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関連審決 異議2000-71502
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15行ケ90審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10095審決取消請求事件 判例 特許
平成17行ケ10775審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10389審決取消請求事件 判例 特許
平成15ワ16924損害賠償等請求事件 判例 特許
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  分割出願 /  特許出願日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 12年 (行ケ) 511号 取消決定取消請求事件
原告 ソニー株式会社
訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 田中 伸一郎
同 宮垣聡
訴訟代理人弁理士 北村周彦
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 石川昇治
同 砂川克
同 番場得造
同 山口由木
同 大橋良三
同 高木進
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/05/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2000-71502号事件について平成12年11月6日にした異議の決定を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「プリンタのインク残量表示方法」とする特許第2962306号の特許(昭和63年6月29日にした特許出願(以下「原々々出願」という。)の一部を平成10年1月12日に分割して特許出願(以下「原々出願」という。)をし,またその一部を平成10年2月2日に分割して特許出願(以下「原出願」という。)をし,さらにその一部を平成10年2月26日に分割して特許出願(以下「本件出願」という。)をし,平成11年8月6日に設定登録された。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき平成12年4月14日に特許異議の申立てがあり,特許庁は,これを異議2000-71502号事件として審理した。原告は,この審理の過程で,願書に添付した明細書の訂正をすることを請求した。特許庁は,審理の結果,平成12年11月6日に「訂正を認める。特許第2962306号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年12月4日にその謄本を原告に送達した。
2 訂正後の特許請求の範囲(全1項。以下「本件発明」という。) 「【請求項1】印刷対象の映像が映像表示装置に表示されるプリンタのインク残量表示方法において,インク量出力手段から,インク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップと,上記インク量出力手段から出力された上記カラーインク量情報に基づいて,上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上に,上記インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なうステップとを有することを特徴とするプリンタのインク残量表示方法。」 3 決定の理由 決定は,別紙決定書の写しのとおり,平成12年10月17日にされた訂正請求による訂正を認めたものの,訂正後の特許請求の範囲により特定される発明(本件発明)につき,原々出願に記載されていた発明ではないと認定して,これを根拠に,本件出願は,原々出願との関係で適法な分割出願ではなく,原出願の出願日の平成10年2月2日に出願されたものとみなされるとして,本件出願に係る出願日が同日であることを前提に,本件発明が,特開平2-9672号公報(以下「刊行物1」という。)及び「シャープ日本語ワードプロセサー書院ハンドブック」(シャープシステムプロダクト株式会社・昭和54年9月初版,以下「刊行物2」という。)に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとし,また,本件発明は,刊行物2,特開昭59-194853号公報(以下「刊行物3」という。)及び特開昭60-176372号公報(以下「刊行物6」という。)記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとし,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,特許法113条2号に該当し,取り消されるべきものである,と認定判断した。
原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中,「1.手続きの経緯」及び「2.訂正の適否についての判断」は認める。「3.特許異議の申立てについての判断」については,「(1)当審による取消理由の概要」,「(3)本件特許の出願日について」の「(ウ)」の6頁18行〜32行及び7頁17行〜22行,並びに,「(オ)まとめ」,「(4)取消理由の検討」の「A.本件発明と刊行物1及び2記載の発明との対比」の「(イ)対比・判断」の「(相違点)」,「(相違点の検討)」及び「(まとめ)」,「B.本件発明と刊行物2,3,6記載の発明との対比」の「(イ)対比・判断」,「C.明細書の記載不備について」並びに「(5)結び」を争い,その余を認める。
決定は,本件特許の出願日を誤って原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日とみなすとした点,並びに,本件発明が刊行物2,3及び6記載の発明から当業者が容易に発明することができたとした点の双方において誤っており,これらの誤りが互いに相まって結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取消しを免れ得ない。
1 本件特許の出願日の認定の誤り (1) 決定は,「本件発明における「インク量出力手段」およびそこから出力される「カラーインク量情報」は,インクの量そのもののを(判決注・「そのもののを」とあるのは「そのものを」の誤りであると認める。)出力する手段およびそこから出力されるカラーインクの量そのものの情報をも含むものであり,このようにインクの量そのものの情報を出力する手段について,原々出願の明細書(特開平10-250200号公報,甲第11号証。以下「原々出願明細書」という。)に独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできない。
そして,「インク量出力手段」について記載されていない以上,「インク量出力手段からカラーインク量情報を出力するステップ」や「インク量出力手段から出力された上記カラーインク量情報に基づいて,上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上にカラーインク残量を示す表示を行うステップ」についても,独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできない。」(6頁21行〜32行)とし,その上で,「本件発明は,上記原原出願の明細書に独立した技術的事項として把握できるように記載されていた発明ではないから,本件特許は,原原出願との関係において特許法第44条第1項に規定する要件を満たしておらず,適法な分割出願と認めることができない。したがって,本件特許の出願は,原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日に出願されたものとみなす。」(7頁「(オ)まとめ」の項)と認定している。
しかし,この決定の論理は,以下に述べるとおり,明らかに失当である。
まず,本件発明にいう「インク量出力手段」及びそこから出力される「カラーインク量情報」における「インク量」あるいは「カラーインク量」は,プリンタにおいて以後の印刷に使用され得る量のことである。本件発明は,確かに,上記「インク量出力手段」及び「カラーインク量情報」が,それぞれ,「インク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるカラーインクの量そのものの情報」である場合を含むものではあるものの,それはあくまで「インク量そのもの」が「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得る」からであり,言い換えれば,「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得る量」でない限り,「インク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるカラーインクの量そのものの情報」が問題とされることはないのである。
したがって,「インク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるカラーインクの量そのものの情報に基づいて・・・画面上にカラーインク残量を示す表示を行うステップ」が原々出願明細書に独立した技術的事項として把握できるか否かという決定の問題の立て方は誤っている。本件特許が原々出願との関係において特許法44条1項に規定する要件を満たしているか,の検討においては,「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるプリンタにおいて以後の印刷に使用され得るカラーインクの量そのものの情報に基づいて・・・カラーインク残量を示す表示を行うステップ」が原々出願明細書において独立した技術的事項として把握できるか,ということが問題とされなければならない。
原々出願明細書には,決定が認定するように,インクリボンの残量をST3でメモリーから読み出し,この情報を出力する手段及び当該情報を表示する手段が明確に記載されている。すなわち,インクリボンのリボンがインク保持部材であり,そこに付着された「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量」がST3でメモリーから読み出され,出力されるのであり,原々出願明細書からは「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるプリンタにおいて以後の印刷に使用され得るカラーインクの量そのものの情報を表示する手段」が独立した技術的事項として明確に把握できるのである。
以上のとおり,本件特許は,原々出願との関係において,特許法44条1項に規定する要件を満たしており,適法な分割出願であるから,原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日に出願したものとみなすのは明確に誤りである。したがって,原々々出願の公開公報である刊行物1を本件発明に対する公知資料として引用し,本件発明が刊行物1及び刊行物2記載の発明から当業者が容易に発明でき,特許法29条2項に該当するとした決定の判断が誤りであることは,明白である。
(2) 被告は,原々出願明細書には,インク保持部材の一つであるインクリボンの残量を印刷可能枚数として映像表示手段に表示する方法しか記載されておらず,インクリボンに保持されたインクの残量を表示する方法は記載されていない,と主張する。
しかし,被告が,インクリボンに保持されたインクの残量そのものも本件発明にいうインクの残量とみることができるということを前提に,原々出願明細書にはインクリボンの残量が表示されているだけでインクリボンに保持されたインク自体の残量表示方法は記載されていない,として,本件出願は原々出願との関係で不適法な分割出願であると主張するのであれば,およそ常識に反した議論というべきであり,全く失当である。インクリボンにおいては,用紙1枚にリボンの一定長が使用され,それ以後は一切使用されることがないのであり,このことは当業者を問題とするまでもなく当然のことである。言い換えれば,いったん使用され,使用済みとなれば,インクリボンはもはやその使命を終えたものであり,インク保持部材とはいえない廃棄物にすぎない。また,その使用済みのインクリボンに存在するインクについていえば,そのようなものは存在するにしても,印刷には何らの用にも立たず,したがって,もはや残っているものではなく,その量をインクの「残量」ということはできない。
インクリボンの残量とインクリボンに保持されたインクの残量とが比例関係にあることは特に説明をするまでもないことであり,被告も争わないところである。そうすると,原々出願明細書には,被告も認めるとおり,インク保持部材の一つであるインクリボンの残量を映像表示手段に表示する方法が記載されているのであるから,同明細書には,インクリボンの残量を単位として,インクリボンに保持されたインクの残量を映像表示手段に表示することが記載されている,ということができるのである。したがって,被告の前記主張は失当である。
(3) 被告は,原々出願明細書には,インク容器等インクリボン以外の保持部材に保持されたカラーインクの残量表示方法については記載がない,と主張する。
確かに,原々出願明細書に,具体的に,インク容器等リボン以外の保持部材に保持されたカラーインクの残量表示方法は記載されていないことは事実であり,このことは原告としても争うところではない。また,本件発明の特許請求の範囲にいう「インク保持部材」にインク容器等のインクリボン以外のものが含まれることも,被告の指摘するとおりである。しかしながら,原々出願明細書に,インクリボンに保持されたインクの残量を映像表示手段に表示する例が示されているのは,疑いようのない事実である。そして,インクリボンは,インク保持部材の一つである。そうすると,原々出願明細書には,インクリボンを例にするという形で,インク保持部材に保持されたインクの残量を映像表示手段に表示することが記載されている,ということになる。
そうである以上,原々出願明細書に「インク容器等リボン以外の保持部材に保持されたカラーインクの残量表示方法」が記載されているかどうかにはかかわりなく,当業者が,原々出願明細書から,本件発明の「インク量出力手段」及びそこから出力される「カラーインク量情報に基づいて・・・画面上にカラーインク残量を示す表示を行うステップ」を,独立した技術的事項として把握できることは,明白というべきである。
被告は,本件明細書においては,インクリボンのカラーインク量は一例として挙げられているものであって,本件発明の「インク残量表示」は,インクリボンの残量のみではなく,インクリボンに保持されたインクそのものの残量,及び,インクリボン以外のインク保持部材(例えばインク容器)に保持された液体のカラーインクの残量を表示する方法をも含むものであり,原々出願明細書に包含されていないものを含んでいることは明らかである,と主張する。
しかし,この被告の議論は,既に説明したとおり,理由がない。そもそも,量は何らかの単位をもってしか表示できないことは,いうまでもないところである。原々出願明細書に記載された例においては,インクの残量を,それと比例関係にあるインクリボンの残量をいわば単位として,表示しているのである。さらにいえば,インク容器を保持部材として本件発明を実施する場合においても,インク量を直接計測するのではなく,何らかのパラメータをもってインク容器のどこまでインクが入っているかということを計測し,それを残量として表示するのであり,インク量の表示の方法としてインクリボンの残量をもってするのと何ら差異はないのである。
(4) 以上のとおりであり,本件出願は,原々出願との関係において,特許法44条1項に規定する要件を満たしており,適法な分割出願であるから,原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日に出願したものとみなすのは明確に誤りである。本件出願は,原々出願及び原々々出願との関係で適法な分割出願であり,その出願日は原々々出願の出願日にさかのぼるものである。
したがって,原々々出願の公開公報である刊行物1を本件発明に対する公知資料として引用し,本件発明が刊行物1及び2記載の発明から当業者が容易に発明でき,特許法29条2項に該当する,とした決定の認定判断が誤りであることは明白である。
2 取消事由2(本件発明の進歩性判断の誤り) 決定は,「本件発明は刊行物2,3及び6記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」(13頁23行〜25行)と認定判断した。しかしながら,認定判断は,誤りである。
(1) 一致点の認定について 決定は,まず本件発明と刊行物2記載の発明を対比し,「印刷対象の画像が画像表示装置に表示されるプリンタのインク残量に関連する情報を表示する方法において,印刷対象の画像が表示される画像表示装置の画面上に,インク保持部材に保持されるインクの残量に関連する情報を示す表示を行なうインク残量に関連する情報の表示方法」(12頁13行〜16行)である点で一致すると認定している。
しかし,この一致点の認定からして既に誤りである。すなわち,刊行物2記載の発明においては,その印刷対象が画像ではなく文章である。また,この点をおくとしても,刊行物2記載の発明は,プリンタのインク残量に関連する情報を表示する方法を開示するものではない。すなわち,刊行物2記載の発明は,本件発明と異なり,インクの量ではなく,インクのあるなしを1/0で検出するのみである。したがって,刊行物2記載の発明は,単なる「インク切れ」を,更なる印刷ができないことを示すエラーメッセージの一つとして表示するためのものにすぎず,何らプリンタのインク残量に関連する情報を表示するものではないのである。
被告は,「広辞苑」を引き,文章であってもブラウン管に表示されるものは画像である,と主張する。しかし,文章は,文字データ(テキストデータ)であり,イメージデータとは異なる。したがって,ブラウン管に文章が表示されていても,それは印刷の対象のイメージ,すなわち画像と同一ではない。被告の主張は失当である。
被告は,本件発明には,特定の状態,すなわちインク切れあるいはインク残量が少なくなった状態を表示できるようになったものも含まれる,とも主張する。しかし,これも失当である。本件発明が問題としているのは,インクの「残量」であり,インクが存在するかしないかではない。本件発明は,「量」,すなわちどれだけ存在するかを問題としているのである。
(2) 相違点(3)の判断について 決定は,相違点(3),すなわち,「インクの残量に関連する情報が,本件発明ではインク残量情報であるのに対して,刊行物2記載の発明ではインク切れ情報である点」(12頁23行〜24行)について,刊行物3に「インク残量の出力手段からの出力によってインク残量を表示するという技術」(13頁3行〜4行)が記載されているとして,「刊行物3に記載された発明も刊行物2記載の発明と同様にプリンタの技術分野に属するものであり,刊行物2記載の発明をインク切れの表示に留まらず,インクの残量を表示するように変更することは,当業者が容易に考えつくことができたことである。」(13頁11行〜14行)としている。
この決定の認定が,刊行物2記載の発明の「インク切れ情報」も「インク残量に関連する情報」であるとする点において既に失当であることは,前述のとおりである。決定の上記認定には,それに加えて,以下の点においても誤りがある。
本件発明は,特許請求の範囲においてカラーインク量を出力するための具体的な構成を直接的に規定してはいないものの,その出力手段は,「上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上に上記インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なう」ために情報を出力するものでなくてはならない。そして,この「出力手段」につき,本件明細書においては,既に述べたとおり,ST3でインクリボンの残量が読み出される「メモリー」を開示しているのである。
しかし,刊行物3においては,「上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上に上記インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なう」ための情報を出力する出力手段は一切開示されていない。
すなわち,刊行物3には,具体的には「インクカセット17歯車の回転角度」(3頁右上欄4行〜5行)が示されているのみであり,これでは「上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上に上記インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なう」ことができないのは明らかである。そもそも,刊行物3の,「インクカセット17歯車の回転角度が一定値に達した後に突起部15によりマイクロスイッチ16が動作しインク交換時期をユーザーに表示する。」(3頁右上欄4行〜7行)との記載,第3図及び同図の説明におけるマイクロスイッチによる検出をなす構成では,インク切れを表示することはできても本件発明のように(時々刻々変化する)インク残量を表示することはできないのである。
被告は,刊行物3の記載を引用した上で,同刊行物には正確なインク残量を常に検知する技術が開示されていると述べている。しかし,同刊行物記載の発明におけるインクの量の測定は「インク交換時期」の表示という目的のものであり,そこに示されている構成はその目的のための機構にすぎない。そうである以上,その測定の正確さがどの程度であっても,この構成を本件発明におけるインクの「残量」の表示に用いることはできないのである。
(3) 相違点(4)の判断について 決定は,相違点(4),すなわち,「本件発明が、インク量出力手段から、インク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップと、インク量情報に基づいて映像表示装置の画面上に、インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なうステップを有しているのに対して、刊行物2記載の発明はインクの残量に関連する情報であるインク切れ情報を表示装置に表示するものであるが、表示のための具体的な手段やステップについて記載されていない点」(12頁25行〜31行)に関しても,刊行物2記載の発明はインク残量に関連する情報であるインク切れ情報を表示装置に表示するものではある,ということを前提に論を進めている。しかし,インク切れ情報をインク残量に関連する情報であるとすることが誤りであること,そして,インク切れを示すだけなら,インク量出力手段から,インク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップも,インク量情報に基づいて映像表示装置の画面上に,インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なうステップも一切不要であることは,前述のとおりである。したがって,この相違点につき,刊行物2記載の発明の構成を本件発明のように変更することは当業者が容易になし得たことではない。
もともと,刊行物2記載の発明を,インク切れの表示にとどまらず,インクの残量をも表示するように変更することは,当業者が容易になし得たことではない。刊行物3には,インク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップについても,インク量情報に基づいて映像表示装置の画面上に,インク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行なうステップについても,何らの開示もないのであるから,たとい刊行物3記載の発明を考えに入れたとしても,刊行物2記載の発明の構成を本件発明のように変更することが当業者が容易になし得たことではないことは,極めて明らかである。
被告は,相違点(4)に係る本件発明の構成は,刊行物2記載の発明をインク切れの表示にとどまらず,インク残量を表示するように変更するに際し,当業者ならば設計上容易に考えつくことであるという。
しかし,前述のとおり,刊行物2記載の発明はインク残量に関連する情報を表示する方法を開示するものではないから,そもそも刊行物2記載の発明をインク切れの表示にとどまらず,インク残量を表示するように変更することは当業者が容易に想到することではなく,また,刊行物3は,インク残量を常に表示する技術を示しているものではない。したがって,相違点(4)に係る本件発明の構成を,刊行物2の記載を出発点として当業者ならば設計上容易に考えつく程度のものとすることは,許されない。
(4) 以上のとおりであり,本件発明は,刊行物2,3及び6記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,との決定の認定判断は誤りである。
被告の反論の要点
決定の認定判断は正当であり,決定を取り消すべき理由はない。
1 原告の主張1(本件特許の出願日の認定の誤り)について (1) 原出願の出願時の原々出願明細書には,次のような記載がある。
「【請求項3】前記リボンの残量を記憶する記憶手段を有して成ることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のプリンタ。」(特許請求の範囲) 「【発明の属する技術分野】本発明は映像信号や各種データをプリントするプリンタに係わり,特にリボン装着の有無,リボンの種類,リボン残量等のリボン状態を検出表示可能なプリンタに関する。」(段落【0001】) 「【発明の実施の形態】」 「図6はインクリボンの残量を表示するための流れ図である。・・・インクリボンカセットを挿入し,1枚のプリントをとるとリボン残量表示が行なわれる。
即ち,・・・モニタテレビ3にはリボンの種類と残り枚数が表示される。例えばリボンの種類がカラーで残り枚数が99枚であれば「COLOR RIBBON 99」の如き表示がCRT画面の中央に出る。」(段落【0029】〜【0030】) 「この様なリボン残量を表示するフローを図6で説明する。・・・リボンがカバー1a内に完全に挿入されていれば白黒,カラー,OHPリボンの夫々の場合に第3ステップST3で何枚残っているかをメモリから読み出し,・・・「COLOR RIBBON 99」・・・の様な表示が夫々モニタテレビ3のCRT画面になされる。」(段落【0031】〜【0032】) 原々出願明細書の上記の記載からみて,原々出願明細書に,リボンの残量を,印刷可能枚数を記憶する手段からの出力により,映像表示手段に表示するものについては記載されている,ということはできる。しかし,同明細書には,リボンに保持されたインク自体の残量表示方法は記載されておらず,まして,インク容器等リボン以外の保持部材に保持されたカラーインクの残量表示方法については,一切記載がない。
これに対して,本件明細書には,課題を解決するための手段として,「本発明は印刷対象の映像が映像表示装置に表示されるプリンタのインク残量表示方法において,インク量出力手段から,インク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップと,・・・上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上に,上記・・・カラーインクの残量を示す表示を行なうステップとを有することを特徴とするプリンタのインク残量表示方法としたものである」(甲第3号証段落【0005】)との記載があり,発明の効果として「特にインクリボン等のカラーインク量の残量が表示されるので,・・・使い勝手のよいインク残量表示方法が得られ,」(同段落【0047】)と記載されている。これによれば,本件明細書においては,インクリボンのカラーインク量は一例として挙げられているものであって,本件発明の「インク残量表示」は,インクリボンの残量のみではなく,インクリボンに保持されたインクそのものの残量,及び,インクリボン以外のインク保持部材(例えばインク容器)に保持された液体のカラーインクの残量を表示する方法をも含むものであり,原々出願明細書に包含されていないものを含んでいることが,明らかである。
そうである以上,本件発明における「インク量出力手段」及びそこから出力される「カラーインク量情報」は,インクの量そのものを出力する手段及びそこから出力されるカラーインクの量そのものの情報をも含むものであり,このようにインクの量そのものの情報を出力する手段について,原々出願明細書に独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできない,とした決定の認定に誤りはない。
(2) 原告は,本件特許が原々出願との関係において特許法44条1項に規定する要件を満たしているかについては,「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるプリンタにおいて以後の印刷に使用され得るカラーインクの量そのものの情報」が原々出願明細書において独立した技術的事項として把握できるかということが問題とされなければならない,と主張する。
しかし,本件発明においては,インク容器に保持された液体インクの場合は,インク容器に保持されているカラーインクの量そのものがインクの残量であり,その全量が以後の印刷に使用され得る量となるから,「保持部材に保持されたカラーインク量」と「以後の印刷に使用され得るカラーインクの量」とが一致することは明らかであるものの,同じことを,インクリボンに保持されたインクの場合についていうことはできない。この場合には,本件発明の「保持部材に保持されたカラーインク量」には何らの限定も付されていないから,消費されたリボンに残留しているインクもインクリボンに保持されたインク残量とみることもでき,以後の印刷に使用され得るのはまだ消費されていないインクリボンに保持されたインクだけであるから,「保持部材に保持されたカラーインク量」と「以後の印刷に使用され得る量」との間に不一致が生じることになる。
したがって,「インク量出力手段」及び「そこから出力されるカラーインク量情報」を原告主張のように解釈しなければならない理由はない。そのような解釈の下に,本件発明の「インク量出力手段」や「そこから出力されるカラーインク量情報」について,原々出願明細書において独立した技術的事項として把握できるか否かを検討すべきである,とする原告の主張は,前提において既に誤っている。
(3) 原告は,原々出願明細書には,インクリボンの残量をST3でメモリーから読み出し,出力する手段及び当該情報を表示する手段が明確に記載されている,すなわち,プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量がST3でメモリーから読み出され,出力される,と主張する。
しかし,原々出願明細書の実施例に記載された「メモリー」が出力するのは,インクリボンの残量に関連した情報である,リボンの種類毎のプリント可能枚数であり,インクの量そのものでないことはもちろんのこと,インクリボンの残量そのものですらない。
カラーインクリボンを用いたプリンタにおいては,用紙一枚の印刷に使用されるリボンの長さは一定であるのが通常であり,リボン上に保持されたインクが実際の印刷にどの程度使用されたかにかかわらず,一枚印刷されるごとに一定長のインクリボンが消費される。したがって,未使用時のインクリボンの印刷可能枚数から,印刷した枚数を減算すれば,残りの印刷可能枚数が算出できるのであって,それが同時にインクリボンの残量に関連する情報を示すのである。実施例に記載された「メモリー」が出力するのはこの残りの印刷可能枚数であり,インクリボン上のインクの量やインクリボンの長さ自体を表示するものではない。
このように,「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインクリボンに保持されたインク量そのものを出力する手段」についてすら,原々出願明細書に記載されているとすることはできない。まして,そこに,本件発明の「インク量出力手段」及び「そこから出力されるカラーインク量情報」について,独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることなど,できることではない。
上記の理由により,仮に,本件発明の「保持部材に保持されたカラーインク量」が「以後の印刷に使用され得る量」を意味するとしても,「以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」が原々出願明細書に記載されていたとすることはできない。
(4) 以上のとおり,原々出願明細書には,本件発明が独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできないから,決定において,本件発明の出願日を原出願の出願日である平成10年2月2日と認定した点に誤りはない。したがって,平成2年1月12日に公開された刊行物1を本件出願前に頒布された刊行物として引用した決定に誤りはない。
2 原告の主張2(本件発明の進歩性判断の誤り)について (1) 一致点の認定について 原告は,刊行物2記載の発明について,その印刷対象が画像ではなく文章であると主張している。しかし,「広辞苑」によると「画像」とは「機械的な処理により,感光材料・紙・スクリーン・テレビ-ブラウン管などの上にうつし出された像」であり,文章であってもブラウン管に表示されたものは画像であるということができるから,決定において「印刷対象の画像が画像表示装置に表示されるプリンタ」である点を本件発明と刊行物2との一致点と認定したことに誤りはない。
原告は,刊行物2記載の発明は,本件発明と異なって,インクの量ではなく,インクのあるなしを1/0で検出するのみであると主張している。
しかし,本件発明は,「インク量出力手段から出力されたカラーインク量情報に基づいて映像表示装置の画面上にインク保持部材に保持されたカラーインクの残量を表示する方法」であって,インクの残量を表示する方法ではあるものの,インク残量のどのような状態を表示するかについて規定しているわけではないから,インク残量の時々刻々の状態を表示できるようにしたものに限定されるわけではなく,特定の状態,すなわちインク切れあるいはインク残量が少なくなった状態を表示できるようにしたものも含まれることになる。
そうである以上,本件発明と刊行物2記載の発明とは,プリンタのインク残量に関連する情報を表示する方法であるという限度では,一致しており,何ら異なるものではない。
そして,決定は,インク残量の表示時期,表示内容の相違については,相違点(3)として,表示のための具体的なステップの有無については,相違点(4)として,それぞれ認定した上,これらの相違点について検討を加えているのである。
原告の主張は根拠がない。
(2) 相違点(3)の判断について 原告は,刊行物3に記載されたマイクロスイッチによる検出をなす構成では,インク切れを表示することはできても本件発明のように(時々刻々変化する)インク残量を表示することはできない,と主張する。しかし,刊行物3には,「本発明によれば,噴出したインク滴の個数,回復操作数を計数して,使用インク量を算出し,正確なインク残量を検知することができ」(3頁左下欄9行〜12行)と記載されており,正確なインク残量を常に検知する技術が開示されている。
刊行物2記載の発明と,刊行物3記載の発明は,インク残量に関連する情報を,使用者に分かりやすく表示しようとするものである点で共通している。そして,刊行物2記載の発明はインク残量に関連する情報である「インク切れ」を映像表示装置の画面上に表示するものであり,刊行物3には,インク残量の表示は,インクが僅少になったときのみに表示するものであっても,インク残量を常に表示するものであってもよいことが記載されているから,刊行物2記載の発明において,映像表示装置の画面上に表示する情報を,インク切れの表示にとどまらず,インク残量を常に表示する構成に変更することは,当業者ならば容易に考えつくことである。刊行物3記載の発明がインク残量を画面上に表示するものでないからといって,そのことがこれを刊行物2記載の発明に組み合わせることについての阻害要因となるものではない。
(3) 相違点(4)の判断について 原告は,刊行物2記載の発明においては,インク切れを表示することしかしないから,インク量出力手段からインク保持部材に保持されるカラーインクのカラーインク量情報を出力するステップも,インク量情報に基づいて映像表示装置の画面上にインク保持部材に保持されるカラーインクの残量を示す表示を行うステップも一切不要である,と主張する。しかし,刊行物2記載の発明においても,インク切れを画面上に表示するためのステップは必要である。また,刊行物3には,前述のとおり,「噴出したインク滴の個数,回復操作数を計数して,使用インク量を算出し,正確なインク残量を検知すること」(3頁左下欄9行〜12行),「インク残量を常に表示する」(3頁右下欄11行)技術が開示されており,検知されたインク残量を常に表示するためには,検知されたインク残量の情報を出力するステップと出力された情報に基づいて,インク残量情報を表示するステップを設けていることは当然のことであり,相違点(4)の構成は,刊行物2記載の発明をインク切れの表示に留まらず,インク残量を表示するように変更するに際し,当業者ならば設計上容易に考えつくことである。
(4) したがって,本件発明は,刊行物2,3及び6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした,決定の判断に,原告の主張するような誤りはない。
当裁判所の判断
1 原告の主張1(本件特許出願日の認定の誤り)について (1) 決定は,本件特許の出願日について,「本件発明における「インク量出力手段」およびそこから出力される「カラーインク量情報」は,インクの量そのもの・・・を出力する手段およびそこから出力されるカラーインクの量そのものの情報をも含むものであり,このようにインクの量そのものの情報を出力する手段について,原々出願明細書に独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできない。そして,「インク量出力手段」について記載されていない以上,「インク量出力手段からカラーインク量情報を出力するステップ」や「インク量出力手段から出力された上記カラーインク量情報に基づいて,上記印刷対象の映像が表示される上記映像表示装置の画面上にカラーインク残量を示す表示を行うステップ」についても,独立した技術的事項として把握できるように記載されていたとすることはできない。」(6頁21行〜32行)と認定した上,これに基づき,「本件発明は,上記原原出願の明細書に独立した技術的事項として把握できるように記載されていた発明ではないから,本件特許は,原原出願との関係において特許法第44条第1項に規定する要件を満たしておらず,適法な分割出願と認めることができない。したがって,本件特許の出願は,原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日に出願されたものとみなす。」(7頁「(オ)まとめ」の項)と判断した。
本件発明を特定する特許請求の範囲の記載は,前記第2・2のとおりであること,本件発明における「インク量出力手段」及び「カラーインク量情報」が,それぞれ,「インク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるカラーインクの量そのものの情報」を含むことについては,当事者間に争いがない。
これに対し,甲第11号証によれば,原々出願明細書には, @ その特許請求の範囲に,「【請求項1】リボン装着の有無を検出する・・・プリンタ。【請求項2】・・・リボンの種類をも検出する・・・請求項1記載のプリンタ。【請求項3】前記リボンの残量を記憶する記憶手段を有して成ることを特徴とする請求項1又は請求項2記載のプリンタ。【請求項4】前記リボンが未装着であること等の表示を要求する・・・請求項1乃至請求項3記載のいずれか1項記載のプリンタ。【請求項5】給紙の状態を検出する・・・プリンタ。」との記載, A 発明の属する技術分野に関する段落【0001】に,「本発明は映像信号や各種データをプリントするプリンタに係わり,特にリボン装着の有無,リボンの種類,リボン残量等のリボン状態を検出表示可能なプリンタに関する。」との記載,発明が解決しようとする課題に関する段落【0004】に「発明が解決しようとする課題はプリンタ画像を表示する表示手段にリボン装着状態,リボン種類,リボン残量等のメッセージを表示させることで使用者が操作し易いプリンタを提供しようとするものである。」との記載, B 発明の実施の形態に関する段落【0029】〜【0032】に,「【0029】図6はインクリボンの残量を表示するための流れ図である。【0030】図1でカバー1aを開いて,インクリボンカセットを挿入し,1枚のプリントをとるとリボン残量表示が行なわれる。即ち,図2の残りリボン釦・・・を押している間,モニタテレビ3にはリボンの種類と残り枚数が表示される。例えばリボンの種類がカラーで残り枚数が99枚であれば「COLOR RIBBON 99」の如き表示がCRT画面の中央に出る。【0031】この様なリボン残量を表示するフローを図6で説明する。・・・【0032】リボンの種類は白黒リボン,カラーリボン,OHPリボンの3種類か,リボンが掛かっていない場合の4種類であり,マイクロコンピュータ6はこれら4通りを選別出来る様に成されている。リボンがカバー1a内に完全に挿入されていれば白黒,カラー,OHPリボンの夫々の場合に第3ステップST3で何枚残っているかをメモリから読み出し,・・・カラーリボンの場合は第5ステップST5に示す様に「COLOR RIBBON 99」・・・の様な表示が夫々モニタテレビ3のCRT画面になされる。」との記載,及び, C 発明の効果に関する段落【0047】に,「本発明のプリンタによればプリントすべき画像を表示するモニタテレビ上に使用者との間の各種メッセージを表示するので極めてスムーズにプリンタと操作者間で種々のコミュニケーションを計ることが出来る。特にリボンの装着状態やリボンの種類或はリボン残量が表示されるので使い勝手のよいプリンタが得られ,然もLED等の表示部品を必要としないためにプリンタ構成を単純,廉価にすることが出来る効果を有する。」との記載があることが認められる。
原々出願明細書の記載についての上記認定によれば,原々出願明細書の請求項1ないし4には,リボンを用いることの記載が,その内,請求項3には,リボンの残量を記憶することの記載が,発明の属する技術分野,発明が解決しようとする課題,発明の実施の形態及び発明の効果に関する箇所には,リボン残量を表示することの記載が,その内,発明の実施の形態に関する箇所には,残り枚数を表示することの記載が,それぞれあることが認められる。しかしながら,原々出願明細書(甲第11号証)全体を検討しても,インク容器等のインクリボン以外のものを用いる旨の記載も,本件発明の特許請求の範囲に記載されている「インク量」及び「インク量情報」の記載も,また,原告が主張する「インク量そのもの」及び「以後の印刷に使用され得るインク量」の記載も,見いだすことができない。
そうすると,原々出願明細書には,インクリボンの残量についての記載があるとしても,インクリボンを離れた一般的な「インク量」ないし「インク量そのものを出力する手段」に関する記載はないことが明らかである。そして,本件発明における「インク量出力手段」及び「カラーインク量情報」が「インク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるカラーインクの量そのものの情報」を含むことは当事者間に争いのないところであるから,本件発明が,原々出願明細書に記載されたもの以外のものをも含むこととなるのは,明らかである。
したがって,決定が,本件出願は,原々出願との関係において,特許法44条1項に規定する要件を満たしておらず,適法な分割出願とは認めることができない,として,本件出願は,原出願である特願平10-20873号の出願日の平成10年2月2日に出願された,とみなし,原々々出願の公開公報である刊行物1を引用例として採用した点に,誤りがあるということはできない。
(2) 原告は,原々出願明細書(甲第11号証)には,インクリボンの残量をST3でメモリーから読み出し,この情報を出力する手段及び当該情報を表示する手段が明確に記載されており,同明細書からは「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」及び「そこから出力されるプリンタにおいて以後の印刷に使用され得るカラーインク量そのものの情報」を独立した技術的事項として明確に把握することができる,と主張する。
しかし,インクリボンの残量を読み出し,これを出力する手段の記載があるからといって,「インク量そのものを出力する手段」に関する記載がない以上,原告が主張する「プリンタにおいて以後の印刷に使用され得るインク量そのものを出力する手段」も「そこから出力されるプリンタにおいて以後の印刷に使用され得るカラーインク量そのものの情報」も,原々出願明細書に記載されているものと認められることができるものではないことは,前記のとおりである。
原告は,原々出願明細書には,インクリボンに保持されたインクの残量を映像表示手段に表示する例が示されている,そして,インクリボンは,インク保持部材の一つである,したがって,原々出願明細書には,インクリボンを例にすることにより,インク保持部材に保持されたインクの残量を映像表示手段に表示することが記載されていることは明確である,と主張する。
しかし,本件発明の「インク保持部材」にインク容器等のインクリボン以外のものが含まれること,及び,原々出願明細書に具体的にインク容器等リボン以外の保持部材に保持されたカラーインクの残量表示方法は記載されていないことについて,当事者間に争いはない。そして,原々出願明細書全体(甲第11号証)をみても,インクリボン以外のものについての記載も,「インクの保持部材」,「インクの残量」についての記載も見いだせず,また,インクリボンを例として一般的な「インクの保持部材」に言及する記載も見いだすことはできない。そうすると,原々出願明細書にインクリボンを例にすることによりインク保持部材に保持されたインクの残量を映像表示手段に表示することが記載されているとの原告の主張には,その根拠がないという以外にはない。原告の主張は採用することができない。
(3) まとめ 以上のとおりであるので,決定の「A.本件発明と刊行物1及び2記載の発明との対比」に関する原告の主張1には理由がなく,決定の上記Aにおける「本件発明は刊行物1及び2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」との判断に誤りはない。
2 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張1には理由がなく,したがって,同2について検討するまでもなく,決定の「特許第2962306号の請求項1に係る特許を取り消す。」との結論に誤りはないということができる。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸