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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 25年 (ワ) 1470号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 大阪地方裁判所 
判決言渡日 2014/03/13
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成26年3月13日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官


平成25年(ワ)第1470号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成26年1月24日

判 決



原 告 井筒屋化学産業株式会社



同訴訟代理人弁護士 古 田 哲 朗

同 河 津 和 明

同 河 津 典 和

同補佐人弁理士 風 早 信 昭



被 告 株式会社理研グリーン



同訴訟代理人弁護士 小 笠 原 匡 隆

同 増 田 雅 史

同 小 野 寺 良 文

同 飯 塚 卓 也

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 当事者の求めた裁判

1 原告
(1) 被告は,別紙被告製品目録記載の製品を製造し,販売し又は販売の申出を

してはならない。

(2) 被告は,前項の製品を廃棄せよ。

(3) 被告は,(1)の製品について,農薬登録の抹消手続をせよ。

(4) 被告は,原告に対し,4億2240万円並びに内9600万円に対する平

成22年4月1日から,内9600万円に対する平成23年4月1日から,

内9600万円に対する平成24年4月1日から及び内1億3440万円に

対する平成25年2月23日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合によ

る金員を支払え。

(5) 訴訟費用は被告の負担とする。

(6) 仮執行宣言

2 被告

主文同旨

第2 事案の概要

1 前提事実(当事者間に争いがない。)

(1)当事者

原告は,農薬の製造及び販売等を目的とする会社である。

被告は,農薬,産業用薬剤,医薬品,動物用医薬品,肥料,飼料,飼料添

加物,農業用機械器具及びその他の農業用資材の製造,販売並びに輸出入等

を目的とする会社である。

(2)原告の有する特許権

原告は,以下の特許(以下「本件特許」といい,
【請求項1】に係る発明を

「本件特許発明」という。また,本件特許出願の願書に添付された明細書及

び図面を「本件明細書等」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」とい

う。)を有する。

特許番号 第2855181号
発明の名称 松類の枯損防止用組成物及び防止方法

出願日 平成5年12月10日

登録日 平成10年11月27日

特許請求の範囲

【請求項1】下記構造式で表わされるLL−F28249系化合物,及びポ

リオキシエチレン硬化ヒマシ油類,ポリオキシエチレンヒマシ油類,ボリオ

キシエチレンアルキルエーテル類(判決注:「ポリオキシエチレンアルキル

エーテル類」の誤記と思われる。,
)ポリオキシエチレンアルキルフェニルエー

テル類,ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホルムアルデヒド縮

合物類,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類,ポ

リオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類,ポリオキシエチレンソルビ

トール脂肪酸エステル類,ポリグリセリン脂肪酸エステル類,ショ糖脂肪酸

エステル類,アルキル硫酸エステル類,アルカンスルホン酸類,アルキルベ

ンゼンスルホン酸類,アルキルリン酸エステル類,N−アシルサルコシン塩

類,N−アシルアラニン塩類及びコハク酸塩類よりなる群から選ばれた少な

くとも一種以上を含む界面活性剤を,メタノール,エタノール,エチレング

リコール,プロピレングリコール,ジエチレングリコール,1,3−ブチレ

ングリコール,イソプレングリコール,アセトン,アセトニトリル,テトラ

ヒドロフラン,ジオキサン,グリコールエーテル類及びグリコールエステル

類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上を含有する水と混和しうる溶

剤に溶解させた後,水を加える方法により,LL−F28249系化合物の

水に対する溶解性及び樹体内での分散性を向上させた,マツノザイセンチュ

ウを駆除するための松類の枯損防止用組成物。

【化1】
【化2】
(3) 本件特許発明は,以下のとおり分説することができる。

A 下記構造式で表わされるLL−F28249系化合物,及び

B ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油類,ポリオキシエチレンヒマシ油類,

ポリオキシエチレンアルキルエーテル類,ポリオキシエチレンアルキル

フェニルエーテル類,ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホ

ルムアルデヒド縮合物類,ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンア

ルキルエーテル類,ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類,

ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル類,ポリグリセリン脂

肪酸エステル類,ショ糖脂肪酸エステル類,アルキル硫酸エステル類,

アルカンスルホン酸類,アルキルベンゼンスルホン酸類,アルキルリン

酸エステル類,N−アシルサルコシン塩類,N−アシルアラニン塩類及

びコハク酸塩類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上を含む界面

活性剤を,

C メタノール,エタノール,エチレングリコール,プロピレングリコール,

ジエチレングリコール,1,3−ブチレングリコール,イソプレングリ
コール,アセトン,アセトニトリル,テトラヒドロフラン,ジオキサン,

グリコールエーテル類及びグリコールエステル類よりなる群から選ばれ

た少なくとも一種以上を含有する水と混和しうる溶剤に溶解させた後,

D 水を加える方法により,

E LL−F28249系化合物の水に対する溶解性及び樹体内での分散性

を向上させた,マツノザイセンチュウを駆除するための松類の枯損防止

用組成物。

(4)被告の行為

被告は,業として,別紙被告製品目録記載の製品(以下「被告製品」とい

う。)を製造販売している。

2 原告の請求

原告は,被告に対し,被告の行為により本件特許権を侵害されたとして,本

件特許権に基づき,被告製品の製造販売の差止め及び廃棄等を,不法行為に基

づき,4億2240万円の損害賠償並びに内9600万円に対する平成22年

4月1日から,内9600万円に対する平成23年4月1日から,内9600

万円に対する平成24年4月1日から及び内1億3440万円に対する平成2

5年2月23日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅

延損害金の支払を求めている。

3 争点

(1)被告製品は本件特許発明技術的範囲に属するか

ア 被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足するか(争点1−1)

イ 被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲に属するか

(争点1−2)

(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるか

ア 本件特許発明は本件特許出願前に頒布された特開昭57−156401

号公報(以下「乙7公報」という。)に記載された発明(以下「乙7発明」
という。 に基づいて,
) 当業者が容易に発明をすることができたものである

か (争点2−1)

イ 本件特許発明は,本件特許出願前に頒布された特開昭61−11838

7号公報(以下「乙8公報」という。 に記載された発明
) (以下「乙8発明」

という。 に基づいて,
) 当業者が容易に発明をすることができたものである

か (争点2−2)

ウ 本件特許はサポート要件及び実施可能要件に違反するか(争点2−3)

(3)被告は,本件特許発明に係る本件特許権について,先使用による通常実施

権(特許法79条)を有するか (争点3)

(4)損害額 (争点4)

第3 争点に関する当事者の主張

1 争点1−1(被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足するか)につ

いて

【原告の主張】

以下のとおり,被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足する。

(1)被告製品の構成

被告製品の構成は以下のとおりである。

a 有効成分としてネマデクチンを含有する。

b 主にPOEトリデシルエーテルとPOEノニルフェニルエーテルの混合

物である界面活性剤を含有する。

c メタノール,アセトニトリル及び2−n−ブトキシエタノールを含有す

る。

d 水を含有する。

e 松枯れ防止樹幹注入剤である。

(2)構成要件充足性

以下のとおり,被告製品は,本件特許発明構成要件をいずれも充足する。
構成要件

構成 のネマデクチンは,LL−F28249系化合物(LL−F28

249α)である。

したがって,被告製品は構成要件Aを充足する。

構成要件

構成bのPOEトリデシルエーテルはポリオキシエチレンアルキルエー

テル類であり,POEノニルフェニルエーテルはポリオキシエチレンアル

キルフェニルエーテル類である。

したがって,被告製品は構成要件Bを充足する。

構成要件

構成cのとおり,被告製品はメタノール,アセトニトリルを含有する。

また,2−n−ブトキシエタノールはグリコールエーテル類である。

したがって,被告製品は構成要件Cを充足する。

構成要件

構成dによれば,被告製品は構成要件Dを充足する。

構成要件

構成 e によれば,被告製品は構成要件Eを充足する。

カ 各成分を添加する順序の意義

(ア) 本件特許発明は水に対する溶解性及び樹体内の分散性を向上させた組

成物に係る発明であって,「物の発明」である。各成分の配合は任意の

方法で行うことができる。

本件特許発明クレームにおける各成分の添加順序は,一般的,常識

的なものを示したにすぎず,必須のものではない。

被告製品における各成分の添加順序が本件特許発明と相違したとし

ても組成物としては同一であるから,被告製品は本件特許発明の技術的

範囲に属する。
(イ) 本件特許発明技術的範囲には,水に,LL−F28249系化合物,

溶媒及び界面活性剤を加えた後,さらに水を加える場合も含まれる。

水を含む液状の組成物(混合物)を製造する場合において,扱いやす

く最も安価である水を最後に添加して全体の組成率を調整することは

通常行われることであり,被告製品の製造に当たっても行われているは

ずである。

したがって,被告製品は本件特許発明技術的範囲に属する。

【被告の主張】

以下のとおり,被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足するもので

はない。

(1)被告製品の構成

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

(2)構成要件充足性

ア 各成分を添加する順序(製造方法)の意義

(ア) 本件特許発明は,物の発明について,その物の製造方法により特定し

たものであり,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームによる

発明である。

プロダクト・バイ・プロセス・クレームは,原則として製造方法によ

り限定される。物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願

時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法

よってこれを行うほかない場合に限り,限定されない。

(イ) 本件特許出願の当初明細書における【特許請求の範囲】の記載は,以

下のとおりのものであった。

「【請求項1】下記構造式で表される,LL―F28249系化合物を
有効成分とする松類の枯損防止用組成物。」

「【請求項2】前記LL―F28249系化合物がモキシデクチンであ

る請求項1記載の松類の枯損防止用組成物。

【請求項3】請求項1記載のLL―F28249系化合物,及び非イ

オン界面活性剤を含有する界面活性剤を,水と混和しうる溶剤に溶解さ

せた後,水を加える方法により,該化合物の水に対する溶解性を改善し

た,樹体内での分散性に優れた松類の枯損防止用組成物。

【請求項4】前記非イオン界面活性剤として ポリオキシエチレン硬

化ヒマシ油類,ボリオキシエチレンアルキルエーテル類(判決注:「ポ

リオキシエチレンアルキルエーテル類」の誤記と思われる。,ポリオキ


シエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類,ポリオキシエチ

レンソルビタン脂肪酸エステル類,ポリオキシエチレンソルビトール脂

肪酸エステル類,ポリグリセリン脂肪酸エステル類及びショ糖脂肪酸エ

ステル類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上を含むことを特

徴とする請求項3記載の松類の枯損防止用組成物。

【請求項5】前記水と混和しうる溶剤がメタノール,エタノール,エ

チレングリコール,プロピレングリコール,ジエチレングリコール,1,

3−ブチレングリコール,イソプレングリコール,アセトン,アセトニ

トリル,テトラヒドロフラン,ジオキサン,グリコールエーテル類及び

グリコールエステル類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上を

含有することを特徴とする請求項3又は4記載の松類の枯損防止用組

成物。」

また,当初明細書の【発明の詳細な説明】には,以下の記載があった。

「本発明の組成物の各成分の配合は任意の方法により行うことができ

るが,例えば活性成分及び界面活性剤を溶剤に溶解させた後,水を加え

る方法により」製造できる(段落【0021】。

これらの記載からすると,原告は,本件特許発明の成分の配合方法に

は多様なものが想定できること,「活性成分及び界面活性剤を溶剤に溶

解させた後,水を加える方法」がその例示に過ぎないことを認識してい

たものである。

原告は,当初出願に係る発明について進歩性を欠くとする平成9年7

月29日付け拒絶理由通知を受けた。そこで,平成10年1月28日付

けで意見書及び手続補正書を提出し,現在の【特許請求の範囲】の記載

に補正したことにより,特許を受けることができた。

このような出願経過からすると,原告は,本件特許発明技術的範囲

について,当初明細書では例示として掲げられていた製造方法により製

造される枯損防止用組成物に意識的に限定したことが明らかである。

【特許請求の範囲】に記載された方法以外の製造方法により製造され

た物も本件特許発明技術的範囲に含まれるとする原告の前記主張は,

包袋禁反言の原則により許されない。

イ 被告製品における各成分を添加する順序(製造方法

被告製品における各成分を添加する順序(製造方法)は,●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●というものである。

被告製品の製造に当たっては,どのような投入順序であっても攪拌すれ

ば容易に可溶化製剤を製造することができる。●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

したがって,被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足するもの

ではない。
2 争点1−2(被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲

属するか)について

【原告の主張】

仮に被告製品が各成分を添加する順序(製造方法)について本件特許発明

相違するとしても,以下のとおり,被告製品は本件特許発明均等なものとし

てその技術的範囲に属する。

(1)相違点である各成分を添加する順序(製造方法)が本件特許発明の本質的

部分でないこと

本件特許発明の本質的部分は成分組成にある。すなわち,水に対する溶解

度が非常に低い生物活性成分(LL―F28249系化合物)と,水と混和

しうる溶剤と,非イオン界面活性剤と水を混和させることにより,マツ樹体

内への注入を容易にし,当該活性成分の樹体内での分散を良好にし,安定し

た駆除効果を発現させたことにある。

また,本件特許発明の組成物は単純な混合物であり,混合物中の各物質に

ついて化学変化を生じさせることはない。

したがって,各成分を添加する順序(製造方法)は本件特許発明の本質的

部分ではない。

(2)置換可能性

上記(1)のとおり,各成分を添加する順序(製造方法)が相違しても同一

の作用効果を奏する。

(3)置換容易性

本件特許発明の4つの成分を添加する順序は24通りしかない。また,水

をどの時点で加えても同じ組成物ができることは当業者に自明のことである。

したがって,当業者にとって,各成分を添加する順序(製造方法)を変え

ることは容易である。

(4)包袋禁反言など特段の事情は存在しないこと
原告が被告製品の構成を意識的に除外したなどの事情はない。

【被告の主張】

以下のとおり,被告製品は本件特許発明均等なものではない。

(1)被告製品との相違点が本件特許発明の本質的部分であること

本件特許発明の課題は,
「LL―F28249系化合物はいずれも,水に対

する溶解度が非常に小さいため,有機溶剤に溶かして松の樹体に注入しても

樹体内での分散性が悪く,線虫の駆除効果に問題があった」
(本件明細書等の

段落【0016】)ため,「化合物の水に対する溶解性を改善し,さらに松樹

体内への注入を容易に」(同段落【0017】)することにあった。この溶解

性の改善手段(課題解決手段)が,LL―F28249系化合物及び界面活

性剤を水と混和しうる溶剤に溶解させた後,水を加えるという方法である。

したがって,被告製品との相違点である各成分を添加する順序(製造方法

は,本件特許発明の本質的部分である。

(2)被告製品の構成が意識的に除外されたものであること

前記1【被告の主張】(2)ア(イ)のとおり,原告は,本件特許出願の手続

において,本件特許発明技術的範囲を当初明細書に例示された各成分を添

加する順序(製造方法)により製造される枯損防止用組成物に意識的に限定

したものである。

したがって,各成分を添加する順序(製造方法)が異なる被告製品は,本

件特許出願の手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当

たる。

3 争点2−1(本件特許発明は,乙7発明に基づいて,当業者が容易に発明

することができたものであるか)について

【被告の主張】

以下のとおり,本件特許発明は,乙7発明に基づいて,当業者が容易に発明

をすることができたものである。
(1)乙7発明

乙7公報には,以下の発明(乙7発明)が記載されている。

A マツノザイセンチュウに対する駆除活性を有する生物活性成分と,

B ポリオキシアルキレンカスターオイルエーテル(ポリオキシエチレンヒ

マシ油類),ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル及びその

ホルマリン縮合物,ジアルキルスルホコハク酸塩,及びアルキルベンゼ

ンスルホン酸塩より成る群からえらばれた少なくとも一種の界面活性

剤と,

C メタノール,エタノール,グリコールエーテル類,又はグリコールエス

テル類からなる溶剤と,

D 水を含み,

E 注入されると当該生物活性成分が樹体内に広く取り込まれ,松類の枯損

防止に用いられる樹幹注入用可溶化型製剤。

(2)本件特許発明との対比

ア 一致点

乙7発明は,上記(1)の構成において本件特許発明と一致する。

イ 相違点

(ア) 構成要件Aに関する相違点

本件特許発明構成要件Aでは5種類のLL−F28249系化合物

が特定されているのに対し,乙7発明ではマツノザイセンチュウに対す

る駆除活性を有する(LL−F28249系化合物とは異なる)他の生

物活性成分が挙げられている。

(イ) 各成分を添加する順序に関する相違点

本件特許発明に係る組成物は,活性成分であるLL−F28249系

化合物と界面活性剤とを溶剤に溶解させた後,水を加える方法により製

造されるものである。これに対し,乙7発明の樹幹注入用可溶化型製剤
は,活性成分,界面活性剤,溶剤及び水を混合する順番について限定し

ていない。

(3)容易想到性

構成要件Aに関する相違点の容易想到性

(ア) 本件特許出願当時における技術常識

乙8公報には,ネマデクチン等のLL−F28249化合物が非常に

広範囲の線虫に抗線虫活性を示し,動物の内部寄生線虫にも植物の内部

寄生線虫にも活性を有すること,植物の内部寄生線虫に対する場合,幹

注射液として使用できることが記載されている。

また,本件特許出願前に頒布された特開昭61−10589号公報(以

下「乙9公報」という。)には,LL−F28249α(ネマデクチン),

LL−F28249β,LL−F28249γ及びLL−F28249

λが,動物の腸内寄生虫に対する活性を有すること,これらのLL−F

28249化合物がシー・エレガンスに対する活性を有することが記載

されている。さらに,これらのLL−F28249化合物が,動物の寄

生虫であるトリコストロンギルス・コルプリホルミ ス

( ) ヘモンクス・コントルツス


( ) オステルタギア・シルクムシンクタ


( )及びトリコストロンギルス・コルリホルミ

ス( )に対する活性を有することが実施例において確認さ

れている。

他にも,本件特許出願当時,動物用の駆虫剤の中には,マツノザイセ

ンチュウに対する抗線虫剤としても有効なものがあることが知られて

いた。

(イ) 容易想到性

上記(ア)の技術常識からすると,本件特許出願当時,動物の内部寄生
線虫に対する活性を有することが公知である化合物について,マツノザ

イセンチュウに対しても活性を有することを期待し,これを確認しよう

とすることは,当業者が通常行う創作活動にすぎない。

したがって,乙7発明において,製剤中に含まれる生物活性成分とし

て,実施例において具体的に用いられているフェンスルホチオン等のマ

ツノザイセンチュウに対する活性成分に代えて,ヘモンカス・コントル

ツスやオステルタジア・サーカムシンクタ等の動物の内部寄生線虫に対

する活性が確認されており,かつ植物の内部寄生線虫の駆除にも有効で

あるとされている乙8公報及び乙9公報に記載されたネマデクチン(L

L−F28249α) LL−F28249β,
, LL−F28249γ,

又はLL−F28249λを用いることは,当業者が容易に想到するこ

とができた。

イ 各成分を添加する順序に関する相違点の容易想到性

(ア) 実質的相違点ではないこと

乙7発明の樹幹注入用可溶化型製剤は,生物活性成分の水に対する溶

解性が高く,注入した際に樹体内での分散性が良好なものであり,組成

物としては本件特許発明の組成物と異なるものではない。

したがって,各成分を添加する順序に関する相違点は実質的な相違点

ではない。

(イ) 乙8発明と組み合わせることによる容易想到性

乙8公報には,活性成分であるLL−F28249系化合物と界面活

性剤とを溶剤に溶解させた後に水を加える方法により,経口用飲薬を製

造することが記載されている。

したがって,乙8発明のLL−F28249系化合物を活性成分とす

る幹注射液を調製する際に,LL−F28249系化合物と界面活性剤

とを溶剤に溶解させた後に水を加える方法を採用することは,当業者が
容易に想到することができた。

(ウ) 設計事項であること

LL−F28249系化合物のような水への溶解度の低い活性成分を

界面活性剤と溶剤に溶解させた後に水を加えるという混合の順番は一

般に採用されており,当業者が適宜に選択できる設計事項にすぎない。

【原告の主張】

以下のとおり,本件特許発明は,乙7発明に基づいて,当業者が容易に発明

をすることができたものではない。

(1)乙7発明と本件特許発明との対比

ア 一致点

乙7発明の樹幹注入用可溶化型製剤と本件特許発明の組成物は,いずれ

も「生物活性成分と,ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル又は

そのホルマリン縮合物と,メタノール,エタノール,グリコールエーテル

類又はグリコールエステル類からなる溶剤と,水を含む松類の枯損防止用

組成物」であるという限度で一致する。

イ 相違点

(ア) 構成要件Aに関する相違点

本件特許発明構成要件Aでは,特定の5種類のLL−F28249

系化合物が特定されている。これに対し,乙7発明の樹幹注入用可溶化

型製剤が含む生物活性成分は,フェンスルホチオンやメスルフェンホス

などの5種類の有機リン系化合物(主な用途は殺虫剤)である。

(イ) 構成要件Bに関する相違点

本件特許発明の組成物は,非イオン界面活性剤を少なくとも一種含有

することが必須である。これに対し,乙7発明の組成物が含む界面活性

剤は非イオン界面活性剤に限定されていない。

(ウ) 構成要件Eに関する相違点
本件特許発明の組成物は,生物活性成分の水に対する溶解性を改善し,

マツ樹体への注入を容易にし,活性成分の樹体内での分散性を良好にし

て安定した駆除効果を発現させるというものである。これに対し,乙7

発明の組成物は,見かけ上の薬剤吸収が極めて緩慢であるものの,活性

成分が確実かつ十分に樹体内各部に広く取り込まれ枯損防止効果を的

確かつ完璧に達成させることができるというものである。

また,本件特許発明の組成物の用途はマツノザイセンチュウを駆除す

るという松類の枯損防止方法に限定されている。これに対し,乙7発明

の組成物の用途は有用樹木枯損防止法であり,松類に限定されていない。

乙7公報には,マツノザイセンチュウに対する抗線虫活性の有無や程度

に関する直接的な記載も一切ない。

(エ) 成分(組成)に関する相違点

本件特許発明の組成物は水を含む4つの成分からなるものである。こ

れに対し,乙7発明の樹幹注入用可溶化型製剤には,水を含む4つの成

分からなるものと,水を含まない3つの成分からなるものがある。

(2)容易想到性

上記(1)のとおり,本件特許発明と乙7発明を対比すると,生物活性成分

の本来の用途や化学構造及び性質,特に水に対する溶解度と抗線虫活性が相

違しており,本質的に全く異なる。

乙7発明に基づいて本件特許発明に想到するには克服するのが困難な技術

的課題が多数ある。

したがって,本件特許発明は,乙7発明に基づいて,当業者が容易に発明

をすることができたものではない。

4 争点2−2(本件特許発明は,乙8発明に基づいて,当業者が容易に発明

することができたものであるか)について

【被告の主張】
以下のとおり,本件特許発明は,乙8発明に基づいて,当業者が容易に発明

をすることができたものである。

(1)乙8発明

乙8公報には,以下の2つの発明(乙8発明)が記載されている。

ア 乙8発明1

A ネマデクチン(LL−F28249α),LL−F28249β,LL

−F28249γ,又はLL−F28249λと,

B 界面活性剤と,

C 溶剤と,

D 水を含み,

E 幹注射液として使用される,植物の内部寄生線虫を駆除するための組

成物。

イ 乙8発明2

A ネマデクチンと,

B ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルと

C ベンジルアルコールとプロピレングリコールとの中に溶解させた後,

D 水を加えて調製した

E 経口用飲薬。

(2)本件特許発明との対比

ア 乙8発明1

(ア) 一致点

乙8発明1は,前記(1)アの構成において,本件特許発明と一致する。

(イ) 相違点

a 構成要件Bに関する相違点

本件発明の構成要件Bは,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油類,ポ

リオキシエチレンヒマシ油類,ポリオキシエチレンアルキルエーテル
類,ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類,ポリオキシエ

チレンアルキルフェニルエーテルホルムアルデヒド縮合物類,ポリオ

キシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類,ポリオキシ

エチレンソルビタン脂肪酸エステル類,ポリオキシエチレンソルビ

トール脂肪酸エステル類,ポリグリセリン脂肪酸エステル類,ショ糖

脂肪酸エステル類,アルキル硫酸エステル類,アルカンスルホン酸類,

アルキルベンゼンスルホン酸類,アルキルリン酸エステル類,N−ア

シルサルコシン塩類,N−アシルアラニン塩類及びコハク酸塩類より

なる群から選ばれた少なくとも一種以上に特定されている。

これに対し,乙8発明1の組成物が含む界面活性剤は,好ましい界

面活性剤としてアルキルベンゼンスルホン酸等が挙げられているもの

の,特に限定されていない。

構成要件Cに関する相違点

本件特許発明構成要件Cは,メタノール,エタノール,エチレン

グリコール,プロピレングリコール,ジエチレングリコール,1,3

−ブチレングリコール,イソプレングリコール,アセトン,アセトニ

トリル,テトラヒドロフラン,ジオキサン,グリコールエーテル類及

びグリコールエステル類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上

を含有する水と混和しうる溶剤に特定されている。

これに対し,乙8発明1の組成物が含む溶剤は,好ましい溶剤とし

てアルコール,グリコールまたはそれらのエーテル若しくはエステル

等が挙げられているものの,特に限定されていない。

構成要件Eに関する相違点

本件特許発明の組成物は,ネマデクチン等の活性成分の水に対する

溶解性が高く,注入された場合に,樹体内での分散性が向上されてい

る。これに対し,乙8発明1の組成物は,当該組成物におけるネマデ
クチン等の活性成分の溶解状態や樹体内に注入した場合の分散性が不

明である。また,本件特許発明の組成物は,マツノザイセンチュウに

よる枯損を防止するために松類に注入されるものである。

これに対し,乙8発明1の組成物は,動物や植物の内部寄生線虫を

駆除し得るものの,駆除対象の線虫がマツノザイセンチュウであるこ

とや松類に対して注入されることについて,乙8公報には明示の記載

がない。

d 各成分を添加する順序に関する相違点

本件特許発明に係る組成物は,活性成分であるLL−F28249

系化合物と界面活性剤とを溶剤に溶解させた後に水を加える方法によ

り製造されるものである。

これに対し,乙8発明1の組成物は,活性成分と界面活性剤と溶剤

と水を含み得るものの,その混合の順番が特定されていない。

イ 乙8発明2

(ア) 一致点

乙8発明2は,前記(1)イの構成において,本件特許発明と一致する。

(イ) 相違点

本件特許発明の組成物は,マツノザイセンチュウによる枯損を防止す

るために松類に注入されるものである。

これに対し,乙8発明2の組成物は,動物の内部寄生線虫を駆除する

ために経口的に服用される飲薬である。

(3)容易想到性

ア 乙8発明1に基づく容易想到性

(ア) 構成要件B及びCに関する相違点の容易想到性

前記3【被告の主張】(1)のとおり,乙7公報には,生物活性成分と,

「ポリオキシアルキレンカスターオイルエーテル(ポリオキシエチレン
ヒマシ油類),ポリオキシアルキレンアルキルフェニルエーテル及びそ

のホルマリン縮合物,ジアルキルスルホコハク酸塩,及びアルキルベン

ゼンスルホン酸塩より成る群からえらばれた少なくとも一種の界面活

性剤」と,「メタノール,エタノール,グリコールエーテル類,又はグ

リコールエステル類からなる溶剤」と,水を含有する可溶化剤(乙7発

明)が記載されている。

乙7発明の樹幹注入剤は,マツノザイセンチュウを駆除するために,

松類に注入する樹幹注入剤である。

そうすると,乙8発明1の組成物を,マツノザイセンチュウを駆除す

るべく松類に注入する樹幹注入剤として用いようとした際に,生物活性

成分が樹体内に広く取り込まれるようにするため,含有させる溶剤及び

界面活性剤を最適化し,乙7発明の溶剤と界面活性剤を用いることは,

当業者が容易に想到することができた。

そもそも,水への溶解性の低い活性成分を樹幹注入剤の有効成分とす

る場合に,活性成分を樹体内に充分に分散させることを目的として,非

イオン性の界面活性剤と,補助溶剤として水との混和性のある有機溶媒

とを配合し,可溶化した水溶性の液剤とすることは,本件特許出願当時

において,一般的に行われていたことである。活性成分を可溶化する際

に使用する界面活性剤や補助溶剤を最適化することも,当業者が通常行

う設計事項にすぎない。

(イ) 構成要件Eに関する相違点の容易想到性

前記3【被告の主張】 3!アのとおり,本件特許出願当時,ヘモンク

ス属等の動物の内部寄生線虫に対する活性を有することが公知である

LL−F28249系化合物について,マツノザイセンチュウに対して

も活性を有することを期待し,マツに樹幹注入して活性を確認しようと

することは,当業者であれば容易に想到することができた。
イ 乙8発明2に基づく容易想到性

上記ア イ!のとおり,本件特許出願当時,ヘモンクス属等の動物の内部

寄生線虫に対する活性を有することが公知であるLL−F28249系

化合物について,マツノザイセンチュウに対しても活性を有することを期

待し,マツに樹幹注入して活性を確認しようとすることは,当業者であれ

容易に想到することができた。

また,乙8公報には,同じ有効成分を有する組成物が飲薬と同様に幹注

入液としても使用可能であることについて記載されている。

そうすると,線虫駆除活性を有するネマデクチン等が可溶化している液

剤である乙8発明2の飲薬について,マツノザイセンチュウを駆除するた

めに松類に注入する樹幹注入剤に転用することを試みることは,当業者が

容易に想到することができた。

【原告の主張】

以下のとおり,本件特許発明は,乙8発明に基づいて,当業者が容易に発明

をすることができたものではない。

(1) 乙8発明と本件特許発明の対比

ア 一致点

乙8発明と本件特許発明が,いずれも「ネマデクチン(LL−F282

49α),LL−F28249β,LL−F28249γ,又はLL−F

28249λを含む組成物」であることは認め,その余は否認する。

イ 相違点

(ア) 構成要件Aに関する相違点

本件特許発明構成要件Aでは特定の5種類のLL−F28249系

化合物が特定されている。

これに対し,乙8発明の生物活性成分は,モキシデクチンを含まず,

他の2種類を含んだ6種類のLL−F28249系化合物である。
(イ) 構成要件Bに関する相違点

本件特許発明の組成物は非イオン界面活性剤を少なくとも一種含有す

るのに対し,乙8発明の組成物は極めて広範囲の製剤に用いられるため,

それに含有される界面活性剤が特定されていない。

(ウ) 構成要件Cに関する相違点

本件特許発明の組成物に含まれる溶剤が特定されているのに対し,乙

8発明の組成物は極めて広範囲の製剤に用いられるものであるため,そ

れに含有される溶剤が特定されていない。

(エ) 構成要件Eに関する相違点

本件特許発明の組成物は,生物活性成分の水に対する溶解性を改善し,

マツ樹体への注入を容易にし,活性成分の樹体内での分散性を良好にし

て安定した駆除効果を発現させるというものである。

これに対し,乙8発明の組成物は,極めて広範囲の製剤に用いられる

ものであるため特定されていない。

また,本件特許発明の組成物の用途はマツノザイセンチュウを駆除す

るという松類の枯損防止方法に限定されているのに対し,乙8公報では,

乙8発明の組成物の用途として農業,園芸又は森林における害虫駆除,

獣医学用薬剤が例示されているにすぎない。

(オ) 成分(組成)に関する相違点

本件特許発明の組成物の成分は4つであるのに対し,乙8発明の組成

物は極めて広範囲の製剤に用いられるものであり,成分組成が特定され

ていない。

(2) 容易想到性

乙8公報には,乙8発明の組成物を獣医用の経口用飲薬として用いること

ができるという記載があるものの,駆除対象とする内部寄生虫やその寄生虫

を駆除するまでの過程及び効果に関する記載がない。
マツノザイセンチュウを駆除することによる松類の枯損防止方法に用いる

ことができるという記載や示唆も一切ない。

このように,本件特許発明と乙8発明は,用途及び目的が全く異なるもの

であり,本件特許発明は,乙8発明に基づいて,当業者が容易に発明をする

ことができたものではない。

5 争点2−3(本件特許はサポート要件及び実施可能要件に違反するか)につ

いて

【被告の主張】

以下のとおり,本件特許はサポート要件及び実施可能要件に違反する。

(1) サポート要件違反

以下の理由から,本件特許はサポート要件に違反する。

ア 本件明細書等の段落【0020】には以下の記載がある。

「また,界面活性剤として非イオン界面活性剤を含有することが必須の

要件であり,上記非イオン界面活性剤のうちポリオキシエチレン硬化ヒマ

シ油類,ポリオキシエチレンアルキルエーテル類,ポリオキシエチレンポ

リオキシプロピレンアルキルエーテル類,ポリオキシエチレンソルビタン

脂肪酸エステル類,ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル類,

ポリグリセリン脂肪酸エステル類及びショ糖脂肪酸エステル類等が特に

好適である。」

これに対し,本件特許発明構成要件Bには,「アルカンスルホン酸類,

アルキルベンゼンスルホン酸類,アルキルリン酸エステル類,N−アシル

サルコシン塩類,N−アシルアラニン塩類及びコハク酸塩類」という陰イ

オン性界面活性剤が含まれている。

そうすると,本件特許発明には,非イオン性界面活性剤を含有せず,こ

れらの陰イオン性界面活性剤を単独で含有する組成物も含まれることに

なるから,本件明細書等に記載された技術的範囲よりも広い範囲を含むも
のとなっている。

イ 本件特許発明の組成物は「樹体内での分散性を向上させた」もの(構成

要件E)である。

この点について,本件明細書等には,「活性成分及び界面活性剤を溶剤

に溶解させた後,水を加える方法により活性成分の水に対する溶解性を改

善すると,樹体内での分散性に優れた本発明の組成物を容易に製造するこ

とができる。(段落【0021】
」 )という記載しかない。

他に,水への溶解性をどの程度まで向上させれば樹体内での分散性も向

上させたといえるのかについて,本件明細書等には記載や示唆が全くない。

(2) 実施可能要件違反

以下の理由から,本件特許は実施可能要件に違反する。

ア 前記(1)アのとおり,本件明細書等の発明の詳細な説明には,界面活性

剤として非イオン性界面活性剤を含有することが必須の要件であるとい

う記載がある。

そうすると,界面活性剤として非イオン性界面活性剤を含まずに陰イオ

ン界面活性剤のみを含む組成物については,本件特許発明の効果を奏する

ことができない。

イ 本件明細書等で実際に薬効成分の樹体内での分散性が向上させられたこ

とを確認した実施例は,薬効成分としてモキシデクチンを用い,界面活性

剤としてポリオキシエチレン硬化ヒマシ油を用い,溶剤としてメタノール

を用いた組成物の一例しかない。

そうすると,本件特許発明で列挙されているその他の界面活性剤と補助

溶剤の全ての組み合わせについて,実施例と同様にLL−F28249系

化合物の水への溶解性を顕著に改善し樹体内での分散性を向上させられ

るかどうかは,当業者において理解することができない。

【原告の主張】
以下のとおり,本件特許はサポート要件及び実施可能要件に違反するもので

はない。

(1)サポート要件

ア 本件明細書等の段落【0020】の記載に関する被告の主張は認める。

しかし,本件特許発明構成要件Bのうち,
「アルカンスルホン酸類,ア

ルキルベンゼンスルホン酸類,アルキルリン酸エステル類,N−アシルサ

ルコシン塩類,N−アシルアラニン塩類及びコハク酸塩類」が陰イオン性

界面活性剤であり,非イオン性界面活性剤でないことは,当業者が容易に

認識できる。

したがって,上記段落【0020】の記載に接した当業者は,本件特許

発明の構成要件Bから上記陰イオン性界面活性剤の記載を除外して解釈

すべきであることを容易に判断できるから,この点はサポート要件に違反

するものではない。

イ 本件明細書等の段落【0021】の記載に関する被告の主張も認める。

しかし,本件明細書等の実施例には,本件特許発明実施品を用いた枯

損防止試験の結果,極めて少ない1rの活性成分注入量でも枯損本数は0

本であったことが示されている。これに対し,比較対象製剤として非可溶

化製剤,酒石酸モランテル製剤,メスルフェンホス製剤,塩酸レバミゾー

ル製剤を用いた試験では同じ注入量で10本中9〜10本の枯損本数で

あったことが示されている。

これらの実験結果は,本件特許発明が水への溶解性を十分に達成し,樹

体内における製剤の分散性を格段に向上させたことを示すものである。

したがって,この点もサポート要件に違反するものではない。

(2)実施可能要件

ア 前記(1)アのとおり,本件明細書等の段落【0020】の記載に接した

当業者は,本件特許発明構成要件Bから上記陰イオン性界面活性剤の記
載を除外して解釈すべきであることを容易に判断できる。

したがって,この点に関する実施可能要件違反はない。

イ 本件明細書等において,本件特許発明実施例は1例のみであるものの,

本件明細書等には本件特許発明実施する際の各成分及びそれらの配合量,

配合方法,その効果が具体的に記載されている。

したがって,当業者は本件特許発明の内容を正確に理解することができ,

かつ過度の試行錯誤をすることなく実施することができるから,この点に

関する実施可能要件違反もない。

6 争点3(被告は,本件特許発明に係る本件特許権について,先使用による通

実施権(特許法79条)を有するか)について

【被告の主張】

仮に被告製品が本件特許発明技術的範囲に属するのであれば,以下の理由

から,被告は,本件特許発明に係る本件特許権について,先使用による通常実

施権を有する。

(1) 日本サイアナミッド株式会社による事業の準備

日本サイアナミッド株式会社は,平成5年2月ころ,農薬(名称:AC−

088)について,社団法人林業薬剤協会による公的試験に付した。

農薬を大量生産し販売するには,農林水産大臣により農薬登録を受けなけ

ればならない(農薬取締法2条1項,乙32)。そして,農薬登録申請は,
「農

薬の薬効,薬害,毒性及び残留性に関する試験成績を記載した書類並びに農

薬の見本を提出して」しなければならないとされている(同法2条2項柱書)。

公的試験は,この農薬登録の際に提出する試験成績を記載した書類を作成す

るために行われ,薬剤の効能(薬効)や,薬害の有無を調べる試験である。

公的試験と農薬登録申請,その後1年間から2年間にも及ぶ審査後の農薬

登録に続いて,農薬の製造・販売はされるものであり,将来の販売を前提と

する公的試験の段階で,製剤の組成は確定していなければならない。
しかも,マツノザイセンチュウの樹幹注入防除剤に関する公的試験は,公

有林を使用して行う試験であり,薬効がある製剤を試験に付さなければ,公

有林を無用に枯死させてしまうことになる。そのため,公的試験に付すかは

慎重に決定され,製剤の組成・製造手順が確定しない段階で実験的に公的試

験に付すということはない。

これらのことからすると,日本サイアナミッド株式会社は,遅くとも本件

特許出願前の平成5年2月の段階で,上記農薬(名称:AC−088)に係

る発明を完成していたものである。

日本サイアナミッド株式会社にとっては,公的試験が終了し,農薬登録が

されて正式に製造・販売できるようになれば,即時に製造及び販売をするこ

とは十分に可能であったから,平成5年2月の時点で,即時実施の意図があ

り,かつ,当該意図は客観的に認識される態様,程度で表明されたといえる。

上記農薬(名称:AC−088)は被告製品と同一である。

したがって,日本サイアナミッド株式会社は,本件特許発明に係る本件特

許権について先使用による通常実施権を有していたものである。

(2) 日本サイアナミッド株式会社から被告に対する事業譲渡等

日本サイアナミッド株式会社は,平成8年9月10日,被告製品について

農薬登録を受け,その直後に製造・販売を開始した。

被告は,平成14年11月11日,日本サイアナミッド株式会社から被告

製品に係る事業の譲渡を受けた。

したがって,被告は,本件特許発明に係る本件特許権について,先使用

よる通常実施権を有する。

【原告の主張】

以下の理由から,被告が本件特許発明に係る本件特許権について,先使用

よる通常実施権を有するとはいえない。

(1)本件特許出願前に,被告製品に係る発明が完成していなかったこと
枯損防止用組成物に関する発明は,不可避的に薬害を引き起こす危険があ

り,その危険は通常の手段方法では防止できない特異なものであるから,特

別な危険防止手段を備えない限り,誰もそれを利用することができない。

そうすると,薬害の危険防止の具体的手段は,発明の技術的内容を構成す

るものであり,当該手段を備えていない発明は完成した発明ではない。

上記農薬(名称:AC−088)に関する薬害調査は平成6年にも行われ

ており,薬害の危険性がないことが判明したのは,早くても平成6年以降で

ある。

したがって,本件特許出願前には,被告製品に係る発明は完成していなかっ

た。

(2)本件特許出願前に事業の準備がなかったこと

日本サイアナミッド株式会社が農薬登録申請をしたのは,「AC−088」

に関する公的試験が終了してから約1年が経過した平成7年10月31日で

あり,それまでに何らかの準備行為をした事実はない。

したがって,日本サイアナミッド株式会社において即時実施の意図が客観

的に認識できる態様,程度に表明されたのは,農薬登録申請がされて以降で

あり,本件特許出願の時点では,いまだ事業の準備の段階には至っていなかっ

たものである。

7 争点4(損害額)について

【原告の主張】

(1)逸失利益

ア 被告は,平成15年4月1日から平成16年3月31日までの間に,被

告製品を単価1600円以上で,少なくとも6万5000本製造販売し,

これにより少なくとも6240万円の利益を受けた(利益率60%)。

[計算式]

" × " × # $ " "
イ 被告は,平成16年4月1日から平成24年3月31日までの間に,被

告製品を単価1600円以上で,少なくとも80万本製造販売し,これに

より少なくとも7億6800万円の利益を受けた(利益率60%)。

[計算式]

" × " × # $ " "

ウ 被告は,平成24年4月1日から現在までの間に,被告製品を単価16

00円以上で,10万本製造販売し,これにより少なくとも9600万円

の利益を受けた(利益率60%)。

[計算式]

" × " × # $ " "

エ 合計

原告は,上記アからウまでの利益額合計9億2640万円と同額の損害

を受けたものと推定される(特許法101条2項)。

このうち平成21年4月1日以降の損害である3億8400万円につ

いて,一部金請求として賠償を請求する。

(2)弁護士費用

上記3億8400万円の1割に相当する弁護士費用3840万円は,本件

相当因果関係のある損害である。

【被告の主張】

否認又は争う。

第4 当裁判所の判断

1 前記第1の1(1)から(3)までの請求(本件特許権に基づく被告製品の製造

販売の差止め及び廃棄等の請求)に対する判断

前提事実のとおり,本件特許の出願日は平成5年12月10日であるから,

本件特許は平成25年12月10日の経過により存続期間を満了したものであ

る。
そうすると,本件訴えのうち前記第1の1(1)から(3)までの請求(本件特

許権に基づく被告製品の製造販売の差止め及び廃棄等の請求。損害賠償請求以

外の部分。)については理由がない。

2 争点1−1(被告製品は本件特許発明構成要件を文言上充足するか)に対

する判断

以下のとおり,被告製品が本件特許発明構成要件を文言上充足するとは認

めることができない。

(1)本件特許発明技術的範囲の解釈について

ア 【特許請求の範囲】の記載に基づく検討

本件明細書等の【特許請求の範囲】の記載によれば,本件特許発明は,

「マツノザイセンチュウを駆除するための松類の枯損防止用組成物」(構

成要件E)に係る発明である。また,「LL−F28249系化合物」(同

A)及び「・・・界面活性剤を」(同B) 「・・・水と混和しうる溶剤に


溶解させた後」(同C)「水を加える方法により」
, (同D)「LL−F28


249系化合物の水に対する溶解性及び樹体内での分散性を向上させた」

(同E)ものである。

したがって,構成要件文言解釈としては,「LL−F28249系化

合物」(同A)及び「・・・界面活性剤を」(同B)「・・・水と混和しう


る溶剤に溶解させた後」(同C)「水を加える方法」
, (同D)以外の方法に

より製造された組成物は,本件特許発明技術的範囲から除かれているも

のと解するほかない(なお,本件特許発明クレームはいわゆる「不真正

プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」であると解される。「真正プロ

ダクト・バイ・プロセス・クレーム」であるとする主張立証はない。。


イ 本件明細書等の記載に基づく検討

(ア) 本件明細書等には以下の記載がある。

「【発明の詳細な説明
【0001】

【産業上の利用分野】本発明は,マツ材線虫病による松類の枯損防止用

組成物に関し,当該組成物を用いる松類の枯損防止方法にも関するもの

である。

【0002】

【従来の技術】夏から秋の初めにかけて松の葉が変色を始め,その約1

カ月後には樹冠全体が赤変して枯死するマツ材線虫病は,線虫の一種で

あるマツノザイセンチュウ(% & ' & ) (以下線虫

と略する)が病原とされている。また,この線虫はカミキリムシの一種

であるマツノマダラカミキリ(( )(以下カミキ

リと略する)によって媒介される。5月中旬から7月末にかけて前年の

マツ材線虫病の被害木から羽化,脱出したカミキリは,その体内及び体

表に数千頭から数万頭の線虫を保持して健全な松の若枝を後食(成熟の

ための摂食)する。このとき線虫はカミキリの体から離脱し,カミキリ

が後食して傷ついた部位から松の樹体内に侵入し,増殖する。

【0003】線虫が侵入した松は,2〜3カ月すると外見的な萎凋症状

を呈し,葉が変色する。葉が変色を始めた木を異常木というが,後食し

て成熟したカミキリは,子孫を残すため交尾後,この異常木に産卵し,

やがて異常木は枯死する。一方,健全木では産卵されたカミキリの卵は,

松の樹脂に巻かれるなどして孵化できなかったり,孵化した幼虫も樹皮

下を食害中に樹脂に巻かれて死亡するためカミキリはほとんど成長で

きない。しかし,線虫の侵入によって衰弱した異常木や枯死木に産卵さ

れたカミキリの卵は,樹脂に巻かれることなく孵化し,幼虫は樹皮下を

食害しながら成長する。

【0004】十分に成長したカミキリの幼虫は,晩秋から初冬にかけて

越冬のために松の材内深く蛹室を作り冬の低温から身を守る。春になり
気温が上昇すると蛹室で越冬したカミキリの幼虫は蛹となり,やがて羽

化して成虫となり枯損木から脱出する。このとき蛹室の周囲に集まって

きた線虫は羽化したカミキリに乗り移り,カミキリとともに枯損木から

運び出される。線虫は,線虫を保持したカミキリが健全な松の若枝を後

食する間にカミキリの体から離脱し,松の樹体内に侵入する。やがてこ

の松は,萎凋症状を呈し,葉が変色し始める。このようにして次々とマ

ツ材線虫病により松の枯損が広がってゆく。」

「【0010】

【発明が解決しようとする課題】前述したマツ材線虫病の防除技術には

それぞれ一長一短がある。カミキリ幼虫の駆除を目的とした伐倒・剥

皮・焼却及び薬剤処理については,処理を徹底させるに必要な労働力が

不足しており問題を抱えている。また,カミキリ成虫の後食防止を目的

とした殺虫剤の予防散布は,効果的な防除法であるが,その実施に際し

ては,周辺の状況によっていろいろな制約を受けている。

【0011】樹幹注入剤による単木薬剤処理は,環境保存上重要な神社,

仏閣または公園の大径木や市街地内の松,あるいは一般庭園の松等のカ

ミキリの後食防止薬剤の散布がしにくい場所,さらに,予防散布をして

も感染の可能性のある場合に実施されており有効な方法である。しかし

ながら,樹幹注入剤による薬害の発生,効果の安定性と持続性等の点で

依然問題を抱えており,さらなる検討が求められている。従って,本発

明の目的は,上記問題を克服し,効果の安定した松類の枯損防止用組成

物を提供することにある。

【0012】

【課題を解決するための手段】本発明者らは,これらの課題を解決すべ

く鋭意研究を重ねた結果,下記構造式のLL−F28249系化合物に

マツノザイセンチュウに対して強力な殺虫活性があることを見い出し
た。」

「【0015】本発明において使用するLL−F28249系化合物と

しては,上記の化合物が挙げられるが,その中でも特にモキシデクチン

が好ましい。本発明の松類の枯損防止用組成物は当該化合物を有効成分

とする組成物であり,これを樹幹に注入し,樹体内で転流させることに

より,感染した線虫が樹体内で活動を開始する以前に殺滅し,松類の枯

損防止を図ることができる。

【0016】本発明において使用するLL−F28249系化合物は,

南オーストラリアの土壌より単離培養された菌 ) &

&# の産生する代謝生産物であり,LL

−F28249の菌と異なる菌から産生される殺ダニ活性を有するミ

ルベマイシン系化合物とは明確に異なるものである。LL−F2824

9系化合物は人間を含む動物の寄生虫症の治療及び予防に有効である

ことが知られているが,ネマデクチン(LL−F28249α)の誘導

体であるモキシデクチンは特に犬糸状虫症予防剤として使用されてい

る。しかしながら,LL−F28249系化合物をマツ材線虫病の防除

に利用して松類の枯損防止を図ろうとした知見は全くない。一方,LL

−F28249系化合物はいずれも,水に対する溶解度が非常に小さい

ため,有機溶剤に溶かして松の樹体に注入しても樹体内での分散性が悪

く,線虫の駆除効果に問題があった。

【0017】本発明の組成物は,LL−F28249系化合物の水に対

する溶解性を改善し,さらに松樹体内への注入を容易にしたものであり,

当該化合物の樹体内での分散を良好にし安定な駆除効果を発現させる

ものである。本発明の組成物は,LL−F28249系化合物を有効成

分とし,水又は/及び溶剤,及び界面活性剤等の少なくとも一種または

その組み合わせにより構成される。」
「【0021】本発明の組成物の各成分量は適宜変更できるが,活性成

分(LL−F28249系化合物)を0.1〜50重量%,好ましくは

1〜10重量%,界面活性剤を1〜50重量%,好ましくは1〜20重

量%,水を10〜80重量%,好ましくは10〜70重量%,溶剤を1

0〜80重量%,好ましくは10〜70重量%,それぞれ含有すること

ができる。また,本発明の組成物の各成分の配合は任意の方法により行

うことができるが,例えば,活性成分及び界面活性剤を溶剤に溶解させ

た後,水を加える方法により活性成分の水に対する溶解性を改善すると,

樹体内での分散性に優れた本発明の組成物を容易に製造することがで

きる。」

「【0034】

【発明の効果】本発明の組成物は,他の樹幹注入製剤(例えば,酒石酸

モランテル,メスルフェンホス及び塩酸レバミゾール)に比較して,低

薬量で優れた抗線虫活性を示すため,マツ材線虫病による松類の枯損に

極めて有効である。また,本発明の組成物はLL−F28249系化合

物の水に対する溶解性を改善しているため,松類の樹体内に該化合物の

薬効が行きわたり,マツ材線虫病による松類の枯損防止が有効に図れる。

さらに,本発明の松類の枯損防止方法はLL−F28249系化合物の

有効量を松類の樹幹に注入し,樹体内に転流させて行うため,線虫の駆

除が容易である。」

(イ) 上記(ア)によると,「LL−F28249系化合物はいずれも,水に

対する溶解度が非常に小さいため,有機溶剤に溶かして松の樹体に注入

しても樹体内での分散性が悪く,線虫の駆除効果に問題があった。(段


落【0016】)ところ,本件特許発明はこの問題を解決したものであ

る(段落【0017】。


本件特許発明は,活性成分(LL−F28249系化合物)の水に対
する溶解性を改善し,樹体内での分散性に優れた組成物の発明であるが

構成要件E),そのための具体的方法,すなわち水に対する溶解性を

改善し,樹体内での分散性に優れたものとする方法については,「活性

成分及び界面活性剤を溶剤に溶解させた後,水を加える方法」
(段落【0

021】)しか開示されていないというべきである。

原告は,上記段落【0021】の記載によれば,
「本発明の組成物の各

成分の配合は任意の方法により行うことができる」のであり,「活性成

分及び界面活性剤を溶剤に溶解させた後,水を加える方法」は例示にす

ぎないと主張する。

しかし,上記のとおり,
「活性成分及び界面活性剤を溶剤に溶解させた

後,水を加える方法」は,水に対する溶解性を改善し,樹体内での分散

性に優れたものとするための具体的方法として記載されている(段落

【0021】。本件特許発明の組成物の配合方法に関する単なる例示と


して記載されているのではない。

そもそも特許発明技術的範囲は,願書に添付した【特許請求の範囲

の記載に基づいて定めなければならず(特許法70条1項),願書に添

付した明細書の記載及び図面,とりわけ【発明の詳細な説明】の記載を

斟酌することにより,【特許請求の範囲】に記載されていないものにつ

いて特許発明技術的範囲に含めるような拡大解釈をすることは許さ

れない。

したがって,上記原告の主張を採用することはできない。

もとより原告の主張を前提とすれば,本件特許発明の組成物について

は,それを構成する各成分を摘示し,それらを含有する組成物としてク

レームすれば足りるのであり,原告は,それをわざわざ限定したのであ

るから,その技術的範囲を解釈により拡張することは相当でないという

べきである。
原告は,本件特許発明技術的範囲には,
「水を含む液状の組成物(混

合物)を製造する場合において,通常行われる工程である,扱いやすく

最も安価である水を最後に添加して全体の組成率を調整すること」も含

まれるとも主張する。しかしながら,このような解釈は前記アの【特許

請求の範囲】の文言と整合するものではないし,本件明細書等にもその

ような解釈を裏付ける記載はない。

したがって,上記原告の主張も採用することはできない。

ウ 本件特許出願の手続に基づく検討

(ア) 後掲各証拠によれば,以下の事実が認められる。

a 本件特許出願時における特許請求の範囲の記載は以下のとおりで

ある(乙3)。

「【請求項1】下記構造式で表わされる,LL−F28249系化合物

を有効成分とする松類の枯損防止用組成物。」

「【請求項2】前記LL−F28249系化合物がモキシデクチンであ

る請求項1記載の松類の枯損防止用組成物。

【請求項3】請求項1記載のLL−F28249系化合物,及び非イ

オン界面活性剤を含有する界面活性剤を,水と混和しうる溶剤に溶解

させた後,水を加える方法により,該化合物の水に対する溶解性を改

善した,樹体内での分散性に優れた松類の枯損防止用組成物。

【請求項4】前記非イオン界面活性剤として ポリオキシエチレン硬

化ヒマシ油類,ボリオキシエチレンアルキルエーテル類(判決注:
「ポ

リオキシエチレンアルキルエーテル類」の誤記と思われる。,ポリオ


キシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類,ポリオキシ

エチレンソルビタン脂肪酸エステル類,ポリオキシエチレンソルビ

トール脂肪酸エステル類,ポリグリセリン脂肪酸エステル類及びショ

糖脂肪酸エステル類よりなる群から選ばれた少なくとも一種以上を含
むことを特徴とする請求項3記載の松類の枯損防止用組成物。

【請求項5】前記水と混和しうる溶剤がメタノール,エタノール,エ

チレングリコール,プロピレングリコール,ジエチレングリコール,

1,3−ブチレングリコール,イソプレングリコール,アセトン,ア

セトニトリル,テトラヒドロフラン,ジオキサン,グリコールエーテ

ル類及びグリコールエステル類よりなる群から選ばれた少なくとも一

種以上を含有することを特徴とする請求項3又は4記載の松類の枯損

防止用組成物。」

b 原告は,特許庁審査官から平成9年7月17日付け拒絶理由通知

を受けた。その理由の概要は以下のとおりである(乙4,弁論の全趣

旨)。

特開昭62−272985号公報には,上記【請求項1】に記載さ

れた化合物のうち,ネマデクチン(LL−F28249α),LL−F

28249β,LL−F28249γ及びLL−F28249λに相

当する化合物が記載されており,これらの化合物は林業における線虫

を撲滅するのに有用である旨の記載もある。

これと他の刊行物(特開昭62−265288号公報)に記載され

た発明を組み合わせることにより【請求項1】に記載された発明の構

成とすることは当業者が容易になし得たことである。

特開平4−230605号公報には,抗生物質が水に不溶のもので

もアルコール類やアセトンなどの水と相溶性の溶剤にあらかじめ溶解

させておくことにより水に分散させて使用することができると記載さ

れている。これと他の刊行物(特開昭62−265288号公報,特

開昭62−272985号公報)に記載された発明を組み合わせるこ

とにより【請求項3】の発明の構成とすることは当業者が容易になし

得たことである。
また,【請求項4】及び【請求項5】について,非イオン性界面活

性剤及び溶剤を公知のものの中から適宜選択することは,当業者の通

常の創作能力の発揮にすぎない。

c 原告は,平成10年1月26日付けで意見書(乙5)及び手続補正

書(乙6)を提出し,
【特許請求の範囲】の記載を全部変更する補正を

した。これにより,上記【請求項1】及び【請求項3】から【請求項

5】までの発明は,本件特許発明(現在の【請求項1】)の技術的範囲

に限定された。

(イ) 上記(ア)のとおり,原告は,当初,
「LL−F28249系化合物を

有効成分とする松類の枯損防止用組成物。 を対象とするクレームにつ


いて出願をしていたところ,特許庁審査官から拒絶理由通知を受けた

ため,本件特許発明クレームの範囲に限定する補正をしたことによ

り,特許を受けられたことが認められる。

そして,当初のクレームは,
「LL−F28249系化合物」
(同A)

及び「・・・界面活性剤を」
(同B)「・・・水と混和しうる溶剤に溶


解させた後」(同C)「水を加える方法」
, (同D)以外の方法により製

造された組成物も含むものであったところ,原告は,これを本件特許

発明の技術的範囲にまで敢えて限定したものというべきである。

このように,特許出願の手続において敢えて限定したクレームにつ

いて,その限定した技術的範囲拡張する主張は,包袋禁反言の原則

により許されないものというべきである。

したがって,この観点からしても,
「本発明の組成物の各成分の配合

は任意の方法により行うことができる」のであり,
「活性成分及び界面

活性剤を溶剤に溶解させた後,水を加える方法」は単なる例示にすぎ

ない旨の原告の主張は採用することができない。

エ 本件特許発明技術的範囲
前記アからウで検討したところによれば,本件特許発明技術的範囲

には,「LL−F28249系化合物」(構成要件A)及び「・・・界面

活性剤を」
(同B)「・・・水と混和しうる溶剤に溶解させた後」
, (同C),

「水を加える方法」(同D)により製造された組成物は含まれうるもの

の,それ以外の方法により製造された組成物は含まれないものというべ

きである。

(2)被告製品の構成及び構成要件充足性

ア 被告製品の構成

後掲各証拠によれば,被告製品について,以下の事実が認められる。

(ア) 日本サイアナミッド株式会社は,平成8年9月10日,被告製品に係

る農薬登録を受けた(乙21,33,34,38)。

その製造方法は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●で

あった。

水を加える前に,ネマデクチン原体及び界面活性剤を溶剤に溶解させ

るという手順(プロセス)は行っていなかった。

(イ) 日本サイアナミッド株式会社は,平成14年11月11日,被告に対

し,被告製品に関する事業を譲渡した(乙35)。

(ウ) 被告は,上記(ア)と同様の方法で,被告製品を製造している(乙37)。

水を加える前に,ネマデクチン原体及び界面活性剤を溶剤に溶解させる

という手順(プロセス)は行っていない。

構成要件非充足

上記アによれば,被告製品は,「LL−F28249系化合物」(構成要
件A)及び「・・・界面活性剤を」(同B) 「・・・水と混和しうる溶剤


に溶解させた後」(同C)「水を加える方法」
, (同D)により製造された組

成物であると認めることはできない。

そうすると,被告製品が本件特許発明構成要件を文言上充足するとい

うことはできない。

3 争点1−2(被告製品は本件特許発明均等なものとしてその技術的範囲

属するか)に対する判断

(1)均等論の判断基準

特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する

場合であっても,@ 上記部分が特許発明の本質的部分ではなく,A 上記部

分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達すること

ができ,同一の作用効果を奏するものであって,B 上記のように置き換え

ことに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到すること

ができたものであり,C 対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知

技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に推考できたものではな

く,かつ,D 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲

から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,上記

対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許

発明の技術的範囲に属する(最高裁判所平成10年2月24日第三小法廷判

決・民集52巻1号113頁)。

(2)意識的除外

以下のとおり,本件では,少なくとも上記(1)Dの事情が認められる。

すなわち,前記2(1)ウのとおり,原告は,本件特許出願の手続において,

当初は,「活性成分及び界面活性剤を溶剤に溶解させた後,水を加える方法」

以外の方法により製造された組成物も含むクレームについて出願をしていた

ものである。しかし,特許庁審査官からの拒絶理由通知に対応するため,敢
えて上記方法により製造された組成物に限定する補正をし,それにより特許

を受けたことが認められる。

このように,特許出願の手続において敢えて限定したクレームについて,

その技術的範囲拡張する主張は包袋禁反言の原則により許されないものと

いうべきである。

したがって,被告製品の構成は本件特許発明の特許出願手続において特許

請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきである。

4 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求にはい

ずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第26民事部



裁 判 長 裁 判 官 山 田 陽 三




裁 判 官 松 阿 彌 隆




裁 判 官 西 田 昌 吾
(別紙)

被告製品目録

製品名:メガトップ液剤