用いても,水道水の場合と効果の差がないことを述べたものである。

したがって,引用例2には「水素水による除染は従来の水道水による除染よりも

除染効果が劣ること」が記載されていることを前提とした原告の主張は,失当であ

る。



第5 当裁判所の判断

1 本願発明について

本願明細書(甲3,4)によれば,本願発明につき,以下のことが認められる。

本願発明は,放射能除染装置に関するものである(段落【0001】。


放射性物質による汚染の除去は,除染と呼ばれ,一般の汚染除去と区別される。

除染の原則は,放射性物質を土壌,水,大気中に拡散させないで,可能な限り汚染

場所から剥ぎ取ることである(段落【0002】。除染作業をする際には,放射能


による内部被曝,外部被曝を極力防止しなければならない(段落【0003】。


従来,放射性物質を除染する場合には,ブラシやウエスなどで拭き取る,いわゆ

るスクラビング方式や,高圧水ジェット除染,又は高圧水の代わりに何らかのブラ

スト材を吹き付けるブラスト除染などが多く行われている(段落【0005】。


また,放射性汚染物を,有機酸として,リンゴ酸,クエン酸,ギ酸,シュウ酸,

グリセリン酸,酒石酸及びグリコール酸の一種又は二種以上を総量で0.4〜50%

を含み,溶剤が水である,放射性汚染物の除染液に浸漬し,かつ,水流洗浄する放

射性汚染物の除染方法(段落【0006】)や,除染用水をノズルから噴出させて放

射能汚染物を除染する際,水流に超音波波動を付与することによって放射性物質の




除去効果を高める超音波流水式放射能除染装置(段落【0007】)も開示されてい

るが,これらは,いずれにしても,水により放射能除染を行っている(段落【00

09】。


本願発明の目的は,放射能除染効率に優れた放射能除染装置を提供することにあ

り,水素水は,高い還元性を有することから,金属の酸化や食品類の腐敗を抑制す

る効果があるとされ,また,飲用へ転用した場合には様々な健康障害の改善を期待

できるとして注目されており,本発明者は,水素ガスを高濃度に溶存させた水素水

を,放射能除染の洗浄液として用いると,除染効率が非常に高まることを見出した

(段落【0010】。


本願発明は,前記の本願発明の構成を採ったことにより,放射能除染効率に優れ

た放射能除染装置を提供することができ,その結果,放射能除染作業の効率化を図

ることができるという効果を奏するものである(段落【0013】。




2 引用発明1について

引用例1(甲1)によれば,引用発明1などにつき,以下のことが認められる。

引用例1に記載された特許発明(以下「引用特許発明」という。 は,
) 放射性物質,

生物剤,化学剤などによるNBC災害時に,被災者や各種設備に対して除染処理を

実施するための移動式除染装置に関するものである(段落【0001】。


例えば,NBC(核−Nuclear,生物−Biological,化学−Chemical)災害が発生し

た場合,人や各社の設備が汚染されることから,被災者や各種機器に付着した汚染

物質を直ちに除去する必要がある。一般的には,除染設備にて,被災者や各種機器

に付着している汚染物質を水や溶剤により除染することが考えられるが,この場合,

被災者が除染設備を有する場所へ行って除染処理を実施しなければならず,対応に

時間がかかってしまうという問題がある(段落【0002】。


そこで,除染設備を緊急的に設営することにより効果的な除染を可能としたもの

や除染設備を簡単に移動可能とした従来例があるが(段落【0003】,従来の除





染設備にあっては,被災者や各種機器を除染剤やエアにより除染することができる

ものの,この除染処理に使用した処理液には,除去した放射性物質,生物剤,化学

剤などの汚染物質が含有されており,この処理液を適正に処理することにより二次

災害を防止する必要がある(段落【0006】。


引用特許発明は,このような問題を解決するものであって,汚染物質を適正に処

理して安全性の向上を図った移動式除染装置を提供することを目的とする(段落【0

007】。


引用特許発明は,走行可能な洗浄液処理車両に洗浄液製造手段と洗浄液再処理手

段を搭載するとともに,洗浄液製造手段により製造された洗浄液により除染対象体

から汚染物質を除去する除染手段を設け,洗浄液製造手段として,水タンクと,こ

の水タンクの水に除染剤を添加して汚染物質を除染する洗浄液を精製する洗浄液精

製手段とを設け,洗浄液再処理手段として,除染後の使用済洗浄液から粗粒子を除

去する第1ろ過手段と,使用済洗浄液に含有される化学剤を分解するとともに生物

剤を殺菌する分解殺菌手段と,使用済洗浄液から汚染微粒子を除去する第2ろ過手

段と,使用済洗浄液から汚染残渣を除去する第3ろ過手段と,使用済洗浄液からイ

オン物質を除去する第4ろ過手段とを設けた移動式除染装置である(段落【002

1】。


引用特許発明は,洗浄液製造手段により水に除染剤を添加して汚染物質を除染す

る洗浄液を精製し,除染手段により洗浄液を用いて除染対象体から汚染物質を除去

し,洗浄液再処理手段により使用済洗浄液から粗粒子を除去し,化学剤を分解する

とともに生物剤を殺菌し,汚染微粒子を除去し,汚染残渣を除去し,イオン物質を

除去する。その結果,除染対象体から放射性物質,生物剤,化学剤などの汚染物質

を確実に除去するとともに,使用済洗浄液を適正に処理することで,洗浄液の再利

用が可能となり,安全性を向上して環境汚染を防止することができ,また,洗浄液

処理車両に洗浄液製造手段と洗浄液再処理手段を搭載することで,装置のコンパク

ト化を図ることができるとともに,除染場所に早期に移動することで早期に除染作




業を実施することができるという効果を奏するものである(段落【0022】。


引用発明1は,上記引用特許発明実施例であり,自走可能な洗浄液処理車両(1

1)と,仮設可能な除染テント(12)とを有し,この洗浄液処理車両に水タンク

(13)と洗浄液処理装置(14)が搭載される一方,除染テント内に除染装置(1

5)が配置され,洗浄液処理装置と除染装置が洗浄液供給ホース(16)及び洗浄

液回収ホース(17)により連結されて構成されており,この除染装置は,シャワ

ー室(21)を有しており,このシャワー室内の上部に,被災者に洗浄液処理装置

により製造された洗浄液を噴射するシャワー(22)が設けられ,洗浄液処理装置

は,洗浄液を製造する洗浄液製造装置(24)を有しており,洗浄液製造装置は,

洗浄液供給ホース及び洗浄液供給ポンプ(16a)により除染装置のシャワーに連

結された,移動式除染装置である。



3 取消事由2(引用例2記載事項の発明該当性の判断の誤り)について

事案に鑑み,取消事由2から検討する。

(1) 引用例2の記載事項

本願出願前に日本国内において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったブ

ログの内容を示す引用例2(甲2)には,以下の記載がある。

「【土壌除染】除去系・吸着系実証データ

2011年10月26日21時19分23秒

テーマ:原発事故関連

土壌の除染が少しずつ進められている,と最近もTVでは報道されるようになりま

した。」

「さて,除染には『吸着』と『除去』の二つの手法があります。

ネットでも割りと有名になっているものを実際に専門機関に検体を送ったデータ

があったので,張っておきます。

*放射性セシウムについてのデータです。




【メモ】

◆アイテムと方法

▽除染系

・創生水

・EM菌

・水素水

⇒検体土壌に,アイテム500mlを注ぎ,屋外日陰に10日安置したのち,布で

検体の水分を抜き,土壌のみを採取する。」

その下部に,以下の表(注:裁判所において表1と付した)が貼られ,さらに「◆

結果」として,以下の表(注:裁判所において表2と付した。)が貼られている



表1





表2




「一回だけでは,大した量は除染できなかったようです。

ただ,この結果によって汚染水をろ過すると,放射性セシウムが20%ほど減るこ

とは見てとれますし吸着系も,同じ程度は効果が期待できるようです。」

(2) 引用例2記載事項の発明該当性について

以上のとおり,引用例2には,放射性セシウムによる土壌の除染について記載さ

れており,具体的には,
「創生水」「EM菌」「水素水」500mlをそれぞれの検
, ,

体土壌に注ぎ,屋外日陰に10日間安置した後,布で検体を濾して残った水分を抜

き,土壌のみを採取して分析したところ,標準土壌B(土壌に水道水500mlを

入れた検体に対して,10日後,ドライヤーを使って水分を蒸発させ,土壌を採取

したもの)との比較において,
「創生水」「EM菌」「水素水」のいずれを検体土壌
, ,




に注いで濾過した場合でも,放射性セシウムが20%ほど減ることが記載されてい

る。

以上の記載によれば,引用例2には,審決が認定したとおり,
「除染用の洗浄液と

して水素水を用いること」が記載されていると認められる。そして,
「除染用の洗浄

液として水素水を用いること」 「自然法則を利用した技術的思想創作
が, であり,

特許法2条1項で定義される「発明」に該当するものであることは明らかである。

したがって,引用例2に記載された事項である「除染用の洗浄液として水素水を

用いること」が,特許法29条1項3号及び同条2項における「発明」に該当する

ものと認められる。

(3) 原告の主張について

原告は,特許法29条1項3号に規定する「発明」は,所定の効果を奏するもの

でなければならないが,引用例2には,水素水による除染は従来の水道水による除

染よりも除染効果が劣ることが記載されており,全く効果を奏するものではなく,

引用例2記載事項は発明に該当しないと主張する。

しかし,特許法29条1項3号及び同条2項における「発明」は,同法2条1項

の定義によるものと解されるから,自然法則を利用した技術的思想創作のうち高


度のもの」であれば足り,課題を解決する方法として,一定の効果を有するもので

あれば足り,従来技術よりも優れた効果を奏するものでなければならないと解する

必要はない。上記のとおり,引用例2には,水素水を洗浄液として用いた場合に,

標準土壌Bとの比較において,土壌に含まれる放射性セシウムが減少し,除染の効

果を奏することが理解できるのであるから,水道水による除染よりも効果が劣ると

しても,原告主張のように全く効果を奏しないものではなく,原告の主張は採用で

きない。

また,原告は,本願発明が属する放射能除染の技術分野は,その構成からは効果

の予測が困難な技術分野であり,このような技術分野においては,単に選択肢を示

しただけで,その選択肢が所期の効果を挙げることを確認できていない場合は,未




完成発明というべきものであり,引用適格はないと主張する。

しかし,引用例2には,
「除染用の洗浄液として水素水を用いること」により,土

壌に含まれる放射性セシウムが減ることが記載されており,所期の効果を奏するも

のと認められるから,未完成発明とはいえない。また,原告の主張する「所期の効

果」を「従来技術よりも優れた効果」の意と解した場合であっても,従来技術より

も優れた効果を奏しないからといって,未完成発明であるとはいえないことは明ら

かである。

(4) 以上によれば,引用例2に記載された引用発明2は,「発明」であり,引

用適格性を欠いていると認めることはできず,引用発明2を副引用例として用いた

審決の判断に誤りはない。

なお,仮に,引用例2に記載された事項が発明に該当しないとしても,引用発明

1が,特許法29条2項,同条1項3号の「頒布された刊行物に記載された発明」

に該当することは明らかであり,この引用例に基づく発明との相違点に係る構成を,

発明以外の事項(例えば,当事者にとっての周知技術技術常識)から適用するこ

とも何ら問題がないのであるから,いずれにせよ,原告主張の取消事由は理由がな

い。



4 取消事由1(引用例2記載事項の発明該当性の判断の遺脱)について

原告は,審決が,引用例2記載事項の発明該当性についての判断の遺脱があり,

かつ,引用例2記載事項が発明であると判断した理由についても示しておらず,審

決の理由を記載しなければならないとする特許法157条2項4号の規定に反し,

違法であると主張する。

審決には,
「引用例2には,
『除染用の洗浄液として水素水を用いること』
(以下「引

用2発明」という。)が記載されている。(5頁)との記載があり,引用例2に記載


された事項である「除染用の洗浄液として水素水を用いること」が,「引用2発明」

であることを明示し,「発明」であることを認定しているものと認められる。




そして,特許法29条1項3号及び同条2項における「発明」は,同法2条1項

の定義によるものと解されるところ,「除染用の洗浄液として水素水を用いること」

が,
自然法則を利用した技術的思想創作」であり,同項で定義される「発明」に

該当するものであって,同法29条1項3号及び同条2項における「発明」に該当

するものであることは前記のとおり明らかであり,審決は,引用例2の記載事項か

ら引用発明2を認定するに当たって,引用例2の記載を摘記した上で,そこから抽

出できる技術的思想を記載しているものである。審決は,原告の発明該当性を欠く

旨の主張に対し,明確に反論を説示するものではないため,やや判読しにくい面が

あるとしても,当業者が当該記載を見れば,理解ができる程度に理由を記載したも

のということができる。

したがって,原告の主張には理由がない。



5 取消事由3(相違点についての容易想到性判断の誤り)について

(1) 引用発明1は,前記2のとおり,放射性物質を含む汚染物質を除染するた

めの移動式除染装置に関するものであるところ,除染テント内に配置された除染装

置を構成するシャワー室の室内上部に,被災者に洗浄液を噴射するシャワーが設け

られ,水流により洗浄液を散布する仕組みとなっている。上記洗浄液は,洗浄液製

造装置により製造されるものであるが,引用例1には,洗浄液として,@所定温度

まで加温された加温水だけの洗浄液,A加温水に対して,除染剤として中和剤,分

解剤,殺菌剤,界面活性剤などを添加した洗浄液,B電界促進剤を添加して電気分

解した酸性電解水からなる洗浄液のいずれかを選択できること(段落【0043】)

が記載されている。引用発明1に係る移動式除染装置では,このような洗浄液を用

いることにより,除染対象としての被災者から放射性物質などの汚染物質を除去す

るものと解される(段落【0040】。


一方,引用例2には,
「創生水」「EM菌」「水素水」500mlをそれぞれの検
, ,

体土壌に注ぎ,屋外日陰に10日間安置したのち,布で検体を濾して残った水分を




抜き,土壌のみを採取して分析したところ,標準土壌B(土壌に水道水500ml

を入れた検体に対して,10日後,ドライヤーを使って水分を蒸発させ,土壌を採

取したもの)との比較で,放射性セシウムが20%ほど減ることが記載されている。

また,引用例2には,土壌に水道水500mlを入れた検体に対して,水分は自然

蒸発のみとし,10日後,布で検体を濾して(すなわち,汚染水をろ過し)土壌の

みを採取したもの(標準土壌A)についても分析したところ,上記同様,標準土壌

Bとの比較で,放射性セシウムが20%ほど減ることが記載されている。

以上によれば,引用例2には,除染用の洗浄液として「創生水」「EM菌」「水
, ,

素水」「水道水」を用いることにより,土壌に含まれる放射性セシウムが減ること


が記載されているといえる。そして,その放射性セシウムの減少量は,いずれの洗

浄液を用いた場合でも,標準土壌Bとの比較で20%ほどであり,ほぼ同程度と認

められる。

引用発明1は,上記のとおり,洗浄液として,加温水だけの洗浄液のほか,加温

水に対して除染剤を添加した洗浄液などを用いることができるものであり,洗浄液

として,水以外の成分を含むものを用いることも予定されているから,引用例2の

記載に接した当業者であれば,引用発明1において,洗浄液として,水に加えて,

水素を用いることも動機付けられるといえる。

そして,原告も認めるとおり,水素水の製造方法として,原料水に水素ガスを溶

解させることは,周知技術であり,また,
「常温常圧下における溶存水素量1.2〜

1.6ppmの水素分子が溶け込んだ水素水」 水素水として通常のものである。
も,

そうすると,引用発明1に係る移動式除染装置において,洗浄液として「水素水」

を用いることとし,引用発明1における洗浄液製造装置に,
「水素ガスを供給する水

素供給手段」を備えさせるとともに,
「原料水に前記水素ガスを溶解させ,常温常圧

下における溶存水素量1.2〜1.6ppmの水素分子が溶け込んだ水素水を製造

する水素水製造手段」を備えさせることは,当業者が容易に想到することである。

(2) 原告は,引用例2には,水素水による除染は,従来の水道水による除染よ




りも除染効果が劣ることが記載されており,引用発明2を引用発明1に適用すると,

従来の水道水による除染よりも除染効果が劣ってしまい,発明の目的に反する方向

変更することになるから,その組合せには阻害要因があり,当業者が容易に想到

することができたものではないと主張する。

確かに,前記3(1)の引用例2記載の表1及び2によれば,水素水500mlを検

体土壌に注ぎ,屋外日陰に10日間安置したのち,布で検体を濾して残った水分を

抜き,土壌のみを採取して分析した結果(表2の「B水素水」)は,水道水500m

lを10日間自然蒸発させた後,布で検体を濾して土壌のみを採取して分析した結

果(表2の「(標準土壌A(水道水)」と比較して,放射性セシウムの減少量が少な


くなっている。しかし,その差はわずかであって,当業者は,通常,この程度の差

が,実験条件及び測定条件のばらつき等により生じ得る程度のものであって,有意

な差とはいい難いものと理解する。したがって,水素水による除染(B水素水)と,

水道水による除染(標準土壌A(水道水))との間に若干の程度の差があるからとい

って,引用発明1において引用発明2を適用することが阻害されているとまではい

えないから,原告の主張は採用できない。

また,原告は,阻害要因という表現が適切でないとしても,発明の目的に貢献し

ない組合せは,引用発明の組合せに動機付けがあるとはいえず,いずれにせよ,本

願発明は引用発明1から容易に想起できたものとはいえないと主張する。

しかし,上記のとおり,引用例2には,
「創生水」「EM菌」「水素水」「水道水」
, , ,

を用いることにより,土壌に含まれる放射性セシウムが20%減少したことが記載

されており,水以外の成分を加えて洗浄液を作成する場合に,水素を含ませること

容易に想到できることからすれば,引用発明1に引用発明2の水素水を組み合わ

せることが,発明の目的に貢献しないとはいえず,その組合せに動機付けは認めら

れるものであるから,原告の主張は採用できない。



第6 結論




以上によれば,原告主張の取消事由1〜3はいずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。




知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

清 水 節




裁判官
中 村 恭




裁判官

中 武 由 紀