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関連審決 無効2000-35057
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17行ケ10436審決取消請求事件 判例 特許
平成14行ケ41審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  創作性(創作) /  物の発明 /  方法の発明 /  新規性 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  課題の共通性 /  技術常識 /  特許出願日 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  実施権 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 489号 審決取消請求事件
原告 株式会社日本免震研究センター
補佐人弁理士 田中秀佳
被告 株式会社ブリヂストン
訴訟代理人弁護士 竹田稔,弁理士 根本恵司,小栗久典
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が無効2000-35057号事件について平成13年9月21日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件特許の特許権者である原告が,被告請求に係る無効審判において,本件特許を無効とする審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
なお,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。また,本件記録中には,「実物大実験」,「実大実験」,「実大試験」との用語がみられるが,技術的に異なる意義のものとして使用されているとは認められないので,本件発明の明細書(甲4-1による補正後のもの)及び審決(甲2)の表記に従い,本判決では,「実物大実験」との用語を用いる。
1 前提となる事実等 (1) 特許庁における手続の経緯 (1-1) 本件特許 特許権者:株式会社日本免震研究センター(原告。当初の出願人は原告代表者) 発明の名称:「バネ構体」 特許出願日:昭和59年2月8日(特願昭59-22386号) 手続補正:平成9年2月18日付け(本件補正) 設定登録日:平成9年6月13日 特許番号:第2130097号 (1-2) 本件手続 無効審判請求日:平成12年1月25日(無効2000-35057号) 審決日:平成13年9月21日 審決の結論:「特許第2130097号の特許請求の範囲に記載された発明についての特許を無効とする。」 審決謄本送達日:平成13年10月4日(原告に対し) (2) 本件発明の要旨 「円形のゴム板と金属板とを交互に積層し一体化したものにおいて,ゴム板の厚みをt,ゴム板の直径をD,ゴム板の総厚をhとしたとき,t≧5mm,D/t≧50,8>D/h>5であり,且つゴム板の硬度は40以下であることを特徴とするバネ構体。」 (3) 審決の理由 審決の理由の概要は,以下のとおりである。
なお,本件において,引用例1とは,社団法人日本建築学会「学術講演梗概集」昭和57年度大会(東北)785〜786頁(審判甲1,本訴甲6)で,これに記載の発明が引用発明1であり,引用例2とは,特開昭58-99538号公報(審判甲2,本訴甲7)で,これに記載の発明が引用発明2である。
(3-1) 審決は,対比として,次のように認定した。
本件発明と引用発明1とを対比すると,ゴム板と金属板とを交互に積層し一体化したバネ構体においてゴム板を円形にすることは技術常識であるから,両者は,「円形のゴム板と金属板とを交互に積層し一体化したものにおいて,ゴム板の厚みをt,ゴム板の直径をD,ゴム板の総厚をhとしたとき,t≧5mm,D/t≧50であり,且つゴム板の硬度は40以下であるバネ構体」である点で一致し,本件発明が「8>D/h>5」であるのに対し,引用例1には,h(ゴム板の総厚)についての記載はあるものの,D/hについての記載はない点で相違する。
(3-2) 審決は,「当審の判断」として,概ね,次のように説示した。
従来,免震装置において,ゴムは水平方向に柔らかくころがらない(あるいはつぶれない)範囲で大きく変形できるものでなければならないと同時に,建物は大変重いのでこのゴムは建物の重量を支えられるものでなければならないことは,本来的な目的であって,この点は,引用例2の記載からも明らかである。したがって,本件発明の目的である,バネ構体において,日本の大地震に適応する大きな変形能δ/hが得られ(水平方向に柔らかく大きく変形できるものでなければならない),かつ,鉛直荷重が変化してもせん断バネ係数KHがあまり変化しない(重い建物の重量を支えられるものでなければならない)ことは,当業者であれば,設計の際に当然に考慮すべきことであり,その際に,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚hのようなバネ構体の形状から設計することは当業者であればきわめて自然に思い付く程度のことであるから,形状寸法から判断できるバネ構体の設計基準を確立したとする点に発明はない。
また,このような免震装置において,基礎と最下階の床スラブとの間などにゴムのみからなるバネ体を入れて,地面の震動が建物に伝わりにくくしたものは周知であり,この免震構造を設計する際に,上記ゴムの水平方向の長さと上記ゴムの垂直方向の長さとの比をどのような値にするかは,当業者であれば当然考慮すべき設計的事項である。したがって,引用発明1のように,上記ゴムを水平方向に裁断して複数枚のゴム板とし,これらのゴム板の間にそれぞれ金属板を挿入し,金属板とゴム板を交互に垂直方向に積層固着したものにおいても,ゴムの水平方向の長さ(本件発明のゴム板の直径Dが相当)とゴムの垂直方向の長さ(本件発明のゴム板の総厚h)との比(D/h)をどのような値にするかは,当業者であれば当然考慮すべき事項である。
さらに,引用例1には,本件発明と同様に円形のゴム板と金属板とを交互に積層し一体化したバネ構体において,ゴム板の直径(D)とともに,ゴム総厚(h)についての記載があり,引用例1に接した当業者であれば,ゴム板の直径Dとゴム板の総厚hの比D/hをどのような値に設計するかは,当然考慮する技術事項である。
被請求人(原告)は,D/hを特定の範囲(8>D/h>5)にしているが,このような範囲に特定した根拠となる本件発明の比較例は明細書等を検討しても記載されておらず,また,被請求人(原告)も自認するように,臨界的意義は存在しないのであるから,このような範囲を採用することは,当業者が実験等において適宜なし得る設計的事項にすぎない。
(3-3) 審決は,「被請求人の主張について」として,概ね,次のように述べて,被請求人(原告)の審判における主張を斥けた。
被請求人は,「本件特許出願当時に,上記審判官が述べた事項は免震装置の本来的な目的として,当業者に知られていたものではない」と主張するが,本件出願前に頒布された引用例1に「今回の一連の実験で圧縮力の変化の影響を無視しうる程度の一定水平バネの設計が可能となった」等と記載され,同じく,本件出願前に頒布された引用例2に「大きな鉛直バネ剛性と,ゴムのせん断変形による小さな水平バネ剛性を持つことになる。すなわち,大きな鉛直方向載荷能力と,水平方向への弾性バネ作用を持っている」等と記載されていることから,これら刊行物の記載に接した当該分野の通常の知識を有する者(当業者)は,「免震装置において,……ゴムは水平方向に柔らかく……大きく変形できるものでなければならない……建物の重量を支えられるものでなければならないこと」を,必然的に,本来的な目的と認識するはずである。
また,被請求人は,「引用発明2の発明者は…特別な関係者であって当業者ではない」,「この(引用例2の)明細書の記述から,専ら耐震設計を行っていた当業者が,上記本来的な目的を理解できたとも言えない」と主張するが,引用発明2の発明者が本件発明の発明者(被請求人)と特別の関係にあったからといって,当業者であることが否定されるものではなく,そもそも,本件発明が刊行物に基づいて容易に発明をすることができたことを判断する上で,刊行物記載の発明の発明者が当業者か否かは無関係のことである。
そして,被請求人は,「本件出願後も,免震は建築業界に受け入れられず,免震を扱う技術者は皆無に等しい状況であったからである」,「本件発明の目的が当業者に理解されていない以上,「設計の際に当然に考慮すべきこと」とは到底言えない」と主張するが,前述のように引用例1及び2が本件出願前に頒布された事実,及び,免震についての出願が本件発明の発明者(被請求人)以外の者から本件出願前になされている事実(実願昭55-7107号(実開昭56-110251号公報)のマイクロフィルム,特開昭57-123349号公報,特開昭58-44137号公報等参照)にかんがみれば,被請求人のこの主張は理由がなく,被請求人の主観的な見解にすぎない。
被請求人は「積層ゴムの特性が,その構成要素(ゴム板の硬度,直径D,1枚当たりの厚さt,ゴム板の積層数)の組合わせによる複合的な作用によって決まるものであるため,本件発明の目的に各要素がどのように作用するかは,単純には考えられない」と主張するが,本件発明と引用発明1とは,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の形状から決定されるD/hの範囲を除いて,他の各要素は全く重なるのであって,両者の相違を検討する際に,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の形状から決定されるD/hを,他の各要素と複合的な作用によって決まるとは考えにくく,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の単なる形状をどのような値にするかは,当業者であればきわめて自然に思い付く程度のことである。
また,被請求人は「実際に本件特許の数値範囲を決定するには,本件特許の発明者が準備したような特殊な型の試験装置が必要になる」と主張しているが,前記のように,D/hは,バネ構体の形状寸法から適宜決められるものであり,特殊な型の試験装置が必要になるというものでもない。
そして,被請求人は「単体ゴムは,振動を取り除く効果はあるが,地震の破壊力から建物を保護することはできない。複数枚のゴム板の間に金属板を挿入した積層ゴムは,単体ゴムと,全く異なる作用を持つ別異の装置となる」と主張するが,両者ともに振動を取り除く効果においては何ら異ならず,単に程度の差にすぎないから,全く異なる作用をもつという根拠にはなり得ない。
さらに,被請求人は「(本件発明の)D/h≧5の範囲の決定は,他の構成要素との組合わせによる複合的な作用を勘案しながら実物大実験によって初めて決定できたものであるから,本件発明の目的を理解できていなかった,当業者が実験等において適宜なし得る設計的事項にすぎないとは,決していえない。」と主張するが,前述のとおり,本件発明と引用発明1とは,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の形状から決定されるD/hの範囲を除いて,他の各要素は全く重なるのであって,両者の相違を検討する際に,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の単なる形状から決定されるD/hを,他の各要素と複合的な作用によって決まるとは考えにくく,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の形状をどのような値にするかは,当業者であればきわめて自然に思い付く程度のことである。また,前述のとおり,D/hは,バネ構体の形状寸法から適宜決められるものであり,模型試験装置よりも,実物大試験装置が実体を正確に把握できることは自明であって,特殊な型の試験装置が必要になるというものでもない。したがって,被請求人のこの主張は理由がない。
(3-4) 審決は,以上をふまえて,「まとめ」として,次のように結論付けた。
以上のとおり,本件発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,同法123条1項1号に該当し,無効とすべきものである。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点 (1) 本件発明には進歩性があるにもかかわらず,審決は,事実誤認,曲解等により,本件発明の進歩性を否定した誤りがある。
本件発明の進歩性については,次のようにいえる。
従来,ゴムのせん断弾性率Gは,どのような試験法でも各種因子の関数としてしか得られず,定数として扱えるものはなかった。したがって,積層ゴムとしてのせん断バネ係数KHも定数扱いできなかったので,いちいち実物大実験による確認が必要であった。
そこで,形状限定することにより,Gを定数として扱えるようにしたことに,本件発明の進歩性がある。
すなわち,「t≧5mm,D/t≧50,5従来のせん断バネ係数KHとは全く異なるものであり,延長線上の発明ではない。
積層ゴムのせん断バネ係数KHの安定により,いちいち実物大実験する必要がなくなり,かつ,免震建物の信頼性を飛躍的に向上させるという顕著な効果がもたらされた。このことにより,免震建築は実用化され,飛躍的に普及したのである。
(2) 本件発明の出願当時における「当業者」の積層ゴムの大変形域に関する技術常識・水準は,応答変位抑制機構やすべり機構の付加によって,積層ゴム本体の水平方向の過大な変形を少なくしようという程度のことであり,しかも定性的なものでしかない(甲12〜14)。どの程度までの変形ならば積層ゴム本体の性能上問題がないかについて,あるいは形状寸法などについての記述は,示唆も含めて皆無である。すなわち,甲12〜14は,積層ゴムそのものの性能とは無関係のところでの発明であり,本件発明の解決すべき技術的課題である積層ゴムとしての必要性能をいかにして実現するかということについては,当時の「当業者」には明確な技術常識はなく,積層ゴムの大変形域に関する技術水準は,「引用発明等に基づいて容易に発明することができた」といえるほど高いものではない。
原告を除けば,上記のようなレベルにしかない「当業者」が,引用例1(甲6)に基づいて,どうしてD/hの意義を理解できるのであろうか。「当業者が容易に想到できる」と断じるのは,後年に常識となった技術水準の視点を通したいわば「コロンブスの卵」の論理展開以外のなにものでもない。
(3) 引用例1(甲6)には,D/hの概念は示唆されておらず,かつ,出願時の技術常識の中にもなかった。よって,当業者が出願時の技術水準を的確に把握していたのであれば,引用発明1(甲6)からは,D/tを基本的変数として積層ゴムの形状寸法を決めることになると考えるのが自然である。出願時の技術水準(D/t)をもとに考えると,h(積層ゴム厚さ)は,t(単層ゴム厚さ)の積み重ねとして扱われることになるので,矛盾が生じて,55の特性を予想することは不可能である。例えば,D/h=10の積層ゴムは,水平剛性が高すぎて要求性能を満たさないが,引用例1(甲6)に示された唯一のD/h=5の試験体から,D/h=10の性能もD/h=5と同等であると「容易に想到できる」としたら,危険な間違いを犯していることになる。
このように,一をもって十を知るというような論法が認められるならは,既往の技術を踏み台にすることで成り立っている発明というものは,特許とは無縁のものになってしまう。進歩性の判断は,出願時の技術常識と技術水準に基づき,発明の本質について審査されるべきものである。
(4) 積層ゴムが大変形時でも鉛直荷重を支持しながら安定した水平剛性を維持できることは,一般論としての要求性能であり,この点については,本件発明と引用発明1(甲6)とは共通である。しかし,発明に係わる課題の共通性を議論する場合には,その要求性能を実現するために発明が解決しようとする技術的課題の具体的範囲について,比較検討すべきである。この視点において,本件発明と引用発明1の技術的課題は共通しない。
すなわち,本件発明の主眼とするのは,要求性能(甲4-1の2頁7〜22行)を実現するために解決すべき技術的課題(同3頁17〜21行)として,実物大実験をすることなく要求性能を有する積層ゴムを設計・製造できるようにするために,いかにして形状限定するかということである(D/hの概念が必須である。)。一方,引用発明1の技術的課題は,実物大実験をすることを前提に,D/tをパラメータとして鉛直及び水平性能が実用に供し得る形状を確認することである(D/tのみで設計すると全体座屈する場合も含まれるが,その確認は実物大実験して確認する必要がある。)。
このように,本件発明は,実物大実験をすることなく,全体座屈しない積層ゴムを設計・製造できるようにした点で,引用発明1に対して進歩性がある。
(5) 特許請求の範囲を数値範囲で記述した場合,すべて数値限定発明になるとして,「臨界値」により数値限定をしなければならないというのは疑問である。進歩性が認められる範囲の中で,特に確実に性能を保証できる範囲を権利化したい範囲として限定することは出願人の自由である。
本件発明における5数値限定の内と外で…量的に顕著な差異」がある「臨界値」ではないことは当然である(D/h=5を放棄したのは新規性喪失を避けるためであり,D/h<8の数値限定は,上限も設定すれば特許するとの審査官の助言に従ったにすぎない。)。概ねこの数値の前後では特性が変わるという程度の目安である。したがって,そのような「臨界値」は,特許庁が審査の一応の判断目安として法的根拠なく勝手に決めたにすぎないのであるから,本件発明には,なじまないものである。よって,「臨界的意義」の有無を論じるのは意味がない。
(6) 本件発明については,ゴムメーカーとの実施権契約及び多くの販売実績があり,その事実は,販売技術や宣伝等の原因によるものではなく,本件発明の特徴に基づくものである。それは,社団法人日本建築学会「免震構造設計指針」(1989年9月20日第1版〜2001年9月10日第3版)が本件発明の成果に基づいて作成されていることや,本件出願後の各種文献にも二次形状係数D/h>5の有効性が書かれていることからも明白である。
3 被告の主張の要点 (1) 本件明細書(甲4-1)には,「本発明は,バネ構体において,日本の大地震に適応する大きな変形能δ/hが得られ,かつ,鉛直荷重が変動してもせん断バネ係数KHがあまり変化しないことを,形状寸法から判断できるバネ構体の設計基準を確立することを目的とする。」などと記載されているだけで,「t≧5mm,D/t≧50,5構成要件としていないから,この点からみても,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,本件発明では,実物大実験をすることなく,全体座屈しない積層ゴムを設計・製造できると主張するが,本件明細書に「上記構成におけるゴム硬度並びに形状規制は,…各種試作例に対する実験によって,上記目的が達成される範囲を調べた結果見出したものである。」と記載されているように,本件発明でゴム硬度並びに形状規制は,実験によって決めたものである。
つまり,本件発明におけるゴム構体のゴム硬度並びに形状規制は,各種試作品について実験を行った結果決定したものであるから,その実験によって,「積層ゴムが,大変形時でも鉛直荷重を支持しながら安定した水平剛性を維持できること」という要求性能が検証されれば,その後は,同一構造のゴム構体を使用する限り実物大実験を行わなくともよいことは技術常識である。このことは,本件発明のゴム構体に限らず,他の構成のゴム構体でも同様である。実験を行い,前記要求性能が検証された後は,同一構成のゴム構体について再度実験を行う必要はない。原告の主張は,このように当然のことをいうにすぎない。
本件発明で規定するD/hは,8>D/h>5であるが,仮に原告主張のとおりこの範囲では実物大実験が不必要であるとしてみたところで,このことから直ちにこの範囲外では実物大実験が必要となるとはいえない。
すなわち,本件明細書には,ゴム構体のゴム硬度並びに形状規制を決めるに当たり前掲のように各種試作例に対する実験を行ったと記載されているのみで,実験についてそれ以上の説明はされていない。したがって,原告の主張は,何を根拠にしたのか不可解であり,数値限定をしたことと実物大実験との関係は,不明である。
また,原告は,「本件発明は,実物大実験を行うことなく,全体座屈しない積層ゴムを設計・製造できる」とした点を引用発明1のバネ構体に対し,本件発明が進歩性を有する理由に挙げているが,本件発明は「実物大実験を行うことなく…設計製造できる」とする点は,バネ構体を設計製造する方法の技術課題となり得るとしても,製造された後の本件発明のバネ構体とは直接関係がない。つまり,本件発明は,特許請求の範囲に規定されているとおりのバネ硬度と形状規制されたバネ構体であって,そのバネ構体が製造されるまでのいかなる設計・製造工程も構成要件となっていない。したがって,前記の理由をもって本件発明の進歩性を主張することは,そもそも本件発明の構成要件に基づくものでないから,無意味である。
本件発明のバネ構体と引用発明1のバネ構体とは,ゴム板の直径Dやゴム板の総厚のようなバネ構体の形状から決定されるD/hの範囲を除いて,他の要素は,全く重なっており,しかもその相違もD/h=5と5数値限定に臨界的意義がないことは,原告自身が認めているのであるから,引用発明1のバネ構体に対し,進歩性を有することはあり得ない。
(3) その他,原告の主張はいずれも失当であり,審決を取り消すべき事由は存在しない。
当裁判所の判断
1 原告は,D/hの概念を必須のものとして用い,「t≧5mm,D/t≧50,5進歩性があると主張する。
そこで,検討するに,本件発明の特許請求の範囲の記載は,「円形のゴム板と金属板とを交互に積層し一体化したものにおいて,ゴム板の厚みをt,ゴム板の直径をD,ゴム板の総厚をhとしたとき,t≧5mm,D/t≧50,8>D/h>5であり,且つゴム板の硬度は40以下であることを特徴とするバネ構体。」というものであって,バネ構体という「物の発明」として出願されたことが明らかである。したがって,本件発明では,「D/h」が「8>D/h>5」の数値範囲にある「バネ構体」という物が発明対象であるというほかないのであって,本件発明の構成として,D/hの概念に意義を見いだしてこれを導入したことによる実物大実験が不要なバネ構体を設計ないし製造する方法又は過程が含まれるとは解し得ない。
なお,本件「発明の目的」については,本件補正前の明細書(甲18,特許出願公告)では,「大きな変形能δ/hが得られ,かつ,鉛直荷重が変動してもせん断バネ係数KHがあまり変化しないバネ構体を提供することを目的とする。」と記載されていたところ,本件補正により,「大きな変形能δ/hが得られ,かつ,鉛直荷重が変動してもせん断バネ係数KHがあまり変化しないことを,形状寸法から判断できるバネ構体の設計基準を確立することを目的とする。」(甲4-1)というように変えられたが,本件発明の特許請求の範囲の記載が設計ないし製造の方法に関するものではなく,あくまで物の発明としての記載であることに変わりはない。
また,「発明の効果」として,「本件発明の形状規制を有するバネ構体のせん断バネ係数KHは,鉛直荷重が三倍程度にまで変動してもほとんど変化しない。したがって,バネ構体を免震装置として建物の下に組み入れた場合の建物の挙動の計算が容易になり,建物の構造設計上はなはだ有利である。」との効果があるとしても,物の発明であることに変わりはない。
ちなみに,原告が発明として強調するところが,バネ構体を設計するにつき,はじめてD/hの概念を導入して形状限定することにより,従来,不可欠ではあるが困難とされた実物大実験を要することなく,信頼性の高い免震バネ構体を製造することが可能となったというものであることをふまえ,振り返って考えるならば,本件特許出願をバネ構体の設計ないし製造という「方法の発明」として構成しておれば,特許要件を具備する可能性が一段と高まったものということができる。しかし,本件特許請求の範囲は,そのような記載となっていないことは上記のとおりである。
2 以上からすれば,本件発明においては,「8>D/h>5」は数値限定であると解するほかなく,審決が数値限定の問題として認定判断した点に誤りはない。
そして,本件においては,従来のバネ構体と本件発明に係るバネ構体とを物として対比することにならざるを得ない。したがって,本件発明は,二次形状率D/hが従来のバネ構体とは相違し,かつ,従来のバネ構体より性能に優れたバネ構体を発明することによって,はじめて特許性が生じることになる。ここにおいては,前記のとおり,D/hを設計基準とすること自体に特許性があるものということはできない。本件発明の特許出願前においてD/hに着目した者がおらず,従来公知のバネ構体においてはD/hという概念に着目されていなかったとしても,その構成要素であるD(ゴム板の直径),h(ゴム板の総厚)自体は当然知られ得る状態で存在するので,その比であるD/hが特定の数値範囲に属するバネ構体が性能において優れていることが発見された場合に,従来公知のバネ構体のD/hを計算すると,偶然にその数値範囲に含まれることが判明することも十分あり得ることであり,その場合に,D/hが特定の数値範囲に属するバネ構体に特許を与えることは,従来公知のバネ構体そのものに特許を与えることにほかならず,これが不当であることは明らかである。
そこで,以下において,本件発明において二次形状率D/hについて定められた数値範囲についての容易想到性を検討することとする。
3 引用例1には,785頁の表-1の下欄に「A37 -300×5-12」の説明があり,「A」がゴム組成を表すこと,その添字「37 」がゴム硬度を表すこと,「300」がD(mm)(径)を表すこと,「5」がt(mm)(一層のゴム厚)を表すこと,及び「12」が層数を表すことが記載されている。
引用例1の「表-2バネ係数表」において,供試体番号「A37 -300×5-12」として記載されているものが,審決の認定した引用発明であることは明らかである。そうすると,引用例1には,D/hについての直接的記載はないものの,引用発明1の構成は,D=300mm,t=5mm,及び層数が12であることから,D/h=5であることが明らかであり,そうであれば,本件発明と引用発明1との相違点は,引用発明1のD/hは,本件発明の下限値であって,本件発明に含まれないとされている点であるということができる。
(1) そこで,検討するに,引用例1には,「径250(mm)以上のものについては圧縮荷重の増加によるせん断変形量の増加は殆んど認められない。」(785頁),「今回の一連の実験で圧縮力の変化の影響を無視しうる程度の一定水平バネの設計が可能となった。」(786頁)との記載があり,これらの記載は,本件明細書(甲4-1)の「変動荷重のせん断バネ係数KHへの影響を小さくする」(2頁)との課題と軌を一にするものと認めることができる。そして,引用例1には,その課題が径250(mm)以上のものについてほぼ達成される旨記載されているのであるから,径を更に大きくすれば,その課題の達成度が更に高まるであろうことは,当業者が容易に予測できるものというべきである。
(2) 以上の点は,次のことからも裏付けられる。すなわち,引用発明1である供試体番号「A37 -300×5-12」については,変形率50%の場合に,圧縮応力度が23Kg/cuでの水平バネ係数(本件明細書にいう「せん断バネ係数」と同義と認める。)が507Kg/cm,圧縮応力度が45Kg/cuでの水平バネ係数が500Kg/cm,同じく,変形率100%の場合に,圧縮応力度が23Kg/cuでの水平バネ係数が463Kg/cm,圧縮応力度が45Kg/cuでの水平バネ係数が448Kg/cmであると記載されている。したがって,圧縮応力度を23Kg/cuから45Kg/cuに増加した場合において,水平バネ係数は,変形率50%のときは約98.6%に,同じく,変形率100%のときは約96.8%に低下するのみである。
引用例1の表-2には,引用発明1とは径のみ異なる「A37-250×5-12」(比較供試体)も記載されており,比較供試体については,変形率50%の場合に,圧縮応力度が23Kg/cuでの水平バネ係数が327Kg/cm,圧縮応力度が45Kg/cuでの水平バネ係数が307Kg/cm,同じく,変形率100%の場合に,圧縮応力度が23Kg/cuでの水平バネ係数が297Kg/cm,圧縮応力度が45Kg/cuでの水平バネ係数が290Kg/cmであると記載されている。したがって,圧縮応力度を23Kg/cuから45Kg/cuに増加した場合において,水平バネ係数は,変形率50%のときは約93.9%に,同じく,変形率100%のときは約97.6%に低下していることが認められる。
これら2つの供試体を比較した場合,変形率100%の場合には,比較供試体の低下率が0.8%小さいが,変形率50%の場合には,逆に比較供試体の低下率が4.7%大きく,これらを更に平均した場合には,比較供試体の低下率が大きいといえる。したがって,引用発明1の供試体は,比較供試体よりも変動荷重のせん断バネ係数KHへの影響の少なさという点では優っているといえ,少なくとも変形率50%の場合には優っていることが明らかである。そして,これら2つの供試体には,径以外には相違がなく,引用発明1の供試体の径が比較供試体の径よりも大きいのであるから,変動荷重のせん断バネ係数KHへの影響を更に少なくするため,引用発明1において,径以外の数値をそのままにして,径のみを大きくすることは当業者が容易に想到し得ることといわなければならない。
(3) 以上のとおり,引用発明1において,径以外の数値をそのままにして,径のみを大きくすることは,当業者が容易に想到し得ることであって,径以外の数値をそのままにして,径のみを大きくすることは,D/hを大きくすることにほかならない。そして,引用発明1のD/hは,前判示のとおり本件発明の下限値の5であるから,その径をほんのわずか大きくすれば,本件発明のD/h(8>D/h>5)の範囲内となることは明らかである。
このように,相違点に係る本件発明の構成をなすことは,当業者にとって容易になし得る設計的事項といえるのであり,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
4 作用効果の観点からみても,本件発明の進歩性は否定せざるを得ない。
引用発明1は,前記のとおり,D/h=5の構成を有するものであり,「径250(mm)以上のものについては圧縮荷重の増加によるせん断変形量の増加は殆んど認められない。」,「今回の一連の実験で圧縮力の変化の影響を無視しうる程度の一定水平バネの設計が可能となった。」との記載があることからしても,引用発明1は,本件発明と作用効果において相違がないことが明らかである。このほか,本件補正前の本件発明の明細書(甲18)においては,「8>D/h≧5」とされ,「8>D/h>5」と「D/h=5」とで作用効果が同一のものとして説明されている上,この両者の作用効果が同じであることは,原告代表者の著作物においても明記されている(甲21-1,81頁)。
以上によれば,本件発明の効果が引用発明1の効果にない有利な効果であることさえいえないのであるから,さらに数値限定の臨界的意義を論じるまでもなく,当業者の通常の創作能力の発揮により,数値範囲を最適化又は好適化するものであることの域を出ないものであって,本件発明には進歩性がないというほかない。
5 以上説示したところに照らせば,原告主張の(1)ないし(5)は,いずれも採用し得ないというほかなく,本件発明の進歩性を否定した審決に誤りがあるとはいえない。本件無効審判に至る経緯や背景(甲25)を考慮しても,上記認定判断を覆すべきものとは認められない。
また,原告は,原告の主張(6)において,多大な商業的成功と顕著な学術的業績を挙げたと主張するので判断するに,確かに,原告ないし原告代表者がその主張のような成果を挙げたことは,その詳細な主張及びその提出に係る著作物(甲8〜11,16,21,25〔枝番号のものも含む〕)並びに鑑定書(甲24)によって容易に想像することができるが,以上説示したところから明らかなように,本件発明(「特許請求の範囲」に記載された発明)による成果であると認めることはできない。そうである以上,原告の主張(6)の商業的成功等の主張は,本件発明の進歩性を裏付けるものとはいえない。
なお,本件証拠(甲6,8〜11,16,21,24,25〔枝番号のものも含む〕)によれば,原告代表者は,昭和50年代から我が国の免震に関する研究,とりわけ積層ゴムアイソレータの研究をリードしてきたのであり,「D/h」との概念の有効性を発見したことは,コロンブスの卵の話を引用するまでもなく,優れた学術的成果であったと認められる。しかしながら,学術的成果が直ちに特許に結びつくかは,別問題であり,手続法上の法技術的な要素も関係することは否定できない。既に判示したとおり,本件は,原告代表者の内心的意図のいかんにかかわらず,「バネ構体の設計ないしは製造の方法」については特許出願がされてはいないと解さざるを得ないのであって,特許に結実しない結果となることは,やむを得ないというほかはない。
6 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利