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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成24ワ2689 職務発明対価請求事件 判例 特許
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事件 平成 23年 (ワ) 21757号 職務発明対価請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2013/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成25年10月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成23年(ワ)第21757号 職務発明対価請求事件

口頭弁論終結日 平成25年8月30日

判 決

神奈川県藤沢市<以下略>

原 告 甲

同訴訟代理人弁護士 小 川 昌 宏

同 補 佐 人 弁 理 士 金 子 宏

神奈川県小田原市<以下略>

被 告 株式会社HGSTジャパン

(旧商号・株式会社日立グローバルストレージテクノロジーズ)

同訴訟代理人弁護士 田 中 浩 之

同 三 好 豊

同 飯 塚 卓 也

同 大 野 志 保

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

被告は,原告に対し,金10億円及びこれに対する平成23年7月22日か

ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,原告が,日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「日本IBM」とい

う。)に在職中に完成させたハードディスクに関する発明について,日本IB

Mの会社分割(以下「本件分割」という。)により日本IBMのハードディス

1
ク事業を承継した被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法

(以下「改正前特許法」という。)35条3項に基づく職務発明の相当対価

係る支払請求として14億8500万円の一部である10億円(附帯請求とし

て訴状送達の日の翌日である平成23年7月22日から支払済みまで民法所定

の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。

1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1) 原告

原告は,昭和58年日本IBMに入社した者である。原告は,被告がハー

ドディスク事業を承継したことに伴い,平成15年1月1日被告に移籍し,

平成17年3月被告を退職した。

(2) 被告

被告は,平成14年12月25日に設立された株式会社である。被告は,

本件分割により日本IBMのハードディスク事業を承継した。

(乙1,当裁判所に顕著)

(3) 原告の職務発明

原告は,日本IBMに在職中であった昭和62年5月頃,以下の米国特許

権(以下「本件特許権」という。)に係る発明(以下「本件発明」とい

う。)を完成させた。原告は,遅くとも昭和63年2月頃までに,日本IB

Mに対し,本件発明に係る特許を受ける権利(外国の特許を受ける権利を含

む。)を譲渡した。なお,本件発明に係る日本における出願がされているが,

特許として成立していない。



登 録 番 号 5,012,263

特 許 日 1991年4月30日

発明の名称 ディスク機械のサーボ・パターンの書込み方法

発 明 者 A,B,原告

2
譲 受 人 インターナショナル・ビジネス・マシーンズ・コーポレーシ

ョン(以下「米国IBM」という。)

出 願 日 1989年2月1日

外国出願優先権データ

1988年2月3日 日本 63−14288

(甲1,4,弁論の全趣旨)

2 争点

(1) 職務発明の相当対価に係る支払債務の承継の有無(争点1)

(2) 消滅時効の成否(争点2)

(3) 相当対価の額(争点3)

3 争点に関する当事者の主張

(1) 職務発明の相当対価に係る支払債務の承継の有無(争点1)

(原告の主張)

ア 特許法35条は,特許を受ける権利が発明時においては従業者に帰属す

ることに鑑み,使用者が従業者から特許を受ける権利又は特許権を承継

した場合には,従業者は相当対価の支払を受けることで,使用者と従業者

の利害調整を図った規定である。

この趣旨からすれば,改正前特許法35条3項の相当対価の支払を受け

る権利は,従業者の使用者に対する権利といえるから,従業者に対して相

対価の支払債務を負う者から事業を承継し,使用者の地位を承継した者

は,書面による規定がなくとも,相当対価の支払債務についても承継する。

本件特許権は,被告が日本IBMから承継した事業に関わるものであり,

被告(もしくは被告関連会社)とサムスンらとの包括クロスライセンス

約の対象とされていたことからすれば(甲2),被告は,日本IBMから

使用者の地位を承継した後は,本件特許権に関する利益を享受しうる立場

にあったといえ,相当対価の支払債務を承継させても何ら不利益はない。

3
したがって,被告は,原告に対する相当対価の支払債務を承継したもの

である。

イ 被告は,平成14年10月31日付け分割計画書(乙1。以下「本件分

割計画書」という。)では,本件分割により承継される権利義務の範囲は

別紙2記載のものに限定されるとして,別紙2には相当対価の支払債務は

含まれないと主張する。

しかし,上記のとおり,事業及び使用者の地位の承継に伴い,相当対価

の支払債務も承継されるのであり,本件分割計画書に記載がないからとい

って相当対価の支払債務を承継していないとはいえない。

また,相当対価の支払債務が特許を受ける権利の譲渡契約に基づく債務

であることと,相当対価の支払債務を定めた改正前特許法35条3項が雇

用契約上の利害関係の調整を図る強行法規であることとは両立するもので

あり,相当対価の支払債務が特許を受ける権利の譲渡契約に基づく債務で

あることを理由に,雇用契約に基づく債務でないということはできない。

むしろ相当対価の支払債務については,本件分割計画書別紙2の雇用契約

に基づく負債として承継したと解することもできる。

さらに,本件分割計画書には,特許に関する扱いについては特許権の譲

渡を含め何ら記載されていない。特許権の譲渡について記載されていない

以上,相当対価の支払債務についても記載されていないことは当然である。

第11項では,「本計画書に定めるもののほか,本件分割に関し必要な事

項は,本件分割の趣旨に従って,当社がこれを決定することができる」と

記載されているから,本件分割計画書とは別途に特許(相当対価の支払債

務を含む。)に関する取り決めがされている可能性が高い。

ウ 以上のとおり,本件分割計画書の承継する権利義務(別紙2)に相当対

価の支払債務について記載がないことを理由に,被告が相当対価の支払債

務を承継していないとはいえない。

4
(被告の主張)

ア 被告は,日本IBMから相当対価の支払債務を承継していない。

新設分割により承継される権利義務の範囲は,分割計画書の定めにより

決定されるのであり(旧商法374条の10第1項),本件分割によって

承継される権利義務については,本件分割計画書によって決定される。

本件分割計画書中の,承継する権利義務に関する記載は,以下のとおり

である。

(本件分割計画書1頁)

「5.新設会社が当社から承継する権利義務

新設会社は,分割期日をもって,当社から,別紙2『承継する権利義

務』記載のとおり,当社(注:日本IBM)の藤沢事業所におけるハード

ディスクドライブ開発及び製造に関する営業に係る資産,負債及びこれに

付随する一切の権利義務を承継する。なお,新設会社が当社から承継する

債務については,本件分割の日をもって,当社が併存的債務引受けを行

う。」

(本件分割計画書別紙2)

「別紙2 承継する権利義務

新設会社は,当社の本件営業に関する下記の資産,負債,契約上の権利

義務並びに雇用契約上の権利義務を当社より承継するものとする。



1.資産

(1) 土地・建物

別紙3−(1)『土地・建物リスト』記載のとおり。

(3) 機械・備品(注:(3)は原文のままである。)

別紙3−(2)『機械・備品リスト』記載のとおり。

2.負債(下記3,4の契約に基づくものを除く)

5
該当なし。

3.本件営業に関する契約(下記4の雇用契約を除く)

別紙3−(3)『契約リスト』記載のとおり。

4.承継する雇用契約(雇用契約に関連し,分割期日までの期間に対応す

る賞与債務及び定期俸債務並びに中途退職一時金債務についての当社及

び新設会社間の負担割合は,当社100%,新設会社0%とする。)

別紙3−(4)『従業員リスト』記載のとおり。」

以上のとおり,本件分割により承継される権利義務の範囲は,別紙2記

載のものに限定されている。そして,別紙2によれば,承継する負債は

「該当なし」として原則として被告に承継されないが(第2項),例外的

に「下記3,4の契約に基づくものを除く」として,「3.本件営業に関

する契約」に基づく負債と「4.承継する雇用契約」に基づく負債に限っ

て被告が承継する。

しかし,本件発明に係る相当対価の支払債務は,特許を受ける権利の譲

渡契約に基づく譲渡対価の支払債務であって,「3.本件営業に関する契

約」に基づく負債ではなく,また,「4.承継する雇用契約」に基づく負

債でもないから,承継される負債に含まれない。

イ 日本IBMは,平成14年11月13日付けの回答文書(乙3)におい

て,従業員代表からの質問に対し,「本件分割により,新設会社が承継

る資産及び負債の平成14年9月30日現在における簿価」である「10,

745百万円及び368百万円」について,「簿価(10745百万円)

は,ハードディスクドライブに係る,部品及び仕掛中の商品を含めすべて

の資産が対象となっております。承継される債務は,雇用契約の承継に伴

承継される債務((1)中途退職一時金積立金(2)未払い賞与および定期俸

計上の合計額)となります。」と回答している。また,日本アイ・ビー・

エム人事サービス株式会社グループ会社サービス部の部長作成の陳述書

6
(乙6)においても,「分割計画書の『別紙2 承継される権利義務』お

よび『債務の履行の見込みがあることに関する書面』において,新会社に

承継される債務は,雇用契約に関する債務(368百万円)のみであ」る

と説明されており,新設会社である被告に承継される債務は,雇用契約の

承継に伴い承継される債務((1)中途退職一時金積立金(2)未払い賞与およ

び定期俸計上の合計額)368百万円のみであったことが明らかにされて

いる。

このように,雇用契約の承継に伴って承継される債務が上記(1)及び(2)

に限定されていたことは,原告を含む日本IBMの藤沢事業所の従業員に

対しても明らかにされていたのである。かかる事実からも,相当対価の支

払債務が新設会社に承継される債務に含まれていないことは明白である。

ウ 原告は,特許法35条の趣旨からすれば,相当対価の支払請求権は,従

業者の使用者に対する権利であるから,従業者に対して相当対価の支払債

務を負う者から事業を承継し,使用者の地位を承継した者は,分割計画書

に定めがなくとも,相当対価の支払債務について承継するなどと主張する。

しかし,特許法35条は,特許を受ける権利承継した使用者等に対し

て相当対価を請求できることを定めているだけであって,単に使用者の地

位を承継したというだけで相当対価の支払債務を負ったり承継したりする

という趣旨を含む規定ではない。新設分割により承継される権利義務の範

囲は分割計画書の定めにより決定されるのが原則である(旧商法374条

の10第1項)。

また,原告は,相当対価の支払債務については,本件分割計画書別紙2

の雇用契約に基づく負債に該当すると主張する。しかし,上記のとおり,

「雇用契約の承継に伴い承継される債務」は,(1)中途退職一時金積立金

及び(2)未払い賞与および定期俸計上の合計額のみであり,相当対価の支

払債務が含まれていない。

7
さらに,原告は,本件分割計画書には,特許に関する取扱いが何ら記載

されていない以上,相当対価の支払債務についても記載されていないこと

は当然であるなどと主張する。しかし,本件分割計画書に特許に関する記

載がないのは,本件特許権を含むハードディスク関連事業に関する特許権

が,日本IBMではなく,米国IBMに帰属していた以上当然のことであ

る。

(2) 消滅時効の成否(争点2)

(被告の主張)

ア 原告は,日本IBMに対し,遅くとも昭和63年1月18日までに,本

件発明に係る特許を受ける権利を譲渡した。

相当対価の支払債務は,原則として,特許を受ける権利の譲渡時に発生

するから,消滅時効の起算点も当該時点となり,原告の日本IBMに対す

る相当対価の支払請求権については,消滅時効期間を10年と解したとし

ても,既に消滅時効は完成している。

被告は,原告に対し,平成24年4月20日の弁論準備手続期日におい

て,消滅時効援用する旨の意思表示をした。

イ 平成15年最高裁判決は,(就業規則等に)「使用者等が従業者等に対

して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時

期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点」となるとするが,

同判示は,特許を受ける権利等を使用者に承継させた時点の発明規程に対

価の支払時期に関する条項があった場合の起算点を述べている。

本件では,特許を受ける権利承継時点(昭和63年1月18日)にお

いて,日本IBMの報奨制度(甲7)には,「ファースト・ファイル賞」

として,最初の出願が行われたときに賞金20万円が授与されるとする規

定があったが(甲6の3),実績に応じて報奨する制度はなかった。「フ

ァースト・ファイル賞」が特許を受ける権利の譲渡対価と解し得る場合で

8
あっても,原告は,遅くとも「最初の出願…が行われたとき」から,相当

対価の支払を請求することができるから,かかる請求権の行使に関して何

ら法律上の障害はなかった。

そして,日本IBMの回答(甲6の3)によれば,原告に対してファー

スト・ファイル賞の表彰が行われたのは昭和63年8月1日であり,賞金

の支払時期は同月の給与日であったと推測されている。

以上によれば,特許を受ける権利の譲渡時点である昭和63年1月18

日が相当対価の支払請求権の消滅時効の起算点となるか,仮にファース

ト・ファイル賞の賞金の支払時期が対価の支払時期と解し得る場合でも,

同年8月末日が消滅時効の起算点となる。

したがって,相当対価の支払請求権は,遅くとも平成10年8月末日の

経過をもって消滅時効が成立している。

ウ 原告は,平成8年の日本IBMによる特許貢献賞の創設が時効中断事由

である債務の「承認」(民法147条3号)に当たる旨を主張する。

時効中断事由である債務の「承認」とは,「時効によって利益を受ける

者が時効によって権利を失う者に対して,その権利の存在することを知っ

ている旨を表示すること」である(乙10)。本件では,「日本IBMが,

原告に対して,本件発明に基づく相当対価の支払債務の存在することを知

っている旨を表示すること」が必要になる。

しかし,日本IBMによる特許貢献賞は,社内規程である「発明関連表

彰制度」の規程(甲6の3)の改訂によって創設されたものであり,日本

IBMの全ての従業員による全ての発明を潜在的な対象としたものである。

また,特許貢献賞は,従業員の発明が一定の要件を満たした場合に限って

支払われるものであって,特許貢献賞の創設により具体的な金銭債務の支

払が確定するわけではない。

したがって,特許貢献賞を創設したからといって,日本IBMが本件発

9
明に基づく相当対価の支払債務が存在することを認識していたなどという

ことはあり得ない。そして,日本IBMが原告に対する相当対価の支払債

務の存在を認識していない以上,かかる認識が原告に表示されることもあ

り得ない。

原告は,原告と日本IBMとの間では,相当対価の支払債務(実績報奨

部分)については高額のライセンス収入が得られた段階で支払う旨の合意

があり,これが債務の承認に当たると主張するが,日本IBMにおいて,

平成8年の特許貢献賞の創設当時,本件発明により高額のライセンス収入

が得られていたという認識はなく(甲6の3),原告と日本IBMとの間

に原告が主張するような合意をすることなどあり得ない。

以上のとおり,平成8年の日本IBMによる特許貢献賞の創設は,時効

中断事由である債務の「承認」に当たらない。

エ 仮に日本IBMによる特許貢献賞の創設により消滅時効が中断するとい

う立場に立つとしても,本件特許権は,平成6年米国IBMとウェスタ

ン・デジタルとの包括クロスライセンス契約により,米国IBMからライ

センスされた多数の対象特許に含まれていたのであるから,仮に日本IB

Mが本件特許権により何らかの利益を得ていたとすれば,平成8年には,

かかる利益は発生していたから,相当対価の支払請求をすることにつき,

法律上の障害は存しなかったことになる。

よって,仮に日本IBMによる特許貢献賞の創設により消滅時効が中断

するという立場に立っても,相当対価の支払請求権の消滅時効の起算点は,

遅くとも特許貢献賞が創設された平成8年1月1日となり,その10年後

の平成17年12月末日に消滅時効は完成している。

オ 以上のとおり,本件発明に係る相当対価の支払請求権は時効消滅した。

(原告の主張)

ア 相当対価の支払請求権の消滅時効の起算点については,その支払時期が

10
到来するまでの間は,権利の行使につき法律上の障害があるから,その支

払時期が到来した時点が起算点であると解する。

日本IBMにおいては,特許貢献賞(実績報奨)の規定によれば,特許

貢献賞は年間のライセンス収入の実績をみた上で授与されるものであるか

ら,その性質上,特許貢献賞に関する消滅時効の起算点は,特許貢献賞の

対象となる年間の高額のライセンス収入が得られたことが判定できるよう

な一定期間を経過したときに,支払時期が到来し,その時点を起算点と解

するのが相当である。

また,特許貢献賞の対象となる高額のライセンス収入が複数年にわたる

場合には,特許貢献賞が年間のライセンス収入をもとに判断されることか

らすれば,該当する年間ごとに支払時期を定め,これらを消滅時効の各起

算点とするものと解する。

日本IBMの規定では,特許貢献賞についての具体的な支払時期の規定

を設けていないため,各特許貢献賞の消滅時効の起算日を特定することは

困難であるが,本件訴訟では,平成15年から平成20年までに実施され

た実績報奨部分を請求していることから,これらの実績報奨部分について

は,平成15年以降に支払時期が到来することは明らかである。

イ 日本IBMの発明報奨制度に,特許を受ける権利の譲渡後に追加された

特許貢献賞(実績報奨)の規定の創設は,消滅時効時効中断事由である

債務の「承認」(民法147条3号)に該当するものと解する。

なぜなら,民法147条3号の「承認」(債務を認める行為)には,一

部弁済の他,支払猶予の申し入れや分割払いの申し入れなどが含まれると

されているところ,日本IBMの特許貢献賞の規定では,「特許が実用化

し,年間あたりで高額のライセンス収入が得られる場合は,そのビジネス

貢献度に応じて…賞金が授与されます」とされており,これは相当の対価

支払債務(実績報奨)の支払を,高額のライセンス収入が得られるまで猶

11
予し,高額のライセンス収入が複数年にわたった場合には,分割払する旨

の規定とみることができるからである。

仮に特許貢献賞(実績報奨)の規定の創設自体が時効中断事由である

「承認」に当らない場合でも,特許貢献賞の規定を創設した後については,

原告と日本IBMとの間では,相当対価の支払債務(実績報奨部分)につ

いては高額のライセンス収入が得られた段階で支払う旨の合意がされてい

たものといえ,かかる合意によって時効中断事由としての「承認」があっ

たものと考える。

本件では,原告が日本IBM在籍時に本件発明にも適用がある特許貢献

賞の規定が追加され,原告において追加規定に対して異議を唱えていない

こと,特許貢献賞が創設される以前から日本IBMでは重要な発明につい

ては既に実績ベースの報奨が実施されていたこと(甲8,9)を併せ考え

ると,少なくとも特許貢献賞の規定を創設したときには,日本IBMと原

告との間で,相当対価の支払債務(実績報奨)の支払時期について特許貢

献賞の規定記載のとおり,年間あたり高額ライセンス収入が得られたとき

相当の対価(実績報奨)を支払う旨の合意があったということができる

ものと考える。

なお,特許貢献賞の創設時に時効が中断した場合,その後の相当の対価

の支払債務の消滅時効の進行については,創設された特許貢献賞の内容に

基づき相当対価の支払時期を定まることになるから,特許貢献賞の創設時

から再び時効が進行するのではなく,相当対価の支払債務の支払時期から

時効が進行するものと考える。この点について,被告は,本件特許権は,

平成6年米国IBMとウェスタン・デジタルとの包括クロスライセンス

約により,米国IBMからライセンスされた多数の対象特許に含まれてお

り,仮に日本IBMが本件特許権により何らかの利益を得ていたとすれば,

平成8年には,かかる利益は発生していたから,相当対価の支払請求をす

12
ることにつき,法律上の障害は存しなかったと主張する。しかし,日本I

BMのライセンス契約の内容は機密扱いであり,本件特許権の実用化の状

況は原告には明らかではなかったものである。

ウ したがって,相当対価の支払債務の消滅時効は完成していないものと解

する。

(3) 相当対価の額(争点3)

(原告の主張)

ア 相当対価の算定に当たっては,改正前特許法35条4項により,@その

発明により使用者等が受けるべき利益の額,Aその発明がされるについて

使用者等が貢献した程度を考慮して定めるのが相当である。

使用者等が受けるべき利益は,特許発明実施をする権利を独占するこ

とによって得られる権利であり,本件においては,被告が自ら実施せず他

社にライセンスをしているため,実施料相当額をいう。

イ 本件発明については,被告の競合他社であるサムスンとウェスタン・デ

ジタルが実施している。

そして,サムスンとウェスタン・デジタルが本件発明を適用した製品の

売上総額は,平成15年から平成20年までのHDD全体の売上総額が2

0.5兆円であること,サムスンとウェスタン・デジタルのHDD業界に

占める割合が40.2%であること,本件発明実施の前提となる2枚以上

のディスクを搭載するHDDの割合が全体の40%であることからすると,

20.5兆×40.2%×40%=3.3兆円となる。米国販売では,そ

の3分の1である1.1兆円となる。

ウ 被告とサムスン,ウェスタン・デジタルとの間における包括クロスライ

センス契約上,実施料率をどのように計算しているかは明らかでないが,

少なくとも1%程度のライセンス料は見込まれる。

エ 本件発明は,原告が日本IBM在籍時に発明したものであり,被告が開

13
発に至るまで相当な投資をしたり,発明のための設備を整えたり,人材も

揃えて開発体制を作った事実はない。被告が本件特許権を譲り受ける際に,

日本IBMが負担した開発費等に相当する一定の対価を支払った事実があ

ったとしても,原告の貢献度は30%を下ることはない。

本件発明に関しては,原告の他に2名の発明者がいるが,主として役割

を果たしたのは原告であり,共同発明者間における原告個人の貢献度は9

0%である。

オ 本件発明を用いることで大幅な製造コスト削減になり,他の代替技術を

用いれば効率が半分以下になるので,本件発明の寄与率は50%を下らな

い。

カ したがって,本件における相当対価は,1.1兆(売上総額)×1%

実施料率)×30%(原告の貢献度)×90%(共同発明者間における

原告の貢献度)×50%(本件発明の寄与率)=14億8500万円とな

る。

原告は,相当対価である14億8500万円のうち,一部請求として,

10億円のみを請求する。

(被告の主張)

原告の主張は否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断

1 後掲の証拠等によれば,以下の各事実がそれぞれ認められる。

(1) 日本IBMの平成元年2月1日時点における発明報奨制度では,@発明

業績賞,Aファースト・ファイル賞,B発明出願賞が規定されていた。上記

@の発明業績賞では,出願をした発明(考案,意匠を含む。)には,特許の

場合3点,意匠又は実用新案の場合は1点,公開した発明には1点がそれぞ

れ与えられ,これらの合計点数が12点に達したとき,その従業員に対し,

賞金85万円と社長名の賞状が授与され,上記Aのファースト・ファイル賞

14
では,発明者にとっての最初の出願(特許又は意匠)が行われたときに,上

記@とは別に,賞金37万円と表彰楯が授与され,上記Bの発明出願賞では,

発明者にとっての2回目以降の出願(特許又は意匠)が行われたときに,上

記@とは別に,特許につき10万円,意匠につき2万円が授与されるという

ものであった。

(甲6の3)

(2) 日本IBMは,平成8年1月1日,発明報奨制度を改訂し,@ファース

ト・ファイル賞,A発明出願賞,B発明業績賞,C発明登録賞,D優秀発明

賞,E特許貢献賞を規定した。上記@のファースト・ファイル賞では,発明

者にとっての最初の出願(特許又は意匠)が行われたときに,特許につき2

0万円と表彰楯,意匠につき12万円と表彰楯が授与され,上記Aの発明出

願賞では,発明者にとっての2回目以降の出願(特許又は意匠)が行われた

ときに,特許につき10万円,意匠につき3万円が授与され,上記Bの発明

業績賞では,出願をした発明には,特許の場合3点,意匠又は実用新案の場

合は1点,公開した発明には1点が与えられ,これらの合計点数が12点

(そのうち6点以上が特許出願又は意匠出願による点数)に達すると,その

従業員に対し,賞金20万円と社長名の賞状が授与され,上記Cの発明登録

賞では,出願した特許(又は意匠)が登録されたときは,特許につき10万

円,意匠につき3万円が授与され(ただし,複数の国で登録される場合は最

初に登録された時点のみの表彰),上記Dの優秀発明賞では,1年間に米国

で特許登録された発明の中で,優れた価値があると判断された場合に60万

円が授与され,上記Eの特許貢献賞では,特許が実用化し,年間当たりで高

額のライセンス収入が得られる場合には,そのビジネス貢献度に応じて30

万円から最高300万円までが授与されるというものであった。

(甲6の3,甲7)

(3) 日本IBMは,昭和63年8月1日,原告に対し,本件発明について,

15
ファースト・ファイル賞(平成8年改訂前のもの)を授与し,その頃37万

円を支払った。また,日本IBMは,平成2年3月1日,原告に対し,本件

発明を含む発明について,発明業績賞(平成8年改訂前のもの)を授与し,

その頃85万円を支払った。原告は,日本IBM在籍時において,特許貢献

賞を受賞したことはなかった。

(甲5の3,甲6の3,甲8)

2 本件事案に鑑み,消滅時効の成否(争点2)について検討する。

(1) 民法166条1項は,「消滅時効は,権利を行使することができる時か

ら進行する。」と規定し,消滅時効の起算点を定めるが,ここにいう「権利

を行使することができる」とは,単にその権利の行使につき法律上の障害が

ないというだけではなく,さらに権利の性質上,その権利行使が現実に期待

のできるものであることをも必要と解するのが相当である(最高裁昭和40

年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号77

1頁参照)。

これを本件についてみるに,原告は,遅くとも昭和63年2月頃までに,

日本IBMに対し,本件発明に係る特許を受ける権利を譲渡したが(前提事

実(3)),その頃の日本IBMの発明報奨制度において,職務発明の相当対

価につき具体的な支払時期を定めた規定は見当たらないから(前記1(1)の

平成元年2月1日時点における発明報奨制度参照),本件発明に係る相当対

価の支払債務は期限の定めのない債務であったと認めるのが相当である。

そうすると,原告は,本件発明に係る特許を受ける権利の譲渡時において,

日本IBMに対し,本件発明に係る相当対価の支払を請求することにつき法

律上の障害があったとは認められない。また,改正前特許法35条4項は,

「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びそ

の発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければな

らない。」と規定するが,ここにいう「受けるべき利益」とは,特許を受け

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る権利の譲渡時における客観的な利益であり,使用者等が後に受けた利益で

はないと解されるから,職務発明の相当対価は,その譲渡時における客観的

な価格である(外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求についても同

条3項及び4項が類推適用される。最高裁平成16年(受)第781号同1

8年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)。同様

に,本件発明に係る相当対価も,特許を受ける権利の譲渡時における客観的

な価格であり,その算定は譲渡時に可能であったから,本件発明に係る相当

対価の支払請求は,その権利の性質上,その権利行使が現実に期待のできた

ものである。

したがって,本件発明に係る相当対価の支払請求権は,その特許を受ける

権利の譲渡時から消滅時効が進行すると解するのが相当である。

もっとも,前記1(3)のとおり,@日本IBMは,昭和63年8月1日,

原告に対し,本件発明について,ファースト・ファイル賞を授与し,その頃

37万円を支払ったこと,A日本IBMは,平成2年3月1日,原告に対し,

本件発明を含む発明について,発明業績賞を授与し,その頃85万円を支払

ったことが認められ,このうち@については,被告においてこれが消滅時効

の起算点となり得ることを主張するものであり,少なくとも上記@の支払の

時点において,時効の中断があったと認めるのが相当である。

以上に照らすと,本件発明に係る相当対価の支払請求権は,上記@の支払

の時点から10年が経過した平成10年8月頃に消滅時効が完成し,被告が

平成24年4月20日の弁論準備手続期日において消滅時効援用する旨の

意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから,消滅時効の抗弁は理由が

ある(なお,上記Aの支払の時点における時効中断があるとしてみても,平

成12年3月頃に消滅時効が完成したものと認められる。)。

(2) これに対し,原告は,特許貢献賞の規定によれば,特許貢献賞は年間の

ライセンス収入の実績をみた上で授与されるものであるから,その性質上,

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特許貢献賞に関する消滅時効の起算点は,特許貢献賞の対象となる年間の高

額のライセンス収入が得られたことが判定できるような一定期間を経過した

ときに,支払時期が到来し,その時点を起算点と解するのが相当であるなど

と主張する。しかしながら,原告の主張する特許貢献賞は,本件発明に係る

特許を受ける権利が譲渡され,米国において登録された後の平成8年に制定

されたものであり,改訂後の規定や移行措置をみても(甲6の3,7),そ

れが本件発明についてまで適用されるのか否か明らかではない。仮に,これ

が本件発明についても適用されるものとしても,平成8年改訂のIBMの発

明報奨制度をみると,特許貢献賞を含めて具体的な支払時期は定められてい

ない(前記1(2))のであって,本件発明に係る相当対価の支払債務は期限

の定めがない債務であることに変わりはない。

原告の主張は,日本IBMにおける発明報奨制度における特許貢献賞につ

いての算定方法から,改正前特許法35条3項に定める相当対価請求権の支

払時期を導き,これを消滅時効の起算点とするものであると解される。しか

し,発明報奨制度において支払時期についての明確な定めがないにもかかわ

らず,同制度における特定の報奨額の算定方法から相当対価の支払時期を導

くことは,相当対価の支払を受けられる時期が制限されることにもつながる

ものであって,そのような解釈を認めるだけの合理的理由がない限り許され

ないというべきであり,本件においては,そのような合理的理由は認められ

ない。

上記(1)の相当対価請求権の法的性質に照らせば,原告の主張するような

事情を法律上の障害とも,権利の性質上その権利行使が現実に期待できない

事情ともみることはできない。

よって,原告の主張は採用できない。

また,原告は,特許貢献賞の規定の創設は,消滅時効時効中断事由であ

る債務の「承認」に該当する旨主張する。しかしながら,民法147条3号

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にいう「承認」は,時効によって利益を受けるべき者が権利者に対して権利

の存在を認識している旨を表示することをいうのであって,IBMが従業員

一般について適用される特許貢献賞を設けたことが,原告に対する債務の

「承認」に当たるとはいい難いから,原告の主張は採用できない。

さらに,原告は,特許貢献賞の規定を創設した後については,原告と日本

IBMとの間では,相当対価の支払債務(実績報奨部分)については高額の

ライセンス収入が得られた段階で支払う旨の合意がされていた旨主張する。

しかしながら,このような原告と日本IBMとの個別の合意を認めるに足り

る証拠はないから,原告の主張は採用できない。

(3) 以上のとおり,被告の消滅時効の抗弁は理由がある。

3 よって,原告の請求は,理由がないから棄却する。

東京地方裁判所民事第29部




裁判長裁判官 大 須 賀 滋




裁判官 小 川 雅 敏




裁判官 西 村 康 夫



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