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関連審決 無効2010-800051
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 24年 (行ケ) 10211号 審決取消請求事件

原告 イルジンマティリアルズ株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
訴訟代理人弁理士 片山健一
同 石井良夫
同 吉見京子
被告 ソニー株式会社
被告 古河電気工業株式会社
被告ら両名訴訟代理人弁護士 上山浩
同 小川直樹
同 井上拓
被告古河電気工業株式会社訴訟代理人弁理士 山ア京介
同 古川友美
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2013/04/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
-1-2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2010-800051号事件について平成24年2月9日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯被告らは,発明の名称を「非水電解液二次電池及び非水電解液二次電池用の平面状集電体」とする特許第3742144号(平成8年5月8日出願,平成17年11月18日設定登録,請求項の数4。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成22年3月25日,特許庁に対し,本件特許について無効審判を請求した(無効2010-800051号事件)。特許庁は,同年12月21日,「特許第3742144号の請求項1〜4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,平成23年1月5日原告に送達された。
被告らは,平成23年2月3日,上記審決の取消しを求める審決取消訴訟(平成23年(行ケ)第10033号)を提起するとともに,同年4月28日,特許庁に対し,訂正審判を請求した。知的財産高等裁判所は,同年6月9日,特許法181条2項に基づき,上記審決を取り消す旨の決定をした(甲123)。
被告らは,平成23年12月21日,特許庁に対し,本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件特許明細書」という。)の訂正(以下「本件訂正」とい,本件訂正後の明細書を「本件訂正明細書」という。)を請求した(甲130)。
特許庁は,平成24年2月9日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月17日原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載 (1) 本件訂正前の特許請求の範囲の記載(甲115) 「【請求項1】 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において, 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項2】 非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって, 当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さいことを特徴とする平面状集電体。
【請求項3】 上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,防錆被膜によって被覆されていることを特徴とする請求項1記載の非水電解液二次電池。
【請求項4】上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,シランカップリング剤によって被覆されていることを特徴とする請求項1記載の非水電解液二次電池。」(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の記載(甲130)(下線部が訂正箇所。以下,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜4に記載された各発明を「本件発明1」「本件発明2」などといい,本件発明1〜4を併せて「本件発明」という。)「【請求項1】 平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において, 負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項2】非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であることを特徴とする平面状集電体。
【請求項3】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であって,上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,防錆被膜によって被覆されていることを特徴とする非水電解液二次電池。
【請求項4】平面状集電体の表面に電極構成物質層が形成されてなる正極及び負極を備える非水電解液二次電池において,負極の平面状集電体は,銅を電解析出して形成される電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であって,上記電解銅箔の少なくとも一方の面が,シランカップリング剤によって被覆されていることを特徴とする非水電解液二次電池。」3 審決の理由審決の理由は別紙審決書写し記載のとおりであり,その要点は次のとおりである。
(1) 本件訂正(訂正事項1〜32)についてア 訂正事項2,6,11,14,17,20,23,25,27,30について上記訂正事項のうち,訂正事項25以外のものは,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差」を「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差」に訂正するものであり,訂正事項25は,「長さLだけだけ」を「長さLだけ」に訂正するものであるから,いずれも誤記の訂正を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
イ 訂正事項4,32について上記訂正事項は,請求項1,2に記載された「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
ウ 訂正事項1,3,5,7〜10,12,13,15,16,18,19,21,22,24,26,28,29,31について 訂正事項1,3,5,7は,請求項1,2に記載された「マット面の表面粗さが 10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さとの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さい」を,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下」に訂正するものであり,訂正事項8,9は,請求項1の記載を引用して上記記載を含む独立請求項に書き改めるものであって,いずれも,請求項1〜4に係る発明の発明特定事項であった「マット面の表面粗さ」「マット面と光沢面の表面粗さの差」さらにこの二つの発明特定事項から計算上発明特定事項となる「光沢面の表面粗さ」について,その数値範囲をより限定するものであるから,特許請求の範囲減縮を目的とするものである。
訂正事項10,12,13,15,16,18,19,21,22,24,26,28,29,31は,発明の詳細な説明において上記と同様の訂正をするものであり,請求項の記載に発明の詳細な説明を整合させるものであるから,明りょうでない記載の釈明を目的とするものである。
これらの訂正は,本件特許の出願時の願書に最初に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてしたものであり,実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するものではない。
(2) 無効理由についてア 無効理由1(先願同一)について【無効理由1】本件発明2は,特開平9-143785号公報(特願平8-106743号の願書に最初に添付した明細書及び図面に相当。甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一であるから,その特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものである。
(ア) 甲1発明「二次電池用電極に使用可能な,電解製箔により製造された未処理銅箔であって, 粗面粗さと光沢面粗さが,十点平均粗さ(Rz)で2.1μmの未処理銅箔。」 (イ) 本件発明2と甲1発明の一致点 「銅を電解析出して形成された電解銅箔からなり, 上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」点。
(ウ) 本件発明2と甲1発明の相違点 本件発明2が「非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,クロメート処理が施された」銅箔であるのに対し,甲1発明は「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔である点。
(エ) 判断甲1には,「未処理銅箔」が,電解製箔装置の回転するドラム状のカソード表面からはぎ取られた段階の箔であると記載されているから,これをクロメート処理が施されたものと解する余地はない。
請求人(原告)は,上記相違点に係る本件発明2の発明特定事項は,甲1発明に周知技術を付加したにすぎず,実質的な差異でないと主張するが,非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体に,クロメート処理が施された銅箔を使用することは周知技術とはいえず,他に,上記相違点を実質的な差異でないとする根拠もない。
したがって,無効理由1は失当である。
イ 無効理由2(甲2,甲3を基礎とする進歩性欠如)について【無効理由2】本件発明2は,特開平5-6766号公報(甲2)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)及び特開平7-231152号公報(甲3)に記載された発明(以下「甲3発明」という。)に基づいて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は,特許法29条2項の規定に違反して されたものである。
(ア) 甲2発明 「非水電解液二次電池の平面状集電体であって,その両面を中心線平均粗さ(Ra)で0.15μmに粗面化した圧延チタン箔を用いた負極集電体」 (イ) 本件発明2と甲2発明の一致点 「非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,当該平面状集電体は箔からなる平面状集電体」の点。
(ウ) 本件発明2と甲2発明の相違点 a 相違点1 本件発明2が「銅を電解析出して形成され, クロメ ート 処 理が 施 された電解銅箔」であるのに対し,甲2発明は「粗面化した圧延チタン箔」である点。
b 相違点2 本件発明2が「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のに対し,甲2発明は「その両面を中心線平均粗さ(Ra)で0.15μmに」したものである点。
(エ) 判断 まず,相違点2について,甲2には,同1条件で粗面化したチタン箔において,中心線平均粗さと最大高さの間に「Rmax=8.3Ra」なる関係が成立することが記載され,一方,その定義から,「10点平均粗さ(Rz)<最大高さ(Rmax)」である。
してみると,甲2発明のチタン箔の表面粗さは,その両面において10点平均粗さに換算して3.0μmより小さく,両面の表面粗さの差が10点平均粗さに換算して1.3μm以下であると認められるから,相違点2の表面粗さの数値限定は実質的な差異ではない。
次に,甲2には,集電体の材質について,チタンだけでなく銅を使用することが 記載されているが,これは圧延金属箔を前提にしたものであるから,電解銅箔の示唆ではない。また,クロメート処理について記載も示唆もない。一方,甲3には,特殊な電解により作成した両面の表面粗さRz=1〜3μmの銅箔について,その両面にこぶ付けしてプリント回路内層用銅箔とすることや,こぶ付け後に防錆亜鉛処 理と クロメ ート 処 理をすることが記載されているが, 当該 電解銅箔を直 接クロメート処理することや,集電体に使用することについて記載も示唆もない。
してみると,甲2,3の記載から,甲2発明において,相違点1を解消することは容易でない。
したがって,無効理由2は失当である。
ウ 無効理由3(甲4を基礎とする進歩性欠如)について 【無効理由3】 本件発明2は,特 開 平5-74479号 公報 (甲4)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)に基づいて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
(ア) 甲4発明 「非水系電解質溶液を用いる非水系二次電池の負極集電体であって,光沢,半光沢の圧延金属箔をエッチング処理等により表面粗度として0.1〜0.9μmに制御してなる負極集電体。」 (イ) 本件発明2と甲4発明の一致点 「非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,当該平面状集電体は,箔からなる平面状集電体。」の点。
(ウ) 本件発明2と甲4発明の相違点 a 相違点1 本件発明2が「銅を電解析出して形成され, クロメ ート 処 理が 施 された電解銅箔」であるのに対し,甲4発明は「圧延金属箔をエッチング処理等」したものであ る点。
b 相違点2 本件発明2が「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のに対し,甲4発明は「表面粗度として0.1〜0.9μmに制御してなる」ものである点。
(エ) 判断 相違点1について,甲4には,甲4発明について,圧延金属箔をエッチング処理等したもののほか,電解メッキにより直接得られる銅箔を用いてもよいことが記載されており,これは電解銅箔を用いることを示唆するものと認められるが,集電体用の電解銅箔にクロメート処理することは周知でも公知でもない。
次に,相違点2について,甲4には,金属箔表面の凹部の平均の深さを「表面粗度」とすることが記載されているが,この「表面粗度」と本件発明2の「10点平均粗さ」は測定方法が異なり両者の関係性が明らかでない。
してみると,甲4発明において,相違点1,2を解消することは容易でない。
したがって,無効理由3は失当である。
エ 無効理由4(甲5を基礎とする進歩性欠如)について【無効理由4】本件発明2は,特開平6-260168号公報(甲5)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)に基づいて,その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。
(ア) 甲5発明「エチレンカーボネート等を溶媒とする電解液を用いたリチウム二次電池の負極集電体であって,表面の凹凸が陽極対抗面で平均4μm,陰極面で0.2μmの電解銅箔を電析によりさらに粗面化した,両面に最大高さ6μm,平均高さ0.5μ mの凸部を有する銅箔からなる帯状の負極集電体。」(イ) 本件発明2と甲5発明の一致点 「非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である平面状集電体。」である点。
(ウ) 本件発明2と甲5発明の相違点 a 相違点1 本件発明2は「クロメート処理が施された」ものである点。
b 相違点2 本件発明2は「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さ」いのに対し,甲5発明が「両面に最大高さ6μm,平均高さ0.5μmの凸部を有する」点。
(エ) 判断 相違点1について,甲5には,電池ケースとなる鋼板にクロム酸処理することが記載されているが,負極集電体となる電解銅箔にクロメート処理することは周知でも公知でもない。
相違点2について,甲5には,「最大高さ」「平均高さ」の意味するところについて記載がなく,これらの高さと「10点平均粗さ」の関係が明らかでない。
してみると,甲5発明において,相違点1,2を解消することは容易でない。
したがって,無効理由4は失当である。
オ 無効理由5(サポート要件違反)について 【無効理由5】 「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であること」を特徴とする本件発明1〜4は,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載したものでないから,その特許は,特許法36条6項1号に規定する 要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(審決の判断) 本件訂正明細書に記載された発明の詳細な説明には,本件発明が解決しようとする課題が,市販の電解銅箔を負極集電体に使用した場合の充放電サイクル特性の悪化にあり(【0006】),当該課題が生じている原因が,市販の電解金属箔では,一方の主面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎるため,活物質の塗布後のプレス工程で,集電体が活物質に沿った変形をしないことにあることを見出し(【0007】,【0013】〜【0015】),その変形が容易になるように,電解銅箔の表面粗さを数値限定したこと(【0016】)が記載されている。
さらに,当該数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて当該数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
すなわち,発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。
してみると,本件発明は,発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものである。
したがって,無効理由5は失当である。
カ 無効理由6(実施可能要件違反)について 【無効理由6】 本件訂正明細書発明の詳細な説明は,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」電解銅箔を利用する本件発明1〜4を,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものではないか ら,その特許は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(審決の判断) 本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の平面状集電体及び非水電解液二次電池について,平面状集電体を 製造 する 方 法(【0031】〜【0032】) や , 当該 平面状集電体から非水電解液二次電池を 製造 する 方 法(【0033】〜【0040】)が記載されている。
すなわち,発明の詳細な説明は,本件発明について,その物を作ることができ,かつ,その物を使用できるように記載されている。
してみると,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
したがって,無効理由6は失当である。
取消事由に係る原告の主張
審決には,@訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ(取消事由1),A訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ(取消事由2),B先願同一の判断の誤り(取消事由3),C甲2を基礎とする進歩性判断の誤り(取消事由4),甲4を基礎とする進歩性判断の誤り(取消事由5),E甲5を基礎とする 進歩性 判 断 の 誤 り(取消事由6), Fサポ ート要件の判 断 の 誤 り(取消事由7),G実施可能要件の判断の誤り(取消事由8)があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ) (1) 審決は,「マット面と共に集電体表面を構成する光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすることは,作用効果の観点から自明なことである」と認定している。
しかし,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の 観 点から 自 明なことではない。すな わち,本件発明の 作 用効 果 の 観点からは, 「集電体と活物質との接触性」が問題となり,具体的には,「マット面と活物質との接触性」と「光沢面と活物質との接触性」の双方が問題となる。電解銅箔においては,マット面と光沢面とで表面性状が全く異なり(甲21,133),表面性状が異なれば,プレス工程での活物質と集電体表面との接触の状態も異なるから,マット面と光沢面とでは,たとえ表面粗度が同じであったとしても,活物質との接触性が全く異なる。したがって,「マット面と共に集電体表面を構成する光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の観点から自明なことではない。
(2) 審決は,「本件特許明細書の請求項1には,光沢面の表面粗さの上限が,計算上5.5μmになること,段落0051には,当該発明の実施例において,光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmであることが記載されていたから,該上限を3.0μmにすることが新たな技術的事項を導入することにはならない。」としている。
しかし,被告は,本件訂正請求書(甲130)において,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかである旨主張しており,この主張を前提として,審決の上記結論付けが妥当であるというためには,本件発明の実施例1〜3においては,「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」一方で,比較例1においては,「光沢面の表面粗さ」が「上限」である「3.0μm」を超えていることが必要である。しかるに,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」実施例1〜3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及がない。
したがって,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかないから,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術的事項を導入するものである。
(3) 審決は,「この訂正は,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載 事項を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであり,実質的に発明特定事項であった光沢面の表面粗さの上限をより限定するものにすぎない。」としている。
しかし,審決では,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載事項のうち,どの記載を参照して,どのように総合して,どのような技術的事項を導いたのか,全く示されておらず,その認定・判断には,理由を十分に示していないという点において違法がある。
(4) 被告は,本件訂正請求書(甲130)において,訂正事項1の訂正原因に関し,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識」であり,「マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さい以上,光沢面の表面粗さも10点平均粗さにして3.0μmより小さいことは自明」であると説明している。
しかし,ドラム表面に形成された電解銅箔では,通常の電解であって何の処理も施さなければドラム側の主面(光沢面)の表面粗さの方が電解液側の主面(マット面)の表面粗さより小さいとしても,本件出願時においては,電解銅箔に処理を施すことにより,マット面の表面粗さを小さくしたり,又は,光沢面の表面粗さを大きくすることは適宜行われている。本件発明も,表面粗さを変更する態様も含むものであり,実際,実施例2及び3においては,光沢面の表面粗さの方がマット面の表面粗さより大きい。
したがって,被告の「自明の事項を明示的に記載」したにすぎないとの主張は,本件特許また,本件発明が登録されるまでの審査経過からみても,訂正が容認されるべきでないことは明らかである。
(5) 本件発明の審査経過から見ても,本件訂正は容認されるべきではない。
すなわち,出願当初の請求項1の記載は,「電解金属箔は,一方の主面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」(下線は原告)であった(当初 の【請求項1】)。この点に関して,特許法36条4項及び同条6項1号の記載要件違反であるとの拒絶理由が通知された(平成17年4月15日付け,甲135)。
これを受けて,被告は,「一方の主面」を「マット面」に補正し,「この補正により,本願の各発明を構成する電解銅箔の表面粗さは,表1の実施例1〜3に対応するものとなり,比較例1として記載された電池は,本願発明の技術的範囲から除外されたものなり,本願明細書には,本願の各発明を当業者が容易に実施できる程度に明確且つ十分に記載されたものになったと思慮する。」との主張をし(平成17年6月16日付け意見書,甲136),登録されるに至った。
上記審査経過によると,被告は,表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さくという要件を規定するのは光沢面ではなくマット面であると主張し,一方の主面である 光沢 面については3.0μ mよ り小さ く と 規 定することを 放 棄( 削除)したに等しいのであるから,今更,マット面だけでなく光沢面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」という要件を復活させるような行為は,信義則に反することであり,到底許されるべきではない。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ) 「電解銅箔」を「 クロメ ート 処 理が 施 された電解銅箔」に訂正した 場合 には,「マット面及び光沢面」は,「クロメート処理が施された」面となるから,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のは,クロメート処理後の電解銅箔である。しかるに,本件特許明細書には,クロメート処理前の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」が示されているにすぎず,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示はない。したがって,「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正する訂正事項は,「本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたもので」はなく,「実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するもの」である。
3 取消事由3(先願同一の判断の誤り) 審決は,本件発明2と甲1発明とは,本件発明2が「非水電解液二次電池の負極を構成する平面状集電体であって,クロメート処理が施された」銅箔であるのに対し,甲1発明は「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔である点で相違すると判断している。しかし,「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,甲1に実質的に開示されている「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔に防錆処理を施した銅箔との間に,実質的な差異はないというべきである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 本件特許の出願当時においても,「電池用銅箔と同程度に粗さが小さく表面が滑らかな」電解銅箔の入手そのものは可能であったはずであり,「その主面に大きな凹凸を形成し」たもの以外には電解銅箔を入手することができなかったわけではない(甲138〜141)。
そして, 例 え ば 甲43において「 印刷 回路用等に用いられる」電解銅箔に クロメート処理が施されているように,市場において入手可能であった電解銅箔にクロメート処理が施されていたと解することに何らの不自然さもない。
すなわち,本件特許の出願当時においても,わざわざ凹凸の激しい電解銅箔を二次電池負極用の平面状集電体として用いる必然性はなく,「電池用銅箔と同程度に粗さが小さく表面が滑らかな」電解銅箔であってクロメート処理が施された電解銅箔を入手することは可能であったと解するには十分な合理的根拠がある。
(2) 銅箔に対する防錆処理としては,クロメート処理以外のものも存在していたとしても,当業者にとっては,甲1発明の出願当時においても,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔について,クロメート処理による防錆処理を施すことは当然であった(甲33〜45,142〜144,146,147,155,158)。
(3) 審決は,甲1発明の電解銅箔は「 未処 理」とされているので,これを クロメート処理が施されたものと解する余地はないとするが,甲1に記載の「未処理」 とは,「表面処理前」,すなわち「粗化処理前」という意味である。したがって,甲1において,クロメート処理等の防錆処理を施すことまでもが排除されているわけではない。
そもそも,電解銅箔の表面は非常に酸化しやすいため,市販の電解銅箔には何らかの防錆処理が施されていることが技術常識であるところ,防錆処理の1つとしてクロメート処理を電解銅箔に施すことは周知であるから,甲1発明には何らかの防錆処理が施されていると解するのが自然である。
(4) 本件発明におけるクロメート処理の意義とは,単なる防錆処理の一つにすぎない。そして,電解銅箔一般につき,防錆処理の一つとしてのクロメート処理は周知であり,当業者の技術常識に照らせば,甲1発明の電解銅箔を実用するに際してこれにクロメート処理等の防錆処理を施すことの方が自然なのであるから,「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,甲1に実質的に開示されている「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔に防錆処理を施した銅箔との間に実質的な差異はないというべきである。
4 取消事由4(甲2を基礎とする進歩性判断の誤り) (1) 甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することが容易であること 審決は,本件発明2と甲2発明とは,本件発明2が「銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔」であるのに対し,甲2発明は「粗面化した圧延チタン箔」である点において相違する(相違点1)と判断している。
しかし,甲2には,「集電体の材質について,本実施例ではチタンを用いたが,この他インコネル合金,銅,ニッケル,ステンレス鋼などの金属箔も使用することができる。」(【0060】と記載されているから,甲2発明は,「非水電解液二次電池の平面状集電体であって,その両面を中心線平均粗さ(Ra)で0.15μmに粗面化した圧延銅箔」と認定すべきである。
そして,非水電解液二次電池の負極集電体に電解銅箔を用いること自体は周知であり,二次電池の負極集電体に用いるという点において圧延銅箔と電解銅箔とに互 換性があることは明らかである(甲4の【0020】,甲134の【0024】の【表1】【図2】)から,甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは,当業者にとって容易である。
(2) 甲2発明において相違点1を解消することが容易であること 上記のとおり,甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは,当業者にとって容易であり,甲3には,「特殊な電解により作成した両面の表面粗さRz=1〜3μmの銅箔」が記載され,「さらに,上記防錆処理の後,加熱拡散処理前にクロメート処理・・・を施すことができる。」旨の記載があるところ,甲2発明と甲3発明は,いずれも銅箔と基材との密着性の向上を課題とし,銅箔の表面粗さの既定により実現するものであるから,両発明は課題を共通にする。そして,電解銅箔に防錆処理を施すことは当業者にとって技術常識であり,かかる防錆処理の1つとしてのクロメート処理は周知である。したがって,甲2発明において,相違点1を解消することは容易である。
5 取消事由5(甲4を基礎とする進歩性判断の誤り) (1) 相違点1について 審決は,「集電体用の電解銅箔にクロメート処理することは周知でも公知でもない。」とするが,上述のとおり,電解銅箔に防錆処理を施すことは当業者にとっての技術常識であり,かかる防錆処理のひとつとしてのクロメート処理は周知であった。
(2) 相違点2について 審決は,甲4に記載の「表面粗度」と本件発明2の「10点平均粗さ」は測定方法が異なるので「両者の関係性が明らかでない。」とする。
しかし,甲4発明の表面粗度がRa(中心線平均粗さ)であることは被告自らが審判段階で一度は認めたことである(甲117:審判答弁書29頁25行)。また,甲4発明の審査経過からすると,甲4発明の出願人は,「表面粗度」をRaの意味で記載していたと解される(甲148の拒絶理由通知を受けたにもかかわらず,拒 絶査定を確定させている。)。しかも,甲4発明の表面粗度がRaである点については,審判合議体も,「甲4発明の表面粗度は,・・・中心線平均粗さ(Ra)と認められ」と認定していた(甲125:平成23年9月28日付け「通知書」4頁12〜13行)。
したがって,審決の「全証拠に基づいても,甲4発明における『表面粗度』が中心線平均粗さ(Ra)であると確認することができない。」との認定は誤りである。
(3) 甲4発明において相違点1,2を解消することが容易であること 甲1の「表2」には,同一の未処理銅箔のマット面と光沢面のそれぞれに関し,RzとRaが記載されており,この表に示された数値からRz/Raを算出すると,4.3(最小)〜8.3(最大)となる。このRz/Raの比を,本件発明において類推適用すると,Rzが「3.0μmより小さく」ということは,Raでは,最大に換算して0.70μm未満,最小に換算して0.36μm未満であるということになる。このRaの数値は,甲4発明において「表面粗度」として規定されている数値範囲(0.1〜0.9μm)に含まれ,しかも,多くの部分が重複していることになる。
この よ うに,甲4発明の「表面粗 度 」が Ra であれ ば ,甲4発明の 金属 箔は,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μmより小さい」という構成を有していることになる。
(4) 本件発明2と甲4発明の数値限定の目的は共通すること審決は,「本件発明2の数値限定は,活物質の塗布工程でなく,その後のプレス工程において,電解銅箔の変形性向上を目的としたものであって,そもそも甲4発明とはその目的が異なるから,甲4発明の数値限定を最適化することで容易になし得たものではない。」(審決書32頁2〜6行)とする。
しかし,本件発明2と活物質の集電体との密着性の向上という課題を達成するために,集電体用電解銅箔の表面粗さを限定する発明が既に公知である(甲4発明, 甲5発明)以上,数値限定に臨界的意義が認められない限り,「数値限定を最適化することで容易になし得たものではない」とはいえないはずである。しかるに,審決は,「本件発明の数値限定は臨界的意義を必要としないものである」(審決書38頁6〜8行)と判断している。したがって,審決の,「数値限定を最適化することで容易になし得たものではない」との判断は誤りである。
本件発明2の数値限定は,結局は,活物質と集電体との密着性を良くするという課題を解決するためのものであるところ,甲4発明の数値限定もまた,活物質と集電体である銅箔との接着性向上を目的とするものであるから,本件発明2と甲4発明の数値限定の目的は共通する。
6 取消事由6(甲5を基礎とする進歩性判断の誤り) (1) 相違点1について 審決は,「本件発明2は『クロメート処理が施された』ものである点」を相違点1とするが,電解銅箔に防錆処理を施すことが当業者にとっての技術常識であり,かかる防錆処理のひとつとしてのクロメート処理が周知なものであった点については,上述のとおりである。
(2) 相違点2について 審決は,「甲第5号証には,『最大高さ』『平均高さ』の意味するところについて記載がなく,これらの高さと『10点平均粗さ』の関係が明らかでない。」とするが,この判断は誤りである。
甲5には,非水電解液二次電池の負極集電体用である電解銅箔の表面粗さに関し,段落【0016】及び【0017】に,「両面に平均高さ0.5μmの凸部を有する」と記載されているところ,表面粗さに関するJIS規格のうち,「平均」の粗さであり得るのはRzかRaである。
ここで,甲5記載の「平均高さ」がRzを意味する場合には,甲5記載の上記両面の表面粗さ(Rz)は,本件発明2の「3.0μmより小さ」い値となる。
また,甲5記載の「平均高さ」がRaを意味する場合には,取消事由5について 述べたとおり,Rz/Raは4.3(最小)〜8.3(最大)となるから,甲5記載の上記両面の表面粗さ(Rz)は,2.2(最小)〜4.2(最大)となり,本件発明2の「3.0μmより小さく,」の要件と重複する。
つまり,甲5記載の「平均高さ」がRzを意味するかRaを意味するかのいかんによらず,甲5に記載されている「平均高さ」は,本件発明2の「3.0μmより小さく,」の要件に一致ないし重複する。
(3) 本件発明2と甲5発明の数値限定の目的は共通すること 審決は,「本件発明2の数値限定は,集電体の変形性向上を目的とした平滑化であって,そもそも甲5発明とはその目的が異なるから,本件発明2の数値限定は,甲5発明の数値限定を最適化することで容易になし得たものではない。」(審決書33頁22〜25行)とする。
しかし,取消事由5について述べたとおり,本件発明2の数値限定は,結局は,活物質と集電体との密着性を良くするという課題を解決するためのものである。
甲5発明は,段落【0003】及び【0006】の記載から明らかなように,従来の圧延金属箔の表面が極めて平滑であるために活物質層と集電体との接着が弱いという欠点を解決することを目的とした発明であって,甲5発明の数値限定は,電解銅箔の表面粗さを規定して活物質層と集電体との接着性向上を図るためのものである。
したがって,本件発明2と甲5発明の数値限定の目的は共通する。
7 取消事由7(サポート要件の判断の誤り)(1) 本件発明の作用効果が得られる数値限定であるかが明らかでないこと本件訂正明細書によると,本件発明の「作用効果」は「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」によりもたらされるものであるとされるところ,本件訂正明細書参酌しても,活物質が負極集電体に塗布されてプレスされる際の集電体の活物質の表面に沿った変形とはいかなるものであるのかは不明である。また,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にし て充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下限)があることが知られていた(甲2,4,5)。
したがって,本件訂正明細書に触れた当業者といえども,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であ」りさえすれば,マット面と光沢面との表面粗さの差が顕著に小さい場合にも,集電体の活物質の表面に沿った変形が十分に起こり,本件発明の「作用効果」がもたらされると認識することはできない。
(2) 本件発明の作用効果は比較例1との比較のみからは確認し得ないこと 審決は,本件発明の作用効果(解決課題)は,「市販の電解銅箔相当のものを使用する比較例1と本件発明の実施例1〜3の非水電解液二次電池を,同1条件で比較した測定結果(表1〜2,図3〜6)により確認することができる。」(審決書37頁下から7〜4行)とする。
しかし,本件発明の「作用効果」は,「マット面」および「光沢面」の「表面粗さ」がともに「3.0μmより小さ」いことにより得られるのではなく,表面粗さをこのように数値限定することにより,両主面の表面粗さの差を所定の範囲として活物質に沿う集電体の変形を容易にすることにより得られるのであるから,上記発明特定事項に加え,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であること」をも必要とするものであるところ,「サポート要件の判 断 」の 局 面において,本件発明の 作 用効 果 が「 確 認することができる。」というためには,上記数値範囲から外れる唯一の比較例1との測定結果の比較では不十分である。特に,本件発明においては,本件訂正明細書の特許請求の範囲の記載によれば,「マット面」および「光沢面」の「表面粗さ」はいくら小さくてもよく,したがって,「マット面」と「光沢面」との「表面粗さの差」がいくら小さくても,「集電体の活物質の表面に沿った変形」は「十分」に起こることとされているのであり,しかも,かかる表面粗さのものがいかなる「集電体の活物質の 表面に沿った変形」を示すのであるかは全く不明である。
加えて,本件特許の出願当時において既に,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲があること,そして当該範囲は上限のみならず下限があることが知られていたことは,上述のとおりである。
そうすると,「マット面」の「表面粗さ」が大き く かつ「マット面」と「 光沢面」の「表面粗さの差」も大きい比較例1(光沢面:1.93μm,マット面:3.7μm)と実施例1〜3の測定結果の比較のみに基づいて,本件発明の作用効果を「確認することができる。」と結論付けることは,到底できないというべきである。
(3) クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示がないこと 取消事由2について既に主張したとおり,「電解銅箔」が「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正された場合には,「マット面及び光沢面」は「クロメート処理が施された」面であることとならざるを得ず,かかる「クロメート処理が施された」マット面及び「クロメート処理が施された」光沢面がいずれも,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さ」いこと,そして,これら「クロメート処理が施された」マット面と光沢面「との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ことが,本件訂正明細書でサポートされていることが求められる。
しかるに,上述したとおり,本件訂正明細書に記載されている実施例(及び比較例 )はい ず れも, クロメ ート 処 理前の電解銅箔の「マット面及び 光沢面の表面粗さ」を示すのみであって,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示は一切ない。つまり,「電解銅箔」が「クロメート処理が施された」ものと訂正された本件発明1および本件発明2はいずれも,サポート要件を満たしていない。
8 取消事由8(実施可能要件の判断の誤り) (1) 取消事由7について述べたとおり,本件発明の「作用効果」は「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」によりもたらされるものであるとされるところ,「マット面」および「光沢面」の「表面粗さ」がともに「3.0μmより小さく」,かつ,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μ m 以下であ」りさえすれ ば ,「マット面」と「 光沢 面」との「表面粗さの差」がいくら小さくても,上記「変形」は「十分」に起こり本件発明の「作用効果」がもたらされることとなるのであるか否かを,本件訂正明細書に触れた当業者が認識することなどできない。
(2) 本件明細書に「実施例」として記載されているのは3点のみであり,この3点から,本件発明の広い領域すべてについて,サイクル特性などの効果が奏される実施可能な発明として記載されているとはいえない。
(3) 取消事由2について主張したとおり,「電解銅箔」に「クロメート処理が施された」ものについては,実施例も全く記載されておらず,サイクル特性などの効果が奏される実施可能な発明として記載されているとはいえない。
(4) 本件特許明細書の図3,図5において,各点を仮想線で結んでみると,実施例3から延伸させた場合,マット面の表面粗さは実施例3よりも小さくなるが,比較例1よりも容量維持率が低下し,また,100サイクル後のインピーダンス(そして100サイクル前後でのインピーダンス変化)も大きくなる。このようなものも本件発明の技術的範囲に包含される結果となってしまうから,本件訂正明細書参酌しても,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μ m 以下である」ものでありさえすれ ば , 当 業者が本件発明の「 作 用効果」を奏するように実施することができるか否かは不明である。
被告の反論
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)に対し (1) 原告は,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は作用効果の観点から自明なことではないから,光沢面の表面粗さの上限に関する限定をすることは,「新たな技術的事項」に当たる旨主張する。
しかしながら,本件訂正前の明細書の【発明が解決しようとする課題】に記載のとおり,本件訂正前の本件各特許発明は,「電解金属箔の一方の主面(マット面)に大きな凹凸が形成されて,電解金属箔の両主面の表面粗さの差が大きすぎる」ことを電池特性悪化の原因として把握し,マット面の表面粗さを所定の数値より小さい値に限定したものである。すなわち,電解銅箔において,従来の圧延銅箔に比して電池特性が悪化する原因が電解銅箔特有の表面粗さの大きさにあるという知見を得て,これにより電解銅箔の主面の粗さを所定の数値範囲に制御することで,電池特性の改善を実現するというのが本件発明の作用効果である。
そして,本件訂正前の請求項において「マット面」のみが記載され,「光沢面」が記載されていなかったのは,本件発明出願当時の一般的な電解銅箔においては,光沢面よりもマット面の表面粗さの方が大きいためであり,そこでは光沢面の表面粗さもマット面同様の数値範囲に制御されることが,当然の前提とされていたことは自明の事項である。
訂正事項1及び5並びに8及び9は,この自明の事項を請求項に明示的に記載することとしたものにすぎないから,新たな技術的事項を導入することにならないとした審決の判断は,妥当である。
原告は,光沢面と活物質の接触性に関して縷々主張するが,同主張は取消事由の有無とは関連性を有しないものであって,失当である。
なぜなら,原告の主張する電解銅箔の表面粗さと活物質の接触性の関係の問題は,発明の機序に関する事項である。しかしながら,発明は,自然法則を結果として利用するものであれば十分であり,発明者においてその法則についての正確かつ完全な認識を持つことは必要でない。すなわち,発明がどのような理論によって効果をもたらすかについての説明が不十分もしくは誤りであっても,発明性には何ら影響 を与えないからである(東京高判昭62.10.29(乙1),東京高判平5.9.28(乙2))。
(2) 原告は,「本件特許明細書の請求項1には,光沢面の表面粗さの上限が,計算上5.5μmになること,段落0051には,当該発明の実施例において,光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmであることが記載されていたから,該上限を3.0μmにすることが新たな技術的事項を導入することにはならない」という認定に関して,取消事由がある旨の主張を縷々展開している。
原告の上記主張は,何をもって法律上の取消事由に当たるというのか理解不能であり,論旨不明といわざるを得ないが,原告の主張がいかなる論旨であるとしても,審決の上記認定が妥当であることは明らかで,原告の主張は失当である。
すなわち,審決の上記認定は,本件訂正前から,本件特許明細書の請求項1及び発明の詳細な説明においては,光沢面の表面粗さに関して5.5μmや1.58〜2.00μmという数値が記載されていたことから,本件訂正前においても光沢面の表面粗さを一定の範囲にするという技術的事項は含まれていたと認められ,したがって本件訂正により光沢面の表面粗さの上限を3.0μmとするという事項を付加しても,それにより訂正前の発明には含まれていなかった新たな技術的事項を導入することにはならない,と判断したものであり,訂正の可否判断における新たな技術的事項を導入するものか否かの判断基準として,ごく当然の判断をしたものにすぎないからである。
(3) 原告は,審決の「この訂正は,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであり,実質的に発明特定事項であった光沢面の表面粗さの上限をより限定するものにすぎない」の判断について,「理由を十分示していないという点において違法がある」と主張している。
しかし,審決は,「2-2.訂正要件の検討」(7〜8頁)の部分において理由を十分に示しており,原告の主張は,要するに原告の望むような判断が示されてい ないというにすぎない。
したがって,この点の原告の主張も失当である。
(4) 原告は,本件訂正請求書(甲130)における,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識でした」等の被告の主張に関し,本件特許出願当時,光沢面の表面粗さの方がマット面よりも大きい電解銅箔が知られていた等と主 張 している。しかし,原告の主 張 は,被告の主 張 を 曲 解したものであって,失当である。
すなわち,被告の上記主張は,例外的な場合を除き通常は,光沢面の表面の方がマット面よりも滑らかであることを述べたものであって,本件特許出願当時に光沢面の表面粗さの方がマット面よりも大きい電解銅箔が一切存在していなかったなどということは,一切主張していない。
「マット面」,「光沢面」という呼称自体,光沢面の表面の方がマット面よりも滑らかであることを表しているのであるから,被告の上記主張に訂正を妨げる理由など何ら認められない。
よって,この点の原告の主張も失当である。
(5) 原告は,本件発明の審 査 経 過 において,被告が「 光沢 面については3.0μmより小さくと規定することを放 棄(削除 )したに等しい」から,訂正が認められるべきでないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,審査経過における補正の趣旨を誤って把握したものであり,失当である。
電解銅箔は,その製法上,一般にマット面の表面粗さが大きくなる。本件訂正は,訂正前の本件各特許発明が,マット面の表面粗さが大きすぎることが電池特性を悪化させている原因であるとの認識に基づき,その表面粗さを所定値未満とするようにしたものである。
したがって,出願当初明細書の請求項1の「一方の主面」は元々 「マット面」を 意味していたものであり,補正ではその点を明確にすべく「マット面」に修正したものであって,補正によって「光沢面」を除外したものでないことは明らかである。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ)に対し 原告は,本件訂正後のクレームの表面粗さは,クロメート処理後のものであるという解釈を前提として,本件特許明細書にはクロメート処理前の開示しかないから,クロメート処理後の表面粗さを請求項の記載に追加することは,「新たな技術的事項」に当たる旨主張する。
しかし,そもそもクロメート皮膜の厚みは極めて薄く,本件発明における電解銅箔の表面粗さの測定に影響を及ぼすものではない。すなわち,一般的に電池用の電解銅箔のクロメート皮膜は,ナノメートルレベル(1nm=0.001μm)と極めて薄い(本件特許明細書の【0032】,乙3の【0015】,【0018】,甲149)。これは,集電体用銅箔の場合には防錆皮膜を経由して銅箔と活物質の間に電流が流れるため,集電体用銅箔においては防錆皮膜の電気的絶縁特性が性能に大きな影響を与えることになり,防錆皮膜が必要以上に厚いと電流が流れにくくなり,電池特性を悪化させるためである。
したがって,クロメート処理前の電解銅箔の表面粗さも,クロメート処理後の電解銅箔の表面粗さも,本件発明との関係においては,何ら差異はないということができる。
よって,この点で既に原告の主張は理由がない。
3 取消事由3(先願同一の判断の誤り)に対し (1) 原告は「本件特許の出願当時においても,わざわざ凹凸の激しい電解銅箔を二次電池負極用の平面状集電体として用いる必然性はなく,『電池用銅箔と同程度に粗さが小さく表面が滑らかな』電解銅箔であって,クロメート処理が施された電解銅箔を入手することは可能であった」と主張するが,それがいかなる理由で審決を取り消すべき理由となるのか,まったく不明である。
仮に,原告の主張するように,両主面の表面粗さがなめらかでかつクロメート処理が施された電解銅箔が入手不可能でなかったとしても,それは特許法29条の2の要件とは無関係な問題でしかない。
(2) 原告は,甲37の「不動態化処理」は,防錆処理のことであるとし,その防錆処理にはクロメート処理が含まれると主張するようである。しかし,当該主張は,甲37の記載と明らかに矛盾しており,採用の余地がない。なぜなら,甲37・4頁5〜6行に,「不動態化処理」の具体的な方法として,「電解銅箔の亜鉛-ニッケル或いはニッケル処理を行う」と記載されているからである。すなわち,甲37の不動態化処理とは,耐食性の金属である亜鉛・ニッケル合金またはニッケルからなる 金属 層を電解銅箔の表面に形成するという 処 理であり, クロメ ート 処 理とはまったく異なる。
また,原告は,甲146及び甲147の「鑑定書」と題する書面等を援用して,甲1出願当時に非水電解液二次電池の集電体に用いられる電解銅箔にクロメート処理を施すことが当然と考えられていた旨主張する。しかしながら,まず甲147の<説明>(2)の最後の 部分には,「クロメ ート処理が施されていたものと推測します」と記載されているように,甲147の作成者自身,クロメート処理が周知慣用技術であったことについて確信がなく,単に推測を述べているにすぎない。また,甲146も,約16年も前の平成8年頃の状況について,何らの客観的資料にも基づくことなく,文書作成者の主観的な意見を述べているにすぎず,措信できない。
したがって,甲146及び甲147を根拠に,甲1出願当時に非水電解液二次電池の集電体用電解銅箔にクロメート処理を施すことが当然と考えられていたと認めることは到底不可能である。
(3) 原告は,従前の主張を変更して,甲1に記載の「未処理銅箔」が,クロメート 処 理を 施 したものでないことを明 確 に認めた。この主 張 の 変 遷 は,甲1 ・ 段落【0009】の「該カソード表面に所定の厚さに銅を析出させ,その後該カソード表面から銅をはぎ取る。この段階の箔を未処理銅箔という」の記載からして当然の ことであり,この期に及んでようやく認めるべきことを認めるに至ったといえる。
したがって,訂正後の本件発明が特許法29条の2に該当しないことは明白である。
(4) 原告は,「当業者の技術常識に照らせば,甲1発明の電解銅箔を実用するに際してこれにクロメート処理等の防錆処理を施すことのほうが自然なのであるから,「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,甲1に実質的に開示されている「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔に防錆処理を施した銅箔との間に,実質的な差異はないというべきである」と主張するが,これも誤りである。
そもそも,防錆処理には,原告の主張によれば甲37に記載された不動態化処理,すなわち耐食性の金属である亜鉛・ニッケル合金やニッケルの金属層を電解銅箔の表面に形成するという方法や,ベンゾトリアゾール等を用いた有機防錆処理など様々 な 方 法があるのであり,仮 に 当 業者が 防錆処 理を 施 そうとする 場合でも, クロメート処理を選択するということはできない。
特に,集電体用銅箔の防錆処理は,その種類によっては電気的絶縁性が高く集電機能を阻害してしまうために,集電体用電解銅箔の防錆処理として不適切なものも多数ある(例えば,甲7(特開平8-64201)の段落【0047】)。
そして,回路用銅箔の場合には,防錆皮膜は電流の通過経路ではないのに対し,集電体用銅箔の場合には防錆皮膜を経由して銅箔と活物質の間に電流が流れる。そのため,集電体用銅箔においては防錆皮膜の電気的絶縁特性が性能に大きな影響を与えることになるので,回路用銅箔においてクロメート処理が使用可能であることが知られていたとしても,集電体用銅箔に使用可能か否かは不明なのである。
本件発明は,そのような状況下において,非水電解液二次電池の負極集電体用電解銅箔にクロメート処理を施した場合に,良好な電池特性が得られることを確認した点に,発明としての特徴の一つがあるのである。
4 取消事由4(甲2を基礎とする進歩性判断の誤り)に対し (1) 原告は,甲2の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは当業者にとって容易な事項であると主張する。しかし,当該主張には論理の飛躍があり,失当である。
まず,仮に圧延銅箔と電解銅箔とに互換性があると仮定しても,甲2発明において,圧延銅箔を電解銅箔に置換する動機付けが認められない。したがって,その置換が容易であるということができないことは,明白である。
また,本件特許明細書の段落【0006】に「市販の電解銅箔を負極集電体に使用したリチウムイオン二次電池においては,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪く,使用することができなかった」と記載されていることから明らかなように,本件特許出願当時は,非水電解液二次電池の負極集電体用の銅箔に電解銅箔を用いることは阻害要因があることが知られていた。したがって,この点でも,甲2発明において,圧延銅箔を電解銅箔に置換することが容易といえなかったことは明らかである。
(2) 原告は,甲2発明も甲3発明も共に,銅箔と基材との密着性の向上を課題としており,かかる課題を銅箔の表面粗さの既定により実現するものなのであるから,両発明は課題を共通にするものであると主張する。しかし,当該主張も失当である。
審決も正しく認定しているように,甲3の「基材」は回路用の樹脂基材であるのに対し,甲2で基材に相当するのは活物質が分散したスラリーであって,両者は材質も性状も異なるから,二つの課題に共通性はない(審決30頁18〜21行)。
審決の認定は,甲2において,集電体に活物質が分散したスラリーを塗布して乾燥させた後,圧縮成型して製造された負極において活物質と集電体を密着させることを当然の前提としていると解され,その認定に何ら誤りはない。
5 取消事由5(甲4を基礎とする進歩性判断の誤り)に対し(1) 原告は,甲4発明の「表面粗度」がJISで規定されている中心線平均粗さ(Ra)であることを大前提として,取消事由5を主張している。
確かに,原告が指摘するように,被告及び特許庁審判合議体も,一度は甲4発明の「表面粗度」がRaであるという間違った判断をしていた時期がある。
しかし,甲4発明の表面状態の指標に関する重要な定義である【0021】によれば,甲4発明の表面粗度は,RaやRzのいずれとも異なる,同発明独自の計測 方法によるものであることが明らかである。
さらに,甲4の段落【0004】及び【0027】の記載からも,有意義な表面粗度の開示がないことが明らかである。
また,甲4発明の表面粗さの指標は独自のものであって,Raでないことは,甲97の 段落 【0013】,【0016】,【0018】,甲98の 段落 【0004】,【0009】,甲99の段落【0011】,【0017】,甲100の段落【0014】,【0034】からも明らかである。
(2) 原告は,審決書32頁2〜6行の認定に対し,「本件発明2と活物質の集電体との密着性の向上という課題を達成するために,集電体用電解銅箔の表面粗さを限定する発明が既に公知である(甲4発明,甲5発明)」とし,かつ,この課題が本件発明2の課題でもあることを前提とする批判を述べている。しかし,当該主張には二重の誤りがある。
まず,「活物質の集電体との密着性の向上」は,本件発明2の課題ではない。本件発明2の課題は,電解銅箔を非水電解液二次電池の負極集電体に用いた場合に良好な電池特性を実現することである。「活物質の集電体との密着性の向上」は,課題が解決される機序であって,解決すべき課題ではない。原告の主張は,いわば手段と目的を混同したもので,失当である。
さらに,甲4発明と甲5発明は,金属箔と活物質の機械的な接着強度の向上をはかり,これにより電気自動車などにおける振動によっても活物質の剥落等の物理的破損が生じないようにすることを課題とするものである。
したがって,甲4発明と甲5発明の課題は,本件発明2の課題とは異なっている。
よって,本件発明2と甲4発明の数値限定の目的が共通することを前提とする原告の主張は,失当である。
6 取消事由6(甲5を基礎とする進歩性判断の誤り)に対し (1) 原告は,審決33頁の「相違点2について,甲5には,「最大高さ」「平均高さ」の意味するところについて記載がなく,これらの高さと「10点平均粗さ」 の関係が明らかでない」という判断について,独自の計算を基に,甲5発明の数値範囲は,本件発明2「3.0 μmより小さく,」の要件と重複すると主張する。
原告の主張は,RaとRzに明確な相関関係があり,一方を他方に変換できることを前提とするものであるが,その前提自体が誤っている。
RaとRzは,ランダムに変化する銅箔の凹凸の異なる部分を計測しているので,両者に一定の相関関係を認めることはできないからである。
(2) 原告は,本件発明2と甲5発明の数値限定の目的は共通すると主張するが,これも誤りである。
甲5発明は,段落【0004】,【0005】の記載から明らかなように,甲4発明同様,活物質層と集電体との機械的な接着強度を高めることを目的とするものであって,本件発明2のリサイクル特性等の電池特性の向上という課題とは異なる。
7 取消事由7(サポート要件の判断の誤り)に対し (1) 原告は,本件発明は「マット面」及び「光沢面」の表面粗さの下限を規定していないところ,両主面の「表面粗さの差」が顕著に小さい場合も,活物質の変形が十分に起きるのか不明であるとし,このことをもってサポート要件に違反していると主張しているようである。しかし,当該主張も失当である。
まず,原告の主張は,要するに,両主面の表面粗さの差が小さい場合にも,本件発明の機序が生ずることが本件特許明細書に記載されていなければならないというものである。しかしながら,発明は,自然法則を結果として利用するものであれば十分であり,発明者においてその法則についての正確かつ完全な認識を持つことは必要でなく,したがって,発明がどのような理論によって効果をもたらすかについての説明が不十分もしくは誤りであっても,発明性には何ら影響を与えない。
したが っ て,原告の主 張 する よ うな記載が本件特許明細書にないとしても, サポート要件を欠くことはあり得ない。
本件特許明細書の段落【0017】以下には,両主面の表面粗さを所定の数値範囲に制御することで,非水電解液二次電池の負極集電体に電解銅箔を用いた場合で も電池特性の向上という発明の課題が解決できることが明確に記載されており,サポート要件を満たしていることは明白である。
(2) 原告は,サポート要件を満たすといえるためには,比較例1との比較だけでは不十分であると主張する。
しかし,本件特許明細書の図3, 図4 及び表1,表2等の記載から,実施例1〜3と比較例1との比較から,両主面の表面粗さを本件発明の数値範囲に制御することで,電池特性の向上という発明の課題が解決できることが明確に記載されていることは明らかであり,原告の主張には理由がない。
8 取消事由8(実施可能要件の判断の誤り)に対し 原告は,実施可能要件についても,サポート要件と同様の主張,すなわち,両主面の表面粗さの差が小さい場合にも,本件発明の機序が生ずることが本件特許明細書に記載されていなければならないという趣旨の主張をしている。しかし,当該主張は,サポート要件について述べたのと同様の理由により,失当である。
当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤りその1:光沢面の表面粗さ)について (1) 訂正の適否について ア 本件訂正における訂正事項5は,訂正前の請求項2に「マット面」とあるのを「マット面及び光沢面」と訂正するものであり,訂正前の請求項2において,電解銅箔の「マット面」について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」と特定していたものを,「マット面」に加えて「光沢面」についても同様に「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」と特定するものである。訂正事項1,8〜10,13,16,19,22,26,29も,これと同様の特定をするものである。
イ 本件特許明細書(甲115)には,@従来,リチウムイオン二次電池の集電 体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】〜【0008】),Aこのような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0009】,【0011】,【0016】),B上記数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
上記記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」するのは,活物質と集電体の接触性を良好に保って,充放電サイクルに優れたものとするためであるということが記載されているものと認められる。
また,本件特許明細書には,電解銅箔からなる負極集電体は,その両面に活物質が塗布されるものであること(【0034】)が記載されており,この記載によれば,電解銅箔の光沢面についても表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つようにすべきことは,当業者にとって自明のことであるといえる。
そうすると,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面のみならず光沢面についても,表面粗さを小さくすることが記載されているということができる。そして,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値について,マット面の表面粗さに係る上限値と異にすべき必要性については何ら記載されていないか ら,マット面に係る上限値と同程度とすべきことも明らかである。
また,本件特許明細書には,上記のとおり,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして2.5μmより小さくすること(【0011】,【0016】)が記載されているところ,この記載は,電解銅箔のマット面と光沢面との表面粗さを同程度とすることを意味するものといえるから,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値を,マット面の表面粗さに係る上限値と同程度とすることは自然なことともいえる。
以上によれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認めるのが相当である。
ウ したがって,訂正事項1,5,8〜10,13,16,19,22,26,29は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたものである。
(2) 原告の主張について 原告は,本件発明の 作 用効 果 の 観 点からは,「マット面と 活 物質との 接触 ア性」と「光沢面と活物質との接触性」の双方が問題となるところ,電解銅箔においては,マット面と光沢面とで表面性状が全く異なり(甲21,133),表面性状が異なれば,プレス工程での活物質と集電体表面との接触の状態も異なるから,マット面と光沢面とでは,たとえ表面粗度が同じであったとしても,活物質との接触性が全く異なり,「光沢面の表面粗さの上限をマット面と同一にすること」は,作用効果の観点から自明なことではないと主張する。
しかし,本件特許明細書には,以下のとおり,様々な表面性状を有するマット面について,その表面性状によらず,表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つことが記載されており,そもそも,本件発明は,表面性状の相違を問題とするものではないと認められる。
すなわち,本件特許明細書には,一般に,電解銅箔は,銅を主成分とする溶液を電解液とし,回転ドラムを電極として,ドラム表面に形成されるものであるところ, ドラム側の主面を光沢面と称し,電解液側のもう一方の主面をマット面と称すること(【0018】)が記載されている。また,通常の電解によれば,マット面の表面粗さの方が,光沢面の表面粗さよりも大きくなることは,技術常識である。
また,本件特許明細書には,実施例1として,通常の電解により,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも大きくしたもののほか,実施例2として,光沢剤(1-メルカプト3-プロパンスルホン酸ナトリウム)を添加した電解液を用いることにより,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも小さくしたもの,実施例3として,まず,通常の電解により,マット面の表面粗さが光沢面の表面粗さよりも大きくした電解銅箔を得て,その電解銅箔のマット面に光沢銅メッキを施すことにより,マット面の表面粗さを光沢面の表面粗さよりも小さくしたものが記載されている。
これらの記載によれば,本件特許明細書には,電解銅箔のマット面として,上記のような様々な態様のものを包含することが記載されているといえ,そのマット面は,製造方法の相違により,様々な表面性状を有するものと解される。そして,このような様々な表面性状を有するマット面について,本件特許明細書には,上記のとおり,その表面性状によらず,表面粗さを小さくして,活物質と集電体の接触性を良好に保つことが記載されている。
そうすると,そもそも,本件発明は,表面性状の相違を問題とするものではないと認められ,このことは,光沢面についても同様であると解される。
したがって,電解銅箔のマット面と光沢面とで表面性状が相違することを根拠とする原告の上記主張は,前提において失当であり,採用することができない。
イ 原告は,本件特許明細書に記載されているのは「光沢面の表面粗さが1.58〜2.00μmである」実施例1〜3のみであり,2.00μmを超え3.0μmまでのものについては言及されていないから,光沢面の表面粗さの上限に関して,本件特許明細書に記載した技術事項の範囲内であるとして訂正が許されるのは,せいぜい2.00μmでしかなく,「上限を3.0μmとすること」は,新たな技術 的事項を導入するものであると主張する。
しかし,前示のとおり,電解銅箔の光沢面の表面粗さに係る上限値は,マット面に係る上限値と同程度とすべきであること等からすれば,本件特許明細書には,電解銅箔の光沢面についても,「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められる。
したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
ウ 原告は,審決では,請求項1や実施例等,本件特許明細書の全ての記載事項のうち,どの記載を参照して,どのように総合して,どのような技術的事項を導いたのか,全く示されておらず,その認定・判断には,理由を十分に示していないという点において違法があると主張する。
しかし,審決は,「2-2.訂正要件の検討」(7〜8頁)において,理由を示している。原告の主張は理由がない。
エ 原告は,被告は,本件訂正請求書(甲130)において,訂正事項1の訂正原因に関し,「本件特許の出願時においては,電解銅箔においては,光沢面の方がマット面に比べて表面が滑らかであり,したがって表面粗さが小さいことは,技術常識」であり,「マット面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さい以上,光沢面の表面粗さも10点平均粗さにして3.0μmより小さいことは自明」であると説明しているが,ドラム表面に形成された電解銅箔では,通常の電解であって何の処理も施さなければドラム側の主面(光沢面)の表面粗さの方が電解液側の主面(マット面)の表面粗さより小さいとしても,本件発明においては,電解銅箔に処理を施すことにより,マット面の表面粗さを小さくしたり,又は,光沢面の表面粗さを大きくするなど,表面粗さを変更する態様も含むものであり,被告の「自明の事項を明示的に記載」したにすぎないとの主張は,本件特許明細書の記載と矛盾すると主張する。
しかし,前 示 のとおり,本件特許明細書には,電解銅箔の 光沢 面についても, 「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」することが記載されているものと認められ,この認定は,訂正原因 に 関 する被告の 説 明 内容のいか ん によって左右されるものではない。原告の主張は理由がない。
オ 原告は,審査経過において,被告は,表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さくという要件を規定するのは光沢面ではなくマット面であると主張し,一方の主面である光沢面については3.0μmより小さくと規定することを放棄(削除)したに等しいから,マット面だけでなく光沢面について「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」という要件を復活させるような訂正は,信義則に反し,許されないと主張する。
しかし,審査経過における被告の上記主張が,光沢面について3.0μmより小さくと規定することを放棄したものとは認めるに足りる証拠はない。かえって,被告によれば,本件訂正は,訂正前の本件各特許発明が,マット面の表面粗さが大きすぎることが電池特性を悪化させている原因であるとの認識に基づき,その表面粗さを所定値未満とするようにしたものであり,本件特許明細書の請求項1の「一方の主面」は元々「マット面」を意味していたところ,この点を明確にすべく「マット面」に訂正したものであって,本件訂正によって「光沢面」を除外したものではないことが認められる。
したがって,原告の上記主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(3) よって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(訂正要件の判断の誤りその2:クロメート処理後の表面粗さ)について (1) 原告は,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」のは,クロメート処理後の電解銅箔であるとの理解を前提として,本件特許明細書には,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及 び光沢面の表面粗さ」についての開示はないから,「電解銅箔」を「クロメート処理が施された電解銅箔」に訂正する訂正事項は,「本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてしたもので」はなく,「実質上特許請求の範囲拡張し,又は変更するもの」であると主張する。
確かに,本件発明2の電解銅箔は「クロメート処理が施された」ものであるから,その電解銅箔のマット面及び光沢面は,クロメート処理が施されたものである。
しかし,マット面及び光沢面の表面粗さの特定との関係では,後記(2)のとおり,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2の記載は,クロメート処理前の電解銅箔について,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定しているものと認められる。このような理解は,後記(3)のとおり,本件特許明細書には,マット面及び光沢 面の表面粗さが,クロメート処理前の電解銅箔についてのものであることが記載されていることとも整合する。
したがって,原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(2) 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2には,「当該平面状集電体は,銅を電解析出して形成され,クロメート処理が施された電解銅箔からなり,上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」と記載されている。このように,平面状集電体が,クロメート処 理が 施 された電解銅箔からなるものである旨の記載に続いて,「上記電解銅箔は,」として,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定する記載がなされている。
そうすると,マット面及び光沢面の表面粗さを特定する「上記電解銅箔は,」における「電解銅箔」は,その直前に記載されている「クロメート処理が施された電解銅箔」における「電解銅箔」,すなわち,クロメート処理を施す対象としての電解銅箔自体,換言すれば,クロメート処理前の電解銅箔を指すことは明らかである。
したがって,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項2の記載は,クロメート処理前の電解銅箔について,そのマット面及び光沢面の表面粗さを特定しているものと 解される。
(3) 上記のような理解は,本件特許明細書における以下の記載とも整合する。
実施例1について 本件特許明細書には,実施例1について以下の記載があり,これによれば,実施例1において,電解により得た電解銅箔の表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロメート処理を施したことが記載されていると認められる。
「【0031】 ・・・組成1で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温50℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を得た。この電解銅箔の表面粗さについては,後述する測定法により測定し,表1に示した。
【0032】・・・次いで,この電解銅箔をCrO3;1g/l水溶液に5秒間浸漬して,クロメート処理を施し,水洗後乾燥させた。」 イ 実施例3について 本件特許明細書には,実施例3について以下の記載があり,これによれば,実施例3において,電解により得た電解銅箔のマット面に光沢銅メッキを施したものについて表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロメート処理を施したことが記載されているものと認められる。
「【0043】 ・・・組成3で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温58℃の条件で電解することによって,厚み9μmの電解銅箔を得た。
【0044】 ・・・ この電解銅箔の表面粗さは,後述する測定方法により測定した結果,光沢面がRZ=2.00μm,マット面がRZ=3.52μmであった。
【0045】 次いで,この電解銅箔に,組成4で示される電解液からなる銅電解浴を用いて,電流密度6A/dm2,液温58℃でマット面に光沢銅メッキを施し,この電解銅箔の表面粗さを後述する測定方法により測定し,表1に示した。・・・そして,この銅メッキが施された電解銅箔に同様にクロメート処理を施した。」 ウ 比較例1について 本特許明細書には,比較例1について以下の記載があり,これによれば,比較例1おいて,電解により作成した電解銅箔の表面粗さを測定し,その電解銅箔にクロメート処理を行ったことが記載されているものと認められる。
「【0048】 ・・・組成5で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温58℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を作成し,この電解銅箔の表面粗さを後述する測定方法により測定し,表1に示した。そして,この電解銅箔にクロメート処理を行った。」エ 実施例2について本件特許明細書には,実施例2について,以下のとおり,「電解銅箔を作成し,この電解箔にクロメート処理を行った。」との記載に続いて,「電解銅箔の表面粗さについては,後述する測定方法により測定し」との記載がある。しかし,「電解銅箔の表面粗さ」を測定した旨記載されていること,また,実施例1,3,比較例1との整合性の点から,電解により作成した電解銅箔の表面粗さを測定したものと解するのが相当である。
「【0041】・・・組成2で示される硫酸銅溶液を電解液として,貴金属酸化物被覆チタンを 陽極に,チタン製回転ドラムを陰極として,電流密度50A/dm2,液温50℃の条件で電解することによって,厚み12μmの電解銅箔を作成し,この電解箔にクロメート処理を行った。なお,この電解銅箔の表面粗さについては,後述する測定方法により測定し,表1に示した。」 (4) 以上のとおりであるから,原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(5) よって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(先願同一の判断の誤り)について (1) 原告は,要旨「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,甲1に実質的に開示されている「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔に防錆処理を施した銅箔との間に実質的な差異はないと主張する。
しかし,甲1には,二次電池用電極に使用可能な未処理銅箔に対して,クロメート処理を施すことは記載されておらず,また,後記(2)のとおり,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔にクロメート処理を施すことは,本件特許出願時はもとより,甲1発明出願時における周知技術であったとは認められない。
したがって,「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔である甲1発明とは,クロメート処理の有無の点において,実質的に差異がある。原告の主張は採用することができない。
(2) 原告は,甲33〜45,142〜144,146,147,155,158を根拠として,甲1発明の出願当時においても,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことは当然であったと主張する。
しかし,以下のとおり,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことは周知技術であったとはいえず,また,当然に行われていたとは認められない。
ア 甲33〜45について 甲33,35,36には,銅にクロメート処理を施すことについて記載されてい るが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲34には,Y価クロム化合物溶液に浸漬することによる銅の保護方法について記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対して クロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲37には,固体電解質二次セルの陰極集電装置の支持体として電着銅箔を用いること,電着銅箔に亜鉛-ニッケルあるいはニッケル処理を行うことにより,不動にする(化学性活性をなくしたり,あるいは減じたりする)ことについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲38には,銅箔をクロム酸溶液中で電気的防食することについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲39,44には,プリント回路用銅箔に電気的クロメート処理を施すことについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲40には,印刷回路用銅箔表面にリン含有ニッケル層を有する金属質薄層を形成し,その薄層の表面にクロメート処理を施すことについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲41,43には,印刷回路用銅箔にクロメート処理を施すことについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲42には,プリント配線板用電解銅箔の両面に光沢銅メッキ層を形成し,光沢銅メッキ層の表面を粗化処理し,粗化処理面のうち,少なくとも絶縁基板と接合する側に,亜鉛層などの薄層を形成し,その薄層の表面にクロメート処理を施すこと について記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
甲45には,銅箔をY価クロムイオンを含むアニオンを含有する水性電解質に浸漬して銅箔の変色を防止することについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
イ 甲142〜144について 甲142には,端子部を除いて発電要素を外装体で被包したリチウム電池 (ア)等の薄型電池において,一部を端子として外部に露出した金属集電体(電鋳法による銅箔)の外装体との接合面に,樹枝状もしくは粒状の電着物層を形成することにより粗面化し,その樹枝状もしくは粒状の電着物層にクロメート処理をすることについて記載されている。
しかし,クロメート処理が施されるのは,金属集電体の外装体との接合面に形成された樹枝状もしくは粒状の電着物層にすぎず,金属集電体にクロメート処理を施すことが記載されているとはいえない。
また,「リチウム電池」にクロメート処理をすることが記載されているものの,「リチウム電池」といえば,通常は一次電池を意味するものであるから,甲142にいう「リチウム電池」が二次電池(リチウムイオン二次電池)を指しているのかどうかは不明である。
したがって,甲142の記載をもって,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対して クロメ ート処 理を 施 すことが本件特許出願 時 における周 知 技術 であったということはできない。
甲143には,薄型電池の陰極集電体として,鉄シートにニッケル,銅な (イ)どをメッキし,メッキ面に導電性炭素膜を密着せしめたものを用いること,鉄シートにクロメート処理を行うことについて記載されているが,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆 もない。
(ウ) 甲144には,薄型電池の負極集電体にクロメート処理を施すことについて記載されているが,負極集電体の材質は不明である。したがって,甲144の記載をもって,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことが本件特許出願時における周知技術であったということはできない。
ウ 甲146,147について 甲146,147は,いずれも「鑑定書」とされるものであるが,その記載内容から,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことが本件特許出願時における周知技術であったと認めることはできない。
エ 甲155について 甲155には,電着によって金属箔を製造する方法であって,電解に対し (ア)て安定な金属帯を目的金属を含む電着槽に通板し,該金属帯上に目的金属の箔を形成し,必要ならば後処理を行い,金属箔を連続的に剥離する金属箔の連続的製造方法について記載されている。また,銅,鉄又はニッケルを電着すること,上記後処理として,クロメート処理,不動態化処理又はZnめっき等が行われることが記載されている。また,実施例1として,銅を電着し,後処理として,表面に酸化銅の不動態皮膜を形成する処理又はクロメート処理を行ったもの,実施例2として,銅箔を電着し,後処理としてクロメート処理を行ったもの,実施例3として,鉄を電着し,後処理としてZnめっきを行ったもの,実施例4として,ニッケルを電着したものが記載されている。さらに,この発明法による電解金属箔は,電子部品材料,例えば,プリント基板や磁気シールド材,Li電池用グリッド材(判決注・「グリッド」は集電体と認められる。)等に用いられることが記載されている。
上記のとおり,甲155には,電着により銅等の金属箔を製造すること, (イ)必要ならばクロメート処理等の後処理を行うことが記載され,実施例として,銅箔にクロメート処理を行ったものが記載され,また,この発明法による金属箔がLi電池用グリッド材に用いられることも記載されているといえる。
しかし,上記のとおり,金属箔に対する後処理は,「必要ならば」行うものであるところ,甲155には,どのような場合に,どのような後処理が必要となるのか,すなわち,いずれの材質の金属箔の場合に,あるいは,いずれの用途の場合に,いずれの後処理が必要となるのかについての一般的な指針は何ら記載されていない。
甲155には,実施例として,銅箔にクロメート処理を行ったものが記載されているから,銅箔については,何らかの必要がある場合にクロメート処理を施すことがあることは理解できるが,例えば,Li電池用グリッド材として銅箔を用いる場合に,その銅箔に対して,後処理としてクロメート処理を行う必要があるかどうかにについては,甲155の記載から当業者が理解できるとはいえない。
また,そもそも,甲155には,Li電池用グリッド材として,クロメート処理を施した銅箔を用いることが明記されているわけではない上,甲155にいう「Li電池」についても,「リチウム電池」といえば,通常は一次電池を意味するものであるから,これが「二次電池(リチウムイオン二次電池)を指しているのかどうかは不明である。
したがって,甲155の記載をもって,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対して クロメ ート処 理を 施 すことが本件特許出願 時 における周 知 技術 であったということはできない。
オ 甲158について 甲158には,電着銅ホイルからなる金属基体の一面の上に設けられた少なくとも一つの蒸着処理層,及び少なくとも一つの処理層の上に設けられた接着促進材料層を有するものについて,バッテリー,プリント回路板等の製造に有用であること,未加工ホイルは,クロム酸(CrO3)の酸溶液中に浸漬されることが記載されているが,実質的には,プリント回路板について記載されており,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
(3) 以上のとおり,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔にクロメート 処理を施すことは,本件特許出願時はもとより,甲1発明出願時における周知技術であったとは認められない。
したがって,「クロメート処理が施された」銅箔である本件発明2と,「二次電池用電極に使用可能な未処理」銅箔である甲1発明とは,クロメート処理の有無の点において,実質的に差異がある。
(4) 小括 よって,原告主張の取消事由3(先願同一の判断の誤り)は理由がない。
4 取消事由4(甲2を基礎とする進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは,当業者にとって容易であるとして,これを前提として,甲2発明において相違点1を解消することは容易であると主張する。しかし,以下のとおり,甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは当業者にとって容易であるとはいえない。したがって,甲2発明において相違点1を解消することは容易であるとの原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
すな わち ,原告は,甲2記載の 圧延 銅箔を電解銅箔に 置換 することが 当 業者にとって容易であると主張し,その根拠の一つとして,甲2発明は,「非水電解液二次電池の平面状集電体であって,その両面を中心線平均粗さ(Ra)で0.15μmに粗面化した圧延銅箔」と認定されるべきものであることを挙げる。
なるほど,甲2には,「また,集電体の材質について,本実施例ではチタンを用いたが,この他インコネル合金,銅,ニッケル,ステンレス鋼などの金属箔も使用することができる。」(【0060】)との記載がある。しかし,中心線平均粗さ(Ra)「0.15μm」という特定の数値は,甲2の実験例及び実施例1における 圧延チタ ン箔についてのものであり, 圧延 銅箔についてのものではない。したがって,上記記載を根拠として,甲2発明を原告が主張するような発明として認定することはできない。
したがって,甲2記載の圧延銅箔を電解銅箔に置換することは当業者にとって容 易であるとの原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(2) なお,原告は,甲3に,「特殊な電解により作成した両面の表面粗さRz=1〜3μmの銅箔」,「さらに,上記防錆処理の後,加熱拡散処理前にクロメート処理・・・を施すことができる。」との記載があることも根拠の1つとして,甲2発明において相違点1を解消することは容易であると主張するので,念のため検討する。
甲3には,プリント回路内層用銅箔において,所定の表面粗さの銅箔の両面に,所定サイズの微細なこぶを電解により設けること(【請求項2】),上記銅箔は,特 殊 な電解に よ り 作 成した表面粗さの 著 しく 小さな電解銅箔等が用いられること(【0009】),電解によりこぶ付けされた銅箔は,一般に用いられている亜鉛,亜鉛-錫または亜鉛-ニッケル合金による防錆処理がなされ,さらに加熱拡散処理を行うこと(【0018】〜【0019】),防錆処理の後,加熱拡散処理前にクロメート処理を施すことができること(【0021】)が記載されている。
しかし,甲3には,電解銅箔に直接クロメート処理を施すことは記載されておらず,そもそも,非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことについては記載も示唆もない。
そもそも,本件訂正明細書にも記載されているように,非水電解液二次電池の負極集電体は,その表面に,負極活物質とバインダーとを含有する電極構成物質層が形成され,非水電解液と 接触 した状 態 で 使用されるものであり(【0013】,【0034】,【0039】),甲3に記載されているプリント回路内層用の電解銅箔とは,その使用環境が大きく異なるものである。それゆえ,プリント回路内層用の電解銅箔に対してクロメート処理を施すことが知られているとしても,プリント回路内層用の電解銅箔と異なる環境で使用される非水電解液二次電池の負極集電体用の電解銅箔においても同様に,クロメート処理を施す必要があるかどうかは明らかではない。
したがって,甲3発明は,甲2発明の負極集電体を構成する圧延チタン箔に対し てクロメート処理を施すことを動機付けるものではない。このことは,甲2発明を原告が主張するような「粗面化した圧延銅箔」の発明であると認定したとしても,同様である。また,銅箔の用途のいかんを問わず,あらゆる用途の電解銅箔にクロメート処理を施すことが周知技術であるとか,電解銅箔が使用される際には必ずクロメート処理が施された状態で使用されるということを認めるに足りる証拠もない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) よって,原告主張の取消事由4は理由がない。
5 取消事由5(甲4を基礎とする進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,相違点1について,審決の,「集電体用の電解銅箔にクロメート処理することは周知でも公知でもない。」との認定は誤りであると主張するが,審決の同認定に誤りがないことは,前示のとおりであり,甲4発明において相違点1を解消することは容易ではない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,無効理由3(甲4を基礎とする進歩性欠如)を失当であるとした審決の判断に誤りはない。
(2) なお,原告は,相違点2に係る審決の判断に誤りがあると主張するので,念のため検討する。
ア 審決は,本件発明2と甲4発明の相違点2を次のとおり認定している。
「本件発明2が『マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である』のに対し,甲4発明は『表面粗度として0.1〜0.9μmに制御してなる』ものである点。」この点について,原告は,甲4発明の金属箔は,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」という構成を有していると主張する。
しかし,本件訂正明細書の【0020】の記載によれば,本件発明2の「10点 平均粗さ」とは,JIS規格B0601において定義されている「10点平均線粗さ(Rz)」であり,断面曲線から基準長さLだけ抜き取った部分の平均線から縦倍率の方向に測定した, 最も高い山頂から5 番目までの山頂の標高( Yp)の絶対値の平均値(|Yp1+Yp2+Yp3+Yp4+Yp5|/5)と,最も低い谷底から5番目までの谷底の標高(Yv)の絶対値の平均値(|Yv1+Yv2+Yv3+Yv4+Yv5|/5)との和を求めたものと定義されている。
他方,甲4発明の「表面粗度」は,甲4の【0021】の記載によれば,「金属箔から1cm角に切り出し,これを型に入れてエポキシ樹脂を流し込み硬化させる。
常温で一日間放置後に型から取り出し,切断し,金属箔を含む樹脂切断面を自転およ び 公転 する 研磨 機 で 研磨し, エ ア ブ ロ ー」して 試 験 片を 調 製 し,その 試 験 片の「断面の顕微鏡写真を撮る。金属箔表面の凹部の深さを拡大写真で測定し,平均の深さを表面粗度と」したものである。
上記によれば,本件発明2の「10点平均粗さ」と甲4発明の「表面粗度」とが異なるものであることは明らかである。また,本件発明2の「10点平均粗さ」と甲4発明の「表面粗度」との関係も不明であり,甲4の記載から,甲4発明の金属箔が,本件発明2と同等の「10点平均粗さ」となっていると理解することもできない。
したがって,甲4発明の金属箔が,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」という構成を有しているということはできない。
イ 原告は,甲4発明の表面粗度がRaであることは被告自らが審判段階で一度は認めたことであり,審判合議体もそのように認定しているから,甲4発明の「表面粗度」はRaであると主張するが,そのような事情があることをもって,甲4発明の「表面粗度」がRaであると認定することはできない。
ウ 原告は,甲1の「表2」に示された数値からRz/Raを算出すると,4. 3(最小)〜8.3(最大)となり,このRz/Raの関係を本件発明において類推適用すると,Raの数値は,甲4発明において「表面粗度」として規定されている数値範囲に含まれ,多くの部分が重複していることを根拠として,甲4発明において相違点1,2を解消することは容易である旨主張するが,甲1の「表2」に示された数値から算出される「Rz/Ra=4.3〜8.3」という関係は,甲1に記載された電解銅箔におけるものにすぎず,電解銅箔であればすべからく上記のような関係があるとまでは認められない。
エ 原告のその他の主張も,審決の判断を誤りとするに足りるものではない。
(3) よって,原告主張の取消事由5は理由がない。
6 取消事由6(甲5を基礎とする進歩性判断の誤り)について (1) 原告は,相違点1について,電解銅箔に防錆処理を施すことは当業者にとって技術常識であると主張するが,この主張に理由がないことは,前示のとおりであり,甲5発明において相違点1を解消することは容易ではない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,無効理由4(甲5を基礎とする進歩性欠如)を失当であるとした審決の判断に誤りはない。
(2) なお,原告は,相違点2に係る審決の判断に誤りがあると主張するので,念のため検討する。
ア 審決は,本件発明2と甲5発明の相違点2を次のとおり認定している。
「本件発明2は『マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さ』いのに対し,甲5発明が『両面に最大高さ6μm,平均高さ0.5μmの凸部を有する』点。」 この点について,原告は,甲5発明の「最大高さ6μm,平均高さ0.5μmの凸部 」は,本件発明2の「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmよ り小さく」の要件に一致ないし重複する旨を主張する。
しかし,本件発明2の「10点平均粗さ」は,前示のとおり,JIS規格B0601において定義されている「10点平均線粗さ(Rz)」であり,断面曲線から 基準長さLだけ抜き取った部分の平均線から縦倍率の方向に測定した,最も高い山頂から5番目までの山頂の標高(Yp)の絶対値の平均値(|Yp1+Yp2+Yp3+Yp4+Yp5|/5)と,最も低い谷底から5番目までの谷底の標高(Yv)の絶対値の平均値(|Yv1+Yv2+Yv3+Yv4+Yv5|/5)との和を求めたものと定義されている。
他方,甲5発明の「凸部」は,甲5の【0014】,【0016】の記載によれば,「表面の凹凸が製造工程において陽極と対抗していた面で平均4ミクロン,陰極より引き剥された面で0.2μmの厚さ20μmの電解銅箔」を「さらに電解槽中に誘導して両面に銅を電析させていっそう粗面化し」て得られたものであるとはいえるものの, 最 大高さ,平均高さが 何 を意味 するのか 不 明であり,甲5の「 凸部」が具体的にどのようなものであるのかは不明である。
上記によれば,本件発明2の「10点平均粗さ」と甲5発明の「凸部」との関係は 不 明である。 ま た,甲5の記載から,甲5発明の 金属 箔が本件発明2と同等の「10点平均粗さ」となっていると理解することはできない。
したがって,甲5発明の「最大高さ6μm,平均高さ0.5μmの凸部」が,本件発明2の「表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」の要件に一致ないし重複するということはできない。
イ その他の原告の主張も,審決の判断を誤りとするに足りるものではない。
(3) よって,原告主張の取消事由6は理由がない。
7 取消事由7(サポート要件の判断の誤り)について (1) 本件訂正明細書(甲130)の発明の詳細な説明には,@従来,リチウムイオン二次電池の集電体として一般に銅箔が使用されているが,この銅箔として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性,特に充放電でのサイクル特性が悪くなるという問題が生じること(【0004】〜【0008】),Aこのような問題点を解決し,活物質と集電体の接触性を良好に 保って,充放電サイクルに優れた安価な非水電解液二次電池用の平面状集電体を提供することを目的として,電解銅箔のマット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差 が10点平均粗さにして1.3μ m 以下とすること(【0009】,【0011】,【0016】),B上記数値限定を満足する実施例1〜3と,一方の主面であるマット面に大きな凹凸が形成されて両主面の表面粗さの差が大きすぎて上記数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであること(【0050】〜【0055】)が記載されている。
以上のとおり,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている。
したがって,本件発明は,本件訂正明細書発明の詳細な説明に記載されたものであり,サポート要件(特許法36条6項1号)を満たすものである。
(2) 原告の主張について ア 原告は,本件訂正明細書によると,本件発明の作用効果(集電体と活物質との接触性が良く,電気伝導度が大きくなって,充放電サイクルに優れたものとなること)は,「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」によりもたらされるとされるところ,本件訂正明細書参酌しても,集電体の活物質の表面に沿った変形とはいかなるものであるのか不明であり,また,非水電解液二次電池の負極における活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下限)があることが知られていた(甲2,4,5)から,本件訂正明細書に触れた当業者といえども,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であ」りさえすれば,マット面及び光沢面の表面粗さが 小さいことによりマット面と光沢面との表面粗さの差が顕著に小さい場合にも,集電体の活物質の表面に沿った変形が十分に起こり,本件発明の作用効果がもたらされると認識することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は採用することができない。すなわち,原告の主張は,本件発明の作用効果がもたらされるには,「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」が必要であるということを前提とするものであるが,「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」は,本件発明の機序にすぎず,それが具体的にどのようなものであるか不明であり,そのような変形が十分に起こると認識できないとしても,上記のとおり,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明の課題とその課題を解決する手段,その具体例において課題が解決されたことが記載されている以上,本件発明がサポート要件を満たさないとはいえない。
また,本件発明は,マット面及び光沢面の表面粗さが小さすぎることにより生じる問題を解決するものではない。すなわち,上記のとおり,本件発明は,集電体として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性が悪くなるという問題を解決するために,マット面及び光沢面の表面粗さの上限値と,マット面と光沢面との表面粗さの差の上限値を特定したものである。
したがって,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を特定していないとしても,それにより,本件発明がサポート要件を満たさないということはできない。
なお,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値は,電解銅箔の製造方法やコスト等の点から自ずと定まるものであり,極端に小さな値をとることはないと考えられる。そして,活物質と負極集電体との接触性を良好にして充放電サイクル特性を向上させるという課題を解決するために,好適な負極集電体用銅箔の表面粗さの範囲(下 限 )があることが知られていたのであれ ば , 当 業者は,その よ うな範囲(下限)も考慮して,マット面及び光沢面の表面粗さの下限値を適宜設定して,本件発明を実施するものと考えられる。
原 告は,「マット面」の「表面粗さ」が大き く かつ「マット面」と「 光沢 イ面」との「表面粗さ」の差も大きい比較例1と,実施例1〜3の測定結果の比較のみに基づいて,本件発明の作用効果を認識することができるとはいえないと主張する。
しかし,上記(1)のとおり,本件発明の数値限定を満足する実施例1〜3と,本件発明の数値限定を満足しない比較例1の電解銅箔を,それぞれ負極集電体に用いた円筒形非水電解液二次電池について,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定し,前者が後者より優れたものであることが記載されている以上,当業者であれば,本件発明の数値限定を満足することにより,所定の作用効果が得られると認識することはできる。
ウ 原告は,本件発明の「マット面及び光沢面」は,クロメート処理が施された面であるが,本件特許明細書に記載されている実施例(及び比較例)はいずれも,クロメート処理前の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」を示すのみで,クロメート処理後の電解銅箔の「マット面及び光沢面の表面粗さ」についての開示はないと主張する。
しかし,前示のとおり,本件発明の「上記電解銅箔は,マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下」における「電解銅箔」は,クロメート処理前の電解銅箔を指するものである。原告の主張は,前提において誤りがあり,採用することができない。
(3) よって,原告主張の取消事由7は理由がない。
8 取消事由8(実施可能要件の判断の誤り)について(1) 本件訂正明細書発明の詳細な説明の【0030】〜【0047】には,本件発明2に係る平面状集電体を製造する方法,及び本件発明1,3,4に係る非水電解液二次電池を製造する方法について記載されている。また,上記の製造方法により製造した非水電解液二次電池について,【0052】〜【0054】,図3〜 6には,100サイクル後の容量維持率とインピーダンスを測定したことが記載されており,上記平面状集電体及び非水電解液二次電池として使用できることが示されているといえる。
以上によれば,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明について,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると認められる。
(2) 原告の主張について ア 原告は,取消事由7についての主張と同様に,本件訂正明細書参酌しても,集電体の活物質の表面に沿った変形とはいかなるものであるのか不明であり,また,当業者といえども,「マット面及び光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく」,「マット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下であ」りさえすれば,マット面及び光沢面の表面粗さが小さいことによりマット面と光沢面との表面粗さの差が顕著に小さい場合にも,集電体の活物質の表面に沿った変形が十分に起こり,本件発明の作用効果がもたらされると認識することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は採用することができない。すなわち,前示のとおり,「集電体の形状が活物質表面の形状に沿って変形すること」は,本件発明の機序にすぎず,それが具体的にどのようなものであるか不明であり,そのような変形が十分に起こると認識できないとしても,上記のとおり,本件訂正明細書発明の詳細な説明には,本件発明2に係る平面状集電体を製造する方法,及び本件発明1,3,4に係る非水電解液二次電池を製造する方法について記載されており,また,その製造方法により製造した平面状集電体及び非水電解液二次電池を平面状集電体及び非水電解液二次電池として使用できることが示されている以上,本件発明が実施可能要件を満たさないとはいえない。
イ 原告は,本件訂正明細書実施例として記載されているのは,3点のみであり,この3点から,本件発明の広い領域全てについて,サイクル特性などの効果が奏される実施可能な発明として記載されているとはいえないと主張する。
しかし,前記のとおり,本件発明は,集電体として市販の電解銅箔を使用した場合には,電解銅箔の一方の主面に大きな凹凸が形成され,両主面の表面粗さの差が大きすぎて,活物質と集電体の接触が悪いため,電池特性が悪くなるという問題を解決するために,マット面及び光沢面の表面粗さの上限値と,マット面と光沢面との表面粗さの差の上限値を特定したものであるところ,マット面及び光沢面の表面粗さ,及びマット面と光沢面との表面粗さの差が,一定程度以下に小さければ,電池特性が悪くなるという問題が生じないことは明らかである。
したがって,本件発明の数値限定を満足することにより優れた電池特性が得られることが実施例1〜3によって裏付けられている以上,実施例が3点しかないからといって,実施可能要件を満たさないとはいえない。
ウ 原告は,「電解銅箔」に「クロメート処理が施された」ものについては,実施例も記載されておらず,サイクル特性などの効果が奏される実施可能な発明として記載されているとはいえないと主張するが,本件訂正明細書発明の詳細な説明実施例1〜3は,いずれも,クロメート処理を施した電解銅箔を用いたものである。
エ 原告は,本件訂正明細書の図3,図5において,それらの点を仮想線で結んでみると,実施例3から延伸させた場合,マット面の表面粗さは実施例3よりも小さくなるが,比較例1よりも容量維持率が低下し,また,100サイクル後のインピーダンス及び100サイクル前後でのインピーダンス変化も大きくなるが,このようなものも本件発明の技術的範囲に包含される結果となってしまうから,本件訂正明細書参酌しても,「マット面と光沢面の表面粗さが10点平均粗さにして3.0μmより小さく,このマット面と反対側の光沢面との表面粗さの差が10点平均粗さにして1.3μm以下である」ものでありさえすれば,当業者が本件発明の作用効果を奏するように実施することができるか否かは不明であると主張する。
しかし,図3及び図5において点で示されるデータは,それぞれ,実施例1〜3及び比較例1に基づくものであるところ,実施例1〜3及び比較例1で用いられた 電解銅箔は,そのマット面及び光沢面の表面粗さがいずれも異なるものである(本件訂正明細書の表1)。すなわち,図3及び図5において点で示されるデータは,例えば,光沢面の表面粗さを一定とし,マット面の表面粗さを変化させて得られたデータではない。したがって,図3及び図5の点を仮想線で結ぶことに技術的な意味はない。
原告の主張は,前提において失当であり,採用することができない。
(3) よって,原告主張の取消事由8は理由がない。
9 まとめ以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない。
結論
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 芝田俊文
裁判官 西香