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関連審決 不服2002-24450
関連ワード 発明者 /  新規性 /  29条1項3号 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  技術的特徴 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 18年 (行ケ) 10227号 審決取消請求事件
原告花王株式会社
訴訟代理人弁理 士平木祐輔
同 大屋憲一
同 藤田節
同 松任谷優子
同 遠藤真治
被告特許庁長官 中嶋誠
指定代理人内田俊生
同 弘實謙二
同 徳永英男
同 内山進
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2002−24450号事件について平成18年3月24日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求主文同旨第2事案の概要本件は,原告が後記特許出願をしたところ,特許庁から拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたので,その審決の取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成8年3月22日,名称を「シワ形成抑制剤」とする発明について,特許出願をした(以下「本願」という。特願平8-66079号。公開特許公報は,特開平9-255548号[甲1]。請求項の数1)が,平成14年11月7日拒絶査定を受けたので,平成14年12月19日付けで不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2002-24450号事件として審理し,原告は,平成15年1月20日付けで特許請求の範囲変更する補正(以下「本件補正」という。甲2)をしたが,特許庁は,平成18年3月24日「本件審判の請求は,成り立たない」旨の審決を行い,その謄本は平成18年4月11日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件補正後の特許請求の範囲は,請求項1のみから成り,その内容は,次のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
「アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤。」(3) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本願発明は,本願出願前に頒布された特開平5-345719号公報(甲3。公開日平成5年12月27日。以下「引用文献」という。)の請求項1(「有効成分として,ヒノキ科植物(Cupress aceae)の成分であって,中間極性を有する有機溶媒,一価若しくは多価の低級アルコール,又はこれらの混合物に可溶性を示すものを含有することを特徴とする美白化粧料組成物」とするもの)に記載された発明と同一であるから,特許法29条1項3号により特許を受けることができない,というものである。
イなお,審決が認定した,本願発明と引用文献に記載された発明(以下「引用発明」という。)との一致点及び相違点は,次のとおりである。
【一致点】「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点。
【】相違点本願発明は当該組成物が「シワ形成抑制剤」であるのに対し,引用発明は「美白化粧料組成物」である点。
(4) 審決の取消事由しかしながら,本願発明に関する審決の特許法29条1項3号に基づく判断は,以下に述べるとおり誤りであり,違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)審決は,本願発明と引用発明との【一致点】は,「アスナロ抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」である点であり,【相違点】は,本願発明は当該組成物が「シワ形成抑制剤」であるのに対し,引用発明は「美白化粧料組成物」である点であると認定する。
しかし,本願明細書(甲1)には,「本発明はシワ形成抑制剤に関し,更に詳しくは化粧水,クリーム,乳液,パック剤,頭皮用化粧料等の化粧品や医薬品に好適に使用されるシワ形成抑制剤に関する。」(段落【0001】),「本発明のシワ形成抑制剤はアスナロ又はその抽出物のほかに,アラントイン,ビタミンE誘導体,グリチルリチン,アスコルビン酸誘導体等の抗炎症剤,α-トコフェロール,アスコルビン酸等の抗酸化剤などを添加することにより,シワ形成抑制効果の向上を図ることができ,またその他化粧料成分として一般に使用されている油分,保湿剤(ヒアルロン酸,セラミド等),紫外線吸収剤,アルコール類,キレート剤,pH調整剤,防腐剤,増粘剤,色素,香料等を任意に組合わせて配合することができる。」(段落【0015】)と記載されている。また,本願明細書(甲1)の製造例1と2では,アスナロ抽出物が製造され,試験例1と2では,このアスナロ抽出物をエタノールに溶かしただけの溶液を使用してシワ抑制効果を検証している。実施例1〜15では,前記試験例でシワ形成抑制剤としての効果が確認された製造例1と2のアスナロ抽出物を配合して,各種「外用剤組成物」が調製されている。以上の点にかんがみれば,本願発明の「シワ形成抑制剤」は,化粧料等に添加して用いられる,いわゆる「剤」であることは明確であり,「皮膚外用組成物」ではない。
したがって,本願発明と引用発明との一致点・相違点については,「本願発明と引用発明との【一致点】は,両者の有効成分がアスナロ抽出物である点にあり,【相違点】は,本願発明がシワ形成抑制剤であるのに対し,引用発明は美白化粧料組成物である点にある。」と認定すべきであり,審決の上記認定は誤りである。
もっとも,仮に,審決の上記認定が正しいとしても,次のイで述べるとおり,相違点の判断に誤りがあることに変わりはない。
イ 取消事由2(相違点の判断の誤り)審決は,「シワ形成抑制剤」と「美白化粧料組成物」との間の実質的な相違を認めることなく,本願発明と引用発明は同一であるとする。しかし,本願発明と引用発明は,次のとおり,「シワ形成抑制剤」と「美白化粧料組成物」という用途によって明確に区別されるものであるから,審決の上記判断は,誤りである。本願発明は,「シワ形成抑制剤」という新規な用途を見い出したものとして,特許されるべきである。
(ア)本願発明の「シワ形成抑制剤」は,皮膚の老化により引き起こされるシワ形成を抑制し,目もと,口もと,顔にハリや弾力感をもたらすことを目的として使用される(本願明細書[甲1]段落【0040】)のに対し,引用発明の「美白化粧料組成物」は,色素細胞の白色化効果を有し,紫外線による皮膚の黒化,シミ,ソバカス等の色素沈着を消失又は予防することを目的として用いられる(引用文献[甲3]段落【0001】,【0007】)ところ,両者は,以下のとおり,その作用効果,使用・販売実態において,明確に区別される。
aシワと色素異常の違い「シワ」とは,後天的に生じた皮膚のゆがみ,表皮から真皮にかけての皮膚の変形である。シワは加齢に伴う皮膚の老化現象と捉えられることが多いが,日光暴露(紫外線)もまた,加齢に類似した皮膚の構造,機能,物性の変化を生じ,シワ形成に影響する。このため,紫外線に起因する皮膚障害(シワ形成)は光老化と呼ばれる。シワ形成の詳細なメカニズムはまだ十分解明されていないが,表皮の乾燥や菲薄化,角質層の肥厚,真皮を構成する細胞間基質やコラーゲン繊維,エラスチン繊維の減少,組成変化,変性等が,シワ形成の直接の原因となっていることが知られている。最近では,活性酸素による真皮成分(コラーゲン繊維やエラスチン繊維)の障害や変性がシワ形成の大きな要因となることもわかってきた。
一方,「皮膚の黒化やシミ,ソバカス等の色素異常」は,表皮内における色素(メラニン)の異常増加,沈着によって生じ,その発症には紫外線,女性ホルモン,遺伝的要因などの関与が指摘されている。
皮膚は外側から表皮と真皮の2つに大別されるが,色素異常の原因となる色素(メラニン)は,この表皮の基底膜付近に存在する色素細胞(メラノサイト)によって産生され,表皮細胞の代謝とともに(垢となって剥がれ落ちていく表皮細胞に抱きこまれた形で)排泄される。
このメラニンの産生,代謝,排泄のバランスが崩れたとき,皮膚の黒化や色素異常が発生する。
以上のとおり,シワと皮膚の黒化やシミ,ソバカス等の色素異常は全く異なる現象である。
bシワ形成抑制剤と美白化粧料組成物の作用機序の違い上記のシワ形成の原因と機構から,「シワ形成抑制剤」としては,表皮の乾燥防止や真皮を構成する繊維を復元する作用を有するもの,活性酸素を消去しうる抗酸化剤等が用いられている。具体的には,レチノイド等のビタミンA類(角質層の菲薄化,表皮内グリコサミノグリカンの沈着,それに伴う角質層水分量の増加,角質層の柔軟化によりシワを改善する),α-ヒドロキシ酸(角質層間の接着機構に作用して角質層を薄くすることによりシワを改善する),ビタミンE等の抗酸化剤(シワ形成の原因となる活性酸素を消去する),コラーゲン(細胞外マトリックス成分)等がある。
一方,皮膚におけるメラニン生成と代謝機構から,「美白用薬剤」としては,メラノサイト内でのメラニン生成抑制,産生されたメラニンの還元,表皮内メラニンの排泄促進,メラノサイトに対する選択的阻害活性を有するものが用いられている。具体的には,ビタミンC類(メラニン中間体であるドーパキノンを還元してメラニン生成を抑制するとともに,濃色の酸化型メラニンを還元して淡色の還元型メラニンに変換する)や,アルブチン,コウジ酸,エラグ酸,ルシノール(いずれもメラニン生成のキー酵素であるチロシナーゼを阻害する)等がある。
以上のとおり,「シワ形成抑制剤」と「美白化粧用組成物」とでは,作用部位や作用機序が全く異なり,その有効成分である薬剤も,化学的構造的に全く異なる化合物等である。
c販売・購入実態における相違市場調査報告書である「化粧品マーケティング要覧 2004 No.1」(甲8)では,化粧品を機能別に,保湿訴求,ホワイトニング(主に美白効果を訴求),アンチエイジング(主にシワ・タルミなど老化防止を訴求)等に分類してマーケット動向を分析している。
美容液の場合,ホワイトニングとアンチエイジングは,それぞれ当該市場の2大メジャーカテゴリーを占めているが,同報告書は,「今後の方向性」として,「美容液への需要がホワイトニングやアンチエイジングと部位訴求に集約される傾向」にあること,「美容液については,汎用的な美肌効果よりも効果を絞った商品に需要が集まる」ことを記載している。上記の傾向は,本願出願時である平成8年当時にも当てはまる。これは,同資料の1996年版である「'96化粧品マーケティング要覧 No.1」(甲9)において,同様の機能別カテゴリー分類がなされ,特定の機能・効果を有するスペシャルケア製品の需要が拡大傾向にあることから理解できる。
各化粧品メーカーは,ホワイトニング(美白)とアンチエイジング(抗シワ)を別個の製品としてラインアップし,有効成分の作用機序や機能・効果を強くアピールしている。
以上のとおり,市場では,ホワイトニング(美白),アンチエイジング(抗シワ),保湿といった,特定の機能・効果を訴求した商品がそれぞれ明確に区別して販売され,需要者はその特定の機能・効果を求めて商品を購入している。商品は所望の機能・効果を奏するための有効成分を含み,その旨の表示(ラベル)を付して販売される。そして,販売者及び需要者はその表示にしたがって目的の商品を選択し,仕入れ,販売し,購入する。
(イ)審決は,「引用例A(判決注本訴の「引用文献」。以下同じ。)の組成物を皮膚に適用した場合,同じ有効成分を同程度含有する以上,美白と同時にシワ形成抑制作用も奏しているはずのものであって,上記の相違点は,組成物中の有効成分であるアスナロ抽出物の作用を美白作用と認識して美白化粧料組成物としたか,シワ形成抑制作用と認識してシワ形成抑制剤としたかの表現上の相違にすぎない。換言すれば,本願発明は,引用例Aのアスナロの抽出物を含有する美白化粧料組成物について,シワ形成抑制の効果を新たに発見したにすぎないものであり,それにより格別新たな用途が生み出されたものではない。」と判断する(3頁14行〜21行)。この判断は,引用発明の美白化粧料組成物を皮膚に適用した場合に美白効果と同時にシワ形成抑制作用も潜在的に発生していたから,本願発明のシワ形成抑制剤は新規性がないとするものである。
しかし,アスナロの抽出物を有効成分とする公知の皮膚外用組成物のシワ形成抑制剤としての使用は,新たに発見された技術的効果に基づくものであり,機能的な技術的特徴である。そして,この技術的特徴は,引用文献に記載されたものではないから,引用文献のアスナロの抽出物を含有する美白化粧料組成物を実施するに際し,潜在的に発生していたとしても,本願発明のアスナロの抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤は新規である。
また,上記(ア)のとおり,シワ形成抑制剤と美白化粧料組成物は,その適用対象,標的及び作用効果を全く異にするものである。上記(ア)のとおり,商品はその効果や機能を示すラベルを付して販売され,消費者はその特定の効果や機能を期待し,シワ形成抑制と美白化粧料組成物を明確に区別して購入している。したがって,アスナロ抽出物のシワ形成抑制効果は,本願出願前には認識されたことがなく,本願発明者によって初めてこのシワ形成効果が見い出された結果,「アスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤」が生み出されたのである。本願発明がなければ,アスナロ抽出物は,シワ形成剤抑制剤として使用されることはなかった。この意味で,本願発明は,アスナロの抽出物について,シワ形成抑制の効果を新たに発見し,それにより新たな用途を生み出したものであり,シワ形成抑制剤と美白化粧料組成物を単なる表現上の相違とする審決の上記判断には誤りがある。
(ウ)審決は,「皮膚の黒化や色素沈着はシワ形成と同様,美容を損なう典型的な現象であり,これらの現象を予防することは日焼けやシワが既にあるとないとにかかわらず,美容効果,即ち皮膚を美しく健康に保つために志向されるものである。そして,引用例Aの組成物も本願発明のシワ形成抑制剤もいずれも美容効果を期待する使用者に対して用いられ,同じ効果が奏される以上,新たな用途の外用剤が創出されたとすることはできない。」と判断する(3頁下から10行〜5行)。
しかし,上記(ア)のとおり,皮膚の黒化や色素沈着等とシワ形成は,その発生部位,原因,機構において全く異なる現象であって,美容を損なう現象として同視できるものではない。また,シワ形成抑制剤は,顔面のシワの発生や進行の抑制を期待する人に対して用いられ,美白化粧料組成物は,日焼けによるシミ,ソバカス等の改善・予防を期待する人に対して用いられるから,両者は同じ効果を期待する使用者に対して用いられるものではない。したがって,審決の上記判断には誤りがある。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論(1) 取消事由1に対しア本願発明のシワ形成抑制剤は,本願明細書(甲1)に次の各記載がされていることからすると,「皮膚外用組成物」であるということができる。
(ア)本願発明のシワ形成抑制剤は,「アスナロ又はその抽出物のほかに…化粧料成分として一般に使用されている油分,保湿剤…等を任意に組合わせて配合することができる」ものである(本願明細書段落【0015】)から,「化粧料組成物」にほかならない。
(イ)本願発明のシワ形成抑制剤は,「種々の形態及び用途,例えば…クリーム,化粧乳液,化粧水,…パック剤,ファンデーション等として用いることができる」のであり(本願明細書段落【0016】),この場合,「シワ形成抑制剤」は化粧料組成物の一種であるクリームや化粧乳液,化粧水そのものである。また,本願発明のシワ形成抑制剤は,「医薬品,医薬部外品,薬用化粧料等をも包含する」(本願明細書段落【0016】)ところ,ここでの医薬品とは「医薬品組成物」を,薬用化粧料とは「薬用化粧料組成物」を意味する。これらのことからしても,本願発明のシワ形成抑制剤は,「組成物」であるといえる。
(ウ)本願明細書に本願発明の「実施例」として記載されているもの(段落【0025】〜【0039】)は,すべて「化粧料組成物」の概念に包含されるものであるから,この点からみれば,本願発明のシワ形成抑制剤は「組成物」であるはずである。
(エ)本願発明のシワ形成抑制剤は,「特にシワ予防用の外用剤として有用である」(本願明細書段落【0040】)から,「外用剤」そのものであり,この外用剤とは「外用剤組成物」を意味している。
イ一方,本願明細書には,本願発明の「シワ形成抑制剤」が,化粧料等に添加して用いられるいわゆる「剤」であるとの記載は一切ない。
ウしたがって,本願発明と引用発明との【一致点】が「アスナロの抽出物を有効成分とする皮膚外用組成物」であり,【相違点】が,本願発明では当該組成物が「シワ形成抑制剤」であるのに対し,引用発明は「美白化粧料組成物」である,とした審決の認定には誤りはなく,両者の【一致点】を「有効成分がアスナロ抽出物である点」のみとした原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2に対しアアスナロ抽出物が有するシワ抑制効果について,引用文献に記載がないことは認める。しかし,本願発明の「シワ形成抑制剤」が,化粧料を含む「皮膚外用組成物」の一種であることは上記(1)で説明したところであり,いわば「シワ形成抑制作用を有する皮膚外用組成物」であるといえる。仮に,「シワ形成抑制剤」中の「シワ形成抑制」との表現がいわゆる用途の表示であったとしても,本願発明の「シワ形成抑制」は,「シワ形成抑制用の皮膚外用組成物」である。
本願発明の「シワ形成抑制剤」中のアスナロ抽出物等の有効成分の含有量と,引用発明の「美白化粧料組成物」中の有効成分の含有量とは異なるものではなく,また,両者の取り得る形態も異ならないから,引用発明の「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば,「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」も奏しているはずのものである。そして,「シワ形成抑制作用」のような作用は,視覚や触覚のような五感で容易に知得できる作用であるから,「美白化粧料組成物」を皮膚に適用・使用した場合に,その使用者が容易にその効果を実感できるものである。したがって,そのような効果を単に認識し,それをうたった「皮膚外用組成物」と,公知の「美白化粧料組成物」とは,物として明確に区別することができないし,「皮膚外用組成物」について,格別新たな用途が生み出されたとすることもできない。
イ化粧品業界において,美白効果とシワ形成抑制効果とを別のものに分類して,技術開発や販売戦略が行われていることは認める。しかし,例えば,「乳酸」や「アスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム」のように,単一の成分であって,美白作用とシワ形成抑制作用とを併せ有しているものが存在している(乙1)し,また,単一の成分ではないが,天然物由来で両作用を有しているものとして,例えば「プラセンタエキス」が知られている(乙3)。さらに,美白効果を有する成分とシワ形成抑制効果を有する成分とを配合して,美白効果とシワ形成抑制効果とを併せ有する化粧料も販売されている(乙4,5)。このことは,少なくとも,供給者が美白作用とシワ形成抑制作用との両方を有する商品を市場に供給すべきと判断したことにほかならず,「需要者や当業者が美白作用を有する組成物について同時にシワ形成抑制作用を有すると期待することは当該分野の常識上ありえない。」との原告の主張は失当である。
ウ本願明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」には,「発明の効果」として,「本発明のシワ形成抑制剤は,紫外線の照射によるシワ形成の抑制作用に優れ,皮膚老化予防,特にシワ予防用の外用剤として有用である。」(段落【0040】)との記載があり,本願発明のシワ形成抑制剤は,皮膚の老化の一種である,紫外線により形成されるシワの予防に特に有用なものである。一方,引用文献(甲3)には,シワについての言及はないものの,「紫外線による皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着を消失し,又は予防するための美白化粧料組成物に関する。」(段落【0001】)との記載があり,そこに記載の美白化粧料組成物は,紫外線によるトラブルの予防のために使用されるものである。そうすると,引用発明の「美白化粧料組成物」と本願発明の「シワ形成抑制剤」は,いずれも,美容効果のうち,特に紫外線による皮膚のトラブルに対する予防効果を期待して皮膚に適用されるものであって,「同じ効果を期待する使用者に対して用いられるものではない。」とする原告の主張は,失当である。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由1(一致点・相違点の認定の誤り)について(1)本願明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」には,次の各記載がある。
ア「【発明の属する技術分野】本発明はシワ形成抑制剤に関し,更に詳しくは化粧水,クリーム,乳液,パック剤,頭皮用化粧料等の化粧品や医薬品に好適に使用されるシワ形成抑制剤に関する。」(段落【0001】)イ「本発明のシワ形成抑制剤に対するアスナロ又はその抽出物の配合量は特に限定されないが,通常,抽出物固形分(乾固物)として0.0001〜20重量%とするのが好ましい。」(段落【0014】)ウ「本発明のシワ形成抑制剤はアスナロ又はその抽出物のほかに,アラントイン,ビタミンE誘導体,グリチルリチン,アスコルビン酸誘導体等の抗炎症剤,α-トコフェロール,アスコルビン酸等の抗酸化剤などを添加することにより,シワ形成抑制効果の向上を図ることができ,またその他化粧料成分として一般に使用されている油分,保湿剤(ヒアルロン酸,セラミド等),紫外線吸収剤,アルコール類,キレート剤,pH調整剤,防腐剤,増粘剤,色素,香料等を任意に組合わせて配合することができる。」(段落【0015】)エ「本発明のシワ形成抑制剤は,種々の形態及び用途,例えば油/水型,水/油型の乳化化粧料,クリーム,化粧乳液,化粧水,油性化粧料,パック剤,ファンデーション等として用いることができる。また本発明のシワ形成抑制剤は一般皮膚化粧料に限定されず,医薬品,医薬部外品,薬用化粧料等をも包含するものである。」(段落【0016】)オ実施例として,アスナロ抽出物を製造し(製造例1及び2),アスナロ抽出物を用いてマウスでシワ形成抑制試験を行ったこと(試験例1及び2),上記製造例2で得たアスナロ抽出物に各種の成分を配合して各種の化粧料を製造したこと(実施例1〜15)が記載されている(段落【0017】〜【0039】)。
カ「本発明のシワ形成抑制剤は,紫外線の照射によるシワ形成の抑制作用に優れ,皮膚老化予防,特にシワ予防用の外用剤として有用である。」(段落【0040】)(2)上記(1)イ〜エの記載からすると,本願発明の「シワ形成抑制剤」は,@アスナロ又はその抽出物を,通常,抽出物固形分(乾固物)として0.0001〜20重量%含有するのが好ましいこと,Aアラントイン,ビタミンE誘導体などのシワ形成抑制効果の向上を図ることができる成分を添加し,油分,保湿剤などの一般に使用されている化粧品成分を配合することができること,B種々の形態及び用途,例えば油/水型,水/油型の乳化化粧料,クリーム等として用いることができ,医薬品,医薬部外品,薬用化粧料等をも包含するものであることが記載されているから,ここでは,「シワ形成抑制剤」は,化粧料,医薬品等を含む概念として使用されているということができる。そして,上記(1)オのとおり本願発明の実施例としてアスナロ抽出物に各種の成分を配合して各種の化粧料を製造したことが記載されていることや上記(1)カのとおり「本発明のシワ形成抑制剤は,…老化予防,特にシワ予防用の外用剤として有用である。」と記載されていることを併せ考えると,本願発明の「シワ形成抑制剤」は「皮膚外用組成物」であると認められる。したがって,本願発明の「シワ形成抑制剤」について,引用発明の「美白化粧料組成物」との【一致点】を「皮膚外用組成物」とした審決の認定に誤りはない。
なお,原告は,上記(1)ア,ウの記載等を根拠として,本願発明の「シワ形成抑制剤」は,化粧料等に添加して用いられる,いわゆる「剤」であることは明確であり,「皮膚外用組成物」ではないと主張する。確かに,上記(1)アの記載からは,本願発明の「シワ形成抑制剤」が,いわゆる「剤」であるのか「皮膚外用組成物」であるのか明確でないが,上記(1)ウの記載は,上記のとおり,その前後の記載(上記(1)イ及びエの記載)と併せてみると,本願発明の「シワ形成抑制剤」が「皮膚外用組成物」である旨の記載と認められるのであり,他に,本願明細書に,本願発明の「シワ形成抑制剤」は「皮膚外用組成物」であるとの上記認定を左右する記載は認められない。
したがって,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点の判断の誤り)について(1) 本願発明につきア本願明細書(甲1)の「発明の詳細な説明」には,前記2(1)の記載のほか,次の各記載がある。
(ア)「【従来の技術】肌は温湿度,紫外線,加齢,疾病,ストレス,食習慣等により微妙な影響を受け,そのため肌の諸機能の減退,肌の老化等,種々のトラブルが発生する。このため,特に近年においては,健康で美しい肌を保つことは老若男女を問わず重大な関心事となっている。」(段落【0002】)「これらのうち,真皮のトラブルの一つであるシワは,加齢や太陽光線による皮膚の老化(光老化)により発生する。皮膚老化のメカニズムは明らかではないが,皮膚は生体の最外層に位置し,生体防御の最前線の役割を担っていることから,環境因子による障害の蓄積が皮膚加齢現象に大きく作用していると考えられる。とりわけ紫外線は,皮膚加齢やシワ形成に関与する最大の環境因子と考えられ,紫外線により産生される各種フリーラジカル(特にスーパーオキシド,ハイドロキシラジカル,一重項酸素等の活性酸素)は,日焼け等の急性炎症の原因となるのみならず,その産生が慢性的に繰り返されることにより光老化を誘発することが知られている。活性酸素は,真皮成分のDNA-蛋白クロスリンク(架橋結合),コラーゲンやエラスチンの蛋白クロスリンクの障害又は変性,SOD等の抗酸化酵素の不活化,細胞成分の膜脂質過酸化とその結果としての細胞機能の劣化などを惹起し,その結果,皮膚の老化やシワの形成を引き起こすと考えられている(フレグランスジャーナル, 11巻, 49-54, 1992)。」(段落【0003】)「そこで,これまでに,皮膚老化やシワの形成を予防し又は治療するために,ビタミンEのような抗酸化剤の利用(特開昭61-215309号公報,特開昭62-263110号公報等),各種植物抽出物の利用(特開昭62-61924号公報,特開昭63-174911号公報,特開平6-65043号公報等),コラーゲン等細胞外マトリクスの制御剤の利用(特開平4-74016号公報,特開平3-20206号公報等),レチノイン酸やα-ヒドロキシ酸の利用などが提案されている。」(段落【0004】)(イ)「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,これら従来の老化防止剤又はシワ予防剤はその効果が十分ではなかった。そこで,本発明の目的は,シワ形成抑制効果に優れたシワ形成抑制剤を提供することにある。」(段落【0005】)(ウ)「【課題を解決するための手段】このような実状に鑑み,本発明者らは鋭意研究を行った結果,ヒノキ科植物のアスナロ(Thujopsisdolabrata)又はその抽出物が優れたシワ形成抑制作用を有することを見出し,本発明を完成した。」(段落【0006】)「すなわち,本発明はアスナロ又はその抽出物を有効成分とするシワ形成抑制剤を提供するものである。」(段落【0007】)イ本願の「特許請求の範囲」の「請求項1」の記載に,上記アの「発明の詳細な説明」の記載を総合すると,本願発明は,アスナロ又はその抽出物が優れたシワ形成抑制作用を有することを見い出したことによってなされた発明であって,「シワ形成抑制」という用途を限定した発明(用途発明)であると認められる。
そして,本願発明の「シワ形成抑制」という用途が,その技術分野の出願時の技術常識を考慮し,新たな用途を提供したといえるのでなければ,発明の新規性は否定されるので,以下,本願発明の「シワ形成抑制」という用途が,新たな用途を提供したといえるかどうかという観点から判断する。
(2) 引用発明につきア 引用文献には,以下の各記載がある。
(ア)特許請求の範囲「【請求項1】 有効成分として,ヒノキ科植物(Cupressaceae)の成分であって,中間極性を有する有機溶媒,一価若しくは多価の低級アルコール,又はこれらの混合物に可溶性を示すものを含有することを特徴とする美白化粧料組成物。」「【請求項4】 ヒノキ科植物が,アスナロ属(Thujopsis Sieb. etZucc.)に属する植物である請求項1記載の美白化粧料組成物。」「【請求項5】 アスナロ属に属する植物が,アスナロ(Thujopsisdolabrata Sieb. et Zucc.)である請求項4記載の美白化粧料組成物。」(イ) 発明の詳細な説明a「【産業上の利用分野】本発明は,ヒノキ科植物(Cupressaceae)の成分を含有し,紫外線による皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着を消失し,又は予防するための美白化粧料組成物に関する。」(段落【0001】)b「【従来の技術】従来,日焼け等の外界の刺激に起因して皮膚の表面に発生するシミ,ソバカス等を薄くする美白化粧料組成物としては,ビタミンC及びその誘導体,アルブチン,コウジ酸等のメラニン生成抑制物質を用いたものが知られていた。」(段落【0002】)c「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,…美白作用に対して強い活性を有し,しかも,安全性の点でも心配のない天然物系の美白化粧料組成物を提供することにあった。」(段落【0006】)d「【課題を解決するための手段】本発明者らは,種々の植物抽出エキスについてメラニン産生抑制作用を指標として色素細胞の淡色化を検討した結果,ヒノキ科植物の成分のうちのある種のものが色素細胞に対し著しい白色化作用を有することを見出し本発明を完成するに至った。」 (段落【0007】)「剤型は,軟膏剤,乳剤,クリーム等の任意のものとすることができる。」(段落【0011】)「本発明の美白化粧料組成物は,中間極性を有する有機溶媒で抽出処理し,抽出液から溶媒を留去することによって得ることができる。
このような抽出溶媒として好ましいものは,例えば,ベンゼン…塩化メチレン,アセトン等がある。これらの溶媒は,メタノール,エタノール,1,3-ブチレングリコール等の低級アルコールと混合して用いることもできる。」(段落【0012】)「本発明の美白化粧料組成物においては,有効成分の好ましい配合量は,剤型,期待されるメラニン産生抑制効果の程度などによっても異なるが,通常0.001 〜1.0%程度,より好ましくは0.01 〜0.5%程度が適当である。」(段落【0015】)「本発明の美白化粧料組成物には,その種類に応じ性能を損なわない範囲において適宜公知の成分を配合することができる。例えば,従来から使用されているメラニン産生抑制剤(ビタミンC,胎盤抽出物),紫外線散乱剤,紫外線吸収剤,抗炎症剤等を配合することができる。」(段落【0016】)e実施例として,アスナロの枝葉のメタノール抽出エキス(参考例5)は,色素細胞の白色化度が大であること(段落【0018】及び【0021】の「表1」),コノテガシワ枝葉をエタノール抽出後減圧濃縮し乾固したエキスを0.01〜1.0%配合した化粧水,化粧用油,クリーム,乳液,パック,パウダーの形態の美白化粧料組成物(実施例1〜6。段落【0032】〜【0042】)が記載されている。
f「【発明の効果】本発明美白化粧料組成物は,皮膚に適用することにより,紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失し,又は予防し,優れた美白効果を発揮する。」(段落【0043】)イ上記アの記載によると,引用文献 には,皮膚に適用することにより,色素細胞を白色化して,紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防する美白化粧料組成物で,有効成分としてアスナロの枝葉のメタノール抽出エキスを含有するものが記載されていると認められる。
(3) 本願出願当時の技術常識につきア 「シワ」(ア)堀尾武「紫外線の皮膚科学的生物作用とその防御」FRAGRANCEJOURNAL 1991-9(甲5)「日光変性は,弾力線維染色を施した組織標本で一層明らかに認められることができる。この部位では弾力線維が寸断され,あるいは塊状を呈している。これが,皮膚の張り,弾力性の喪失であり,シワの原因となる。」(18頁左欄下から13行〜9行)(イ)光井武夫編「新化粧品学」株式会社南山堂(1994年5月10日2刷発行。甲17)「しわの発生にはさまざまな外的,内的要因が考えられている。日光とくに紫外線の影響はこれまで述べてきたとおりであるが,これ以外にも乾燥,物理的,化学的刺激など環境からの皮膚へのストレスが原因になりうる。これら外的要因と内的な加齢要因により生ずる角層水分量の低下,角層の肥厚,表皮の萎縮,真皮の膠原線維,弾力線維の量的,質的さらには三次元構造の変化などが引き起こす皮膚の弾力性や伸縮性の低下などがしわの形成に関係していると考えられる。」(42頁1行〜6行)(ウ)藤本大三郎編著「老化のメカニズムと制御」株式会社アイピーシー(平成5年6月30日発行。甲18)「シワについての皮膚科学的研究の現状は,きわめて貧弱といわざるをえない。当然,シワ発生のメカニズムについても,実証的な研究はほとんどないといってよい。そうした状況のなかで,真皮乳頭の萎縮による表皮の扁平化がシワの発生に関連しているとする考えや加齢にともなう角層の水分保持機能の低下による角層の脆弱化がシワの増悪因子であるとの指摘がある。しかしシワと呼んでいるものは決して一様ではなく,したがってそのでき方も異なっていると考えられる。そのためシワに科学的なメスを入れていくためには,適当な分類が必要となる。外観上の特徴やある種の機械的性状などにより,いくつかの分類が試みられている。kligmanは以下のような3つに分類している。すなわち,@線状シワlinear wrinkle:目尻から放射状に走行するいわゆる「からすの足跡」や額の水平方向にあさわれる直線状の明瞭なシワ。
A図形シワ glyphic wrinkle:日光に曝された部位に顕著にあらわれる,交差した線状のパターンをしめすシワ。
B縮緬ジワcrinkle:日光の影響をあまり受けない部位にみられる,たるみに付随してあらわれる細かい襞状のシワ。
そしてそれぞれに対して病理組織学的検討を加え,シワ部分とその周辺組織の組織学的相違から,シワ形成のメカニズムを探ろうとした。しかし線状ジワや図形ジワの溝の部分を識別できるような組織学的差異は見いだせなかった。ただし,これら日光照射の影響で強く現われるシワについては,それらの存在する部位で常に日光弾性線維症の組織変化,すなわち正常な弾性繊維とそれによる網状構造が変性し,異常な弾性組織の蓄積が観察されることから,皮膚が柔軟性を失い,変形に対する復元力が低下することが,シワ形成につながると考えた。一方,日光の当たらない部位にみられる縮緬ジワでは,表皮の扁平化とともに,表皮直下の真皮乳頭における弾性繊維の減少あるいは消失が観察された。若年者の皮膚では,この部分の弾性組織は,基底膜領域に向かって細かく枝分かれした細線維が存在し,表皮と真皮のしっかりした結合に与っているようにみえるが,加齢にともないこれが減少していくことで皮膚が弛緩し,結果として細かいひだが生ずると考えた。一方,Tsujiらは,シワ部分の皮膚を伸展させた場合,消えないシワと消えるシワの2つに分類した。前者は日光暴露部に発達する深いシワで,永久ジワpermanentwrinkle,後者は被覆部皮膚にみられる浅いシワで,一過性のシワtemporary wrinkleと呼び区別した。彼らは先のkligmanとは異なり,日光暴露部の深い溝の組織形態学的検討から,溝に対する部分の表皮は押し下げられ,真皮上層は周囲の組織に比べ,弾性繊維症の程度が軽度であると報告している。そして筋肉の運動などで繰り返し加えられる歪みにより,予備的に生じた溝の部分とそれ以外の部分で日光暴露の影響に差が生じることから,次第に周囲の厚い皮膚に挟まれた谷間としての溝すなわちシワが定着していくのであろうと考えた。
いずれにしても,これらの分類が示すように,日光暴露部と被覆部とでは,生ずるシワの性質が異なることが指摘されている。シワの予防や改善というとき,その対象として最も関心のある部位は顔で,その点では日光の影響をいかに最小限に抑え,日光の影響で受けた顔の損傷(いわゆる光加齢皮膚)をいかに修復するかが,問題となる。しかし顔に限ってみても,個人により局所の日光の影響の程度は様々で,したがって自然加齢の変化に光加齢の変化が様々に加わっていると考えるべきであろう。」(292頁下から10行〜293頁下から2行)また,同書は,シワの予防として,紫外線防御(紫外線の皮膚への侵入を防ぐ。),抗酸化剤(皮膚中で起こる紫外線による傷害を抑える。),乾燥からの防御(角層の乾燥を防ぐ。)について記載した(295頁5行〜296頁下から6行)後,「シワ形成には上記以外にも様々な要因が考えられる。一般にいわれるように,老化に伴う細胞機能の低下や生化学的な変化,たとえば真皮側に注目すれば,線維芽細胞の減少やコラーゲン代謝活性の低下,あるいはこれら構造蛋白の糖化等による修飾や架橋形成,さらにそれらの除去,修復機能の低下,循環系機能の低下等,実に様々な加齢変化の関与を推定することが可能である。」と記載している(296頁下から4行〜297頁1行)。さらに,同書は,シワの改善には,レチノイド,αヒドロキシ酸が効果がある旨を記載している(297頁4行〜299頁11行)。
イ 「美白」(ア) 前掲「新化粧品学」(甲17)「加齢に伴い皮膚の色素沈着は一般に増加する…。またすでに述べたように皮膚色は明度が低下し,色相は赤から黄の方向に変化する。その結果として概してくすむ方向へと変化する。これは加齢とともにメラニンなどの色素沈着が進み,皮脂の分泌量の低下や角層の肥厚や水分量低下などによる透明感の減少などが関係していると考えられる。」(42頁12行〜15行)「メラニンが表皮内で異常増加した疾患である肝斑や雀卵斑などの色素異常症の発症原因については,紫外線,女性ホルモン,遺伝的要因などの関与が指摘されているが,その機序の詳細についてはほとんど解明されていない。そのため対症療法としてメラニンを対象とした薬剤が美白用薬剤として使用されている。
皮膚におけるメラニン生成および代謝機構から,美白用薬剤の作用機序として,メラノサイト内でのメラニン生成抑制,既成メラニンの還元,表皮内メラニンの排泄促進,メラノサイトに対する選択的毒性が考えられる。
そのなかで,美白化粧品にはメラノサイトに対する作用の緩和性から,アルブチン,コウジ酸,ビタミンCおよびその誘導体,プラセンタエキスなどのメラニン生成抑制作用を主とした薬剤が有効成分として配合され,太陽光線によるしみ・そばかすの惹起ないしは増悪の防止を目的として,「日やけによるしみ・そばかすを防ぐ」の効能で市販されている。」(157頁7行〜17行)(イ) 前掲「老化のメカニズムと制御」(甲18)「…雀卵斑(ソバカス)で,これは多数の大きなそして広く拡大した樹枝状突起を持ち,…」(286頁5行〜6行)「(1) 老人性色素斑主に顔,手背,前腕伸側などの日光露出部に,米粒大から貨幣大までの褐色斑が多発する。表皮基底層のメラノサイトの限局的増加をみる。」(288頁下から6行〜4行)「加令と共に,シミが増加してくることは周知のことである。」(303頁2行)「シミは主に老化および紫外線暴露によって促進される。したがって,シミ,ソバカスの原因は,正常レベルをこえたメラニン色素形成の過剰,メラニン色素の沈着,メラニン色素排除能低下が主体と考えられる。よって,その対応としては,以下のことが考えられる。
@メラニン色素形成過剰への対応としては,○紫外線の遮断・吸a収,○活性酸素生成の抑制,○過酸化脂質生成の抑制,○メラニン形成b c dの抑制などが考えられる。
Aメラニン色素の沈着,排除能低下への対応としては,○メラニンa色素の還元,○細胞の代謝促進,○損傷細胞の修復などが考えられよb cう。」(306頁11行〜18行)同書は,いわゆる「日やけによるシミ,ソバカスを防ぐ」にかかわる紫外線吸収剤として,UVB(290〜320nm)吸収剤,UVA(320〜400nm)吸収剤,酸化チタン等のUV散乱剤があること,メラニン色素形成の抑制や還元作用を有する主剤として,ビタミンC剤,胎盤抽出液,コウジ酸,アルブチンがあることを記載している(309頁5行〜310頁最終行)。
ウ以上のア及びイの記載に,前記(1)認定の本願明細書(甲1)の記載及び前記(2)認定の引用文献(甲3)の記載を総合すると,「シワ」については,@「シワ」は,皮膚の張り,弾力性が喪失して皮膚に線状や襞状の溝が形成される現象で,さまざまな外的,内的要因によって起こるが,外的要因としては,日光特に紫外線の影響や角層の乾燥などが考えられ,内的要因としては,老化による細胞機能の低下や生化学的な変化が考えられること,A紫外線の影響によって起こるシワは,正常な弾性繊維とそれによる網状構造が変性し,異常な弾性組織が蓄積することによって,皮膚が柔軟性を失い,変形に対する復元力が低下するものであること,Bシワの予防法としては,紫外線防御(紫外線の皮膚への侵入を防ぐ。),抗酸化剤(皮膚中で起こる紫外線による傷害を抑える。),乾燥からの防御(角層の乾燥を防ぐ。)などがあること,が認められ,「美白」については,(a)「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」は,皮膚にメラミン色素が沈着して褐色〜黒色に変化する現象で,メラニン色素形成の過剰,メラニン色素の沈着,メラニン色素排除能低下がその原因となっていること,(b)メラニン色素形成の過剰,メラニン色素の沈着,メラニン色素排除能低下は,老化及び紫外線暴露によって促進されること,(c)皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着を防ぐものとしては,紫外線吸収剤とメラニン色素形成の抑制や還元作用を有する主剤があること,が認められる。
以上の事実によると,「シワ」と「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」では,(ア)「シワ」が,皮膚の張り,弾力性が喪失して皮膚に線状や襞状の溝が形成される現象であるのに対し,「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」が,皮膚にメラミン色素が沈着して褐色〜黒色に変化する現象であって,現象として異なること,(イ)「シワ」と「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」は,いずれも紫外線暴露が原因の一つとなって起こるが,その機序は,「シワ」が,正常な弾性繊維とそれによる網状構造が変性し,異常な弾性組織が蓄積することによって起こるのに対し,「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」は,メラニン色素の沈着によって起こるものであって,機序が異なること,(ウ)予防・治療法としては,紫外線の皮膚への吸収を防ぐもののように共通しているものがあるが,それ以外に多くの異なる予防・治療法があること,が認められる。
エ「'96化粧品マーケティング要覧 No.1」株式会社富士経済(1996年9月27日発刊。甲9)は,美容液を,ホワイトニング(美白効果を主に訴求する化粧料),アンチエイジング(シワ,タルミなど老化防止を主に訴求する化粧料)などに分類して,それぞれのマーケット動向を分析している。この事実からすると,本願出願当時,美白効果を主に訴求する化粧料,とシワ,タルミなど老化防止を主に訴求する化粧料とは,異なる種類の製品であると認識されていたことが推認される。
(4)「シワ」は,上記(3)ウのとおり,現象もそれが生ずる機序も,「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」とは異なり,また,上記(3)エのとおり,美白効果を主に訴求する化粧料,とシワ,タルミなど老化防止を主に訴求する化粧料は,製品としても異なるものと認識されていたところ,引用発明は,上記(2)のとおり,色素細胞を白色化して,紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防する美白化粧料組成物であるから,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が,本願出願当時,引用発明につき,「シワ」についても効果があると認識する余地はなかったものと認められる。
なお,上記(3)ウのとおり,「シワ」と「皮膚の黒化,又はシミ,ソバカス等の色素沈着」の予防・治療法として,紫外線の皮膚への吸収を防ぐものなどのように,共通しているものがあるが,引用発明は,上記(2)のとおり,色素細胞を白色化して,紫外線による皮膚の黒化若しくは色素沈着を消失させ又は予防するものであるから,この点において,予防・治療法として,本願発明と共通するということはできない。
(5)被告は,引用発明の「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば,「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」も奏しているはずのものであり,「シワ形成抑制作用」のような作用は,視覚や触覚のような五感で容易に知得できる作用であるから,「美白化粧料組成物」を皮膚に適用・使用した場合に,その使用者が容易にその効果を実感できるものであることを理由として,本願発明につき格別新たな用途が生み出されたとすることはできないと主張する。
しかし,引用発明の「美白化粧料組成物」を皮膚に適用すれば,「美白作用」と同時に「シワ形成抑制作用」を奏しているとしても,本願の出願までにその旨を記載した文献が認められないことからすると,「シワ形成抑制作用」を奏していることが知られていたと認めることはできない。
また,被告は,乙号各証の記載を根拠として「需要者や当業者が美白作用を有する組成物について同時にシワ形成抑制作用を有すると期待することは当該分野の常識上ありえない。」との原告の主張は失当であると主張する。
関根茂代表編集「化粧品ハンドブック」日光ケミカルズ株式会社ほか(平成8年11月1日発行。乙1)には,「乳酸」(469頁「表3・6」)や「アスコルビン酸リン酸エステルマグネシウム」(463頁右欄,465頁左欄)が,美白作用とシワ形成抑制作用とを併せ有している旨の記載がある。しかし,本願発明に係る「アスナロ又はその抽出物」とは異なる物質であって,そのような物質が美白作用とシワ形成抑制作用とを併せ有しているからといって,当業者が,本願出願当時,引用発明につき,「シワ」についても効果があると認識することができたとは認められない。また,乙3〜5には,美白効果とシワ形成抑制効果とを併せ有している化粧料が掲載されているが,これらは,いずれも平成18年7月31日現在におけるホームページの記載である上,本願発明に係る「アスナロ又はその抽出物」とは異なる物質を有効成分とするものであるから,これらのホームページに美白効果とシワ形成抑制効果とを併せ有している化粧料が掲載されているからといって,当業者が,本願出願当時,引用発明につき,「シワ」についても効果があると認識することができたとは認められない。
さらに,被告は,引用発明の「美白化粧料組成物」と本願発明の「シワ形成抑制剤」は,いずれも,美容効果のうち,特に紫外線による皮膚のトラブルに対する予防効果を期待して皮膚に適用されるものであって,「同じ効果を期待する使用者に対して用いられるものではない。」とする原告の主張は,失当であると主張する。しかし,「シワ」と「美白」が異なることは,前記(3)のとおりであって,美容効果のうち,特に紫外線による皮膚のトラブルに対する予防効果を期待して皮膚に適用されるものであるとの共通点があるからといって,当業者が,本願出願当時,引用発明につき,「シワ」についても効果があると認識することができたとは認められない。
したがって,被告の主張はいずれも採用することができない。
(6)これまで述べたところを総合すると,当業者が,本願出願当時,引用発明の「美白化粧料組成物」につき,「シワ」についても効果があると認識することができたとは認められず,本願発明の「シワ形成抑制」という用途は,引用発明の「美白化粧料組成物」とは異なる新たな用途を提供したということができる。
したがって,取消事由2は理由がある。
4 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一