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審判番号(事件番号) データベース 権利
昭和41行ケ175 判例 特許
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事件 平成 14年 (行ケ) 579号 審決取消請求事件
原告 藤栄電気株式会社
同訴訟代理人弁理士 鈴江武彦
同 福原淑弘
同 野河信久
被告 株式会社モリタ製作所
同訴訟代理人弁護士 那須健人
同訴訟代理人弁理士 水谷好男
同 花田吉秋
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/07/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が無効2002-35148号事件について平成14年10月8日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は,発明の名称を「根管長測定器」とする特許第2873725号(平成2年7月13日出願。平成11年1月14日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 原告は,平成14年4月18日,特許庁に対し,本件特許の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)についての特許を無効とすることを求めて審判の請求をし,同請求は無効2002-35148号事件として特許庁に係属した。
(3) 特許庁は,上記請求を審理した上,平成14年10月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月18日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨は,本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】 根管内に挿入されている測定電極の先端位置に対応した測定データを逐次検出するデータ検出手段と, 上記データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段と, 上記データ処理手段で得られた補正後データを表示する表示手段, とを備えたことを特徴とする根管長測定器。」 3 本件審決の理由の要旨は,次のとおりである。
(1) 本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明であるから,特許法29条1項1号又は2号の規定により特許を受けることができないものである(無効理由1)との主張について ア 「日本歯科保存学雑誌第32巻第3号(1989年6月)811〜832頁」(甲2)によれば,「エンドドンティックメーターSII」なる根管長測定器が,本件特許出願前に公然知られ又は公然実施をされたことは明らかであるものの,「有限会社第一通信機製作所作成の「根管長測定器 エンドドンティックメータSII」の電気回路解析結果報告書」(甲1の1)の回路図を作成するために解析され又は「東京都立産業技術研究所作成の「成績証明書」(13産技技評証第12号)」(甲5)の測定に供された「エンドドンティックメーターSII」の現品が,本件特許出願前に製造販売されたものであること,及び,甲1の1の回路図が,本件特許出願前に製造販売された「エンドドンティックメーターSII」の回路を正確に表していることに関しては,これを証明する証拠が不十分であり,これを是認することができない。
イ 仮に,それらの事実が認められるとしても,甲1の1,甲2,甲5,「「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメーター指示値(電流値)の変化」(甲3,4)からは,少なくとも本件発明の「データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段」に相当する構成が,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に具備されているとの心証を得ることはできない。 確かに,甲1の1の回路図には,INPUT部の第2端子からの信号が可変抵抗器VR2を介して演算増幅器IC2等からなる回路で検波及び増幅されてメーターに送られるようにした回路構成が示されており,この可変抵抗器VR2を可変操作すれば,該第2端子からの信号は,その大きさが変更されてメーターに供給されることが理解できるが,この回路構成中,特に上記可変抵抗器VR2については,具体的に,いかなる意図で,いかなるタイミングで,いかなる信号又はデータに基いて,人・器械その他のいかなる手段で可変操作を行うのかが全く不明であり,このような回路構成をもって本件発明の上記「データ処理手段」が開示されているとは到底いえない。
次に,甲2は,「エンドドンティックメーターSII」が,小型で低消費電力型であることに触れただけのものであり,その具体的な構成について何ら開示するものではない。
また,甲3は,甲1の1の回路図に基いて製作した回路構成と「エンドドンティックメーターSII」の現品との何れを測定対象として,周波数等いかなる測定条件で,かつ,誰がどこで測定したものであるのか不明であり,かかる測定結果をグラフ化したとされる甲4とともに,本件発明の新規性を否定する証拠としては採用し難いところである。加えて,甲4のグラフ及びその基データである甲3の測定結果を参酌したとしても,一部の領域でほぼリニアに変化する様子が窺えるものの,全体的にみて,これらが「測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に相当するものとは認められない。
さらに,甲5の「エンドドンティックメーターSII」における根管長と指示目盛との関係を測定した結果を見ても,それが,「補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に対応するものであると認められないばかりでなく,該データを得るための「データ処理手段」の存在及び構成を特定するに足る根拠となり得ないことは明らかである。
ウ したがって,本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明であるとは認められない。
(2) 本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである(無効理由2)との主張について 前記(1)の項で検討したように,「エンドドンティックメーターSII」には,少なくとも本件発明の「データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段」が具備されているとは認められず,また,かかるデータ処理手段が自明のもの又は適宜採用し得るものであると認定するに足る証拠も提出されていない。
そして,本件発明は上記のデータ処理手段を具えたことにより,「測定電極先端の位置と表示値との相関が明瞭になるとともに,最初は出力がほとんど変化しないで根尖付近で急激に変化するという測定原理に起因する表示値の急変がなくなる」という本件明細書に記載の効果を奏するものである。
したがって,本件発明が,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
当事者の主張
(原告の主張する本件審決の取消事由) 本件審決は,本件発明の新規性に関する判断を誤る(取消事由1)とともに,その進歩性に関する判断を誤り,これらの誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明の新規性に関する判断誤り) 次に述べるとおり,本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明と同一の発明であり,本件審決のこの点に関する認定判断は誤りである。
(1) 甲1の1(根管長測定器エンドドンティックメーターSIIの電気回路解析結果報告書)及び甲5(成績証明書)の作成のため用いられた「エンドドンティックメーターSII」現品が本件特許出願前に製造販売されたものであるか否か並びに甲1の1の回路図の正確性について 甲1の1の回路図は,有限会社第一通信機製作所の代表取締役Aが甲1の2及び3の写真に掲載された「エンドドンティックメーターSII」現品を解析して作成したものであり,また,同解析者は,電気回路に対する知識を十分に備えた者であり,甲1の1の回路図は,上記の「エンドドンティックメーターSII」現品について正しく解析したものである。さらに,甲5の成績証明書は,甲1の1の回路図を作成するために解析された「エンドドンティックメーターSII」現品と同一のものを測定して作成されたものである。そして,上記の「エンドドンティックメーターSII」現品は,本件特許出願日(平成2年7月13日)前の昭和61年8月1日には既に存在し,これより以前に製造販売されたものである。
これらの事実は,上記の証拠のほか,甲7(原告会社取締役Bの陳述書),甲12の1ないし3(「「エンドドンティックメーターSII」製品の写真」,「東北大学歯学部附属病院の備品番号旧新対照表」,「東北大学物品管理事務システムにより検索表示された画面のプリントアウト」)から明らかである。
(2) 甲3の測定データ及び甲4のグラフが「エンドドンティックメーターSII」現品を用いて測定して得られた結果であり,信頼性を有するか否かについて 甲3の測定データは,「エンドドンティックメーターSII」現品を用いて測定した結果を示すものである。その測定は,甲1の1の回路図を作成するために解析され,甲5の成績証明書の作成のため測定に供された「エンドドンティックメーターSII」現品(甲1の2及び3の写真の被写体)と同一のものを用いて,原告会社取締役Bによりなされた。測定者のBは根管長測定器の設計・開発を行っており,甲3の測定結果には信頼性がある。
また,甲3の表は,「エンドドンティックメーターSII」製品における可変抵抗器VR2(甲1の1の回路図のVR2は「可変抵抗器」であり,測定値を検出する機能を有することから「検出抵抗器」とも呼ばれる。以下「検出抵抗器VR2」という。)の抵抗値を17.7kΩ,2.57kΩ,5kΩ,10kΩ及び28kΩに設定し,同じく,増幅器帰還抵抗器R7の抵抗値をそれぞれ1000kΩ,5400kΩ,2570kΩ,1435kΩ及び655kΩに設定して(検出抵抗器VR2の抵抗値に対応して増幅器帰還抵抗器R7の抵抗値を変えたのは,根尖位置までの距離が9mmの場合のメータ指示値をほぼ同一に揃えるためのものである。),これらの検出抵抗器VR2と増幅器帰還抵抗器R7の設定値の組み合わせ毎に根尖位置までの距離を変化させた場合のメータ指示値を測定した結果であって,検出抵抗器VR2の値と増幅器帰還抵抗器R7の値を調整した以外は「エンドドンティックメーターSII」の通常の使用方法で測定している。発振周波数などは本来設定されている値のまま測定したことから明記しなかっただけである。そして,たとえ,1本の歯牙の測定データであっても,「エンドドンティックメーターSII」製品の表示特性を確認する上では何ら不足はない。
これらの事実は,甲3及び甲7(原告会社取締役Bの陳述書)から明らかである。
さらに,甲4は甲3のデータをグラフ化したものであり,甲3と同様に信頼性がある。
(3) 「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性について 本件審決は,甲4のグラフを参照しても,これが「測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に対応しているとは認められないとし,また,甲5の「エンドドンティックメーターSII」における根管長と指示目盛との関係を測定した結果をみても,それが,「補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に対応するものであると認められないとしたが,この認定は,被告が自認するところを無視したものであって誤りである。
すなわち,甲10によれば,被告は,本件特許に対する別件の無効審判(無効2001-35445号)事件(以下「別件無効審判事件」という。)の口頭審理手続において,乙1のグラフ(甲5の成績証明書記載の測定データをもとに,原告が作成したものである。)に示された「エンドドンティックメーターSII」の指示値の特性はほぼリニアに変化するものであると認めている。乙1のグラフは,横軸が根尖位置からの長さであり,根尖位置からの長さは言い換えれば測定電極先端と根尖間の距離であるから,乙1のグラフがほぼリニアに変化していると認めることは,測定電極先端と根尖間の距離に応じて,測定データがほぼリニアに変化していることを認めているに等しい。
本件明細書においては,「ほぼリニアに変化する」の意味,範囲が明確でないから,「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性がほぼリニアであるか否かは,本件明細書の記載を基礎としては判断できないところ,被告は,「エンドドンティックメーターSII」の上記指示値の特性がほぼリニアに変化すると認めているのであるから,本件特許が新規性を有するか否かを判断するに当たっては,「エンドドンティックメーターSII」の上記指示値の特性がほぼリニアに変化していることを前提とすべきである。このことは禁反言の法理からも明らかである。
以上のとおり,本件審決は,被告が自認するところを無視して誤った認定をしている。
(4) 「エンドドンティックメーターSII」現品が有する検出抵抗器VR2が本件発明の「データ処理手段」に相当するか否かについて 本件明細書には,「従来の根管長測定器では,測定電極の先端が根尖から離れている間は表示値は小さくしかもあまり増加しないが,1mm前後に近づいてから急激に大きくなり,このような傾向は特にインピーダンスの変化を検出する方式では顕著になる」(3欄21〜27行),「この発明によれば,測定データが測定電極先端と根尖との間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するように補正されて表示されるので,表示値が根尖付近で急激に増加するようなことがなくなる」(4欄8〜11行)と説明されていることからすると,本件発明の「データ処理手段」は,インピーダンスの急激な変化をほぼリニアな指示値特性へと変更するものである。
本件発明と対比して「エンドドンティックメーターSII」における検出抵抗器VR2の機能についてみると,「エンドドンティックメーターSII」において,検出抵抗器VR2の抵抗値を変化させた場合の同検出抵抗器の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性を示す甲4のグラフ及び甲23のグラフ(根尖位置における指示値が同一となるよう甲14のグラフを書き直したもの。なお,甲14のグラフは,増幅器帰還抵抗器R7の抵抗値を本来の値1MΩとし,「エンドドンティックメーターSII」内の検出抵抗器VR2の抵抗値を変化させたときの,根尖位置までの距離に対するメータ指示値の変化を示したグラフであり,甲3及び甲4に基づき作成したものである。)から明らかなとおり,補正前データ(生データ)に最も近い測定値が得られる検出抵抗器VR2の抵抗値が2.57kΩの場合に比し,補正後データに相当する測定値が得られる同抵抗器の抵抗値が17.7kΩの場合は,曲線(データ)の傾きが根尖付近で減少するように変化している。このことは,検出抵抗器VR2が,測定信号を検出する機能のみならず,測定データの傾きを変化させる処理を行うという意味で,測定信号を加工処理する機能をも有していることを示すものである。
そして,検出抵抗器VR2の抵抗値が17.7kΩの場合の曲線は,被告が,「ほぼリニアに変化している」と認めるものであるから,結局,検出抵抗器VR2が行う測定データの傾きを変化させる処理は,測定データをほぼリニアに変化させる処理にほかならない。
したがって,検出抵抗器VR2は,根尖付近でのデータの急激な変化をほぼリニアに変化させるものであり,生データを,測定電極先端と根尖間の距離に応じてほぼリニアに変化するデータとなるように補正する,本件発明の「データ処理手段」に相当することが明らかである。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り) 次に述べるとおり,本件発明の進歩性を肯定した本件審決の判断は誤りである。
「エンドドンティックメーターSII」が,「データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段」を具備していることは上述したとおりである。
仮に,本件発明において「データ検出手段」と「データ処理手段」とは別体の手段であり,本件発明が,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明と同一のものではないとしても,本件発明は,当業者であれば,「エンドドンティックメーターSII」に開示された技術的思想に基づいて当業者が容易に発明することができるものである。
すなわち,「エンドドンティックメーターSII」現品では,検出抵抗器VR2の抵抗値を17.7kΩとした場合の根尖位置までの距離に対するメータの指示値について,甲4のグラフにあるとおりの指示値の特性を得ることができるものであるところ,被告は,このような指示値の特性をほぼリニアに変化するものと認めているのであるから,「エンドドンティックメーターSII」が「指示値の特性をほぼリニアに変化するデータとなるように処理する」技術的思想を備えていることは明らかである。そうであれば,このような技術的思想に基づき,根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性をほぼリニアに変化するデータとなるように処理する機能を,測定信号を検出する機能も兼ね備えた手段で実現するか,ほぼリニアに変化するデータとなるように処理する機能のみを有する手段で実現するかは,当業者が格別の発明力を要することなく適宜選択できる程度の設計事項である。
したがって,当業者であれば,特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」から,本件発明を構成することは容易になし得たものである。
(被告の反論) 本件審決に原告主張の判断誤りはない。
1 取消事由1(本件発明の新規性に関する判断誤り)について 本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明と同一の発明であるとは認められないとした本件審決の認定に誤りはない。
(1) 甲1の1(根管長測定器エンドドンティックメーターSIIの電気回路解析結果報告書)及び甲5(成績証明書)の作成のため用いられた「エンドドンティックメーターSII」現品が本件特許出願前に製造販売されたものであるか否か並びに甲1の1の回路図の正確性について この点に関する原告主張の事実は否認する。
(2) 甲3の測定データ及び甲4のグラフが「エンドドンティックメーターSII」現品を用いて測定して得られた結果であり,信頼性を有するか否かについて この点に関する原告の主張は否認する。
甲3には,測定日時,測定条件等が明らかにされていないから,甲7の陳述書に記載のとおり,原告会社の取締役開発部長が甲3の測定を行ったとしても,それだけでは,甲3データが,作為的に用意されたデータであるとの合理的疑いを拭えるものではない。
また,甲3では,測定結果の客観性も担保されていない。測定は,1個の歯牙について,1つの装置を使って行われているだけであるが,人の歯牙は千差万別で,人ごとに,また歯牙ごとに異なる特性を持つのであるから,複数の歯牙について測定を行うことが常識である。
本件明細書には,「・・・距離と測定データとの関係は,歯牙が異な・・・ってもほぼ一定である」(4欄1〜3行)と記載されているが,この記載は原則を述べているものであり,実際には,歯牙ごとにばらつきがある(例えば乙4の102頁の図6及び表2参照)。したがって,1本の歯牙の測定データをもってすべての歯牙が同一のデータになるというのは誤りであり,誤った結論を導くものである。
(3) 「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性について ア 原告は,「エンドドンティックメーターSII」における根管長とメータ指示値との関係を示した乙1のグラフに関して,被告が,別件無効審判事件において,そのメータ指示値がほぼリニアに変化することを自認していると主張する。
しかし,乙1は,別件無効審判事件において原告が作成提出したものであるところ,甲10(第1回口頭審理調書)の記載から明らかなように,被告は,正確には,「甲第8号証(本訴乙1)のグラフで「エンドドンティックメーターSII」のグラフはほぼリニアに変化している」と陳述したのであり,乙1の「エンドドンティックメーターSII」のグラフが,部分的に見ればほぼリニアに変化していることを認めたに過ぎない。
原告は,被告の別件無効審判事件での上記陳述が,「エンドドンティックメーターSII」が,データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてほぼリニアに変化する「データ処理手段」を備えている,と自認したかのように曲解しているが,被告は,「エンドドンティックメーターSII」で,上記測定データをリニア又はほぼリニアに補正する補正後データが得られるとは何ら述べていない。上記測定データをリニア又はほぼリニアに補正する補正後データが存在しない以上,当然に,リニア又はほぼリニアに補正した補正後データを得るための「データ処理手段」は「エンドドンティックメーターSII」には存在しないのであり,そうであれば,「エンドドンティックメーターSII」が「ほぼリニアに変化する」補正後データを得ることはない。
なお,本件明細書には,「測定電極の先端が根尖から離れている間は表示値は小さくしかもあまり増加しないが,1mm前後に近づいてから急激に大きく・・・なり,非常に使いにくいものとなる」(3欄22〜25行)と記載されており,この記載から,1mm前後は,施術に極めて重要な範囲であることが理解でき,また,「ファイルなどの測定電極先端の位置と表示値との相関が明瞭になると共に,最初は出力がほとんど変化しないで根尖付近で急激に変化するという測定原理に起因する表示値の急変がなくなる」(6欄21〜24行)と記載されており,この記載から,本件発明の「データ処理手段」により,根尖付近で急激に変化するという測定原理に起因する表示値の急変がなくなることが理解できる。したがって,「データ処理手段」による測定データのリニア化は,測定原理に起因して,根尖位置で表示値が急変するために,施術者が施術しにくい領域を対象とするものであり,リニア化の範囲は,少なくとも,そのような施術者が施術しにくい領域を含むものであるところ,「エンドドンティックメーターSII」を含むインピーダンス法による根管長測定器の測定値のグラフ(甲2の図2及び乙5の図5)は,そもそも,根管長測定で重要な上記領域においてほぼリニアに変化する特性を有するものであるから,被告は,このことを念頭におき,別件無効審判事件で,乙1のグラフを見て,部分的にほぼリニアである旨陳述したのである。
なお,無効審判手続においては職権探知主義が採用されており,担当審判官は当事者の自白に拘束されることなく,事実を確定することができるものである。
イ 以上のとおり,「エンドドンティックメーターSII」における測定の結果が「測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に対応するものとは認められないとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) 「エンドドンティックメーターSII」現品が有する検出抵抗器VR2が本件発明の「データ処理手段」に相当するか否かについて ア 原告は,@本件明細書の記載によれば,「エンドドンティックメーターSII」では,根尖位置までの距離に対するメータ指示値の急激な変化が顕著であるはずであるが,被告は,別件無効審判事件の口頭審理手続において,「エンドドンティックメーターSII」の上記メータ指示値の特性はほぼリニアと認めており,したがって,「エンドドンティックメーターSII」には,測定データをほぼリニアに変化するデータとなるように処理する「データ処理手段」に相当するものが存在するというべきこと,A検出抵抗器VR2は,測定データの傾きを変化させているから,測定信号を加工処理する機能を持つことを理由に,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2が本件発明の「データ処理手段」に相当すると主張する。
イ しかし,被告は,別件無効審判事件において,「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性は,部分的にみてほぼリニアであると認めたに過ぎない。
しかも,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2は,筐体の内部に存在し,製造段階で可変操作するものであって,製造後の使用時に操作するものではないから,製造後においては,可変抵抗ではなく,固定抵抗として機能するものである。かかる抵抗の場合,入力に比例した値を出力(線形出力)するだけであるから,仮に補正前データが曲線である場合,抵抗を介して出力される補正後データは,補正前データと同じ割合で変化する曲線になるだけであり,したがって,全範囲にわたって同じ割合で傾きを変化させるだけである。原告の提出した甲4のグラフを,根尖までの距離が0mmの場合のメータ指示値を100%とし,根尖位置までの距離が9mmの場合のメー夕指示値が0%になるよう換算して作成し直した乙3のグラフからも,検出抵抗器VR2の抵抗値を変化させて得られるデータは,そのデータにより得られるグラフの領域全体で同一の割合で傾きが変化していることが明らかであり,検出抵抗器VR2は,測定データをリニアに変換するものとはいえない。
また,本件発明の「データ処理手段」は,入力データである測定データを逐次補正した非線形な出力データ(入力に比例しない出力のデータ)を生成するものであり,測定信号の加工処理とは,かかる非線形な出力データを得ることであるから,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗VR2が測定信号を加工する機能を有するものともいえない。
さらに,「リニア又はほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段」の開示としては,被告作成の技術説明会資料(乙7の1)の23頁に示したとおり,「データ処理手段」への入力と出力が必要であるが,原告の主張では,「入力」と「出力」に該当するものが何かについての開示がなく,「エンドドンティックメーターSII」に「データ処理手段」が開示されているとは,到底いえない。
ウ 原告は,検出抵抗器VR2の抵抗値を変化させると,甲4又は甲14のグラフのように,測定データの曲線が変化するから,検出抵抗器VR2は測定信号を加工する機能を持つと主張する。この主張の趣旨は,「測定データ」である,例えば,一般的な電流値は,抵抗値を変えると変化するから,この抵抗の特性が,すなわち「加工する機能」にほかならないとするものである。
しかし,前述したとおり,検出抵抗器VR2は,出荷後は,固定抵抗として動作するのであって,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2の両端間の電圧を検出するだけで,検出した値を変えることはできないから,上記の意味での「加工」を行う機能を持たない。また,検出抵抗器VR2の両端間の検出電圧を,測定データと呼ぶのであるから,その抵抗値rを変えても,該両端間の電圧は,常に測定データと呼ばれるのであり,検出抵抗器VR2が,この測定データをさらに加工することができないことは明白である。
(5) 上述のとおり,「エンドドンティックメーターSII」においては,検出抵抗器VR2により測定データが得られるだけである。仮に,データ検出手段からの測定データが,検出抵抗器VR2に入力されるとしても,検出抵抗器VR2により,入力データと同様の割合で変化した出力がなされるだけである。したがって,本件発明のように,「データ検出手段」で得られる測定データを逐次補正し,リニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるような処理を行っていないから,「エンドドンティックメーターSII」には本件発明でいう「データ処理手段」は存在せず,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2は本件発明の「データ処理手段」に相当するものでない。
この点に関する本件審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について (1) 原告は,別件無効審判事件における被告の陳述(甲10)を根拠に,甲4のグラフに示された「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性からすると,「エンドドンティックメーターSII」は,「指示値の特性をリニアに変化するデータとなるように処理する」技術的思想を有するから,本件審決が,「エンドドンディックメーターSII」には,少なくとも本件発明の「・・・データ処理手段」が具備されているとは認められず,また,かかるデータ処理手段が自明のもの又は適宜採用し得るものであるとも認定できないとしたのは誤りであると主張する。
しかし,既に指摘したとおり,別件無効審判事件において,被告は,乙1のグラフにおいて,一部がほぼリニアに変化していると認めたに過ぎない。
そもそも,「エンドドンティックメーターSII」は,前述したとおり,根尖位置までの距離に対するメータ指示値について,ほぼリニアな領域を有する特性を示すものであるところ,このリニア特性は,歯牙の特性及び装置の回路特性で決まるのであって,測定データをリニア化するといった技術思想など全く存在しない。よって,「エンドドンティックメーターSII」からは,本件発明の「データ処理手段」が自明であるとか,適宜採用し得るものとは認定しようがない。
この点に関する本件審決の認定に誤りはない。
(2) 原告は,「指示値の特性をほぼリニアに変化するデータとなるように処理する機能を,測定信号を検出する機能も兼ね備えた手段で実現するか,ほぼリニアに変化するデータとなるように処理する機能のみを有する手段で実現するかは,当業者が格別の発明力を要することなく適宜選択できる程度の設計事項である。」と主張するが,そもそも,「エンドドンティックメーターSII」には,「指示値の特性をリニアに変化するデータとなるように処理する」技術的思想が存在しないのであるから,原告の主張は前提を欠いており失当である。
(3) 以上のとおり「本件発明が,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。」とした本件審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明の新規性に関する判断誤り)について (1) 甲1の1(根管長測定器エンドドンティックメーターSIIの電気回路解析結果報告書)及び甲5(成績証明書)の作成のため用いられた「エンドドンティックメーターSII」現品が本件特許出願前に製造販売されたものであるか否か並びに甲1の1の回路図の正確性について ア 甲7及び文中掲記の各証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 甲12の1の写真1ないし3と甲1の2及び3の写真のいずれの被写 体も,「エンドドンティックメーターSII」現品である。そして両被写体には,いずれもその裏面の右下部に「エンドドンティクメーターSII」,「製造元小貫医器有限会社」と記載されたラベルが,側面に「S61.8.1」,「調査済」の文字が記載されたラベルが,裏面右中央部に「P638410」の番号が記載されたラベルがそれぞれ貼付されている。
甲12の1の写真1ないし3の被写体の側面に貼付された上記ラベルには,「S61.8.1」,「調査済」の各文字の間に「東北大歯病」の文字が記載され,また,その裏面の右中央部に貼付された上記ラベルには,上記「P638410」の番号の上に「東北大学歯学部附属病院」の文字が記載されている。他方,甲1の2の被写体の側面に貼付された上記ラベルの「S61.8.1」,「調査済」の各文字の間は黒くつぶして文字が伏され,また,甲1の3の被写体の裏面の右中央部に貼付された上記ラベルの「P638410」の上は,白いテープが貼られて文字が伏せられている。
(イ) 東北大学歯学部附属病院に保管されている甲12の2の「備品番号旧新対照表」には,旧備品番号(記号「P63」番号「8410」)は,新備品番号(記号「P001」,番号「335」)に対応することが記載されている。
甲12の3(東北大学の「物品管理事務システム」による物品マスタ照会画面のプリントアウト)には,種類「P 医療用機械類」,所属物品「001 患者検査機器」,物品番号「00335」,規格「エンドドンテックメーター 小貫S」なる物品が昭和60年3月11日に同病院により取得され,同病院の歯学部・歯学研究科分任物品管理官により管理されていることが記載されており,上記所属物品の種類,分類記号,物品番号は,上記新備品番号(記号「P001」,番号「335」)に照応している。
(ウ) 甲1の1の回路図を作成するために解析され又は甲5の成績証明書(依頼品の欄に品名「根管長測定器」,製造者「小貫医器有限会社」,形「エンドドンティックメーターSII」,番号「P638410」との記載がされている。)を作成するため測定に供された「エンドドンティックメーターSII」は,甲1の2及び3の写真に撮影されたものであり,また,甲1の1の回路図は,電気回路の知識を有する有限会社第一通信機製作所代表取締役Aが,原告の依頼を受け,甲1の2及び3の写真に撮影された「エンドドンティックメーターSII」現品を解析して作成したものである。
イ 上記アの認定事実によれば,甲12の1の写真1ないし3の写真の被写体である「エンドドンティックメーターSII」と甲1の2及び3の写真の被写体である「エンドドンティックメーターSII」とは同一のものであること,この「エンドドンティックメーターSII」の現品は,昭和60年3月11日に東北大学歯学部附属病院により取得され,管理されていたものであり,したがって,甲1の1の回路図を作成するために解析され又は甲5の成績証明書を作成するため測定に供された「エンドドンティックメーターSII」現品は,本件特許出願前に製造販売されたものであることが認められる。そして,上記認定の甲1の1の作成者,作成経過からみて,甲1の1の回路図は,本件特許出願前に製造販売された「エンドドンティックメーターSII」現品の回路を正確に表していると認めるのが相当である。
(2) 甲3の測定データ及び甲4のグラフが「エンドドンティックメーターSII」現品を用いて測定して得られた結果であり,信頼性を有するか否かについて ア 原告は,甲3が,「エンドドンティックメーターSII」現品を測定対象としたものであること,また,測定条件,測定者等も明らかであり,それに基づき作成された甲4のグラフも信用できるものであると主張する。
イ そこで検討するに,甲7及び弁論の全趣旨によれば,甲3は,甲1の2及び3の写真に撮影されている「エンドドンティックメーターSII」現品を用い,原告会社取締役開発部長Bが実験を行うことにより作成したもので,その実験は,検出抵抗器VR2の値と増幅器帰還抵抗器R7の値を調整した以外は,同現品の通常の使用方法を用いたものであること,Bは,原告会社において,開発部長の職にあって,根管長測定器の設計・開発に携わっている者であること,また,甲4は,甲3の実験結果をグラフ化したものであることが認められる。
上記認定によれば,甲3の測定データについてその測定対象,測定条件等は明らかであり,その測定結果は信頼性を有するものといえるから,本件発明の新規性を判断するに当たっては,甲3の測定結果及び甲4のグラフに基づいて,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2が本件発明の「データ処理手段」に相当するか否かについて検討すべきである。
(3) 「エンドドンティックメーターSII」の根尖位置までの距離に対するメータ指示値の特性いかん,及び「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2が本件発明の「データ処理手段」に相当するか否かについて ア 本件明細書(甲8)には,次のとおりの記載がある。
(ア) 「〈従来の技術〉 電気的に根管長を測定する装置としては,根管内 に挿入される測定電極と口の中の軟組織に接続される口腔電極との間の抵抗値を検出する方式のもの・・・,あるいは両電極間のインピーダンスを検出する方式のもの・・・等が知られている。・・・前者は,測定電極の先端が根尖に近づくと抵抗値が低下することを,また後者は測定電極の先端が根尖に近づくとインピーダンスが低下することをそれぞれ検出するものであるが,測定電極と口腔電極間は抵抗とコンデンサが並列に接続された等価回路とみなされるため,測定の原理としては後者の方が実情に適合していると考えられている。
〈発明が解決しようとする課題〉 しかしながら,測定電極の先端が根管中央の歯頚部にある時と根管先端の根尖に達した時における上記の等価回路における抵抗値とコンデンサ容量の変化率は,コンデンサ容量の方が抵抗値に比べてかなり大きく,特に根尖付近ではインピーダンスが格段に大きく変化するという性質がある。このため,電流や電圧の形で検出される測定データは測定電極の先端が根尖から離れている間は小さい値のままであまり増加せず,根尖付近で急に増加し始める。・・・このような測定データをそのまま表示に用いると,測定電極の先端が根尖から離れている間は表示値は小さくしかもあまり増加しないが,1mm前後に近づいてから急激に大きくなるという結果となり,非常に使いにくいものとなる。このような傾向は抵抗検出方式のものである程度は認められるが,特にインピーダンスの変化を検出する方式では顕著である。」(2欄10行〜3欄27行)。
(イ) 「〈作用〉 この発明によれば,測定データが測定電極先端と根尖との間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するように補正されて表示されるので,表示値が根尖付近で急激に増加するようなことがなくなる。」(4欄7〜11行) (ウ) 「測定電極2が歯牙1の根管1aに挿入され,その挿入量に応じて電極2の先端2aと根尖1b間の距離に対応した測定データがデータ検出回路4から出力されると,データ処理回路5ではこの各測定データの値に応じて第2図の補正値をそれぞれ加算し,その結果得られた補正後データによって表示部6を作動させるのである。測定データは測定電極2の先端2aが根尖1bに近づくにつれて図のA線のように急激に大きくなるが,この例では,補正後データが根尖1bまでの距離に応じて図B線のようにほぼリニアに変化するものとなるように補正値が選定してあり,表示部6に対する出力信号もほぼリニアに変化する。従って,表示部6が例えば指針式メータであれば,その指針は測定電極2が根管1aに挿入されるにつれて挿入量にほぼ比例して振れるようになるのであり,根尖1bに近づいてから急に大きく振れるということがなく,表示が見やすく,使いやすい根管長測定器が得られる。」(5欄12〜28行) (エ) 「補正後データは例えば第2図に1点鎖線で示したC線のように途中で勾配が変化する折れ線にしてもよい。このC線のようにした場合には,生データのような急激なものでないが根尖1bに近づいてから指示値の増加割合が大きくなるので,術者に対して根尖に近づいたことの注意を喚起することができると共に,測定電極2の動きやその位置を拡大して表示することができる。なおこのC線のような折れ線でなく,2点鎖線で示したD線のように,根尖から遠い位置における直線と根尖に近くなるほど勾配が急になる曲線とを組み合わせたものであっても同様な作用効果が得られる。」(5欄29〜39行) イ 上記ア(ア)ないし(エ)の記載及び第2図にBと表示された線を参照すると, 本件発明において,「ほぼリニアに変化する」とは,測定電極2の根管1aへの挿入量にほぼ比例して変化することを意味するものであり,本件発 明の「測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」であるかどうかは,「根尖位置で急激に変化する」か否かではなく,根尖から離れた位置から根尖位置に至る間の全体において,データに急激な増加がみられるかどうかで判断すべきものというべきである。
上記ア(エ)には,補正後データは,術者に対して根尖に近づいたことの注 意を喚起するために,「途中で勾配が変化する折れ線」,「根尖から遠い位置における直線と根尖に近くなるほど勾配が急になる曲線とを組み合わせたもの」とされてもよいこと,すなわち,測定電極2の挿入量と補正後データとの比例関係が,根尖から遠い位置と根尖位置との間の途中において変更され得る旨が説明されているが,上記C線,D線を見ると,変更点の前後において,補正後データは,測定電極2の挿入量にほぼ比例して変化していることが認められるから,かかる記載が存在することをもって,本件発明における「リニアまたはほぼリニア」の意味が不明瞭であるということはできない。
ウ 原告は,本件発明の構成要素である「補正」は,施術者が実質的に参照する部分について行われれば足りるものであり,その部分において根尖間の距離に応じた指示値の特性がリニア又はほぼリニアになるようにされれば十分であるとした上,甲4のグラフは,被告が別件無効審判事件の口頭審理手続において自認したとおり,施術者が実質的に参照する部分について上記指示値の特性がリニアに変化していることを示している旨主張する。
しかしながら,上記イに認定したとおり,本件明細書における「リニアまたはほぼリニア」との記載は,根尖から離れた位置から根尖位置に至る全体において,測定電極の挿入量にほぼ比例して変化することを意味するものというべきであり,この観点から,甲4のグラフのデータを全体的に見ると,データが「リニアまたはほぼリニア」であるということはできない。
甲10によれば,別件無効審判事件の口頭審理手続において,被告が,「甲第8号証(甲5の成績証明書記載の測定データをもとに,原告が作成したものである。本訴乙1)のグラフで「エンドドンティックメーターSII」のグラフはほぼリニアに変化している。」と陳述したことが認められる(乙1の「エンドドンティックメーターSII」のグラフは甲4のグラフの検出抵抗値17.7kΩの場合の指示値の変化に相当するとみることができる。)が,この陳述は,乙1の上記グラフのデータにおいて,その一部分がリニアであることを認めたに過ぎないと認めるのが相当である。
被告は,本訴において,別件無効審判事件の口頭審理手続での上記陳述の内容についてと同趣旨の主張をしているものであり,被告のこの点の主張が禁反言の法理に照らし許されないとする原告の主張は失当である。
エ 原告は,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2は,測定データの傾きを変化させる処理を行うデータ処理手段である旨主張する。
(ア) 原告が,検出抵抗器VR2が,測定データの傾きを変化させる処理を行 うデータ処理手段であると主張する根拠は,検出抵抗器VR2の抵抗値を変化させた場合において,検出抵抗器VR2から出力されるデータの指示値の特性は,甲4のグラフ及び甲23のグラフ(根尖位置における指示値が同一となるよう甲14のグラフを書き直したもの)のとおりであり,抵抗値が2.57kΩの検出抵抗器VR2を用いてデータを検出する場合の測定データは補正前データ(生データ)に最も近いと考えられ,抵抗値が17.7kΩの検出抵抗器VR2を用いて検出する場合の測定データが補正後データに該当するところ,補正後データの曲線の傾きが,補正前データ(生データ)のそれに比して,根尖付近で減少するように変化するから,検出抵抗器VR2は,測定データの傾きを変化させる処理を行うデータ処理手段といえ,測定信号を検出する機能のみならず,測定信号を加工処理する機能をも有している,また,この機能は,甲1の1に示された「エンドドンティックメーター」の回路図からも理論的に導き出せるというものである。
(イ) そこで検討するに,一般に,データ処理手段で補正を行うとは,データ処理手段により処理される補正前の測定データに一定の補正を加えてその目的に応じて必要とされる補正後のデータを得ることをいうものと解されるところ,本件明細書には,「上記のデータ処理手段における処理は,測定データと目標とする補正後データとの差を補正値として各測定データに対応させた補正用テーブルをあらかじめ記憶手段に記憶させておき,このテーブルから対応する補正値を読み出し,これを測定データに加算することによって行われる。また,測定データを目標とする補正後データに変換するための演算式をあらかじめ記憶手段に記憶させておき,この演算式を用いて測定データの補正演算を行うこともできる。」(3欄41〜50行)と記載されており,本件発明においては,上記の意味のデータ処理による補正手段が存在することが開示されている。
(ウ) これに対し,甲7及び乙7の1並びに弁論の全趣旨によれば,「エンドドンティックメーターSII」現品の検出抵抗器VR2は,抵抗値を17.7kΩに設定調整されて同現品の測定回路に組み込まれ,測定回路に流れる電流値を検出するためのものであること,検出抵抗器VR2は,可変抵抗ではあるものの,一旦,検出抵抗器VR2が同現品の測定回路に組み込まれて調整された後,同現品の使用時においては,その抵抗値が変更されることはなく,測定回路内における固定抵抗として機能するものであることが認められるから,検出抵抗器VR2は,根管内抵抗値の変化によってその値が変化する測定回路内の電流値を,1つの抵抗値を介した測定データとして得るものということができ,甲4,甲5によれば,この測定データが,表示目盛に表示データとして表示されるものと認められる。
(なお,この表示データは,上記測定データを相対値として表示するものである。すなわち,乙7の5によれば,「エンドドンティックメーターSII」の測定回路には,使用時にメーター感度を校正するための可変抵抗(40ADJ)が組み込まれており,校正は,標準抵抗(6.0kΩ)を測定回路に挿入した状態で,メーターの表示値が40となるように調整するものであると認められるところ,標準抵抗が,リーマー(測定電極)の先端が根尖位置に達するときの根管内抵抗値(6.0kΩ)と同じ値に設定されていることから,メーターには,リーマーの先端位置に応じて測定回路に流れる電流値が,リーマーが先端位置にある場合を40とした相対値として表示されるものである。甲1の1によれば,「エンドドンティックメーターSII」現品においても,校正用の可変抵抗(40ADJ)を有しており,乙7の5に示されたと同様の使用法により使用されるものと認められる。) なお,「エンドドンティックメーターSII」の測定回路において,抵抗値の異なる検出抵抗器VR2を用いれば,それぞれの検出抵抗器VR2の抵抗値に応じて,検出回路に流れる電流値も変化するため,それぞれの検出抵抗器VR2により測定される測定データは異なるものとなるが,抵抗値を異にする別の検出抵抗器VR2を用いた場合とは異なる測定データが得られるだけであって,この測定データに補正値を加えたデータを得ることはできない。
上記のとおり,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2は,抵抗器の有する一般的な作用を利用して,測定回路に流れる電流値を測定データとして検出するものにすぎず,測定データに補正値を加えるというデータ処理を行い,測定データの傾きを変化させるように処理するデータ処理手段であるとはいえない。
オ 以上のとおり,甲4のグラフ及びその基のデータである甲3の測定結果は,全体的にみて,本件発明における「測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータ」に相当するものとは認められないし,また,「エンドドンティックメーターSII」の検出抵抗器VR2が,測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理する測定データの傾きを変化させる処理を行う本件発明の「データ処理手段」に相当するものともいえない。
この点に関する本件審決の判断に誤りはなく,その誤りをいう原告の主張は理由がない。
(4) したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明の進歩性に関する判断誤り)について (1) 原告は,本件発明において「データ検出手段」と「データ処理手段」とは別体の手段であって,本件発明は,本件特許出願前に公然知られた又は公然実施をされた「エンドドンティックメーターSII」に係る発明(検出抵抗器VR2は,測定信号を検出する機能のみならず,測定信号を加工処理する機能をも有するものである。)と同一発明ではないとしても,本件発明は,「エンドドンティックメーターSII」に係る発明に開示された「指示値特性をほぼリニアに変化するデータとなるように処理する」技術的思想に基づいて当業者が容易に発明することができるものである旨主張する。
(2) しかし,「エンドドンティックメーターSII」が「データ検出手段で得られる測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理するデータ処理手段」を有していないことは前述したとおりであり,その発明は,「測定データを逐次補正し,補正後データが測定電極先端と根尖間の距離に応じてリニアまたはほぼリニアに変化するデータとなるように処理する」という技術的思想を開示するものとはいえないから,上記原告の主張は,その根拠を欠き失当である。
(3) したがって,原告主張の取消事由2には理由がない。
3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,本件審決に他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青柳馨
裁判官 沖中康人