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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成23行ケ10009審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10389審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 物の発明 /  容易に実施 /  容易に発明 /  周知技術 /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  実施 /  交換 /  請求の範囲 /  変更 /  新たな無効理由 / 
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事件 平成 23年 (行ケ) 10010号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/09/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成23年9月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10010号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成23年9月15日
判 決
原 告 帝人エンジニアリング株式会社

同訴訟代理人弁護士 松 本 好 史

松 井 保 仁

竹 田 千 穂

岸 野 正

同 弁理士 仲 晃 一

被 告 グリーンアース株式会社

同訴訟代理人弁理士 西 川 惠 清

水 尻 勝 久

竹 尾 由 重

坂 口 武

北 出 英 敏

仲 石 晴 樹

時 岡 恭 平

木 村 豊

主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2010−800034号事件について平成22年12月7日にし
た審決を取り消す。


1
第2 事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係

る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな
いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,
下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲9)
発明の名称:ヒートポンプ式冷暖房機
出願日:平成9年6月9日(特願平9−188864号)
登録日:平成20年10月31日
特許番号:第4208982号
(2) 審判手続及び本件審決
審判請求日:平成22年3月2日(無効2010−800034号)
審決日:平成22年12月7日
審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。
審決謄本送達日:平成22年12月16日(原告に対する送達日)

2 本件発明の要旨
本件審決が判断の対象とした発明は,特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載
された各発明であって,その要旨は,次のとおりである。以下,当該各発明を併せ
て「本件発明」といい,本件特許に係る明細書(甲9)を,図面も含め「本件明細
書」という。
【請求項1】コンプレッサーと既設コンデンサーを四方弁を介したガスパイプで結

び,既設コンデンサーの冷媒ガス出口に設置したキャピラリチューブと,内部のガ

スパイプ回路の管を前記既設コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内径の80%

以内又は断面積を64%以下と細くした追設コンデンサーとをガスパイプで結び,

追設コンデンサーと蒸発器のキャピラリチューブをガスパイプで結び,蒸発器の冷


2
媒ガス出口とコンプレッサーとを四方弁を介したガスパイプで結び,ガスパイプ側

にコンプレッサーより冷媒ガスを吐出して既設コンデンサーに送り,既設コンデン

サーで大気又は冷却水と熱交換して凝縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサ

ーに送って放熱してさらに凝縮させ,ガスパイプを通って蒸発器に設置したキャピ

ラリチューブで減圧し,蒸発器に送って蒸発させたのち,ガスパイプで冷媒ガスを

コンプレッサーに戻す冷房運転と,コンプレッサーよりガスパイプに冷媒ガスを吐

出し,蒸発器をコンデンサーとして作動させて冷媒ガスを凝縮させ,ガスパイプを

通って追設コンデンサーに送って放熱してさらに凝縮させ,ガスパイプで冷媒ガス

を既設コンデンサーに設置したキャピラリチューブに送って減圧し,既設コンデン

サーに送って既設コンデンサーを蒸発器として作動させて冷媒ガスを蒸発させたの

ち,ガスパイプを通ってコンプレッサーに戻す暖房運転とを,四方弁で切替え運転

を可能とし,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサーで冷媒ガス

を放熱して,凝縮を進めることを特徴とするヒートポンプ式冷暖房機

【請求項2】追設コンデンサーの熱交換能力を,既設コンデンサーの熱交換能の2

0%以上とした請求項1記載のヒートポンプ式冷暖房機

【請求項3】空冷式ヒートポンプでは,既設コンデンサーの大気吸い込み側に,追

設コンデンサーを張り合わせるように取り付け,大気が追設コンデンサーを通過し

たのち,既設コンデンサーを通過するようにして,追設コンデンサーが放熱して昇

温した大気が既設コンデンサーに入るようにした,請求項1又は2記載のヒートポ

ンプ式冷暖房機

3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明の技術的意義は,発明の詳細な説明
に明確に記載されている(特許法36条6項1号),発明の詳細な説明は,全体と
してみれば明瞭でないとまではいえず,また,矛盾も生じていない(同項2号),
発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に
記載されている(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項),本

3
件発明は,下記アの引用例1に記載された発明に下記イないしカの引用例2ないし
6に記載された事項を適用しても,当業者が容易に発明をすることができたものと

いうことはできない,というものである。
ア 引用例1:特開昭60−140048号公報(甲1)
イ 引用例2:特開平3−84395号公報(甲2)
ウ 引用例3:特開平8−233386号公報(甲3)
エ 引用例4:特開平9−79673号公報(甲4)
オ 引用例5:特開平8−5171号公報(甲5)
カ 引用例6:平成22年2月25日付け写真撮影報告書(甲6)
(2) なお,本件審決は,実施可能要件について,本件特許出願前に,室外側熱交
換器に接続した複数本のキャピラリチューブと室内側熱交換器に接続した複数本の
キャピラリチューブとを連通管で連通した空気調和機の冷凍回路において,冷房運
転時には,冷媒が圧縮機から四方弁を通り分岐点で分流し,室外熱交換器で凝縮放
熱し,複数本のキャピラリチューブで断熱膨脹した後合流して連通管を通り,再度
分流して複数本のキャピラリチューブに入り,ここで更に断熱膨脹した後,室内側
交換器で蒸発吸熱し,再度分岐点で合流して四方弁を経て圧縮機に戻り,逆に,

暖房運転時には冷房運転時と逆のサイクルで冷媒を流すことが知られており(例え
ば,実願昭60−42257号(実開昭61−159769号公報)のマイクロフ
ィルム(甲17),実願昭60−73444号(実開昭61−189153号公報)
のマイクロフィルム(甲18),以下,併せて「審決引用例」という。),この冷
凍回路の連通管では,冷媒が流れる方向にかかわらず,その直前の複数本のキャピ
ラリチューブを通過した冷媒が連通管で蒸発吸収せず,その後の複数本のキャピラ
リチューブを通過後の熱交換器で蒸発吸熱が行われるが,この技術的事項及びキャ
ピラリチューブの長さや直径は設計的事項として定められるものであり,これらを
適宜変更することで減圧の程度が調整できることに照らせば,「冷媒が流れる方向
によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」を設けることは,本件


4
特許出願前に当業者が実施できたことであるとして,発明の詳細な説明は,当業者
がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていると判断した。

4 取消事由
(1) 審判手続の違法(取消事由1)
(2) 記載要件に係る判断の誤り(取消事由2)
ア サポート要件に係る判断の誤り
実施可能要件に係る判断の誤り
第3 当事者の主張
1 取消事由1(審判手続の違法)について

〔原告の主張〕

(1) 特許法150条5項は,審判長は,審判において職権で証拠調べをしたとき

は,その結果を当事者に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機会を

与えなければならないと規定している。これは,審判手続において,当事者が知ら

ない間に不利な資料が集められ,何ら弁明の機会を与えられないうちに心証が形成

されるという不利益から当事者を救済するための手続を定めたものである。

しかるに,本件審決は,本件発明の実施可能性の判断に際し,審決引用例を援用

しているところ,これらについて,いずれも職権で証拠調べを行ったにもかかわら

ず,その結果を原告に通知せず,原告にこれらの書証について意見を申し立てる機

会を与えなかった。そして,本件審決は,本件発明では,請求項1に記載された「冷

房運転,暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して,凝

縮を進める」という効果を奏するためには,「冷媒の流れる方向によって機能した

りしなかったりするキャピラリチューブ」の存在が不可欠であることを前提に,審

決引用例のみを論拠として,本件特許出願前に当業者はそのようなキャピラリチュ

ーブを実施することができたものと判断した。

したがって,本件審判手続において,審判長が,職権による審決引用例の証拠調

べの結果を一切原告に通知せず,これらの証拠について原告に意見を申し立てる機


5
会を与えなかったことは,審決の結論に影響を及ぼす重大な手続違背というべきで

ある。

(2) 被告の主張について

被告は,本件審判手続において,原告が「冷媒の流れる方向によって機能したり

しなかったりするキャピラリチューブ」の存否について主張する機会は十分に与え

られていた旨主張する。

しかしながら,本件審判手続において,被告は,「冷媒の流れる方向によって機

能したりしなかったりするキャピラリチューブ」について,何ら証拠を提出せず,

単に技術常識として,複数本のキャピラリチューブの合計断面積に対して,それに

続くガスパイプの断面積が広がらない構成を採用すれば,ガスパイプで冷媒が蒸発

しないようにすることができるなどと主張していたため,原告は,本数にかかわら

ずキャピラリチューブでは冷媒の減圧が起こるから,被告の主張には根拠がないと

反論していた(甲16)。しかるに,本件審決は,職権で審決引用例を取り調べ,

これに基づき,上記判断をしたのであり,これが原告に対する不意打ちになること

は明らかである。

〔被告の主張〕

(1) 本件審決は,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャ

ピラリチューブ」を設けることを本件特許出願前に当業者が実施できたことを認定

する際に,審決引用例を例示して,当時の技術常識を認定したにすぎない。

したがって,本件審判手続において,審決引用例について原告に通知して意見を

申し立てる機会を与える手続が取られなかったとしても,本件審決の結論に影響を

及ぼす手続違背となるものではない。

(2) また,本件審判手続において,原告は,平成22年9月16日付け口頭審理

陳述要領書(甲12)や同年11月10日付け上申書(甲16)で,「冷媒の流れ

る方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」の存否について

主張しており,その主張の機会は十分に与えられていたのであるから,本件審決の

6
判断は,原告に対する不意打ちではない。

2 取消事由2(記載要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) サポート要件に係る判断の誤り

ア 特許請求の範囲の記載

請求項1には,追設コンデンサーの前後にキャピラリチューブを設置するととも

に,追設コンデンサー内のガスパイプ回路の管を既設コンデンサー内のガスパイプ

回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下とするとの具体的構成(以下

「本件具体的構成」という。)を備えたヒートポンプ式冷暖房機では,冷房運転,

暖房運転のいずれの場合でも追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して,凝縮を進め

るとの機能的表現による構成(以下「本件機能的構成」という。)を備えているこ

とが記載されている。また,請求項2は請求項1を,請求項3は請求項1又は2を

それぞれ引用している。

発明の詳細な説明の記載

発明の詳細な説明には,概略,従来のヒートポンプ式冷暖房機では,冷房運転時

には冷媒ガスの凝縮不足による飽和による運転停止やガス漏れの課題があり,暖房

運転時には外気温の低下に伴う室外機内のコンデンサーでの吸熱能力の低下や霜の

付着の課題があったところ(【0002】【0004】),本件発明では,請求項

1のとおり,既設コンデンサーと蒸発機の間に,内部のガスパイプ回路の管を既設

コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下

と細くした追設コンデンサーを,その前後にキャピラリチューブを介して接続する

構成を採用することにより(【0009】【0010】【0013】【0014】

【0019】),冷房運転,暖房運転いずれの場合でも追設コンデンサーで冷媒ガ

スを放熱して凝縮を進め,上記課題を解決することができるヒートポンプ式冷暖房

となること(【0025】〜【0035】)が記載されている。

ウ 特許請求の範囲に記載された発明と発明の詳細な説明に記載された発明との

7
対比

(ア) 冷房運転と暖房運転の両方の場合に追設コンデンサーで凝縮を進めるため

には,いずれの運転条件においても,@追設コンデンサー入口の段階で冷媒が完全

には液化せず,なお飽和状態にあること,A追設コンデンサー内の冷媒温度が外気

又は冷却水の温度よりも高いことが必要である。本件発明は,上記@の条件を満た

すことが前提となっているから,追設コンデンサーで凝縮が行えるか否かは,上記

Aの条件を満たすか否かの問題に収斂するところ,本件発明において,圧縮機を出

てから最初の熱交換器(冷房運転時は既設コンデンサー,暖房運転時は蒸発器)で

凝縮を行った後,室外に設置された追設コンデンサーに入る前に,本来,蒸発を行

う熱交換器の前に設けるのと同等の減圧能力を持ったキャピラリチューブを通過さ

せて冷媒を減圧し,その温度を低下させると,通常,外気や冷却水の温度を下回り,

上記Aの条件を満たさなくなる場合があるため,凝縮を進めることはできない。

この点について,福田充宏作成の意見書(甲21。以下「本件意見書」という。)

は,追設コンデンサーの前後で同じ能力のキャピラリチューブを採用した場合に,

冷房運転において追設コンデンサーでの凝縮が可能か否かを検証したものであるが,

本件発明の実施例1の条件を参考にして,キャピラリチューブ,追設コンデンサー

の仕様及び既設コンデンサーの凝縮温度・外気温・キャピラリチューブ入口のクオ

リティという3つのパラメータの数値を組み合わせた8パターンについて,追加コ

ンデンサーでの凝縮の可否をみると,例5(凝縮温度と外気温度との差が大きく,

クオリティがゼロ(既設コンデンサーで完全に液化するまで凝縮)の例)において

のみ,「やや有り」との結果となったが,その他の例では,全て「無し」という結

果となった。例5についても,夏期としては低い外気温度(33℃)であり,かか

る場合にのみ追設コンデンサーでわずかに凝縮できることにメリットはなく,当業

者が通常行う設計とはいい難い。

(イ) また,本件発明では,追設コンデンサー内のガスパイプ回路の管を,既設

コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下

8
と細くする構成を採用しているところ,仮に,直前のキャピラリチューブで冷媒温

度が外気又は冷却水以下となった場合でも,上記のように管をやや細くした追設コ

ンデンサーによって,飽和状態にある冷媒を加圧し,その温度を外気又は冷却水以

上に上げることができるならば,更に凝縮を進める余地があることとなるが,冷媒

の圧力は,キャピラリチューブなど内径や断面積が小さく抵抗の大きな通路を流れ

ることで,その流れの抵抗に対応して出口側で降下するものであり,キャピラリチ

ューブからガスパイプ回路の管に出て通路断面積が広がることにより圧力が降下す

るわけではないから,既設コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内径の80%以

内又は断面積を64%以下と細くした追設コンデンサー内のガスパイプ回路の管も,

冷媒を加圧することはなく,その壁面摩擦抵抗により通過中の冷媒に圧力損失を与

えて,冷媒圧力を降下させるにすぎない。したがって,本件発明において,その管

をやや細くした追設コンデンサーを採用しても,そこを流れる間に飽和状態の冷媒

温度が上昇することはなく,いったん手前のキャピラリチューブにより外気又は冷

却水の温度を下回ってしまった冷媒が追設コンデンサーで凝縮されることはあり得

ない。

(ウ) 発明の詳細な説明の各実施例では,冷房運転の「既設コンデンサー出」と

「追設コンデンサー入り」の間,暖房運転の「蒸発器出」と「追設コンデンサー入

り」の間で,冷媒は,必ずキャピラリチューブを通過しているが,その温度にはほ

とんど変化がない(【0028】【0029】【0033】【0034】)。他方,

追設コンデンサーの後に通過するキャピラリチューブについては,その前後で冷媒

温度が大幅に低下しているから(【0033】),ここではキャピラリチューブに

よる減圧に伴う温度低下が生じていることになる。

飽和状態にある冷媒が減圧されるときには必ず温度も低下するから,各実施例の

データは,結局,追設コンデンサー手前のキャピラリチューブはなぜか機能せず,

その後のキャピラリチューブのみが機能していることを示すものであるが,「冷媒

が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」は存在し

9
ないから,各実施例は,いずれも技術常識に反する実施不可能なものであり,本件

発明の実施可能性を裏付けるものではない。この点,本件審決は,本件発明の実施

には,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチュー

ブの存在」が不可欠であることを前提として,審決引用例に基づき,そのようなキ

ャピラリチューブを設けることは,本件特許出願前に当業者が実施できたことであ

ると判断しているが,キャピラリチューブは,単に径の細いチューブのことであり,

冷媒が流れる方向にかかわらず,一定の壁面摩擦抵抗によって冷媒圧力を下げる機

能しかないから,「冷媒の流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピ

ラリチューブ」なるものは存在し得ず,本件審決の判断は誤りである。

(エ) また,被告は,平成22年10月15日付審判事件答弁書(甲15)では,

冷媒の蒸発は,冷媒が流れる通路がこれまでよりも広がったときに発生するから,

従来の冷暖房機において,当業者は,ガスパイプで冷媒が蒸発しないように,複数

本のキャピラリチューブの合計断面積に対してガスパイプの断面積が広がらないよ

うに設計してきたとした上で,当業者が本件発明を実施する際にも,冷房運転時に

既設コンデンサー側の複数本のキャピラリチューブで冷媒が蒸発しないように,各

キャピラリチューブとガスパイプとについて本数や断面積を設計することは当然に

行われるから,追設コンデンサーで更に凝縮が進むと主張している。

しかし,被告の上記主張は,ガスパイプの設計に関する議論に終始しており,冷

媒が追設コンデンサーにおいて蒸発しない理由について何ら説明するものではない。

また,冷媒の圧力は,キャピラリチューブのように抵抗の大きな通路を流れること

で,その流れの抵抗に対応して出口側で降下するのであって,キャピラリチューブ

の出口で通路断面積が広がったために圧力が下がるのではないから,複数本のキャ

ピラリチューブの合計断面積とその後のガスパイプの断面積とが合うように設計し

ても,キャピラリチューブの出口では冷媒の圧力は降下してしまい,外気又は冷却

水よりも冷媒温度が下がった状態で追設コンデンサーを流れると必ず蒸発が生じる

ものである。

10
(オ) また,一般に,キャピラリチューブを出た冷媒ガスは,次の熱交換器では

蒸発するのが当然であるというのが,本件特許出願時の当業者の技術常識である。

これは,冷媒が,キャピラリチューブの壁面摩擦抵抗により減圧される際,通常,

外気温度よりも温度が低下し,次の熱交換器では吸熱(蒸発)してしまうからであ

り,逆にいうと,本件特許出願時の一般的な冷凍サイクルでは,そのように冷媒温

度を外気温度未満に低下させるに足る減圧能力を持ったキャピラリチューブが使用

されていたことを意味する。このため,四方弁により冷房運転と暖房運転を切り替

えられるヒートポンプ式冷暖房機において,その熱交換能力を向上させるために室

外に追設コンデンサーを設置する発想自体は,本件特許出願前から存在するが(甲

1〜5),かかる先行技術では,既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度との差が

小さい冷房運転時に二段階で凝縮を進めるために,追設コンデンサー手前のキャピ

ラリチューブをバイパスする逆止弁付き回路が設けられていたのである。これに対

し,本件発明では,キャピラリチューブを敢えて通過させる構成を採用しているた

め,手前のキャピラリチューブがいったん冷媒を減圧し,その温度を低下させてし

まうことにより,追設コンデンサーで更に冷媒の凝縮(放熱)を進めることができ

ないという課題(以下「減圧問題」という。)をバイパス回路以外の手段により解

決する必要がある。

この点について,発明の詳細な説明の記載では,追設コンデンサーの管をやや細

くすることで,手前のキャピラリチューブ通過による減圧問題にもかかわらず,追

設コンデンサーでの凝縮を可能にしていると説明されており(【0013】【00

19】),追設コンデンサー内のガスパイプ回路の管を既設コンデンサー内のガス

パイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下とする構成の採用によ

り,減圧問題を解決することに本件発明の特徴があることは明らかである。

しかし,前記のとおり,冷媒の圧力は,キャピラリチューブなど内径や断面積が

小さく抵抗の大きな通路を流れることで,その流れに抵抗して出口側で低下するも

のであり,冷媒の通路断面積を広げれば冷媒が減圧されて蒸発し,狭めれば冷媒が

11
加圧されて蒸発を防止できるかのような説明には,根本的な誤解がある。追設コン

デンサー内のガスパイプ回路の管を既設コンデンサー内のガスパイプ回路の管の内

径の80%以内又は断面積を64%以下とする構成は,気液混相状態の冷媒を加圧

して温度を上昇させ,追設コンデンサーでの凝縮を容易にする方向に作用するもの

ではなく,追設コンデンサー手前のキャピラリチューブにより圧力と温度が低下し

た冷媒に対し,その壁面摩擦抵抗により通過中の冷媒にわずかながらも更なる圧力

損失を与え,その圧力と温度を低下させるにすぎない(甲20)。

また,その他の発明の詳細な記載にも,当業者が,出願時の技術常識に照らし,

どのように本件具体的構成を設計すれば減圧問題という課題が解決され,本件機能

的構成の機能ないし性質が得られるのかについて,手掛かりとなる情報は含まれて

いない。

(カ) 被告の主張について

被告は,サポート要件について,実施可能要件を判断するのと全く同様の手法に

よって解釈,判断することは許されず,キャピラリチューブの機能の実施可能性に

関する原告の主張は,サポート要件の規定の趣旨に反したものであると主張する。

しかし,請求項1は,本件具体的構成が記載されるとともに,本件機能的構成を

含む形式をとり,その効果も本件機能的構成を前提とする効果のみが記載されてい

る(【0035】)。このように,ある物の発明を,その具体的構成に加え,その

機能ないし性質を用いて特定する場合,当該具体的構成を備えた物が,当該機能な

いし性質を備えることにより,当該発明の課題が解決されるものと理解されるので

あるから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するもので

あるか否かについて判断するに当たっては,発明の詳細な説明が,当業者において,

ヒートポンプ式冷暖房機が本件具体的構成を有することにより,本件機能的構成の

機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであ

るか,又は,出願時の技術常識参酌すれば,当業者において,そのように認識す

ることができる程度に記載されたものであることを要するものである。

12
したがって,本件具体的構成によれば本件機能的構成が得られることについて,

必要かつ合理的な範囲で記載内容の実質的な対比を行うことは妨げられないという

べきである。

エ 以上のとおり,発明の詳細な説明の記載には,キャピラリチューブの機能に

関する根本的な誤解があり,そこに記載された発明は,当業者が行う設計の範囲内

では実施不可能であるため,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課

題を解決できる範囲のものであるとはいえないし,発明の詳細な説明の記載や示唆

がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識

できる範囲のものともいえないから,サポート要件に違反するものである。

(2) 実施可能要件に係る判断の誤り

ア 前記(1)ウ(オ)のとおり,発明の詳細な説明に記載された発明には,追設コン

デンサー直前のキャピラリチューブによる減圧問題(冷媒温度の低下)があるため,

当業者が通常行う設計の範囲内では実施することができないにもかかわらず,本件

明細書には,どのような考え方で設計を行えば,この問題を克服して追設コンデン

サーで常に凝縮を進めることができるのかについて,その原理を正しく明らかにす

る記載がない。

イ また,発明の詳細な説明には,キャピラリチューブの機能について誤解があ

るため,「冷房運転の場合,追設コンデンサーのガスパイプの径が,既設コンデン

サー,蒸発器のガスパイプの径と同等以上であれば当然蒸発する。暖房運転では,

追設コンデンサーは室外機に取り付けるので,既設コンデンサーの管径と同程度で

あれば当然蒸発するのである,追設コンデンサーの冷媒ガス回路の径の断面積を少

なくすることが必要である」旨(【0013】),「一般にキャピラリチューブを

出た冷媒ガスは,次の熱交換器では蒸発するのが当然であるが,本件発明は,追設

コンデンサーのガス回路の断面積を少なくしているので,追設コンデンサーは常に

凝縮器として作動する」旨(【0019】)の誤った教示がされている。

ウ さらに,発明の詳細な説明には,具体的な設計についても,「冷媒ガスが蒸

13
発せずに抵抗値が増加しない範囲に追設コンデンサーのガス経路の径をするのであ

る」(【0014】)とあるだけで,それ以上に実施に必要となる具体的な構成や

他の前提条件等について何ら記載はない。

エ 以上のとおり,当業者が本件発明を実施しようとしたときに,発明の詳細な

説明に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識によっても,当業

者に期待し得る程度を超える試行錯誤を強いることは明らかであるから,発明の詳

細な説明の記載は,実施可能要件に違反する。

オ 被告の主張について

被告は,@本件意見書の例5では,外気温度33℃の場合にわずかながら凝縮し

ていること,A冷房運転時の既設コンデンサーの凝縮温度が本件意見書の検証で用

いた40℃又は42℃よりも,発明の詳細な説明実施例1のように48.6℃と高

ければ,より多くの例で凝縮した可能性があることをもって,実施可能要件を具備

していると主張する。

しかし,当業者が,発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識に基づき,本件

発明を実施しようとした場合に,バイパス回路を用いずに本件機能的構成の機能な

いし性質を得る実施方法を発見するために,通常期待し得る程度を超える試行錯誤

を強いる場合には実施可能要件違反となるのであり,客観的に上記機能ないし性質

を得ることができる設計条件が少しでも存在すれば,実施可能要件を満たすかのよ

うな被告の主張は誤りである。

また,上記@の主張についてみると,パッケージエアコンディショナに関する「J

IS B 8616(平成5年10月1日改正)」の附属書1(甲22の参考文献1)

では,パッケージエアコンの性能試験方法について,「空気温度は,附属書1表2

の条件による。」と記載され,その表2では,空冷式のパッケージエアコンの冷房

能力試験における室外側の乾球温度は35℃とされている。したがって,本件特許

出願時の当業者としては,外気温度が35℃の状態で追設コンデンサーにおいて冷

媒の有意な凝縮が認められなければ,追設コンデンサーに凝縮機能はなく,本件発

14
明の効果も生じないと考えるから,被告の主張は失当である。

さらに,上記Aの主張についてみると,例えば,社団法人日本冷凍協会の「新版

第5版冷凍空調便覧第2巻機器編」(甲21の参考文献2)では,凝縮温度範囲の

中央値が42.5℃とされ,社団法人日本冷凍空調工業会の「ヒートポンプの実用性

能と可能性」(甲22の参考文献2)では,市販の冷暖房機に最も近い設定である

カテゴリーV欄左上部でも,冷房時の運転条件として凝縮温度が39.8℃とされて

いることから,本件意見書における凝縮温度の設定(40℃又は42℃)が低すぎ

るということはない上,そもそも本件意見書では,発明の詳細な説明に記載された

実施例が本件発明の実施例とはいえない誤ったものであるため,別途適切な凝縮

温度を仮定して検証を行っているのであるから,各実施例の凝縮温度に基づく被告

の主張は相当でない。

〔被告の主張〕

(1) サポート要件に係る判断の誤りについて

ア 原告は,発明の詳細な説明の記載には,キャピラリチューブの機能に関する

根本的な誤解があり,実施不可能な発明であるとしてサポート要件に違反すると主

張している。

しかし,サポート要件の規定は,特許請求の範囲の記載について,発明の詳細な

説明の記載と対比して,広すぎる独占権の付与を排除する趣旨で設けられたもので

あるのに対し,実施可能要件の規定は,発明を実施するための明確でかつ十分な事

項を開示することなく,独占権の付与を受けることを防止する趣旨で設けられたも

のであり,その趣旨を異にするから,サポート要件について,実施可能要件を判断

するのと全く同様の手法によって解釈,判断することは許されない。

したがって,原告のキャピラリチューブの機能に関する実施可能性についての主

張は,サポート要件の規定の趣旨に反するものである。

イ 原告の主張について

(ア) 前記〔原告の主張〕(1)のウの(オ)は,審判手続で審理されたものではなく,

15
本件訴訟で新たに主張された無効理由であるが,審決取消訴訟では,審判手続にお

いて審理された無効理由についてのみ審理の対象となることから,審判手続におい

て審理されなかった新たな無効理由を主張することは許されない。

(イ) また,本件発明の課題は,ヒートポンプ式冷暖房機において,冷房運転時,

暖房運転時のいずれの場合も冷媒の凝縮能力だけを増大するようにして,ヒートポ

ンプ式冷暖房機の性能を向上させることであり(【0004】),追設コンデンサ

ーのガスパイプの径に関する本件明細書の記載(【0013】等)は,本件発明の

実施形態の説明の一部であり,原告は,その記載のみで本件発明の課題を誤って認

定している。

したがって,原告の上記主張は誤りである。

(2) 実施可能要件に係る判断の誤りについて

ア 本件審決は,審決引用例に基づき,冷房運転時には冷媒が室外熱交換器で凝

縮放熱した後,室外熱交換器側の複数本のキャピラリチューブで断熱膨張し,その

後,連通管を通って,室内側熱交換器側の複数本のキャピラリチューブで断熱膨張

し,暖房運転時には冷房運転時と逆のサイクルで冷媒を流すものが本件特許出願前

に知られており,このような連通管では,冷媒が流れる方向に関係なく,直前の複

数本のキャピラリチューブを通過した冷媒が連通管で蒸発吸熱せず,その後の複数

本のキャピラリチューブを通過後の熱交換器で蒸発吸熱が行われていると認定して

いる。そして,本件審決は,この技術的事項やキャピラリチューブの長さ,直径は

設計的事項として定められるものであって,これらを適宜変更することで減圧の程

度が調整できることに照らせば,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかっ

たりするキャピラリチューブ」を設けることは,本件特許出願前に当業者が実施

きたことであると判断している。この判断は,出願時の技術常識に基づくものであ

り,誤りがない。

そして,「冷媒の流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチ

ューブ」を設けることは,出願時において当業者が適宜実施できたものであるから,

16
このようなキャピラリチューブを追設コンデンサーの手前に設けることによって,

キャピラリチューブでの減圧を抑制し,追設コンデンサー内の冷媒温度を外気温度

よりも高くすることにより,追設コンデンサーで冷媒を常に凝縮させることができ

るのであって,追設コンデンサー内の冷媒温度を外気温度よりも高くして追設コン

デンサーで冷媒を常に凝縮させることは,発明の詳細な説明に記載された発明の実

施についての教示と出願時の技術常識とによって,当業者に過度の試行錯誤を強い

ることなく実施可能であるということができる。

また,原告は,冷媒の通路断面積を広げれば冷媒が減圧されて蒸発し,狭めれば

冷媒が加圧されて蒸発を防止できるかのような説明(【0013】【0019】)

には根本的な誤解があるとも主張しているが,冷媒の減圧は,断面積の小さい通路

から大きい通路に流れると発生するのである。したがって,複数本のキャピラリチ

ューブがガスパイプに接続され,複数本のキャピラリチューブの合計断面積とガス

パイプの断面積とがほぼ同じである場合,冷媒は,膨張,減圧しないでキャピラリ

チューブからガスパイプに流れる。発明の詳細な説明に記載された実施形態も,既

設コンデンサー側及び蒸発器側に複数本のキャピラリチューブが存在し,これらの

キャピラリチューブが1本のガスパイプに接続されているものであり,複数本のキ

ャピラリチューブの合計断面積をガスパイプの断面積とほぼ同じになるように調整

することにより,冷媒は,キャピラリチューブからガスパイプに流れてもガスパイ

プ内において膨脹,減圧しないのである。そして,キャピラリチューブの調整は,

本件特許出願前からヒートポンプ式冷暖房機で用いられる技術常識であるから,追

設コンデンサー手前のキャピラリチューブの調整によって,当該キャピラリチュー

ブでの冷媒の減圧を抑えることは容易である。

このように,発明の詳細な説明には,「冷媒が流れる方向によって機能したりし

なかったりするキャピラリチューブ」の実施可能性について,当業者がその実施

することができる程度に明確かつ十分に記載され,これにより,追設コンデンサー

内の冷媒温度を外気温度よりも高くして追設コンデンサーで冷媒を常に凝縮させる

17
ことができるのである。

イ 本件意見書について

本件意見書には,追設コンデンサーで冷媒を凝縮させることができる構成が示さ

れており(例5),発明の詳細な説明に記載された発明が実施可能なものであるこ

とを示している。

原告は,上記例5について,夏期としては低い外気温度(33℃)の場合にわず

かに凝縮できるにすぎず,冷房機として機能しなければならない冷暖房装置におい

て当業者が通常行う設計とはいい難いと主張しているが,外気温度33℃は必ずし

も低い温度とはいえず,室内で冷房機を用いることは当然考えられるから,外気温

度33℃に対応させることについて当業者が通常行う設計とはいい難いと断定する

ことはできない。そもそも,当業者が通常行う設計とはいい難いか否かの判断は,

サポート要件とは別次元のものである。

本件意見書の各例の計算結果からすると,既設コンデンサーの凝縮温度と外気温

度との温度差が大きいほど,追設コンデンサーで冷媒を凝縮することができるもの

と理解できるが,本件意見書では,既設コンデンサーの凝縮温度は40℃又は42℃

とされ,実施例1の48.6℃に比べて低く設定されているため,既設コンデンサ

ーの凝縮温度と外気温度との温度差が,実施例1の場合よりも小さくなっている。

したがって,既設コンデンサーの凝縮温度を実施例1と同じ48.6℃に設定すれ

ば,既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度との温度差が大きくなり,多くの条件

下において追設コンデンサーで冷媒を凝縮させることができるという結果が得られ

るものと理解できる。

ウ バイパス回路について

本件発明では,冷房運転,暖房運転のいずれの場合においても,追設コンデンサ

ーの手前のキャピラリチューブは必須の構成ではない。

また,本件発明の実施形態の構成にバイパス回路を追加することは容易に実施

能であるから,バイパス回路を設けた構成も本件発明に含まれるものである。実際,

18
バイパス回路を追加したものが頻繁に用いられており,このような形態は,本件発

明の実施にほかならない。

第4 当裁判所の判断

1 取消事由1(審判手続の違法)について

(1) 特許法150条5項は,審判手続において職権で証拠調べをしたときは,審

判長は,その結果を当事者に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機

会を与えなければならない旨規定しているところ,原告は,本件の審判手続におい

て,職権による審決引用例の証拠調べの結果を原告に通知せず,これらの書証につ

いて原告に意見を申し立てる機会を与えなかったことは,同項に違反する重大な手

続違背であると主張する。

(2) そこで検討すると,本件審決には,当事者の主張とこれに対する判断として,

次の記載がある。

ア 本件審判手続において,請求人である原告は,本件発明の無効理由として,

追設コンデンサーの手前に設けられたキャピラリチューブによる減圧により,冷媒

の蒸発が開始して,その温度は低下するはずであるところ,発明の詳細な説明にあ

る各実施例では,追設コンデンサー手前のキャピラリチューブはなぜか機能せず,

その後のキャピラリチューブのみが機能しているが,「冷媒が流れる方向によって

機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」は想定できないから,各実施

の内容はいずれも技術常識に反するとして,発明の詳細な説明が,当業者がその実

施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されてはいないと主張した。

イ これに対し,本件審決は,職権で審決引用例を援用し,「本件特許の出願前

に,室外側熱交換器に接続した複数本のキャピラリチューブと室内側熱交換器に接

続した複数本のキャピラリチューブとを連通管で連通した空気調和機の冷凍回路に

おいて,冷房運転時には,冷媒が圧縮機から四方弁を通り分岐点で分流し,室外熱

交換器で凝縮放熱し,複数本のキャピラリチューブで断熱膨脹した後合流して連通

管を通り,再度分流して複数本のキャピラリチューブに入り,ここで更に断熱膨脹

19
した後,室内側熱交換器で蒸発吸熱し,再度分岐点で合流して四方弁を経て圧縮機

に戻り,逆に,暖房運転時には冷房運転時とは逆のサイクルで冷媒を流すことが知

られており,この冷凍回路の連通管では,冷媒が流れる方向にかかわらず,その直

前の複数本のキャピラリチューブを通過した冷媒が連通管で蒸発吸熱せず,その後

の複数本のキャピラリチューブを通過後の熱交換器で蒸発吸熱が行われている。こ

の技術的事項及びキャピラリチューブの長さや直径が設計的事項として定められる

ものであって,これらを適宜変更することで減圧の程度が調節できることに照らせ

ば,「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」

を設けることは,本件特許出願前に当事者が実施できたことである。」と判断した

ものである。

(3) 以上の記載によると,本件審決では,本件特許出願当時の周知技術の認定に

審決引用例を用いたものであるところ,職権により周知技術についての証拠調べを

した場合,当事者の主張内容や当該技術の周知性の程度によっては,証拠調べの結

果を当事者に通知せず,これらの書証について当事者に意見を申し立てる機会を与

えなかったとしても,直ちに特許法150条5項の規定に違反するとまではいえな

いが,本件では,審決引用例に基づく周知技術の認定により原告の主張が排斥され

ていることや,後記第4の2(3)イ(ア)bのとおり,審決引用例からは,「冷媒が流

れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」が周知の技術

であるということはできないことに鑑みると,証拠調べの結果を原告に通知し,相

当の期間を指定して意見を述べる機会を与えるべきであったというべきである。

しかし,審決引用例の記載からは,「冷媒が流れる方向によって機能したりしな

かったりするキャピラリチューブ」が周知の技術であるといえないものの,後記第

4の2(3)イ(ア)bのとおり,このようなキャピラリチューブが存在しなくても,本

件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に欠けるものとはならないから,

審決引用例についての証拠調べの手続に違法があったとしても,結果として,これ

が本件審決の結論に影響を及ぼすものとはいえない。

20
(4) 小括

以上によれば,取消事由1は理由がない。

2 取消理由2(記載要件に係る判断の誤り)について

(1) 本件明細書の発明の詳細な説明には,概略,次の記載がある。

ア 本件発明は,ヒートポンプ式冷暖房機において,冷房運転時,暖房運転時の

いずれも冷媒ガスの凝縮能力だけが増大するようにして,冷房運転では冷媒ガスの

凝縮をよくして飽和を防ぎ,暖房運転では追設,増大した凝縮器より出る温風を蒸

発器となるコンデンサーに送り,コンデンサーで熱交換する大気温度を高くして,

コンデンサーに霜が付着するのを防ぐとともに,追設,増大した凝縮器からの放熱

カロリー分,ヒートポンプ式冷暖房機の性能を向上させるものである【0004】。
( )

イ 請求項1記載の発明は,コンプレッサーと既設コンデンサーを四方弁を介し

たガスパイプで結び,既設コンデンサーの冷媒ガス出口に設置したキャピラリチュ

ーブと,内部のガスパイプ回路の管を既設コンデンサー内のガスパイプ回路の管の

内径の80%以内又は断面積を64%以下と細くした追設コンデンサーとをガスパ

イプで結び,追設コンデンサーと蒸発器のキャピラリチューブをガスパイプで結び,

蒸発器の冷媒ガス出口と,コンプレッサーとを,四方弁を介したガスパイプで結ん

で,冷房運転と暖房運転を切替え可能としたことを特徴とするヒートポンプ式冷暖

房機において,ガスパイプ側にコンプレッサーより冷媒ガスを吐出して既設コンデ

ンサーに送り,既設コンデンサーで大気又は冷却水と熱交換して凝縮させ,ガスパ

イプを通って追設コンデンサーに送り,そこで再び放熱して更に凝縮させて,ガス

パイプを通って,蒸発器に設置したキャピラリチューブで減圧し,蒸発器に送って

蒸発させたのち,ガスパイプで冷媒ガスをコンプレッサーに戻す冷房運転と,コン

プレッサーよりガスパイプに冷媒ガスを吐出し,蒸発器を既設コンデンサーとして

作動させて凝縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサーに送り,再び放熱させ

て更に凝縮させ,ガスパイプで冷媒ガスを,既設コンデンサーに設置したキャピラ

リチューブに送り,そこで減圧して既設コンデンサーに送って,既設コンデンサー

21
を蒸発器として作動させて蒸発させたのち,ガスパイプを通ってコンプレッサーに

戻す暖房運転とを,四方弁で切り替え可能とし,冷房運転,暖房運転のいずれの場

合でも追設コンデンサーで,冷媒ガスを放熱して凝縮を進めることを特徴とするも

のである(【0005】)。

ウ 請求項2記載の発明は,請求項1記載の発明に加え追設コンデンサーの熱交

換能力を,既設コンデンサーの熱交換能力の20%以上,好ましくは30%以上と

するものである(【0006】)。

エ 請求項3記載の発明は,請求項1又は2記載の発明に加えて,空冷式ヒート

ポンプでは既設コンデンサーの大気吸い込み側に,追設コンデンサーを張り合わせ

るように取り付け,ファンで吸引された大気が追設コンデンサーを通過したのち,

既設コンデンサーを通過するようにし,冷媒ガスは既設コンデンサーで追設コンデ

ンサーを通った大気と熱交換したのち,追設コンデンサーに送られて大気と熱交換

するようにしたものである(【0007】)。

オ (図1の実施形態による)冷房運転時,既設コンデンサーのキャピラリチュ

ーブを出た冷媒ガスの状態をガスパイプの表面温度より観察すると,大気温度(3

5℃)と同程度のガスパイプの表面温度は,コンプレッサーが作動して約30秒後

から下降し始め,約30秒間下降して20℃になる。これはキャピラリチューブを

出た冷媒ガスの一部が蒸発しているためである。約30秒静止した後,温度が上昇

し始め,約2分後には既設コンデンサーのキャピラリチューブ入口のガスパイプ表

面温度と同温になる。キャピラリチューブを出た冷媒ガスは,ガスパイプで一旦蒸

発を始めるが,追設コンデンサーのガスパイプの断面積が小さいためにそれ以上蒸

発せず,追設コンデンサー内は液状の冷媒ガスで充満するようになり,この時点よ

り凝縮を始める追設コンデンサーは熱交換がよいので凝縮が進み,更に液化がよく

なった冷媒ガスで充満し,キャピラリチューブは,液状の冷媒ガスが通過するだけ

になる(【0018】)。

これを追設コンデンサーの冷媒ガス入口,出口双方に取り付けた液面計より観察

22
すると,入口ではコンプレッサーが作動した約30秒後から,液とガスが混合して

吹き出すのが見られるが,段々と泡の混じった液状の冷媒ガスが充満していくのが

見られるようになり,この時点で蒸発は止まる。追設コンデンサーの出口に付けら

れた液面計より観察すると,ほとんど泡のない状態の冷媒ガスが通過しているのが

見られる。追設コンデンサーの冷媒ガス入口より出口まで通過する間に,冷媒ガス

の温度は約10℃下降するが,追設コンデンサーを通った大気温度は,冷媒ガス入

口付近で10℃,出口付近で0.2℃,平均して5℃上昇しており,追設コンデン

サーの全ての個所で放熱し,凝縮器として作動しているのがわかる。追設コンデン

サー入りの大気温度より,出の大気温度の上昇が1℃以上になったときは,冷媒ガ

スは完全に凝縮している。この追設コンデンサーは,冷媒ガス入口より出口までガ

ス回路を一本にして,冷媒ガスの流れる距離を長くすると,冷媒ガスは蒸発せずに

よく凝縮する(【0019】)。

(図1の実施形態による)暖房運転では,四方弁で冷媒ガス回路は切り換えられ,

冷媒ガスは蒸発器に送られて凝縮した後,追設コンデンサーに送られて流れが逆に

なるが,冷房運転と同様,追設コンデンサーは凝縮器として作動する。暖房運転で

は,追設コンデンサーは室外機に取り付けてあるので,室内機内の蒸発器と追設コ

ンデンサーとを結ぶガスパイプの距離は長くなるが,この場合もガスパイプは最初

温度は下がるがすぐに上昇する。追設コンデンサーの冷媒ガス入口の液面計より観

察すると,泡混じりの液化ガスが流れているのがわかる。一般に,キャピラリチュ

ーブを出た冷媒ガスは,次の熱交換器では蒸発するが,本件発明は,追設コンデン

サーのガス回路の断面積を少なくしているのと,冷媒ガスが流れる回路の距離を長

くしているので,追設コンデンサーはつねに凝縮器として作動する 【0019】 。
( )

カ 〔実施例1〕

室外機内のコンデンサーを出て,室内機内の蒸発器に至るガス回路に,コンデン

サー1個を追設し,既設コンデンサーを出た冷媒ガスは,追設コンデンサーを通っ

て蒸発器に送るようにした(【0026】)。

23
キ このように追設コンデンサーを取り付けたヒートポンプ式冷暖房機の運転状

況を測定したデータを示す(温度は℃,圧力はs/p2である。)。

〔冷房運転〕「大気温度33.6,コンプレッサー頭部温度62.5,コンプレ

ッサー吐出ガス温度75.3,既設コンデンサー入りのガス温度73.1,既設コ

ンデンサー出のガス温度48.6,追設コンデンサー入りのガス温度48.5,追

設コンデンサー出のガス温度37.7,蒸発器出のガス温度8.6,コンプレッサ

ー入りのガス温度8.8,追設コンデンサー入りの大気温度33.5,追設コンデ

ンサー出の大気温度38.5,既設コンデンサー入りの大気温度36.4,既設コ

ンデンサー出の大気温度45.2,蒸発器入りの大気温度23.5,蒸発器出の大

気温度12.5,コンプレッサー出のガス圧力16.5,コンプレッサー入りのガ

ス圧力4.1,・・・」(【0028】)

〔暖房運転〕「大気温度6.2,コンプレッサー頭部温度58.7,コンプレッ

サー吐出ガス温度67.2,室内機・蒸発器入りのガス温度66.3,室内機・蒸

発器出のガス温度31.5,室外機・追設コンデンサー入りのガス温度31.5,

室外機・追設コンデンサー出のガス温度11.1,室外機・既設コンデンサー出の

ガス温度2.1,コンプレッサー入りのガス温度2.3,追設コンデンサー入りの

大気温度6.2,追設コンデンサー出の大気温度13.6,既設コンデンサー入り

の大気温度11.3,既設コンデンサー出の大気温度4.5,室内機・蒸発器入り

の大気温度19.6,室内機・蒸発器出の大気温度33.2,コンプレッサー出の

ガス圧力14.5,コンプレッサー入りのガス圧力3.1,・・・」

上記データに示すように,冷房運転,暖房運転ともに充分良好な運転状態である。

冷房運転では,追設コンデンサーで48.5℃のガス温度が37.7℃と10.8℃

下降しており,暖房運転では31.5℃のガス温度が11.1℃と20.4℃下降

している。冷房運転では,追設コンデンサーでガス温度が下降している分,今まで

より多く放熱されており,その分吸熱,冷却カロリーが多くなる。凝縮が充分なた

め運転圧力も低く,冷媒ガスが飽和することもないのである。暖房運転では,追設

24
コンデンサーの設置した個所では平均7.4℃大気温度が上昇しており,その分既

設コンデンサーの吸熱はよくなる。既設コンデンサー入りの大気温度は,追設コン

デンサーのない個所を含めた平均で,11.3℃と平均5.1℃上昇し,吹き出し

温度も4.5℃であり霜が付着しにくくなる(【0029】)。

ク 〔実施例2〕

室外機内の既設コンデンサーを出て室内機内の蒸発器に至るガス回路に,追設コ

ンデンサー2個を順次接続したのち,室内機の蒸発器に至るガスパイプで結ぶ。既

設コンデンサーで凝縮した冷媒ガスは,追設コンデンサー2個を通って,更に凝縮

される(【0031】)。

ケ 上記実施例2のヒートポンプ式冷暖房機の運転状況を測定したデータを示す

(温度は℃,圧力はs/p2である。)。

〔冷房運転〕「大気温度30.7,コンプレッサー頭部温度46.3,コンプレ

ッサー吐出ガス温度69.3,既設コンデンサー入りのガス温度67.7,既設コ

ンデンサー出のガス温度41.3,追設コンデンサー入りのガス温度41.4,追

設コンデンサー出のガス温度33.5,蒸発器キャピラリチューブ入りガス温度3

3.4℃,蒸発器入りのガス温度10.3℃,蒸発器出のガス温度7.9,コンプ

レッサー入りのガス温度8.3,追設コンデンサー入りの大気温度30.3,追設

コンデンサー出の大気温度34.2,既設コンデンサー入りの大気温度34.2,

既設コンデンサー出の大気温度46.3,蒸発器入りの大気温度20.6,蒸発器

出の大気温度9. コンプレッサー側ガス圧力8. 蒸発器側ガス圧力1. ・・
1, 5, 6, 」


(【0033】)

〔暖房運転〕「大気温度9.3,コンプレッサー頭部温度42.2,コンプレッ

サー吐出ガス温度62.8,室内機・蒸発器入りのガス温度62.8,室内機・蒸

発器出のガス温度36.2,室外機・追設コンデンサー入りのガス温度36.0,

室外機・追設コンデンサー出のガス温度27.6,室外機・既設コンデンサーキャ

ピラリチューブ入りのガス温度27. 室外機・コンデンサー出のガス温度11.
6,

25
5,コンプレッサー入りのガス温度10.5,室内機・蒸発器入りの大気温度16.

8,室内機・蒸発器出の大気温度38.1,室外機・追設コンデンサー入りの大気

温度9.2,室外機・追設コンデンサー出の大気温度15.3,室外機・既設コン

デンサー入りの大気温度15.3,室外機・既設コンデンサー出の大気温度6.7,

コンデンサー側ガス圧力9.8,蒸発器側ガス圧力5.8・・・」

上記データに示すように,冷房運転,暖房運転ともに充分良好な運転状態である。

冷房運転では,追設コンデンサーで41.4℃のガス温度が33.5℃と7.9℃

下降し,追設コンデンサー入りの大気温度30.3℃が34.2℃と3.9℃上昇

しており,放熱が充分で凝縮が良くなっている。暖房運転では,追設コンデンサー

で36.0℃のガス温度が27.6℃と8.4℃下降し,追設コンデンサー入りの

大気温度9.2℃が15.3℃と6.1℃上昇しており,放熱が充分で凝縮が良く

なっている(【0034】)。

(2) サポート要件に係る判断の誤りについて

ア 特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するものであるか否かについ

ては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な

説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるも

のと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆

がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決さ

れるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。

そこで,以上の観点から,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するもの

であるか否かについて検討する。

イ 上記(1)の記載からすると,本件発明は,冷房運転時,暖房運転時のいずれも

冷媒ガスの凝縮能力だけが増大するように工夫したものであって,冷房運転では,

冷媒ガスの凝縮をよくして飽和を,暖房運転では,追設,増大した凝縮器より出る

温風を蒸発器となるコンデンサーに送り,コンデンサーで熱交換する大気温度を高

くして,コンデンサーに霜が付着するのを防ぐとともに,冷房運転でも,暖房運転

26
でも,追設,増大した凝縮器よりの放熱カロリー分,ヒートポンプ式冷暖房機の性

能を向上させるという技術課題について,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも,

追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮を進めることにより解決することを特

徴とするものであるところ,発明の詳細な説明には,冷房運転,暖房運転のいずれ

も場合でも追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されること

が,具体例とともに記載されている。

したがって,発明の詳細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載さ

れた発明の技術課題が解決されるものと認識し得る程度の記載があるということが

できる。

ウ 原告の主張について

(ア) 第3の2の〔原告の主張〕ウの(ア)について

原告は,冷房運転と暖房運転の両方の場合に追設コンデンサーで凝縮を進めるた

めには,いずれの運転条件においても,@追設コンデンサー入口の段階で冷媒が完

全には液化しておらず,なお飽和状態にあること,A追設コンデンサー内の冷媒温

度が外気又は冷却水の温度よりも高いことの2点が必要となるところ,本件発明で

は,上記条件Aを満たさない場合が存在すると主張する。

この点については,本件明細書の図1の実施形態と同様の構成において,冷房運

転時での追設コンデンサーでの凝縮の有無を計算モデルによりシミュレーションし

た本件意見書では,ほとんどの例では凝縮がみられず,外気温度が33℃の場合(例

5)についてのみ凝縮するという結果が示されている。発明の詳細な説明に記載さ

れた実施例1では,既設コンデンサーの凝縮温度(既設コンデンサー出のガス温度

48.6℃)と外気温度(33.6℃)との温度差が本件意見書の各例より大きな

場合を想定し,その場合には,追設コンデンサーでの凝縮が進み,「冷房運転では,

追設コンデンサーでガス温度が下降している分,今までより多く放熱されており,

その分吸熱,冷却カロリーが多くなる。凝縮が充分なため運転圧力も低く,冷媒ガ

スが飽和することもないのである。」(【0029】)という効果を奏するもので

27
あるが,ヒートポンプ式冷暖房機について,冷房運転を実施する際の条件としては,

実施例1や本件意見書の例5のように既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度の差

が大きな場合だけでなく,本件意見書の他の例のようにその温度差が小さな場合も

あるのであって,かかる場合には,本件発明の上記効果を奏することができない可

能性があるといえる。

しかしながら,一般に,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明

に記載された実施例とは異なる条件で実施された場合にあっては,発明の詳細な説

明に記載された効果を奏しないことがあることは想定されるのであって,全ての設

計条件,環境条件の下で常にその効果が奏するものでないからといって,発明の詳

細な説明には,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決さ

れるものと認識し得る程度の記載がないとして,サポート要件が否定されるべきも

のとはいえない。

(イ) 前記〔原告の主張〕ウの(イ),(エ)及び(オ)について

原告は,追設コンデンサー手前のキャピラリチューブを通過した冷媒は,外気又

は冷却水の温度を下回ることを前提として,追設コンデンサーで凝縮されることは

あり得ないとか(原告の主張(イ)),審判事件答弁書での被告の主張は追設コンデ

ンサーで蒸発しない理由について何ら説明するものではないとか(同(エ)),発明

の詳細な説明には,追設コンデンサーで更に冷媒の凝縮を進めることができないと

いう減圧問題の課題を解決する情報が示されていない(同(オ))などと主張する。

しかしながら,前記(1)キ及びクのとおり,発明の詳細な説明に記載された各実施

例では,冷房運転時においても,暖房運転時においても,いずれも追設コンデンサ

ーを通過する冷媒の温度は,外気の温度を上回っているものであり(詳細は,以下

のa及びbのとおり),追設コンデンサー手前のキャピラリチューブにより外気又

は冷却水の温度を下回ってしまった冷媒が,追設コンデンサーで凝縮されることは

あり得ないとする原告の主張は,その前提において誤っており,これを採用するこ

とはできない。

28
実施例1

冷房運転時 追設コンデンサーを通過する冷媒の温度 48.5〜37.7℃

外気の温度 33.6℃

暖房運転時 追設コンデンサーを通過する冷媒の温度 31.5〜11.1℃

外気の温度 6.2℃

実施例2

冷房運転時 追設コンデンサーを通過する冷媒の温度 41.4〜33.5℃

外気の温度 30.7℃

暖房運転時 追設コンデンサーを通過する冷媒の温度 36.0〜27.6℃

外気の温度 9.3℃

なお,被告は,前記〔原告の主張〕ウの(オ)は本件訴訟になって初めて主張され

たものであり,審判手続において審理されなかった新たな無効理由を主張すること

はできないと主張するが,本件の審判手続において,原告は,口頭審理陳述要領書

(甲12)により,「追設コンデンサーに入る前に,キャピラリチューブを通過さ

せて,冷媒を減圧し,かつ,冷媒温度を低下させてしまうと,特に外気温が高い夏

の冷房運転時には,外気への放熱を伴う凝縮を継続できず,管の内径の80%以内

又は断面積を64%以下との数値限定だけでは,追加コンデンサーで凝縮できるわ

けではなく,実施不可能な場合を含むから,サポート要件に違反する」旨主張して

いるのであり,この主張の内容は,原告の主張オと実質的に同じものであるから,

原告の主張オは,本件訴訟で始めて主張されたものとはいえず,被告の上記主張は

採用できない。

(ウ) 前記〔原告の主張〕ウの(ウ)について

原告は,発明の詳細な説明における各実施例の温度変化のデータからすると,追

設コンデンサー手前のキャピラリチューブは機能せず,その後のキャピラリチュー

ブのみが機能していることを示しているが,「冷媒が流れる方向によって機能した

りしなかったりするキャピラリチューブ」は存在しないから,各実施例は,いずれ

29
技術常識に反する実施不可能なものであり,本件発明の実施可能性を裏付けるも

のではないと主張する。

しかしながら,キャピラリチューブを通過する冷媒の温度や圧力が,キャピラリ

チューブやキャピラリチューブに繋がるガスパイプの寸法設計,キャピラリチュー

ブの内部壁面の状態及び冷媒の相変化の状態等の影響を受けることは技術常識であ

るから,各実施例において,追設コンデンサー手前のキャピラリチューブを通過す

る冷媒はほとんど温度変化がないのに対し,その後のキャピラリチューブを通過す

る冷媒については温度低下が生じていることが,追設コンデンサー後のキャピラリ

チューブのみが機能し,その手前のキャピラリチューブは機能していないことを示

すものとはいえない。

したがって,追設コンデンサーの前後に設けられたキャピラリチューブを通過す

る冷媒の温度変化の状況から,直ちに各実施例の内容に誤りがあるとはいえず,原

告の主張は採用できない。

(3) 実施可能要件に係る判断の誤りについて

実施可能要件は,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時の

技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することができ

る程度に発明の詳細な説明を記載することを求めるものであるところ,前記(1)のと

おり,発明の詳細な説明には,冷房運転,暖房運転のいずれの場合でも追設コンデ

ンサーで,冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が

開示されているのであり,当業者が,明細書及び図面に記載された事項と出願当時

技術常識に基づき,特許請求の範囲に記載された発明を容易に実施することがで

きる程度の記載がされているといえる。

イ 原告の主張について

(ア) 第3の2の〔原告の主張〕(2)のアについて

a 原告は,発明の詳細な説明には,減圧問題を克服して追設コンデンサーで凝

縮を進める原理を正しく明らかにした記載がないと主張する。

30
b しかしながら,発明の詳細な説明には,各実施例により,追設コンデンサー

で冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成されることを裏付ける具体例が開示され

ている。

なお,前記1のとおり,本件審決は,審決引用例を援用して,本件特許出願当時,

「冷媒が流れる方向によって機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」を

設けることは,当事者が実施できたことであると認定しているところ,実願昭60

−42257号(実開昭61−159769号公報)のマイクロフィルム(甲17)

には,「冷房運転時,冷媒は,圧縮機から四方切換弁を通り分岐点で3つの分流さ

れ,室外側熱交換器の3つのサーキットを別々に流れる際にそれぞれ凝縮放熱して

これら各サーキットにそれぞれ接続された絞りに入る。ここで断熱膨脹した後合流

して連通管を通り,再度分流して絞りに入る。ここで更に断熱膨脹した後室内側熱

交換器に入り,ここでそれぞれ蒸発吸熱する」との記載があり,実願昭60−73

444号(実開昭61−189153号公報)のマイクロフィルム(甲18)にも,

同様の記載があって,連通管手前の絞りにおいても断熱膨脹(すなわち冷媒の減圧)

が行われることが記載されているから,審決引用例から「冷媒が流れる方向によっ

て機能したりしなかったりするキャピラリチューブ」の存在を認めることはできな

いが,このようなキャピラリチューブが存在しないとしても,発明の詳細な説明

は,各実施例により,追設コンデンサーで冷媒ガスを放熱して凝縮することが達成

されることが明らかにされているのであるから,「冷媒が流れる方向によって機能

したりしなかったりするキャピラリチューブ」が存在しないことによって,実施

能要件が否定されるものではない。

c また,請求項1には,「ガスパイプ側にコンプレッサーより冷媒ガスを吐出

して既設コンデンサーに送り,既設コンデンサーで大気又は冷却水と熱交換して凝

縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサーに送って放熱してさらに凝縮させ,

ガスパイプを通って蒸発器に設置したキャピラリチューブで減圧し,蒸発器に送っ

て蒸発させたのち,ガスパイプで冷媒ガスをコンプレッサーに戻す冷房運転」 「コ


31
ンプレッサーよりガスパイプに冷媒ガスを吐出し,蒸発器をコンデンサーとして作

動させて冷媒ガスを凝縮させ,ガスパイプを通って追設コンデンサーに送って放熱

してさらに凝縮させ,ガスパイプで冷媒ガスを既設コンデンサーに設置したキャピ

ラリチューブに送って減圧し,既設コンデンサーに送って既設コンデンサーを蒸発

器として作動させて冷媒ガスを蒸発させたのち,ガスパイプを通ってコンプレッサ

ーに戻す暖房運転」と記載され,本件発明では,冷房運転,暖房運転のいずれの場

合においても,冷媒が追設コンデンサー手前のキャピラリチューブを通過すること

は必須の構成とされていない。

そして,四方弁により冷房運転と暖房運転を切り替えられるヒートポンプ式冷暖

房機において,その熱交換能力を向上させるために室外に追設コンデンサーを設置

する発想は,本件特許出願前から存在し(甲1〜5),そのような先行技術では,

既設コンデンサーの凝縮温度と外気温度との差が小さい冷房運転時に二段階で凝縮

を進めるために,追設コンデンサー入口側のバイパスする逆止弁付き回路が設けら

れていたものである(原告準備書面(2)9頁等)。このように,本件特許出願当時に

おいて,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける技術は周知のものであっ

たところ,本件明細書には,バイパス回路を付加した構成を排除する旨の記載はな

いから,本件発明は,追設コンデンサー入口側にバイパス回路を設ける構成を含む

ものであるということができる。

したがって,当業者は,発明の詳細な説明に記載された事項に当時の周知技術

あるバイパス回路を付加することによっても,特許請求の範囲に記載された発明を

容易に実施することができるものといえる。

(イ) 前記〔原告の主張〕(2)のイのについて

原告は,発明の詳細な説明には,「冷房運転の場合,追設コンデンサーのガスパ

イプの径が,既設コンデンサー,蒸発器のガスパイプの径と同等以上であれば当然

蒸発する。暖房運転では,追設コンデンサーは室外機に取り付けるので,既設コン

デンサーの管径と同程度であれば当然蒸発するのである,追設コンデンサーの冷媒

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ガス回路の径の断面積を少なくすることが必要である」(【0013】)や,「一

般にキャピラリチューブを出た冷媒ガスは,次の熱交換器では蒸発するのが当然で

あるが,本件発明は,追設コンデンサーのガス回路の断面積を少なくしているので,

追設コンデンサーは常に凝縮器として作動する」(【0019】)など,誤った教

示があると主張する。

しかしながら,上記各記載は,追設コンデンサーのガスパイプの径の断面積を少

なくすることにより,冷媒ガスが追設コンデンサーで減圧されて蒸発するのを防止

するという趣旨であるところ,ガスパイプの径の断面積を少なくすることが冷媒ガ

スの減圧の防止に繋がるというのは,技術常識に反するものではないから,上記記

載が誤った教示であるとはいえない。

(ウ) 前記〔原告の主張〕(2)のウについて

原告は,発明の詳細な説明には,ヒートポンプ式冷暖房機の具体的な設計が記載

されていないと主張する。

しかしながら,本件発明は,請求項1のとおり,「コンプレッサーと既設コンデ

ンサーを四方弁を介したガスパイプで結び,既設コンデンサーの冷媒ガス出口に設

置したキャピラリチューブと,内部のガスパイプ回路の管を前記既設コンデンサー

内のガスパイプ回路の管の内径の80%以内又は断面積を64%以下と細くした追

設コンデンサーとをガスパイプで結び,追設コンデンサーと蒸発器のキャピラリチ

ューブをガスパイプで結び,蒸発器の冷媒ガス出口とコンプレッサーとを四方弁を

介したガスパイプで結んだ」構成のヒートポンプ式冷暖房機に関するものであると

ころ,コンデンサーやキャピラリチューブ等の部材は,本件発明についてのみ用い

られるものではなく,冷暖房機の製造に一般的に用いられているものであるし,発

明の詳細な説明に記載された構成や設計事項のほかに,各実施例に則して本件発明

実施する上で,ヒートポンプ式冷暖房機の構成や設計について,格別の配慮を要

すべき事項はうかがわれないから,本件発明を実施するためのコンデンサーやキャ

ピラリチューブの寸法等は,当業者による適宜の設計事項であるというべきであり,

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その具体的な設計が詳細に示されていなければ,その実施について,当業者に対し

て過度の試行錯誤を強いるものであるとはいえない。

(4) 小括

以上によれば,取消事由2も理由がない。

3 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部


裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




裁判官 部 眞 規 子




裁判官 齋 藤 巌




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