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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 物の発明 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  実施可能要件 /  技術的意義 /  均等 /  均等論 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  構成要件充足性 /  差止請求(差止) /  侵害 /  不法行為(民法709条) /  請求の範囲 / 
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事件 平成 23年 (ネ) 10029号 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/10/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成23年10月20日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成23年(ネ)第10029号 特許権侵害差止等請求控訴事件

原審・東京地方裁判所平成21年(ワ)第14272号

口頭弁論終結日 平成23年9月29日

判 決

控 訴 人 株式会社モールドテック

同訴訟代理人弁護士 市 川 巌

同補佐人弁理士 山 本 彰 司

被 控 訴 人 株 式 会 社 棚 澤 八 光 社

同訴訟代理人弁護士 松 村 信 夫

塩 田 千 恵 子

坂 本 優

藤 原 正 樹

永 田 貴 久

同 弁理士 岡 田 全 啓

主 文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は,原判決別紙製品目録記載の梨地成形用金型を生産してはならな

い。

3 被控訴人は,控訴人に対し,2500万円及びこれに対する平成21年5月

14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。




5 3項につき仮執行の宣言

第2 事案の概要(略称は,審級による読替えをするほか,原判決に従う。)

1 本件は,被控訴人が原判決別紙製品目録記載の梨地成形用金型(被控訴人製

品)を生産した行為について,控訴人が,被控訴人の上記行為は,控訴人の有する

本件特許権(第3080367号。発明の名称「梨地成形用金型」)を侵害すると

主張して,@本件特許権に基づき,被控訴人製品の生産の差止めを求めるとともに,

A不法行為に基づく損害賠償として,2500万円及びこれに対する訴状送達の日

の翌日である平成21年5月14日から支払済みまで民法所定年5分の割合による

遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原判決は,被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属さないとして,控訴人

の請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴した。

3 前提となる事実は,原判決の事実及び理由第2の1(原判決2頁8行目〜5

頁13行目)のとおりであるから,これを引用する。

4 争点

(1) 被控訴人各製品が本件発明の技術的範囲に属するか否か。

(2) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか否か。

実施可能要件違反の有無

進歩性欠如の有無

(3) 控訴人の損害

第3 当事者の主張

1 原審における主張

原審における当事者の主張は,以下のとおり訂正するほか,原判決の事実及び理

由の第3(原判決5頁21行目〜24頁24行目)のとおりであるから,これを引

用する。

(1) 原判決15頁10行目の「構成要件として」を削る。

(2) 原判決15頁13行目の「構成」を「構成要件AないしD」と改める。




(3) 原判決15頁16行目の「構成要件に該当せず」を「構成要件を充足せ

ず」に改める。

(4) 原判決15頁18行目の「実施可能要件(特許法36条4項)違反の有

無」を「実施可能要件違反の有無」に改める。

(5) 原判決18頁1行目の「特許法36条4項」を「平成14年法律第24号

による改正前の特許法36条4項」に改める。

(6) 原判決19頁13行目の「進歩性要件(特許法29条2項)違反の有無」

を「進歩性欠如の有無」に改める。

2 当審における当事者の主張

〔控訴人の主張〕

(1) 構成要件Dの「散布」について

原判決は,エッチング方法(腐食方法)としていずれの方法を採用するかにより,

エッチング速度等のエッチング性に相違が生じると推認することができ,エッチン

グ液をあてる方法として,散布と浸漬には,その作用・効果,技術的意義に相違が

あるから,本件発明の構成要件Dにおける「散布」は,「浸漬」と異なると判断し

た。

しかし,加工表面にエッチング液をあてるさまざまな方法は,エッチング液のあ

て方が異なるだけで目的は同一でありかつ得られる効果も同一で均等手段である。

また,「散布」と「浸漬」とは,エッチング液のあて方は相違するが,本件発明に

適用した場合の作用・効果,技術的意義は同じであり,仮にわずかな違いが生じた

としても本件発明の作用・効果,技術的な特性に影響を与えるものではない(甲6,

検甲9〜16)。

また,「浸漬」は「散布」の技術的範囲に属し,この2つの腐食方法は,金型の

大小,あるいは作業現場の状況に応じて使い分けられている方法である。よって,

本件発明の構成要件Dにおける「表面に酸液を散布して」には,「浸漬」によるも

のが含まれる。




(2) 「独立状態の凹部」について

原判決は,被控訴人各製品が構成要件D,Eの「独立状態の凹部を形成してなる

ことを特徴とする梨地成形金型」であることにつき,立証されていないと判断した。

しかし,検甲第1及び2号証は控訴人作成の成形品であり,検甲第3ないし8号

証は被控訴人主張の生産工程により生産されたものである(甲4)。また,独立状

態の凹部が存在することは,検甲第9ないし22号証のとおり,明らかである。

(3) 直接描画法によるエッチングの工程について

ア 原判決は,本件発明のエッチングの工程に直接描画法によるエッチングの工

程を付加した場合,結局,スプレーガンで吹き付けられ耐酸性黒色インキ層が形成

された表面部分が腐食されずに凸部として残ることになり,その結果,当該凸部以

外の金属表面が腐食されて,本件発明のエッチングの工程により形成される独立状

態の凹部をも喪失させることになり,本件発明の構成要件Dの「独立状態の凹部を

形成してなる」との構成を得ることはできないから,本件発明は直接描画法による

エッチングの工程を付加したものを含まないと判断した。

イ しかしながら,そもそも,控訴人が2回の写真法によって作成するソニー株

式会社への成形品SSK−01及びホンダ技研工業株式会社への成形品H402と,

被控訴人の成形品WET−4及びH402とが,それぞれユーザーによって同等と

判断されて納入されている事実からみても,被控訴人製品に直接描画法によるエッ

チングの工程を付加しているとの原判決の認定は,誤っている。

ウ 仮に,直接描画法を用いた場合も,先に形成されている独立状態の凹部が完

全に喪失させられることはない。すなわち,先に形成された独立状態の凹部が耐酸

性黒色インキによって完全に被われた場合は,エッチング終了後に前記インキを洗

い流すことにより前記独立状態の凹部が元の状態で露出する。また,先に形成され

た独立状態の凹部の一部に耐酸性黒色インキが載った場合は,独立状態の凹部は崩

れる。さらに,先に形成された独立状態の凹部に耐酸性黒色インキが全く載らなか

った場合は,エッチングによって形状に変化が生じるが独立状態の凹部は残る(検




甲17〜22)。

エ 本件発明は,従来の梨地の凹凸と反対の凹凸を形成する金型に関する新規な

発明であり,被控訴人各製品も目的が全く同じである。原判決は,本件発明の前後

に従来公知の工程を付加した被控訴人各製品は,本件発明の実施とはいえないと判

示したが,本件発明を利用しているから,前記公知の工程は本件発明の技術的範囲

を定める場合には除外すべきである。

〔被控訴人の主張〕

(1) 構成要件Dの「散布」について

そもそも,控訴人が提出した検甲第9ないし16号証は,単に控訴人の従業員が,

報告書(甲5)により生産工程を簡単に説明するのみで,実際の生産工程の詳細が

何ら明確になっているとはいい難く,説明のとおりに作成されたものということ自

体,信用できず,証拠価値のないものである。また,甲第6号証の拡大写真からエ

ッチング後の立体的な状態を断定することは困難であり,控訴人の主張を認めるこ

とはできない。

(2) 「独立状態の凹部」について

ア 控訴人が提出した検甲第1ないし8号証は,その生産工程に,特許請求の範

囲には全く記載のない生産工程が付加されており(甲4),本件発明の実施品でな

いことが明らかである。

イ 検甲第9ないし22号証によっても,独立状態の凹部(金型表面を基準とし

て形成された凹部であり,かつ2つ以上の凹部が金型表面によって形成された凸部

によって分断されている状態を意味する)が存在しないことは明らかである。

(3) 直接描画法によるエッチングの工程について

ア 控訴人の主張は,何ら立証を伴わないものである。そもそも,控訴人が,侵

害の対象とする被控訴人製品の金型を特定した上で,その構成を明らかにし,本件

発明の構成要件を充足することを主張立証しなければならないところ,原審では,

控訴人自らがこの点を実行をせず,被控訴人が敢えて訴訟進行のために自ら提示し




た被控訴人製品の構成に対して何らの反論も反証も行わずに,結審したものである。

イ しかるに,控訴人は,一方的に作成した検甲第9ないし22号証についてあ

たかも,被控訴人が作成した金型による成形品であるかのような主張をしているが,

「H402」や「SSK‐01」はソニー株式会社や本田技研工業株式会社が要求

する梨地の大きさ・深さ等の規格を示す一般的な梨地のパターン(規格)にすぎず,

控訴人の主張するような方法のみで作成されているわけではない。また,控訴人が

写真法を2回繰り返して作成したと主張する控訴人成形品のサンプル(検甲1,

2)は,いずれも,特許請求の範囲には記載のない生産工程が付加されているもの

であり,本件発明の実施品ではない。

ウ 控訴人は,仮に直接描画法を付加した場合も,先に形成されている独立状態

の凹部が完全に喪失させられることはないとも主張するが,何ら立証を伴わないも

のである上,実際とはかけ離れた議論である。

検甲第17ないし22号証は,単に控訴人の従業員が,報告書(甲5)により生

産工程を説明するのみで,実際の生産工程を明らかにされておらず,説明のとおり

に作成されたものであるか自体,信用できないものである上,その実験過程や実験

条件,実験結果の判定方法について全く明らかにされておらず,実験自体も信用で

きないものである。また,絵の具の残り方が,成形品の独立状態の凸部(金型では

独立状態の凹部)の存在を示すことになることの直接的な証拠とは到底なり得ない。

実際に梨地を製作する場合,金型上にできた凹部は,すぐそばに他の凹部が密集

して大量に存在しているのであり,1回目のエッチングの工程で形成された凹部と

2回目のエッチングの工程で形成された凹部とが重なり合わないことなどあり得な

い。

また,写真法によるエッチングの工程の後に直接描画法によるエッチングの工程

を付加した場合には,耐酸液を吹きつけた部分以外の部分は全て酸液の浸漬によっ

てエッチングされることになるから,控訴人主張のようなことが起こるのは,写真

法によって形成された凹部の全面をたまたま直接描画法によって吹きつけられた耐




酸液によって被覆された場合しかないが,このような偶然が起こることはあり得な

いし,「独立状態の凹部」には該当しない。

エ 従来公知の工程であっても,写真法によるエッチングの工程に直接描画法に

よるエッチングの工程を追加することにより,生産工程が明らかに異なり,本件発

明の構成要件を充足しない以上,被控訴人製品は本件発明を実施しているとはいえ

ない。

また,直接描画法が従来公知の工程か否かに関係なく,直接描画法のエッチング

が,本件発明の「梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹部を形成してなる」と

構成要件Dに直接的に影響を与えるという点からしても,除外すべきような生産

工程ではないことは明らかである。

なお,控訴人は,エッチングを繰り返すことにより,本件発明の作用,効果が異

なることを自ら認めている(甲6)。このことは,単に写真法によるエッチングの

工程のみによって形成される金型と直接描画法のエッチングを追加することによっ

て形成される金型とでは,「付着した汚れの除去が容易であり,さらに耐傷性に優

れた梨地を容易に形成する」という課題解決のための効果においても明確な相違が

あることを示している。また,一般的に,複数回のエッチングの工程を行った場合

には1回限りのエッチングの工程を行うよりも凹部同士が重なりあったり,最初の

エッチングの工程で凸部を形成していた金型表面に2回目のエッチングの工程で凹

部が形成されたりして「独立状態の凹部」が存在しなくなることを示している。

控訴人は,被控訴人各製品が本件発明の特許請求の範囲に属するという具体的な

根拠となる対比の主張も行うことなく,被控訴人が本件発明を実施していると主張

するものであり,失当である。

また,本件発明が物の発明であるにもかかわらず,その成形法を記載した趣旨は,

請求項に記載した方法を採用することにより,本件発明の目的を達成するような梨

地成形用金型を作成することができるためである。

したがって,従来公知の工程であっても,写真法によるエッチングの工程に直接




描画法によるエッチングの工程を追加することにより,生産工程が明らかに異なり,

本件発明の構成要件を充足しない以上,被控訴人製品は本件発明を実施していると

はいえない。被控訴人各製品のように,直接描画法によるエッチングの工程を2回

繰り返した場合はいうに及ばず,写真法によるエッチングの工程の後に直接描画法

によるエッチングの工程を行った場合にも独立状態の凹部が存在しないことも明ら

かである。

第4 当裁判所の判断

1 被控訴人製品Eについて

控訴人は,被控訴人製品Eについて,本件発明の構成要件AないしEを充足する

ことについて何ら主張立証しない。

よって,被控訴人製品Eについては,その余の点を判断するまでもなく,控訴人

の請求は理由がない。

2 本件発明について

(1) 本件発明の特許請求の範囲は,請求項1に記載のとおりであり,本件明細

書には,以下の記載がある(甲3)。

ア 解決しようとする課題

従来の梨地は,凹部が独立状態に形成され,当該凹部の底に汚れが詰まりやすく,

また,いったん汚れが詰まると,その除去が困難であった。そこで,前記凹部を形

成している角部を薬品等により滑らかにして,付着した汚れを除去しやすいように

加工することも行われているが,加工工程が増加するのみで十分な効果を得ること

ができないものであった。さらに前記凹部に比べて凸部(基準面)が広いため,ネ

イルスクラッチ等の傷がつきやすい等の問題があった(【0004】)。

本件発明は,上記事情に鑑み,汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの除去

が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を構成できる梨地成形用金型を提供する

ことを目的とする(【0005】)。

イ 課題を解決するための手段




本件発明は,表面に感光性耐酸膜を塗布し,次に当該感光性耐酸膜の上面に遮光

性を有する液体の吹き付けにより梨地パターンを施し,続いて感光処理及び現像に

より前記梨地パターン部の感光耐酸膜を洗い流し,その後,表面に酸液を散布して

前記梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹部を形成してなる梨地形成用金型で

ある。本件発明の金型によれば,前記汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れの

除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を容易に成形できる(【000

6】)。

ウ 発明の実施の形態

本件発明の一実施の形態によれば,連続した凹部,すなわち基準面には,流れ空

間が形成されている。したがって,汚れが詰まったり,滞ることが少なく,仮に,

前記連続した凹部に汚れが付着した場合にも,前記流れ空間が存在することにより,

拭き取り等により容易に除去することができ,さらに従来の梨地に比べて,いわゆ

る表面の当たり面積が狭いため,ネイルスクラッチ等の傷が付きにくいものである

(【0008】)。

梨地成形用金型の製作過程の実施の一形態としては,まず,金型の加工面に感光

性耐酸膜が塗布される(図3)。次に,前記感光性耐酸膜の上面に遮光性ある液体

により梨地パターンが吹き付けによりランダムに施される(図1,4)。続いて紫

外線照射等による感光処理及び現像が行われ,前記梨地パターン部の感光性耐酸膜

が洗い流され,同時に梨地パターンが除去される(図5)。その後,表面に酸液を

散布して前記感光性耐酸膜が洗い流された部分を腐食させ,残された感光性耐酸膜

を除去することにより,独立状態の多数の凹部が金型の表面に形成される(図6)。

このようにして構成された金型は,従来と異なり,表面に独立状態の凹部が多数形

成されており,該金型を使用した成形品の表面には,凸部が基準面からそれぞれ独

立状態に形成され,その周囲には連続した凹部,具体的には連続した基準面が形成

される(【0007】〜【0015】)。

エ 発明の効果




本件発明の梨地成形用金型によれば,汚れにくく,汚れた場合にも付着した汚れ

の除去が容易であり,さらに耐傷性に優れた梨地を容易に提供できる(【001

6】)。

(2) 構成要件D2の「独立状態の凹部」の意義

前記(1)のとおり,本件明細書によれば,「独立状態の凹部」とは,金型の表面

に,図6に示されたような多数の凹部が形成され,成形品の表面に,それとは逆に

図1に示されたような凸部が基準面から独立状態に形成されることを示している

(【0013】【0014】)。これにより,従来の梨地に比べ,汚れにくく,汚

れの除去が容易で耐傷性に優れるという効果を奏する(【0016】)。そして,

「独立状態の凹部」とは,金型表面(加工面の表面)を基準として形成された凹部

を意味し,2つ以上の凹部が金型表面によって分断されている状況を意味すること

は,控訴人も自認するところである。

3 被控訴人製品AないしD及びFないしIについて

(1) 上記被控訴人製品の梨地

ア 控訴人は,控訴人が被控訴人の生産工程を再現した方法により生産した金型

により作成した成形品であるとして,検甲第3及び6号証を提出する。しかし,ま

ず,これらの生産工程を説明する報告書(甲4)によっても,検甲第3及び6号証

が被控訴人製品又は被控訴人の生産工程により生産された金型により作成された成

形品であると認めるに足りない。また,成形品である検甲第3及び6号証それ自体

やそれらの拡大写真(乙14)によっても,それを作成した金型が,金型表面(加

工面の表面)を基準として形成された2つ以上の凹部が,金型表面に形成された凸

部によって分断されている状況があると認めることはできないことは,控訴人の自

認するところである。

イ 控訴人は,新たに検甲第9ないし22号証を提出したが,これらの生産工程

を説明する報告書(甲5)によっても,検甲第9ないし22号証が被控訴人製品又

は被控訴人の生産工程により生産された金型により作成された成形品であると認め




るに足りない。また,絵の具の残り方によって,成形品を作成した金型が,金型表

面(加工面の表面)を基準として形成された2つ以上の凹部が金型表面に形成され

た凸部によって分断されている状況があると認めるに足りない。さらに,成形品で

ある検甲第9ないし22号証それ自体やそれらの拡大写真(甲6)によっても,そ

れを作成した金型が,金型表面(加工面の表面)を基準として形成された2つ以上

の凹部が金型表面に形成された凸部によって分断されている状況があると認めるこ

ともできない。

ウ 以上のとおり,控訴人は,上記被控訴人製品に,金型表面(加工面の表面)

を基準として形成された2つ以上の凹部が金型表面に形成された凸部によって分断

されている状況があることを何ら立証していない。

(2) 上記被控訴人製品の生産工程におけるエッチング

ア 控訴人は,上記被控訴人製品の生産工程について,本件発明の構成要件Aな

いしDを含むと主張するのみで,具体的な主張立証をしない。

イ 上記被控訴人製品の生産工程におけるエッチング,すなわち金属表面を部分

的に薬液を用いて溶解除去し,金属表面の状態を変化させる方法としては,以下の

(ア)のとおりの写真法によるエッチング(感光性レジスト法)の後,以下の(イ)の

とおりの直接描画法によるエッチングを行う方法が使用されていることが認められ

る(弁論の全趣旨)。なお,直接描画法によるエッチングは,従来の梨地加工であ

る。

(ア) 写真法によるエッチング

a 金型の微細凹凸型面上に,液状の感光性レジストを,スプレーガンを用いて,

一様の厚さの層が形成されるように吹き付け,

b 形成された感光性レジストの層面に,遮光性のある液体をスプレーガンを用

いて吹き付けて,梨地パターンを形成し,

c1 感光性レジスト層を紫外線ランプで露光し,前記bで形成された遮光性の

ある液体によって形成された梨地パターン以外の部分の感光性レジストを感光硬化




させ,

c2 前記遮光性のある液体のみを水で洗い流し,

c3 金型を所定の現像液に浸漬し,現像液を攪拌して,未露光部を除去した後,

送風乾燥させ,

d1 金型を酸液に浸漬し,酸液を攪拌して,梨地パターン部分を腐食させ,

d2 その後,感光性レジスト層を除去する。

(イ) 直接描画法によるエッチング

b’微細凹凸型面に耐酸性黒色インキをスプレーガンで吹き付けて,梨地パター

ンを形成し,

d1’乾燥後,金型を酸液中に浸漬し,酸液を攪拌することにより,耐酸性黒色

インキ層で形成された梨地パターン部以外の微細凹凸型面の表面を腐食させ,

d2’その後耐酸性黒色インキを除去する。

ウ 控訴人は,控訴人の成形品と被控訴人の成形品とが,それぞれユーザーによ

って同等と判断されて納入されている事実から,そもそも被控訴人製品は,直接描

画法によるエッチングの工程を付加して生産されたものではないと主張する。

しかし,控訴人は,上記のとおり,被控訴人各製品の生産方法を具体的に主張立

証していない。仮に控訴人主張の上記事実があるとしても,被控訴人各製品の生産

工程において直接描画法によるエッチングの工程を付加しているものではないこと

を証するに足りない。

4 被控訴人製品AないしD及びFないしIの構成要件充足性

(1) 構成要件D「独立状態の凹部を形成して」について

前記3(1)のとおり,上記被控訴人製品に,金型表面(加工面の表面)を基準と

して形成された2つ以上の凹部が金型表面に形成された凸部によって分断されてい

る状況があると認めるに足りないから,上記被控訴人製品が「独立状態の凹部を形

成して」いるとはいえない。

よって,上記被控訴人製品は,構成要件Dの「独立状態の凹部を形成して」を充




足しない。

(2) 構成要件D「散布」について

ア 前記2(1)のとおり,本件明細書には,構成要件Dの「散布」について,具

体的な記載はない。エッチング,すなわち金属表面に対する浸食作用によって金属

をその表面から除去する処理技術(乙15)としては,浸漬式,パドル式,シャワ

ー式,スプレー式等の工法があり,被加工物の条件に合わせてそのいずれかを採用

しているところ,「散布」とは,ふりかけること,まき散らすことをいうから,本

件発明の「散布」は,パドル式,シャワー式,スプレー式等の工法をいうものと解

される(乙5)。

イ 他方,上記被控訴人製品の生産工程におけるエッチングは,前記3(2)イ

(ア)d1のとおり,金型を酸液に浸漬し,酸液を攪拌して,梨地パターンを腐食さ

せる方法である。「浸漬」とは,液体の中に浸すことをいうから,「散布」と「浸

漬」とは,エッチング液のあて方が相違することは,控訴人も自認するところであ

る。

ウ 控訴人の主張について

控訴人は,加工表面にエッチング液をあてるさまざまな方法は,エッチング液の

あて方が異なるだけで目的は同一でありかつ得られる効果も同一で均等手段である

とし,「散布」と「浸漬」とは,エッチング液のあて方は相違するが,本件発明に

適用した場合の作用・効果,技術的意義は同じであるなどと主張する。

しかし,控訴人が提出した検甲第9号証と検甲第11号証,検甲第13号証と検

甲第15号証及び甲第5号証と甲第6号証をもって,「散布」と「浸漬」との作用

・効果が同じであると認めるに足りない。なお,控訴人は,被控訴人からたびたび

指摘を受けてもなお,被控訴人各製品が本件発明の特許請求の範囲に属するという

具体的な根拠となる対比の主張も行うことなく,被控訴人が本件発明を実施してい

ると主張するものにすぎず,上記主張が文言侵害をいうものか否かすら明らかでは

なく,均等論についての要件も具体的に主張していないものである。




エ よって,上記被控訴人製品が構成要件Dの「散布」を充足するとはいえない。

(3) 直接描画法によるエッチングについて

ア 被控訴人製品の生産工程

前記3(2)のとおり,上記被控訴人製品の生産工程においては,写真法によるエ

ッチングの後,直接描画法によるエッチング(従来の梨地加工)を行っており,そ

の内容は,金型の表面に耐酸性黒色インキをスプレーガンで吹き付けて,梨地パタ

ーンを形成し,耐酸性黒色インキ層で形成された梨地パターン部以外の部分を腐食

させ,その後耐酸性黒色インキを除去するというものである。

このように,直接描画法によるエッチングを行うと,耐酸性黒色インキ層で形成

された梨地パターン部以外の部分が腐食されることになるから,エッチングが終了

した後の金型には,スプレーガンで吹き付けられた耐酸性黒色インキ層で形成され

た梨地パターン部が腐食されずに残り,耐酸性黒色インキ層で形成された梨地パタ

ーン部以外の部分が腐食されて凹部を形成することになる。

したがって,上記被控訴人製品の生産工程におけるように,写真法によるエッチ

ングの後,直接描画法によるエッチングを行うと,写真法によるエッチングによっ

て形成された凹部及び金型の表面のうち,耐酸性黒色インキ層で形成された梨地パ

ターン部以外の部分が腐食され,新たに凹部が形成されることになり,その結果,

写真法によるエッチングによって形成された凹部同士が,新たに形成された凹部に

よってつながってしまうから,写真法によるエッチングによって形成された凹部は,

独立状態の凹部とはいえなくなる。

構成要件Dの充足性

上記アのとおり,写真法によるエッチングの後,直接描画法によるエッチング

(従来の梨地加工)を行った場合には,写真法によるエッチングにより形成された

凹部が,「独立状態の凹部」とはいえなくなる。そうすると,本件発明が目的とす

る「表面に酸液を散布して前記梨地パターン部を腐食させて独立状態の凹部を形成

してなる」との構成を得ることはできず,その結果,「汚れにくく,汚れた場合に




も付着した汚れの除去が容易」であるという本件発明の効果も達成できないことに

なる。

したがって,写真法によるエッチングの後,直接描画法によるエッチングの工程

を付加した上記被控訴人製品は,この観点からも,本件発明の構成要件D「独立状

態の凹部を形成して」を充足するとはいえない。

ウ 控訴人の主張について

控訴人は,本件発明と被控訴人各製品とは,従来の梨地の凹凸と反対の凹凸を形

成する金型に関する目的が全く同じものであり,本件発明の前後に従来公知の工程

を付加した被控訴人各製品は,本件発明を利用しているから,前記公知の工程は本

件発明の技術的範囲を定める場合には除外して判断すべきであるとも主張する。

しかし,本件発明は,金型という物の発明について,構成要件AないしDに係る

製作工程の要件によって特定した発明である。そして,写真法によるエッチングに

直接描画法によるエッチングの工程を付加した結果,上記のとおり,構成要件Dの

「独立状態の凹部を形成して」を充足しない以上,控訴人の主張は採用できない。

(4) 小括

以上のとおり,被控訴人製品AないしD及びFないしIは,いずれも本件発明の

構成要件Dを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属さない。

5 結論

以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本訴

請求に理由がないとした原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきもので

ある。



知的財産高等裁判所第4部




裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




裁判官 部 眞 規 子




裁判官 齋 藤 巌