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関連審決 無効2006-80224
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成20行ケ10171審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  発明特定事項 /  実施可能要件 /  技術常識 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  発明が明確 /  優先権 /  優先日 /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  置換 /  実施 /  差止請求(差止) /  侵害 /  同意 /  設定登録 /  発明の範囲 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 19年 (行ケ) 10307号 審決取消請求事件
原告ソルダーコート株式会社
訴訟代理人弁護士櫻林正己,森隆行
訴訟代理人弁理士東口倫昭,進藤素子
被告株式会社日本スペリア社
訴訟代理人弁理士濱田俊明
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2008/09/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2006−80224号事件について平成19年7月31日にした審決中,特許第3152945号の請求項1及び4についての特許に係る部分を取り消す。
訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた裁判主文と同旨の判決第2事案の概要本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の一部取消しを求める事案であり,原告は特許無効審判の請求人,被告は特許権者である。
1特許庁における手続の経緯(1)被告は,発明の名称を「無鉛はんだ合金」とする特許第3152945号(平成11年3月15日特許出願(先の出願に基づく優先権主張・平成10年3月26日,同年10月28日)。平成13年1月26日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲1)。
なお,被告は,平成16年4月9日付けで,本件特許につき訂正審判を請求したところ(乙4の1ないし4),特許庁は,同年6月10日,同請求を認容する旨の審決(甲5)をし,同審決は確定した(以下,この訂正審判請求に係る明細書及び図面の訂正を「本件訂正」といい,本件訂正後の本件特許に係る明細書(乙4の2)を「本件明細書」という。)。
(2)原告は,平成18年10月30日,本件特許(請求項1ないし4)につき特許無効審判を請求し,無効2006-80224号事件として係属した。
(3)特許庁は,平成19年7月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。
審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,同年8月10日,その謄本を原告に送達した。
(4)原告は,平成19年8月29日,審決の全部(請求項1ないし4につき)の取消しを求めて本件訴えを提起したが,同年12月13日の第2回弁論準備手続期日において,本件請求を主文掲記の限度(請求項1及び4につき)にまで減縮し,被告も,同期日において,これに同意した。
2発明の要旨審決が対象とした本件特許に係る各請求項(本件訂正後のもの。以下同じ。)の記載は,次のとおりである(以下,これらの請求項に係る各発明を一括して「本件各発明」といい,請求項1及び4に係る各発明をそれぞれ「本件発明1」及び「本件発明4」という。)。
「【請求項1】Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる,金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上したことを特徴とする無鉛はんだ合金。
【請求項2】Sn-Cuの溶解母合金に対してNiを添加した請求項1記載の無鉛はんだ合金。
【請求項3】Sn-Niの溶解母合金に対してCuを添加した請求項1記載の無鉛はんだ合金。
【請求項4】請求項1に対して,さらにGe0.001〜1重量%を加えた無鉛はんだ合金。」3審決の要点審決は,「本件特許は,平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下,単に『特許法』という。)36条4項又は6項1号若しくは2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである」との原告の主張(下記「無効理由1」)を理由がないものと判断し,本件特許(請求項1ないし4)を無効とすることはできないとした(なお,原告は,「無効理由2」として,「本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである」との主張をし,審決は,これを排斥する判断をしたものであるが,本訴において原告が主張する審決取消事由は,後記のとおり,「無効理由1」についての審決の判断に係るもののみであるので,審決の要点としては,「無効理由1」に係る部分のみを摘示する。)。
(1)請求人(原告)の主張する無効理由「・・・無効理由は,以下の1,2のとおりのものであって,・・・。
1.請求項1〜4に係る特許は,特許法36条4項又は6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当する(以下,『無効理由1』という。)。
具体的には,以下の理由1A〜1Cを主張していると認める。
理由1A;本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項について,以下の?@〜?Dの点で明確でないから,特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の規定に適合しているとはいえない。
?@金属間化合物の発生を何と比較して抑制したのか。
?A金属間化合物の発生をどの程度抑制したのか。
?B『流動性』とは,どの状態におけるものなのか。
?C流動性が何と比較して向上したのか。
?D流動性がどの程度向上したのか。
理由1B;請求人会社研究室のAが行った実験(甲9(本訴甲11),甲30(本訴甲12),甲48(本訴甲17))によれば,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金は実現できなかったから,発明の詳細な説明は,当業者が,本件各発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されておらず,特許法36条4項に規定する要件を満たしているとはいえない。
理由1C;本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,発明の詳細な説明に,発明を実施するための最良の形態として,記載される『サンプル1,2,4,8,9』(本件明細書の4頁21行〜8頁15行及び表1)で裏付けられていないから,本件各発明は,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえず,特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号の規定に適合しているとはいえない。」(2)無効理由1についての判断ア理由1Aについて「本件明細書には,甲16(本訴乙4の2)によれば,以下の事項が記載されていると認める。
『本発明では,上記目的を達成するためのはんだ合金として,Cu0.3〜0.7重量%に,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snの3元はんだを構成した。この成分中,Snは融点が約232℃であり,接合母材に対するヌレを得るために必須の金属である。ところが,Snのみでは鉛含有はんだのように比重の大きい鉛を含まないので,溶融時には軽くふわふわした状態になってしまい,噴流はんだ付けに適した流動性を得ることができない。又,結晶組織が柔らかく機械的強度が十分に得られない。従って,Cuを加えて合金自体を強化する。CuをSnに約0.7%加えると,融点がSn単独よりも約5℃低い約227℃の共晶合金となる。』(明細書2頁7〜15行)『本発明において重要な構成は,Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく,Niを0.04〜0.1重量%添加したことである。NiはSnとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。このような金属間化合物は融点が高く,合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性能を低下させる。』(明細書2頁最下行〜3頁4行)『そこで,Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。
ただし,Snに融点の高いNiを添加すると液相温度が上昇する。従って,通常のはんだ付けの許容温度を考慮して添加量の上限を0.1重量%に規定した。また,Niの添加量を減らしていった場合,0.04重量%以上であればはんだ流動性の向上が確認でき・・・ることが判明した。』(明細書3頁12〜19行)『ところで,上記説明では,Sn-Cu合金に対してNiを添加するという手順を基本として説明したが,逆にSn-Ni合金に対してCuを添加するという手順も成立する。SnにNiを単独で徐々に添加した場合には・・・Sn-Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,Cuを投入することによって・・・流動性が改善され,さらさらの状態になる。』(明細書3頁21〜25行)これらの記載からみて,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』とは,SnにCu又はNiを単独で添加すると,SnとCuとの金属間化合物又はSnとNiとの金属間化合物が発生し,噴流はんだ付けにおける合金溶融時に溶湯中に存在して流動性が低下するところ,互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるCuとNiを所定量添加することにより,SnにCu又はNiを単独で添加する場合と比較して,上記金属間化合物の発生が相対的に抑制され,その結果として,噴流はんだ付けに適したさらさらの状態に流動性が相対的に向上したことを意味するものと認められる。
以上のことから,流動性とは,溶融状態におけるものであること,また,金属間化合物の発生の抑制や流動性の向上は,SnにCu又はNiを単独で添加する場合との比較でのこと,更には,流動性の向上は,金属間化合物の発生が相対的に抑制されたことの結果であることも分かる。
また,金属間化合物が発生するのを抑制する程度や,流動性が向上する程度が明確でないことが,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』の意味が明確でないとの理由にはならない。すなわち,流動性の向上は,上述のとおり,金属間化合物の発生が相対的に抑制されたことの結果であり,そして,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』は,文字どおり,それが向上したと認識できる程度に,流動性が向上したことを意味しているのである。
してみると,本件明細書からは,請求人の主張する明確でないとする?@〜?Dの点を根拠に,特許請求の範囲に記載の,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』の意味が明確でないということはできない。
よって,理由1Aに理由はない。」イ理由1Bについて「(ア)本件明細書に記載されているとおり,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiにはCuのSnに対する反応を抑制する作用があるものと考えられる。
また,乙3(本訴甲9)によると,Sn-0.7wt%Cuに対してNiを0〜0.1重量%まで11段階に調整した試料について,溶融させた状態の試料にガラス管の端部を漬け,所定の真空引きで溶融試料をガラス管内に引きこみ,試料の流れが止まった位置までの長さを測定したところ,その値はNi添加量300ppmまでにおいて著しい変化はなく,400ppmで緩やかな増加に転じ,500ppmの試料で最大値を示し,それ以上のNi添加量では800ppmまで緩やかに減少し,800〜1000ppmの間で更に減少するが,300ppmの場合よりは大きいことが認められる。この実験は,Niを400〜1000ppm,すなわち,0.04〜0.1wt%添加した場合には,溶融させた状態のSn-0.7wt%Cu合金は,Niを添加しない場合などよりも,長い距離まで流れることを示したものであるところ,乙3(本訴甲9)によると,この実験結果からCu6Sn5中にNiが選択的に取り込まれて,Cu6Sn5の形成が抑制されたために,固体になるまでに長い時間を要したものと推認することができることが認められる。
以上のことからすると,Niを400〜1000ppm(0.04〜0.1重量%)添加した場合には,Cu6Sn5の形成が抑制されることが認められるから,はんだ付け作業中にCu濃度が上昇した場合に,SnとCuの不溶解性の金属間化合物が形成され,はんだ浴中に析出したり,ざらざらした泥状となってはんだ浴底に溜まったりして,はんだの流動性を阻害することが,Niの添加によって抑制されることが認められる。
この認定は,本件特許に関する,別件無効審判の審決取消請求事件(平成17年(行ケ)10860号)の判決の内容,すなわち,確定判決の内容である『ア上記(1)アの本件特許の訂正明細書(甲9(判決注:本訴の乙4の2である。)の《明細書》)に記載されているとおり,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiにはCuのSnに対する反応を抑制する作用があるものと考えられる。
イB研究員が作成した《Sn-0.7wt%Cu合金の流動性に及ぼすNi微量添加の影響》と題する実験報告書(乙4)によると,Sn-0.7wt%Cuに対してNiを0〜0.1重量%まで11段階に調整した試料について,溶融させた状態の試料にガラス管の端部を漬け,所定の真空引きで溶融試料をガラス管内に引きこみ,試料の流れが止まった位置までの長さを測定したところ,その値はNi添加量300ppmまでにおいて著しい変化はなく,400ppmで緩やかな増加に転じ,500ppmの試料で最大値を示し,それ以上のNi添加量では800ppmまで緩やかに減少し,800〜1000ppmの間で更に減少するが,300ppmの場合よりは大きいことが認められる。この実験は,Niを400〜1000ppm添加した場合には,溶融させた状態のSn-0.7wt%Cu合金は,Niを添加しない場合などよりも,長い距離まで流れることを示したものであるところ,乙4によると,この実験結果からCu6Sn5中にNiが選択的に取り込まれて,Cu6Sn5の形成が抑制されたために,固体になるまでに長い時間を要したものと推認することができることが認められる。
ウ上記ア及びイからすると,Niを400〜1000ppm(0.04〜0.1重量%)添加した場合には,Cu6Sn5の形成が抑制されることが認められるから,前記(1)で認定した本件発明1の解決課題,すなわち,《はんだ付け作業中にCu濃度が上昇した場合に,SnとCuの不溶解性の金属間化合物が形成され,はんだ浴中に析出したり,ざらざらした泥状となってはんだ浴底に溜まったりして,はんだの流動性を阻害すること》が,Niの添加によって抑制されることが認められる。』(乙4(本訴甲13)38頁15行〜39頁13行)(審決注;ここにおける乙4とは,本件審判請求事件における乙3(本訴甲9)である。)と符合するものである。
そして,乙3(本訴甲9)の実験は,上記認定したように,Niを0.04〜0.1wt%添加した場合には,溶融させた状態のSn-0.7wt%Cu合金は,Niを添加しない場合などよりも,長い距離まで流れることを示すもので,長い距離まで流れる方が流動性が優れていることは明らかであるから,Sn-0.7wt%Cuに対してNiを0.04〜0.1%添加した場合には,Niを添加しない場合と比較して,流動性が向上したということができる。
してみると,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金は実現できるということができる。
(イ)これについて,請求人は,請求人会社研究室のAが行った実験(甲9(本訴甲11),甲30(本訴甲12),甲48(本訴甲17))によれば,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金は実現できなかったと主張している。
そこで,検討すると,甲9(本訴甲11)によれば,Sn-0.71wt%Cu-0.058wt%Ni合金,及びSn-0.73wt%Cu-0.054wt%Ni-0.007wt%Ge合金は,Sn-0.65wt%Cu合金と比較して,流動性が向上しなかったとの結果が得られたとされ,また,甲30(本訴甲12)によれば,Sn-0.7wt%Cu-0.05wt%Ni合金は,Sn-0.7wt%Cu合金と比較して,流動性が向上しなかったとの結果が得られたとされ,更に,甲48(本訴甲17)によれば,Sn-1.2wt%Cu-0.05wt%Ni合金は,Sn-1.2wt%Cu合金と比較して,流動性が向上しなかったとの結果が得られたとされている。
しかしながら,甲9(本訴甲11)の実験は,溶融はんだ合金の噴流高さを測定するものであるのに対して,乙3(本訴甲9)の実験は,溶融はんだ合金を所定の真空引きでガラス管内に引きこみ,試料の流れが止まった位置までの長さを測定するものである。
また,甲30(本訴甲12)の実験では,はんだ合金の量が500gであり,溶解炉に蓋がなく,ガラス管が空気中に曝されており,はんだ合金の溶融温度が240℃,250℃,260℃,270℃であり,溶融温度での保持時間が5分であるのに対して,乙3(本訴甲9)の実験では,はんだ合金の量が1500gであり,溶解炉に蓋をしており,ガラス管が炉の蓋の中に入っており,はんだ合金の溶融温度が300.5℃(±0.4℃)であり,溶融温度での保持時間が約45分である。
また,甲48(本訴甲17)の実験では,はんだ合金の量が500g(±2g)であり,はんだ合金の溶融温度が250℃であり,はんだ合金のCu含有量は,1.250wt%,1.240wt%であるのに対して,乙3(本訴甲9)の実験では,はんだ合金の量が1500gであり,はんだ合金の溶融温度が300.5℃(±0.4℃)であり,はんだ合金のCu含有量は0.67wt%,0.68wt%である。
すなわち,甲9(本訴甲11),甲30(本訴甲12)及び甲48(本訴甲17)の各実験は,乙3(本訴甲9)の実験とは異なる実験方法又は実験条件で行われたものであり,それにより異なる結果が得られたにすぎないのであって,上記(ア)で述べたとおり,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金は実現できるといえる以上,請求人の主張に理由はない。
(ウ)更に,請求人は,要するに,以下のa〜cの点を根拠に,乙3(本訴甲9)は,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金が実現できることを裏付けるものではないと主張する。
a乙3(本訴甲9)の実験は,ガラス管温度が測定されておらず,その温度が一定であったかどうか不明であり,また,ガラス管高さ及び溶融温度での保持時間が不明である点。
b甲37(本訴甲14)の6頁の図2(左図)によれば,ラゴーン法(乙3(本訴甲9)の実験方法)による流動性は,冷却時に固液共存状態を発現しないSn-Pb共晶組成において最も良好になるはずであるところ,乙3(本訴甲9)の図5によれば,Ni含有量が多くなるにつれ,Sn-0.7Cu共晶組成から遠くなるにもかかわらず,ラゴーン法による流動性が向上しているという齟齬がある点。
c本件明細書の記載によれば,純金属であるSnは流動性が低いものであるが,甲37(本訴甲14)の6頁の図2(左図)によれば,純金属であるSnは,合金と比較して,ラゴーン法による流動性はむしろ高くなるはずであるから,本件各発明における流動性は,乙3(本訴甲9)の実験方法であるラゴーン法における流動性とは相違するといえる点。
しかしながら,上記(ア)で述べたように,乙3(本訴甲9)等から『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金が実現できるといえ,そして,このことは,同じく上記(ア)で述べたように,判決の内容と符合するもので,請求人の主張に理由がないことは明らかである。以下に,上記a〜cの各点について,簡単に触れておく。
a乙3(本訴甲9)の実験は,ガラス管温度が測定されておらず,その温度が一定であったかどうか不明であり,また,ガラス管高さ及び溶融温度での保持時間が不明である点。
乙6(本訴甲15)の『3.1Bの実験での実験条件』の記載によれば,乙3(本訴甲9)の実験では,溶解炉に蓋をしており,また,ガラス管の位置や溶融はんだに浸かっている部分の長さなどの実験条件を一定に保っているから,ガラス管の温度が測定されていないとしても,その温度はほぼ一定であると認められる。
また,乙6(本訴甲15)の『3.1Bの実験での実験条件』の記載によれば,ガラス管高さは125mmであり,また,『3.2《Bの実験ではバラツキ要因について一切述べられていない。》に対する回答』の『はんだ溶融状態の保持時間の影響』の記載によれば,溶融温度での保持時間は約45分であり,その条件が明らかにされていると認められる。
b甲37(本訴甲14)の6頁の図2(左図)によれば,ラゴーン法(乙3(本訴甲9)の実験方法)による流動性は,冷却時に固液共存状態を発現しないSn-Pb共晶組成において最も良好になるはずであるところ,乙3(本訴甲9)の図5によれば,Ni含有量が多くなるにつれ,Sn-0.7Cu共晶組成から遠くなるにもかかわらず,ラゴーン法による流動性が向上しているという齟齬がある点。
乙11(本訴甲16)において引用される参考文献7の図6に示されるSn-Cu-Niの相図によれば,Sn-0.7Cuは,厳密には僅かに亜共晶であり,Niを微量添加することにより三元系の共晶点により近くなると認められるから,上記のような齟齬があるとはいえない。
c本件明細書の記載によれば,純金属であるSnは流動性が低いものであるが,甲37(本訴甲14)の6頁の図2(左図)によれば,純金属であるSnは,合金と比較して,ラゴーン法による流動性はむしろ高くなるはずであるから,本件各発明における流動性は,乙3(本訴甲9)の実験方法であるラゴーン法における流動性とは相違するといえる点。
甲37(本訴甲14)の6頁の図2(左図)によれば,純金属であるSnは,共晶組成の合金と比較して,ラゴーン法による流動性は低くなっていると認められ,純金属であるSnは,合金と比較して,ラゴーン法による流動性が高くなるとは必ずしもいえないから,そのことにより,本件各発明における流動性は,ラゴーン法における流動性と相違するとはいえない。
以上のとおりであるから,理由1Bに理由はない。」ウ理由1Cについて「上記アで述べたことから明らかなように,発明の詳細な説明には,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項についての記載があり,しかも,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』とは,SnにCu又はNiを単独で添加すると,SnとCuとの金属間化合物又はSnとNiとの金属間化合物が発生し,噴流はんだ付けにおける合金溶融時に溶湯中に存在して流動性が低下するところ,互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるCuとNiを所定量添加することにより,SnにCu又はNiを単独で添加する場合と比較して,上記金属間化合物の発生が相対的に抑制され,その結果として,噴流はんだ付けに適したさらさらの状態に流動性が相対的に向上したことを意味するものであって,その内容も明らかにされている。
更に,上記イで述べたように,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金が実現できるといえ,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,実質的に裏付けられている。
以上のことから,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,発明の詳細な説明に記載されているといえる。
これについて,請求人は,発明の詳細な説明に,発明を実施するための最良の形態として記載されている『サンプル1,2,4,8,9』で,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,裏付けられていないから,本件各発明は,発明の詳細な説明に記載されているとはいえないと主張する。
しかしながら,Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる無鉛はんだ合金が,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項を有しているものであることは,上述のとおりであるところ,上記『サンプル1,2,4,8,9』が,発明を実施するための最良の形態として記載されていることは明らかであり,いずれのサンプルも,その合金組成が上記数値範囲内のものであるから,これらサンプルは,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項を有していると解するのが自然であり,仮に有していないとしても,上述のとおり,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,発明の詳細な説明に記載されていることに変わりはないのである。
よって,請求人の主張に理由はない。
以上のとおりであるから,理由1Cに理由はない。」エ無効理由1についてのまとめ「以上のとおりであるから,請求人の主張する無効理由1に理由はない。」(3)審決の「むすび」「以上のとおりであるから,請求人の主張する理由及び提示した証拠方法によっては,本件特許を無効とすることはできない。」第3審決取消事由の要点審決は,本件発明1及び4に係る本件特許が特許法36条4項又は6項1号若しくは2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるか否かの判断を誤った結果,本件発明1及び4に係る本件特許を無効とすることはできないとの誤った判断をしたものであるから,その限度において取り消されるべきである。
1取消事由1(特許法36条4項実施可能要件の具備についての判断の誤り(審決の「理由1B」関係))審決は,?@C等を務めるB(以下「B」という。)作成の「Sn-0.7wt%Cu合金の流動性に及ぼすNi微量添加の影響」と題する平成18年6月6日付け報告書(甲9。以下「B甲9実験報告書」という。)に記載された実験(以下「B甲9実験」という。)により,本件発明1及び4における「流動性の向上」が認められ,また,?ACuとNiが全固溶の関係にあることから,Niの添加によって,本件発明1及び4における「金属間化合物の発生が抑制」されると考えられるとし,上記?@及び?Aのみを根拠に,本件発明1及び4が実施可能であると判断した上,?B原告の研究室所属のA作成の「Sn-Cu系およびSn-Cu-Ni系,Sn-Cu-Ni-Ge系はんだ合金の噴流高さ計測実験結果」と題する平成18年9月20日付け書面(甲11。以下「A噴流実験報告書」という。)に記載された実験(以下「A噴流実験」という。),同人作成の「ラゴーン法再現試験」と題する平成19年1月25日付け書面(甲12)に記載された試験(以下「A再現試験」という。)及び同人作成の「過共晶でのラゴーン法実験」と題する平成19年4月17日付け書面(甲17。以下「A過共晶実験報告書」という。)に記載された実験(以下「A過共晶実験」という。)については,いずれも,B甲9実験とは異なる実験方法又は実験条件で行われたものであるから,それにより,異なる結果が得られたとしても,B甲9実験の信用性が損なわれることはない,と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1)金属間化合物の析出についてア本件発明1のはんだの組成は,「Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Sn」(以下「本件組成」という。)であり,Cuの含有量が下記共晶点以下であるから,下記のとおり,亜共晶組成である。
(ア)共晶点とは,下記固相線と下記液相線が交わる点であり,共晶点に相当する組成を有する合金は,下記固液共存相を経ずに,固体から液体に,液体から固体にそれぞれ変化する。Sn-Cu合金においては,共晶点は,Cu0.7重量%である(ただし,Cu0.9重量%付近であるとの見解も有力である。)。
(イ)固相線とは,固体の合金が液体への変化を開始する温度(逆に言えば,固体と液体とが混ざり合って存在する状態(固液共存相,固液共存状態)の合金がすべて固体となる温度)を示した線である。
(ウ)液相線とは,固液共存相の合金がすべて液体となる温度(逆に言えば,液体の合金が固体への変化を開始する温度)を示した線である。
(エ)Sn-Cu合金においては,共晶点よりもCu含有量が少ないものを亜共晶組成といい,多いものを過共晶組成という。
イ亜共晶組成のSn-Cu合金が液相線を上回る温度から冷却されていくと,次のような経過をたどる。
(ア)温度が液相線を下回ると,液体のSn-Cuの亜共晶組成から,Sn単体の初晶(初めて析出する相)が析出し,固液共存状態となる。
(イ)温度が固相線を下回ると,Snと,Cu6Sn5金属間化合物との共晶粒(Snの結晶と,Cu6Sn5金属間化合物の結晶とが1つの粒となっている固体)が生成されていく。
(ウ)温度が固相線を下回ってから相当時間が経過して平衡状態となると,すべて,Sn単体の初晶と,Sn・Cu6Sn5金属間化合物の共晶粒となり,固体となる。
ウ以上からすると,本件組成のSn-Cu合金においては,その温度が液相線を下回ったとしても,初晶として析出するのは,Sn単体であり,Cu6Sn5金属間化合物が析出するものではないから,Niの添加によって,Cu6Sn5金属間化合物の発生が抑制されるということはあり得ず,したがってまた,当該抑制による流動性の向上が認められるはずがないというべきである。
エ(ア)被告は,「本件発明1(及び4)のはんだ合金の流動性が求められる場面は,はんだ付け時である」旨主張するが,本件明細書の発明の詳細な説明(以下「本件『発明の詳細な説明』」ということがある。)には,はんだ槽内の溶融はんだの流動性についての記載があるのであるから,本件発明1のはんだ合金は,はんだ槽内の溶融はんだの流動性と無関係ではなく,本件発明1にいう「流動性が向上した」とは,はんだ槽内における溶融はんだの「流動性が向上した」ことを含むものである。
また,被告がした訂正審判請求に係る平成16年4月9日付け審判請求書(乙4の1)の記載並びに同書面の添付書類である資料1及び2の各記載(噴流実験の結果。乙4の3及び4)によれば,被告自身も,はんだ槽内の溶融はんだの流動性が本件発明1のはんだ合金の流動性であることを認識していたといえる。
したがって,被告の上記主張は,失当である。
(イ)a被告は,「実際に,プリント基板に対し,フロー式によりはんだ付けを行う際には,本件組成(亜共晶組成)のはんだ合金であっても,そのプリント基板付近における温度が急激に降下し,固相線を下回ることにより,固体Snのみならず,Cu6Sn5金属間化合物が大量に生成されることになる。」と主張する。
bしかしながら,温度が固相線を下回った状態で存在する固体は,初晶Snと,Sn・Cu6Sn5金属間化合物の共晶粒から成るものであり,そのうちのCu6Sn5金属間化合物についてのみ,Niが作用してその発生を抑制するということは,技術的に考えられない。
cまた,実際上,固相線を下回るような温度では,大半のはんだは固体となってしまい,流動性が問題となる「溶融」はんだ自体が存在しなくなってしまう。
確かに,はんだ付け時に,プリント基板と溶融はんだが接触したごく一瞬,局部的に温度が固相線を下回ることがあるかもしれないが,仮に,これにより共晶粒が生成されたとしても,それは,ミクロン単位のものであり,他方,はんだ槽内の高温の溶融はんだの量は圧倒的に多く,エネルギー量が格段に違うのであるから,このような共晶粒は,瞬時に溶解してしまう。
そもそも,はんだ槽内の温度は,定常的に固相線を上回り,大半は,液相線をも上回っているのであるから,はんだ槽内の温度変化は,全体として緩慢で定常的なものであるといえる。
なお,本件「発明の詳細な説明」には,はんだ付けのために固化されたはんだ(共晶粒)が,はんだ槽内に慢性的に浮遊しているとの記載はないし,当業者も,そのように認識していないし,そのような事実を認めるに足りる証拠もない。
dさらに,本件「発明の詳細な説明」の記載によれば,本件発明1にいう「金属間化合物」が,固相線温度以下で生成される共晶粒の組成物である金属間化合物を含まず,液相線温度以下で生成される金属間化合物の単体を指していることは明らかである。
e以上からすると,「・・・プリント基板付近における温度が急激に降下し,固相線を下回ることにより,・・・Cu6Sn5金属間化合物が大量に生成されることになる」との被告の主張は,失当である。
(2)「流動性」の測定方法についてア(ア)そもそも,はんだ槽内における溶融状態のはんだの流動性を端的に測定する方法として業界において確立したものはなく(「さらさらしている」とか,「どろどろしている」などといった,感覚的なものしかない。),B甲9実験が採用したラゴーン法が確立した測定方法であるということもない。また,本件「発明の詳細な説明」にも,ラゴーン法及びこれによる流動性の測定結果についての記載はない。
(イ)ラゴーン法は,溶融して循環している金属の流動性ではなく,急冷された金属が凝固する過程における流動性を測定評価するものであるところ,本件発明1に係る溶融はんだは,はんだ槽の中で循環しているものであり,温度変化は緩慢であるから,溶融はんだの流動性の測定方法として,ラゴーン法は適切ではない。
(ウ)溶融状態におけるはんだの流動性を端的に測定する方法の1つは,A噴流実験において採用された方法,すなわち,実際のはんだ槽内においてノズルにより噴出されるはんだの高さの変化を測定する方法(噴流実験)である。
そして,A噴流実験報告書によれば,Niを添加しても,溶融はんだの流動性の向上は認められなかったものである。
イ(ア)Sn-Cu合金の温度が液相線を下回ったときにCu6Sn5金属間化合物を析出するのは,Cu含有量が共晶点を上回る過共晶組成においてであるところ,仮に,本件発明1の課題が,はんだ付けが進行するうちに,対象部品の接点のはんだが溶けていき(いわゆる銅食われ),はんだのCu濃度が上昇して共晶点を越えたときに生じる過共晶組成の状態において,金属間化合物の発生を抑制し,流動性を向上させることであったとしても,B甲9実験は,亜共晶組成のSn-Cu合金に関するものであるから,発明の課題と実験条件とが合致しないことになる(なお,被告提出に係る後記B・D乙2論文に記載されたラゴーン法実験においても,亜共晶組成のはんだ合金が用いられている。)。
また,ラゴーン法は,共晶点に近付くほど,流動性が向上したとの結果が得られる測定法であるところ,亜共晶組成のはんだ合金にNiを添加すると,添加物が増え,共晶点に近付くのであるから,亜共晶組成のはんだ合金を用いてラゴーン法による測定を行えば,Niの添加により流動性が向上したとの結果が得られるのは当然である。したがって,そのような測定結果が,金属間化合物の発生の抑制を示すものとはいえない。
(イ)なお,A過共晶実験は,過共晶組成のSn-Cu合金につき,ラゴーン法を採用して行ったものであるが,A過共晶実験報告書によれば,Niの添加によって,ラゴーン法実験における流動長は,変化しないか,かえって低下するものであった(過共晶組成であれば,Niの添加によって共晶点から遠ざかるので,流動性が低下するとの結果が得られるのは当然である。)。
ウ審決は,上記のとおり,A噴流実験,A再現試験及びA過共晶実験については,いずれも,B甲9実験とは異なる実験方法又は実験条件で行われたものであり,それにより,異なる結果が得られたにすぎないから,B甲9実験の信用性が損なわれることはないと判断した。
しかしながら,本件「発明の詳細な説明」には,ラゴーン法を含め,流動性の測定方法について何ら記載がないのであるから,当業者において特段不都合と認められる測定方法でない限り,本件発明1の無鉛はんだ合金においては,金属間化合物の発生の抑制による流動性の向上が認められなければならないはずである。そうすると,1つの測定方法により流動性の向上が認められても,その余の測定方法によりそれが確認されない以上,本件発明1が実施可能であるということはできないというべきである。
(3)NiとCuとが全固溶の関係にあることについてア審決は,NiとCuとが全固溶の関係にあることから,Niの添加によって,Cu6Sn5金属間化合物の発生が抑制されると推論される旨判断した。
しかしながら,審決は,全固溶の関係にあると金属間化合物の発生がなぜ抑制されるのかについて,その理由を何ら明らかにしていない。
イ全固溶とは,比較する原子の半径が極めて近似しているため,原子同士が極めて混合しやすいということを意味する。そして,NiとCuとが全固溶の関係にあるとしても,それは,初晶として生成されるCu6Sn5金属間化合物(過共晶組成の場合)又は共晶粒中の同金属間化合物(亜共晶組成若しくは過共晶組成の場合であって,温度が固相線を下回ったとき)について,微量添加されたNiが,そのCuのごく一部と置き換わるだけのことである。
具体的には,本件組成において,全体の原子数を1000個としたとき,Sn原子が986個,Cu原子が13個であるのに対し,Ni原子は,1個しか存在しないのであり,その程度のNiが単にCuと置き換わるだけでは,金属間化合物の発生量は抑制されない(Cu6Sn5金属間化合物の一部が(Cu・Ni)6Sn5金属間化合物となるだけで,金属間化合物の発生量に変化は生じない。)。
また,学会においても,当業者においても,この程度のNiにより,金属間化合物の発生量が抑制されるとの事実が認識されていることはなく,そのことを示す文献もない(なお,後記B・D乙2論文においても,当該事実についての言及はない。)。
(4)なお,被告は,「原告は,本件の被告を原告,本件の原告を被告とする別件訴訟(大阪地方裁判所平成18年(ワ)第6162号特許権侵害差止等請求事件。
以下,単に『別件訴訟』という。)において,Niの添加により金属間化合物の発生が抑制されることを自認する旨の主張をしている。」旨主張するが,当該原告の主張は,はんだ付け後,完全に固化したはんだにおける金属間化合物の成長を抑制する作用についてのものであって,本件発明1におけるはんだの流動性とは全く関係のない技術に関するものであるから,被告の上記主張は,失当である。
(5)小括以上のとおり,本件組成から成る無鉛はんだ合金を構成しても,金属間化合物の発生の抑制及び流動性の向上を実現することはできないし,過共晶組成となったときは,Niの添加により,かえって流動性を損なうのであるから,本件発明1は,実施不能である。そして,請求項1の従属項である請求項4に係る本件発明4も,同様に実施不能である。
したがって,本件「発明の詳細な説明」は,本件発明1及び4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。
2取消事由2(特許法36条6項1号のサポート要件の具備についての判断の誤り(審決の「理由1C」関係))審決は,「本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,発明の詳細な説明に記載されているといえる。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1)本件「発明の詳細な説明」には,「金属間化合物の発生の抑制」との事項について,「NiとCuが全固溶の関係にあること」から考えられるとしか記載されておらず,そのメカニズムは,当業者において理解不能なものであるし,「流動性の向上」との事項についても,「Niを添加することによって,さらさらとなる」という程度の記載しかなく,流動性を何らかの方法によって測定した具体的な実施例の記載は全くない。したがって,「金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上した」との事項について,どの実施例とどの実施例を比較し,どのような流動性実験によって,どのような流動性が向上したと認められるのかについては,本件「発明の詳細な説明」からは,全く明らかでないというべきである。
(2)ア審決は,「上記イで述べたように,『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』無鉛はんだ合金が実現できるといえ,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』なる事項は,実質的に裏付けられている。」と説示し,B甲9実験により,本件「発明の詳細な説明」に記載された具体例において流動性が向上していることが分かるとしている。
イしかしながら,B甲9実験報告書は,本件発明1及び4に係る特許出願(以下「本件出願」という。)後の実験データであるから,このような資料による後日の立証は許されないというべきである(知財高裁平成17年11月11日判決・判タ1192号164頁参照)。
ウまた,取消事由1において主張したとおり,本件組成から成る無鉛はんだ合金を構成しても,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」はんだを得ることはできないのであるから,「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との事項が,本件「発明の詳細な説明」の記載によって裏付けられているということはできない。
(3)以上のとおりであるから,本件発明1及び4における「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」なる事項は,本件「発明の詳細な説明」に記載されているとはいえない。
(4)なお,大阪地方裁判所は,平成20年3月3日に言い渡した別件訴訟の判決(甲32)において,本件発明1及び4に係る本件特許は,特許法36条6項1号に違反してされたものであると判断した。
3取消事由3(明確性の要件(特許法36条6項2号)の具備についての判断の誤り(審決の「理由1A」関係))審決は,「特許請求の範囲に記載の,本件各発明における『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』の意味が明確でないということはできない。」と判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
(1)ア本件発明1及び4の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との記載は,機能又は特性により,無鉛はんだ合金を特定するものである。
イところで,特許庁の審査基準によれば,請求項が機能,特性等により物を特定する事項を含む場合には,当該機能,特性等が,?@標準的規格(JIS,ISO,IEC規格等)により定められた定義を有するか,又は標準的規格で定められた試験・測定方法により定量的に決定できるものであることを要し,?A上記?@に該当しない場合には,当該技術分野において当業者に慣用されていることを要し,?B上記?Aに該当しない場合には,発明の詳細な説明の記載において,その機能,特性等の定義や試験・測定方法を明確にし,請求項中のこれらの用語がそのような定義や試験・測定方法によるものであることが明確になるように記載することを要し,上記?@ないし?Bをいずれも満たさない場合には,発明の範囲が不明確になるとされている。
ウこれを本件についてみるに,本件発明1及び4の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との事項は,上記標準的規格にその試験・測定方法は開示されていないから,上記イの?@には該当せず,また,当該事項に係る概念が当業者に慣用されているとはいえない(本件出願時,溶融金属の流動性の測定方法については,種々のものが存在していた。)から,上記イの?Aにも該当せず,さらに,本件「発明の詳細な説明」には,当該事項についての試験・測定方法が開示されていないから,上記イの?Bにも該当せず,結局,当該事項は,明確であるとはいえない。
(2)審決は,「『金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した』は,文字どおり,それが向上したと認識できる程度に,流動性が向上したことを意味しているのである。」と説示したが,この説示は,要するに,「流動性が向上したと認識できる程度に,流動性が向上したことを意味しているのである。」というものであって,その意味するところは,全く明らかでない。
(3)「流動性の向上」について,本件「発明の詳細な説明」には,「・・・流動性が改善され,さらさらの状態になる。」との記載があるのみであるところ,「さらさら」している,していないとの感覚は,官能的,定性的なものであり,当業者といえども,人によって異なるものであるし,はんだ槽内の溶融はんだが「さらさら」の状態であるか否かは,目視では分かりにくい。
このように,本件「発明の詳細な説明」には,溶融はんだの流動性が向上したか否かを判断するための明確な方法,基準が記載されておらず,そうである以上,「流動性の向上」というあいまいな事項を含む本件発明1及び4は,不明確である。
(4)また,仮に,本件発明1及び4における「流動性の向上」が認識し得るものであるとしても,それが,「金属間化合物の発生の抑制」によるものであるとは必ずしもいえない。
本件「発明の詳細な説明」には,「Niは・・・金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。」,「・・・Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。」との記載があるが,「CuとNiとが全固溶である」ことが,「Niが金属間化合物の発生を抑制する作用を有する」こととどのように関係するのかは不明である。
このように,本件「発明の詳細な説明」において,「金属間化合物の発生を抑制し」との事項を特定しているのは,「CuとNiとが全固溶である」という不明確な論理のみであり,金属間化合物の発生の程度を確認する試験,測定方法及び測定結果に至っては,本件「発明の詳細な説明」に一切開示されていないのであるから,このような不明確な論理に基づいて金属間化合物の発生が抑制されているか否かを判断することはできず,したがって,このようなあいまいな事項を含む本件発明1及び4は,不明確である。
(5)なお,別件訴訟における原告の主張に係る被告の主張が失当であることは,前記1(4)のとおりである。
(6)以上のとおりであるから,審決が判断したように「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」の意味が明確であるとはいえず,このような事項を含む本件発明1及び4は,不明確であるといわざるを得ない。
第4被告の反論の骨子1取消事由1(実施可能要件の具備についての判断の誤り)に対して(1)金属間化合物の析出についてア被告は,本件組成が亜共晶組成であることを否定するものではないし,溶融金属の温度だけをみた場合,亜共晶組成のSn-Cu合金が液相線を下回ったとしても,初晶として析出するのがSn単体であり,Cu6Sn5金属間化合物が析出しないことも否定しない。
イしかしながら,本件発明1及び4は,無鉛「はんだ合金」であって,その基本的な用途は,「はんだ付け」(プリント基板に電子部品を実装する際の接合作業)であるから,はんだ合金の流動性が求められる場面は,はんだ付け時である。
そして,実際に,プリント基板に対し,フロー式によりはんだ付けを行う際には,本件組成(亜共晶組成)のはんだ合金であっても,そのプリント基板付近における温度が急激に降下し,固相線を下回ることにより,固体Snのみならず,Cu6Sn5金属間化合物が大量に生成されることになる。
また,本件組成における数値限定は,無鉛はんだ合金の組成を特定したものにすぎず,当該無鉛はんだ合金を用いてはんだ付けの作業を行っている間におけるはんだ槽内の合金組成まで規定するものではないから,本件発明1及び4の無鉛はんだ合金を溶融させた状態で実際にはんだ付けを行う場合には,いわゆる銅食われにより,部分的に亜共晶組成から過共晶組成に移行する場面が出現し,その場合には,温度が液相線を下回ると,Cu6Sn5金属間化合物が析出する。
ウ以上からすると,原告の主張は,はんだ合金の固体状態と液体状態を,静的な定常状態として学術的にみたものにすぎず,失当であるといわざるを得ない。
(2)「流動性」の測定方法についてア上記(1)イにおいて主張したところによれば,はんだ槽内の溶融はんだは,絶えず非定常状態に置かれているといえるから,本件発明1及び4における流動性の測定方法としては,定常的な方法である噴流実験よりも,非定常的な方法(凝固に至るプロセスを急冷させて測定するもの)であるラゴーン法が適切である。
そして,ラゴーン法による実験としては,A再現試験よりも,B甲9実験の方が正確なものである。
また,2007(平成19)年7月23日から同月25日にかけて英国シェフィールド大学において開催された「The 5th Decennial International Conference onSolidification Processing」と称する国際会議の予稿集の651頁から655頁ま で に 掲 載 さ れ た B , 被 告 代 表 者 ( C ) ら に よ る 「 Solidificationcharacteristics of lead-free solder Sn-0.7Cu-0.06Ni」と題する論文(乙2。以下「B・D乙2論文」という。)によれば,ラゴーン法を用いた実験結果として,本件組成の溶融はんだが良好な流動性を示すことが記載されている。
イなお,原告は,本件発明1の課題と実験条件とを一致させるためには,過共晶組成のSn-Cu合金においてこれを行うべきである旨主張するが,上記(1)イにおいて主張したとおり,亜共晶組成のSn-Cu合金においても,金属間化合物が生成されるのであるから,原告の上記主張は理由がない。
(3)NiとCuとが全固溶の関係にあることについてア原告は,「審決は,全固溶の関係にあると金属間化合物の発生がなぜ抑制されるのかについて,その理由を何ら明らかにしていない。」と主張するが,当該理由は,学術論の問題であって,実施可能要件として明らかにする必要のないものである。
イ原告は,「学会においても,当業者においても,全体の原子数1000個のうち1個のNiがCuと置換されることにより,金属間化合物の発生量が抑制されるとの事実が認識されていることはなく,そのことを示す文献もない。」旨主張するが,このことは,実施可能要件の問題としてではなく,本件発明1及び4が新規のものであり,かつ,進歩性を備えたものであることを証明する事実としてとらえるべきものである。
(4)なお,原告は,別件訴訟において,Niの添加により金属間化合物の発生が抑制されること及び原告製品である無鉛はんだ合金(「Cu0.698重量%-Ni0.0703重量%-Ge0.007重量%-Ag0.084重量%及び不可避不純物」)において流動性の向上が必要な機能であることを自認する旨の主張をしている。
(5)小括以上のとおり,本件発明1及び4において,金属間化合物の発生が抑制され,流動性が向上することは明らかであるから,本件「発明の詳細な説明」は,当業者が本件発明1及び4の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているというべきである。
2取消事由2(サポート要件の具備についての判断の誤り)に対して(1)本件発明1及び4の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との発明特定事項は,本件「発明の詳細な説明」に記載されたものである。
(2)原告は,「B甲9実験報告書は,本件出願後の実験データであるから,このような資料による後日の立証は許されない」と主張する。
しかしながら,発明の効果の確認又は発明の効果のより緻密な説明のための資料を特許出願後に提出することは,従前から許容されていることである。そして,本件発明1及び4は,無鉛はんだ合金における流動性の向上という課題を解決したものであるところ,当該流動性の向上の効果を検証したものがB甲9実験である。このように,同実験は,本件発明1及び4の効果の更なる確認のために行われたものであり,本件「発明の詳細な説明」の記載を補充するものではない。
したがって,原告が引用する裁判例(発明の実体そのものについて,特許出願後に作成・提出された実験結果を参酌することは許されないとした事案)は,本件と事案を異にするものというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は失当である。
3取消事由3(明確性の要件の具備についての判断の誤り)に対して(1)ア本件「発明の詳細な説明」には,次の各記載がある。
(ア)「Ni自身もSnと反応して化合物を発生させるが,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生に相互作用をする。」(3頁7〜10行)(イ)「ところで,上記説明ではSn-Cu合金に対してNiを添加するという手順を基本として説明したが,逆にSn-Ni合金に対してCuを添加するという手順も成立する。SnにNiを単独で徐々に添加した場合には融点の上昇と共に,Sn-Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,Cuを投入することによって粘性はあるものの流動性が改善され,さらさらの状態になる。」(3頁21〜25行)イ上記アのとおり,本件「発明の詳細な説明」には,NiがSn-Cu金属間化合物の発生に相互作用をすること及びその結果として流動性が改善したとの知見が明確に示されているのであるから,本件発明1及び4の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との発明特定事項は,明確である。
(2)また,前記1(4)において主張したところからも,同発明特定事項が明確であることは明らかである。
(3)原告は,「『さらさら』している,していないとの感覚は,官能的,定性的なものであり,当業者といえども,人によって異なるものであるし,はんだ槽内の溶融はんだが『さらさら』の状態であるか否かは,目視では分かりにくい。」と主張するが,「さらさら」であるか否かは,溶融はんだの状態を表す1つの尺度として用いられているものであるし,「さらさら」との表現は,単に定量的ではないということにすぎず,この点のみをもって発明が明確でないとするのは相当でないから,原告の上記主張は失当である。
第5当裁判所の判断事案にかんがみ,取消事由2から判断する。
1取消事由2(サポート要件の具備についての判断の誤り)について(1)特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件についてア(ア)特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号が規定するいわゆるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものであるか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。
(イ)また,発明の詳細な説明の記載が,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでなく,かつ,特許出願時の技術常識に照らしても,当業者において当該発明の課題が解決されるものと認識することができる程度のものでない場合に,特許出願後に実験データ等を提出し,発明の詳細な説明の記載内容を記載外において補足することによって,その内容を補充ないし拡張し,これにより,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するようにすることは,発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度に趣旨に反し許されないと解すべきである。
イところで,本件発明1は,前記第2の2のとおり,本件組成を有する無鉛はんだ合金であって,「金属間化合物の発生を抑制し」との構成(以下「本件構成A」という。)及び「流動性が向上した」との構成(以下「本件構成B」という。)を含むものであるところ,一般に,合金に係る発明を,その組成に加え,その機能ないし性質を用いて特定する場合,当該発明は,その機能ないし性質を必要とする用途に用いられる合金であり,当該組成を有する当該合金が当該機能ないし性質を備えることにより,当該発明の課題が解決されるものと理解されるのであるから,上記ア(ア)において説示したところに照らせば,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて判断するに当たっては,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものであるか,又は,本件出願時の技術常識参酌すれば,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものであることを要すると解するのが相当である。
ウ以上の観点から,以下,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものであるか否かについて検討する。
(2)本件「発明の詳細な説明」の記載ア本件「発明の詳細な説明」には,次の各記載がある。
(ア)「技術分野本発明は,新規な無鉛はんだ合金の組成に関するものである。」(1頁下から13〜12行)(イ)「背景技術従来からはんだ合金において鉛は錫を希釈して流動性およびヌレ特性を改善する重要な金属であるとされていた。しかし,最近では,・・・はんだにおいて鉛合金を避ける傾向が顕著である。
ところで,いわゆる無鉛はんだ合金を組成する場合であっても,合金自体が相手の接合物に対してヌレ性を有していることが不可欠であるから,このような性質を有する錫は合金母材としては不可欠である。従って,無鉛はんだ合金としては,錫の特性を十分に活かし,かつ従来の錫鉛共晶はんだに劣らない接合信頼性を発揮させることができる添加金属をどの範囲で特定するかということが非常に重要になる。
そこで,本発明では無鉛でかつ錫を基材としたはんだ合金を開発し,工業的に入手しやすい材料で,従来の錫鉛共晶はんだにも劣ることがなく,強度が高く安定したはんだ継手を構成することができる,金属間化合物の発生を抑制し流動性が向上したはんだ合金を開示することを目的としたものである。」(1頁下から11行〜2頁5行)(ウ)「発明の開示本発明では,上記目的を達成するためのはんだ合金として,Cu0.3〜0.7重量%に,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snの3元はんだを構成した。この成分中,Snは融点が約232℃であり,接合母材に対するヌレを得るために必須の金属である。ところが,Snのみでは鉛含有はんだのように比重の大きい鉛を含まないので,溶融時には軽くふわふわした状態になってしまい,噴流はんだ付けに適した流動性を得ることができない。又,結晶組織が柔らかく機械的強度が十分に得られない。従って,Cuを加えて合金自体を強化する。・・・又,はんだ付け中にリード線などで通常用いられる母材であるCuの表面からCuが溶出するという銅食われを抑制する機能も果たす。・・・又,銅くわれを抑制することは,はんだ付け界面における銅濃度差を小さくして,脆い化合物層の成長を遅らせる機能も果たすことになる。
また,Cuの添加はディップはんだ付け工法で長期使用した場合のはんだ自身の急激な成分変化を防止する機能も発揮する。」(2頁6行〜下から8行)(エ)「本発明において重要な構成は,Snを主としてこれに少量のCuを加えるだけでなく,Niを0.04〜0.1重量%添加したことである。NiはSnとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。このような金属間化合物は融点が高く,合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性能を低下させる。そのためにはんだ付け作業時にはんだパターン間に残留すると,導体同士をショートさせるいわゆるブリッジとなることや,溶融はんだと離れるときに,突起状のツノを残すことになる。そこで,これを回避するためにNiを添加したが,Ni自身もSnと反応して化合物を発生させるが,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生に相互作用をする。本発明では,SnにCuを加えることによってはんだ接合材としての特性を期待するものであるから,合金中にSn-Cu金属間化合物が大量に形成されることは好ましくないものということができる。そこで,Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。
・・・Niの添加量を減らしていった場合,0.04重量%以上であればはんだ流動性の向上が確認でき,またはんだ接合性,およびはんだ継手としての強度などが確保されることが判明した。従って,本発明ではNiの添加量として下限を0.04重量%に規定した。」(2頁末行〜3頁下から10行)(オ)「ところで,上記説明ではSn-Cu合金に対してNiを添加するという手順を基本として説明したが,逆にSn-Ni合金に対してCuを添加するという手順も成立する。SnにNiを単独で徐々に添加した場合には融点の上昇と共に,Sn-Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,Cuを投入することによって粘性はあるものの流動性が改善され,さらさらの状態になる。これら何れの手順から見ても,CuとNiが相互作用を発揮した結果,はんだ合金として好ましい状態に達することがわかる。」(3頁下から9〜3行)(カ)「なお,CuとNi両者の含有比については,適正範囲が問題になるが,図1に示したようにNiは0.04〜0.1重量%,Cuは0.3〜0.7重量%の範囲で示された部分は全てはんだ継手として好ましい結果を示す。即ち,上述したように母合金をSn-Cu合金と考えた場合には,X軸に示されたCuの含有量が0.3〜0.7重量%の範囲で一定の値に固定されることになるが,その場合にはNiを0.04〜0.1重量%の範囲で添加量を変えた場合でも好ましい結果を示す。一方,母合金をSn-Ni合金と考えた場合にはY軸に示されたNiの含有量が0.04〜0.1重量%の範囲で一定の値に固定されることになるが,その場合であってもCuを0.3〜0.7重量%の範囲で添加量を変えた場合でも好ましい結果を示す。」(4頁1〜10行)(キ)「発明を実施するための最良の形態以下,本発明の組成を有するはんだ合金の物性を表に示す。サンプル組成は,発明者が本発明の無鉛はんだ合金の最適配分の1つであると考える,Cu0.6重量%,Ni0.1重量%,残部Snの合金を調整して用いた。
(溶融温度)液相温度約227℃,固相温度約227℃である。試験方法は示差熱分析器で昇温速度20℃/分で行った。
(比重)比重測定器によって約7.4を示した。
(室温25℃雰囲気における引張試験)破断強度が3.3Kgf/mm2,伸びが約48%であった。・・・(広がり試験)JISZ3197規格で測定したところ,240℃においては77.6%,260℃においては81.6%,280℃においては83.0%を示した。・・・(ヌレ性試験)7×20×0.3mmの銅板を2%の希塩酸で酸洗いしたものを用い,浸漬速度15mm/秒,浸漬深さ4mm,浸漬時間5秒の条件下において行い,ヌレ性試験装置によって測定した。使用したフラックスはRAタイプである。結果としては,0クロス時間と最大ヌレ力をそれぞれ測定したところ,240℃では1.51秒,0.27N/m,250℃では0.93秒,0.33N/m,260℃では0.58秒,0.33N/m,270℃では0.43秒,0.33N/mであった。この結果から,共晶はんだと比較すると融点が高いのでヌレ始めが遅くはなるが,温度の上昇につれてヌレ速度が速くなっていることが分かる。・・・(接合強度試験)QFPリードピール試験によって,約0.9Kgf/ピンの強度を得た。
ところが,破断部分を目視したところ,すべての基板と銅箔ランド間で起こっていたため,はんだ継手部は十分な強度を保っていることが確認できた。
(電気抵抗試験)直径0.8mmの線はんだ1メートルを4端子測定法によって測定したところ,0.13μΩの抵抗値を得た。・・・低い抵抗値であれば,電気の伝播速度が上がるため,高周波特性が向上し,音響特性も変化する。・・・(クリープ強度試験)片面紙フェノール基板に設けたランド径3mm,穴径1mmに0.8mm角の錫メッキ真鍮ピンをフローはんだ付けした。次に,重量1kgのおもりをステンレス線でぶら下げ,それぞれを恒温槽に吊るしてピンが抜け落ちるまでの時間を計測した。その結果,恒温槽の温度145℃では300時間を経過しても落下しなかった。また,180℃でも300時間を経過してもまだ落下しなかった。・・・この結果から,鉛含有はんだの挙動とは全く異なり,クリープしにくいと共に,高温雰囲気下での信頼性が特に保証されることが判明した。
(ヒートショック試験)-40/80℃で各1時間のヒートショックを与えたところ,1000サイクル以上の耐久性を確認した。・・・(マイグレーション試験)JIS規格で規定されている2型櫛形試験片にRMAフラックスでディップはんだを行った。フラックス残滓を洗浄し,リード線を端子に取り付けて抵抗値を測定して,これを初期値とし,恒温恒湿器に投入した後,それぞれに規定(の)直流電圧を印加して1000時間までの所定の時間単位で抵抗値を測定し,試験片を20倍のルーペで観察した。温度40℃,湿度95%でDC100Vを印加した場合も,温度85℃,湿度85%でDC50Vを印加した場合も,共に経時的な異常は見られなかった。・・・(食われ試験)260±2℃で溶解しているはんだ槽中にRAタイプのフラックスを付けた直径0.18mmの銅線を浸漬し,槽中で揺らしながら線材が食われてなくなるまでの時間をストップウォッチで計測した。その結果,本実施形態のはんだでは約2分で食われた・・・。
これは本実施形態では適量のCuが添加されていることに起因するものと推測される。即ち,Snの含有量が多いにもかかわらず,Cuの溶解速度は比較的遅いことで,当初から添加されているCuが食われを抑制したことが原因である。また,はんだの融点が共晶はんだと比較して約40℃も高いことが溶解速度を遅くしている一因であるとも推測される。」(4頁下から10行〜6頁下から2行)(ク)「次に,別の組成についてそれぞれ融点および強度を測定した結果(を)表1に示す。
・・・この実験例からも明らかなように,発明の範囲外である比較例と比べても,全てのサンプルが強度的に満足いくものである。・・・伸びについては,Niの添加によって合金自体が良好な伸びを示したものと考えられる。」(6頁末行〜8頁9行)(ケ)「はんだ付けにおいて重要な性質であるヌレ性については,活性力の弱いRMAタイプのフラックスによっても銅板に対するヌレが良好である。従って,このフラックスを採用することによってヌレの良好性を確保することができる。」(8頁16〜18行)(コ)「本発明では,NiがCuと全固溶し,かつCuとSnの合金によるブリッジの発生などを抑制できることに着目しているが,Ni独自の効果を阻害する金属が合金中に存在することは好ましくない。言い換えると,Cu以外の金属でNiと容易に相互作用する金属の添加については,本発明の意図するところではない。」(8頁末行〜9頁4行)(サ)「産業上の利用可能性本発明の無鉛はんだは,従来の錫鉛共晶はんだと比較すると融点が高くなるためにヌレ開始は遅れるものの,ヌレ始めると各種の表面処理に適応して界面の合金層を急速かつ確実に形成することができる。・・・しかも,従来のはんだ合金では根本的な問題とされていた銅食われが減少するので,リード線の耐久性が飛躍的に向上することになる。」(9頁5〜11行)イまた,表1(7頁)には,次の5種類の組成の無鉛はんだ合金(?@ないし?Bは本件発明1の組成(本件組成)の範囲内のもの,?C及び?Dは本件発明4の組成の範囲内のもの)をサンプルとして,融点(固相点・液相点),強度及び伸び率を測定し,次の2種類の組成の比較例と比較した結果が示されている(単位は,いずれも重量%である。)。
「(サンプル)SnCuNiGe?@残部0.50.05?A残部0.50.1?B残部0.60.05?C残部0.50.050.1?D残部0.50.050.3(比較例)残部0.5残部0.7」(3)検討ア(ア)上記(2)のとおり,本件「発明の詳細な説明」には,本件構成A及びBに関する記載として,「本発明では・・・金属間化合物の発生を抑制し流動性が向上したはんだ合金を開示することを目的としたものである。」(上記(2)ア(イ)),「本発明では,上記目的を達成するためのはんだ合金として,Cu0.3〜0.7重量%に,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snの3元はんだを構成した」(同(ウ)),「NiはSnとCuが反応してできるCu6Sn5あるいはCu3Snのような金属間化合物の発生を抑制する作用を行う。このような金属間化合物は融点が高く,合金溶融時に溶湯の中に存在して流動性を阻害し,はんだとしての性能を低下させる。・・・そこで,これを回避するためにNiを添加したが,Ni自身もSnと反応して化合物を発生させるが,CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生に相互作用をする。本発明では,SnにCuを加えることによってはんだ接合材としての特性を期待するものであるから,合金中にSn-Cu金属間化合物が大量に形成されることは好ましくないものということができる。そこで,Cuと全固溶の関係にあるNiを採用し,CuのSnに対する反応を抑制する作用を行わしめるものである。
・・・Niの添加量を減らしていった場合,0.04重量%以上であればはんだ流動性の向上が確認でき(た)」(同(エ)),「SnにNiを単独で徐々に添加した場合には融点の上昇と共に,Sn-Ni化合物の発生によって溶解時に流動性が低下するが,Cuを投入することによって粘性はあるものの流動性が改善され,さらさらの状態になる」(同(オ)),「本発明では,NiがCuと全固溶し,かつCuとSnの合金によるブリッジの発生などを抑制できることに着目している」(同(コ))との各記載,すなわち,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより本件構成A及びBの機能ないし性質が得られたとの結果の記載並びにその理由として「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」との趣旨の記載があるにすぎず,本件構成A及びBの機能ないし性質が達成されたことを裏付ける具体例の開示はおろか,当該機能ないし性質が達成されたか否かを確認するための具体的な方法(測定方法)についての開示すらない。
(イ)なお,本件「発明の詳細な説明」には,上記(2)ア(キ)及び(ク)並びにイのとおり,本件発明1に係る無鉛はんだ合金の各種試験結果についての記載があるが,うち,ヌレ性試験以外の各種試験が本件構成A及びBの機能ないし性質と直接の関係のないものであることは,それらの内容に照らし,明らかである。
また,本件構成A及びBの機能ないし性質が,その内容及び上記(2)アの記載内容に照らし,Sn-Cu金属間化合物の生成の抑制に関し,Niの添加量の程度によって左右されるものであるのに対し,ヌレ性については,上記(2)アのとおり,本件「発明の詳細な説明」には,無鉛はんだ合金自体の融点の温度によって左右されるものである趣旨の記載があるのみであるから,ヌレ性試験についても,本件構成A及びBの機能ないし性質とは直接の関係のないものであるというべきであり(なお,被告も,現在のはんだ合金につき,「流動性の良さという,ぬれ性とは別個の課題を解決する必要がある」と主張するところであるし(被告の平成19年12月13日付け準備書面(第1回)6頁16〜19行),本件「発明の詳細な説明」においても,「・・・はんだ合金において鉛は・・・流動性およびヌレ特性を改善する重要な金属であるとされていた。」との記載がある(上記(2)ア(イ))。),その他,ヌレ性試験が本件構成A及びBの機能ないし性質に関する試験であると認めるに足りる証拠はない。
(ウ)aさらに,本件「発明の詳細な説明」中の「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」との趣旨の記載の技術的意義についてみるに,B作成の以下の各書面には,それぞれ以下の各記載がある。
(a)B甲9実験報告書(平成18年6月6日付け)i「5.実験結果に対する個人的見解・・・今回の試験における Sn-0.7Cu 合金は,Ni 添加量が 400ppm 〜 800ppm の範囲において,流動性が相対的に著しく高くなることが示された。これは,学術的にも重大な発見であり,その流動性向上メカニズムは今後の学術研究によりさらに詳しく解明されることが期待される。」(9頁14〜23行)ii「Ni を添加することによって凝固時(液相↑固相の相変態時)に金属間化合物であるCu Sn 中に選択的に Ni が取り込まれ,Cu Sn 固液界面エネルギー状態に変化を来たす。詳しく65 65は,溶解エントロピー,α(= S /R)の値が2以下でノンファセット(Sn は 1.7 程度),それ以 Δ f上でファセット相として凝固するが,ファセット相の Cu Sn のαの値・・・が Ni 添加により 65下がった可能性が考えられる・・・。そのため,Cu Sn の晶出(あるいは発生)が抑制(ある 65いは制御)される。その結果として,『流動性』が向上し,最終凝固組織中の Cu Sn の形状が 65針状のものから球状へと変化する。」(10頁10〜18行)(b)平成19年4月30日付け意見書(甲16)i「事実として示した『Ni の添加により流動性が向上した』ことのメカニズムであるが,これはまだ明らかになっていない。乙第三号証(判決注:B甲9実験報告書を指す。以下,この(b)において同じ。)での『実験結果に対する個人的見解』は,2006 年 6 月の執筆当時に存在した学術データを元に,当時の知見から考えうる全てのメカニズムを検討して得た『私見』である。『私見』の執筆者は乙第三号証の執筆者であるC(およびE)のBであり,その時点で最もその分野に明るく,しかもその能力がBにあることは,この意見書の最後に根拠を示す。」(4頁19〜26行)ii「Bが乙第三号証を執筆したのは 2006 年 6 月であるが,最近,Ni の Cu への置換固溶による固液界面エネルギーの議論が鉛フリーはんだの研究で著名なE大学・F教授らにより出版されている。・・・すなわち,少量の Ni の Cu への置換固溶により,Cu6Sn5 固液界面エネルギー状態が劇的に変化することを示している。
よって,微量 Ni により Cu6Sn5 固液界面エネルギー状態に変化が生じると推測したBによる乙第三号証の『実験結果に対する個人的見解』は,科学的に極めて常識的な議論である。また,上記F氏の論文は,昨年 2006 年 12 月に公開されており,Bによる議論はその前(2006 年 6月)に行われていること,すなわち,その議論の先見性を強調する・・・。」(9頁8行〜下から7行)iii「2006 年 12 月に発表された Sn-Cu-Ni の相図【参考文献7】によれば,Sn-09Cu がSn-Cu 二元系の共晶点であり・・・,また,Sn-07Cu に Ni を微量添加すれば,より三元系の共晶点に近くなる。したがって,流動性向上の第一の容易な説明としては,『流動性は,共晶組織で高くなる。Ni の微量添加により,合金がより共晶組織に近づいたため,流動性が向上した。三元系の相図によると,Sn-07Cu では,Ni の 500-600ppm 添加でより三元系の共晶組織に近づく。』といえる。さらに学術的な考察を加えるとすれば,『微量 Ni は共晶ファセット相であるCu6Sn5 に(Cu,Ni)6Sn5 として存在しており,その晶出メカニズムが変化することは,(Cu,Ni)6Sn5 の形状が変化することから推測される。一般に,学術的議論はまだ決着していないのであるが,共晶ファセット/ノンファセットにおいて微量添加元素がファセット相に置換固溶することが,ファセット相の凝固界面エネルギー,ひいては晶出過程を変化させ,あるいは晶出時期を遅らせ,微細化することが受け入れられている。よって,微量添加 Ni の(Cu,Ni)6Sn5 相への固溶が,三元系共晶組織へ近づく原因の一つであると推測される。さらに,三元系共晶組織に近づけば,流動性が向上する。Sn-07Cu 合金において,500-600ppmNi 添加により流動性が向上したのは,Ni が(Cu,Ni)6Sn5 相への固溶し,(Cu,Ni)6Sn5 相の晶出を制御(抑制)した結果,Sn-Cu-Ni 三元系共晶組織に近づいたためだと推測される。』となる。
すなわち,Ni の微量添加は,Sn-Cu-Ni 三元系相図において,共晶の谷により近い組成であるといえる。このような三元系の共晶組織が 0.06Ni に存在するということは,Cu6Sn5 固液界面エネルギー状態が 0.06Ni 添加により大きく変化する根拠となる。」(11頁13行〜12頁2行)iv「この意見書でBが引用した Sn-Cu-Ni の三元系相図(【参考文献7】の Fig.6 より)。
乙第三号証作成当時(2006 年 6 月)この詳しい相図は存在していない。」(12頁上段の各図と下段の各図との間に記載された2行)v「乙第三号証の界面エネルギーの議論は,議論であって,Bも『個人的見解』と断り,しかも,まだよくわかっていないので,これから調べる必要がある,と明記している。その断りの後に最大限出来うる限りの解釈を試みて・・・いる。」(13頁下から14〜11行)bB甲9実験報告書には,上記a(a)iiのとおり,「Niを添加することによって凝固時(液相↑固相の相変態時)に金属間化合物であるCu Sn 中に選択65的にNiが取り込まれ,Cu Sn 固液界面エネルギー状態に変化を来たす。・・ 65・そのため,Cu Sn の晶出(あるいは発生)が抑制(あるいは制御)される。 65その結果として,『流動性』が向上・・・する。」との見解を示した記載がある。
しかしながら,B甲9実験報告書は,本件出願の日(平成11年3月15日)から7年以上が経過した平成18年6月6日付けで作成されたものであり,しかも,上記aの各記載によれば,上記見解は,「同月の時点で最もその分野に明るく,その能力を有するB」が,「同月当時に存在した学術データを基に,当時の知見から考え得るすべてのメカニズムを検討して得た」,「最大限でき得る限りの」,「先見性」を有する「私見」ないし「個人的見解」であり,しかも,上記見解は,「議論」であり,「まだよく分かっていないので,これから調べる必要がある」,「今後の学術研究によりさらに詳しく解明されることが期待される」などというものにすぎず,さらには,B甲9実験において「Sn-0.7Cu合金は,Ni添加量が400ppm〜800ppmの範囲において,流動性が相対的に著しく高くなることが示された」こと自体が,「学術的にも重大な発見」であるというのである。
そうだとすると,B甲9実験報告書に上記見解を示した記載があるからといって,本件出願当時ないしは本件出願に係る優先日(平成10年3月26日,同年10月28日)当時,「CuとNiは互いにあらゆる割合で溶け合う全固溶の関係にあるため,NiはSn-Cu金属間化合物の発生を抑制する作用をする」ことが当業者の技術常識であったものとは到底認められず,その他,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
イ上記アにおいて検討したところによれば,本件「発明の詳細な説明」が,当業者において,無鉛はんだ合金が本件組成を有することにより,本件構成A及びBの機能ないし性質が得られるものと認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであり,かつ,本件出願(優先日)当時の技術常識参酌しても,当業者において,そのように認識することができる程度に記載されたものでないことは明らかであるといわざるを得ない。
したがって,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するものと認めることはできない。
ウ被告は,本件発明1の無鉛はんだ合金が良好な流動性を示す実験として,B甲9実験及びB・D乙2論文に記載された実験を挙げた上(取消事由1に対する反論参照),本件発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かの判断に当たり,これら実験の結果を参酌することが許される旨主張するが,前記(1)ア(イ)に説示したところに照らせば,上記各実験結果をもって本件「発明の詳細な説明」を補充ないし拡張することは許されないから,被告の主張を採用することはできない。
(4)取消事由2についての結論以上のとおりであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号のサポート要件に適合するものとはいえない。そして,前記第3の2のとおり,本件発明4に係る特許請求の範囲の記載は,「請求項1に対して,さらにGe0.001〜1重量%を加えた無鉛はんだ合金。」というものであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲の記載が同号のサポート要件に適合するものとはいえない以上,本件発明4に係る特許請求の範囲の記載も,同号のサポート要件に適合するものとはいえないことになる。
そうすると,本件発明1及び4に係る本件特許は,同項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから,同法123条1項4号に該当し,無効とされるべきである。
したがって,これと異なる審決の判断は誤りであるから,取消事由2は理由がある。
2結論以上のとおり,取消事由2は理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の請求は理由がある。よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中信義
裁判官 榎戸道也
裁判官 浅井憲