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関連審決 不服2004-24934
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 確実性 /  有用性 /  容易に実施 /  周知技術 /  実施可能要件 /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  化学構造 /  パリ条約 /  優先権 /  分割出願 /  援用権(援用) /  優先日 /  参酌 /  均等 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10361号 審決取消請求事件
原告シドニー・サウス・ウエスト・エリア・ヘルス・サービス
訴訟代理人弁理士田中光雄,伊藤晃,矢野正樹,冨田憲史
被告特許庁長官鈴木隆史
指定代理人松波由美子,鵜飼健,徳永英男,森山啓
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/09/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2004-24934号事件について平成19年6月12日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が特許出願をして拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,請求が成り立たないとの審決がされたので同審決の取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(争いのない事実)原告は,平成元年7月14日(パリ条約による優先権主張1988年7月15日,1989年3月23日いずれもオーストラリア)に出願した特願平01-507672号の一部を平成13年1月26日に分割出願した特願2001-018464号について,更にその一部を,発明の名称を「インスリン様成長因子(IGF)結合蛋白複合体の酸不安定サブユニット(ALS 」として,平成15年5月 )21日,分割出願(以下「本件出願」という )したが,平成16年9月7日付け 。
,, , で拒絶査定を受けたので 同年12月6日 同拒絶査定に対する不服審判を請求し平成17年1月5日,手続補正(以下「本件補正」という )をした。 。
特許庁は,上記請求を不服2004-24934号事件として審理し,平成19年6月12日 「本件審判の請求は成り立たない 」との審決をし,その謄本は同年 , 。
同月26日原告に送達された。
2発明の要旨審決が対象とした発明は,本件補正後の明細書(甲1,2。以下「本願明細書」という )における特許請求の範囲の請求項1に記載されたものであり,その要旨 。
は次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。なお,請求項の数は5個である )。
「 請求項1】配列【XaaAspProGlyThrProGlyGluAlaGluGlyProAlaCysProAlaAlaCys -(配列番号:1)[式中,該最初のアミノ酸XaaはGlyまたはAlaであってよい]を有するインスリン様成長因子の酸不安定サブユニット(ALS)の部分的なN末端アミノ酸配列を得るために必要な程度まで精製され,さらに,複合体形成しないIGF-I,IGF-?U,またはBP-53に結合するその無能力,およびIGF-Iと複合体を形成した場合にはBP-53に結合するその能力によって特徴付けられ,ここに該ALSは還元または非還元ポリアクリルアミドゲル電気泳動によって測定して約84ないし86kDaの分子量を有し,N-グルカナーゼで処理した後は66kDaの分子量を有する該ALSをコード付けする組換え核酸配列 」。
3審決の理由の要点審決は,本件出願は,平成2年法律第30号による改正前の特許法(以下,単に「特許法」という )36条3項及び4項1号の規定する各要件を満たしていない 。
から拒絶すべきものであるとした。
審決が上記結論に至った理由は,以下のとおりである。
(1)特許法36条3項違反ア発明の詳細な説明の記載「(),(,「」。), 1 本願発明は本願明細書及び図面 以下本願明細書等というを参酌すれば単離・精製され,且つ,N末端の18残基のアミノ酸配列が明らかであるインスリン様成長因子の酸不安定サブユニット(ALS)をコード付けする組換え核酸配列に係るものであると認められる。
そして,当該組換え核酸配列について,本願明細書等には,以下の記載がある。
ア 「 0026】組換えALScDNAを得るにおいて有用と考えられる方法は,マニアティ .【スら Maniatis et al1982モレキュラー・クローニング:ア・ラボラトリー・マニュ (),,「アル Molecular Cloning: A Laboratory Manualコールドスプリングハーバー研究所 ニュー ( ), ,ヨーク,1〜545頁に含まれている。簡単に言えば,ポリアデニル化mRNAを肝臓のごとき適当な細胞または組織源から得る。所望により,mRNAをアガロースゲル,または密度勾配遠心で分画し,翻訳させ,例えば免疫沈降によってALSについて検定する。富化または非富化mRNAをcDNA合成の鋳型として使用する。cDNAクローンのライブラリーは(ホモポリマーテイリング法を用い)pBR322または他のベクターのごときベクターのPstI部位に構築し;あるいは(EcoRIリンカーのごとき)リンカーをcDNA末端に結び,次いで該リンカーに相補的な部位を有するベクターにクローン化することによって構築される。次いで,ライブラリーにおけるベクター中の特異的cDNA分子を,ALSの前記N-末端アミノ酸に基づく特異的オリゴヌクレオチドを用いて選択する。別法として,商業的に入手可能なヒト・ラムダライブラリーをオリゴヌクレオチドでスクリーニングできる。別法アプローチにおいて,ラムダgt11のごとき発現ベクターにcDNAを挿入し,精製したALSに対し生じた特異性抗体と発現蛋白との反応に基づいて選択する。いずれにせよ,同定したならば,次いで,ALSのすべてまたは一部をコード付けするcDNA分子を発現ベクターに結ぶ。さらに遺伝子操作をルーチン的に行って使用する特定の宿主におけるcDNAの発現を最大化することができる,。」イ 「 0042】実施例3ALSのアミノ末端配列 .【標準的なPTHプログラムを用い,120A PTHアナライザーにカップリングしたアプラ() , イド・バイオシステムズ Applied Biosystems 470A自動気相蛋白シーケンサーを用いてエドマン分解により,ALSのN-末端配列をHPLC精製物質の35μl試料で決定した。
メルカプトエタノールでの還元およびヨード酢酸でのカルボキシメチル化の後,Cys残基は第2の試料で確認された。
【0043】2の決定において,アミノ末端分析は,分析した調製物は単一提供者の血清からのものであったという事実に拘わらず,第1残基についてほぼ等モル量のGlyおよびAlaを示した。最初の18残基の分析により,配列 Gly(Ala)-Asp-Pro-Gly-Thr-Pro-Gly-Glu-Ala-Glu-Gly-Pro-Ala-Cys-Pro-Ala-Ala-Cys-(配列番号:1)が得られ,14および18位における該Cys残基は還元されかつカルボキシメチル化された試料で確認された。このアミノ酸配列は他のIGF蛋白またはレセプターに対し明白な相同性を示さなかった 」。
上記ア.及びイ.の記載によれば,本願明細書等には,単離されたALSのアミノ末端配列の18残基のアミノ酸配列を決定したことは記載されているが,該ALSをコード付けする組換え核酸配列については,その塩基配列は開示されておらず,また,ALSのcDNAといったALSをコード付けする核酸をクローニングした具体例の記載はなく,上記ア.のような手法によりクローニングできるであろうという予測が記載されているに過ぎない(審決2頁2。」3行〜3頁末行)イ実施可能性についての判断「 2)そこで,上記のような本願明細書等の記載から,本願発明が,本願出願日時点にお (いて当業者が容易に実施可能であったかどうかについて,以下に検討する。
審判請求人は,平成18年10月10日付けの回答書において 「出願時での当該技術分野 ,,, , の技術常識に照らして 当業者は 配列番号1により表される部分的アミノ酸配列に基づいてALSをコードするヌクレオチド配列を誘導できた (第2頁下から第8〜6行)旨,主張す 」る。
その根拠として 「配列番号1に記載されたアミノ酸配列が与えられると,容易に縮重オリゴ ,ヌクレオチド・プローブを設計することができた(第3頁第7〜10行「早くも1982 。」),年にさえ,核酸ライブラリーをスクリーニングするためのプローブとしての縮重オリゴヌクレオチドの使用は,ルーチンと考えられ,それ自体が過度の実験を含まなかった。すなわち,部分的アミノ酸配列を用いて核酸を得ることは,出願時点の当該技術分野において十分に技術常識内にあった(第5頁末行〜第6頁第10行)と述べ 「蛋白質の部分的アミノ酸配列から 。」 ,生成されたオリゴヌクレオチド・プローブを用いて,蛋白質をコードする全長cDNAクローンの単離」できた例を,上記回答書に添付した参考資料1〜6により示している。
確かに,単離された蛋白質の部分配列に基づき該蛋白質をコードするDNAをクローニングする手法が周知技術であり,そのような周知技術の適用により実際にクローニングされたDNAも多く知られている。しかし,であるからといって,その手法を採用すれば確実にDNAのクローニングができるということにはならない。
すなわち,遺伝子工学という生物を対象とした技術は,生物が複雑な系であるため,機械や電気等の技術ほど因果関係が確実とはいえず,予想された結果についても,実験を行って確認してみなければ,それが実際に起こるか否かが明確ではないという性質を有するものであることは明らかである。それは,遺伝子のクローニング技術についても同様であり,蛋白質が精製され,その部分配列が明らかである場合でも,必ずしも目的の遺伝子のクローニングに成功するとは限らないことは周知である。
このような遺伝子工学技術の性格を前提とすれば,本願明細書の発明の詳細な説明に,一般的なクローニング手法が記載されていたとしても,それをもって直ちに当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明が記載されているということはできないものというべきである。なぜなら,一般的な手法として成功の可能性がある方法が存在するとしても,現実の成功例が知られていない以上,当業者は,必ずしも成功するとはいえない手法についてそれが実際に成功するか否かについて確認をしなければならないことになり,このようなとき,特許権という独占権を与えるに値する十分な開示が本願明細書になされているとすることは,特許制度の趣旨にもとるものであり,明らかに不合理であるというべきであるからである。
特に,上記回答書において,審判請求人が 「配列番号1に記載されたアミノ酸配列を含む ,ALSポリペプチドをコードする核酸配列が,本願明細書に記載した方法を用いて,かつ出願時点での当該技術分野での技術常識内にある方法を用いて,単離できた」ことを示すために用いた Molecular Endocrinology,1992, Vol.6, p.870-6 については,N末端アミノ酸配列に基づいて作成したプローブを用いたクローニングが失敗し,ALSのほかの部分ペプチド断片に基づくオリゴヌクレオチドをプローブとして,クローニングできたことが記載されており(特に,第 871 頁左欄第8〜10行を参照,このことは,審判請求人の主張とは逆に,配列番号 。):1により表されるALSのN末端アミノ酸配列に基づいて,ALSをコード付けする全長核酸(例えば,全長cDNA)をクローニングすることが,当業者に期待される程度を越える試行錯誤を必要とするものであることを裏付けるものである。
そうしてみると,本願に係る発明の詳細な説明には,本願発明を当業者が容易に実施することができる程度に,発明の目的,構成及び効果が記載されているとは認められない。
したがって,この出願は,特許法第36条第3項に規定する要件を満たしていない(審決。」4頁1行〜5頁20行)(2)特許法36条4項1号違反「上述のごとく,本願の発明の詳細な説明には,配列番号:1に記載されたALSのN末端の18個のアミノ酸配列が開示されているが,ALSをコード付けする核酸(例えば,全長cDNA)をクローニングした具体例についての記載はない。そして,このようなALSの部分アミノ酸配列と,それをコードするcDNAのクローニングの一般的な手法を開示すれば,A,. LSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるといえるものではないことは 上記1(判決注:前記(1))で述べたことから明らかである。
よって,本願発明は,発明の詳細な説明において記載した範囲を越えていることが明らかであり,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではない。
,, 。」 したがって この出願は 特許法第36条第4項第1号の規定する要件を満たしていない(審決5頁21行〜33行)第3審決取消事由の要点審決は,特許法36条3項及び同条4項1号に規定する各要件の充足性についての判断を誤った(取消事由1及び2)ものであり,これらの誤りがいずれも結論に, 。 影響を及ぼすことは明らかであるから 違法なものとして取り消されるべきである1取消事由1(特許法36条3項違反とした判断の誤り)(1)特許法36条3項は 「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分 ,野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定しているが 「容,易にその実施をすることができる程度に」記載するとは,出願時の技術常識からみて,出願に係る発明を正確に理解でき,かつ再現(追試)できる程度に記載することを意味するのであり,必ずしも当該発明について実験結果等が記載されている必要はない。
本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明に係るALSをコード付けする組換え核酸配列の塩基配列やALSをコード付けする核酸をクローニングした具体例の記載自体は存在しないが,以下に述べるように,当業者が出願時の技術常識を前, , 提として本願明細書の発明の詳細な説明を精読すれば 本願発明を正確に理解できかつ再現(追試)できる程度に目的,構成及び効果が記載されていることは明白であるから,審決が,本願明細書の記載は特許法36条3項の規定する実施可能要件を満たしていないと判断したことは誤りである。
(2)審決は,本願明細書の発明の詳細な説明の段落【0026【0042】】,及び【0043】によれば,本願明細書には本願発明に係るALSをコード付けする核酸を段落【0026】のような手法によりクローニングできるであろうという予測が記載されているに過ぎないのであり,タンパク質の部分配列に基づくDNAのクローニング手法が周知技術であり,その周知技術により実際にクローニングされたDNAが多く知られていても,その手法を採用すれば確実にDNAのクローニングができるということにはならないと判断したが,誤りである。
本願明細書の発明の詳細な説明の段落【0026 (以下,単に「段落【002 】6 」という )には,本願発明に係るALSをコード付けする組換え核酸配列を得 】。
るための周知技術が記載されているところ,チャールズ・ロバート博士作成の本願優先日当時の周知技術についての宣言書(甲21)によれば,段落【0026】の周知技術の内容は次のようなものであることが理解できる。
アある種の目的遺伝子(DNA)を得るには,その起源生物の細胞又は組織から,目的遺伝子から転写されたmRNAを含む全mRNAを調製し,DNAポリメラーゼを用いて全mRNAのcDNAを得る(逆転写 。このようにして得られた ), , cDNAは 制限酵素を用いて適当なサイズに断片化した後にベクターに組み込みcDNAが組み込まれたベクター(クローン)の集合である遺伝子ライブラリーを得る。このライブラリーの中には,目的遺伝子に対応するcDNAが含まれる蓋然性が高い(段落【0026】第2〜5文,甲21の訳文16〜18項 。)ここで,得られたタンパク質をコードする目的遺伝子のmRNAが細胞又は組織に存在すること並びに存在する全mRNAを細胞又は組織から調製する方法及び調製した全mRNAのcDNAを調製する技術は,いずれも本願優先日当時に周知の技術であった(甲21の訳文14,23項 。)イ次に,目的遺伝子の塩基配列に対応する短いオリゴヌクレオチド(DNA)鎖をプローブとして使用し,得られたライブラリーの中に目的遺伝子に対応するcDNAが存在するか また存在する場合はどのクローンに存在するかを特定する 段 , (落【0026】第6文 。これは,DNA鎖が相補的な二本鎖を形成する(これを )ハイブリダイゼーションという )性質を有することを利用するもので,目的遺伝 。
子のcDNAがライブラリーに存在する場合には,それと相補的な配列を有するプローブとの間で二本鎖形成 ハイブリダイゼーション が生じるので ライブラリー (),中に目的遺伝子のcDNAが存在するか,またどのクローンに存在するかを特定す。,, , ることができる そして 通常 このハイブリダイゼーションを同定し易いようにプローブは放射性同位元素などで標識される。
これらのハイブリダイゼーション技術,ライブラリー中の目的遺伝子クローンを特定する技術及びプローブの標識技術も本願優先日当時における周知技術であった(甲21の訳文8,9項 。),, () ウところで 本願明細書には 目的遺伝子の生成物であるタンパク質 ALSの一部の断片のアミノ酸配列は記載されているが,タンパク質をコードする遺伝子(ヌクレオチド配列)は記載されていない。そのため,本願発明の組換えALS核酸配列を得る際に最も困難を伴うのは,このタンパク質の一部のアミノ酸配列に基づいてプローブとして用いるオリゴヌクレオチド配列を設計/合成する工程である。
すなわち,遺伝子をコードするヌクレオチド配列は3個の塩基が一組となってコ, (), ドンを形成し それが翻訳過程において1個のアミノ酸 20種類 に対応するがヌクレオチド配列は4種類のヌクレオチド(アデニン(A ,グアニン(G ,シト ))シン(C ,チミン(T )からなり,61種類のコドンが20種類のアミノ酸に対 )), () 応しているため 1種類以上のコドンが1種類のアミノ酸に対応し 遺伝子の縮重(甲21の訳文6項 ,1種類のアミノ酸配列からは1種類のヌクレオチド配列を )決定できない。
そして,本願発明における18個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列の個々のアミノ酸に対応するコドンには,各々,4/4種類,2種類,4種類,4種類,4種類,4種類,4種類,2種類,4種類,2種類,4種類,4種類,4種類,2種類,4種類,4種類,4種類及び2種類のものが存在するため,当該アミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列に完全に対合するプローブの候補としては,これらをすべて乗じた天文学的な数(2,147,483,648)の種類が想定されることとなる。
したがって,これらをすべて準備して目的遺伝子のクローンを同定することが必要であるならば,確かに当業者に過度な実験を課し,当業者が容易に実施することができないものと考えられる。
エしかしながら,本願優先日当時,縮重プローブ及びゲスマープローブという2つのプローブ設計の手法が知られており,必ずしも上記のような天文学的な種類のすべてのプローブを準備しなくても,数種類から数十種類のプローブを設計して使用すればライブラリー中の目的遺伝子を同定することが可能であることが周知であった(甲21の訳文10,11,19及び24〜26項 。)すなわち,本願発明に係るALSの18個のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列に完全に対応する膨大な種類のプローブを準備しなくても,数十種類のより短いプローブ(縮重プローブ;想定されるコドンの組合せは少なくなるが,特異性は低くなる)を準備するか,又は,数種類のより長いプローブ(ゲスマープローブ;想定されるコドンの組合せは多いが,特異性は高くなる)を準備すれば,たとえ異なる遺伝子と反応しても,ハイブリダイゼーション条件を厳格にすることにより,より高い特異性で反応するクローンを選抜し,真の目的遺伝子を特定することが可能だったのであり(甲21の訳文27項 ,事実,多くの遺伝子が,アミノ酸 )配列に基づいて設計した縮重プローブやゲスマープローブを用いてクローニングされていた(縮重プローブの実例として甲21の6〜9,ゲスマープローブの実例として甲21の2,3,10及び11)さらに,縮重プローブやゲスマープローブを設計する際には,各々のアミノ酸に対応する2種類又は4種類のコドンの中から無作為にコドンを選択するのではなく,生物種により固有に優先的に使用されるコドンを考慮することにより,より精度の高いプローブの設計が可能であり,この優先的に使用されるコドンも「コドン使用頻度偏位」として本願優先日当時に周知であった(甲21の訳文13項,甲21の5の訳文(152頁13行〜17行 ,甲21の2の訳文(6839頁右欄3 )0行〜下から7行)の第1段落,甲21の3の訳文(2325頁8行〜2328頁17行)の第2段落,及び甲21の11の訳文(2336頁左欄下から32行〜下から3行)の第1文 。また,本願優先日当時には,上記のようなプローブの合成 )機器が市販され,単純なプログラムでもって合成することができた(甲21の訳文12,34〜40項 。)オしたがって,当業者は,本願明細書の記載事項及び本願優先日時点の技術常識により,決して過度の実験を要することなく,タンパク質の一部の公知のアミノ酸配列から精度の高いプローブを合理的に設計/合成することができたのである。
カ被告は,プローブの設計工程以外にもクローニング工程全体が過度な試行錯誤を要するのであり,特に目的の全長cDNAを含むcDNAライブラリーを取得することは,本願優先日当時,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものであったと主張するが,段落【0026】には「別法として,商業的に入手可能なヒト・ラムダライブラリーをオリゴヌクレオチドでスクリーニングできる 」。
と記載されており,対象から得たmRNAからcDNAライブラリーを作製する以外にも,本願優先日当時に市販されていたヒト・ラムダライブラリーから特異的プローブを用いてスクリーニングすることができることが記載されているのであるから,本願発明に係る核酸のクローニングを行う際に具体的条件等を設定することは必ずしも必要ない。
(3)審決は,遺伝子工学という生物を対象とした技術は,予想された結果が実際に起こるか否か明確でないという性質を有するから,タンパク質の部分配列が明らかである場合でも目的遺伝子のクローニングに成功するとは限らないと判断したが,誤りである。
本願発明が属する遺伝子工学技術は,遺伝子DNAからmRNAへの転写工程及びmRNAからタンパク質への翻訳工程という特定の遺伝子から特定のタンパク質が一義的に生成するという事象(これをセントラルドグマという,及び,ヌクレ。)オチド鎖中の特定の塩基が別の鎖中の特定の塩基と一義的に結合して二本鎖を形成するという事象(ハイブリダイゼーション)に依拠するものであり,このような事象に依拠する遺伝子工学では因果関係が確実といえるから,予想された結果が実際に起こることは明確であるといえる。
そして,以上のような本願明細書の記載事項,本願優先日当時の周知技術,遺伝子工学的技術が依拠する因果関係の確実性に鑑みれば,本願明細書には一般的なクローニングの手法しか記載されていないとしても,本願発明に係るALSのN末端の18アミノ酸配列に基づいて適当なプローブを設計すること,そのプローブを用いてcDNAライブラリーから目的の核酸をクローニングすること,及びクローニングされた核酸がALSをコードするものであることを確認することなど本願発明に係るALSの全長cDNAを得るためにどのようにすべきかは明確であるから,時間や手間はかかるとしても,一定の成功率で最終的には確実に発明を実施できるといえる。
したがって,本願明細書に当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明が記載されているとはいえないとした審決の判断は誤りである。
(4)さらに 審決は 甲第22号証 雑誌 Molecular Endocrinology ,1992,Vol.6 ,,(””pp.870-876)において,本願発明に係るALSの18個のN末端アミノ酸配列に基づいて設計/合成したプローブを用いたクローニングが失敗した例が記載されていることから 「配列番号:1により表されるALSのN末端アミノ酸配列に基づい ,て,ALSをコード付けする全長核酸(例えば,全長cDNA)をクローニングすることが,当業者に期待される程度を越える試行錯誤を必要とするものであることを裏付けるものである(審決5頁12行〜15行)と判断しているが,誤りであ 。」る。
甲第22号証に記載された実験では,公知のアミノ酸配列に基づいて設計された4種類のプローブを使用し,うち2種類のプローブで目的遺伝子のクローニングに成功しているのであり,このことから,本願優先日当時に公知のアミノ酸配列に基づいて目的遺伝子をクローニングすることは,当業者に期待される程度を超える試行錯誤を要するものではないといえるのであり,また,この成功例は,同様の方法により本願発明を容易に実施し得たことを裏付けるものである。
また 失敗した実験に用いたプローブは 前記の縮重プローブ及びゲスマープロー , ,ブの設計技術を使用せずに任意に設計/合成されたものであり,本願優先日当時の周知技術を十分に適用して合理的に設計したものとはいえないものである。
したがって,甲第22号証は,公知であるALSの一部のアミノ酸配列に基づいてALSをコード付けする全長核酸をクローニングすることが当業者に期待される程度を超える試行錯誤を必要とするものであることを裏付けるものではないから,審決の上記判断は誤りである。
2取消事由2(特許法36条4項1号違反とした判断の誤り)審決は,本願明細書の発明の詳細な説明には,ALSをコード付けする核酸(例えば,全長cDNA)をクローニングした具体例についての記載が存在せず,このようなALSの部分アミノ酸配列と,それをコードするcDNAのクローニングの一般的な手法の開示だけでは,ALSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるとはいえないから,本願発明は発明の詳細な説明において記載した範囲を超えていることが明らかであるとし,よって,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではないから,本件出願は,特許法36条4項1号の規定する特許請求の範囲の記載要件を満たさないと判断したが,誤りである。
前記1のとおり,本願明細書に記載のALSのN末端アミノ酸配列,本願優先日,, 当時に周知技術であったcDNAライブラリー調製技術 プローブ設計/合成技術コドン使用頻度偏位,プローブ標識技術及びハイブリダイゼーション技術,さらに遺伝子工学的技術が依拠する事象の因果関係の確実性に鑑みれば,本願明細書にALSをコード付けする核酸(例えば,全長cDNA)をクローニングした具体例についての記載がないとしても,ALSの部分アミノ酸配列と,それをコードするcDNAのクローニングの一般的な手法を開示すれば,ALSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるから,本願発明は,発明の詳細な説明に開示された内容から拡張できる範囲内にあるといえる。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
第4被告の反論の要点1取消事由1(特許法36条3項違反とした判断の誤り)に対し以下に述べるとおり,本件出願が特許法36条3項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。
(1)本願発明は,ALSをコード付けする核酸という化学物質の発明であり,その発明の構成は核酸の化学構造である塩基配列であるところ,当該ALSは,そのN末端アミノ酸配列と,約84ないし86kDa,N-グルカナーゼで処理した後は66kDaという全長ALSの分子量で特定されているから,本願発明の核酸は,全長ALSをコードする全長の核酸を意味するか,少なくともそれを包含するものである。
,,(), しかるに 本願明細書には コードするタンパク質 ALS の機能及び分子量全長578アミノ酸のうちN末端のわずか18個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列が記載されているのみであり,核酸の塩基配列については何ら記載がない。また,cDNAの一般的なクローニング手法(段落【0026 )は記載されている 】が,本願発明の技術分野においては,コードするタンパク質の機能とN末端の一部のアミノ酸配列,及び,一般的なクローニング手法のみで,核酸という化学物質を特定することが一般的に行われているわけではないから,当業者が出願時の技術常識参酌しても,本願発明の核酸が具体的にどのようなものであるかを明確に理解することはできない。
また,本願明細書の段落【0026】には,cDNAのクローニングの一般的手法が記載されているが,特許法36条3項の規定する実施可能要件を満たすためには,一般的な手法として成功の可能性がある方法が周知技術として存在するだけでは不十分であり,現実の成功例が実施例として記載されているか,あるいは,その方法を採用すれば確実に成功することが示される必要がある。そして,本願発明の核酸を実際にクローニングする場合には,原告の主張するようなプローブを設計/合成する工程の他にも,mRNAからcDNAを合成する工程やcDNAクローンのライブラリーを作る工程等が存在するが,分解しやすいmRNAからcDNAライブラリーを作成する工程において,逆転写プライマーとしてどのような配列のものを用いるのか,逆転写酵素として何を用いるのか,逆転写の条件(酵素の量,温度,インキュベート時間等 ,2本鎖DNAの合成の際の条件等について多くの選 )択肢が存在し,また,cDNAクローンのライブラリーを作る工程においても,cDNAの末端に適当な制限酵素部位を導入するための手法(リンカー法やアダプター法)として何を選択するか,その際の条件,ベクターとして何を選択するか,ベクターとライゲーションする際の条件等の,多くの選択肢が存在する。
しかるに,本願明細書には,本願発明の核酸を得るために設定すべき上記の具体的条件等についての記載はないから,当業者が本願明細書の記載に基づいて本願発明のALSをコードする核酸を確実にクローニングすることはできないのであり,したがって,実施可能要件を満たすものではない。
(2)甲第21号証の1〜12に示される縮重プローブ,ゲスマープローブ及び「コドン使用頻度偏位 (甲21の4)は,いずれも本願出願時に知られていた事 」項であるが,縮重プローブやゲスマープローブなどのプローブの設計手法については,本願明細書には全く記載されておらず,縮重プローブ及びゲスマープローブの設計・使用やコドン使用頻度偏位の使用に係る原告の主張は,明細書の記載に基づかない主張である。
しかも,本願優先日当時の技術水準においては,縮重プローブやゲスマープローブなどのプローブ設計手法を用いれば,確実にクローニングに成功することが知られていたわけでもない。
すなわち,甲第21号証の6〜9に示される縮重プローブについての例は,殊に同号証の7〜9においてN末端のアミノ酸配列に基づきプローブを設計していないことからも理解できるように,いずれも対応するコドンの選択肢が少ないアミノ酸。, から構成されるアミノ酸配列を選択して縮重プローブを設計したものである また同号証の2,3,10及び11に示されるゲスマープローブについての例は,いずれも塩基長として充分に長いものを用いており,またプローブ自身が二次構造をとらず,コドンの選択肢が少ないアミノ酸配列の領域を選択していること等,プローブの設計に際して他に工夫が施されており,単純にN末端の配列に基づき,端からコドン使用頻度偏位データに基づいて設計したものではない。
このように,原告が示す縮重プローブ及びゲスマープローブの例は,本願発明のALSのような高縮重度の,N末端のわずか18アミノ酸残基からなるアミノ酸配列しか決定されていないペプチドに基づきプローブを設計し,これを用いてcDNAライブラリーから目的遺伝子の全長cDNAを取得した例ではない。
(3)また,たとえタンパク質の分子量,及びそのN末端ペプチドのアミノ酸配列が知られていても,N末端ペプチドの縮重度が高いと,DNAライブラリーをスクリーニングする場合に,目的とする遺伝子を同定し得るほど十分に縮重度が低い() 合成オリゴヌクレオチドを調製することができない場合があるとされている 乙1ところ,本願発明のALSのN末端のアミノ酸配列も高縮重度であり,かつ他の部分ペプチドのアミノ酸配列等の情報もないのであるから,本願発明の核酸を得るため,プローブとして用いるオリゴヌクレオチドを調製し,それを用いてcDNAライブラリーをスクリーニングすることは,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要求するものである。
さらに,オリゴヌクレオチドプローブ(縮重プローブ)は,しばしば,特定のタンパク質に翻訳される全ての可能なコドンの組合せを含む混合物あるいはプールとして合成されるが,このプールの中で,ただ一つのオリゴヌクレオチドのみが遺伝子の正確な配列を含むことから,正確なオリゴヌクレオチドは,プールの中の全分子の中のごく僅かであり,残りのオリゴヌクレオチドは望まれないcDNAに結合し 偽陽性となるかもしれないという問題点があるとされる また ゲスマープロー , 。,ブは,その設計のため最も縮重度の低いコドンを含むタンパク質の領域を選択する必要があるうえ,多くのクローニングの経験の結果,プローブ中のミスマッチヌクレオチドが,cDNAの配列に完全にマッチする10ないし12ヌクレオチド長のいくつかの領域によって分離され,かつ,かたまりとなっているという条件があれば,ヌクレオチドの83%が正しい配列で,望まれるクローンとのハイブリダイズに成功するが,もしミスマッチヌクレオチドがプローブの全長にわたって均等に存在する場合には,ゲスマープローブは目的のcDNAにハイブリダイズできないと(), , いう問題点があると指摘されており 乙2縮重プローブもゲスマープローブもそれだけでは確実にスクリーニングできるとは限らないといえる。
したがって,縮重プローブやゲスマープローブを用いたとしても,本願発明のALSのような高縮重度のN末端ペプチドの配列に基いてプローブを設計し,目的の核酸の全長cDNAをクローニングすることは,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要求するものである。
(4)原告は,本願発明の組換えALS核酸配列を得る際に最も困難を伴うのは,当該ALSの一部のアミノ酸配列に基づいてプローブとなるオリゴヌクレオチド配列を設計/合成する工程であると主張するが,審決が本願発明について当業者に期待し得る程度を超える過度な試行錯誤を要求すると認定しているのは,プローブの設, , 計工程のみではなく 他の様々な工程を含むクローニング工程全体についてであり特に目的遺伝子の全長cDNAを含むcDNAライブラリーを取得することは,本願優先日当時,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要求するものであった(乙3〜6 。)(5)原告は,本願発明が属する遺伝子工学技術は,セントラルドグマ及びハイブリダイゼーションに依拠するから,因果関係が確実であり,予想された結果が実際に起こることは明確といえると主張するが,セントラルドグマやハイブリダイゼーションという事象は,結局のところ化学反応により起こる事象であり,化学反応がどのように進行するかは,各種の条件により左右されることであるから,一般の化学分野と同様に技術的困難性は存在するものである。
(6)原告は,甲第22号証のN末端アミノ酸配列に基づいて設計したプローブを用いてクローニングに失敗した実験は,プローブの設計に縮重プローブやゲスマープローブの設計技術を適用したものではないから,本願発明の核酸の全長cDNAをクローニングすることが当業者に過度の試行錯誤を要求するものであることを裏付ける例ではないと主張するが 上記の実験に使用したプローブは 縮重プロー , ,ブやコドン使用頻度偏位を考慮したゲスマープローブの設計技術を用いて設計・合成されたものであり,実験が失敗したのは,ALSのN末端をコードする塩基配列において頻度の低いコドンが用いられていたからである。
また,甲第22号証においてクローニングに成功した実験に使用された2種類のプローブは,ALSのN末端アミノ酸配列に基づいて設計されたものではない。
したがって,甲第22号証は,公知のALSのN末端の一部のアミノ酸配列に基づいてALSをコード付けする全長cDNAをクローニングすることが当業者に期待される程度を超える試行錯誤を要求するものであることを裏付けるものである。
2取消事由2(特許法36条4項1号違反とした判断の誤り)に対し特許法36条4項1号の記載要件は,特許請求の範囲に対して発明の詳細な説明による裏付けがあるか否かという問題であり,同条3項の要件と,いわば表裏一体の要件ということができる。
そして,本願明細書の発明の詳細な説明には,ALSのN末端の18個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列が開示されているのみで,ALSをコード付けする核酸をクローニングした具体例についての記載はなく,このようなALSの部分アミノ酸配列と,それをコードするcDNAのクローニングの一般的な手法を開示すれば,ALSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるといえないことは,取消事由1に対する反論で述べたとおりである。
したがって,本件出願が特許法36条4項1号の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断1本願発明について(1)本願発明の要旨は,前記第2の2(発明の要旨)のとおり,「 請求項1】配列【XaaAspProGlyThrProGlyGluAlaGluGlyProAlaCysProAlaAlaCys -(配列番号:1)[式中,該最初のアミノ酸XaaはGlyまたはAlaであってよい]を有するインスリン様成長因子の酸不安定サブユニット(ALS)の部分的なN末端アミノ酸配列を得るために必要な程度まで精製され,さらに,複合体形成しないIGF-I,IGF-?U,またはBP-53に結合するその無能力,およびIGF-Iと複合体を形成した場合にはBP-53に結合するその能力によって特徴付けられ,ここに該ALSは還元または非還元ポリアクリルアミドゲル電気泳動によって測定して約84ないし86kDaの分子量を有し,N-グルカナーゼで処理した後は66kDaの分子量を有する該ALSをコード付けする組換え核酸配列 」。
である。
本願発明は,ALSをコード付けする( コードする」と同義であり,以下,引 「用文を除き,この用語を使用する )組換え核酸に関するものであるところ,上記 。
特許請求の範囲の記載中には,本願発明に係る核酸がコードするALSについて,複合体形成しないIGF-I IGF-?U またはBP-53 に結合せずI 「 ,,」,「GF-Iと複合体を形成した場合にはBP-53」に結合するという特徴を有すること,N末端の18個のアミノ酸配列,及び,還元及び非還元の条件下での分子量並びにN-グルカナーゼで処理した後の分子量が記載されているが,本願発明に係る核酸の化学構造である塩基配列については何ら記載がない。
(2)本願明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(甲1 。)ア【0006】「 課題を解決するための手段】本発明の1の態様において,好ましくは,以下 【の部分的N-末端アミノ酸配列:XaaAspProGlyThrProGlyGluAlaGluGlyProAlaCysProAlaAlaCys - 配列番号:1 [式 ()中,該最初のアミノ酸XaaはGlyまたはAlaを意味する]を有する,生物学的に純粋な形態のインスリン様成長因子結合蛋白複合体の酸不安定サブユニットが(ALS)が提供される 」。
イ【0012】「本発明のなおさらなる態様において,インスリン様成長因子の酸不安定サブユニット(ALS)をコード付けする組換え核酸配列が提供される。該組換え核酸配列は,好ましくは,以下の部分的N-末端アミノ酸配列:XaaAspProGlyThrProGlyGluAlaGluGlyProAlaCysProAlaAlaCys -(配列番号:1)[式中,最初のアミノ酸XaaはGlyまたはAlaを意味する]を有する,ポリペプチドをコード付けする 」。
ウ【0018】「・・・ALSは,機能的に,IGFが前記定義の酸安定結合蛋白BP-53に結合しまたはそれと連結できる場合に形成される複合体に結合または連結できる酸不安定ポリペプチドと定義される 」。
エ【0026】「組換えALScDNAを得るにおいて有用と考えられる方法は,マニアティスら Maniatis et al1982モレキュラー・クローニング:ア・ラボラトリー (),,「・マニュアル(Molecular Cloning: A Laboratory Manual ,コールドスプリング )ハーバー研究所,ニューヨーク,1〜545頁に含まれている。簡単に言えば,ポリアデニル化mRNAを肝臓のごとき適当な細胞または組織源から得る。所望により,mRNAをアガロースゲル,または密度勾配遠心で分画し,翻訳させ,例えば免疫沈降によってALSについて検定する。富化または非富化mRNAをcDNA合成の鋳型として使用する。cDNAクローンのライブラリーは(ホモポリマーテイリング法を用い)pBR322または他のベクターのごときベクターのPstI部位に構築し;あるいは(EcoRIリンカーのごとき)リンカーをcDNA末端に結び,次いで該リンカーに相補的な部位を有するベクターにクローン化することによって構築される。次いで,ライブラリーにおけるベクター中の特異的cDNA分子を,ALSの前記N-末端アミノ酸に基づく特異的オリゴヌクレオチドを用いて選択する。別法として,商業的に入手可能なヒト・ラムダライブラリーをオリゴヌクレオチドでスクリーニングできる。別法アプローチにおいて,ラムダgt11のごとき発現ベクターにcDNAを挿入し,精製したALSに対し生じた特異性抗体と発現蛋白との反応に基づいて選択する。いずれにせよ,同定したならば,次いで,ALSのすべてまたは一部をコード付けするcDNA分子を発現ベクターに結ぶ。さらに遺伝子操作をルーチン的に行って使用する特定の宿主におけるcDNAの発現を最大化することができる 」。
オ【0030】〜【0041】には,実施例1,2が記載されており,実施例1は,ALS調整のためにヒト血清からIGF-?T,IGF-?U,BP-53を得ることに,実施例2は,ALSを精製することにそれぞれ関するものである。
カ【0042】〜【0043】には,以下のとおり,ALSのアミノ酸末端配列に関する実施例3が記載されている。
「 0042】標準的なPTHプログラムを用い,120A PTHアナライザー 【にカップリングしたアプライド・バイオシステムズ(Applied Biosystems)470A自動気相蛋白シーケンサーを用いて,エドマン分解により,ALSのN-末端配列をHPLC精製物質の35μl試料で決定した。メルカプトエタノールでの還元およびヨード酢酸でのカルボキシメチル化の後,Cys残基は第2の試料で確認された 」。
「 0043】2の決定において,アミノ末端分析は,分析した調製物は単一提 【供者の血清からのものであったという事実に拘わらず,第1残基についてほぼ等モル量のGlyおよびAlaを示した。最初の18残基の分析により,配列 Gly(Ala)-Asp-Pro-Gly-Thr-Pro-Gly-Glu-Ala-Glu-Gly-Pro-Ala-Cys-Pro-Ala-Ala-Cys-(配列番号:1)が得られ,14および18位における該Cys残基は還元されかつカルボキシメチル化された試料で確認された。このアミノ酸配列は他のIGF蛋白またはレセプターに対し明白な相同性を示さなかった 」。
キ【0044】〜【0055】には,実施例4〜7が記載されている。実施例4は,血清のDEAE-セファデックス分画及びスーパーローズ12分画に関するもの,実施例5は,ALSの酸不安定性に関するもの,実施例6は,ALSの機能についての実験に関するもの,実施例7は,BP-53-IGF-?TへのALS結合の抑制に関するものである。
ク【0059】「 発明の効果】本発明により,従来知られておらず,特徴付けされたことがな 【いインスリン様成長因子(IGF)結合蛋白複合体の酸不安定サブユニット(ALS)を同定し,それを該ALSIGFによって占められた53kd酸安定蛋白と共にインキュベートした場合,それをIGFの in vivo 形態に対応する高分子複合体に変換することが分った 」。
(3)本願明細書の以上の記載によれば,本願発明に係る核酸は,全長ALSをコードする核酸を意味するものと解されるところ,本願明細書にはその塩基配列に関する記載はなく,段落【0026】に当該核酸をクローニングするための一般的手法が記載されているほかには,当該核酸がコードするALSの分子量,機能及びN末端の18個のアミノ酸配列が記載されているのみである。
2取消事由1(特許法36条3項違反とした判断の誤り)について(1)特許法36条3項は 「発明の詳細な説明には,その発明の属する技術の分 ,野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならない」と規定しているところ,,( ) その趣旨は 当業者 その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が,明細書及び図面に記載された事項と出願時の技術常識とに基づき,請求項に係る発明を容易に実施することができる程度に,発明の詳細な説明を記載しなければならないことを定めるものであり,当業者が最終的に発明を実施することができた, , としても そのために合理的に期待し得る程度を超えた試行錯誤を要する場合には発明を容易に実施することができる程度の記載がないものとして,同項の要件を満たさないものと解するのが相当である。
(2)前記1に認定したとおり,本願明細書には,本願発明に係る核酸の塩基配列に関する記載はなく,段落【0026】に当該核酸をクローニングするための一般的手法が記載されているほかには,当該核酸がコードするALSの分子量,機能及びN末端の18個のアミノ酸配列が記載されているのみであり,審決は,本願明細書の記載は特許法36条3項に規定する実施可能要件を満たしていないと判断したが,原告は,段落【0026】には本願発明に係るALSをコードする組換え核酸を得るための周知技術が記載されていると主張するので,以下,検討する。
ア甲第21号証及び弁論の全趣旨によれば,あるタンパク質をコードする目的遺伝子(DNA)を得るためのクローニングの一般的な手法は,?@目的遺伝子から転写されたmRNAを含む全mRNAを,当該起源生物の細胞又は組織から調製する,?ADNAポリメラーゼを用いて全mRNAのcDNAを得る(逆転写 ,?Bこ )のようにして得られたcDNAを,制限酵素を用いて適当なサイズに断片化した後にベクターに組み込み,cDNAが組み込まれたベクター(クローン)の集合である遺伝子ライブラリーを得る,?C目的遺伝子の塩基配列に対応するオリゴヌクレオチド(DNA)をプローブとして用い,得られたライブラリーの中に目的遺伝子に対応するcDNAが存在するか,また存在する場合はどのクローンに存在するかを, ,, 同定する ?D同定されたクローンからcDNAを分離し そのDNA配列を決定しこれに相補的なDNA,すなわち目的遺伝子を合成する,というものであり,この(「」。) , ようなクローニングの一般的な手法 以下 一般的クローニング法 というは本願優先日当時,周知の技術であったことが認められる。
イ本願明細書の段落 0026 の記載は その内容に照らすと 一般的クロー 【】,,ニング法を概説的に記載したものであると認められ,一般的クローニング法を構成する各工程,すなわち,(a)ポリアデニル化mRNAを肝臓などの適当な細胞又は組織源から得る工程(上記ア?@ ,(b)mRNAをcDNA合成の鋳型として使用 )する工程(同?A ,(c)cDNAクローンのライブラリーを作る工程(同?B ,(d) ) )プローブとするオリゴヌクレオチドを用意する工程(同?C)などが記載されているが 弁論の全趣旨によれば これらの工程における具体的な実験条件 例えば (b) ,, ,,の工程では,分解しやすいmRNAからcDNAを逆転写する際に逆転写プライ, , マーとしてどのような配列のものを用いるのか 逆転写酵素として何を用いるのか逆転写の条件(酵素の量,温度,インキュベート時間等 ,第1鎖cDNAを鋳型 )とし第2鎖cDNAを合成して2本鎖cDNAを合成する際の条件等について多くの選択肢が存在し,(c)の工程では,cDNAの末端に適当な制限酵素部位を導入するための手法(リンカー法やアダプター法)として何を選択するか,その際の条件,ベクターとして何を選択するか,ベクターとライゲーションする際の条件等について多くの選択肢が存在することが認められるが,本願明細書には,これらの具体的な実験条件については全く記載されていない。
しかるに,上記(b)及び(c)のmRNAからcDNAライブラリーを作成する工程において,どのような実験条件を採用すれば,本願発明に係るALSをコードする全長cDNAライブラリーを作製することができるかについては,本願優先日当時の技術常識から明らかであったとの事実を認めるに足りる証拠はなく,また,どのような実験条件を採用しても本願発明に係る核酸を取得することができたといえる技術常識が存在したことを認めるに足りる証拠もない。
ウまた,前記イ(d)の工程で用いるプローブは,特許請求の範囲の請求項1記載の配列番号:1で示される18個のアミノ酸配列に基づき設計・合成されるもの, , であるところ この18個のアミノ酸配列の個々のアミノ酸に対応するコドンにはそれぞれ,4/4種類,2種類,4種類,4種類,4種類,4種類,4種類,2種類,4種類,2種類,4種類,4種類,4種類,2種類,4種類,4種類,4種類及び2種類のものが存在する(争いがない事実)ため,プローブの設計に当たり,上記18個のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を基にする場合はもちろん,その一部のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチド配列を基にする場合であっても,原告の主張する縮重プローブやゲスマープローブという手法及びコドン使用頻度偏位に係るデータの利用を考慮したとしても,極めて多数のプローブの選択肢が存在するものと認められる。
他方 本願発明に係る核酸のcDNAと選択的にハイブリダイズし ライブラリー , ,のクローンの同定に成功するプローブは,多少のミスマッチのあるプローブであってもハイブリダイズするものがあるということを考慮に入れたとしても,ごく限られた数であると認められる(乙2,弁論の全趣旨 。)エ以上に説示したとおり,本願明細書の段落【0026】に記載された一般的クローニング法を用いて本願発明に係る核酸を取得するためには,クローニングの各工程において,多くの選択肢の中から具体的な実験条件を設定する必要があり,また,プローブについても極めて多数の選択肢の中からcDNAクローンの同定に成功するごく限られた数のプローブを設計する必要があることからすれば,当業者が本願発明を実施するためには,合理的に期待できる程度を超える試行錯誤を要するものと認められるから,上記段落【0026】には,過度の試行錯誤を要することなく本願発明に係るALSをコードする核酸を得るための周知技術が記載されているとは認められない。
(3)これに対し,原告は,本願優先日当時,縮重プローブやゲスマープローブの設計技術及びコドン使用頻度偏位はいずれも周知であり,コドン使用頻度偏位を考慮した縮重プローブやゲスマープローブの設計技術を用いれば,過度の実験を要することなく,タンパク質の一部の公知のアミノ酸配列から精度の高いプローブを合理的に設計・合成することができたと主張し,縮重プローブを用いたクローニングの実例 甲21の6〜9 及びゲスマープローブを用いたクローニングの実例 甲 () (21の2,3,10及び11)を挙げるので,以下,この点について検討する。
ア原告の主張する縮重プローブ(甲21の6〜9)やゲスマープローブ(甲2, ,) (, , 1の2 3 10及び11 の設計技術及びコドン使用頻度偏位 甲21の2 35,11)が本願優先日当時,公知文献に記載されていたことは争いがないが,本願明細書にはそれらの技術事項が全く記載されておらず,公知文献に記載があるとしても,それをどのように利用して本願発明に係る核酸を得るかについての説明が本願明細書に記載されていないのであるから,公知文献が存在するからといって直ちに縮重プローブやゲスマープローブを用いて過度の試行錯誤を要することなく本願発明に係る核酸を得られたということはできない。
イまた,原告が援用する縮重プローブやゲスマープローブを用いたクローニングの実例が,いずれも当業者が過度の試行錯誤を要することなく,本願発明に係る核酸を得るために利用できたものとは認められないことは,以下に説示するとおりである。
ウまず,縮重プローブを用いたクローニングの実例について検討する。
(ア)原告が援用する縮重プローブを用いたクローニングの実例は,次のようなものである。
a甲第21号証の6は,ヒト線維芽細胞インターフェロンのクローニングに関する論文である 同実験においては コドンの組合せから ヒト線維芽細胞インター 。,,フェロンのN末端の4つのアミノ酸配列に対応するポリヌクレオチド配列として全部で24種類のものが考えられ,これら24種類のポリヌクレオチド配列をプローブ作製のためのプライマーとして用いたことが記載されている(乙8)が,これらのポリヌクレオチド配列を縮重プローブとして用いて,cDNAライブラリーから全長cDNAのクローニングに成功した実験ではない。
b甲第21号証の7は,ヒトβ -ミクログロブリンの5アミノ酸残基及び42アミノ酸残基に基づいてプローブを設計した実験に関する論文である。同実験においては,Trp-Asp-Arg-Asp-Met及びLys-Asp-Glu-Tyrの2種類のアミノ酸配列に基づいてプローブが設計・合成されたが,これらのアミノ酸配列はいずれもN末端のアミノ酸配列ではない(乙9 。また,上記2 )種類のアミノ酸に対応するコドンの組み合わせから,ポリヌクレオチド配列としては,前者が全部で24種類,後者が全部で16種類のものが考えられ,これに基づいて前者については24種類,後者については8種類の縮重プローブが合成されている(乙9)が,これを用いてcDNAライブラリーから全長cDNAのクローニングに成功した実験ではない(6613頁 。)c甲第21号証の8は,X連鎖3-ホスホグリセレートキナーゼ(PGK)のアミノ酸291-296をコードする可能性のある全ての32種類のポリヌクレオチド配列に対して相補的な16塩基長のプローブを作製し,これを用いて初期スクリーニングをし,さらに,PGKの4個のアミノ酸配列をコードする11塩基長のプローブでハイブリダイズして,PGKの第121位からC末端までをコードするcDNAクローンを得た実験に関する論文である(乙10 。同実験においては, )初期スクリーニングに使用した縮重プローブを設計する基礎とされたアミノ酸配列はN末端のアミノ酸配列ではなく,また,これとは別の領域の4個のアミノ酸配列に基づいて作製されたプローブで更にスクリーニングされており,最終的に取得できたcDNAも全長cDNAではない。
d甲第21号証の9は,ヒト第IX因子のcDNAをクローニングした実験に関する論文である。同実験においては,ヒト第IX因子の5個のアミノ酸配列に基づいてプローブを設計したが,プローブ設計の基礎となったのはN末端のアミノ酸配列ではない(6463頁FIG.2 。また,このアミノ酸配列に対応するコド )ンの組み合わせから,ポリヌクレオチド配列としては全部で32種類のものが考えられ,これに基づいて12種類のプローブが作製されているが,その際に,もう1つのプローブとして,ヒヒの肝臓の第IX因子に対するmRNAを富化させ,これに対して逆転写酵素によりcDNAを作製することにより得たものを組み合わせて使用している(乙11 。)(イ)以上のとおり,甲第21号証の6では,N末端アミノ酸配列に基づくヌクレオチド配列はプローブを作製するためのプライマーとして使用されており,N末端アミノ酸配列に基づいて作製されたプローブを用いてcDNAのクローニングをした実験ではないこと,甲第21号証の7〜9では,N末端ではない領域のアミノ酸配列に基づいてプローブを作製した実験であり,しかも,プローブ作製の基礎とされたアミノ酸配列は縮重度が低いことから,コドンの組合せにより考えられるヌクレオチド配列の総数も多くないこと,甲第21号証の7〜9では,cDNAライブラリーのクローニングに用いられたプローブは単一のものではなく,異なる領域のアミノ酸配列に対応する2種類のプローブを使用したり,ヒヒの肝臓に由来するプローブを組み合わせて使用していること等の事実に照らすならば,本願発明に係るALSのように,N末端のわずか18個のアミノ残基からなるアミノ酸配列しか開示されておらず,しかも,当該アミノ酸配列の縮重度が高いものについては,直ちに甲第21号証の6〜9の例を適用することは困難であると認められる。
エ次に,ゲスマープローブを用いたクローニングの実例について検討する。
(ア)原告が援用するゲスマープローブを用いたクローニングの実例は,次のようなものである。
a甲第21号証の2は,ウシ膵臓トリプシンインヒビターの公知のアミノ酸配列及びコドン使用頻度偏位データに基いて設計した単一の長いプローブを用いてゲノムライブラリーからゲノムDNAをクローニングした実験に関する論文である。
同実験において用いられたプローブは86塩基長で,自分自身の配列の中で相補的になる配列を含まないようにコドンを変更して作製したものであり,プローブ作製の基礎とされたアミノ酸配列はN末端のアミノ酸配列ではない。
b甲第21号証の3は,ウシ第IX因子の公知のアミノ酸配列及びコドン使用頻度偏位データに基いて設計した52塩基長の単一の長いプローブを用いてヒト肝臓cDNAライブラリーから,ヒト抗凝結因子IXのcDNAをクローニングした実験に関する論文であるが,同実験では,プローブの設計に当たり,?@対応するコドンのあいまいさが最小になるようなアミノ酸配列を選択したこと,?A既に配列決, , 定された ウシの肝臓において合成され分泌される蛋白質に対応するコドンの用法?Bコロニーハイブリダイゼーションによって,オリゴヌクレオチドでcDNAライブラリーをスクリーニングする際に,G:TミスマッチがG:Aのそれに比し,安定であること,及び?Cオリゴヌクレオチド自身が2次構造を有さないような配列にすること,以上の4点が考慮されており(2325頁8行〜2328頁17行 ,)さらに,プローブの設計の基になったアミノ酸配列は,ウシ第IX因子のアミノ酸配列から,コドンのあいまいさが最小となり,かつ最長の長さとなるように選択されたものであり(2328頁19〜29行。乙14 ,N末端のアミノ酸配列では )ない。
c甲第21号証の10は,ヒトインスリン様成長因子-?T(IGF-?T)の公知のアミノ酸配列に基づいて設計したオリゴヌクレオチドプローブを用いて,ヒトゲノムDNAライブラリーから,IGF-?Tをコードする遺伝子を単離した実験に関する論文である。同実験では,プローブ作製の基礎としたアミノ酸配列はN末端のアミノ酸配列に大腸菌プロモーター領域及び開始コドン(AGT)を付加したものであるが,プローブは103塩基長と長く,また,スクリーニングの対象は,mRNAから逆転写したcDNAのクローンであるcDNAライブラリーではなく,ヒトゲノムDNAライブラリーである(乙15 。)d甲第21号証の11は,ヒト血漿レシチン-コレステロールアシルトランスファーゼ(LCATase)の18個のN末端アミノ酸配列及びトリプシン消化ペプチドの11ないし20残基からなる3つのアミノ酸配列に基づき,哺乳動物遺伝子のコドン用法を利用し,かつ,プリン-プリンミスマッチを回避するという手法で,プローブLCAT.1,3〜5を作製し,これを用いてヒト肝臓cDNAライブラリーをクローニングした実験に関する論文である。同実験では,トリプシン消化ペプチドの3つのアミノ酸配列に基づき作製したプローブLCAT.3〜5にハイブリダイズした19のプラーク領域を別々のプローブで再スクリーニングしたところ,4つのプラーク領域がN末端アミノ酸配列に基づき作製したプローブLCAT 1と再ハイブリダイズしたと記載されているが 当初のスクリーニングでプロー . ,ブLCAT.1がプラーク領域とハイブリダイズしたとの記載はない。
(イ)また,ゲスマープローブの有用性に関して,本願優先日以降の1992年に発行された刊行物である”RecombinantDNA [第2版 (乙2) ”]には,次の記載がある。
a「アミノ酸配列から,オリゴヌクレオチドプローブを得るにはいくつかの問題点がある(107頁左欄4〜5行) 。」b「単一のヌクレオチド配列は,もっとも少ない縮重コドンを含むタンパク質の領域を選択し,特定の種におけるコドン利用頻度についての知識と,経験に基づいた推測によって決定される。それゆえ,このプローブは”ゲスマー (マーはオ ”リゴマーのマー)と呼ばれて来た。多くのクローニングの経験の結果,間違ったヌクレオチドがクラスターになり,cDNAの配列に完全にマッチする10〜12ヌクレオチド長のいくつかの領域によって分離されるという場合は,ヌクレオチドのわずか83%が正しい配列で,望まれるクローンとのハイブリダイズに成功することが示されている。もしミスマッチヌクレオチドが,プローブの全長にわたって均等に存在する場合,ゲスマーは,目的のcDNAにハイブリダイズできない。この方法の本来的に有する,短い,混合プローブ法に対する不利な点は,興味のあるタンパク質のより長い部分について,アミノ酸配列についての正確な知識が必要な点である(107頁左欄34行〜右欄7行) 。」上記各記載によれば,ゲスマープローブを用いてcDNAライブラリーをクローニングする方法においては,プローブ作製の基礎として最も少ない縮重コドンを含むタンパク質の領域を選択することが必要であり,もしミスマッチヌクレオチドがプローブの全長にわたって均等に存在する場合には,ゲスマープローブは,目的のcDNAにハイブリダイズできないという問題点があると指摘されていることが認められる。
(ウ)以上に認定したところによれば,ゲスマープローブを用いたcDNAライブラリーのクローニングには,上記(イ)の問題点が指摘されているが,本願発明に係るALSは18個のN末端アミノ酸配列のみが開示され,他のアミノ酸配列は開示されていないことから,プローブの作製に当たり,縮重度の低いアミノ酸配列を選択する余地はないこと,上記18個のアミノ酸配列は高縮重度のものが多く含まれており,コドン使用頻度偏位に係るデータを考慮したとしても,プローブにミスマッチヌクレオチドが多く含まれる可能性が高いといえること,原告が援用するゲ, , スマープローブを用いたクローニングの実例は 甲第21号証の10の実験を除きいずれもタンパク質のN末端のアミノ酸配列に基づいて作製したプローブによりcDNAライブラリーのクローニングが成功した実験ではなく,甲第21号証の10の実験もスクリーニングの対象は,生体から得たmRNAから逆転写したcDNAのクローンであるcDNAライブラリーではなく,ヒトゲノムDNAライブラリーであること,本願発明に係るALSの18個のアミノ酸配列を全て基礎としてもプローブは54塩基長に止まるが,上記の実例では,甲第21号証の3を除き,これよりも比較的長い塩基長のプローブが用いられており,甲第21号証の3では52塩基長のプローブが用いられているが,プローブの作製に当たり,コドンのあいまいさが最小になるようなアミノ酸配列を選択するなど種々の工夫がされていること等の事実が認められ,これらの事実に照らすならば,本願発明に係るALSのように,N末端のわずか18個のアミノ酸残基からなるアミノ酸配列しか開示されておらず,しかも,当該アミノ酸配列の縮重度が高いものについては,直ちに甲第21号証の2,3,10及び11の例を適用することは困難であると認められる。
オ以上のとおりであるから,原告の前記主張は採用することができない。
(4)原告は,本願明細書の段落【0026】には「別法として,商業的に入手。」 可能なヒト・ラムダライブラリーをオリゴヌクレオチドでスクリーニングできると記載されており,対象から得たmRNAからcDNAライブラリーを作製する以外にも,本願優先日当時に市販されていたヒト・ラムダライブラリーから特異的プローブを用いてスクリーニングすることができることが記載されているから,本願発明に係る核酸のクローニングを行う際に具体的条件等を設定することは必ずしも必要ないと主張する。
しかしながら,前記説示のとおり,cDNAライブラリーをスクリーニングするプローブの設計・合成については,極めて多数の選択肢からcDNAクローンの同定に成功するごく限られた数のプローブを設計する必要があることからすれば,当業者が本願発明を実施するためには,合理的に期待できる程度を超える試行錯誤を要するものと認められるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(5)原告は,セントラルドグマとハイブリダイゼーションに依拠する遺伝子工学では因果関係が確実であり,本願明細書の記載事項及び本願優先日当時の周知技術から本願発明に係るALSの全長cDNAを得るためにどのようにすべきかは明, , 確であるから 本願明細書に一般的クローニング法しか記載されていないとしても時間や手間はかかるが,一定の成功率で最終的には確実に発明を実施することができるといえると主張する。
しかしながら,たとえ原告が主張するように,当業者が最終的には本願発明を実施することができるとしても,そのために当業者において合理的に期待できる程度を超える試行錯誤を要するとすれば,それはもはや特許法36条3項の規定する発明を容易に実施できる程度を超えるものというべきであり,前記説示のとおり,本願発明の実施には過度の試行錯誤を要するものと認められるのであるから,原告の上記主張を採用することはできない。
(6)原告は,甲第22号証に記載された実験では,公知のアミノ酸配列に基づいて設計された4種類のプローブを使用し,うち2種類のプローブで目的遺伝子のクローニングに成功しているから,本願優先日当時に公知のアミノ酸配列に基づいて目的遺伝子をクローニングすることは,当業者の過度の試行錯誤を要するものでなく,同様の方法により本願発明を容易に実施し得たことを裏付けるものである一方,失敗した実験に用いたプローブは,縮重プローブ及びゲスマープローブの設計技術を使用せずに任意に設計・合成されたものであり,本願優先日当時の周知技術を十分に適用して合理的に作製したものとはいえないから,審決が,甲第22号証は,ALSの一部のアミノ酸配列に基づいてALSをコードする全長核酸をクローニングすることが当業者に期待される程度を超える試行錯誤を必要とするものであることを裏付けるものであると判断したことは誤りであると主張する。
しかしながら,原告の上記主張を採用することはできない。その理由は以下のとおりである。
ア甲第22号証は,本願発明に係るALSのN末端及び3種類のトリプシン分解ペプチド(T16,T25及びT64)のアミノ酸配列に基づいて作製した4種類のオリゴヌクレオチドプローブを用いて,ヒト肝臓cDNAライブラリーから本願発明に係るALSをコードするcDNAクローンをスクリーニングした実験に関する論文であるが,同実験では,N末端及びT64のアミノ酸配列に基づいて作製したプローブを用いたクローニングには失敗し,T16及びT25のアミノ酸配列に基づいて作製したプローブを用いたクローニングに成功したことが記載されている(870頁〜872頁 。)また,4種類のプローブの作製について「4つのペプチドを配列決定に選び,3つ(T16,T25及びT64;表1)が明確な配列を示した。蛋白質配列データ表1 からのコドン用法考慮 37 に基づいて4つのオリゴヌクレオチドプロー ()()ブを合成した;als-1/2(残基1におけるGおよびA双方をコードするN-末端18アミノ酸 ,5’G(C/G (T/C)GACCCTGGCACCCCT ))GGCGAGGCTGAGGGCCCTGCCTGCCCTGCTGCCTGC:873頁 と記載されているが ここに引用されている コドン用法考慮 3 」(),「(7 」とは,コドン使用頻度偏位データを考慮したゲスマープローブの設計技術に )関する論文(甲21の4)であるから,甲第22号証の実験においては,コドン使用頻度偏位データを考慮したゲスマープローブが用いられたことが認められる。
さらに,上記記載中の「als-1/2」は,合成された4種類のプローブのうちの1つであるが その配列の冒頭の G C/GT/Cとの記載から al ,「 ()()」,s-1/2は冒頭のコドンが,GCT,GCC,GGT及びGGCである4種類のプローブの混合物であることが認められ,これは1つのアミノ酸に対応する複数のコドンを用いた縮重プローブに当たるから,甲第22号証の実験においては,縮重プローブも用いられている。
, , 以上によれば 甲第22号証のクローニングに失敗した実験に用いたプローブは縮重プローブ及びゲスマープローブの設計技術を使用せずに任意に設計・合成されたものであり,本願優先日当時の周知技術を十分に適用して合理的に設計したものとはいえないとする原告の主張は,失当である。
イまた 甲第22号証には N末端及びT64のアミノ酸配列に対応するプロー ,,ブを用いたクローニングが失敗した理由として 「ほとんど使用されていないコド ,ンがこれらの領域に認められたので,N-末端配列およびT64に対するプローブはハイブリダイズしなかった 」と記載され,ALSのN末端及びT64のアミノ 。
酸配列をコードする塩基配列に頻度の低いコドンが用いられていたことがクローニングの失敗の原因であるとされていることからすれば,T16及びT25を基礎とする2種類のプローブでクローニングに成功したからといって,直ちに,本願優先日当時に公知のアミノ酸配列に基づいて目的遺伝子をクローニングすることは当業者の過度の試行錯誤を要するものではなかったと認めることは困難であり,したがって,甲第22号証が本願発明を容易に実施し得たことを裏付けるものであると認めることもできない。
ウよって,原告の上記主張を採用することはできない。
(7)以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の構成が記載されていると認めることはできず,本件出願が特許法36条3項所定の要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはない。
3取消事由2(特許法36条4項1号違反とした判断の誤り)について原告は,本願明細書にALSをコードする核酸をクローニングした具体例の記載がないとしても ALSの部分アミノ酸配列と それをコードするcDNAのクロー , ,ニングの一般的な手法を開示すれば,ALSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるから,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではないとした審決の判断は誤りであると主張する。
しかしながら,前記2で説示したとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,本願発明の構成が記載されておらず,当業者が本願発明を実施するためには合理的に期待し得る程度を超える試行錯誤を要するものと認められるから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載が本願発明に係るALSをコードする全長cDNAを提供したも同然であるとは到底認められない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできず,本件出願が特許法36条4項1号所定の要件を満たしていないとした審決の判断に誤りはない。
4以上の次第であるから,審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を違法とする事由もないから,審決は適法であり,本件請求は理由がない。
第6結論よって,本件請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中信義
裁判官 榎戸道也
裁判官 浅井憲