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関連審決 異議2003-73277
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成20行ケ10065審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10542審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10444審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10105審決取消請求事件 判例 特許
平成20行ケ10483審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明特定事項 /  技術常識 /  参酌 /  技術的意義 /  置き換え /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  同意 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10223号 特許取消決定取消請求事件
原告 キユーピー株式会社
訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同宮嶋学
訴訟代理人弁理士 中村行孝
同 紺野昭男
同 横田修孝
被告 特許庁長官中嶋誠
指定代理人 河野直樹
同鵜飼健
同 一色 由美子
同 大場義則
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が異議2003−73277号事件について平成16年8月17日にした決定中「特許第3443399号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1原告主文同旨2被告(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「酸性水中油型乳化調味料」とする特許第3443399号の特許(平成12年11月17日出願,平成15年6月20日設定登録
以下「本件特許」という。請求項の数は2である。)の特許権者である。本件特許に対して特許異議の申立てがなされたので,特許庁は,これを異議2003-73277号事件として審理した。その過程において,原告は,平成16年7月28日,本件特許に係る明細書の特許請求の範囲の訂正(以下「本件訂正」という。)の請求をした(以下,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成16年8月17日,「訂正を認める。
特許第3443399号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年9月6日,本件決定の謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件訂正後)本件明細書の請求項1,2の記載は,次のとおりである(以下,これらの発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明2」という。下線部は訂正箇所を示す。)。
「【請求項1】製品に対して食用油脂を10%以上含有し,且つ全体の粘度が10万mPa・s以上である酸性水中油型乳化調味料において,焼成用あるいはフライ用食品に用いる酸性水中油型乳化調味料であって,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉とを含有することを特徴とする酸性水中油型乳化調味料。」「【請求項2】製品に対して,ホスホリパーゼA処理卵黄を生卵黄換算で1〜15%,オクテニルコハク酸化澱粉を0.1〜5%含有することを特徴とする請求項1記載の酸性水中油型乳化調味料。」3 本件決定の理由別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明1及び2は,特開平3-27269号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。),「月刊フードケミカル 1992‐3」94頁〜100頁(以下「刊行物2」という。)に記載された発明,「油化学 28巻10号(1979)」760頁〜766頁(以下「刊行物3」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである(なお,本件決定において,請求項1の記載について,「……ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を含有すること………」とあるのは,「……ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉とを含有すること……」の誤記と認められる。)。
本件決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明1と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点)「製品に対して食用油脂を35%以上含有し,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化調味料。」である点。
(相違点)(1) 配合成分に関して,本件発明1がオクテニルコハク酸化澱粉を含有するのに対して,引用発明がこれを含有しない点(以下「相違点(1)」という。)。
(2) 用途に関して,本件発明1が「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ものであるのに対して,引用発明にはその点の限定がない点(以下「相違点(2)」という。)。
(3) 全体の粘度に関して,本件発明1が,「粘度が10万mPa・s以上である」のに対して,引用発明にはその点の限定がない点(以下「相違点(3)」という。)。
原告主張の取消事由の要点
本件決定は,相違点(2)の判断を誤った上(取消事由1),相違点(1)の判断を誤ったものであり(取消事由2),それらの誤りに基づいて,本件発明1及び2の進歩性を否定したものであるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点(2)の判断の誤り)(1) 構成の意義本件発明1には,引用発明との相違点(2)に係る,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との構成がある。
原告が,本件発明1の実施品として製造販売している製品のパンフレット(甲22)に,「塗って,焼くだけ」,「パンに塗って焼くだけで,・・」と記載されているように,市場において,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」酸性水中油型乳化調味料は,その他の用途に用いる酸性水中油型乳化調味料とは区別されている。
したがって,特許請求の範囲において,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ことに用途を限定した本件発明1の酸性水中油型乳化調味料は,引用発明のような殺菌等の加熱処理をサラダ等に用いる酸性水中油型乳化調味料とは,産業上区別されており,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との構成は,本件発明1の構成を限定する意義を有するものである。
(2) 構成の想到困難性本件決定は,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ことは,刊行物1,2の記載から,当業者が容易に想到しうるところであると判断したが,誤りである。引用発明と刊行物2記載の発明を,本件発明1が前提とするような焼成あるいはフライという加熱処理に適用しようとする動機付けはなく,両者を組み合わせ,焼成あるいはフライという加熱処理に適用することは,次のとおり,当業者が容易になしうるものではない。
ア 刊行物1及び刊行物2には,サラダの殺菌及びレトルト殺菌処理が記載されているにすぎず,本件発明1が前提とする焼成あるいはフライという加熱処理についての記載はない。食品工学の分野では,前者と後者は,加熱処理としての概念が異なるものとして,厳格に区別されている。
イ 本件発明1が前提とする加熱処理は,脱水現象を伴うものであり,これを伴わない引用発明や刊行物2記載の発明が前提とする加熱処理に比べ,明らかに過酷な加熱条件である。引用発明や刊行物2記載の発明からは,本件発明1が前提とする脱水現象を伴う加熱条件に対して耐熱性を有するとの発想を生じるものではない。
ウ 刊行物2には,120℃,30分のレトルト殺菌処理という脱水現象を伴わない加熱処理で,既に2%もの油相分離が生じることが記載されており,本件発明1が前提とする焼成あるいはフライという加熱処理に適用するには,阻害事由がある。
2 取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)本件決定は,相違点(1)について,引用発明において,刊行物2記載のオクテニルコハク酸エステル化澱粉を配合することは当業者が容易に想到しうるところであり,本件発明1の「強力な加熱処理を施しても,油相分離を生じ難くしかも滑らかな食感を保持する」という効果も,刊行物1,2の記載から当業者が予期しうる範囲のものである旨判断したが,いずれも誤りである。
(1) 構成の想到困難性ア 刊行物1には,ホスホリパーゼA処理卵黄だけでは,耐熱性ドレッシングとしての効果を奏さず,ラクトアルブミンを必須成分とすることが記載されているとおり(1頁左下欄5行〜7行,4頁左下欄1行〜10行),引用発明は,ホスホリパーゼA処理卵黄とラクトアルブミンを組み合わせるという技術思想に基づくものであるが,このような引用発明に対し,刊行物2に記載された技術思想を組み合わせる動機付けがあるとはいえない。
イ 被告は,刊行物1において,引用発明に任意成分として配合することが記載されているでんぷん,デキストリン及びガム類を,刊行物2に記載されたオクテニルコハク酸化澱粉に置換することが容易である旨主張するが,以下のとおり,そのような置換は困難である。
(ア) でんぷんは,α-D-グルコースが脱水重合した多糖類であり,その粘弾性を利用して,主に増粘剤として利用されている(甲16〜18)。
加工でんぷんは,でんぷんの粘弾性に加え,更に粘性,透明性,光沢,付着性,曳糸性,流動特性等の多岐にわたる物性を満足させるためにでんぷんを加工したものであり,その粘弾性を活かして,増粘剤として利用されるというのが,通常の理解である(甲18)。
デキストリンは,でんぷんを部分分解して得られる分解生成物であり,主に増粘剤,つやだし剤として使用されるものであり,乳化力はないというのが,通常の理解である(甲16,18,刊行物2)。
ガム類は,一般には粘着性がありコロイド的性質をもつ高分子多糖類であり,増粘剤として使用されるというのが,通常の理解である(甲16,18)。なお,アラビアガムは,他の一般的なガム類と異なり,低粘度であり,乳化力の機構も異なる。他の高粘度ガム(キサンタンガム,タラガントガム等)の乳化力は,水相の粘度を上げることに基づく乳化力であるのに対し,アラビアガムの乳化安定化機構は,油滴に吸着するアラビアガム膜の強さが関与しているといわれ,アラビアガムの他に代替できない機能の一つがこの卓越した乳化力にあるといわれている(甲19)。
オクテニルコハク酸化澱粉は,オクテニルコハク酸エステル化澱粉ともいい,デキストリンに炭素が連鎖したアルキル基である疎水基が結合したものであって,乳化剤として利用されるものであり,殆ど粘性を有さない(刊行物2)。なお,オクテニルコハク酸化澱粉は,その構造中に含まれるアルキル基が疎水性(親油性)であることにより,乳化剤として機能するものと理解される。
(イ) 上記(ア)のとおり,食品分野において,でんぷんや加工でんぷんは,その粘弾性を活かして,増粘剤として利用されるものであり,オクテニルコハク酸化澱粉のように疎水性(親油性)のアルキル基を有する構造のものを含むものとは,通常理解されていない。また,デキストリンやガム類も,オクテニルコハク酸化澱粉とは,その物性や機能,使用目的が異なる。
なお,乙5(特開昭62-29950号公報 )には,乳化剤として,でんぷん,ガム質,デキストリン,微結晶セルロースが例示されている(3頁左下欄9行〜13行)。しかし,刊行物2の「増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐ」との記載(94頁右欄5行〜6行)に照らせば,乙5の上記記載は,でんぷん,ガム質,デキストリン,微結晶セルロースが,その増粘効果により,分散された油滴の再凝集を防ぐことを利用して,乳化剤とすることが記載されているにとどまるものというべきである。
上記の理解を前提にすれば,刊行物1において,引用発明に任意成分として配合することが記載されているでんぷん,デキストリン及びガム類は,多糖類としての増粘効果を利用するために用いられる物質の例として挙げられたものというべきである。
(ウ) 一方,オクテニルコハク酸化澱粉は,疎水性(親油性)のアルキル基を有することにより,乳化剤として利用されるものであり,殆ど粘性を有さない。換言すると,オクテニルコハク酸化澱粉は,でんぷん,デキストリン及びガム類とは,その物性及び構造が異なり,でんぷん,デキストリン及びガム類に期待されている増粘効果を有さないものである。
なお,本件発明1は,「食品等から流れ落ち難く食品上に保持されるように製品全体の粘度が10万mPa・s以上」(本件明細書の段落【0009】)であるようにしており,これを発明特定事項の一つとするものであるが,刊行物1の実施例3におけるキサンタンガム及び糊化でんぷんを,刊行物2記載のオクテニルコハク酸化澱粉(「エマルスター#30A」)に置換して調製した置換品ドレッシングは,粘度が7,800mPa・sと著しく低粘性で,本件発明1の上記発明特定事項を満たすものではない(甲24)。
(エ) 以上によれば,刊行物1において,引用発明に任意成分として配合することが記載されているでんぷん,デキストリン及びガム類を,刊行物2に記載されたオクテニルコハク酸化澱粉に置換することが,当業者にとって容易であったということはできないというべきである。
ウ 被告は,本件明細書の段落【0020】の実施例2で使用したオクテニルコハク酸化澱粉(商品名:エマルスター#1)が粘性を有するから,オクテニルコハク酸化澱粉は殆ど粘性を有さないものとはいえない旨反論するが,以下のとおり,失当である。
(ア) 刊行物2に,オクテニルコハク酸化澱粉として具体的に記載され,「レトルト耐性にすぐれた乳化剤あるいは乳化安定剤である」ことが説明されているのは,「エマルスター#30A」であって,「エマルスター#1」についての記載はない。そうすると,「エマルスター#30A」よりも粘性のある「エマルスター#1」は,直ちに「レトルト耐性にすぐれた乳化剤あるいは乳化安定剤である」とはいえない。
(イ) 仮に刊行物2に記載されているオクテニルコハク酸化澱粉に「エマルスター#1」が概念的に含まれるとしても,「エマルスター#1」も,疎水性(親油性)のアルキル基を有するものであって,でんぷん,デキストリン及びガム類とは,その物性及び構造が異なる。そして,「エマルスター#1」の粘度は,5%水溶液で8,000mPa・s(8,000cps)程度であり(本件明細書の段落【0020】),でんぷんやガム類に期待されている増粘効果を奏さない程度のものである。すなわち,「エマルスター#1」などのオクテニルコハク酸化澱粉は,でんぷん酸化物を原料としていると理解され,酸化処理前のでんぷんよりも粘度が低いと推定される。また,「エマルスター#1」の粘度は,2%水溶液で約30,000mPa・s弱であるローカストビーンガム(甲19,8頁右欄グラフ),3%水溶液で約100,000mPa・sであるグアーガム(甲19,10頁左欄グラフ)といったガム類の粘度より,明らかに小さい。
(ウ) そうすると,刊行物1において,引用発明に任意成分として配合することが記載されているでんぷん,デキストリン及びガム類を,刊行物2の教示に基づいて,「エマルスター#1」に置換することが,当業者にとって容易であったということはできないというべきである。
(2) 効果の顕著性本件発明1は,次のとおり,当業者が予測しえない顕著な効果を奏するものであり,この効果に照らしても,当業者が,引用発明及び刊行物2記載の発明に基づいて,本件発明1の相違点(1)に係る構成に容易に想到することができたとはいえない。
ア(ア) 本件明細書に記載された実験結果,並びに,甲5及び9の実験結果に示されるとおり,酸性水中油型乳化調味料において,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方のみを使用しても,焼成あるいはフライという加熱条件下で耐熱性を付与することはできないにもかかわらず,本件発明1のように,酸性水中油型乳化調味料においてホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸化澱粉の両方を使用することで,焼成あるいはフライという加熱条件下で耐熱性を付与することができた。
(イ) 被告は,本件明細書に記載された実験結果と甲5の実験結果に齟齬ある旨指摘するが,本件明細書の実施例3,比較例3及び4に係る試験例2は,メンチカツ内部に調味料を充填しフライ処理したものであるのに対し,甲5の実験は,油相分離の程度が視覚的に明確に判別できるよう,濾紙の上に調味料を置いて焼成したものであるから,実験結果に多少の差異が生じても不自然ではない。
イ(ア) ホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸化澱粉を含有した水中油型乳化調味料であっても,油脂含有量が上昇すればひどく油相分離を生じるので(甲10),脱水現象により油脂含有量が上昇する焼成あるいはフライという加熱処理を,当該両含有成分を含有した水中油型乳化調味料に施した場合には,著しく油相分離を生じ,耐熱性が得られないことが予想される。それにもかかわらず,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉という成分を組み合わせることにより,脱水現象を伴う焼成あるいはフライという加熱処理に対する耐熱性につき,所期の効果が得られるという結果は,明らかに予測しえない顕著な効果というべきである。
(イ) 被告は,甲10の実験結果から,焼成あるいはフライという脱水現象を伴う加熱処理を施して油脂含量が増加した場合には,油相分離がひどくなることを予想されるから,甲10は,本件発明1の全範囲において,顕著な効果があるということはできないことを証するものである旨主張する。しかし,甲10の実験は,単なる乳化の実験であり,実際に油相分離がひどくなることを示すものではなく,したがって,本件発明1に顕著な効果がないことを示すものということはできない。
ウ 原告は,本件発明1が引用発明と比較して有利な効果を奏することを立証すべく,刊行物1の実施例3(ホスホリパーゼA処理卵黄及びラクトアルブミンの配合量が最も多い実施例)の耐熱性ドレッシングを調製し,これを焼成する実験(甲23)を行ったが,これによれば,本件発明1が引用発明に比較して,優れた耐焼成性を有することが明らかである。
被告の反論の要点
本件決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(相違点(2)の判断の誤り)について(1) 構成の意義について本件発明1は,「焼成用あるいはフライ用食品」にのみもっぱら使用するものとはいえないし,同一組成の調味料であれば,たとえ他の用途が特定されているものであっても,「焼成用あるいはフライ用食品」に使用できることも明らかであるから,酸性水中油型調味料の発明において,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との限定を付すことにより,「物」の発明として,格別の相違が生じるものとは考えられない。したがって,特許請求の範囲における「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との記載は,本件発明1の構成を限定する意義を有しているとはいえない。
(2) 構成の想到困難性について引用発明は,高温加熱時の油相分離の防止を目的とするものであり,刊行物1に記載されている加熱殺菌は,加熱処理の1例にすぎない。一方,本件発明1が前提とするという焼成あるいはフライという加熱条件も,酸性水中油型乳化調味料において,通常使用される条件にすぎず,刊行物1,2に記載された加熱処理に比べ,明らかに過酷な加熱条件であるとはいえない。そして,酸性水中油型調味料を焼成用あるいはフライ用食品に用いること,ホスホリパーゼA処理卵黄の添加によりその場合の耐熱性が向上することは,いずれも周知であった(乙1〜4)から,引用発明及び刊行物2記載の発明を,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ことに,何ら困難性は認められない。
2 取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)について(1) 構成の想到困難性についてア 刊行物1,2は,加熱による酸性水中油型乳化調味料の油相分離を防止するという点で同一の技術思想に基づくものである。したがって,焼成あるいはフライ処理とレトルト加熱処理が本質的に異なるものかどうかという原告主張の当否に関わらず,両者を結びつける動機付けがあるというべきである。
イ(ア) 刊行物1には,引用発明の酸性水中油型調味料に,副原料として,でんぷん,デキストリン及びガム類を配合することが記載されており(3頁右上欄4行〜14行,3頁左下欄4行〜7行),糊化でんぷん及びキサンタンガムを0.3重量%程度配合したものが実施例として記載されている(4頁の第1表)。
(イ) 酸性水中油型調味料に,副原料として,糊化でんぷん,加工でんぷん,ガム質を配合することは,本件特許の出願前に周知であった(乙3〜6)。
特に,乙5(特開昭62-29950号公報)の「酵素で分解した卵黄の使用割合は,……他に乳化剤,例えば各種のガム質(キサンタンガム,タマリンドガム,グアーガム,カラギーナンなど),でんぷん,デキストリン,微結晶セルロースなどを利用するときには前記した割合より減ずることができる。」(3頁左下欄7行〜14行,5頁右下欄6行〜7行)との記載は,酵素処理卵黄の一部をガム質やでんぷんに置きかえることができることを示唆するものといえる。
(ウ) でんぷん,デキストリン及びガム類が,増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐとともに,食感の改良,保水性の向上などにも大きく貢献する乳化油脂食品の乳化安定剤であることは,本件特許の出願前に周知であった(刊行物2)。
そして,刊行物2には,オクテニルコハク酸化澱粉が,マヨネーズ状のドレッシングの乳化剤であり,乳化安定剤であることが開示されている。
(エ) そうすると,刊行物2に接した当業者が,酸性水中油型調味料の乳化をより安定にするために,刊行物1の実施例1〜4において副原料として配合されている乳化安定剤として周知の糊化でんぷんに代えて,刊行物2に記載された乳化安定剤であり乳化剤でもあるオクテニルコハク酸化澱粉を使用することに,格別の困難性はなく,それを妨げる特段の理由も見出せない。
ウ 原告は,オクテニルコハク酸化澱粉は,疎水性(親油性)のアルキル基を利用して乳化剤として用いられるものであり,殆ど粘性を有さないなど,増粘効果が期待されている刊行物1記載のでんぷん,デキストリン及びガム類とは,物性及び構造が異なり,増粘効果を有さないから,これらをオクテニルコハク酸化澱粉に置換することは困難である旨主張するが,次のとおり,失当である。
(ア) 本件明細書の段落【0020】には,実施例2で使用したオクテニルコハク酸化澱粉について,「本実施例で用いたコハク酸化澱粉(商品名:エマルスター#1)は,5%水溶液の粘度が8000mPa・s(B型粘度計で,回転数:2rpm,ローター:No.2,品温:25℃の条件で測定)であった。」と記載されており,オクテニルコハク酸化澱粉が殆ど粘性を有さないものであるとはいえない。
(イ) 酸性水中油型調味料に,副原料として,でんぷん,デキストリン及びガム類を配合すること,でんぷん,デキストリン及びガム類が,増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐとともに食感の改良,保水性の向上などにも大きく貢献する乳化油脂食品の乳化安定剤であることは,周知である。オクテニルコハク酸化澱粉は,酸性水中油型乳化調味料に対する乳化剤であり,乳化安定剤である。したがって,でんぷん,デキストリン及びガム類と,オクテニルコハク酸化澱粉は,その機能が類似しており,前者を後者に置換することが困難であるということはできない。
(2) 効果の顕著性についてア 刊行物1には,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有するドレッシングを殺菌等の加熱処理を施すサラダ等に使用することが記載され,具体的にドレッシングを70〜90℃で40分間加熱しても油相分離がみられなかったことが示されている。そして,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化食品は,焼成あるいはフライ処理と同様の温度条件を含む幅広い高温条件下でも耐熱性を有することが,周知であった(乙1〜4)。
刊行物2には,オクテニルコハク酸化澱粉を含有するドレッシングは120℃で30分間レトルト処理した後に2%程度の油相分離しかみられず,オクテニルコハク酸化澱粉はレトルト耐性に優れた乳化剤であることが示され,マヨネーズ,ドレッシング等の酸性水中油型調味料に用いることが示されている。そして,オクテニルコハク酸化澱粉は乳化剤であり,乳化安定剤でもあるから,酸性水中油型調味料の乳化をより安定させ,その結果,加熱による酸性水中油型乳化調味料の油相分離をより防止できるであろうことは,当業者が当然に期待するところにすぎない。
そうすると,刊行物1,2に接した当業者であれば,ホスホリパーゼA処理卵黄,あるいは,オクテニルコハク酸化澱粉が,焼成あるいはフライに対する耐熱性を与えるであろうことは当然期待するところであって,本件発明1の効果は,当業者が予期しえないものということはできない。
イ 本件明細書に記載された実験結果や甲5,9の実験結果によっては,本件発明1におけるホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸化澱粉の含有率の全範囲において,顕著な効果があると認めることはできない。
その理由は,次のとおりである。
(ア) 本件明細書の表1は,実施例1が比較例1,2より優れているとの実験結果,本件明細書の表2及び甲5は,実施例3が比較例3,4より優れているとの実験結果を示している。しかし,実施例1と比較例1,2,実施例3と比較例3,4では,いずれも実施例の方が,比較例より,耐熱性を付与する乳化剤の配合量が多いのであるから,効果が優れているのは当然であり,比較実験としての前提を欠くものである。
(イ) 本件明細書の表3ないし5によれば,本件発明1には,実施例1及び3のように,熱安定性が「◎(油相分離なし)」と評価される場合に限らず,熱安定性が「○(僅かに油相分離が観察されるが問題とならない程度である)」と評価される場合も包含される。
また,本件発明1は,ホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸化澱粉の含有率を限定するものではなく,例えば,ホスホリパーゼA処理卵黄を0.5%,オクテニルコハク酸化澱粉を0.5%含有する場合,あるいは,ホスホリパーゼA処理卵黄を3%,オクテニルコハク酸化澱粉を0.05%含有する場合をも包含するが,本件明細書の表3及び4によれば,これらの場合,熱安定性が「△(一部油相分離が観察される)」,食感が「△(滑らかさにやや劣る)」と評価され,総合評価も「△」とされている。
(ウ) 甲5,9は,200℃・3分間の電気オーブンによる焼成処理という特定の加熱条件下での試験結果のみを示すものにすぎず,また,ホスホリパーゼA処理卵黄5.0%,オクテニルコハク酸化デンプン1.0%という本件発明1の一実施例の効果について,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉のみを用いる場合と比較して示すものにすぎないから,これらによって,本件発明1におけるホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸エステルの含有率の全範囲において,顕著な効果があると認めることはできない。
(エ) 甲5の実験結果は,本件明細書の記載とは異なるものとなっており,信憑性に疑問がある。
すなわち,本件明細書の表2によれば,比較例4は,比較例3より熱安定性が優れているものと考えられる。一方,甲5によれば,比較例3は「保形成も崩れやや広がっていた。」のに対して,比較例4は「保形成も崩れ広がっていた。」のであるから,比較例3は,比較例4より熱安定性が優れていることになる。また,実施例3は,本件明細書によれば,熱安定性が「◎(油相分離なし)」となっているが,甲5によれば,油脂が濾紙に僅かに滲みているものであり,実施例1より熱安定性が劣っていることになる。
(オ) 本件発明1において,油脂含量は10%以上とされ,上限は限定されていないところ,甲10の実験結果によれば,油脂含量が80%を超えるとホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用しても乳化できないのであるから,両者を併用しても,油脂含量が多く80%に近いものは焼成あるいはフライ処理加熱条件下で,脱水により油脂含有量が80%以上となり,耐熱性が悪化するものとも考えられる。
そうすると,甲10の実験は,本件発明1の全範囲において,顕著な効果があるということはできないことを証するものともいえる。
(カ) 甲23を検討しても,本件発明1が引用発明と比較して当業者が予期しえないほどの効果であるとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(2)の判断の誤り)について(1) 構成の意義について本件特許の特許請求の範囲の請求項1には,「酸性水中油型乳化調味料において,焼成用あるいはフライ用食品に用いる酸性水中油型乳化調味料であって,」という,本件訂正で付加された記載がある。
本件訂正は,本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1における「酸性水中油型乳化調味料において,」との記載を,本件明細書の段落【0008】等の記載を根拠として,上記のとおり訂正したものであるが,本件明細書のその余の記載を訂正したものではない(甲2,3の1,2)。
本件明細書(甲3の2)の段落【0008】には,「……本発明の酸性水中油型調味料は,酸性水中油型調味料と共に,例えば,オーブントースター,フライ,電子レンジ等の強力な加熱処理を施す食品に好適な調味料である。
このような食品としては,例えば,オーブンで焼成するトーストやピザ等のパン類,オーブンや電子レンジで焼成又は再加熱したり,あるいはフライする白身魚のフライ,エビフライ,メンチカツ,コロッケ等のフライ用あるいはフライ済み食品,またハンバーグ,焼きそば等が挙げられる。」との記載があり,本件発明1の酸性水中油型乳化調味料が,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ことが好適であることがうかがわれるものの,「焼成用あるいはフライ用食品」にのみもっぱら用いられることを意味するものと解することはできず,このことは,本件訂正の経緯からも明らかである。
そうすると,本件発明1は,「焼成用あるいはフライ用食品」にのみもっぱら用いられる「酸性水中油型乳化調味料」であるということはできないから,請求項1における「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との文言は,本件発明1に係る「酸性水中油型乳化調味料」の使用目的ないし属性についての主観的な認識を示すにとどまり,本件発明1の効果の顕著性を検討するに際して参酌することはともかく,「物」の発明である本件発明1の構成を限定する意義を有するものと認めることはできないというべきである。
(2) 構成の想到困難性についてア 上記(1)のとおり,特許請求の範囲における「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」との記載は,本件発明1の構成を限定する意義を有するものとはいえないから,原告の取消事由1の主張は,その前提を欠くものであって,採用することができない。
イ 付言するに,乙3(特開平11-318354号公報)には,水中油型乳化食品(ドレッシング)について,「200℃で10分間焼成し」(4頁5欄15行〜16行),「121℃で30分間加熱し」(4頁5欄25行〜26行),「1500Wの電子レンジで1分間マイクロ波を照射し」(4頁5欄36行〜37行),耐熱性を評価し,油分離が少なかったことが記載され,乙1(特開平9-149772号公報)には,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化食品について,「90℃の熱湯に1時間浸漬する方法,オーブンレンジで250℃×15分間処理する方法及び電子レンジ……で1400W×1分間処理する方法」(3頁4欄下から9行〜下から5行)により耐熱性を評価し,良い結果が得られたことなどが記載され,乙2(特開平11-178541号公報)には,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有するホワイトソース入りマヨネーズについて,「250℃のオーブンで常法に準じて焼き」(4頁5欄30行〜31行,6欄14行〜15行),油分離(遊離)が認められなかったことなどが記載され,乙4(特開2000-125751号公報)には,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化物を「180℃にて表側90秒間,裏側90秒間揚げ」(5頁7欄28行〜29行),酸性水中油型乳化物がドーナツ生地にトッピングした形のまま残っており,外観は良好であったことなどが記載されている。これらによれば,本件特許の出願前に,酸性水中油型乳化調味料に,レトルト殺菌,焼成,マイクロ波照射による加熱など,各種の加熱手段が適用され(乙3),また,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化調味料が,焼成やフライという加熱処理に供される(乙1,2,4)という技術水準にあったことが認められるから,「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ことは,新たな用途ということができないのみならず,当業者には自明の使用目的にすぎないのであって,仮に本件発明1と同一の組成の酸性水中油型乳化調味料について当業者が容易に想到できたとすれば,本件発明1が「焼成用あるいはフライ用食品に用いる」ものであることをもって,進歩性があるとすることはできないことは明らかである。
2 取消事由2(相違点(1)の判断の誤り)について(1) 構成の想到困難性について本件決定は,引用発明において,刊行物2記載の「オクテニルコハク酸エステル化澱粉」を配合することは当業者が容易に想到しうるところであると判断しているので,この点について検討する。
ア 刊行物1(甲4の1)には,次の記載がある。
(ア) 「ホスフォリパーゼAで分解した卵黄,及びラクトアルブミンを含有することを特徴とする耐熱性ドレッシング。」(1頁左下欄5行〜7行,特許請求の範囲)(イ) 「本発明で用いられる油脂としては,食用に適する油脂であれば特に種類を問わない。……上記油脂の配合割合は,水中油型乳化を安定に行うために全原料の90重量%以下とすることが好ましく,更に風味及び食感を良くするためには35〜80重量%とするのが好ましい。」(2頁左下欄5行〜17行)(ウ) 「本発明で用いられるホスフォリパーゼAで分解した卵黄としては,生卵黄,冷凍卵黄,冷凍加塩卵黄,冷凍加糖卵黄,及び,卵黄を含有する,生全卵,冷凍全卵,冷凍加塩全卵,冷凍加糖全卵など,一般的にマヨネーズやドレッシングに使用している卵黄を,ホスフォリパーゼAで分解したものであれば,全て使用できる。」(2頁右下欄19行〜3頁左上欄5行)(エ) 「上記の分解卵黄の添加量は,全原料の2重量%程度であっても,乳化良好なドレッシングを得ることができるが,乳化状態のよい卵黄風味豊かなドレッシングを得るには,好ましくは4〜15重量%,より好ましくは5〜8重量%とするとよい。」(3頁左上欄19行〜右上欄3行)(オ) 「本発明で用いられる水相原料としては,水の他に,必要に応じて,水に溶解又は分散しうる原料,例えば,食塩,グルタミン酸ソーダ,砂糖,グルコース,でんぷん,デキストリン,みりん,果汁,食酢,有機酸,香辛料,ガム類などを加えたものが用いられる。これらの原料は,水中油型乳化食品の風味,その他の特性などを考慮して適宜選定される。
上記水相原料の配合割合は,全原料の10重量%以上,特に25〜65重量%とするのが好ましい。」(3頁右上欄4行〜14行)(カ) 「本発明の耐熱性ドレッシングは,例えば次のようにして製造することができる。まず,水に食酢等の酸味剤及び食塩,糖類等の呈味剤を分散溶解させ,更にラクトアルブミン,ホスフォリパーゼAで分解した卵黄を添加溶解させ,水相を調製する。一方,液状の油脂に糊化でんぷん,冷水可溶性ガム等のガム質を分散させることにより,油相を調整する。尚,ガム質は,水相に油相を添加,撹拌することにより混合されて水相に移行する。次いで,上記水相を撹拌しながら,上記油相を数回に分けて添加し,その後更によく撹拌をし,水中油型予備乳化物を得る。
こうして得られた水中油型予備乳化物をコロイドミルにかけ,本発明の耐熱性ドレッシングを得る。」(3頁右上欄18行〜左下欄12行)(キ) 「上述の如くして得られた実施例1〜4及び比較例1〜4の各ドレッシングを70〜90℃で40分間加熱し,また,ポテトサラダ100部に上記の各ドレッシング25部を混合して調理したポテトサラダを70〜90℃で40分間加熱し,ドレッシング自体及びポテトサラダに使用した場合における油相の分離について評価した。それらの評価結果を,下記第2表に示す。第2表に示す結果から明らかなように,ホスフォリパーゼAで分解した卵黄とラクトアルブミンとを併用した実施例1〜4の本発明の耐熱性ドレッシングは何れも,加熱後の油相の分離がなく乳化状態が安定しているのに対し,両者を併用していない比較例1〜4のドレッシングは何れも,ポテトサラダでの油相の分離を生じていた。また,分解卵黄の配合割合を増やしても,ラクトアルブミンとの併用でなければその効果は認められなかった(比較例3参照)。」(4頁左上欄下から5行〜左下欄10行)(ク) 「本発明の耐熱性ドレッシングは,殺菌等の加熱処理を施すサラダ等に使用しても,油相の分離が起こらない,加熱に対して安定なものである。」(4頁左下欄12行〜14行)(ケ) 第1表には,実施例1〜4につき,食酢(酸度10%)8.0重量%,キサンタンガム0.3重量%,糊化でんぷん0.8重量%が配合されていることが記載されている(4頁左上欄)。
刊行物1の上記記載によれば,引用発明は,ホスホリパーゼAで分解した卵黄を含む耐熱性ドレッシングであり(上記(ア)),油脂を35〜80重量%含有し(上記(イ)),ホスホリパーゼAで分解した卵黄を4〜15重量%有し(上記(ウ)及び(エ)),食酢を含む水中油型乳化物であって(上記(オ),(カ)及び(ケ)),酸性水中油型乳化調味料と認められるから,「製品に対して食用油脂を35%以上含有し,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化調味料。」である点で本件発明1と一致するということができる。
また,刊行物1の上記記載によれば,引用発明に,必要に応じ,でんぷん,デキストリン,ガム類(ガム質)などを配合することが開示されており(上記(オ)及び(カ)),糊化でんぷん及びキサンタンガムを含有する実施例が記載されていること(上記(ケ))が認められる。しかしながら,刊行物1には,これらの成分の技術的意義に関する具体的な記載はない。
なお,刊行物1の上記記載によれば,引用発明は,殺菌等の加熱処理を施すサラダ等に使用しても,油相の分離が起こらず,加熱に対して安定なものである(上記(キ)及び(ク))が,ホスホリパーゼA処理卵黄だけでは上記効果を奏さず,ラクトアルブミンとの併用が必須とされている(上記(キ)及び(ア))。
イ 刊行物2(甲4の2)には,次の記載がある。
(ア) 「乳化油脂食品の場合,乳化剤のみでは保存性,あるいはテクスチャー付与ができないため不十分なことが多いので乳化安定剤との併用か,あるいは安定剤が乳化剤に代わって単独で使用されることもある。乳化安定剤は,増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐとともに食感の改良,保水性の向上などにも大きく貢献しているために糊料,粘質物,増粘剤ともいわれ食品の加工素材として賞用されてきている。ところで,乳化安定剤には植物ガム,微生物産生ガム類,タンパク質,澱粉などの天然系やCMC,アルギン酸ナトリウム,カゼインナトリウムなどの化学修飾物などがあるが,本稿では澱粉やその加水分解物であるデキストリン,疎水基を導入して乳化機能を付与した親油性澱粉の特性,その用途や特に油脂の粉末化について述べてみたい。」(94頁右欄1行〜16行)(イ) 「1.1 部分分解澱粉(デキストリン) 従来より乳化油脂食品には種々の安定剤が使われている。例えばドレッシングには各種のガム類,特に乳化香料にはアラビアガムが賞用されてきた。しかしながら,アラビアガムは中央アフリカに産するアカシア属の木から採取される天然系のガム質でこの地域に限定されるため高価であり,そのうえ気象条件によりその産出量が左右され供給が不安定になることが多い。このため澱粉を種々修飾した代替物が開発されている。すなわち,澱粉の酵素分解物であるデキストリン類は乳化の安定剤としてだけではなく,特に低分解度のデキストリンが適度のテクスチャーを有するところから使用されていることが多い。しかしながら,乳化油脂食品の種類によっては長時間放置する場合に白濁し,はなはだしいときには沈澱を生じ食品としての価値を無くすような現象が発生することもある。このため,酸化処理によりこの欠点を改善する試みもなされてきた。しかし澱粉を酸化しただけでは低粘性になるが溶解性や乳化安定性が劣り乳化安定剤としての機能を発揮することがむずかしい。そこで,澱粉を酸化した後α-アミラーゼにより一定条件にまで加水分解することによって,はじめてアラビアガムとほぼ同等の乳化安定性を有するデキストリンが得られる。
具体的には澱粉を酸化して酸化度3〜5%,粘度1,500cps(10%水溶液,30℃)の澱粉酸化物をα-アミラーゼにより加水分解して,分解度(DE)5以下,粘度50〜150cps(30%水溶液,30℃)の加水分解物とすることによりすぐれた乳化安定剤となる。」(94頁右欄25行〜95頁左欄24行)(ウ) 「1.2親油性澱粉 前項では,澱粉を酸化,あるいは部分分解した乳化安定増粘剤についてふれたがこれらには乳化力はほとんどない。
そこで,さらに積極的に澱粉に界面活性能を付与させるため疎水基を導入した加工澱粉に,オクテニルコハク酸エステル化澱粉がある。澱粉懸濁液を微アルカリ性として,これにオクテニルコハク酸無水物を徐々に滴下することにより,図1に示す反応のように親水基と疎水基を共存するエステル化澱粉が得られる。この場合オクテニルコハク酸無水物の添加量により種々の置換基を有するエステル化澱粉が得られるが,米国のFDAの食品添加物基準では対澱粉当たり最高3%(絶乾物)となっているために,食品用澱粉は一般にこの基準内で製造され市販されている。
オクテニルコハク酸澱粉は,未反応澱粉にくらべて糊化温度がやや低くなるとともに粘度は上昇し,保存安定性も向上する。ところで,ここに得られた親油性澱粉に望みの粘度や濃度のエマルジョンが形成でき,さらに冷水可溶にするためアルファー化処理や酸,酵素による部分分解も行われる。図2に加水分解の程度(DE)と乳化安定性を示したが,分解すると乳化安定性は低下する傾向がみられる。これらの諸要件を勘案して,松谷化学工業(株)は,溶解性,粘性の異なる4種類の乳化安定性にすぐれた食品用澱粉『エマルスター』を上市した。普及型の『エマルスター#30A』は,冷水に容易に溶解し,濃度や温度による粘度特性は図3,4にみられるようにアラビアガムとほぼ同等である。また,図5の方法によりアラビアガムや分解度(DE)4のマルトデキストリンに10%のHLB16のシュガーエステルを添加した10%水溶液に,大豆油を加えて乳化液を調整する。この際,所定量の酢酸や食塩を添加してこれらの影響をみたのが図6,7である。さらに,食塩を加えた乳化液を120℃,30分レトルト処理した場合の乳化液の安定性を図8に示したが,これらの結果から『エマルスター#30A』は耐酸性,耐塩性やレトルト耐性にすぐれた乳化剤であり乳化安定剤であるといえる。
このように調味素材の影響をうけることが少ないので液状,マヨネーズ状のドレッシング,乳化醤油やタレ類の含油調味料,乳飲料などの飲料類,フラワーペ一ストやカスタードクリームなどの含油脂食品に広く使用することができる。代表的使用例として表1に乳化型ドレッシング,表2に乳化香料,表3に乳化醤油の配合例や作り方を示した。このように従来と全く同一の方法により調製された乳化油脂食品は保存安定性に,食感,口溶けなどに変化はみられないばかりでなく,レシチン,シュガーエステルなどの乳化剤にくらべて異臭,異味の少ないことも大きな特長である。」(95頁左欄25行〜97頁左欄末行)(エ) 表1には,サラダ油35%,食酢(酸度10%)10%,砂糖10%,食塩4%,「エマルスター#30A」2%,キサンタンガム0.2%,水38.8%という配合の乳化型ドレッシングが示されている(97頁左欄)。
刊行物2の上記記載及び図1〜8によれば,刊行物2には,オクテニルコハク酸エステル化澱粉は,積極的にでんぷんに界面活性能を付与させるため疎水基を導入した加工でんぷんで,加水分解の程度(DE)により,溶解性,粘性,乳化安定性が異なり,溶解性,粘性の異なる4種類の食品用でんぷん「エマルスター」が上市されていること(上記(ウ),図1〜2),普及型の「エマルスター#30A」は,その粘度特性においては,アラビアガムとほぼ同等であるが,耐酸性,耐塩性,レトルト耐性においては,アラビアガムより優れた乳化剤であり,乳化安定剤であって,マヨネーズ状のドレッシングに使用できること(上記(ウ)及び(エ),図3〜8)などが開示されているこということができる。
なお,刊行物2には,でんぷんやガム類は,増粘効果によって,分散された油滴の再凝集を防ぐ乳化安定剤であり,食感の改良,保水性の向上などにも貢献しているため,糊料,粘質物,増粘剤ともいわれること(上記(ア)),でんぷんの酵素分解物であるデキストリン類は,特に低分解度のデキストリンが,適度のテクスチャーを有するため,使用されることが多く,具体的には,でんぷんを酸化して酸化度3〜5%,粘度1,500cps(10%水溶液,30℃)のでんぷん酸化物をα-アミラーゼにより加水分解して,分解度(DE)5以下,粘度50〜150cps(30%水溶液,30℃)の加水分解物とすることにより優れた乳化安定剤となること(上記(イ))などが記載されている。
ウ でんぷん,デキストリン,ガム類(ガム質)についての一般的な理解は,次のとおりである。
(ア) 甲16(「簡明 食辞林 第二版(1997)」)には,次の記載がある。
a 「ガムしつ【-質】[gum]一般には粘着性がありコロイド的性質をもつ高分子多糖類をいうが,植物ガムを指す場合が多い。植物ガムは植物細胞膜の粘質物として樹木や種子から得られる多糖類であり,多くの種類がある。種子からのものにはローカストビーンガム,グアガムなどがある。樹木からのものにはアラビアガム,タラガカントガム,カラヤガムなどがある。食品添加物として,粘ちょう性,弾性を高めるため,食品工業に利用。」(225頁右欄3行〜13行)b 「こせい【糊精】[dextrin]デキストリン。でんぷんが加水分解されて麦芽糖になるまでの種々の分解生成物の総称。普通デキストリンという場合には,でんぷんに酸を加えて焙焼したものである。」(384頁右欄26行〜30行)c 「でんぷん【殿(澱)粉】[starch]α-D-グルコースが脱水重合した多糖類で,アミロースとアミロペクチンの2種類の分子がある。アミロースはD-グルコースがα-1,4結合のみを繰り返した直鎖状分子であり,アミロペクチンはα-1,4結合のほかにα-1,6結合の混ざった構造をもち,この点で分岐して枝分れ状である。両分子の存在比率は植物によって異なる。」(706頁右欄28行〜36行)d 「でんぷんののりか【殿(澱)粉の糊化】[gelatinization]<でんぷんのアルファ化>(α化)と同意語。でんぷんはアミロースとアミロペクチンが規則正しく並んでミセルを形成しており,このミセル内およびミセル間の結合は強く,常温では水分子はその間隙に入れない。しかし,70℃前後に加熱すると分子運動が盛んになり,ミセル構造がゆるんでその間隙に水分子が入り,水素結合が切れて水と水和し,これが非晶質部から晶質部に及ぶとでんぷん粒は水和,膨潤して粒形が失われ,半透明のコロイド状になり,でんぷんの結晶構造に由来するX線回折像のピークが不鮮明になり粘度が上昇する。この現象をでんぷんの糊化といい,糊化したでんぷんを糊化でんぷん(<アルファ化でんぷん>)という。」(707頁右欄11行〜27行)(イ) 甲17(「新編 日本食品事典(1998)」)には,次の記載がある。
「食品関係ではでん粉のもつ粘弾性を利用して,食品に粘性,硬さ,ボディ,ゲル特性などを与える目的で使用されることが多い。代表的なものとしては,@ソース,スープその他の増粘剤,粘度安定剤」(49頁右欄4行〜8行)(ウ) 甲18(「でん粉製品の知識(1996)」)には,次の記載がある。
a 「料理に用いられる調味料は塩味,甘味や酸味,香りなどとともに風味にかかわりの深い“とろみ”もその一種と考えられ,多くの料理書の配合表に記されている。例えば和風料理のくず汁やあんかけ調理にはクズでん粉やかたくり粉,中華料理の八宝菜や酢豚にはかたくり粉や馬鈴薯でん粉,洋風料理のベシャメルソース,ドミグラスソースには小麦粉,小麦でん粉,コーンスターチなどが用いられる。汁に“とろみ”を加えるのは滑らかな口当りをつける,品温の低下を防ぐ,粘性が与えられるので調味料が食品にからまりやすいなどの特徴が得られるためで,地域や料理の嗜好性に応じた物性を有するでん粉が使用されてきた。最近の外食産業やそうざい産業の発展に伴い,調味料に適度の粘稠性を付与した「たれ」,「ソース」類はますます多様化している。」(177頁末行〜178頁12行)b 「(1)微粘性たれ 麺のつゆ,すき焼のたれなどは対象食品への浸透性,つやが重要な機能となるので粘度は非常に低く10〜50cP域にある。従来より砂糖が使用されているが,低甘味の問題もあり最近ではDE15〜20のデキストリン,あるいはアミノ酸類との褐変反応防止のために還元デキストリンが賞用されている。」(178頁15行〜20行)c 「(2)低粘性たれ ウナギや焼き肉の付けだれに使用され,粘度は50〜500cP域である。このたれは調味料やスパイスを多く含んでいるので,これらが分離しない懸濁安定性が望まれる。また喫食時直前の調味付けとなるので,浸透性とともに表面への付着性やつやが重視される。このような外観の改善と調味を目的とした代表的なたれに……馬鈴薯でん粉や小麦でん粉が使用されていたが,高粘性のため浸透性は少ないがつやは出にくい。これに対し水あめなどのでん粉分解物は低粘性のため,高濃度での使用を余儀なくされる結果,つやは向上するが浸透しやすく調味過剰となりやすい。これらの諸性質のバランスをとるため,現在では酸化でん粉が一般には100cP程度の粘性で使用される。また,低分解度,例えばDE10前後のデキストリンも用いられている。」(178頁末行〜179頁13行)d 「(3)中粘性たれ ハンバーグソース,ホワイトソース,酢豚のたれなどは料理の一部分として,具材とともに喫食されるので滑らかで切れのよいボディー感が主体となる。このほか保水性も必要となるので天然でん粉や加工でん粉が粘度500〜5000cPで使用される。」(179頁14行〜18行)e 「(4)高粘性たれ 焼き鳥,肉だんご,みたらしだんごなど5000cP以上の粘度のたれは,調味料とともに外観をおいしく見せるコーティングたれともいえる。このため,食品の前面を均一に覆うことができる付着伸展性,付着したたれが放置により流れ落ちない流動特性,優れたつや,透明性と保存時におけるこれら特性の維持機能が要求されるので,各種の加工でん粉が単独使用あるいは併用される。」(179頁19行〜末行)f 「代表的な市販たれ類……に用いられているでん粉に望まれる物性は粘性,透明性,光沢,付着性,曳糸性,流動特性などである。……このような多岐にわたる物性を満足させるためには天然でん粉では困難で,物性に対応した適切な置換度を有するエステル化,エーテル化,架橋でん粉や,これらの複合した加工でん粉が単独,あるいは天然ガムとの併用で使用されている。」(180頁1行〜13行)(エ) 甲19(「アラビックコール等のパンフレット(1996)」)には,次の記載がある。
a 「アラビアガムとは アフリカの北部,東はエチオピアから,西はセネガルまで帯状に分布するマメ科植物アカシア属の樹木から採取される天然水溶性ガムです。……アラビアガムは低粘度(25%水溶液100cst)であること,50%以上の高濃度に溶解するなど水溶性ガム類の中では異色なガムですが,そのもっとも魅力ある特性は,合成高分子では得られない優れた乳化力とフィルム形成能であり,この特性を利用して,医薬・食品などに広く使用されています。」(6頁上段)b 「特徴 @乳化力 他の高粘度ガム(キサンタンガム,タラガントガム等)の乳化力は,水相の粘度を上げることに基づく乳化力です。
一方,アラビアガムの乳化安定化機構については,油滴に吸着するアラビアガム膜の強さが関与しているといわれています。アラビアガムの他に代替できない機能の一つが,この卓越した乳化力にあります。
使用例 乳化香料」(6頁左下欄)c 6頁左下欄には,アラビアガムの濃度と粘度の関係を示すグラフが記載されており,25℃で,濃度20%は50cps,濃度25%は100cpsであることが示されている。
また,3頁右下欄には,7種類のガムの粘度を比較したグラフに,次の記載がある。「粘度比較(25℃)アラビアガム 20% 50cps ガディーガム 20% 400cps タラガントガム1% 400cps カラヤコール(カラヤガム) 1% 1,000cps キサンタンガム 1% 1,100cps ローカストコール(ローカストビーンガム)1% 2,500cps グアーコール(グアーガム) 1% 3,000cps」d 4〜5頁には,アラビアガム,ローカストコール,グアーコール,カラヤコールの性質と用途についての表が記載されており,これには,「ソース・ケチャップ・たれ類」に「増粘性」,「対PH安定性」及び「耐塩性」の観点から, 「ドレッシング」に「増粘性」及び「対PH安定性」の観点から,ローカストコール,グアーコールなどを用いることを示す表示があるが,アラビアガムを用いることを示す表示はない。
e 8頁右下欄にはローカストコールの濃度と粘度の関係を示すグラフ,10頁左下欄にはグアーコールの濃度と粘度の関係を示すグラフが,それぞれ記載されている。
(オ) 上記(ア)ないし(ウ)によれば,次の事項が認められる。
a でんぷんとは,α-D-グルコースが脱水重合した多糖類であって(上記(ア)c),その粘弾性を利用し,粘性,硬さ,ボディ,ゲル特性などを与える目的(上記(イ))や適度な粘稠性を付与する目的(前記(ウ)a)で,増粘剤として使用されるものであり,糊化することにより粘度が上昇するものである(上記(ア)d)。天然でんぷんは,中粘性たれ(粘度500〜5000cP域)に用いられる(上記(ウ)d)。粘性,透明性,光沢,付着性,曳糸性,流動特性など多岐にわたる物性を満足させるために,エステル化,エーテル化,架橋などの化学修飾をした加工でんぷんが,単独で,あるいは,増粘剤としての天然ガムと併用され,中粘性たれ(粘度500〜5000cP域)や高粘性たれ(粘度5000cP以上)に用いられる(上記(ウ)d〜f)。
b デキストリンとは,でんぷんが加水分解されて麦芽糖になるまでの種々の分解生成物であり(上記(ア)b),分解度DE10前後のものが低粘性たれ(粘度50〜500cP域)に用いられ(上記(ウ)c),DE15〜20のものが微粘性たれ(粘度10〜50cP域)に用いられる(上記(ウ)b)。なお,刊行物2には,低分解度のデキストリンが使用されることが多く,分解度(DE)5以下のものが優れた乳化安定剤であることが具体的に記載されている(前記イ(イ))。
c ガム質とは,粘着性がありコロイド的性質をもつ高分子多糖類であるが,植物ガムを指すことが多く,粘ちょう性,弾性を高めるために用いられる(上記(ア)a)。
なお,刊行物2には,「特に乳化香料にはアラビアガムが賞用されてきた」との記載があるが(前記イ(イ)),アラビアガムは,他のガムと比較して,著しく低粘度であり(上記(エ)a及びc),乳化を安定化させる機構も,水相の粘度を上げることに基づくものとされている他の高粘度ガムとは異なり,油滴に吸着する膜の強さが関与しているといわれるなど(上記(エ)b),水溶性ガム類の中では異色な存在であり,「ソース・ケチャップ・たれ類」,「ドレッシング」に用いるものとはされていないこと(上記(エ)d)に照らせば,アラビアガムは,本件発明1のように,「全体の粘度が10万mPa・s以上である」ような酸性水中油型乳化調味料に用いられることが,通常であるとは認められず,これに反する証拠は,本件記録中には見当たらない。
エ 酸性水中油型乳化調味料についての技術水準についてみるに,乙3〜6によれば,本件特許の出願前において,酸性水中油型調味料(これには,本件発明1のように,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有するもの(乙4,5)を含む。)に,副原料として,糊化でんぷん,加工でんぷん,ガム質などを配合すること自体は,周知であったことが認められるが,上記乙号各証も,オクテニルコハク酸化澱粉の配合を具体的に開示しているものではなく,本件特許の出願当時,酸性水中油型調味料にオクテニルコハク酸化澱粉を使用することが周知ないし技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。
なお,乙5(3頁左下欄6行〜14行)によれば,「各種のガム質(キサンタンガム,タマリンドガム,ガアーガム,カラジーナンなど),でんぷん,デキストリン,微結晶セルロース」が,乳化剤の一種であり,酵素処理卵黄の一部を置きかえることができると認識されていたこともうかがわれないではないが,でんぷんやガム質は,一般的には,その粘弾性を利用し,増粘剤として使用されるものであり(前記ウ),また,ガム類,でんぷんなどは,増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐことにより,乳化安定剤として機能するものである(前記イ)から,乙5の上記記載は,でんぷん,ガム質,デキストリン,微結晶セルロースが,その増粘効果により,分散された油滴の再凝集を防ぐことを利用しているものと解され,増粘効果とは異なる機構により乳化剤として機能することが示唆されているものではないと解するのが相当である。
オ 以上を前提に,本件特許の出願当時の技術水準の下で,刊行物1及び2の記載に基づいて,引用発明にオクテニルコハク酸化澱粉を配合することが当業者に容易であったといえるか否かについて,検討する。
(ア) 前記アのとおり,刊行物1には,引用発明に,必要に応じ,でんぷん,デキストリン,ガム類(ガム質)などを配合することが開示され,糊化でんぷん及びキサンタンガムを含有する実施例が記載されているものの,これらの成分の技術的意義に関する具体的な記載はない。そこで,本件特許の出願当時の技術水準の下で,刊行物1の記載に接した当業者が,上記でんぷん,デキストリン,ガム類(ガム質)の技術的意義について,どのように理解するかが問題となるところ,前記ウのとおり,でんぷんは,その粘弾性を利用し,増粘剤として使用されるもので,比較的高い粘度領域(500〜5000cP域)に用いられ,糊化により粘度が上昇するものであるし,また,デキストリンは,分解度が大きいほど低粘度域に使用される傾向にあるものの,乳化安定剤としては低分解度のものが使用されることが多いものであり,ガム質は,一般には,植物ガムを指し,粘ちょう性,弾性を高めるために用いられるものとして,一般的に理解されているものということができるそうすると,本件特許の出願当時の技術水準の下で,刊行物1の記載に接した当業者は,引用発明に,必要に応じ配合されるでんぷん,デキストリン,ガム類(ガム質)についても,その粘弾性を利用し,増粘剤として使用されているものと理解するというべきであり,刊行物1において実施例に用いられている糊化でんぷんが,糊化により粘度が上昇したものであると考えられること,キサンタンガムが高粘度ガムといわれていることも,かかる理解に沿うものである。なお,でんぷん,デキストリン及びガム類が,増粘効果によって分散された油滴の再凝集を防ぐとともに食感の改良,保水性の向上などにも大きく貢献する乳化油脂食品の乳化安定剤であることは,被告も認めるところである。
(イ) これに対し,オクテニルコハク酸化澱粉として,刊行物2に記載されている「エマルスター#30A」は,前記イのとおり,アラビアガムと同程度の粘度特性を有し,低粘度であること(前記ウ(エ)のとおり,アラビアガムは,20%,25℃で,50cps,25%,25℃で,100cpsと,低粘度である。)が認められ,刊行物1におけるでんぷん,デキストリン,ガム類のように,その粘弾性を利用し,増粘剤として使用するものとはいえない。
被告は,本件明細書の段落【0020】の実施例2で使用されたオクテニルコハク酸化澱粉(商品名:エマルスター#1)は粘性を有すると主張する。しかし,「エマルスター#1」の粘度は,5%水溶液で8,000mPa・s(8,000cps)程度であり(本件明細書(甲3の2)段落【0020】),「ソース・ケチャップ・たれ類」,「ドレッシング」に,「増粘性」,「対PH安定性」,「耐塩性」の観点から用いられるガム類であるローカストコールやグアーコールなどの粘度(前者は2%水溶液で約30,000mPa・s弱,後者は3%水溶液で約100,000mPa・sである。甲19の8頁右下欄,10頁左下欄の各グラフ)よりも,明らかに小さいものと認められ,その粘弾性を利用し,増粘剤として使用することができる程度の粘度とは認められない。
また,オクテニルコハク酸化澱粉は,積極的にでんぷんに界面活性能を付与させるため疎水基を導入した加工でんぷんであって,でんぷん,デキストリン,ガム類とは,その化学的構造を異にするものであることは明らかである。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)の点に加え,刊行物1には,引用発明について,ホスホリパーゼA処理卵黄とラクトアルブミンとの併用を必須とし,これにより耐熱性ドレッシングとしての効果を奏するものであることが記載されている(前記(1)ア)ものの,ホスホリパーゼA処理卵黄とラクトアルブミンに加え,更にオクテニルコハク酸化澱粉を配合することの契機となる記載は存在しないし,また,刊行物2にも,オクテニルコハク酸化澱粉をホスホリパーゼA処理卵黄と併用することについて示唆する記載はない。これらの点と,後記(2)のとおり,本件発明1のホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果は,刊行物1,2の記載から当業者が予測することができないものであることを合わせ考えれば,刊行物1において,引用発明に必要に応じ配合することができるとされているでんぷん,デキストリン,ガム類に代えて,刊行物2の教示に従って,オクテニルコハク酸化澱粉を配合することについて,当業者が容易に想到することができたということはできないというべきである(なお,甲24によれば,刊行物1の実施例3に準じて調製した耐熱性ドレッシングの粘度が22.5万mPa・sであったのに対し,実施例3におけるキサンタンガム及び糊化でんぷんをオクテニルコハク酸化澱粉である「エマルスター#30A」に置換したものの粘度は,7,800mPa・sと著しく低く,「全体の粘度が10万mPa・s以上である」本件発明1の要件を充足しないものであったことが認められる。)。
被告は,刊行物1,2について,加熱による酸性水中油型乳化調味料の油相分離を防止するという点で同一の技術思想に基づくものであるから,両者を結びつける動機付けがある旨主張するが,上記説示したところに照らし,採用することができない。
(2) 効果の顕著性についてア 本件明細書(甲3の2)には,次の記載がある。
(ア) 「【発明の属する技術分野】本発明は,オーブン,フライ,電子レンジ等において他の食品と共に強力な加熱処理を施しても,油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感を保持した酸性水中油型乳化調味料に関する。」(段落【0001】)(イ) 「【従来の技術】マヨネーズ,サラダドレッシング,さらにこれらに具材や香辛料等を含有させた各種酸性水中油型乳化調味料は,卵黄のコク味と適度な酸味を有した優れた調味料であり,近年,食生活の多様化により様々な食品用途に使用されるようになった。これに伴い酸性水中油型乳化調味料を使用した食品が用途に応じ様々な方法で製されている。例えば,酸性水中油型乳化調味料をスプレッドとして食パン等に塗った後,オーブントースターで焼成したり,ソースとして使用し,該ソースを含有したフライ用食品をフライしたり,あるいはフライ済み食品を電子レンジで加熱したりする等が挙げられる。これらの食品は,いずれも酸性水中油型乳化調味料と共に強力な加熱処理を施している。」(段落【0002】)「しかしながら,上記提案の酸性水中油型乳化調味料を上述のような強力な加熱処理を施す食品に使用した場合,十分に油相分離を抑制することができず,また滑らかな食感が保持されないことから,未だ満足できるものではなかった。」(段落【0005】)(ウ) 「【発明が解決しようとする課題】そこで本発明の目的は,オーブン,フライ,電子レンジ等の強力な加熱処理を施しても,油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感を保持した酸性水中油型乳化調味料を提供することである。」(段落【0006】)「【課題を解決するための手段】本発明者らは,上記の目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果,意外にもホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉とを併用することにより強力な加熱処理に耐え得ることを見出し本発明を完成するに至った。すなわち,本発明は,(1)製品に対して食用油脂を10%以上含有し,且つ全体の粘度が10万mPa・s以上である酸性水中油型乳化調味料において,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉とを含有した酸性水中油型乳化調味料,(2) 製品に対して,ホスホリパーゼA処理卵黄を生卵黄換算で1〜15%,オクテニルコハク酸化澱粉を0.1〜5%含有した(1)の酸性水中油型乳化調味料,を提供することである。」(段落【0007】)「本発明は,強力な加熱処理を施しても油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感を保持するために,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉とを含有している。」(段落【0009】)(エ) 「酸性水中油型乳化調味料は,一般的に卵黄を乳化材として使用しているが,本発明では,卵黄の一部あるいは全部をホスホリパーゼA処理卵黄と置き換えると良い。特に,全部を置き換えたほうが本発明の効果に優れ好ましい。ホスホリパーゼA処理卵黄の含有量は,食用油脂の含有量にもよるが,製品に対し生卵黄換算で1〜15%が好ましく,2〜10%がさらに好ましい。含有量が1%より少ないと,オクテニルコハク酸化澱粉と併用したとしても強力な加熱処理による油相分離を十分に抑制すること出来ず,また滑らかな食感が得られず好ましくない。一方,15%より多くしたとしても,油相分離を抑制する効果は変わらないので経済的でないばかりか,食感が重くなり好ましくない。」(段落【0013】)「本発明のオクテニルコハク酸化澱粉(以下,「コハク酸化澱粉」と略す)とは,ワキシコーンスターチ,コーンスターチ,タピオカ澱粉等の澱粉を加水して懸濁液とし,これに無水オクテニルコハク酸を添加して反応させた後乾燥して得られる澱粉をいい,このような澱粉は,「オクテニルコハク酸親油性澱粉」という名称で市販されているので,本発明でもこれを用いればよい。特に,低粘度タイプ,具体的にはB型粘度計で測定したときの5%水溶液の粘度が 100mPa・s以下(25℃)のコハク酸化澱粉が本発明の効果に優れ好ましい。」(段落【0014】)「本発明においてコハク酸化澱粉の含有量は,食用油脂の含有量にもよるが,0.1〜5%が好ましく,さらに0.2〜5%がさらに好ましい。含有量が0.1%より少ないと,ホスホリパーゼA処理卵黄と併用したとしても強力な加熱処理による油相分離を十分に抑制すること出来ず,また滑らかな食感が得られず好ましくない。一方,5%より多くしたとしても,油相分離を抑制する効果は変わらないので経済的でないばかりか,糊っぽい食味となり好ましくない。」(段落【0015】)「本発明のホスホリパーゼA処理卵黄とコハク酸化澱粉を含有した酸性水中油型乳化調味料が如何なる理由により,強力な加熱処理を施したとしても油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感が保持されたかは定かではないが,ホスホリパーゼA処理卵黄中の卵黄蛋白にコハク酸化澱粉が作用し,ホスホリパーゼA処理卵黄に更に耐熱性を付与すると共に,コハク酸化澱粉が乳化物の回りに皮膜のようなものを形成し加熱処理を施しても乳化が壊れ難い状態となったためではないかと推察される。」(段落【0017】)(オ) 「【実施例】[実施例1]リゾ化率50%のホスホリパーゼA2処理卵黄3kg(生卵黄換算で3kg),コハク酸化澱粉(松谷化学工業(株)製,商品名:エマルスター#30A)0.5kg,食酢(酸度4%)20kg,カレー粉5kg,食塩2kg,α化澱粉1kg及び清水8.5kgをミキサーで均一とし水相部を調製した後,撹拌させながらサラダ油30kgを注加し粗乳化した。次にこの粗乳化物をコロイドミルで常法に則り精乳化した後,この精乳化物に予め準備していたブランチング済みの人参(5mmダイス),ジャガイモ(5mmダイス)及び玉ねぎ(みじん切り)をそれぞれ10kgずつ添加し均一に混合し,本発明の酸性水中油型乳化調味料を得た。得られた酸性水中油型乳化調味料は,pHが4.0であり,粘度が15万mPa・s(B型粘度計で,回転数:2rpm,ローター:No.6,品温:25℃の条件で測定)であった。また,本実施例で用いたコハク酸化澱粉(商品名:エマルスター#30A)は,5%水溶液の粘度が20mPa・s(B型粘度計で,回転数:20rpm,ローター:No.1,品温:25℃の条件で測定)であった。」(段落【0019】)「[実施例2]食酢(酸度4%)20kg及び清水8.5kgの溶液にコハク酸化澱粉(松谷化学工業(株)製,商品名:エマルスター#1)0.5kgを均一に分散し,ゆっくり撹拌させながら90℃迄加熱後,室温まで冷却しコハク酸化澱粉液を調製した。次に,このコハク酸化澱粉液と,リゾ化率50%のホスホリパーゼA2処理卵黄3kg(生卵黄換算で3kg),カレー粉5kg,食塩2kg及びα化澱粉1kgとをミキサーで均一とし水相部を調製した後,撹拌させながらサラダ油30kgを注加し粗乳化した。次にこの粗乳化物をコロイドミルで常法に則り精乳化した後,この精乳化物に予め準備していたブランチング済みの人参(5mmダイス),ジャガイモ(5mmダイス)及び玉ねぎ(みじん切り)をそれぞれ10kgずつ添加し均一に混合し,本発明の酸性水中油型乳化調味料を得た。得られた酸性水中油型乳化調味料は,pHが4.0であり,粘度が18万mPa・s(B型粘度計で,回転数:2rpm,ローター:No.6,品温:25℃の条件で測定)であった。また,本実施例で用いたコハク酸化澱粉(商品名:エマルスター#1)は,5%水溶液の粘度が8000mPa・s(B型粘度計で,回転数:2rpm,ローター:No.2,品温:25℃の条件で測定)であった。」(段落【0020】)「[実施例3]リゾ化率60%のホスホリパーゼA2処理卵黄5kg(生卵黄換算で5kg),コハク酸化澱粉(松谷化学工業(株)製,商品名:エマルスター#30A)1kg,食酢(酸度4%)20kg,胡椒0.1kg,食塩2kg,α化澱粉1kg及び清水10.9kgをミキサーで均一とし水相部を調製した後,撹拌させながらサラダ油30kgを注加し粗乳化した。次にこの粗乳化物をコロイドミルで常法に則り精乳化した後,この精乳化物に予め準備していたブランチング済みのホールコーン30kgを添加し均一に混合し,本発明の酸性水中油型乳化調味料を得た。得られた酸性水中油型乳化調味料は,pHが4.1であり,粘度が16万mPa・s(B型粘度計で,回転数:2rpm,ローター:No.6,品温:25℃の条件で測定)であった。」(段落【0021】)「[比較例1]実施例1において,ホスホリパーゼA処理卵黄を生卵黄に置き換えて,実施例1と同様な方法で酸性水中油型調味料を製造した。」(段落【0022】)「[比較例2]実施例1において,コハク酸化澱粉を清水に置き換えて,実施例1と同様な方法で酸性水中油型調味料を製造した。」(段落【0023】)「[比較例3]実施例3において,ホスホリパーゼA処理卵黄を生卵黄に置き換えて,実施例3と同様な方法で酸性水中油型調味料を製造した。」(段落【0024】)「[比較例4]実施例3において,コハク酸化澱粉を清水に置き換えて,実施例3と同様な方法で酸性水中油型調味料を製造した。」(段落【0025】)(カ) 「【試験例】[試験例1]実施例1,比較例1及び比較例2で得られた各調味料30gを食パンに塗り,オーブントースターで3分間焼成し,焼成後の調味料の熱安定性及び食感を評価した。」(段落【0026】)「【表1】」(段落【0027】)「表中の記号[熱安定性]◎:油相分離なし。
○:僅かに油相分離が観察されるものの問題とならない程度である。
△:一部油相分離が観察される。
×:油相分離が多数観察される。
[食感]◎:滑らかな食感である。
○:若干滑らかさに劣るものの問題とならない程度である。
△:滑らかさにやや劣る。
×:滑らかさに劣る。」(段落【0028】)「表1より,ホスホリパーゼA処理卵黄とコハク酸化澱粉を併用したほうが,焼成後も油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感が保持されることが理解される。」(段落【0029】)(キ) 「[試験例2]牛の挽き肉1000gに,サラダ油で炒めた玉ねぎ300g,パン粉500g及び適量の食塩,胡椒,サラダ油を加えて混合しハンバーグベースを製した。次に,得られたハンバーグベースを用い内腔部に実施例3,比較例3及び比較例4で得られた各調味料を充填したハンバーグ成形物を製し,バッターを付けた後,パン粉を付けてフライ用のメンチカツを得た。次に,これを180℃の油温のサラダ油でフライし,フライ後の調味料の熱安定性及び食感を評価した。なお,表中の記号は試験例1と同じである。」(段落【0030】)「【表2】」(段落【0031】)「表2より,ホスホリパーゼA処理卵黄とコハク酸化澱粉を併用したほうが,フライ後も油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感が保持されることが理解される。」(段落【0032】)(ク) 「[試験例3]実施例1おいて,ホスホリパーゼA処理卵黄の一部あるいは全部を生卵黄に置き換え表3に示すホスホリパーゼA処理卵黄の配合量とし,実施例1と同様な方法で各酸性水中油型乳化調味料を製造した。得られた各調味料を試験例1と同様な方法で熱安定性及び食感を評価した。なお,表中の記号は試験例1と同じである。」(段落【0033】)「【表3】」((段落【0034】))「表3より,ホスホリパーゼA処理卵黄を好ましくは1.0%以上,さらに好ましくは2.0%以上配合した調味料が本発明の効果に優れていることが理解される。特に,ホスホリパーゼA処理卵黄のみを使用したものが優れていた。」(段落【0035】)(ケ) 「[試験例4]実施例1おいて,コハク酸化澱粉の一部あるいは全部を清水に置き換え表4に示すコハク酸化澱粉の配合量とし,実施例1と同様な方法で各酸性水中油型乳化調味料を製造した。得られた各調味料を試験例1と同様な方法で熱安定性及び食感を評価した。なお,表中の記号は試験例1と同じである。」(段落【0036】)「【表4】」(段落【0037】)「表4より,コハク酸化澱粉を好ましくは0.1%以上,さらに好ましくは0.2%以上配合した調味料が本発明の効果に優れていることが理解される。」(段落【0038】)(コ) 「[試験例5]実施例1及び実施例2で得られた各調味料30gを食パンに塗り,オーブントースターで3分間あるいは5分間焼成し,焼成後の調味料の熱安定性及び食感を評価した。なお,表中の記号は試験例1と同じである。」(段落【0039】)「【表5】」((段落【0040】))「表5より,5%水溶液の粘度が100mPa・s以下であるコハク酸化澱粉を配合した実施例1のほうが本発明の効果により優れていることが理解される。」(段落【0041】)(サ) 「【発明の効果】以上述べたように,本発明の酸性水中油型乳化調味料は,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を含有していることから,オーブン,フライ,電子レンジ等において他の食品と共に強力な加熱処理を施しても,油相分離を生じ難く,しかも滑らかな食感を保持することができる。」(段落【0042】)イ(ア) 本件明細書の上記ア(オ)ないし(キ)の記載によれば,@各調味料を食パンに塗り,オーブントースターで3分間焼成した実験において,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用した本件明細書の実施例1(ホスホリパーゼA処理卵黄3.0%,オクテニルコハク酸化澱粉0.5%)は,油相分離がなく,滑らかな食感であったのに対し,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方のみを含有する比較例1(ホスホリパーゼA処理卵黄0%,オクテニルコハク酸化澱粉0.5%)及び比較例2(ホスホリパーゼA処理卵黄3.0%,オクテニルコハク酸化澱粉0%)は,油相分離が観察され,滑らかさに劣るものであったこと,A各調味料をハンバーグベースの内腔部に充填したハンバーグ成形物を製し,バッターを付けた後,パン粉を付けてフライ用のメンチカツを得て,これを180℃の油温のサラダ油でフライした実験において,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用した本件明細書の実施例3(ホスホリパーゼA処理卵黄5.0%,オクテニルコハク酸化澱粉1.0%)は,油相分離がなく,滑らかな食感であったのに対し,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方のみを含有する比較例3(ホスホリパーゼA処理卵黄0%,オクテニルコハク酸化澱粉1.0%)及び比較例4(ホスホリパーゼA処理卵黄5.0%,オクテニルコハク酸化澱粉0%)は,油相分離が観察され,滑らかさに劣るものであったことが,認められる。
(イ) 甲5によれば,各調味料をアルミ箔を敷いた濾紙に載置し,電気オーブンを用いて200℃に設定し3分間焼成した実験において,本件明細書の実施例3に準じて調製された調味料は,油脂が濾紙にわずかに滲みていたが,保形成は略保たれていたのに対し,本件明細書の比較例3,4に準じて調製された各調味料は,明らかに油相分離が生じて,油脂が濾紙の広い範囲に滲みており,保形成も崩れていたとの実験結果が得られたことが認められる。
なお,被告は,甲5の実験結果について,本件明細書の記載とは異なるものとなっており,信憑性に疑問がある旨主張するが,甲5では,本件明細書の実施例3の効果を確認する趣旨で,本件明細書の試験例2とは異なる手法で実験を行ったものであるから,実験結果に多少の差異があるとしても,直ちに不自然であるということはできない。。
(ウ) 甲9によれば,甲5の実験と同様の実験において,オクテニルコハク酸化澱粉を5.0%に増加したほかは本件明細書の比較例3に準じて調製された調味料,及び,ホスホリパーゼA処理卵黄の含有量を10.0%に増加したほかは本件明細書の比較例4に準じて調製された調味料は,いずれも明らかに油相分離が生じて,油脂が濾紙の広い範囲に滲みており,保形成も崩れていたとの実験結果が得られたことが認められる。
(エ) 甲23によれば,甲5の実験と同様の実験において,刊行物1の実施例3に準じて調製された調味料は,明らかに油相分離が生じて,油脂が濾紙の広い範囲に滲みていたとの実験結果が得られたことが認められる。
(オ) 上記(ア),(イ)及び(エ)に照らせば,本件発明1は,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することにより,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方を用いる場合と比較して,焼成あるいはフライという加熱処理を施した場合に,油相分離を生じ難いという効果を奏するものであることが認められ,上記(ウ)によれば,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方しか用いない場合には,その配合量を増加させても,焼成した場合に,油相分離が生じ,保形成も崩れることが推認されるから,本件発明1の上記効果は,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果であると認めるのが相当である。
ウ(ア) 被告は,実施例1と比較例1,2,実施例3と比較例3,4では,いずれも実施例の方が,比較例より,耐熱性を付与する乳化剤の配合量が多いから,効果が優れているのは当然であり,比較実験としての前提を欠くものである旨主張する。
しかし,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉の配合量の合計は,実施例1の3.5%に対し比較例2が3%,実施例3の6%に対し比較例4が5%と,必ずしも大きな差があるわけではないから,両者の実験結果の相違について,耐熱性を付与する乳化剤の配合量の違いから当然のものであると直ちに認めることはできないし,前記イ(オ)のとおり,甲9に示される実験結果から,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方しか用いない場合には,その配合量を増加させても,焼成した場合に,油相分離が生じ,保形成も崩れることが推認されるから,被告の上記主張は採用の限りでない。
(イ) 被告は,本件発明1は,ホスホリパーゼA処理卵黄及びオクテニルコハク酸化澱粉の含有率を限定するものではなく,本件明細書の表3ないし5によれば,これには効果が劣るものが含まれる旨主張する。
確かに,本件明細書の前記ア(エ),(ク),(ケ)の記載によれば,ホスホリパーゼA処理卵黄の含有量が1%より少ないと,オクテニルコハク酸化澱粉と併用したとしても強力な加熱処理による油相分離を十分に抑制することができず,また滑らかな食感が得られず好ましくないものであり,ホスホリパーゼA処理卵黄の含有量が15%より多いと,油相分離を抑制する効果は変わらないが,食感が重くなり好ましくないこと,オクテニルコハク酸化澱粉の含有量が0.1%より少ないと,ホスホリパーゼA処理卵黄と併用したとしても強力な加熱処理による油相分離を十分に抑制することができず,滑らかな食感も得られないが,オクテニルコハク酸化澱粉の含有量が5%より多いと,油相分離を抑制する効果は変わらないが,糊っぽい食味となり好ましくないことが,認められる。
しかし,耐熱性を付与する乳化剤であるホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の配合量が少なければ,油相分離を抑制する効果において劣ることは自明であるから,表3,4に示される実験結果を含む本件明細書の上記記載が,直ちにホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果を否定するものということはできない。被告の主張は採用の限りでない。
(ウ) 被告は,甲5,9は,特定の加熱条件下での一実施例の効果を示すものにすぎないから,本件発明1の全範囲について所期の効果があるということはできない旨主張する。
しかし,甲5は,本件明細書の実施例3の効果を確認する趣旨で,本件明細書の試験例2とは異なる手法で実験を行ったものであり,本件明細書の記載から把握することができる本件発明1の効果について,これを裏付けるものということができ,また,甲9は,本件発明1と比較されるべき従来技術,すなわちホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方しか用いない場合について,その配合量を増加させても,焼成した場合に,油相分離が生じ,保形成も崩れることを示すものということができる。そして,本件においては,前記イ(ア)ないし(オ)で検討したとおり,本件明細書の記載と,上記甲5,9のほか,甲23に示される各実験結果を総合考慮した上で,本件発明1に前記の効果があることが認められるものであって,甲5,9のみに依拠するものではないから,被告の上記主張は失当である。
(エ) 被告は,本件発明1において,油脂含量は10%以上とされ,上限は限定されていないところ,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用しても,油脂含量が多く80%に近いものは焼成あるいはフライ処理加熱条件下で,脱水により油脂含有量が80%以上となり,耐熱性が悪化するものと考えられるから,甲10の実験は,本件発明1の全範囲において,所期の効果があるということはできないことを証するものである旨主張する。
確かに,本件発明1において,油脂含量は10%以上とされ,上限は限定されていないところ,甲10の実験結果によれば,油脂含量が80%を超えるとホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用しても乳化できないものであり,油脂含量が多く80%に近いものは焼成あるいはフライ処理加熱条件下で,脱水により油脂含有量が80%以上となり,耐熱性が悪化することがうかがわれる。
しかし,このことが,特許法36条4項又は6項との関係で問題になりうるか否かはともかく,直ちにホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果があることを否定するものということはできない。
エ 刊行物1には,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有するドレッシングを殺菌等の加熱処理を施すサラダ等に使用すること,ドレッシングを70〜90℃で40分間加熱しても油相分離がみられなかったことが記載されている。しかしながら,刊行物1には,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果はもとより,両者を併用することについて示唆する記載は認められない。
一方,刊行物2には,オクテニルコハク酸化澱粉である「エマルスター#30」を含有する乳化液が,120℃で30分間レトルト処理した後に2%程度の油相分離しかみられなかったこと(甲4の2の図8),オクテニルコハク酸化澱粉である「エマルスター#30」がレトルト耐性に優れた乳化剤であること,マヨネーズ状のドレッシング等の酸性水中油型調味料に用いることが示されている。しかしながら,刊行物2には,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果はもとより,両者を併用することについて示唆する記載は認められない。
本件特許の出願前に,酸性水中油型乳化調味料に,レトルト殺菌,焼成,マイクロ波照射による加熱など,各種の加熱手段が適用され(乙3),また,ホスホリパーゼA処理卵黄を含有する酸性水中油型乳化調味料が,焼成やフライという加熱処理に供される(乙1,2,4)という技術水準にあったことが認められることは,前記1(2)イにおいて説示したとおりであるが,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することによる相乗効果はもとより,両者を併用することについても,これが周知であったことを認めるに足りる証拠は,本件記録中には見いだせない。
そうすると,ホスホリパーゼA処理卵黄とオクテニルコハク酸化澱粉を併用することにより,ホスホリパーゼA処理卵黄又はオクテニルコハク酸化澱粉の一方を用いる場合と比較して,焼成あるいはフライという加熱処理を施した場合に,油相分離を生じ難いという本件発明1の効果は,当業者が予測することができないものであったというべきである。
(3) 相違点(1)のまとめ上記(1),(2)によれば,本件決定が,相違点(1)について,引用発明において,刊行物2記載のオクテニルコハク酸エステル化澱粉を配合することは当業者が容易に想到しうるところであり,本件発明1の「強力な加熱処理を施しても,油相分離を生じ難くしかも滑らかな食感を保持する」という効果も,刊行物1,2の記載から当業者が予期しうる範囲のものであるとした判断は,誤りであるといわざるをえない。
3 そうすると,相違点(1)についての上記誤った判断を前提に,本件発明1が刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする本件決定の判断も誤りである。
また,本件発明2は,本件発明1について,更に「製品に対して,ホスホリパーゼA処理卵黄を生卵黄換算で1〜15%,オクテニルコハク酸化澱粉を0.1〜5%含有することを特徴とする」との限定をしたものであり,本件決定は,本件発明1についての判断と同様の理由により,本件発明2も刊行物1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとするものであるから,本件決定の本件発明2についての判断も,本件発明1と同様に,誤りであるというべきである。
4結論以上の次第で,原告の取消事由1の主張には理由がないが,取消事由2の主張には理由があるから,本件発明1及び2に係る特許を取消した本件決定は,取消しを免れない。
したがって,原告の本件請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。