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関連審決 不服2002-9880
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成18行ケ10511審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10310審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  方法の発明 /  製造方法 /  容易に実施 /  実施可能要件 /  技術常識 /  先行技術 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  明細書の記載要件 /  翻訳文 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10006号 審決取消請求事件
原告 ノースカロライナ ステート ユニバーシティ
訴訟代理人弁理士 杉村興作
同 高見和明
同 徳永博
同 坂野博之
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 中村泰三
同 板橋一隆
同 立川功
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-9880号事件について平成16年1月5日にした審決を取り消す。
当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成12年3月14日,平成5年法律第26号による改正前の特許法44条1項に基づき,昭和63年10月26日にした特許出願(特願昭63-509385号。パリ条約による優先権主張昭和62年10月26日,優先権主張国・アメリカ合衆国)の一部につき,発明の名称を「炭化珪素の単一ポリタイプの大型単結晶を成長させる方法」として新たに特許出願(特願2000-70469号。以下「本件特許出願」という。)をした。これに対し,特許庁は,平成14年2月27日,上記出願について,特許を拒絶すべき旨の査定をした。
(2) 原告は,上記拒絶査定を不服として,平成14年6月3日,特許庁に審判請求をしたところ,同請求は不服2002-9880号事件として特許庁に係属した。原告は,同事件の審理中,平成15年7月28日付け手続補正書により本件特許出願の願書に添付した明細書を補正した。特許庁は,同事件について審理を遂げ,平成16年1月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月20日に原告に送達された。
2 平成15年7月28日付け手続補正書による補正後の明細書(甲2,7,以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載 【請求項1】 電気的デバイスの製造に好適に使用できる炭化珪素の単一ポリタイプの大型単結晶を成長させる方法であって;所望ポリタイプの炭化珪素単結晶の種晶と,実質的に一定のポリタイプ組成を有する炭化珪素粉末源とを昇華系内へと導入すること;この炭化珪素粉末源の温度を炭化珪素が粉末源から昇華するのに充分な温度まで上昇させること;一方前記種晶の成長面の温度を,粉末源の温度に近く,しかしこの粉末源の温度よりは低くかつこの昇華系の気圧条件下で炭化珪素が昇華する温度よりも低い温度へと上昇させること;この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当り一定(一秒当り一平方センチメートル当りのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること;および前記種晶の上に所望ポリタイプの単結晶炭化珪素の巨視的成長を所望量製造するのに充分な時間の間,炭化珪素粉末源と炭化珪素種晶とをそれぞれの温度に保持することを有する方法。
【請求項2】 炭化珪素の種晶を閉鎖系内へと導入する工程に先立って,炭化珪素の研摩した種晶を調製する工程を更に有する,請求項1による方法。
【請求項3】 炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと炭化珪素の種単結晶を導入する工程において,更に,最初に粉末源と種晶とを互いに分離する,請求項1による方法。
【請求項4】 炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと炭化珪素の種晶を導入する工程において,所定の粒径分布を有する炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと炭化珪素種晶を導入する,請求項1による方法。
【請求項5】 炭化珪素粉末源の温度を上昇させる工程において,炭化珪素粉末源の温度を約2250℃〜2350℃の間へと上昇させる,請求項1による方法。
【請求項6】 炭化珪素粉末源の温度を上昇させる工程において,炭化珪素粉末源の温度を約2300℃へと上昇させる,請求項1による方法。
【請求項7】 種晶の温度を上昇させる工程において,種晶の温度を約2150℃〜2250℃の間へと上昇させる,請求項1による方法。
【請求項8】 種晶の温度を上昇させる工程において,種晶の温度を約2200℃へと上昇させる,請求項1による方法。
【請求項9】 炭化珪素粉末源を導入する工程において,新しい炭化珪素粉末源を昇華系内へと連続的に導入する,請求項1による方法。
【請求項10】 炭化珪素の種単結晶を導入する工程において,低数ミラー指数面に対応する面をカットし,このカットされた低数ミラー指数面に対して垂直の軸に垂直でない面を露出させた種晶を導入する,請求項1による方法。
【請求項11】 電気的デバイスの製造に好適に使用できる炭化珪素の単一ポリタイプの大型単結晶を成長させる方法であって;所望ポリタイプの炭化珪素単結晶の種晶と,所定の表面積分布を有する炭化珪素粉末源とを閉鎖系内へと導入すること;この炭化珪素粉末源の温度を炭化珪素が粉末源から昇華するのに充分な温度まで上昇させること;一方前記種晶の成長面の温度を,粉末源の温度に近く,しかしこの粉末源の温度よりは低くかつこの昇華系の気圧条件下で炭化珪素が昇華する温度よりも低い温度へと上昇させること;この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当り一定(一秒当り一平方センチメートル当りのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること;および種晶の上に所望ポリタイプの単結晶炭化珪素の巨視的成長を所望量製造するのに充分な時間の間,炭化珪素粉末源と炭化珪素種晶の成長面とをそれぞれの異なる温度に保持することを有する方法。
【請求項12】 炭化珪素の種単結晶を炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと導入する工程に先立って,炭化珪素の研摩した種晶を調製する工程を更に有する,請求項11による方法。
【請求項13】 炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと炭化珪素の種単結晶を導入する工程において,更に,最初に炭化珪素粉末源と種晶とを互いに分離する,請求項11による方法。
【請求項14】 炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと炭化珪素の種晶を導入する工程において,更に,実質的に一定のポリタイプ組成を有する炭化珪素粉末源を導入する,請求項11による方法。
【請求項15】 電気的デバイスの製造に好適に使用できる炭化珪素の単一ポリタイプの大型単結晶を成長させる方法であって;所望ポリタイプの単結晶の種晶と,所定の粒度分布を有する炭化珪素粉末源とを閉鎖系内へと導入すること;この炭化珪素粉末源の温度を炭化珪素が粉末源から昇華するのに充分な温度まで上昇させること;一方前記種晶の成長面の温度を,粉末源の温度に近く,しかしこの粉末源の温度よりは低くかつこの昇華系の気圧条件下で炭化珪素が昇華する温度よりも低い温度へと上昇させること;この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当り一定(一秒当り一平方センチメートル当りのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること;および種晶の上に所望ポリタイプの単結晶炭化珪素の巨視的成長を所望量製造するのに充分な時間の間,炭化珪素粉末源と炭化珪素種晶の成長面とをそれぞれの異なる温度に保持することを有する方法。
【請求項16】 炭化珪素の種単結晶を炭化珪素粉末源を含有する閉鎖系内へと導入する工程に先立って,炭化珪素の研摩した種晶を調製する工程を更に有する,請求項15による方法。
【請求項17】 種晶と炭化珪素の粉末源とを閉鎖系内へと導入する工程において,実質的に一定のポリタイプ組成を有する炭化珪素粉末源を導入する,請求項15による方法。
【請求項18】 炭化珪素の種単結晶と炭化珪素粉末源とを閉鎖系内へと導入する工程において,所定の表面積分布を有する炭化珪素粉末源を導入する,請求項15による方法。
【請求項19】 炭化珪素粉末源を系内へと導入する工程において,炭化珪素粉末を系内へと連続的に導入する,請求項15による方法。
【請求項20】 炭化珪素を系内へと連続的に導入する工程において,炭化珪素粉末をスクリューコンベヤ機構を用いて源から系へと連続的に供給する,請求項15による方法。
【請求項21】 炭化珪素を系内へと連続的に導入する工程において,超音波エネルギーを用いて炭化珪素粉末を系内へと動かすことで炭化珪素粉末を源から系へと連続的に供給する,請求項15による方法。
【請求項22】 炭化珪素粉末源を昇華系内へと導入する工程において,所定のタイラーメッシュ スクリーンを通過する試料の重量パーセントによって測定した次表の粒径分布を有する炭化珪素粉末を導入する,請求項15による方法。(注,表1省略) (請求項1,11及び15は必須要件項であり,請求項2ないし10は請求項1の,請求項12ないし14は請求項11の,請求項16ないし22は請求項15の実施態様項である。以下,請求項1の発明を「本願発明1」と,請求項11の発明を「本願発明11」と,請求項15の発明を「本願発明15」といい,請求項1ないし22の発明を併せて「本願発明」という。) 3 審決の理由 審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,11及び15には「この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当たり一定(一秒当り一平方センチメートル当りのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること」(以下「構成要件ア」という。)と記載されているが,本件明細書の発明の詳細な説明をみても,上記のような一定の流れが発生しているかどうかを測定する方法が示されておらず,上記のような一定の流れを直接的,間接的に測定する方法が本件特許出願の原出願の優先日において一般に知られていた周知の手段であるとも認めることができないから,本願発明1,11及び15を当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されているとは認めることができず,したがって,本件特許出願は,特許法36条3項及び4項(注,昭和62年法律第27号による改正前の特許法3項及び4項の趣旨と解される。以下「特許法旧36条3項及び4項」という。)に規定する要件を満たしていない,というものである。
原告主張の審決取消事由
本件特許出願が特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は誤りであり(取消事由),その結論が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は取り消されるべきである。
1 本願発明について 本願発明は,炭化珪素の昇華成長を制御して高品質単結晶を製造する方法に関する。ところで,炭化珪素の昇華系中で起きる反応には,次の三つの基本的な反応(以下,(1)の反応を「反応(1)」のようにいう。)がある。
(1) SiC(固)→Si(気)+C(固) (2) 2SiC(固)→Si(気)+SiC2(気) (3) SiC(固)+Si(気)→Si2C(気) 上記の反応(1)及び(2)では,固体炭化珪素(粉末源)のみを出発物質とする。したがって,粉末源を加熱すると,適当な温度に達した直後から反応(1)及び(2)が激しく起こる。しかし,反応(1)及び(2)のいずれか一方または両方がある程度進まないと反応(3)は起こらない。具体的には,Si2C(気)を発生する反応(3)は,Si(気)を反応物質として必要とし,反応に十分な量のSi(気)が発生するまで反応(3)は始まらない。Si(気)は反応(1)及び(2)の生成物であるが,反応(3)の反応物質なので,SiC粉末源が最初に昇華温度域に達した時点では,出発物質はすべてSiC(固)であり,Si(気)は存在しない。その結果,昇華工程の開始から初期までの間は,反応(1)及び(2)が優位を占める。しかし,一度,反応(1)及び(2)により十分な量のSi(気)が発生すると,反応(3)が始まり,SiC(気)の一部と反応してより顕著な速度で反応(3)が進むこととなる。さらに,化学反応論の基本的原理に従い,反応(3)の速度は反応(3)に用いることのできるSi(気)の量に比例するから,通常の状況下では,昇華が進み,反応(1)及び(2)がより多くのSi(気)を生成するにつれて,反応(3)の速度が増加する傾向にあると考えられる。反応生成物に関していえば,昇華が進むにつれて,反応(3)により発生するSi2Cの量が増加する。すなわち,一般的に,何ら一定の流れを制御ないし維持しない場合には,Si/SiC2/Si 2Cの比は一定ではなく,昇華が進むにつれて変化する結果となり,ひいては,本願発明におけるような単結晶は得られず,たとえば,種晶上に多数の結晶を成長させることとなる。これでは,高品質の単結晶を連続的に成長させることは不可能である。
本願発明は,炭化珪素粉末源から種晶の成長面への気化されたSi,Si2C及びSiC 2の単位面積及び単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れ(以下「本件一定の流れ」という。)を発生させ,維持することによって,昇華系内の気体流中のSi,Si2C及びSiC 2の相対比率を一定にするという技術思想に着目し,これにより炭化珪素の昇華成長を制御するという方法を採用することにより,高品質の単結晶を連続的に成長させるという従来技術では実現できなかった効果を奏するものである。
2 本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容 (1) 炭化珪素の昇華現象については,極めて高温及び低圧の環境下で生じるがゆえに,これを直接的に測定することは困難である。このような測定の困難性にかんがみ,本件明細書には,種々の角度から,構成要件ア,すなわち,「この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC2の相対比率を一定とすること」に関する記載がされている。
すなわち,具体的に本件明細書(甲2,7)の記載箇所を挙げれば,以下のとおりである。
ア 炭化珪素粉末源の粒径の制御 本件明細書の段落【0019】,【0020】及び【0025】の記載においては,フラックスを一定とすること,すなわち,本件一定の流れ(炭化珪素粉末源から種晶へ成長面への気化されたSi,Si2C及びSiC 2の単位面積及び単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れ)を生じさせることは,当該方法に限定されるものではないが,一定した方法での粒径の制御によっても実行することが明確にされているということができ,また,本件明細書の段落【0026】の表2に記載されたような粒径分布を有する粉末を用いれば,本プロセスを高めることも記載されている。
イ 炭化珪素粉末源の露出表面積 本件明細書には,フラックスの一定性,すなわち,本件一定の流れは,炭化珪素粉末源の露出表面積を一定とすることによっても間接的に達成されることが記載されている(段落【0027】)。
ウ ガス供給系の使用 本件明細書の段落【0045】から【0048】までには,本件一定の流れは,炭化珪素を粉末としては供給せず,その代わり,シラン(SiH4)とエチレン(C2H 4)との各ガスの閉鎖系中への供給をこれらが直ちに反応して炭化珪素蒸気を生成するであろう温度で行うことによっても,制御,維持できることが記載されている。
エ 種晶の成長面と炭化珪素粉末源との間に相対的運動を与えること 本件明細書の「種晶が成長するのにつれて種晶の成長面と粉末源との間に相対運動を与える」(段落【0035】)との記載,「炭化珪素粉末源を連続的に昇華領域へと供給させる」(段落【0042】)との記載等から明らかなように,本願発明においては,本件一定流れを発生させるための能動的処置を取り,時間が経過しても本件一定の流れを維持できるようにしている。
オ 最終生成物による構成要件アに係るプロセスが行われたことの確認 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,11及び15において,「Si,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること」を構成要件として記載したのは,上記1の炭化珪素の昇華メカニズムに関する本願発明の発明者らの知見により,これまで得ることが不可能であった連続的成長による大型単結晶が,このような構成を採用することにより,実際に得られたことに起因する。すなわち,Si,Si2C及びSiC 2の相対比率を一定にすれば,上記炭化珪素の昇華メカニズムにより必然的に連続的に単結晶を成長させ得ることが推認できることから,実際に,「上のプロセスにより,12ミリメートル(mm)の径と6mmの厚さとを有する透明な6Hアルファ炭化珪素結晶を得た。」(本件明細書の段落【0052】,【0053】)ことにより,「Si,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定」にしたことが確認できたものである。
(2) 以上によれば,本件明細書には,一定した方法での炭化珪素粉末の粒径を制御したり,炭化珪素粉末源の露出表面積を一定としたり,シラン及びエチレンなどのガス供給系を使用したり,種晶の成長面と粉末源との間に相対運動を与えたりすることにより,フラックスの一定性,すなわち,本件一定の流れを発生させ,維持するという構成要件アに係るプロセスが担保され,このような条件に従って生成された最終生成物から,構成要件アに係るプロセスが問題なく行われたことを確認できることが記載されているということができる。
そして,昇華現象において,物質の流れを直接的に測定することは困難であるが,昇華という微視的現象に付随して生じる上記の環境や結果物の巨視的現象を制御又は観察することにより,昇華の制御又は確認を行うこと,すなわち,間接的測定ができることは,本件特許出願の原出願の優先日前における当業者の技術常識というべきであり,このことは,本件明細書(甲2)の段落【0007】で引用するタイロフ(Tairov)の「ポリタイプ結晶の成長制御における進歩(Progress in Controlling the Growth of Polytypic Crystals)」(甲3),米国特許第3,933,990号(1969年(昭和44年)8月11日出願,甲4),特開昭52-24192号公報(昭和51年6月30日出願,甲5),特開昭61-291494号公報(昭和60年6月19日出願,甲6)の各刊行物の記載から明らかであるということができる。
(3) 本件一定の流れは一定の結晶成長速度を生じさせるものであるから,本件一定の流れの存在は,以下に述べるとおり,結晶の成長速度等を測定することによって検証することができるものであり,そのこと及び結晶の成長速度の測定方法は,本件特許出願の原出願の優先日当時,当業者の通常の知識に属する事項であった。
ア 結晶成長技術の分野において,一定成長速度を観察することができれば,材料の一定の流れを含め一定のコンディションであることを検証できることについて 一定の流れが結晶の成長表面へ提供されないなら,一定の結晶の成長速度を達成することができないことは,自明である。
これは,材料の流れが,本件明細書において定義されたg/cm2・秒において測定されることに注目することによって容易に証明することができる。ポリタイプに依存する炭化珪素の密度は,g/cm3の単位で説明することができる。結晶の線形成長速度は,流れ(g/cm2・秒)を結晶の密度(g/cm3)で除することによって見いだされ,cm/秒の点で与えられる線形成長速度を生じる。すなわち, R=F/D・・・(1) である。ここで,R=線形成長速度(cm/秒)であり,F=流れ(g/cm2・秒)であり,D=密度(g/cm3)である。当該R=F/Dの式が,炭化珪素結晶成長の分野において,何ら矛盾するものではないことは,Dr. H.M. Hobgood の宣誓書(甲8)から明らかである。
成長した結晶のポリタイプは,一定のままであるから,結晶は,一定の密度Dを有する。それゆえ,本件明細書で記載された単一のポリタイプの一定の線形成長速度Rを有するということは,一定の流れFの存在を担保している。別の言い方をすれば,もし等式(1)の量R及びDが一定ならば,流れFもまた一定であるべきである。本件一定の流れは,成長領域(cm2)に関して規格化されているので,成長中の結晶成長相互作用におけるいかなる変化にもかかわらず,このことは否定されない。
イ 結晶の成長速度の測定について (ア) 窒素マーキング L.J.Kroko, Growth Studies of Silicon Carbide Crystals, JOURNALOF THE ELECTROCHEMICAL SOCIETY, Vol. 113, pp. 801-808 (1966)(甲9),Yu.M.Tairov 等, Investigation of Silicon Carbide Crystal Growth from Vapour Phase, Silicon Carbide 1973, University of South Carolina Press, Pages 146-160.(甲10),F.Reichel等,CRYSTALLIZATION KINETICS OF SILICON CARBIDE, Izvesti Ya Academii Nauk SSSR, Neoganicheskie Materialy, Vol. 16, No. 6, pp 1011-1013(June 1980)(甲11)には,炭化珪素結晶成長中において,窒素マーカー(パルス,スパイク,リング又はタグともいう。)を使用して結晶成長速度を測定する方法が開示されている。当業者に知られているように,窒素を導入することは,その成長に重大な影響を与えることなしに,結晶の可視可能な様子を提示する(結晶が幾分暗く作られる。)。それゆえ窒素は,成長をトラッキングするのに有益なマーカーを提供する。別の言い方をすれば,SiC成長中に予め決定された間隔での窒素導入は,結晶成長速度の可視可能な測定を提供する可視可能なマーカー(典型的に円筒状の結晶においてリングとして現われる。)を提供する。
(イ) X線 S.0ZAWA等,IN-SITU OBSERVATION OF LEC GaAs SOLID-LIQUID INTERFACE WITH NEWLY DEVELOPED X-RAY IMAGE PROCESSING SYSTEM, Journal of Crystal Growth 76(1986)323-327(甲13),S.OZAWA等,EFFECTS OF ARSENIC AMBIENT CONTROLLED LEC GaAs CRYSTAL GROWTH TECHNIQUE ON RESIDUAL IMPURITIES, Journal of Crystal Growth 85(1987) 553-556(甲14)には,結晶成長のX線観察により,結晶の成長速度を測定する方法が開示されている。
ウ 一定流れのその他の測定方法 W.F.KNIPPENBERG, GROWTH PHENOMENA IN SILICON CARBIDE, Philips Research Reports, Vol. 18, pp161-274(1963)(甲15)には,炭化珪素結晶の成長中に,気流におけるSi,Si2C,及びSiC 2の相対比率は,SiC粉末の気化の結果として形成された遊離炭素の量及び蒸着したSiC粉末の量を測定することによって観察することができることが開示されている。
エ したがって,本件明細書の記載に基づき,結晶の成長速度,結果物の組成等の測定結果から昇華系中のSi,Si2C及びSiC 2の相対比率が一定であることを確認できること,また,このことに加えて,得られた結晶中の不純物又は欠陥を測定することにより,構成要件アに係るプロセスが問題なく行われていたことを確認できることは,当業者において容易に理解できることである。
(4) 上述したところによれば,本件明細書の記載が,特許法旧36条3項及び4項の規定する要件を満たしていることは明らかであり,審決の判断は,技術常識,及び当該技術常識に基づいた発明の実施可能要件の判断を誤っており,取り消されるべきものである。
被告の反論
本件特許出願が特許法旧36条3項及び4項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は相当であり,審決に原告主張の審決取消事由はない。
1 特許出願の願書に添付した明細書の記載要件について (1) 本件特許出願について適用される特許法旧36条3項によれば,特許出願の出願時に願書に添付した明細書の発明の詳細な説明には,特許請求の範囲に記載された発明について,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載しなければならないとされている。そして,特許とは,従来技術に対して,新たに創作した発明を開示することにより,特許請求の範囲に記載されたその発明について排他的独占権が与えられるものである以上,特に近い従来技術がある場合には,発明の詳細な説明には,その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者(当業者)が出願時の従来技術とその発明とを区別して実施できる程度に,その発明の目的,構成及び効果を十分に記載することが必要である(そうでなければ,単に発明を実施できるというだけでは,それが従来技術の実施であるのか,その発明の実施であるのかが区別できなくなってしまう。)。このように,発明の詳細な説明には,先行技術に示されたような他の発明ではなく,その発明について,その目的,構成及び効果が,その発明の属する技術分野において通常の知識(普通程度の技術的理解力)を有する者に客観的に再現できるように記載されることが必要である。また,再現できることが客観的に認められるためには何らかの確認手段(測定の仕方)が既に存在することも当然に不可欠である。
もっとも,当該通常の知識を有する者にも,記載の必要のないほどによく知られた技術常識というものがあるという事態も当然起こり得ることであり,そのような記載の必要のないほどによく知られた技術常識については,それがその発明を従来技術と区別する本質にかかわるといった特段の事情がない限り,その記載がなくても記載されたに等しいとみるべき場合はあると解される。
(2) 原告の主張からも明らかなとおり,本願発明1,11及び15の構成要件ア(この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC2の単位面積および単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することによって,前記気体流中のSi,Si 2CおよびSiC 2の相対比率を一定にすること)は,本願発明1,11及び15の構成要件のうちでもとりわけ重要な,かつ,新規な技術的事項とされていることが分かる。そうであれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,この点について当業者が容易にその実施をする,すなわち実際に行うことができる程度にその発明の目的,構成及び効果が記載されていることが必要というべきである。
2 本件明細書の発明の詳細な説明構成要件アが実施可能な程度に構成等に係る技術事項が記載されているか否かについて (1) タイロフの論文(甲3の刊行物)には「モル比率は平衡混合物における気相成分の分圧に基づいて決定される」(翻訳文1頁)と記載されている。すなわち,昇華反応については平衡状態で生じることが示されており,同様に,本件明細書(甲2)の段落【0024】にも昇華は「平衡プロセス」であることが記載されている。そして,化学反応論の基本的原理(化学大辞典8,化学大辞典編集員会,1964年2月15日,縮刷版第1刷「へいこうていすう 平衡定数」の項目。乙2)に従えば,平衡状態にある反応の平衡定数Kaは絶対温度Tの関数で表されるから,ある温度での反応のつりあった状態と,別のある温度での反応のつりあった状態とでは,それらの系中に存在する平衡状態にある化学物質の存在比は異なることとなる。一方,温度勾配が設けられた反応容器内部では,容器内部の位置によって温度が変わるから,昇華した系内の各化学物質も,当然,その温度の変化にさらされる。そうすると,上述のように平衡定数は絶対温度の関数で表されるのであるから,昇華した系内の化学物質の平衡状態(すなわち,各化学物質の存在比)も装置内の温度の違いに応じて逐次変化することなる。
原告は,このように,原料から昇華させる時だけでなく,流れが系内の不活性ガスとかかわる最中にも平衡状態に留意しなければならないことを踏まえた上,本件一定の流れ(炭化珪素粉末源から種晶の成長面への気化されたSi,Si2C及びSiC 2の単位面積及び単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れ)を実際に発生させるのに必要な具体的な仕方,かつ,それが実際に行われたことを客観的に把握するための具体的な確認の仕方について,本件明細書に記載があるか,あるいは記載されているに等しいことを示す必要がある。しかし,原告の主張において,そのことについての十分な言及はない。
(2) 原告は,本件明細書(甲2,7)の段落【0019】,【0020】,【0025】及び【0027】の記載により,フラックスを一定とすること,すなわち,本件一定の流れを確保することは,当該方法に限定されるものではないが,一定した方法での炭化珪素粉末の粒径の制御によっても実行することができ,また,炭化珪素粉末源の露出表面積を一定とすることによっても間接的に達成できることが明確にされているということができ,また,段落【0026】の表2に記載されたような粒径分布を有する粉末を用いれば,本プロセスを高めることも記載されていると主張する。
しかしながら,上記段落【0019】には,炭化珪素粉末源の蒸発活性化エネルギーがポリタイプによって異なることが開示されているだけであって,構成要件アに関して,本件一定の流れを発生させるのに必要な具体的な仕方や,それを確認するための測定の具体的な仕方は,これを再現できる程度には記載されていない。
また,上記段落【0025】ないし【0027】の記載によれば,一定のポリタイプの組成を用いることに加えて,「一定した方法で粒径を制御すると炭化珪素粉末源から発生する化学種の輪郭が一定となり,これに対応して種晶の上での炭化珪素の成長が一定する。」とされ,さらに,「露出表面積が一定すると順に上記フラックス全体の一定性も高まり,従ってこの方法で粒径分布を制御することでフラックスの輪郭の一定性も高まる」とされている。しかしながら,これらのうち何と何とを具体的にどのように設定すれば,この「炭化珪素粉末源から発生する化学種の輪郭が一定」となり,あるいは「フラックス全体の一定性も高まる」ことになって,構成要件アを満たすことになるのかについては何ら記載されていない。すなわち,具体的にどのようにすれば,本件一定の流れを発生できるかも,また,それを実際に確認するための測定手段も,これらの記載からは把握できないから,構成要件アを行うために必要な技術的事項がこれを再現できる程度に記載されているとはいうことができない。
別の見方をすれば,フラックスの全体が一定になる方がそうならないよりも単結晶の成長に好ましいことは,一般的に望まれる程度のことにすぎないのであるから,上記「フラックス全体の一定性も高まる」との記載は,一般的に望まれる程度を記載したにすぎず,具体的に本件一定の流れを発生させる技術上の手段を示したことにはならない。
原告は,本願発明では,そのような一般的に望まれる程度のことからは想起し得ない,新規な方法として構成要件アを採用した旨を主張する以上,本件一定の流れを具体的にどのようにすれば発生させることができ,また,どのようにすればそれを具体的に確認できるかについて,発明の詳細な説明に当業者が再現できるように記載する必要があるが,本件明細書の上記の各段落を見てもその記載はない。
(3) 原告は,本件明細書(甲2)の段落【0045】ないし【0048】の記載は,フラックスの一定性,すなわち,本件一定の流れは,シランとエチレンなどのガス供給系を使用することによっても,制御,維持できることを明らかにするものであると主張する。
しかしながら,上記段落【0046】ないし【0048】に記載の単なる気相反応が,本願発明おける昇華とどう関係があるのか不明であり,原告の上記主張は失当というほかない。
(4) 原告は,本件明細書(甲2)の段落【0035】及び【0042】には,本願発明においては,本件一定流れを発生させるための能動的処置を取り,時間が経過しても本件一定の流れを維持できるようにしていることが記載されていると主張する。
しかしながら,上記段落【0035】には,熱勾配の維持のために種晶の成長面と炭化珪素粉末源との間に相対運動を与えるとともに,それらをそれぞれ異なる一定の温度に保持することが示されているだけであって,構成要件アに関して,Si,Si2C及びSiC 2の相対比率を一定とする,すなわち,本件一定の流れを発生させるのに必要な具体的な仕方,かつ,それを確認するための測定の具体的な仕方も再現できるようには記載されていない。
また,同段落【0042】には,連続的供給を行うことにより,更に昇華粉末源が一定のフラックス密度を発生するのを確保できることが示されているが,「更に昇華粉末源が一定のフラックス密度を発生するのを確保できる」とは,上述の「フラックスの全体の一定性を高める」の場合と同様に,一般的に望まれる程度を示す概念が示されているにすぎないのであって,この記載箇所には,本件一定の流れを発生できる具体的な仕方も,また,それを具体的に確認する測定方法も開示されていないから,構成要件アを行うために必要な技術的事項が再現できる程度に記載されているということはできない。
(5) 以上のように,原告が指摘する本件明細書の発明の詳細な説明の各箇所をみても,当業者がその発明を容易に実施することができる程度にその発明の目的,構成及び効果は記載されてはいない。
3 原告は,炭化珪素の単結晶を実際に製造できたことを前提として,Si,Si2C及びSiC 2の相対比率を一定にすれば,炭化珪素の昇華メカニズムにより必然的に連続的に単結晶を成長させ得ると推認することができるから,実際に「上のプロセスにより,12ミリメートル(mm)の径と6mmの厚さとを有する透明な6Hアルファ炭化珪素結晶を得た。」ことにより,「Si,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定」にしたことを確認できたものであると主張する。
(1) 上記「上のプロセス」である本件明細書(甲2)の実施例1についての記載部分(段落【0049】ないし【0054】)には,確かに上記の単結晶を製造したことが示されているが,その製造条件については,種晶,原料,原料の粒径分布,反応炉内の圧力,アルゴン雰囲気,るつぼの温度,種晶の温度,温度勾配等の各条件を組み合わせた上,更にそれぞれを所定の値に特定したことが記載されているだけであって,構成要件アに係るプロセスが実際に行なわれる条件を特定しているわけではないし,また,そのプロセスが実際に行われていることが確認されたわけでもいない(最初に指摘した平衡状態の点についても何ら言及はない。)。すなわち,本件一定の流れ(炭化珪素粉末源から種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積及び単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れ)を発生させるために必要な具体的な手段も,反応装置内でどのようにしてそれを測定して確認したのかも,また,それを外れた場合の比較例も何ら開示されていない。Si,Si2C及びSiC 2の単位面積及び単位時間当たりの流れが均一な方がそうでない方よりも単結晶を製造するのには好ましいであろうことは一般論に基づいていえる水準のことである。本願発明1,11及び15の特徴とは,そのような一般論の水準ではなく,その流れを構成要件アのように特定した点にあるのであれば,基本的には,本件明細書の発明の詳細な説明には,それだけをみて構成要件アが再現できる程度に構成等に係る技術事項が記載されていなければならないが,上述のとおり,上記発明の詳細な説明にはそのようには記載されていない。
原告の上記主張は,炭化珪素の単結晶を得たという結果に基づいて,「Si,Si2C及びSiC 2の相対比率を一定にする」との構成要件が満たされたとするものであるが,上述のとおり,現実には上記の相対比率を一定とする流れが発生していることを測定する手段自体が存在しないのであるから,結局,同主張は,Si,Si2C及びSiC 2の単位面積及び単位時間当たりの流れを検証するすべが全くないにもかかわらず,だれも確認できない「Si,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とする」との条件が満たされているというものであり,成り立たない議論である。それどころか,原告の上記主張に基づいて,だれも具体的に確認する手段のない本件明細書の記載が適法とされ,本願発明につき特許の査定がされた場合,その発明を実施したか否かは,結果物に基づいて推断されることとなり得てしまう。そうなると,特開昭59-54697号公報(乙4,以下「本件引用例」という。)に記載された同等の結果物(炭化珪素の単結晶)が得られる発明を実施した場合にも,本願発明を実施したものと認定されることにななりかねないが,構成要件実施されたかどかを具体的に確認する手段がないのに,結果物からそれが実施されたと判断されるような発明の保護が,特許法の目的である産業の発展に寄与するものとは考え難い。
(2) 技術常識に基づいて当業者には本件明細書に本件一定の流れが発生していることの具体的な確認手段等が記載されているに等しいということができるか否かについて ア 原告は,結果物すなわち炭化珪素の単結晶が得られたということから,構成要件アに係るプロセスが問題なく行われたことが間接的に測定できると主張する。
しかしながら,本件引用例の発明でも本願発明と同等の単結晶が得られているから,仮に,原告の上記主張をそのまま適用した場合には,本件引用例の発明でも,結果物からそのような間接的測定手段により本件一定の流れが発生しているということになり得てしまうが,このような結論が妥当でないことは明らかである。したがって,原告の主張が正当であるといえるためには,上記間接的測定手段が本件引用例に係る発明には適用がなく,本願発明においてのみ適用できるということを,本願発明と本件引用例の発明との本質的な差異に基づいて説明する必要がある。しかるに,その点については,本件明細書には記載されていないし,本件審判の審理過程においても十分に明らかにされていない。
イ 原告提出の甲3ないし6の各刊行物には,結果物すなわち炭化珪素の単結晶が得られたことから,構成要件アに係るプロセスが問題なく行われたことを確認できることが技術常識に属するとする原告主張を裏付けるような記載は存在しない。
4 上記に述べたように,本願発明1,11及び15については,特に重要な構成要件アについて,本件明細書の発明の詳細な説明に,それだけをみて当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その構成に係る技術事項が記載されておらず,また,そのことが記載されているに等しいと認めるに足りる根拠もないから,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているということはできない。
当裁判所の判断
1 原告の審決取消事由(特許法旧36条3項及び4項違反の有無)について (1) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載と実施可能要件の充足性 原告は,本件明細書において,一定した方法で炭化珪素粉末の粒径を制御したり,炭化珪素粉末源の露出表面積を一定としたり,シラン及びエチレンなどのガス供給系を使用したり,種晶の成長面と粉末源との間に相対運動を与えたりすることによって,構成要件ア(この間前記粉末源から前記種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積及び単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れを発生させ,維持することことによって,前記気体流中のSi,Si2CおよびSiC 2の相対比率を一定とすること)に係るプロセスが担保されていると主張するので,以下検討する。
ア 本件特許の請求の範囲の記載は前記第2の2のとおりであり,また,本件明細書(甲2,7)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。
(ア) 「本発明の前には,所望の選択的ポリタイプの炭化珪素の大型単結晶を繰り返し一貫して成長させるための好適な技術が存在しなかった。・・・従って,本発明の目的は,所望ポリタイプの炭化珪素の大型単結晶を制御しつつ繰り返し可能に成長させるための方法を提供することである。本発明の他の目的は,材料源のポリタイプを制御することによって炭化珪素の大型単結晶を成長させる方法を提供することである。この発明の他の目的は,炭化珪素単結晶以外の材料源を用いてこうした炭化珪素単結晶を成長させる方法を提供することである。この発明の他の目的は,特定の表面積を有する材料源を選択することによってこうした炭化珪素結晶(注,「炭化珪素単結晶」の誤記と認める。)を成長させる方法を提供することである。この発明の他の目的は,所定の粒径分布を有する材料源を選択することによって大型の炭化珪素単結晶を成長させる方法を提供することである。」(段落【0010】,【0011】) (イ) 「本発明の第一の態様においては,所望のポリタイプを有する単一の炭化珪素種晶と,炭化珪素粉末源とを,第1図〜第3図に示した昇華るつぼ及び炉のような系中へと導入する。このるつぼが第1図に示した型のものであるとき,炭化珪素粉末源は環状チャンバ16内に配置する。本発明のこの第一の態様においては,実質的にすべてが一定のポリタイプ組成を有する炭化珪素粉末源を使用することにより,種晶上での所望の結晶成長の製造が大きく向上することを見出した。」(段落【0018】) (ウ) 「本出願人は,いかなる特定の法則によっても拘束されることを望むものではないが,異なるポリタイプの炭化珪素は異なる蒸発活性化エネルギーを有することが知られている。・・・炭化珪素が昇華するときには,三つの基本的な気体物質:Si,Si2C及びSiC 2を形成するため,これらの相違は重要である。粉末源のポリタイプに従い,発生する各化学種の量又はフラックスは異なるであろう。同様の挙動により,全気体流中の各化学種の量は,これらの化学種が再濃縮されるときに成長するポリタイプの型に影響する傾向があるであろう。」(段落【0019】) (エ) 「ここで使用したように,『フラックス(束)』という語は,与えられた時間の間に与えられた面積の所定平面を通過する物質又はエネルギーの量に関するものである。従って,気化した化学種の流れを記述するのに使用するときには,一秒当り一平方センチメートル当りのグラム数(g/cm2/sec)のような物質,面積及び時間のユニットとしてフラックスを測定,指示できる。」(段落【0020】) (オ) 「ここで使用したように,『一定のポリタイプ組成』という語は,一定比率の特定のポリタイプからなる粉末源に関するものであり,単一のポリタイプからなるものを含む。例えば,50%がアルファポリタイプ,50%がベータポリタイプである粉末源が一定のポリタイプ組成を示すように,実質的に完全に6Hアルファ炭素珪素(注,「炭化珪素」の誤記と認める。)からなる粉末源も一定のポリタイプ組成を示す。言い換えると,この組成は,ポリタイプに関して同質であろうと異種成分からなっていようと,昇華プロセスを通じて同じ組成を保つように制御しなければならない。・・・更に直截に述べるならば粉末源が一定のポリタイプ組成を実質的に有するように選択し,制御すると,発生するSi,Si2C及びSiC2の相対量又は比率が一定に保たれ,このプロセスの他のパラメータを適切に制御でき,種晶上に所望の単結晶成長を生じさせる。また,もし粉末源が種々の比率の炭化珪素ポリタイプの可変混合物であるときには,発生するSi,Si2C及びSiC2の相対量( 比率) は連続的に変化し,これに応じて種晶上に他のポリタイプを同時に成長させるのを促進し続ける。これは異なるポリタイプを有する多数の結晶を種晶の上に成長させるという望ましくない結果をもたらす。」(段落【0021】,【0022】) (カ) 「本発明につき,更に,昇華法によって適当な単結晶を形成するためには,一定のポリタイプ組成を維持することに加え,一定した粒径分布の炭化珪素粉末源を選択することが同様に本技術を高めることを見出した。先に記載した方法と類似の方法により,一定した方法で粒径を制御すると炭化珪素粉末源から発生する化学種のフラックスの輪郭が一定となり,これに対応して種晶の上での炭化珪素の昇華成長が一定する。一態様においては,所定のタイラー(Tyler) メッシュ スクリーンを通過する試料の重量パーセントによって規定される次記の粒径分布を有する粉末が本プロセスを高める。・・・ 表2 」 (段落【0025】,【0026】) (キ) 「更に,与えられた粉末形態に対して,粉末源の露出表面積は粒径に比例する。露出表面積が一定すると順に上記フラックス全体の一定性も高まり,従ってこの方法で粒径分布を制御することでフラックスの輪郭の一定性も高まる。
他の態様で議論するように,炭化珪素粉末源と種晶の成長面とは共にそれぞれ異なる温度へと加熱され,この粉末源から昇華した化学種が種晶の上へと濃縮されるのを促進するために種晶の成長面を粉末源よりも幾分か冷たくする。」(段落【0027】) イ 本願発明は,所望ポリタイプの炭化珪素の大型単結晶を制御しつつ繰り返し可能に成長させるための方法に関するものであり,そのうち本件特許の請求項1の記載及び上記アの(ア)ないし(オ)の記載によれば,本願発明1は,昇華プロセスを通じてポリタイプが同じ組成を保つように制御する,すなわち,粉末源が一定のポリタイプ組成を実質的に有するように選択し,制御すると,発生するSi,Si2C及びSiC 2の相対量又は比率が一定に保たれ,このプロセスの他のパラメータを適切に制御でき,種晶上に所望の単結晶成長を生じさせるという技術思想に基づき,炭化珪素粉末源のポリタイプを制御することによって炭化珪素の大型単結晶を成長させる方法に関するものであるということができる。
しかしながら,本件明細書には,昇華プロセスを通じて炭化珪素粉末源が一定のポリタイプ組成を有するように制御すると記載されているのみで,ポリタイプの組成を具体的にどのよう設定,制御すれば,本件一定の流れ(Si,Si2CおよびSiC2の一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定の流れ)を発生させ,維持することができるのかということや,本件一定の流れが発生していることを確認するための測定手段は記載されていない。
なお,本件明細書の段落【0028】には,「本発明の好適な実施形態においては,種晶の成長面と粉末源との間の熱勾配を制御することで所望のポリタイプを有する大型の単結晶が適切に制御され,成長することを見出した。この点で,熱勾配は多数の方法で制御できる。例えば,ある条件下では熱勾配は種晶の成長面の間で一定に保たれるように制御するが,一方他の条件下では,粉末源と種晶の成長面との間の熱勾配は制御しつつ変化させることが好ましい。」と記載され,また,同段落【0035】には,「従って,本発明の他の実施形態においては,種晶の成長面と粉末源との間の固定された熱勾配を維持する工程は,種晶が成長するのにつれて種晶の成長面と粉末源との間に相対運動を与える一方,この粉末源と種晶の成長面とをそれぞれ異なる,しかし一定の温度に保持することからなる。」と記載されている。しかしながら,これらの記載は,熱勾配の維持のために種晶の成長面と粉末源との間に相対運動を与えるとともに,それらをそれぞれ異なる一定の温度に保持することにより,炭化珪素粉末源から昇華により発生するフラックスの一定流れが時間が経過しても維持できる方法,すなわち,本件一定の流れを維持するための諸条件の一つを開示しているにすぎず,構成要件アに関して,本件一定の流れを発生させ,維持する具体的な制御手段を完結的に開示したものではない。
さらに,同段落【0042】には,「炭化珪素粉末源を連続的に昇華領域へと供給させることで,幾つかの利益が得られる。特に,ここで開示した他の技術について記載したように,この連続的供給により,更に昇華粉末源が一定のフラックス密度を発生するのを確保できる。実際に,新しい粉末源が昇華領域内へと連続的に移動し,昇華が進行するのにつれて一定のフラックスを与える。」との記載がある。しかしながら,この記載は,炭化珪素粉末源の昇華領域への連続的供給を行うことにより,更に昇華粉末源が一定のフラックス密度を発生するのを確保できること,すなわち,本件一定の流れを維持するための諸条件の一つを開示するにとどまるものであり,本件一定の流れを発生させ,維持する具体的な制御手段を完結的に開示したものではない。
ウ 本件特許の請求項11の記載並びに上記アの(ア)及び(キ)の記載によれば,本願発明11は,炭化珪素粉末源の露出表面積の分布を一定に制御すると,同粉末源から発生するフラックスの輪郭が一定する,すなわち,発生するSi,Si2C及びSiC 2の相対量又は比率が一定に保たれるという技術思想に基づき,特定の表面積分布を有する炭化珪素粉末源を選択することによって炭化珪素の大型結晶を成長させる方法に関するものであるということができる。
しかしながら,本件明細書には,炭化珪素粉末源の表面積分布を一定に制御すると記載されているのみで,上記表面積分布を具体的にどのように設定,制御し,その他の諸条件をどのように調整すれば,本件一定の流れを発生させ,維持することができるかということや,本件一定の流れが発生していることを確認するための具体的な測定手段は記載されていない。
エ 本件特許の請求項15の記載並びに上記アの(ア)及び(カ)の記載によれば,本願発明15は,炭化珪素粉末源の粒度分布が一定になるように制御すると,同粉末源から発生する化学種のフラックスの輪郭が一定する,すなわち,発生するSi,Si2C及びSiC 2の相対量又は比率が一定に保たれるという技術思想に基づき,所定の粒度分布を有する炭化珪素粉末源を選択することによって大型の炭化珪素単結晶を成長させる方法に関するものであるということができる。
しかしながら,本件明細書には,炭化珪素粉末源の粒度分布を一定に制御すると記載されているのみで,その粒度分布を具体的にどのように設定,制御し,その他の諸条件をどのように調整すれば,本件一定の流れを発生させ,維持することができるのかということや,その一定の流れが発生していることを確認するための具体的な測定手段は記載されていない。
オ 原告は,本件明細書の段落【0045】ないし【0048】の記載は,フラックスの一定性,すなわち,本件一定の流れは,シランとエチレンなどのガス供給系を使用することによっても,制御,維持できることを明らかにするものであると主張する。
しかし,上記のようなガス供給系を用いる方法は,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,11及び15に記載のない事項であるから,上記記載をもって,本願発明1,11及び15の実施可能性を基礎づけることはできないというべきである。
カ 以上からすれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本願発明1,11及び15の構成要件アに関して,本件一定の流れを発生させ,維持するための具体的な制御手段や,本件一定の流れを確認するための具体的な測定手段が記載されていないといわざるを得ない。
(2) 最終生成物等による間接的測定方法 ア 原告は,本件明細書に記載の本件一定の流れを発生させ,維持することを担保するための諸条件に従って,実際に,最終生成物である単結晶が連続的に得られたことから,構成要件アに係るプロセスが問題なく行われたことを確認できるものであり,このような巨視的特性を観察することにより,微視的プロセスが確実におこなわれているか否かを確認すること(本件発明の場合,最終生成物の観察によりフラックスの一定が担保されていること)が,本願出願前から技術常識として行われていたことは,甲3ないし6の各刊行物の記載より明らかであると主張する。
確かに,本願発明のような化学生成物の製造方法に関する発明の場合,製造過程における化学反応を実際に視認することはできはできないから,その製造過程が問題なく行われたか否かを直接に確認することができず,その過程が実際に問題なく行われたか否かは最終の製造物である化学生成物を分析することにより確認する以外にない場合も少なくないと考えられる。そして,原告の引用する甲3ないし甲6の各刊行物は,いずれも,化学生成物の製造等の方法において,製造過程における微視的プロセスの成否を結果物である化学生成物の分析により確認する例を開示するものであるということができる。
しかしながら,化学生成物の製造に係る発明において,その発明の構成要件である一定の製造過程が実際に問題なく行われたか否かを最終の製造物である化学生成物を分析することにより確認する方法が技術常識に属するといえる場合があるとしても,化学生成物の製造方法の発明につき特許が認められるためには,明細書の発明の詳細な説明に,その発明の構成要件である一定の製造過程が当業者が容易に実施できるように記載されていることが前提とならなければならないというべきである。なぜなら,その構成要件を当業者が実施できるようになっていなければ,最終の製造物である化学生成物の分析により発明の目的である化学生成物が得られたことが確認できても,それが当該構成要件実施したことにより得られた化学生成物であるか否かが確認できないからである。
本件明細書の段落【0041】ないし【0048】には,本願発明の方法を遂行するために使用できる機器が記載され,段落【0049】ないし【0054】には,その一部の装置を用いた本願発明の実施例が記載されているところ,その実施例においては,種晶の組成とその平坦性等,粉末源の組成及びその粒径分布,昇華炉内の圧力,アルゴンの雰囲気,るつぼの頂部及び種の温度,系内における熱勾配等の諸条件を同明細書の記載のとおりに設定することにより,12ミリメートル(mm)の径と6mmの厚さとを有する6Hアルファ炭化珪素結晶(単結晶)が得られたことが開示されている。 しかし,この記載は,上記実施例に記載のとおりに設定された諸条件の下において,炭化珪素の単結晶が得られることを開示しているにとどまり,その最終生成物が,炭化珪素粉末源からの昇華により,本件一定の流れ(炭化珪素粉末源から種晶の成長面への気化されたSi,Si2CおよびSiC 2の単位面積および単位時間当たり一定(一秒当たり一平方センチメートル当たりのグラム数が一定)の流れ)を発生させ,これを維持した結果として得られたものであることを示唆するものではなく,また,そのことを直ちに推認させるものではない。本件一定の流れを発生させ,維持する具体的な制御手段や,本件一定の流れを確認するための具体的な測定手段が,当業者において容易に実施できる程度に本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていないから,上記のような所定の諸条件の下で炭化珪素の単結晶が得られても,それが,本件一定の流れを発生させ,これを維持した結果として得られたものかどうかを確認するすべはないといわざるを得ない。
イ 原告は,本件一定の流れは一定の結晶成長速度を生じさせるものであるから,本件一定の流れの存在は,結晶の成長速度等を測定することによって検証することができるものであり,そのこと及び結晶の成長速度の測定方法は,本件特許出願の原出願の優先日当時,当業者の通常の知識に属する事項であったとも主張する。
しかしながら,結晶の成長速度の測定等の間接的測定方法により本件一定の流れの存在が検証できるもとしても,そもそも,本件明細書に,本件一定の流れを発生させ,維持するための制御手段について何ら記載がされていない以上,本件一定の流れが存在していたことを事後に確認したところで,それは,本件一定の流れが存在していたことを事後的に推認するための手段があるというだけのことであり,当業者が容易に本件一定の流れを発生させ,維持することができるということにはならないし,また,上記のような間接的測定方法により本件一定の流れに変化が生じたことが確認された場合に,どのような制御,操作手段により元の流れを回復することができるのかが当業者には明らかでないというほかない。
ウ したがって,上記発明の詳細な説明には,構成要件アを当業者が容易に実施することができる程度に,本願発明の構成に係る技術事項が記載されていないというべきである。
(3) 上記検討したところからすれば,本願発明1,11及び15の構成要件アについては,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の構成に係る技術事項が記載されておらず,また,当業者の本件特許出願の原出願の優先日当時の技術常識に照らして,それが記載されているのと同視できるとする事情を認めるに足りる証拠もないから,本件明細書の詳細な説明には,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているということができない。また,構成要件アについて実施可能要件が記載されていないことから,本願発明1,11及び15の構成要件アの内容自体も明確性を欠くものとなっているといわざるを得ない。
したがって,本件特許出願は特許法旧36条3項及び4項に違反するものというべきである。
2 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青蜉]
裁判官 宍戸充
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